2013年11月30日

魔列車地獄行(8)初陣

魔列車地獄行(8)初陣

 血の池地獄で戦闘が始まっている。疾走する魔列車の外壁に立ち、僕たちは血塗れの亡者たちと戦っている。

 僕は叫びながら、目の前に迫る亡者に切りつける。皮膚が焼け落ち筋肉や歯がむき出しの亡者は全身から流れる血をうごめかし凝集する。

 ギイン。

 硬い金属音。僕の影で作った剣は、亡者が血で作った剣に受け止められ、甲高い音を立てた。

「はっ、はあっ」

 怖い。駄目だ。飲まれるな。僕は涙を浮かべながら歯を食いしばり、何度も切りつける。

 亡者は手に持った血の剣を巧みに振る。剣がぶつかったときに力一杯押され、僕は吹き飛んだ。

「うあああああああ」

 疾走する列車から落とされる。亡者は僕の後を追い、列車から飛び降り僕に突進してくる。

「ああ、ひっ、ひいいいいいい」

 めったやたらに剣を振り回す。魂は強い。戦おうと想えば戦闘の素人でもちゃんと戦える。僕は自分で意識しなくても剣を振るえ、亡者と互角に打ち合える。

 でもそれは亡者とて同じ。亡者は僕らと同じ魂だった。それが地獄に堕ちて変質し、亡者と化す。僕らと違い影は使えないが、想えば強くなるという特質は変わっていないようだ。

 押される。相手の方がはるかに強い。地獄へ来て初めて戦う僕がかなう相手ではない。

「ああああああああ」

 駄目だ。やられる。亡者の血の剣が僕の眼前に迫る。

 パンッと、亡者が僕の目の前で弾けた。

「ゼドさん!」

 ゼドさんの影が伸びて槍と化し、僕を斬り殺そうとした亡者を粉砕していた。

「おいおいどうした。楽しめよ。戦闘だぜ戦闘。戦う前にニーアに言ったことを忘れたのか? 戦って強くなるんだろ。いざとなったら助けてやる。だから存分に挑んでいけ」

「あ、ありがとうございます」

「さっさと命綱で戻れ。切断されるとまた影を展開しないといけなくなるぞ」

 僕は背中から伸ばし、列車に繋いでいる命綱の影を引き戻す。バネに弾かれたようにびゅんと引っ張られ、一気に列車の車体にまで戻る。

 両足で列車に着地する。衝撃で脚が痺れる。しかし魂なら耐えられる。すぐに動ける。

「よし。衝撃にも慣れてきたな。魂は強い。衝撃や風圧なんかにも耐えられるように出来ている。その調子だぞエンバス。よく戦った。でも次はもう少し落ち着いていけ。いや、楽しんでいけ。ちょっと怖がりすぎだぞ。魂は怖がるほど弱くなる。気をつけろ」

「は、はい。助けてくれてありがとうございます」

「ははは。いいさ。代わりに早く俺の背中を守れるぐらい強くなってくれよ。あてにしてるぜ」

 ゼドさんはマントをなびかせニカッと笑う。やっぱりすごく格好いい。

 ゼドさんは多数の触手を展開している。数本を列車に撃ち込み残りで攻撃している。その先は剣になっていたり槍になっていたり槌になっていたりして、数本で亡者に襲いかかり近づく間もなく粉砕する。すごい。これが影を使いこなした戦闘か。

「亡者は死んだらまた同じ地獄で復活する。しかし地獄に縛られもうこの魔列車を襲えない。どんどん数を減らしていけよ」

「はい」

 僕は大きく息をつく。血が蒸発した大気はひどく熱くて焼けた鉄を飲むようだ。肺が焼かれる。でも耐えられる。

 落ち着け。さっきは亡者の怖さと強さにあわてた。怯えた。でもちゃんと戦えたじゃないか。

 僕が恐れず戦えば、もっと強くなる。相手が僕より戦闘経験の豊富な亡者だからって関係ない。僕は勝てる。僕は強い。失敗しても取り返しがつく。だから全力で行くんだ。

 別の亡者が列車に取り付く。今度は先手必勝だ。僕は猛然と襲いかかる。

「やああああ!」

 剣で切りつける。亡者の両手を切断する。肉を切り裂く手応えはとてもしっかりしていて、でも力で強化した刃は腕も骨もするりと切り裂く。

 両腕をもがれ列車から振り落とされた亡者が血の池に落ちていく。まぶたの無いその目は僕をとても恨めしそうに見ていた。

「お、やったな。初勝利だな」

「えへへ。まだ倒したわけじゃないですけど」

 震える。でも恐怖ではない。少しずつ恐怖が薄れ、代わりにわくわくした高揚が満ちてくるのを感じる。

 これが戦い。これが勝利。身震いする。なんて達成感。手応え。男に、人間に眠る闘争本能が雄叫びを上げて歓喜している。

 もっと楽しく。もっと激しく。魂は元気なほど元気に、楽しむほど楽しく、激しくするほど激しく出来る。

 僕はまだまだ戦える。もっと戦える。今度はもっとしっかりと、敵を倒してやる。

「いい目だ。戦いはわくわくするだろう? 闘争は動物の本能だからな。人間は社会生活を営むためにそれを抑えつけた。でもこうして戦う機会があれば、誰でもその本能を解放できる。楽しめる。はははっ。笑え。もっと楽しくしろよお!」

 ゼドさんがほえる。影を展開し、巨大な黒いマシンガンを形成する。それは明らかに人間に扱える大きさではない。自分の身体よりも大きなマシンガンを構え、ゼドさんが弾丸をぶっ放す。

「うわ」

 強力な砲火で多数の亡者を一網打尽にする。しかもその間で戦う他の人たちはしっかり避けてただの一発も当てていない。

「す、すごい」

「影で作る武器は人間の作る武器とは違うんだぜ。当てようと想えば当たる。外そうと想えば外せる。百発百中だ。敵が防がない限りはな。防げないほど高速で小さな弾丸を飛ばす。影に力を込めて切り離して弾にしているから、当然この分だけ魂が削れてしまう。無駄撃ちするんじゃないぞ。でも楽しいだろ? ときには爽快にぶっ放すほうがいい結果を生む」

「すごいすごい。僕にも出来る?」

「はははっ。楽しめって言っただろう。初めは慣れるために拳銃程度にしておけ。弾は小さくだぞ。一発ずつ撃て。その剣は力を込めて作ったんだから消すなよ。影は切り離さない限り自在だ。腰にでもぶら下げておけ」

 僕は手に持つ剣を、身体から分離せずに腰につける。手から腰に移動した影は分離せずとも手から離れる。腰にぴったりついて鞘が無くてもぶら下げられる。

 僕はマンガのように格好よく手を構える。その手の平から黒い影を出して形を整え、見よう見まねの拳銃を作る。

「形はあまり意味を持たないからな。好きな形にしていいぞ。SFマンガにあるようなへんてこな形の銃でもありだ」

 そうなのか。僕は形を変えて、丸っこい部品がついたおもちゃみたいな拳銃にしてみる。

「う、うーん。イメージが悪いからかな。格好悪いや」

「そうか。なら戻せ」

 僕は拳銃を元の無難な形にする。そうしている間もゼドさんは無数の触手を展開して亡者たちをどんどん倒していく。

「ゼドさんってすごく強いね」

「おいおい。こいつらはまだ雑魚だぞ。地獄では雑魚ファーストなんだ。レディかどうかは関係無い。雑魚から襲ってくる。チャンスをあげているんだな。強い奴ほどあとから来やがる。今のうちに戦闘慣れしておけ。あとになると教えている余裕なんか無くなる」

 そうなんだ。ちょっとあせる。あんなに強い亡者が雑魚だって? あとから来る亡者はどんななんだろう。

「亡者ってのはな、地獄の責め苦で苛まれるほど変質が進んで強くなる。そういう連中は弱い亡者に先を譲ってチャンスを与える。自分たちは強いから、いつでも荒野への切符を手に出来るからだ。魂は魂で、亡者は亡者で助け合い譲り合いしているんだ。マナーだよマナー。地獄のマナーには従え。逆らうな。それが掟だ。肉体の社会とは違って破ることは出来ない。肝に銘じておけ」

 違反しても構わないようなマナーを再三説明される。それに反するとどうなるのだろう。たぶん恐ろしいことになる。

 強制力の無いマナーなんて誰も守らない。地獄が無法地帯にならないのはそれだけマナーの遵守が出来るほど恐ろしいマナー違反の罰があるからだろう。

 仲間に見限られ地獄へ蹴落とされる。さっきちらっと言っていたはずだ。

 全力で仲間を助け合う。でもマナー違反をすれば魂だろうと亡者だろうと仲間にも蹴落とされる。味方がいなくなり周り全部が敵になる。地獄のマナーは絶対遵守。破れば地獄の責め苦という罰が待っている。

 僕はゼドさんに言われたことをしっかり心に刻み、いかなるときも絶対破らないよう心に誓う。

 そうしている間にも亡者共が列車に飛び乗り襲ってくる。僕は両手に影で作った拳銃を持ち構える。

「狙えよ。当てようと想えば当たる。爽快だぞ。ゲームみたいに難しくない。面白いぞ」

 ゼドさんは笑いながら巨大なマシンガンを左右に振ってどんどん敵を撃ち抜く。本当に楽しそうに笑う。

 同じ魂。地獄へ堕ちて亡者となったが、かつては仲間として一緒にこの魔列車に乗っていたかもしれない。それでも敵と味方。立場が違えば守るものも違う。もう相入れない。ただ戦いを楽しみ全力で倒す事だけが相手にしてやれる唯一のことだ。

 パンパンと、軽い音を立てて拳銃を撃つ。しっかりした手応え。でもイメージで作った影の銃だ。手応えがありながらも反動で手がぶれたりけがしたりすることなくいくらでも撃てる。

 僕の撃った弾が亡者に当たる。血を流している亡者が傷口からさらに血を噴く。それでも猛然と突進してくる。

「あ、あれ」

「おいおい。力が弱えよ。魂を削って力に変換しているんだ。使いすぎはよくねえ。でもちょっとケチりすぎだ。もっと一撃必殺のイメージで力を込めろ。慣れてくるほど敵の強さに合わせて適量な力を込められるようになる。今はまだ敵の強さを計れないだろう。一発撃つごとにそのダメージを見て徐々に力を強く込めていけ」

 言われた通りにする。ゼドさんのレッスンはわかりやすくて的確だ。僕は何発も弾を撃ち亡者を削っていく。あの亡者の肉体を砕くだけの力に達した弾がついに亡者の胸に風穴を開け、亡者は血を噴きながら吹っ飛んでいく。

「よーし。その強さが適量だ。それ以上力を込めても無駄になる。そのイメージを忘れるな。次は敵の頭を狙え。強く狙うほど命中する。びびるな。頭を吹き飛ばすイメージを描け。ぶっ飛ばしたら高得点だ。無駄弾を撃つ必要が無くなりより射撃を楽しめるぞ」

 そうだ。これはゲームだ。命がけのゲーム。ゲームだからやり直しは出来る。思い切り楽しみ全力を尽くせばそれだけ生き残りクリア出来る確率の上がるゲーム。

 ドキドキする。さっき亡者をぶち抜いて吹っ飛ばした快感。楽しめ。残酷だとか申し訳ないとか思うな。ゲームでいちいち敵に謝ったり悪く思ったりしない。

 立場が分かれ全力で戦うゲームやスポーツと同じだ。申し訳ないけど倒すなんて相手に対する侮辱だ。力をぶつけ合い負けても潔し。思い切り倒される方がきっと負けても気持ちいい。

