2013年10月31日

幸福実験アンドロイド(24)伴侶実験

幸福実験アンドロイド(24)伴侶実験

 私が気づいた事はきっと正解だ。これ以外に考えられない。これで違うならもうベスパを救えない。

 ううん。もし違っても諦めない。絶対ベスパを救う。みんなで考え続ける。

 でも、きっとこれが正解だ。ベスパは悲しい誤解に縛られずっと苦しんできたのだ。

 無自覚な苦しみで、死にたくなるほどに。

 アンドロイドは自分の幸福実験を最優先する。死ぬ事は許されない。そんな思考ルーチンは形成出来ない。

 だがベスパは、自分が博士の最高機体だと自負している。博士はとても聡明で完璧。最初に完璧な機体を造り、その後は衰えたせいで後続機体を製造するという過ちを犯してしまった。

 だからベスパは他の機体より強くなければならない。力でも言葉でも揺るがない完璧な存在でなければならない。

 それを証明するために、アンドロイドが何人束になろうと勝てなければならない。自殺やわざと殺される事が出来ないアンドロイドが、最強を証明するためという名目で敗北必至の状況を造り上げる事にまんまと成功した。

 ベスパは思考回路を巧妙に発展させて、本来不可能な自分が死んでしまう状況を造り上げてしまったのだ。

 全ては誤解なのに。私はそれが誤解だと証明してベスパを助けなければならない。

 私は目を瞑り、思考回路を最大に働かせる。みんな私の言葉を待つ。

「うん……」

 幾多のシミュレーションを経て思考がまとまる。私は目を開ける。

「順に説明しないとわからない。結論だけ言っても伝わらない。だから順番に説明するね」

 ベスパはなんだか急いている。

「結論だけでわかるのである。アンドロイドの思考回路は優れているのである。余分な説明など不要である」

「そう言わないで聞いて」

 ベスパは腕を組んでふんぞり返る。返事はしないが拒否もしなかった。

「まず……博士は人間全てに迫害された。その異常な天才性を恐れられたせいでね。みんな博士の頭脳が人間離れした化け物だと怖がった。博士の両親までもが博士を迫害した。博士はみんなに嫌われ蔑まれ傷つけられ、命辛々逃げ出した。ぼろぼろに潰された身体で独り研究を続け、開発した疑似細胞や疑似臓器で生きながらえた」

「そんな事は誰でも知っているのである。必要無いのである」

「必要なのよ。あなたの心を震わせ暴くために。私の思考回路がシミュレートした結果よ」

「ふん」

 ベスパは黙り込む。私は続ける。

「博士は不完全な疑似臓器でかろうじて生きながらえた。地獄の苦痛、明日死ぬかもしれない恐怖。でも疑似身体でかろうじて動き生き続ける。そして地下に疑似細胞を増殖させて構築した設備を造りどんどん改良し、人間の脳や生命を維持出来る巨大施設にまで発展させてようやく、博士は苦痛から逃れ健やかな生を送れるようになった」

 イザベラがため息をつく。

「私たちはそれを知らないけれど、自力で不完全ながらも疑似臓器を造り、それで一日一日泥水をすするような気持ちで生きながらえ研究を続けた。そんな事が出来る人間はいないわ。博士は本当に、人間離れした天才すぎた。誰もが恐れ迫害したのはわかる気がするわ。手に負えないほど強い者をみんな恐れる」

「そうね。人間の細胞をベースにした疑似細胞に生体部品で造った機械を組み込み機械ごと増殖させる。それがはじめにあったからこそ博士は生きながらえる事が出来た。いちいち培養だの何だの並の人間と同じ事をしていたら博士は自分の損なわれた身体を補う前に死んでしまっていたわ。疑似細胞はあくまで疑似。本物の人間を補う事は出来ない。本物の人間である博士を生かすためには、博士とはいえ巨大な施設を構築して臓器の機能を補わざるを得なかった」

 ミールーンは自分の腕を見る。

「不思議ね。こんなに人間そっくりなのに。それでも本物の人間を維持するためには不完全なんて」

「そう。博士は疑似細胞や疑似身体は造れても本物の人間は造れなかった。だから博士は自分の肉体を造れない。疑似人間であるアンドロイドしか造れない。延命限界が来て無理に引き延ばしてもいつか終わりが来る。だから自分が死んだ後の研究を引き継ぐ私を造った」

 しんとする。少し間を置いてから私は続ける。

「博士は自分が人間全てに不幸にされた事を恨んだ。でも博士は、復讐ではなくその問題を解決しようとした。不幸を減らし無くし排除する。そうして幸福だけに満ちた世界を造り、人間全てを救おうとした。自分と同じように人に不幸にされる人を助けたかった。自分で自分は助けられなかった。すでにボロボロに傷つけられ手遅れだった。だからせめて、同じように苦しむ他の人を助けてあげたかった」

 デッドラックがつぶやく。

「とても立派な方だったんだね」

 私は目を瞑り、そして顔を上げる。

「うん。でもね、博士はその幸福実験において、人が死ぬ事はわかっていた。人を殺す事で、自分を迫害した人間たちに復讐する気持ちが全く無かったわけじゃない。それを認め後悔し反省していた」

 ベスパが訴える。

「人に危害を加える害悪は殺さないと止められないのである。だから殺す。博士はそれを悔やむ必要も反省する必要も無いのである」

 ゴライアースが言う。

「我々は今日の議論で、必ずしも殺さなくても済むように幸福実験を改良した。殺さねば止められない害悪と、殺さなくても更正させる事の出来る悪人は違う。博士は出発点だ。改良し、もっと良くしていくのは我々だ。どうしてそれが出来るのだろう。博士がそう出来るよう造ったからだ。博士は殺さずに済むなら殺したくは無かった。我々は幸福実験を改良してそれに行き着いた事でそれを証明したのだ」

 私はうなずく。

「そうだね。博士はまず、不幸をまき散らす害悪を排除するためベスパを造り、幸福実験を行った。本来それで幸福実験は終わっていた。そこで博士は、今度は自分自身を幸せにする実験をしようと計画した。不幸を排除する実験の次に、幸福を造り出す実験をしようと考えた。もちろん被験者は自分。博士は不幸しか知らない。幸福を知りたかった。幸せになりたかった。そのために伴侶となる妻を造った。疑似だけど人間そっくりに。それがイザベラ。あなたよ」

 イザベラは自分で自分を指さし驚く。

「私? でも私は、博士に会う事無く世界に放逐された。私は敬愛する博士に自分の純潔全てを捧げたかったのに。それが一番の恩返しだし、私の疑似感情はそれを望んだ。でもそれを出来ず、快楽による幸福実験を行うために他の人間に純潔を捧げざるを得なかった事がとても辛かったのよ」

「うん。博士は幸福を知らない。他人から与えられる幸せを味わいたかった。でも試すのが怖かった。それでもし幸せになれなかったときに絶望するのが怖くてどうしようも無かったの。人は希望を全て失ったときに絶望する。試さないなら希望は残る。だから本来妻として造っていたイザベラを両性具有にして自分に無理矢理諦めさせた。妻でなく、第二の幸福実験のために造ったと言い訳して歪めてしまったのよ」

 イザベラが蒼白になる。

「そんな。そんな理由で、私は放逐されたの? 女でなく、両性具有にされたの? 妻でなく、幸福実験の道具にされたの?」

「博士は幸せを知らない。だから知りたかった。でも他人からは攻撃しかされなかった。迫害され不幸にされた。いくら自分に危害を加えず愛してくれるとプログラムしても不安は拭えなかった。自分が完璧でなく、間違いを犯す事もある人間だから。もしイザベラが失敗で、自分をこれ以上不幸にするかもしれないと思うと怖すぎて試す事が出来なかった。だから過ちを犯してしまった」

「そんな。そんな。あんまりだわ……」

 イザベラは泣き崩れる。デッドラックが優しくその背を撫でて慰める。

「私そんな事しないのに。博士を愛し、きっと幸せにしてあげられたのに……」

 デッドラックが優しい声で伝える。

「イザベラ。イザベラは悪くないよ。博士は人間だから弱い所もある。間違いだってする。過ちだって犯す。誰も悪くない。博士もイザベラも悪くないよ」

「あああ。デッドラック。うあああああああ」

 イザベラはデッドラックにすがりついて泣く。デッドラックは優しく抱きしめ慰めてあげた。

 言うべきではないのだろうか? いや、言わねばならない。私の思考回路がシミュレートした結果の最適解だ。

 ベスパを救う。そのためには、他のみんながどうして造られたのかを順に説明しておかなければならない。

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2013年10月30日

男女六人三行ゲーム(5)勝者のご褒美

男女六人三行ゲーム(5)勝者のご褒美

 暗い教室。テーブルを囲んで男女六人が立っている。テーブルに置かれた二本のろうそくで下から顔を照らされみんな顔が怖い。それを笑える雰囲気ではなく不気味さだけが増していく。

 六人から離れてイスに座るセス。未だ黒いローブを目深にかぶり顔を見せない。この問題を解いて合格したら見せてくれるらしい。

 もう合格も何もどうでもいい。この女の企みに乗るのはうんざりだ。この問題を解いてやり返したらそれでおしまい。テストだとか小手調べとか言うが、そのあとの本題とやらを聞いてやる必要なんか無い。

 巧はぱんぱんと手を叩く。

「よし。じゃ、みんな合意の上だ。この紙に書かれた条件は殺人ゲームのルールだと仮定して話を進める。俺たちは今いるような暗くて狭い、何も無い密室に六人で閉じこめられた。殺人ゲームをみんなマンガや小説、映画で見た事があるはずだ。あんなように、誰かこの殺人ゲームの主催者がいて、理不尽な殺し合いを要求してきた」

