2013年03月31日

理の創世(0)あらすじと人物紹介

理の創世(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 この世には、神しかいなかった。

 虚無の中にただ一人いる神は退屈に飽きていた。

 神は己の持つ力、概念を切り離し、それを元に理(ことわり)を生み出した。

 万を数える理たちはみな神の子である。彼らは虚無の中に世界を生み出し、神を永遠に楽しませなければならない。そのため今までに百を数える世界が生み出され、神に飽きられ捨てられてきた。

 進化と宇宙の二つの概念を軸に生み出したこの世界もまた、神は飽きて破棄を命じた。

 終末と創世。今の世界を無に帰し、新しい世界を創造する。

 新たな世界を生み出すために、男女二人の理を選出する。それは理たちの中で、概念の中で最強でなければならない。

 男女の交わりを禁じ物理世界に干渉するために、理の器として用意されたのは人間の女。理たちはその身体を乗っ取り受肉する。

 受肉した理たちは残った人間を全て虐殺し、世界を砕き消滅させ、この世を虚無に戻す。

 理は死んでも死なない。殺されても復活する。

 概念は全て互角の力を持つ。ゆえに理の力は心の強さによる。

 世界を無に帰し、創世を担う最強の理二人を選出する儀式アポカリプス。

 その闘争において敵の理を倒すには、何度も殺し恐怖で心を削りへし折りリタイアに追い込むしかない。

 闘争に臨む勇気ある理たち八組十六名による戦いが、世界が消滅した虚無の中で始まる。

説明

 概念たる理は男女いますが、人間の女の身体を乗っ取り受肉するため、闘争では男の理も女の姿をしています。

 この「理の創世」も、現在ブログで連載中の「天使の試練」も執筆は完結しています。未完の心配は無いので安心してお読みください。

 以下軽く人物紹介です。何人かはイメージラフをつけています。全て受肉した人間の女の姿です。

 作中は自由なイメージで想像出来るように挿絵がありません。

 小説を読む際に、イメージラフを見ていても問題無いという方のみ以下の人物紹介をごらんください。

人物紹介を見る
posted by 二角レンチ at 22:33| 理の創世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天使の試練(12)悪魔の選択 6

天使の試練(12)悪魔の選択 6

 翌朝、顔を洗って部屋を出るとストレイジがいた。

「起きたか。じゃあ朝食にするか」

 ぼっと顔が熱くなる。きっと真っ赤だ。私はふいっと顔を逸らす。

「おいおい。おはようは? お、は、よ、う」

「お、おはよう。ストレイジ」

「そしてありがとうは。あ、り、が、と、う。昨日チャームを解除してやったあと、お前ぐったりしてそのまま寝ちまっただろうが」

 嫌みったらしい奴だ。でもお礼は言わないと。

「あ、あり、んん」

「あーん。聞こえないぞ」

「あ、ありがとう。チャームを解除してくれて」

「ふふん」

 そこはどういたしましてじゃないのか。そう言えばこいつ、人におはようを言わせておいて自分は言っていないじゃないか。何て礼儀知らずで自分勝手な奴。

 顔が熱い。ストレイジの顔をまともに見られない。だって昨晩あんなことがあったのだから。

 上級悪魔ミルノートにかけられたチャーム。ストレイジによればあり得ない程強力らしい。ただの接触で、魔力を込める動作すら無しにチャームをエンチャントするなんてあり得ないらしい。

 普通チャームはエンチャント出来る物ではない。悪魔本人が放出するもので、そのそばにいないと効果をもたらさない。たとえ離れたあとに後遺症的に残っていても、神であるストレイジの放出するチャームにより中和され消えるはずだ。

 エンチャントされた魔力を解除するには直接接触により魔力を送り込んで解除するしかない。だからストレイジは私を丸裸にしてその肌に直接触れて魔力を解除した。

 舌で、私の全身を、隅々まで、時間をかけて、じっくり見て、私を押さえつけ、ひどく恥ずかしいポーズをさせて。

 私がミルノートとくんずほぐれず抱き合いながらキスしたり触り合ったりしたからだ。どこが触られているかもわからないからと言って、私の全身を、隅々まで。絶対に触られていないところまで。

 指の股とか、わきの下とか、触られていないのにストレイジの舌がなめた。這った。愛撫した。

 無茶苦茶気持ちよかった。処女で、エッチをしたことの無い私。舌でなめられるのがあんなに気持ちいいとは知らなかった。

 チャームで身体が火照っていたせいもある。ミルノートとの情事が途中で中断されて身体が敏感でうずいていた。だからだと思いたい。私はエッチな子じゃない。初めてなめられたんだ。性感帯の開発なんてされていないのに。あんなに気持ちよくなるなんて。

 ストレイジは上手すぎた。舌も、手も、指も、愛撫がものすごく上手だった。チャームのせいでミルノートのことを好きだった私が、それを忘れて快感に溺れた。

 ストレイジは私の身体の隅々までじっくり見た。その度すごくきれいだとか形がどういいのかとかほめてくれた。どんな恥ずかしいところも男の欲情した目でじっと見られた。そしてほめてくれる。女としてすごく幸せで気持ちのいい体験だった。

 私のあそこを特にほめてくれた。でも中までは触られていなかったので、彼も指や舌を入れたりはしなかった。

 それだけが救い。チャームに冒されミルノートを好きな私は、好きではないどころか憎み嫌う男に愛撫されほめられ感じるあの倒錯感にぞくぞくした。興奮しまくった。好きな人がいながら他の人に愛撫される後ろめたさが快感を倍増させた。

 恥ずかしすぎた。気持ちよすぎた。幸せすぎた。感じすぎた。私は何度も何度も何度も何度もイって、そのたび恥ずかしいあえぎ声を上げて、ストレイジは私をイかせる度に、にまにま意地悪に笑って。

 あまつさえ、快感にはまった私はチャームがすっかり解けてからも解けていないふりをして、もっとしてほしくて、ストレイジはもちろんわかっていて、でもわからないふりをして私が求めるだけ愛撫を続けてくれて……

 恥ずかしすぎる。

 死にたい。死にそう。最低。私最低。

 だって知らなかったもの。一人で慰めるのとまるで違う。全く別物。同じ快感とは思えない。

 男の人にされるってあんなにすごいんだ。気持ちいいんだ。エッチに慣れて気持ちよくなったらはまるって友達はみんな言っていた。今ならその気持ちがよくわかる。

 最後までしちゃったらどうなるんだろう。初めは痛いけど、慣れると天国だって友達みんな言っていた。でもストレイジはきっと、友達の彼氏たちなんかまるで話にならないほど上手いに違いない。そんな人と最後までエッチする。きっと愛撫だけより何十倍も気持ちいいに違いない。

「ショウコ。よだれ拭けよ。そんなに腹減っているのか? 朝食の用意が出来たぞ」

「あへ? え、え、わ、わわわわ」

 いけない。昨日の快感を思い出して恍惚としていた。ストレイジはもちろん私が何を考えていたのかお見通しでにやにやしていた。

「心配しなくても、毎晩してやるよ。本当は毎日少しずつの予定だったのに。ミルノートの奴のせいで一気にあんなにしちまった。でもまあ心配するな。まだまだ気持ちいいことはたくさんある。天使になるまで処女をいただくのはおあずけだが、なあに、他にも気持ちいいことたくさん教えてやるぜ」

「べ、べべべ別に、そんなのいりません。必要ないです。わたくしは」

「しゃべり方おかしいぞ。くくく」

「う、うるさい」

「夕べはあんなにかわいく素直だったくせに。おねだりばかりで。うくくくく」

「言わないで。忘れて」

「あいにくだったな。神は忘れることが出来ない。人間と違って思い出せないという事もない。ばっちりしっかり鮮明に、昨日のお前の裸を、痴態を、あえぎ声を、いくらでも脳内リピート再生出来るぜ。お前の恥ずかしいおねだりを、一言一句漏らさず言ってやろうか?」

「うああああああ、この馬鹿、いけず、変態。もう知らない」

 私はぷいっとそっぽを向いて、ストレイジが変質させて作り出した朝食をかきこむ。

「ははは。それよりショウコ。お前、気付かないか」

「何が」

「トイレに行きたくならないだろ」

「あんたねえ、食事中に何言っているのよ」

「天使の変質がかなり進んでいる証拠だ。普通は二週間から三週間かかる。体内や体表の不純物と毒を全て浄化出来るようになっているんだ。もうお前はトイレに行く必要は無いしシャワーを浴びる必要も無い。常に清潔だ。人間で言えばアイドルみたいなものだ」

「アイドルがトイレ行かないってのはファンの妄想よ」

「ははは。これはすごいことなんだぞ。今日でまだ三日目。なのに普通の半分程度も変質が進んでいる。こんなのは初めてだし、俺の知る限りで前例が無い。天使の素質があるほど変質が早く、同じ変質期間でもより高みに至れる。お前は間違いなく、史上最高の天使になれる」

「生き残れば、でしょ」

「そうだ」

「ねえストレイジ」

「ん?」

「これも、悪魔の選択なんでしょ」

「ああ。わかっているじゃないか」

「私は生きなければならない。死にたくないだけじゃなくて、生き残り天使にならなくてはならない」

「そうだ。これは悪魔の選択。ミルノートと契約したからな。必ず履行しなくてはならない。もしお前が途中で死んで契約を反故にしたりすれば、ミルノートはその代償として、大勢の人間をこれでもかと言う程むごい方法で殺しまくるだろうな」

「ミルノート。あの恐ろしい悪魔は今もこれからもたくさんの人間を苦しめ殺す。でもそれは、私が天使の試練に失敗した場合に比べれば少ない」

「そうだ。悪魔と出会っておきながら倒せなかったのはお前の罪。そのせいで殺される人たちの無念を、命を、業を、お前は背負わなければならない。死をもって償うことも出来やしない。被害に遭う人間を最小限にするにはお前が天使の試練を突破して天使になり、奴を倒すしかない」

「その間に殺される人たちを全て見殺しにして、ね」

「それが悪魔の選択。お前が自殺したり殺されたりすれば、ミルノートは他の人間を大勢殺してその憂さを晴らす。お前は自害により罪を償うことも、天使になるまでに殺される人を救う事も出来ない」

 そう。私には選択肢は一つしかない。天使になりミルノートを倒す。これが一番被害の少ない方法。

 悪魔の選択は、常に代償や被害を伴う。被害の一番少ないものが最善の選択。マンガなら全てを救うことの出来るヒーローがいる。でも天使はヒーローでもヒロインでもない。冷酷に、被害が少ない選択肢を選び、その業を背負い続けるしか出来ない。

 そして何より汚いのが、天使の力で心が強く、より人間離れすることにより、それをあまり悪いことでも申し訳ないこととも思わなくなっていくことだ。そうでなければ耐えられない程重い罪。昨日まででさんざん思い知り、泣き、謝り、どうしようも無いことを知った。

 ただの人間だった私なら耐えられない。でも人間と天使の中間の存在であり、より天使に近づいている今の私なら耐えられる。犠牲を出し、犠牲者に恐怖と苦痛と死を強いて、その業を背負う。そしてその罪の重さに耐え、踏ん張ることが出来る。

 全てを救える程強くない。弱い分だけ犠牲を強いる。私のせいで人が死ぬ。でもそれを私は背負う。

 悪びれない。泣かない。逃げない。ふてぶてしく傲慢に。それが天使。天使のあり方。格好悪くて卑怯で卑劣。汚くみっともなく残虐で非道。神や悪魔と同じ。天使は人間の概念から言えば邪悪な存在なのだ。

 私は努めて明るい声を出してストレイジに話しかける。

「しっかし、昨日のあのやり取り、ミルノートがよくあんな陳腐でありきたりな口車に乗ったよね。マンガでよくある、強い敵がなぜか主人公を倒しても殺さず見逃して、強くなった主人公に返り討ちに遭う典型的なパターンじゃない」

「乗るのは当たり前さ。奴の強さは尋常じゃない。返り討ちに遭う可能性は全く無いと自負して当然。お前は掛け金が必ず百倍になるギャンブルがあれば賭けないでいられるか。少しも損する可能性が無い、確実に勝てるギャンブルだぞ」

「そんなの、誰だって賭けるに決まっているじゃない」

「だろう。奴にとっては確実に勝てるギャンブルなんだ。賭けるに決まっている。自分が負ける可能性がまったく無いからな」

「そうだね」

「でもわずかに損する可能性がある。お前が死ねば、今のお前を味わう楽しみ分だけ損をする。もしお前が死んだら、それだけが奴にやり返せるささやかな報復ってわけだ」

「私死なない。絶対天使になってあいつを倒してみせる」

「その意気だ。頼もしくなったな。昨日までびーびー泣いていたお前とはえらい違いだ。女の快感を知って大人になったか」

「も、もう、それは言わないで」

「ああ。処女だからなあ。大人の階段上ったとは言えないな。十八歳にもなってまだ子供のままだ。うははははは」

 相手していられない。

「そろそろ出発しようよ」

 私がそう言うと、ストレイジは変質させた部屋などを全て戻す。あれだけ豪華なホテルの一室みたいだったのが、元の汚く朽ちた廃屋の部屋に戻る。

「ショウコ。行くのか」

「行くよ。私は」

「天使の試練は悪魔との戦い。もっと絶望を味わい続ける。悪魔は絶望により心を折って天使を倒す。今までの絶望よりももっと辛い絶望を、今後も味わうんだぞ」

「わかっている。でも負けない。もう決めたの。私はやり遂げる。やらないといけない。犠牲を無くせない。減らせない。でもより多くの犠牲を防ぎ、被害を最小限にする選択は出来る」

