2013年08月31日

武器の母(3)リング

武器の母(3)リング

 連戦による傷がうずく。止血はしたがダメージはあまり回復出来ない。時間をかけて安静にしないといけないが、そんな時間は無い。

 武器の母同士の戦闘は長くかからない。一方は劣勢なら殺される前に逃亡する。一撃から数撃の攻防を繰り返せば決着するため戦闘が長引く事はまれだ。

(もう終わっているだろうか。急がないと。こっちのダメージも大きいがきっと敵よりましなはず。手負いの敵を早く叩かないといけない)

 ニエナはふらふらと列車の中を歩く。

 乗客はこういう事は日常茶飯事で、常に誰かが誰かと戦い、それを見て楽しむ。今は闘争と競技の時代だ。

 狭い列車ではマナーとして、その場に居合わせた者だけが観戦する権利を得る。ニエナが通り過ぎる車両では戦いを見られないでくやしがる乗客たちが、それでも次なる戦いに向かうニエナを応援してくれる。

「ありがとう」

 ニエナは無表情で答える。しかし乗客たちはニエナがかわいくほほを染め照れていたと後に語った。

 列車の先頭車両に着く。すでに戦闘は終わっている。敗者の姿は見えない。列車の壁が破壊されているから、先のセフィールと同じく外へ逃げたのだろう。

 勝者の姿は一言で言えば、露出狂だった。

 黒いリングが三本、身体を締め付けている。首を絞める首輪のように一本、乳首をかろうじて隠して大きな胸に食い込み潰すように一本、そして大きなお尻にめり込むようにかろうじて股間を隠して一本の、黒く光る金属のような太いリングが彼女の身体を隠していた。

「……変態」

 ニエナはその姿を見てぼそりとつぶやく。

「はあ?」

 女は血塗れでにかっと笑う。目を見開き、瞳孔は渦を巻いている。狂気の目だ。あきらかにまともではない。

「お前だって似たような格好だろおおお? そっちこそ変態じゃないかああああ?」

 女は猫背で首を突き出し、舌を垂らしてのたうたせながらげらげら笑う。

 確かにニエナだってわずかな甲冑で肩と胸と腰を隠している。ほとんど肌を露出している。しかしちゃんと、大事な所は隠している。

「……あなた、それ、動いたら見えちゃうんじゃないの」

「下からのぞきこめばな? 俺は敵を這いつくばらせたら、上から見下ろすのが好きなんだ。敵は下から見上げる。俺のここを見せるのは敗者に対する餞別だよ。負けてくれてありがとよ。最後にいいもん見れてよかったなああああ?」

 女は短くモジャモジャの髪を揺らして大きく口を開けて笑う。よく笑う女だ。うるさい。ニエナはうるさい奴が大嫌いだった。子供が泣いたらどうしてくれるんだ。

「あなたの敵は?」

「逃げられた。でもばっちり見せつけてやった。あいつはもう、負けた屈辱と共に私のここを思い出す。最高の侮辱だぜえええ。あああたまらない。私のあそこが何度も何度も敗者の脳裏で視姦されるううううう」

 女はリングが食い込んだ身体を腕でも締め付けるように抱きしめ、涎を垂らして恍惚とする。悶える様は黒いリングと赤い血が白い肌に映えて絵の具を描きなぐった荒々しい絵画のようだった。

「私はニエナ。武器はこれ」

 この女のよがり声を聞くのは耐えられない。ニエナはわずらわしいが自分からドリルを見せる。

(何で三人も初めての相手と出会うのよ。こんなの珍しい)

 殺しきれない武器の母たちは、戦場で何度も相まみえる。なのに今日に限って初めての相手ばかりと出会う。

 一度戦った相手なら自己紹介も武器を見せる必要も無いのに。わずらわしいったらありゃしない。

「ドリルか。うおおお、いいねえ。格好いい。それであそこをかきまわされたらどれだけ気持ちいいんだああああ?」

「痛いだけよ。怖い事言わないで」

「どうせ腹や頭はそれでぶち抜いてきたんだろうがあ? あそこは痛々しいからやらないってかあ?」

「股間は狙わない。相手が男でも女でも。それが戦いのマナーでしょ。みんな見ている。恥じるような戦いはしないで」

「ああ? ああ、しないぜ。俺はそんな事はしない。されたいだけだ」

「私だってしない」

「そうかいそうかい。残念だ」

 ニエナは苛立ちドリルの先端を敵に向ける。

「早く名乗りなさい。武器を見せなさい。それが礼儀でしょ」

「あああ? ああ、そうだな」

 叫んだり大人しくなったり。忙しい女だ。相手すると疲れる。ニエナはため息をついた。

「俺はユピネロ。武器はこれだ」

 ユピネロと名乗った女は自分の首と胸のリングを親指立てた両手で指す。

「リング? それ武器なの? じゃあ外したら、裸になっちゃうじゃない」

「なっちまうなあ。げげげげげげげげ。俺のヌードが見たいか? 残念。俺の子供は双子だからな。もう一人いる」

 ニエナはぎくりとする。

 武器の子は普通一人だ。だから一種類。複数あれど同じ能力で同じ動作をする。しかし双子はまれにいる。三つ子以上は確認されていない。双子は姿形が似ていても別の行動と能力を持つ。

 ユピネロの両手から赤いリングがばらばらと連なって出てくる。数は多くない。出した分では四つだけだ。

「それで全部?」

「武器の数を答える礼儀は無いが、そうだ。俺の赤いリングは四つ。黒いリングは三つ。合計七つだ」

 なぜ黒いリングを服代わりに身につけているのだろう。それもあんなに食い込ませて。苦しくないのだろうか。賢者の石で治癒出来るとはいえ常にあんなに締め付けていれば呼吸も動きも血行も圧迫される。苦しいはずだ。戦いにはマイナスにしかならないのに。

「初対面だからな。ぎぎぎぎ。俺のリングを見せたのは戦いの礼儀、マナーだからだ。だからこれでおしまいだ」

 ユピネロは、せっかく出した赤いリングをまた手に納める。それは融けるように肌に埋まり消えてしまう。

 子供である武器は母から産まれ母の胎内に帰る。再び産まれるまでまた母の中でまどろみ安らぎ眠るのだ。

「何?」

 ニエナは両手のドリルを構えたまま尋ねる。

「能力の基本を説明するまでが礼儀だ。でも今は説明しない。だからリングの能力は使わない」

「どうして。私のドリルは回転し、弾き逸らし穿ち貫く。それが能力。あなたも能力を告げて戦いなさい」

「嫌だね。それは次回のお楽しみだ。一度こうしてまみえたからには生きていればお互いまたどこかの戦場で出会うさ。そのとき私のリングの能力を教えてやるよ。今は使わない。今はこいつを試したいからな」

 ユピネロは後ろに立てかけていたそれを手に取る。

 ニエナはそれをにらんで険しい顔をする。

「それが、秘宝」

「そうだ。俺のこの全身の傷を見ろよ。こいつを運んでいたさっきの奴にしこたまやられた。ありゃあ反則だ。秘宝と武器の子。両方使うと無敵だな」

 ユピネロは凶悪に顔を歪めて笑う。そう言う彼女はどうやってそんな強い敵を倒し秘宝を奪ったというのか。

「俺が秘宝と武器の両方を使えば圧勝だ。面白くねえ。お前だってこの秘宝を手にするためにここまで来たんだろう? 餞別に、俺は武器を使わない。秘宝だけで戦う。それでお前が勝てばこの秘宝をくれてやる」

「それであなたの雇い主は納得するの?」

「しないが。別に殺されはしない。俺には利用価値がある。次の秘宝を手に入れるためには俺を殺せない。ただ罰を与えるだけ。俺は気ままにやらせてもらっているのさ。げげげげげげげ」

