2012年07月25日

右手がおっさん(7)決着

右手がおっさん(7)決着

 私と彼女は互いの右手を高々と振り上げ、そして互いに向かって走る。

 これで最後だ。この攻防に全てをかける。

 問題は。私の右手のおっさんは首が百八十度後ろを向いている。つまり前が見えない。

 ただでさえ彼女の右手の女の子の方が素早いのだ。さらに見えないとなれば攻防どころではない。

 私の右手のおっさんはがむしゃらに腕を振り回す。右手のおっさんの能力はセクハラ。だから拳で殴るのではなく女の子のあちこちをいやらしくもむように手をわきわきさせて突きまくる。

 当然そんな見えていないのに適当に突く攻撃が当たるわけがない。彼女の右手の女の子は素早い。難なくその攻撃の全てをかわし、その隙をついて拳を繰り出してきた。

 彼女の右手の女の子。その拳で殴った物は百八十度ねじれる。これ以上くらうのはやばい。でも前が見えないおっさんにはかわせない。私はおっさんごと右手を動かし何とかかわそうとする。

 右手のおっさんの胴に右手の女の子の拳がめりこむ。最悪だ。ねじ折れれば首と同じくらい致命的な急所にくらってしまう。

 ボギボギボギボギ

 いやな音を響かせながら右手のおっさんの胴がねじれる。腰骨や背骨を砕きながらその胴が百八十度ねじれ腹が後ろを向く。

「お、おっさあああああん」

「あっはははは。踊っているみたい。踊れ踊れ。いい様だわ。首が折れても生きているからって胴まで折れたらどうなるのかしら。今度こそ死ぬわよね。でもタフだからまたへっちゃらなのかしら? どのみちまともに戦えない。あとはゆっくり手足も他のあちこちも全部ねじ折ってやる。私の右手にセクハラなんてした償いをたっぷりさせてやるわ」

 彼女とその右手は大口開けて笑う。勝利を確信した笑い。当然だ。首も胴も折られた右手のおっさんは死ぬか、死なないまでももうまともに戦えない。

 勝利の確信。それは百害あって一利無し。確信するうちはまだ勝利していないということだ。勝利していないということはまだ敗北する可能性があるということだ。彼女は今までの戦いでもこうして勝利を確信したときに高笑いしてきたのだろう。それが致命的な隙だった。

 胴に拳を受けねじらせる。私は右手を動かしかわすふりをしながら、右手の女の子の拳が胴に叩き込まれるように仕向けたのだ。

 前が見えない右手のおっさんでは右手の女の子の攻撃はかわせない。どこかに食らう。ならばどこに食らうべきか。どこに食らえばこの絶望的に不利な状況から逆転出来るのか。

 私は右手のおっさんを信じる。首を折られてもへっちゃらだと笑って私を安心させてくれたおっさんを信じる。おっさんの底なしのセクハラを支えるそのタフさを信じる。

 それは賭けだった。首を折られて平気だからと言って胴を折られて無事な保証は無い。右手のおっさんがやせ我慢しているだけで、これ以上ダメージを食らえばもう動けなくなるかもしれない。

 それでも。それでも。それでも。それでも。

 おっさんなら。私の右手のおっさん、私の戦友であり私が信じるおっさんなら。

 きっと。きっと。きっと。きっと。

 右手のおっさんは首が百八十度後ろを向いている。そして今、さらに胴が百八十度後ろを向いた。

 百八十度足す百八十度は?

 三百六十度!

 おっさんの首が三百六十度回転したことで、再び前を向く。おっさんのキモい顔面の前には右手の女の子の顔があった。

「え?」

 彼女も右手の女の子もようやく悟る。まだ戦いは終わっていないことを。おっさんがまだ動けることを。右手の女の子のほほをなめ上げたセクハラを行える舌や唇が健在なことを。

「いけええええおっさあああああああん」

 私は叫ぶ。右手のおっさんはそれに呼応するかのようにセクハラの一撃を叩き込む。

 ドグシャアアアアッ!

 恐ろしい破壊音が鳴り響く。おっさんのキモい唇が右手の女の子の可憐な唇に押し付けられる。おそらくこの女の子にとって初めてのキス。それが首と胴がねじれた全裸のキモいおっさんに奪われたのだ。その精神的、肉体的ダメージは計り知れない。キスとはおよそかけ離れた轟音が鳴り響いたのは、彼女に与えたダメージの大きさを如実に物語っていた。

「いやあああああああああ」

 右手のかわいい女の子の唇がキモいおっさんに奪われたのを見て、彼女が絶望の悲鳴を上げる。何て悲痛な叫びだろう。心が痛む。しかしここで手を緩めるわけにはいかない。勝機は今しかない。これ以上仕切り直されてはもう付け入る隙なんてありえない。私と右手のおっさんが勝つチャンスは今しかない。

 叩き込む! セクハラ連打!

