2013年05月31日

共生する病(3)旅立ち

共生する病(3)旅立ち

 翌日。僕はラーキットとプリズマの住む家を再び訪れていた。

「ちゃんと治っているじゃねえか。合格だ」

 ラーキットは昨日爆弾で吹き飛ばした僕の手をなでながらにやりと笑った。

「おかげさまで」

 昨日彼女の生成した爆弾で手を吹き飛ばされたとき、どれだけ痛かったか。気絶することも出来ず何時間も痛みに耐えるのがどれほど苦痛だったか。死んだ方がましなくらいだった。

 僕は恨めしくて、でもそれを顔に出さないように気をつけながらラーキットを見る。

 美人だ。目は細く、凛として美しい。腰まである長い髪。ウエストはすごく細い。お尻が大きいのか。胸も大きい。そして水着のビキニにしか見えないほど少ない布地の服を着てブーツを履いている。

 病は宿主を守る。けがをしても治すし老いも若返らせる。他の病はもちろん寄せ付けない。毒も分解する。

 気温の変化にも健康を左右されない。だから症状が進むほど、季節と関係無い服装をする者がいる。ラーキットは極端だ。いつも真夏の海辺のような格好をしている。

 なぜブーツなのか。単にサンダルだと動きにくいからだろう。戦闘を生業とする彼女は動きを妨げられるような格好はしない。

 奥から、長袖にロングスカートの女性が現れる。プリズマだ。

「まあセクタ様。手もすっかり治っているし、ここへ来たということは本当に行かれるのですね」

「はい。当たり前でしょう。これからよろしくお願いします」

 プリズマは相変わらずにこにこしている。その笑顔の裏で何を考えているのかまるで読めない。

 ラーキットより大きな胸が歩く度に揺れる。僕の好きなミリカと違い、胸の大きな女はいやらしい。不潔だ。

 僕は豊満な女性が嫌いだ。ミリカのように清楚で可憐で胸の小さい女の子が僕の理想なんだ。

「また見ていますね。触ってもいいのですよ」

「い、いえ、すみません」

「では正式にご依頼を受けます。今からあなたは私たち二人の雇い主です。ですからそんな敬語を使わず、名前も呼び捨てにしてください。命令してください。あなたの命令に従います。何なりとお申し付けください」

「そんなこと言われても。プリズマさん」

「プリズマとお呼びください。仕事は仕事です。上下関係はきっちりしないといけません。でないと行動の判断に困ります」

「そ、そうですか。うん。わかったよプリズマ」

「はい。セクタ様。これからよろしくお願いしますね」

 にっこり笑うプリズマに、心がほんわかする。

 いけない。騙されてはいけない。この女の泥沼のように濁りドロリとした凶悪な本性を昨日見ているのだ。気を許してはいけない。

「俺は依頼主だからって敬語は使わないぜ。命令には従ってやる。でも偉そうにするなよセクタ」

「うん。それでいいよラーキット。僕も君に敬語使われると気持ち悪いしね」

「お、言うな。それともそうやって、なにくそなら言ってやるって敬語使わせる作戦かあ? はっはっは。楽しいねえ。骨のある奴の方がなよなよお坊っちゃんよりは楽しめる。昨日腕を吹っ飛ばされて肝が据わったようだな」

「うん。すごく痛かった。でもおかげで覚悟が出来たよ。あれに比べれば、どんな痛みや恐怖も怖くないや」

「もっと怖いことやもっと痛いことがこれからたくさんあるけどな。ははは。感謝しろよ」

「うん。感謝している」

 するわけないだろ。一生恨んでやる。どれほど痛かったか。どれほど怖かったか。手を爆弾で吹き飛ばされて、激痛で床を転げ回る僕を見てげらげら笑っていたのを覚えていないとでも思っているのか。

 病の症状は人それぞれだが、症状が進むほど人間離れしていく。だから感情や思考も変化していく。

 彼女たちは相当病が進行しており、痛みが快感に変わると言っていた。だから人が痛がる無様な姿を笑えるんだ。

 ひどい連中だ。でも一緒にいるしかない。彼女たちより頼りになる連中は他にいない。この町から出て世界を旅するためには彼女たちに頼るしかない。

「よーし出発だ。荷造りは済んでいるな?」

「うん」

 僕はぱんぱんに詰まったバックパックを背負っている。

「荷物多すぎだろ。見せて見ろ」

「あ、ちょっと」

 ラーキットは僕のバックパックをひったくると、中をごそごそ漁る。

 ぽいぽいと、中の物を床に放っていく。

「や、やめてよ。何するんだよ」

「長旅だぞ。危険が一杯なんだぞ。わかってねえな。身動きは軽くなきゃいけねえ。これだから町から出たことの無いお坊っちゃんは。おいプリズマ」

「はい」

 プリズマは心得たもので、小さなショルダーバッグを持ってくる。ラーキットが僕の荷物をそれに詰め替える。

「ほらよ。持っていくのはこれだけだ。身につけて動くのにも走るのにも邪魔にならない量だけにしておけ」

「でも、本とか器具とか、実験や研究に必要なんだ。それに食料だって」

「食料はその場その場で採るに決まっているだろ。金だってほとんど役に立たねえ。もし金で何でも買おうと思うならいくらあっても足りねえよ。本だあ? 器具だあ? 戦闘に巻き込まれればどうせ壊れるぞ。知識は頭に詰め込んでおけ。どうせ学者って奴は同じ本を何度も読んで覚えているんだろうが」

「ま、まあ、だいたいは。でも、資料はやっぱり必要で」

「かーっ。頭の悪い奴だなあ。どうせどの町でもこの程度の資料はあるだろ。文明の崩壊した今、この町にある資料や知識はたかが知れている。だから自分から探しに行くんだろ?」

 ラーキットは僕をびしっと指さす。

「新しい知識を手に入れろ。実験なんかその場その場で工夫しろ。どうせこれっぽっちの器具を持っていっても役に立たねえだろ。必要な実験は町で済ませろ。お前と同じようにこの病を研究している奴らの実験器具や設備を借りろよ。そのぐらい言われないとわからないのか?」

「う。ご、ごめん。わかった」

「はっ。わかりゃいいんだよ」

 悔しい。でもラーキットの言う通りだ。ラーキットは明らかに頭が悪い。なのにそれより頭の悪い行動をしてしまった自分が恥ずかしくてたまらない。

 長い旅だ。持っていこうとした本や器具はほんのわずかしか役に立たない。無ければ無いで何とかなる。

 というか、これじゃ足りない知識を得るために旅をするのだ。これらが必要ならそれこそこの町へ戻ってからでも十分だし、この程度なら他の町にもあるだろう。

 僕はラーキットが詰め込んだ荷物を調べ、多少入れ替えて荷造りを完了する。

 プリズマと一緒にラーキットが床にぶちまけた物を片付け、元の大きなバックパックに詰める。それはここに置いていく。

「よし。じゃあ行くか」

 ラーキットは僕が持ってきた貴重な食料を食べながら言った。

「そうですね。お行儀悪いけれど食べながら行きましょう。荷物は減らさないと」

 僕たちは食料をかじりながら町を歩く。途中、町の人たちが声をかけてくれる。

「おお。セクタ。行くのか」

「うん。きっと成果を持ち帰ってくるよ」

「気をつけてね。ああ。町の外へ行くなんて勇気があるねえ」

「ラーキットとプリズマがいるから大丈夫。二人はこの町きっての強者なんだから」

「ラーキット。プリズマ。町では貴重な学者様なんだ。大事に頼むぜ」

「おーう。任せろ。いつも通り心配するなよ。俺たちがへましたことなんかあったか?」

「あるだろ。たくさん」

「そうだっけ? ははははは」

 何だ。心配になってきたぞ。町の外は危険だ。ラーキットたちは町を出て別の町へ行きたい人たちの護衛をしている。その成功率は当然百パーセントというわけではない。失敗して護衛している依頼人を死なせてしまったことだって何度もある。

 それでも抜群の成功率を誇る。護衛を買って出る人たちは他にもいるが、彼女たちに比べ成功率が下がる。ようするに、帰ってこないか依頼人を捨てて逃げ帰ってくる。

 ラーキットとプリズマは町の人気者だ。そして嫌われ者だ。

 町を守ったり護衛したりするときはみんな頼るし機嫌を取る。でも基本、外敵を倒すことで宿主を守るように病の症状が進んだ者たちは、化け物として忌み嫌われている。

 そうした者たちが人を傷つけ殺す。だから町を追われる。町の外、危険な森に住み、町へ入ってこようとしたり町から出る人を襲ったりする。

 おかげで町は分断され、町から町へ行くには護衛が必要になる。

 毒をもって毒を制する。危険な攻撃症状を持つ者に対抗するため、同じように攻撃症状を持つ者を護衛にする。

 同類。危険な奴。いつ牙を向くかわからない。

 だから恐れる。嫌う。頼りにする振りをしながら陰でさんざん悪く言われているのを二人だって知っている。でもそれを気にしないか、症状が進んで思考が狂っているから何とも思わないかのどちらかだろう。

 外壁に囲われた町の門で、ミリカの両親が待っていた。

「ああ。セクタ。お願いだよ。あの子を助けてやっておくれ」

「大丈夫だよおばさん。僕がきっと、ミリカを助けてみせる。世界を旅すれば同じような宝石病の人もいるし、それを治した人もいるかもしれない。見つからなくても、僕が治療法をきっと研究して見つけてみせる。安心して」

「セクタ。本当に、ミリカのことを頼む。ああ。君があの子の幼なじみでよかった。君ならきっとミリカを治せる。君は昔から頭がよかったし、学者としても立派だ。若いのに大したものだ」

「おじさん。僕に任せて。ミリカをよろしくお願いします。僕にとっても大事な人なんです。いずれ自然と治る可能性だってあります。病の症状は変化することもありますから。だから毎日ミリカを見ていてあげてください」

「ああ。わかった。ありがとう。気をつけて行っておいで」

「うん。僕頑張るから。行ってきます」

 僕は手を振って、ミリカの両親や町の人たちに別れを告げる。

 みんなの期待や心配、そして励ましがうれしい。胸が熱くなる。やる気が出てくる。

 町の門を出て、外へ出る。

 町の周辺はまだ安全だ。よっぽどでないと危険な連中は町のそばへ来ないし、町を護衛する人たちが見回りもしている。僕たちは門を守る人たちにも別れを告げて、町の外へ歩を進める。

 初めて町の外へ出る。思ったより普通だ。何も無い道を歩く。遠くには森が見える。

 病がその牙をむき、人々に症状を発生させてから早数十年。かつての文明は崩壊し、多くの町は荒廃した。今は小さな町に人々は集まり、町の周りを壁などで囲って外から隔絶し、身を守ってほそぼそと暮らしている。

 見渡せば、かつて町だった建物などが崩れてあちこちにある。風化が早くほとんどはぼろぼろに崩れていた。地震や火事、そして凶悪な症状を発症させた人々による破壊により多くの町が壊滅した。

 初期の混乱は話に聞くだけだが相当ひどい物だったらしい。今の町のように普段は安全に暮らせるようになるまで、人は人を殺し犯し奪い、この世の物とは思えないほどの地獄だったらしい。

 それが収まってきたのは単純に、人が人を殺して数が激減したからだ。病は不老や不死身をもたらす。代わりに人は生殖能力を失っていた。

 病がそれほど進行していないなら妊娠や出産が出来るが、進行すると性行為は出来ても妊娠しない。させられない。

 だから殺す分が多いだけ人間は減り、推定でしか無いが人間の数はかつての百分の一にも満たないはずだ。でないと点在する小さな町に収まるわけがない。

 住み慣れた町を離れ、荒廃した町の残骸の中を進む。草が生え木が生い茂り森と化したかつての町。人が手入れするわけでもないのでどんどん植物が浸食し自然へ帰っていっていた。