 ユピネロはきれいな声をしているのに、のどを潰したように不気味な笑い声を上げる。

 トレジャーハンターは秘宝を手に入れるのが第一なのに、この女は戦いを楽しむために優位を捨てると言っている。

 だが好都合だ。離れた端っこで観客も見ている。戦いは見せ物だ。観客を楽しませる義務がある。卑怯な振る舞いは出来ない。

 敵が武器を使わないと宣言したならもうそれは使えないのだ。それを破れば彼女が誇りを失うだけでなく、雇い主の名声まで地に落ちてしまう。ここで秘宝を持ち帰っても、それを使う事も自慢する事も出来なくなってしまう。雇い主はそれを許さない。

 ユピネロが細い両腕で長い柄を持ち、高々と秘宝を掲げる。それは窓から入る日の光に怪しく煌めく。

 秘宝、閻魔の槌。地獄の閻魔が罪人の罪を計るのに使うと言われる。これで罪人を潰すと、罪人は罪の重さに応じてよりひどく潰れる。もし罪の無い者が受けても何も傷つかない。

「それで殴られて、あなたはそんなに血塗れなのね」

「ああ。俺は罪深い罪人だからな。お前だってそうだろおおおおおお? 今まで何人殺したああああ?」

「なかなか殺せなくて。いつも、さっきも、逃げられてばかり」

「嘘つけよおおおおお。この閻魔の槌は罪人の罪の重さだけダメージも重くなる。俺はこの通りズタボロだ。でもお前はきっともっとボロボロになるよなあああ?」

「どうして。あなたの方がたくさん殺しているでしょう?」

「俺は人を殺した事が無い」

 ニエナはむっとする。

「嘘よ。戦いに生きる武器の母が、一人も殺した事が無いなんてあり得ない」

「俺は殺さない。痛めつけるのが好きなんだ。死んだらそれ以上苦痛の顔を楽しめないだろ? この閻魔の槌は罪人に罪の重さを知らしめる道具だ。武器じゃねえ。殺す心配なく痛めつけるだけ。俺にぴったりだからって奪ってくるよう命令されたんだ」

「あなたにぴったりって、それはあなたを苦しめるために使うって意味でしょ」

「違いねえ。それがいいんじゃねえか。死なないなら心配する必要が無い。いくらでも苦痛を受けてやれる。げげげげげげげ。最高だ。まさに俺のためにあるような秘宝だなああああ?」

 狂っている。この女はどうも、雇い主に与えられる罰や苦痛すら楽しんでいるらしい。

 これ以上相手したくない。わずらわしい。ニエナは誰と関わるのもわずらわしいが、狂人を相手するのはひどくわずらわしい。

 敵が武器を使わないなら警戒するのはあの槌だけだ。罪の重さによりダメージが大きくなるからきっとニエナはただの一撃で倒される。

 我が子をちゃんと産んであげられず、武器として産んでしまった事は我が子を殺したも同然だ。それに今までに殺した人間の数を考えれば、ニエナの罪が軽いはずがない。

 しかしあの槌は決して命を奪わない。ただ苦痛を味わわせ、罪の重さを自覚させる。なら好都合だ。もし一撃食らえばもう戦えない。全力で離脱する。迷う必要は無い。

(あの女が人を殺した事が無いなど本当だろうか?)

 本当かもしれない。あの女の狂気が渦巻いて見て取れる濁った瞳を見れば、殺すより生きて拷問する方が好きだと言うのが丸わかりだ。

 この誇りと決闘の時代において、拷問などという恥じるべき行為は誰もしない。しかしこの戦闘で、あの槌で最大の苦痛を与えるのは拷問に該当しない。あの女はきっと今までもこうして、公然とした戦いの範囲で敵をより苦しめてきたのだ。

 忌まわしい奴だ。ただの拷問狂なら犯罪者として狩られる。しかし犯罪に該当しない範囲で行う拷問を楽しむなんてこす狡い。

「じゃあああああ始めようか? ニエナ。俺はこの槌を使う限りお前を殺せない。しかしお前が逃げ出さない限り何度でも打ち据えるぜえええええ? 必死に逃げろよ。さっきの奴みたいにな。泣き叫び何度も自分の罪と同じだけ重い苦痛を浴びせられながら死ねないんだぜえええ? 死ぬより辛い苦痛って奴さ。最高じゃねえか。げげげげげががががが」

 本当に、あの閻魔の槌はこの女のためにあるような物だ。ニエナの雇い主はこういう輩にこういう秘宝を渡さないために回収を命じたのだ。

 ニエナはひじを曲げ、両手のドリルを前に突き出してお得意の突撃体勢を取ると、ユピネロに向かって突進した。

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2013年08月30日

寄生依存(1/2)

寄生依存(1/2)

 私は彼氏と同棲している。でも幸せではない。

 初めは幸せだった。夢も希望もあった。口には出さないけれど将来は結婚して子供も作るつもりだった。

 でももうそれは出来ない。私の彼氏は変わった。いや、変えられてしまった。

 愛する人がどんな風に変わっても愛し続けることは出来るのだろうか。彼が暴力をふるうとか、あきらかな危害を加えるようになったら憎むことも嫌うことも出来る。そうなれば愛することは難しいし、愛さないことを非難もされないだろう。

 でも彼は私に危害を加えるわけではない。いや、消極的な危害といえなくもないが、私にとって重荷になったのだ。

 彼はとてもやさしい人だった。そのやさしく繊細で、人のことを強く想ってくれるところが好きだった。

 でもそんな心やさしい人は社会ではやっていけない。周りはずるくて汚い人間ばかりなのだ。もちろん大部分の人はやさしいしいい人なのだが、それでもずるく汚い部分が無いといけない。他人に合わせて生きるには、他人の汚さに合わせることが出来ないといけない。

 彼氏はやさしすぎた。それが出来なかった。人の汚い部分に合わせ自分も汚くふるまうことが出来なかった。

 それはとても立派だと思う。私もそんな彼を誇りに思っていた。私の彼は他の人より純粋。特別。そのことに優越感さえ抱いていた。

 彼はやさしいが強くはなかった。人の汚い一面に合わせられない彼は、職場でだんだん疎まれ敬遠されそして嫌われていった。

 仕事は真面目にこなす。それが適度に手を抜く人の気に障る。

 そこにいない人の悪口を言う。悪意はあれどあれはコミュミケーションの手段なのだ。小さい頃から悪口を言い合うことで仲間意識、共犯意識を持ち結束してきた。悪い習慣だがみんなそうするのだからどうしようもない。

 それに加わらない彼がいると雰囲気が悪くなる。彼は悪いことはしていない。むしろ正しいことをしている。それが少し正しくない人たちの気に障るのは当然だった。

 彼はそのやさしさゆえ、汚いことが出来ない性格のために職場で疎まれ孤立し嫌がらせをされ、上司にも同僚にも嫌われた。長いこと耐えてきた彼も最後は私に少しずつ愚痴をこぼすようになった。

 私はそんな彼を励ました。彼は間違っていない。彼のやさしさや高潔さはとても立派なものだ。誇りに思っていい。自分を曲げる必要なんて無い。周りもいつか認めてくれる。立派な人間が認められないなんてことは無い。

 私は彼氏のことを認め支える彼女という自分に酔っていた。彼がどれだけ苦しかったかほんのわずかでも理解していただろうか。していなかった。彼の苦しみを理解していれば励まし追いつめるようなことは出来るわけがない。

 彼は弱かった。唯一泣き言を言える彼女にさえ甘えられなかった。彼を甘えさせていれば彼はまだ自分を保てたかもしれない。

 私という逃げ道すらも断たれた彼に逃げ場は無かった。彼はどうしようもなくぼろぼろになりながら毎日仕事へ行った。

 他の人は残業しない。彼に仕事を押しつけみんな帰った。当然一人で残業すればすぐには帰れない。彼はいつも終電間際まで仕事して帰った。

 私だって仕事で疲れている。深夜にしか帰って来ない彼を待って起きている日はだんだん減り、私は彼と顔を合わせることも減っていった。

 彼の方が早く起き、早く出勤する。彼は朝食を食べている暇は無い。残業で終わらなかった分を朝早く出勤して終わらせなければならなかった。

 彼は私の倍の時間働いていた。でも私はといえば、二人で分担するはずだった家事を一人でこなすことにだんだん腹が立つようになった。

 私だって仕事している。なのに二人分の家事までこなす。彼のワイシャツに毎日アイロンを当てるのは私だ。なのに彼とは顔を合わせることも無いから一言のお礼も無い。やっていられなかった。