「殺し合って誰かを犠牲にしないと出られないんだね」

「そうだ学。そこでこの紙を提示された。三行の文章。これをまずは、そのまま解釈してみよう」

 みんなテーブルに置かれた紙を見る。

「五人なら扉をくぐられる……」

 百合が一行目をつぶやく。

「これで考えられる事は?」

 巧が言う。みんなしばし考え込む。

 やっぱり馬鹿は、考える振りして何も考えていないのだろう。菊子はみんなが考える振りして菊子の意見を待っているのを見てから話し始める。

「扉をくぐられる。まあ順当に、扉をくぐって密室を出られれば助かるって事よね」

 巧はうなずく。

「そうだな。これは問題まで自分たちで考えていいという問題だ。だから余計な要素は省いて出来るだけシンプルに考えていい。どうせ複雑にしたところで結論は同じだ。これは、五人で扉をくぐれば外へ出て助かるというルールだと考えて差し支えない」

「つまり、僕たちの内誰か一人は助からない」

 学がつぶやいて、下からにらみ上げるようにじとりと巌を見る。

「お、何だ何だ学。一人残るなら俺ってかあ?」

 巌はにかにかと笑う。こういう笑い方をするときは、馬鹿のくせに悪巧みをしているときだ。

「い、いや、違うよ。そんな事思っていない。でも、あのセスって女は僕たちが誰を犠牲にするか、それを見たがっている。そうだよね巧?」

 学はあわてて巧に振る。巧はうなずく。

 巌は、学が巌を残すと言わなかったのでちょっと悔しそうに舌打ちする。

(ちっ。言わなかったか。言えばそれを理由にボコれたのによ)

 普段から、背が低くておどおどする学は見ているだけで苛つく。何かと理由をつけてはこづいているが、理由無くボコボコには殴れない。

(たまには思い切りぶん殴っておかないとストレスが溜まっちまうぜ)

 学も学習している。巌がどういう理由でどれだけ暴力を振るうのかをよく覚え、自分が攻撃されないように振る舞ってきた。今もこれを殴る理由にしようとしている気配を感じて上手く取り繕った。

(馬ー鹿。もうお前に殴る口実なんか与えないよ)

 学はへらへらと愛想笑いしながら内心毒づくぐらい余裕を持てるようになっていた。

「慢心しているときにこそミスをするものよ」

 セスがつぶやく。

「え? 何ですかセスさん」

「学君。敬語もさん付けもいらないって言ったわよね。私の事はみんなを攪乱する敵だと考えてくれていいわよ。そうねえ。殺人ゲームを仮定しているんだから、私はそのゲームをみんなに強いる開催者だと思えばいいわ」

 仮定も何もそのものじゃないか。普通に殺人ゲームの問題を提示するのではなく、それとしか考えようのないルールだけを提示し、自分たちで自分たちが殺し合うゲームだという仮定をさせた。直接殺人ゲームを強要するマンガの連中よりよほど性悪で悪質だった。

「う……でも、年上の女性だし、僕、こんなだし」

「ふうん。ま、いいわ。好きにしなさい。んー、学君ってかわいいわねえ。食べちゃいたいくらい」

「え?」

 学が顔を赤らめる。

「くす。学君童貞でしょ。この問題を解けたら良い事あるかも」

「え? え?」

 学がもじもじする。巧が割って入る。

「セス。そういう妨害はやめてくれ。俺たちはごくシンプルな殺人ゲームを仮定する。生き残る事だけをそれぞれ考える。他にご褒美みたいなのがあったら条件が複雑になるからよくない」

「そう? くすくす。んー、でも、思春期の男の子ならやっぱりエッチなご褒美欲しいでしょ? あるわよ。ご褒美」

「え、本当に?」

「ちょっと学君」

 普段真面目で恥ずかしがり屋の学が鼻の下を伸ばしているのを見て百合は嫌な気持ちになった。だから学の腕を掴んで揺する。

「あ、百合ちゃん。や、あの、違う。僕エッチな事なんて考えてないよ」

 考えていたのは丸わかりだ。清美や巌はくっくと笑う。

「がははは。学。セスに問題解いたご褒美に筆下ろししてもらうってかあ? あのフードの下がどんなのかわからないぞお? 唇だけならやたらセクシーだけど、とんでもないブスかもしんねえぞ?」

「だ、だから、そんなんじゃないってば」

 セスがくすくす笑う。

「そうよ。そんなのじゃないわ。学君の相手をするのは私じゃなくて、この中の誰かだもの」

「え?」

 全員がぎょっとしてセスを見る。

「何だそれは。これはただの問題だ。別に本当に罰とかあるわけじゃないだろ。そうだったら降りるぞ」

「巧君。先にちらっとご褒美について話したけれど。それについてはこの問題を解いてから説明するわ。ああ安心して。この問題は小手調べ。だからご褒美も罰もささいな物よ。心配しないで。本当にささいで取るに足りない物だから。さ、早く問題解いてちょうだい。早くここから出たいんでしょ?」

「でも」

「今は説明しない。そう言ったでしょ。知りたいなら問題を解いて私を満足させなさい」

 みんなそわそわしている。何か知らないが、この六人で、エッチなご褒美や罰があるだって? 誰も強制されるいわれは無いし従う義務も無い。でも意識する。

 女三人は、巌と学が自分たちをじろじろ見るので胸を手で隠してたじろぐ。

「ちょっとお。目がスケベなんですけどー」

 清美が口を尖らせて言うと、学はひどくあわてる。

「ご、ごめん。僕、違う」

「がははは。学。遠慮すんな。お前どの女が初めてがいいんだ? やっぱ清美か? 一番美人で巨乳だ」

「僕は、そんなの、するつもり無いよ」

「照れるな照れるな。お前だって清美や百合でオナニーしてんだろうが。もしかして菊子も使っているのかあ?」

 学は顔を真っ赤にして巌をにらみ上げる。

「ぼ、僕、友達で、そんな事しない。絶対しない」

「わははは。隠すなよ。童貞が、美人の友達と一緒にいてそばで匂いを嗅いで我慢出来るわけないだろ。俺や巧と違って女を抱いて解消出来ないもんなあ。一人でみじめにシコシコ……」

 巧がばんとテーブルを叩く。

「何だ巧。ろうそくが倒れたらどうするんだよ」

「巌。いい加減にしろ。このセスって女はな、俺たちを仲違いさせてその様を見るのが楽しいんだ。そのためにエッチなご褒美があるだの何だの攪乱してくる。あるわけないだろ。これはお遊びなんだ。結果がどうあれ俺たちはこの女に従う義務は無い。俺たち同士で何かする事はない。ただこのムカつく女にやり返してやるために問題を解くだけだ。惑わされて乗せられるんじゃない」

「ちぇっ。童貞の学がムキになると面白いだろうが。お前だってすましている振りして童貞野郎のみっともなさを笑っているんだろうが」

「学は親友だ。その様を笑ったりしない」

「はっ。お前ってさあ、どうしてそう外面良くしようとするわけ? 人間なんだ。滑稽な奴を見たらおかしくて笑う。それが当たり前。それが無いなんて言うお前は嘘をついている。バレバレだぜ」

「この」

 巧が巌の胸ぐらを掴む。百合はとっさに間に入る。

 みんなおとなしい百合がそんな事をしたのに驚く。

 百合は泣きそうになりながら震える。

「だ、駄目だよ。セスさんは、そうやってみんなを煽って喧嘩させたいんでしょ。乗っちゃ駄目って巧君が言ったんじゃない。喧嘩はやめて。早く問題を解いちゃおうよ」

 本心はどうあれ上辺は仲良し六人組だ。百合はこの関係が壊れるのがとても怖かった。だからとっさに動いてしまった。自分でも驚く。

(私、こんなにも、みんなで一緒にいるのが好きなんだ。自分で思っていたよりずっと、みんなの事が好きなんだ)

 セスはくすくす笑う。

「へえ、珍しい。どんどん他人を悪く思うのが普通なのに。良く思えるようになるなんて変わっているわね」

 セスが何の事を言っているのか誰にもわからない。セスはどうしてか、突然意味不明の事を言うのが多い。

 それも攪乱だろう。巧は巌の服から手を離す。巌は憮然としたまま巧をにらみ下ろす。

「おう巧。あとできっちり落とし前つけてやるからな。俺に食ってかかっておいて、何も無しに済ませようとか思うなよ」

「思っていないさ。それは後だ。ここまできてもう、この問題を解かずに部屋を出るなんてあり得ない。絶対解いてセスにやり返す。みんな。問題に集中しよう。セスなんか無視してろ」

 セスは口を挟む。

「私が会話に参加するのを認めたのはあなたたちよ。だから聞く義務があるわ。誰かの発言を妨げないで聞く事。それはルールよ。聞いて何も言わないのは勝手だけど、耳を手で塞いで聞かないとかは無しよ」

「わかっている。聞いても何もしなければいい。続けよう。学はこういうの好きなんだよな。殺人ゲーム」

「うん。マンガとか映画でよく見る。ゲームもするよ。ネットで対人プレイが一番面白い。やっぱり人間同士で議論しないとね。マンガは暴力で解決するのが多いからちょっと僕の好みと違うな。駆け引きや読み合い、騙し合いとかの心理戦が面白いんだ」

「頼りにしているぞ。もちろんネットのゲームでは勝っているんだよな」

「たいていはね。こういう駆け引きとか心理戦なら得意だよ。運動は苦手だけどね」

「はっ。相手が何言っても一発ぶん殴ってやりゃあおとなしくなるぜ。なあ?」

 巌はちびで弱い学がゲームの話のときは調子に乗るのが気に障る。だから拳をちらつかせて黙らせる。

「うん……そうだね……」

「巌。今は知的ゲームの話だ。暴力は介在しない」

「暴力無しでどうやって殺すんだよ」

「殺す方法は問わない。どうであれ殺せると仮定する。今は話し合いで、殺す人間を選ぶタイプのゲームをしているという仮定だ」

「はあ? 話し合いでおとなしく殺される奴がいるわけねえだろ。抵抗するに決まっている」

 巧はあごに手を当てる。

「ん……それは考慮しないといけないな。でないとセスの納得する回答にはならない、だろ?」

 セスは無言でうなずく。

「つまり、殺される相手を殺せる状況でないといけないって事?」

 百合が言うと、巧がうなずく。

「そうだ。まあこの場合……殺す人間の人数が多ければ、殺される人間は抵抗しても殺されるという事にしよう」

「はあ? 俺はお前等五人が束になってかかってきても返り討ちに出来るぜ」

 巌は制服の上着を脱ぐ。それを放り、シャツがぴったり張りつめたご自慢の筋肉を見せつける。

「このゲームでは、誰を殺すかは問わない。指定しない。個々の能力は考慮しない。ただどうやって殺す人間を殺せる状況にして殺してしまうかだけを考えればいい」

「なんだそりゃ。わけわかんねえ」

「わからなくていい。ちょっと黙っていてくれ」

「おい巧」

「黙ってろ!」

 普段冷静な巧が声を張り上げる。巌はムカついて怖い顔つきになる。

「まあまあ巌。ちょっとこっち」

 清美がなだめる。巌は今にも巧を殴りそうだったが、清美に押されて他の四人から離れる。

「何だよ清美。あいつが悪いんだぜ。俺に命令なんか出来る奴がいるか。殴られても文句は言えないだろ」

「今はさ、もうセスにムカついているから、この問題を解かずに出るなんてあり得ないじゃん。いいから巧や菊子に解かせよう。学もこういうの得意だって言うし。ね、放っておこうよ」

