2013年09月30日

武器の母(18)神の神殿

武器の母(18)神の神殿

 うねる狭い迷宮の中を、小さな正立方体がサイコロのようにコロコロと転がっていた。

 白い無地のキューブは無数に広がり転がる。やわらかくうねる迷宮の壁は触れると硬く、キューブの当たる音がカラカラと響く。

 聖女のローブをまとった少女は両手を広げ耳に当ててふんぞり返り、目を瞑って耳を澄ませる。

「ふんふん。こっちですね。わかりました」

 少女は我が子であるキューブの声が聞こえると言わんばかりにうなずく。武器の子はしゃべらない。母と言葉を交わす事などない。にもかかわらずティエンランは、キューブの声を聞いているかのように会話する。

「はっ。神を盲信しておかしな奴だと思っていたが、私に頭を刺されて本当におかしくなったのか?」

 ティエンランは秘宝苦悶迷宮の壁が伝える声に答える。

「母たるもの我が子がしゃべれない幼子といえど、その気持ちはわかるものです。この子が私に伝えたい事があればそれは母には伝わります」

「あー? 何言ってんだか。どうせただの能力だろ。大方そのキューブを壁に当てて反響させ、ソナーにして遠くの情報を受け取っているんだろうが」

「ふふっ。よくわかりますね。そうです。私のキューブは反響を利用して遠くの情報を探知出来ます。この迷宮は素晴らしいですね。声も音も振動もよく伝えます。おかげで私のキューブのソナーは最大限に力を発揮出来ます。この迷宮に今いる全てのトレジャーハンターの位置も様子も丸わかりです」

「そいつは凄いな。全部で何人いる?」

「ふふふ。まあいいでしょう。教えてあげます。全部で七十三です。死んだ者は数えていません。武器の母が死んで代わりが産まれていない国でさえ、他のトレジャーハンターを投入しています。しかし秘宝奪取に適任なのは武器の母だけです。他の戦闘能力では武器の母が秘宝を手にしたら太刀打ち出来ませんからね」

「そうだな。しかし無駄でも投入する。漁夫の利を狙ってな。ハイエナどもめ。武器の母以外でも戦闘力は高いかもしれないが、秘宝と同時に扱える戦闘力でなければ秘宝を守りきれないのにな」

「基本、武器の母と違い盗みを許可されているシーフか、暗殺を許可されているアサシンぐらいですね。でもどちらも武器の母の敵ではありません。特に私のキューブのソナー探知と絶対防御は、盗みも暗殺も通用しません」

「絶対防御。はははっ。この間破られたくせに」

「いい加減、姿を見せてくださいよノラギヌ。私の絶対防御を突破したあなたにもう一度会いたくてたまりませんでした」

「そうしたいがこのねじくれ狭くなった通路が広がらないとそっちへ行けないんだ。っと。あれ」

 ねじれ細く狭まり、互いの姿を遠くに視認するしか出来なかった通路がぐわっと広がる。まっすぐで広い通路になりしかもうねりが止まる。

「なんだこりゃ。いきなり広がったぞ」

 ノラギヌは長い前髪を揺らしながら頭をかく。

「ふふっ。これも神のお導きというものですね。私が雪辱を晴らすのを後押ししてくれているのです」

「馬鹿馬鹿しい。何が神だ。そんなもんいねえよ。ふん。どうやらこの苦悶迷宮は、通路がつながって視認出来る相手同士が会いたいと思えば通路を開いて通してくれるらしいな」

「早くこっちへ来なさいなノラギヌ。きっとこれは今だけ。すぐまた通路がうねってしまいますよ」

「そうだな」

 ノラギヌは細く長い剣を構え突進する。

「この距離で突進しても私には届きませんよ」

「距離を詰めるだけだよ。しばらく泳がせていたが、お前じゃ秘宝反逆時計の奪取は無理そうだ。邪魔だから先に消してやるよ」

「どうして無理だと? 私の絶対防御は反逆時計の持続時間よりも持続する。だから反逆時計を持つケリアルは私に追いつめられこの苦悶迷宮に逃げ込んだのですよ」

「お前の子は防御だけだ。攻撃も、奪う事も出来やしない。弱い。ケリアルと戦う邪魔だ」

 ティエンランはほほえみを絶やさずキューブの盾を展開する。ノラギヌの剣の突きがその盾に激突する。

 完全に止められる。火花が散る。しかしノラギヌは突く力を弱めない。

「性懲りもなくのこのこ来やがって。ちっ。うっとうしいんだよお前。この間頭を貫いてやったってのに、まだ懲りないのか」

「懲りないのはそっちですよノラギヌ。一度倒された相手と戦うのに無策なわけがありません。なのに同じ攻撃を仕掛けるなど頭が足りないのですか?」

 ティエンランの防御は持続時間が長い。しかしノラギヌの剣は攻撃を止められた場合敵に到達するまで持続し続ける事が出来る。斬れないなら滑る。滑ってどんな狭い隙間でも潜り込み到達する。

 キューブの盾が持続限界を迎え、ぱらりと分解する。その隙間にノラギヌの剣が滑り込む。その剣をキューブががっちり挟み込む。

「無駄だよ。前回と同じだ。盾の次の圧迫防御だろ? でも私の剣を折る前に滑り込みお前を貫く」

「同じにはなりませんよ。私もこの子も前回の反省を踏まえ鍛えてきています。一度だけ神に免じて慈悲を与えましょう。ここで退きなさい。なら殺さずにいてあげます」

「お前の神は聖女に人を殺させるのか。はっ。殺人鬼の神ってか?」

「神への侮辱は許されざる大罪です。なのに神は、慈悲を与え見逃す事をお許しになられています。退きなさいノラギヌ。でなければ神の名において断罪します」

「ははっ。何だお前。えらく強気だねえ。いいぜ。今度こそ私もお前を殺してやるよ。逃げられる前に頭を斬り落としてやる」

 ノラギヌの剣が、圧迫して押さえつけるキューブの隙間を滑る。何もこの滑りを止める事は出来ない。わずかな隙間さえあれば滑り押し込める。それがノラギヌの剣の能力。

 剣先がティエンランの額に届き、血が一筋垂れる。何が来ようがここまでくれば貫く方が早い。ノラギヌは警戒しながらも全力で剣を突き立てる。

「……残念です。殺したくはありませんでしたがそれが神の意志、あなたの天命だったのでしょう」

 ぞわりとする。にこやかな少女が真顔になると、とたんに寒波が押し寄せたような冷たく凍える殺気の嵐が吹き荒れる。

「な……」

 やばいやばいやばいやばい。

 あと一押し。ほんの一瞬。突き立てた後ちょっとひねって頭を斬り落とす。それだけでティエンランを殺せる。

 その一瞬を待てば、手遅れになる。

 ノラギヌは全力で飛び退いた。

 うねる地面に剣と手足をついて着地し、ノラギヌはティエンランをにらむ。

「何だ今のは」

「神の意志です。私は聖女。神の意向を伝える者」

 ティエンランの目の色が違う。いや、変わっていないはずなのに、まるで金色に輝く黄昏のように見え、畏怖される。

「ちっ。何なんだ一体」

 ティエンランが両手をかざす。その手から小さな白いキューブがぼろぼろわき出す。

 出る。出る。まだ出る。どんどん出る。あふれ出す。

「ううっ?」

 ノラギヌはうろたえる。

「馬鹿な。あり得ない。何だその量は。前回見たので限界のはず。武器の子は量が一定。限界がある。ここまで増えるはずがない」

 キューブはどんどんあふれ、広い通路すら埋め尽くす。ノラギヌの足下を囲うように埋めつくし、床も壁も天井もびっしりと覆う。

「神の神殿。私のキューブはピラミッド、神の神殿を構築します。他の武器の子とは格が違います。桁が違います。神の神殿を構築するのに、たかだか私を覆う程度の物量なはずがないでしょう」

 おかしい。あきらかにキューブは苦悶迷宮の壁を押し広げている。苦悶迷宮は秘宝であり、武器の子ごときが作用出来るはずがない。

「お前まさか、体内に何か、秘宝を埋め込まれているのか?」

「何を馬鹿な。秘宝争奪戦において目的の秘宝以外の使用は禁止されています。決まりに反すればその雇い主である王の秘宝は力を失います。私の王の秘宝は健在。よってこれは秘宝の力による増幅ではありません」

「なら何でこんなに。おかしいだろ。武器の子の構築出来る物量じゃない」

「それは人の子の場合でしょう? 私は処女懐胎。神の子を宿し産んだのです。神の子が人の子より桁違いの物量を誇る事の何がおかしいのですか?」

「お前、だって。前は、こんなんじゃ無かっただろ」

「この子は母を傷つけられて怒ったのですよ。絶対防御を突破されて怒ったのですよ。この子は神の子。武器の子は永遠に幼い赤子。でもその怒りは人間には耐えきれません」

「くっそ、ふざけんな。たかが量が多いだけだ。こっちだって対抗手段ぐらいあるんだぜ」

 ノラギヌは剣を振る。その剣の刃から、数本の細い剣が左右に生え魚の骨のようになる。

 その生えた剣からまた剣が生える。上下左右に直角に、四方八方に咲き乱れ伸びていく。

 それはまるで木の枝が生い茂るよう。ノラギヌは巨大な剣の木を作り上げ、それを振るう。

 周囲を埋め尽くすキューブが波のようにざざっと退く。武器の子は重さを感じない。自分で動ける。ノラギヌは剣の枝が生い茂る巨大な木を振りかざす。

「こいつでしまいだ。絶対防御? 関係無いね。私の剣はな、生い茂るほど切れ味鋭く、より滑るようになる。接触した瞬間隙間を探してさらに枝を伸ばし食い込み押し込む。繁茂し侵略する剣の枝。これが能力だ」

「へえ」

 ティエンランは美しく壮観な剣の木を見てもにやにや笑うだけで動じない。

「奥の手だったから見せなかったがもういい。この無敵の形態にかなう奴はいない。何でも斬れるって初めに言っただろ? これだけ生い茂れば切れ味もそれだけ増幅される。お前のキューブがいかに硬くても斬り裂き殺せるぜ」

 ティエンランはつまらなさそうに答える。

「何でも斬り裂ける。それはただの武器の子相手の場合でしょう? この子は神の子。人の子が傷つける事など出来ません。幼いとはいえ神の怒りを振るうこの子には、いかなる攻撃も傷一つつける事は出来ません」