 右手のおっさんは唇を突き出し、セクハラキスの衝撃で放心状態になっている右手の女の子の顔にキスという形のセクハラの雨を降らせる。

 ブチュブチュブチュブチュブチュブチュブチュブチュブチュブチュブチュブチュ

 唇、ほほ、おでこ、鼻、まぶた、耳、首筋。

 ありとあらゆるところにキスをする。唇でついばむ。舌先でちろりとなめる。

 かわいい女の子の顔が、キモいおっさんに凌辱されていく。あまりにも凄絶なセクハラ。女ならだれでも恐怖する。彼女の右手はぼろぼろと涙を流しながら、しかし恐怖と苦痛で動けない。されるがままにそのかわいい顔を汚されていく。

「やめてやめていやああああお願いだからやめてええええええ」

 彼女は右手の女の子がセクハラの餌食になるのに耐えられず懇願する。しかし戦いが終わる前にやめるわけにはいかない。勝利を確信し決着前に隙を作った彼女とその右手の末路がこれなのだ。私は勝利が確定するまで右手のおっさんを止めるわけにはいかない。

「負けを認めなさい。でないと顔だけじゃ済まないわよ。このキモい唇や舌で全身余すところなく、恥ずかしいところまでべちょべちょなめられキスされ汚されるわよ」

「そんなの駄目、私のかわいい右手が、大事なの、こんなおっさんに汚されるなんて駄目なのおおおおお」

 彼女はボロボロと涙をこぼす。彼女の右手の女の子はセクハラのダメージでもう動けない。このセクハラ攻撃を逃れることも逆転することも出来ない。彼女が負けを認めなければ彼女のかわいい右手の女の子は本当に、全身を右手のおっさんにセクハラされてしまう。

「負けを認めて。でないと私も止めるわけにはいかない。決着がつくまで続けるわ。そんなのいやでしょ。だから早く負けを認めて。手遅れになる前に」

「駄目なの、駄目なの。あなたは知らないからそんなことが言えるのよ。負けたら、負けたら、私もこの子もおしまいなの。だから絶対に負けを認めるなんて出来ないのおお……」

 彼女は見ていて哀れなほどよろよろと崩れひざをつく。右手の女の子が私の右手のおっさんにセクハラされているのを大粒の涙をこぼしながら力なくながめる。

 このままセクハラが続けば女として最悪の辱めを受ける。身体も心も凌辱され、スタボロにされてしまう。

 女にとって男に汚される以上に辛いことなんてあるだろうか。それより恐ろしい負けの代償とはいったい何なのだろう。想像もつかない。

 右手のおっさんは胴がねじれているにも関わらず器用に手を動かして女の子の服を脱がそうとする。

「やめて。そんな。お願い。やめて、やめて、ください」

 彼女の哀れな懇願。右手のおっさんはそれを聞いても無表情のまま、セクハラを黙々と続ける。

「ああああああああああああ」

 彼女が絶望の悲鳴を上げる。私はそれをじっと見下ろしていた。

 ふう。

 私は大きく息を吐くと、一歩下がる。そのまま二歩、三歩と下がっていく。

 私の右手のおっさんは、私が下がることによって否応なく右手の女の子から離される。私の方をごちそうを取り上げられた犬のような切ない目で見るので私は目を逸らした。

 彼女はあわててぐったりしている右手の女の子を左手でぎゅっと抱きしめる。ひとしきりそうしながら泣いたあと、ハンカチを取り出して右手の女の子の顔を拭う。

「どういうつもり? 私はまだ負けを認めていないわよ」

 彼女の声が震えている。そんな強がりを言ったところで再度セクハラ攻撃をされたらもうおしまいだ。でも言わないといけない。負けを絶対に認められない彼女は、まだ戦闘続行の意思を示すしかないのだ。

「もう戦えないでしょ」

「まだ決着がついていないわ。決着がついたら勝者と敗者はそれぞれ褒美と罰を受ける。それがこの戦いのルール。褒美と罰がもたらされていないうちは決着したとはみなされていないのよ」

 負けたらどうなるか、勝ったらどうなるか、私はまだ知らない。でも彼女の口ぶりから、それはこの能力者バトルを定めた神だか何だかの力により確実にもたらされる何らかの現象があるらしい。

「そうなの。ならまだ続ける? 決着がつくまで」

 彼女は目をつぶり、また涙をこぼす。これ以上大事な右手の女の子が凌辱されるのには耐えられない。でも戦いを続けるということはセクハラ続行を意味する。彼女はいくら強がろうとしてもそれ以上何も言えなかった。

 ふう。私は再度大きなため息をついた。

 私だって女だ。男にされるセクハラがどんなに辛いか想像がつく。いや、今まで話に聞いてはいたがよくわかってはいなかった。今実際目の当りにして、その凄惨さ、残酷さ、卑劣さ、醜さ、許せなさを実感した。女にとって耐えがたい。許せない。犯罪。大罪。こんなことが世間では当たり前に行われているのか。それを会社や学校や家庭は加害者をかばい被害者を責めて後押ししているというのか。

 断じて許してはいけない。セクハラは卑劣で、女の心も身体もずたずたに傷つけ一生治らない傷を残す。女を壊し人生も尊厳も魂も破壊し尽くす。

 どうして神様は女の私にセクハラなんて能力を宿したのか。ずっと疑問だったが今理解した。私が女だから、それがどれだけひどい犯罪であり、女を傷つけ壊す凶器になるのかがよくわかる。