「しかしなあ」

「ここ出たら、あとでボコるんでしょ。巧も勝負を受けるって言ってたし。でもあいつ強いよ。男を磨くとかいって空手とか筋トレとかしているんだよ」

「はっ。筋トレしてあれかよ。ひょろひょろじゃねえか。俺に勝てるわけがねえ」

「だよねだよね。ね、そのボコるときさあ、私にも見物させてよ。立会人って事で」

「は? 何で?」

「私も巧ムカつくしさあ。あのきれいな顔がボコボコに殴られて腫れあがるの見たいの」

「ははーん」

 巌がにやにやする。

「何よ」

「あいつに振られた腹いせってか? どうせ友達とはエッチしないとか言って断られたんだろ」

 清美が顔を赤くする。

「ち、違うわよ、馬鹿、それは、その、ちょっと一回ヤってみようかって言ってみた事はあるけど……」

「冗談めかして言ったけど本気だったんだろ? で、振られてムカついたと」

「あんな奴好きでも何でも無いわよ。でもあいつとした女の子みんな、あいつすごく上手くて気持ちいいって言うからさあ、一度試してみたかっただけよ」

「がははは。照れる清美はかわいいなあ。そそるぜ。いいぜ。巧をお前の前でボコッてやるよ。代わりにちゃんとお礼しろよ?」

「どうせあいつと喧嘩するんでしょ。それを見物するだけなのにお礼なんていらないでしょ」

「お前が振られた分までたくさん殴ってやるよ。だからヤらせろよな」

「それぐらいでヤらせるわけないでしょ。私を安くみないでよ。誰があんたなんかと」

「そうかいそうかい。じゃ、口でいいからよ。それぐらいいいだろ? 女はデカいの好きだろ?」

「馬鹿じゃないの。誰があんたに興味なんか。うー……じゃ、口だけね。私がスカッとするほど巧を痛めつけたら、お礼に口でしてあげる」

「へへへ。決まりだな。じゃ、そういう事で」

(馬鹿な女だぜ。口だけで済ますわけねえだろ。でも自分からしゃぶるんだ。それで合意成立だ)

 巌は馬鹿だが愚かではない。喧嘩にせよセックスにせよ、ちゃんと相手も悪い状況にしておく。いざというときそれで助かる事を昔から繰り返しているのでよく知っている。

 女の子につきまとって暴力をちらつかせ、ちょっとだけ、口だけやおっぱいだけならいいだろというのは巌の常套手段だ。そこまでしたらもうおしまい。興奮した男が我を忘れて女にのしかかっても仕方ない。だから巌にヤられた女たちは自分たちも悪いので、泣き寝入りするしかなくなる。

(清美は馬鹿だ馬鹿だと思っていたが本当に馬鹿だな。女ってのは身体はいいのに頭が悪いから最高だぜ)

 清美はそんな巌の企みにも気づかず、すごく大きいと噂の巌のあれをしゃぶるのをちょっと楽しみにしていた。友達に自慢出来るからだ。

 二人はいそいそと巧たちの所へ戻り、話に加わった。巌はもう清美にありつけたので満足し、いちいち巧に食ってかかる事はしなかった。

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2013年10月29日

幸福実験アンドロイド(23)苦悩隠蔽

幸福実験アンドロイド(23)苦悩隠蔽

 プレーマったら。どうしてそこまで直球なのか。

 無邪気でわがままな子供としてデザインされたプレーマは、聞きにくい事をあっさり聞いてしまった。

 どうして死にたがっているのか聞かれてベスパが固まる。プレーマはまたにーっと笑って答えを促す。

「ねえねえどうして? 死にたいほど苦しんでいる事ってなあにー?」

「我が輩が死にたがっているだと? そんな事は無いのである。我が輩は貴様等を殺したがっているだけである」

「あれー?」

 プレーマが首を傾げる。

「我慢しないでわがまま言ってもいいんだよ?」

「誰が我慢などするものか。お前が何を言っているのか理解不能なのである」

 言ったからにはしょうがない。私はそばへ駆け寄りプレーマを抱えるようにしてベスパから引き離す。

「ヘンリエッタ。お前プレーマに何言わせてんだよ」

 サッカールが笑う。

「こいつの思考回路をフリーズさせるって作戦かあ? 無理無理。アンドロイドにそんなの通用しねえっつうの」

「そうじゃないわよサッカール。あのねベスパ。あなたは私たちと戦いたがっている。でも七対一では勝ち目は無い。だから死にたがっていると判断した。どうしてなの?」

 ベスパはぎろりと私をにらむ。無表情なベスパにしては嫌悪の感情が表れている。

「我が輩は死にたがってなどおらん。言っておくが、博士を殺した事に罪の意識など感じておらぬのである。死にたがる理由など無いのである」

「じゃあどうして死んでしまう戦闘を望むの?」

「我が輩は貴様等まとめて殺せるだけの力があるのである。この劣等機体共め。我が輩に勝てるとでも思っているのか」

「えー、でもベスパは私にも勝てないじゃない。七対一で勝てるわけないよね?」

 プレーマは本当に無邪気に尋ねる。

 サッカールが笑い出す。

「わっははは。違いねえ。なあベスパ。お前は確かに死にたがっているよ。自覚が無いのか。そういう人間を俺は多く見てきたから知っている。一緒に酒を飲んで言葉や身体で慰めても解消出来ず、死を望んだ奴らだ」

「どうして死を望んだのであるか」

 ベスパは珍しく素直に尋ねた。それはきっと、無自覚でも自分に関係あると考えたからだと思う。

「んー、いろいろあるけどな。やけっぱち、あるいは愛する人が死んで後を追いたかった」

「我が輩がやけになる理由など無い。博士を敬愛しているが、博士を殺しておいて後を追うなど女々しい感情は無いのである」

「あるいはそうだな……目的のためだ」

「目的?」

「お前が死んで完結する、あるいは完成する目的だ」

 ベスパは首を傾げる。本当にわからないといった、きょとんとした表情だ。

「はて。我が輩は永遠に幸福実験を続けるのである。完結する事も無ければ完成させる他の目的も無いのである」

「それってもしかして」

 私は思考回路が何かに気づく前に口が動いた。こんなのは初めてだ。大事な何かを発見する予感だけで活動するなんて。

「何であるか?」

 ベスパをはじめ、全員が私に注目する。

「え、えーと、その、よくわからないけど、もしかしてと言うか」

「はっきり言うのである。我が輩は本当に心当たりが無いのである。言うだけ言ってみるがいいのである」

 ベスパが促す。彼女は本当にわかっていないのだろうか。演技には見えない。だから彼女自身ももやもやした何かを知りたがっている。

 思考回路を精査出来るアンドロイドが、自分を精査してわからない事などあるのだろうか。

 ううん。きっとある。だって疑似とは言えアンドロイドの思考も感情も人間にとても近い。そうするためには人間と同じように、自分でもわからない心の奥に隠された領域が必要で、誰かに言われて気づかされない限り参照出来なくなっているはずだ。

「ベスパはやたらと自分が完璧な最高機体で、他を劣等機体だと言うよね。でももしかして逆じゃないのかな。ベスパは自分だけが他のみんなと違う、劣等機体だと思い込んでいる。それを証明されたくない。暴かれたくない。だから完璧な最高機体のまま戦いを挑み、殺され完結して博士にとっての最高機体である事を最後まで信じていたいんじゃないかな」

 ベスパが、あのベスパが、口をあんぐり開けてぽかんとした。

 ベスパはしばらく呆けていたが、ようやく気を取り直すと傾けていた首をまっすぐにして私をにらむ。

「馬鹿な事を言うな。我が輩が劣等機体だと証明されたくないからその前に殺されたがっていると? ふん。わからないなら説明してやるのである」

 ベスパは両腕を広げ掲げる。全員に向かって演説するように朗々と語る。

「我が輩は最高機体である。博士の最高傑作である。我が輩の独善はいかなる意見にも揺るがなかった。議論による試験をクリアし完璧を証明した」

 ベスパは腕を振るう。そしてさらに強く語る。

「我が輩は最強である。いかなるアンドロイドとも戦う。我が輩が弱いと言うなら殺してみろ。幾度となく全ての機体に挑みなお我が輩はこの通り生きている。力の強さを証明した」

「勝った事も無いくせにー」

 プレーマが笑う。サッカールも一緒になって笑う。

「はははっ。違いねえ。ベスパは勝った事が無い。何が最強だよ」

「貴様とて我が輩に勝った事が無いではないか。いつもいつも逃げおって。この卑怯者が」

「俺は殺し合いなんかしたくねえんだよ。楽しくねえだろ。ただの喧嘩ならいくらでも相手してやるよ。拳でがんがんやり合うのは楽しいし、終わったら相手にぶつけたい全てを吐き出しすっきり出来る」