 私は彼への不満からストレスが溜まった。それを発散するために休日は友達と遊びに出かけた。週に一日しか休めず、その休日でさえ仕事の一部を家に持ち帰ってこなさないといけない彼に、その日の家事をすべて押しつけて遊びに行った。

 理解してあげるべきだった。支えてあげるべきだった。でも実際に同じ立場になってそれが出来るほど立派な人間がどれほどいるのだろうか。

 仕事と二人分の家事を毎日こなして遊ぶ暇も無い。週に一日ぐらい彼に全てを押しつけ遊びに行かないとやっていられない。

 やつれて顔色の悪い彼はとても格好悪かった。私の好きだった彼はこんなのじゃない。休日にしか顔を見られないのに、その顔を見るのがいやだった。

 もちろん会話もろくにない。家事を押しつけることだけ言って家を出る。彼はぼそぼそと了解するだけでその声を聞くといらいらした。

 同棲を始めた頃と違い、彼に何の魅力も感じられなかった。一緒にいたいと思えなかった。だから休日に彼が家にいるなら私は外へ出たかった。

 彼が弱り愚痴を言い出し私が彼を嫌い出してから、そんな生活が一年も続いた。普通の人なら会社でも家庭でも毛嫌いされ疎まれ嫌がらせをされて一年ももつだろうか。一ヶ月だってもちはしない。会社では残業を押しつけられ、休日は家事を押しつけられる。だれもが冷たく当たり、愚痴を言うことすら許されない。

 彼は人の悪意に耐えられないほど弱かった。でも一年もこんな目に遭わされ続けて耐えた彼は本当に強い。

 壊れるまで耐えるのはただ愚かなだけだ。その前に逃げ出すのは悪いことではない。でもそんなことは関係ない。彼はだれにも耐えられない生活を一年も耐えたのだ。その彼は他のだれよりも強い。

 そして壊れた。一年もったのが不思議なくらいだった。それほど彼はぼろぼろで、身体も心も擦り切れていた。

 病気だろうが具合が悪かろうが彼は休むことを許されなかった。身体は無理をし過ぎて、もう健康を取り戻せなかった。

 彼が倒れたのは歩道橋の階段だった。休日に私が押しつけた買い物の帰りだった。階段の上から転落し、けがをして意識を失った。

 いや、転落前に意識を失ったのかもしれない。だから階段から落ちたのだろう。だれも通りがからなかったから、倒れてから一時間は放置されていたらしい。

 幸い大けがというわけではなかった。でも身体が衰弱しきっていたので、そっちの治療の方が大変だった。彼はしばらく入院することになった。

 会社の人は一度だけ見舞いに来た。上司と同僚は彼が仕事に来なかったせいで自分たちがこなす仕事が増えて、どれだけ迷惑だったかをえんえん語った。そして退職願いを書かせて持ち帰った。

 医者からもう働けない身体だと言われていたから自己都合で退職させたのだ。そうでなければ退院後も奴隷のようにこき使うつもりだったのだろう。

 彼は抵抗するでもなく同意した。それどころか迷惑をかけたことを謝ってさえいた。私は病室の入り口からその様子を見てその上司たちでなく彼に対して腹が立った。

 彼は迷惑だ。会社の人にも、私にも迷惑をかける。仕事があるのに見舞いに来るのは大変なのだ。でも周りの目があるから、彼女である私が見舞いに来ないわけにはいかなかった。

 彼には両親も頼れる親戚もいない。私以外に親しい人なんて友達の一人すらいない。彼のように周りの汚さに合わせられない人はだれからも敬遠されるのだ。

 彼の会社は残業には厳しい。だから当然彼の残業代はまったく出ていない。彼の安月給では仕事ばかりで金を使わないくせに貯金があまりなかった。

 同棲していてもお互いの金は別々だ。二人とも仕事しているのだから当然だ。私は彼の入院にかかる費用をとりあえず立て替えるために貯金を崩すのがむかついてしょうがなかった。

 彼が退院して家に戻ってきてすぐ、私は彼と話をした。

 もう一緒にいたくない。

 私がそう告げても彼は表情を変えなかった。私は彼にとって私がその程度でしかないと軽く見られていたことに激しく怒りをわかせた。

 実際は違っていたのに。彼はこれだけ苦しみ、ひどい目に遭ってなおまだそのやさしさを捨てていなかったのだ。自分をこんなに追いつめたそのやさしさが、まだ彼の心には残っていた。

 彼は私を愛していた。でも自分は何もあげられない。何も返せない。迷惑ばかりかけ続けた。

 仕事を失い、ぼろぼろの身体と心では次の仕事も見つからないだろう。でも五体満足なのだから、何の保障や制度の援助も受けられない。彼は無理でも働くしかないし、彼みたいにやつれて何も出来そうにない奴を雇う会社は無いだろう。

 彼はそのやさしさで、私を解放しようと考えていた。私が別れ話を切り出さなければ自分から言っていただろう。

 これ以上私の重荷になりたくなかったのだ。会社に迷惑をかけて、私に迷惑をかけて、これ以上だれにも迷惑をかけたくなかったのだ。

 仕事が出来ず、何のあても無い彼が私の支え無しに生きられるだろうか。無理だろう。今度のことを考えるととても恐ろしかったに違いない。でも私のことを考えると、これ以上自分と一緒にいて欲しいとは言えなかった。

 彼が私の別れ話に動じなかったのはすでに考え覚悟を決めていたからだ。なのに私はそれを、私のことを別れようが何とも思わない程度の軽い存在だと見なされていたと誤解し猛烈に腹が立った。

 怒り、わめき、泣きながら彼を殴った。うずくまる彼を蹴った。踏んだ。叩いた。

 今までのうっぷんをわずかでもはらすべく爆発させた。退院したとはいえまだあちこち包帯を巻いている彼を容赦なく殴り蹴った。

 何分そうしていただろう。いい加減私の手や足の方が痛い。疲れた。私は彼に荷物をまとめて出ていくように言った。彼は痛みで動けない。のそのそと動く彼にいらつきながら彼の荷物をまとめるのを手伝った。

 彼が持ちきれない荷物は捨てることにした。服や身の回り品に限れば荷物はバッグ一つで済む。

 彼と一緒に家を出る。玄関の鍵を閉めると彼の鍵を奪い取る。これでこの家の鍵は私だけが持つ。

 彼は自転車に荷物を積み、歩く。私も一緒に歩く。銀行へ金を下ろしに行くのだ。

 彼の貯金を全部引き出し受け取る。彼は無一文になるが知ったことじゃない。入院治療費にはまるで足りない。残りは手切れ金代わりにくれてやると言うと彼は申し訳ないと謝った。

 同棲していた家は私が借りているし、料金も全て私の口座から引き落としていた。彼は家族がいないので、私の親が保証人になり私が部屋を借りたからだ。だから私は彼を追い出すだけでいい。その点だけは楽だった。

 近くの公園でしばらく見つめ合った。やつれて弱って顔が変わっている。これでも入院前の働いていた頃よりずいぶんましなのだから笑える。私が好きだった彼の面影がどこにも無い。知らない人だ。

 じゃあね。と私が言うと彼もじゃあと言った。それだけかよ、と思ったがもう会話する気もしない赤の他人だ。私は後ろを向いて歩き出した。

 今までありがとう。本当にありがとう。ごめんね。迷惑ばかりかけて。

 そんな声が聞こえた気がした。でも私は振り返らずに足早に立ち去った。せいせいした。ずっと背中にのしかかっていた重石がやっと取れた。解放されたのだ。私はもうずいぶん、こんなに晴れやかな気分になったことが無かった。

