2014年03月31日

見えざる掌(54)意気揚々

見えざる掌(54)意気揚々

 握力に特化して鍛えてあるイヒャルテと握力勝負をしてしまい、砕けた手を抱え悶絶するマルガト。仲間たちがおろおろと囲い、レントーゲがいそいそと治癒をしに駆け寄る。

 イヒャルテは笑いながらゾナスとグンダーニの所へ来る。

「あはははは。あー面白かった。握手するときこっちがちょっと力を込めたら相手はすぐムキになるよね」

「おいおいイヒャルテ。お前は冗談と本気の区別がつかないんだ。あそこは冗談で済ませておけよ。やりすぎだろ」

「逆だよ。三組のチームはみんな対等だ。でもこっちの人数が少ないからってなめられちゃいけない。こうして最初にちょっと強さを見せつけておかないとね」

「なるほどな。ところでイヒャルテ」

 ゾナスが笑顔をやめて真剣な顔になる。

「お前、ヘカトポリスを助けに行くのはいいが、向こうが彼女を人質にして脅してきたらどうするんだ」

「そんなの決まっているでしょ。人質を諦め復讐に切り替える。もし政府が彼女を殺したり辱めたりしたらその復讐を遂げる。労働させているだけなら大目に見てあげるけど、彼女にひどい事をしたなら彼女の尊厳を守るために復讐の限りを尽くしてやるんだ」

「お前はそれでいいのかグンダーニ」

 グンダーニは困った顔でうなずく。

「よくはないけどしょうがないわ。人質を盾に取られて降伏とか裏切りとかは絶対してはいけない。するわけにはいかない。お姉ちゃんは大事だけど、お姉ちゃんのために私が仲間を裏切ったり殺したりしたらお姉ちゃんは絶対許せなくなる。のこのこ生きながらえていた自分をね。私はもう間違わない。たくさん失敗して学んだわ。命より大事な物はたしかにあり、それは実の姉の命よりも重いのよ」

 姉の命と仲間の命。グンダーニにとって姉の命は自分や他の誰の命よりも大事だ。しかしそれでも、姉の命よりも仲間の命を優先する。一番大事な物が一番大事にするべき物とは限らないのだ。

 一種の諦め。政府は巨大な組織だ。軍勢は圧倒的多数で、未知の能力や兵器もたくさんある。そこからどこに捕らわれているかもわからないヘカトポリスを救出出来るとはとても思えない。塔があれば多数で攻め込まれないとはいえ、もしこの塔を破壊する能力や仕掛けがあるならお手上げだ。

 それでもただ殺されるよりは前に進んで戦いながら死にたい。逃亡したあげく背中を刺されるような真似は戦士としての誇りを失う。命を失っても心の底にある芯までは決して折らせはしない。

「……ヘカトポリスが首輪と掌能力による二重支配を受けて、自分の意思を持たない奴隷兵士と化して襲ってきても殺せるのか」

 グンダーニは笑顔をゾナスに向ける。でも握りしめる拳は震え、血が垂れていた。

「もちろん。お姉ちゃんはそんな事になったら、救い出せないなら殺されてもいいと考えるもの。支配からの解放が出来ない場合は殺すわ。お姉ちゃんの命は失っても、命より大事な心の芯を、政府の連中には決して折らせはしないわ」

