2013年04月30日

理の創世(13)覚悟

理の創世(13)覚悟

 終末を司るアポカリプスが、聖女の姿でジャッジメントとデザイアの前へ舞い降りる。

「イマジンとドリームは死んだ。仮想と夢幻、二つの概念の消滅によりその理は復活出来ない。よってリタイアとみなし二人をこの闘争から排除する」

 デザイアは顔を真っ赤にして情熱的にジャッジメントの唇を吸っていたが、ようやく顔を離してアポカリプスを見る。

「へえ。冷静だね。あんたも最後に殺されて死ぬんだよ。わかっているの?」

「私は終末アポカリプス。儀式アポカリプスの進行を任されている。その神の使命は私の死よりもはるかに重要。私が死ぬなどという些末な事でその遂行を狂わせてはならない」

 アポカリプスのそばに創世ジェネシスが、容姿と同じく穏やかな母親のほほえみをたたえて舞い降りる。

「ジェネシス。あんたもそうかい」

「はい。デザイア。私もアポカリプスと共にこの儀式の進行を担う使命を帯びています。たとえそのあと創世でなく、死と殺戮が待つとしても、今この神の使命を放棄する理由にはまるで足りません」

「怖くないのかい。本当に死ぬんだよ。理にとって死ぬことは、親である神に見捨てられることは何より怖いことのはずだろう」

「理は神に見捨てられてなどおりません。もしこのアポカリプスでジャッジメント以外が勝利すれば今まで通り創世を行い、神を楽しませます。神が満足するまで何度でも創世と終末を繰り返しましょう。今まで通りに。神を失望させ続けた我々の罪を神は許しません。しかしそれでも死なせるには忍びない。だから試すのです。試練を課したのです。このアポカリプスでジャッジメントを倒し他の理が勝利する。それが神の与えて下された慈悲。失敗ばかりするふがいない私たちにまだ最後のチャンスを下されたのです。私たち理は神に愛されています。見捨てられてなどおりません。何を悲しむことがあるでしょうか」

 それは鼓舞だった。激励だった。ジェネシスだって死は怖い。でもそれを面に表さない。死への恐怖、神に見捨てられた絶望。潰れそうになっている理たちを励まし立ち上がらせる応援だった。この闘争に介入出来ないジェネシスに出来る唯一の手助けだった。

 アポカリプスもわかっている。動揺している理たちに、死の恐怖に屈しない堂々とした姿を見せることで、死の恐怖と直接対峙し戦わねばならない他の参加者たちを激励しようとした。

「これにて初戦の四戦全てが決着した。リタイアしたのは永遠、刹那、仮想、夢幻の四つの概念。エターナル、モメンタリ、イマジン、ドリームはこの闘争より排除された。残った理たちよ。再び相手を選び戦え。すでに戦った者同士の戦いは認めない。残る全てと戦ったあとでなければ再戦はかなわない。戦いを拒否し、機を待つのもまた戦略。好きなように戦い、好きなように拒絶しろ。ただし全ての戦いを拒否すればその理はリタイアとみなす。よく戦え。よく殺せ。よく辱めよ。心を削りすり潰しへし折り壊滅させるのだ」

 アポカリプスの宣言にも誰も動こうとしない。今戦う意志を、勇気を、持てる理などいはしない。

 ホープは幼い子どものように泣きじゃくった。

「サブミット。私死にたくないよ。死にたくない。希望に満ちた世界を生んで、神に、お父様に、喜んでもらうんだから。ねえサブミット。守ってくれるんでしょ。助けてよサブミット。ジャッジメントをやっつけて」

「で……出来るかよ、馬鹿。服従は全てに服従する宿命。しかし本当の死にだけは服従するわけにはいかない。死んで消滅したらもう服従し奉仕することが出来ないからな。そう、出来ないんだ。だから俺はまだ、死ぬわけにはいかない」

「サブミットの馬鹿。嫌い。私を守ってよ。助けてよ。ね。サブミット。そうしたらキスしてあげるから」

 サブミットはホープに対し苛立っていた。しかしつっぱねるわけにもいかない。泣きじゃくるホープを抱きしめ一緒に震える。誰かにすがりつかないと耐えられない恐怖。

 心を磨耗させてはいけない。これ以上恐怖で心を削られてはいけない。戦えなくなる。勝てなくなる。何とかしないと。誰かが何とかしないと。それはもちろん自分ではない。誰もがそう思っていた。

 全ての理が集まっていた。ジャッジメントとデザイアは飽きることなく抱きしめ合いキスを続けた。デザイアは強烈な欲望に満たされ何度も何度も尽きることなく絶頂し続けた。

「はあ、はあ、こんなの、気持ちよすぎて、戦えなくなっちまうよ」

「かまいませんよデザイア。いつも言っているでしょう。私は慈悲の心で負けてあげているのだと。私は本当に強い。私一人で他の理全てを打倒します。あなたはただそばにいてくれるだけでいい」

「ははは。うれしいねえ。でもあんた、防御は苦手だろ。私は自分の身は自分で守れるよ。安心して戦ってきな。愛しているよ。ん」

 デザイアは恍惚とし、情熱的なキスをする。こんなに美しくみだらなデザイアは交わりの最中でさえ見たことが無い。男の理はみんなそんなデザイアを見て、死の恐怖と同じくらい欲情してしまっていた。

 アポカリプスの参加者たちは自然と集まってきた。遠巻きに見ている観客たちとも、その輪の中心で愛し合うジャッジメントたちとも離れて話をする。

 クエストはみんな集まったのを確認して声を振り絞る。

「あははー……ふう。空元気を出すのもしんどいですね。死を実感するとここまで怖いと感じるなんて。心がどうしようもなく削られます。冷静に考えて、このままだと全員憔悴して勝てなくなります。まだ心が強いうちにどんどんジャッジメントに戦いを申し込んで誰かが倒さないといけません。彼はきっと戦いを拒否しません。もう私たちで争っている場合ではありません。心を消耗させ合っている場合ではないんです。最優先でジャッジメントを倒さないと。わかっていますね?」

 誰もうなずかない。

「あれ?」

 誰も何も言えないので、サブミットがしどろもどろに話す。

「あ、いや、クエスト。わかってはいる。わかってはいるんだが、その、ジャッジメントと戦って本当に死ぬのが怖い。それに、これが神の意志で、俺たちの創世で神を退屈から救えなかったのが罪だと言うなら、それに服従するべきなのかもと考えるとなあ」

「それはあなたが服従だからです。だからそんな後ろ向きな考えになっちゃうんですよサブミット。私は嫌ですよ。絶対私の望む、解き応えのある謎に満ちた世界を作ります。神だってきっとその謎解きに夢中で遊んで永遠に退屈しません。みんな自信無いんですか。原因は神が退屈してしまっていることです。永遠の退屈と、世界をいちいち殺す恐怖と辛さに耐えられない。でも世界を作らせ退屈をしのがずにはいられない。ようは神を永遠に満足させる世界を今度こそ生み出せばそれでいいのです。それで万事解決。何も問題はありません」

「僕は自信があるよ。あらゆる快楽に満ちた世界を生んで、きっと神を永遠に溺れさせてみせる」

 ユートピアは珍しく真顔だった。

「ひっひひ。神はいいことも悪いこともある世界が退屈なのさ。刺激的に悪くてひどいことばかり。最高に強烈な地獄を作ればきっと永遠に楽しんでくれるさ。いくら味わっても飽きることの無い刺激に満ちた、麻薬のような世界を生ませてやるぜインサニティ」

「ふっ、楽しみにしているよ」

 インサニティはエビルの頼もしさにちょっぴり救われたようだ。弱々しくほほえむ。

「さて、では誰が先に行きますか?」

 クエストが尋ねる。誰も名乗り出ない。

「お前行けよクエスト」

「駄目ですよサブミット。私は対策を分析しないといけません。まださっきのだけでは情報が足りません。今私が行ってもただの犬死にです」

「卑怯だぞ。自分が死にたくないからって誰かを死なせる奴があるか」

「何とでも。私は絶対勝ちますよ。生き残ります。アビスと一緒に世界を生んで永遠に楽しみ楽しませます。私は誰にも無理強いしません。私は誰にも無理強いされません。戦うべきときが来たら、勝算が見えたら戦います」

「それって今は、勝算が無いから捨て駒になれってことだろ」

「そうです。だから決めるのはみなさんです。ご自由に戦いご自由に逃げてください」

 しんとする。誰も死にたくない。理が殺し合いを楽しめるのは殺されても死なないからだ。殺されて死ぬのなら怖くて戦えない。人間と同じぐらい卑小で臆病なのだ。

「なんだなんだ。お前ら。何か勘違いしていないか」

 それまで黙っていたグローリーが努めて明るい声を出す。みんな期待して彼を見る。

「ジャッジメントは死の概念を持つ。その攻撃は一度殺せば確実に死に至らしめる。でもそれだけだぞ。当たらないなら殺されない。殺されなければ死なない。こっちが殺して殺して殺しまくって心を削ればもう戦えない。ただの戦いと同じだ。別に奴が強いわけでも無敵なわけでもない」

 サブミットが答える。

「それは、そうだが。理の戦いは基本殺し殺されだ。防御し続けることも攻撃し続けることも容易ではない。相手は何度でも殺される。こっちは一撃食らえば終わり。そんなの圧倒的に不利じゃねえか」

「大丈夫だ。理は殺され続ければ心を削られ弱る。俺が奴を削ってくる。そうすればあとはお前らが、弱ったジャッジメントの攻撃をかわしながら殺しまくればいい」

 みんなざわめく。動揺する。

「死ぬ気か。グローリー」

 グローリーは申し訳なさそうに眉を寄せ、笑みを浮かべる。

「いくら俺でもあんな危険な奴相手には、気休めでも勝てるなんて言えねえ。強がれねえ。ははっ。みんなを勇気づける英雄を、最後まで演じ続けられればよかったがな。無理だ。俺は弱い。だから弱音を吐いちまうんだ。死ぬのが怖い。それでも死んでくる。誰かが犠牲になってでも奴を削らなければならない。だからどうか、俺の死を無駄にしないでくれ。託させてくれ。お前らならきっと何とかしてくれる。俺たちはみんな兄弟だ。誰も死なせたくねえ。俺が犠牲になるだけの意味があると、俺の死は無意味じゃないと、無駄死にじゃないと、そう思わないと怖くて戦えない。勇気をくれ。背中を押してくれ。見送ってくれ。見届けてくれ。頼む」

「グローリー……」

 サブミットは涙をこぼす。ホープは泣きじゃくる。ディストピアもめそめそ泣いている。ユートピアやエビルでさえその無様を笑わなかった。

「アルティメット」

「はい」

 グローリーはアルティメットに向き合う。彼女は泣いていなかった。

「俺はあなたを守り、あなたのために死ぬなら本望だ。そう言いたかった。最後まで格好つけたかった。でもそんなことは言えない。弱い俺を許してくれ」

「許すも何も、あなたはあなたの道をおいきなさい。それが私の愛した栄光グローリー。あなたは今もなお色あせることなく私のまばゆい誇り、英雄ですよ」

「ありがとう。俺のために、死んでくれるかアルティメット。俺があなたを守るんじゃない。あなたが俺を守るんだ」

「はい。それがあなたのお望みなら」

「俺は一人で死ぬのが怖い。辛い。耐えられない。だからあなたと一緒に戦い、一緒に死にたい。俺のわがままに付き合ってくれるかアルティメット」

「はい。それが私の望みだから。あなたが死んで、私だけが生き残っても、私はきっと耐えられない。死ぬよりあなたを失う方が怖い。それほどまでに愛しているのですグローリー。一緒に死んでくれと言ってくれてうれしい。私を死の伴侶に選んでくれて光栄ですグローリー。私の愛しい人」

「アルティメット」

 グローリーは強く、強くアルティメットを抱きしめキスをした。アルティメットは気丈に振る舞っていたがもう耐えきれず、涙をこぼした。グローリーは恐怖に震えるアルティメットを抱きしめながら自分のふがいなさを嘆き、愛する人を死なせてしまうことに泣いた。

 一人では怖い。でも愛する人と一緒なら戦える。死ねる。二人は死でも分かてない。

 涙を拭い、戦場に赴く二人。サブミットはその背に声をかける。

「グローリー、アルティメット、俺は……」

 グローリーは振り返らず、拳を高々と突き上げる。いつものパフォーマンス。勝利の約束。その力強い背中はそれを見守るみんなをたしかに勇気づけた。

posted by 二角レンチ at 12:33| 理の創世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月29日

天使の試練(24)天使の真実 8

天使の試練(24)天使の真実 8

 マストムの捨て身の特攻。全身を切り刻まれ死ぬことになろうとも敗北は許されない。私を道連れにしようとしたマストムは、ソイルの手により引き離され、その爆発は私から離れた上空で起こった。

 マストムの頭は爆発してもまだ残る。でもジャガーノートの羽に切り刻まれズタボロだった。身体はジャガーノートに切り刻まれた上、己の頭の爆発で粉微塵に吹き飛ばされた。

 全身が吹き飛び、頭がずたずたに裂かれたマストムは死んだ。あの爆発は最後の断末魔だったのだ。

 空中に放られたマストムの頭が、ボロ雑巾のようにぼたりと落ちてきた。

 その上から踏みつけるようにして、浮いていたソイルが降りてきた。足下をぐりぐり踏みつけ、マストムの頭の残骸を粉にまですり潰す。

「そ、ソイル?」

「ごきげんよう。ショウコ様。駄目ですよ。何負けてるんですか。せっかく勝利を期待してこっそり観戦していたのにがっかりです」

 ソイルはにこにこしている。何だ。わけがわからない。

「あんた、どうしてここに。いや、どうやって、今、何をしたの?」

「駄目ですねえ。このマストムって天使。弱い。せっかく天使の真実を暴いたのに、その力を使いこなせていない。ちゃんと使って身体を鎧と化せば、この程度の刃で切り刻まれることなんて無いのに」