 私は一呼吸おいて、心を決めて宣言する。

「私は悪魔の選択をする。常に最良の、最小被害の選択をする。その犠牲を強いる。その恨みを受ける。その命を背負う。もう潰れない。絶対倒れない。私が犠牲にする人たちを、決して無駄死ににはしない」

 ストレイジは真顔で聞いていた。でもにっこり笑って私の頭をなでる。

「強くなったな。いいぞ。その調子だ」

 あんたが鍛えてくれたから。小さな絶望から始めて私を導き成長させてくれたから。なんだか素直に言えなくて、心の中だけで感謝した。

「んー? 言いたいことがあるなら言っていいんだぞう。俺への感謝とかな」

「も、もう、あんた本当に心読めないの?」

「神は嘘つけない。俺は他人の心は読めないさ」

 ストレイジは無茶苦茶嫌な奴だけど、軽口やひどいことを言うときその裏に、同じくらい慈愛と思いやりが込められていることはもうわかっている。神は常に、悪意と善意の両方を持ち、それを与える。

「行こう。ストレイジ」

「ああ。行こう。仲良く手を繋いでな」

 ストレイジが私の手を握ろうとしてくるので、私はその手をぴしゃりと叩いた。

posted by 二角レンチ at 09:35| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

天使の試練(11)悪魔の選択 5

天使の試練(11)悪魔の選択 5

 ストレイジは人気の無い廃屋の中に私を連れ込んだ。

「ここなら人も来ないな。今日の宿はここにするか」

 ストレイジの足下が光る。光は廃屋の中全体に床や壁を伝わるように広がっていく。

 変質する。見る見るうちにそこは豪華なホテルのような一室になった。

「すごい。昨日の木の小屋とはまるで違うのね」

「ん? 人間は木や質素さの美しさがわからないのか。質素なほど清い。自然に近いほど清い。こういう豪華なのはまあ、たまに味わうにはいい程度の味さ」

 人間にとっては贅沢だが、神にとっては違う味の料理を食べるようなものらしい。似て非なる感覚。神や悪魔は何でも味って例えるな。本当に味がするのだろうか。

「ねえストレイジ。天使の味は蜜の味って言っていたわよね。本当に甘いの?」

「ああ。人間にはわからないだろうがな。神は幸福を甘い味と感じる。清いほど甘い。強いほど甘い。よいものほど甘いんだ。まあ甘いというのは一語で表すための便宜的な例えで、人間の言う甘いみたいに単純単一の味ではないがな。悪魔も元は神や天使だから、同じように清いもの、強いもの程甘く感じる」

「ふうん」

 ストレイジは私をお姫様だっこしたまま、豪華でふかふかのベッドに向かう。

 そこにそっと私を寝かせる。

「ありがとう。ストレイジ」

「ああ」

「今日は疲れちゃった。天使の力で身体の疲労は治癒されるけど、心の疲れは取れないのね」

「もっと変質が進めば心も強くなるし回復力も抵抗力も高まるさ」

「ふうん。じゃあ、おやすみ」

「何言っているんだ。これからだぞ」

「いいよもう。早く出ていって」

 身体がうずく。汚らわしい男の前では平静を努めているがもう我慢出来ない。あそこが熱い。早くミルノートの唇を、手を、おっぱいの感触を思い出しながら一人で情事にふけりたい。

「今からミルノートにかけられたチャームを解いてやるからな」

「そんなことしなくていいよ。私はもうお姉さまのもの。お姉さまのために早く完全な天使になって、今よりうんとおいしくなった私を食べてもらうんだから」

「ふざけるな。お前は俺の妻だ。あいつのものじゃない」

「ふざけているのはどっちなの。私はあんたのものじゃない。お姉さまのものなの。私にはお姉さまだけいればいい。あんたなんかいらない」

「くそ。ミルノートめ。まったく、悪魔の真実って奴は何なんだ。普通は悪魔本人がそばにいなければ俺のチャームで中和し打ち消せるのに。解除しないと消せない程強い。こんな強力なチャームはあり得ない。くそったれめ」

「お姉さまのこと悪く言わないで」

「お姉さまってなあ、あいつは男だぞ。女の化身の姿に変質しているだけだ。あいつは元神で、神は全部男だ。俺だって女の化身を持つが、本質は男なんだ」

「それが何なの。私の処女は男のお姉さまのもの。お姉さまが男の姿になって私の初めてをもらってくれるなんて素敵じゃないの」

「ああもう。らちが明かねえ。チャームの解除を始めるぞ」

「やめて。お願い、ストレイジ」

 私は涙を貯めた潤んだ瞳でストレイジを見つめる。

「私、こんなに人を好きになったの初めてなの。相手が悪魔でも、チャームでも、関係無い。これは私の本心よ。私はあの人が好き。何でもしてあげたい。何でもされたい。あの人が望むことならどんな苦痛も私に出来ることなら捧げたい。あの人を喜ばせるために私は生まれたのよ」

「だから、それはチャームのせいだって。本心なんかじゃ断じてない」

「どうして? 私は純粋に、心の底からあの人のことが好き。嘘や作り物でこんなに純粋で深い想いが生まれるものなの」

「ああ。人間は神が楽しむために作ったものだ。感情を作り与えたのは愛憎劇を楽しむためだ。いかに純粋で深くとも、どこまでいってもその気持ちは作り物なのさ」

 私はボロボロ涙をこぼす。

「うそ。いや、お願いだからやめて。私幸せなの。こんなに幸せなのも、人を愛したのも初めて。こんな幸福があるなんて知らなかった。私からこの素敵な気持ちを奪わないで」

「お前は惑わされているだけだ。チャームを解除したらそんなことは思わなくなる。失ってよかったと思うさ」

「そんなわけないよ。ストレイジ。あんたは本気で人を好きになったことがあるの? 無いでしょ。あるわけがない。本気で好きになったことがあるなら、その気持ちを無理矢理奪われるのがどれほど辛いかわかるはずよ」

 ストレイジの顔が凍り付く。噴火寸前の火山のように、静かで恐ろしい凄みをにじませる。

「お前にはわからないだろうがな、俺はお前のことも、今まで妻にしようとした女たちも、みんな本気で愛していた。真剣に恋し、愛し、見守り、永遠の伴侶にすると決めたからこそ天使の試練を課すんだ。それがことごとく悪魔に奪われ殺される。愛する気持ちだけでなく愛する人自身を失い続けてきたんだ。その辛さがわかるか。わからないだろう。わかるわけが無い。人間なんかに神の気持ちがわかってたまるか」

「わかるわけないでしょ。そんなの嘘よ。きっと軽い気持ちだもの。女の子をとっかえひっかえ。軽薄。ナンパ男。最低。私のこともどうせ遊びなんだわ。駄目でも次を探せばいい。神にとって人間はただのおもちゃなんでしょ。おもちゃに真剣に恋するわけがないじゃない」

「違う。神は人間をおもちゃにする。でも深く愛することも出来る。いや、正確には、おもちゃであり愛すべき存在なんだ。かわいい我が子のようなものって言うだろう。神は子供を産めない。だから代わりに人間を慈しむ」

「嘘よ。あんたの言うことは全部嘘。矛盾ばかり。いい加減。無茶苦茶だもの」

「神の理は人間には理解出来ない。人間には矛盾でも、神にとっては真理なんだ。人間なら矛盾を抱えて生きられない。でも神は矛盾を抱えて生きる。あらゆる物事を全て理解し受け入れ包み愛でる。どれも分け隔て無く尊重する。それが神なんだ。神の愛なんだ」

「いい加減にしてよ。あんた、天使の試練に失敗した女の子が悪魔の拷問を受けるのを見て楽しんでいるんでしょ。七日七晩もの間、見るに絶えない凄惨な拷問、人間なら不可能な残虐行為を見てげらげら笑っているんでしょ」

「当たり前だろ。愛する人は愛する人。ショーはショー。人を愛するのも、愛する人がひどい目に遭い絶望の表情を見て笑うのも、どちらも尊重する。どちらも楽しむ。どちらも大事だ。それが神の真理。言っておくが、愛する人が拷問を受けるのを見て心を痛めているんだぞ。愛したからこそその最後までを見届けたい。見送りたい。慈悲であり愛であり最後にしてやれることだ。愛するから必ずその最後を見届け見送る。でもな、その様があまりに笑えるんだ。おかしいんだこれが。あんなの爆笑せずにはいられない。そんなの当たり前だろう。人間だって、愛する人を失ったら悲しむ。でも愛する人との楽しい一時を思い出せばその幸せな気持ちを思い出して笑うだろう。同じように、愛する人が笑える程滑稽なら、悪魔の拷問をされていたって笑うに決まっている」

 私はストレイジを殴ろうとした。でもその平手はあっさり手首を捕まれ止められる。

「本当、あんたって人は、いや、神だからかな。本当に、人間の私には理解出来ない。したくない。受け入れられない。あんたの妻なんか死んでもならない」

「お前も天使の変質が進んで心が強くなれば、受け取れられるようになるさ。愛する人が精一杯滑稽で無惨な姿をさらして笑わそうとするんだ。笑ってやるのが一番のお返しに決まっているだろう」

「もう、ひどすぎる。こんなのが神。人間を作ったなんて信じられない」

「人間はすぐ信じる信じないって言うけどな。都合のいいことだけ信じる。都合の悪いことは信じない。なんだそれ。真実は真実。真理は真理。人によってころころ変わるわけがないだろ。人間は傲慢すぎる。真実を、真理を、自分でねじ曲げられると本気で思いこむ程愚かでずるい」

 私は歯ぎしりしながら涙を流す。こいつと話していると気が狂いそうだ。まるで話が通じない。絶対に理解し合えない存在が夫婦になるなど出来るわけがないのに、それすらも神はわかっていないのだ。

「もういいから行ってよ。一人にしてよ」

「話を逸らすんじゃない。ショウコ。今からミルノートの奴にかけられたチャームを解く」

 ストレイジは私の服に手をかけると、いきなりビリビリ引き裂いた。

「いやあああ、何するの」

 ストレイジは神の化身。その人間離れした怪力は、服など紙よりたやすく破れる。

「い、いや、犯さないで。いやああ、ひいいいい」

「犯さねえよ。天使の試練なんだ。天使になるには処女でないといけない。だからお前を抱けない。くそ。俺だって早く抱きたいんだぞ。でも我慢しているんだ」

 私は服を破り取られた胸を両手で隠す。ベッドの上で横を向きストレイジに背を向ける。

 ぎしっ。ベッドがきしむ。ストレイジが私の上にのしかかってきた。

「ひいいいい、いやああああ、助けてお姉さま、犯されるう、私の処女はお姉さまのものなの、大事なのにい、汚い男に奪われる」

「だから犯さないって言っているだろ。これは解除なんだ。必要なんだ。大人しくしろよ」

 ストレイジは私にのしかかり、たくましい腕で抱きしめる。動けない。逃げられない。そして片腕で私を押さえつけながら、スカートを引き裂く。

「いや、変態、痴漢、やめて、ひどい、こんな、うええええええ」

「泣くなよ。本当なら楽しいところだが、ミルノートの忌々しいチャームにかかっているお前で笑う気にはなれねえよ」

 ストレイジは私のブラを引きちぎる。そして私のパンツに手をかける。

「お願い、そこは、許して、本当に」

「だから心配するなって。ああもううるせえ。いやらしいことするわけじゃないんだ。医者に見せるつもりで大人しくしろ」

 こんなスケベで最低な男に肌をさらす。女にとって、処女にとって、こんな辱めは無い。

「私の裸はお姉さまのものなの、お姉さまだけが見てもいいの、見ないで、いやあああ、死んじゃえ、馬鹿あああああ」

 私が手で押さえるパンツはあっけなくちぎりむしられる。

「うっ、ぐすっ、いや、うああああ」

 私を丸裸にしたストレイジは、私の両の手首をつかんでベッドに押しつける。

「きれいだ」

 ストレイジは私の小振りなおっぱいを見つめてつぶやく。

「ぐすっ、うえええ、見ないで、いやああ、うああああ」

 力強い男に組み伏せられる。何て恐怖。男って怖い。ミルノートはあんなにやさしかったのに。

「奴のチャームは強力すぎる。普通は俺の発するチャームで中和し消せるんだが、こうして肌に直接当ててもまるで消えない。こうなるともう、直接浄化するしかない」

 私は泣きながら聞くしか出来ない。

「俺の舌で浄化する。奴に触れられたところを全てなめて奴の魔力を溶かし消してやる」

「ひっ、変態、そんなの、あんたがなめたいだけじゃない。いやよそんなの。あんたになめられるなんて」

「しょうがないだろ。お前が抵抗しないなら別だが、暴れるからこうして両手を押さえていないといけない。俺の両手が塞がるんだから、舌を使ってするしかないだろ」

 ストレイジはにやにや笑う。スケベな意図がありありだ。

「大人しくするから手を離して」

「嘘つけ。暴れるくせに」

 私の口が勝手に開く。強い魔力でこじ開けられた。

「あ、あ、ふ?」

「まずは口からだ。奴にさんざん舌を絡めたキスをしやがって。おかげで俺も舌を入れないと浄化出来ない。舌を噛まれちゃかなわないからな。魔力で口を固定させてもらったぜ」