 彼は会社から支給された携帯しか持っていなかった。もちろんもう使えないだろうが一応着信拒否に設定した上でアドレスを消した。

 一人の家に帰った。何て広いのだろう。家を圧迫し、重苦しくしていた一番のお荷物を処分したのだ。部屋が何倍にも広く感じられた。

 彼が持っていけなかった服やら本やらは処分しないといけない。それも減らせばさらに広くなるだろう。

 家賃とかの支払いが自分一人になるのは少しきついが、元々は結婚費用を貯めるための同棲だった。だから支払いに無理があるというわけではない。大丈夫。私一人でもやっていける。

 でももし彼と別れなければ、生活出来なくなるところだった。私の収入で彼を養うのは無理だ。彼がすんなり別れてくれて本当によかった。

 私はその日、自分の好物ばかりを作って一人でお祝いした。

 私の人生の新しい門出だ。あんなさえない駄目男よりもっといい男を見つけて結婚するのだ。そして幸せになる。彼といても不幸にしかなれない。これでよかったのだ。……これでよかったのだ。

 ちくりととげが刺さるように胸が痛む。人を見捨てるというのは罪悪感を生む。でもしかたがない。これは必要な痛みなのだ。私は彼のことを忘れるために一人で何本もビールの缶を開けた。

posted by 二角レンチ at 08:03| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月29日

武器の母(2)玉

武器の母(2)玉

 ニエナは列車の中を歩く。目的の秘宝を目指して。

 ほほの傷は深いがもう血は止まっている。賢者の石の力だった。

 秘宝、賢者の石。トレジャーハンターは様々な宝を求めるが、一番貴重な宝は金銀財宝ではなく不思議な力を秘めた秘宝だった。

 賢者の石はその中ではありふれたもので、トレジャーハンターなら大なり小なり飲まされている。大きな石を飲むほど身体能力が上がり、治癒力も備わる。人間がより優れる事を賢くなるとたとえて賢者の石と呼ぶ。

 余りに大きすぎる石だと身体が耐えきれないので、そこそこの大きさの石を与えられ飲んでいる。飲むと身体に溶けて取り出せなくなる。

 秘宝を破壊する事は不可能だが、賢者の石は金のスプーンでのみすくって切り取る事が出来る性質を持つ。

 賢者の石を飲んでも死ぬ事は免れられないが、よほどで無い限り死なない。

 貴重な武器の母が負傷ぐらいで失ったり使えなくなったりしては困る。だから武器の母はかなわない敵と戦えば殺される前に逃げる。さっきニエナを襲ったノラギヌのように。

 安静にしていれば傷の治りは早くなるが今はそんな暇は無い。止血出来れば十分だ。ニエナは警戒しながら足早に列車の中を突き進む。

 こうしている間にも目当ての秘宝は誰かが奪っているかもしれない。この列車に乗り込んだトレジャーハンターがニエナとさっきのノラギヌだけとは思えない。他にも情報を掴み秘宝を奪いに来た者はいるはずだ。

「ん」

 ニエナの足が止まる。もうすぐ列車の先頭車両に着くというのに敵がいたからだ。

 彼女は座席に座り、これみよがしに指先の上で玉を転がしている。しゅるると回転する白く輝く玉は一定の速度を保ち、まるでぶれず止まらない。周囲の乗客たち、特に子供たちはその玉の不可思議な美しさに魅了されはしゃぎながら見とれている。

 玉を回し続ける彼女は、そのまま顔をニエナに向ける。

「やっと来たわね。誰も来ないから待ちくたびれてしまったわ」

 彼女は立ち上がり、美しいドレスを優雅になびかせる。

 長く紅く煌めくドレス。ヒールの高い靴はまるで戦場に似合わない。彼女はまるで舞踏会にでも出るかのように優雅に着飾る美しい女だった。

 長くなめらかな髪を腰の上まで垂らし、彼女はドレスの裾を両手で少し持ち上げお辞儀する。

「初めまして。私はセフィール。一国の女王をしております」

 彼女の玉は彼女の身体をなでるように這い回りまとわりついていた。

「私はニエナ。ただの女。あなたが女王? まさか。武器の母が女王を勤められるわけがない」

 セフィールは美しい笑顔を絶やさず答える。

「確かに。私は王の跡継ぎではなく武器を産んだ事で第一女王の座を下ろされた。しかし末席の女王として、今なお王のお側に仕えさせていただいているわ」

「それって単に、武器の母が怖いからでしょ。反逆されないために王家を追放しない。女王として囲い利用する。なんてみじめなの」

「みじめも何も。私は今なお気高き女王よ」

「女王様が、お供も付けず一人で列車に乗るなんて。トレジャーハンターとしてこきつかわれるなんて。あなたの王はいっそ、あなたが死んでしまえばいいと思っているのに」

「知った風な口を。あなたに偉大な王の何がわかるというの」

「私はただあなたがかわいそうなだけ」

 セフィールは笑顔を絶やさない。しかし上に向けた手のひらから玉を次々にお手玉のようにわき出させる。

 多い。十どころではない。二十はあるだろうか。手のひらよりも大きな玉が白く輝き回転しながら女王の身体にじゃれつくように転がり回る。

「私と王の大事な子。これが私の武器よ。あなたの武器もお見せなさい」

 またか。ニエナはため息をつきながら、ノラギヌに見せたように両手の平からドリルを生やす。

「どうして戦うの? あなたも秘宝を狙って来たんでしょう。ならどうして奥へ進まないの」

「今奥では、秘宝を奪う戦闘の最中ですもの。戦いに割り込むなど無粋な真似は許されない。私は秘宝を巡る戦いの勝者を待ち、それを邪魔する輩をここで倒して止めます」

「弱った相手から秘宝を奪うつもり? 女王様って姑息」

 セフィールは笑顔を絶やさない。

「女王に対する侮辱に対し、いちいち怒る必要などないわ。今から怒るよりも直接的に、それを後悔させるのですから」

「私は戦いたくない。わずらわしい。それに敵の武器とはいえ子供を傷つけたくない」

「武器を壊すのは難しい。武器はどれも硬く強い。それは自信かしら? それとも侮りかしら?」

「……だから何もかも面倒くさいのよ。どうしてそう、理由をつけたがるのかな」

「あなたが驕っているからよ」

 セフィールが手を突き出す。彼女の身体を這っていた玉たちがぎゅっと滑りながらその手に集まる。

 場に緊張が走る。すでに列車の端に待避しながらも観戦のため留まり続ける乗客たちはごくりと息を飲む。

「私の玉は跳弾よ。狙った対象以外には反射しどこまでも敵を追う。それが能力」

「……私のドリルは削り穿つ。回転で逸らし弾き敵を貫く。玉なんか全部弾いてしまえるわ」

「面白い。やってみなさい」

 ほほえみを絶やさなかったセフィールが大口を開けて笑う。目をむき残虐な哄笑を声に出さず表情だけで表す。

 これがこの女の本性。武器を産んだばかりに第一女王を下ろされ末席に貶められた屈辱は計り知れない。屈辱を晴らし侮辱をそそぐには敵を蹂躙するしか無いのだ。

 セフィールの手から玉が弾ける。二十以上もの玉はきれいに等間隔で広がりながら飛び、列車の壁や座席に当たって反射する。きれいに揃ってニエナに向かって飛んでくる。

 跳弾は反射の角度から軌道が読める。賢者の石で身体能力を強化されているニエナにとって高速で撃ち込まれる玉は見切れるものだった。

 両手のドリルを交差させる。そして円を描くように回し、飛んでくる玉を全て弾き飛ばす。

 まるでドラムを激しく打ち鳴らすように派手な音を立てて玉が弾かれる。ただの一発もニエナに到達しなかった。

「これが……」

 ニエナが防御しきって気が緩んだ瞬間、セフィールはにいっと意地悪く笑った。

 弾かれた玉が列車の床や座席に当たる。そのまま反射してもニエナに向かって来ない角度を計算して弾いた。

 なのにそれは、跳弾ならあり得ない角度で反射し、再びニエナに向かってくる。

「な、あ?」

 ぶわっと汗を吹き、始終無表情だったニエナが必死の形相になる。左右の手に生やしたドリルを振り回し、再び玉を全部弾く。

 今度は余裕なんか無い。見切る暇などなく、ただ必死に全方位から来る殺気を知覚しそれを迎撃するので精一杯だった。

 無茶苦茶に弾き飛ばした玉が列車の壁や座席に当たる。そしてまた、跳弾ならあり得ない角度で反射し再びニエナに向かってくる。

「う、うわ、あああああああ!」

 ニエナは反狂乱になってドリルを振り回す。弾いても弾いても玉は跳ね返り、再びニエナに襲ってくる。一度や二度ならともかく、こうも連続で多数の玉を撃ち込まれては防ぎきれない。しかも玉の飛んでくるタイミングもずれてきて、一度に薙ぎ落とす事も出来ない。