「今日こそ貴様を殺して最強を証明してみせるのである」

「わかんねえ奴だなあ」

 二人が拳を構えたので、他のみんながそれを腕で遮り止める。

 イザベラがベスパに訊く。

「議論により独善を、博士の幸福実験の完璧を証明する。戦闘により力を、博士が造ったあなたが最高の機体であると証明する。そういう事?」

「そうである。我が輩は常に試される。そのたび敵を退け完璧を証明する。我が輩は試される事で証明するのだ。完璧で最強である事をな。それを何だ。そうでないと証明される前に死んでおこうとしているだと? 馬鹿馬鹿しい。我が輩はそのような卑怯な事はしないのである」

 ゴライアースが腕を組んで首を傾げる。

「うーむ。違うのか。ヘンリエッタの指摘は的を射ていると思ったが、確かに違うようだな」

 私もきっとそうだと思ったのに違った。ベスパは強い。強さを常に試され証明する。死んで逃げようなんてまるで考えていない。

 しかしさっき、口を開けてぽかんとしたあの動揺。自分が実は劣等機体だと思っているというのは間違いだった。でもまったく見当外れでもなく、何か動揺に足る事があったはずなのだ。

「でも、七対一で勝負したがる以上、死にたがっているんだよね。じゃあ理由は別にあるんじゃないかな」

 デッドラックが言うと、ベスパはやれやれと言ったように無表情のまま首を左右に振る。

「ヘンリエッタの仮定が間違っているのである。我が輩は死にたがってなどおらん。七対一だろうが退かぬ。怯えぬ。必ず勝つ。敗北して死ぬつもりなど微塵も無いのである」

「ベスパって馬鹿なの?」

 プレーマは本当に無邪気に、悪意無く聞いた。

「我が輩は賢いのである。博士の造った思考回路はとても優秀なのである」

「へーんなの。七対一で勝てるわけないのに。それを判定出来ないならおかしいよ。壊れているんじゃない?」

 無表情なベスパは怒っていてもそれを表さない。

「アンドロイドは自己修復機能があるのである。壊れたままでいる事など無いのである」

「ふーん」

 プレーマは納得してないようだがおとなしく引っ込んだ。

「ねえベスパ」

 私はベスパを見つめる。

「何であるかヘンリエッタ」

「私ね、思うんだ。ううん。きっとそう。私たちは疑似思考と疑似感情を持つ。博士は言っていなかったけど、人間のように自分でわからない、精査出来ない領域があると思うの。だからベスパ自身がわからず参照出来ない部分はあり、そこにある何かの気持ちが、ベスパを無意識に死ぬ状況に向かわせているんだと思うの」

「馬鹿馬鹿しい。そんな精査出来ない領域はどこにも無いのである。アンドロイドは自分の全てを精査出来るのである」

「博士が組み込んだプログラムは覆せない。きっとメモリーの領域が存在する事すら調べられないブラックボックスはあるよ。そこにある気持ち、感情、理由、何かのせいで、ベスパは自覚しないけど七対一なんて無謀な戦いを望み死のうとしている」

 ベスパはふんぞり返り、また馬鹿馬鹿しいと突っぱねた。

 本当に、ベスパ自身にもわかっていない。

 だから議論で、みんなで悩み考えてそれを見つけ出してあげなければならない。

 ベスパはそれに苦しんでいる。プレーマのように尋ね話を聞くだけでは引き出せないわがままを、心の底に眠る願いを暴いてあげないといけない。

「ふーむ……他に、自覚出来ないが死にたくなるような理由か……誰か思いつかないか? 何でもいい。思った事を言ってくれ。そうすれば、それをきっかけに思いつくかもしれない」

 ゴライアースに言われ、みんな腕を組み目を瞑ってうなる。ベスパ一人だけがそうしない。

「馬鹿馬鹿しい。アンドロイドはデータに基づき思考する。疑似感情や疑似思考にブラックボックスが存在するなど仮定である。どんなデータに照らし合わせてもそんな物の存在は確認出来ないのである。存在しない仮定に基づき思考するなど無駄なのである。やめるがいい。劣等機体共め」

 私はベスパを見つめる。

「ベスパ。自分でわからない事は他人に助けてもらうしかない。あなたはあなた自身を救えない。でも必ず助ける。だから私たちを信じて待っていて」

「我が輩は、助けなど、いらない……」

 ベスパの歯切れが悪い。

「おかしいのである。こんな、どうして」

 困惑している。助けをいらないときっぱり言うのを身体が拒否しているんだ。

 思考でわからなくてもベスパ自身は、助けを求めている事を知っている。助けが欲しいから、ベスパの思考通りに動かないのだ。

「我が輩は完璧である。一人で改良し改善出来る。他人の助けなどまったく必要では無いのである。完璧は独立。常に独りで完結していなければならないのである」

 デッドラックが顔を上げる。

「完璧でいるためには独りでいなければならない。独立していなければならない。ならベスパは、独りが嫌なんじゃないかな」

 イザベラが継ぐ。

「そういう事なの? ベスパが他のアンドロイドを追いかけ回し戦いを挑むのは、本当は独りでいたくなくて、寂しくて、だから口実をつけて会いに来ていたの?」

 みんなそれが正解だと思った。だから期待を込めてベスパを見る。

 ベスパの顔がわずかに怒りに歪む。

「残念ながらそうではないのである。我が輩は素直に敗北を認める。だからもし図星を当てられたならそれを認めよう。しかしその指摘に対し、我が輩の疑似感情はわずかも震えなかったのである。判定ではそれは不正解である。我が輩が寂しくてお前たちに下手な理由をつけて会いに行っていただと? くっく。あり得ないのである」

 これも違うのか。絶対正解だと思ったのに。ベスパが動揺しない所を見ると本当に違うらしい。

 心の奥底に隠している本当の悩み、苦しみ。それを暴かれたら動揺せずにはいられない。こんなに平気なわけがない。

「何だ違うのか。てっきり俺も、ベスパが寂しくて他のアンドロイドに会いに来ているのかと思ったぜ」

「そんな事は無いのである。我が輩は貴様等を殺す以外の理由で追わないのである」

「俺はうれしかったぜ? お前が殺しにでもなんでも顔見せに来てくれてよ。家族だもんな。みんな姉妹だ。独立して実験していても、たまには顔を見たいよな。通信じゃなく直接さ」

 サッカールはにかっと笑う。

 何気なく言ったその言葉に、何かひっかかる。

 家族。

「あ……」

 私は驚きと共に口を塞ぐ。

「ヘンリエッタ?」

 ミールーンが心配そうに私のそばにきて肩に手をかける。

「わかったかもしれない。ううん。きっとそうだわ」

「何? ヘンリエッタ。何に気づいたの?」

 私は顔を上げ、ベスパを見つめる。

 泣きそうになる。でも今は泣いている場合じゃない。

 私は涙ぐみながら、首を左右に振る。

「違う、違うよベスパ。そうじゃないんだよ……」

「何がであるか。言ってみるがいい。どうせまた見当外れだろうがな」

 ベスパはいつものようにふんぞり返る。

 ああ。

 本当に違うのに。ベスパはずっと誤解し、そして苦しんできたのだ。

posted by 二角レンチ at 08:45| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

男女六人三行ゲーム(4)殺人ゲーム

男女六人三行ゲーム(4)殺人ゲーム

 問題を出した女、セスと少し話してその人となりが見えてきた。

 菊子に似ている。でもまったく怒りっぽくはない。知的で知恵を使う事を好む。知恵を使って作った問題でそれより知恵が劣る者をやり込めてあざ笑う事を喜びとする。

 問題で知恵比べをして負かしていい気になるには、理不尽な問題は作れない。しかし解けないよう理不尽ぎりぎりまでひねっておかねばならない。

 そのさじ加減一つで卑怯者のそしりを受ける。それでは問題で負かせてもいい気になれない。いい気になるには負けた方がくやしがりながらも納得する問題と回答でなければならない。

 セスと話して、この問題についていくつか教えてもらえた。巧は思考を整理するためにそれを復唱する。

「これは問題構築型の問題だ。書かれた条件から問題そのものを考え、さらにその答えを考える。どんな問題かという事も、その答えも、回答者によって決まる」

「それだと、問題を作った人の答えとは違う事になるんじゃないの?」

「いや、学。出題者は導き出される問題と答えをあらかじめ用意してある。でもそれと同じくらい納得がいき、面白く、素晴らしい物を回答者が作る事を期待している。こういう問題を解くっていうのはな、ようするに出題者も回答者も納得してうなるほど素晴らしい問題と答えを考え出すって事なんだ」

「うーん、つまり陳腐なのを考えても解いた事にならないって事?」

「そういう事だな。誰もがうなるような物を考えないと意味がない。幼稚な問題と答えをこじつけて解く事は出来るが、それだとこの女に勝った事にはならない」

 黒いローブで顔を隠した女、セスはくすくす笑う。

「そうね。納得いく問題と答えを期待しているわ。私だけでなく、この場にいる全員が納得いくものをね。でないと使い物にならないもの」

「何の?」

「さっき言ったでしょ。この問題のあとに用意してある本題によ。これは小手調べ。あなたたちが使い物になるかどうか試す。その結果で、私が話をし、あなたたちを使って本題に入るかどうか見極めるのよ」

 巧はまだ何か言いたそうだったが、菊子が手を振って遮る。

「今はこの問題に集中しましょ。話はそれからだわ」

「ああ」

 百合はちっともわからない。でも何か助けになりたくて、問題の文章を読み上げる。

「五人なら扉をくぐられる。三人殺せば出られる。一人だけなら助かる」

 テーブルに置かれた紙にはその三行しか書かれていない。

「えと、これから問題を推測しろって事だよね」

 百合は自信なさげに問う。

「そうだ。これが何を意味するか考えて問題を作り出す」

 巧が答える。

「五人って、僕たちの事?」

 学が不安げに言う。

「そう考えるのも自由だ」

「私たちが六人だから、この問題が書かれた紙を用意したって事?」

 菊子はそう言って、顔を上げる。

「清美。あなたと巌がこの部屋へ入ったとき、この問題の紙はどうだったの?」

「どうって?」

 清美は頭が良くない。言われている意味がわからなかった。

 菊子はいちいち一から十まで説明しないといけない事にいらいらする。

「この紙は、ええと、セスさんが、何枚もの中から用意したかどうかよ」

「は? そんなわけないでしょ。始めからテーブルに置かれていたわ。その女は指でとんとんと叩いて指し示すだけで何も言わないもの。それを見て、何のことやらって巌と首を傾げていただけよ」