「うわあああああああ」

 僕はほえながら銃を乱射する。影を切り離し力を込めて弾丸とする。いくらでも作れる。もちろん魂を削って弾にし力にしている。どんどん自分の中が虚ろになっていくのを感じる。疲労ではない。ただ喪失している。

「よーし。銃に慣れたな。エンバス。お前はニーアに比べ筋が悪いかと思ったがさすがに男の子だな。戦闘で敵を倒すのは筋がいい。こういうゲーム好きなのか?」

「ううん。あまりゲームはしなかった。でも楽しいね。こんなに楽しいならもっとゲームで遊んでおけばよかった」

「そうだな。遊べるだけ遊べ。勉強も出来るだけしておけ。どっちも全力で楽しめってことだ。どっちも楽しいしどっちももっとたくさん熱心にするべきなんだ」

「はい」

 僕はふと思った。親が子供に教えるような口ぶり。だから何気なく尋ねた。

「ゼドさんって子供いるんですか?」

 ゼドさんの笑顔が凍り付く。

「あ……ごめんなさい」

「いや、謝らなくていい。聞きたいなら教える。でも長い話になるから戦闘のあと生き残っていたらな」

「あの、いえ、いいです。話したくないならそれで」

「そうか? 今は話したくないな」

 ゼドさんにしては変な言い方だ。今まで気安かったのに急にバリアを張られたみたいに遠く感じる。

 何でも笑顔で話すゼドさんらしくない。やっぱり、ゼドさんの魂が地獄へ堕ちるはめになった罪と関係があるのだろうか。

 訊かなければよかった。ここでは誰も罪を隠さない。だからきっとゼドさんは訊けば話してくれる。罪を肯定するためにここへ来たのだ。自分で恥じたり隠したりしてはいけない。

 でもそれは、話すのが平気というのと同じではない。話すのは辛いのだ。今はまだゼドさんが僕に話すのは辛いのだ。それだけまだ、話すに足る相手だと思われていないのだ。

 当然だ。ゼドさんはとても親切でやさしい。でもそれは、僕を心の底から信頼しているわけではない。きっと他の誰に対してもゼドさんは同じだけやさしく、そして心を許さない。

「銃はそれぐらいでいい。弾を撃つほど魂が削られる。銃はせっかく作ったんだからそのまま腰にぶら下げておけ。剣と併用し、必要なときだけ遠距離攻撃のために使え」

「はい」

 僕は言われた通り手に吸いついている銃を腰につける。そして腰につけていた剣を手に吸いつけ両手で構える。

「盾を作って防御に使うのもいいが、基本的には武器でそのまま防御する方がいい。余分に影や力を使わなくてすむ。剣で攻撃と防御の両方をこなせ。イメージすればお前は達人になれる。いくらでも素早く強くなれる。もうわかっているな」

「はい」

 防御と言われようやく気づく。さっきまで、敵の亡者がどうして遠距離射撃をしてこないのか不思議だったが違った。

 ゼドさんが多数生やし動かす影の触手が、僕に飛来する弾丸を弾いていた。敵だけでなく周囲をしっかり認識する余裕が出来てはじめてゼドさんに守られていたことがわかる。

「もう敵の弾も見切れるな? 敵はお前の首を奪うため身体を狙ってくる。首を吹き飛ばして死なせると荒野に戻ってしまうからな。地獄から解放される切符にならねえ。敵は確実にお前の身体を吹き飛ばす力を込めて血で作った弾丸を飛ばしてくる。それは必ず命中しお前を倒す。しかしお前はそれに反応して防御出来る。剣で防げ。マンガでよくあるだろ? あれだ。格好良く剣を素早く振って全部の弾丸を弾き落とす奴だ。あんなの現実離れしすぎている。でもここではお前はそれを出来る」

「はい」

 ゼドさんが僕を守る手をゆるめる。弾丸が何発も僕を狙って飛んでくるのを察知する。

 わずか一瞬。でも対応出来る。僕が意識するだけで身体が動く。

 剣が舞う。僕はマンガや映画で見たイメージそのままに弾丸を見事に弾いてみせる。

「わはっ。すごいすごい」

「おう。すごかったな。格好いいぜエンバス」

「ありがとうゼドさん。あー、ニーアがここにいたらなあ。格好いいところ見せたかったなあ」

「お前が彼女を守れるだけ強くなったら連れてきたらいい。好きな女に見られていると張り切るだろ。張り切るほど強くなる。肉体なら張り切りすぎてドジを踏むが魂はそんな間抜けじゃない。張り切るほど強くなりミスも減る。存分に格好いいところ見せてやれ」

「はい」

「よし行け。一人で戦ってこい。いざとなったら助けられるようあまり離れるなよ」

「わかりました。行ってきます」

 僕は張り切って列車の上を走り出す。

 わくわくする。ドキドキする。

 戦うのは楽しい。ゲームよりもはるかに上手く敵を倒せる。爽快感と手応えがまるで違う。

 イメージするほど強くなるおかげで、本当なら喧嘩にすら勝てない軟弱な僕がここでは強い敵でもどんどん倒せるヒーローになれる。

 こんな楽しい事があろうか。戦いの手応えと爽快感だけをどんどん味わえる。面白すぎる。僕は戦いの快感にすっかり目覚めてしまった。

「慢心だけはするなよ。常に気を引き締めて集中しろ。強さは想いに左右される。油断や慢心はそれだけ隙を生んじまうからな」

 ゼドさんが遠くから忠告する。声を届かそうとすれば遠くてもしっかり届く。

 「わかりました!」

 僕は大きな声で返事する。声は届くが、それでも思い切り叫びたかった。

posted by 二角レンチ at 06:23| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

男女六人三行ゲーム(20)現実

男女六人三行ゲーム(20)現実

「清美……? あれ……?」

 巧は頭がぼんやりする。さっきまでとても幸せな夢を見ていた。内容は覚えていないが、その温かい気持ちだけははっきり覚えている。

 そして現状を認識し、夢と現実の落差に愕然とする。幸せな夢と、過酷で非情な現実。その差が大きいほど深く絶望する。

「清美! ひいっ!」

 巧が現実を思い出し、それがまた始まる恐怖に怯え涙をこぼす。

 清美はその顔をキス出来そうなぐらい間近でじっくり観察してから大笑いする。

「あっはははは! あははははははは! これこれ、んー、最高。もう何回見てもこの絶望の表情飽きないわー。さすがセス。最高に幸せな夢を見せてからの方が、目覚めたときの絶望が深まる。だから最高に面白い恐怖の顔が見られる。いい趣味だわ。セス最高」

 そばにいるセスがくすくす笑う。

「どういたしまして。人間の絶望、恐怖、苦悶、あえぎよがり。人間はとても面白いわ。人間の悪意を引きずり出し他の人間を蹂躙させる。それが最高に楽しい見せ物なのよ」

「本当に見ているだけでいいのー? あんたに何の得があるのー?」

「これを見るのが楽しいのよ。自分でやるより他人にやらせる。自分では思いつかない面白い事を、悪意を引きずり出した人間は行える。それを観察するのが楽しくてたまらない。何度しても飽き足らない」

「ふーん。わからないでもないけど、私は自分でする方が好きだなあ」

「清美ちゃんは私ととても似ている。だから楽しみよ。自分一人でする事には限界がある。一人の思考では一人の成長した悪意しか発現出来ない。その成長から外れた悪意は見る事が出来ない。だから私はそれを超越し、他人の悪意を引きずり出して増幅させ、それを観察するに至った。自分で行う内は人間よ。他人を暴き行わせるのが神の所業。なのに人は、私を神でなく悪魔とののしるわ。どうしてかしらね」

「そりゃあこんなひどい事、悪魔じみている。ううん。悪魔そのもの。神だなんて誰も言うわけないわ。悪魔ね、セス」

「あなたもこの高みに至りなさい。時間がかかるけれど、奴隷たちを蹂躙し続ければ悪意が膨れ上がってきっと私と同じ、悪魔の高みにまで至れるわ。人間を捨てるのよ。悪魔となり、魔力を手に入れなさい」

「あはっ。本当の悪魔のつもり? 魔力って、麻薬とか催眠術とかでしょ」

「くすくす。悪魔の技はもう、全部科学とトリックでも再現可能よ。人から進化した悪魔だもの。出来る事はたかが知れている。科学は魔力を凌駕する。だから私の魔力に出来る事は、麻薬や催眠術でも出来てしまうだけよ」

「どうだか。何でもいいよ。セスに乗って正解。退屈な日常から出られて、私こんなに幸せ!」

「もう帰せない。家族とも友達とも別れ、こうして連れ去られた。後悔してない?」

「全然! 最高に楽しい。毎日巧を犯すの気持ちいい。奴隷を苦しめ泣かせ絶望させるのが楽しくてたまらない。あああ。早くセスぐらいまで残酷で非道にならなくちゃ。きっともっと楽しい。うーん。でもまだまだ。私はそこまではまだ無理ね」

「ふふ。いずれあなたもそうなるわ。まだグロいのは辛いわよね。犯すだけなんてかわいい陵辱。あなたがくれた学君に私がして見せたような事、いずれあなたも出来るようになるわ」

「あれって楽しい? 私吐いちゃったけど」

「楽しいわよ。私はもうあんなの超越している。あなたに見せてあげただけ。あなたが私の高みに近づき、あれぐらいの事を出来るようになって、残り四人を全員殺したらここを出発するわ」

「そうなったら私も殺す気でしょ。何もかも処分して一人だけ逃げる気だわ」

「まさか。清美ちゃんはとても素質があるわ。でなければ殺す所だけどね。私を楽しませられるほど悪意を際限無く膨れ上がらせられる人間は珍しいのよ。大事に育てる。殺して捨てるなんてしないわ。あなたもいずれ悪魔の高みに上ったら、同じようにして私が育て上げた悪意の塊、他の悪魔たちに会わせてあげるわ」

「楽しみー。うーん。でもまだまだ今の所は無理そうだけど。私あんたが学にしているの見るの、途中までで耐えきれなくなった。人間ってあそこまでされて生きていられるのねー」

「魔力で生かしてあるからね。正気を保ったまま解剖拷問に耐えられる。心臓を残して全部引きずり出してもまだ生きていたでしょ? カエルの解剖と同じよ。人間の手術だって臓器全部を取り出し取り替えられる」

「そっかー。ね、麻薬ってあんなにすごいの? 内臓一つ一つ取り出して学に見せて、学いちいち泣いて怯えていたわね」

「魔力だって。くすくす。麻薬なんて人間の作った物と同じにしないで。人間の悪意を膨らませてにじみ出る悪意の滴なのよ」

「麻薬。薬。催眠術。それらひっくるめて、悪意を実現する道具、それが魔力でしょ」

「ふふふ。だから言っているじゃない。人間の科学は魔力を凌駕する。同じ事が出来る物が存在するだけ。でもね、薬が過ぎれば毒となるように、悪意が過ぎれば科学も魔力になるのよ」

 薄暗い部屋の中、二人の女はげたげたと高笑いする。それはとても、人間の声には聞こえない。人間が、こんな残虐な話をして笑えるわけがない。

 巧は二人の悪魔の笑い声に絶望する。幸せな夢、催眠術だか魔力だかで見させられた夢のせいで、完全に絶望出来ない。現実には絶望しかないが、夢の希望と幸せを味わう事で、それがまだあるかのように錯覚する。