「ふう。話には聞いていたけどこれはひどいなあ。町の中はまだまだ文明としてはましな状態だったんだね」

「そうさ。町の外は森や荒野になっている。自然はいいものだねえ。昔は町ばかりで自然が少なかったらしいからな。こうなってよかったんじゃねえか」

「よくないよ。これは人類が衰退した証なんだから」

「昔は人間がうじゃうじゃいたんだろ? 息苦しいじゃねえか。今ぐらいがちょうどいい」

「君は人間が嫌いなのかいラーキット」

「少なくとも俺を怖がったり嫌ったりする町の連中は嫌いだね。利用し利用される。それだけの関係で好きになんてなれるかあ? お前だって俺たちを嫌っているだろ」

「そんなことは」

 プリズマが口を挟む。

「嘘は駄目ですよ。言ったでしょう。何でも正直におっしゃってください。私たちが気を悪くするかどうかは関係ありません。普段から嘘や気遣いをしていると、いざ重要な判断を下すときにもそれをしてしまいます。それは致命的な問題を引き起こします。そのために、普段から嘘や気遣いを言わないようにしてください。少なくとも私たちに対しては」

 僕はプリズマの顔を見る。にこにこしている。彼女たちは危険をかいくぐり今まで生きてきた。だからこそわずかな嘘や気遣いが本当に危険な毒だということを知っている。

「ぼ、僕は、二人を嫌いじゃない。信頼している。でも怖い。昨日あんなことがあったから、二人が僕に何かするんじゃないかと怖がっている」

「ははは。よく言った。そうそう。正直に言えよ。怖いなら怖い。ならこっちもそれなりに、もっと怖がらせてやるからよ。ひひひ」

 ラーキットはばんばんと僕の背を叩く。

「昨日は悪かったな。手を吹っ飛ばして。でも痛みや恐怖を知らないまま旅に出ると、いざそれに直面するとパニックになる。パニックはやばい。周りを巻き込み全滅する。そういう目に何度も遭ってきたからな。痛みや恐怖を知って一人前だ。もうお前はお坊っちゃんじゃねえ。立派な男だぜ」

 肩を組まれてそう言われて、僕は赤面する。歳の割に童顔だから、立派な男と言われることがなかったのでうれしい。

「くす。ラーキット。セクタ様はまだある意味お子さまですよ」

「そうだったな。童貞だもんな」

「今夜、私たちで大人にしてあげましょう」

「そりゃいいや」

 僕はラーキットの腕を振りほどく。

「な、何言っているの。僕は嫌だよ。ミリカが好きなんだ。他の女と寝るなんて出来ないよ。二人は面白がっているだけでしょ。そんなんで僕の純潔を奪わないでよ」

「純潔って。うけけけ。男のくせに乙女チックだねえ。さすが頭のいい学者様は違うや」

 ラーキットがげらげら笑う。プリズマはくすくす笑っている。

 彼女たちはしゃれにならない冗談を言う。でもあくまで冗談だ。本気ではない。本気にしてはいけない。まともに相手してはいけない。

「で、学者様。これからどうするんだ」

「うん。まずは近くの別の町に行こうと思う」

「何のために?」

「え?」

「適当に町を回り、そこの学者の話を聞く。研究成果を交換し合う。そんなところか?」

「そ、そうだけど。それが何か?」

「おいおい。プリズマあ。やっぱり学者様は馬鹿だぜ。頭が悪い」

「そうですね。くすくす。セクタ様。やみくもに動くだけでは効率が悪いですよ」

「じゃ、じゃあ、どうすればいいのさ」

「町の中より町の外。病を調べるには病を解剖する、ですよ」

 ぎくりとする。言っている意味が何となくわかったからだ。

「まさかとは思うけど。人体、実験を?」

「他に何かありますか? 学者は実験しないと結果を得られないのでしょう? 町の外には、町から追い出された凶悪な犯罪者たちがいます。その人たちを殺せば殺すほど町の人たちの安全は高まります。だから討伐隊が町の外を探索し、害虫を駆除しているのは知っていますよね。私たちも害虫に出会ったら駆除します。それを生きたままだろうが死体だろうがご自由に使って実験なさればよろしいではないですか」

「そんな、そんなひどいこと出来ないよ」

「動物では実験するのでしょう? 人間でしても問題ありません。町の善良な人間では無いのですよ。邪悪な害虫です。殺した方が喜ばれます。殺す前にどう扱おうが誰も問題にしません」

「でも、そんな、非人道的なことを」

 プリズマはほほえんだまま目を見開き、僕をにらむ。あまりに不気味な表情に僕は戦慄する。

「私たちは、非人間として扱われ忌み嫌われています。化け物として恐れられています。それこそ非人道的ではありませんか。私たちが町を歩けるのは、その非人道的な扱いを努めて無視しているからです」

「そういうことだ。症状の進んでない町の連中は、生きるために症状を進めた俺たちを差別している。いまさら非人道的とか何とか言える立場じゃねえだろ。俺たちに守られているおかげで症状を進めなくても生きていられるくせに。くそむかつくぜ。ええ。お偉い学者様よお」

 二人は笑っている。でもあきらかに僕を、町の人間を憎んでいる。

 やっぱり、昨日僕の手を爆弾で吹っ飛ばしたのはいろいろ必要な理由もあったが、憎んでいる人間を傷つけ苦しめたいという暗い欲望が含まれていたんだ。

 ぞっとする。身の危険を感じる。この二人は危険だ。

 僕は二人に守られる。でもこの二人から、誰が僕を守ってくれるんだ?

 昨日もそうだが、二人はことあるごとに僕を傷つけ苦しめようとしてくる。二人は僕を、自分の鬱憤を晴らすおもちゃにしている。

 それに耐えるのが報酬。だから二人は僕が二人の要求に応えることを報酬にしたんだ。物や食料では払えない。人間というおもちゃを提供し続けないといけないのだ。

 こんな凶悪な二人のおもちゃになり遊ばれる。それは爆弾で手を吹き飛ばされる以上の苦痛と恐怖を意味していた。

posted by 二角レンチ at 11:28| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

魔術師の深層(8)出会い

魔術師の深層(8)出会い

 俺もグレイスも、魔術で作った剣と盾を持ち、空中で激しく打ち合った。俺は戦いながら、技量の勝るグレイスの技を学び、グレイスはさらなる技を繰り出す。

「どうだい。より高みに上る感覚は。楽しいだろう」

「楽しいねえ。お前すげえな。同じ歳とは思えない。強い。上手い。強敵から学ぶのは魔術師の常。悪いが学ばせてもらうぜ」

「ご自由にどうぞ。僕もそうだった。初任務で、刃を交えた敵の魔術師から多くを学んだんだ」

「なぜ逃げた。お前のチームは四人。他の三人は戦死したのだろう。なぜお前も最後まで戦わなかった」

「強敵と戦い死ぬことが魔術師の誉れ。でも僕の就職した軍はひどいところでね。必ず新入りのチームの一つを、無理な任務につかせて死なせるんだ」

「なぜ」

「見せしめさ。教育なんだ。死の恐怖と、強敵であろうが何だろうが立ち向かう特攻精神を他のチームに学ばせる。どんな命令でも従うようにさせる。お前たちと同期の新入りが、自分たちより強い敵と戦い見事に散った。実に立派な最後だった。だからお前たちも出来る。やれ。やらねば恥だぞってわけさ」

「ひでえ」

「魔術師が任務途中で逃亡すれば死刑だ。犯罪者として逃げるしかない。離反を防ぐために毎年行われている忌まわしい慣習。敵の魔術師と戦っているときそれに気付いたんだ。あれは新人が何人束になろうと手に負える相手じゃなかった」

 ひどい話だ。新入りのチームが一年以内に戦死するのは普通だが、さすがに初任務でそんな強敵と戦わせたりはしない。

 死ぬか死なないかのぎりぎりの任務を重ねて強くしていく。そうしてレベルを上げないとより困難な仕事をこなせる魔術師が育たない。俺たちだって、油断しなかったらちゃんとこなせる任務だった。

「僕は思ったんだ。この死に意味はあるのかって、犬死にじゃないかって。無謀な戦いで殺されるのは名誉の戦死とは違う。命令されたまま死ぬのはただの馬鹿だ。まともな上司ならともかく、馬鹿な上司の馬鹿な命令で死ぬのは馬鹿だ。名誉の戦死じゃない」

 グレイスは悲痛に顔を歪める。

「僕の仲間たちは泣きながら、怯えながら、無惨に殺されたよ。魔術師を殺すとき最後まで楽しもうと思ったら首だけ残す。泣き叫ぶ首を残し、苦痛を与えながら全身をじっくりそぎ落とす。その光景は魔術師といえど死の恐怖に負け、逃亡させるに足る拷問だった。犬死にしたくないというのとこんな殺され方をしたくないという気持ちの両方があったのを認めるよ。僕は怖かった。魔術師のくせに死を恐れて逃げ出したんだ」

「情けない奴だな」

 そうは言っても、俺だってついさっき死の恐怖を味わった。逃げられるなら逃げたいほど怖かった。

 でももちろんそんなことは許されない。敵前逃亡は死刑と決まっている。

 それが魔術師の就職では当たり前。人間は会社から逃げても殺されないそうだが、魔術師は戦死するまで会社の命令通りに戦い続ける。それ以外の道は犯罪者になることだけだ。

「僕の魔力は風の特質に偏っている。だから飛行は疾風のように早い。おかげで敵の魔術師に捕らわれずに逃げ切れた。でも敵前逃亡は死刑だ。逃げるなら犯罪者となる。いずれ魔術師の討伐が来る。殺される。さっきまで戦っていた魔術師と違い、拷問されることは無いからまだましだ。このまま待って、殺されよう。そう思ったとき、シールの顔を思い出したんだ」

「何だ。お前は誰でもいいから誘拐したんじゃないのか」

 俺たちは激しく剣を交えながら、傷の痛みに苦しみながら話を続けた。グレイスは汗だくで苦痛に顔を歪ませながらも笑顔を見せた。

「僕は初任務でこの人間社会に来て、シールに出会ったんだ。任務の前に、少しだけ自由行動をしようということになって、僕は人間の町をあちこち見て回っていたところだった」

「料理食べたか。がっかりしただろ」

「そうそう。おいしいけど、あの程度であの値段はないよね」

「まったくだ。俺は人間社会にすげえ期待とあこがれがあったのにがっかりした。建物とかは実に金をかけて贅沢だが、贅沢なだけ。料理も人間もつまらなかった。何というか、宝の持ち腐れだよな。馬鹿に金を持たせるとろくな事に使わない典型というか」

「君は人間を嫌っているんだね」

「いや、そうじゃなかった。俺は周りが何と言おうが、人間と魔術師は同じ身体で同じ者だと思っていた。わかりあえるとか大層な事を考えていたわけじゃない。でも同じなのに区別し差別し互いに見下し毛嫌いするのはおかしいと思っていたんだ」

「へえ、珍しいね」

「でもわからなくなった。人間はとてもつまらなくて、面と向かって何も言えないくせに陰でひそひそ悪口を言う。相手の悪い点を指摘し相手の怒りを受け止めることが出来ない。悪い点を指摘されてそれを受け止め笑顔で返す度量も無いんだ」

 人間は魔術師と同じくらいすばらしい、尊敬に値する対等な存在のはずだった。でもその幻想は打ち砕かれ、教えられたとおり、みんなの言うとおり、人間はそんな立派な者ではなかった。だから俺は人間にとても失望し、言わずにはいられなかった。

「人間はとても小さい。とてもずるい。とても汚い。とてもつまらない。取るに足りない虫けらだ。魔力を持たず金があるだけ。科学があるだけ。科学は戦争すれば魔術師を全滅させられるほどすごいのに、科学を使った人間たちは小さく不便な生活をしている。こんなに頭の悪い連中が俺たち魔術師と一緒だったら嫌だ。脳の細胞一個まで構造が同じらしいが、人間の脳は空っぽじゃないのか」