 魔力で私を操作出来るなら、やっぱり手を押さえる必要はないじゃないか。何が手が塞がるから舌を使うしかないだ。嘘じゃないか。神は嘘つけないって言ったくせに。

「あー、一つ言い忘れていたことがある」

 神は心を読めないと言っていた。なのにまた、私の心を読んだかのように言う。

「神は嘘つけない。でもからかうことは出来る。からかいは嘘には当たらないんだ」

 何だそれ。そんな屁理屈をつければいくらでも嘘を言えるなら、嘘つけないってこと自体ほとんど意味無いじゃないか。

「さてと、それじゃあチャームを解除するとしますかね。奴に触れられたところに強い魔力が付与されている。エンチャントって奴で持続性が強いんだ。奴が触れただけでなくお前が奴に触れても同じだ。普通は軽い接触程度ではエンチャントを付与するには足りないんだがな。奴は強すぎる。だがまあおかげで役得かな。お前、あいつにおっぱいもまれていたな。しっかりなめてチャームを解除しないとな。それにお前、あいつの足に股をこすりつけていたな。そこも念入りに解除しないと。この舌を使って」

 私の大事なあそこをなめると言う。そんな恥ずかしいこと、処女の私にするなんて。変態すぎる。鬼畜すぎる。この男は本当に、スケベでひどすぎる。

「あちこち触られていたからなあ。背中も抱きしめられていたし。背筋をつつつとゆっくり舌を這わせて解除してやる。ああ。そうそう。心配するなよ。俺はちゃんと上手いから。ミルノートの舌遣いに負けないぞ。ちゃんとあいつがした以上に気持ちよくしてやる」

「ん、んー、んー」

 私は魔力で口の動きを封じられ、抗議の声を上げられない。

「ははは。うれしいか。自業自得だぞう。あいつにすり寄り身体全体使って抱き合うからだ。おかげで全身なめないといけないじゃないかあ。ふへへへ。特別サービスで、足の裏までなめてやる。どこか一カ所でも奴の魔力が残っていたら大変だからな」

 いやだ。こんな男に全身を、恥ずかしいところまで見られなめられるなんて。処女なのに。ミルノートが好きなのに。助けてお姉さま。お姉さまあああああああああ。

 ストレイジの唇が私の唇に重なる。そして熱くぬめる太い舌がにゅるりと入ってくる。ミルノートのチャームに冒され火照った身体はあまりに敏感で、しかもストレイジのキスと舌遣いはすごく上手くて、私は激しい嫌悪と共に激しい快感に悶えた。

posted by 二角レンチ at 13:02| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

天使の試練(10)悪魔の選択 4

天使の試練(10)悪魔の選択 4

 泣き苦しむ私を見てミルノートは笑いが止まらないようだった。

 そんな私をストレイジはじっと見ていた。真剣な顔で。でもやがて、その表情が変わった。

「くっ」

 ストレイジは私の味方だ。私と同じでさっきまでミルノートに対して怒りを燃やしていた。なのにどうして。

「くっく、くくく、ああもう駄目だ。堪えられねえ。こりゃたしかにおかしい。かわいい顔が台無しだ。笑える。面白すぎる。うくくくうははははははあはははははははは!」

 ストレイジは、私の絶望の泣き顔を見て笑い始めた。私はあっけにとられて涙が一瞬止まった。

「もう、ひっひ、ミルノート、お前すげえな。俺なんか足下にも及ばねえや。ショウコをここまで絶望させ泣かせるなんて。たしかに神の身では出来ない。悪魔の所業でないとここまでの絶望は生めないものな」

「でしょお? ほめていいわよストレイジ」

「よしよし。よくやった。お前最高だよ」

 ストレイジはまるで親友と一緒にいたずらをしてうまくはまったとはしゃぐように、なんとミルノートに気安く抱きつきその頭をなでた。

「ああん。もっとなでて。気持ちいい」

「そうかあ。よしよし。神は悪魔と交われないからこれぐらいしか出来ないけどな。本当ならうんと気持ちいいご褒美あげたいんだが」

「あなたが悪魔に堕ちれば私と交われるわよお。私も最高に気持ちよくしてあげるわよ」

「そりゃいいな。うーん。まあ、神に飽きたら考えるよ」

「ええー。いけずう」

 きゃっきゃとはしゃぐ二人はまるで恋人同士みたいだ。

「ストレイジ。あんたまさか、騙したの? その悪魔とグルになって、私をはめたの?」

「まさか。神は嘘つけない。お前を騙すことは出来ない。神が悪魔と結託することはあり得ない。安心しろよ。神ってのは公平なんだ。不公平な神なんて人間は認めないだろ? 相手が悪魔だろうが上手に出来たらほめる。ただそれだけさ」

「うふ。ショウコちゃん。裏切られたと思っちゃった? 残念。そうだともっと面白いんだけどね。神のチャームにかかっているから憎んでいても彼のこと好きになっちゃっているでしょ。好きな人に裏切られると心底絶望する。人間の愛憎劇が一番面白い。だから神は男を作って人間の男女が愛し憎しみ合えるようにした」

「そうだ。神は裏切らない。絶対に。だから俺がお前を裏切ってはめるってことはあり得ないんだ。安心しろショウコ。でもな、言っただろう。神にとって人間の絶望の表情は最高の娯楽なんだ。お前の顔。うはっ。笑いを堪えて真剣なふりなんて、無理無理。わははは。こんなに笑わすなよ。お前ある意味天才だな」

 馬鹿にされていることなんてどうでもいい。でもこの状況で、今の私を笑うなんてどんなひどい人間でも出来やしない。こいつは本当に神なんだ。人間には理解不能。至れない。まったく別の真理と心理に基づいて生きている。

「笑った笑った。さーてショウコちゃん。じゃあそろそろ戦っちゃおうか。私にかなわないけどその聖獣に命令しなさいよ」

 ミルノートは黒く長いユニコーンの角を振りかざして指す。その先端が示す私の聖獣、ミノタウロス。

 ミノタウロスは牛頭に人間の男のたくましい身体を持つ。聖獣を変質させるにはイメージする。そのイメージに近い実在の聖獣に変わる。当然イメージ出来ないものには変えられない。私は今では読まないが、子供の頃はバトル物のマンガも読んでいたからある程度そういう怪物とかを知っている。ストレイジと相談して、とにかく今の時点で私がイメージ出来る中から強いものということでミノタウロスを使うことにしたのだ。

 ミノタウロスはたしかに伝承に近い姿をしているが、頭が異様に大きかった。両手で握る巨大な斧よりも頭がでかい。身体はボコボコではちきれそうな筋肉。ユニコーンもそうだったがやたら筋肉が膨れ上がっているし、その象徴的な部位はアンバランスに大きい。きっと見た目の問題で、人間の伝承ではバランスよく描かれているのだろう。

 私は涙を拭いながらよろよろと立ち上がる。

「さあ、その絶望を怒りに変えて私を攻撃しなさい。命令に強い感情を込めるほど聖獣の力になるわ。きっとそのミノタウロスはすごく強くなっているはずよ」

「ミルノートの言う通りだぞ。さあ、怒りをぶつけろ。絶望を吹き飛ばせ」

「人間って便利よねえ。どんなに辛くて悲しいことでも他に没頭したり怒りに呑まれたりすれば忘れられる。何千人も自分のせいで苦しめ死なせた業を背負って立ち上がるなんて普通は出来ない。ショウコちゃんはしたたかねえ」

「まったくだ。神はずるいが人間はものすごくずるい。俺は神だがあんな業を背負って立ち上がるなんて多分出来やしないだろうな。ふてぶてしくてタフだ。それでこそ俺の妻にふさわしい、いい女だぜ」

 ミルノートだけでなくストレイジもにやにや笑っている。どっちの味方だかわかりやしない。

 これも私を怒らせるための演技なのだろうか。いや違う。彼にとって、私を鼓舞するために悪態をつくのと私を馬鹿にして楽しむのとはどちらも本意なのだ。

 もう何も考えたくなかった。憔悴しきっていた。でも絶望を、悲しみを、空しさを、全て怒りに変えないと。なんとか気力を搾ってくすぶっている怒りの火を盛大に燃え上がらせようとする。

「んー。まだ死んでいない目ね。強いわ。意外ね。いいわ。来なさい」

 私をあなどっていながらも、ミルノートはユニコーンの角を構えて戦闘態勢を取った。

「行って、ミノタウロス。あいつを倒して!」

 もう何も考えない。全ての負の感情を怒りに変える。激しく燃え上がる。その爆発しそうな感情を全て命令に込める。

 ミノタウロスは手に持った巨大な斧を振りかざす。ミルノートは女性にしては背が高いがそれでもミノタウロスの腰までも無い。

 見た目だけなら勝敗は明らかだ。でも相手は悪魔。簡単にはいかない。でも互角程度にはなるかもしれない。

 ストレイジが言ったのだ。ミノタウロスで戦えと。勝てなくても善戦は出来るはずだ。戦いの中で何とか突破口を見出す。作戦とも言えない作戦。でも逃げたところで追いつかれる。逃げることが出来ない以上かなり無理めでもその作戦しかなかった。

 いける。手応えを感じる。私の深すぎる絶望を、背負いきれない業を、上手く怒りに転換出来た。命令は込められた意志や感情が強いほど、命令を受けた聖獣の力も高まる。いかに上級悪魔とはいえこのミノタウロスを倒すのは至難の業だろう。きっとその戦いの中で突破口を見出せる。

 はずだった。

 ミルノートがユニコーンの角を横になぐ。ミノタウロスのたくましすぎる腕に握られた斧が軽々と吹っ飛んでいく。

「え?」

 あっけに取られる間もなく、ミノタウロスの腹にユニコーンの角が突き立てられ串刺しにされる。

「あ、ああ」

 あの聖獣はお母さんを変質させたもの。でもユニコーンのときと違い、手傷を負うのは覚悟していた。それでも戦わせると心に決めていた。でもこんなにあっさり。戦いにすらなっていない。

「うーん強い! このミノタウロス、とても強いわよショウコちゃん。天使の変質を初めてわずか二日目で、ミノタウロス程強い聖獣を作り出せること自体が異例。今まで聞いたことが無いわ。すごい素質よ。天使になるべくして生まれてきた子ね」

「だろう。ふふふ。俺の目に狂いはなかった。ショウコは今まで試練を課した女の子たちの中でも抜群に素質があるぜ」

「ストレイジの言う通りよ。ショウコちゃんは天使の素質のある人間。わずか二日でずいぶんと変質が進んでいる。それに私の与えたとてつもない絶望を上手く怒りに転換し命令の糧にした。これはすごいことなのよ。天使の力で支えられているとはいえあの絶望に潰されずにそれを力に変えた。その点でもすごい素質。強い意志。こんなに強い子なかなかいないわ。まさに逸材。だからこのミノタウロスはとても強い。並の上級悪魔なら手こずっていたでしょうね」

「でもお前は並じゃないんだろ。ミルノート」

「そうよ。ストレイジ。私は悪魔の真実を暴いた。悪魔の真実を手に入れた悪魔は、もはや神や天使より劣る存在ではない。上回る存在。地上も天界も全てに君臨する絶対的な強者。あらゆる者はかなわない」

 ミルノートは話しながら、何度もミノタウロスをユニコーンの角で貫く。ミノタウロスは全身血塗れになりながらも戦いをやめず、ミルノートにつかみかかる。

 そのままたくましい両手で握り潰そうとする。両腕の筋肉が膨れ上がる。ものすごい圧力がかけられる。

「あん。女を抱くときはもっとやさしくしなくちゃ。逃げられちゃうわよ。こんな風に」

 見た目以上の怪力を誇るミノタウロスの腕を、ミルノートは肩に手をかけ気安く話しかけるナンパ男を振り払うようにぴしゃりとはねのける。

 ミルノートはユニコーンの角の真ん中を持つと、円を描くように回す。なんてきれいな軌跡。武術の達人が根を回すように見事だ。見とれるほど優雅。チャームの能力を持つ悪魔はその動き一つ一つが気品にあふれ見る者を惹きつける。

 ミノタウロスの大木のような両腕が、ユニコーンの角に切断され吹っ飛んでいく。

「いやああああ」

 私は叫ぶ。いくら聖獣は殺されない限り死なないとは言え、その負傷を冷静に見ることは出来ない。

 ミノタウロスはそのアンバランスに巨大な頭を振る。巨大な口がミルノートを頭から丸飲みにする。

 足まで全て、一飲みにした。

「た、倒したの?」

「聖獣の口の中では悪魔の魔力は消化される。無力化してゆっくりとその身体も消化してしまえる。普通ならな。しかし相手は上級悪魔。しかも悪魔の真実とやらで異常な強さを持つ。こんなに強力な悪魔は見たことがない。知覚したことがない。だからまあ、無駄だろうな」

 ストレイジの言葉通りだった。ミノタウロスが目をむく。目玉が飛び出しそうでとても苦しそうだ。そして。

 ミノタウロスの両の目玉が飛び出す。血しぶきを噴水のようにまき散らし、弾丸のように撃ち出された。

「いやあああああああ!」

 その凄絶な光景は直視できない。私は目を逸らす。でも遅かった。私の網膜にはもう、ミノタウロスの眼が収まっていた虚ろな穴から突き出された女の両手が焼き付いて一生消せなくなっていた。

 その手はミノタウロスの眉間をつかみ紙を裂くように軽々と左右に引き裂き、アジの開きのようにばっくり広げられた頭蓋からミルノートが現れる。

 血しぶきを噴き上げながら生きた肉を裂き出てくる悪魔。それは出産を思わせる悪魔の生誕。

「驚いたな。ミルノート。聖獣に食われて何ともないのか」

「まあね。このミノタウロスは本当に強力だわ。私が強すぎるから弱く見えるけど、ショウコちゃんの天使の力で変質され命令されたこの子は本当に強い。これなら上級悪魔でも食われれば脱出は難しいわね。魔力を消化されて無力でみじめに朽ち果てる。でも私は違う。悪魔の真実を暴いた私の魔力はこの程度の聖獣では消化出来ない」