 希望を全て失うのが絶望。だから夢とはいえ希望や幸せを味わわされると絶望出来ない。壊れない。正気を保ち続けさせられる。

 学がどうなったのかわからない。話を聞く限りでは残酷な拷問により生きながら解剖され殺された。でも巧はそれを見ていない。

 二人が嘘を言っているだけかもしれない。だから希望が残る。学が死んだと信じられず、確定出来ず、絶望しきれない。

 現実の巧は夢の情けない巧とは違う。本当に立派で強い人間だった。高潔で、きれい事ばかり言う。でもそれを努力で実現してきた。

 その巧が、すでに何日も清美の悪意に責め苛まれすでに心も身体も擦り切れていた。巧は泣きながら、以前の強い巧なら言わない泣き言を昨日と同じく言う。

「ずるいぞ……清美……あんなの反則だろ。ずるで、セスとグルになって、はめるなんてひどいじゃないか」

 清美は、裸で手足と首を鎖で壁に繋がれている巧の前に立つ。清美も裸だ。巧が起きたらたっぷり犯す。魔力と称する薬のせいで巧は萎えない。苦しくても何度も犯される。それが毎日行われる楽しい拷問だった。

 清美は素足で巧の顔を踏みつけ床に押しつける。巧は涙をぼろぼろこぼしながらうめく。

「私とセスがグルだって見抜いたでしょ。でも確定出来ない。疑わせてもそれを断定出来ないならうやむやになる。うやむやにしてしまう。それがあんたのミスなのよ。最後の最後、セスと私がグルだって事忘れていたでしょ。私があんたたちに合わせて幼稚に仲良くはしゃいであげたから、ころっと勘違いしちゃったでしょ」

 セスも裸だ。巧を見ながらくすくす笑う。

「巧君。イス取りを提案したのは失敗だったわね。私は公平よ。あなたが勝てばちゃんと、あなたを勝者として待遇したわ。清美ちゃんと私がグルだからって、勝負を反故にして清美ちゃんを助ける事はしない。疑うでしょうけどそれは変わらない」

 セスは大きな乳房を揺らしながら目を瞑ってくくくと笑う。

「だって私は知っている。どんな人間も好き勝手出来る奴隷を得たらその悪意を増幅させ爆発させる。奴隷は触媒。悪意と反応して激しく燃え上がらせる。きれい事を言う巧君が、悪意を爆発させて清美ちゃんたちにひどい事をするのも見たかったわ」

「嘘だ。嘘だ。俺たちに勝ち目なんかなかった。ゲームマスターとプレーヤーが手を組んでいるなんて卑劣だ。手を組んだら負けだってルールだろ。敗北条件を無視しているじゃないか」

「あのルールはプレーヤー同士の協力関係を防ぐための物よ。ゲームマスターは該当しない。こういうゲームはねえ、多数決で何かを決める事が多いから、弱い連中がつるんで強者を排除する。弱者の集まりが残ってみみっちくいがみあっても面白くないでしょ。強者ならそのルールを見抜き、つるまないと戦えない弱者をまとめて叩き潰せる。一人で戦える強者だけが残るようにするためのルールなのよ」

 セスは上を向いて考え込む振りしてからしゃべり出す。いつも巧に言い聞かせている事を。

「それか、私と清美ちゃんがグルじゃなかったのかもね。私も清美ちゃんもそう言っているけど嘘かもしれない。確定は出来ないわ。証拠が無いもの。むしろ二人以上が組んでいたら負けのルールに該当しなかったのだから、グルでないと証明されたと見る方が正しいんじゃないかしら?」

「ちくしょう。卑怯だぞ。清美。俺たち友達じゃないか。助けてくれ。今日までの事は水に流すから。約束する」

 清美は鼻で笑う。

「駄目駄目。無理無理。こんなのやばすぎる。私も含め、もう帰れない。ゲームの決着がついたあと眠らされて学校から移動させられた。ここがどこかわからない。でもきっと外国よ。そうでしょセス」

「ええそうよ。行方不明者をいくら国内で探しても見つからない。警察だろうが何だろうが探しに来られない危険な国に連れてきて監禁する。そしてえんえん勝者に奴隷を虐げさせる」

 セスは巧の前に来てしゃがみ込む。裸のセスは、女の大事な部分を巧の目の前で見せつけながら続ける。

「今はまだ、清美ちゃんは犯すのが楽しいし、傷つけるのが怖い。でもね、悪意は振るうほど増幅する。やがて犯すぐらいじゃ物足りなくなってくる。そうして悪意の階段、悪魔への道を一歩一歩上がっていく。楽しみだわ。時間はいくらでもある。でもそんなに時間はかからない。グロくて吐いた清美ちゃんが、学君が私にされた事を嬉々として出来るようになるまで一ヶ月もかからないわ。保証する。今まで何十人と試してきたけど一ヶ月我慢出来た勝者はいないもの」

 清美が口笛を鳴らす。

「何十人ってさあ、それ嘘でしょ。セス若いもの。これは序の口。悪魔への入門にしか過ぎない。このあともいろいろ育ててくれるんでしょ。私があんたと同じ悪意の塊、悪魔そのものになるまで。ならさあ、一ヶ月やそこらじゃないよね。何年もかかるんでしょ。何十人もそうして育てたら、セスはとっくにお婆さんだもの」

「私は悪魔だから歳を取らないのよ。ふふふ。楽しい事をして人生を楽しんでいる人間はいつまでも若くて生き生きしているでしょ? 悪魔は悪意を育てて楽しむ。だから私は人間ではあり得ないほど最高に充実し、エネルギーを得ていつまでも若いまま」

「どうだか。あははっ」

「私はね、子供が産めない身体なのよ。だから代わりに、私と同じ悪魔を育てる。人間の悪意を際限無く育て膨らませ人間を悪魔の高みに至らせる。あなたはもう、私の娘よ清美ちゃん。家族から、本当の両親から引き離したけど、私をお母さんと思ってね」

「あはははは。お母さんね。んー、私の両親は優しかったけどさ。私が悪い事しても叱ってくれない。だから私こんなになっちゃったー。ひどい事が楽しい。もっとしたい。感謝しなくちゃね。そして未練も無い。あんな退屈な人たちと一緒に暮らしているとつまらないもの」

 清美は裸のまま、裸のセスに抱きつく。

「セスといると本当に楽しい。私はセスについていく。もちろんいつか裏切られるかもって思う事もある。でもそれは無い。わかるもの。セスと私は似ている。血より濃い悪意で結ばれている。自分が人間離れした悪意を抱えた人間だと暴かれた今ならわかる。悪意を殺すより、自分と同じ悪意の塊をもっと増やしもっと見たい。同類が欲しい。自分だけが、こんなに他の人間と違う、人間らしさの欠片もない悪魔だなんて耐えられない」

「そうよ清美ちゃん。ああ。わかってくれてうれしい。心配しなくても、私は清美ちゃんを裏切らない。だって清美ちゃんは、生かしておいた方が私の得だもの」

「そうね。損得だから、悪意だから信じられる。巧みたいなきれい事を言う人間には決してわからない。善意は嘘だけど悪意は嘘ついて我慢なんてしない。だから本当の本物。自分と同じくらい凶悪だからこそ、その悪意が揺るがないのが確信出来る。だからこの世のどんな事よりそれは信頼出来るんだわ」

「ああ。清美ちゃん。最高よ。こんなにいい娘を持てて、私は幸せだわ」

「えへへー。お母さん」

 悪意で結ばれた母娘。二人はまるで本当の親子のように互いを、他の人間とは違う同類を求め合っていた。

 二人がグルだと見抜いても、それを確定出来ないまま事を進めれば、それ以上追求しない。それどころか後になるほど忘れてしまう。清美が巧たちとの友情を取り戻し、一緒に仲良く遊ぶ振りまでしてみせたら、巧も菊子もそれをもう気にしなかった。

 セスもゲームマスターとして敗北を認めた。もう勝とうとしない事でそれ以上の害意が無いかのように錯覚する。セスはまぎれもない悪人だ。ほんの髪一本ほども信用してはいけなかったのに。

 イス取りゲームの音頭をセスに任せてしまった。あの状況、あの雰囲気で、セスが何かしてくるとも、清美とグルでそれを活用するとも考えなかった。

 これは知力のゲーム。競い合い。欺き合い。騙し合い。誘導し合い。

 それを、子供みたいに裏の無い真っ向勝負だと思い込んだ巧と菊子の負けだった。

 セスが音頭を取りながら、みんなでイスの周りをゆっくり回る。何度も回りながらセスがおもむろにはい! とかけ声を上げ、手を大きく叩いたらそれが合図だ。一斉にイスを奪い合う。先に座った者の勝ち。

 セスと清美がグルだという事を失念さえしなければ、それを逆手に取って欺くことすら出来たかもしれない。そうでなくても阻止は出来たはずだ。不正の入らないようどうにか出来たはずだ。

 セスは目配せなり何なりで清美に合図を送っていた。イス取りはイスに座るかけ声を聞いてから反応する。それではそのかけ声の一瞬前にセスからの合図で動き出す清美にかなうわけがない。

 それを逆手に取って、セスと清美が合図を送っているのを観察し、そのタイミングで動けば勝てる。あるいはその不正を暴きセスに音頭を取らせず別の方法でイスに座るタイミングを決めればいい。

 完全には仕組まない。様々な誘導で自発的に勝つ状況まで導く。巧がイス取りのようなゲームを提案する事まで見抜いていたわけではない。だからセスと清美が合図を決めるやりとりが、音頭を取りながらイスの周りを回る間に必ずあり、それを見抜く事は出来たはずだ。

 状況によりセスと清美は臨機応変に上手くみんなを誘導して、勝利までの道のりを築き上げた。

 ただ拉致して奴隷にするのでは足りない。本気の勝負で負かした相手を奴隷にする。それが大事なのだ。勝者は勝ったからこそ敗者を自由にする権利を誇れる。権利を得たと思い込める。自分の力で勝ち取った当然のご褒美として存分に遠慮なく楽しめる。

 遠慮なく奴隷に何でも強要する。勝負して勝ったからこそ奴隷を人間ではなく所有物だと考え際限無く暴走出来る。勝負に勝つ事で理性のブレーキを外してしまう。それがセスのゲームなのだ。

 巧は自分の甘さを、愚かさを、そしてあのいろいろな事に酔っていた自分を恥じ後悔する。清美とセスはそんな巧を見下ろし大笑いする。

「ああ面白い。毎日これして飽きないわあ。巧が敗北を噛みしめ涙を流す。毎日同じやり取りしてもちっとも飽きない」

「ふふふ。人は心底絶望したら心が壊れてしまう。それじゃあ楽しめない。甘い夢を見させて正気を保たせる。学君を拷問して殺した事を話して聞かせても、その現場を見せない事で学君が本当はまだ生きている希望を持たせ続ける」

「あははは。でもそろそろ違う事もしなくちゃね。私の悪意がどんどん膨らんで、もう巧を普通に犯して気持ちよくなるだけじゃ足りなくなってきちゃった。だから今日から、もっとひどく巧を犯すわ」