「そうか。君は人間を対等と見なし、失望し、見下げるようになったんだね。僕と逆だ。僕は普通の魔術師のように人間を見下していた。実際君の言うとおり人間の多くは見下しに足る馬鹿で愚かで卑小で汚い連中だ。人間はどんな善人でも平気で悪いことが出来るからね。魔術師と違い、場面によって己の信念や行動を善悪両方に傾ける」

「それが人間と友達になるとはな。どういう風の吹き回しだ」

「人間は汚い面もある。でも同じくらいきれいな面もある。シールだって心の醜い人間だ。でも同時に、心のきれいな人間なんだ。僕は自由行動の時間に、路地で泣いているシールに出会った。思っていた以上にくだらない人間に対し、さらに失望していたせいか、僕は泣いている人間を馬鹿にしてみたくなったんだ。それでやさしいふりして話しかけた」

「おいおい。人間と関わるなって習っただろう」

「誰もいない路地で、相手は子供だ。人間の子供は魔術師の子供と違ってとても幼い馬鹿だから、まあ大丈夫だと思ったんだ」

 互いの剣がぶつかる。俺は話しながらも熱心にグレイスの技を学び続けていた。

「どうして泣いているの、と聞いた。そうしたらシールは泣き顔を上げ僕を見て言ったんだ。お兄ちゃん誰。とてもきれいって」

 魔術師は人間と違い容姿が美しい。人間は相手の優れている点を素直に認めず、何かと言いがかりをつけて見下そうとする。自分を高めず相手を貶めて優位に立とうとする。

 なぜ相手を認め、あこがれ、学ぼうとしない。なぜ自分を高め、深く潜ろうとしない。深層に到ろうとしない。努力をしようとしない。人間は自分の怠惰さを、他人を攻撃してまでごまかそうとする卑怯な連中だった。

「僕は素直にうれしかった。町を歩けば人間が魔術師の美しさを妬んであれこれ悪く言うのを聞いていたからね。わざと聞こえるように言い、かといってそっちを見ると目を逸らす。自分より優れている者と対峙する勇気も戦う度胸も無いんだ。シールは違った。素直に僕の美しさを認めたんだ。驚いたよ。とても新鮮で、きれいな者に見えた」

「人間の子供の中には無邪気な奴もいるって言うからな。何でも思ったことを口にする、いい意味で素直、でも考えてしゃべらない馬鹿なんだよ」

「そうだろうね。でもきれいな者をきれいと認めることが出来るんだ。人間は周りの人間から汚さを学ぶ。僕たちが周りの魔術師から強さを学ぶようにね。子供だからまだ汚さをあまり学んでいないんだ。シールの多くはきれいなままなんだ」

 そいつは新しい考え方だな。人間は生まれたときからずるくて汚いと教えられてきた。なるほど周りから汚さを学んで成長するからみな一様に汚くなるのか。

「シールはまだ魔術師についてあまり知らず、近寄っちゃ駄目としか聞いていないそうだ。僕はグラスグレイスと名乗った。人間の名前でグラス・グレイスと思ったシールは僕のことをグラスと呼んだ」

 グレイスはそのときのことを思い出し、くすりと笑った。その顔はとてもやさしかった。

「おかしいよね。笑っちゃった。グレイスと呼ぶように納得させるのに一苦労したよ。シールは名前で呼んでくれるのに、どうしてグラスって名前で呼んじゃいけないのって。名前はグラスグレイスで呼ぶときはグレイスだよって言っても理解出来ないみたいだった。シールは僕のことを怖がったり嫌ったりせず、話をしたがった。いや、自分の話を聞いてほしかっただけだったけれどね」

「どんな話だったんだ」

「他愛の無い話さ。両親に叱られて泣いていたんだ。自分が悪いのにそれを認めず、しかる両親に文句を言っていた。この点は人間らしいずるさを持っているね。人間の子供は特に顕著に、自分は悪くないと平気で嘘をつく」

 グレイスが俺の剣を盾で受け止める。俺はそれと同じようにしてグレイスの剣を盾で受け止める。

「でも僕は、シールを嫌いになれなかった。シールも人間らしい汚さを持つが、同時にきれいな心も持つ。人間たちは僕らを遠くから見て陰口ばかり言う。汚い面しか触れられない。きれいな面に触れるのは初めてだった。だから興味を持って、子供の論理破綻で言い訳と自己弁護ばかりの戯れ言を、辛抱強く聞いてあげたんだ」

 人間のきれいな面か。たしかに関わりを避けるからそれに触れる機会は無いな。俺も人間の悪い面だけを見て幻滅した。だからグレイスが傷の痛みに苦しみながらも笑顔でシールのことを話すのを見て興味をそそられた。

「そのときはそれだけだった。シールはしきりにパパとママなんかもう嫌い、こんなおうちもう嫌だと言った。自分を保護し育てる大恩ある両親をよくもそれだけ非難出来るものだ。本人に直接文句を言うならともかく陰で悪く言うのが人間のずるさだ。僕は言った。なら出ていけばいいと。人間は魔術師と違っていつでもどこへでも自由に行ける。逃げても死刑にならない」

 人間はとても自由だ。生まれたときから死ぬまでの全てが決められ管理されている魔術師とはまるで違う。

 とは言っても厳しい教育により、魔術師はそれを不自由だとか不満だとか思うことはない。人間と違い、やるべきことも進むべき道もはっきりわかりそれに全力を尽くせることは生き甲斐であり喜びだった。

「そう言うとシールはそんなの無理だよ。一人じゃ出来ないって言った。なんて弱虫なのだろう。情けないのだろう。その時はそう思っただけだった。話を聞いてもらってすっきりしたシールは、驚くことにあんなに嫌っていた両親の待つ家へ帰っていったよ」

「ははは。そいつはおかしいな。嫌いと言いながらその庇護を受けに戻るなんてみっともないったらありゃしない。そんな奴に嫌う権利なんか無いぞ」

「僕もそう思う。でもシールと話していると楽しかった。何と言うか、人間は、ただ悪口が好きなんだ。言わないといらいらする。言うとすっきりする。ただそれだけ。娯楽の一種なんだ。魔術師のように、相手のために駄目な点を教えて成長させる意味はまったく無いんだ」

「そりゃ驚きだな。自分のためだけに相手を非難するのか。相手のためにじゃなくて。誰だって悪く言われりゃ傷つく。だからこそ、相手の成長にならなければならないのに」

 ローラが俺に馬鹿だと言うのは成長のためでなく愛のためだけどな。ちゃんとわかっているよローラ。

「ローラって誰だい」

「お前が頭をぶっ飛ばした女だよ」

「ああ。さっきの。へえ。好きなんだ」

「おう。俺はローラのために童貞を取っておいているんだぜ」

「そりゃすごい。童貞なんてめったにいないよ。女の子を抱くのはすごく気持ちいいのに、よく我慢出来るね。しないと損だよ」

「うるせえな。ローラが恥ずかしがってなかなか出来ないんだよ。でも俺のために処女を取っておいてくれている。いつかそのときが来るさ」

「相手も処女だなんてさらにすごいね。純愛なんてお話の中だけだと思っていた。ちょっと笑えるね」

「俺たちの愛の物語は話し出すときりが無いんだ。それよりお前のことを話せ」

 激しい剣撃の中で気安く話す。でももう油断なんて微塵もしない。集中して奴の戦いの技を学ぶ。

 グレイスは話を聞いてほしいが、切り殺されるような相手には話しても仕方無いと考えている。

 魔術師とはそういうものだ。力を求めるからこそ力の無い者に価値は無いと考える。自分と同等かそれ以上の強者だけが、相手をする価値があるのだ。

posted by 二角レンチ at 13:01| 魔術師の深層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月29日

共生する病(2)爆弾病

共生する病(2)爆弾病

 プリズマは、ミリカが宝石病になったのは僕を怖がり僕から身を守るためだと言う。

 幼なじみのミリカが僕を怖がるわけがない。僕が愛するミリカに危害を加えるわけがない。

 僕は侮辱に対し、激怒してイスから立ち上がる。

「そんなわけないでしょう! 僕と彼女は愛し合っているんですよ。僕を怖がるなんてあり得ません」

「ただの幼なじみで恋人ではないのでしょう?」

「でも、彼女だってきっと僕と同じ気持ちだったはずです。態度でわかりますよ。僕が勇気を出して告白していれば、とっくに恋人になっているはずです」

「それはあなたの思い込みでは?」

「何でそんなこと言うんですか。僕を馬鹿にして楽しいんですか」

「はっきり言います。あなたは彼女を犯そうとしたのではないですか」

 僕は絶句する。

 プリズマはとんでもない侮辱を言いながらほほえんだままだ。ラーキットはにやにやしている。僕は怒りの炎で目の前が真っ赤に染まって見えた。

「ふ、ふざけるな。そんなことするものか。僕はただ、彼女を愛しているだけだ」

「キスしたときに、そのまま犯そうとしたのでしょう?」

「そんなことしていない。ただその先を迫りはしたけど、彼女が嫌がったからそこでやめた。だから、犯そうなんてしていない」

「彼女に拒絶されたショックでそれ以上出来なかっただけでしょう。やめたのではなく出来なかった。それだけでしょう。この卑怯者」

「何だ。あんた。どうしてそんなことが言えるんだ。何の権利があって」

「彼女の気持ちを代弁しているだけです。彼女だってきっとあなたのことをそれなりに大事に思っているはずです。でも恋とは違う。あなたに迫られ、でもあなたを傷つけたくなかった。だから彼女の病はあなたを攻撃する代わりに、あなたが彼女を犯せないようにしたのです」

「そんなの無茶苦茶だ。そんなわけがない。彼女が僕を拒絶するわけがない。あのときはちょっとびっくりして、とっさに拒んだだけだ。僕を嫌いなわけじゃない。僕を好きでないわけがない」

 ラーキットがくっくと笑う。

「頭のいいお坊っちゃん。小さい頃から研究ばかりの学者様は、世間知らずだねえ。幼なじみや友達がやさしいのは当たり前だろ。それをいちいち恋だと勘違いされちゃたまらねえわな」

「うるさい。何だよお前ら。僕は仕事の依頼に来たんだぞ。こんな辱めを受けるいわれはない」

「セクタ様」

 プリズマはにこにこしたまま僕を見つめる。

「愛する彼女を助ける方法を探すために旅へ出る。でも本当は、自分を拒絶する彼女から逃げたいだけではないですか? そばにいて拒絶され続けるのに耐えきれないのでしょう」

「違う。僕は本当に彼女を助けたいんだ。この病は悪い症状だって発症する。獣人病なんて特にそうだ。半人半獣の醜い姿になる。あんな姿になりたい人間がいるものか。宝石病だってそうだ。人間は生きて動いて話して愛し合って、それが幸せだ。あんなまったく動けなくなる症状を彼女が望むわけがない。あれは病が悪い症状を起こしているんだ。病にとっては宿主が生きてさえいればいい。宿主の幸せなんて関係無い。助けないと。話すことも出来ない彼女はきっと、僕に助けてほしいと願っている」

「消えてほしいの間違いだろ。ひひひ」

 ラーキットはげらげら笑う。僕は涙目で彼女をにらむ。

「セクタ様。この病はとてもやさしいのです。宿主を幸せにし共に生きる、共生を望んでいます。でなければ他の病やけがから宿主を守ったりしません」

「宿主を殺しながら渡り歩くよりその方が都合がいいからだ。それだけ宿主を変質させる力を持つ病なんて今までいなかった。それだけだ。みんな感染している」

 僕は大仰に手を振りながら熱く語る。

「この病は狡猾だ。宿主を動けなくする方が生き残るのに都合がよいと考えたら宝石病や樹木病のように、宿主を動けない何かに変えてしまう。宿主が戦い生き残れるようにしようと思えばあんたたちのように強くする」

「化け物にする、だろ。言えよ。正直に」

 ラーキットが不敵な笑みを浮かべる。彼女たちのように宿主を強くすることで病が生き残ろうとする者たちは、化け物として恐れられ嫌われている。

「僕は、その力を有効活用するのは当然だと思う」

「頭のいいお坊っちゃんの言うことは違うねえ。私たちが力を有効活用する、でなくてお前が私たちを有効活用する、って意味だろ。皮肉も言えるんだな。さすが女を犯そうとしながら愛しているだの相手も自分を好きだの平気で言える奴だぜ」