「すげえすげえ。ミルノート。お前は本当すげえよ。強い。格好いい。痺れるぜ」

「憧れる?」

「神は悪魔に憧れない。俺はまだ神をやめる気はねえよ」

 目玉を抉り出され頭を真っ二つに引き裂かれたミノタウロスは、立っていられなくなり大きな音と振動を立ててその場に倒れる。

「心配するなショウコ。聖獣はこの程度の重傷では死なない。でもさすがに戦闘不能だな。こいつで無理ならもう今のお前に作り出せる聖獣では何に変質させてもかなわない。バアルに戻せ」

 私はよろよろと、その無惨すぎる姿のミノタウロスに近づく。普通ならこんなに内臓をまき散らした凄惨な肉塊には近づくどころか直視も出来ない。でもこれは大事なお母さんだし、天使の力で守られている私はその光景に吐き気をもよおさない。吐き気という異常を自動で治癒し続けているからだ。

「お、お母さん、ごめんね。痛いよね。すぐバアルに戻すからね。そうしたら、痛くないよね。ね。ね」

「ふふっ。くすくす」

 ミルノートはぱっと輝く。血塗れの髪も服もまるで何事も無かったかのようにきれいになる。

「人間って本当醜くてずるい。ユニコーンに続いてまたショウコちゃんのせいでそんなに傷ついたのに。泣いて謝るだけで許してもらおうなんてあんまりじゃない。感情が無い聖獣でも痛いとか辛いとか感じるわよ。生物だもの。変質させれば痛くないですって? 魂に刻まれた苦痛は消せない。癒せない。ミノタウロスは時間が経てば癒されるけど、魂の傷は永遠に癒されない。取り返しはつかないのよ。これもあなたが背負う業の一つ」

 私はめそめそ泣きながら饅頭みたいなバアルに変質させたお母さんを腕に抱いて謝り続けた。

「ショウコ」

 ストレイジが私の頭に手を置く。慰めてくれるのだと期待した。

「いい加減慣れろよ。もうその嘘くさい申し訳なさは見飽きた。初めは面白かったが何度も見たらもうつまらない。どうせお前の心は天使の力で強靱になっているんだ。自分でもわかるだろう。前より心が痛くないことを。申し訳なく思っていないことを。天使に近づくほどより人間のずるさがひどくなるっていうのは矛盾だよな。興味深い現象だ。な。もういいだろ。謝るふりはよせ。聖獣が死んだら泣いてもいい。でも傷ついたぐらいでいちいち泣くのはもうやめろ。何度も同じショーを見てもうっとうしいだけだからな」

「そんな、うぐっ、言い方って、ない、私は、本当に、謝っても謝り切れなくて」

「そうよショウコちゃん。あなた自分では気付いてないけどその謝罪にも涙にも本気が込められていない。人間は騙せても神や悪魔は騙せない。人間らしいずるさ。謝っているふりして本当は悪いと思っていない。むしろ責めている。どうするんだって。私を守ってって。何あっけなくやられているのよって。そういう気持ち、まったく無いとは言わせないわよ」

 心がずきりと痛む。ミルノートの言う通りなのだ。もうこの悪魔から逃げられない。私は今ミノタウロスがされた以上のはるかに苦痛な拷問を、魔力で生きながらえさせながら七日七晩受けなくてはならないのだ。

 今まで現実感が無かった。でも逃れる手立てが全て失われて、初めて本気でそれにおびえた。

「ゆ……許して」

「え?」

「許して、ください、見逃して、ください。お願いします。お願いします」

「ショウコショウコショーウーコー」

 ストレイジは私の頭をぱんぱん叩く。

「天使が悪魔に命乞いなんかするな。どんなに苦しくても誇りを捨てるんじゃない。俺の妻なのに情けないったらありゃしない」

「妻の躾がなってないわね。夫の面目丸潰れってやつね。くす」

「そういうことだ。俺に恥をかかすなよ。まったく。これだから女って奴は」

 何が妻だ。女だから何だっていうんだ。こんな辛いのに、自分を責める暇すらくれない。ストレイジなんか嫌いだ。大嫌いだ。なのにチャームのせいで惹かれる。操作された感情に嫌悪する。感情を操作しないと女を口説けないような情けない男に心底失望する。

「ふふっ。十分楽しんだわ。もう天使の試練は終わりね。私の巣に連れ帰る前に、ちょっとだけ味見しちゃおうかな」

 ミルノートが近づく。私は今までの人生で最大の恐怖に狂乱する。

「ひっ、いや、来ないで来ないで、許して助けていやあああ、お母さん、お父さん、誰か、誰かあああああ」

 お母さんであるバアルは地面に転がったまますやすや寝ている。お父さんが変質した神は私のおびえる姿を見てにまにましている。

「結局こうなるのか。残念だよショウコ。お前は今までの女とは違うと思っていたんだがな。失望した。でもお前が悪いんだぞ。自業自得だ。悪魔の選択はいずれかを救えばもう一方は見殺しにするしかない。両方は救えない。だが選択肢に、両方見殺しにするっていうのもあるんだ。それを考えずにただ赤ん坊を救おうとしたお前が愚かだったんだ。お前なら何を言ってもそうするだろうから俺も誓いを立てた。お前が赤ん坊すら見殺しに出来るなら俺だってそんなことはしなかった。あそこで天使の力を使わなければお前はこんな目に遭わなかったんだぞ」

「そうよショウコちゃん。悪魔は近くでないなら自分かその配下の仕業に関してしか知覚出来ない。あなたが他の悪魔の所業に対して天使の力を使おうと私は知覚出来ないし干渉出来ない。あなたは強いんだから私以外の悪魔に対してならどうにかこうにか出来るかもしれない。でも私と出会ったら万に一つも助からないわ」

「そうなのかミルノート。お前の言う悪魔の真実って奴を他の上級悪魔も知っているんじゃないのか」

「まさか。悪魔の真実はその悪魔自身で暴くしかない。知るのと暴くのとは違う。私が教えたからって暴けるものではない。自分の力で探し見つけ戦い手に入れる。それが暴くってことよ。私の他にも悪魔の真実を暴いた奴はいるかもしれないけれど、私は知らない。今のところ知覚していない。ショウコちゃんの力は驚異的。とても変質二日目の天使とは思えない程強い。他の上級悪魔が相手なら勝てなくてもぎりぎり逃げきれるかもしれない。私相手には不可能だけどね」

「すごい自信だな」

「当たり前よ。私は無敵。悪魔の真実を暴いた私に勝てる者はいない。ストレイジ。神の身であった頃なら私とあなたは互角だった。神はみな互角だもの。争わないからね。平等でなく互角。不可侵だのなんだの言っていたけど今ならわかる。弱い者同士が互いを守るための休戦協定にすぎない」

「神は無益な争いをしない」

「勝敗を決して敗者になるのが嫌なだけでしょ。だから神を堕とすときはその力を封じる。悪魔を神よりも天使よりも弱い存在に変質させる。でも悪魔の真実を暴いた私は神だった頃よりも強い力を手に入れた。ストレイジ。あなたの化身の軍勢相手でも、その全てを滅ぼしあなたを殺すことが出来るわ」

「神殺しは存在しない。前例が無い。そんな大それた者になれたつもりか。うぬぼれがすぎるぞ」

「わざと聖獣と戦って、その力の一端を見せてあげたじゃない。本気で戦う気なら相手になるわよ。神の試練は終わったんだから、私に手を出してもいいのよ」

 ミルノートはおびえて泣きじゃくる私を軽々と引っ張り上げ立ち上がらせる。冷徹非情な悪魔の手は、まるで人間のように温かかった。

「いやああ、触らないで。助けてストレイジ。ストレイジいいいいい」

「まだだ。天使の試練は終わっていない。だから俺は手を出せない」

「終わってるわよ。くすくす。安心してショウコちゃん。痛いのは私の巣に連れ帰ってからたっぷりとしてあげるから。今はほんの少しつまみ食い。だってショウコちゃんたらかわいすぎるもの。泣き顔最高だった。もうたまらない。巣に帰るまで待てないのお」

 ミルノートは人間離れした美貌を持つ美しい女性の姿をしている。私より背が高い。長い腕を私の腰に回し抱きしめてくる。

 強い熱を感じる。血が沸騰する。天使の力がもたらす熱とは違う。熱い興奮。欲情。私の大事な所はまだ何もされていないのに滝のように濡れてお漏らししたみたいに足まで垂れる。

「はあ、あぐ、やめて、お願い」

「まだ嫌がれるの? 本当強い。直接抱きしめ最大のチャームをかけているのにまだ抵抗出来るなんて。くす。それでこそ犯しがいがあるわ」

 ミルノートは、私をぐっと抱きしめキスをした。

 ふっくらと甘い唇。何てやわらかい。蕩ろける。チャームが強すぎる。女同士でキスなんて嫌でたまらない。なのに嫌悪でなくもっとして欲しいとしか思えない。

「んっ」

 嫌なのに。私は自分からミルノートに腕を回してぎゅっと抱きしめる。

「ふふっ。かわいい。甘えん坊さん。もうストレイジにキスはされちゃっているみたいね。でもこれはまだかしら?」

 ミルノートは再びキスをすると、舌を入れてきた。

 何これ。気持ちよすぎる。にゅるりとぬめる舌はまるで蛇のように気持ち悪いのに、女の子の一番敏感なお豆をいじるときのように脳天が痺れる程の快感をもたらす。

 舌を入れたキスがこんなに気持ちいいなんて。私は夢中で口の中をかき回すミルノートの舌をなめ回した。

「んっんっぐちゅ、んぐ。ぷはあ。ショウコちゃんたら積極的。いい感じに堕ちてきたわね。気持ちいい?」

「はい、気持ちいいです。やめないで。もっと、もっとお」

 もうたまらなさすぎる。チャームのせいだろう。この人が魅力的すぎる。美しすぎる。いやらしすぎる。欲しくてたまらない。もっともっと、知らない快感を教えて欲しい。

「あせらなくてもじっくり教えてあげる。大事な処女だものね。ショウコちゃんは特別。いつもは泣き叫ぶ処女にいきなりぶちこんで犯すんだけど、特別に、やさしくじっくり気持ちよくかわいがってあげる」

「うれしいです。光栄です。ああ。もっと、気持ちよくしてください。幸せです。私はあなたのものです。やさしくしてください。でもひどいこともたくさんしてください。もう我慢出来ないんです。うずくんです。はあはあ。滅茶苦茶に、ぐちゃぐちゃにして。お願い。何でもして。何でもされたい。気持ちいいこともひどいことも痛いことも全部欲しいんですうううううう」

「あわてなくても。痛いのもひどいのも後のお楽しみ。まずは気持ちいいことだけ教えてあげる」

「はい。はい。うれしいです。早く早く、んんん、もう、じらさないでください」

 私はミルノートの首に腕を回して自分からキスをする。舌を入れて口の中を貪る。

 たまらない。愛おしい。大好き。愛している。こんなに人を好きになったのは初めてだ。この人になら全てをあげられる。捧げられる。何をされても許せる人。この人が望むことなら何でもしてあげたい。何でもさせてあげたい。ここまで自分の全てを捧げたいと願う人は初めてだ。

「私はあなたのものです。供物です。全て捧げます。どうかどうかお願いです。受け取ってください。食べてください。味わってください」

「もちろん。かわいいごちそうちゃん。ああんかわいい。さっきまであんなに敵意に満ちていた子がこんなに甘えておねだりしてくる。はあはあ。興奮してきた。そろそろ行こうか。巣に連れ帰る間もずっとかわいがってあげる」

「はい。うれしいです。光栄ですう」

 もうとろとろだ。キスだけでこれだ。何て快感だ。私は何度イったかわからない。あそこはもうびしょびしょで、足はずぶ濡れだった。悪魔の魔力のせいか天使の力のせいか、私の体液は尽きることが無いようだった。

 顔は涙とよだれでぐちょぐちょだ。その汚い顔をまんべんなくなめ取られる。なんて幸せなんだ。気絶しそう。でも悪魔の魔力で気絶すら許されない。この気が狂う程の快感を正気のまま味わい続けなければならない。

「おい待てよ」

「あらストレイジ。心配しなくてももちろんあなたを招待してあげる。特等席で鑑賞するでしょ。いつもみたいに。天使の試練に失敗した女の子が七日七晩悪魔の責めに苦悶するのは神にとっても最高のショーだものね」

「待てって言ったのはそういう意味じゃねえよ。どうだ。ショウコの味は。すごくおいしいだろう。俺はまだ唇しか味わっていないってのに舌入れやがって」

「おいしいわよお。とっても。蕩ろけるほど甘い。こんなにかわいくておいしい子は初めてかもしれない。たっぷりじっくり味わわせてもらうわ。こんなおいしいごちそう見つけてくれてありがとうねストレイジ」

「おいしいだろう。俺もショウコは今までの女よりもおいしいと思う。きっともっとおいしくなるぜ。変質が進めばな」

 私にキスを繰り返していたミルノートがぴたりと止まり、顔をストレイジに向ける。

「あ、あ、やめないで。あんな男放っておいて。私だけを見て。ううんいけず。はあはあ。お姉さまあ」

 私は目の前にある豊満なおっぱいに顔を埋め両手でもみしだいておねだりする。

「あん。処女のくせに上手い。自分でするときもんでいるのね。うふふ。いやらしい子」

「おいミルノート。聞けよ。天使の試練を受けている女は天使としての変質が進んで力が増すほどおいしくなる。天使の力が増す程より甘く、より深く、よりまろやかで、極上の味に熟成する。天使の味は蜜の味。それに、より強い天使の力を黒く染めて奪う方が悪魔にとっては得だろう。悪魔は天使の力を奪ってその分強くなるからな」