 巧は男だ。女の清美に毎日たくさん犯される。何度も搾り出されるのは苦痛ですらある。清美は巧が泡を吹いて気絶するまで犯しまくる。

 それだけで十分過ぎるほどの拷問だ。気持ちいいけどその快感のたびに気絶するほど凄絶な苦しみが思い出され、巧はもうセックスが怖くなっていた。

 それでも、セスが魔力とうそぶく麻薬だか催眠術だかのせいで巧は萎えない。今日も目覚めたときからすでにガチガチで、気絶するまで清美に何度犯されても萎えてはくれないだろう。

 でも、それ以上に女の清美が苦しく犯す方法なんてあるのだろうか? 巧にはわからない。清美の悪意は底が知れず、まだその入り口にしか過ぎないのだ。

「巌ー。入ってきてー」

 巧はぎょっとする。清美が呼ぶと、薄暗い部屋の扉を開けて、巌がのそりと入ってくる。

 巌は全裸だった。そして巧と同じく魔力と称する何かのせいで、すでにとんでもなく大きなモノをそそり勃たせていた。

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2013年11月28日

魔列車地獄行(7)血の池地獄

魔列車地獄行(7)血の池地獄

 ゼドさんに地獄のこと、影のこと、亡者のことなどを聞いていると、列車内に女の声でアナウンスが聞こえた。

「みなさま。次の地獄は血の池。血の池地獄でございます。当魔列車は停車駅である地獄の最奥までいかなる場合も停車いたしません。どうか途中下車などなさらぬようご尽力ください。なお、亡者の方の御乗車は遠慮願います。みなさまどうかご協力くださいませ」

「お、次は血の池地獄か」

「いつも同じルートじゃないの?」

 僕は不思議に思って聞いた。

「違う。魔列車は地獄全てを巡るが、地獄というのはそれぞれが移動したり増幅したり消えたり生み出されたりする。休眠する物もあるし合体したり分離したりもする。まあ、いろいろ状態や位置などが変化するわけだな。魔列車は荒野のあちこちにいる魂全部の前に姿を現すように、地獄全てを探して一つずつそこを訪れるんだ。地獄は隣接している場合もあるが普通は点在している。地中を進んで地表にある地獄へ行くのさ」

「このまま地中を進んで最奥まで行けばいいのに」

「駄目なんだよ。それは出来ない。わかるだろう。地獄に堕ちた亡者たちは、再びやり直すチャンスを与えられないといけない。でないと地獄に堕ちたとき、永遠に苛まれ脱出出来ない。それだけは駄目だ。みんな必死なんだ。地獄は救いだ。救われるチャンスは魂も亡者も平等に与えられなければならない。わかるだろう」

 僕はうなずく。ニーアもうなずいた。ゼドさんもそうして、地獄に堕ちたあと再びやり直す機会を得られたのだから。

 アナウンスが続く。

「まもなく血の池地獄へ到着します。みなさま十分にお備えください」

「出るぞ。地中から地表の地獄へ飛び出す。魔列車は地表の地獄をまんべんなくさまよう。あちこちにいる亡者たちの元を全て訪れ、奴らが助かるチャンスを与える」

 僕は気を引き締める。

「いいか。俺たちは魂の影を使って戦う。亡者は影を使えない。代わりにその地獄で変質させられて得た地獄の力を使う。性質が異なるから気をつけろ。そして大事なことが一つ」

 ゼドさんはぴっと指を立てる。すごく真剣な顔つきになる。

「亡者は変質しているが、俺たちと同じ魂だった。意識がある。知性がある。心がある。でも化け物として容赦なく殺せ。退けろ。ためらうな。惑わされるな。たいていは怪物として襲ってくる。しかし中には情に訴えかけてくる奴もいる。そいつに同情したり、やさしくしたりするんじゃないぞ。それは命取りになる。奴らはこっちをなんとしてでも地獄へ引きずり込み、自分の身代わりにして助かろうとする。情けはいらない。堕ちたあいつらが悪い」

 ゼドさんもかつて幾度となく地獄へ引きずり込まれ亡者となった。そのたびこの魔列車を襲い、魂の人たちを犠牲にした。

 だからこそ言える。言う資格がある。堕ちたあいつらが悪いと。容赦する必要はないと。してはいけないと。

「わかったよ。ね、ニーア」

「ん……」

 ニーアはうつむき、曖昧な返事をする。

「ニーア」

「う、うん。わかった」

 僕が少し強く言うと、ニーアはちゃんとわかってくれた。ニーアはやさしい。でもそれは命取りになる。やさしさは同じ魂に対してのみ持てばいい。化け物になった亡者たちにやさしさを向けてはいけない。

 列車が揺れる。さっきまで地中を進みながらもすごく静かだったのに、がくがく揺れて音もガリガリ鳴り響く。

「地表のあたりは硬いんだ。そこを掘るときだけは振動が激しくなる」

 ゼドさんが立ち上がる。

「ゼドさん。傷は」

「ああ。もう大分治った。お前たちももう治ったな」

 僕は折れた腕が少し痛む。でも普通に動かせる。もうほとんど治っていた。

「はい。大丈夫です」

「そうか。よし。お前たちはこの車内に残っていろ。身を守れ。傷ついた人を助けたり、入ってくる亡者を退けたりするんだ」

「ゼドさん。外へ行くなら僕も行きます」

「危険だぞ」

「どこにいてもそれぞれ危険なんでしょう。なら早く戦いを見て、学び、強くならなくちゃ」

 ゼドさんはにかっと笑う。

「そうだ。その意気だ。ははは。いいぞ。勇気を持て。戦いにわくわくしろ。危険を楽しめ。甘く見るな。安全は十分確保して、でもぎりぎりの戦いになる。危険を知り、戦い、対処出来るようになった方がいい」

「エンバス。行っちゃ嫌」

 ニーアが不安そうに僕の腕にしがみつく。

「大丈夫だよ。ニーアはここに残っていて」

 ニーアはぶんぶんと首を左右に振る。

「だって。だって。もしエンバスが死んじゃったり、地獄へ引きずり込まれたりしちゃったら」

「そうならないために、今すぐにでも戦いを学び強くならないといけないんだ。僕はニーアを守りたい。でもニーアも戦えるよう強くならないといけない。次は一緒に行こう。でも最初だから、僕が様子を見てくる。大丈夫。危なくなったらすぐ戻ってくるから。無茶はしない」

「本当? 本当に戻ってきてくれる?」

「うん。約束する」

 ニーアは涙を拭う。そして目を瞑り、顔を上げる。

「ええと……」

 僕は伺うようにゼドさんを見る。

「構わないぞ。しておけ。これが別れになるかもしれないんだ。周りを見ろ。みんなしている」

 周りを見ると、他の人たちも愛する人との別れを惜しんで抱き合ったりキスしたりしていた。

「じゃ、じゃあ」

 人前ですることに恥ずかしさを覚える。それ以上に、兄妹という許されない関係の僕たちは、それを誰にも見せられなかった。

 でもここでは罪を認めていい。見せていい。それが罪でなく、祝福されるべき物に変えるために来たのだから。

 僕はニーアの肩をつかみ、そっと唇を重ねた。ずいぶん久しぶりにするキス。やわらかい唇。たまらない。愛おしい。僕はニーアをぎゅっと抱きしめ何度もキスを繰り返した。

「そろそろ行くぞエンバス」

 僕は名残惜しいけれど、ニーアを残してゼドさんについていく。

「絶対戻ってきてね。一人にしたら怒っちゃうよ」

「うん。ニーアが怒ると怖いからね。絶対戻るよ。ニーアも気をつけて。列車内でも危険なんだ。無理せずみんなに助けられながら、何とかするんだよ」

「わかった」

 ニーアは涙を拭いながら無理に笑顔を見せてくれた。胸が熱くなる。ニーアのことが本当に好きだ。泣かせたくない。きっと帰ってきて、その涙を拭ってあげる。

 僕はゼドさんについて、列車の窓のそばへ行く。列車の揺れは相当ひどい。硬い岩盤を掘り進んでいる。

 アナウンスがただ一言を告げる。

「出ます」

 大きな振動。そして魔列車が地表に飛び出した。

 とはいっても、魔列車は全長がとても長い。はっきりわからないがおそらく数千キロメートルはあると思われる。もっとはるかに長いかもしれない。僕らのいる車両が地表に出るまでまだ時間があるはずだ。

 がくっと、一際大きく揺れる。

「え?」

「踏ん張っていろ」

 魂は望むほど強くなる。強い力を持つから意志が強ければその力を引き出せる。いくら揺れていても踏ん張ろうと努力すれば踏ん張ることが出来る。振動で舌を噛むこともない。

「ぜ、ゼドさん。何これ、加速している?」

「地獄は引きずり出し引き込む力を持つ。地獄に突入すると飲み込まれるように引きずり出される。荒野はそういう引きずり出す力を持たないから魔列車の全長が飛び出すのに時間がかかるが、地獄では一気に全部引きずり出されるぞ」

 信じられない。魔列車は弾丸やジェット機よりも早く走る。なのにその数十倍、いや数百倍も加速している。

 窓の外から光が差し込む。赤い光。血の色の光。

 あっと言う間に魔列車は、その長大すぎる全長を引き出された。ぐるぐると大蛇がとぐろを巻くようにして円を描いて回っている。窓から他の車両が見える。

「外に出るぞ。影を出せ。影に力を込めて列車にしがみつけ」

「う、うん」

 影の使い方はもう学んでいる。基本だけだけど、大体どうイメージすれば形や力を扱えるのかわかっている。自分の肉体のように、使える認識さえあればそれなりに使えるのだ。

 ゼドさんは背中や脚から触手のような長い影を数本出す。僕はそれを見習おうとしたが、どうにも上手くいかなかった。

「まだ多数の影を同時に扱うのは難しいだろう。初めは一本だけでいい。命綱だ。常に列車に連結しておけ。力を込めれば切れないようにしたり引っ張ったり出来る。落ちないことが第一だ。それと戦うために武器を持て。武器と命綱。最低この二つの影は同時に扱え」

「は、はい」

 いきなり厳しい。右手と左手を同時に使うようなものだ。慣れていれば誰でも出来るが、初めて両腕を持ったとしたら、一つずつ動かすことすら難しいだろう。

 僕はたどたどしく、背中から一本の触手の影を出す。命綱だ。ゼドさんの触手は実になめらかで、ポットから注ぐお湯のようにするすると流れるように伸びて動く。ああいうイメージか。真似をすると、さっきよりは早く動かせるようになった。

 ゼドさんが窓の外に出る。続いて僕も出る。

 魔列車は猛烈な速度で走りながらとぐろを巻いている。ぐるぐると同じところを回る。窓からぞろぞろと人が出てきて影を展開している。戦闘体勢を整えているんだ。

 景色を見渡す。赤、紅、深紅。明るい淡い赤からほぼ漆黒なドス黒い深紅まで、さまざまな色に彩られている。

 大気が熱い。なんて熱気だ。魂は我慢しようと思えば何でも我慢出来る。肉体なら耐えきれない熱気。そして臭気。

 鉄の匂い。錆の味。いや、これは血の味だ。血の匂いだ。

 血の池地獄。血が煙になったような大気。よどんで曇っている。地獄には太陽が無い。空はどんよりと薄暗かった。

 そして眼下には、血の池があった。岩山を抉ったようなくぼみに血が溜まっている。沸騰して赤い蒸気と泡が沸く血の池。なるほどこの熱気は血が沸騰して蒸発し大気と化しているのか。