 泣きそうだ。もう涙がにじんでいる。だから馬鹿は嫌いなんだ。こいつら二人とも性格がねじ曲がっている。お前らに僕とミリカの何がわかるというのだ。

「はい。ラーキット。そこまで。男の子泣かしちゃ駄目ですよ」

 プリズマがぱんぱんと手を叩く。

「泣いてなんかいません」

 僕は精一杯強がりながら涙を拭う。

「……すみませんでした。感情的になりすぎました。僕はミリカの宝石病を治す手段を見つけるため旅をして回ろうと思います。僕自身学者で研究者です。この隔絶された町の中では研究出来ることが限られています。もっと多くの症状を研究して、この病の治療方法を見つけなければなりません。他の町にいる他の学者や研究者と情報交換をしないといけません。通信手段の断たれた今の世界では、直接町から町へ移動して話をするしかありませんから」

「そうですね」

 プリズマがうなずく。ラーキットは僕をこれ以上からかえないのでつまらなそうにふんぞり返っている。

「町の外は危険です。病の症状はさまざまですが、宿主を強くすることで守る症状を発症した者の中には、その力を振るって人を傷つける者もいます。そうした悪人を町から追い出し、人を守るために力を使うあなたたちのような方が町を守っています」

「感謝しているか?」

 ラーキットが尋ねる。

「はい」

 僕は本心で答える。

「安全な町を出て外へ行くには護衛が必要です。世界を渡り歩き、この病を調べます。そしてミリカの病を治す手段を見つけます。その旅に、あなたたちを護衛として雇いたいのです。命がけの危険な旅です。でもお二人の強さはかねがね聞いております。どうかこの依頼を受けてはもらえませんでしょうか」

 僕は深々と頭を下げる。この町を守る人間たちの中で、彼女たちは別格だ。その腕を買われて町から出たい人の護衛を生業としている。どれだけ長い旅になるかわからない。絶対的に強い護衛が必要だった。

「どうする、プリズマ。俺はどっちでも構わないぜ。いつも通りお前に任せる」

「セクタ様。私たちが単純なお金では動かないのはわかっていますよね。もう金銀宝石にはほとんど価値がありません。もちろんお金より大事な食料でもです」

「はい。聞いています。僕に出来ることなら何でもします」

 二人は依頼人を見て報酬を決める。それは聞いている。だから彼女たちが何を求めてくるのか言われるまでわからない。

「私たちは、そのときどきに欲しい物を要求します。一緒にいる間ずっとです。私たちが求めればあなたは支払う。無理は言いません。あなたに出来ることだけ要求しますので安心してください。断るのは自由です。でも嫌がるならそこで依頼は終了。どこかの町であろうと、危険な町の外であろうと、そこであなたを見捨てて放置します。それでいいですか」

「はい」

 そう答えるしかない。どうして具体的に何も言わないのだ。

「さしあたって一つ。もしミリカさんの治療法が見つかれば、私たちも治療して回復する場に立ち会わせていただきます」

「どういうことですか?」

「ミリカさんの本心を聞かせてもらいます。あなたが彼女を犯そうとしたのかしなかったのか。怖がったのか。それとも恥ずかしがっただけなのか。彼女があなたを本当に愛しているのか。それとも幼なじみだから遠慮してきっぱり拒否出来なかっただけなのか。全部質問します。全部答えさせます。あなたの前で。あなたにその現実を突きつけ、あなたがどう反応するのか見たい。まずは報酬としてそれを約束してもらいます。断るならこの依頼はお受け出来ません」

 僕は目を見張る。ラーキットは笑い出す。

「そりゃいいや。このお坊っちゃんの勘違いで、本当は迷惑しているんだってフラれたときの顔を見る。くくく。相変わらずプリズマの考えることはえげつねえな。だから一緒にいて飽きないんだ」

 僕をこれ以上辱めるつもりか。なんて連中だ。これがほぼ不死身の彼女たちにとって、食料よりも大事な娯楽。生きる楽しみ。

「どうしました? 彼女はあなたを愛しているのでしょう。彼女の宝石病を治して、彼女はあなたの愛の告白に喜んで応える。何も困ることは無いでしょう。あなたが言うように、彼女があなたを愛しているなら」

 プリズマはにこにこ笑っている。ラーキットの意地悪は底が浅い。でもこの女はどんな泥沼よりも底無しに濁って汚い。美しい顔にはヘドロが詰まっている。

 僕は様々な感情がうずまく。歯を食いしばって堪える。この要求を拒んだら彼女たちは依頼を引き受けてくれない。だから拒めない。

 ミリカは、きっと、僕を、愛している。

 僕はそれを何度も心の中で唱え、自分に言い聞かせる。

「わかりました。いいですよ。だって僕は困ることなんか何もない。ミリカと僕は相思相愛。彼女が僕を愛していないなんて、拒んでいるなんて、そのため宝石病を発症させたなんて、あり得ません。あなたたちの妄想です。それを証明してあげますよ。そのときは、これだけ僕らの愛を侮辱したことを謝ってもらえませんか?」

「いいですよ。いくらでも謝罪します。それどころか償いに、どんな要求でも応えてあげますよ」

 プリズマはくすくす笑う。

「そうですか。後悔しますよ」

「楽しみです。私はどちらも楽しみです。だって病のおかげで強くなった。不死身になった。老いも病もけがも、そしてどんな強敵も、私を楽しませられません。刺激に飢えているのです。人の心をおもちゃにして遊ぶのは最高の娯楽です。ねえラーキット」

「そうかあ? 俺はそうじゃない。プリズマ。お前がいればそれだけでいい」

 ラーキットはプリズマの顔を抱き寄せるとキスをした。女同士のキス。愛し合い。同性同士の恋愛って本当にあるんだ。僕は恥ずかしくて目を逸らす。

「見るんだ。俺とプリズマの愛し合う様を。本当の愛を。それが俺がお前に要求する報酬の一つ目だぜ」

 彼女たちの望む報酬。僕に出来ること。拒否は許されない。その時点で依頼は終わる。依頼の間、旅の間、僕は彼女たちの要求を全て満たさなければならない。

 僕は恥ずかしくて嫌だけど、二人がうっとり舌を絡めてキスをするのを見つめていた。

「興奮したか?」

「べ、別に」

 僕は股を閉じてもじもじした。

「じゃ、要求そのニ。いちいち数えるのが面倒だからもう数えねえが、これだけは大事だ。手を出せ」

 僕はわけがわからないまま手を出す。

 ラーキットはプリズマを離す。自分の口に指を突っ込み、くちゅくちゅと卑猥にしゃぶって見せたあと、何かをつまんで取り出す。

 イチゴだった。血のように暗い深紅のみずみずしいイチゴ。

「まさか」

 僕はぞっとする。

「世界を回るんだろ? 俺たちも世界を旅して行きたいところがあるんだ。やりたいことがあるんだ。手に入れたい物があるんだ。観光じゃねえぞ。危険なことだ。お前の依頼に付き合ってやる。ただし頭のいい学者であるお前でないと出来ないことをしてもらう。それが報酬になる」

「な、何を?」

「いろいろさ。目的がお前みたいに一つだけなんて、単純なわけないだろ。不老で不死身。長生きするんだぜ。この病から得た御利益を使ってしたいことなんざ山ほどある。しかし危険なんだ。わかるだろう。簡単に死んじまう奴だと役に立たねえ。俺たちは頭の出来が並だからな。お利口な学者様の協力が必要なのさ。俺たちの目的のためにお前を利用させてもらう。ただし危険についてこられる奴でないといけねえ。だから試す」

 ラーキットはつまんでいるイチゴを、僕の広げた手に載せる。

「ひっ」

「落とすんじゃねえぞ。握れ」

「だって、これ、君はあれじゃないか。そんな」

「握れ。報酬は俺たちの要求に全て応えること。お前は了承しただろうが」

 僕はがたがた震えながら、手に乗っているかわいいイチゴを軽く握った。

「う、う、そんな、こんな、許してください」

「駄目だ。俺たちの目的を果たすためにはお前の頭脳が必要だ。危険についてこられることが必要だ。お前を五体満足で守ってやる? ただの旅ならそれでもいい。でも俺たちの目的に付き合わせるからにはぎりぎりの危険をかいくぐらなければならない。お前を無傷で守り切ることは望むな。なんとしてでも生きろ。手足の一本や二本吹っ飛ぶぐらいの痛みや恐怖に耐えられないんじゃ話にならねえ」

 僕は涙をこぼしながらプリズマを見る。

「嘘ですよね? 僕の覚悟を試しているだけですよね? 本当にはしないですよね? だって僕こんな。大けがしたことないんです。試したことないんです。だって痛いじゃないですか」

 プリズマはいつもどおりにこにこしている。

「病が進むほど宿主を守る力が強くなり、不死身に近くなります。痛みや恐怖でも気を失わなくなります。あなたの頭脳が戦闘で必要になるときもあるのです。隠れているだけなんてわけにはいきません。けがぐらいで気を失われては役に立ちません。痛みぐらいで思考出来ないでは話になりません。治癒力も必要です。腕が吹っ飛んで、半日で治癒出来ないなら足手まといです。明日の昼前に、またここに来てください。そのときまだその手が完治していなければこの依頼は無かったことにします」

「そんな。だって。僕、うぐ」

「愛する彼女を助けたいのでしょう。そのため危険な町の外へ出て旅をするのでしょう。私たちに守られれば自分は傷一つ負わないと思っていました? 甘いですよ。覚悟の弱い人間では私たちの目的は果たせません。覚悟と治癒力。両方試す一番いい方法なのです」

 何がいい方法だ。こんなひどい方法あり得ない。

「さあ、歯を食いしばってください。痛いですよ。でも大丈夫。症状が進んでいるなら気絶するほどショックを受けませんから。意識のあるまま痛みはしっかり感じる。大丈夫ですよ。強い刺激が快感になるほど症状が進めば、痛みでさえ私たちのように楽しめますから」

 プリズマの笑顔は悪魔のほほえみだ。ラーキットよりもはるかに残虐だ。人を苦しめることを本気で楽しんでいる。

 ラーキットは爆弾病だ。

 体内で爆弾を生成し、それを武器として使う。病が武器や兵器にも殺されないよう宿主を守るために与えた症状。

 僕はぎゅっと目を瞑り、手の中のイチゴを握る。ただのイチゴだ。なのに握っても潰れない。温かい。まるで生き物のような体温がある。脈拍のような鼓動がある。これが爆弾なのか?