 ジャガーノートの羽が切り刻めないほどの硬質化。それで全身を鎧にするだって。だからジャガーノートの羽の刃に切り刻まれること無く割って入って、マストムを宙へ放り投げたというのか。

 だとしても早すぎる。ジャガーノートの高速の羽が切り刻むのはわずか一瞬。それすら追いつかないほどマストムの爆発の方が早かった。なのにそれをはるかに上回る速度でこの決闘場の外から乱入し、マストムをつかんで放り投げたというのか。

 いくら何でも強すぎる。ソイルに一体何が起こったというのか。

 デミエッタが激怒して立ち上がる。

「神聖な天使の決闘に、神も天使も手出しは許されません。何ですかあなたは。それでも天使ですか」

「天使じゃないです。悪魔なんですう」

 ソイルは身体はしっかり熟した大人だが、童顔な上に子供っぽいところがある。子供が自分を叱る大人を馬鹿にするような口調でデミエッタに返す。

 マストムの凄絶な死に口を開けなかった天使たちが一斉にどよめく。

「悪魔ですって? でもあなたからは、天使の力を感じます」

「あいつは悪魔さ。ただ神の秘術により堕ちたにもかかわらず悪魔への変質を抑制している。だから天使の力を失っていないんだ」

 ストレイジが答える。なぜか自慢げだ。

「ストレイジ様あ。お元気でしたかあ」

「おう。元気だぜ。たらふく酒を飲んでいい気分だ。それよりお前、ずいぶんと強くなったようだな。悪魔の真実が何かつかめたか」

「まだですう。でもヒントはいろいろ見つかりました。一番の収穫はこの天使の真実ですねえ。これってすごいですよ。こんなにも力があふれてくる」

 周りの動揺が大きくなる。

「ほほう。どうやって暴いたんだ」

「私はこの体内世界をあちこち探検しました。クラーケンの胃から探していたので、私が迷い込んだと思った天使の一人から教えてもらったんです。天使の力を持つ私を天使だと思い込んで、道すがらいろいろ教えてくれたんです。天使の真実は自ら暴かなくてはいけない。で、知ったからには自分で暴いて強くなって、その場でその天使はぶちりと腕試しで潰しました」

「そうか。その暴き方で、悪魔の真実も暴けそうか?」

「うーん。やっぱり天使の真実と悪魔の真実は別物みたいですね。でも十分ヒントにはなりました。まだ全く見当違いの可能性もありますから試すわけにはいきませんけど、最悪他の手がかりが今後見つからなければ、これで悪魔の真実を暴けるか試してみます」

「よし。悪魔の真実を暴けるかもしれない方法が一つ見つかっただけでもめっけものだ。もう十分だ。ここにはもう用は無い」

 ストレイジが立ち上がり、決闘場まで下りてくる。

「それにしてもショウコ様。ずいぶん面白、いえ、ワイルドなお姿になっちゃってますね。私もその姿になったとき笑っちゃいました。申し訳ありません」

 いや、笑ったことをいちいち言わなくていいよ。気にするでしょ。

 私は聖獣ジャガーノートをバアルに戻す。

 デミエッタはわなわな震える。

「天使の真実は知ったところで簡単に暴けるものではありません。それをこともあろうに天使の力を持った悪魔が暴いたというのですか。ごくわずかな時間で」

「あんなの簡単ですよ。そんなに難しいことですかあ? みんな頭が足りないんじゃないですかねえ」

 天使の真実を暴き強大な力を手に入れたソイル。力を手にした者はそれに溺れる。謙虚だったソイルがまるで神であるストレイジのように傲慢で、人を馬鹿にしていることに驚く。

「悪魔に天使の真実を知られて生かして帰すわけにはいきません」

 デミエッタが手を上げる。席に座っていた天使たちが一斉に立ち上がり、殺気を放つ。

 ソイルがやれやれといった感じで手を広げ、頭を振る。

「はーっ。今のマストムって天使が長のデミエッタの次に強いのでしょう? なら他の天使が私にかなうわけないじゃないですか。力を手にしてもそれを使いこなせない馬鹿には過ぎた道具です。私ほどこの力を使いこなせる人がいないのに、何人いても同じことです」

「そういうセリフはまず私を倒してからにしなさい」

「あれあれえ。いいんですかあ。みんなの前でそんなこと言ってえ。恥かいちゃいますよお」

「戯れ言を。悪魔ごときにこの私が負けるわけがありません」

 デミエッタはふわりと木の葉のように舞い上がる。そして風に吹かれたように一瞬で私たちのいるところまで飛んで来る。

「ショウコ。下がっていろ」

「それには及びませんよストレイジ様。そばにいても大丈夫です。何の問題もありません」

「言うに事欠いて。悪魔というのは相手の力量も計れないのですか」

「それはあなたの方でしょう。デミエッタ。力を全て解放するまでも無い相手に力を誇示して威嚇する必要などありませんもの」

「いい加減、口ではなく力で示しなさい」

「いいんですか。じゃあいきますよ」

「どうぞ」

 マストムはジャガーノートの高速の刃にかなわなかった。それを物ともしないソイルの力をデミエッタは侮ったりしない。警戒し、本気で対処した。

 にもかかわらず、あまりの早さに防御が遅れた。あまりの強さに硬質化で鎧にした身体は耐えきれなかった。

 デミエッタの首から下が爆発した。

 いや、そう見えただけだ。天使の力でも目で追いきれないほどの高速の連打。デミエッタの身体をずたずたに引き裂き粉微塵に吹き飛ばした。あまりにも早すぎて、デミエッタの身体が爆発したかのように見えてしまっただけだ。

 デミエッタがマストムの仇を討ってくれると騒いでいた天使たちが絶句する。大勢いるのにまったく音が無くなった。

「が、げぼ、えげ?」

 首だけになったデミエッタは無惨に転がる。それをソイルは踏みつける。

「わかりましたか? 力の差が。同じ天使の真実。でもそれを暴いただけではまるで足りない。研究し解明し理解し分解しそしてさらに奥まで暴く。パーツに分解するだけでなく、そのパーツまでをも分解する。全部暴く。裏返し切り刻み一片にしてからその全ての断面を調べる。そこまでしないといけないんですよ。暴くってのは。発見しただけではしゃいで満足するなんて、ダミーの宝を見つけて嬉々として持ち帰り、奥にある真の宝を見逃すようなものです」

「がばっ、だ、強すぎる、あり得ない、こんな、悪魔め」

「ははは。あなたが弱すぎるんです。いいえ、弱くしたんです。愚かな天使。力に溺れそれを振るうことしか思いつかない。私は悪魔。だから思いつく。天使の力を奪うことを」

 悪魔は人間の生命力を吸い取り糧とするエナジードレインを使う。天使は人間の生命力を吸い取り他人に分け与えるバイパスドレインを使う。

「まさか」

「わかりましたあ? よかったですねえ。じゃあその賢いおつむを潰してあげます」

 ソイルは何かに気付いたデミエッタの頭をぐしゃりと潰し、踏みにじって粉砕した。

「ショウコ様はわかりましたかあ?」

 私はわからない。ぶんぶんと首を横に振る。わからないからって私を殺したりはしないだろう。でも強くて怖いソイルに怯える。

「ストレイジ様はわかりますう?」

「おう。わかるわかる。馬鹿なショウコに説明してやれ」

 本当にわかっているのか。このお調子者め。大分酔っているな。

「悪魔は天使に対してエナジードレインを使うには、七日七晩地獄の責め苦で苦しめて、その魂を黒く染めないといけません。対して天使の使うバイパスドレインはそんな必要は無くすぐに生命を吸い取れます。ただしそれは相手の許可がいります。望まない相手からは吸い取れません。おまけに吸い取った力は自分以外の他人に与えることしか出来ません」

 ソイルがわざと大きな声で説明する。遠くで固まっている天使たちもそれを聞く。

「でも私は悪魔で天使。両方の能力を解析し、組み合わせ、改良し、新しい術を生み出しました。それがエンジェルドレイン。対天使専用のエナジードレイン。悪魔が天使の魂を黒く染めないと自分の糧に出来ないのは自分が黒く邪悪な魂だからです。でも悪魔への変質を途中で抑えている私は天使の魂を持っています。同じ天使の魂。だから黒く染める必要無く、すぐに自分の糧と出来ます。悪魔への変質初期を経験し、悪魔の力も持っています。変質が進まなくともその力を解析し自分の術としています。だから悪魔の術も天使の術も使える。エナジードレインで天使の力を吸い取る。黒く染める必要なく一瞬で。天使の力を吸い取ったらあとはもうただの人間と変わらない。簡単に粉砕出来ます」

 なんだなんだ。ソイルはやたら解析だの何だの言っているが、そんなのはたやすく出来るわけが無い。それをほとんど時間をかけずにあっさりこなす。すごい能力。これが天才という奴なのか。

「ソイル。お前はすごいな。俺の化身の一人が悪魔の真実を暴くという無理な使命を命じるほどだぜ。なるほど、お前ほど力の解析と習得、改良と応用が出来るなら無理難題を解けるかもしれないな」

「ストレイジ様。私の主のストレイジ様は、それはもうすごく賢い研究者なのですよ。ですからそのパートナーとして、天才の私を探し出して見初めたのは当然です」

 なるほど。ソイルの主が天才で研究者だから、自分のパートナーとして役に立つソイルを選んで天使の試練を課したというわけか。

 周りにいる天使たちが俄然ざわめき出す。

「この悪魔め。よくもデミエッタ様を殺したな」

「マストムは私たちの勇者だった。なのによくも」

「あの悪魔は危険だ。殺せ殺せ」

「でも一対一ではかなわないぞ」

「こっちは百人以上いるんだ。一斉にかかれば必ず殺せる」

「でもそれは、天使の誇りが」

「かまうものか。全員殺せ。それで我らの行いは誰にも知られない」

 天使は戦いに名誉を感じる。それを重んじ誇りとする。なのにこれか。ソイルにかなわないとみるや、全員で襲って殺そうとするなんて、まるで人間みたいに卑怯で卑小だ。

「ソイル」

「心配なさらずとも大丈夫ですよ。数は問題ではありません。くすくす」

 天使たちは、ソイルが笑っているのを見て激怒する。

「この人数を一度に相手出来るものか。何人かは犠牲になるがそれは仕方ない。かかれ、殺せ、仇を討てえええ!」

 天使たちは我先にとソイルに襲いかかる。そばにいる私と、神であるストレイジまでも亡き者にしようとする。

 さすがのソイルもこの人数相手では勝ち目は無い。多勢に無勢。消耗戦により確実に削られ殺される。

 私はジャガーノート召喚で力を使い果たし、もう戦えない。ストレイジは私が殺されるまでは天使の試練のために力を振るうつもりは無い。だから天使たちはまずストレイジから殺すだろう。

 絶体絶命。今度こそ終わった。

 ソイルはつぶやく。

「天使の真実。天使の封じられた力を全て使えるようになる。拳を弾丸にして飛ばす? 頭を爆弾にする? その程度、五体を使いこなしたとはまだまだ言えませんよ」

 ソイルの身体が光る。全身に切れ目が入りサイコロ状に細切れになる。

 そしてそのサイコロそれぞれが弾丸と化す。炎を噴き出す弾丸。いや、流星だった。

 四散する流星が周囲に迫ってくる百を超える天使たち全てにめり込む。回避も防御も物ともしない。圧倒的な速度と威力の前に、天使たちの力はまるで障子が水鉄砲を受けたようにあっけなく破られる。

 天使にめり込んだ流星は爆発する。いや、天使の身体が粉微塵に吹き飛ぶからそう見えただけだ。

 エンジェルドレイン。悪魔と違い、天使の力を黒く染める必要が無いから一瞬で吸い取れる、天使のエナジードレイン。天使に対して最強最悪、防御不能の必殺技だった。

 流星は天使たちを残らず粉砕し、その力を吸い取ると、弧を描いて戻ってくる。きらめく軌跡はまさに真昼の流星群で、残忍なのに恐ろしく美しかった。

 流星が集まり、ひときわ強く輝くと、元のソイルの姿に戻る。

 ソイルは目を閉じて、しばし吸い取った力の美酒に酔いしれる。堪能すると静かに目を開けこっちを見る。その顔は実に妖艶で、悪魔じみた美しさだった。

「ね、ショウコ様。言ったでしょう。数など関係ありません。天使が束になってかかってきても、私にはかないません」

「あ……うん、本当すごいね、ソイル」

「ありがとうございます」

 私も天使だ。だからソイルが怖い。震える。畏怖する。ミルノートに襲われたときと同じくらいの戦慄を覚える。

「わははは。派手な必殺技だな。名前はつけたのか」

「技に名前ですか? うーん。マンガじゃあるまいし。でも楽しそうですね。なら流星だからシューティングスターなんとかですかね」

「長いな。メテオの方がいいんじゃねえか」

「ならメテオスプラッシュにします」

「お、格好いいじゃねえか」

 百人以上いた天使を皆殺しにしたのに、その技名を考えてはしゃいでいる。普段なら私も乗るところだが、正直まだ震えが止まらなくてそれどころではない。

「ショウコ様」

 私はびくりとする。

「な、何?」

「心配しなくてもいいですよ。私は私の主であるストレイジ様のために全てを投げ出してきたのです。全てを捧げたのです。最後の最後まで尽くし抜きます。それが愛です。この愛は絶対で、他の全てに優先します。ですからショウコ様。私が使命を放棄して、自分が生き残るためにショウコ様を殺すなんて心配はしないでください」