 あちこちにある血の池は、どれも広大だった。その血に溺れて茹だりうごめく人が多数いた。

「あれが、亡者」

 亡者は血の池に浸かり、その熱さで皮膚がただれていた。肌が溶け落ち全身から血を流している。流れた血は池に混じると途端に変質し、マグマの血と化し沸騰する。血が流れるほど水かさが増し、もがく亡者たちは溺れる。沸騰した血を飲むと腹の中まで焼けただれ、血を吐く。

「なんて苦しそうなんだ」

「あれが地獄の責め苦だ。辛いぞ。魂は何でも我慢出来る。あれほどの苦痛でも気を失わず、しかし痛みや苦しみはしっかり感じる。ただ我慢出来るだけ。苦しくて辛くて、でも溺れ続け逃げられない」

 おぞましい。これが地獄絵図。

 魂は望めばかなう。どんなに離れていても見ようと思えば見える。亡者たちの苦悶の表情を見れば、死んでもああはなりたくないと思うに十分な苦痛がありありと想像出来る。

 列車のアナウンスが列車の外にまではっきり聞こえてくる。

「みなさまご準備は整いましたでしょうか。当魔列車はこれより血の池地獄を巡ります。みなさまは大事な乗客ですが、亡者のみなさまにとっては荒野への片道切符でございます。彼らには切符を手にする権利があります。再び地獄の最奥を目指す権利があります。ですからどうかご協力をお願いいたします。乗客でいるか切符となるかはみなさま次第です。ではどうかご無事で」

 アナウンスがぶつっと切れる。淡々とした女の声は、感情が無いかのようだった。

「僕たちが切符だって」

「ああ。亡者に首を取られるんじゃないぞ」

「はい」

「無理に戦わなくていい。敵を避けたり退けたりすることだけに集中しろ。初めは剣が一番扱いやすい。あまり長すぎるものはイメージするなよ。使いにくい」

「はい」

 僕は命綱として伸ばす影を一本、背中から出して列車に打ち込んでいる。それとは別に、手のひらから影を伸ばす。

「ん、しょ、こうかな」

 剣の形をイメージする。長すぎた。もう少し短く。刃を広く。柄は両手で持てる長さに。ん。こんなものかな。

「お、格好いいな。いい形だ」

「えへへ。そう?」

「言ったとおり、影を切り離すとその分だけ魂が削れる。手から生やしたその剣を分離するんじゃないぞ。力を込めて硬質化しろ。刃を研ぎ済ませ。力の分だけ魂が削れるが、ここはうんと強くしておけ。剣を折られてまた作る方が魂を消費するからな」

「はい」

 僕は黒い剣に力を込める。硬質化して折れないように。研ぎ済ませて何でも切れるように。

「よし。慣れてきたら影を出したり引っ込めたりする戦い方も出来るが、お前はまだ影の出し入れが慣れていない。そうして常に出しっぱなしにしておけ。破壊されないよう力で強度を持たせる。それが基本だ」

「はい」

 列車がとぐろを巻くのをやめて、地表へ向かう。血の池地獄を巡る。どうやら地獄に出ると、こうして用意が整うまでは亡者たちも手を出してこないようだ。ルールに則った戦争というわけだ。

「戦いは何でもありだが誇りを持て。みんなそうしている。安心しろ。誰かがお前を犠牲にして助かろうとはしない。亡者だけが敵だ」

 僕はうなずく。ほんのちょっぴりだけ心配していた。みんな必死に列車に残ろうとする。だからいざとなったら誰かを犠牲にして自分だけ助かろうとする人がいるのではないか。罪人ばかりなのだからなおさらだ。

 でも、みんな他の人を全力で助ける。それが自分のためになる。自分も助けてもらえる。肉体の、普通の人間社会とは違う。魂の世界では魂同士は裏切らない。敵は亡者だけなのだ。

 もし仮に、仲間を蹴落として助かる者がいれば列車に乗っても他のみんなに叩き出されるだろう。だから誰も卑怯に仲間を犠牲にはしない。打算に裏付けられた絶対的な信頼だ。

 僕らは魔列車の中程の車両にいる。余りに長大で太い大蛇のような魔列車は、車両を数えていられない。ぐねぐねと蛇行する魔列車の先頭はすでに血の池地獄の地表を走り、戦闘を開始している。

 血の池から亡者たちが飛び出す。普段は地獄に縛られ決して池を出ることが出来ない亡者たちは、魔列車が訪れたときにそれを襲うためだけに血の池から出ることを許される。

 皮が溶け全身から血を流し続ける亡者たち。真っ赤な身体を弾丸のように飛ばし、血の池から魔列車に飛び乗ってくる。

 彼らは僕らの影のように、血を伸ばして襲ってくる。黒い影と赤い血が絡み合い、切り合い、砕き合っている。

「う、あ」

 亡者たちのあの形相は何なんだ。皮がはがれているから怖いというわけではない。その怨念が、妄執が怖い。

 あの血の池に浸かり続ける苦痛はいかほどのものか。ようやく訪れた魔列車だけが、この地獄から抜け出ることが出来る希望。これを逃せばまた何週間も待たねばならない。一秒ですら耐えられない地獄の責め苦から逃れられるなら、必死を通り越して凄絶になる。

 亡者たちは血の鞭を振り、血の剣で斬り、血のハンマーで殴り、血の銃を撃つ。影で対抗する魂たちも同じだ。いろいろな武器で応戦し、列車に取り付く亡者たちを叩き落としている。

「うっ」

 亡者に噛みつかれ、一緒に血の池に堕ちる者。沸騰したマグマの血に浸かればあっという間に皮膚が溶け、亡者と化す。今堕ちたばかりの魂はその地獄に慣れるまではただ苦しみのたうつ。地獄に縛り付けられるのだろう。堕ちれば今すぐこの魔列車に襲いかかることは出来ないようだ。

 魂を地獄へ引きずり込み、その首を荒野への切符した亡者は歓喜の雄叫びを上げながら溶けていく。全部溶けて無くなった。一度死んで魂として荒野の地中に復活し、再び魔列車に乗る権利を得たのだ。

 魔列車はぐねぐねとうねりながら地獄を疾走する。無数にある血の池を全て回り、全ての亡者にチャンスを与える。

 来る。来る。地獄が迫ってくる。

 僕たちの乗るこの車両が血の池地獄に接近する。

「怖いか?」

 ゼドさんが僕の横に立ち身構えたまま尋ねる。

「う、うん」

「奴らの姿や力より、その執念が怖いだろう」

「うん」

「だが負けるな。楽しめ。戦いだ。すごい力を持ち存分に戦える。殺し合える。もし死んでもまた復活出来る。その分だけ肉体が不幸になっていくが、それでもいざとなったらやり直せるんだ。だから楽しめ。初めての戦闘だ。わくわくしろ。恐怖を高揚に変えろ」

 僕はつばを飲む。手に持った黒い剣をぐっと握る。影だから重くない。魂は想うほど強く早く巧みに動く。ろくに喧嘩すらしたことの無かった僕でもちゃんと戦えるんだ。

「自信を持て。勇気を持て。希望を持て。お前は自分だけじゃない。ニーアも幸せにするんだ。背負っているものがある奴は想いが強い。魂は強い想いを成し遂げられる力を持っているんだ。だからきっと大丈夫だ」

「はい」

「何とかする。何とかしろ。何とかしてみせる。行くぞ」

「はい!」

 この列車にも、はるか下にある血の池から火山の噴火のように飛び出した亡者たちが飛び乗ってくる。爆走する魔列車はまるで嵐の中を飛んでいるようなのに、亡者たちは難なく取り付き列車の表面を走ってくる。

「う、う、ひっ」

 がくがく震える。気をしっかり持て。恐怖を想えばより怖くなる。勇気を持てばより勇猛になる。それが魂。気の持ちようで強くも弱くもなる。

 しっかりしろ。ニーアを守るんだ。絶対生きてニーアの元に帰る。地獄へ堕とされてたまるか。

「うう、ううう、うわあああああ!」

 僕は黒い剣を振り上げて、眼前に迫った亡者に切りつけた。

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2013年11月27日

男女六人三行ゲーム(19)夢

男女六人三行ゲーム(19)夢

 学がうきうきしながらみんなの顔を見る。

「どう? この脚本。面白いでしょ」

 夕暮れの教室。居残った六人の内学以外の五人は、学が書いてきた文化祭の劇に使うつもりの脚本を読み終えため息をつく。

「長い」

 巌が分厚いコピー用紙の束をばんばんと手で叩く。

「長いかな?」

 学は首を傾げる。

「長いわよ! 何これ。映画一本分はあるじゃない」

 清美も同意する。学はたははと笑いながら手を振る。

「まあまあ、まだ原案なんだ。これからみんなで改良しようよ」

 百合は学をじっと見て尋ねる。

「学君、率直に言ってもいい?」

「うん。忌憚無き意見を求む! それが一流の脚本家さ」

「うーん。ちょっと、その、ひどすぎ」

「ひどすぎって、何が?」

「内容が。残酷っていうか、かわいそうっていうか、特に、巧君がみんなの一番嫌いな人に選ばれる所」

 学は手を広げて力説する。

「これぐらい強烈じゃないと駄目なんだって。今時ぬるい刺激じゃ物足りなさ過ぎる。アクが強いくらいでちょうどいいんだ。それにこれはあくまで劇だよ。本当じゃない」

 巧は何も言わない。学は巧を見る。

「それに、劇でもやっぱり嫌な気持ちになると思う。だから巧にしたんだ。僕と巧は親友だ。僕が本気で脚本家を目指している事を知って応援してくれている。だから他の誰かだと気にしてしまう、みんなに一度嫌われる役を巧に任せるんだ。それでも僕を信頼して、友情にはひび一つ入らない。だろ?」

 学は巧を見る。巧は無言のまま目を合わせない。

「巧……?」

「学。お前が俺をどう思っているかよーくわかったよ。劇にかこつけて、俺をみんなに嫌いだって言わせて俺を泣かせる。ふーん。学。俺の事、こうやって虐めるんだ」

 学が大笑いする。

「あはははっ。巧。さすがだね。よく見抜いた」

 真顔の巧が震える。

 そして、どっと笑い出す。

「わはははっ。学。いいぞ。すげえ真に迫っている。うん。これぐらいの脚本の方が面白い」

 巧は学の肩に腕を回し、げんこつで頭をぐりぐりする。学も笑いながらやめてやめてとはしゃぐ。

「ふふっ。本当に信頼し合っているのね。たしかに私たちは信頼し合っている友達同士。でも劇とはいえみんなに嫌いと名指しされると嘘でも心が傷つく。それでも学を信じられる巧なら、その役をこなせる。本当の信頼。本当の親友ね」

 菊子はうらやましそうに巧と学を見る。

 百合が菊子の手を握る。

「菊子ちゃん。私たちも、信頼のある友達だよ」

 菊子はふっと笑う。

「ふふっ。ありがとう。でも、わかっているでしょ。私はまだ、親友と呼べる人がいない。だからうらやましいのよ」

 百合はうつむく。

「百合。あなたの優しさはうれしいわ。嘘でも親友だとは言わない本当の優しさがとてもうれしい。百合の事は大好きよ。でも巧と学を見れば、私はそこまで信頼し友情が熱いとは誰に対しても思えないわ」

 百合は顔を上げ、菊子をじっと見る。

「うん……どんなに仲良しでも、端から見れば親友と呼べるくらいの仲でも、巧君と学君を見たら、そこまでの友情って本当にあるのが信じられないぐらい強くてまぶしい。そこまでの、本当の、無二の親友って多分、一生出会えないと思う」