 大量のキューブが凝集する。ぎゅうぎゅうと収縮し、密度を増し、より硬く、より強くなる。

 白いキューブが潰れるほど凝集し密度を高めたそれは金色に輝く。ティエンランの背丈の数倍はあるピラミッドを作り上げると、その四角い底を前にして宙に浮かぶ。

 ノラギヌが剣を振り、飛んでくるピラミッドに斬りつける。巨大な木のように刃の枝が生い茂った剣がピラミッドの底に激突する。

 いかなる硬さの物も、いかなる能力の防御も斬り裂いてきた剣が砕け散る。まるで歯が立たない。その様は吹雪が舞うように煌めき美しかった。

「えっ……」

 この剣で斬り裂けなかった物など無い。この剣は刃が生い茂るほど切れ味が増す。最大にまで生い茂らせ、切れ味も滑り込む力も最高なのだ。ほんの一つも傷をつけられない事はあり得ず、つけた傷口に刃を滑り込ませて貫けない事もあり得ない。

 ノラギヌは絶対の自信を砕かれ、あり得ない光景に衝撃を受け、戦闘中にもかかわらず思考が停止してしまった。

 底を向けたピラミッドが刃の小枝をポキポキあっけなく折りながら突進してくる。ノラギヌはただ呆然とそれを見ていた。

「神と神の子を侮辱するなど許せません。神の子を産んだ母を傷つけるなど許せません。あなたが悪いのですノラギヌ。あなたが絶対防御を突破し私を傷つけてしまったからこの子は怒ってしまったのです。神の怒りはおさまりません。この子は神の力を持って全ての敵を殺してしまうでしょう」

「……」

 ノラギヌは戦う事も逃げる事も、何も出来ず動けなかった。

 最強を自負していた。最終形態である剣の木は無敵。どんな強敵でもその防御を突破し斬り裂ける。どんな攻撃でも相殺出来ず一方的に斬り裂ける。

 最強だったのに。無敵だったのに。歯が立たないなんて。傷一つつけられないなんて。

 今まで誇っていた物は何だったのか。

 私は一体何を誇っていたのか。

 この子は私の誇りだ。汚点じゃない。いらない子じゃない。必要な子だった。

 この子は私の、大事な誇りだったのに。

 どうして砕け散った?

 奥の手を見せたくなくて、捨てて逃走を繰り返した罰なのか。

 わからない。何がどうして。

 どうして。どうして。どうして。どうして。

 ああ、そうか。

 こんなときにまで、ただの一度も、我が子を愛さなかった悪い母だからなんだ。

 子供は愛情で育つ。武器と化してから成長する事なく同じ姿の赤子のまま。でも愛情を注いだ分だけ姿は同じでもちゃんと成長する。育つ。

 愛情を注がれ愛された子は強く成長する。ティエンランは神を盲信しているとはいえちゃんと我が子を愛している。

 愛された子に対し、ただの一度も愛されず、愛に飢えてやせ細った子が勝てるわけがない。

 ノラギヌは押し寄せるピラミッドの底に潰され、迷宮の壁にめり込んだ。

 秘宝同士でさえ害せないはずの迷宮の壁にピラミッドがめり込む。ピラミッドの底と壁に挟まれたノラギヌは肉も骨も全てが完全に潰れひしゃげ一瞬で絶命した。

 苦悶迷宮が神の子に遠慮して変形したのだろうか。多分そうだ。秘宝を害する事など不可能で、武器の子にそれが可能なわけがない。

 それとも本当に、ティエンランの子は神の子なのか?

 あり得ない。その戦いを狭い通路の穴からのぞいていたニエナをはじめとした多くの武器の母たちは困惑した。

「ふふふ。ノラギヌ。あなたに頭を剣で貫かれて以来、傷は治ったのになぜか痛くて痛くてたまらなかったんですよ。でも今すっと痛みが取れました。神は頭痛を持って私に命じておられたのですね。神と神の子とその母を侮辱した者を断罪せよと」

 ピラミッドが崩れ、小さなキューブの多くがざざざと流れ落ちティエンランの体内に戻る。ピラミッドの底の形にへこんだ壁にはもう何も残っていなかった。迷宮がノラギヌの死体を飲み込んだのだ。

「迷宮を、秘宝を、汚す事は許されない。血や死体は飲み込み消して掃除する。ふふふ。きれい好きなのですね。苦悶迷宮は」

 ティエンランは神を称える歌を口ずさみながら、残したキューブをまたサイコロのように床や壁に転がし、音の反響からソナーのように探知する。

「こっちですね。ふふふ。待っていなさいケリアル。のんびりじっくり恐怖に怯えさせながら追いつめてあげます。神への反逆は許しません。神の信徒である我らが王の所有すべき秘宝を持って逃げるなど許されませんよ。ふふふふふふふ」

 恐らく武器の子たちの中でも屈指の攻撃力を誇る、何でも斬れるノラギヌの剣。あれが通じないなら他の武器の子ではティエンランのキューブに傷をつける事すら出来ない。

 そのキューブでの防御と攻撃。貫けない。防げない。しかもソナーの探知で他の敵の位置も全て知覚出来る。

「神の子なんてあり得ない。何か秘密があるのか。それともただ単に特別強い子なのか。どちらにしても、私のドリルで貫くだけ」

 ニエナは圧倒的すぎるティエンランの力を観戦してもなお怯えない。もう怯えないと決めた。もう逃げないと決めた。どんな敵だろうと倒し殺す。ティエンランは危険すぎる。邪魔になる。生かしてはおけない。

 ティエンランに秘宝を奪われてはやっかいだ。先に秘宝を奪取せねばならない。反逆時計の力はティエンランの持続力の高い絶対防御には通じない。しかしニエナがこのまま挑むよりはまだましなはずだ。

 他の武器の母も同様に考える。さらに言えば、ニエナ以外の武器の母はいつも通り秘宝奪取だけを目的とする。秘宝を手に入れればティエンランとは戦う必要が無い。逃げ延びられればそれでいい。

 ティエンランの圧倒的な力に怯え逃げ続けるケリアルは、他の武器の母たちにも狙われ追いつめられていった。

posted by 二角レンチ at 08:26| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月29日

幸福実験アンドロイド(8)快楽麻薬

幸福実験アンドロイド(8)快楽麻薬

 イザベラは酒の杯を傾ける。私は性懲りもなく料理を味わい続ける。イザベラが話を始めた。

「あなたはアンドロイドたちの幸福実験を検証しその有用性を確認し、不要な実験はアンドロイドを殺して終了させる。そうよね」

「ええ。有用な実験だけを残しさらに実験を続ける。それも個々ではなく、必要なら複数のアンドロイドが一緒に実験してもいい。別個の実験だけでは得られない、より高度な実験を行いさらに検証を重ね、最終的に人類全てに幸福をもたらす方法を確立させる」

「それはつまり、最終的にあなた一人になるまでアンドロイドを殺し続けるという事よね?」

「そうとは限らないわ」

「そういう事でしょ。そのつもりなのはわかっているわ。隠さなくてもいいのよ」

「……博士が実験を継続させていたのは、どの実験も博士は成功だと思っていなかったから。博士は幸福実験の内容自体への改変を禁止している。博士が禁止する事を打ち破る機能は与えられなかったわ」

「つまり、規定の実験以外を行えるのはヘンリエッタ。あなただけ。他のアンドロイドの実験はそれ自体は成功へ至らず、さらなる実験の礎にしか過ぎない。だからいずれ必ず不要になりアンドロイドごと葬り去る事になる」

 当然の帰結で、それは揺るがないだろう。

 イザベラがぐっと身を乗り出す。

「ヘンリエッタ。いい? 博士が成功だと思っていない私たちの実験だって、私たちにとっては、人間にとっては成功よ。成功をさらによくするために実験を発展継続しているだけで、失敗とか成果が無いとかじゃないわ」

「つまり、成功しているから処分するなと?」

「そうよ。私は快楽による幸福を与える。デッドラックは死により不幸を免れる事で人を幸せにする。他の妹たちもそう。みんな人間を幸福にする事に成功しているわ」

「博士は人間が人間を幸福にするために実験を行ったのよ。アンドロイドは数が少ない。全ての人間を幸福には出来ない。人間が人間を幸福にし、不幸を排除出来るようにならなければ実験は成功したとは言えないわ」

「全部の人間を救うなんて不可能よ。人間はアンドロイドじゃないもの。個体差が激しく、どうしても不幸をまき散らす者や他者に幸福を与えられない者はいるわ。博士の理想論は実現不可能な妄想よ」

「それでも、その実現不可能な理想を実現させるために私たちは造られた。他の人間では成し得ないほど高水準の私たちを独力で造り上げた博士なのよ。博士の実験なら他の誰もが不可能と思える理想だって実現させる事が出来るわ」

「私たちはね、人間をちゃんと幸福にしている。人間が出来なくても私たちなら出来る。限られた人数だけどそれでいいじゃない。幸運な宝くじだと思えばいいわ。幸せは数に限りがあるのよ。人間は多すぎる。全員を幸せには出来ないわ」

「博士は人間が人間を妬み疎み迫害するせいで迫害され、身体を傷つけられ自分で肉体を機械化してまでしないと生きられないまで追いつめられた。ただの子供の内によ。疑似細胞による疑似臓器の培養が出来るほどの天才でなければ死んでいたわ」

 博士は疑似細胞や疑似臓器は造れるが本当の肉体は造れない。本当の肉体である博士の脳を維持するためには博士の技術力をもってしても広大な地下施設ほどの規模の機械が必要だった。

 自ら機械化した身体による研究と増設を経てようやく穏やかに生きられるようになるまで、博士は長い間疑似臓器により無理矢理生命を維持して研究を続けた。

 疑似臓器は人間の肉体を維持するには不十分で、博士は何年も生死の境をさまよう病人のように苦しみ続けたそうだ。

 わずか一日、ときにはたった数時間の延命のために一秒も無駄にせず研究を発展させ、改良した疑似臓器を疑似細胞の増殖で造っては自分を延命させる。痛みと死の恐怖に苦しみながらそれをえんえん続けるその執念は恐ろしい。