「ぐっと握れ。それで爆発する」

 ラーキットが笑いながら促す。

 僕はミリカが好きだ。愛している。愛する彼女を救うためなら何でも出来る。これを拒否するなら彼女への愛を否定することになる。だからプリズマは執拗に、僕を煽っていたのだ。

 それが後押しする。爆弾を手に握り込み腕を吹き飛ばすなんて正気ではない。でも僕は、僕を愚弄する二人への怒りがわずかに後押しし、その蛮行に及んでしまう。

 僕がイチゴを握り潰さんばかりにぎゅっと握り込むと、衝撃が手の中で膨らんだ。

 手が焼けるように熱い。実際焼けている。爆散している。僕は生まれて初めての、今までの苦痛全てを束ねたよりも強烈な痛みを味わった。

 なのに気絶しない。だから僕はその痛みにずっと耐えなければならない。その恐怖は手がちぎれ吹き飛ぶ痛みよりもはるかに痛く心を貫いた。

posted by 二角レンチ at 14:50| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月28日

魔術師の深層(7)強敵

魔術師の深層(7)強敵

 グレイスは胸の傷を押さえながら飛行していた。これだけの全力飛行だ。治癒をしている暇は無い。

 治癒の魔術は自動的で、コントロール出来ない。戦闘や全力飛行のような緊張状態ではろくに治癒が進まない。

 ようやく出血が減ってきた程度だ。血を再生するばかりで傷の治癒はろくに進まなかった。

 グレイスを追って俺も全力で飛行する。風に偏った魔力特質を持つ奴の方が本来の飛行速度は圧倒的に上だ。しかし重傷のおかげで奴は完全な全力飛行が出来ない。俺の方がわずかに速度は上だった。

 視認した。視認出来れば魔術は届く。戦闘前に連絡を入れておかないといけない。

「攻撃を開始する。これから交信出来るかわからない。一端切るからな。聞こえていたら返事しろ、ヘンメル」

 ヘンメルは泣くばかりで、俺の通信を聞いていなかった。

「くそ、ヘンメル。追いつけよ。それまでなんとか耐えておくからな」

 通信を切る。ヘンメルめ。本当に来いよ。でないと殺されちまうだろうが。

 奴が手傷を負っているから勝てるか? いや、ローラはその油断で倒された。

 魔術師の戦闘では一瞬の油断が致命的な一撃の隙を生む。それで敗北する。訓練とはその刹那さが違っていた。俺だってあのとき見ているだけで、奴が反撃出来るとは思っていなかった。

 もう油断はしない。しかし奴は強い。訓練ばかりで実戦をしたことの無い俺より何枚も上手だ。

 同じ十八歳。奴とは育った施設も学校も違うが、卒業して、入社して、任務に当たったはずだ。資料によれば初任務で行方不明になり、その後すぐシールを誘拐した。

 奴のチームの残り三人は、そのときの任務で死亡している。

 奴はなぜチームが全滅するまで戦わなかったのか。一人だけ逃げたのか。人間なんかを誘拐し、あまつさえ友達になったのか。

 わからない。初任務で敵の魔術師と戦闘したと思うが、実際に戦ったのかその前に逃げたのかもわからない。

 くそ。情報分析しても役に立たない。もう何とかぶち当たるしかない。

 奴とは距離が離れているが、俺は攻撃することにした。

「ジャベリン」

 ジャベリンは飛び道具の魔術だ。槍を弾丸のように撃ち出す。人間の武器ならマシンガンと似ている。

 実体型の魔術は物理的に作り出されるため霊体型と違って音が出る。バララララと激しい射撃音が空に鳴り響く。

 奴は後ろに目があるかのようにひらひらとかわす。魔術師なら見なくても全方向の攻撃を把握しかわすのは普通だ。人間だって戦闘機で同じことが出来るくらいだ。難しいことではない。

 やはり当たらない。魔術の弾丸は尽きることはないが、いくら雨あられと撃っても当たらないなら意味が無い。

 いや、意味はある。奴はかわす分だけ前進がわずかに遅れる。徐々に距離を詰め、背後に接近した。

 ごくり。つばを飲む。さっきローラの頭が一撃でぶっ飛ばされたのを思い出す。

 俺もあんなふうにあっさり倒されるのか。

 今の追っ手は俺一人だ。なら奴は、倒すだけでなく殺すまで俺を破壊するだろう。

 魔術師は急所を吹っ飛ばされようが動けなくなるだけで治癒は出来る。しかし全身を破壊され尽くしたら治癒すら使えなくなり絶命する。

 ああくそ。怖い。魔術師なら戦いに歓喜するはずだ。この戦闘前なら俺も実戦に興奮していたのに。

 どうしてこんなに汗が冷たい。気分が高揚しない。ローラの頭が吹っ飛ばされ、死の恐怖を初めて実感した。訓練なんてお遊びだった。本気で怖いと思ったことが無い。実戦は怖さがまるで違う。

「ちくしょう、グレイスてめえ、逃げるんじゃねえええええ」

 俺はアックスの魔術で両手持ちの巨大な戦斧を出して、奴を一刀両断しようと振り下ろす。

「ランス」

 奴は振り向く。死の形相。血を吐いて顔中血塗れだ。何て恐ろしいんだ。これが本気で生死を賭けた戦いをする者の顔つきか。俺とは必死さが違う。

 ランスの魔術は騎兵の持つ槍を出す。本来は高速飛行の突進に使う。とにかく長い。俺が大きな円を描いてアックスを振り下ろすより早く、直線的に突き出された奴の槍の先が俺の横腹に刺さる。

 このままだと腹を貫かれる。しかしその程度なら構わない。代わりに俺は奴を頭から真っ二つにかち割れる。頭を破壊して動けなくなった奴の全身をゆっくり粉砕出来る。

 魔術師の戦術は肉を切らせて骨を断つ。等価交換を重んじる魔術師といえど、戦闘時だけは己の利益が損失を上回るようにする。その積み重ねが勝利という山を築く。

「トルネード」

 奴が魔術をかける。やばい。エンチャントだ。かわせかわせかわせかわせ!

 俺は切っ先が刺さった腹を無理矢理ねじる。鋭い切っ先が腹の肉を切り裂いていく。痛い。だが構うものか。

 ボン。大きな音を立てて嵐のような突風が奴のランスを中心に放出される。俺の腹が半分近くも抉れ吹っ飛ぶ。

「うげあ」

 とっさに身をよじったから、横っ腹が抉れ吹き飛ぶぐらいで済んだ。かわさなかったら腰が胸とおさらばしていただろう。

 エンチャントは付与型の魔術全般を指す。魔術と魔術を重ね合わせることが出来る。武器型の魔術に付与すれば追加のダメージや効果を与えることが出来る。

 血を吐く。奴のトルネードの風圧で俺はくるくる回転しながら吹き飛んでいく。

「ディザーム」

 奴のランスが赤い光を帯びる。武装破壊のエンチャントだ。持続時間はほんのわずかだが、攻撃した武器や防具を破壊出来る。

 魔術武装は並の攻撃では破壊出来ないので、こうしたエンチャントをかけねばならない。かわせば持続時間がすぐに切れるが、あいにく俺の手から離れたアックスはなすすべもなく奴のランスに貫かれ、粉々に砕け散る。

「お、俺のアックスが」

 ローラは素早く巧みに振れるソードを好むが、俺はアックスのダイナミックかつ一撃必殺の破壊力が好きだった。でも大振りなので、さっきみたいに隙を突かれやすい。

 実体型の魔術は、破壊されると再生に時間がかかる。同じ戦闘中にはもう使えない。

 なんだこいつ。強すぎるぞ。同じ十八歳。学校を卒業したばかり。でも死線をくぐり抜けた者とそうでない者。ここまで差があるのか。

 魔力や魔術の種類に差があるわけではない。奴が使う魔術は得意かどうかはともかく俺も使える。魔力の強さ自体は同じくらいだ。なら何が違うのか。

 奴は魔術の使い方が上手いんだ。的確な魔術を、俺が見逃すわずかな刹那も有効に使って振るう。だから強い。実戦経験が魔術師の成長にもっとも効果的というのは本当だった。

 魔術師の戦闘では一瞬の隙が命取りだ。魔術の多くは一瞬あれば発動できる。だからエンチャントなんて使う暇が無い。

 多くの魔術師はただ武器の破壊力のみによる攻撃を好む。それで急所を破壊出来ればエンチャントを使う必要なんて無い。

 こんなに使えるものだったのか。エンチャントを使うわずかな隙を武器の攻撃で生み出してから使うんだ。学校ではそこまで出来る奴はいなく、ローラでさえエンチャントは使わない。

 エンチャントは丁半博打みたいなものだった。上手くかかれば勝ち、外れたら負け。実戦で使えるものじゃない。そう思っていたのに。

 すごい。こいつはすごい。

 魔術師が実戦で成長出来るのは、敵からでも貪欲に学ぼうという姿勢があるからだ。

 学校で、訓練で、学べることなど限られている。あとは実戦を重ねるしかない。人間は学校で学ぶだけで足りると思い十八歳からは大学というのに行くそうだが、経験しないで実際に使える何が学べるというのか。

 おっといけない。感心している場合じゃない。体勢を立て直して奴を追わないと

 腹を半分抉られ激痛が走るが、魔術師は痛みに耐える訓練を積んでいる。痛み程度で気絶しないようになっている。

 もちろん肉体的にも、重傷でも急所を破壊されていなければ動ける。魔術と意志の力を鍛え続けた賜物だ。

 グレイスは、逃げていなかった。空中にとどまり俺を見ていた。

 どうした。なぜ逃げない。戦闘の緊張をゆるめ、わずかでも治癒を進めて飛行速度を増し、俺を振り切るためか。

 俺の反撃を恐れて追い打ちをかけなかったのか。そのリスクはあれど、戦闘技術からして奴が勝つ確率の方が高い。分のいい賭けなら出てもおかしくない。戦闘中に俺の仲間が来るのを恐れたのか。

 奴の真意は計り知れないが、俺には関係無い。勝ち目が薄くても戦う。より強い敵と戦い死ぬのは魔術師の本懐だ。

 ぞくぞくする。殺されるにせよ、学ぶにせよ、魔術師の深層を目指す魔術師たちは、強敵に立ち向かうことを好む。

 グレイスは胸の傷を押さえながら叫ぶ。

「待て。君と話がしたい」

 俺は驚く。しかし構わず奴に飛びかかる。

「ソード」

「シールド」

 俺の剣と奴の盾がぶつかり合う。魔術で作り出した武装は金属のように見えて、通常では破壊不可能な強度を持つ。魔術武装同士でもディザームの魔術を使わないと破壊出来ない。

 魔術のシールドは衝撃吸収力が高い。たとえアックスの一撃でも片手で受け止められる。剣程度の軽い一撃は体勢を崩すことなく止められた。

「話を聞け。いや、聞いてくれ」

「敵と話すことなどあるか。お前馬鹿か。もうすぐ俺の仲間が到着する。ニ対一ならお前に勝ち目は無い」

「君だって魔術師だ。魔術師の深層を目指して深く潜る旅をしているのだろう。ならば聞け」

 びくりとする。魔術師なら誰でも魔力を高め魔術を極めより深層へ潜ろうとする。究極の魔術師を目指す。誰もがその途中で若くして戦死するが、それでも一歩でも多く進んでから死にたいと願う。

「シールド」

「ソード」

 俺は盾を、奴は剣を出す。互いに剣と盾を持ち、魔術師の基本戦闘スタイルになる。

 激しくも美しい音を奏でながら剣撃を繰り出す。盾で受ける。逸らす。受け流す。

 剣の返し方が早い。手首をあんな風にひねるのか。うお、盾で押してくるだと。苦し紛れにすることはあるが、俺の腕の動きを制限することで効果的に使ってくる。

 盾はただの防御ではない。剣と一緒に攻撃し、隙を生んだり体勢を崩したりにも使えるのか。

 鋭い一撃だ。早い。わずかなためらいが速度を鈍らせる。なるほどここまで思い切って振るのか。盾でバランスを取ることで体勢を崩さずに済む。

 おかげで全力の一撃を振るえる機会が倍になる。勝率が格段に上がる。剣と盾の組み合わせはオーソドックスなだけで使っていた。組み合わせると互いの効果を増すことが出来るなんて知らなかった。

 すげえすげえ。こいつ強い。上手いから強い。武器の破壊力頼りじゃない。技がここまで重要だなんて知らなかった。

 訓練でも技をたくさん学んだが、どちらかというと型みたいなもので実戦的じゃなかった。こんな刹那の一瞬まで活用するほどぎりぎり極限の技は知らない。

 熟練の先生と手合わせしてもこんなに学べなかった。生徒同士の戦闘訓練ばかりで先生は一人一人とほとんど手合わせしない。しても本当に訓練でしかなく手加減される。自分よりはるかに上手い相手と本気で剣を交えるとこんなに学べるのか。

 奴の真似をするごとに、奴はさらなる技で対応する。それを真似るとさらに次。まるで一つ技を教えてもらうたびに次の技を教えてくれているみたいだ。

 それは気のせいではなかった。奴はわかっていたのだ。たとえここで俺を倒しても、俺の仲間に追いつかれ倒されることを。ヘンメルではなく、俺たちの後方に控えていたジーニ隊長が、俺たちの失敗の後始末をするため確実にグレイスを殺すことを。