 ゾナスはじっとグンダーニの目をみつめ、その覚悟をはっきり確信する。

「わかった。お前がそこまで言うなら俺も迷わねえ。もしヘカトポリスが完全支配で操られ襲ってくるなら俺が戦う。今度こそ勝ってみせるぜ」

「あははは。無理無理。お姉ちゃんは最強だもの。一対一の戦闘なら誰にも負けやしないわ」

「僕に負け……」

 イヒャルテが何か言う前に、グンダーニとゾナスの肘がイヒャルテのほほを左右から押し潰す。口の中で歯が何本もへし折れた。

「んみゃあああああああ」

 その絶叫を聞いて、レントーゲがあわててやってくる。

「大丈夫ですかイヒャルテ様。今治しますから」

 イヒャルテは治癒してもらって治った口をさすりながらレントーゲを見る。

「ありがとう。優しいねレントーゲ。君だけだよ。僕を殴らないで治してくれるのは」

「はい。イヒャルテ様のためなら何でもします。クランクランの支配から解放してくれて、優しくしてくれて、私本当にうれしくて感動しました」

「そう? なら僕の恋人になる? 君すごくかわいいからさ。処女を優しく奪ってあげるよ」

 レントーゲの顔が真っ赤になる。はにかんでうれしそうだ。

「いいんですか。私なんかが恋人でも」

 意外な反応だ。ゾナスが驚いて口を挟む。

「おいおい。イヒャルテは本気と冗談の区別がつかないんだ。本気にするなよ」

「何言っているんだいゾナス。僕が女の子を口説くときはいつでも本気の本気、大本気さ。じゃあ相思相愛って事で、僕とレントーゲは今から恋人。パンパカパーン。拍手ー!」

 イヒャルテが手をぱんぱん叩く。レントーゲも真っ赤になってうつむきながらうれしそうにぺちぺちとかわいらしく手を叩く。

「おいおい。まじかよ。笑えない冗談だぜ」

「笑えない本気なのかしら」

 ゾナスとグンダーニは呆れながら当惑する。

「それで、あのう、イヒャルテ様。さっそく今夜、いいですか?」

「ん? 早く抱いて欲しいって? うれしいなあ。エッチな女の子って大好き。でも今は真夜中だよ。まあまだ今夜だよね。じゃあさっそく。君の二階はこの通りボロボロしっちゃかめっちゃかだからさ。他にベッドがある部屋へ行こうか」

「イヒャルテ様……私の好きな事、してもいいですか?」

「何々? 何でもいいよ。君が僕に気持ちいい事してくれるの? うひゃあ。うれしいなあ」

「じゃあ、今夜は、抱くのはまた今度にして、その、踏んでもいいですか?」

「へ?」

 イヒャルテもゾナスもグンダーニもぽかんと口を開ける。

「わ、私、クランクランとゲーラングと三人で、イヒャルテ様を踏んだじゃないですか。あのときのイヒャルテ様を虐げる快感が忘れられないんです。あんなの初めてで、クランクランに抱かれていたときには得られなかったすごい興奮がありました」

「ええと、もしかして、あれで目覚めちゃった? そのう、ごめん。僕本当はああいうの、余り好みじゃないんだ。あれはクランクランに取り入るための演技だよ。本気にしちゃ困るよ。まあそれなりに気持ちいいんだけどさ。僕は普通に男らしく、女の子を抱く方が好きなんだ」

「処女の生足で踏まれるの、お好きですよね。私ひどく興奮して、もうあればかり考えて、しばらくでいいんです。私を抱くのを我慢して、処女のまま男の人を踏む楽しさを私に味わわせてくれませんか」

「で、でも」

「駄目、ですか?」

 上目遣いで大きな目を潤ませておねだりするレントーゲは実に愛くるしい。男ならこんなおねだりされたら拒否出来ない。しかしこの内容は。

「ううー、いや、その、僕、あれ怖いんだよ。僕もあんなの初めてでさ。本当だよ。知らない快感って言うか、堕ちていく感覚って言うか、はまったらやばいって言うか、深入りするとまずいんだよ」

「私もうはまっちゃったんです。処女のまま経験豊富な男の人を踏んでなじって身体には一切触らせないで責めるあの快感。恍惚としてぞくぞくして世界で一番偉くなったみたいに征服欲が満たされて。もう我慢出来ません。私をこんな身体にした責任取ってください」

「こんな身体って、まだ、抱いてもないのに」

 イヒャルテは本当に困っているように見える。でも本気と嘘の区別がつかないから本当はうれしいのかもしれない。ゾナスは笑いながらばんばんとイヒャルテの背中を叩く。

「はっはっは。恋人にした途端尻に敷かれはじめたな。まあ観念して責任取ってやれよ。お前本当は踏まれるの好きなんだろ? お前の冗談や嘘がわかるようになってきたんだ」

「違うんだよゾナス。あれは本当に、クランクランならお姫様全員に踏まれたいって言えば面白がって塔からぞろぞろ出して来ると思ったんだ。まあその狙いは見抜かれて出してこなかったけどね。本当に、僕やばいんだ。あれはまると僕、一生女に頭上がらなくなっちゃう」