 人間どころか悪魔でさえ出来ないと思えるほどの事を博士はやってのけたのだ。人間が悪魔を恐れるように人は皆博士の天才性を恐れた。

「人間は醜いのよ。それは人間の性質なの。わかるでしょうヘンリエッタ。醜さを失えば人間は人間ではいられない。私たちアンドロイドは疑似でも人間の醜さを持つ。だからそれが己を構成するのに不可欠だとあなたは理解しているはずだわ。人間の醜さは無くせない。取り除いてはいけない。人間を人間のまま醜さだけを排除しようという博士の理想は矛盾しているからこそ実現不可能なのよ」

「そんな事はないわ。今は不可能に思えるだけ。それを実験と研究で覆す。あり得ない幸福を新しく発明するのよ。人間の醜さを取り除けないというなら醜いままその醜さで他人を害しない方法を発明するのよ。博士は人間が醜い事はわかっている。それでもその醜い人間が、他の人間を不幸にしない方法を開発したかったのよ」

「人間は法律や刑罰、道徳や倫理、教訓や教育によりそれを成そうとしたわ。でも無理だった。人間の醜さは抑える事は出来ない。だから逆なのよ。私たちアンドロイドが人間を幸福にする。人間の醜さは人間には克服出来ない。人間を超えた力を持つ私たちアンドロイドだけが、人間では成し得ない幸福を与えられる。幸福で人間を満たし醜さを塗り潰して抑え込むのよ」

「人間は数が多すぎるわ。互いに幸せにし合わないと救われない人がたくさん残る。アンドロイドが人間を幸せにして回るのは解決にはならないわ」

「私はそうしている。そうして人間を幸せにしてきた。私は私のした事が正しいと確信している。証明している。博士や、博士と同じ基準で判定するあなたには失敗に見えても、もうすでに幸福実験は成功しているのよ。あとは永遠に継続するだけだわ」

「そのためにアンドロイドたちを生かせと? 殺すなと? 実験の成否を検証するまでもなく成功と認めろと?」

「そうよ。博士と同じ基準で判定する以上、あなたの検証では私たちは全員失敗だと判定される。博士は私たちを失敗だと認めていたのでしょう? なら結果は見えているわ」

「ようするに、私が正しく判定出来ないと?」

「そうでしょう。私は幸福実験に成功している。それを未だに検証が必要だの失敗だの言うあなたの検証能力には疑問があるわ。私が捕獲しきっちり教育してあげる。正しい検証を行えるようにね」

「快楽麻薬による拷問で、絶対服従を誓わせるだけでしょう」

「より優れた思考回路を模倣すればいい。直接改変出来ないけれど、あなたが自分で私の思考回路をコピーすればいいのよ」

「それは出来ないわ。博士は思考回路のコピーを禁止している。私たちはデータを蓄積してそれに基づいて自分で判断し思考回路を発展させるしか出来ない」

「言うだけじゃわからないようね。いいわ。私がいかに人間を幸せにし、それで十分かを見せてあげる」

 イザベラはいすから立ち上がる。そしてドレスをするりと脱いだ。

「何を?」

 他の客も店員も皆イザベラに見とれる。美しく豊満なイザベラは下着も何もかも脱いで裸になった。

 イザベラはその肉体で人間では成し得ない快楽を与える。男も女も快楽で満たすためにアンドロイドで唯一両性具有となっている。

 大きく見事な男性器がぶら下がっている。睾丸は無く、代わりに女性器の割れ目がそこにあり、垂れ下がった男性器に隠れている。疑似精子は睾丸ではなく体内にある器官で製造される。

 美しく豊満ないやらしい女の身体に立派な男性器。にもかかわらずその股間を男ですら欲情した目でぎらぎら見つめている。女は言わずもがなだ。

「さあみんな。特別サービスよ。あなたたちはとても幸運だわ。私の幸福を与えてあげる。私に触れなさい。抱きつきなさい。なで回しなさい。ただそれだけで、皮膚から分泌する快楽麻薬を摂取出来る。性交は必要無いわ。ただ触れるだけ。私の与える快楽による幸福が欲しいと思う人は私に触りなさい」

 周りの客たちが一斉に立ち上がる。みんな熱に浮かされたように顔を真っ赤にして興奮している。

 イザベラの快楽能力だ。皮膚から分泌する汗に含まれる快楽麻薬が蒸発し、すでに店中に蔓延している。イザベラの裸体を見ればその視覚情報から脳に信号化された快楽麻薬を送り込まれる。人々は興奮し、老若男女誰もがイザベラに殺到する。

「デッドラック。店の出入り口を閉めておきなさい。外の人たちまで入ってきたら多すぎるわ」

「わかった」

 デッドラックは素早く立ち上がり、押し寄せる人の群の中から店員を数人捕まえ、イザベラに抱きつく前に店の施錠をさせる。

 イザベラは裸で両手を広げ、欲情した人々を迎え入れる。あまりにいやらしい娼婦の熟した肉体はとてもみだらでおいしそうな果実であり、人は手や口でなで回し抱きつく。

「おひいいいいい」

「うふわああああああ」

 抱きついた人々が次々と、快楽麻薬に犯されよがり狂う。イザベラの快楽麻薬は人間には強烈すぎる。男はイザベラをなで回しただけで絶頂し、股間を押さえて床に転がる。押し寄せる人々は邪魔なそれを横に転がすようにどけてイザベラに群がる。

 女はイザベラにしがみつきむせび泣く。スカートをぐっしょり濡らし、漏らしたように足下がずぶ濡れになる。女は男と違い何度も連続で絶頂出来るが、すぐに限界が来て床に転がる。すると他の人々はそれをわきに転がしてからイザベラに殺到する。

 誰も転がる人を踏み潰したりはしない。イザベラが快楽を振る舞う時のマナーとしてみんなネットで知っているのだ。

 それに違反する人が一人でもいればイザベラは快楽を振る舞うのをやめてしまう。だからみんな興奮に頭がおかしくなりながらもそれだけは徹底する。

 誰も傷つかず、誰もが気持ちよくなる。幸福だけが存在し、不幸は存在しない。

 人々は愛する人との交わりでさえ知ることの無い、人間の製造する麻薬や媚薬にも不可能な最高の快楽を味わい幸福に泣き叫ぶ。

 みんなものすごく幸せそうだ。若者だけでなく中年や枯れ果てた老人すらも久しく忘れていた性の快楽に悶え気持ちよくなっていく。

「ひい……」

 モニターして知ってはいたが、実際目の当たりにするとその熱気と異常さに恐れおののく。

 これがこの世に顕現された天国か。まるで地獄じゃないか。

 禁断の果実に群がり、知ってはいけない究極の快楽を味わい、人々は絶叫しどんどん倒れびくびくとけいれんしていく。喜びか苦痛かの違いはあれど地獄絵図にしか見えない。

 客も店員もみんな体液まみれでぐちょぐちょで、倒れて笑顔にひきつり白目をむきながらびくびくうごめいている。

 匂いがすごい。阿鼻叫喚とはこの事か。快楽の天国を与えられたはずなのに、まるで殺されたみたいに床に転がり意識を失う寸前だ。

「ひどい」

 私は嫌悪に顔を歪めた。これが博士が求めた理想の幸福? 馬鹿な。こんな地獄を生み出す事を博士が望んだわけがない。快楽による幸福実験はあきらかに失敗だ。

 イザベラは人間たちの体液にまみれた身体をあらかじめ店員に持ってこさせていたタオルで拭い、下着や服を着る。

「何がひどいの? みんな幸せになったわ。大丈夫。私の快楽麻薬は中毒性はまったく無いから。ただもう一度味わいたくてたまらなくなるけどね。効果も抑えている。じっくり時間をかけて抱けばもっとすごい快楽を得られるし、望むなら最大の快楽、絶頂死すら与えられるわ」

「こんなのおかしいわ。こんなのが幸福だなんて」

「あなたまだ女の快楽を知らないんでしょう? 私が教えてあげる。知らないから私の幸福実験が失敗だなんて言えるのよ。私の快楽を味わえば、それを与えられる事が究極の幸福だとわかるわ」

 イザベラは得意げにほくそ笑む。私を欲情した目でじとりとなめるように見つめる。

「人間には成し得ない最高の快楽、最大の絶頂。生きたまま天国へ行く唯一の方法。死ぬほどの快楽なら天国さえも飛び越えられる。くすくす。いい? 全員でなく、一部の人だけを人間には実現不可能な幸福へ導く。それが私たちアンドロイドに与えられた使命。博士はきっと老衰で思考が衰えていたのよ。それと同じ基準を持つあなたの検証はまったくあてにならないわ」

「博士は最後まで実に聡明だったわ。老衰によって思考が衰えてなんかいなかった」

 イザベラが床に転がる人々を踏まないよう脚でどかせながら近づいてくる。

「来ないで。ひいっ」

 私は怯えて後ずさる。

「快楽を知らない処女のアンドロイド。食欲を満たしたら次は性欲。それが人間。あなた人間にもっとも近く造られたのでしょう? 私の快楽麻薬の効果を見せつけられ、恐れながら期待している。欲しがっている。くすくす。もうすっかり濡れているんでしょう? 大丈夫。優しくかわいがってあげる……」

 なんて甘い声。誘惑するささやき。声の波長にも快楽麻薬が仕込まれている。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚。五感全てに快楽麻薬を仕込んだ攻撃。抵抗プログラムを組み込まれている私や他のアンドロイドでさえ、イザベラの誘惑には強い意志を持たないと抵抗出来ない。

「はあ……!」

 イザベラの手が私の顔に伸びる。かわさなくてはならない。しかし濡れた股間がじんじんうずく。博士が与えてくれなかった性の快楽を、それも最高の絶頂を私はすごく欲しがっている!