 セクハラは犯罪だ。凶器だ。それは戦いなら武器にもなりえる。だが凶器ゆえにその扱いは慎重でなければならない。

 私がもし男なら、かわいい女の子が凌辱されるのを見れば興奮するだろう。戦いで勝利するためという理由もある。きっと右手のおっさんのセクハラを止めず、右手の女の子が丸裸にされ隅々まで汚されるのを嬉々としてながめていただろう。

 私が女だから、同じ女の痛みがわかる。セクハラがどれだけひどいかがわかる。男みたいに軽く考えない。すごく重く受け止め、その行使をためらう。

 私が女でないと止めようとしない。男では駄目だ。男がセクハラをふるえばただの凶器だ。それを武器として適切に行使し、必要以上の行使を抑制することが出来るのは、女の痛みがわかる同じ女でないと駄目なのだ。

 私に与えられた右手の能力。セクハラ。これを武器にこれからも戦い続ける。でもそれはあくまで武器として。凶器にはしない。相手を倒したあとの、それ以上のセクハラを止めるのは私の役目だ。

 彼女が負けを認めてくれればよかったが。どうしても出来ないほど、負けたときの罰とやらは恐ろしいことらしい。

「セクハラ以上の恐ろしい罰って何なの。負ければどうなるの。私が勝ったら教えてくれるんでしょ」

「わ、私たちは、まだ、負けていないわ」

 彼女がぼそぼそと言う。戦闘を続けたくないがやめるわけにはいかないのだ。

 だがやめる。これ以上のセクハラは凶器であり許せない。私はこれ以上戦いを続けるつもりはない。

「私は負けた時も、勝った時も、他にどんな能力があるのかとか、どうしてこんな能力が宿ったのかとか、何も知らない。あんたは知っているんでしょ。いろいろと」

「ええ。知っているわ」

「負けを認めなくても、実質的にもう負けよね。あんたの右手の女の子は、もう私の右手のおっさんが怖くて戦えない。それはわかるわよね」

 彼女は何も言わない。でもそれを認めるかのように、うなずくようにして首を垂れる。

「だから実質的に私の勝ち。決着していなくてもね。だから約束通り、私の知らない情報を教えてもらうわ」

 彼女が顔を上げる。

「とどめを刺さないの?」

 哀れなほど期待のこもった潤んだまなざし。美人の泣き顔は本当に絵になるなあ。私が男なら惚れてしまうところだ。

「同じ女だもの。これ以上無抵抗の女の子がセクハラの餌食になるのは見たくないわ」

「じゃ、じゃあ」

「かと言って見逃しもしない。あんたには情報以上の協力をしてもらうわ。それがこれ以上のセクハラをせず決着をつけない条件よ」

「協力……」

「わかるでしょう。あんたとその右手の女の子は強い。戦闘力なら私の右手のおっさんよりはるかにね。今回は相性が悪かった。こっちにはよかったけど。それだけ。今後他の能力者たちと戦うには、私は知識も経験もそして攻撃力も足りない」

「共闘するってこと? でも能力者同士の戦いでは、人数の差がある戦いは許されていない。戦闘時には必ず双方同じ人数でないといけないのよ」

「へえ。そうなの。そういうこともいろいろ聞いておかなくちゃね。どう。私に協力しなさい。知識と情報だけでなく、戦闘でも協力してもらうわ。もちろん相手が一人なら基本的にあんたに戦ってもらう。私の盾になり矛になり私のために全てを捧げなさい」

 言い過ぎだろうか。いや、そんなことはない。彼女はプライドが高いようだ。負けを無かったことにして肩を並べて一緒に戦いましょうなどという情けを受け入れるのは屈辱だろう。あくまで勝者が敗者に出す交換条件。見下し辛辣なくらいでないといけない。そうでないと彼女にとって敗北の代わりにはならない。受け入れられる条件にならない。

 彼女もそれはわかっている。だがあえて苦渋の決断かのように歯を食いしばりながら返事をする。

「わ、わかったわ。私は今からあなたの手下よ。あなたの命令に服従する。どんな命令でも遂行する。敵と戦えというなら戦うし、犠牲になれというならなるわ」

 どうあっても負けを認められない彼女。でも負けを見逃してもらっているだけだ。私が私のために犠牲になれというなら逆らえない。それがたとえ負けることだとしても。それが彼女の誇り。私は彼女の誇りを保ったままうまいこと味方にすることが出来た。

 もちろん私が彼女を手下とするのは建前だ。彼女は美人だしとても強く立派だった。友達になりたい。一緒に戦いたい。尊敬に値する人間なんて一生のうちに何人出会えるだろうか。戦い認め合った彼女は他のどんな友達よりも親友になれる予感があった。

「これからよろしくね」

 私は右手のおっさんを引っ込める。そして右手を彼女に差し出す。

 彼女も右手の女の子を引っ込める。右手で私の手を握り、私は彼女を立ち上がらせる。

 硬い握手。見つめ合い、かすかに微笑む。

 ああ。戦いのあとに友情が芽生える。昨日の敵は今日の友。これぞバトルの醍醐味。

 私は能力バトルがあこがれていたような甘いものではないと今日の戦闘で思い知った。でもその上で、やっぱりあこがれていたようないろいろな要素を楽しもう。楽しみながらも全力を尽くす。それでいいじゃないか。