 隊長が俺たちのチームでなくお目つけ役なのは見て明らかだった。俺たちよりはるかに強い。当然まだ十八歳で実践経験の浅いグレイスがかなう相手ではない。

 グレイスはもう逃げられないことを悟っていたのだ。単にシールを安心させるために、どこか遠くへ逃げたと見せかけただけだったのだ。

posted by 二角レンチ at 12:48| 魔術師の深層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月27日

共生する病(1)宝石病

共生する病(1)宝石病

 僕は緊張していた。女の人が苦手だからだ。豊満で、その身体を強調するためにわざと布地の少ない服を着る女性を前にして、僕はイスに座ったままカチコチに固まっていた。

 性的アピールの強い女の人は、僕には刺激が強すぎる。目の前にいる女性をちゃんと見られなかった。

「おい、人と話をするときは相手の目を見ろって教わらなかったのか? 頭のいいお坊っちゃんはたいそう立派な教育を受けてきたんだろう。なのに礼儀は学ばなかったのか?」

 美しい女性に厳しい目つきでにらまれて、僕はイスに埋もれそうなぐらい身を縮こまらせた。

「す、すみません」

 そう謝るしかなかった。

 彼女はイスにふんぞり返り、テーブルに足を載せて組んでいる。むっちりした太ももは丸出しで、水着か下着かというぐらいのビキニ姿は、視線を逸らそうと思ってもつい見てしまう。

 これが人と会うときの格好だろうか。これが人と話すときの姿勢だろうか。言葉遣いにしてもそうだ。どちらが礼儀がなっていないのだろう。

 でも文句は言えない。僕は仕事の依頼に来たのだから。それも命がけの危険な仕事だ。だから相手の機嫌を損ねてはいけない。

 部屋の奥から、別の女性がお盆を手に入ってきた。

「ラーキット。駄目ですよ。依頼人を怯えさせては。だからいつも仕事を逃してしまうのですよ」

 その女性は目の前にいるビキニ姿の女性と違い、とても普通の服を着ていた。長い袖。長いスカート。そして大きな胸。胸元の大きく開いた服からはしっかり谷間が見えていた。歩くたびにたゆんたゆんと揺れるその見事さは、男なら見てはいけないと思ってもつい目がいってしまう。

 そんな僕の視線に気付いて、その女性はにっこりとほほえみかけてくる。

「ふふ。気になりますか? 触ってもいいですよ」

 僕は赤面して目を逸らす。

「す、すみません。そんなつもりじゃ」

「そんなつもりでもいいですよ。私、男の子も好きですから」

 かわいい顔したその女性は目を細めて見つめてくる。向かいに座る、ほとんど裸みたいな格好の女性とは別の意味でタチが悪い。豊満な身体の女性二人を前に、赤面しておどおどする僕をからかって楽しんでいる。

「おいプリズマ。お前俺というものがありながら他の男に色目を遣うなよ」

「だってラーキットは女じゃないですか。たまには男の子も食べたいですよ。ラーキットだってそうでしょう?」

「まあ、たまには、な。でも一番はお前だけだぜプリズマ。俺の女はお前だけだ」

「私の女もあなただけですよラーキット。男の子はほんのおやつ。そうでしょう」

「違いねえ。ちょいとつまむぐらいがちょうどいい」

 二人は僕を見てにやにや笑う。あきらかに僕をからかっている。僕はどう答えていいかわからずただうつむいた。

 二人ともそれぞれ性格が悪い。僕の苦手な女らしすぎる熟した身体。いやらしい。本当なら関わり合いになりたくないタイプだ。

 でも他に選択肢は無い。町の外へ出ようというのだ。町の中で一番の手練に護衛を頼まなければならない。生半可な者では命を落としてしまう。

 プリズマと呼ばれた女性はテーブルにカップを置くと、お盆をわきの台に置き自分もイスに座る。

「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 僕はカップのコーヒーを飲む。

 不味い。しかも熱すぎる。

 でも我慢してちょっぴりだけ飲む。

 プリズマは不味いコーヒーをおいしそうに飲みながら僕にほほえみかける。

「お味はどうですか?」

 彼女たちは味覚が普通と違っている。しかしそれを言われると気を悪くするのがわかっている。

「おいしいです」

 僕はしかめ面をしながら答える。

「うははは。面白いジョークだな」

 ラーキットはやけどしそうなぐらい熱いコーヒーを一気に飲み干すと、盛大に笑う。

「くす。セクタ様。いいのですよ。正直に不味いとおっしゃってくれて。だって」

 プリズマはにこにこしながら続ける。

「これからは、嘘はいけません。正直に言ってください。何でもです。気を遣う必要はありません。気を遣おうが何だろうが嘘を言われると、私たちの行動に迷いが出ます。それは文字通り命取りです。命のやりとりをしたことの無いあなたにはご理解いただけないかもしれませんが、私たちは嘘や気遣いが極めて危険な毒であることを身をもって知っています。ですから何もかも正直に話してください。嘘も隠し事も一切無しです。繰り返します。一切です。それが依頼を受ける最低条件です」

 プリズマはにこにこしたままだ。しかしあきらかに陰が違う。身をすくませるほどの恐怖を感じる。野生の猛獣ににらまれたらきっとこうだと思う、補食される哀れな被食者の気持ちを初めて味わう。

「は、はい。すみません。このコーヒーは、とても不味いです」

 プリズマはにこにこしながら言う。

「でも、出された物はちゃんと飲んでくださいね。それが礼儀です。あなたのために煎れたのですよ? 飲まないなんてあり得ませんよね」

「はい。おっしゃるとおりです。いただきます」

 僕は顔をしかめながらコーヒーをちびちびすする。熱すぎる。苦すぎる。不味すぎる。あきらかに何か間違った味つけをしている。

 普通に煎れればいいのに。彼女たちの味覚では、こういう味にしないとおいしくないのだ。彼女たちの感覚では、これぐらい熱くないと物足りないのだ。

「ははは。俺たちと一緒にいたいなら、俺たちに合わせるんだ。俺たちがお前に合わせる義理なんざねえからな」

 ラーキットはへらへら笑いながら僕をにらむ。

「これは洗礼だぜ。これぐらいで音を上げているようじゃ、俺たちと一緒に旅なんざ出来ねえ。気遣いは無用って言ったよな。それは俺たちがお前に気を遣いたくないって意味だ。わかるよな。ええ。賢いお坊っちゃんよお」

「はい。わかります」

 忌々しい。でもそう言うしかなかった。

「嘘も気遣いも無用って言いませんでした? 私たちが重症だからって哀れんでいるのですか? 自分は症状が軽くて味覚が普通だからまだましだとか見下しているのですか?」

 プリズマはにこにこしたまま早口で責めてくる。

「いえ、そういうわけでは。本当に、気遣いとかじゃないです」

「ふふ。そうですか。ならいいです」

 プリズマはにこにこしている。真意がわからない。あきらかに二人は僕を右往左往させて楽しんでいる。

 しかしさっき言われた通り、嘘や気遣いが命取りに繋がるというのも本当だろう。

 にもかかわらず、まったく嘘や気遣いをしなくていいというわけではない。ようするに、危険でない嘘や気遣いはしろと言うのだ。

 判断力を試されている。難しい。彼女たちの思考は僕と違う。誰もがかかっているこの病は、症状が進むほど人間離れする。思考が狂っていく。だから計りかねる。

 彼女たちの望む通りに振る舞うことを要求されている。僕は努力しなくてはならない。

 人付き合いは苦手だ。一人で閉じこもって研究している方がいい。

 女の人は苦手だ。僕にはミリカがいればそれだけでいい。他の女なんか、人間なんか誰もいらないのに。

「それで、依頼っていうのは何だ? まあちらっと聞いてはいるが、始めから説明しろ」

 ラーキットに促され、僕は不味いコーヒーをちびちび飲みながら話す。飲み干さないと許してくれそうにない。

「僕の幼なじみで、ミリカっていう女の子がいるんです。その子が宝石病にかかってしまって、動けなくなったんです」

「ふーん。どんな具合だ?」

「宝石病にかかると身体が宝石のような色や透明感になり、動けなくなります。何を話しても触れても無反応です。意識があるのかどうかは不明です。ただあの状態で意識活動は不可能と思われますので、意識は無いでしょう。何をしても外部刺激に対して一切の反応を得られません。彼女の場合は深紅のルビーのような肌になりました。深い色で、でも透き通っていて、内臓などは視認出来ません。美しい彫像のようです。硬度自体は鉱物のルビーとは違います。ダイヤモンドよりも硬く、砕くことは出来ません」

 僕は淡々と症状を話す。でもこうして冷静に話せるようになるまでは時間がかかった。彼女が宝石病になって動けなくなったとき、僕は泣いて悲しむばかりで長いこと何もしてあげられなかった。

 ようやく決意した。泣いてばかりではなく、彼女を救うことを。そのために安全な町を出ることを。

 だからここへ来た。二人に仕事を依頼しに来たのだ。

「硬くて砕けない、か。なるほど。そりゃあ世界一安全だ。置いていっても構わないってわけだな」

「そんな……心配ですよ」

「何が心配なんだ? 売り飛ばされるとか?」

「いえ、そういうわけじゃ」

「だよな。今はみんな生きるのに必死なんだ。宝石なんざ腹の足しにはならねえ」

 宝石病だけではない。さまざまな未知の、対処不能で治療も感染を防ぐことすら出来ない奇病が世界を席巻していた。

 同じ一つの病と思われる。でも人により症状が違いすぎる。人々は宝石病のように、その症状を端的に表す俗称で症状を区別していた。

 その謎の病のおかげで人類は全滅寸前だ。科学文明はあっと言う間に崩壊した。今は町が分断され、小さな町にみんな自給自足でほそぼそと暮らしている。

 誰も予想すらしていなかった。その病はとても狡猾で、誰かが仕組んだ災害ではないかと疑われるほどだった。

 全ての検査で反応が現れない。人間の科学ではまだ病原菌を発見すら出来ない。

 科学で観測出来ない極小のウイルスではないかと言われているが、原子ですら観測出来るのにそんな物があり得るのだろうか。

 発見出来ない未知のウイルスによると思われるその病は、人類全てに感染するまでまったく何の反応も出さず、何の症状も出さなかった。

 誰も疑わず、検査せず、あらゆる検査にひっかからず、症状すら無い。誰も自分が未知の奇病に感染しているなど思いもしなかった。

 人から人へ接触により感染する。母親から胎内の子供へ感染する。実際の感染経路は不明だが、そうやってどの人間も他の人間から感染していると思われた。だから感染していない人も、これから生まれ感染しない人もいないと考えられている。

 通常病というのは、宿主が死ぬと困る。にもかかわらず宿主を死に至らしめる病は多い。そういう病は感染して宿主を渡り歩くことで死を免れる。

 しかしこの病は違う。自分が宿った宿主を死なせないようにする。他のあらゆる病を食い尽くして排除し、自分だけが宿主を冒す病として君臨する。

 宿主を死なせないよう他の病を排除するのと同じく、老いやけがすら排除しようとする。

 けがを急速に治す。どんな重傷でも死なないように生命を維持する。半日もあればどれほど重傷でも完全に治してしまう。四肢欠損ですら再生する。もちろん臓器のほとんどは失われても再生可能だ。

 ただし病は一個体だけを維持保存する。身体を縦に二つに裂いたらどちらかはそのまま死に、一つの身体だけが再生する。

 老いた者は症状が進むほど若返る。若く最も生命力のあふれた身体になるまで肉体年齢を戻す。

 この病は宿主を守るために宿主の身体を変質させる。それが症状なのだ。不老、不死身、そして不治。誰にも治せない。

 未だに本当にウイルスによる病気なのかどうかもわかっていない。病気ではなく人類の進化だと言う者すらいる。案外それが真実なのかもしれない。

 崩壊した科学文明で分析出来ることなどたかが知れている。世界のどこかでは研究が行われているが、わずかに得られる情報ではその成果は上がっていない。

 この病は自分が生きるために宿主を守る。そのために様々な症状を起こして宿主を生かせる。ほぼ不死身になったり不老になったりするのはその症状だ。他のあらゆる障害を排除し宿主の生命を保とうとする。