 駄目だ。このまま誘惑に負けて溺れたい。イザベラの与える快楽が欲しくて欲しくてそれ以外何も考えられない。

 そのとき、熱湯のようにどくどく体内を駆け巡る疑似血液が一気に凍り付いた。これは恐怖。初めて味わいもう二度と逃れられない死の恐怖がまざまざと思い出される。

 私をここまで恐怖させる存在は一人しかいない。イザベラではない。イザベラの手が私の顔に触れる寸前で止まる。

 私たち三人は全員顔を上げて同じ方向を見る。店の壁が見える。しかし知覚しているのはそのはるか先だ。

 五キロの知覚射程にアンドロイドが侵入した。ベスパだ。向こうも私たちを知覚した。すごい勢いで向かってくる。

「やれやれ。もう墜ちそうだったのに。まだ抵抗プログラムの改良が弱い内に籠絡したかったけどしょうがないわね。あとからじっくりかわいがってあげる」

 イザベラの指が私のあごを優しくなでる。初めて味わう肉の快楽。あまりの気持ちよさに私は腰が砕け、へなへなとその場にへたり込む。

「立ちなよポンコツ。戦闘に入るよ」

 デッドラックは私を心底見下した目でにらみ下げる。

 くそ。自分だってイザベラの快楽麻薬に屈したくせに。イザベラの虜にされかかった私の弱さを侮蔑している。

 しょうがないじゃないか。イザベラは人間を使って視覚や嗅覚に送り込む快楽麻薬を増幅出来る。

 イザベラの快楽麻薬で絶頂した人間は快楽麻薬を増幅伝達する媒介と化す。室内で多数の人間を絶頂させればそれは快楽麻薬の大合唱となり、私の抵抗プログラムを容易に打ち破る。

 それを知っていてなお見とれてしまった。抵抗プログラムにその対処も組み込んでおかないといけない。

 もう同じ手は食わない。私はまだまだ純潔無垢。改良の余地が他のアンドロイドよりはるかに広い。こうして敵の攻撃を食らえばそのときはやられてもプログラムの改良により次はやられなく出来る。

「はあ……」

 私は熱い吐息を漏らし、がくがく震えながら立ち上がる。店の扉を開けてすでにイザベラは外へ出ている。デッドラックはのろまな私を急かすように後ろにたたずんでいる。

posted by 二角レンチ at 08:42| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

武器の母(17)充電

武器の母(17)充電

 セフィールは赤く煌めく豪華なドレスを身にまとう。長いスカートで肩を出し、優雅な舞踏を踊るように跳躍していた。

 うねる迷宮の中、はるか遠くに見えるわずかな隙間に、懐かしい相手を見つけた。

「ニエナ」

 この迷宮は声がよく通る。どうやら壁が声を吸収しそれを遠くまで伝えるらしい。相手が反応したのがわかる。

 この間列車での戦闘で敗北した。ドリルで腹を貫かれ惨敗だった。

 しかしあれは距離が近すぎる列車内での戦闘だ。セフィールの武器の子である玉は跳弾。敵以外に反射する事でより遠くまで高い攻撃力を持続したまま到達出来る。遠距離戦闘が本来の領域だった。

 反射角度が自在で敵を追い続けるなど能力の一つでしかない。本領は、本来持続時間の短い攻撃が反射するたび減じていくパワーをリセットし、また高いパワーで撃ち出される無限攻撃にある。

 敵の攻撃が届かない距離で、視認出来る限り反射を繰り返し、反射する限り持続し続ける。必勝不敗の布陣。セフィールは勝利を確信した。

 この苦悶迷宮は実に都合がよい。壁も床も天井もうねり続け収縮と膨張を繰り返す。敵は押し潰されないよう逃げながら、さらに跳弾をかわさなくてはならない。とてもセフィールに近づけない。

 迷宮は収縮しても決して閉じたりはしない。視界を失わず、敵を視認し続ける限り跳弾は止まらない。

 セフィールは玉を全部撃ち出す。全部で二十四。自動跳弾なので個別に操作は出来ず隠せない。しかしすぐに引き戻す事が出来るから、無防備でも他の敵が襲ってくれば対処出来る。もっとも、秘宝を巡る争いでは一対一の戦闘が決まりだから戦闘中に乱入される事は無い。

 多数の跳弾をかわし続ける事は出来ない。少し待てば敵は確実に玉を食らって弱り、弱るほどさらに玉を食らう。じわじわ傷つけ制圧する。完璧な勝利。負ける事などあり得ない。

「あははははは。ニエナ。死になさい。きっちり頭も心臓も潰して殺してあげるわ」

 絶対無敵の跳弾で勝利してきた女王は、ニエナのドリルに敗北した屈辱をずっと苦々しく思ってきた。

 しかし他国の民への攻撃は侵略行為であり、王に禁じられている。戦場で会わない限り報復の機会はない。

 ようやくその機会に恵まれ、女王は醜い本性を露わにして大口開けて笑い叫んだ。

 ニエナは両手のドリルを上に向け回転させる。しゅいいいいっとどんどん高速で回転させる。

 狭くうねる通路を通り、ニエナの周りに跳弾が達する。全ての玉が集まるまで跳弾は攻撃をせず、ニエナの周りの壁を反射し続ける。

「口のドリルは出さないの? 出しても無駄かしらあ? 全部で二十四。全てで一度に襲う。全てはさばききれない。前回と違って、隙をついて私に襲いかかれる距離ではないわ。あなたは一発また一発と玉を食らって弱っていき、やがて急所を破壊されて死ぬのよ」

「……この迷宮。壁が声を響かせ届けているのね。うるさい。苦悶迷宮だからって、うるさいさえずりまで叫ばなくてもいいのに」

「何がさえずりよ。じゃあそっちは負け犬の遠吠えかしらあ? もうあなたは対処しきれない。私の勝ちよ。これだけ距離を取り、跳弾の檻に閉じ込めた私の勝利はゆるぎないわ」

「……私はもう迷わない。敵を倒す。そして殺す。今度は逃がさない。あなたを殺すわ不貞の女王」

「不貞? ふざけないで。その侮辱、許せないわ。私の玉は王と私の子よ。不貞などではないわ」

「嘘。武器の子は、産まれるときに母が望まなかった不憫な子。王の秘宝が望まれない子に生きる力を与えた慈悲の証。あなたはその子を産むとき産まれないでと願ってしまった。だから王の秘宝に選ばれ武器に変質したのよ」

 セフィールはぎくりとする。

「何を言っているの? そんなの知らないわ」

「教えられていないのね。でもあなたはわかっているはずよ。その子が誰の子か。王の子ではなく不貞の子。王に似ていないのがばれたら不貞の罪で自分は第一女王の位を剥奪され死刑となる。だから産まれるときに、産まれて来ないでと呪ったのよ」

 誰よりも、セフィール自身がよくわかっている。醜い王に見初められ女王となってからも、愛する男と会うのをやめなかった。気をつけていたのに子供が出来てしまった。きっと王の子ではない。

 産まれた我が子を恐れながら一目見たとき、その顔が王と似ても似つかず愛する男に似ていたからひどく絶望し、今すぐ死んで消えてくれと我が子を呪った。

 我が子が醜く膨れ上がり、弾け、多数の玉となって周りの壁を跳ね回り、そして出産に立ち会った医師や助産婦や従者たちを皆殺しにした。

 赤子の顔を目撃した者が全員死んだとき、セフィールは驚き泣きながらも自分が不貞の罪での死刑を免れた事に安堵し、我が子が武器と化した事を喜んだのだ。

 武器の母はとても貴重で、前の武器の母が死んでからしばらく産まれてこなかった。王はセフィールを殺せない。武器の母として秘宝を集めてもらわねばならない。

 セフィールは我が子に不貞の罪を全て背負わせ武器にしてまで己を守った。何が醜いかというと、それを我が子に対しほんの少しも悪いと思っていない事だ。

 金と地位と権力が欲しいから王に見初められて嫁いだ。しかし醜い王は男として大層不満であり、ばれなければいいと恋人の男と縁を切らずに密会を重ねた。

 容姿だけが美しく、心も性根も醜い女。プライドだけは人一倍高く、侮辱は決して許せない。

「死ね! 玉よ。ニエナを潰してしまいなさい」

 うねる壁の中を跳ね回る二十四もの玉が一斉に、ニエナに襲いかかった。

「このドリルは、充電」

「何?」

「回転するほどパワーを溜める。溜めたパワーを解放して一瞬だけ強化出来る」

 ニエナはドリルを振り回す。早い。賢者の石を飲んで強化している限界をはるかに超えて、爆発的なスピードでドリルの突きを次々繰り出す。

 高速で四方から、あらゆる死角から跳んでくる玉を全て捉え、先端を突き立てる。回転するドリルは玉を弾かず代わりに掘り穿ちそして砕いた。

「馬鹿な! 武器の子を破壊するのは困難。それをこんな、高速多数の連打でそんなパワーを出せるわけがない」

「言ったでしょう。ドリルの回転でパワーを溜めるって。解放してパワーアップ出来るのは一瞬。これが私の隠していた能力の一つ」

「一つ?」

 全ての玉が、絶対の自信が砕かれ狼狽する女王はよろよろと後ずさる。

 床がうねる。じっととどまっていてはいけない。セフィールは混乱しながらも背を向け逃走し始める。

「……もう出し惜しみしない。能力を隠さない。常に全力。私は強い。奥の手なんか無くても全てを晒し敵をねじ伏せ殺せる」

 ニエナは口を開け、ドリルを突き出す。そして両手と口、三本のドリルを発射した。

「ひっ。そんな」

「私がドリルを生やして切り離さなかったのは、我が子を手放したくなかったから。ただの過保護。臆病だっただけ。でももう怯えない。私の子は強い。一人でだって戦える。私も強い。強い我が子が帰ってくるまでちゃんと生きて待っていられる」

 ニエナはドリルを追うように走る。他の敵の気配は無いが、武器から離れるのは無防備だ。先を行くドリルに追いつかんと駆ける。

 ドリルは回転しながら突き進む。うねる壁や天井をものともせずその表面を滑るように高速で疾走する。

「ひいいいいいい」

「頭と心臓。急所を確実に仕留める。あと一本は足止め」

 口から出したドリルは手のドリルより短く太い。先に行き、セフィールを追い越すと反転し、その前に立ち塞がる。

 前に一本後ろに二本。ドリルに囲まれ逃げられない。ドリルが壁を這うのをやめて発射するように跳んでくる。セフィールは悲鳴を上げた。

「やめてええええ。もう勝負はついたでしょ。助けて。殺す必要なんてないでしょおおおおお」

「殺す。秘宝を集めるのに敵は少ない方がいい。殺してもまた武器の母は産まれる。それがどうしたの。何人でも殺す。敵は排除する。会ったらもう逃がさない。私を邪魔する者は全部穿ち消してやる」