「あっはははは。どう。私の玉は。言ったでしょう。跳弾だと。敵を撃つまで他の全てに反射して襲ってくる。武器の子はただの武器とは違うわ。能力を持っている。私の跳弾は角度に関係なく反射し敵を再び襲う連続砲撃よ」

 無限はあり得ない。武器の力はそんなに持続力が無い。その内この攻撃は終わる。しかしそれまで防ぎきれない。

「くうううああああ」

 ニエナの腹や脚に玉がめりこむ。めきめきと音を立て肉を潰し骨を折る。

「げっは」

 ニエナが血を吐く。数発の玉を身体に撃ち込まれ、臓器まで損傷した証だった。

「あっははは。おしまいね。女王を侮辱した罪を償いなさい。さあ残りの玉を全部食らって死んでしまいなさい」

 反射し飛びかかってくる残りの玉がニエナに襲いかかる。しかしニエナは血を吐きうなだれていた顔を上げる。

「玉は敵に当たるまで跳弾を繰り返す。でも敵に当たった球はめり込み砕くため跳ね返らない。もう襲ってはこられない。玉の数が減ったならかわしきれる」

「無理よ。それだけ手負いなんですもの。ドリルの防御も鈍るわ。防ぎきれない」

「二本ではね。でももう一本あれば足りる」

 セフィールはギクリと青ざめる。必死の防御の最中でも両手のドリルしか出していなかった。だから彼女のドリルはそれだけだと思い込んでいた。

 ニエナは大量の血と共に口からドリルを吐き出す。口から生えたそれと両手のドリルをびゅっと振ると、数の減った玉を全て弾く。

「弾いたからどうだと言うのよ。また反射してあなたを襲うわ」

「その前に、こうする」

 玉が弾かれた直後、まだ反射して返って来ない内にニエナは跳ぶ。まっすぐセフィールに飛びかかり、一瞬で目の前まで来る。

「しまっ……」

 ニエナの背に跳弾が迫る。しかしその前に、ニエナの両手のドリルがセフィールの腹に突き刺さる。

「ぐぎいいがががが」

 ギュルギュルと高速回転するドリルは血しぶきを噴水のようにまき散らし、列車を血に染める。見ていた乗客たちにまで血の雨が降り注ぎ悲鳴が上がる。

「がっがっがががば」

 ドリルに穿たれ血を吐き白目をむきながらがくがく振動し、それでもセフィールは死力を尽くして我が子に命令する。

「り……離脱!」

 ニエナの背に迫っていた玉たちがばっと広がりニエナを避ける。そして母の身体に撃ち込まれる。

 そのままセフィールの身体が玉に押し飛ばされる形で、腹に突き立てられた二本のドリルが引き抜かれる。ニエナが両手のドリルを左右に広げ胴を切断するより早くセフィールの身体が後方へ吹っ飛んだ。

「ぶっ、お、覚え」

 セフィールは血を吐き、捨てゼリフを言う間もなく、玉を数発撃ち込み列車の壁に穴を開け、そこから外へ躍り出た。

 列車は高速で走っている。普通なら飛び降りれば地面に激突した衝撃で全身がバラバラにちぎれ死ぬ。しかし武器を操る母はこの程度では死なない。賢者の石を飲んでおり、重傷だろうが治癒は出来る。命さえ失わなければそれでいい。

 殺しきれない。敵は敗北しても命だけはなんとしてでも守り逃げきってきた強者だ。玉を数発くらったニエナは追う余裕は無いし、敵を殺す事が目的でもない。退けられればそれでいい。

「ぐううう、あっ」

 ニエナは腹を抱えてうずくまる。腹や脚に撃ち込まれた数発の玉がぼろぼろと砕け散る。母が逃亡し離れたので子である武器は捨てられたと絶望し死んでしまったのだ。

「あっぐ、はあ、はあ」

 がくがく震え血を吐くニエナ。かなりダメージが大きい。しかししばらく安静にしていれば止血は出来る。

 少しでいいから治癒してダメージを減らせばまだ戦える。まだ逃げるほどではない。まだ逃げるには早すぎる。

「はあ……くっ、どうして今日に限って、二人連続で会った事無い奴に会っちゃうのよ……」

 会った事のある敵なら情報がある程度わかっている。まだ対処しようがある。しかし初対面では戦闘前に能力の基本だけは説明されるが礼儀はそこまで。実際に手合わせしないと細かい性質まではわからない。

 だから食らってしまう。危機に陥ってしまう。しかしセフィールの玉に対する情報もこれで得られた。やはりまだまだ能力全ては見せてもらえるほど引きずり出せなかったが、今の戦いぶりからある程度情報が暴けた。

 あの玉はあれ以上の数は出せないはずだ。最後の危機でも玉を戻すだけで新たに産まなかった。

 それにあの連続跳弾。あれほど強力な攻撃は完全に自動的であるはずだ。武器は複数でも一人の子供。難しい命令はこなせない。自動ならその一部を隠して別の命令を与える事は出来ないはずだから、全ての玉がそう動く。

 何よりあのプライドが高い女王の性格からして、全力攻撃で圧倒的に敵を打倒するのを好むはずだ。隠し玉は無い。早くて正確ではないかもしれないが数えた限りでは玉は全部で二十四だった。

 ニエナはかすむ目でうずくまる。周りの乗客はニエナの勝利を称えてくれているが、それすらかすむひどい耳鳴りの中ではよく聞こえない。

(ああ……くそ。確か秘宝を巡って誰かと誰かが戦闘中だと言っていた。勝利した方も手負いのはずだ。何とかなるだろうか。しかし……)

 ニエナはうずくまり、治癒に専念しながら恐怖と戦う。敵は手負いだとしても、秘宝を手にしている。秘宝はまずい。武器の母が武器に加え秘宝を使えば、武器しかないニエナの勝ち目は薄い。

(それでもやらないと……死なないぎりぎりまでは戦わないと……でないと私は、私の子供は……)

 我が子を武器として産んでしまった。その子に償えない。ただ戦い勝利する事だけが、武器として生まれた我が子を肯定しほめる唯一の方法だった。

 武器に生まれた事を誇りに思わせる。決して嘆かせはしない。ニエナは我が子のために、血が止まると早々に立ち上がった。

posted by 二角レンチ at 07:18| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月28日

下水を這う者

下水を這う者

 目が覚めると、そこは暗い下水道の中だった。

 光が射していないのに、どこかから漏れてきているのか。マンホールのわずかな隙間とかからだろうか。とにかく暗いけれど周囲の様子が見えなくもない。

 臭い。どぶ水の匂いは近づいただけでも鼻が曲がる。そのただ中にいてはもう強烈過ぎる。

 これだけ強い刺激臭だ。涙が出るかと思うのに、不思議とそうはならない。

 びちゃり。俺は手をついて立ち上がろうとした。

 しかし立ち上がれない。力が入らないとか、けがをしているとかではない。まるで立ち上がり方を忘れてしまったようだった。

 どういうことだろう。よくわからない。でも仕方なしに、そのまま四つん這いで歩くと不思議とするするスムーズに移動出来た。

 広い下水道。実際に入ったのは初めてだ。こんなに広いのか。まあ大雨とかのときに大量の水を流さないといけないからこれぐらい当然か。

 普段の水量は少ないんだな。俺は流れる泥水を眺めながらその横の床を四つん這いで歩く。

 実に歩きやすい。まるで二本足で歩くのではなく四本足で歩くのが当たり前のように。

 手も、足も、べったりと床につけている。ふと気付く。

 四つん這いなのに、ひざをついていない。

 四つん這いで足の裏をべったりつけると相当きつい体勢になる。腰を突き上げ痛くなってもおかしくないのにまるでそんな感じは無い。

 どうなっているのだろう。俺は自分の足元を見ようとする。でも四つん這いにも関わらず、頭を下げて股から下を見ることが出来ない。二本足で立てなかったように、首を下に向けることを忘れてしまったかのように。