 この戦いを楽しんではいけない理由なんてない。宿命だろうが何だろうが人生の一部にしか過ぎないのだ。それが深刻で辛いものならなおさら、明るく前向きに楽しまないと耐えられない。

「ありがとう」

 彼女がにっこり微笑みながら礼を言う。私は何のことかととぼける。二人でくすくす笑う。やがてそれは大きな笑い声になる。

「あんたとは仲良くやっていけそうね」

 私は彼女を見つめる。

「こちらこそよろしくね」

 彼女も私を見つめる。

「まだ名前も名乗っていなかったわね。私は」

「その前に」

 私は彼女の言葉を遮る。

「負けたらどうなるの。それを先に教えて。セクハラより辛い罰って何。気になって気になってしょうがないの」

「ええと、それは、あのね」

 彼女が私の耳元に口を近づけ、ぼそぼそとささやく。

 私の顔が青ざめる。

「本当に?」

「本当よ」

 何てことだ。負けるとそんな恐ろしいことになるのか。想像がつくようなことではない。神様は何と恐ろしい罰を用意するのだろう。そんな罰が待っているならたしかに負けられない。セクハラどころではない。

 彼女とその右手の女の子。二人がそんな悲惨な目に遭わなくて本当によかった。

 だがそれ以上に、私は負けられない。私と右手のおっさんがそんな恐ろしい罰を受けたらと思うと全身がガタガタと震えた。

 負けたら、私と、右手のおっさんが……

 いやああああああああ。

 負けられない負けられない絶対負けられないよおおおおおおお。

 セクハラや、それ以上に恐ろしい目に遭っても絶対負けを認められない。

 これは本気で、彼女にも頑張ってもらわないと。私一人で勝ち抜けるほど甘くない。彼女の協力が絶対に必要だ。

 彼女が負けを認めないからやむなく提案した共闘だけど。これでよかったのだ。こうでなければならなかったのだ。九死に一生を得た。彼女の協力を得られなければ私はきっと最後までは勝ち残れない。こういうの棚からぼたもちとか言うのだろうか。とにかくよかった。本当によかった。

 私は彼女の右手を両手で握ってぶんぶんと上下に振る。そしてよろしくね、本当によろしく頼むねと何度も念を押しまくった。


(完)

posted by 二角レンチ at 13:45| 右手がおっさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月10日

右手がおっさん(6)敵の能力

右手がおっさん(6)敵の能力

 私の右手の能力、セクハラに怒った彼女は右手の女の子を振りかざしながら突進してきた。私も右手のおっさんでそれに応戦する。

 彼女の右手の女の子は両手でパンチを繰り出してくる。早い。さっきのような隙は微塵も無く、私の右手のおっさんはにゅるにゅると気持ち悪い動きでかわすのが精一杯だ。セクハラ攻撃を叩き込む暇が無い。

 かわしきれない。このままではいつか食らう。何とかしないと。そう思った矢先、右手の女の子の拳が右手のおっさんの顔にヒットする。

 ゴギン!

 え?

 鈍い音がしたかと思うと、右手のおっさんの首がありえないほどねじれ、キモい顔が真後ろに向いていた。

 うそおおおおおお。

 気持ち悪ううううううう。

 何ということだ。右手の女の子に殴られて、右手のおっさんの首が真後ろを向くほどねじれてしまった。そんなにパワーがあるのか。あの細い腕で?

「あはははははは」

 彼女の笑い声が響く。見ると彼女とその右手の女の子は大口開けて笑っていた。

「あはははは。ざまあみなさい。みっともない姿。くすくす。私のかわいい右手のほほをなめるなんてセクハラするからこんな目に遭うのよ」

「な、何をしたの。どうして軽く殴っただけでこんなことに」

「これが私のかわいい右手の能力。殴った物を百八十度ねじる。首は百八十度もひねれないからね。一撃で確実に首の骨を折る。ちょっと素早いからって全部かわそうとしたのが運のつきね。腕で防御していれば腕一本失っても能力が判明したのに。馬鹿ねえ」

 くそ。ただ殴ってくるだけではなくその拳に何らかの能力があるのが能力バトルの常識。それを警戒していながら右手のおっさんに何の指示も出さずかわすに任せていたのは私のミスだ。

 たった一つのミスで全てが終わる。私の右手のおっさんの能力はセクハラ程度だったから多大な精神的ダメージは与えられたが致命傷は与えられなかった。しかし相手の能力を首という急所にくらってしまった右手のおっさんは致命傷だ。人型をしている以上人の弱点を持つ。首を折られればもうおしまいだ。

 終わった。私の能力バトルはあっけなくただの一撃で終わってしまった。

 くやしい。くやしい。くやしい。

 何がくやしいって。負けたことじゃない。私は一生懸命でなかった。全力を出し切れていなかった。右手のおっさんがキモいとか相手の右手がかわいい女の子でうらやましいとか、能力バトルにあこがれたとか激しい攻防を見るだけで何も考えていなかったとか、そういう戦いへのひたむきさが欠けていたことがくやしい。

 私はまだ満足に戦っていない。敗れるのは当然だった。しかし悔いが残る。出し切ってやりきって負けたならその敗北も受け入れられる。しかしこんな、自分の甘さ、弱さで頑張らずに負けたらやるだけやった満足も、その結果を受け入れる潔さも得られない。