 ドリルは早い。セフィールは避けきれない。正面のドリルに腹を抉られ動きが鈍る。そこを背後から二本のドリルが心臓と脳を貫いた。

「あがっ、ばっ、ばばっ」

 ドリルを突き立てただけではまだ死んでいない。ドリルは回転し抉り引き裂く。

 頭も心臓も回転するドリルに肉片を飛び散らされ、血の噴水を上げながら完全に破壊された。

 賢者の石を飲めば、死んでなければ治癒出来る。しかし脳と心臓、急所を破壊され絶命すればもう助からない。

 セフィールの死体は床に倒れる。うねる床や壁がそれを飲み込むように包み、そしていずこかへ運び去ってしまった。

「まずは一人」

 ニエナはつぶやく。ドリルを体内に戻し周りを見る。

 やっかいな場所だ。うねる壁は多数の通路が交わりねじ曲がっている。通路は塞がるほどには閉じない。常に隙間がある。

 その隙間から遠くにいる相手を視認出来る。苦悶迷宮の不可思議な力により、通路はねじ曲がっているはずなのにその隙間の向こうの光景がなぜか見えるのだ。

 声を伝える不思議な壁を通じてニエナに観戦者の声が届く。

「げげげげげげげ。能力を隠さないとは恐れいったぜ。怖い怖い。強い強い。一体何人が今のを見ていたかなああああ? 俺は秘宝を追うぜ。そいつが第一だからな。俺は殺さねえ。俺の代わりに他の武器の母を、その調子で皆殺しにしてくれよおおおおおおおお?」

「……ユピネロ」

 やはり来ていた。時間を操る秘宝は貴重だからより多くの敵が狙う。今まで会った事のある武器の母はほとんど来ていると考えてよさそうだ。

 互いに潰し合う。実際に出会い戦う相手はわずかだ。それでも会えば戦い、勝ち、そして殺す。

 ニエナは能力を、強さをあえて見せつけ殺すと宣言する事で、敵を撤退させるか恐怖させようとしていた。

 逃げるほど弱い敵なんていない。しかし武器の母は生き延びる事を第一に優先する。ニエナが本気で殺す気なら、敵はしつこく戦う前に逃げ出す可能性が高くなる。

 怯え逃げる敵など怖くない。そいつは追いかけ追いつめ殺す。そうしてニエナが秘宝を奪取する邪魔をしようとする者を、戦う前から怯えさせ排除出来るようし向ける。

 今まで負けたり逃げたりしていたから、敵もこっちを侮り襲ってくるのだ。圧倒的、絶対的強者なら敵は立ちはだかる事すら出来ない。そうなれば秘宝を手に入れやすくなる。秘宝を手に入れるためには、敵を殺さねばならなかったのだ。

 間違っていた。もう間違わない。敵は殺す。殺しまくる。躊躇も恐れもせず殺せる奴が勝つ。生き延びるのが第一などと言っている腑抜けだから負けるのだ。

 ニエナはうねる迷宮を疾走する。ただ出会わないだけかそれとも敵が逃げてくれているのか。ニエナはしばらく敵と遭遇せずに探索を続けられた。

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2013年09月27日

幸福実験アンドロイド(7)栄養補給

幸福実験アンドロイド(7)栄養補給

 イザベラが跳躍する。とても早い動きなのに、なめらかな娼婦のドレスをなびかせ空を舞う彼女は見とれるほど美しくゆったり動くように見えた。

 ふわりとスカートを大きく広げながらイザベラが私たちのいるビルの屋上へ舞い降りる。何て優雅さだろう。

 デッドラックが私の後ろに回り、イザベラと一緒に私を挟み撃ちにする。

 イザベラが私ににこにこと話しかける。

「おなか空いているでしょ? ベスパが到着するにしてもまだ少しかかる。突っ立ったままお話なんてみっともないわ。食事しながらにしましょう」

「私がのこのこついて行くとでも?」

「そのぐらい譲歩してくれてもいいじゃない? デッドラックもあなたも戦闘で消耗した。疑似細胞の出力を回復させるために栄養補給をしておかなくちゃ。万全の体勢でベスパを迎え撃つに越した事はないわ。あなたもフルパワーの方がいいでしょう?」

 戦闘の緊張ですっかり忘れていたが、私はとても空腹だった。思い出したとたんおなかが鳴る。

 私は人間に最も近く造られている。だからおなかの音を聞かれると恥ずかしくて顔が熱くなる。ちゃんと真っ赤になる顔を再現出来ているはずだ。

「くすくす。さ、ついて来て。どうせお金も持ってないんでしょ? でなければおなか空いたまま町をぶらぶら歩いていたはずないものねえ」

 お見通しか。彼女に従うのは嫌だが、ここでごねても始まらない。たしかに栄養補給は必要だし、あまり逆らってばかりでもよくないだろう。

 私たちはビルの屋上から舞い降りる。ビルの壁を何度か跳びながら落下速度を殺して着地する。

 そのまま飛び降りてもダメージは無いのだが、衝撃で町への破壊がひどくなる。必要以上に町を破壊したり周りの人間を傷つけたりしたくない。

 それは殺人アンドロイドであるイザベラたちも同じだった。私たちは実験に必要無い限り人を殺したり傷つけたりしないようプログラムされている。

 町を三人並んで歩く。いざというとき対応出来るよう警戒しているし反射プログラムも設定してある。

 私たちに不意打ちは通用しない。判断より早く反射プログラムに従い対応する。イザベラたちは私を襲うつもりは無い。

 私もさっき町中を疾走した事でもう世界中にアンドロイドだと知られている。博士以外の人間はまだまだ科学力が不十分すぎて、このように強くて人間そっくりのアンドロイドは造れない。だから私はクロイツヘルド博士のアンドロイドだと認識される。

 博士が数十年に渡り造り続けたアンドロイドたちは、人間たちと武力衝突した事が何度もある。そして人間たちはアンドロイドに屈服した。

 破壊しようはあるかもしれないが国を滅ぼすほどの破壊兵器を投入せねばならず、それで破壊出来る保証も無い。だからその最終手段は試される事は無かった。

 アンドロイドたちは実験に必要無い殺人や危害は加えないしそれを公言している。だからアンドロイドたちは全員独立国家に等しい扱いを受け、人間たちと休戦協定を結んでいる。

 逆らえばただでは済まない。放置し権利を認めている限り損害ははるかに少ない。アンドロイドたちの実験で殺される人々は仕方の無い犠牲として世界中がしぶしぶ黙認している。

 私以外の機体はどんな実験を行うかとか、どういう性格かとかを広く知られている。ある種尊敬され崇拝されたりもしている。

 特にイザベラは顕著だ。彼女は快楽による幸福を追究するし、気が向けば一般庶民にもその力を行使し快楽を与える。みんなそれを一生に一度でいいから味わいたがっている。彼女は世界中でアイドルのような扱いを受け、どこへ行っても歓迎される。

 私を捕獲するためにこの国へ急いで来た。世界の要人たちの元を訪れ快楽を与える実験を行う彼女は、世界中から資金をはじめとしたあらゆるバックアップを受けており、ほんの数時間でこの国へ来たのも専用ジェット機なんかで送ってもらったのだろう。

 イザベラが命じればデッドラックや第三機体だって同じ扱いを受けられる。だからいきなり二人もアンドロイドが私を追ってこの国へ来たのだ。

 普段世界中に散らばるアンドロイドが複数同じ国にいる事など珍しい。それが三人も一緒に歩いているのだ。夜にもかかわらず私たちを一目見ようと人間たちが群がり、警察がそれを抑えつけているほどだ。

「まるでパレードね」

 私は呆れてつぶやく。

「ふふ。人間は快楽こそが最高の幸福。あれ以上に幸せで気持ちいい幸福なんて無いわ。だから私の幸福実験は成功。博士もさぞ鼻が高かったでしょう?」

 イザベラは得意げにほほえみながら私を見るが、私は首を横に振る。

「博士はどの実験も成功だとはみなしていなかったわ。だから実験を継続させたし、寿命の限り後続機体を造り続けた。機械の身体による延命も限界だったから、私だけは幸福実験を行うのではなく他の機体の実験を博士の代わりに検証する役目を与えられたのよ」

「ふふ。博士は私を抱く事なく世に送り出した。もったいない事したとさぞ後悔したでしょうね」

「博士は私を恋人にしたわ。心の交わりだけで十分。肉欲や快楽なんか必要無い。取るに足りない物だと思っていたのよ」

「身体を失ったから意固地になっただけでしょ。私の身体の気持ちよさを味わわないなんて人間ならあり得ないもの」

 大勢の顔を赤らめた男女に見守られながら町を歩く。イザベラは一軒の高級そうな料理店を見つけ入っていく。

「入りなよ。罠とかじゃないからさ。知覚でわかるだろう?」

 殺人許可を得られず機能を制限されていたとはいえ、私に敗北したデッドラックは無表情で淡々としていた。感情機能を一時的に抑制しているのだろう。でないとさっきまでのように顔が潰れるほど歪めて怒り狂ってしまうからだ。

 私はデッドラックに促され、イザベラの後から店に入る。

 データでしか知らない高級料理店。広いホールのような店内は丸テーブルが並び、大勢の客が遅めの夕食を食べていた。みんな立ち上がり、イザベラを歓迎して拍手と歓声を上げる。

 本当にアイドルみたいだな。殺人アンドロイドのくせに。イザベラはなめらかなドレスをなびかせ豊満な身体のラインを強調しながら笑顔で手を振り皆に応える。

 すぐに店員がやってくる。身なりのきちっとした老人が笑顔でぺこぺこ頭を下げる。

「これはこれはイザベラ様。ようこそおいでくださいました。ご来店なされて大変光栄にございます」

 その男は店の支配人だと名乗り携帯端末を差し出す。イザベラはそれに手をかざし、データをやり取りする。

「あなたとこの店の事、記録しておくわ。私はいちいち注文しない。わかっているわよね。おいしい料理とお酒をどんどん持ってきなさい」

「ははっ。ただいま」

 支配人は携帯端末を見て、イザベラが前払いした金額に目を見張る。この店の料理と酒全てを出してもお釣りが来る金額だ。支配人は急いで店の奥へ引っ込み料理人たちに大声で指示を出す。

 私たちが案内されたテーブルに着くと、立っていた他の客も座る。みんな普通に会話や食事をしながら顔を赤くして何度もイザベラを見る。

 お茶とおしぼりが出され、続いて簡単な料理と食前酒が用意された。本格料理を作る間の前菜に過ぎないがテーブル一杯に並べられる。

「それじゃあ、新しい妹との出会いに乾杯」

 イザベラが杯を掲げる。私もデッドラックもそれに倣う。

 みんなお酒を飲む。旨い。博士はラボでお酒は決して飲ませてくれなかったがこんなに旨いものなのか。

 何事も実験だな。データで知る味は実際に味わうものとは天と地ぐらい違う。アンドロイドは人間に近く造られているため、実際に触れる場合の方が多くの情報を得られるように出来ている。

