2014年02月27日

見えざる掌(40)完全服従

見えざる掌(40)完全服従

 イヒャルテは取引が上手い。相手が得をしながら自分も得をする。ウィンウィンの取引だ。どちらも得をするからこそ取引に積極的で協力的になれる。

 誰だって自分が得をするのは気分がいいものだ。取引を自分に有利に進めているので優位に立てたとうぬぼれる。

 うぬぼれるから相手を侮る。侮るから取引を続ける。また自分が相手をやり込め得をするために。

 イヒャルテたちは手錠を取り返したかった。それを相手の両手にかければ掌能力も身体能力も封じられる。とても強力な武器であり、戦闘でもしばしば活用される。

 しかしそんな物よりただ接触だけで済む掌能力の方が相手に対してはるかに有効だ。片手にかけただけでは効果を発揮しない手錠と違い、ロブロンクスの支配能力はただ触れるだけで相手を無力化出来る。どちらが強力かは火を見るより明らかだった。

 自分たちより数の多い能力者と戦うために手錠を取り返しておきたかったのだろうが、それは過ちだ。手錠一本でロブロンクスの支配枠を一つ封じられる。その差がわからないほど馬鹿なのだろうか。

 いや、イヒャルテは馬鹿を装っているが馬鹿ではない。もっと正確に言えば馬鹿だが賢い。馬鹿なのは演技ではなく本気だが、それでも賢く頭がよく回る。

 なるほど。支配枠が一つしかないなら、三人の内二人は殺してしまうしかない。しかし支配枠が三つあれば当然、三人とも生きたまま確保し支配したいと考える。

 ようするに、少なくとも二人は殺される状況から三人とも敗北しようとも殺されないよう保険をかけたのだ。ぎりぎりの戦闘でやむを得ず殺す場合もあるだろうが、支配枠が人数分ある限り殺すのは最終手段となり、死を免れる確率が最大に高まる。

 手錠と支配枠の取引ではない。そうやって釣り合わないトレードでロブロンクスが得をしたように見せかけ、本当の狙いは殺されない保険を得たのだ。

 手錠で敵を無力化出来れば殺される危険がさらに低くなる。そうして戦闘で敗北する場合でも命が助かる確率を最大に高めておけば、敗北も怖くない。

 何より、生きて敗北するなら支配されるだけだ。服従を誓わないなら殺されるが、ロブロンクスの配下として比較的好き勝手に出来る。

 命令を聞いてときには刺客として送り出されて死ぬ危険もあるが、一対一の戦闘を強いられるだけだ。それで負けるのは弱い自分が悪い。別段ひどい待遇というわけではないし、強ければいつまでだって生き続けられるのだ。

 ここで多人数に囲まれ殺されるしか無い状況で、手錠を確保した事で勝つ可能性はそれが無いより高まった。そして何より殺される危険が限界ぎりぎりまで下げられた。

 なるほどなるほど。取引が上手い。イヒャルテは何より大事な命を守る事にほぼ成功したのだ。

 ここまで切れる奴は今の配下にはいない。性格や言動は耐え難いほどいらいらするが、それを差し引いて余りある知謀。ぜひとも生かして支配し仲間に加えたいものだ。

 上手な取引をする事で自分の価値をプレゼンテーションしている。ますます生かしておきたくなるし、殺される確率が下がる。

 素晴らしい。こいつがさらにどんな取引を持ちかけるのか。それを試さず殺すなんて選択肢はあり得ない。ロブロンクスはイヒャルテとの取引を楽しみにした。

「それで。さらにどんな取引をするんだ?」

「うん。僕はさっき、他の支配能力者とゲームをしているって言ったよね。彼女の名前はクランクラン。知っているかな?」

「いや、どうだったかな」

「駆け引きはいらないよ」

「そうだったな。ああ。知っている。仲介人はその取引相手からの紹介が無いと知る事は無いが、それでも情報を漏らす奴はいる。私が知っている情報はわずかだけだ。政府特製の純白に煌めく塔。それを所有し、八人の強力な女たちを部下にしている。全員白い髪で美人だ。服も真っ白。かなり独特なので噂になっている」

「僕に首輪をかけた飼い主は彼女なんだ。クランクラン。僕は彼女とゲームをしている。首輪で支配されているから反逆は出来ない。でも許される範囲で彼女と敵対し、彼女の謎を全部暴くゲームなんだ」

「ほう。それで」

「彼女の依頼をこなすたび、彼女の情報を教えてもらえる。君の殺害が成功すればまた情報を引き出せる。ゲームの勝利に一歩近づける」

「ふむ。興味深いが私には関係無いな。それがどうした」

「彼女の支配能力は強力で独特だ。知りたくないかい」

「支配能力にも種類があるのか? 私は自分以外の支配能力者を知らないが、首輪の元になっている能力だとは推測出来る。首輪が多数存在する以上同じ能力者は多数いるはずだ。手錠と首輪は違う能力で作られているだろうが、その二種類以上のバリエーションがあると?」

「うん。彼女の支配能力は独特で強力だ。支配している者をほぼ不死身に変える」

 ロブロンクスが明らかに動揺する。

「何だと。そんな事が可能なのか? 私の支配能力には、配下に付与する特殊能力など何も無いぞ」

「クランクランの配下、お姫様の一人は頭を半分ぶっ飛ばされても生きていた。戦闘能力もまるで損なわれていなかった。恐ろしいよ。表社会の映画に出てくるゾンビみたいだった。他者治癒能力で治療したら元通りになったよ。すごいねえ。さすがに頭全損みたいに確実に死ぬのはどうしようも無いと言っていたけど。ただの能力者なら死ぬようなけがでも死なずに済む耐久性が抜群に優れているんだ」

「そんなにすごい能力が……部下をほぼ不死身に出来れば非常に強力な部隊となる。何より配下の強い能力者を死んで失うはめにならない」

「代わりに、十代の処女しか支配出来ないって言っていた。二十歳になったり処女を失ったりしたらそのほぼ不死身の支配を失うんだろうね。強力な能力者を強化出来るけど期限付きだ。メリットとデメリットは比例するからね」

 ロブロンクスはあごに手を当てて考え込む。

「……それで?」

「クランクランの謎を解きたいでしょ? その秘密を知りたくない? 彼女は首輪の支配能力と自分の掌能力を重ねる事で、本人の服従心なんか関係なく完全な支配を実現している。政府から首輪を支給される仲介人だから出来る芸当だ」

「なるほど」

「支配能力者を首輪で支配する事は出来ない。でも支配能力と首輪を重ねる事で完全服従どんな命令にも従う兵隊を作れる。仲間だの信頼だのいらない。完全な奴隷だよ」

 ロブロンクスは、とっさに表情や言葉に感情が出ないように気をつけた。

(この策士め。私に有利な取引をしていたのもこのための仕込みか。どれだけ罠を重ねているんだ。油断ならない奴だ。今私がわずかでも喜んだりすれば、それは隠れて見ている部下たちにも伝わる。私は仲間と信頼を築いている事で服従を自主的に誓わせている。しかし本当はそんな面倒な事をせず完全支配による奴隷を欲しがっていると知ればもう信頼は失われる。数の不利を覆すために、私と部下たちの間で不信感を抱かせ服従を損なわせるのが狙いだったのか)

 支配していても本人が服従を誓わないなら、単に敵対行動や裏切りが出来なくなるだけだ。ロブロンクスは戦闘時には必要なら死を覚悟した突撃を命じる事がある。いざというとき服従していないと命の危険がある命令を拒否されてしまう。

 もちろんただ死ぬだけの命令というのは出せないが、全員の勝利のために犠牲を強いる事は出来る。

 それには信頼による服従が必要なのだ。仲間のためなら死ねる。ロブロンクスは仲間を支配した奴隷でなく共に全てを分かち合う家族のように接している。それはいざというときに、誰かを犠牲にする事を強いる作戦を行わせるためだった。

 イヒャルテの肝計にはまり、まんまと仲間の信頼を失っていればもう、仲間のために犠牲になるような命令には従ってくれなくなる。チームとして時には必要な犠牲を払いながらも勝利してきたのだ。その手段を失えば戦力は大きく低下する。

 危ない危ない。しかし罠は回避した。服従による犠牲が使えないと人数が多くても連携が不十分だ。結果として殺されたり手錠で捕獲されたりする人数は増え、下手すれば負けるかもしれない。

 勝ち目の無い罠に飛び込み、命を守る保険をかけておいて、その実勝利を目指していた。その気が無い振りをしながら飄々と、圧倒的不利な山を少しずつ削り、自分たちと対等な高さにまで下げにきていたのだ。

 最悪の場合……今まで共に戦い家族のように過ごしてきたからさすがにそれは無いだろうが、もし配下の全員がロブロンクスに不信を抱き見捨てれば、彼を見殺しにするかもしれない。

 そうなるとロブロンクスはたった一人でイヒャルテたち三人と戦わなくてはならなくなる。いかに一撃で敵を無力化出来る支配能力を持っていても勝ち目は無い。

 ロブロンクスが殺されれば彼の配下は支配を解かれる。もはや信頼出来ない彼に従う必要は無くなり解放されるのだ。ならロブロンクスが殺されるのを何もせずに待つ可能性は十分ある。