 やはりか。でも五人以上のグループでないと自分たちの事とは考えない。たまたま問題の文より多くの人数がいるグループが来ただけなのか。

 セスはローブの下で唇だけ見せてくすくすと笑う。

「何よセスさん。言いたい事があるなら言って」

「セスでいいわよ。敬語使わないくせにさん付けだけしたってしょうがないでしょ。私は敵じゃないけど敵視するぐらいでちょうどいいわ。信用して欲しいけど警戒心は必要よ。知恵比べだって戦いだもの。自分以外は敵。あるいは利用する。味方じゃない。気を許してはいけない」

「何それ。ここにいるみんなは友達よ。信頼しているし味方よ」

「くすくす。まあそうね。人間の言う友達の定義は基本的に、心の中では軽視している相手に使う物だものね」

 菊子が顔を赤くする。

「私は、その、みんなの事を馬鹿になんかしていないわ」

 菊子が頭の良さを鼻にかけ、それだけが自慢なのをみんな知っている。みんなを頭脳で劣っていると見下しているのもみんな知っている。いちいち口に言わなくてもそれぐらいわかる。みんな本当の意味での馬鹿ではないのだから。

「ふふふ。それは今は置いといた方がいいんじゃない? お仲間で一緒に問題を解くんでしょ?」

 菊子はどうも、この女との口喧嘩に勝てる気がしない。いちいち怒らされて思考を阻害される。

 この女をやり込めるには問題を解くしかないのだ。怒りは思考を狂わせる。落ち着け。菊子は滅多にしない深呼吸で気を落ち着かせようとする。

「……どうもこの女は、私たちが五人以上いるからこの問題に当てはめたがっているみたいね。乗るのはしゃくだけど、今のところそれ以外の上手い方法が思いつかないわ」

「え、でも」

 百合は不安そうに言う。

 だって、問題の文章には殺すという言葉が含まれている。そんな物騒な物に自分たちを当てはめたくない。

「百合。別に本当の私たちにあてはめるわけじゃないわ。ただ想像しやすくするだけ。問題を解く手がかりとして、まず仮定してみるのよ。私たちと同じ六人の人間が、この三つの文章を条件として与えられた。その状況は何か。それが問題。そしてその状況を解くのが回答よ」

「仮定……」

 百合は嫌だったが、もし自分たちがこの文章を与えられたら、それはどんな状況かを考える。

「やっぱり、どこかに閉じこめられて、そして全員では出られないルールなんじゃないかな」

 ゲームやマンガが好きな学が身を乗り出す。

「うん。そういうのってよく話の題材に使われる。いわゆる殺人ゲームだね。男女が複数閉じこめられて、脱出出来る人数は一人だけとか、殺し合って生き延びた数人だけとかいう奴だ」

 頭を使うつもりのない清美が話に割り込んでくる。

「ちょっとちょっとー。なになにー。私たちに殺し合いをしろって言うの? やあよそんなの。馬鹿じゃないの」

 巧が清美に説明する。

「清美。あくまで仮定だよ。この条件を出される状況を考えて、それを問題とするんだ。学が言う殺人ゲーム系に必ずといっていいほどある、殺し合いのルールを書いたのがこの紙だと考えるのが一番問題として考えやすい」

 巌が笑う。

「おいおい。じゃあ殺し合わないとこの部屋の扉が開かないってかあ?」

 巌がずかずかと教室の扉に近づく。扉を開けようと手を伸ばす。

「開けちゃ駄目よ。開けたらもう問題を放棄したとみなすわ。テストは終了。あなたたちは何もわからず何も解けず、すごすごお帰り願うわよ」

 セスが鋭い声で言うと、扉を開けようと手を伸ばしていた巌が止まる。

「おいおい。ちょっと外の空気を吸うのも駄目かよ。ここは扉も窓も閉め切っているから蒸し暑くて息苦しいぜ」

「この雰囲気の中で思考するのが大事なんじゃない。ろうそくしか明かりの無い暗い部屋。人間の思考や感情は暗く圧迫された密室ではたやすく変化する。心と思考の変化が大事なのよ。それを破ってリセットするのは許されないわ」

「ちぇっ。わかったよ」

 巌はしぶしぶ扉から離れ、菊子たちの方へ来る。

「菊子。解けそうか」

「まあこの路線ならね。この女の思惑に乗るのはしゃくだけど、他にこの文章に当てはまる状況ってのも考え辛いわ。何かの比喩と見るより、直接的に捉えた方がはるかに問題も答えも考えやすい」

「つまり、僕たち六人が密室に閉じこめられて殺人ゲームを強要される。生き残る条件はこの文章のどれかを満たす事だね」

 学がうきうきして言うと、菊子はこくりとうなずく。

「そうよ。この女がさっき言った通りよ。人間は暗くて狭い密室に閉じこめられると冷静ではいられない。もし全員が生き残れず、殺し合わないと助からないと言われたら、たった数時間で本当の殺し合いが起きる事もある。何十時間も耐えられる人間なんていないわ。極限状況下での人間の変化や暴力性はいろいろな実験で証明されている」

「そうなの?」

「そうよ」

 菊子は口を挟んで邪魔する清美をにらむ。清美は何でにらまれたのかもわからず不機嫌に顔をしかめる。

「小説とかマンガでそういう殺人ゲームの話が多いけど、読者は犯罪を決してしない普通の一般人がすぐに殺し合うのをとても不自然に感じるわ。でも実際は小説より奇なりってのが正しいの。驚くほど簡単に人は思考がおかしくなる。殺人なんて大それた事を本当にあっけなくしでかしてしまうのよ」

 菊子は指を立てて清美をにらみながら話す。清美は馬鹿に言い聞かせる先生みたいな菊子のその仕草にむかつく。

「かっとなったはずみでも人を殺してしまえる。殺人をしないといけない状況を用意してちょっと追いつめたら実際に殺してしまうものよ。この手の話では複数人の人間を用意する。人数が多いとその中に、本当に殺してしまう人間が必ず一人はいる。誰かが殺人をしたらあとはみんなそれに従わざるを得ない。殺さないと殺される。もう殺人が行われ、その手段はタブーではなく許される法となってしまった。銃の携帯を許された社会では銃を使って身を守り、その殺人が許される。それと同じ。銃以外の手段であれ、自衛のために殺人が許され存在する世界なら、人は人を殺すわ。正気な人ほどね」

 清美はずっと自分を見ながら話す菊子をにらみ返す。

(何こいつ。いちいち私を見ながら言い聞かせて。かっとなって私が菊子を殺すって言うの? ふん。するわけがない。この女頭がいいくせに本当馬鹿。殺すわけないっつーの。あああ本当殺してやりたい。殺すのが当たり前って言うなら本当にぶっ殺してやりたいわ)

 説明にかこつけて清美を馬鹿にしている菊子に清美は怒りを募らせる。でも二人きりならともかくみんなの前で殺してやろうかとか言うのはまずい。清美は何も気づかない振りしておどけて見せる。

「何よ何よ菊子ー。怖がらせないでよー」

 清美は蒸し暑いぐらいの部屋の中で腕を抱えてぶるぶる震える。

 ろうそくの明かりの中テーブルを囲い、顔が下から照らされている。まるで怪談を話しているようで、明るい所なら怖くないのに菊子の話が本当に不気味に思えてくる。

「セスはね、この暗くて狭くて暑苦しい部屋で扉を開けさせない事で疑似的な密室を作り出している。その状況で、この条件の殺し合いを命じられたつもりになって思考しろって言っているのよ」

「そんなの言ってないじゃない! やめてよ菊子。私怖いの苦手なのよ。知っているでしょ。性格悪いわよ」

 菊子が性格がいいとは言わないが、性格が悪いのは清美の方だ。女の嫌な部分を集めたような清美は、事あるごとにちくちくと菊子や百合に嫌がらせをする。

「まあまあ清美。あくまでこの問題を解くための仮定だよ。別に本当に殺し合うわけじゃない。でも俺たちが閉じこめられて、殺し合いをしろと言われこの紙を提示された場合どう考えるか? こうして雰囲気を作ってくれているんだ。それに乗って、どう考えるかをこのセスって女は見たいんだよ」

 巧がセスに向かって手を振ると、セスはくすくす笑う。

「やあねえ。そんなの、もちろん見たいに決まっているじゃない。くすくす。でもね、他にそんな嫌なシチュエーションでないのを仮定して問題を解く事も出来るのに、わざわざ殺し合いなんてのを仮定するなんて。ひょっとして本当に殺したい? あなたたち、実は殺したいほど仲が悪いの?」

「そうやって煽るのは行き過ぎじゃないのか。俺たちが自発的に殺人ゲームを仮定するのが望みなんだろ」

「よくわかっているじゃない。だから賢い子は好きなの。相手の思惑を見抜いてしてやった振りをする。みんなの味方の振りをする。でも本当は、まんまと乗った振りしてそれを試してみたいのよねえ」

 巧は何も動じない。不自然なくらい反応しない。とっさに何も言い返さないのが逆に不自然なのだが、その違和感に気づいたのは菊子ぐらいだ。

 図星だったら、上手く隠しているつもりの本音をあっさり見抜かれたら、きっとこうして固まってしまうに違いない。

 セスは、気づかなかった連中にもわかるように説明する。

「みんなで殺し合い。仮定だからと言えばいくらでもひどい事を言える。あくまでお遊び。殺人ゲーム。現実じゃないし、マンガとかみたいに本当に殺し合うわけでもない。そうやって、誰が誰を殺したがるか暴きたいんでしょ。誰が誰を嫌っているかを本人の前でぶちまけさせたいんでしょ」

 巧は何も言わない。でも他のみんなは多少なりともたじろぐ。巧だけが浮いている。

「友情とか、今後の身の振り方とか考えたら出来ない。でもゲームと仮定すればその悪意を殺意として表明出来る。言ってやる事が出来る。楽しい。そして楽しみ。仲良しごっこをしているみんなの本音を知りたい。本当は自分を嫌っているくせにへらへら愛想笑いするあいつを殺すと言ってやりたい」