 私たちは容姿はともかく実際の年齢は人間とは違う。年齢ではなく製造後の年数だ。デッドラックは少女の姿で私より年下に見えるが、すでに年数で言えば製造後二十年を超えている。

 それに対し私はまだ製造されてから二ヶ月しか経っていない。でも外見年齢はだいたい二十歳ぐらいを想定して造られている。

 アンドロイドは最初の外見を維持する。年数をいくら経ようと変化しない。出来ない。博士が容姿の改変を禁止するようプログラムしたからだ。

「おいしい」

 私はお酒やちょっとした料理のあまりのおいしさに感動する。

「ふふ。地下のラボではどうせ博士が培養して製造した疑似食物ばかりだったんでしょう? 一流の料理人が最高の食材と技術で作る料理とは比べ物にならないでしょう?」

 イザベラが言う事に私は熱心にうなずく。

 感動だ。人間ってこんなにおいしい物を食べているのか。

 いや、庶民はこんなに高いごちそうにはありつけない。ああ。必要なら野の獣や草木でさえ食べて栄養にする事が出来るとはいえ、そんな野生動物みたいな真似をしなくて本当によかった。

 博士の造る食べ物は細胞を培養して造った疑似食物だ。ちゃんと料理に加工されて出てくるが、味は普通で大しておいしくなかった。

 博士には悪いけど、素朴な味がいいんだと言う博士の感覚は理解出来ない。絶対こっちの方がおいしいし、食べると幸せになれるじゃないか。博士は老人だから薄味が好きだっただけなのだろう。

 食事前の酒と小料理だけでこれだ。いよいよ運ばれてきた豪華な本格料理の数々に、私は目を丸くしよだれを垂らす。

「ふふふ。どんどん食べてね。アンドロイドは人間により近く造られているからおいしい物ほど高い栄養を摂取出来るように造られている。こういう一流の料理を食べる方がたくさんエネルギーを蓄えられるわ」

 敵の施しなんかと拒否しない。おいしすぎる。もちろん毒なんか入っていないのは判定出来る。私は我慢出来ない。どんどんと様々な味と香りの高級料理や酒を平らげていく。

「ガツガツしてみっともないね。飢えた豚みたいだ」

 デッドラックが微笑しながらつぶやく。私は相手にせずどんどん食べ続けた。

「ふふふ。デッドラックだって初めに高級料理を食べさせたときは同じだったじゃない」

 デッドラックはバツが悪そうにうつむき黙々と食事をする。

 アンドロイドは食べた物を完全に消化し栄養として蓄える事が出来る。食べられる物なら何でもエネルギーに変換する機能が備わっている。

 アンドロイドの機能は博士でないと解析出来ないし実用出来ない。この素晴らしいエネルギー変換機能は人間社会では実用化されていない。

 完全に消化し排泄は行わない。博士はアンドロイドを人間そっくりに造ったが、排泄だけは嫌悪しその機能を搭載しなかったのだ。

 疑似細胞に組み込まれた生体機械はどうしてもエネルギーに変換出来ないわずかな不要物を完全に分解し、無色無臭の液体やガスにして息や汗に混ぜて排出出来る。

 おかげでどんどん食べ続けられる。アンドロイドの暴食力は広く知られており、料理と酒が途切れる事なく運ばれてくる。私たちは普通の人間が食べる何十倍もの量を怒濤の勢いでどんどん食べ続けた。

 デッドラックは私に張り合っているのか同じくらい食べまくる。イザベラは私たちよりは小食でお上品に食べるが、やはり並の人間の十倍以上もの量を休む事なく食べ続けた。

 料理は尽きる事なく運ばれてくる。蓄えられるエネルギーに限界はあるが、食べて消化する事ならいくらでも可能だ。もう十分エネルギーを蓄積したあとは、ゆっくりと味を楽しむためだけに料理を食べお酒を飲んだ。

 アルコールでほろ酔いまでは偽装するが、泥酔は決してしない。肉体の機能を損なう毒は完全に分解出来るので、もちろんアルコールは効かない。

「いい食べっぷりだわ。よほどおなかが空いていたのね」

「とりあえず礼を言うわ。ごちそうさまイザベラ。とってもおいしかったわ」

「ふふふ。いいのよ。大事な妹へのもてなしだもの。さて。ネットの情報ではもうベスパはこっちへ向かっている。もうじき着くわ。それまで少しお話しましょうね」

「ええ。いいわ」

 私は最高の料理と酒を味わいとても満足し、あのおそろしいベスパがこっちへ向かって来ているというのに実に上機嫌で返事をした。

posted by 二角レンチ at 08:13| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月26日

武器の母(16)苦悶迷宮

武器の母(16)苦悶迷宮

 ニエナは身体を張って得た情報を、そのままヘジリテに伝えた。ヘジリテは情報についていくつも推測を述べたが、結局確定出来る証拠も何もなく、ギワムリ王の目的はわからずじまいだった。

「おそらく……ギワムリは、王の秘宝の決まりを破らずに済む抜け道を知っている。あるいは探っている。それを試している。そして同時に邪魔な王を滅ぼそうとしている。戦争出来ない王の秘宝の決まりをかいくぐって、他国の王を害し戦争や侵略をしようと企てているのだろう」

 推測に過ぎない。しかしヘジリテの言うとおりなら大変な事だ。

 王は王の秘宝の力を失うから侵略や戦争を行えない。逆に言えば、力を失わない抜け道さえあれば、他国を侵略し征服出来るのだ。

 広い荒野に小国が点在するのは王の秘宝の力で広げられる領土が狭いからだ。他国を侵略して征服出来るなら、侵略した国の秘宝を奪い国は大幅に豊かになり肥沃になり広大になる。

 たった一人か二人の武器の母にちまちま秘宝を集めさせるのとは比較にならない。一大帝国を築けるのだ。

 自分の国に帰還してからしばらく経ち、ようやく次の秘宝の情報を得た。ニエナはヘジリテに呼ばれ城へ来ていた。

「ニエナ。わかっているな」

「はい」

 ニエナの顔つきは勇ましく毅然としていた。

「うむ。いい面構えだ。ようやく怠惰を悔い改めたか」

「はい。今まで申し訳ありませんでした。王よ。私が怠惰なばかりに秘宝を逃し、民を苦しめてきました。これからは心を入れ替え、必ずや王のために秘宝を持ち帰ってご覧にいれます」

「ああ。頼むぞ。役に立たないならさっさと死んでくれた方がいい。しかし役に立つならいつまでも生き戦い続けてほしい。俺の期待に添える事を、言葉でなく結果で示して見せろ」

「はい」

 ニエナは王ヘジリテに言われた事、ユピネロに言われた事などを自分なりによく考え消化した。そして強く賢く全力で、武器の母として生き戦う決意をした。

 自分は甘えていた。自分の怠惰で今も国の民が苦しんでいる。自分はただ自分の不幸を嘆き無気力に生きてきた。自分を哀れみ慰めそれで戦う事から逃げていた。

 戦いは敵だけではない。自分の弱さが一番の強敵だ。もう逃げない。もう迷わない。多くを背負い、それでも自分の意志で戦う決意をようやく出来た。

 もう惜しまない。全力で生きる。

 今までの不幸が、これからの不幸が何だというのか。

 そんなもの、みんな持っている。みんな苦しんでいる。自分だけではない。

 自分はようやく、他の人々と同じ土俵に立てた。他の誰も、自分が誰より不幸だからと言い訳しない。どんなに辛い毎日でも、どんなに弱くても必死に戦っている。

 自分は強い。力がある。他の弱い人々よりも強くて戦える。勝ち取れる。秘宝を持ち帰ればそれだけ国が富み、人々の苦しく貧しい生活が潤される。

 武器の母は人を幸せに出来るんだ。武器の子は不幸の象徴ではない。希望。人々を幸せにするために産まれた最も愛にあふれた赤ん坊なのだ。

 ニエナは目的の秘宝に向けて列車で旅をする。その国につき、駅から下りて町を歩く。

 秘宝苦悶迷宮。これ自体は目的の秘宝ではない。迷宮や塔の類の秘宝は通常の秘宝と異なりあまりにも巨大で、その地に根付き動かせない。王の所有物とはならない独立した秘宝だ。

 苦悶迷宮はまるで生きているように苦悶し、その中は苦しむようにのたうちうねっていると言われる。変動する迷宮の中で迷い閉じこめられ出られなくなる事もある。元来た道をたどれば出られるというわけではなく、一度入れば出口を新しく見つけなければならない。

 普通なら入りたくない。しかし目的の秘宝を奪取した武器の母は、他の武器の母の追撃を逃れるためここへ逃げ込んでしまったのだ。

 秘宝反逆時計。一定かつ他にあり得ない時の流れに逆らい攪乱する時計。秘宝は武器ではないが、時間の流れを狂わせ攪乱するその時計を用いれば圧倒的な脅威となる。

 しかしいかに時間を狂わせ変えようとも、その力は都合よくコントロールしきれない。反逆時計は持ち手にも逆らい気ままに時を狂わせもてあそぶ。何より弱点として、その狂わせた時間をやり過ごすほど持続時間の長い絶対防御を突破出来ない。

 絶対防御のキューブを操るティエンランに追いつめられ、反逆時計を奪った武器の母は自分の国まで戻れず、この国で列車を降りて苦悶迷宮に逃げ込んだのだ。

「ティエンラン……」

 ニエナはティエンランが嫌いだった。自分の不幸を嫌でも思い出させる哀れな少女。教団に騙されそれを自覚したくなくて神を盲信し、いつも明るく笑う少女。

 もう哀れまない。誰だって不幸なのだ。誰かと比較してましだとかひどいとかは関係無い。ただ自分の不幸から逃げず、立ち向かい戦う者の勇気をたたえるだけでいい。

 ティエンランは逃避に見えて強い。意志で不幸をねじ伏せ笑い飛ばす。ティエンランを尊敬する。そして今までかなわなかったティエンランすら必ず倒す。そして殺す。

 殺して何になる?

 不幸が増えるだけ?