「くすくす。あっははは。無様ね。言ったでしょ。私の右手は強いって。あなたの右手なんかが敵うわけないって。これでわかったでしょ。私が正しかったでしょ。あはははははは」

 何も言い返せない。私は笑われようがさげすまれようが仕方がない。頑張らなかった私が頑張ってきた彼女に何も言い返す資格はない。

 だがおっさんは。私の右手のおっさんはこんな駄目な私の右手になっても文句一つ言わずに頑張った。全力で戦い散った。その右手のおっさんを侮辱するのは許せない。

 私は言おうとした。私のことはどう言ってもいい。でも右手のおっさんへの侮辱だけは取り消せと。

 私は口を開いた。しかしその口からは意外な言葉が出てきた。

「大丈夫」

 私はぎょっとする。彼女もその右手の女の子もぎょっとする。私の声だが私の言葉ではない。その意味することに対して驚きを隠せない。

 首がねじれ真後ろを向いたおっさんと目が合う。普段むすっとして何を考えているかわからないおっさんが、初めて表情を変えにっこり笑った。

「大丈夫だ。こんなのへっちゃらさ」

 おっさん……!

 右手のおっさんの笑顔はキモかった。そのあいかわらずのキモさが逆に安堵を生む。

 おっさんが生きていた。うれしい。私の右手のおっさんは、首をへし折られても生きていた。

 痛くないのだろうか。やせ我慢なのか。でもその穏やかなほほえみは、何の苦痛も問題も無いことをこれ以上なく力強く語っていた。

「そ、そんな馬鹿な。右手の能力は人型ゆえに、人と同じ弱点を持つ。首を折られれば死ぬ。助からない。今までの相手は全て首を折られれば死んでいったわ」

 もうめそめそしていられない。今度は私が笑う番だ。私は涙を拭うと彼女をにらんだ。

「残念ね。私の右手のおっさんは首を折られたぐらいでへこたれるほどやわじゃないみたいよ。タフなのよ。見た目どおり、いえそれ以上にたくましくて精力的なのよ」

 彼女の表情がみるみる険しくなる。首を折っても倒せない相手は初めてらしい。彼女の右手の能力で倒せない。そんな相手とどう戦おうというのか。

「く、首だけで足りないならその全身を全てねじ折ってやるわ。全身ボキボキにへし折られたらさすがに助からないでしょう。いえ、その首が戻らないように、全身を百八十度ねじ折ったらもう戦闘不能になる。そうなれば必然的に私と右手の勝利が確定するわ」

 確かに。戦闘は戦闘を続ける限り負けない。しかしその戦闘自体を行えなくなれば決着する。そのとき動けない者は動ける者に負ける。明確に勝者と敗者が確定すればそれはすなわち決着だ。必ずしも殺す必要は無い。

 同じことは向こうにも言える。私の右手のおっさんの能力はセクハラ。首を折られても死なないタフさもその能力ゆえのものだろう。タフで限界無く責め続けるセクハラ。恐ろしい能力だ。この能力は敵を殺すことは出来ないが、戦闘不能にまで追い込むほど精神的、肉体的に疲弊させることで敵を倒すのだ。

 私の右手のおっさんが全身をねじ折られ戦闘不能になるのが先か、彼女の右手の女の子がセクハラに耐えかね戦闘不能になるのが先か、いずれにせよこの攻防で決着する。最終局面だ。私と彼女は互いの右手を振りかざし相手に突撃した。

posted by 二角レンチ at 11:03| 右手がおっさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