「は……はい、や、えと、うん。わかった。そ、そんな心配してないし。あは、あはははは」

「くすくすくす」

 ソイルは私など及びもつかない天才だ。私の危惧などとっくに見透かしている。目つきが怖いよ。ソイルは嘘をついていない。主への愛と忠誠を違えることなど決してない。でも自分がどうして、ここまで強くなったのに弱い私なんかのために死なないといけないのか。あの目はそう語っていた。

「はっは。全部きれいに片づいたな。忌々しい天使たちだったぜ。神への反逆を企むなど生かしてはおけなかった。よくやったなソイル。お前の主の化身に代わってほめてやろう」

「ありがとうございます」

 ソイルはストレイジに頭をなでられてうれしそうにする。あれ。ソイルは自分の主とこのストレイジを比べて大層がっかりしていたくせに、何でそんなにうれしそうなんだ。

 ストレイジをソイルに取られたみたいで嫌な気分になった。

「よーし。ソイル。まだ探検を続けるか?」

「もうとっくに、全部調べ尽くしました。ここで得られる物はもうありません」

「なら出るか。体内世界はルールに縛られている。それを解き明かさない限り出られないが、出来そうか?」

「出来るも何も。まあ私にとっては謎どころか一ピースしかないパズルを解くような物ですけどね。それよりも、こんな下らなくて趣味の悪い体内世界は無くしてしまいましょう」

 ぎょっとする。何を言っているんだ。体内世界はルールがあるから強固で、それを解かない限り出られない。壊す事なんて出来るわけがない。

「ショウコ様。この体内世界はここにいた天使たちが力を合わせて構築したものです。その力を吸収し解析した私には、この体内世界を構築し直すことも、分解して消すことも出来るのですよ」

 ソイルはストレイジみたいに、まるで人の心を読むかのように見透かす。いけすかない奴になってしまっている。

 当然か。天使の真実を暴いた天使は普通の天使の数倍かそれ以上に強い。それを百人以上も食らいその力を得たのだ。楽しくてしょうがないだろう。驕って当然だ。溺れて当然だ。傲慢になるのを我慢出来るわけがない。

 ソイルが両の拳を切り離して飛ばす。きらめく流星と化したそれは空間を切り裂き体内世界を破壊する。

 音もなく崩れさり、粉となって消えていく世界。あとに残るのは悪魔の漆黒だけだった。

「よし。出るぞ。ソイル、クラーケンの腹を切り裂け」

「それには及びません。ストレイジ様。天使の力を失いクラーケンは元の、ただの魔獣に戻りました。口から出ましょう」

 私とストレイジはソイルに手を引かれて飛ぶ。握る手は温かく、ソイルはソイルだった。私が勝手に怯えただけで、ソイルはソイルのままなんだ。それを心に言い聞かせる。

 クラーケンの口から難なく抜け出す。見ると、多足のイカの姿をしたクラーケンはたしかに鯨のような巨体だが、もう見渡す限りの海と砂浜を顎にするような無比の強大さは無かった。

「殺さないの?」

「この子は私の配下にします。私は悪魔で、聖獣がもういませんから。天使が堕ちたらこのクラーケンと同じ魔獣になる。何だか殺すにはしのびないのです」

 ソイルは悪魔の真実を暴くために、最終的には変質の抑制をやめて悪魔にならなければならない。魔獣になる身として、魔獣クラーケンを殺すことに複雑な感情を抱くのは仕方のないことだった。

「うーむ。出会った悪魔は殺さないといけないんだが、まあ、あのくそ忌々しい天使たちを殺したことだしな。どうせしばらくの間だけだ。最後にはお前共々ショウコがきっちり殺してくれる。いいだろう。しばらくの間、そのクラーケンを生かしておくのを許してやる」

「ありがとうございます。ストレイジ様」

 ソイルはやさしい気持ちを忘れていない。うん。ソイルはソイルだ。もう変に怖がるのは止めよう。

「おかげでいろいろ実験出来ます。私はまだ悪魔に変質するわけにはいきませんからねえ。ふふふ。天使の力を受けて体内世界を作れるほどの素材。天使の力で変質出来る悪魔は貴重なんですよ。天使と悪魔の両方の知識と力を持つ私の実験材料としてこれ以上の物は見つかりません。悪魔は死なない限り死にませんから、思う存分過激な実験が出来ます」

 前言撤回。ソイルは確かにソイルだが、マッドサイエンティストとして怖すぎる。ほらあ。笑顔でなでているのにクラーケンが怯えている。力の差がありすぎて戦おうとも逃げようともしない。海が波立つほど震えているじゃないか。

 大変な一日だったがようやく終わった。みんな無事に生きて帰れた。よかったなあ。

 でもある意味大変なのは、この後だった。

posted by 二角レンチ at 12:47| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月28日

理の創世(12)審判

理の創世(12)審判

 理たちはざわざわと、ジャッジメントが言った衝撃的な話について議論した。

 イマジンは腕を組んでうなっていたが、やがて顔を上げるとぱんぱんと手を叩いた。

「静粛に。静粛に。さーて審判様。ありがたいお言葉感謝いたしますよっと。はったりもそこまでいくと大したものだ。愛するデザイアを堕とすために長い年月抱くのを我慢までするか。すげえなお前」

 ドリームはジャッジメントの言にうちのめされていた。でもそれを覆してくれそうなイマジンにいそいそと歩み寄り腕を組む。

「どういうこと、イマジン?」

「はったりだよ。こいつの一世一代の大芝居さ。神の使命や想いを騙るなど許されることではない。だから理なら決してしない。神が怒り天罰を下されると思っているからだ。こいつはそれを逆手に取ったんだ。神は理の戯れ言など相手にしない。子どもの言うことに親はいちいち構っていられない。構ってあげない。それを見越して嘘を言ったのさ。俺たちを恐怖させ心を削る。長い年月抱かなかったことでデザイアに愛を信じ込ませモノにする。俺たちにボロボロにやられてみせた。そこまで手の込んだ仕込みをすればこの芝居は信憑性を増す。さすがジャッジメント。考えることもやることもえげつねえ。ははは。他のみんなは騙せても俺は騙されねえぞ」

「そ、そうだよねイマジン。きっとそうだ。は、ははは。びびらせやがって。たしかに思惑通り心が削られちまったよ。しかしまだまだ戦える。アポカリプスの最中に心を回復させるなんて普通は出来ない。愛ってのは大した物だ。好きな女を一度も抱かず長い年月を耐える。ようやく結ばれた喜びであんなにボロボロだった心を回復させるとは。長い年月周到に計画された、お前しか出来ない遠大な計画だよジャッジメント」

 ジャッジメントはようやくデザイアと愛し合えた喜びで、キスだけで弱りきった心を回復させた。これはとてもあり得ないことだった。長い時間をかけて癒すならともかく、ちょっとやそっとの喜びでは削られた心は回復出来ない。アポカリプスは消耗戦であり、簡単に回復出来るなら誰も苦労はしないのだ。

 ジャッジメントが愛するデザイアを振り向かせるには、彼女が惹かれるとんでもない欲望を用意する必要がある。

 今の神を死なせて代わりに神となる。今の神と違い夫婦で神となるから退屈に怯えることも無い。永遠に最高の存在でいられその喜びに満たされ続ける。これ以上まぶしく強く素晴らしい欲望などありはしない。デザイアを堕とす最高の贈り物だった。

 デザイアはうっとりする。自分だけをかたくなに抱こうとしないジャッジメントに恋をしていたわけではない。気に入らなかっただけだ。振り向かせて見返してやりたかっただけだ。しかし身体の交わり以上に相手の欲望に惹かれそれを感じて快感を得るデザイアは、強い欲望にあふれその欲望を享受しながら抱きしめ合いキスをすると、それだけで達してしまった。

「はあ。すごい。イっちまったじゃない。もう。こんなに、強い欲望、ん、男の、どんなすごいモノより熱くて気持ちいい」

「もっとイきたいですかデザイア。欲望のままに求めてくれてよいのですよ。この女の身体でもあなたをイかせることが出来るなんて、私にとってもうれしいことです」

「欲望のままに。キスして。またその熱い欲望で私を抱いて」

「はい」

 ジャッジメントとデザイアは強く抱きしめ合いうっとりとキスをする。デザイアが何度もびくびくと震える。スカートからのぞく脚に卑猥な蜜が垂れ、びっちょりと濡れてしまっているのがわかる。

「おいおい。今はアポカリプスの戦いなんだぜ。気持ちいいことは戦いだけ。あとにしな」

「いいじゃんイマジン。このまま攻撃しよう。戦闘中なんだよ。勝手に抱き合っているあいつらが悪い」

「だな。やるかドリーム。はったり審判様とそれにまんまと騙された欲情女をまとめて殺してやろうぜ」

「ああ。いくよ。夢幻……」

 そのとき、ジャッジメントがデザイアの唇から顔を上げ、手を伸ばして二人を制止する。

「何だ審判様。ようやく戦う気になったかあ? 来いよ。お前の攻撃なんか通用しないことを教えてやるぜ」

「違います。私の言葉をはったりだと言うなら、はったりではないと証明しなければなりません。私は神の密命を確かに帯びています。この度のアポカリプスは神の試練であり慈悲なのです。神は、単に神を楽しませられなかった罪深い理たちを殺し、退屈な永遠を味わう恐怖から逃れるため自らをも殺して全てを終わらせることも出来たのです。でも神はそうしなかった。我が子である理たちを愛しているから。だから試練を課し、もし理たちがその試練に勝てれば理たちを生かし、自らが永遠の退屈と苦痛を味わい堪え忍ぶという道を選ぶことにしたのです。理たちのために神は自らが犠牲になろうとおっしゃられたのです」

「その試練ってのは何だい」

「さっき言ったでしょう。私に勝つのが試練です。私以外の理がこのアポカリプスで勝利すれば理たちの勝ち。神は自らを犠牲に理たちを永遠に生かします。しかしもし私がこのアポカリプスに勝てば理たちの負け。私が神の望み通り理たちを全て殺し、神も殺して退屈から解放します。私とデザイアが神の座とその責任を引継ぎまっとうします」

「ようはてめえが神をうらやみ反逆を企んでいるってことだろうが。どうせかないやしねえよ。馬鹿じゃねえのか。理が全知全能たる神にかなうわけがない」

「私が言っていることをよく理解していないようですね。私は殺すと言っているのです。理も、神も、神ではなく私が殺すと言っているのです」

「理は殺せるが神は殺せない。殺したとしても死なない。それがどうした」

「いえ、死にます。永遠に。復活はありません。私に殺された理は死に、復活しません。死んだまま消滅します」

 ドリームが激怒する。

「あんた、本当に頭おかしいの? 理は殺されても死なない。あんたに殺されたぐらいで死ぬわけないだろ。あああいらいらする。あんた自分で何言っているかわからないんじゃないの。やっぱり頭のおかしい壊れた理の戯れ言だったようだね」

 ジャッジメントはとても厳しく険しい目つきでドリームとイマジンをにらみつける。そして腕を大きく広げ、全理に向かって高らかに宣言する。

「私はこの使命遂行のため、神より死の概念を与えられています。審判の概念たる私だけが、他の理を裁くことが出来ます。神は慈悲深く、幽閉以上の罰を与えません。自ら生み出した我が子である理を自らの手で死なせるなど出来ない、とても慈悲深い方なのです。その辛い役目は私が背負います。私が神の代行者だと公言しているのは嘘ではありません。神の幽閉、審判の死。私は神の代行者として、神に代わり理を罰し死なせる権限を与えられているのです」

 誰もが絶句する。あまりにもあり得ない話に思考が停止する。

 神は自らの力の一部を概念として切り離し、それを元に理を生み出した。しかし死の概念は切り離さずに神が持つはずだ。死、デスを司る理は存在しない。その概念は神が所有し理として生み出してはいない。

 死の概念は存在するだけで全てに死をもたらす。生ある者が全て等しく死んでしまい、不死の存在がいないのは死の概念が存在しているからだ。

 理といえど死は免れない。しかし殺され死んでもまた復活することで、死を免れているように見えるだけだ。

 理は概念であり、概念が消滅しない限り復活出来る。もし理を本当に殺すことが出来るとしたらそれは神だけだ。

 死の概念を間接ではなく直接ぶつければいかな理とはいえ耐えきれない。概念そのものを殺し死なせることが出来る死を直接食らえばもはや復活すら出来ない。概念が死により消滅すれば理は存在出来ず完全に死ぬ。

「そんな……馬鹿な……」

 ドリームはがたがた震える。恐怖により心がどんどん削れていくのが実感出来る。

「落ち着けドリーム。これもはったりだ。心を削る作戦にしかすぎない。奴の術中にはまるな」

「で、でも、イマジン。もし本当だったら。わ、私たち、理は、本当に死ぬことが何より恐ろしい。もしも本当に、ジャッジメントが死の概念を持っているとしたら」

「俺に任せろ。おいジャッジメント。理は一人が一つの概念しか持たない。二つの概念は持てないんだ。審判と死。二つの概念を持つ理などいるわけがない」

 ジャッジメントはデザイアを自分の後ろに下がらせ、イマジンと向き合う。

「先のクエストは法則と法則の組み合わせについて語っていましたね。同じように、概念と概念は組み合わせることが可能なものが存在します。死の概念を持つ理がいて、それを無差別に振るえるとどうなると思いますか。他の理を自由に殺し支配出来てしまいます。ですから死の概念は公平な裁きを下せる理のみが所有出来、罪深い理に対してのみ行使出来るようになっているのです。死の概念は審判の概念を持つ私だけが神に代わって所有し振るうことが出来ます」

