2012年05月09日

化け物様の嫁

化け物様の嫁

 山に化け物が住み着いた。化け物は村に下りてきては人々を怖がらせた。

 今はまだ姿を見せて脅かすだけだ。でもいずれ、その恐ろしい図体で人を襲うだろうと思われた。

 ふもとの村では化け物の機嫌を取るために、嫁を差しだそうということになった。そうすれば、誰も襲われなくて済むだろう。

 化け物の嫁。それは言葉をよくしてごまかしているが、単に生け贄だった。一人を差し出せば残りは見逃してくれる。みんな自分が助かれば他人が生け贄になろうとかまわなかった。

 みんな村へ下りてきた化け物の姿を見ていた。あんなおそろしい化け物の嫁に誰もなりたくなかった。

 生きたまま食われるかもしれない。化け物はまだ人を襲ったことはないが、人を食らうだろうと思われた。

 嫁になるのも、食われるのも嫌だった。どちらにせよ生け贄であり、一人だけが貧乏くじを引く。

 村中で話し合いが行われた。誰を嫁に差し出すのがいいか、話し合って決めようとなった。

 誰かが言った。

「半端な娘を差し出したら化け物様の怒りを買ってしまう。村一番の美人にしよう」

 村はみんな貧しかった。一番貧しい家の娘が選ばれた。

 娘はとても美しかった。村の男たちにとても人気があり、言い寄られていた。

 村の女たちは娘の美しさに嫉妬していた。だから娘を差し出すのに賛成した。

 村の男たちは美しい娘を差し出すのに反対した。でも化け物の慰みものにする前にみんなで具合を試そうと誰かが言った。化け物様の嫁に出すのだ。その身体が女として申し分ないか確かめようと言った。村の男たちはそれに賛成した。

 娘の両親だけが反対した。でも一晩たつと賛成した。貧しい両親の家には村中みんなが出しあった米や野菜が積まれていた。

 娘は泣いた。泣いても誰も助けてくれなかった。一晩中村の男たちにのしかかられて身体も心もズタボロに引き裂かれた。

 翌日、何も言えないぐらい憔悴しきった娘を縛り、男たちは山に置き去りにした。

 そこへ化け物が現れた。

 化け物は娘を担いで住んでいる洞穴に持ち帰った。

 化け物は娘にかじりついた。でも娘が痛みに泣き叫ぶとぴたりと止めた。

 娘は耳を片方かじられただけで済んだ。とても痛く、傷が膿んで数日寝込んだが一命はとりとめた。

 化け物は娘のそばにいた。ずっとそわそわしていた。

 娘は熱にうかされているとき水が飲みたいと口にした。化け物は拾ったらしい器に川の水をくんできて娘に飲ませた。

「おまえさん、言葉がわかるのかい?」

 化け物はしばらくじっとしたあと、かすかにうなずいた。

 言葉が全部わかるわけではない。でもたびたび山を下りてきて村人たちの会話を聞いた。あれは言葉を覚えようとしていたらしい。

 娘は起きられるようになると化け物にあれこれ教えた。化け物は言葉を話すことはほとんどできなかったが、聞くことが大分わかるようになってきた。

 洞窟で一緒に暮らして何ヶ月が経っただろう。化け物と本当の夫婦のように暮らした。娘は村へは戻れない。ここで暮らすしかないのだ。

 化け物のことはもう怖くはなかった。好きにはなれなかったが一緒にいることはできた。

 あるとき、娘は化け物にかじられた耳の傷が痛んだ。いつも痛む。娘が痛がっているのを見て化け物が心配そうにした。

「おまえさん、知っているかい。痛いところと同じところを食べれば薬になるんだよ。痛いのなんか飛んでいっちまうよ」

 痛いところや病気のところと同じ部位を食べる。たとえば胃が痛いときは兎や牛の胃を食べるとよくなる。実際に効果があるかは疑わしいが、そう信じられていた。

 化け物はいつも兎や猪を狩ってきてくれた。だから娘はまた化け物がそういう獣を狩ってきてくれると期待していた。

 化け物は両手いっぱいに狩ってきた。

 耳を。

 娘がかじられた耳を痛がったから、耳を取ってきたのだ。村へ下りて逃げまどう村人たちから耳を引きちぎってきたのだ。

 娘はおびえた。しばらくおびえたあと、その口が笑うように歪んだ。

「おまえさん。ありがとう。薬を取ってきてくれて。これで痛いのがよくなるよ。ありがとうね」

 化け物は娘に喜んでもらえてうれしそうだった。

 ある日、娘は言った。

「ああ。おまえさん。胸が、胸が痛いよ。心臓が痛いよ」

「心臓。わかるかい。この胸の中でどくどく脈打っているの。これが心臓だよ」

「おまえさん、このあいだみたいに取ってきてくれないかい。心臓を食べれば、この心臓が痛いのも治るんだけどねえ」

 化け物は娘のために山を下りた。

 娘はほくそ笑んでいた。自分をこんな目にあわせた村人たち。自分にひどいことをした村の男たち。誰でもいい。復讐したい。このあいだ耳を引きちぎってきたように、村のやつらの心臓を抉りだしてきてほしい。

 娘は期待して待った。

 帰ってきた化け物の手には何も握られていなかった。

 化け物は全身傷だらけだった。血だらけだった。折れた矢が何本も刺さっていた。刃物で切りつけられた傷跡がたくさんあった。

 村人たちが抵抗したのだ。前回何人も耳を引きちぎられた。だから次に備えていたのだ。鍬や鎌や狩りのための弓矢で化け物と戦い追い返したのだ。

 娘は自分のためにボロボロになった化け物を見て、言葉をかけた。

「なんだい、使えないねえ。もういいよ。その傷じゃ助からないだろ。おっ死んじまいな」

 娘はくるりときびすを返した。

 痛いところと同じところを食べれば痛みが治る。同じところを食べると薬になる。

 化け物は全身の傷が痛んだ。

 だから目の前にある薬を丸ごと食べた。

(完)

posted by 二角レンチ at 22:41| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。