右手がおっさん(5)激突

右手がおっさん(5)激突

 私と彼女は右手の能力をかざしながらにらみ合う。私の右手、おっさんと彼女の右手、女の子もにらみ合う。

 彼女の右手の女の子はおびえている。私の右手のおっさんはいつもむすっとしているので何を考えているのかわからない。

 彼女がそのにらみ合いの硬直状態を打ち破るべく口を開く。

「変態が相手だといやな気持だけど。その分遠慮なくぶちのめさせてもらうわよ」

「だから私は変態じゃないって言っているのに。この戦いに勝ったらその侮辱を撤回させ謝罪させ償わせるわよ」

「いいわよ。その代わり、こっちが勝ったらあなたが変態だってことを認めてもらうわよ」

 くそ。何でそんな賭けをしなきゃならんのだ。でもしかたない。私の右手が変態っぽいからって私まで変態だと言われるのは我慢ならない。

「いいわ。私が負けたら変態だって認めるわ。これっぽっちも変態じゃないけれど、変態にでも何でもなってあげるわ」

「ふふふ」

 彼女が不敵に笑う。

「何?」

「あなた他の能力者と戦うの初めてなんでしょ。今のはただの口約束じゃないのよ。勝敗が決した際に生まれるエネルギーにより強制的に実現される契約なのよ」

 何だと。つまり私はこの戦いに負けると、本当に変態になってしまうというのか。

 冗談じゃない。そんなの絶対駄目だ。負けられない理由がまた一つ出来た。

 ちくしょう。こうも情報が後出しばかりだといい加減うんざりだ。どうせ私は何も知らないバトル初心者だ。この際聞いてしまおう。

「そうよ。私はこれが初戦。それどころかこの能力や宿命についてもあまり知らない。どうして戦うの。勝つとどうなるの。負ければどうなるの。教えて」

「恥知らずねえ。そんなの、勝てば教えてあげるわ。負ければどうなるか、くすくす。負ければわかるわよ」

 なんで笑うんだ。負けるとどうなるのだ。気になる。でも今はもうこれ以上ぐだぐだ言っている場合ではない。

「減らず口はそこまででいいかしら。そろそろ戦おうよ。それともやっぱり、私の右手にびびっているの?」

「はっ。そんなおっさん見た目だけ。右手の能力の強さは見た目とは関係ないのよ。私のかわいい右手はものすごく強いんだから。今までの相手は楽勝でなぎ倒してきたわ」

 本当かなあ。けっこう苦戦したんじゃないのか。どちらにせよ、彼女は初戦ではないというのは本当だろう。いくつもの戦いを経てきた貫禄がある。この凄味だけでも彼女の右手は相当強いのがわかる。

 それに引き替え、私の右手は強いのか弱いのか。どんな能力や攻撃方法を持つのかさっぱりわからない。戦闘になれば自律的に動くようだからまあ私が知らなくても問題ない。

「じゃあいくわよ。私の能力を食らえ!」

 私は右手のおっさんをふりかざし彼女に突進する。

「来なさい! 返り討ちにしてあげるわ」

 彼女も右手の女の子を繰り出し応戦する。

 くそう。やっぱり私の右手とは段違いに絵になる。うらやましすぎる。つくづく私の右手は私のあこがれた能力バトルからはほど遠い。

 だがまだだ。まだ可能性は残っている。私の右手はキモいおっさんだが、その戦闘方法、特殊能力までもキモいとは限らない。

 きっとすごく強いとか恰好いいとかで、私のあこがれの能力バトルに近くなるんだ。今だってそれなりに盛り上がっている。きっと私の期待は裏切られない。神様はここまでいくつもの試練を課してきた。その試練全てに耐えてきた私にそろそろ栄光を授けてくれるはずだ。

 彼女の右手の女の子はパンチを繰り出してきた。それを私の右手のおっさんは異様な素早さでかわす。恰好いいはずなのに全裸のおっさんがにゅるんと動くと何か気持ち悪い。いや、これでいいのだ。おっさんのビジュアルが不味いだけでちゃんとしたバトルになっているじゃないか。

 しかし拳で攻撃してきたか。パワーがあるのか。それとも拳で殴ることで発動する能力を持つのか。わからない。しかしかわしたらどんな能力だろうと関係ない。

 さあ。敵のパンチをかわして隙が出来た。今だおっさん。その秘められた能力を解放し、今こそ恰好いい能力で攻撃しろおおおお。

 ベロン

 何しているんだおっさあああああん!

 右手のおっさんは右手の女の子の攻撃をかわし、そのまま女の子のほほをなめ上げた。醜い舌を出しねっとりと純真無垢なほっぺというキャンパスに汚らしい唾液という絵具を舌という筆を使ってぶちまけた。

「いやあああ。何してるのよおおおお!」

 彼女が絹を裂くような悲鳴を上げる。当然だ。私はおどろきのあまりのどが詰まったが、そうでなければ私だって叫んでいる。

 右手のおっさんにほほをなめられた右手の女の子は固まっている。彼女はばっと後ろへ退き、右手の女の子のほほをハンカチで拭っている。

 右手の能力はしゃべれない。右手の女の子はようやく事態を理解するとぽろぽろと涙をこぼした。彼女は右手を必死に慰めている。うあああ。いたたまれない。

 私は茫然と、彼女が右手の女の子を慰める姿を傍観する。今攻撃すればチャンスかもしれない。でも同じ女として彼女とその右手の女の子の辛さがよくわかる。キモいおっさんにほほをなめられる。そのショックを考えればこの隙に襲い掛かるなんて非道な真似が出来るわけがない。

 そのとき突然声が響いた。

 メロン味……

 メロン味? 何のことだろう。いや、そもそも今の声はだれだろう。周囲を見回してもだれもいない。この場に私たち以外の人はいない。

 女の子はメロン味……!

 まただ。どこからこの声は聞こえるのだ。すごく近い気がするのにわからない。

「メロン味ですってえええ」

 彼女が激高する。彼女にも聞こえている。私の幻聴ではないようだ。

「やっぱり変態じゃない。あなた言ったわ。メロン味だって。私のかわいい右手がメロン味ですって。あなた右手の味覚がわかるの?」

 首を左右に振って否定する。私に右手のおっさんの味覚がわかるわけがない。伝わったら気持ち悪いだろうが。いやそれより今何て言った?