「出たよ。お得意の言い訳とはったりが。よくもまあそんな一見理屈に合ったことを思いつくもんだ。仮にそうだとすると、お前は罪のある理しか裁いて死なせることが出来ないよなあ? 俺たちに何の罪があるって言うんだ」

「あなたは本当に人の話を聞いていませんね。言ったでしょう。どんな世界を創世しても神を永遠の退屈から救うことが出来なかった。それゆえ神が自らも、生み出した理たちも死なせる決意をさせるに至った。そこまで追い込んでしまった。それが理たちの罪。死をもってしかあがなえないとても重い罪なのです」

「ほほー。それで。どうしてお前とデザイアだけは死をもって償わないんだ」

「神として存在することはとても大事な重責です。一人で退屈に耐え世界の死を強いる辛さに耐え、それでも世界を生ませ退屈を紛らわせようとしないではいられない神。その神の重責は無責任に放棄出来ません。私とデザイアが二人で引き継ぎます。夫婦として愛し合い退屈にさいなまれずにすむようにとの神の慈悲。とてもありがたいことです。我々二人は神の重責を引き継ぎまっとうし、理たちと神を殺し死なせる罪を背負って生き続けることこそが贖罪になるのです」

「はっ。本当に上手い言い訳だな。ようするに愛するデザイア以外理も神も邪魔だって言ってるんだろ。なんてわがままな奴だ。こんなに深い欲望は見たことも聞いたことも無い。そりゃより強い欲望を求めてやまないデザイアも堕ちるわ。いや、だからこそデザイアを妻に選んだのか。他の女じゃついてこれないからな」

「私はデザイアを愛しています。他の女はただの慰みです。それももう終わりです。これからはデザイアただ一人を抱きます」

「かっ。もう何を言っても用意周到な審判様には通用しねえな。言い訳がこれだけ用意出来る奴は他にはいねえ。口ではかなわねえ。来いよ。見せてみろ。お前が嘘をついていないって証拠をな」

「いいのですか」

「いいんだよ。審判の裁きで俺たち理は全部有罪。死刑。だから死の力を直接食らわせ概念そのものを殺し消滅させて、理を本当に死なせることが出来る。やってみろジャッジメント。それでお前の言葉が本当か嘘かはっきりする」

 ドリームが怯えて口を挟む。

「駄目だ。イマジン。そんなことしてもし本当に死んだらどうするんだ」

「心配ねえよドリーム。奴はこのはったりで勝つために長い年月かけていろいろ準備してきた。本当に死ぬとなればそれを何より怖がる理は勝負出来ない。リタイアを選ばざるを得ない。それが奴の狙いだ。はったりで全員リタイアさせてこのアポカリプスに勝利するって作戦なのさ。大した策士だよまったく。その悪知恵にだけは敬意を表すぜ」

「ほ、本当に、大丈夫?」

「大丈夫だ。任せろ。安心しろよドリーム。これ以上奴のはったりに怯えて心を磨耗させるんじゃない。俺が証明してやる。奴の嘘をこれ以上無く完璧にな」

 ジャッジメントは真顔で尋ねる。

「本当に、殺しますよ? アポカリプスが終われば全ての理を殺して死なせます。でもそれまでのわずかな間だけでも生きていたくはありませんか? みんなと一緒に死ぬ方がよいのではないですか」

「大きなお世話だ」

「ではこうしましょう。あなたを殺したらドリームも即座に殺します。ですからドリームのためにもここは退いてくれませんか。まだ私は理を自らの手で死なせることに躊躇しています。でも一人死なせたらもう、そのタガが外れ躊躇なく死なせてしまえるようになるでしょう。恐ろしい。その覚悟はありますが、それでもまだそんな恐ろしい怪物になってしまうことが怖くてたまらないのです」

「はははっ。審判様は本当に言い訳が用意周到だな。それで俺が引き下がると? 全員リタイアするまで死の力を見せずにすむと? 馬鹿が。いいから見せてみろ。死の力で俺を本当に死なせてみろよ」

「い、イマジン、やめて。もし本当だったら私まで殺されちゃう」

「大丈夫だってドリーム。奴のはったりにびびってリタイアしたら俺たちの負けだ。こんな奴になめられてたまるか。アポカリプスは心の削り合い。力の勝負でかなわないジャッジメントは壮大なはったりで勝ちにきているにすぎないんだからさ」

 ジャッジメントは神妙な顔つきで目を瞑る。しばらくそうしてから、きっと顔を上げる。

「いいでしょう。私も覚悟を決めました。本当に理を、仲間を、同胞を、私の手で殺し、死なせる。永遠に復活しない本当の死。私はその死を背負い、その罪に苦しみ続けなければならない。いずれにせよ避けられないことです。覚悟を決めました。死なせてあげましょう。我が兄弟よ」

「はっ。自分だけは神の代行者であり他の理とは違う。それを吹聴していたのもこの日のための仕込みだったとはな。恐れいったよジャッジメント。他の理を見下していたお前が俺たちを同胞だの兄弟だの言うとかゆいんだよ」

「私はあなたたちを見下してなどいません。ただ哀れんでいただけです。いずれきっと死なせないといけない。その死の運命を哀れみ悲しんでいただけです」

「ほざけ。これ以上言い訳で引き延ばしても降参しねえぞ。さあ来いよ。死なせてみろ。抵抗はしねえ。一度だけ殺されてやる。それで復活したあとは容赦しねえ。さっき以上にズタボロに心を踏みにじり砕け散らせてやる」

「それでは」

 ジャッジメントがおごそかに手をかざす。誰も何も言わず、全ての理がその一挙一動を見守る。

「審判、安楽、羽根」

 ジャッジメントの手からただ一枚の白い羽根がふわりと舞う。それは虚無を漂うたびに大きくなり、見上げるほどの巨大な羽根となる。

「さようなら。イマジン。最初に死を迎える理よ。あなたは私を嫌っていますが、私はあなたを好きでしたよ」

「うるせえんだよ。気持ち悪い。何泣いているんだ。演技もそこまでいくと大したもんだ。いつもみたいににやにやしている方がまだかわいげがあるぜ」

 巨大な羽根はふわりと舞い、尖った針先をとん、と腕を広げたイマジンの胸に突き立てる。

「げ、ふ、何だこれ。痛くな……い……」

「死を持って神の意志を証明してくれたあなたへの慈悲です。痛みの無い安楽死を贈りましょう」

 虚無の中で倒れるイマジン。巨大な羽根がふわりと消える。胸に穿たれた穴からとろりと血が流れ落ちる。

「イマジン……?」

 ドリームがそばに寄る。

「ねえ起きて。もう復活しているんだろ。死んだフリしてみんなを驚かせようって言うの? もうやだなあ。笑えない。ほら。もういいだろ。起きてよイマジン。起きろったらあ」

 ドリームがイマジンを抱き起こそうとする。イマジンの身体は触れただけで砂のように崩れ霧散し、後には何も残らなかった。

 もちろん復活もしない。イマジンは本当に死んだのだ。理が本当の意味で死んだのはこれが初めてだった。仮想の概念は消滅し、この世から永遠に失われてしまった。

「ひっ……?」

 ドリームは呆然とする。何が起こったのか理解出来ない。いや、理解したくない。だって理解してしまったらきっと耐えられない。

 ジャッジメントが手をかざしドリームに迫る。

 ドリームは涙を流しながらがくがく震え、ほほを引きつらせて笑う。

「あれ、ねえ、嘘だろ。あ、はは、ジャッジメント。イマジンと組んでお芝居? へ、へえ、そこまで、手の込んだ、私まで、騙して」

「審判、足枷、衰弱」

 ジャッジメントの手から輪のついた鎖が飛び出る。それはじゃらじゃらと延びて、すくんで動けないドリームの片足にかけられる。

「い……いやあああああああ、死にたくない死にたくない死にたくないいいいいいい」

 ドリームは走り出す。しかし虚無に撃ち込まれた楔に繋がれた鎖は短く、その鎖に繋がれたドリームは脚を引っ張られて転んだ。

「あひっ、ひぐっ、嘘嘘嘘嘘。こんな、いや、取れない。誰か助けて」

 理の力で捕らえられたドリームはもうおしまいだった。もがいて逃げようとするほどその力の分だけ衰弱する。もがくほどにやつれていくドリームは狂乱しながら泣き叫ぶ。

「助けてよお、誰か助けて、こんなのいやあ、私夢を見ているの? 理が死ぬわけがない。死んでも復活する。概念は死なない。概念を殺せるのは神だけ」

「正確には神の持つ死の概念だけが、他の概念を死なせることが出来ます。私はそれを授かり行使します。だからあなたの概念を殺し、本当の死を与えられるのです」

「いや、あはっ、馬鹿、私馬鹿、ひいひい、こんなの夢、こんなの幻、いひひひ、私は夢幻、人に夢と幻を見せる。そんな私が、自分で夢を、幻を、見るなんて、終わっている。自分に力をかけちゃった、きっとそう。だって理が死ぬわけがない、イマジンが死んだなんて私の妄想、夢、幻、あはあはあはははきっとそう。これは全部夢なんだ。私は幻の中にいるんだきっとおおおおおおああああああああおげえええええええがああああ」

 夢幻ドリームは自分の力で自分を幻にかける。夢を見せる。死の恐怖から逃げ出し夢の世界に飛び込んだ。おかげで苦しみ辛い衰弱死から逃れ、天国をさまよいながら涙とよだれを垂れ流しみっともなくよがり笑いそして死んだ。

 誰も何も言えない。言葉がのどに詰まる。指一本動かすことすら恐怖する。逃げたい。でもどこへも逃げられない。虚無の中を逃げ続けても果ては無く、安全な場所も無い。いつか必ず追いつめられる。そして殺され本当に死んでしまう。

「ああ。殺してしまった。死なせてしまった。同族殺し。なんという罪深さ。これほどまでに悲しいなんて。痛い。辛い。耐えられない。しかし私は耐えねばならない。神は私なら出来ると信頼して託して下されたのだ。私は神の使命を全うしなければならない」

 ジャッジメントは自分が殺したくせに、その罪深さに恐れおののき涙した。天を仰ぐ彼はとても神々しく、神の代行者を名乗っていたのが虚勢ではなかったことを証明した。

 静寂の中、一人だけが盛大に笑い出した。

「あっははははは! ははははははは! すごい。本当に死んだ。疑っていたわけじゃないけど本当だったんだ。ジャッジメント。神の使命を帯びたのも、あんたと私が新たな神になるのも本当なんだね」

「本当ですともデザイア。私は嘘を言いません。神は一人だから退屈し、自ら死を望むまで追いつめられた。私は同じ過ちを繰り返さないよう、伴侶を娶ることを命令されています。だから私があなたを裏切ったり騙したりすることなど決してありません。私にとって神の命令は絶対。殺せと言われれば殺します。神でさえ。だからあなたは安心して、私と共に生きてください」

「ああ。くっくっく。まあ、もしあんたが裏切って私を殺したとしてもそれはそれ。かまいやしないよ。もう十分すぎるほど楽しんだ。これ以上無いほどの欲望を知り、味わい、享受し、そしてイかせてもらったんだ。もう十分さ。でももっともっとこの欲望の蜜を味わわせてくれるなら望むところさ。とことんどこまでもついていくよ。あんたのすることを邪魔しない。あんたが私を殺すなら殺せばいい。でも妻にして永遠に一緒に愛し合うならそれはそれで楽しみだ。ああ。大好きだよジャッジメント。あんたの欲望はどの理よりもはるかに強い。だから美しい。だから魅力的。惹かれ濡れずにいられない。最高だよジャッジメント。愛しているわ」

「光栄です。ああ。私も今すぐ死んでもいいぐらいです。神の使命を全うするため死ぬことは許されませんが、本気で愛したただ一人のあなたに愛された。これ以上の至福はあり得ない。おお。神よ。神の使命に服するよりも愛に幸せを感じてしまう私をどうかお許しください」

「きっと許すさ。神は一人では愛を得られない。同格の者が愛し合うことでしか愛は満たされない。愛はコップの水を交互に移し替えるようなもの。一つのコップでは移せない。愛し愛されその繰り返しが楽しめない。二人でならきっと永遠に愛し合える。わかるわ。こんなに人を愛したことは初めてだもの。きっとこの気持ちは永遠でも磨耗出来ないほど溢れ続ける」

「そうですね。その通りですデザイア。やはりあなたを伴侶に見初めてよかった。私のあふれる愛と欲望を理解し受け入れられるのはあなたをおいて他にいない」

 二人はうっとり見つめ合い、抱きしめ合い、キスをした。そこには打算や裏など何もない。どんな理よりも強い欲望にまみれ、どんな理よりも深い愛にあふれていた。

 探究クエストは理の死についてさすがに衝撃を受け、死んだとき以外止まることの無かった思考が停止した。そして生まれて初めて考えずに自然と口をついて出た言葉は。

「愛の解剖。愛は欲望。もっとも純粋な欲望。それが愛」

 究極の欲望。それが愛。愛を二人占めにする。一人では愛し愛されない。しかし二人以外は必要無い。他の愛など不要。二人だけの愛を永遠に味わい続ける。神となりこの世に二人だけがいればよい。

 他は全て不要。二人きりで愛だけあればそれだけで、永遠に退屈する暇など無い。

posted by 二角レンチ at 10:41| 理の創世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

天使の試練(23)天使の真実 7

天使の試練(23)天使の真実 7

 たくましい人間のような身体。コウモリを思わせる翼。頭が無く首の切り口には小さな歯が並ぶ。漆黒の聖獣、ジャガーノートを召喚したのを見てマストムは警戒し、デミエッタは驚きのあまりイスから立ち上がった。