「そうね。そのためわざと天使の成長を待ってから挑んで返り討ちに遭う悪魔もたくさんいるわね」

「でもお前は違う。悪魔の真実を暴いたお前は無敵だ。力の一端を見ただけで、どれだけ変質が進もうが完全な天使になろうが天使ごときにはかなわないほど強いのがわかる」

「ふふっ。そんなにほめられるとくすぐったいわね」

 ミルノートはストレイジの方を横目で見ながら、でも私をかわいがってくれる。耳の穴を舌でほじられる。うはあ。これ。すごく気持ちいい。こんなところが気持ちいいなんて知らなかった。

 耳の裏をなめられる。ぞくぞくする。私は声を我慢出来ない。男に見られていようがこの快感に溺れずにはいられない。

「お前は天使がどれだけ変質が進んで強力になっても返り討ちに遭う心配なんて無い。圧倒的に強いものな。だからどうせなら、もっと天使としての変質が進むまで待ってみないか。より甘くおいしく強くなった天使を食らう方がお前にとって得だろう。もちろん俺もその間、甘くおいしいショウコを味わえる。もちろん天使の試練だから処女までは味わえないけどな」

 ミルノートは私の小振りなおっぱいを服の上からもみしだき、でも私でなくストレイジを見る。

「ふうん。私を倒す手も、逃れる手も無いのにどうするつもりかと思っていたらそういうことね。私に聖獣を倒させたのもわざとなのね。そうして圧倒的な強さを誇示させた上で天使の変質が完成するまで待てと言う。他の悪魔なら返り討ちに遭うかもしれないけれど私の強さならそんな心配は無い。リスク無くリターンだけが大きくなる。それだけ好条件でなお断るならよほどの臆病者になるってわけね」

「そうだ。お前は臆病者ではないのだろう。さんざん神より強くなったと豪語したんだ。まさか天使ごときを怖がったりはしないだろう」

「お姉さまあ。あんな男放っておいて、もっと、もっとしてください」

 私はびしょ濡れの足をミルノートの足に絡め、股間をはしたなくすり付ける。

「私があなたの思惑通り挑発に乗ると思っているの?」

「乗るさ。でないとお前は一生プライドが満たされない。ここで逃げた負い目を一生背負う。最強を謡う度にみじめな思いをしたくはないだろう」

「ショウコちゃんは天使の素質がすごい。たった二日でもう二週間は変質が進んだ天使並の力を持つ。このペースで成長を続ければ、神でさえ凌駕する私を倒せるようになると」

「俺はそう思うね。ショウコはどこまで化けるかわからない。もしかしたら神を超える初めての天使になるかもしれない」

「天使が神を超える? あっはははあり得ない」

「それを言ったら、悪魔が天使を超えるのもあり得ないぜ。ましてや神を超えるだと? うはははははあり得ないね」

 ミルノートはさすがにカチンときたようだ。

「戦争を売っているの? 買うわよ。神であるあなたの化身の軍勢全てを滅ぼして初の神殺しをしてみせるわ」

「それは無理だな。まだ天使の試練の途中だから俺は手出し出来ない。だがまあそうだな。変質の完了した完璧な天使のショウコを倒せたらその戦争受けてもいいぜ。ショウコは俺への挑戦権の切符だ」

 ミルノートはぎりぎりと歯ぎしりする。怒った顔も美しい。

「お姉さま。あんな奴放っておいて、早くう。抱いて。私の処女を奪って。お願いです。ん」

 ミルノートは強く深く熱いキスをしてくれる。舌を存分に絡め合って私の腰が砕けると、支えてくれずに腕を解いた。おかげで私はミルノートにしがみつきながら、でも力が入らなくてずるずるとへたりこむ。

「思惑通りにはめられ口車に乗る屈辱。成熟した天使をほふって最強を証明しない屈辱。どっちがより屈辱かしらね」

「悪魔の選択、だな。でもわかっているんだろう。最強の名乗りを上げてからその看板をすごすご下ろすのはみっともないぜ。これは口車じゃない。宣戦布告だ。お前の強さは本物だ。悪魔の真実とやらが何かは知らんがその強さを見れば本当にあるのだろう。それを知った俺は神として貴様を滅ぼす義務がある。天使ごときを恐れる奴は神の敵にはならない。そんな資格は無い。神が手を下す価値のない下等生物だ」

「ふふっ。いくら口汚くののしろうがそんな安い挑発には乗らないわ」

 ミルノートはくっくと笑う。

「でも、私もショウコちゃんのことすごく気に入っちゃった。この子は最高だわ。たしかに天使の素質は今までに見たことがないほどすごい。変質を続ければどれほどまでに至れるのか興味がある。間違いなく今までの歴史の中で最強の天使になれるわ。試練の途中で殺されなければね。最強の天使を見てみたい。倒してみたい。天使を何人も殺すより、最強の天使一人を殺す方がきっと素敵。悪魔が神へ挑む実力を証明するのにこれ以上はないわね。ふふふ。それになにより、最強の天使の味がどんなに甘いか味わってみたい。この機会を逃せばきっと永遠に味わえない最高のごちそうに違いないわ。あきらめるには惜しすぎる」

「なら決まりだな」

「そうね。いいわ。この場は見逃してあげる。ショウコちゃんが完璧最強の天使になるまで待ってあげる。そしてその最強天使を私が倒し食らう。その後はあなたを殺してあげるわストレイジ。こんなくだらない策謀にはまった屈辱を、後悔の悲鳴で謝らせてあげる」

「ぬかせ。お前は俺にも俺の妻にもかなわない。俺たちは最強の夫婦になるんだ」

 悪魔のチャームに冒されて火照りきった私は、二人の話を聞いていたがどうでもよかった。

「お姉さまあ。もう我慢出来ません。ここでいいからもう、犯してください」

 私は発情した犬がそうするように、ミルノートの長い足にしがみついて腰をかくかくとこすりつけた。

「ああん。ごめんねショウコちゃん。そういうことだからこの続きはおあずけ。しばらく待ってね。あなたが最強の天使に成熟するまで、私も我慢するから」

「そんなあ。あんまりです。私もう、私もう」

「私のために、我慢出来るわよねショウコちゃん」

「我慢出来ません。でもお姉さまがそう言うなら、頑張って我慢します。絶対続きしてくださいね。私、待ってますから。約束ですよ」

「うふふ。約束。はい指切り。悪魔の指切りでなく人間式の指切りね」

 ミルノートにこの続きを約束してもらえた。うれしい。楽しみすぎる。私は絡め合った小指を子供みたいにきゃっきゃと振った。

「もういいだろ」

 ストレイジは私を抱えるようにしてミルノートから引き離す。私はやだやだ言いながら泣きじゃくった。

「ストレイジ。わかっていると思うけど、他の悪魔にその子を殺されないようにしなさいよ。でないと許さないからね」

「わかっているよ。神の名ストレイジにかけて誓う。ショウコはお前以外の悪魔に殺させたりはしない」

「私には殺されてもいいの?」

「約束、いや契約したからな。お前がショウコを倒したら俺と戦う権利をやるって。だからそれを反故にするような誓いは立てられない」

「そうだったわね。うふふ。ショウコちゃんを頼むわよ。ストレイジ。私はごちそうがおいしく熟成するのを心待ちにしているわ」

「おう。ほら、ショウコも何か言ってやれ」

「お姉さま。私もお姉さまに再び抱きしめてもらえる日を心待ちにしています」

「くすくす。ショウコちゃんは本当かわいいわねえ。今すぐ連れ帰りたいくらい。また会う日を楽しみに待っているわ。じゃあねえ」

 ミルノートはふわりと舞い上がり、どこまでも高く昇っていく。そして見えなくなった。

「ああ。お姉さま行っちゃったあ。もう。ストレイジったらひどいよ。私とお姉さまの仲を引き裂くなんて」

「こら。いい加減にしろ。今あいつの汚らわしいチャームを解いてやるからな」

 ストレイジはお姫様だっこで私を抱き上げる。女の子なら誰でもこんなに格好いい男にこんなことされればドギマギする。でもミルノートのチャームでめろめろになっている私はまるで何も思わなかった。かろうじて生き残ったことも、彼への感謝も、感じるのはもっと後になってからだった。

posted by 二角レンチ at 13:03| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

天使の試練(9)悪魔の選択 3

天使の試練(9)悪魔の選択 3

 私とストレイジは悪魔の待つあの場所へ戻った。

「遅かったわねえ。聖獣に乗ってきなさいよ」

 上級悪魔ミルノートは、あきれた顔で不満を漏らす。

「乗ってきたし遅くないだろ。ただ移動用の聖獣だから今は変質させて戻しているだけだ」

 ストレイジはミルノートをにらみながら返す。

 私は聖獣を高速移動に特化した聖獣スプライトに変質させてその背に乗りここまで戻ってきた。でもスプライトは戦闘力があまり無いので少し手前で降りて饅頭みたいなバアルに変質させてしまっていた。

 もし聖獣の背に乗ってここまで来たら戦闘体勢とみなされ即座に攻撃されていたかもしれない。ストレイジの言う通り手前で降りておいてよかった。

 移動中、ストレイジと作戦を話し合っていた。とは言っても私に何か戦略があるわけではない。彼の言うことをただ聞いて了承するだけだった。

 ここにいるストレイジは神の化身だ。天使の試練を受けている人間、正確には天使とも人間とも言えない中間の存在だが、その人間に付き添う神の化身は試練を達成出来るために助言をする。手助けは出来ないが悪魔を退け倒すためには積極的に協力してくれる。いつもみたいに人を騙して泣かせその顔を楽しむといったことはしない。

 こんなに真剣な表情のストレイジを見るのは初めてだ。それだけ敵が危険過ぎるということだ。ほぼ確実に私はあの悪魔に捕まり天使の試練は終わってしまう。彼にとっては妻になる女をまた逃すことになる。

 ストレイジの真剣な横顔。ちょっと、いやかなり格好いい。見とれてしまう。神のチャームと美貌があいまればどんな女も惹かれてしまうのは仕方がないことだ。私がこいつのことを好きになったわけではない。うん。絶対。

「わざわざ戻ってくるなんて。ショウコちゃん、そんなに私にかわいがられたいのお? いいわよお。おいで。たくさん弄愛(いぢめ)てあげる」

 黒いスーツを着て長髪のミルノートがタイトなスカートを穿いたお尻をくねらせ身をよじる。大きなおっぱいを片手でもみしだき、もう一方の手は口に指を含んでなまめかしくしゃぶって見せる。

 ドキン。心臓が跳ねる。強い欲情が湧き出す。悪魔本人のチャームは人間を変質させた神の化身のそれよりはるかに強い。ついさっきまでストレイジにうっとりしていたのに、もうすっかり忘れてミルノートのことしか考えられない。

「う、あ、はあ」

 すごく濡れる。私はスカートの上から股間を押さえてもじもじする。口が締まらない。よだれが垂れて地面にぽたりとこぼれる。

「ショウコ」

「ん、大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ。ったく。俺という夫がいながら」

 ストレイジはハンカチを取り出し、私のよだれを拭ってくれる。

「誰が夫よ」

「ん? 婚約中とか言うなよ。もうお前と俺が結婚するのは決定事項なんだ。すでに夫婦だ。人間で言えばとっくに籍を入れて、あとは結婚式を待つばかりってやつだ」

「私はあんたなんかと結婚しないってば」

 ストレイジはとてもむかつく奴だ。でもこの軽口が、悪魔のチャームからわずかに気を逸らしてくれる。ぐっと強い意志を振り絞る。私の中の天使の力と意志の力が合わさって、悪魔のチャームを退ける。

「あらあ。あらあら。さっきは私のチャームに抵抗出来なかったのに。今は何とか跳ね返せるのね」

「はあはあ。もう。上級悪魔は神が堕ちたものなんだってね。どいつもこいつも神って奴はチャームなんかで人を魅了して、い、いやらしい気持ちにさせて。変態」

「変態ねえ。処女だからエッチの気持ちよさを知らないものねえ。教えてあげるって言っているのにい」

「大きなお世話よ。この淫乱」

「うっふふふう。最高のほめ言葉よお」

 こいつ。ストレイジと同じでののしられると悦ぶマゾだ。それとも神って奴はみんなこうなのか。相手してられない。

「それよりい。あんたたちが来るのが遅いって言ったのは時間のことじゃないわよお。わかるでしょ。ストレイジ」

 何だろう。病院からここまで高速移動出来る聖獣に乗ってきた。病院まで手当が必要な赤ん坊を連れて行くときのユニコーンだって手負いでもかなり早かった。そんなに時間がかかったわけではない。時間じゃないなら何が遅いんだろうか。

「ストレイジ?」

「聞くな」

「あらあらストレイジ。あなただってこういうの好きでしょう。人間の絶望した顔見るのが大好きでしょ。どうせ昨日今日だけでもショウコちゃんの泣き顔何度も楽しんだんでしょ。私にも楽しませてよお。さっきユニコーンの足をはねたときの泣き顔だけじゃまるで足りないの。だからあなたたちが戻ってくるまでにせっせと準備しておいたのよ」