 ロブロンクスはイヒャルテの恐ろしさを実感し冷や汗を流した。圧倒的優位の状況にありながら一気に逆転され殺されていたかもしれなかったとは。

 しかし仲間の信頼を損なうような態度も言葉も表情も見せなかった。罠を回避したのだ。さらにこれからはより一層警戒するとロブロンクスは自分に戒めた。

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2014年02月25日

見えざる掌(39)支配枠

見えざる掌(39)支配枠

 イヒャルテはロブロンクスとの取引が順調に進んでいるのでうれしそうだった。

「よしよし。初めは心配したけどちゃんと取引が出来る奴で安心したよ。そういう賢い奴でないと支配した者たちが服従なんて誓えない。だから話が通じると思ったよ」

「これで満足か? 他に聞きたい事があれば答えるぞ」

「情報はだいたいそれぐらいだろう。じゃあ次だ。君の支配可能人数に空きは今一人分しかない。差し向けた刺客の内一人しか殺されなかったからね。これじゃあ僕たち三人全員を支配する事が出来ない。君の罠は隠している数人の能力者と一緒に君が僕たちを攻撃して支配下に置く事だろう。服従を誓わなくても敵対行動を封じられる。君は掌で触れるだけで敵を無力化出来る」

「そうだ。支配能力はそれ自体は攻撃能力ではない。しかし触れればどんな恐ろしい敵でも無力化し、攻撃を封じられる」

「なかなかどうして強い強い。しかしおかげでデメリットもある。支配可能な人数を増やすには支配している人間が殺されるか支配を合意の上で解除しないといけない。君に支配される者たちは安全のために支配されて仲間になっている。望んで支配を解除されたがる奴はいない」

「それがどうした?」

「しかし解除してもらう。君は僕たち三人を支配したい。だから三人分の支配枠を空けておきたい。さっきの情報の対価として支配枠を空けさせてあげるよ」

 イヒャルテは手を振って捕虜の二人、手錠をかけられたケントラとアーデガルトを示す。

「二人の支配を解除しろ。合意があれば解除出来るんだろ。ケントラ。アーデガルト。君たちは僕たちの捕虜だ。でも解放してあげる。政府に引き渡して換金するのを勘弁してやる。でも二度と僕たちに関わるな。裏社会でひっそり隠れて生きろ。この地区を出るんだ。いいね」

 ケントラは恋人が殺された事で今は何も考えられない。どうするのがいいか判断出来ず、アーデガルトを見る。

 アーデガルトはイヒャルテの顔を見る。

 普通なら、この罠に飛び込んだ時点でもうイヒャルテたちの負けだ。アーデガルトとケントラは、イヒャルテたちが捕獲され支配されるにせよ殺されるにせよ、仲間に助けてもらうのを待てばいい。

 しかしもう敗北した捕虜だ。人質として使われればそれは死を意味する。なぜならロブロンクスは敗北するような弱者に用は無い。残りの仲間の安全を確保するためという名目で脅しに屈せず、人質を取られていようが構わず攻撃する。

 ロブロンクスの支配枠を増やさないために殺されないだろうか? かもしれない。しかし追いつめられたイヒャルテならせめてもの報復にアーデガルトたちを殺してしまう可能性が高い。二人が生き残る確率はとても低いとしか思えない。

 しかしこの話に乗れば二人は助かる。支配を解除されたらもうロブロンクスの仲間という安全を確保出来ないが、この場だけなら確実に生きて逃げ延びられる。

 イヒャルテはにっこり笑う。

「アーデガルト。わかるよね? 君たちは取引材料だ。僕がロブロンクスとの取引で差し出せる物として、彼の支配枠を三人分確保してあげなくちゃいけない。そのためには君たち二人が支配されているのが邪魔なんだ。もしこの話に乗らないなら今すぐ僕が殺すよ。僕はロブロンクスたちと戦闘をするつもりは無いんだ。だから支配枠を増やさないために君たちを生かしておくつもりはない。ここで支配枠という対価を差し出すために君たちを殺す」

 イヒャルテはいやらしい笑みのままアーデガルトの両肩をぽんぽんと叩く。そして顔を寄せ耳元でささやく。

「守ってやりなよ。ケントラが今殺されないようにするにはこの話に乗るしかないんだ。君たち二人で逃亡するんだ。今までと同じ、単なる裏社会の一員となる。チームに守られる事は出来ないが、二人きりでいられる。弱ったケントラには君の支えが必要だ」

 言葉はもっともらしく優しいが、それは先に吹き込んでおいた毒を活性化させるには十分だった。

 弱った女は誰かにすがりつかないと耐えられないほど辛い。身体の快楽で辛さを忘れるために男を求めて股を開く。

 ずっと恋していて、でもすでに他の男の物だった。ケントラ。最愛の彼女が、恋人に死なれた今、二人きりで逃亡しもうチームに守られない今、頼る者がアーデガルトしかいない今、彼女のそばにいて慰め抱いて物にする事が出来る。

 それをしないなら今この場で殺される。言い訳も理由も十分過ぎる。生きるためにはそれしか選択肢が無く、二人きりの逃亡生活で心の折れたケントラは絶対にアーデガルトにすがりつく。

 愛する女の心も身体も全てを手に入れる。頼られ求められ心の底まで全部しゃぶりつくせる。

 暗く卑怯な欲望を植え付けられ、他に選択肢はなく結末は必然で、もうアーデガルトにあらがう術は無かった。

「……わかった。殺されるよりはましだからな。俺とケントラは支配を解除される事に合意するよ」

 イヒャルテはぽんぽんとアーデガルトの肩を叩き、笑顔で何度もうなずく。

「そうそう。彼女を守れるのは今となっては君だけだ。ずっと一緒にいてあげなよ」

「もちろん。彼女を全力で守る。コルストンの分まで俺が守ってやるからなケントラ」

 アーデガルトはとても優しい笑顔をケントラに向ける。内面でドロドロした黒く狡い欲望がうずまいている事などまるで読み取れない。

 ケントラは恋人に死なれて心がずたずただ。少なくともしばらくはもう戦えない。いつか立ち直れるかもしれないが、賞金首として裏社会で生きているのだ。誰かにすがりつかないといつまでも生き続けるのは無理だった。

 こんな優しい笑顔を向けられ、友達として信頼しているアーデガルトが自分を守ってくれると言う。ケントラはそれに頼らずにはいられなかった。

「うん。ありがとうアーデガルト。うれしい。一緒にいてくれるのね」

「ああ。俺たちはずっと一緒だ」

 二人は手錠をかけられたまま手を握り合い見つめ合う。イヒャルテはぱちぱちと手を叩く。

「よかったねえ二人とも。お似合いお似合い。さて、じゃあロブロンクス。二人の支配を解除してよ。どうやるの。合意すれば即座に解除されるのかな」

「いや、支配能力者が掌で触れながら誓う必要がある」

「そうかい。じゃ、僕たちは離れているよ。取引はまだ終わっていないし僕たちを警戒しているだろう。二人の支配を解除したら、僕たちも二人の手錠を外す。二人を解放するんだ。何もかもから」

「わかった」

 イヒャルテもゾナスもグンダーニも、捕虜であるケントラとアーデガルトから離れる。祭壇に立つロブロンクスが黒い服をなびかせながらゆっくり歩いてくる。

 二人の前に立つ。ロブロンクスは背が高く、二人を見下ろす。

「アーデガルト。ケントラ。今までよく尽くしてくれた。感謝する。しかしもうチームとして守ってやれない。悪く思うな」

「いえ、今まで助けていただけただけで十分です。コルストンも合わせて俺たち三人を今まで守ってくれてありがとうございました」

「うむ」

 ロブロンクスは二人の頭をなでる。とても優しい父親のような笑顔で二人を見つめる。

「よし。このままだ。誓え。服従も、支配も、両方とも拒絶する事を心の中で誓うんだ」

 二人は目を瞑り、今までよくしてくれたロブロンクスへの感謝と共に、服従と支配の拒絶を誓った。

 二人がびくんと揺れる。うっすらと目を開け、アーデガルトとケントラは見つめ合う。

「これで支配は完全に解けた。二人とも、もう行きなさい」

「はい。今までありがとうございました」

 二人は深々と頭を下げ、うっすらと涙を浮かべる。

「うむ」

 ロブロンクスは我が子が巣立つ親のようにじっと二人を見つめていた。

 イヒャルテが拍手する。

「いやあ。感動感動。二人とも本当に、よくしてもらっていたみたいだねえ」

 たしかにいろいろとよくしていたのだろう。しかしそれは手懐けるため飼い犬に餌をあげていたにすぎない。

 刺客としてそれぞれ単独で送り込んだという事は、もし敵が強ければ返り討ちにあって殺される事で支配枠を空けさせる目的があったのだ。それは揺るぎ無い事実であり、利用されている事を意味していた。

 それでも、弱者はチームの足手まといだ。だからそれは厳しくも正しい。チームとして生き残り役に立つには強くなければならない。だからアーデガルトたちはそれを利用されていると恨む事は無かった。

 イヒャルテとグンダーニは二人の手錠を外す。この手錠は特別製で、持ち主しか外せない。

 アーデガルトとケントラは何度も頭を下げながらロブロンクスやイヒャルテたちに感謝する。隠れて姿を出せない仲間たちにも今までの感謝と別れを述べると、二人は手を繋いで教会を後にした。

「お幸せにー。うひゃひゃひゃ。僕ってなんて優しいんだろう。知ってる? アーデガルトはね、ケントラの事が好きなんだ。ケントラは恋人に死なれて今はフリーだ。いつか二人は恋人になると思うよ」

 グンダーニが笑顔で答える。

「へえ、そうなの。確かに手を繋いだ後ろ姿はお似合いだったわね。裏社会で生きる生活でどこまで生き延びられるかわからないけど、幸せになるといいわね」

 グンダーニはホロビッツを受け入れられず、彼が生きている間には恋人になれなかった。だからあの二人が恋人になり、幸せになってくれるなら自分の事のようにうれしい。

 二人をロブロンクスの仲間が殺すだろうか? いや殺さない。そんな事をしてもイヒャルテの機嫌を損ねるだけだ。だからロブロンクスは、自分や仲間の事を知っている二人を生かしたまま見逃すしか無かった。