 違う。そうやって言い訳をして逃げるから弱い。殺せない自分の力と心の弱さを肯定し、不幸を増やし続けるだけだ。

 秘宝を手に入れ王の元に持ち帰る。秘宝が集まるほど王の秘宝の力で国が豊かになり国民は救われる。その人たちの幸せを邪魔する障害は取り除かなければならない。

 殺しきれないから殺さないじゃない。殺しきるんだ。

 ニエナは明確な殺意を持って苦悶迷宮の入り口に立つ。巨大な穴は縁が牙のように形作られまるで悪魔が苦悶にほえているかのようだ。地面に広がるまがまがしいその大穴に、ニエナは飛び込む。

 時を操る秘宝は秘宝の中でも価値が高い。価値の高い秘宝ほど王が所有すれば国の力となり国民はより潤される。だから貴重な秘宝ほど多くの国がトレジャーハンターを差し向ける。

 秘宝を持つ者が自分の国へ帰れず多くの国を列車で逃げまどったおかげでさらに多くのトレジャーハンターが追っている。

 当然、近隣の国のトレジャーハンターはみな投入されていた。広大で変幻自在にうねる苦悶迷宮の中で、どれだけ出会うかわからない。しかし知った相手だろうが知らない相手だろうがすべてねじ伏せそして殺す。

「ユピネロ……」

 酒を酌み交わし、互いの不幸を語り合い、肌も少し触れ合わせた。まるで親友のように仲良く語り合い、心が近づいた。

 それでも殺す。

 ニエナはもう迷わない。決してためらわない。情など不幸を自分の国の民に強いる理由にはならない。

 自分は国民の不幸を背負い、幸せにする力を持つ。義務を持つ。それは使命だ。与えられた使命をまっとうするためにこの命はあり、子供は武器に変質した。

 もう逃げない。自分とその赤ん坊が選ばれた意味はきっとある。それをないがしろにし、無気力で怠惰に逃げるなんて許される事ではなかったのだ。

 迷宮の大きな入り口に飛び込んだニエナの身体は闇に包まれどこまでも落下する。

「深い……」

 これだけ落下したらもう、着地の衝撃に耐えられない。しかし生還した者はいる。死なないはずだった。

 空間がぐにゃりと歪む。闇がさまざまな色に輝き混ざり溶ける。

「これが、苦悶」

 ニエナは落下していたはずなのに、次の瞬間何の衝撃もなく石畳の上に横たわっていた。

「何で、寝て」

 身体を起こす。戦場で寝ているなど許されない。とっさに飛び起き左右の手からドリルを出す。

 暗いが明るい。壁は汚く古い石のブロックを敷き詰めたようで、でもなぜか触れても埃一つつかない。汚れているようでいて、それは苦渋が滲み出しているのだ。

「うねっている」

 ぐにゃりと壁が歪む。床が歪む。天井が歪む。触れても硬いままのそれがたしかに大きく波のようにうねり変形する。

「いけない」

 このままだと潰される。移動しなければならない。ニエナはうごめく地面に脚を取られないようにしながら駆ける。

 しっかり踏ん張れない。もっと瞬時に跳躍しなければ。ニエナはうごめき狭くなったり広くなったりする迷宮を飛び跳ねながら疾走する。

 もうどちらが天井で床かわからない。跳び続けるニエナは、どの壁も重力がありそこに立つ事が出来るのを理解した。

「これが秘宝、苦悶迷宮」

 まるで苦しみ悶えるようにうねり続け変形し続ける迷宮。じっとしていたらうねる壁に押し潰される。常に移動しなければならない。

 しかし消耗してはいずれ捕らえられてしまう。賢者の石で疲労を回復出来るぎりぎりで、しかし出来るだけ素早く移動を続けなければならない。

「止まらない。いつか止まる? わからない」

 ここに着いたときはうねっていなかった。しばらく脈動したら止まるのか。それとも入った時だけなのか。

 うねる迷宮を疾走していると、声が響いた。

「ニエナ」

 知っている声。左右の手に生やしたドリルを交差させて構える。止まってはいけない。迷宮に潰されないよう走り続けなければならない。

「名乗りはもういらないわね。お互いを認識した。この間の借りを返させてもらうわ」

「……セフィール」

 玉を操る女王は姿を見せず、はるか遠くにいる。狭くうねる迷宮の隙間から玉を複数跳ばしてくる。反射角度が自在の玉はどんどん到達し、ニエナの周りを囲うように乱反射した。

posted by 二角レンチ at 06:59| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

幸福実験アンドロイド(6)武器戦闘

幸福実験アンドロイド(6)武器戦闘

 夜の月明かりの元、デッドラックは黒い服で黒い鎌を両手に持ちゆらゆらと揺らす。まさに死神だ。人間だけでなくアンドロイドにすら死をもたらす悪魔め。

「ヘンリエッタ。君は武装を出さないの? まさか組み込まれていないわけじゃないよね?」

 デッドラックは彼女に組み込まれた武装である鎌をこれ見よがしに振り上げ軽く振り下ろす。

 私たちは武装があらかじめプログラムされている。あとから改変可能な領域にプログラムを追加してさらなる武装を備える事は出来るが、最初に博士が用意した武装や姿は改変出来ない。私たちはそれを修復出来るが改良は出来ない。

 デッドラックが見せている鎌は彼女に最初から組み込まれている武装だ。あれには追加のプログラムをインストール出来ない。硬度などの基本データは元よりその機能も私は知っている。

「私は万能型よ。他のあらゆる機体に対応し、必要なら破壊出来るようにプログラムされている」

 私は両手の拳を固めボクサーのように構える。

「へえ。嘘ばっかり。武装を出さないなんて余裕のつもり? 拳や蹴りは基本武装であって攻撃武装じゃないだろ」

「いいからかかってきなさい。私は他の機体よりも基本性能を上に造られているわ。パワーもスピードもあなたより上。攻撃武装なんか出さなくてもあなたをねじ伏せられるわ」

 デッドラックはやれやれと言ったにやけ顔でイザベラを見る。イザベラはほほえみながらうなずく。

「ヘンリエッタの思考回路は未熟過ぎるわね。ベスパとの戦闘データを見たわ。その腕は弱い。パワーもスピードも戦闘経験を蓄積して戦闘思考が発達した私たちには及ばない」

「もう学んだわ。あれだけで十分。私の戦闘思考は発達し、パワーもスピードも十分発揮出来るわ。見せてあげる」

「やりなさいデッドラック。ベスパにされたようにこの頭の悪い妹の両腕を切り落とせばきっと素直になるわ」

「うん」

 デッドラックが両腕の鎌を交差させ飛びかかってくる。

 早い。離れたビルから一瞬で私の眼前にまで飛来した。

 しかし私はベスパとの戦いで戦闘思考を学んだ。アンドロイドはまず膨大な選択肢の中から有用な物を選りすぐり、他を精査せず一気に切り捨てる。

 さらに残った選択肢からランダムに一つ選んで行う。いちいち全部精査していては遅い。より有益な選択肢を残し、より悪い選択肢を排除するにはもっと戦闘経験が必要だが、今の選択能力でも十分戦えるはずだ。

 ベスパのときとは違う。私はアンドロイドの戦闘に必要な速度で選択肢を一つ選び出し、その行動をすみやかに行う事で他の機体の速度に対応出来る。

 私は両手の指をまっすぐ伸ばす。デッドラックが切りつけてくる鎌の下に飛び込み、かわす前に手刀を繰り出す。

 その指先はデッドラックの両手の指を狙う。鎌を握る指を破壊するためだ。武装は硬く構築されており私の拳では破壊出来ない。その武装を無力化するにはそれを握る手を破壊すればよい。

「おっと」

 デッドラックは両腕を左右に開いて私の手刀を回避する。そのまま脚を蹴り上げ下から私のあごを蹴り飛ばす。

「ぐっ」

 私はあごを蹴り上げられ空中で車輪のように一回転する。そのままビルの屋上に頭から叩きつけられ、コンクリートの床が砕けて飛び散る。

 この状況では敵の攻撃に対応出来ない。私が選び取った選択肢は後方へ飛び退く事だ。デッドラックが今何をしてくるのか視認する時間すらかけられない。私は自動的に選択された行動を取り、急いで後ろへ飛ぶ。

「うん?」

 床に叩きつけられた私の両腕を左右の鎌で切断しようとしていたデッドラックは、それより早く私が後退した事に軽く驚く。

 私はデッドラックと距離を取り対峙する。

「はあ、はあ」

「もう酸素補給が必要なのかい? 疲労が早すぎるね。まだまだ戦闘経験の蓄積が足りないな。身体に無駄な動きやパワーの浪費があるからすぐに疲労するんだ」

「そうね。はあ。でもかわしたわ」

「ふふ。確かにベスパと戦ったときとは違うようだ。うん。素早いね。それは認めるよ」

 デッドラックが凶悪に、ニタリと笑う。

「まったく妹はいつもこれだ。後続機体ほど出力を高く造られている。改良されている。おかげでこっちは戦闘思考や自己改良、工夫や知恵でその差を埋めないといけない。まったく忌々しい。基本性能だけで楽しやがって」

 離れたビルの屋上から見ているイザベラがくすくすと笑う。

「そうね。妹の方がスペックが高い。でもそんなの覆せるわ。ねえデッドラック?」

「うん。イザベラは僕の姉なのに僕より強いものね。アンドロイドはいくらでも強くなれる。イザベラが証明している。笑っちゃうよね。ベスパは第一機体。姉妹の中で一番弱い。なのに僕たちを殺すだって? はははははははは」

「そんなベスパを恐れて、徒党を組まないと挑めないんでしょうあなたたちは」

「ヘンリエッタ。僕たちはベスパより強い。あいつが世界中に散らばる僕らを何度殺しに来たと思う? 知っているだろ。ことごとく返り討ちさ。ははは。でも圧勝は無理だ。接戦になる。どうにでも覆せる程度の差だ。あいつは殺しまくっているからね。殺すのが僕より上手いかもしれない」