「あらイヒャルテ。あんた私を脅したときの事忘れたの? その償いをしてもらうわよ。レントーゲの言う事を聞きなさい。今後一切女に逆らわない事。そうしたら水に流してあげる」

「グンダーニ。それ持ち出すのは卑怯じゃないか。あれはもう終わった事だろ。時効だよ時効。ね、裁判長」

「誰が裁判長だ。いいからレントーゲのしたいようにさせてやれ。それが判決だぜ」

「ゾナス。そんなあ」

「さ、イヒャルテ様。行きましょう。私たちは最上階の、クランクランの部屋を使わせてもらいます。あそこのベッドが一番豪華ですから。皆様もミーハたちがご案内しますので、お食事でもお風呂でもベッドでもなんなりとお使いください」

「ああ。ちょ、ゾナス。助けて。この子怖い。僕を調教しようとしているよお!」

 イヒャルテはずるずると引きずられていく。どうやらレントーゲは不足している戦闘能力を補うために、ゲーラング同様身体能力のパワーに特化して鍛えてあるようだ。

 ゾナスとグンダーニは笑顔で手を振って幸せな夫婦を見送った。夫の泣き顔がとても印象的だった。

「……女って怖いな」

「あの子、初めからイヒャルテに恋人にしたいって言わせるために、イヒャルテの好みそうな従順可憐でかわいがりたくなる女の子を演じていたんだわ」

「クランクランが死んで支配から解放されてすぐ、これを企んでいたってのか?」

「支配から解放してくれたイヒャルテに強く感謝して惚れたんだと思いたいけど。あの子いつもクランクランと一緒にいたわよね」

「そうだな。いつもクランクランはそばで侍らせている感じだった」

「あの子きっと、集団の中で一番偉い人に取り入って寵愛を受けたがる権力欲の強い女なのよ。そのためならかわいく無垢な純情少女だって簡単に演じられる。女の私でも演技と本気の見分けがつかなかったわ。この塔の中で実質的にリーダーで最高指揮官なのはイヒャルテでしょう。だから彼女はイヒャルテを誘導して恋人にするって言わせたんだわ」

「こええ。それすげえこええよ。あんな十代の少女だぜ? 男を知らない処女が、あのイヒャルテを手玉に取れるものなのか」

「イヒャルテでさえ本当に騙せる策士。攻撃能力は無いけどイヒャルテに並ぶ智将だわ。あの頭脳があれば本当に、政府からお姉ちゃんを取り返せるかもしれない」

「希望が見えてきたな」

「ええ。イヒャルテ一人でも何とかなるかもしれないけれど、あの二人の知略が揃えば無敵だわ。他のどんな軍師が軍勢を連れて来てもこの塔を活用すればきっと対処出来る」

「イヒャルテは完全に一人よがりだからなあ。たしかにその作戦で上手くいってきたが、今後もそうとは限らねえ。あいつだってミスはする。尻に敷くぐらい智力のある参謀がいたら互いにミスを指摘し合ってより完璧な作戦を練られる」

「こうして私たちの恐ろしさを語り、それが手錠か携帯端末だかを通じて政府にも伝わっている」

「だな。これでヘカトポリスが人質として機能しない事も、もしヘカトポリスにひどい事をしたらきっと、それを激しく後悔するぐらい手ひどいやり返しをする事も伝わっている」