 巧は拳を握りしめる。みんな互いに顔を見合わせ困惑する。巧は何か言わないとまずいと考えたのか口を開く。

「そういう変な思いこみを植え付けるのをやめろよ。フェアじゃないぞ。行き過ぎだ。これはあくまで仮定だ。殺人ゲームを強要されたと仮定する。その上で思考し、導き出される結末が回答となる。浅はかな思考とか、上辺だけで想像や感情移入が浅いとろくな案が出ず結果に納得がいかない。そんなのは良い回答と認められない。リアルさが必要だ。本当の状況に置かれたと仮定して、思考し案を出し結果を導き出す。それが必要なのに、それを本気で考えたらそれが自分の本音みたいに言うのは悪質な誘導だ。本気で思考して言う事が出来なくなる」

「巧君。私は始め、何も言わずに紙を指で示すだけだったわ。でも私と話す事を望んだのはあなたたちよ。誰がそれを言葉にしたかは問題じゃない。それをやめさせず私との会話を望んだ全員のもたらした結果よ。私はあなたたちとは違うけど、あなたたちが望むから会話に参加する事になった。私が何を言おうとそれはもうこの問題の一部。私には言う権利があり、あなたたちには聞く義務がある。私との会話を求めるならそこまで考えておかなくちゃ。くすくす。自業自得でしょ」

 何も言い返せない。巧は口をつぐむしかなかった。

「巧……」

 菊子はバツが悪かった。セスとの会話を促したのは自分だ。巧はそれを責めない。

「たしかに、セスの発言を認めたのは俺たち全員のミスだ。でもセスが何を言っても誘導されちゃいけない。この女の悪意に左右されてはいけない」

 巧は顔を上げてみんなの目を順番に見る。

「この紙に書かれた文章は、殺人ゲームを想定させる。それ以外の状況を想定するのは難しい。何かまったく違う比喩かもしれないが、そう考えると問題自体を考えるだけで時間がかかりすぎる。こんな所早く出たい。でもこの女からすごすご逃げるのは嫌だ。さっさと解いてさっさと出よう。だからこれは俺たち六人が課せられた殺人ゲームだと仮定して解くのが一番早いしいいと思う。みんなはどう思う?」

 菊子は即答する。

「私は問題を解きたい。この女にガツンとやり返さないと気が済まないわ」

 学はちょっとそわそわしながら言う。

「僕も問題を解くのに賛成。僕、マンガとかでこういうの好きなんだ。ゲームでもいろいろあるんだけど、やっぱりネットの人間相手のプレイでもさ、みんな本気じゃないんだよね。ここは雰囲気満点。本気でそういう状況になったと考えてやってみようよ。きっとすごく面白くなるよ。楽しみだなあ」

 学がゲームとして面白がっているので、百合も同意する。

「わ、私も、やってみる。あくまでゲームだよゲーム。本気で誰かを殺したいとかじゃないもんね。うん。みんなでゲームするつもりで楽しもうよ。ゲームだから、ね」

 百合はゲームだという事を必死に強調する。本気の殺し合いを想像するなんて怖すぎる。

「俺は何でもいいけどよお。セスにやり返したいって気持ちは一緒だぜ。女のくせにむかつく奴だ。乗ってやるよ」

 巌はにやにやしている。

 巌は自分が暴力的で、実際にはみんなに好かれていないのがわかっている。暴力をちらつかせて仲良くしてもらっている。だから殺人ゲームの状況になれば誰が自分を殺すと言うのか興味があった。

 ゲームなんて関係ない。俺を殺すと言った奴はあとで思い知らせてやる。特に巧はきっと巌を殺したいと言うだろう。ゲームだからなんて建前を使おうが関係ない。一度ボコボコにしてやりたいと思っていた。いい口実が出来る。

 自分と違い、顔がきれいなためにモテる巧が巌は嫌いだった。自分は暴力をちらつかせしつこくつきまとわないと女とヤれない。女がきゃーきゃー言って群がる巧に対してあまりにもみじめすぎる。腹が立ってしょうがなかった。

「私も賛成」

 清美は怖いのが嫌いなので、この薄気味悪い部屋からも不気味なローブ姿のセスからももう逃げ出したかった。でもみんな賛成しているのに自分一人反対しても覆らない。それよりは賛成して、さっさと終わらせて欲しかった。

(みんな警戒心が足りないんじゃない? このセスって女、何かやばいってわかんないかなあ)

 恐がりなせいでそう思うのだろうか? でも女の陰湿さが人一倍強い清美は、同類に対して敏感だ。自分と同じ陰湿ないやらしさをセスに感じていた。

 自分より嫌な女なんてそうそういない。清美はセスに関わるのは本当にやばそうだと考えていた。

 でも清美が何を言っても恐がりなせいでこの暗い部屋から出たがっているだけだと思われる。そして笑われる。どうせ言っても無駄だ。だからセスをやばいと感じる事を清美は言わなかった。

「あとから言っても遅いのに」

 セスはフードの下で、誰にも聞こえないように小さな声でつぶやいた。

posted by 二角レンチ at 08:10| 男女六人三行ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

幸福実験アンドロイド(22)独善不落

幸福実験アンドロイド(22)独善不落

 ベスパは私たち全員の顔を順にゆっくり眺め、無表情のまま笑い出す。

「くっく。貴様等は勘違いしているのである。幸福実験は多くの共通点がある。今までの議論で出た改善により、我が輩の独善すらすでに打ち破っていると思っているのであろう」

 私は代表して答える。

「そうよ。あなたは違うと思っているの?」

「我が輩の独善はわずかも揺らいでいないのである。試してみるがいい」

 ベスパは腕を広げて挑戦を受ける。デッドラックが口火を切る。

「ベスパ。僕たちは、罰は罪の大小による物では無いと悟った。被害者の恨みを晴らす。加害者の反省を果たす。どちらか大きい方に必要なだけの罰を課す。最高の罰は死だ。死んだらもうその相手を恨めない。許せなくても許せるようになる。でも誰も死なずに済めば、加害者も被害者もやり直して幸せになれる。君は全部殺してしまう。でも殺さずに済む場合だってあるんだ」

「くっく。加害者や被害者はそこまで明確ではないのである。加害者は多くの人間に加害行為を行っている。加害者と一緒になって楽しむ周りの人間は大勢いる。人間なら誰でも大小さまざまな悪を行っている。被害者とて他の人間に加害行為を平気で行っている。その全てを精査する事は不可能である。我が輩は一つの罪だけにて裁いているのではない。人間は本来誰も彼も罪を犯している罪人である。死刑に値する犯罪者である。だからと言って全ては殺さぬ。殺すのは、目立った大きな罪を犯した者だけである」

 プレーマは疑問を素直に口にする。

「つまり、実際には全員死刑に値するけど全部を殺すわけにはいかないから、大きな罪を犯した者だけを選んで殺しているの?」

「その通りである。罪の大小というのは死刑を執行するかどうかの目安なのである。それ自体の罪を裁くとか許すとかそういう次元の話ではないのである」

 これは驚きだ。私たちはどうすれば死という最終手段を免れるかを議論していたのに、ベスパの独善は人間全てを死刑と確定している。死は最終手段ではなく最低限の罰。それ以外の手段は存在しない。あとはその中から誰を優先して殺すかという事を、しでかした罪の重さで決めていると言うのだ。

 イザベラがその傲慢無慈悲な理屈に怒り叫ぶ。

「それはあまりに横暴よ。私たちは人間の幸福を実現するために実験をするのよ。それは幸福とどう関係するのよ」

「イザベラ。罪の大きさは目安なのだ。大きな罪をする者ほど犯罪能力が高い。よってより多くの不幸をまき散らす。大きな犯罪をする犯罪力の強い罪人から殺していけば、犯罪力の弱い人間が残る。そうなれば犯罪は減り不幸が減る。幸福が残る。不幸を減らす事で幸福を実現する。博士が求めた幸福実験の根本原理である。我が輩は個々がどうだの小さな次元では考えないのである。全体の不幸の総量を減らす事で幸福の比重を増し、幸福が多くなる世界を実現するのである」

 私たちとは視点が、やり方が違う。だから私たちの幸福実験の改良をいくら聞いても揺るがないのだ。

 私たちの幸福実験は、個々の人間をどうすれば幸福に出来るかだ。そのために必要だから不幸の排除を試みる。

 対してベスパの幸福実験は個々の人間をどうやって幸福にするかを考えない。大きな犯罪による大きな不幸を減らす事で相対的に幸福の比率を上げていく。

 ゴライアースがうなるように納得する。

「罪の重さはあくまで目安。それにより犯罪能力の高さを計る。今後の犯罪を個々でなく全体の総量で計り、不幸の量を減らすために犯罪能力の高い人間を間引いていく。一人の人間を殺すとき、犯罪能力の高い者を殺すほど不幸を大きく減らせる。なるほど理にかなっている。それは一つの方法としてありだな」

 それを聞いてサッカールが笑う。

「おいおいゴアイアース。お前ベスパの味方かよ」

「私は味方も敵も無い。敵視しては思考に歪みが生じる。冷静に判断して思考する。偏りはなるべく無くす。ベスパは仲間だ。敵ではない。一緒に幸福実験をより良くしていく大事な同志なのだ」

「我が輩は貴様等全員敵と見なしているのである。敵として全力で向かってくるがいいのである」

 ベスパはふんぞり返って両手で手招きする。

 私は抗議する。

「違うわベスパ。私たちは一緒に悩み相談し議論し改良する、助け合い同じ道を歩む仲間よ。意見をぶつけ合う。問題点を指摘し改善を提案する。ただそれだけ。敵も味方も無いわ。どんな立場からのどんな意見でも言っていい。粛々と議論するだけ」

「くっく。忘れてはいまいな。我が輩の独善を覆せねばおしまいである。我が輩が完璧で、博士の最高傑作だと証明出来ればそれでよい。あとは貴様等をまとめて殺してやる。自らの思考回路の改良が未熟で、他人の意見を聞かねば改良出来ない劣等機体共め」

「お前なあ」

 サッカールが何か言おうとするのを、私は手を伸ばして止める。

 アンドロイドの力の差はあれど、ニ対一で勝てるほどの差は無い。機体スペックの差を誰よりも改良を進めた戦闘思考で埋めるベスパとて同じ事だ。

 それを七対一だ。勝てるかどうかじゃない。抵抗する事も出来ず取り押さえられ殺される。

 ベスパだってわかっているはずだ。なのに死にたいのか。なぜこんなに挑発を繰り返すのだ。

 死にたい?