「準備?」

 悪魔の、神の、人間を絶望させるやり口は何度も味わっている。でもストレイジのはまだまだ軽い物だった。それに必要な覚悟を強いる物だった。理不尽すぎるものではなかった。無駄でも過剰でもなかった。あんなに残忍非道な行いだと思っていたストレイジの数々の所業は、実はその裏側に同じくらいの慈愛と教えが込められていたことを思い知ることになる。

 悪魔は違う。悪魔の所業は残虐で非道。裏に何も込められていない。邪悪だけで作られている。

「やめろミルノート」

 ストレイジは本気で怒っている。

「神の化身は手出し無用。ほら、聖獣を変質させちゃいなさい。その時間を待つ代わりに、ショウコちゃんの絶望を鑑賞させてもらうんだから。待ってあげるんだから当然の権利よねえ。取引よ。でないと今すぐ襲っちゃう。聖獣の変質を待たずに終わらせちゃう。ショウコちゃんの処女を貫いちゃうわよ、これで」

 ミルノートが手を振ると、黒く長い棒がその手に現れる。さっき私の聖獣ユニコーンから奪い、黒い悪意に染めた角だった。

 その角から、ポタポタと赤黒い液体が滴った。さっきまで角がその液体で汚れる所業をしていた証。

「ストレイジ。あれって、ねえ、まさか」

「ショウコ。聖獣を変質させろ。奴の言う通りにするのは忌々しいが他に選択肢は無い。さっき教えた通りの聖獣を作り出せ」

「ストレイジ。あれ、まさか。そんな。私が、赤ちゃんを病院に連れて言っている間に、うああ」

「ショウコ!」

 数々の苦難を受けてきた。何度も泣いた。何度も屈した。ストレイジは悪魔と対峙したときに私が受ける責め苦に耐えられるように、私にひどいことをしてきたのだ。私を少しずつ鍛えてきたのだ。そのおかげで、私は泣き出す前に何とか肩に乗る饅頭みたいな聖獣バアルに力を注ぎ変質を開始出来た。

「ふっふふふふ。そうこなくちゃ。戦わなくちゃね。私のことがとても憎いでしょう。許せないでしょう。これを見て、怒りに燃えて攻撃してきなさい。楽しみだわ。人の心を圧倒的な残虐さで踏みにじり、その怒りを圧倒的な強さで踏みにじり、心も力も完全に絶望させ屈服させる。そうすることで天使の力を悪魔が食べられるよう黒く染めて奪うのよ。聞いているでしょ。うひひひぐひひひひ」

 上級悪魔は元は神。人間を絶望させるためにどんな残酷なことでも平気で行う。人間と違いそれが悪いこととは思わないし、神の理によれば人間に対するあらゆる行為は悪では無い。人間はおもちゃであり、おもちゃで遊ぶことも壊すことも悪ではないからだ。

 これに比べれば、ストレイジはとてもやさしかったのだ。残虐ではなかったのだ。何度も絶望に泣かされたけれど、本当に許せない残虐さというのを私は初めて知る。

「この一帯には人も車もいないでしょう。来ないでしょう。魔力で人払いしているからね。寄せ付けない。でもね。この一帯に元々いた人はどうしたのかしら。 車は邪魔だから魔獣に食わせたけれど、人は違う。食わせもしなければ追い払いもしなかった」

 ぞわぞわと全身の毛が逆立つ。肌が泡立つ。ここまで言われればもう私にも予想がつく。でもその人たちがどんな殺され方をしたかは私の想像を超えていた。

 乗用車が追突したトラック。運転手がいなかった。でも運転席にいなかっただけで、運転手はトラックに乗っていたのだ。

「乗用車の親子はあなたたちを引き留める罠。天使の力を使わせるために用意しておいた。赤ん坊だけうまい具合に潰れてなかったでしょ。でも残りの人間はショーの邪魔。だから閉じこめた。ちゃんと生かしておいたのよ。トラックの荷台に積めてね」

 大型トラックのコンテナ。あの大きさなら数人入っても問題ない。でもこの辺り一帯の人たちを全て集めて詰めたとしたら。コンテナは一杯になるだろう。

「コンテナ一杯山積みぎゅうぎゅう詰め。でも魔力で眠らせ長らえさせていたから誰も潰れない。死んでいない。いや、死んでいなかった。くっくっく。また病院に連れていくだの何だのされても興醒めだから、きっちり殺しておいたわよ」

 何てこと。あのトラックのコンテナ一杯に人が。何十人入るのだろう。いや、魔力で隙間無くみっちり詰め込んだなら百を超えるに違いない。

「この、外道」

「あらあらショウコちゃん。駄目駄目。こんなのまだ外道じゃないわ。まだ話は半分よ」

「半分?」

「聞くなショウコ。聖獣の変質はもう終わっている。攻撃するぞ」

「駄目よ。最後まで聞かせなきゃ。くすくす。必死ね。そんなに聞かれたくないのかしら。その子のこと、本気で好きなのねえ」

「当たり前だろ。俺の妻に選んだ女だ。今までの試練を与えた女たちだってみんな本気だった。好きでない女を妻にしたいとは思わない」

 愛の告白。こんな美しい男に言われて喜ばない女はいないだろう。でも今の私にそんな余裕は無かった。不安と恐怖に苛まれたままで、そんな気分にはなれなかった。

「さて質問。私はトラックのコンテナに詰めた人たちを、どうやって殺したと思う?」

「そ、その手に持った角で、突き刺して殺したんでしょ。それ以外の何があるって言うのよ」

「わからないの? 残念。処女は未経験だからぴんとこないかなあ」

「しょ、処女かどうかなんて関係ないでしょ」

「ふふっ。ウブな子ねえ。本当にわからないのかしら。くすくす。じゃあ教えてあげる。この角で突き刺したわ。老若男女。全員大事な穴を犯してやったわ。この大きくて硬くて立派なモノでね」

 頭をハンマーで殴られたような衝撃が襲う。脳が想像を拒絶する。だってそんな。そんな残酷なこと、いくらなんでも出来るわけがない。

 そう。人間には出来ない。悪魔の所業。鬼畜の拷問。悪魔でなければ、あるいは神でなければそんな残虐なことは絶対出来ない。

「生きたまま。ずぶりと。この鋭い先っぽから太い根本まで。ずぶずぶ。ぐちゃぐちゃ。かきまわしながら。肉を貫く感触。あの手応え。ああん感じちゃう。思い出すだけで濡れるわ。もちろん人間の身長よりも長い角ですもの。最後まで埋まる前に脳天まで貫いて先っぽ飛び出しちゃう。出ちゃう出ちゃう。いやあん、やらしい。でも魔力で死なせない。気絶させない。正気を保たせる。想像してみて。魔力で身体の自由を奪って操って。トラックから降ろして並ばせて。下半身をはだけさせて。大事なところがよく見えるようにして。泣くことだけは許してあげた。みんなボロボロ泣いた。隣の人間が貫かれ、でも口の自由を奪っているからうめくだけ。死なせないからいつまでもうめく。ぐぎぎぎうぐぐぐ、ひいいい、や・め・て。あは。笑える笑える。その声を隣で聞きながら自分の番を待つ恐怖。ほーら入っていく入っていく。何も入れたことの無いきれいな穴に入っちゃうよお。処女喪失おめでとう。男で処女でないのはめずらしいからね。女でも後ろまで使っている奴は滅多にいないし。みんな仲良く破瓜の血塗れ。あなたたちが戻ってくるまで数を数えながらずっぽんずっぽん。はい時間切れ。もっと早く戻ってきたら、一人二人は助かったかもしれないのに。死体をトラックに詰め直してもまだ時間が余る。だから遅いって言ったのよ。手遅れって意味。ね。わかるでしょお。待たされて退屈しちゃったのおん」

 悪魔は、待たされた子供が迎えに来たお母さんに遅いとなじるような甘えた口調できゃっきゃと話す。私はその話の内容のあまりの酷さに怒りが湧く前に感情を喪失する。

「あらあ。ショックが大き過ぎて何も言えないの? 泣き叫んでくれないの。つまらない。じゃあとっておき。あなたが怒りと絶望で泣き叫び怒り狂うこと教えてあげる」

「ミルノート。やめろ。ショウコ。もうこいつの言うことを聞かなくていい。聖獣に命令して攻撃しろ」

「ストレイジったらおっかしい。その子の心配? 違うでしょ。その子に嫌われたくないんでしょ。本当に好きなのねえ。ベタ惚れ。熱い熱い。どうせさんざん意地悪してその子の泣き顔視姦したんでしょ。さんざん楽しんでおいていまさらいい神ぶっても変わりゃしないわ」

「ストレイジ……あの悪魔は、何を、言っているの?」

「聞くな。もう、聞くんじゃない」

「うふふ。ショウコちゃん。ストレイジはね、知っていたのよ。あのトラックのコンテナに人が詰め込まれていることを。生きていることを。でもあなたに教えなかった。あなたたちが病院へ行って戻ってくるまでの間に皆殺しにされることがわかっていてあなたに黙っていたのよ」

「え……」

「くそ。ミルノート。お前、本当に、くそ、いい加減にしろよ」

 ストレイジの苦々しげな顔は、それが真実だと物語っていた。

 神は嘘つけないと言っていた。表情でぐらい嘘をついてよ。だってそんな。そんなの。

「どうして、教えてくれなかったの?」

「……賢いお前だ。わかるだろ」

「わからないよ。言って」

「くそ、知りたいなら教えてやるよ。どうせすぐに思い至るだろうしな。そうだよ。俺は知っていた。あのトラックの荷台に人が詰め込まれて眠らされていることを。でも言っただろ。この事故は悪魔の仕業だって。悪魔が来る前にその場を離れなければならなかったんだ。お前はまだ悪魔の魔力を解除する力を得ていない。どうしようもなかったんだ。あの人数は救えない。だから黙っていた」

「どうして。言ってよ。悪魔の仕業で苦しんでいる人を助けるのが天使の試練なんでしょう。黙っているなんてひどいよ」

「場合によるんだ。あの場合は赤ん坊かコンテナの人たちか。両方は救えない。言っただろう。人助けには代償も、犠牲も必要なんだ。避けられない。マンガみたいに都合よく全員を助けられるヒーローやヒロインにはなれないんだ。天使は常に取捨選択する。誰かを助けるために誰かを犠牲にし、誰かを見殺しにする。その選択の連続。それが天使の試練。悪魔の選択。お前が天使として誰かを助けるときは常に誰かの犠牲を伴う。悪魔のやり口はいつもそうなんだ。わざとそういう状況を作り出して選択を迫り、どちらを選んでももう一方を犠牲にしたことを後悔させる。選べなかったり両方を選ぼうとしたりすれば全てを救えない。お前はあの赤ん坊を見殺しにしてトラックのコンテナの人たちを救えたか? 無理だ。ミルノートが一人一人殺していくのを指をくわえて見ているだけ。お前は右往左往したあげく赤ん坊は時間切れ。どちらも救えなかった。あの赤ん坊だけならぎりぎり救えたんだ。お前に教えず時間を無駄にせずに赤ん坊を救うことだけ集中する。あの場合はあれが最善で、唯一の選択肢だったんだ」

「あっはははははストレイジ。必死ねえ。自己弁護。神は嘘つけないけれどとてもずるくて卑怯。いい、ショウコちゃん。彼の言った通り悪魔は両方は救えない状況を作り出して天使に選択させる。それが悪魔の選択。天使にとっては試練。でもその選択も、苦悩も、決断も、天使がするべきこと、天使が背負うべき業。付き添いに過ぎない神の化身は助言するだけ。決定を強要してはいけない。本来はルール違反で天使の試練は終了よ。でもそうならなかった。何でだと思う?」

「わ、わからないよ」

 いろいろなことが頭を駆け巡ってまとまらない。たしかに私にはどうしようもなかったのだろう。それでもストレイジが私に黙っていたのは許せない。

「ストレイジが誓いを立てたからよ。自らの名において神が誓った。赤ん坊を助けるとその母親に誓った。天使の力や神の誓いは知覚出来るからわかるのよ。あれにより、天使が下すべき選択を上回る強制力が生まれた。まあ試験でカンニングするようなものね。ズルよズル。ルールで認められているルール違反。ストレイジはあなたに選択をさせずに済むように自分勝手に誓いを立ててルールをねじ曲げたのよ」

 そんな。あのなにげないやりとりにそんな意図がこめられていたなんて。私が赤ちゃんを救う後押しをしてくれただけだと思っていたのに。頼もしいとさえ思ったのに。私に百人以上と思われる人たちが拷問で殺されたという業を背負わせるものだったなんて。勝手な独断で。いらぬお世話どころではない。こんなの卑劣だ。ひどすぎる。自分の選択ならまだしも他人に押しつけられた業は背負える覚悟が出来るものではない。

「仕方ないんだ。言った通りコンテナに詰め込まれた人たちは救えなかった。悪魔の選択を強いるのは上級悪魔だけだ。下級悪魔である魔獣は知性が無いからな。そんな手の込んだ芸当は出来ない。一番早くあの場を離脱するには赤ん坊を救う以外に迷う暇なんかなかったんだ」

「まあ結局間に合わなかったけどね。くすくす」

 私は絶望のあまり目が飛び出そうなぐらい見開き荒い息をする。心臓が破裂しそうにばくばく弾んでいる。息が苦しい。窒息しそうだ。

「ストレイジ。あんたが、何で、こんな、勝手に、許せない、だって、私背負えないよ。何人死んだの。それも耐えられない苦痛を与えられて。想像するのも恐ろしい拷問。あの長い角で、ひっ、貫かれて、ひぐっ、うううううう」