「ええ。だからうらやましいのよ。巧と学が。こんな劇の脚本を書いてきたら、それにかこつけて悪意を発散していると誰でも思う。でも巧は微塵も思わない。そして学は巧がそれで自分を疑い傷つかない事を心底信じきっている」

 じゃれ合う巧と学を見ながら他の四人は温かい気持ちになる。

 たしかにこの二人を見れば、そこまでの友情が他の誰かにあるとはとても言えない。だから心底うらやましい。

 今一緒にいるみんなは本当に熱い友情で結ばれた友達だ。でも、あの二人ほどの親友ではない。どこか信じきれない所はある。

 人間にはみんな、悪意があり、他人を嫌う気持ちがある。学の脚本はその点を深く掘り下げ暴いている。だから真に迫っている。

 真実だから。人は悪意により悪意を押し出され露見させる。みんな、実際にこの脚本のような事があればきっとこうやって悪意が膨れ上がり暴走するとわかっている。

 それでも、汚い部分があっても、それを押さえ込んで仲良くするのだ。それが人間。完全な信頼を築ける親友に出会える人間なんてほとんどいない。巧と学は奇跡なのだ。みんなうらやましく、自分には一生得られないだろうと確信出来る。だから見とれる。あこがれる。

 恋人だって互いに嫌っている所はある。それが膨れ上がり傷つけ合えば破綻する。だからそうならないように、適度に悪意を発散させる。悪意が大きくなる前にある程度悪意を吐き出し減らしておく。

 悪意をぶつけられた相手は傷つく。それが喧嘩だ。でも喧嘩で互いの不満と悪意をぶつけ合った後、許して仲直りする。それが友達。家族。恋人。人間関係。

 巌は清美の肩を抱き寄せる。巧と学の仲の良さがうらやましいからだ。清美は、大好きな恋人の胸に顔を寄せうっとりする。

「巌。私たち、いっつも喧嘩するけど、ずっと仲良しだよね」

「ああ。喧嘩もする。嫌な所が多いからな清美は。いちいち腹が立つぜ」

「ん。自分でも嫌な女だなーってわかっているの。私の悪意はすぐに暴走する。我慢出来ない。でも巌はそれをぶつけられ、喧嘩しても私を嫌わないでいてくれる。だから大好き。ずっと一緒にいてね。他の人とじゃ長続きしない。巌とならきっと、ずっと一緒にいられると思うの」

「ああ。清美みたいな性悪女と我慢して付き合えるのは俺ぐらいだからな。がははは」

「ふふっ」

 清美が巌から離れ、巌の持つ脚本を取りぱらぱらとめくる。

「しっかしまだ仮の脚本だから本人の名前を使っているとはいえ、ぷぷぷ。巌ひっどーい。暴力をちらつかせて女の子に交際を迫り、とっかえひっかえ犯しているだって」

「はっはっは。俺もとんだ悪役だな。でもちょっとうらやましいな」

「ふふー。巌は私以外の女と付き合った事ないもんねー。あ、でも駄目だよ。私すっごく嫉妬深いんだから。浮気したら、巌も相手の女の子も徹底的に追いつめ復讐するんだから」

「おお怖。大丈夫だって清美。だってなあ。清美上手すぎ。最高の美人で巨乳だし。俺、他の女なんかいらねえよ。清美すっげえスケベだから、俺の身体がもたないぐらいだからよ」

「当たり前でしょ。浮気されたら絶対嫌だもん。男の子の性欲ってすごいからね。私が毎日たくさん抜いてあげないと絶対浮気しちゃうもん」

「しねえって。信用ねえなあ」

「私たくさんの彼氏と付き合って、みんな他の女の子と浮気されて別れてきたからさあ。巌とは絶対別れたくないもん。私以外の子と浮気出来ないように毎日搾り取っておかなくちゃ」

 二人がいちゃいちゃするのを、百合は真っ赤になって、でも一言も聞き漏らすまいと耳を大きくしていた。

 清美がにやにやしながら百合に顔を近づける。

「百合ー? 何赤くなってんのよ。まだ学と何もしてないの?」

「だ、だって、学君、奥手だから。それに、エッチに興味無いみたいだし」

「馬っ鹿ねえ。興味あるに決まってんじゃん。毎日百合でオナニーしているんだよ? 処女だからっていつまでも怖がってないでさあ。どうせいずれ経験するんだし。ヤっちゃいなよ。学喜ぶよきっと」

「でも、女の子からなんて、そんな」

「学は幼稚だからね。脚本家になるっていう夢に向かって頑張っている。でもね、この脚本見てよ。やたらセックスだのオナニーだの書いてあるでしょ。百合にアピールしてんのよ。自分は夢に夢中の振りしているけどそれは奥手だから言えないだけだって。こんだけ脚本の中でアピールしてんじゃん。自分はこんなにエッチに興味ありますよーって」

「そ、そうかな」

「百合だって、学の事想ってオナニーばかりするの嫌でしょ。ヤっちゃいなよ。セックスが怖いならさ、裸で触り合うだけでもいいよ。気持ちいいし、すっごく幸せだよ」

「でも、学君、男の子だから、そんなのしたら、我慢出来なくちゃっちゃうよ」

「それがいいんじゃない。誘惑しちゃいなよ。本当は、したいでしょ? 好きな男の子だもん。エッチしたいし喜ばせたいのは女として当たり前。怖くてもするのよ。痛いのは始めの内だけ。怖いけど、好きな人のために我慢するの。大丈夫。学はきっと優しくしてくれるよ。怖がっているなんて学がかわいそうだよ。百合が怖がるだろうから学からは言い出せないんだよ。百合から言わなくちゃ」

 百合は真っ赤になってうつむいてもじもじする。したがっているのはわかるが、勇気が持てないらしい。

 端で聞いていた菊子がため息をつく。

「女から言うなんてはしたないわ。やっぱり男が言わなくちゃ。勇気が必要な、恥ずかしい事だもの。女に言わせるなんて最低」

 清美はにやーっとして、からかう標的を百合から菊子に変更する。

「菊子。あんたも意地っ張りねえ。好きなら好きって言いなよ。男から言うべきだなんて、そんな時代錯誤な言い訳してさあ、びびっているだけじゃない。あれだけあからさまに巧に好意をもたれているのに、自分から告白すればいいじゃない」

「男から言わないと駄目よそんなの。そのぐらいの度胸が無いと。好きって言えないなら好きじゃないんだわ」

「ほーんと意地っ張りー。二人とも好き合っているの丸わかりなのに。私たちさあ、上手い具合に男女がそれぞれ好き合っているんだよ? 巧と菊子だけいつまでもカップルにならないじゃない。みんなでデートしても二人だけ恋人じゃないみたいに振る舞ってさあ」

「恋人じゃないもの。告白出来ない男なんか知らない」

「本当にもう。しっかしこれ、笑えるよね」

 清美が脚本をめくり、そのページを菊子に見せる。

「巧がモテモテだってさ。付き合わないけどエッチしたがる女の子とはエッチしてあげるんだって。笑える。あははは。巧はまるでモテないし、まだ童貞なのに。しかも何でも出来る完璧超人だって。あっはははは。作りすぎ」

 巧はごく平凡な男の子だ。努力で何でも出来るようになるとか、立派なきれい事を主張するとかいった事はない。普通に平凡な能力だし、言動も普通で、立派すぎたりきれいすぎたりはしない。

「巧は顔がきれいだからね。意外と本当にモテるのかも。学だけがそれを知っているのかも」

「不安? 学が菊子の不安を煽って後押しするためにこう書いたのかもね。巧がモテないのは菊子一筋なのが丸わかりだからだよ。他の女なんか眼中に無いじゃん」

「いっつも喧嘩しているだけよ。おかげで周りには夫婦喧嘩だってひやかされるし。その脚本は本当を混ぜてあるから悪質ね。巧はいつも私にめがねをやめろとかお下げをやめろとか言うもの」

「菊子がわざとダサくしているのは、巧以外の男に女として見られたくないからだよねー?」

 菊子が真っ赤になる。

「馬鹿じゃないの。そんなわけないわ。これが楽なのよ。きれいにしていると、町を歩くときナンパがうるさいのよ」

「菊子すごい美人だもんねー。巧と恋人同士になったら、二人きりのときだけきれいにするんでしょ」

 菊子がさらに赤くなる。図星のようだ。きれいな自分を恋人だけに独り占めさせたいのだ。

 清美が離れている巧に向かって言う。

「巧ー。いい加減菊子に告白しなよー。二人とも気持ちばればれじゃん。早くくっついてよー。みんなでデートしようよデート。二人だけ恋人じゃないっていつも言うのやめてよねー」

 巧が真っ赤になって言い返す。

「馬鹿。清美。お前なあ、んなの言えるわけねえだろ」

「何でー?」

「だってそりゃ、お前そりゃ」

 巧は指を合わせてもじもじする。横を見ながら口を尖らせぶつぶつ言う。

 学の脚本と違い、あまりにも男らしくない情けない気弱な少年。それが巧だ。学は親友をひいきしてあまりに格好良く書きすぎていた。

「何で何でー。好きでしょー。ほら応援してあげる。だから今日こそ言っちゃいなよー」

 清美が巧のそばへ行き、背中を押す。巧はよろよろと、でも抵抗せずに菊子の前に立つ。

 菊子と巧が見つめ合う。二人とも火を噴きそうなほど真っ赤になる。

「あ、あの……」

「何?」

 菊子ににらまれ巧はびびる。

「だ、だから、そうやって、いつもにらむのやめろよ……い、言えなくなるだろ」

「男ならはっきり言いなさいよ。聞いてあげるから」

 菊子は照れ隠しに怒る。怒りっぽい菊子はこの雰囲気にいたたまれない。早く巧が言ってくれればいいのに。

 巧はいつものように菊子が怒り出したので、怖くて震え、何も言えなくなる。

「また固まって。早く言いなさいよ。男でしょ!」

 巧は涙を浮かべる。

「何だよう。何でいつもそうなんだよう。だから、そんなだから、俺え……」

 巧はひっくひっくと泣き出す。臆病で勇気の無い巧は、告白が怖くて出来ない。菊子が怒ると怖くて何も言えなくなる。

 菊子はそんな巧に呆れ、さらに怒り出す。

「馬鹿! 何ですぐ泣くのよ。弱虫。あなたがねえ、勇気を出して言ってくれれば、もうとっくに、なのに、いつまでも待たせて」

「だってえ、菊子、怖い。怒らないでよおおおお……」

 巧は怖すぎると子供みたいに泣いて甘える。菊子はそんな巧を放っておけないが、どうしてもうじうじ情けない巧に腹が立ってしまう。

「もういいわ! 巧なんか知らない。学も巌も男らしいしちゃんと告白したのに、私だけ、自分からなんて、言えるわけないじゃない」

「え? 今何て?」

「うるさいわね。あなたはめそめそ泣いていなさいよ。この意気地なし。もう話しかけないで」

「そんな。菊子ひどい。うえええええん。学ううううううう」

 泣き出した巧はもうどうしようもない子供だった。学はいつものように巧を抱きしめ、よしよしと頭をなでて慰めてあげる。

 それを見て清美と巌が大笑いする。百合でさえ、ちょっと悪いと思いながらもくすくす笑う。

 いつもの事だ。菊子が巧を泣かせる。菊子は大人ぶっていながら、好きな子に素直になれず泣かせてしまう子供のままだった。

 巧は普段ここまで情けなくはない。巧を泣かせられるのは今では菊子だけだった。だから菊子は余計に巧にきつく当たって泣かせてしまう。巧を泣かせる自分だけが、巧にとって特別だと確認してしまう。