「おいおい。座って観戦しろよ。マナーの悪い奴だな」

 ストレイジはイスにふんぞり返り、足をテーブルの上に投げ出した姿勢でマナーなんて言い出す。

「あれは禁忌の聖獣です。あんなものを使役するなど、天使としての誇りは無いのですか」

「ははは。天使が最も重んじるのは戦いの勝利だろう。負けるなら誇りもくそもあるか。勝つためなら何でもする。何が何でも勝利を手に入れる。それが最も天使のあるべき姿じゃないのか。ああん?」

「ストレイジ様。聖獣の中でも禁忌と呼ばれるものは使役してはいけません」

「悪魔に似ているから、か。ははは。姿だけで差別するなど、天使って奴はひどいな。同じ聖獣じゃねえか。みんな主である天使を慕い使役されることを喜びとする。なのに姿を忌み嫌い一度も召喚しないなんて、あまりにもひどい扱いじゃないか」

 聖なる物は様々な色を持つ。黒でさえ聖なる色として存在する。でも闇より深い漆黒だけは悪魔の色だ。その色を持つ聖獣は禁忌と呼ばれ、差別され、天使は決して使役しない。

 私はそんなのくだらないと思う。聖獣が天使に呼び出され戦うのは喜びであり名誉なのだ。それを知っている天使がどうして差別などというひどいことをするのか。残酷さと慈愛を神から教えられ、それを真似て悦に浸っているに過ぎない。そんなの馬鹿のすることだ。私は自分で考え選択する。

 マストムはわなわなと震える。

「ショウコ。貴様。見損なったぞ。天使でありながら禁忌に手を染める。すがりつく。頼る。恥を知れ」

「あんたこそ、いいえ天使全てこそが恥よ。この子だって同じ聖獣。どうして姿だけで禁忌と見なし差別するの。この子は何も悪いことをしていない。他の聖獣と同じく天使に使役することを喜びとしそれを願っている。悪魔に似ているからって何よ。馬鹿みたい。この子はほら、こんなに喜んでいる」

 ジャガーノートは頭の代わりに首に開いた口から涙をどぼどぼ流す。まあ、よだれにしか見えないのが難点だ。実際どっちなのかは私にもわからない。

「貴様。ショウコ。殺す。殺してやる。お前など天使ではない。生かしてはおけない」

「違うわ。天使がみんな間違っているのよ。聖獣はみんな大事な仲間。なのに差別するなんて絶対間違っている」

「死ねええええええええ」

 マストムは怒り狂っている。そして初めて自分から向かってきた。

 早い。天使の力を持たない人間なら、まさに目にも止まらぬ早さという奴だ。

 暴風が吹き荒れる。マストムとジャガーノートが拳をぶつけ合う様は圧巻だ。まるで台風がぶつかり合うように、大気が吹き飛び震える。

 強固な武器であるダイナソーの爪や牙をも砕くマストムの拳にも負けていない。互角だ。早さも硬さも強さも互角。

「おのれえええええ。禁忌の聖獣ごときが、天使の真実を暴いたこの私と張り合うだとおおおおおお」

 マストムは蹴りを繰り出す。ジャガーノートはそれをひざで受け止める。

「ぐっ」

 カウンターになったので、かなり効いたようだ。しかしマストムの足はダメージを負ったが折れてはいない。

 拳と蹴りの乱打戦。圧倒的で近寄ることも出来ない。互いの拳が次第にヒットしていき血しぶきが舞う。

 マストムは頭突きまで繰り出す。ジャガーノートは大口で上手く捉えかじりつく。

「いてててて」

 マストムは必死にジャガーノートの腹を殴りまくる。耐えられなくなったジャガーノートは噛みついた頭を離してしまう。

 マストムがばっと後退する。かじられた頭からだらだら流れる血を手でぬぐう。ぜえぜえと息を荒げる。

「どうしたのお、マストムう? 禁忌の聖獣ごときにこんなに手こずって、天使の真実って大したことないのね」

「くそ。はあはあ。まさか、ぜえぜえ。ジャガーノートがこんなに強いとは」

「誰もが忌み嫌って使役しなかった。でもその間もジャガーノートは、いつか主に呼び出される日を夢見て、あきらめずに己を鍛え続けたのよ。あんたにそんなことが出来る? 決してかなわないと知っている夢のために努力し続けることが。無理でしょう。この子は本当にすごいわ。その努力には報いてあげないと」

 ジャガーノートは頭が無いから表情がわからない。でも首にぽっかり開いた口が少し歪んで笑ったように見えた。

「はあ、はあ、いいだろう。天使の真実の力、今こそ見せてくれる」

「はったりはよしなさいよ。あんたはたしかに強い。でもそれだけでしょ」

「違うな」

「ふん。行け、ジャガーノート。あいつを殺せ!」

 ジャガーノートは私の命令を受け、喜びに身をよじりながら突進する。

 マストムは拳を突き出して構える。

「何それ。まさかビームでも出すっていうの?」

「まさか。マンガじゃあるまいし」

 マストムはそう言うが、実際に出たのはビームよりもっとマンガ的なものだった。

 マストムの拳が、飛んできた。

 手首から切り離された拳は高速の弾丸となる。ただし回転せずに空気を切り裂く。そして向かってきていたジャガーノートの胸に撃ち込まれる。

 ぼぎぼぎと骨の折れる音がする。突進していたジャガーノートの身体が壁に当たったゴムボールのように後ろに吹っ飛んでいく。

 マストムの拳は繰り出したときと同じ速度で戻り、手首にくっつく。

 私はあまりに変な光景にあんぐり口を開ける。

「それって、ロケットパ……」

 私が言い終わらないうちにマストムは両手を突き出す。両の拳が射出される。拳の弾丸は遠くに吹っ飛んで倒れているジャガーノートにめり込む。

 拳が瞬時に戻る。そして撃ち出される。その繰り返し。間合いなんて関係ない。これだけ離れているにもかかわらずまるで拳で殴りまくるように拳の弾丸で撃ちまくる。

「ジャガーノート! 避けて」

 私の命令により倒れていたジャガーノートが跳ね起きる。そして拳をかわそうとするが、拳は軌道を変えて後ろへ回り込み、ジャガーノートの背中を殴る。

「そんな。直線的な攻撃だけじゃないの?」

「誰がそんな事を言った? 拳なんだから、自由に繰り出せるのが当然だろう」

 いや、手首から切り離して撃ち込む時点で当然もくそもないじゃないか。

 変幻自在の軌道を取りながら殴っては離れる拳にジャガーノートは苦戦する。でもダメージを負いながらも徐々にその動きに慣れて、腕で打ち落としつつ防御する。

「その調子よ。頑張って」

 ジャガーノートはついに、その口でマストムの拳を一つくわえて止める。

「やった。そのまま噛み潰しちゃえ」

「させない」

 マストムは首を後ろに反らす。そして勢いよく前に振る。

 マストムの頭が首から切り離され、飛んでいった。

「ええええええええええええ」

 何だこれ。マストムの頭が燃え上がる。火球と化した頭はジャガーノートの腕に止められると、派手な音を立てて爆発する。

 ジャガーノートが爆発で吹き飛ぶ。くわえた拳を離してしまう。拳と頭はマストムの身体に戻りくっつく。

「ふふん」

 マストムがにやりと笑う。いやいや、首と手が無い身体とか、飛んでいく頭とか、そんなふふんと笑うほど格好いいとでも思っているのか。

「何なのよ。あんた何なのよお」

「これが天使の真実の力。天使は聖獣に戦わせずとも己の肉体を武器とすることが出来る。神に封じられた力に驚きが隠せないようだな」

 そりゃ神様だって封じるわ。聖獣を与えて天使が戦うのをさせないわ。己の肉体を武器にするってこういうことじゃないでしょ。文字通り武器にして飛ばしたり振り回したりするものじゃないでしょうが。

 しかし見た目があれだがその強さはたしかだった。肉弾戦では互角だったジャガーノートをあそこまで圧倒するなんて。

「ジャガーノートの力はこんなものなのか? がっかりだ。ならもういい。殺してやる」

「もちろん違うわ。ジャガーノートの真の力、見せてあげる」

 私はストレイジをちらりと見る。ストレイジが親指を立ててゴーサインを出す。

 ストレイジが言っていたことは本当だろうか。神は嘘つかないから本当だろうが、出来ればやりたくはなかった。

「聖獣は天使を背に乗せ戦うことを誇りとする。それが最高に聖獣の力を発揮する方法よ」

「ほう。ジャガーノートの背に乗り共に戦うか。いいだろう。来い」

「ううん。違うわ。聖獣の飛翔能力は羽で飛ぶことじゃない。ジャガーノートの羽は飾りじゃないのよ。立派な武器だわ。それは天使と共に駆けることで力を発揮する。天使はその使用を妨げないように、背には乗らないわ」

「ならどうする。まさかお姫様みたいにだっこされるとでも言うのか」

 それならまだよかったのに。うう。でもやるしかない。

「ジャガーノート」

 私が叫ぶ。ボロボロのジャガーノートはそれでも一瞬で私の元まで馳せ参じる。

「一緒に戦うわよ。あんたの真の力をあいつに見せてやりなさい」

 ジャガーノートは自分の力全てを解放出来る喜びに涙だか涎だかわからないものを首に開いた口から垂れ流す。そして私をたくましい腕で頭上に抱えあげると、足の先から呑み込んだ。

 周りが静まりかえる。私は顔だけジャガーノートの口から見える状態で、全身すっぽりジャガーノートに呑み込まれる。

「これがジャガーノートと天使が共に戦う姿よ。天使を全身で守り、己は五体を存分に振るえる、最強の戦闘形態なのよ」

 精一杯格好付ける。笑うなよ。絶対笑うなよ。

 はじめに吹き出したのは、あろうことかストレイジだった。

「うっく、ぶははははは。ショウコ。うひひっ、に、似合っているじゃねえか、まるで、着ぐるみ、うはははぎゃはははは、あっははははは腹痛え」

 ストレイジが笑い出すと、他の天使たちも堪えきれず笑い出す。

 決闘場中が笑いの熱気に包まれる。その嘲笑を浴びるのは他ならぬ私だ。うう。恥ずかしい。そりゃあ滑稽だろうな。ジャガーノートに頭が無いのはこの合体形態のためなのだ。

「あはっ、うぐっ、くふふふっ、駄目、ショウコ。それがジャガーノートの真の力? なるほど、天使を笑い死にさせる気か。あはははうふふふ」

 対戦相手であるマストムにまで笑われる。なんてみじめなんだ。

「ふん。笑っていられるのも今の内よ。天使の力を体内で直接受け取る聖獣の力は今までの比じゃないわよ」

「あっははは。うっくくく。いいだろう。かかってこい。いや、その姿で近づかれると、笑いが止まらないかもな」

 いい加減腹が立ってきた。私はジャガーノートに命令する。

「行け!」

 ジャガーノートが飛び出す。早い。さんざん殴られてダメージがあるとは思えない早さ。さっきまでの数倍早い。

 天使と合体した聖獣は天使の力を丸ごと上乗せされる。命令で強化するだけとは桁が違う。禁忌の聖獣のその力をマストムは知らない。

「何」

 マストムが驚く間もなくその腹にジャガーノートの拳がめり込む。

「おぐおおおお」

 二撃、三撃、次々撃ち込まれる。早い。早すぎる。あのマストムが反撃も防御も出来ない。さっきのお返しとばかり、ジャガーノートはマストムをタコ殴りにする。

「がはっ、ぐっ、このお」

 さすがにマストムは歴戦の戦士だ。ダメージを負いながらも対応していく。ようやくジャガーノートの早さに反応して防御出来るようになる。

「ぐおおお、おのれええええ」

 マストムがさっと距離を取る。拳を高速で打ち出す。

 ズバッとその拳が両断される。

「何っ」

 ジャガーノートの長い羽が高速で振り回される。それはまるで鞭のようだ。触れるもの全てを切り裂く刃となった羽がびゅんびゅんと音を立てて跳ね回る。

「天使と合体したジャガーノートは羽を使える。もうさっきみたいに背中を襲うことは出来ないわよ。あっと言う間に切り裂かれるんだからね」

 耳をつんざく金切り音を立てながら、ジャガーノートは振り回した羽を前方に振る。

「くっ」

 拳を一つ失ったマストムはとっさに後ろへ飛び退く。しかし全身を切り裂かれ血しぶきを上げる。

「ぐあっ」

「まだまだいくわよ。ほらほらあ」

 すごい。まるで自分の手足かと錯覚するほど思った通りの攻撃を繰り出していく。一体化しているような、自分の身体のような感覚。禁忌の聖獣は天使が纏う最強の鎧であり武器なのだ。

 これで見た目が格好よければなあ。いや、贅沢は言うまい。

 高速の羽をかわしきれず、徐々に切り裂かれていくマストム。触れることも受けることもかわすことも出来ない。かといってさっきみたいに頭を火球爆弾にしようとも、こちらに届く前にみじん切りになるだろう。

「ぐ、お、おのれ、おのれ、おのれえええええええ」

 マストムは、頭を腕で守って突進してきた。

 その腕が硬質化している。容易には切り刻めない。でもジャガーノートの羽の切れ味はいかに硬い物であろうと切り裂ける。徐々に腕を削られついにはマストムの両腕が吹き飛ぶ。