「泣くなショウコ。今は俺に怒ってもいい。でも泣くな。怒りを戦いにぶつけろ。強い意志で聖獣に命令を下せばそれだけ命令も強力になる。聖獣の力になる。激情を全て攻撃にぶつけろ。わかるな」

 ミルノートがあざ笑う。

「わかるわけないじゃない。神は人間とは交われない。だから人間を観察出来ても知覚出来ても本当の意味での理解は出来ない。私みたいに悪魔になれば、人間と交わり食らうことで人間の奥の底まで暴き出し理解出来るのに。でもショウコちゃん、もう一押しねえ。わんわん泣いてよ。さっきみたいに。泣かせるために、さらに絶望を与えてあげる」

「何だおい。何かわからないがやめろ」

「やめないわよ。トラックの荷台に詰め込まれたのは百人ちょっと。でもたったそれっぽっちい? 違うわよ。あなたの背負う業はそんなものじゃないわ」

「え……?」

 私は涙の溜まった瞳を閉じることも出来ずに開いたまま美しく醜悪な悪魔を見つめる。

「あなたたちがどこに逃げたかわからなかったから。私のかわいいベヒモスが殺されたあなたの家からその周囲にぐるりと円を描くようにして事故や事件を起こしていったのよ。天使の試練は徒歩での移動に限るからね。だいたいの移動距離からあたりをつけて手当たり次第。配下の魔獣を使ったり、私自身でもあちこち飛んでね。天使なんてそうそういない。その事故現場のどこかで天使の力が発生するのを待って、駆けつければいいってわけ」

 私はあまりのことに口をぱくぱくさせる。

「つまり、犠牲者はここだけじゃない。この数十倍の人数よ。あなたはもう、数千人の犠牲を背負っているのよ。それも普通の殺され方じゃない。人間なら出来ない残酷で無惨で苦痛まみれの拷問の果てに死に至ったのよ」

「そん、な」

 ストレイジは黙って聞いていた。神である彼の想像も超える余りに無茶苦茶なやり口に絶句している。何を考えているのかは読み取れない淡泊な歯ぎしりをしていた。

「全てはショウコちゃん。あなたのせいよ。あなたが私のかわいいベヒモスを殺すからこんなことになったのよ。昨日大人しく足止めされていれば、こんなことにはならなかったのよ」

「そんな、だって、私、知らない」

「人間たちはみんな、どうしてこんな目にって恨みに思いながら死んでいったのよ。その恨みは全部あなたのもの。私じゃないわ。だってあなたのせいだもの。あなたが数千人の人間に恨まれたのよ。わかる? わかるでしょ。ほらほら泣いて。ほーらあと少しい」

 けらけら笑う悪魔の言う通りにするのは嫌だ。でももう涙を堪えられない。こんなの耐えきれない。私のせいで、何十何百ではない、何千人も死んだなんて。

「うっぐ、ひぐ、うあ、うえええあああああああ」

 私は涙を滝のように流しながらその場にひざをつきうなだれる。

 何だこれ。何よこれ。赤ちゃんを助けていい気になっていた。たった一人を助けるために数千人を死なせたなんて。これが試練。こんなの、そんな、あんまりすぎて、ひどすぎて、背負いきれない恨みと命が私の背中に重くのしかかって。

「それそれ! ぎゃははは。いい顔。最高。ほらほらストレイジ。あなたも見なさいよお。好きでしょ。犯すより快感だもの。人間の絶望は最高の悦楽。面白すぎる。うひうひふひひひ。何これぶさいく。きれいな顔が台無し。福笑いみたい。いひゃはひゃ苦しい、うくくぶははは」

 ミルノートに笑われても屈辱や怒りを感じる気力も無い。私はただただ、人生最大の絶望に打ちのめされていた。

posted by 二角レンチ at 14:09| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

天使の試練(8)悪魔の選択 2

天使の試練(8)悪魔の選択 2

 声のした上空を見上げる。そこには黒いスーツを着た女が浮かんでいた。

 見た目は普通の人間に見える。長い髪、大きな胸、タイトなスカート、長い足。同じ女性としてあごがれさえ抱く完璧なプロポーション。

 だが人間ではない。美しすぎる。絶世の美女という言葉ではまるで足りない。人間離れした美貌。

 横にいるストレイジを見る。彼も人間離れした美しさを持つ。悪魔は天使や神が罪により堕天したって言っていた。この悪魔が美しいのは元が神か天使だったからだろう。

 じゃあ昨日の醜い悪魔は? 私の心が読めるわけではないと言うにもかかわらず、ストレイジは私が抱いた疑問に答えるように言う。

「悪魔は二種類いる。天使が堕ちたら知性を持たない醜い化け物、魔獣になる。昨日の奴みたいにな。そして神が堕ちたら上級悪魔、今目の前にいる奴のようになる」

「じゃあ、あの人は、上級悪魔なの」

 震える。怖い。なんて圧倒的な邪気。恐ろしい。泣きそうだ。きっと私の中にたぎる天使の力が無ければこの悪意に屈し、私はひれ伏し泣きじゃくりながら命乞いをしただろう。

 何もしていないのに邪悪。気配がすでに悪意に満ちている。これが上級悪魔。昨日の奴とは比べ物にならない。

 かなわない。殺される。悪魔に捕まれば生きたまま死ぬことを許されない。死ぬ程の拷問を七日七晩続けられる。

「いや、あぐ、いやあああ……」

 歯が噛み合わない。対峙出来ない。何だこれ。天使は悪魔を倒せるんじゃないのか。私の変質がまだたったの二日目だからか。こんなの、いくら天使として変質が進んでも勝てる気がしない。

 いつも私の絶望の表情を最高のショーだと笑うストレイジが笑わない。それどころか赤ん坊を抱いている私の震える肩をぐっと引き寄せ抱きしめてくれる。

 温かい。守られている。たくましい男の人にたしかに守られるこの安心感。信頼感。憎んでも憎みきれない相手にでもすがりつかないではいられないほどの恐怖。

「怖いよ。ストレイジ。助けて」

「俺は助けられない。これはお前の試練だ。だが、こうしてそばにいて支えてやることは出来る」

 彼の口からそんな、人間らしい気遣いのセリフが出ることに驚く。こんなやさしさがあるなら今までの残酷なことをいろいろ出来るわけがないのに。これが神。矛盾の塊。人間とはかけ離れている。私は彼が人間ならあり得ないほどの残酷さと深い慈愛の両方を備えていることを薄々理解してきた。

 人間とは違う理屈、思考、結論。絶対に揺るがない真理。あっちにふらふらこっちによろよろする人間の信念とは違う。彼にとって神の真理は絶対で、それを貫くことは人間にとって残酷で矛盾で慈愛で理解不能な次元になっているのだ。

 これが神。これがストレイジ。私の両親をたてにひどい運命を強いた彼に、言いようのない熱い感情を抱く。

「くすくす。かわいいわね」

 上空に浮かぶ悪魔は動き一つ一つがとても優雅で目が引きつけられる。魅了される。元が神だからか。堕ちてもそのチャームの能力は失われないようだ。ストレイジのチャームにかかり翻弄されている私が、この悪魔にも強烈に惹かれてしまう。

 悪魔は音も無く降りてくる。ストレイジがさらに強く私を抱きしめる。なんて頼もしいのだろう。試練だから守ってくれない。でもこれだけで十分、私の心は救われている。

「昨日、私のかわいいベヒモスを殺したのはそこのお嬢ちゃんね。そうでしょう」

 何か言わないといけない。でも恐怖にすくんで言葉がのどから搾り出せなかった。ストレイジが私の代わりに答える。

「そうだ。えらく弱かったぞ。お前の配下は大したことないな」

「弱かったですって?」

 美しい女の悪魔は顔を曇らせ細く長い指をあごに当てて思案する。

 なんて美しい指だろう。官能的だ。昨日の晩自分で自分を慰めたことを思い出す。自分の指でなく、あの美しくなめらかに動く指で愛撫されたら……

「しっかりしろショウコ。奴のチャームに屈するな」

 はっとする。これが悪魔のチャーム。官能的で淫靡。私はもちろん女とエッチしたいという趣味は無い。にも関わらず、あの女の人に体中を愛撫され穴の奥までかき回されたいと思ってしまった。しかも恐怖にすくみながら。

 この人に滅茶苦茶にされたい。犯されたい。殺されたい。どんな苦痛もこの人にされるならそれは悦びとなる。これが悪魔のチャーム。恐ろしすぎる。七日七晩の拷問地獄を望んで憧れた自分がたしかにいた。

「くそ。人間を変質させた化身である俺のチャームは上級悪魔そのものの物より弱い。打ち消しきれない。しっかりしろショウコ。お前の意志と天使の力があれば耐えられるはずだ」

「う、うん」

「あらあら。いいのよ。屈しちゃって。なんてかわいい子なの。さすが神が見初めるだけはあるわね。それより」

 悪魔はほほえみを絶やさない。当然だ。未熟な私でも力の差を感じ取れる。さっきまで気配が無かったことを考えると、わざと力を誇示して私を屈服させようとしているのだろう。

 チャームと恐怖。二つの圧倒的な力で私を倒そうとする。戦闘にすらならない。これに耐えられないと戦うどころではない。

「ベヒモスは強い魔獣よ。それが弱かったと言うなら、その小娘、ショウコちゃんだっけ。その子の変質させた聖獣がそれだけ強かったってことよ。天使に変質を始めたばかりの子がそれほど強い聖獣を作り出せるというのは驚きだわ。よほどの素材ってことね。なるほど。いつもなら取り逃がすことはないのにおかしいと思ったのよね」

「そうだ。ショウコはとても素晴らしい。強い。美しい。俺の妻にふさわしい。だから手を引け」

「なあにそれ。神の化身はしょせん付き添い。天使の試練に干渉出来ない。付き添いに命令される筋合いはないわ。ストレイジ」

「知り合いなの?」

「神は全知全能。神は天界に住み、天界の全てを知り知覚するため互いに会話すら必要としない。直接出会っていない神でも互いをよく知っている。出会う必要すらないんだ。出会う代わりに知覚する。天界にいた頃に、神としての互いを知覚している。だからこいつは俺を知っているし、俺もこいつを知っている」

「そうよ。知っている。でもショウコちゃんは私を知らない。だから自己紹介してあげる。私はミルノート。上級悪魔で元は神よ」

 その名前を聞いたときに冷たい痛みが胸に走った。凍ったナイフで抉られたようだ。感じる。私の中に宿る天使の力の塊、魂のような物にその名前が傷のように刻み込まれたことを。

「あれ、でも、神って男しかいないんじゃなかったっけ」

「神は万の化身を持つ。その中には女だっている。上級悪魔は化身を持てないが、代わりに化身の姿に己を変質させられる。万の姿を持つんだ。俺だって女の姿の化身を持っているぞ。見せられないのが残念だ」

 ストレイジはとてつもなく美しい。女の化身もきっと美しいのだろう。それはぜひ見てみたい。

「ショウコちゃんは処女だものねえ。男を知らないなんてかわいそう。私は堕ちてからたくさんの男ともこの姿で交わったけれど、とても気持ちいいわよお。知らないなんて損よ。極楽。私の物になれば、男の姿でその気持ちよさを教えてあげる」

 ごくりとつばを飲む。チャームに冒されているせいで、その誘惑は私の身体を熱く火照らせじゅんと濡れる。

「しっかりしろショウコ。お前の処女は俺の物だ。あんな奴にくれてやろうとか考えるな。ああくそ。よだれ拭け。とろんとした顔しやがって。そういう顔は俺以外に見せるな」

 そんなこと言ったって。うずく。たまらない。はあはあ。チャームが強すぎる。欲情する。この人に抱かれたい。女の姿でも、男の姿でも、この人とエッチしたくてたまらない。

「いい加減にしろ。忘れたのか。その手に抱く赤ん坊はまだ傷が完治したわけではない。病院で手当しないと悪化して手遅れになるぞ」

 はっとする。そうだ。この子。母親の命を吸い取ってまで長らえさせた子。この子を死なせてしまったら、あの母親の犠牲が無駄になる。私があの人の生命を吸い取って殺してしまった。もう私は人の死を、業を、命を背負っているんだ。ならせめて、あの人の願い通りこの子だけは助けなければ。

「あはは。心配しないでも、その子もショウコちゃんと一緒に食べてあげる」

「え?」

 ぶわっと毛穴が開く。全身の毛が逆立つ。

「どういう、意味?」

 わなわなと震える。

「言わせる気い? くすくす。想像通り、どっちの意味でもよ。魔力を使えば赤ん坊だってどうにでも食べられちゃうのよ。ひっひ、笑えるわよお。人間の絶望、苦痛、苦悶。最高の味付け。今までおいしくいただいてきたわ。老若男女、全部試した。いくら食べても飽きない。人間は味音痴ね。老人や子供は食べない。醜い者や太った者も食べない。若く美しい者だけで食べ合う。そんなの偏食。狭いわあ。珍味や変味、奇味や不味(まずみ)も好き嫌い無く味わわなくちゃ。それぞれ違ったおいしさがあるのよ。ふひひひひげひひひ。ショウコちゃんにも口やあそこを引き裂いて、その赤ん坊をねじこみ味わわせてあげる」

 美しい顔で、透き通った清流のように澄んだ声で、下品な言葉を、鬼畜の言葉をのうのうと垂れ流す。こんなの人間ではあり得ない。まさに悪魔。

 醜い。美しいほどその醜さが際立つ。ストレイジもそうだが、神というのは人間をおもちゃにする。どんな残酷な遊びでも平気でする。そのためにわざわざ必要ないのに男を作り、男女の愛憎劇を生み出した。