 おかしい。何かがおかしい。

 どういうことだろう。首を左右には振れる。上にも向けられるが角度が浅い。下にも浅い角度でしか傾けられない。自分の身体も、手でさえも視認出来ない。

 首を痛めたのか。痛みはないが、寝違えたみたいにろくに動かせなかった。

 暗いのに、ある程度見える。

 臭いのに、平気で嗅げる。

 四つん這いで歩く。

 二本足で歩けない。

 どうもおかしい。これではまるで。

 ずるり。歩くとき、何かをひきずっている感触がある。でも首を曲げてそっちを見られない。

 腰にぶら下がっている何かを床に引きずっている。歩く度にずるずるとこすれる。

 何かが腰に絡みついているのか。しかしふと意識を向けてみると。

 ずるり。

 引きずっている何かが、俺の意志に応えるかのように動いた。

 何だこれは。まるで自分の手足のように動かせる。

 ぶるんぶるんと左右に振る。まるでしっぽみたいだな、と思った。

 しっぽ!

 ぎくりとする。そう。腰、いや、尻だろうか。そこからしっぽが生えていて、自分の意志で左右に振れるこの感覚。きっとしっぽがあればこんな感じなのだろう。

 持ち上げてみる。重い。長くは上げていられない。俺はしっぽを下ろした。

 どうして俺にこんなしっぽがあるのか。わからない。見えないが、持ち上げたときの感触からかなり長くて重いことがうかがえる。だから引きずって歩いていたのか。

 わけがわからない。気がついたらこの下水道にいた。そして四つん這いでしっぽがあって、まるで自分が何か人間以外の動物になったかのようだ。

 ああくそ。手足が短い。あごがつかえてそっちを見られない。

 あご。ようやく気付く。俺の目の下にさっきからあるこれ。人が目を寄せれば自分の鼻を見られるが、普段はまるで視界に入らないように、俺の長いあごもさっきまで視界にわずかに見えても気にもとめなかった。

 何だこのあごは。長く伸びている。は虫類の鱗のように見える。

 まるでワニのようだ。

 ワニ。そう考えると合点がいく。俺の身体がもしワニかその類のは虫類になっているなら、今の状況は理解出来る。

 でもなぜそんなことに。わけがわからない。俺は今までどうしていたっけ。

 記憶が無い。

 ありえない。記憶が無いことに気付かなかった。記憶が無いのではなく、今より前のことを一切思い出せないようだ。

 人の脳は簡単に騙せる。操作出来る。だから催眠術で記憶を奪ったり書き換えたり、自分をワニだと思い込ませたりは出来る。一般に考えられているよりはるかに催眠術は有効で、催眠療法などにも用いられる科学なのだ。

 俺は何者かに記憶を奪われ、ワニだと思い込まされ下水道に放置されたということか。

 俺は人間だ。ワニだと思い込んでいるからそういう身体の動きしか出来ないし、しっぽもあるかのように感じている。でも自分の目で確認出来ない。首の動きが制限されて自分の身体も手でさえも見られないようにされている。

 鏡でもあれば。いやきっと、鏡があってもそこに映る姿はワニに見えるだろう。催眠術とはそういう物だ。よくテレビの催眠術ショーで自分を犬だと思い込まされている人間がいるが、あのとき鏡を見ても自分が人間の姿ではなく犬の姿だと目に映るだろう。

 つまり俺は、俺にかけられた催眠術を解かない限り自分がワニであるとしか認識出来ない。もちろんワニだと思い込んでいるから、いくら思考の上ではこうして人間だと思っていてもワニとしての行動しか出来ない。人の言葉をしゃべることも出来ない。

 さて、どうしてこうなったのか。考えてみるか。俺は下水道をワニのように這いずりながら推理した。

 一番の可能性は、これはこうした実験だということだ。俺は金をもらって実験に参加している。催眠術でワニだと思い込まされた人間がどう振る舞うか、その実験だろう。

 もし俺に恨みを持つ人間がいて、俺に危害を加えるつもりならこんな手の込んだ回りくどいことをするとは思えない。だから金のためのバイト、単なる実験だという可能性が一番高い。

 俺は金に困っていたのだろうか。こんな実験危険すぎる。この汚い下水道で、ワニのように這いずって、もしけがでもしたらどうするんだ。病気になったらどうするんだ。

 そうだ。やばい。こんな所にいたらきっと病気になる。ちょっとけがして破傷風にでもなったら命に関わる。

 あああ。俺の馬鹿。いくら金のためとはいえ、こんな危険な実験に参加するなんて。

 普通こういうのはきれいな檻や部屋の中で行う物だろう。なんでこんな、本物の下水道で行うんだ。危険すぎる。そんな危険を考えなかった俺は馬鹿すぎる。

 もう駄目。降参。もう実験を終わりにしてくれ。金はいらない。助けてくれ。

 くそ。声が出ない。どうすればいいんだ。どうすれば実験中止を訴えられるんだ。

 俺はうろうろと円を描くように動く。降参のサインは、緊急事態のときのサインは、どうするんだ。どうせ実験なんだからどこかから監視しているんだろう。あるいは俺の身体のどこかにセンサーとかつけているとか。

 ああそうか。もしかして、安全のために体中に着ぐるみみたいなスーツを着ているのかな。首がろくに動かず見えないが、寒さとか感じないし這っている床の感触もぼんやりとして、厚いゴム手袋でもはめているみたいだ。

 なるほど。安全対策はされているのか。ならあせることはない。目を寄せればかろうじて見える鼻先は、ヘルメットの一部なのか。顔全体をヘルメットで覆っているからこの刺激臭の中でも目が痛くないし吐き気もしないってわけか。

 全身の感覚が鈍い。ワニだと思い込んでいるからかと思ったが、なるほど全身スーツのせいか。

 実験っていつまでなんだろう。腹が減ってきた。のども渇いたな。

 ざぶり。突然俺の身体が勝手に動き、頭をドブ水に突っ込んだ。

 お、おい。何しているんだ。

 わけがわからない。口に腐った水が流れ込む。

 おええ。ぐええ。なんてひどい味。というよりこんなの飲み物じゃない。こんな汚い物、口に入れたらまずい。

 病気になる。いくら全身スーツで身を守っていても、こんなの飲んだらやばいって。

 あああ。自分をワニだと思い込んでいる俺の身体は、俺の意志よりワニの本能に従うようだ。のどが渇いたから腐った水をがぶがぶ飲み込んだ。

 不味すぎる。でも吐き気がしない。ワニだと思い込んでいるから平気なのか。でも絶対これ病気になる。死ぬかもしれない。寄生虫とかうじゃうじゃいるに違いない。どうしたらいいんだ。

 がぶり。ぐちゅり。水と一緒に飲み込んだ何かが口の中で潰れる。

 魚か。ねずみか。もっとおぞましいものか。それを口の中で潰したり、そのまま丸ごと飲み込んだりする。

 おげえええええ。

 こんなの実験じゃない。ひどい。耐えられない。なのに俺の肉体は平気で、ドブ水の中の小動物を漁り貪っていく。

 ひいいいい、うええええええ。

 どうしようどうしよう。これって助かるのか。早く助けて。だれか。だれか。こんなの死んでしまう。

 俺は満腹になるまで獲物を漁り続け、水を飲み続けた。そしてその場でうずくまり、眠ってしまった。

 その後の毎日、それを繰り返した。

 下水道を這いずり、ドブ水を貪り、そして排泄する。この全身スーツはどういう構造になっているのか。排泄は実にスムーズに出来た。まるでスーツなんて着ていないかのように。