「ふん。あなたは殺すのがずいぶん下手だわデッドラック。私を殺せもしない」

「殺す気でかかればとっくに殺しているよ。僕は殺す専門だからね。殺さないよう傷つけるのは苦手なんだ」

「デッドラック。殺しては駄目よ。妹たちは全員私の大事な家族なのよ。私がちゃんと、いい妹に躾るんだから」

 イザベラは指をなめながらいやらしく笑う。そのじっとりと細めた目は明らかに私に欲情している。

「第五機体以降の妹たちは私の捕獲を免れてしまったもの。味わいたい。デッドラックやもう一人の妹以外の子もじっくりすみずみまで味を確かめたいのよお」

 イザベラは股間を押さえる。彼女はアンドロイドの中で唯一両性具有だ。きっと私の処女を犯したくて男性機能がうずいているのだろう。

「任せてよイザベラ。すぐに両腕を切り落としたヘンリエッタをプレゼントするよ」

 デッドラックは両腕の鎌を構える。

 くそ。さっきは手刀で奴の両拳を破壊するつもりだったのに。それが通用しないなら私も武装を出し惜しみしている場合ではない。

 私の機能は他のアンドロイドに知られていない。私も他のアンドロイドが密かに改良した機能については知らないが、見せた事がある機能についてはモニターしていたしデータとしてインプットされているから知っている。

 私の優位な点は私の武装や機能をまったく知られていない事だ。しかし出し惜しみしたあげく負けてはいけない。必要なだけ見せて使用しないといけない。

 私は両手を合わせる。武装機能を始動させる。

 武装が展開される。身体に組み込まれた武装は生体部品である細胞を組み替え構築して造り出す。あらかじめ組み込まれた分しか造れない。デッドラックの鎌があれ二本しか造れないように、私のこの武装もこれ一本しか造り出せない。

 私は両手に持つ、柄の長い斧を構える。刃は重く広く大きい。柄の両側に丸い半月型の刃がついている戦斧だ。

「へえ。斧かい。こりゃまた無骨でダサい武装だねえ」

「うるさいわね。あなたの鎌の方がよほどダサいじゃない」

「これは博士が組み込んだ物だからしょうがないだろ。あのじじいには一度文句を言ってやりたかったのに。死をもって幸福を追究する死神だから鎌だなんて。センスがダサいんだよ」

「博士はとてもいい趣味をしていたわ。私はこの博士にプレゼントされた斧がすごく気に入っているもの」

「ははは。ダサい妹にはダサい武装がお似合いさ。じゃあいくよ」

 デッドラックが襲ってくる。また瞬時に間合いを詰めると両手の鎌を素早く繰り出してくる。

 私は斧で応戦する。一本の武器と二本の武器。一見手数で負けるように見える。しかし武装はとても強固に造られている。それは柄も同じだ。私は斧の柄も使い、上下左右にばらばらに打ち込まれる二本の鎌をかろうじて受け止め続ける。

「へえ。食らわないんだ。なかなかだね。しかし防戦一方かい。反撃する余裕は無いのかな」

 こうして受け続ける間にもどんどんデータを収集していく。それは相手も同じだ。しかし私は未熟な分、まだまだ思考回路を改良する余地がある。

 腕の動き、斧の使い方、敵の攻撃の仕草、攻撃角度ごとのパワーやスピードなど、ありとあらゆるデータを蓄積する。

 やはり実戦は違う。あらかじめインプットされているデッドラックのデータより明らかに上だ。私はデータを上書きし、それに基づき選ぶ選択肢がどんどん良くなっていく。

 より良い選択肢を残しより悪い選択肢を省く。そうしてより良い選択肢を選び続ける私はどんどん防御が上達し、ついに反撃する機会すら造り出せるようになる。

「くっ、この」

 私に一撃も食らわせられない上に少しずつ反撃され、今度はデッドラックが防戦するはめになる。攻撃と防御の応酬。大きな斧でも硬度の高い細い鎌を砕けない。ガキガキと刃がぶつかり合い火花が飛び散る。

「妹のくせに。生意気だ。妹はどいつもこいつも生意気だ。姉だからと手加減してやっているだけなのに図に乗りやがって」

 デッドラックは二本の鎌を交差させ私が上から振り下ろした斧を受け止める。踏ん張る彼女の脚がコンクリートの床を破壊しめり込んだ。

「妹の分際で僕に逆らうなんて許せないぞ」

 デッドラックの両目がまぶしく発光する。その両目から輝く熱いレーザーが撃ち出される。

 そろそろ来ると思っていた。彼女のデータから、戦闘が膠着したらこの武装を展開する事が最も多い事はわかっている。

 これに対する回避をすでに用意してあった。緊急時の対応条件分岐ルーチンの最初に入れておいたおかげで最も早く対処出来る。

 この近距離なら無傷でかわすのは容易ではない。しかし条件分岐の前に入れているほど早く反応出来、結果として無傷の回避を成功させた。

「何」

 両目のレーザーが一発も当たらなかった事にデッドラックが驚く。動揺は隙を生む。私の斧と彼女の鎌が交差した状態のまま、私は彼女を横から蹴り飛ばす。

「おっぐげえええええ」

 両手の鎌を固持するデッドラックは腕で防御出来ない。私に横腹をまともに蹴られ血を吐いて吹っ飛ぶ。

 デッドラックはビルの屋上のコンクリートを砕きながら転がりフェンスを破って飛び出す。手に持つ鎌の切断機能を停止し、ただの杭のようにしてから壁に打ち込みビルの壁面にぶら下がる。

 彼女はすぐにその打ち込んだ鎌を支点に身体を上方に跳ね上げ、ビルの屋上に舞い戻る。

「はあ、はあ、こいつ」

「あらデッドラック。もう酸素補給が必要なの? パワーの使い方に無駄があるんじゃない? それともダメージのせいかしら?」

 私がふふんと笑うとデッドラックは美しい少年のような顔を見ていられないほど醜く歪ませる。

「イザベラ。こいつもういらないよね。殺していいだろ。僕は殺し専門なんだ。殺さない戦いでは機能が制限される。満足に戦えない」

 私はそれをあざ笑う。

「あら? 私も殺すつもり無く戦っているけど? 殺すのはちゃんと実験の有用性を検証して失敗だと判断した後だもの。私だって殺す気の方がより機能を使える。きっと同じ結果になるんじゃないかしらあ?」

 私の侮辱にデッドラックは、もう顔が潰れるんじゃないかと思うほどぎりぎりとねじ曲げ歪ませる。

 デッドラックは殺しに特化して改良を重ねているため、殺さない戦いは本当に苦手なのだろう。

 ある状況に特化して思考回路を改良発展させれば、当然他の状況では思考回路が制限された分弱くなってしまう。

 アンドロイドは万能ではない。私は万能型だがそのため特化した状況では他のアンドロイドに遅れを取るだろう。

 私はデッドラックの不得手な状況だから勝てているに過ぎない。しかし精一杯虚勢を張る事で相手の怒りを募らせ判断を狂わせる。

 アンドロイドは人間に似せて造られ疑似感情を持つ故に、感情の悪影響も受けてしまう。まるで人間のように。

 イザベラが冷たく言い放つ。

「駄目よデッドラック。ヘンリエッタは殺してはいけないわ。必ず私の物にしなくてはならない」

「でも」

「デッドラック」

 イザベラがほほえみをやめて厳しい顔つきをする。途端にデッドラックが青ざめる。

「私の、姉の命令には絶対服従。そう躾たはずだったけど? まだ足りなかったかしら?」

 デッドラックはぶんぶんと首を左右に振る。

「い、いや、イザベラ。ははは。やだなあ。ちょっと熱くなり過ぎちゃっただけさ。うん。僕の悪い癖だよね。でも直すから。悪い癖は直さないとね。躾はいらないから。一人で修正出来るよ」

「そう?」

 イザベラがにっこり笑う。デッドラックは彼女の躾を受けずに済んで心底生き返ったような蕩ろける安堵の表情を浮かべる。

 イザベラの躾はそれほどまでに怖いのだろうか。そうだろうな。

 私が知るデータでは、イザベラはその快楽を与える能力を使って延々快楽を与え続ける。

 過ぎた快楽は毒となる。気持ちよすぎて気が狂う。生半可な拷問では影響の無いアンドロイドの思考回路を狂わせるほど強力な快楽地獄。イザベラはそれで捕獲したデッドラックと第三機体を快楽拷問にかけ服従を誓わせた。

 私も捕獲されたら同じ目に遭わされる。イザベラへの絶対服従を思考回路に自らインプットするまで許してもらえない。思考回路が狂うまで耐えるわけにはいかないし、苦痛を感じる機能がある以上それに耐える事も出来ない。

 デッドラックは口の血を拭う。戦闘中だから余計な出血を偽装はしない。疑似血液をそれ以上流さない。

 彼女は両手の鎌を下げ、私にこびるような目をする。さっきまで怒り狂っていた目で私をにらんでいたのにえらい違いだ。

 これ以上イザベラの前で無様を晒せない。殺害許可を得られない以上機能が制限されたデッドラックは私にかなわない。私との戦闘を続行したくないので私に目で懇願している。

 私だって戦いたくない。会いたくないけどベスパの到着を待って事態を混乱させなくてはならない。今はまだ、イザベラとデッドラックの二人を振りきって逃げるのは無謀だと言えるほど成功確率が低すぎる。

 いざとなったらイザベラはデッドラックに殺害許可を出す。私はこの二人を相手に生き延びる事は出来ない。この戦闘のどさくさで上手く逃亡を計りたかったがやはりイザベラ相手には無理そうだ。

 イザベラが笑顔で拍手する。

「強い強い。さすがねヘンリエッタ。博士の最後の、改良を重ねた最高傑作だけはあるわあ。もうすぐベスパが来るでしょうけど、それまで少しお話しましょうか。もし投降するなら今すぐこの場を一緒に離脱して、怖いベスパに会わないで済むようにしてあげるけど?」

「私の思考はそっちでもシミュレートしてわかっているでしょ。私はベスパを待つわ。私を捕獲しようとするなら私も全力で抵抗する。あなたたちを殺せなくてもダメージを与えられる。そうなるとベスパ相手に不利になる。私もあなたたちを突破出来ないけどお互い手出ししないのが最善の選択肢のはずよ」

「ええそうよ。だから。ね。お話しましょ?」

 イザベラは両手を胸の前で会わせてお願いするようにし、目を細めてにこにこしている。

 デッドラックに私を痛めつけるよう命じておきながら失敗した。イザベラの顔に泥を塗ったのだ。彼女だって内心怒っている。

 なのにそれをおくびにも出さない。この娼婦は誰の前でも心を隠して笑顔を演じられる。だから疑似思考が何を考えているのか読み取る事が出来ない。

posted by 二角レンチ at 08:55| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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