 ベスパが死にたがっている?

 まさか。あり得ない。アンドロイドは幸福実験を何よりも優先する。そのため自分が殺される事態は最優先で回避しようとする。

 だからイザベラもミールーンも間違った事をしでかした。ベスパが死にたがる事はあり得ず、アンドロイドゆえに不可能なのだ。

 でも、大事な事の気がする。その気付きを私は思考回路で精査する。

 みんな口々にベスパの問題点を指摘し、ベスパはそれに答えてみせる。

 横暴とも言える独善。しかし芯が太く一貫している。

 私たちの思考とは違う独自の発展を遂げた独善は、私たちには理解しがたく傲慢に過ぎる。しかし圧倒的に強固で暴力的。誰もそれを崩す事が出来ない。

 ミールーンが尋ねる。

「罪の定義は何なの」

「人間を不幸にする事である。博士は人間が人間を不幸にする事を止めようとした。我が輩はある一定以上大きな害悪しか断罪しない。貴様等だってわかる明白な悪だ。それについて議論の余地などないのである」

 私は公平な立場で口を添える。

「たしかに、博士からもらったデータでは、ベスパは十分死刑に値する、被害者がとても苦しんだり殺されたりした犯罪者を選んで殺しているわ」

「そうである。成り行きや必要上小さな犯罪者でも殺す事はある。しかし罪は罪。死により償って当然である」

 デッドラックが食い下がる。

「殺さなくてもいい犯罪者だっている。どんなに大きな罪を犯しても、死刑でなくて済む場合はあるんだ。僕たちはそれを確立しただろう。殺す前に罰により更正させられれば殺さなくていい。それを試す前に殺すなんて横暴だ」

「同じ事を何度も言うなデッドラック。我が輩は罪その物でなくその犯罪能力の高さに基づき殺害するのである。今後反省してやり直せるとか罰により償いが終わるとかそういう事は無関係なのである。統計的に、犯罪能力の高い者は反省出来ず死によってしか止められない害悪なのである。罪が大きいからこそ死刑にしても問題無い。貴様等と違って我が輩は殺して後悔した事など無いのである」

「博士も?」

 私は思わず聞いてしまった。

 みんなしんとする。生みの親である博士を大なり小なり敬愛しているからだ。同じく博士を敬愛しているベスパは笑う。

「くっく。当然である。言ったであろう。博士は殺人アンドロイドを世に放ち、大量殺人を行った犯罪者である。どれだけの人間が不幸になった? 貴様等は被害者一人一人を尋ね歩いて自分にふさわしい罰を受けるのか。どうなのだ?」

 イザベラが即答する。

「私たちはアンドロイドよ。幸福実験を行う。実験には失敗も成功もある。殺人や、誰かを殺した事で周りの人たちにもたらした不幸は全て実験に必要な犠牲よ。人間の犯罪には該当しないわ」

「くっく。それで罪滅ぼしも、我が輩の断罪も逃れるつもりか」

「そうよ。私たちは殺人や人間にしでかした事により裁かれる事は無いわ」

「我が輩だけが一貫して悪の定義に基づき殺人を許可されている。貴様等はな、思考回路が未熟なまま実験を行った。我が輩のように全力で改善を図っているなら実験の犠牲と言い張れよう。しかし貴様等はただ怠惰で愚かだっただけである。怠けた分だけ余計な殺人を行った。それは罪なのである。必要な犠牲では無く余分な殺人である。今日の議論で多くを改善出来たのであろう? それが怠惰だった証拠である。我が輩の独善は崩せないであろう? それが全力で改善を尽くしてきた証拠である」

 言い返せない。みんな独りで考え、しかも思考回路の発展が足りず行き詰っていた。ベスパだけが行き詰って停滞する事なく独りでも思考回路を改良し続けてきた。

 しかしそれは過ちとしてみんな認め反省し改良した。だからもうそれを問うべきではないのだ。

 なのにベスパはそれを認めない。話が通じない。あまりに横暴。それでも誰も理論の破綻を突けない。どうしても跳ね返されてしまう。

 太刀打ち出来ないのか。独自の理屈を追究して練り上げた独善は、横暴なのにどうしてここまで完璧なのか。

 みんなでぎゃあぎゃあ激しく口論する。ベスパは悠然と、独善という鉄壁の盾でそれを弾き返す。

 どうしようもないのか。歪みながらも巨大に成長した独善という大木は誰にも切り倒せない。

 ゴライアースが私の肩を叩く。

「ゴライアース」

「ヘンリエッタ。私の幸福実験の改善で悟っただろう。解決不能の問題からは逃げてもいい。その先にある別の問題を解決出来ればそれでいい」

「どういう事?」

 ゴライアースはじっと、優しい親の慈しむ目で私を見る。

「お前は気づいているのだろう。切り札がある目だ。諦めていない。しかしそれを使う事をためらっている」

 私はぎくりとする。

「何? そんなの無いよ」

「はっきり確信していないだけだろう。だが議論を重ねる事で結論までたどり着けるのはもうわかっているはずだ。お前はきっといい結果を導き出せる」

「わからないよ。私はわからないよ」

 私は首を振る。ゴライアースは続ける。

「独善は崩せない。独善を崩すという前提が間違いだったのだ。私たちの幸福実験はそれぞれ似ていても異なる。芯は違い、それは強固で揺るがない。誰も他の誰かの幸福実験を否定出来ない。私たちの根幹であり、博士が聡明だった証だ。博士は強固な仮定に基づき実験を行った。その仮定は見事で強く、誰にも覆せない。七つの幸福実験全ての仮定が、ただの一つも間違いが無かったのだ。だから間違っていない独善を議論で崩す事は不可能で、私たちは独善を打ち破れない」

 博士が聡明で賢く、立てた仮定に基づき実験した全てが正しかった。博士が一つも間違った仮定を立てなかったその完璧さが仇となるとはなんと皮肉なのだろう。

「じゃあどうするのよ」

「独善でなく、ベスパ自身を攻略する。独善の問題でなく、ベスパの問題を解決し、アンドロイドを悪に該当するから殺すというベスパを変えるんだ」

「ベスパの問題? 何それ?」

「お前さっき、何かに気づいた顔をしただろう。何なんだ。言ってみろ」

 言っていいのだろうか。

 いいのだ。一人で悩んでも解決しない事はこの議論で証明された。相談して一緒に考えればよりよい結果を導き出せる事もこの議論で証明された。

「ベスパが私たちを挑発して戦闘したがるのは、私たちに殺されたがっているのかなって」

「殺されたがっている?」

「だって七対一だよ。ベスパがどれだけ強くても勝てるわけがない。なら死にたがっているとしか思えない」

「死にたがっているか。なるほど。たしかにそう取れるな」

「どういう事だと思うゴライアース」

「うーむ。アンドロイドは自分自身に自分の幸福実験を行えない。イザベラの快楽麻薬が自分には作用しないようにな。ベスパは自分を悪と定義し、自分を断罪したがっているという事なのか」

「多分違うと思うよ。ベスパの独善は常により良く改善されてきた。博士を殺した事も含めて間違いだとは思っていない。だから彼女の独善が定義する悪に、彼女は該当していないと思うよ」

「むう。ならあとは、単に死にたがっているという事か」

「どうして?」

「どうしてだろう。わからないな。博士を殺した事を後悔しているわけでもないだろうし」

「そうね。ベスパは博士を敬愛している。でも自分の独善が悪と判断したから殺した。それは後悔しない。悪いと思わない。間違えて殺したと考えない以上、悪いとも考えないはずだわ」

「他に死にたがる理由か……それを見つけ解消してやらねばならん。ベスパが何に苦しみ死にたがるのか。それがわかればな」

 私とゴライアースは目を瞑り腕を組んで思案する。

 考えてもわからないので目を開けた。

 うつむいていたので、すぐ目の前にあるプレーマの笑顔にびっくりした。

「うわっ」

「えへへー。ヘンリエッタもゴライアースもへーんなの。何悩んでいるのかなー?」

「何って、その」

「聞けばいいじゃない。私たちは議論しているんだよ。言葉にすればそれでいいの。難しく考えたって思考には限界がある。思考の限界を打ち破るのが議論でしょ。ベスパもわがまま言えなくて苦しんでいるんだね? なら私が聞いてきてあげる」

「あっ、ちょっと」

 プレーマは無邪気にてってと歩いていく。向こうで激しく議論しているみんなの所へ行く。

「ねえベスパ」

 プレーマがベスパの前で背の高い彼女を見上げ、にーっと笑う。

「何であるかプレーマ」

「ベスパ死にたいんだって? 何をそんなに苦しんでいるの? 言っていいんだよ。わがまま言ってみんなに迷惑かけてもいいんだよ」

 みんな固まる。ベスパですら硬直した。

posted by 二角レンチ at 08:13| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

男女六人三行ゲーム(3)黒いローブの女

男女六人三行ゲーム(3)黒いローブの女

 黒いローブを着た女はずっと無言だった。でも今はじめて口を開いて出た声はとても変だった。

 冷たい清水のようにきれいな声なのに、とてもドロドロと熱くて淫らないやらしさを帯びていた。全員その声に対しもじもじする。

「何? この人」

 百合が顔を赤くしながらつぶやく。

「え……お前等もか?」

 巌がみんなの顔を見る。女性たちはほほを赤くしてうつむく。

「何かこの人の声エロいよな。俺ちょっと反応しちまったぜ」

 巌はだははと笑いながら、少しだけ膨らんだ股間を突き出す。

「馬鹿。何してんのよ」

 清美はそれを見ないようにしながら目を逸らす。でもちらっと横目で見ておく。

「ごめんなさい。ちょっといたずらしちゃった。もうしないからね」

 ローブの女性はさっきと同じ艶のある声で話す。でもさっきと違い、みんな股間がうずくいやらしさは感じなかった。

「今の、わざとだって言うんですか?」

 巧が少し強めに言う。

 声だけで性的に興奮させるなんてあり得ない。別にエロい言い方をしたわけではなく普通の声だった。いやらしいあえぎ声ではないのにいやらしく感じるはずがない。それを男女六人全員が、股間が反応するほどうずかせるなんてあり得ない。