 腐った水を飲み、生きたままの汚い小動物を食べている。なのに俺は体調を崩すことなく平気だった。

 もしかして、これも催眠術の影響だろうか。あるいは夢を見させられているのか。

 そうか。夢を見せる方の催眠術なんだ。俺は施設のベッドで、ワニになった夢を見ているんだ。

 だから汚い物を食べても病気にならないんだ。なんだそうか。そうだったのか。

 なるほどこれなら安全だ。俺の身体は安全に、ぐっすり眠り続けているんだ。

 しかしこの実験。いつまで続くのだろう。夢の世界だから何週間も経ったように感じるが、そもそも太陽の光が無いから時間の感覚がわからない。

 まあいい。そろそろ飽きてきたが、実験が終わるまではこのままだろう。仕方ない。金のためだ。我慢しよう。

 こんなひどい実験なんだ。きっと報酬は破格だぞ。実験が終わって解放されたら何をしようかなあ。楽しみだ。欲しい物あれこれ買って、旅行も行こう。でもまずは美味いものを食おう。もうぐちゃぐちゃとなま暖かくて苦い魚やネズミのはらわたはうんざりだ。

 俺は実験終了後の贅沢を考えることで、ワニの退屈さを紛らわせていた。慣れればそれほど苦痛ではないが、ただ代わり映えしない毎日が退屈だった。

 ここには外敵がいない。どうせ夢なら、他の猛獣とバトルとか入れた方が面白いのに。この実験をしている連中は遊び心が無いなあ。

 俺が実験の終了を心待ちにしながら過ごしている頃、地上で子供たちが噂話をしていた。

「ねえ知ってる? 自分を人間だと思い込んでいるワニの話」


(完)

posted by 二角レンチ at 07:54| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月27日

武器の母(1)ドリル

武器の母(1)ドリル

 女は産んで母となる。

 武器を産んで母となる。

 母から赤子でなく武器が産まれる。そして母は武器を産んで戦う戦士となる。

 武器を産んだ母はもう、普通の母の幸せは得られない。もう二度と人間の子供を産めない。

 産み出されるのは武器だけ。武器は戦う道具。だから母は、武器を産んで戦う戦士として生きるしか道は無い。

 ちゃんと産んであげられなくてごめんね。

 人の姿に産んであげられなかった我が子に謝り続けながら、我が子を武器として戦うのだ。

 武器を産む女はまれで、その戦闘力はあまりにも脅威だった。

 だから重宝される。最も危険で武器の母たちが投入される、秘宝を奪い合うトレジャーハントの仕事が彼女たちの戦場であり生きる術だった。

 走り続ける列車の中で、二人の母が対峙していた。

 周りの乗客は離れて見ている。今はトレジャーハントをはじめ、冒険とスリルの時代だ。武器の母同士の戦いは滅多に見られない。人々は危険があっても戦いを観戦し、スリルを味わう事が大好きだった。

「ちっ。避難しろよ。おいお前等。巻き添えになっても知らないぞ」

 前で縛った長すぎる髪で顔が半分隠れた細身の女が叫ぶ。しかし列車の端でひしめき合う乗客たちは冷や汗をかきながらも怖いもの見たさで薄ら笑いを浮かべるだけで、隣の車両に避難しようとはしなかった。

「ちっ」

 女は再度舌打ちする。その正面に立つもう一人の女がぼそっとつぶやく。

「屋根で、戦う?」

 その女はぼさぼさでつんつんとはねている大量の髪を揺らす。わずかな肩当てと胸当て、そして腰当てだけの甲冑姿。まともなのはブーツだけ。あとはほとんど肌が露出している。

 大きな目はにらむようで薄気味悪い。上玉なのに顔や髪を手入れしないのがもったいない。

「屋根? いや、蒸気機関の煙がひどいからな。屋根では戦いたくない」

 前に髪を垂らした女が答える。

 その女は軽装で、前で合わせるゆったりとした服を半分はだけ、片方の肩だけ出している。

 大きな胸は包帯のような布できつく縛られている。さらしという、彼女の国では見せても大丈夫なブラだ。

 同じく袴というだぶだぶのズボンを穿き、剣を手に持っていた。

 その剣はとても細くとても長く、両刃だった。まっすぐで、濡れた氷のように美しい煌めきを放つ。そして異様だった。

 柄が無かった。その剣は刃だけで、柄も鍔も無かった。

 彼女はその刃を直に握っている。しかしその手は切れない。

 なまくらなのだろうか?

 いや違う。その剣は何でも斬れると言わんばかりに鋭い切れ味を持つ。しかし彼女の手は切れない。子である武器は決して母を傷つけない。

「戦場で会ったら名乗るのが礼儀だ。私はノラギヌ。お前は?」

 剣を握った剣士はまだ構えず、剣を下げたまま尋ねる。

「……ニエナ」

 わずかな甲冑をまとう露出の高い女は、相変わらず暗い顔でぼそぼそとしゃべる。

「武器を見せろ。武器の母は子である武器を誇りに思う。隠したりはしない。恥じたりはしない。そうだろう」

 武器の母に限らず、この時代では卑怯な行為は嫌われる。たとえ同じトレジャーハンターで商売敵だとしても、戦場で出会えば名乗り武器を見せる。そして正面から戦う。それが礼儀であり常識だった。

 ニエナだってそれはわかっている。しかしわずらわしい。彼女は何もかもわずらわしくて嫌いだった。

 戦場で出会っても戦う必要もなければ相手する必要も無い。しかし相手がこうして戦いを挑んでくれば無視するわけにはいかない。

 ニエナのだらりと下ろした両手の平からしゅいいいいと金切り音が鳴る。そして尖った円錐が回転しながらするりと出てくる。

 いや、ただの円錐ではない。刃が螺旋を描いている。ドリルだ。ニエナの両手からドリルが出てきた。

「ふむ。ドリルか。だが私の剣が細いからって砕けると思うなよ」

「わかっている。武器の子は砕けない……それでも削り穿つのが私のドリル。私の子」

「ふん。私の剣は何でも斬り裂く。武器の子だろうが一刀両断にしてやろう」

「無理。武器を砕くのは難しい。私のドリルは回転している。敵の攻撃が害する前に弾く事が出来る」

「ごたくはもういい。斬れるか穿つか。試してやる」

 ノラギヌは剣を両手で握り正面に向けて構える。身長よりも長い剣をこの狭い列車の中で振るえるのだろうか。

 ニエナも両手のドリルを構える。手の平から生えたそれはしゅるしゅると音を立てて回転している。肘を曲げて二本のドリルを前方に突き出すようにしたその姿はまるで角を持つ恐竜だ。

 長すぎる前髪で片目しか見えないノラギヌがすうっと息を吸い、そして吐き出す。

「はっ!」

 踏み込む。早い。離れていた間合いがたった一歩の跳躍で詰められる。

 ニエナはただ待ち構えるだけ。左右のドリルどちらでも敵の剣に対応出来る。近い方で受ければいい。

 しかしノラギヌは、寸分もぶれずまっすぐに、ニエナの正面に剣を突き出す。細長い剣を振るうのではなく、前方に突きを繰り出す。

 振り下ろすかに見せかけて水が氷の上を流れるように滑らかに突き出す。左右どちらかに近いドリルで迎撃するつもりがどちらにもわずかも偏らない中間を狙われ、反応がわずかに遅れる。