 チームのメンバーの事はばれていない方がいい。しかし知られたところでどうと言うほどの事ではない。弱い者から順番に刺客として差し向けるし、その結果メンバーはときどき返り討ちに遭って入れ替わる。だからリスクは少ない。

 それより、刺客三人を倒したこの三人をどうにかして支配し仲間にする方が重要だ。戦闘になればロブロンクスのチームの方が人数が多いし強者揃いだ。負けはしない。しかし犠牲は出るだろう。それはなるべくなら避けたい。

 イヒャルテとの取引を上手く運べば、損失を減らし利益を増やせる。今もわずかな情報と二人の見逃しだけで支配枠を三人分用意出来た。

 取引は上々だ。イヒャルテは取引という物がよくわかっている。取引は相手の利益をほんの少しでも上回らせた方が上手くいく。

 ロブロンクスにとって支配枠を用意する事は銃に弾丸を込める事に等しい。常に支配枠一杯まで仲間を用意しておく事で安全を高めるが、代わりに銃の弾倉は空だ。敵と戦うには弾丸を込める必要があり、敵の人数分用意出来れば万全だ。

 アーデガルトたちが生きている限り支配枠が空かない。だから用済みの二人を殺してしまいたくても、ロブロンクスにとってはどうやって殺すかが難しい。

 支配している仲間同士は主の許可が無いと殺し合えない。ロブロンクスが支配している者を殺そうとすれば支配が解ける。いずれにせよロブロンクスが仲間を見捨て切り捨てる事になる。

 それは実にまずい。他の仲間の信頼を失ってまでそうするのは本当に最後の手段だ。全員を切り捨ててでも生き延びるべき最大のピンチの時だけだ。今はその時ではない。

 さらなる犠牲をなるべく減らしてイヒャルテたち三人を支配せねばならない。仲間全員で囲い一斉に襲えば、上手くすれば一人も犠牲を出さずに三人に触れて支配出来るかもしれない。しかしそれは甘すぎる考えだろう。

 服従しないと命令出来ないが、戦闘を封じる事は出来る。支配能力は敵を無力化するという点で非常に強力だ。こちらが殺害しようとすれば解除されてしまうが、休戦で十分なのだ。

 取引により支配枠が三つ確保出来た。状況は有利に動いている。取引を続ける事でもっと優位を築くのだ。戦闘を仕掛けるのはそれからでも遅くはない。

 イヒャルテがぱんぱんと手を叩く。

「さ、取引を続けようか」

 ロブロンクスは自分の得になる取引相手を見てしっかりとうなずいた。

posted by 二角レンチ at 20:13| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

見えざる掌(38)取引

見えざる掌(38)取引

 ロブロンクスが口を開く。

「イヒャルテ。回りくどい探り合いはやめたまえ。何が望みだ? 交渉に来たのだろう。お前たちを殺したり支配したりしない代わりに何をどうして欲しいのだ」

 イヒャルテはくっくと笑う。

「違うね。それは違うよロブロンクス。クイズだよ。何かわかるかな?」

 表社会の子供向け番組のお姉さんのように、イヒャルテは両手を広げて身体を斜めに傾け舌を出しておどける。

 さすがにそろそろ怒るかな? ゾナスはイヒャルテの言動に苛立つものだが、他人がそれをされて怒りを誘われているのを見るとなんだかちょっぴり面白かった。

(昔ならこういう緊張状態で楽しむとか出来なかった。しかしそれが出来るぐらい余裕と冷静さがなければならない。強者だけが緊張状態の中でも楽しむ余裕がある。イヒャルテの言動はいちいちむかつくが、全部意味のある授業なんだ)

 ささいな事でも行動の意図と裏を読む。その訓練だ。いざというときとっさに敵の行動の裏を読み切りそれを逆手に取る事すら出来るように。

 イヒャルテの行動には意味があり、それは三人が勝利し生き延びるためのものだ。その裏を読め。イヒャルテは必ず生き残る手段を取る。その生への執念だけは誰よりも強くて深い。だから信じるんだ。

 ゾナスは何度もイヒャルテを信じる根拠を自分に訴えかける。それは不安の表れ。信じないといけないが、そう何度も自分に言い聞かせなければならないこの不安は何なんだろう。

 刺客三人を倒して現れたイヒャルテたち三人は強い。争い合って殺し合うより仲間にするために招いたのだ。子供に話しかけるようにしておどけるイヒャルテに対しロブロンクスは内心むかついたがそれを顔に出さず考え込むようにあごに指を当てる。

「ふーむ。違う? 他の意図は何も無く、ただ戦って殺すために来たという事か。馬鹿正直に、政府の依頼で政府に従わない私を殺害して排除しに来たという事か」

「ぶっぶー。外れ」

 イヒャルテは腕を交差させ口を尖らせ、目をぎゅっと瞑っておどけて見せる。

 ゾナスは青ざめる。グンダーニもだ。二人は顔を見合わせる。

「ねえちょっと。これってまさか」

「ああ。そうだろうな。しかしそれは」

 二人があわてているのを見てロブロンクスは思案する。

(何だこいつら? 演技なのか。それにしては本気っぽいが。こうした会話の流れや言動は全部あらかじめ仕組んでいたものだろう。政府に従わないが、支配能力を持つゆえに首輪で支配出来ない私は捕獲して利用出来ない。だから殺す。政府の依頼通り殺しに来たか、それ以外の意図があるはずだ。しかしさっきイヒャルテは違うと言った。殺すのでもなく他の意図も無い。なら後は何が残る? それともそれは嘘で単に他の意図があるだけか)

 ロブロンクスは考える振りをしてはるかに高い天井を見上げる。

(わからん。時間稼ぎをしても私の仲間たちは見つけられない。掌能力で隠されているから知覚出来ない。なら会話で時間を稼ぐ事に意味は無い。ただおちょくって遊んでいるだけか。強者特有の驕りに溺れて浸っているだけか。この飄々とした男はそれが好きそうだ。単なる余裕で戯れ言か)

 ロブロンクスはイヒャルテの意図がわからない。イヒャルテは大きな声を出す。

「もう。君頭悪いなあ。他の意図は無い。殺害しに来たんでもない。ならあとは一つしか無いじゃないか」

 ロブロンクスはとても賢くそれを誇っている。なのに頭が悪いと言われて腹が立ったが、表情には出さず穏やかに対応する。

「ふむ。すまないね。私には君が何を考え企んでいるかわからない。降参だよ。答えを教えてくれないか」

 彼は手を上げて降参のポーズを取る。それを見てイヒャルテはにんまり笑う。

「やった。僕の勝ちだ。クイズって楽しいなあ。でも子供でも簡単に答えられるのにわからないなんて。大人は難しく考えすぎる。それは致命的だよ。大人は賢くなるほど愚かになる。賢さと愚かさは紙一重、いや裏表だ。愚かさを表にしちゃいけない。くるっと思考をひねって賢さを表にしないとね」

 ロブロンクスは話が進まない事にいい加減我慢が出来なくなってきた。

「それで、答えは? 言わないならもう、戦闘に入っても構わない。どうせ殺害しに来たのだろう。なら受けて立とう」

「おっと。クイズで負けたからって逆ギレ? 駄目駄目。そういうのズルいなあ。うーん。君はゾナスと違って冗談に殺意で返すのかあ。突っ込みで返さないとさ。遊び心が足りないね。君で遊ぶのはいまいち面白くないな。まあいいや。じゃあ特別に、面白くもないけど素直に説明してあげよう。感謝したまえ。ありがとうと言ってもいいよ」

 ロブロンクスはもう笑顔をやめ真顔だ。何も言わない。もうイヒャルテを仲間にせず、殺してしまってもいいと考え始めていた。

 イヒャルテもそれはまずいと考えたのだろう。殺意を向けられたのでもう余計な事を言わずに説明する。

「君が肯定しようと否定しようと、支配能力は人数に上限がある。一人が支配出来る人数なんてたかが知れている。どうやっても十人はいかないだろう。しかし仲間は多いほどいい。常に限界数一杯の人数を支配している。だから他の奴を新たに支配するためには支配している誰かが死ななくちゃいけない。死なないと解除出来ないんだろう?」

「それはどうかな」

「君が速やかな説明を求めるから、つまらないけど簡単に説明してあげているんだよ。探り合いや駆け引きはいらない。君そういうの楽しもうとしなかったじゃないか。今更それをするなよな。わかっているんだよ。支配能力ほど強力な能力にはさまざまなデメリットがある物だ。欠点と長所は裏表だからね。メリットが強いほどデメリットも強い」

 馬鹿にしか見えないイヒャルテが妙に鋭い事を言うと、侮っていた相手は面食らう。そうして敵に、読めないけど深い相手だと思わせる。イヒャルテのいつもの手だ。ゾナスはイヒャルテの言動の意味を考えるほどその仕組みに驚きそして学んでいく。

(くそ。イヒャルテの野郎。何のつもりかわからないが、本当にそれでいいんだろうな。敵の能力者が何人隠れているかわからない。罠に飛び込んだ以上襲われたら殺される。ならじたばたせずイヒャルテの策に乗るしかない。信じろ。イヒャルテは無駄に手駒を失う真似はしない。だからイヒャルテ一人が助かる手段でなく、俺とグンダーニも助かり勝利出来る策のはずなんだ)

 ゾナスとグンダーニはもうイヒャルテが何を言うつもりなのかわかっている。それは三人全員を危険に晒す。どうしてそんな事をするのかまるで見当もつかないが、あのイヒャルテがそうするのなら絶対にそれは勝利と生存にたどり着けるはずなのだ。

 隠れている能力者数人に同時に襲われればほぼ確実に殺される。だから本来この罠に飛び込んではいけなかった。それをイヒャルテの言う通りに飛び込んだのだ。もうイヒャルテの策に乗るしか生き残る術は残っていない。