「あははは。また駄目かあ」

 清美がけらけら笑って手を振る。

「もう。清美。巧を焚き付けないでよ。ただでさえ弱虫の巧が、人前で告白なんて出来るわけないでしょ」

「二人きりだとやっぱり何も言えないで、菊子がしまいに怒り出すんでしょ。だからこうしてみんなで応援してあげないと、いつまでもこのままじゃない。手伝ってあげているのよ。感謝してよー」

「面白がっているだけじゃない」

「だって面白いもの。巧が子供みたいにびーびー泣くとおっかしいの」

 虐めではない。みんな仲のいい友達だからこそ、これぐらいの悪ふざけが出来るのだ。

 このぐらいで壊れるほどやわな友情ではない。信頼しているから、恋をからかうなんて事が出来るのだ。

 そして。こうでもしないと本当に、意地っ張りな菊子と臆病な巧はくっつかない。いい加減、他の四人は本気で心配しているのでこうやってちょっと強引にでも告白の場面をしょっちゅう作ってあげる。そして巧はいつものようにヘタレて失敗してしまう。

 いつもの六人。仲のいい友達同士。あるいは恋人同士。幸せで、ずっと続く関係。

 だったら、よかったのに。

「お目覚めー? 巧。いい夢見れたでしょ?」

 清美の声に、巧は目を覚ました。

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2013年11月26日

魔列車地獄行(6)亡者

魔列車地獄行(6)亡者

 地獄行きの魔列車。今は乗車駅である荒野の地中を掘り進んでいる。もうじき地獄へ着く。僕とニーアは列車の床に座りながらゼドさんの話に聞き入る。

「地獄の亡者が、僕らの首を奪う。何のためにですか」

「自分が助かるためだ。地獄の亡者というのは、この列車から振り落とされた魂だ。地獄の責め苦に苛まれ、変質させられた化け物だ」

「ば、化け物」

「地獄によりどんな姿や力に変質するかは異なる。でもまあたいていは人型のままだな。この列車から落ちると地獄に堕ちて亡者になってしまう。絶対に落ちるんじゃないぞ」

 僕とニーアはちょっと青ざめながらこくこくとうなずく。

「で、地獄に堕ちて亡者となった魂は永遠にその地獄に縛られる。地獄の責め苦で苦しみ続ける。それを逃れ、再び荒野に戻って魔列車に乗るためには、別の誰かを代わりに地獄に堕とさなければならない」

「つまり、地獄の亡者たちは自分たちの身代わりを求めてこの列車を襲うってことですか」

「そうだ。首さえあればその魂だと認められる。身体がいくら損壊していようが構わない。手足とかじゃ駄目だ。首を地獄に浸からせれば、その首を持ってきた亡者は代わりに地獄から解放され、荒野に戻される。亡者から元の魂に戻り、再び地獄の最奥を、免罪を目指すことが出来る」

 それってつまり。それってつまり。

 僕はゼドさんの顔を見られなかった。ニーアも気付いて涙ぐんでいる。

 ゼドさんはまた、ときどき見せる寂しげな笑顔を見せて僕たちの肩をやさしくつかむ。

「そうだ。だからこそ余計に、この列車にいる間は他の人を助けるんだ。先に恩返しをしておくんだ。いつか誰かを、自分の代わりに地獄に堕とす。引きずり込む。免罪への希望を奪う。そして自分だけが助かる。もし地獄に堕ちたら遠慮するな。全力で襲い殺し引きずり堕とせ。みんなそうしている。みんな必死だ。この列車では全力で他の人を助ける。それでも一番は自分だ。他の誰でも無い。自分を一番大事にしろ。みんなそうしている。そうしないとみんな困る」

 ゼドさんは、とてもやさしくて、列車に乗り込むときも最後まで列車の外に残ってみんなを助けていた。でも僕たちの前に現れる前に死んだんだ。だから荒野に戻ってきて、僕たちと出会った。

 その前は?

 ゼドさんは地獄へ堕ち、亡者になり、そしてこの列車を襲って、誰かを地獄へ引きずり堕とした。あんなに必死に人を助けたゼドさんが、人を襲って自分の身代わりにし犠牲にした。

 それも何度も。ゼドさんは魔列車に乗り地獄の最奥を目指した回数を数えていられないほど多いと言っていた。でもきっと、数えたくないんだ。自分が地獄へ引きずり堕とした人の数を。

 ニーアがわっと泣き出す。僕もつられて堪え切れなくなった。

 ゼドさんは、僕たちが泣きやむまでずっと頭をなで続けてくれた。

「わかっていると思うが、自害は許されない。介錯も許されない。地獄へ堕ちず、魂をわざと死なせて荒野に戻ることは許されない。みんな必死だ。全力で戦っている。その生き様を汚してはならない」

 僕は涙を拭う。駄目だ。まだこぼれてくる。

「地獄の亡者が再び荒野に戻り、挑戦し直せる権利を奪ってはいけない。亡者が頭ごと全部吹き飛ばすような無茶な攻撃をしたり、地獄の罠にかかって魂全部を砕かれたり、地獄の獣に食われたりしない限り、最後の最後まで首を守れ。もし首を奪われれば大人しく地獄へ堕とされるんだ。自分が亡者になったときも相手にそうしてもらえるように」

 僕とニーアはうなずく。みんな自分が助かるために、自分の肉体を不幸から救うためにここへ堕ちたんだ。それが一番の目的。それに挑戦する権利を奪ってはいけない。自分も他の人が権利を奪わないからこそ挑戦出来るのだから。

「よし。心構えも教えた。影の出し方も教えた。あとは使い方だな。まずは服を変質で作ってみろ。一着作るぐらいならあまり魂を削られないから大丈夫だ」

 ゼドさんは影を出す。それはしゅるしゅると布のように広がりゼドさんを包む。影が色づき形を変えると、列車に乗り込んだときにボロボロになったゼドさんの服やマントが新品になる。

「わあああ」

 ニーアは魔法のような華麗さを見て目を輝かせる。

「服の一部を置き換えるだけでもいいし、丸ごと作ってもいい。その場合、元の服は分解処分しておけ。大体服を着替える様をイメージすればうまくいく。お前たちは荒野をさまよったこともあり、もう服がボロすぎる。全部作り替えた方がいい。好きな服をイメージしろ。ただし動きやすい服にしろよ。地獄では戦闘に入るからな」

「はい」

 ニーアはにまにましながら考え込んでいる。僕はお店で見て格好いいと思っていた服装をイメージする。

 しゅるしゅると僕から出る影が薄く伸び、長い布のようになって身体に巻き付く。影が今の服を食うように分解して新しい服に姿を変える。

「出来た出来た。わああい」

「素敵。エンバス格好いい」

「そう? えへへ」

 ニーアにほめられるとうれしい。好きな女の子の前では格好つけたいのが男というものだ。

 ゼドさんのような格好いいマントをまとうことも考えたが、ニーアははじめゼドさんのことを格好いいと思っていなかった。今はどうか知らないが、マントはしばらくおあずけだ。他にマントをまとっている人も見当たらないし。

 ニーアも影をまとって着替える。

「どう。エンバス。かわいい?」

「う、うん。すごくかわいい。でも」

 僕は短すぎるスカートと、そこからのぞくきれいでなめらかな太ももを見る。

「スカート短すぎない? 動いたら見えちゃうよ」

「うー。でも、かわいいし……」

 ニーアが泣きそうだ。ここは僕が退かないといけない。

「あ、大丈夫だよ。うん。かわいい方が大事だもんね」

 ニーアがえへへと笑う。好きな服に着替えられるのだ。女の子なら最高にかわいい服を着たいと思う。彼氏である僕にかわいい服装を見てもらいたいと思うものだ。

 ニーアの下着が他の人に見られるのは嫌だ。でも女の子って、なぜか見えちゃうし恥ずかしがるのに短いスカート穿くのが好きだよなあ。短いほどきれいな脚が見せられるし、かわいいもんな。

 うずうずする。ニーアかわいい。荒野をさまよっているときはどうしていいかわからずただ歩き続けた。ニーアに何もしていない。こんなかわいい格好を見たらたまらない。

 ニーアはわかっているのだろうか。男は好きな女の子がそんなに短いスカートを穿いたら我慢出来なくなっちゃうものだということを。

「よし。物への変質は上出来だ。魂は我慢しようと思えばいくらでも我慢出来る。だから薄着だろうが厚着だろうが構わない。自分がしたい服装をすればいい。でもわずかでも魂を削っているんだ。回復するけど無駄遣いは禁物だ。着替えは服が痛んだときだけにしておけよ」

「はーい……」

 もっと着替えを楽しみたかったらしいニーアは不満そうに返事する。

 着替えが自由ってことは、ニーアにエッチな下着を着けてもらうことも出来るんだよなあ。うう。期待でむらむらする。でも我慢しないと。もうすぐ地獄につく。戦闘が始まる。その前に、ゼドさんに教われることは全部教えてもらっておかないと。

「影は日用品とかを作ったり、物を持ったり出来る。でも大したことは出来ない。魂の一部を影として形を変えて動かしているだけだから、魂より強くなることは出来ない。そこで力だ。魂を削り力に変質させることで、魂よりもはるかに強力なパワーを発揮出来る。影を強化し攻撃や防御に使える」

 わくわくする。男なら戦いに心躍る。

 ゲームとかじゃない。本物の戦い。危険はある。けがをすれば痛い。亡者と戦うのはきっとすごく怖いだろう。地獄に堕ちて亡者になるのは嫌だ。死んで荒野に戻されるのも嫌だ。

 それでも楽しい。楽しまなくちゃ。怖がって震えていたらいい餌食だ。楽しむのは恐怖をはね飛ばすために一番有効な手段だ。

 ゼドさんが何度も繰り返し言うように、恐怖を楽しめ。困難で遊べ。それが生き残るために一番大事な秘訣なのだ。

「んー、この車内で弾を撃ったりすると迷惑だからな。まだ地中だし。とりあえずは武器の作り方だけ教えておこう。あとは実戦で教える。その余裕があればだがな。慣れるまでは無理に戦わなくていい。身を守ることに専念しろ。みんなはじめの内は守ってもらった。戦えるようになってから他の誰かを守ればいい」

 守り守られ助け助けられ。そうしてみんな続いていく。自分の利益を最大にするために、他人の利益を最大にする。

「ま、大体イメージの仕方はわかっただろう。武器をイメージして変質させろ。弾のように撃ち出すものは影から切り離す。切り離さず影に力を込めるだけでもいい。基本はそっちだな。でも敵に影を捕まれ地獄へ引きずりこまれそうになったら即座に切り離して逃れろよ」

 ゼドさんは伸ばした影を刃の形にする。それでカップをコツコツ叩く。切れない。ただのナイフを当てただけではカップは切れるわけがない。

「見てろよ。力を込めるとこうなる」

 黒い影のナイフが、まるで水を切るようにカップに滑り込む。何の抵抗も無くするするとカップを通り、通り抜けるとカップが切断されて断面からすぱっとずれる。

「うっわああああ」

 想像よりはるかに鋭い切れ味。僕とニーアはまじまじと見つめる。

「やってみろ。魂は強く想うほど強くなる。魂を削り変質させる力も同じだ。これぐらいなめらかで、あり得ない切れ味ぐらい当たり前に出せる。肉体とは次元が違う。戦闘はこういった高い次元での力のぶつかり合いになる。だから常に、驚くほどの力をイメージして変質させろ」