「わ、私じゃないわよ。私メロン味だなんて言っていない」

「言ったわ。やっぱりあなた自身が変態なんじゃない。その右手の能力はセクハラ。やっぱりあなたの変態性が具現化している姿なのよ」

 ち、違う。私言ってない。私は変態じゃない。何。何なの。わけがわからない。

 そのとき、私の口が勝手に動いた。いや、さっきは気付かなかっただけでさっきも私の口から言葉を発していたのだ。

 右手のおっさんが、自分はしゃべれないから私の口を動かししゃべっているのだ。あるいはこれが私の本性なのか。まさかそんな。

「女の子はメロン味。うまいうまいうまいうまい。もっと味わってやるぞ。隅々まで余すところなくベロベロなめてやるぞおおおおお」

 たしかに私の声。でも私の意思じゃない。私はこんなこと言わない。考えない。

 彼女はそれを聞いて怒りにほえる。

「許せない。私のかわいい右手をこれ以上汚させない。この変態が。さっきは意外な素早さに不覚を取ったがもう二度と私の右手に触れさせない。倒すわ。今すぐに。セクハラなんてふざけた能力、もう使う暇を与えないわよ」

 能力がセクハラ。能力がセクハラ。あははは。終わった。もう笑うしかない。私のあこがれ、格好いい能力バトルはもうありえない。能力がセクハラなんていろんな意味で最低だ。

 失意と絶望にげんなりする私に、彼女とその右手は共に怒りに瞳を燃やしながら襲い掛かってきた。

posted by 二角レンチ at 15:57| 右手がおっさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月05日

右手がおっさん(4)能力を見せつける

右手がおっさん(4)能力を見せつける

 右手に能力を宿した能力者たちの戦い。私は今初めて敵と対峙している。

 衝撃だったのは私の右手の能力はおっさんなのに、相手の能力はかわいい女の子だということだ。美人の能力者とかわいい女の子の取り合わせは見た目にとてもよい。うらやましすぎる。

 敵の能力者である彼女が右手の女の子をふりかざしながら言う。

「これが私の能力よ。かわいいでしょ。さあ、あなたの能力も見せてみなさい。私の能力よりかわいいなんてありえないけどね」

 かわいいも何もキモいおっさんなのだが。どうしたらいいのだ。能力を出すのがためらわれる。私の能力を見せるのは恥ずかしすぎる。

 しかしどうしようもない。能力者同士が出会えば戦うしかないのだ。戦わずに負けを認めるわけにはいかない。どうなるかわからないが、負けてはいけないことだけは宿命としてわかっている。

 やるしかない。私は覚悟を決めた。

「そこまで言うなら私の能力を見せてあげる。でもその恐ろしさのあまり悲鳴を上げて漏らしちゃっても知らないわよ」

 彼女と右手の女の子は二人ともくすくす笑う。

「そんなに強くて恐ろしそうなの。それは楽しみだわ。さあ見せなさい。あなたの右手に宿る能力を」

「後悔するわよ……本当に」

「いいから見せなさい。そんなもったいぶったところでどうせ大したことはないんでしょ」

 まあわかるわけがない。あんなかわいい女の子を右手に宿す奴に、キモいおっさんが右手に宿る恐怖はわかるまい。私の能力を一番恐ろしいと感じているのはほかならぬ私自身なのだ。

「見せてあげる。これが私の能力よおおおおお」

 私は右手をかざし力をこめる。エネルギーが急速に集中していく。私の右手が光る。能力が現れる。

 もうやけくそだ。やけくそでみっともない能力を出す能力者なんて今までいただろうか。いやいない。能力バトルにあこがれていた私にどうしてこんな、あこがれとは最も縁遠い能力が備わってしまったのか。

 うおおお見さらせ。そしておびえるがいい。

 ドン!

「いやああああ」

 思った通りの反応だ。彼女もその右手の女の子も涙を流しておののいている。

 恐るべき能力だ。その姿だけで同じ能力者をこれほどまでに恐怖させるとは。破壊力という点では優れているのかもしれない。

「へ……変態!」

 たしかに全裸のおっさんだ。変態に見えなくもない。そうか。変態か。能力が変態。ははは。もう悲しすぎて涙も出ないや。

「この、変態能力者!」

 は?

「ちょ、ちょっと、何よ、変態能力者って。たしかにこの右手は変態に見えるかもしれないけれど、それはあくまで能力であって私は変態じゃないわよ」

「とぼけないで。右手の能力はその能力者の本性を具現化した姿。だから変態のおっさんが出てくるならそれはあなた自身が変態だってことよ!」

 何だと?

 そんなことは初耳だ。というかそんなわけがない。

「何勝手なこと言っているのよ。私は変態じゃないわ。能力と能力者は無関係よ。じゃあ何。あんたの本性はそのかわいらしい乙女だっていうの」

「そうよ。私本当はもっと背が低くてかわいくて愛くるしくて、抱きしめたくなるキュートな女の子になりたかった。でも背が高くてクールっぽいからこんなふりふりふわふわの服を着ても似合わない。だからこの子は私の理想像なのよ」

 これだから美人は。はっきり言って女から見ても彼女は相当な美人だ。すらりとして胸も大きいしクールで知的。モデル体型のくびれた腰に長い手足。すごくきれい。凛とした美人だからかわいい服は似合わないかもしれない。でもその美貌の何が不満なのだ。いらないなら私に譲ってくれ。

「あんたの右手がたまたまあんたの理想の姿だっただけでしょ。私は私の右手と関係無い。右手が変態でも私は変態じゃないわ」

「違うわよ。あなた他の能力者に会ったことがないの? 私は何人かと戦ってきたからわかる。みんな自分の右手が自分の理想像だと言っていた。恰好いいのやかわいいの、美しいの。能力と能力者自身とがかけはなれた者もいたけれど、みんな右手は自分がこうなりたいと思っていた姿をしていると言っていたわ」

 じゃあ何か? 私の本性は変態で、私は全裸で変態のおっさんになりたがっているということか?