 いつも通りのイヒャルテだ。リスクをいくら引き上げてでも目的を達成する。リスクを下げれば失敗する。

 信じろ。信じろ。ゾナスは冷や汗を浮かべながら耐える。グンダーニはそれほどイヒャルテを信用していないが、ゾナスが耐えているのでそれに従う。イヒャルテはともかくゾナスはまだ信頼に値すると踏んでいる。

 イヒャルテはロブロンクスを指さす。

「いいかいロブロンクス。僕はある支配能力者とゲームをしている。彼女に勝つために支配能力のメカニズムを解明しないといけない」

「情報が望みという事か?」

「それは望みの一部だよ。いいからはっきり答えなよ。それを話しても君に不利は無いだろう。支配能力は死なない限り解除されない。能力者が自在に解除出来ないんだ。でないといつ支配を解除し仲間同士が害せないという協定を破って裏切られるかわかりゃしない。そんないつでも裏切りが出来る支配じゃ協力関係を築けない」

 ロブロンクスは黙って思案する。

 イヒャルテははーっとため息をつく。

「まったく。これだから馬鹿は。一から十まで説明しないといけないのかい。いいかい。これは駆け引きじゃない。取引だ。お互いが相手の利益になる物を出し合う取引なんだよ。変に裏を読もうとするんじゃない。裏なんか無い。僕はゲームをしている支配能力者を攻略するために支配能力の情報が欲しいんだ。僕はちゃんと君の利益になるものを提供する。だからまずはそっちがこっちの利益を提供するんだ。嘘や駆け引きはいらない。本当の、有益な情報をよこしなよ」

 イヒャルテの口調がきつい。いつものふざけた調子ではない。その調子を相手が否定したのを不満に思っているかのようだ。

 ロブロンクスはイヒャルテをまるで読めない。しかし取引と言うのだ。こっちが何も出さないでは済まない。どうせいざとなったら殺せばいい。しばらくこいつの取引とやらにつき合ってやってもいいだろう。

 この情報は正直に話しても問題は無いのだ。与えられるときは最大限与えておいた方がこっちの支払いを増やせてよい。だから正確に教える事にした。隠れて聞いている配下に言い聞かせる意味もある。

「たしかに支配能力は支配された者やしている者が殺されない限り解除されない。しかし支配は完全ではない。支配される者が服従する意志があって初めて十分な支配が可能となる。受け入れない内は単に敵対出来なくなる程度で何も命令出来ない。そして殺さなくても支配する者とされる者、両者の合意があれば支配を解除出来る」

「つまり、支配する者が裏切って一方的な支配解除は出来ない。でも両者が納得すれば解除出来るって事だね」

「そうだ。支配というと聞こえが悪いが、これは敵対行動を封じて休戦協定を結ぶ物なのだ。もちろん支配する者の方が立場が上だが、それは支配される者が服従を望まねばならない。指揮官と部下。指揮系統を明確にし部下同士を対等にする事で、より強いチームを形成するためにみんな服従を誓ってくれている」

 イヒャルテは、十分かつ嘘の無い情報を聞けて満足そうにうなずいた。

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2014年02月21日

見えざる掌(37)交渉

見えざる掌(37)交渉

 車に乗って移動していた。

 アーデガルトたちの車だ。少し大きめのレンタカー。裏社会では車はレンタルするに限る。物を所有していつまでも同じ車を使うのは敵に行動を突き止められてよくない。

 ゾナスが運転し、その横の助手席には手錠をかけられたアーデガルトがいた。まっすぐ前を向き、道案内をしていた。

「そこは左」

「おう」

 ゾナスは言われた通り道を左折する。夜のドライブ。敵と一緒でなければ運転や景色を楽しめるのだがそれどころではない。

 後部座席にはグンダーニとイヒャルテが、手錠をかけられたケントラを挟んで座っていた。

「いつまでもめそめそしているねえ。かわいいねえ。僕が慰めてあげちゃおっかなあ」

 少女と言えなくもないほど童顔で、ツインテールの長い髪を垂らした女の泣き顔をイヒャルテはのぞき込む。手を伸ばして顔を触ろうとすると、グンダーニが手を伸ばしてその手をつねる。

「いててて。何だいグンダーニ。もしかして嫉妬? うひゃひゃひゃ。モテるって辛いねえ」

「あんまりお痛が過ぎると私の能力で止めるわよ。この子に手を出さないの」

「ちぇっ。何だよ。捕虜をどうしようと勝手だろう。ゾナス。ちょっとどっかで車止めてよ。すぐ済ますからさ。あ、僕が早漏って意味じゃないよ。頑張れば早く終われるってだけ。僕張り切っちゃうなあ。かわいいねケントラ。んんー。十八って少女かなあ? 少女だよね。十代のぴちぴちだもんね。実においしそうで」

 イヒャルテがケントラの小さめの胸に手を伸ばすと、グンダーニがその手をぴしゃりと叩く。

「いい加減にしなさい」

「ちぇっ。冗談だよ冗談。この車の中重苦しくってかなわないや。こんなにたくさんいるんだよ。もっとハッピーで陽気な話をしようよ。盛り上がろうぜ。いえーい」

 イヒャルテは狭い車の中で肘を曲げて万歳する。もちろん誰もノってこない。

「あれれれ。滑っちゃったかな?」

「おいイヒャルテ」

 ゾナスがドスの利いた声でうなる。

「はひっ、あの、違います。笑えない冗談はお嫌いでしたね。そうではなくてですね、これは場を和ませるジョークであって、和むものです。笑う物じゃないんです。だから笑えないのは必然でありまして」

「いちいち殴らねえよ。運転しながら後ろにいる奴を殴るとか面倒くせえ。それより今から敵の罠に飛び込むんだぜ。勝つ算段は出来ているんだろうな」

「はははっ。そんなの無いよ。ゾナス。授業しただろ。強者はどんな罠にかかろうがそれを突破出来るほど強い奴の事だ。君はそうならなくっちゃ。罠なんかにびびるんじゃないよ。こうして敵の戦力を三人も減らした。捕虜として脅しにも盾にも使える。もう十分だ。これ以上怯えるのはただの臆病者さ」

「粋じゃねえな」

「そうそう。粋じゃない。僕たちに対し、一人に一人だけの刺客を真正面からぶつけてきた。僕たちの実力を計っている。刺客を撃退するほど強いなら自分の仲間としてスカウトするためにね。こういうときはね、捕獲してお届け物でーすが実力をわからせながらも敵の仲間を殺さずに済ませる最高の手段だ。殺すより捕獲の方がはるかに難しく実力差が要求される。それを何だいゾナス。敵を殺してくれちゃって。この未熟者がー!」

 おどけるイヒャルテに対しゾナスは無表情を決め込む。いちいち激怒していたときより鍛えられ成長している証だ。

「そうだな。俺はまだまだ弱い」

「コルストンは強かったもん!」

 うつむいて、イヒャルテが触ろうとしてもじっとしていたケントラが顔を上げる。こらえていた涙がまたぽろりとこぼれる。

「私たち三人の中で一番強かった! きっとこのゾナスって人が卑怯な手を使って殺したんだわ」

 イヒャルテとグンダーニがからからと笑う。

「何がおかしいのよ!」

「だってねえ」

 イヒャルテがグンダーニと見つめ合う。グンダーニはくっくと笑いながらうなずく。

「ゾナスは私たちの中で一番の堅物よ。融通が利かない。卑怯な手なんか使ってまで勝とうとしない。正攻法でいくわ」

「そうそう。卑怯な戦い方は僕が授業中なんだ。能力者は能力で戦う。だから粋な戦いを望む。でもそれはただ馬鹿正直に掌で打ち合うって事じゃない。相手の裏をかいたり騙したり、戦闘の中で許される狡さは必要だ。強くなるにはそれを身につけないといけない」

 ゾナスが答える。

「ああそうだ。俺はその点まだまだだ。コルストンはとても強く、俺は殺される寸前までいった。心臓を凍らされてやばかったんだ。奴は強く、正面から打ち合った。誰に見せても誇れる立派な戦いと最後だった」

 ケントラはぐしゃりと顔を歪ませる。殺した相手にほめられるのは複雑な気持ちだ。でも敗者にとって、他の誰にほめられるより戦った相手にほめられるのが一番うれしいに違いない。

 あの世にいるコルストンの笑顔が見えた気がした。ケントラは涙を拭うとうつむき、またじっとした。

 ゾナスは運転しながらちらりと横にいる男を見る。

(アーデガルトか。触れた物体から刃を生やす掌能力者。しかしこいつらはいつも三人一緒だったそうだが、それにしては仲間の死に対しあまりにも無感情だな)

 仲間であり友達である男の死が悲しすぎて感情を整理出来ないのだろうか。それならいいが、ゾナスは居心地の悪さを感じた。

(感情が読めない。まるでイヒャルテが隣にいるようだ。あんな異常な思考の化け物が何人もいてたまるか。しかしクランクランも同類だし。こういう異質で読めない奴は結構いるものなのだろうか)

「そこ右」

「おう」

 ゾナスはいぶかしみながらも、アーデガルトのナビに従い道路を進む。

「そこで止まって」

 ゾナスは車を止める。

 古くて小さな教会があった。周囲の建物とは道路を挟んで離れている。

「おいおい。まさかロブロンクスって奴は、神様なんてもんを信じているのか。この裏社会でそれを信じるのは信仰にすがらないと正気を保てない弱者だけだ。神がいれば裏社会に捨てられる人間を全部救っているさ」