 もらった。ノラギヌが勝利を確信し、ニエナの顔に剣の切っ先を突き立てたその時。

 無表情のニエナが大口を開ける。その口から銀の煌めきが螺旋を描いて巻き出る。

「ドリルを、口から」

 ノラギヌが驚くより早く、ニエナの口から生えたドリルが回転してそれに触れた剣の切っ先を弾き逸らす。剣はそのまま勢いよく前に突き進み、ニエナのほほを切り裂く。

 鮮血が舞う。突きを繰り出し前に進んだノラギヌの腹が、ニエナの右手から生えた長いドリルの先に触れる。

「お、おおおおおお?」

 片方の肩だけにかけたゆったりした服が切り裂かれる。回転するドリルがノラギヌの腹を削り、血が弾け豪雨のように舞い飛ぶ。

「ぬ、ああっ」

 ノラギヌは身をひねる。ドリルから遠ざかろうと背の方へ飛ぼうとする。しかしぞくりとする殺気を感じる。

 ニエナの左手のドリルが、背で待ち構えている。

「ぐうう、ああああ!」

 退路は無い。絶体絶命。しかし進路ならある。

 ノラギヌは背の方へ飛ぶのをやめ、とっさにもう一歩踏み出す。

 前方に待ち構えるニエナの口から生えたドリルにほほを削られながらも首をひねって致命傷を避け、そのままニエナの胸に体当たりする。

 勢いよくもつれながら倒れる二人。まさかドリルから逃げずに向かってくるとは思わなかったニエナは不意をつかれ、押し倒されたときに床で頭を強く打つ。

「うっ」

 からからと音を立て、ノラギヌの手から離れた長い細剣が床を転がる。ただ回転しているだけなのに触れる座席をすぱすぱと切り裂いて勢いを失わない。

「うわああああ」

 列車の端にいた乗客たちが大慌てで飛び上がる。その足下を剣がかすめ、車両の連結部すらまるで水を切るように切り裂いていく。

「くそ、戻れ」

 ノラギヌが命じると、剣は回転したまま反転し、まるでブーメランのように戻ってくる。

「させない」

 ニエナが片手のドリルを床に突き立てる。剣は回転するドリルに当たり弾き飛ばされる。

「ちくしょう、貴様」

(まずい。剣が戻ってこないのは非常にまずい。このまま床に倒れてこいつに密着しているのはもっとまずい)

 ノラギヌはとっさに剣を戻すのを諦め跳び上がる。ニエナがすでに振りかざしていた手と口のドリルの攻撃をかろうじてかわす。

「はあ、ああ」

 危なかった。あと一瞬でも剣に固執していたらかわしきれなかった。あのドリルに貫かれるとやばい。捕まれば即座に残りのドリルで切り刻まれ貫かれる。

「くそ。剣を返せ」

 ノラギヌは歯ぎしりしながらほえる。ニエナは立ち上がり、回転しながら床を這い母の元へ帰ろうとする剣を両手のドリルで挟んで床に捕らえる。

「捕まえた」

 ニエナは淡々とした口調でぼそりとしゃべる。喜びがまるで無いようだった。傷も痛くないのだろうか。ノラギヌの剣でほほを大きく切り裂かれ、ぼたぼたと血が流れ出て首から胸までべっとり濡らしていた。

 しかしノラギヌも同じだった。ドリルで切り裂かれた腹とほほは血が飛び散ってとてもひどい有様だった。息が荒い。傷の痛みに加え恐怖がノラギヌを支配していた。

 我が子であり命綱である武器を手放すなどなんたる失態。しかもそれを取り返せず捕らわれるとは。

 どうする?

 取り返しようはあるが、手の内を全て晒すべきではない。名乗りを上げ、武器を見せるのは戦いの礼儀だ。能力をある程度まで説明するのも同じ理由だ。

 しかし深い能力は、奥の手は、まだ見せるべきではない。それは礼儀に含まれない。

 武器の母は強く、倒すのは容易ではない。しかも同じトレジャーハンターだから、同じ秘宝を狙って何度も相見える事になる。

 ここは退くべきか。ニエナのドリルの情報はもう十分だ。両手と口の三本。あれが限界の量だろうと思う。でなければもつれあって倒れたときに、もっとドリルを生やして重なったノラギヌの身体を貫けたはずなのだ。

「いい。くれてやる」

 ノラギヌは戦闘態勢を解き、背を反らして大きなため息をつく。

「子供を見捨てるの?」

 ニエナは二本のドリルで挟んで捕らえ、未だ母の元へ戻ろうとぶるぶるもがく剣をじっと見つめる。

「武器はまた産めばいい。捨てれば消滅する。人間の赤子を捨てるわけじゃないんだ。気にしないさ」

「嘘。気にするくせに」

「なら離せ」

「嫌」

「ちっ。だから諦めるんだ。産んだ子だからっていちいち情なんか移してられるか」

「私は子供を捨てたりしない」

「だから身体から切り離さずに生やしていると? ふん。くだらない」

 ノラギヌはニエナが襲ってきてもいいように警戒しながら後退し、この車両から出る。

 武器の子は母に捨てられると絶望して死ぬ。剣は最後に泣くように震え、涙のようにぼろぼろと崩れた。

「……かわいそうに」

 ニエナはじっと、慈しむ目で武器の最後を看取った。

 拍手がわく。素晴らしい戦いを見せてくれた二人を称える賞賛だ。周りの乗客たちは口々に、残ったニエナの勝利を祝った。

「……ありがとう」

 誰もニエナが笑った顔を見ていない。なのにみんな後でこの戦いを誰かに話して聞かせるとき、決まってニエナは称えられてうれしそうにほほえんでいたと語った。

posted by 二角レンチ at 08:27| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月26日

武器の母(0)あらすじと人物紹介

武器の母(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 女は武器の子を産み武器の母となる。

 荒れた大地に小国が無数に点在する世界。各国は不可侵の決まりがあり戦争は行えない。王たちは不思議な力を持つ秘宝を集める事で己の力を誇示し競い合っていた。

 トレジャーハントの中で最も危険なのは秘宝を得る事。秘宝の争奪戦には各国一名のトレジャーハンターしか投入出来ない決まりがある。

 秘宝争奪に最も適したのは人間の中でも際立って戦闘力が高く、また秘宝と己の武器を同時に扱える武器の母だ。

 秘宝は武器ではないがその力は脅威の戦闘力となる。ただでさえ強い武器の子を操る武器の母がそれを手にすれば秘宝を奪い取るのは容易ではない。

 王は王の秘宝を持ち、王の配下が王の名誉を汚せばその力が失われる。それゆえ配下のトレジャーハンターたる武器の母たちは、死んでも卑怯な振る舞いは出来ない。

 武器の母たちが出会えば戦闘となる。戦いは常に一対一。共闘は出来ない。

 礼儀として名を名乗り、武器を見せ、能力の基本を教えねばならない。

 しかし礼儀はそこまで。いざとなれば生きて逃げ延びるため、能力の多くを隠しながら戦う。いかに自分の手は隠し相手の手をさらけ出させて打倒するかの駆け引きが要求される。

 戦いはショーだ。周りの観客は巻き込まれる危険を冒してもなお武器の母たちの戦いを間近で観戦し見事な戦いに歓喜する。

 武器の母は秘宝賢者の石を飲んでおり、高い身体能力に加え重症でも治癒出来る。

 死なないぎりぎりまで戦い秘宝を奪う。しかしいざとなったら命だけは守り離脱する。

 今回狙う秘宝は閻魔の槌。打たれた者の罪の重さだけ重い一撃を食らわせる。罪の重さを知らしめる道具であり決して死なせはしない。打たれた者は苦痛の中で己の罪深さを後悔する。

 敵を殺して秘宝を奪い合ってきた武器の母たちにとって、閻魔の槌はただの一撃で戦闘不能になるダメージを受けてしまう恐るべき武器となる。敵にこれと武器の子を駆使されれば勝ち目は薄い。それでも戦わねばならない。王の元に秘宝を持ち帰らねばならない。

 武器の母たちは武器の子を産み、その子は戦いが終わればまた母の体内に戻り安らかな眠りにつく。

 永遠の赤子。異形の子。不幸の象徴。こんな化け物を産んだせいで夫にも周りの人間にも恐れられ嫌われる。愛せるわけがない。それでも母は子と共に生き、産み、戦い続ける。

説明

 生まれた時に武器に変質した赤子。それが武器の子。武器の母たちは武器の子を産み、秘宝を巡って激しくも美しい戦いを繰り広げます。

 能力を徐々に明かしながらどんどん激しくなる爽快なバトル盛りだくさんのファンタジー小説です。

 以下人物紹介です。イメージラフがついています。小説を読む際にイメージを絵で見ても大丈夫な方のみご覧ください。

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posted by 二角レンチ at 07:39| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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