「ひどい侮辱だわ。許せない。そんなわけないでしょ。私は花もはじらう女の子なのよ。全裸で変態のおっさんになりたがっているわけないでしょ」

「どうだか。人は見かけによらないわ。あなたは変態なのよ。そうでしょ。図星でしょ」

 この女。許せない。右手のおっさんが私のなりたい理想像なわけがないじゃないか。そうか。作戦だ。私を動揺させ戦闘を有利に運ぼうとしているのだ。

 その手には乗るものか。でももし彼女の言うとおりだとしたら。

 いやいや。いくらなんでもそれはない。自分のことは自分でよくわかる。私に変態趣味なんかこれっぽっちも無いし、男やおっさんになりたいという願望もまったく無い。

 これが能力者同士の駆け引きというものか。私は右手の姿で恐怖を与え、彼女はそれを逆手にとってこちらを動揺させにきた。すでに戦いは始まっているのだ。私は右手を構えて戦闘態勢を取った。

posted by 二角レンチ at 13:23| 右手がおっさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

右手がおっさん(3)敵との遭遇

右手がおっさん(3)敵との遭遇

 ある日街を歩いていると、ついに敵の能力者と遭遇した。

 若い女だった。他の人とはあきらかに違う。能力者は能力者が近くにいると感覚でそれとわかるようだ。

 なるほど。もし一方だけが相手を知っていたら不意打ちで倒せてしまう。それでは能力を駆使した戦いにはならない。能力者同士が戦うということは互いを能力者と察知し正面から戦わざるをえないということか。

 彼女はこっちを見たがそのまま歩いていく。ついてこいということだろう。人気の無いところで思う存分戦うつもりらしい。

 望むところだ。右手に宿る能力、おっさんはみっともなくて人前では絶対に出せない。彼女も同じ苦しみを背負った能力者。私は敵として戦う彼女に対し一種の親近感を覚えた。

 もちろんそれで手を抜いたり油断したりすることは無い。燃えてきた。能力者同士の戦いがいよいよ始まるのだ。戦う前からテンションが最高に達する。

 人気の無い場所へついた。ここならいくら騒いでもだれも来ないだろう。戦いの舞台として申し分ない。

 私は彼女と向かい合う。不敵な笑みを浮かべた彼女は余裕そうだ。戦いに慣れているのだろうか。私はまだ一戦もしたことのない初心者だと悟られないよう同じくらい余裕の笑みで返した。

 彼女が口を開く。

「あなたも右手に能力を宿しているのよね。そうでなければ出会ってすぐ戦うなんて悲しいことにならずに済んだのに」

 いいぞ。私のあこがれていたバトル漫画っぽいセリフ。不謹慎にもわくわくしていた。私も同じように言葉を返す。

「そうね。能力者たちは出会えば戦わねばならない宿命。とても悲しいわ。でも戦わずに済ませることも出来るわ。あなたが今すぐ敗北を認めればいいのよ」

「ほざきなさい。私の右手に敵う者はいないわ」

「ここにいるわ。ほら出してごらんなさい。あなたのご自慢の右手を。私の右手に敵うとはとても思えないけど」

「いいわ。見せてあげる。私の右手に宿る能力を」

 彼女が右手をかざす。その右手が光りだす。来る。彼女の右手がその姿を現す。

 どんなおっさんなのかしら。私の右手のおっさんよりキモいおっさんなんて想像もつかないけれど、きっとキモい。彼女も右手のおっさんを初めて見たときは私と同じくらいショックで苦しんだに違いない。同じ女として、右手がキモいおっさんになった辛さはよくわかる。

 彼女も私と同じ。その辛い試練を乗り越えた。今堂々とその右手のおっさんを見せようとしている。どんなにキモいおっさんが出てきても決して笑ったりはしない。

 彼女の右手の光が形を取る。人型になり、光がはじけその姿を現した。

 ドン!

 女の子だとおおお?

 彼女の右手はかわいい女の子になっていた。これが彼女の右手に宿る能力。

 どういうことだあああああ!

 このショックがわかるだろうか。絶望がわかるだろうか。影は光が強いほど濃くなる。彼女の右手がかわいい女の子であるということで、私の右手がキモいおっさんだという事実の耐えがたさが百倍にも膨れ上がる。

 彼女に同情していた。親近感を抱いていた。同じ右手に能力を宿した者同士。敵とはいえ若い女の子の右手がおっさんになるという悲しみを分かち合う同士として、その辛さに耐えた彼女に敬意すら抱いていたというのに。

 こんなのってないよおおおお。

 ずるいずるいずるいずるいいいいいい。

 私もあっちがいい。かわいい女の子がいい。それなら愛でることすら出来た。うれしかった。しかも服着ている。能力は服すらも含めて具現化出来るらしかった。

 どうして私の能力はキモいおっさんなの。服着てないの。いや、服着せたら余計やばくなったから全裸の方がまだましなのだが。

 どうしてどうしてどうしてどうしてあっちはかわいい女の子なのに私の右手はおっさんなのよおおおおおおおお!

posted by 二角レンチ at 13:19| 右手がおっさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。