「そうだ。神はいない。これは裏社会でもなお神にすがりついた者たちが建て、そして神の慈悲をたまわれなかった残骸だ」

「ようするに、ここで神にすがりついて細々と生きていた連中を殺して一時の根城にしたんだろ」

 アーデガルトはふっと笑う。

「ロブロンクスは慈悲深い。殺して欲しいと乞われたから殺したまでだ」

「言わせただけだろ」

 アーデガルトはまた笑ったが、それ以上の返事をしなかった。

 教会の門を開ける。全員でぞろぞろと中へ入る。

 暗い。明かりがついていない。外はまだ月明かりがあったが、ここはかなり暗い。窓もカーテンが閉じられている。

 正面の祭壇に上から光が当たる。そこには両手を広げた黒い服の男がたたずんでいた。髪はなでつけられ整っている。細身の男は優しい笑顔をしている。

「おかえりアーデガルト。ケントラ。そしてコルストン」

 コルストンはいない。ケントラがあまりにせがむので、穴だらけの無惨な亡骸は町中にある木の下に埋めてきた。

 任務が終わるまで腐敗に任せた死体を運んでまで換金するつもりはない。彼の携帯端末や手錠から持ち主の死亡情報は伝達され、その内データベースから削除される。

「おい、こいつは何を言っているんだ?」

 ゾナスがロブロンクスを指さしながらアーデガルトに尋ねる。

「コルストンの魂は俺たちと共に帰ってきたんだ」

 イヒャルテが吹き出す。

「ぷっ。魂なんて本当にあると思っているの? 見えない触れない知覚出来ない。存在する形跡がまったくないしどんな実験でも実証出来ない。魂なんて存在しないよ。あるなら電気ショックで心臓を動かして人間を蘇生出来るわけがない。抜けた魂が電気ショックで心臓が動いたとたんあわてて肉体に戻ってくるの? 笑えるねそれ」

 げらげら笑うイヒャルテを無視してロブロンクスは話をする。

「ゾナス。グンダーニ。そしてイヒャルテ。ようこそ我が教会へ。さあ、敬いたまえ」

「あ? 何を言っているんだ?」

 ゾナスの隣でアーデガルトが説明する。

「ロブロンクスを崇めろってさ。彼に服従を誓うんだ」

「やれやれ」

 ゾナスは髪をかく。

「何か想像していたのと違うが。顔は間違いなくデータベースと同じだ。ロブロンクス。お前を殺しに来た。捕獲じゃねえ。この場で殺す」

「私自身には攻撃能力が無い。ただ触れた対象が望めば支配下に置けるだけだ」

「首輪の支配能力と同じなんだろう? 政府はお前と同じ能力者を集めてどうにかして首輪を作らせているんだ。で、お前は政府からのスカウトを断った。だから殺される。支配能力者はその能力特性として他の支配能力を受け付けない。二者が互いに支配し合う支配の無限循環を形成出来ないからだ」

 ロブロンクスは神父を思わせる黒いなめらかな服をなびかせ、ぱちぱちと乾いた拍手をする。

「ほほう。そこまでわかっているのか。そうだ。推測だがこの能力は政府が用意する首輪の能力の元となっているのだろう。たしかに私は、政府の使いとは言わなかったが何者かに特別待遇で表社会に貢献するよう要請された。私は裏社会が好きだ。表社会で働かされるのは嫌だったしその裏もわからない。だから断った。そろそろ誰かが殺しに来ると思っていたよ」

「お招きありがとうよ。おかげでたどり着けた。俺たちが探しているのを察知して逃げられたらもう見つけるのがとても難しくなっていたからな」

「逃げるなど。自分が臆病で弱いと公言するような物だ。敵を狩りに行くならともかく逃げるために地区を移動すれば、以後他の敵に侮られ狙われやすくなる。そのリスクはさすがに避けたい」

「俺たちはリスクにならないってか?」

「ならないね。わかっているだろう。この罠へ飛び込んだ時点でお前たちには降伏か死しか無い。さあ崇めよ。私は神ではない。しかし私を中心にして裏切りの無いチームを築ける。能力者の中でも私は特別な存在なのだ。人間にとっての神のようにな」

 イヒャルテが笑う。

「そんなご大層なものじゃないだろう。ところでさあ、刺客を殺さず捕獲したんだよ。君の支配の人数が何人か知らないけど常に上限一杯まで支配をかけている。支配枠を空けておいて自分で敵と戦うより誰かを支配して闘わせる方が安全だからね。刺客の内一人しか殺していないから、支配出来る余裕が一人分しかない。君は僕たち三人の内二人は支配出来ない。つまり君の能力はほぼ封じられたわけさ」

「……それがわかっていて生かして捕獲したのか」

「そういう事。なのにゾナスは殺してくれちゃって。まあいい。どうせ僕たち三人とも支配されるつもりはないしね」

「支配出来る枠を空ければいいのだ。私はより強い者を集めてチームを結成する。そうするほど全員が生き残る確率が高くなる」

「一度仲間にしておきながら見捨てるって言うのかい?」

「そんな事はしない。ケントラとアーデガルトは大事な仲間だ。殺されたなら仕方無いが、生きているならもちろん取り返したい。お前たちはこれが罠だと知っていて飛び込んできた。人質をたてに罠を覆すために。何が望みだ? どうして欲しい?」

 イヒャルテがにやりと笑う。

「へえ。てっきり捕虜になったような弱い奴は切り捨てると思ったけど。しないか。それをすると今仲間として支配している連中にも不信感を抱かれる。君の支配は完全じゃない。あくまで本人の意志で君に従っている。損得勘定だ。君の支配は仲間同士の裏切りを封じる。しかし行動はとても自由で、支配を逃れられないまでも好き勝手出来る」

 ロブロンクスはほほえみをたたえたままだ。しかしイヒャルテの意図が読めないため次の行動に移れない。

 この教会は暗く、祭壇にいるロブロンクスだけが上からの明かりで照らされている。能力者の夜目なら暗闇でも戦えるが、並ぶイスなどのどこに他の連中が隠れているのかまだわからない。

 ゾナスとグンダーニはイヒャルテが会話で時間を稼いでいる間に隠れている連中の位置を探る。しかし罠というだけあって気配も動きも呼吸も感じさせない。攻撃してくるまで位置を突き止められない。

 ゾナスは思考する。

(まずいな。イヒャルテの能力みたいに隠れる事が出来る能力ならやっかいだ。知覚をさせない隠蔽が可能となる。敵があと何人いてどんな能力なのかがわからない。イヒャルテめ。敵の罠にのこのこ飛び込んでどうするつもりなんだ)

 イヒャルテが何をどうするつもりなのかは聞いていない。しかしイヒャルテのやり口はわかっている。

 どんなに突拍子も無い事だろうと、仲間を裏切る事はしない。情というよりは自分のためだ。イヒャルテはクランクランと戦うためにゾナスやグンダーニを必要としている。

 ゾナスはいつでもイヒャルテに試されているのだ。どう振る舞おうと底の底では彼は自分を裏切っていないと信じなければならない。

 イヒャルテは感情でなく利害で動く。ゾナスはイヒャルテに絶対必要で、だから彼が絶対に裏切らない事を信じて行動しないといけない。

posted by 二角レンチ at 20:33| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月19日

見えざる掌(36)ささやき

見えざる掌(36)ささやき

 イヒャルテは町を陽気に歩いていた。

「んー、夜の町は昼とはまた違っていい雰囲気だねえ。昼は明るくて好きだし夜は妖しげで大好きだ。夜は淫靡でいいね」

 イヒャルテは街頭に立ち客引きをしている娼婦の脚に見とれる。手招きされると鼻の下を伸ばしてふらふらと近づいてしまう。

「おっとっと。いけない。クランクランに禁欲を命令されているんだった。彼女のご褒美すごかったなあ。たしかに今までのどんなセックスよりも気持ちよかった。三人の女の生足でじっくりあちこちあんなところまで、なじられながら踏まれたりなぞられたりくすぐられたり。ううんたまらない。次のご褒美はもっとすごいんだきっと。クランクランのお姫様たちをもっと塔から引きずり出して、少女八人全員のかわいい顔といけない生足をぜひご覧いただいちゃうんだ。うくく」

 道の真ん中で何か妄想にふけりぐふぐふ笑うだらしない青年イヒャルテに、顔をしかめながら若い男が近づく。

「イヒャルテ殿とお見受けするが」

 イヒャルテはにやけたまま男の方を向く。

「そうだけど。君誰?」

「顔を見てわからぬか」

「わかんないけど」

 男はため息をついて服から携帯端末を取り出して見せる。

「ああ。君賞金稼ぎ? ごめん、僕今忙しいんだ。狩りの相手をしてあげる暇は無いんだ」

「貴殿の用はロブロンクス殿を見つける事であろう。お三方が町で聞き込みをしているのを当方もすでに把握しておる」

「ん……」

 イヒャルテは顔をしかめる。

「君さあ、若いよね? 僕より年下だろ。歳いくつ?」

「十九でござる」

「僕は二十六だよ。ずいぶん年上だね。それはそうと、君それなんなの。変と言うか、じじくさいしゃべり方やめなよ。格好悪い」

「拙者の語り口が格好悪いとな?」

 若い男はあごに手を当て首を傾げる。

「ふむう。これは由緒正しき戦士の言葉であるが」

「由緒って何だよ。全然似合ってない。ただの真似事だろ。君何かにかぶれているね。うんうん。若者にはよくあるよ。そういうお年頃なんだもんね。若気の至りに至っちゃったかあ。僕も表社会にいた頃はマンガの影響で変なしゃべり方をしたもんさ。それが恰好いいとか本気で思っちゃうんだよね。思い出すと恥ずかしー!」