 愛の営みを、親が子を大事にする気持ちを、汚い言葉で踏みにじるこいつを許せない。

「ストレイジ。あんたも堕ちたら? 楽しいわよお。人間と交わり食らうのは。最高。ただ観覧席に座って眺めているだけなんてつまらない。あんなの今思えばまるで物足りない。今のあんたは天使の試練に失敗した小娘どもが悪魔に犯され蹂躙されるのをただ見ているだけでしょ。そんなの駄目駄目。ああん。すごいのよ。人間って、自らの手で汚し壊し殺し引き裂く。見るとやるとは大違い。こんな最高の悦楽、神の身では味わえない」

「黙れ。欲望に負けて鬼畜に走る悪魔が。神はそんなことをしない」

「眺めて楽しむくせに。指をくわえて見ているだけ。赤ん坊なの。ちゅっぱちゅっぱ。ぎゃははは。なっさけなあい。私は神を堕ちてよかったわ。楽しくてたまらない。生きている充実。幸せ。神って不幸だわ。すごくくだらない生き方。制限ばかりで楽しめない。眺める楽しみしか出来ない。くっくくふひひひ。みーじめえええ」

 もう聞きたくない。ストレイジだってさんざんひどいことをした。残酷な光景を見て笑っていた。眺めているだけか実際に手を下すか。そんなの大差があるようには思えない。私にとってはどちらも邪悪。人間ではない鬼畜。神も悪魔も軽蔑に値する存在だ。

 ストレイジに抱きしめられていることに嫌悪がわく。私は肩を振って彼の腕から逃れる。

「おい、こんな奴の戯れ言に惑わされるな」

「うるさい。ねえ、それより指示して。どうすればいいの。どうすればこの場を逃れてこの赤ん坊を病院へ連れていけるの」

「あらあ。ここまで挑発したのに向かってこないの? 臆病ねえ」

 やっぱり。私を怒らせて赤ん坊を手遅れにさせて、その絶望を楽しむつもりだったんだ。上級悪魔だって元は神。神のやり口は昨日今日で十分思い知っている。

 もしかして、ストレイジはそれを身にしみてわからせるためにわざと? 上級悪魔に出会ったときに私が惑わされず対応出来るように?

 いや、こいつがそんな殊勝なわけがない。本気で私の絶望する泣き顔を楽しんでいた。あれが演技やわざとなわけがない。

 神にとって人間はおもちゃ。おもちゃを壊して遊ぶ子供を邪悪とみなす人間がいるだろうか。そういうことなのだ。神にとって人間にいくらひどいことをしようとそれは邪悪でもおかしいことでもない。普通で正常なことなのだ。

「いいぞショウコ。こいつに今のお前では勝てない。その赤ん坊には時間が無い。ここはあいつを一旦退けながら逃げる一手だ。倒すんじゃない。時間を稼げればそれでいい」

「うん」

「イメージしろ。聖獣はイメージしたものにもっとも近い姿に変質する。昨日よりお前は天使としての変質が進んでいる。だから聖獣への変質速度も昨日よりはるかに早い」

 悪魔はにやにやしながら私たちを見ている。手を出してこない。

「ユニコーンだ。あれなら物語によく出てくるし、女の子なら誰だってその背に乗りたいと憧れたことがあるだろう。イメージしやすい。人間の伝承は実際のユニコーンにかなり近い。やれ。イメージして、聖獣を変質させろ」

「うん」

 私の肩に載る饅頭みたいな聖獣、バアルに力を送る。バアルは私の肩からころんと地面に落ちるとむくむくと膨張していく。

「私が変質を大人しく待つと思っているの?」

「待つさ。悪魔になっても神の性質は変わらない。合理性より娯楽性。面白いことが何より大事。聖獣の変質を待たずにショウコを捕らえてもあっけなくてつまらない。じたばた必死こいてあがかせたあげくそれを徒労に終わらせ絶望の表情を楽しみたい。だろ?」

「くすくす。そういうことにしておいてあげる」

「どういうこと?」

「手を出さずに待っている理由は他にあるってことさ。今はそれどころじゃない。ほら。もう変質を終えたぞ」

「早いわねえ。その子本当に天使二日目なの? 天使への変質が進むほど力は強くなる。でもたった二日でユニコーンを作り出せる子なんて聞いたことがないわ」

「これってすごいの?」

「ああ。でもうぬぼれるなよ。お前の得意げな顔なんざ見たくない」

 小さな饅頭のようなバアルがものの十秒程で立派な馬、ユニコーンになる。

 真っ白な体躯。筋肉が張り出したたくましい体つき。精悍な面もち。そして特徴的な頭部に生えた長い角。

「イメージと違うよ」

「女の子の考えるユニコーンは優美で細いだろう。でもユニコーンはとても強い聖獣だ。戦場を駆け敵を貫く戦士だ。人間の伝承にあるよりはるかにマッチョだし角も長いだろう」

 たしかに、美しいよりもたくましい。破裂しそうなほどボコボコに膨れ上がった筋肉は乙女の憧れとはかけ離れている。そして角が長く太い。頭部にちょこんと生えているのではない。ユニコーンの頭からしっぽまでの全長よりも長い。こんな長くてアンバランスで、よく倒れないものだ。

「乗れ」

 ストレイジはそう言いながら、私を片手でひょいと持ち上げユニコーンの背に乗せる。そしてその後ろに自分も飛び乗り跨った。

「ユニコーンは乙女しか乗れないんじゃないの?」

「正確には清い者しか乗れない。寄せ付けない。純潔の乙女、無垢な赤ん坊、そして高潔な神」

「あんたが高潔? 最高に低俗で汚い性根のくせに」

「うるさい。行くぞ。出せ。聖獣はお前の命令通りに動くんだ。突進して、あの悪魔を退けろ」

「でも、動いたら落ちちゃう」

「心配するな。つかまらなくても跨っているだけで十分だ。落ちない。どんな激しい動きをしても落ちたり不安定になったりしない。逆さになっても落ちないんだ。聖獣に乗るというのはそういうものだ。乗るというより供にあるという状態なんだ」

 本当かなあ。たしかにゆりかごに揺られるように安らいだ乗り心地。ちっとも不安を感じない。不思議なやすらぎ。自分の肉体の一部のように、しっくりなじむ。

「走って。あの悪魔に向かって突進して」

 私が命じると、聖獣ユニコーンは突進を開始する。すごい。わずかな間もなくいきなりトップスピードに達する。なのに空気の流れは春のそよ風で、湖に漂う木の葉になったみたいにわずかで心地よい揺れしか感じない。まったく落ちる気がしない。

 天使の力を持つためか、ほんの一瞬が長く感じられる。悪魔に迫っていく。ユニコーンの長い角が悪魔を貫こうとする。

「悪魔は汚れている。だからユニコーンに触れることが出来ない」

 ストレイジがつぶやく。ならこのままあの悪魔は避けてくれるのだろうか。

「だが、倒すことは出来る。攻撃は触れるのとは違う。冒し犯し壊し殺すことは出来る。悪魔の悪意は聖なる防御をたやすく突破する」

 美しい女の悪魔が手を振る。なめらかな動き。とても素早いが、天使の力を持つ私にはそれがスローモーションの映画のように見える。

 悪魔がユニコーンの巨大な角を握る。そしてわずかにしごくように手を揺する。その卑猥な手つきは処女の私を馬鹿にするためのものだとわかる。

 ボギリ。ユニコーンの角が、その象徴が、ただの一度も敵を貫くことなくあまりにあっけなく根本からへし折られる。

「何だ? 強すぎる。いかに上級悪魔とはいえ、ユニコーンの聖なる角を折るのは一苦労のはずだ。こんなあっけなく折れるわけがない。ミルノート。貴様、何をした?」

「くすくす。ストレイジ。神の身に甘んじているあなたには決して知ることが出来ない悪魔の真実。それを暴いた。悪魔は神や天使が変質させられたからといって力の劣る存在ではない。私はついにその真実にたどり着いた。もう悪魔は神や天使に劣る存在ではない。神より上位に君臨する偉大で最高の存在になったのよ」

「何を言っている? 神の知らない真実など存在し得ない。地の存在が、天の存在を超えることなどあり得ない」

 ストレイジが本気で驚き困惑するのを見るのは初めてだ。背に感じる彼の筋肉がこわばる。その声にはたしかに、今まで一度も含まれたことのない畏怖の念がこもっていた。

 ユニコーンは角を折られた激痛に首を振る。でも突進をやめない。悪魔ミルノートの横を猛然と駆け抜ける。

「くすくす。はは。ははははは!」

 ミルノートは笑いながらへし折った角を頭上に掲げる。大理石のように深く味わいのある純白の角が真っ黒に染まる。汚される。悪魔の力で浸食される。

 ドスリ。鈍い音がする。ユニコーンの後ろ足に、黒い角が突き立てられる。

「いやああああ、お母さん」

「心配するな。聖獣は、神や悪魔もそうだが、死なない限り死なない。どんな重傷でも死に至らない。治癒出来る。足の一本ぐらい問題無い」

 そんなこと言っても。この聖獣はお母さんが変質したものだ。思考も感情も失われたと言っていた。でも痛いはずだ。苦しいはずだ。私が変質させたせいで、今お母さんが苦しんでいる。

「一本ぐらい? ふっふふふふふひひひひひひひ。なら二本ではどうなの。ねえええええ」

 ミルノートはユニコーンの足に突き立てた黒い角を横に薙払う。ユニコーンの後ろ足が二本とも、切断され吹っ飛んでいく。

「いやああああ。やめてええええ」

「怯むなショウコ。離脱するぞ。命令しろ。早く。でないと捕まる」

「逃げて! 走って! わああああん。うああああああああん」

 私は泣き叫ぶ。お母さんにこんな痛い思いをさせてしまったことを謝る暇は無い。謝る資格も無い。昨日化け物に変質させたときに、もう私は償いきれない非道をお母さんに強いたのだから。

 自慢の角を折られ、後ろ足を両方切断された。こんなにみっともなく醜い姿では誇りを保てない。人間のような思考や感情は無くとも誇りを持つ。生物の本能とはそういうものだ。傷は自分が弱い証と受け取る。ユニコーンは誇りを著しく傷つけられ、その身体をずたずたに傷つけられてもなお前足だけで、全力で駆ける。

 後ろから聞こえる悪魔の哄笑があっと言う間に遠ざかる。

「ショウコ」

「うっ、ぐすっ、ごめんなさい、お母さん、ごめんなさい」

 私は手負いにも関わらず速度を緩めず走り続けてくれるお母さんにいつまでも謝り続けた。

「……ショウコ。ユニコーンの速度は旋風だ。普通の人間には突風が吹いたとしか感じられない。見られる心配はしなくていい」

 ストレイジは、私を慰めてくれようとしているのだろうか。そんな気遣いの出来る奴じゃない。神とはそういうものだ。だってこれがもし気遣っているのなら、不器用にも程がある。

「病院の案内看板がどこかにあるだろう。このまま走り続けろ。ん、あれだな。この先五百メートルに大きな病院があるようだ。そこへ行け」

 私は申し訳なく思いながらもユニコーンに指示を出す。ユニコーンはすぐに病院にたどり着く。

「そこの木陰に潜れ。ユニコーンを変質させてバアルに戻せ。その姿では目立つ」

 言われるままにする。饅頭みたいなバアルの姿になった聖獣はすやすやと寝ているように見える。

「これで傷が治ったの?」

「いや、変質する聖獣は、それぞれの姿が治癒しない限り傷を負ったままだ。ユニコーンに戻せばまだ後ろ足はちぎれたままだ。しかも角は奴に奪われ黒く変質させられた。あれを取り返さないともうユニコーンは使えない」

「どうすれば」

「話は後だ。その赤ん坊を病院に連れていけ。二人で行くと目立つからお前だけだ。入り口で、この子けがしていて死にそうだからすぐ手当してくれと言ってその場に置いて来い。押し問答している暇はない。いきなり押しつけてもごねるだろうから言うだけ言ってイスにでもその赤ん坊を置いてこい」

「そんな。この子を放っておけないよ」

「そんなこと言っている場合じゃないんだ。お前がついていてもどうにもならないし、俺たちにはやらないといけないことがある。奴の元に戻らないと奴はここまで来るぞ。俺たちが奴を出し抜いたんじゃない。見逃してもらっただけだ。また戻ってくるのがわかっているからあの場であれ以上のことをされなかったんだ。だから早く戻らないと本当に奴がここへ来るぞ。あの赤ん坊や他の人を巻き添えにしてもいいのか」

 そんなわけにはいかない。私はいろいろなショックが抜けていないけれど、よろよろと病院に向かう。

 案の定、窓口でいきなり赤ん坊を押しつけようとしてもなんだかんだ言われた。私はこの子死にそうなんです。手当をお願いしますと叫んでから赤ん坊をそばにあったイスの上に載せる。

「ごめんね。元気でね。助かってね。さようなら」

 ついていてあげたい。あの母親に託された大事な命。でも私にはこの子についている余裕は無い。この子を巻き添えにする資格は無い。

 別れの涙を拭いながら、木陰で待つストレイジの元へ戻る。

「しっかりしろ。お前は強い。ただの人間なら耐えられないような様々なことを昨日今日と乗り越えてきた。天使の力と意志の力。二つが合わさればどんなことにも耐えられる。行くぞ」

 私は強くない。とても弱い。いろいろなことがありすぎて、潰されそうに辛すぎて。ストレイジに抱きしめられながら、しばらく泣かないではいられなかった。

posted by 二角レンチ at 14:55| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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