 僕たちはうなずき、やってみる。魂を削り力に変質させるのは難しかった。でも何度かやるとコツがわかり、カップをガチャリと割ることが出来た。ニーアはすぱっと切れたのに。僕は影を出すことに続いてまたニーアに負けて、ちょっとむくれた。

「ははは。エンバス。慣れだ慣れ。ほれ、もっと練習してみろ。もう地獄に着く。ここまで出来れば上等だ。あとは実際に、影を使った戦闘を見た方が早い。お前たちのイメージとは桁が違うからな。映画とかだと想像が足りない。実際に目の当たりにして体験しないとイメージしにくいからな」

 僕はニーアに励まされ、何度も挑戦する。ようやくけっこうなめらかに、硬いカップを切れるようになった。

「よし。上出来だ。じゃあ後始末だ。影で包めば物を分解出来る。魂は無理だが、物に変質してしまったら影に食われる抵抗力が減るからな。さっき服を着替えるとき前の服を分解したように、このカップの破片も分解してみろ」

 ゼドさんがやってみせる。僕たちも同じように影を伸ばしカップの破片を包んで、それが消えるイメージを浮かべる。影の中に確かな手応えを感じる。食べるように溶かすように、するりぺろりとカップが消える。

「よしよし。いいぞ。このカップはまた作って返す必要は無い。魂を削って作っているからな。治癒して魂が回復すればまた作れる。代わりに他の誰かのために、自分の魂を削って振る舞うこともしろよ。与えて与えられる。その繰り返しがこの列車の、魂の世界のマナーだ」

「はい」

 ゼドさんはニーアを幸運の女神と言ったが、僕たちにとってはゼドさんのようにやさしくて頼もしい人に出会え教われることこそが幸運だ。

 ゼドさんはときどき寂しそうに笑う。だから訊けなかった。

 どんな罪を犯したのか。どうしてここへ来たのか。

 亡者になるのはどんな気持ちなのか。どうなってしまうのか。

 亡者になって、この魔列車が来るまで地獄で責め苦に耐え、ようやく訪れた魔列車を襲い、人を犠牲にして自分だけ助かるのはどんな気持ちなのか。

 きっと悲しい。きっと辛い。きっとやりたくない。でもみんなそうする。そうしないといけない。

 だからこそ、この列車に乗っている間は必要以上にみんなを助け、亡者になったときに犠牲にした人たちへの償いとするんだ。

 ゼドさんは何も言わない。でも僕たちに、その覚悟を今からしておくことを教えている。初めの地獄で早くもこの列車から堕とされるかもしれないのだから。

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2013年11月25日

男女六人三行ゲーム(18)最後の勝負

男女六人三行ゲーム(18)最後の勝負

 巧がセスを振り返る。

「セス。どうなんだ。俺たちはルールを構築出来る。この三行の文章を使ったゲーム以外のゲームのルールを丸ごと持ち込んで勝敗を競い、このゲームの勝者を一人決める事は出来るのか」

 セスは目を瞑り、腕を組んでじっとしている。沈黙。しばらく時間が経ち、いい加減じれた巧が口を開こうとすると、それを待っていたかのようにセスが話し出す。

「可能よ。どうぞご自由に。まさかそんな事を言い出すなんて。本当に、本当に面白いわね巧君は」

「じゃあ」

「認めるわ。私はもうゲームマスターとして敗北している。あなたたちを膠着により敗北させる手を封じられた。だからあとはあなたたちが納得する決着をつけるのをただ見守るのみ。あなたたち全員が合意したルールなら構築出来るわ。このゲームのルールに反しない限りね。このゲームのルール。一人だけなら助かる。それは勝利者を一人選び出す手段が存在する根拠となり、全員が合意すればその手段をルールとして構築する事が出来る。別のゲームのルールを構築して勝者者を決める事を認めるわ。このゲームのルールだろうが別のゲームのルールだろうが、勝利者はこのゲームの勝利者に該当する。全員が敗北した際には、じゃんけんの勝者一人をこのゲームの勝者と出来るようにね」

「よし!」

 巧が拳を握ってガッツポーズをする。勝利を自慢しない巧には珍しくエキサイトしている。

 菊子がまばらな拍手をする。

「さすがね巧。すごいわ。膠着したままじゃんけんで勝者を決めるなんて望まない。でもこのゲームのルールに則ってこれ以上敗者を決めるのも難しかった。別のゲームを持ち込んで勝者を一人決めるなら、思い切り勝負してすっきり決められる。敗北しても納得出来るわ」

 清美が腕を振ってまくしたてる。

「ちょっとちょっとー。でも、頭のいい人しか勝てないゲームなら私嫌よ。合意しないからね。私はずる賢く他人を陥れるのは得意だけど、普通の知的ゲームだと勝てないじゃない」

「清美。全員が合意しないとルールを構築出来ない。お前にも勝てると思えるゲームでないといけないから安心しろ」

「そう? ならいいわよ。へへー。こうしてみんなでゲームするのって面白いねー。最近こういう楽しいの、すっかり忘れていたなー」

「そうね。最近はみんなマンネリで、一緒に遊んでもいまいち盛り上がらなかったものね」

「……学に教えてもらったよ。真剣じゃなかった。負けてもいいやでやっていたら、どんな遊びも勝負も面白くない。だから何をしてもつまらなかったんだ」

「うんうん。そうだねー」

 清美はご機嫌だ。全力の勝負の楽しさを知り、もっと楽しみたがっている。

「でもどういうゲームにするの? 何かいいゲームあるの?」

「そうだな。不正の入らない、全員が同じくらい拮抗して競えるゲームか……」

 菊子がちらりと清美を見る。

「馬鹿にも出来るゲームとなると、知的なクイズとか無理よね」

「あー、馬鹿にしてー。でも正解。私馬鹿だもーん。という事でー、頭が良くないと出来ないゲームは禁止ー」

 清美は腕でバツを使っておどける。みんなくすくす笑う。

「ゲームって深く考えず、もっと単純な遊びでいいんじゃないか」

「何?」

 巧はつかつかと歩く。そしてはじめの内セスが座っていたイスを拾い上げる。背もたれの無いスツール。巌が窓に投げつけたり手に持って叩きつけたりしたが、窓もイスもびくともしなくて諦め床に放り投げた奴だ。

「これでどうだ? イス取り。懐かしいだろ」

「イス取り?」

 菊子がめがねをくいっと上げる。

 清美が笑い出す。

「あはっ。それなら私も勝てそう。やろうやろう。私強いんだよ。子供の頃は負け無しだったもん」

「みんな清美にびびってたんじゃないか? 小さい頃からおてんばだったんだろ」

「へへー。そうそう。って何言ってんのよ巧。私は小さい頃からずっと清楚なお嬢様ですー」

「ははっ。言ってろ」

 清美はおおげさに唇を尖らせる。巧は大笑いする。

 あんなにいがみ合ったのに。傷つけ合ったのに。巧は清美に泣かされたのに。もう水に流してしまったかのようだ。

 本当に許せたかどうかはともかく、こうして一緒にはしゃぎ遊び笑い合えば、互いへの不満や怒りは大きく解消される。そうして残った小さなわだかまりだけは我慢して、人は努力して仲良くするのだ。

 菊子は、あれだけこじれたみんなでこうして笑って遊べる事にちょっとじんとくる。イス取りか。これぐらい幼稚で馬鹿馬鹿しい遊びの方が、馬鹿馬鹿しいいがみあいの仲直りにはちょうどいい。

「いいわ。ふふっ。イス取りならそれほど体力差とかも関係ないし。タイミングを取れるかどうか。一瞬早く動けるか。その方が大事だわ。男と女でも十分勝負になるでしょ。いいわよ。それで一人、勝者を決めましょう」

「決まりだな。セス。音頭と判定を頼めるか」

 セスは巧をじっと見る。

「本当に、これで決着でいいの? もっと頭を使った物の方がいいんじゃないの」

「いいんだよ。清美はあまり難しいのはしたくないらしいからな。誰にも不利の無い勝負じゃないと納得出来ない。これぐらいでいいんだよ。タイミングが頭より身体より大事なゲームだ」

「そう。ならいいわ。私はゲームマスターとして敗北した。こんなの滅多に無い。いつも私の罠にかかりプレーヤーは全滅するか、いがみ合って醜く潰し合う。こんなさわやかな終わりに導けるなんて。呆れを通り越して感心するわ」

「そうか。なら……いや、それは後だ。勝者とセスの駆け引きに任せる。敗者は勝者の奴隷となる。セスがどうやってそれを強要するのか。でも俺たちは負けない。この残酷で卑劣で凶悪なゲームでも、ゲームマスターに勝てたんだ。セスには負けない。どんな悪意にも勝つ。この中の誰が勝っても、きっとそいつがセスの悪意に勝って、敗者が奴隷になるという運命から救ってくれる」

「ふふふ。私は絶対のゲームマスター。私の魔力には誰も逆らえない。人間は弱い。悪意を持ち、背中をちょっと押されただけでそれを流出させる。このゲームで学んだでしょ。人間はちょっと悪意につつかれればすぐに自分の悪意を暴走させる。私が強制するまでもないわ。勝者は奴隷を手に入れたら欲望に歯止めが利かなくなる。今はきれい事を言う巧君だって、もし勝者となって何でも言う事を聞く奴隷を五人も手に入れたら、きっとそれを虐げもてあそぶ快感にとりつかれる。悪意を暴走させてとてもひどい事を笑いながらするようになるわ」

「絶対ならないとは言えない。でもそれは、敗者の運命だ。勝者を責める事は出来ない。欲望に負け、勝者が暴走したらそれは仕方無い。でも負けない。悪意に負けて暴走しても、こうして立ち直り、仲直りだって出来るんだ。だからきっと、欲望に負けて奴隷にひどい事をしても、きっといつかそれを悔い改め、奴隷の運命からみんなを解放してくれる」

「最後まできれい事を。巧君はこんなにひどい目に遭わされ泣かされてもまだそんな事を言えるのね。でも奴隷になっても勝者になってもどちらにせよそんなきれい事は言えなくなるわ。現実を知り、悪意に歪められるわ」

 セスはにやりと笑う。巧はひるまずにらみ続ける。

「もうわかっているでしょ? 私は何度もこういうゲームを仲のいいお友達グループに仕掛けた。勝者にはきっちり敗者を奴隷として与えた。その私が言うのよ。保証する。悪意をいくらでもぶつけられる奴隷を与えらえて悪意を抑え込める人間はいない。際限無く悪意を膨らませ、勝者は奴隷を際限無く残酷に執拗に虐げ苦しめあざ笑う」

「俺は負けない。誰も負けない。セス。俺たちは、お前の悪意に絶対勝つ」

「ふふっ。楽しみねええええええ?」

 こうして、巧たちはセスと戦う決意を見せて、そして最後の勝負に臨んだ。

 たった一回の勝負。それで勝者か奴隷かが決まる。運命の分かれ道。

 恨みっこ無し。巧も菊子も清美も、互いに絶対負けないと笑顔でにらみ合った。

 今後の事は後回し。今はただ、勝負を楽しむ。

 全力で、最後かもしれない、大好きな友達との遊びを、三人とも思い切り楽しんだ。

posted by 二角レンチ at 08:44| 男女六人三行ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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