 イヒャルテが腕を抱えて悶絶するようにくねくね身をよじると、男はほほを赤く染めながらいたたまれなさそうにぽりぽりと頭をかく。

「そんなに恥ずかしい? うう。わかったよ。あんた変な人だね。毒気が抜ける」

 若い男は見た目相当の、普通の若者らしい言葉で話す。渋くしようとうなるようだった声も普通になっている。

「あははは。うん。その方が似合っているよ。僕はイヒャルテ。君は?」

「俺はアーデガルト。というか賞金首なんだよ。携帯端末見せただろ。自分で検索しなよ」

「どれどれ」

 イヒャルテは敵の前だというのにのんきに携帯端末をいじる。アーデガルトはその無防備さに呆れる。

「あった。アーデガルト。掌能力者か。ロブロンクスの生物操作は掌能力者を支配下におけないという推測は外れってわけだね。能力は刃の形成。触れた対象から刃を生やす事が出来る」

 アーデガルトは前髪をかき上げふっと笑う。

「そういう事だ。お互い自己紹介が終わった所で、こっちへ来いよ」

 アーデガルトが手招きする。でもイヒャルテはにこにこしながら首を左右に振る。

「何だよ。こんな通りじゃ話が出来ないだろ。路地裏で、誰もいない所で話があるんだ」

「ここでいいよ」

「ここじゃ駄目だろ」

「ここでいいんだ。だって戦闘にはならない」

 アーデガルトは目を見開く。

「……お前何言ってんだ? 俺がロブロンクスの支配下にある能力者で、お前への刺客だってわかっているだろ。ロブロンクスの事を探す奴は殺す。それとものこのこロブロンクスの所までついて来るってか?」

「そのまさかも何も、君そのために来たんでしょ。僕の目的と同じだ。君と一緒に行くよ。僕はロブロンクスを探している。あちこちで聞き込みをすればそっちから接触してくるのはわかっていた。そっちの方が人数が多いからね。僕らは待つ側だ」

 アーデガルトがまじまじと驚く。

「お前馬鹿なのか?」

「いいや。とても賢いよ。君たちがあと何人いるか知らないけれど、僕たちのチームの敵じゃない」

「俺たちを弱者の群だと思っているのか。それは違うぞ。俺たちは強い。強い能力者たちが、普通なら裏切りを恐れて集まれないほどの人数でチームを組んでいる。支配能力さまさまさ。おかげで安全に強力な仲間といられる。もちろん俺もその一員たるにふさわしい強さを持つ」

「あはははは。僕は君と争うつもりは無いよ。ロブロンクスに、僕らを連れて来るよう言われたんだろ? 連れて行ってよ。おとなしくするからさあ」

 アーデガルトの顔がぐしゃりと怒りに歪む。

「いい加減にしろよ。俺をなめてるのか。お前等を連れて来いなんて建前に決まっているだろ。手錠で捕獲するか、でなけりゃ殺せ。そういう命令だ」

「違うだろ。これは腕試しだ。もし差し向けた刺客を返り討ちに出来るなら、それで弱いメンバーを排除出来る。そしてその刺客を破った奴がロブロンクスの元へたどり着いたら仲間に勧誘、というか支配能力で支配し仲間にする」

「それがどうした」

「僕ら三人に向けられた君たち三人は雑魚だって事さ。僕は弱い奴を虐める趣味は無いよ。さ、早く連れていってよ。車あるんでしょ車。あちこち聞き込みで歩き回って疲れちゃったなあ。お酒もあるかな? 最近飲んだショーチューってのにはまっていてね。アルコールは薄いんだけどなかなかはまるとやめられない……」

 アーデガルトは携帯端末を握るとその端から剣のような長い両刃を生やす。

 二本の剣が、平べったい掌サイズの携帯端末の上下から伸びる。両端に刃を持つ槍のような長さの剣と化す。

 さすがのイヒャルテもびっくりする。

「こりゃ驚いた。純白に輝く携帯端末は何らかの能力により生成されている。それに掌能力が作用するなんて信じられない。おかしいな。能力でも科学でも干渉不能なのに。君の能力は対象物体それ自体は害さないから効くのかな?」

「いい加減にしろよこのとぼけ野郎。路地裏が嫌ならここでもいいんだぞ。俺は刃を物体から生やす能力だ。別に誰に見られても構いやしない。どうせ敵にはすぐ見せる」

「ははは。それブラフだよね。君の能力なら地面や壁から剣をたくさん生やせるはずだ。本領は針ならぬ剣のむしろだろう? そうやってまるで手に持つ剣みたいに見せかけるのは偽装だ」

 あっさりと見透かされる。それは底が浅い奴だと見抜かれたという事だ。

「こっ、こっ、この」

「あ、ちょっと待って。着信だ」

 敵が武器を構えて威嚇しているにもかかわらず、イヒャルテは手を前に出して待ったというジェスチャーをし、携帯の着信に出た。

 あまりに無防備。あまりになめている。しかしこんな奴が多くの賞金首を捕獲や殺害出来るわけがない。

 どういう罠だ。アーデガルトは見分けがつかない。だから不用意に飛び込めない。敵の目の前で携帯の着信に出るような迂闊な相手を今まで見た事が無かった。

「あ、グンダーニ。やっほー。元気? うん。僕は元気だよ。何? そんなの聞いてない?」

 何なんだこいつは。イヒャルテの能力は物体を透過して潜り込む潜入。データベースの情報に嘘は無い。アーデガルトはイヒャルテがいつでも素早くしゃがみ地面に手をついて潜り込めるからこその余裕かと警戒する。

 しかしこの至近距離では、しゃがんで手をつく動作より剣で首をはねる方が断然早いと思える。そんなにスピードに自信があるほど鍛えているのだろうか?

 仲間であるコルストンほど敏捷性を鍛えた奴は他に知らない。あれよりこのとぼけた男が素早く動ける所はとても想像がつかない。

 イヒャルテはそんなアーデガルトの思考をまるで気付かず陽気に電話を楽しむ。

「ああ、ゾナスと一緒なの? 何? ゾナスが勝ったの。やったね。勝利勝利。グンダーニは? もちろん勝ったか。さすがだね。強い強い。あとで頭をなでてあげよう。僕はチームのリーダーだからね。部下をほめる義務があるんだ。お望みなら頭以外をなでてあげてもいいよ。え、敵を捕獲した?」

 アーデガルトがぎくりとする。

 捕獲? ゾナスとグンダーニの二人が勝利しただって?

 嘘だ。こいつは嘘の電話で俺を騙そうとしている。

 でももし本当なら、誰を捕獲したんだ。コルストンか。それともまさか。

「ケントラ。へえ。かわいいの? 十八歳! うひゃひゃひゃ。僕今少女にはまっていてさ。少女の生脚素敵だよね。ぜひ会いたいなあ。連れてきてよ。一緒に行こう」

「おい! 本当に、グンダーニって奴と話しているのか。ケントラもコルストンも本当に強いんだ。俺と同じかそれ以上だ。それを勝っただと? あまつさえ捕獲? 嘘を言うな。俺は騙されないぞ」

「君と同じくらい弱いの間違いだろ。なら直接話してみなよ。グンダーニ。今僕の前にもアーデガルトって若い男がいるんだ。こいつが面白い奴でさ、マンガか何かにかぶれて始めとても変なじじい言葉で話してきたんだ。っと、声を聞かせるんだった。グンダーニ。今からこの携帯をアーデガルトに渡す。捕獲したケントラの声を聞かせるんだ」

 イヒャルテは、誰にも預けられないほど大事な携帯端末を事も無げにひょいと放る。

 アーデガルトはそれをあたふたと受け取る。片手の剣を構えたまま慎重に耳を当てる。

「ケントラ? 本当にケントラなのか? 俺だ。アーデガルトだ」

「うっ、ひっく、アーデガルトおおお……コルストンが、コルストンが死んじゃったああああああ」

 その泣き声はまぎれもなくケントラだった。いつも明るく無邪気な彼女は、恋人だったコルストンの死に打ちのめされ弱々しく泣いていた。

 アーデガルトは目の前が真っ暗になる。

 友達であるコルストンの死はとても悲しい。

 でも、それより先に、片想いをしているケントラの恋人が死んで喜んでいる自分に愕然とした。

 イヒャルテはその表情を見逃さない。くっくと笑った。

「へえ。ふふん。なるほどなるほど。そうかあ。君ケントラが好きなんだね? その声を聞いてがっかりするって事は、殺されたコルストンがさしずめケントラの恋人で、恋敵がいなくなって喜んでしまった自分に呆れているんだ」

 どうしてわかる。わかるわけがない。どうしてそこまで。アーデガルトは目を見開きイヒャルテをまじまじと見る。

「あははは。その表情。大当たり! 僕こういうの見抜くの得意なんだ。ゲームは何でも楽しいね。そっかあ。ふふふふ。こいつは道中楽しめそうだ」

 イヒャルテが近づく。アーデガルトはうろたえながら手に持った剣を構える。

「無駄だって。君もう心が折れちゃっただろう? 僕にかなわないって認めただろう? 無駄な抵抗はやめて降伏せよー! あはははははははは」

 アーデガルトは剣を構えたまま固まる。涙を浮かべ、恐怖に顔がひきつる。

 イヒャルテは、がくがく震えるアーデガルトの手から自分の携帯端末を取り上げる。それをポケットに入れると、違うポケットからじゃらりと手錠を取り出した。

「君の愛しのお姫様は僕の仲間が捕獲している。おとなしく、お縄につくよね? あははははははひゃはははははははは」

 大笑いするイヒャルテは、うなだれ剣を納めたアーデガルトの両手に手錠をかける。純白の手錠はぎらりとまばゆく、しかし優しい光を放つ。

「あー、らくちんらくちん。やっぱり仲間さまさまだね。僕が頑張らなくても勝てちゃう。こりゃいいや。ゾナスもグンダーニもいい働きしてくれた」

 イヒャルテはにやにや笑いながら、うなだれ悔しそうに顔をしかめるアーデガルトの耳に口を寄せてささやく。

「君もゾナスみたいに僕から学びなよ。青二才君。僕はとっても優秀な先生だからね。教えてあげる。まず僕が携帯端末を手にして電話に出たとき。攻撃するべきだったね。裏も罠も無いよ。僕があんまり余裕だからって警戒しちゃってさ。馬鹿だねえ。罠に飛び込み打ち破る力の無い弱者の典型だ。僕がしゃがんで地面に触れて潜り込むより、君が剣を一閃して僕の首をはねる方が早かった。あの間合いだ。防ぐのもかわすのも間に合わない。君は剣技に特化して鍛えてあるんだろう? すでに間合いに入られていた僕が勝てるわけがない」