 いいことばかりではない。味覚がおかしくなったり熱に鈍感になったりするのは、宿主を刺激から守るために起こる弊害だ。だから彼女たちは僕には不味くて熱いコーヒーを好んで飲む。刺激が強くないとおいしくないからだ。

 この病気は宿主を守るために宿主を作り替える。変質させる。つまり症状が進むほど人間からかけ離れさせる。

 野生の獣に補食されないように、獣以上に俊敏に。強靱に。人間とは運動能力が桁違いになる。

 科学や武器で殺されないように、武器以上に殺傷力を、兵器以上に破壊力を、それらから身を守る防御力を、回避力を、宿主にもたらす。

 そうした様々な症状は、病の進行度により変わる。症状がまだあまり進んでいない僕はとても弱く、症状の進んだ彼女たちはとても強い。だから僕は彼女たちを頼らなければならないのだ。

「それで?」

 ラーキットに促され、僕は話を続ける。

「僕は宝石病にかかった彼女を治したいんです。だから町を出て、その方法を探し研究しようと思います」

「頭のいいお坊っちゃんの考えることは違うねえ。若いのに偉い学者なんだって? でも科学も医学も役に立たない。頭のいい奴ほど解明出来ない。それがこの病だろ。世界中で研究されている。でも誰も解明出来ない。原因すら発見出来ないのに治療なんか出来るわけがない」

「昔の人は原因がわからなくても経験や実験から病の治療法を確立してきました。僕も原点に返って原因がわからなくてもいろいろ試して治療法を探し見つけ出す、泥臭い方法で行おうと思います」

「そんなんで本当に見つかると思うのか」

「大丈夫です。時間はいくらでもあります。何せ症状が進めば老いは関係無くなりますから」

「そうだな。ははは。俺は何歳に見える?」

「ええと、二十ちょっとだと思います」

「元は八十だって言ったら信じるか?」

「え?」

「なんてな。そこまではいかないけれど、私は症状が進んで若返った口さ。プリズマもそうだ。十年以上戦っているんだぜ。二十前半なわけないだろ」

「そ、そうですね」

 二人をまじまじと見る。

 若く美しい。でも歴戦の手練だ。病により肉体がより完全な力を発揮出来る年齢に近付いていく。老けているなら若返る。

 黙って聞いていたプリズマが口を開く。

「あなたはその宝石病にかかったミリカさんのことが好きなのですか?」

「え」

 僕はドキッとする。

「正直に答えてください。嘘はいけませんよ」

「……す、好きです。だから、助けたいんです」

「付き合っていたのですか?」

「いえ、ただの幼なじみです。でも彼女も僕を悪くは思っていなかったはずです」

「それはあなたの願望なだけでは?」

「そんな。だって」

「だって?」

 僕は口をつぐむ。

「彼女の好意を確認出来る何かがあったのですか?」

「それは」

「正直に答えてください。興味本位で聞いているのではないですよ。大事なことなんです」

「はい。ありました」

「何があったのですか?」

「一度だけ……キスしました」

「舌を入れました?」

「そんなことまで、言わないといけないんですか」

 僕は狼狽する。何でこんな辱めを受けないといけないのだ。僕と彼女の大事な思い出をなぜ人に話さなければならないのだ。

「必要なのです。言ってください」

「し、舌は、入れていません。いい雰囲気になって、見つめ合って、そっと唇を重ねただけです」

「じゃあセックスもしていないのですね」

「せ……し、していません。するわけないでしょう。まだ恋人じゃないし、キスしかしていないんですよ?」

 僕は怒る。でも我慢しないといけない。何だこれ。どうしてこの二人はこんなに嫌な奴なのだ。

「じゃあお前、童貞なんだ?」

 ラーキットがにやにやしながら尋ねる。

「それは、当たり前です。僕はミリカが好きなんです。他の女の子とするなんてあり得ません」

「モテないだけだろ。他の女に言い寄られたらどうせ寝るくせに」

「そんなことありません。僕はミリカ以外としたいと思いません。何なんですか。どうしてこんなこと聞くんですか」

 ラーキットでなくプリズマが答える。

「そのミリカさんが宝石病だからです。身体を宝石のように変えてしまい、一切動けなくなる。ある種の生物があらゆる脅威から身を守るために仮死状態になり休眠するのと似ています。病が宿主を守るためにさまざまな症状を起こすのは知っていますよね」

「もちろんです。僕は若いけれど学者ですよ。この病を研究しています。そんな当たり前のことを知らないわけがありません」

「彼女は何から身を守りたかったのですか。どうして病は彼女を守るために、宿主を宝石のように硬質化して外部の干渉を拒絶したのですか」

「わかりません。それを調べるんです。それがわかればきっと彼女を宝石病から救えるはずです」

 プリズマは僕の目をじいっと見つめ、ほほえんだまま言う。

「はっきり言います。ミリカさんはあなたから身を守りたかったのではないですか。あなたが怖いと思ったから、病は宿主を守るために宝石病を発症させたのではないですか」

posted by 二角レンチ at 11:44| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月26日

魔術師の深層(6)初戦闘

魔術師の深層(6)初戦闘

 俺たちの任務は誘拐された人間の女の子、シール・ドメイスの救出と、誘拐犯の魔術師グラスグレイスの断罪だ。そのためにこの人間社会にやって来た。

 初めてなのに楽しくなくて幻滅した人間社会はとりあえずおいておく。俺たちは初めての命をかけた戦いにわくわくしていた。

 遊びではない。遊びではないからこそ楽しい。魔術師は強い力を持ち、より強くなることを目指すため、敵との殺し合いを楽しむ傾向にある。

 俺たちのチームのリーダー、ローラの命令でヘンメルが索敵を開始する。

「サーチ」

 ヘンメルが手を地面に当てる。その手から、半分透き通り輝く鎖が数本、音も無く伸び出し地面に溶けるように浸透していく。

 魔術は目に見える形が無いものもあるが、たいていは何らかの形を持つ。実体型と霊体型があるが、ヘンメルのサーチは霊体型の鎖だ。

 霊体は実体で触れることが出来ない。霊体同士でも触れられない。デバイスを重ね合わせても互いがすり抜けたように。しかし実体や霊体にアクセス出来る。

 魔術の深層は無限の深さを持ち、解明しきった者はいない。だからここでは、基本だけをさらりと復習しておこう。

 俺は学校で習ったことを復習するのが好きだ。抜けが無いか、新しい発見はあるか。俺は魔術の復習も探究も好きだった。

 魔術師は小さい頃から魔術の勉強を始める。子供向けの授業では、魔術はクッキーに例えて教えられる。

 魔術師の持つ魔力はクッキーの生地だ。術はクッキーの型。そして術という型で魔力という生地を切り出して焼いたものが魔術となり、さまざまな効果を発揮する。

 魔力は個人により強さも性質も違う。だから同じ魔力といっても違う味のクッキーが出来る。

 そして型も個人差がある。同じ星の型でも個人により星の角の数が違ったり、先がとんがったり丸かったりする。よって出来るクッキーの形は違う。

 術は共通なのでみんな学校で術を習得する。しかし同じ術でも魔力の違い、術の形の違いにより、結果である魔術の効果は異なっている。

 デバイスの魔術で出てきたスクリーン状の霊体は俺たち全員形が違っていた。デバイスの機能は基本みんな同じだが、個人で違う機能も備えている。

 そしてサーチの魔術も個人で違う。遠く離れて視認出来ない敵を探せるのは、俺たちの中でヘンメルだけだ。俺やローラのサーチはそういうのとは違う。

 ヘンメルは自分のデバイスに登録してある情報から割り出せる相手なら広範囲に索敵出来る。今回は目標の顔も名前も年齢もわかっている。特定出来るなら半径百キロ程度までなら探し出せる。

「見つけました。二十五キロの地点にいます」

 真剣な顔つきで、仕事モードの口調で話すヘンメルは恰好いい。ちょっとドキッとする。

「グレイスとシールの二人とも?」

 ローラが尋ねる。

「はい、一緒にいます」

「両方捕捉して」

「すでにしています」

 ヘンメルの腕から地面に伸びる鎖のうち、数本が素早く巻き上げられ腕の中に消える。残ったのは二本。その二本は地面からすり抜け持ち上がり、右の方向へまっすぐ伸びている。

 その鎖が音もなく、ヘンメルの腕からどんどん引きずり出されていく。

「敵は逃亡を始めました」

 霊体型の魔術は触れれば感覚でわかる。人間は霊体を見たり感じたり出来ないが、魔術師は霊体に触れられるとすぐに気付く。

「追うわよ」

「おう」

 俺たちは飛行の魔術、フライで飛び上がる。高速で飛びヘンメルの鎖の先へ向かう。

 フライは内蔵型の魔術だ。その形は無く魔術師自身の身体の中で作用する。治癒であるヒーリングとともに、魔術師の基本魔術だ。いつでも飛行出来る。

 人間たちは飛び立った俺たちを見て何か騒いでいたが、もうはるか後方になってしまって聞こえない。

 ヘンメルの鎖は捕捉した相手に撃ち込まれる。霊体は実体でも霊体でも触れられない。しかし霊体は実体に作用出来る。ヘンメルの鎖は捕捉した相手に食いつき離れない。敵は一度捕捉されたらもうヘンメルから行方をくらませることは出来ない。

 しかしそれも有効範囲内での話だ。ヘンメルの鎖の射程は百キロ。それ以上離れられたら捕捉から外れてしまう。

「くそ、敵は早いな」

 ヘンメルの鎖は、敵に向かって飛んでいるにもかかわらずどんどん伸びていく。敵に引っ張られているということは、距離が開いていっているということだ。

「私が先に行く」

「危険だぞ、ローラ」

「足止めだけよ。このままでは逃げられてしまうわ」

「気をつけて、ローラ」

「うん。戦闘はしないから安心して。あんたたちが追いつくまで敵を足止めするだけだから」

「わかった」

 ローラは爆発的に速度を上げる。あっと言う間に見えなくなった。

 ローラは高速戦闘に特化した魔術師だ。フライの速度が並の魔術師の二倍以上ある。起動力と破壊力の両方を兼ね備えた典型的なファイターだ。

「ほう。早いな」

 俺たちの任務を邪魔しないよう百メートルほど後からついてくるジーニ隊長が感心する。

 デバイスによる通信で、互いが交信する意志があればそばで話しているように会話出来る。デバイスは内蔵型にも霊体型にもなる非常に使い勝手のよい魔術だ。

「ローラ、無茶しないといいけど」

「大丈夫よブラッド。ローラは強いけど驕らずちゃんと冷静に行動出来る。だから主席になれたんだから」

「そうだな。大丈夫だよな」

 ローラから通信が入る。目の前にいるかのように声が聞こえる。

「敵を視認。シールを抱えて飛行中。これより交戦する」

「了解。俺たちが行くまで無茶するな。シールを傷つけたら大変だ」

「わかっているわ」

 通話が途絶える。戦闘に集中するためアクセスが遮断された。

 向こうの様子がわからないと不安だな。いや、ローラはあらゆる意味で信頼出来る。万が一も無い。大丈夫だ。

 しばらく飛行する。俺たちにも視認出来る距離に入る。ローラが敵の周りを飛び回り、進路を塞いでいる。魔術師は内蔵型の魔術であるスコープにより、視界に入るならどれだけ遠くても視認可能だ。

「いたぞ。戦闘を開始する」

「了解」

 俺とヘンメルは突入する。いよいよ敵と相まみえる。

 敵であるグレイスは片腕に女の子を抱えている。内蔵型の魔術であるカバーにより、飛行中の風圧や雨などは魔術師の周りで遮断されている。抱えている物もある程度の大きさまでならその保護を受けられる。