 でも十分だった。マストムは単に私に近づくわずか一瞬を稼げればそれでよかったのだ。

「ショウコ。見事だ。だが私は貴様を殺す」

 マストムがその怒りに満ちた顔を燃え上がらせる。さっき見た火球爆弾。それを私の顔がのぞくジャガーノートの口に押しつける。

「死ねえええええええ」

 ジャガーノートは無敵の鎧。でも力は代償や弱点を備えるからこそ得られる。それがルール。利点と欠点はコインの裏表。片方だけは得られない。この口が閉じられず天使の顔がのぞいているのは必要な弱点なのだ。それを見抜いたマストムは爆発により私を殺そうとする。

 駄目だ。死ぬ。私はまだ完全な天使ではない。急所が急所として存在する。今はまだ熱を感じるだけ。でもこの至近距離であの爆発が起こればきっと中にいる私の頭は吹っ飛び私は死ぬ。

 ジャガーノートの羽でマストムの頭を、身体を、切り刻む。でも間に合わない。マストムの爆発の方が一瞬早い。

 ドガアアアアアアン。

 派手な爆発音が響く。

 でもそれは、私の頭のそばでなく、離れたところで起きた。

 私は死んでいない。爆発に巻き込まれていない。なぜだ。何が起こったんだ。

「あはははははははは。ショウコ様。間一髪でしたねえ」

 その声はずいぶん懐かしい気がした。つい数時間前に別れたばかりのソイルだった。

posted by 二角レンチ at 08:21| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月26日

理の創世(11)仮想

理の創世(11)仮想

 初戦にして単独で二人の理をリタイアに追い込んだクエストの大勝利を、最後に残った闘争を繰り広げる四人も知覚していた。

 しかし戦っているのは三人だけだ。欲望デザイアは審判ジャッジメントに言われるまま、戦いには加わらずに傍観していた。豊満な身体を優雅にしならせセクシーなドレスに身を包んだ夜の女はクエストたちの戦いを堪能したあとつぶやいた。

「意外ねえ。本当に。クエストが優勝候補筆頭のエターナルとモメンタリを倒すなんて。しかも初戦でリタイアさせた。怖いわね。これはとんだ伏兵だわ」

 審判ジャッジメントは一人で戦っていた。クエストとは正反対で、二人相手にいいように殺され続けていた。

 男勝りな容姿の女を器に選んでいる夢幻ドリームは性格も男勝りな女の理だ。笑いながら手をかざす。

「ほらほら審判様。他の戦いを気にしてずいぶんとまあ余裕じゃねえか。まだ殺され足りないってかあ?」

 さっぱりした容姿の女性を器に選んでいる仮想イマジンもそれに合わせて手をかざす。

「はははっ。ドリーム。審判様はまだまだ余裕だとさ。もっと殺してほしいそうだよ」

「そいつはいいや。存分に死ねよ。何度でも殺してやるぜ」

 審判ジャッジメントは始終他の戦いを観測してばかりいた。戦っていてもただの一度も攻撃せず、相手の攻撃を防御してばかりだった。

 元々ジャッジメントは防御には長けていない。それをニ対一で攻撃されるのだから防ぎきれるわけもなく、すでに何度となく殺されていた。

「仮想、牢獄、懲役」

 仮想イマジンの手から小さな檻がころりと転がる。それは転がる度に大きくなり、開いた扉からジャッジメントを飲み込むとガチャリと閉まる。

「ほらほら審判様。何の罪で投獄ですかあー?」

 イマジンはからからと笑う。楽しいことが大好きな男だ。女もとっかえひっかえ楽しみまくる。ドリームとはたまたま組んだに過ぎない。久しぶりに遊びでアポカリプスに参加した。優勝する気などさらさら無い。彼は辛いことや努力が嫌いで、仮想という名の妄想にばかりふけっていた。

 仮想の罪で投獄される。審判であり裁く者であるジャッジメントにとって、投獄されることはこれ以上無い屈辱だった。

 仮想の概念はそれに捕らわれた者にとっては現実となる。檻に捕らわれてしまったジャッジメントは犯してもいない罪で刑に服してしょげかえり、脱獄を試みることすら出来なくなってしまっていた。檻をつかんでうなだれながら懺悔の言葉をつぶやくジャッジメントを見て、観客はみんな笑った。

「ほうら審判様。たっぷり食らいな。ムショの臭い飯って奴をな。夢幻、残飯、野良犬」

 ジャッジメントはドリームの手から吹き出す紫の煙を浴びると、犬のように四つん這いになり狭い檻の中を舌を垂らしてぐるぐると回る。はっはと犬のように息を荒げて涎を垂らし、ありもしない残飯をごちそうだとばかりに顔をつっこみほほを膨らませてほうばりがっつく。

 その哀れな野良犬のような姿のジャッジメントを見て、イマジンとドリームは元より他の観戦している理たちも盛大に笑う。

「ぎゃっはっははは。楽しいねえ。審判様がこんなに笑える奴だったとは。なかなかやるじゃないか」

 ドリームは実にご満悦だった。普段からいけすかない奴として嫌っていたジャッジメントにこれ以上無い屈辱を与え続ける。攻撃もせずなぜか防御一辺倒なジャッジメントは怪しいが、何の罠だろうが理の戦いは力の勝負であり心の削り合い。何もしてこない以上対応する必要も無い。

 屈辱で心を削り、殺してさらに削り取る。

 ジャッジメントはありもしない残飯をがっつきすぎてのどを詰まらせ、さらにありもしない罪の意識に耐えきれず犬のように垂らした舌を噛み切った。理ならこの程度では死なない。しかし仮想と夢幻の力でもって死を迎えたと思い込んだ理は実際に死ぬ。

 檻が消えジャッジメントのけいれんする身体が停止する。びくりと大きく跳ねてがばっと身を起こす。死んで復活したのだ。

 ジャッジメントの顔は蒼白だった。冷や汗が滝のようにあふれ流れていた。短い髪でがっしりした体格の女性は、げっそりやせ細ってしまったようにさえ見える。

「はあっはあっ、ふがっ、はあああああっ」

 ジャッジメントが荒い息をつく。もうこのまま衰弱して死ぬのではないかと思われた。それほどまでに死と屈辱により心が削られ、もう折れる寸前だった。

 イマジンがジャッジメントを指さす。

「ははは。審判様。そろそろ降参したらどうだい? どうせ俺たちにかなわないと思ってニ対一なんて申し出たんだろ? ニ対ニなら勝てた。攻撃をしていれば勝てた。でも相手の二人への慈悲で、わざと負けてあげた。初戦だから花を持たせてあげた。いつものお得意の言い訳を用意して、負けてもアポカリプスに参加した勇気ある理でいられる。つまらないプライドは満たされる。なあ?」

 ドリームは歯をきしませて笑う。

「くっくっく。これだけみっともなく殺され踊らされて、プライドより大切な物を失っちゃってんじゃないかい?」

「違いない。はははははは」

 イマジンとドリームは一緒に笑う。こんなに痛快なことは無い。毛嫌いするジャッジメントをこれ以上無いくらい最高の方法で存分に痛めつけた。二人は楽しくてしょうがなかった。面白がってより滑稽に踊らせてから殺した。

 仮想と夢幻。概念としては異なるが、その行使の結果が似通う理たち。作り出した仮想にはめ込み役割を演じさせようと、作り出した夢幻で自分が違う何者かだと思い込ませようと同じことだ。

 力任せに殺すのではなく、存在しない状況で存在しない死により死に至らしめる。理なら死なない死に方でも仮想や夢幻の中では本当の死に至り殺されてしまう。屈辱的な死を与えることで、ただ殺すよりも大きく心を削り取る。

 理は死なない。殺しても復活する。しかし死と屈辱を味わうことは心を削る。ジャッジメントはもう傍目にも限界だとわかるほど心が擦り切れきっていた。

「おおいデザイア。お前の愛しの審判様はいったいどうしちまったんだあ? お前知っているんだろう?」

「知るわけないさ。理は話したことも書いたことも他の理に知覚される。何のつもりでこうするのかジャッジメントは私に話していない。それは知っているだろう」

「そうだな。まったく。あのジャッジメントだぜ? 仮想でもあり得ない。俺の方が仮想に閉じこめられているんじゃないかって気がしてきたよ」

「私もさイマジン。これが夢でも幻でもないなんて信じられない。あのジャッジメントがこんなことするなんて。気持ち悪いったらありゃしない。でも、あー、すっとしたあ。こいつに溜まったうっぷんがすっきり晴れたって感じだねえ」

「そうだなドリーム。まったくすっきりしたよ。さて。我らが偉大な審判様はもう、小枝のようにぽっきり折れちまいそうだ。あと一撃しか楽しめないな。もったいないがとどめを刺すか」

「よおーし。やってやろうかイマジン。盛大に辱め殺す。夢幻の真骨頂を見せてやるよ」

 イマジンとドリームは拳をぶんぶん回し、がんがんぶつけ合い、そしてジャッジメントを凶悪な悪戯を思いついた子どもみたいに意地悪い笑顔で見つめる。ジャッジメントは心の磨耗により荒い息をつきながら、どろりと濁った目でそれを見つめる。

 観客すらジャッジメントがどうみっともなく辱められるか期待して騒いでいる。忌々しいジャッジメントを応援する者などただの一人もいない。

 しかし味方ならたった一人だけいた。欲望デザイアはパートナーであるジャッジメントを守るためその前に立ち、イマジンとドリームを遮る。

「お? 何だデザイア今頃。もう手遅れだぜ。どけよ」

「ふふっ。イマジン。デザイアはジャッジメントが好きなのさ。好きな男の言いつけ通り手出ししない。でも好きな男がいよいよやられるってのはもう我慢出来ない。泣かせるねえ。女の鑑だ」

「お前とはえらい違いだなあドリーム」

「私だって女らしいところぐらいあるさ。世界を生むための交わりのときは、最高に女らしくまぐわってやるよ」

「本当か。いつも男に跨り犯すお前がしおらしく抱かれるってか。ははは。なら優勝狙ってみるのもありかもな」

「女はみんな世界を生みたいんだぜ。女の最高の幸せってやつさ。男ならそれぐらいわかれよ」

「そうか。そうだな。ところでデザイア。何だお前、俺たちと戦うつもりか? ニ対一じゃかなわねえよ。もうリタイアしろ。相方がそれじゃこの後の戦いは無理だろう」

「ふん。そうだね。しかしジャッジメントに言われているんだよ。限界寸前までは手を出すな。でもそこまで来たら話をする時間だけ作ってくれって」

「それで俺たち二人の足止めってか。面白い。どこまで耐えきれるかな」

 攻撃しようと構えるイマジンをドリームが制する。

「待ちなイマジン。それより審判様の話って奴を聞こうじゃない。面白そう。その間待ったところでどうせこの戦況は覆らないしさ」

「それもそうだな。その後でデザイアを倒すもよし。リタイアするなら慈悲の心で見逃してやるもよし」

 ジャッジメントがよく負けたときの言い訳に使う慈悲の心。イマジンがそれを真似すると、ドリームも他の観客も大笑いする。

「さあさあみなさんご静聴。弱りきった我らが審判様のありがたい言い訳、おっとご高説が始まるよ。さあさあ静かに静かに。笑わない笑わない」

 ドリームが叫ぶと観客は大騒ぎする。そしてしーっしーっと口に指を立てて黙るが、くすくすと笑いが漏れる。

 ジャッジメントはデザイアに肩を借りてよろよろと震える。

「大丈夫かいジャッジメント」

「あ、ありがとう。デザイア。これは、きつい。リタイア寸前の、磨耗しきった心はこれほど痛く辛いものなのですね」

「そんなものを味わいたかったのかい。私は欲望デザイア。全ての欲望を肯定しなければならない宿命。あんたの望み通り手を出さなかったけれど本当によかったのかい」

「い、いいのです、よ。これで。はあ。私は本当に死ぬわけにはいかない。リタイアするわけにはいかない。だから代わりに死ぬ寸前の磨耗を、味わって、おかないと、償いになりません、から」

 イマジンがにやにや笑い、語りかける。

「償い? 今まで言い訳を重ね人を愚弄してきたことの償いかい?」

「そんなことは、したことが、ありません」

「おやおや審判様。ご自分のなされたことを覚えていないと? はははっ。審判様は記憶力がお悪いこって」

 それを聞いてドリームは、こんなに痛めつけてもまだ足りないのかとあきれた。人間の言う馬鹿は死ななきゃ治らないってやつか。しかし理は死んで復活しても治らない。

「私、は、今まで、恥じるようなことも、間違いも、してはいません。それは、これからも、です。それでも、これからすることは、私の良心が咎めます。正しい行いなれど、償わずにはいられない。罪ではないけれど罪深いと感じてしまう行いなのです」

「ほっほう。審判様のお天気頭は健在だ。お得意の誰にも理解出来ない言い訳を始めたぞ」

 ジャッジメントは荒い息をつく。肩を貸すデザイアは彼がこのまま気力が尽きてリタイアしてしまうのではと心配した。

 いや、もう心配しても仕方がない。今回のアポカリプスはもう終わりだ。こんな様のジャッジメントがこの後戦えるわけがない。何を言うか知らないが、この話の後はリタイアするしかないのだ。

 ジャッジメントは息を整える。こうも途切れ途切れにしゃべっては伝わる物も伝わらない。残ったわずかな気力を振り絞る。

「私の今の状態は、死ぬ寸前の心の磨耗です。とても苦しい。とても痛い。心だけでなく身体も引き裂かれたまま復活しないように思えてしまう。きわめて死に近い状態。それでこれなら死ぬというのは本当に辛いものなのでしょうね」