 アーデガルトは驚いて顔を上げる。勝てないからわざと間合いに入らせ隙を見せ、それを罠だと警戒させる事で攻撃をためらわせたと言うのか。イヒャルテをまじまじと見るその顔を、イヒャルテはにやにやしながら見つめ返す。

「そしてもう一つ。僕が君の表情を見ただけで何もかも見抜いたと勘違いしちゃったみたいだけど。あれは単に、グンダーニと話しながらケントラとコルストンが恋人同士でさらにコルストンが死んだ事を聞いていただけさ。見抜いたわけじゃないよ。知っていた。それだけ。で、君がケントラに片想いしていたら面白いなってカマかけただけだよ。外れたら外れたでよかったんだ。でも図星だった」

「お前……」

「おやおやアーデガルト。君が、ケントラの恋人であるコルストンが死んで喜んだのは本当だろう? 仲間で歳も同じくらいの三人だ。とっても仲良しだったんだろうね。でもその死を悲しむより喜んだ。君最低だね」

 アーデガルトはもう悔しすぎて、怒りがひどすぎて、でも自分の醜さがあまりに直視出来なくて、涙で目を曇らせた。

 イヒャルテはとても優しいほほえみを浮かべながらアーデガルトの両肩に手を載せる。

「アーデガルト。いいんだよ。君は正しい。憎き恋敵を毎日死ねばいいのにって苦々しく思っていたんだろう? ようやく夢がかなったね。君が毎日せっせと神様にお願いしていたおかげだ。いや悪魔に訴えていたのかな? どっちでもいいや。これでケントラは君の物だ。僕応援するよ。恋人が死んで悲しんでいる女は実につけ入りやすい。慰める振りして優しくするとね、一人では悲しみに耐えられないからすがりつくんだ。あとは好き放題。僕そうやって女の子を手に入れた事あるからわかるんだ。好きだった男を忘れさせてって言いながら股を開くんだぜ。顔は涙で濡れている。じゃああそこは何で濡れているの? あの世にいる恋人に見せつけて興奮する変態さ。泣いてる女を抱くのは興奮するよ。僕実はね、マゾっ気がちょっぴりだけあるんだ。でも実は実は何と、サドっ気もほんのちょっぴりだけあっちゃったりするんだよこれが。あ、これオフレコね」

 何なんだこいつは。どうしてこんなにひどい事をべらべらと平気で、笑顔で、じっくりと、弱った人間の耳に流し込む事が出来るんだ。

 こいつは異常だ。蛇ににらまれた蛙の気分だ。逃げる事すら出来ず、ぬるぬるした目でみつめられながら舌でちろちろと味見されるしか出来ない。

「もちろん慰めるよね? 愛する女が弱っているんだよ。慰めないなんて男じゃないね。君につけ入るつもりが無くても、弱った女は抱いてあの人を忘れさせてとか平気で言うんだ。恋人が死んで、他の男とヤレるチャンスを喜んで欲情するんだ。君がどういうつもりでも彼女は君の身体を求めてくるよ。もちろん応えるよね。女は身体を慰めないと癒されない浅ましい生き物だ。男は大変だね。頑張って。悲しみが癒えるまで何度でも求めてくるよ。男に抱かれてよがってないと悲しみに押し潰されるからさあ。彼女を救ってあげなよ。君にしか出来ないよ。あ、でも男なら誰でもいいかな。君以外の男に愛しの彼女を抱かれてもいいのかい……?」

 こんな底知れない悪意をぶつけられたのは初めてだ。どんな攻撃によるどんなに痛い傷より深く強く心を切り刻まれ、もうアーデガルトの心は完全にへし折れてしまった。

「俺が、俺だけが、彼女を救える。やましい気持ちじゃない。俺は彼女に必要なんだ」

 アーデガルトはうつむいたままぶつぶつつぶやく。目を見開きとても陰が濃い。必死に自分に言い聞かせ、自分の醜い感情と行動を正当化しようとしている。

「そうそう。んー、素直な若者っていいなあ。簡単に折れるし染まる。加工し放題。遊び放題。最高のおもちゃだね。若いって素晴らしい!」

 イヒャルテは両手を広げてげらげら笑う。夜の通りでイヒャルテの異様は際立っていた。裏社会には表社会で生きられない変人やおかしい奴もたくさん捨てられるが、そんなのをはるかに越えた異質さに、通りの人々はみんなこそこそと遠巻きに見ながら立ち去った。

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2014年02月17日

見えざる掌(35)油断

見えざる掌(35)油断

 グンダーニはロブロンクスの差し向けた刺客とすでに戦闘に突入していた。

「誰が罠にのこのこ飛び込むかってーの。私をなめるんじゃないわよ」

「きゃははは。年増のヒステリーってこっわあ」

 グンダーニと路地裏で駆けながら交戦する少女は、左右に結った長いツインテールをなびかせて笑う。

 短いスカートがめくれるのも構わず激しく動く。グンダーニの敬愛する姉と違い、敵の隙を誘うためでなくただはしたないだけだ。

 グンダーニは長いスカートをなびかせながら顔をしかめる。

「あんたを倒してロブロンクスの所に案内させるわ。だから殺さないであげる」

「はあ? 殺す気が無いなら倒せないわ。私たちロブロンクスの配下はみんな強いのよ」

「自分で自分を強いって言ってれば世話ないわ。強さは言葉で語る物ではないわよ。お嬢ちゃん」

「おばさんに言われたくないわあ。ぴちぴちお肌がうらやましいからってやっかみ? だっさあ」

 グンダーニはぴきぴきと顔をひきつらせる。

「私はまだ二十四よ。女として熟し始めのおいしい時期よ」

「熟しすぎて腐っているんでしょ。女は十代が華。二十代なんてもう行き遅れじゃない。手遅れよ」

 きゃはははと甲高く笑う少女を見て、もうグンダーニの頭の血管は切れそうだった。

 グンダーニは姉とよく似ている。激怒しやすいのもそっくりだ。でも姉があまりにもすぐ怒り狂うせいでそれを側で見ていると冷める。だからグンダーニは他人には穏やかで優しいと思われている。

 姉という自分以上の激怒家がいないので、グンダーニはすぐに沸騰する。

「お嬢ちゃん。年上に敬意を払わないとどうなるか教えてあげるわ」

「年増って説教臭くってやあね。臭い臭い。加齢臭ぷんぷん。きゃははは。人の名前も覚えられないの? グンダーニおばさん!」

「覚えているわよ! 行くわよケントラ。殺さずに止めてやるわ」

 建物に囲まれた路地裏を疾走しながら何度激突した事か。しかし互いの掌が相手に当たらない。体術は互角らしかった。

 グンダーニは長いスカートをなびかせ脚を大きく振るう。人前ではこんなはしたない事はしない。しかしこの路地裏では敵しかいないし相手は女だ。下着を見せたくは無いが脚技を使わないで倒せる相手ではない。

 掌能力は必ず掌でしか発現出来ない。脚は警戒には及ばない。ただ高い身体能力によりそのパワーは相当な物だ。ひらりとかわしたケントラの後ろにあった壁を粉砕する。

「うわっ。怪力。パワーに特化して身体能力を鍛えたってわけえ?」

「違うわ。私は蹴りだけを鍛えた。こうして壁なんかを砕くためにね」

 グンダーニが蹴って破壊した壁の破片が飛び散る。グンダーニはその一つを握る。

 その握った破片がぴたりと固定される。空中に縫いつけられたように止まるその破片にぶら下がり、振り子のように脚を振って蹴りを繰り出す。

「うわっ!」

 空中での急激な動きの変化に対処しきれず、ケントラは腕を上げてガードする。蹴りに特化して鍛えたグンダーニのそれは圧倒的パワーでケントラの腕をへし折る。

「あぎゃああああああああ」

 激痛に叫びながら吹っ飛ぶケントラは、路地をごろごろ転がり遠くで止まる。

 グンダーニはひらりと飛び降り指をぱちんと鳴らす。能力が解除され、空中で固定され止まっていた破片が再び運動を始め、吹っ飛んでいく。

「これが私の掌能力。一時停止よ。物体の動きを一時的に停止する。能力を解除すればその運動は再開される。表社会のビデオのように、運動を一時停止してその場に固定出来るし再開出来る」

 グンダーニは両手を広げ歌うようにしずしずとふんぞり返りながら歩み寄る。小さい頃から姉を尊敬し姉の真似ばかりしてきた。女優のような大げさな身振りや朗々とした語りも、姉には遠く及ばないがときどきいい気になったときにはそう振る舞う。

 姉と違い、女を武器にして男の敵を惑わす真似はしない。だから長いスカートを穿くし、みだりに脚や下着を見せもしない。

 それでも蹴りを特化して鍛えたのは、姉のように空中で手足を振って軌道を変える技を真似しても身に付かなかった名残であり、今のように自分の能力と組み合わせて空中での軌道変化を生み出せるので攻撃としての蹴りを鍛えた結果だった。