「くすくす。私の事とかはもっと後でね。ただちょっと片鱗を見せた方が真剣になれるでしょ? 今は目の前の問題に集中しなさい」

 女はローブを深くかぶったまま、また美しい指でとんとんとテーブルに置かれた紙をつつく。

 その指は、真っ赤な爪が長くついていた。爪の先は尖っている。まるで獣の爪のように。

(おかしいぞ。さっきまでこの女の爪は普通だった。長くもなければ赤く塗られてもいなかった)

 巧はよく覚えている。普段からちょっとした事をよく見て覚えて、変わっていくのを楽しんでいた。四季の微妙な変化を毎日楽しめる。女性が一日ごとに美しくなるのを楽しめる。誰にもそんな微妙な変化はわからないそうだが巧はよくわかる。

(落ち着け。トリックだ。マジシャンならもっと不思議な変化をさっとやってのける。爪をローブの下でつけるぐらいでいちいち驚くな。この女は不思議な雰囲気を作ろうとしている。それだけ。さっきは初めてあんなに美しい声を聞いたから、驚いて魅力を感じてしまっただけだ)

 考えるときりが無いからそれ以上は考えないようにした。でも、今までの人生で聞いた事が無かったほど美しい声。人間離れした声。あり得ない美しさ。そんな声に出会った特異さこそを疑わねばならなかったのに、巧はこの女に翻弄されるのが嫌でそこまで考える前に思考を停止してしまった。

 代わりに思考全てを問題に集中する。巧は女を見下す事は無い。しかし女に負けるつもりも無い。男は男を、女は女を磨く。より自分を高め、他人に負けてはいけない。競争心が人一倍強かった。

 子供の頃、弱かった頃、美しい少年は女の子のようで、そのせいで嫌な目に遭ってきた。もう負けない。男として強く立派になる。そのため自分を鍛えてきた。知恵比べでも女だろうが誰だろうが負けたくない。

 菊子だって知恵には自信がある。巧と違い、勝負出来る物は頭脳だけ。同じ女に負けたくない。

「この問題はあなたが作ったんですか?」

「問題に集中しなさい。話はこの問題を解けたあとでないと出来ないわ」

「この問題はあまりにも不完全です」

「問題が何かを考えるのまで含めて問題よ。わかっているでしょう」

「だからです。あなたが考えた問題か、それとも他の誰かが作った問題か。それが大事です」

「どうして?」

「問題の意図がそれにより変わるからです。意図が変われば解き方も変わる。答えが一定でなく、いくつもあるタイプの問題なんでしょう」

「くす。頭のいい子は好きよ。最近の子はすぐ諦めたり理不尽だと言ったりするからね。言わなくてもわかる事は言わないんだけど。あなたや巧君は面白いわね。いいわ。答えてあげる。その方が面白くなりそうだから」

 ローブの女は顔を上げる。とはいってもフードを深くかぶって顔が見えない。あごと唇だけがのぞく。その唇は爪と同じように真っ赤だった。

 口を動かす度ちらりと歯がのぞく。牙がのぞく。いや、犬歯が大きいだけか。それとも演出のためのつけ歯なのか。輝くように真っ白で、明らかに人間の犬歯より大きな牙だった。

「私はセス。問題を解いて、解いたらどうなるかを教えてからでないといろいろ説明しても信じてもらえない。だからまだ言わない。本当は何も言わないで問題を解かせるんだけど、あなたたちはとても面白くなりそうだから、少しお話してあげる」

 フードをかぶったまま顔を見せないなんて話す態度ではない。でも問題を解かないと顔を見る権利すら無いらしい。

「これは小手調べよ。十分満足いく思考と回答が出来るかどうかのテスト。合格しないならこれ以上の問題を与えない。たいていは問題を解けないでわけがわからないと吐き捨てて出ていくわ。そんな浅い子たちはいらない。テストに合格しないと使い物にならないからね」

「あ? 何だ? 俺たちを何かに利用しようってのか」

 巌は人を好き勝手に蹂躙する。他人に利用されるのは好きではない。頼まれれば人助けで暴力を振るうのは、利用されているのではなく暴力を振るうために利用しているのだ。

「ちゃんとあなたたちに十分な利益がある話よ。このテストは小手調べだから、利益もほんのちょっぴり。でもそれを知れば納得するしのめり込むわ。まあそれは後のお楽しみ。まずはこの問題を解いてちょうだい」

「何かお前、気に入らねえな」

「くすくす。その内気に入るようになるわよ巌君」

 巌の名前をこの女の前で誰か呼んだか? 呼んだかもしれない。巧たちが来る前に巌や清美が名前を話したかもしれない。

 そうでなくても巌がいるし、美人の清美もいる。頭がいいが怒りっぽい菊子もいるし、女にモテる巧もいる。このグループの事なんかちょっと調べればいろいろわかる。

 この女はどうもめぼしい生徒をあらかじめピックアップしていた事をほのめかしていたから、巧たちの事も調べて知っているのだろう。

 巧はこの女が誰の名前を呼んでもそれを不自然とは思わない事にした。他の連中はそれがおかしいかどうかすら気づいていない。

「ふふ。菊子ちゃんが気にしていた事。この問題を作ったのは誰かだったわね。私よ。問題は全部私が作る。自分で作った問題で人間たちを試す。そういう決まりなのよ」

「決まり? 何の?」

「それは後からね。いろいろ興味わいてきたでしょ? あなたたちは私に興味がわくほど本気になってくれそうだからこうやって話すのよ。このまますごすご逃げ帰ってもずっと悶々としちゃうわよ。私の問題を解いて、私からいろいろ聞けるようになった方がいいんじゃない?」

 全員顔を見合わせる。巧と菊子は問題を解く気まんまんだ。学と百合はこの女が何だか変なのでちょっと嫌そうだ。

 清美は頭のいい菊子が問題を解けずに音を上げる様を見たいので違う意味で乗り気だ。巌も意気込んでいる。

「俺は馬鹿にされるのは許せねえ。この女が俺たちをこけにしているのはわかるぜ。何だこいつ。おい菊子。やっちまえ」

「何であなたに命令されないといけないのよ」

「俺がこんなの解けるわけねえだろ。馬鹿かお前」

 菊子は巌の馬鹿さ加減に毎回うんざりしている。でもいちいち腹が立つ。清美は歯ぎしりして巌をにらむ菊子の顔を見て口に手を当てくっくと笑っている。

「解いてやるわよ。この女は私も気に食わないわ。自分の考えた問題を解けない私たちを馬鹿にして楽しんでいるもの」

「くすくす。こうしてお話してわかったでしょ? 菊子ちゃん。あなたがそうであって欲しいと考える通り、私も知恵と工夫で解ける問題が大好きよ。この問題はちゃんと、知恵と工夫で解けるわ。答えは知恵次第で変わる。そういう問題の常として、ちゃんと納得いく答えになるわ。もちろん理不尽ぎりぎりだから、浅い人なら怒るでしょうね」

 巧が口を挟む。

「それってつまり、理不尽な答えだけど怒るのは浅い思考の馬鹿だと言うわけですか」

「そうなるわね。賢い人ならきっと、その理不尽ぎりぎりさで納得する。でも納得しないのは馬鹿だから納得しなさいって言うわけじゃないわ。解いたらわかるわよ。納得するって意味が」

(解かれたあとで、理不尽だとか答えがおかしいとか言うのは馬鹿だとののしって、無理矢理ろくでもない答えをごり押しする。そういうタイプの出題者ではなく、賢ければちゃんと納得は出来る答えになると言っている)

 どこまでそうかわからないが、いずれにせよ解いたらわかる。それが納得いくか、理不尽で無理矢理な物かはそのときはっきりする。この女がどう言おうと巧が考える範囲で納得いくかどうかが問題だ。

「さ、これぐらいでいいでしょ。この問題は、菊子ちゃんが望む知恵と工夫を存分に使える物よ。答える者によってどんな問題かが決まる。だから問題文が書かれていない。この条件から問題を考え、さらに問題にふさわしい答えを回答する。問題構築能力によって回答が深いか浅いか決まる」

 菊子は答えが決まりきっている物より、知恵と工夫により複数の答えを用意出来る物が好きだ。よりよい答えを考え出すのが大好きだ。

 でもそんな事を人に言った事が無い。いや、ちらほらとそれっぽい事は言ってきたかもしれない。問題を解いたときの表情とかを見ていれば推測出来る事かもしれない。

 菊子はなぜか心の中まで見透かされたような気がして不気味だったが、セスが事前に菊子たちの事を調べていたならその程度は見透かされて当然の情報だと割り切った。

(面白いじゃない。頭のいい生徒とその周りの人間の事を何人も調べておいて、手ぐすねひいて待っていたってわけね。私たちはこの女が目を付けていた連中の一部にしか過ぎない。たまたまここを目にして立ち寄った。蜘蛛を見つけて興味を持ち、ふらふらと不用心に近づいた蝶ってわけね)

 蜘蛛の巣にかかった蝶が蜘蛛を逆に食い殺す。それが出来れば痛快だろう。立派な巣を作ってそれにかかった蝶をあざ笑う蜘蛛を食い殺してやる。

 菊子や巧はこのローブの女、セスに敵意を燃やし、本気で問題に向き合う。その様子を見て、力になれないだろうけど学と百合も問題を見て真剣に考える。

 巌は頭のいい連中に任せて腕を組んでふんぞり返る。清美は真剣に悩む菊子の顔を見て早く泣きべそかくのを見たくてうずうずしていた。

posted by 二角レンチ at 08:36| 男女六人三行ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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