「さっきから何度も死んだだろうが。味わい足りないってのかよ」

「まあまあイマジン。ちゃんと聞いてあげようじゃないか。慈悲の心で。くくくっ」

「神は、百を数えるアポカリプスとジェネシス、終末と創世を繰り返させました。神を永遠に満足させる世界は作られず、飽きた神はその世界を破棄し作り直させたからです」

 イマジンとドリームは顔を見合わせる。このおかしな審判様は一体何を言い出すのだろう。そんな自明の事が今さら何だというのか。

「百を数えるほど繰り返せばもう十分なのです。これ以上繰り返しても同じ事。百を数えた後もふんぎりがつかず数度、諦めきれずにもう数度、決意出来ずにもう数度、観念出来ずにもう数度、繰り返しました」

 百を数えてからもしばらく繰り返した。今回のアポカリプスもその内の一回にしか過ぎない。それがどうしたというのか。

「神はとうとう諦めました。神を永遠に満足させる世界など作ることが出来ないのだと、ようやく認めました。永遠は所詮有限の概念。全ての始まりから全ての終わりまで、初めの一つであり最後の一つとなる神を永遠に満足させることなど端から不可能な願いだったのです」

 神の願いは絶対命令。だから神が今の世界に飽きるたびにその世界を終わらせ新たな世界を創造する。それがアポカリプスとジェネシス。終末と創世。

「神はただ存在するだけに飽きたから理を生み世界を作らせました。その世界を愛でて退屈を逃れようとしました。しかしそれでも神を退屈から逃れさせることは出来ないと諦めたのです。私たちは神に与えられた使命を全う出来なかったのです」

 ジャッジメントはやつれた顔で涙をこぼした。普段人を見下したほほえみを絶やさないジャッジメントが泣くのは珍しいことだった。

「神の力とて限界があります。理による創世は神が一番楽しめる遊びであり手段でした。それすら飽きてしまい、もはやどんな世界が生み出されようともそれを楽しむより、それに飽きる恐怖の方が上回ってしまったのです」

「今度の創世こそ永遠に楽しんでもらえるさ」

 イマジンは楽観論を無責任に言う。

「神は退屈を恐れ、世界に飽きることを恐れました。世界を壊し命や全てを殺し無に帰すのは神にとって辛いことなのです。でも退屈には代えられない。だから辛くても命令してきました。しかしもう嫌だ。もうたくさんだ。もううんざりだ。もうしたくない。神はそう思いました」

「ジャッジメント。お前なあ。それは神に対する冒涜だぞ。神の御心を勝手に決めつけるなよ。天罰が下っちまうぞ。ひゅー、どかーん」

 ドリームが手で爆発する様を表す。

「神がそうおっしゃられたのです。理は神の御業を知覚出来ない。神が隠そうとすることは理には知覚出来ません。誰にも知覚されずに召還され使命を承った私しか知らぬことなのです」

 観客がどよめく。もしそれが本当なら大変なことだ。

「はっ。ジャッジメント。神にもっとも近しい、神の代行者だとさんざん吹聴するお前だ。誰もそんなお前を本気で信じていない。だからって神の密命を帯びたなど、言って許される事と許されない事すらわからないのか。そこまで追いつめられていたのか。なるほど一方的にやられるなどおかしいと思っていたが、お前、始めから壊れていたな? ホープ以外に心の壊れた理がいたとは驚きだが、なるほどお前は昔からおかしかったものな。誰にも相手にされずむきになった末に、自分で自分を追いつめ壊れちまったか」

 イマジンの説にドリームも他の観客も納得する。ただ一人、デザイアだけは神を敬愛してやまないジャッジメントがこのような嘘をつく奴ではないと理解していたので青ざめた。

「このたびのアポカリプスは世界を生ませる理を選ぶために開催されたのではありません。いえ、正確には、私が勝者となった場合を除けば今まで通り世界を生ませる理を選出する儀式を続けることにしたのです。神が世界に飽きる恐怖と苦痛と悲しみに耐えても、我が子である理たちの繁栄のために親として犠牲になり続けようと言うのです。おお。なんと慈悲深く偉大な愛なのでしょう」

「何だ? ようするにお前が勝つ場合を除けば今まで通り何の変わりも無いってことか。じゃあお前が勝ったらどうなるって言うんだ」

 ジャッジメントは沈黙する。長い。いい加減じれったくなったイマジンが催促しようと口を開いたとき、ジャッジメントが話し出した。

 「私が勝てば、理は全て死にます。そして神も死にます。私が殺します。皆殺しにします。あとの神は私が引き継ぎます。生き残るのは新たな神となる私と、同じく神となり伴侶となるデザイアのみ。ただ一人である神は退屈しました。だから私にはその退屈を味わわずにすむように、同格の存在である伴侶を用意する慈悲を下さいました。神が二人いれば、夫婦として愛し合えれば、退屈することなどなかったのです」

 ジャッジメントは弱りきった顔をそれでも上げ、今は姿を消している神を求めて目をさまよわせる。

「ただ一人しかいない神は子どもである理を生み出せても、同格の伴侶は生み出せませんでした。神の力には限界があるからです。私とデザイアは同じ理。神に昇格しても同格です。私もデザイアも互いを愛しています。飽きることなどありません。永遠に愛し合えます。戯れに子どもとして理を生み出し世界を作らせてもよいでしょう。しかし今の理たちは神に生み出されておきながらその恩に報いることが出来なかった親不孝者たちです。その罪はあまりにも重い。生かしてはおけません。死にゆく神が寂しくないよう、全員まとめてお供させます」

 ジャッジメントは一気にまくし立てると、虚無の中で荒い息をついた。周囲で聞く者も、遠くで聞く者も、全ての理が絶句した。

 長い沈黙。誰も何も言わない。言えない。口に出すのが恐ろしい。理解するのが恐ろしい。相手するのが恐ろしい。

 最初に口を開いたのはデザイアだった。

「あー……話が長くて難しくて、わかりにくいけど。何で私があんたのこと好きだってことになっているの?」

「違うのですか? 私はあなたを本気で愛しています。だからただの一度も抱かなかった。あなたは他の女とは違う。慰みではなく妻として抱きたい。二人で神になってから初夜を迎える。そのために今までずっと我慢してきたのです」

「ふーん。誰とでも交わる理にとって、好きな相手と交わらないってのは、たしかにきついね」

 欲望デザイアは欲望をなによりも重んじる。だから求められれば誰とでも交わってきた。愛する女をいつでも抱ける。にもかかわらず長い年月抱かずに我慢し続けてきたジャッジメントの苦痛は計り知れない。そこまでするほど本気だということだ。

「あなたにも辛い思いをさせてしまって申し訳ありません。神が理たちの生を終わらせる決断をするまで、ずっと黙っているしか出来なかったものですから」

「そう……本気で、私のこと好きなんだね。いつもの嘘じゃないんだね」

「私は一度も嘘をついたことなどありませんよ」

「嘘ばっかり。ふふっ。あんたみたいな奴を好きになる物好きは私ぐらいなものだろうね。私は欲望デザイア。欲望に忠実に生きるのが宿命。あんたの欲望に従うよ。ジャッジメント。あんたの欲望は誰よりも頑固で迷いが無く、それゆえ強い。どれだけ歪んでいようが愚直だろうが私は欲望が一番強い奴に惹かれちまうのさ。難儀な宿命だよまったく。でも神になる。神の妻となる、か。いいねそれ。そんなこと考えたこともなかった。最高の欲望だ。ぞくぞくする。濡れちまったじゃないか。世界を生むよりすごい欲望があるなんて。こんなに幸せなことはない」

「デザイア……ありがとう。拒絶しないでくれて。それが一番怖かったのです」

「よしよし。他の全ての理があんたを嫌っても、私だけは欲深すぎるあんたのことを好きだからね」

 二人は抱き合い初めてキスを交わした。理は心が弱るほど衰える。そして心が満たされるほど強くなる。数えることが出来ないほどの年月我慢してきた愛が今満たされたのだ。折れる寸前まで衰えていたジャッジメントが見る見る生気を取り戻し、神のごとき輝きさえ放つように見えた。

posted by 二角レンチ at 13:43| 理の創世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

天使の試練(22)天使の真実 6

天使の試練(22)天使の真実 6

 私とストレイジはウナギみたいな聖獣スカイフィッシュに乗って空を飛ぶ。

 その周りは、飛翔する天使たちに囲まれていた。

 さすがに振り切って逃げるのは無理そうだ。大人しく連行される。

 周りの天使たちはくすくす笑っている。ひそひそ話しているのはあきらかに私を馬鹿にしているようだった。

 来たときはあんなに歓迎してくれたのに。敵だとなるとこれか。

 天使の真実を暴いたうえ、この街の長であるデミエッタの次に強いらしいマストムは有事の際の隊長だ。そのマストムに挑む愚を犯す私は天使たちの嘲笑を浴びていた。

 天使は神と共に生き、神の残酷さに感化されている。彼女たちはやさしさと残酷さを併せ持つ。天使は戦いと勝利に誇りを持ち、敵を惨殺するのを見るのもするのも楽しいと感じる好戦的な性質を持つ。

 私は戦いの誇りとやらはまだよくわからないが、悪魔をずたずたに引き裂くのはたしかに楽しいと思っていた。

 でもそれを自分がされるのはぞっとする。何としても勝たなくてはならない。

 私たちは連れていかれるまま空に浮かぶ扉をくぐりワームホールを抜ける。そして無数の扉が浮かぶ広い空間に出る。

 私から少し離れて空を飛ぶマストムが話しかけてくる。

「ショウコ。ここは廊下に当たる。この無数の扉はどれも同じ。どれをくぐっても目的の場所へいける。クラーケンに呑まれここへ来た者は、はじめに街の歴史であり原点である廃墟の街を見る。そして次に我々の住む街へ来て歓迎を受ける。クラーケンの渦と呼んでいる呑み込まれた直後の奔流で消化されるようなただの人間は扉にたどり着く前に死ぬ」

 マストムったら、私と決闘することになった途端敬語をやめてしまった。でも私なんて長であるデミエッタにもタメ口を聞いているのだから文句を言えない。

「ショウコ。お前は並の天使よりも強いらしいな。天使の試練の最中で、まだ変質途中にもかかわらずそれだけ強くなるとは驚きだ。腕が鳴る。久しぶりに戦いを楽しめそうだ」

「この中にいて、戦うことなんてあるの?」

「あるさ。私たちは互いに戦い切磋琢磨している。スポーツといえば戦い。娯楽といえば戦い。もちろん他の楽しみもあるが、一番は戦いだ。それに、ここへ来たばかりの天使はまだ神の支配を逃れることに迷い、私たちに挑んでくることもある。そういう場合に今みたいな勝負になるんだ」

 ようするに、自分たちに迎合しない天使は力付くで屈服させるわけか。力でかなわないことを思い知らせたところでデミエッタの強力なチャームをかければどんな天使も屈服するだろう。

 私たちは扉をくぐりワームホールを抜ける。明るいが太陽も雲も無いあいかわらずの空。そしてコロッセオを思わせる巨大な円形闘技場が眼下に見える。

「ここは決闘場だ。闘いはいつもこの場で行う」

 私たちは決闘場の中央に降りる。すり鉢のように周りの座席は後ろへ行くほど高くなっている。天使たちはめいめい好きな座席に座る。

 百を超える天使たち。美女の集団に囲われながらここで戦う。

 聖獣スカイフィッシュから私とストレイジは降りる。そして聖獣を饅頭みたいなバアルに戻す。

「天使ショウコ。最後に神に残す言葉を述べる時間を与えましょう」

 デミエッタが言う。

「必要ねえよ。ショウコが勝つんだから最後にはならねえ。それよりマストムの方こそ時間をやるぜ。最後にデミエッタと乳くり合っておけよ」

「必要ない。神ストレイジ様よ。私はこの闘いに勝利したあとでゆっくりと、時間をかけてデミエッタ様に愛してもらえるのだから。ご褒美に今夜はデミエッタ様を独り占め。ああ。楽しみだなあ。ぐふ、うふふふふ」

 マストムは今夜の楽しみを想像して下品な顔つきをする。天使は力があふれているのでとても元気で、性欲が人間よりはるかに強い。だからとてもスケベになる。未だ処女の私でさえ、ストレイジの愛撫に溺れもうそれ無しでは生きていけないくらいになってしまった。

「ストレイジ様。こちらへどうぞ。私と一緒にこの闘いを観戦しようではありませんか」

 デミエッタが笑顔で案内する。その氷のように冷たい笑顔は実に怖い。

「へっ。いいだろう。マストムがショウコに敗れるときのお前の間抜け面を特等席で拝ませてもらうとするかな」

 ストレイジは私の方を向く。

「ショウコ。お前は強い。並の天使とは変質の速度が違う。今のお前はもう並の天使よりも強い。自信を持て。必ず勝てる。天使の真実を暴いた天使の力がどれほどの物か知らんがお前の敵じゃあない」

「ストレイジ。神は嘘つけない。でも、気休めは言える、でしょ」

 ストレイジはきょとんとする。そして盛大に笑い出す。

「ははは。よくわかっているじゃねえか。その冷静さがあれば大丈夫だ」

 ストレイジは私の肩を持ち、キスをしてきた。

 ドキッとした。普段から私をべたべた触ってくるが、こんなのまるで恋人同士みたいじゃないか。私を勇気付けようとしてくれている。意地悪なストレイジがたまにこういうやさしさを見せると、そのギャップでやけにドキドキしてしまう。