 脚は腕よりリーチが長いし、身体の体勢を変えればなおさらだ。腕と掌での攻撃に偏る掌能力者同士の戦いにおいて蹴りは軽視されており、しかし鍛えれば実に使い勝手のよい武器と化す。

 掌能力者は掌が命だ。左右に二つ。その一つを腕をへし折る事で封じた。激痛で動きも鈍る。グンダーニは圧倒的優位に立った事で余裕があった。

 能力者は能力で敵を上回る勝利を何よりも喜ぶ。だから優位にあると驕るのは、克服出来ない悪癖となる。

「ケントラ。どうしたの? まだ片腕が残っているでしょ。かかってきなさいよ。五体満足で蹴りまで使える私と、片方の掌しか攻撃手段の無いあんた。どっちが勝つかしらね。まだ抵抗するなら残った右腕もへし折るわよ。掌に触れられる隙は見せない。私の勝ちよ。おとなしく手錠をかけられるならこれ以上のけがはさせないわ」

 グンダーニは胸に手を入れ胸の谷間からか服からかわからないが純白に輝く手錠を取り出す。

 ケントラは折れた左腕を右手で抱えうずくまり、脂汗をだらだら流しながらにやりと笑う。

「ふ……ふん。おばさんなんか片手あれば十分だわ」

 ケントラは立ち上がり、右掌を前に突き出す。

 グンダーニはため息をつく。

「敗者を痛めつけるのは趣味じゃないんだけど。まだまだお姉ちゃんみたいにはいかないわね。敵を畏怖させ屈服させられない」

「おばさんに畏怖? きゃははは。怖くも何ともないわ。でも私の掌は怖いでしょ。怖くないならかかってきなさいよ」

「いいわよ。相手してあげる」

 グンダーニは両掌を左右にガッと構えるとケントラめがけて突進した。

 地面につま先で立つ。その脚を軸にして駒のように回転しつつ脚を大きく振り上げる。

 長いスカートが広がり下着が露わになる。姉と趣味が似ているために、下着はとても大胆な物だった。

「あはっ。派手な下着。おばさんってやあねえ。そんないやらしい下着でないと男が欲情してくれないなんて」

「おだまり! この小娘が」

 グンダーニの高く振り上げた脚がまっすぐ伸び、空中で角度を変えて真下に振り下ろされる。

 かかと落とし。頭を横から蹴ると見せかけ真上から。とっさにかわせない。首を左右にひねっても肩を砕く。左腕は折れていて上げられないし強い蹴りを防げない。右腕で防ぐしかない。

 しかし蹴りが得意なグンダーニが素直に横から蹴ってくるとは思っていなかった。心構えをしていたケントラは横の蹴りを防ぐために向けていた右の掌を上に向ける。

 ケントラの掌がグンダーニの足首を掴もうとする。その寸前で、さらに足首が軌道を変える。

「なっ」

 横から上に変化し真下に振り下ろした。その軌道をさらに空中で真横に変えるなんて。

「これはただのめくらましよ。足下がお留守ねお嬢ちゃん」

 グンダーニは脚を高々と上げている。まっすぐ伸ばした両脚が一直線になるほど股をきれいに開く。

 下着もお尻も丸出しで、でも長いスカートが舞い降りる暇も無く身体を下に向けたグンダーニの掌がケントラの足首に迫る。

 蹴りは囮。横から上、そして下に回転するように振るい、その蹴りの反動を利用し身体をそのまま真下に向ける。敵の注意は上にある蹴りに向き、足下は注意がいかない。

 舞い広がるスカートで視界が遮られる。ケントラは広がるスカートのせいでグンダーニの上半身や掌の動きが見えない。

「もらった!」

 そう叫んだのはグンダーニ。そしてケントラだった。

 二人の声が重なる。そして。

 グンダーニの蹴り上げた脚が軌道を自在に変えて向かった先には、折れた左腕を無理に上げて待ち構えていたケントラの掌があった。

 ケントラの方が一瞬早い。グンダーニの手がケントラの足首を掴むより先に、ケントラの掌がグンダーニの足首をなでる。

「きゃあっ!」

 グンダーニが叫ぶ。グンダーニの足首はズパンと切断されて勢いよく吹っ飛んでいく。その衝撃でグンダーニ自身も吹っ飛ばされ、振るった掌は空しく空を裂く。

「あああっ」

 グンダーニはごろごろと地面を転がる。切断された足首から血が大量に吹き飛び、転がったせいで全身血塗れになる。

 痛む左腕を無理矢理使ったケントラは激痛に顔をしかめ腕を押さえる。しかしにやりと笑うとさっきグンダーニがしたみたいにふんぞり返りながら悠然と歩み寄る。

「これが私の掌能力。切断し同時に吹き飛ばす鋭い突風。真空じゃないけどかまいたちって奴よ」

 データベースを参照してわかっていたが、これほどとは。ただの切断ではなく風による鋭い圧力は、触れた物を瞬時に切断した後圧倒的風圧で吹き飛ばす。

 よって敵は反撃する前に吹き飛ばされる。これにより、反撃や相打ちを封じるため単なる切断よりもはるかに手強い。

 攻撃と防御が一体となったかまいたち。触れた後は敵の反撃を警戒する事なく確実にこちらだけがダメージを与えられる。

「きゃはははっ。形勢ぎゃっくてーん。腕が折れたって掌は健在よ。腕が上がらなくても右掌で脚の軌道を誘導して左掌を構えた場所まで追い込めばそっちから勝手に当たってくれるってわけ。折れたせいで左腕なんかもう気にしてなかったでしょ? 自分の蹴りのフェイントに自信満々で驕っていたらなおさらね」

 確かに驕っていた。圧倒的優位な状況。得意の蹴りをフェイントに使う。スカートを広げめくらましも完璧。敵は頭上に蹴り上げられた脚をガードするため両足を踏ん張っていて回避出来ない。

 グンダーニの掌能力で敵の脚に触れ全身を一時停止させればそれで勝利のはずだった。勝利の盃を傾けたときにそれをひっくり返された。とてつもない屈辱に、グンダーニは痛み以上の怒りに歯を食いしばる。

「ぐっぐっぐぐぐ」

「あらあらおばさん。そんなに血管ぴくぴくさせてえ。切れちゃうわよ。血を吹いちゃうわよ。あ、もう吹いてるかあ。足首からどばどば。自慢の蹴りももう使えないわねえ」

 片方の足首が切断された。もう蹴りを繰り出せない。この脚で身体を支える事も出来ない。グンダーニは地面に座ったまま汗を流しぜえぜえあえぎながら、両の掌を構える。

「まだやるの? おとなしく降参するならこれ以上痛めつけずに手錠をかけてあげるけどお?」

 グンダーニがしたように、スカートのポケットから白い手錠を取り出しじゃらりとぶら下げケントラはにやにや笑う。

「あんたねえ……たかが片足を奪ったくらいでもう勝利を確信しているの? その油断が命取りよ」

「きゃはははっ。おばさんって負け惜しみ好きよねえ。もう勝てっこないのに強がっちゃって。私みたいな十代と違い、そんな真似してもかわいくないわよん?」

「かわいさなんてどうでもいいわ。いいからかかってきなさいよ。返り討ちにしてやるわ」

「はあん? 無駄よ。どうせそのご自慢の蹴りの脚力で、座ったままいきなり飛びかかって私を襲うつもりでしょ。不意打ちならびっくりするけど私はもう気付いている。そんなふうにひざを立てて脚を踏ん張ってたらばればれじゃない」

 ケントラは手錠を持った右手の人差し指を立てて腕を伸ばし、今にも飛びかからんと緊張しているグンダーニのひざを指さす。

「油断するなって言ったのに」

「はあ?」

 ケントラが馬鹿にした笑みを浮かべる。

 その目の前を、白い何かが通過した。

「あ?」

 上から降ってきたグンダーニの手錠が、ガチャリと音を立ててケントラの突き出した右手首にはまる。

「え、え、手錠、何で」

 ケントラが手錠に気を取られた一瞬。グンダーニは脚に思い切り力を込め、地面を蹴った。

 片脚だけの跳躍だが、蹴りを鍛えさらにこの近距離だ。十分すぎる速度でグンダーニはケントラの目の前に来ると、掌でケントラの腕を軽くなでる。

「しまっ」

 言葉の語尾が突如ビデオを停止したように切れる。固まって動けなくなったケントラの肩に手を載せ、グンダーニは脚を伸ばして華麗に倒立する。

 能力を解除する。停止している間は周囲をまったく把握出来ない。たった今目の前にいたグンダーニの姿がまばたきすらしていないのに忽然と消え去った事にケントラは当惑する。

「……た」

 口から一時停止前の言葉を吐き終えると、ケントラはあわてて左右を見る。背後からにゅっと手が伸びる。

「後ろ!」

 しかし対処出来ない。ケントラの背後から手を伸ばしたグンダーニは、ケントラの右手首にかけて垂れ下がる自分の手錠の輪を握って引っ張ると、後ろでケントラの左右の腕をねじ上げそして左手にも手錠をかける。

「ぎゃあっ、痛!」

 折れた腕をねじ上げられた激痛でケントラは苦悶にうめく。

「これで今度こそ本当に両手の掌能力を封じたわ。油断するなって言ったのに。年上の忠告は素直に聞くものよ」

 後ろから首を伸ばしてグンダーニはケントラの横顔をのぞき込む。ケントラは手錠に捕らわれもう掌能力はおろか身体能力も治癒能力も封じられ、しかも反逆の意志すら持てない。

「くううっ、この、おばさんがあああああ」

 悔しそうに歯を食いしばり、ぽろぽろ涙をこぼすケントラの泣き顔を見て、グンダーニは切断された足首の痛みすら忘れるほどご満悦だった。

posted by 二角レンチ at 21:16| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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