 だからグレイスが抱えている女の子は高速変則飛行中にもかかわらず、その風圧や飛来物でけがすることもないし酔うこともない。

「遅いわよ!」

 ローラが叫ぶ。いや、お前が早すぎるんだ。俺たちだってフライの速度は中の上ぐらいはあるんだぞ。

「何か変だよ」

 ヘンメルが指さす。

「何がだ」

「あの女の子、叫んでいるのを聞いてみて」

 スコープの魔術は遠くを見るだけではない。聴覚や嗅覚も視認出来る物に届かせることが出来る。相手の姿が見えるならその言葉を聞こうと思えば聞ける。俺は女の子の声に耳を傾ける。

「やっちゃえグレイス。あんな女ぶちのめしちゃえー」

 俺は驚いてヘンメルと顔を見合わせる。

「何だ。何で自分を誘拐した相手を応援しているんだ」

「わからないよ。てっきり助けを求めていると思っていたのに」

 俺たちがとまどっていると、ローラが叫ぶ。

「何してんのよ、早く加勢して。一人じゃ押さえ込めない」

「いけねえ、考えるのは後だ。いくぞヘンメル」

「はい」

 俺たちは標的を取り囲むようにして周りに陣取る。逃げ道を無くした相手は移動を止め、空中で制止する。

「おいグレイス。おとなしく女の子を返せ。今返せば寛大に殺してやる」

 魔術師の犯罪者は死刑と決まっている。それ以外の断罪は無い。命令が下されているならともかく、独断で生かしたまま捕縛することは許されていない。

「やだあ、私グレイスと一緒にいるもん。帰らないよーだ。べー」

 十二歳にしては幼い言動だ。人間は年齢に比べ子供っぽいらしいが本当だな。魔術師はこの年齢ですでにさまざまな経験をしているから、こんな幼稚な言動をすることはない。

「おいグレイス。貴様どういうことか説明しろ」

 グレイスは俺たちをどうにか突破しようとにらみ回していたが、さすがに三対一では無理だと考えたのか、会話をする気になったようだ。

「見逃してくれ。頼む」

 そう言うグレイスに、ローラは答える。

「駄目よ。あんたも魔術学校を卒業したんでしょ。なら犯罪者がどうなるかわかっていたじゃない。どうしてこんな馬鹿なことをしたの」

「この子は、シールは、家から出たがっていた。だから連れ出した。厳しい両親から自由になりたかったんだ」

「人間の子供は親の保護下におかれる。それが義務。子供は親の物。閉じこめようが何しようが親の自由。そう習ったでしょ」

「この子は物じゃない」

「あんた頭おかしいわね。人間のことに首を突っ込むなんてどうかしている。それが犯罪者になってまですることなの?」

「お前たちにわかるものか。人間にだって、いい人間はいるんだ」

「人間は善悪両方を持つ。善人が、笑いながらみんなと一緒にひどいことをするのを知っているでしょ。魔術師はそんなことをしない。相手の嫌がることは絶対しない」

 ヘンメルが笑顔で手を差し伸べる。

「さ、シールちゃん、帰りましょう。パパとママが待っているわよ」

 シールはぷいっと顔を逸らし、グレイスの首に抱きつく。

「やあだあ、パパとママなんか嫌い。グレイスがいい。グレイスとずっと一緒にいるのお」

 俺はグレイスを指さす。

「グレイス。まさかとは思うがお前、この子に手を出したんじゃないだろうな。人間の子供は性行為を禁止されているんだぞ」

「そんなことはしない。僕はただ純粋に、友達としてシールを助けたかったんだ」

「友達? 人間と友達い?」

 ローラが大声で笑う。ヘンメルも上品に笑う。遠くで聞いていたジーニ隊長もくすくす笑っている。

 俺は変だとは思わなかった。でも今日は人間に幻滅したせいもあって、一緒になって笑った。

「笑うな」

 グレイスが叫ぶ。面白い奴だな。人間なんかに固執しやがって。

「誘拐する友達なんかいるか。お前は馬鹿だな」

「馬鹿に馬鹿って言われちゃおしまいね」

 ヘンメルがグレイスに諭すように言う。

「グレイス。大人しくシールを渡して投降してもらえませんか。そうしたら苦しめずに殺してあげますから。戦闘で殺されるのは辛いですよ」

 ローラが宣言する。

「今から十秒以内にシールを渡さないなら攻撃する。シールに傷をつけないようにとの依頼だったけれど遂行は不可能と判断する」

 グレイスが青ざめる。

「ま、待て。この子は人間なんだ。魔術師じゃないんだ。ちょっとのけがでも大変なのに、魔術に巻き込まれたら死んでしまう」

「大丈夫です。殺さないようには出来ますから」

 ヘンメルが暗い笑顔でそう言うと、ローラが続ける。

「まあ、手足がちょっとちょん切れるだけ。三本以内にとどめてあげる」

 ローラもにやにやしながら言う。実に楽しそうだ。初めての本当の殺し合いに期待しているのが窺える。

 俺はこういう魔術師の残酷さに疑問を持っていた。しかし今日は人間に失望させられたせいで止める気にはなれなかった。

「四本でも構わないんじゃないか」

 俺も一緒になって残酷なことを言う。そうせずにはいられないぐらいむしゃくしゃしていた。

「へー、珍しいね。あんたがそう言うの」

「今日はそんな気分なんだよ。人間って奴はやっぱり、ろくなもんじゃなかったな」

「そうだよ。ああよかった。ブラッドもやっとわかってくれたんだね」

 ヘンメルがほっと胸をなで下ろす。

 俺たちは優位に立って緊張がゆるんでいた。ジーニ隊長は内心それをよく思っていなかったが何も言わなかった。

 グレイスはやはり、魔術師に手心なんか期待するだけ無駄だとわかっていたので、ついにあきらめた。

「シール。お別れだ」

「え、やだよ。私グレイスとずっと一緒にいる」

「もう戦闘は避けられない。君を巻き込んで傷つけたくないんだ」

「私をたてにしたらいいじゃない。そうしたら、手出し出来ないよ」

「シール、魔術師は人間とは違うんだ。人質に危害を加えないなんてことはないんだ。どんな重傷も治癒するせいで、死なない限り大丈夫と楽観視している。人間の辛さなんてわからないんだ」

「でも、グレイスは魔術師なのに私の辛さをわかってくれたじゃない」

「僕は……」

 グレイスは、ローラが戦闘体勢を取ったのを見て覚悟を決めた。

「さよならだ。シール。僕の事は忘れて。僕は何とか逃げ延びる。きっとどこかで生きているから心配しないで」

「グレイス、死んじゃうの?」

「大丈夫。僕は強いんだ。だから」

 ローラが突進する。グレイスはシールを空中に放り投げる。

「きゃあっ」

 すぐにヘンメルが飛んで、シールを抱きとめた。

「人質確保」

「了解。いくわよブラッド。この犯罪者め。断罪してやる」

 ローラが両手をかざす。片手に剣を、片手に盾を出す。

 ソードとシールド。実体型の魔術。人間でも見える。魔術師の基本にして、ローラの得意の武装だ。

「おおおおおおお!」

 グレイスは防御せずにその剣に胸を貫かれた。

「あ」

 シールがその光景を見て絶句する。

 グレイスは血を吐き出す。胸の傷から血を噴き出す。

「いやああああ、グレイス、グレイスが死んじゃう」

「はいはい。人間はおおげさですねー。あれぐらいで死んだら苦労しません」

 ヘンメルはシールを抱きしめ顔を控えめな胸に埋めさせる。もう勝負はついたと思ったヘンメルは、シールとグレイスの足に撃ち込んでいたサーチの鎖を解き引っ込める。

 俺はそれを見て叫んだ。

「馬鹿、何やってんだ!」

「え?」

 グレイスは、捕捉していた鎖を解かれた途端に目を見開く。

「これを待っていた。絶対逃げきってやる。シールのために。殺されてたまるか」

 グレイスが口を大きく開く。剣でグレイスの胸を貫き、ヘンメルと同じで勝負はついたと油断したローラの顔めがけて、口からブレスの魔術を放つ。

「が、あがああああああ」

 奴のブレスは突風。風の魔術が得意な奴だ。魔術師は普通様々な特質を持つ魔術を駆使する。しかし魔力の特質により傾向が偏る者もいる。デバイスに入っている、奴の学校時代のデータで奴の特長はだいたいわかっていた。

 油断さえしなければ、連撃なり離脱なりをしていたはずなのに。どうして殺してもいない相手に油断し戦闘を停止したんだ。

 突風のブレスで頭を粉微塵に吹っ飛ばされたローラの身体が落下していく。

「ローラ!」

 魔術師はこれぐらいでは死なない。あの身体は捨ておいても大丈夫だ。治癒の魔術で自動再生する。頭だけなら一時間もあれば治るだろう。

 グレイスが飛翔する。手傷を負っているくせに早い。血を吐き胸を押さえながら突風のように飛び去る。

「馬鹿野郎、ヘンメル。何で奴を殺す前に鎖を解いたんだ。このまま逃げられたらもう捕捉出来ない。俺たちの負けだ」

「ご、ごめんなさい、だって私、私」

「お前はシールを保護していろ。ローラも頼む。俺は奴を追う」

「一人じゃ無理よ。私も行く」

 俺はさすがにキレる。

「戦闘中に気を抜くような奴は足手まといなんだよ。来るんじゃねえ!」

 ヘンメルはびくりとする。そしてボロボロ涙をこぼす。

「うう。ごめんなさい。ごめんなさあい」

 俺は構わず飛ぶ。グレイスの後を追う。手傷を負った奴は速度が鈍るはずだ。何とか追いついてみせる。追いつかないといけない。このまま逃げられたらもう二度と奴を捕まえられない。

 一人で追うのは危険すぎる。同じ十八歳とはいえこっちは初任務。初の戦闘。相手は誰とどれだけ戦闘をしたのかわからないが、いくつもの実戦経験がある。

 その差は顕著だった。殺してもいないのに数の優位と重傷を与えたことで気がゆるんだ。その隙をつかれ一気に形勢逆転だ。

 魔術師は傷を負えば弱るが、魔術自体の威力が減じるわけではない。魔術による防御や回避が出来なければいつでもただの一撃で倒されてしまう。

 学校でいくら実戦に近い訓練を積んでも訓練は訓練。実際の生き死にと逃亡を経験した奴とは比較にならない。

 くそ。くそ。どうしてこんなことに。

 ついかっとなって単独行動に出た俺も冷静ではなかった。ヘンメルの馬鹿野郎。何を言われようと来いよ。そう訓練されただろうが。単独で追わせるなよ。一対一だと危険なんだよ。

 あああちくしょう。このまま奴に追いついたとして、俺が殺される確率の方が高い。こんなの名誉の戦死じゃねえ。敗北と悪あがきにしか過ぎない。

 じゃあ追うのをやめるか。そんなわけにいくか。任務に失敗するわけにはいかない。命がけで当たるのが任務だ。すごすご逃げ帰ってはいけないんだ。

 ヘンメル。ローラが倒された今お前だけが頼りだ。頼むから追いついてくれよ。ああもうくそ。何で通信切っているんだよ。出ろよ。コールしているだろうが。

 ヘンメルは首が無くなったローラの身体のそばで、ぐしぐし泣いていた。腕の中のシールはグレイスが剣で刺されたショックで気を失っていた。

 ジーニは冷静に見つめていた。どんなに厳しい状況でも手出ししない。人質が死ぬかもしれない場合以外は手を出さないと決めていた。

 別に非情なわけではない。魔術師にとって厳しいのは当たり前。手助けや保護をするためについてきたわけではないのはわかっていたはずだ。他人の保護が必要な弱い魔術師はさっさと死んでくれないと逆に被害が大きくなる。

 もしブラッドが任務に失敗したら、ヘンメルとローラもこの場で殺そう。その権限は与えられている。今年の新入りの中で、初任務程度でしくじり処刑が必要になりそうなチームはここだけだった。だからわざわざついてきたのだ。

posted by 二角レンチ at 15:07| 魔術師の深層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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