「デミエッタ様あ。私もあれ、欲しいです」

「ご褒美を夜まで待てませんか?」

「キスだけ、キスだけですから。戦う私を励ましてください」

「もう。甘えん坊さんですね」

 強気なマストムがまるで猫のようにデミエッタに甘える様はとてもかわいらしかった。恋する乙女といった感じで驚く。デミエッタはマストムを抱きしめ熱いキスをする。

「えへへえ。ありがとうございますデミエッタ様。おかげで力がわいてきました。必ず勝ちます。この勝利をデミエッタ様に捧げます」

「ありがとう。マストム。心配はしていないけど気をつけてね」

「はい」

 デミエッタとストレイジは数人の天使に囲まれ立ち去る。奥へ行くほどせり上がっているすり鉢状の座席の中程に豪華な特等席がありそこへ座る。

 ストレイジはそばにいる天使から、変質で作った酒をもらって飲む。おいおい。敵対してもまだ酒をもらうのか。なんというふてぶてしさだ。

 マストムは私にほほえみかける。

「ショウコ。残念だよ。お前とはいい仲間になれると思ったのに、殺さないといけないとはな」

「マストム。あなたと戦いたくない。ねえ、今からでもやめにしない?」

「ショウコ」

 笑顔だったマストムがきっと口を結ぶ。

「戦いに喜びを、誇りを、名誉を持て。それが天使だ。天使の試練にあるとはいえそれを忘れるな」

 その迫力に気圧される。戦うことにしたのにそれをやめようと言うのは天使として、してはならないことらしい。

「う、うん。わかった」

 デミエッタの声が響く。とても澄んだ、高原の大空のような清い声。この決闘場全体に響きわたる声量。にもかかわらず誰の耳にもうるさくなく、丁度よい音色で届く。

「それでは、天使マストムと天使ショウコの決闘を始めます。天使も神も手出し無用。いずれかの死をもって決着とします」

 天使たちがおおおと叫ぶ。ほえる。マストムの戦いぶりと勝利への期待に興奮している。

「始め!」

 デミエッタの毅然とした声が響く。とうとう始まってしまった。気乗りしないが殺されるわけにはいかない。何とかして勝たないと。

 私は肩に乗る聖獣バアルを変質させる。一瞬にして変質を終える。

 聖獣ゴーゴン。伝承ではメデューサのような女の姿で髪が無数の蛇になっている。しかし実際の聖獣ゴーゴンは、女の頭で髪が蛇という点では同じなのだが、胴体が巨大な蛇そのものとなっている。

 また、その姿を見たりにらんだりするだけで石化出来るというのも伝承とは違い、その髪の蛇が噛みついた者だけを石化する。石化は毒の一種なのだ。

「ほう。ゴーゴンか。なるほど強い。それだけの聖獣をすでに呼び出せるのか」

 同じ天使だ。使える聖獣によりその強さを計ることが出来る。

「あんたたちは聖獣を呼び出せないんでしょ」

「そうだ。神の支配から解き放たれた私たちは、同時に天界にいる聖獣たちとも別れるしかなかった。もう私の聖獣たちは他の天使のものとなっている。私には呼び出せない」

「なら、どうやって戦うの」

「かかってくればわかるさ。ショウコ。下手な探りはよせ。さっさとかかって来い」

「ゴーゴンの髪の蛇に噛まれれば石化する。一撃で終わらせてあげるわ」

 私はゴーゴンに命じる。ゴーゴンはその巨体からは想像もつかない程素早い動きでマストムに襲いかかる。

 ゴーゴンが頭をぶんぶん振り回し、電撃のように襲いかかる。早い。にもかかわらずマストムは余裕でひらりとかわす。

 でもただかわすだけではかわしきれない。ゴーゴンの髪の蛇が伸びる。数匹の蛇がマストムに襲いかかる。

 一閃。マストムの手刀が全ての蛇の首を切断する。

 ぞくりとする。これは。この強さは。この肉体自体が持つ戦闘力は。

 悪魔の真実を手に入れたミルノートを彷彿とさせる。簡単に折ることが出来ないユニコーンの角をあっさりへし折った、あの強靱さを思い出す。

「やっぱり、悪魔の真実と天使の真実は似ている。その肉体を、存在を、強靱無比に変えてしまう」

「悪魔の真実が本当にあるのか知らんが、天使の真実は本当にある。ショウコ。お前が遭ったという悪魔ミルノートと私、どっちが強いと思う?」

「圧倒的にミルノートだね」

「ならぜひお手合わせ願いたいものだ。まあ私が勝つだろうがな」

 マストムは手刀で襲い来る新たな蛇を次々切断する。すごい。あれだけ無数の蛇があらゆる方向から襲ってくるのに両手どころか片手だけで薙ぎ払っている。

 丸坊主にされた哀れなゴーゴンは、怒り狂って牙の生えた大口を開けてマストムを呑み込もうとする。マストムは手刀を縦に振るとその頭を真っ二つに両断した。

「くっ」

 私はゴーゴンの尻尾に触れて変質させる。一瞬で饅頭みたいなバアルに戻す。

「ほらほらショウコ。次を出しな。こんなものじゃあ食い足りない」

 マストムが指をそろえてくいくいと要求すると、周りのギャラリーが歓声に沸く。

「あらあら。これはもう、勝負は見えたようですね」

 デミエッタが隣にいるストレイジに笑いかける。

「はっ。ショウコの力があの程度だと思うなよ。石化させて殺さずに終わらせようなんて甘い。そのやさしさは命取りだ。でもこれで目が覚めただろう。次は本気で殺しにいくぞ」

「ふふ。マストムの力もあんなものではありませんよ」

「しかし、強くなった肉体自体を武器に戦うか。悪魔の真実を暴いたミルノートに似ているな」

「悪魔などと一緒にしないでください。聖獣を失った私たちは聖獣に戦いと勝利を味わわせる必要がありません。自らが戦い勝利する。それが天使本来のあり方。その力と喜びを神が奪っていたにすぎません」

 私はマストムをどこか侮っていた。天使の真実の力がどのようなものなのかわかっていなかったからだ。自分が強いとうぬぼれていた私は、圧倒的な恐怖と強大さを誇るミルノートを思い出し、ようやく本気になる。

「石化させて終わらせようなんて甘かったわ。次は本気で殺してあげる」

「望むところだ。天使ショウコ。来い。私を殺してみろ」

 私はバアルを変質させる。その身体はみるみる大きくなる。まだまだ大きくなる。どんどん大きくなる。ついにはすり鉢状で一番高い最後部の座席よりも高い巨体が立ちはだかる。

「こいつは驚いたな。ダイナソーか」

 マストムが聖獣の巨体を見上げてあっけに取られる。

 聖獣ダイナソー。恐竜のティラノザウルスに似ている。巨大な体躯。巨大な顎は太い牙が並びどんな強固な敵をも噛み砕く。

 太い足。太く長いしっぽ。しかしティラノザウルスとは違い、前足の代わりに太く強靱な腕を持つ。その手に生えた太い爪は牙と同じく敵を切り裂き貫く。

 ダイナソーの爪がマストムに襲いかかる。マストムはそれを切断しようと手刀を繰り出す。

 ガキンと、鈍い音がした。

「さすがに切れないか」

「ダイナソーの爪と牙は強靱な武器よ。ユニコーンの角と同じように敵を貫くことも切り裂く事も出来る。あらあ。悪魔ミルノートはユニコーンの角を簡単にへし折ったのに、天使の真実って大したことないのね」

 私が馬鹿にすると、マストムはぎりっと歯ぎしりする。

「切れないなら砕くまで」

 マストムが拳を固める。まるでボクサーのように拳を構える。

 ダイナソーが上からマストムに襲いかかる。あまりにも巨大な体躯が体重を込めて殴ってくるにもかかわらず、マストムは両腕を交差させてそれを受け止める。

 決闘場全体が揺れる。しかし地面にはひびすら入らない。戦闘で壊れないよう特別強固に作られているようだ。

 ダイナソーが両腕を交互に繰り出しながら殴ってくる。マストムはその太い腕に比べればまるでマッチ棒のように細い腕で拳を繰り出し、ダイナソーの拳を受け止める。

 拳と拳の殴り合い。ダイナソーの圧倒的なパワーに負けないとは何て奴だ。

「ダイナソー、爪で突き刺しなさい。拳では受け止められないわ」

 私の命令に反応し、ダイナソーが拳でなく爪で襲いかかる。マストムはボクサーがフックを繰り出すように、その爪が自分に突き刺さる寸前に横から殴る。

 ボギッ。

 鈍い音を立てて、ダイナソーの自慢の爪がへし折れ吹っ飛ぶ。

「あっ」

「誰が折れないって? 今の私なら、ユニコーンの角だって折れる。この拳で。悪魔の真実とやらに天使の真実が負けるものか。天使の真実を暴いた私たちは無敵だ」

 ダイナソーが繰り出す爪を、マストムは拳でボキボキへし折っていく。爪ではかなわない。

「噛むのよ。ダイナソー。食いちぎれ!」

 天使の命令を受けると聖獣は天使の力が上乗せされる。マストムはあまりの速度で襲ってくる顎をかわせずダイナソーの口に挟まれる。

「噛み潰せ!」

 私が命じる。ダイナソーは口の中で抵抗するマストムをガブリと噛み潰す。

「やったあ」

 マストムの腰から下だけダイナソーの口からはみ出している。確かに噛んでいる。胴がちぎれる寸前だろう。

 血がボタボタ垂れている。勝った。殺してしまったのはかわいそうだが手加減して勝てる相手ではなかった。

 周りのギャラリーがしんとする。デミエッタの次に強いマストムが倒されて、さっきまで歓声に沸いていた天使たちが絶句する。

 私は得意げな笑みを浮かべ、デミエッタを見る。ストレイジではないがその間抜け面を私も見たかった。

 デミエッタは静かにほほえんでいた。

 カチンとくる。天使は殺さない限り死なない。まだ絶命していないから勝負は終わっていないというのか。

 あの重傷で何が出来るというのか。あとは何度も噛まれてずたずたに引き裂かれて死ぬだけだ。

「ダイナソー。噛み砕け。死ぬまでぐっちゃぐっちゃと口の中で味わいなさい」

 暗い喜び。殺す喜び。天使になって、人間ならひどすぎて出来ない殺す喜びを知った。

 ダイナソーが口を開ける。

「え?」

 ダイナソーの牙が折れていた。丁度マストムの腹に重なっていた牙が、折れて無くなっていた。

「嘘。なんで」

 私が動揺すると、周りからくすくすと笑いが聞こえた。百人もの天使が一斉に、堪えきれずに笑い出す。

「あははは。楽しんでもらえてなにより」

 マストムがむくりと身体を起こす。腹を牙で貫かれたどころか、まるで平気なようだ。

「なんで。マストム。まさか」

「ショウコ。決闘はみんなが見ている。天使にとって戦いは楽しみだ。みんなを楽しませる義務がある。油断や手加減ではない。戦いを観戦してもらうならそれはショーなのだ。ショーならギャラリーを楽しませないといけない。面白かっただろ。私が殺されるこの演出は」

 何て事だ。マストムはダイナソーに噛まれたんじゃない。上下の牙を口の中に向けて折り、その間に挟まって食われたふりをしただけだったのだ。この流れる血はマストムのではなくダイナソーの物だったのか。

「さあて。こいつもおしまいだね」

 マストムはなおも噛もうと襲い来るダイナソーの牙を数本、拳でへし折る。そのまま拳の連打でダイナソーのあごを砕き頭を砕いて肉片をまき散らす。

 頭がぶっとばされたダイナソーはふらふらしている。私は倒れる前にバアルに戻す。マストムはひらりと舞い降り、血塗れの服を変質させてきれいにした。

「ショウコ。まさかこれで終わり? 楽しませてよ。あなたの聖獣は強い。手応え十分。楽勝なわけではない。ただ私が強すぎるので簡単に見えるだけ。ほらほら。もっと挑んでこい。私をもっと楽しませて」

 ダイナソーは絶対の自信を持って召喚したのに。こうも文字通り歯が立たないとは。くそ。どうすればいいのか。

 デミエッタは隣にいるストレイジに笑顔を向ける。

「おほほほほ。やはりただの天使では、天使の真実を暴いた私たちにかないませんね。もう十分でしょう。今なら特別に、降参を認めてあげてもいいですよ。決闘で降参するのは名誉を失う行為。でもみっともなくても生かしてあげたい。ショウコに生きる権利を与えてあげたい」

「生き死にを決めるだと。神にでもなったつもりか」

「いいえ。神などという汚く侮蔑する存在になどなりたくありません。ですが私たちはもう、神より強いことがこれで証明されましたね」

「天使が神にかなうものか」

「見苦しい。内心恐れているのでしょう。私と戦い負ける姿をさらすのは耐えがたいでしょう。ここで負けを認めれば、死ではなく命乞いをする屈辱で許してあげると言っているのです」

「大きなお世話だ。ショウコは負けない。勝つ」

「これだけ力の差がありながらまだ勝つと。神がほらを吹くとは知りませんでした」

「言ってろ」

 ストレイジが私を見る。あの目は私の勝利を疑っていない。私はうなずく。応えないといけない。

「どうしたショウコ。まさかダイナソーが切り札だったのか」

「まさか。切り札とおいしい物は最後まで取っておく主義なのよ」

 まあ私はおいしい物は最初に食べるんだけどね。

 バアルを変質させる。力をありったけ込める。こいつは並の力では召喚出来ない。私の全精力を注ぎ込まなければ呼び出せない、本当に奥の手だ。

 私がマストムに勝ったあと、他の天使たちがどうでるかわからない。でも穏便に済むとは思えない。だから力を残しておきたかった。しかしここで勝たないと。後の心配ばかりしていても仕方がない。

 聖獣が変質する。ぶわっと広がる漆黒の羽。筋骨隆々な人間のような身体。その巨体に頭は無く、首の付け根にはばっくりと小さな歯が並んだ口が開いていた。

「こいつは、まさか」

 さっきまで余裕を見せていたマストムが後ずさる。

「ジャガーノート!」

 デミエッタが叫んで立ち上がった。

posted by 二角レンチ at 09:54| 天使の試練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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