「かといって政府はこの脅しに屈してお姉ちゃんをむざむざ返すわけにはいかない。私たちを怒らせない、まっとうな手段で激しく抵抗してくるわ」

「政府だって屑や卑怯者じゃない。俺たちと同じで粋な心意気があるだろう。無いならただの外道だものな。お互い全力でぶつかり、負けても潔しってなもんだぜ」

「そうそう。天下の政府様が少人数の部隊にびびって卑怯な真似をするなんて知られたらなめられるわ。きっとあちこちで反乱が起きるわね」

「強者は強者に敬意を払う。しかし外道には死んでも屈しない。外道に誇りを折られるぐらいなら死を選ぶ。今は政府がそれなりに強者としてまっとうな振る舞いをするからみんな我慢している。でももし政府が外道卑劣な真似をすれば、そんな外道に誇りをへし折られてまで生き延びようとする強者はいない」

「いかに巨大な政府とはいえ、強者が一斉に反乱をしたら無事では済まない。勝ってもズタボロ大打撃。取り返しのつかない大損よ」

「はっはっは。政府の奴らこれを聞いて、俺たちにびびるわけないよな。俺たちの挑戦から逃げて卑怯な真似をしたり人質を盾に脅したりするわけねえよな」

「まさかまさか。天下の政府様がそんな外道で小物な真似をするわけないじゃない」

「だよなあ」

「だよねえ」

 ゾナスとグンダーニは大笑いする。お姫様たちやマルガトたちは、大声で政府に正々堂々の勝負と人質の安全を訴える二人を見て、その息の合ったやり取りにお似合い夫婦だなと誰もが思った。


(完)

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2014年03月29日

見えざる掌(53)協力

見えざる掌(53)協力

 マルガトが、とんでもない事を平然と言い放つイヒャルテに向かって叫ぶ。

「お前政府に喧嘩を売るつもりか。勝てるわけねえだろ。殺されるだけだ」

「いずれ殺されるだろうね。クランクランを殺した。彼女の携帯端末や手錠は持ち主がいつまでも触れなければ死亡したと政府に伝達するし、僕らの手錠や携帯端末を通じても情報が漏れている。彼女が殺された事は政府にばれている。政府の使いである仲介人を殺したんだ。僕らは指名手配犯さ。政府にずっと狙われいずれは殺される。でもこの塔は同じ人数同士の戦闘しか出来ない要塞だ。こっちが強いなら政府がいくら能力者をぶつけてきても凌げるかもしれない」

「無理だぜ。いくらなんでも」

「無理でも何でもやるしかないんだよ。一日でも長く生き延びるためにね。僕らの手錠と携帯端末を通じて情報は政府に筒抜けだ。異なる支配能力同士をぶつければ破壊し合い、首輪から奴隷を解放出来る秘密を知った僕らは全員もう政府に殺される。逃げようが無い。なら戦うまでだ。この塔があれば多数の襲撃だって怖くない。同じ人数同士でしか戦闘出来ないからね。個々が強くて勝てればいい。けがはレントーゲが治してくれる」

「しかし」

「ところで、君たちの他者治癒能力者はどうしていないんだい。全員掌能力が攻撃だっただろう」

「……少し前に戦闘で殺されたんだよ。守りきれなかった。その戦闘で三人も減って他者治癒能力者もいない。急いで仲間の補充が必要だった。そのあと仲間に加えたアーデガルトたちは三人組で、全員一緒に仲間に引き入れるしかなかった。だから他者治癒能力者を入れる支配枠の空きが無かったんだ」

「ふーん。支配能力者のチームで他者治癒能力者を一人も入れていないなんておかしいと思ったら。でもおかげで生き残れた。君たち五人が全員戦闘能力で連携出来たから、不死身性を備えた五人のお姫様たち相手に一人も死者を出さずに耐え切れたんだ」

「そうだな」

「君たちはロブロンクスに支配を受けて裏切りを封じなくても背中を預けて戦った。もう互いを裏切る心配の無いチームとして、これからも一緒にいるつもりじゃないのかい」

「それは」

 マルガトが振り返る。

 四人はためらう事なく笑顔でうなずく。マルガトはそれを見てとてもうれしそうに笑う。

「ああ。支配による強制的な協力なんていらない。俺もこいつらもこの戦闘で、もう互いを絶対裏切らないと信頼し合えた」

「素晴らしいね。支配能力無しに五人ものチームを組めるなんて奇跡だよ。そこで提案なんだ。君たちに僕らの仲間になってくれとは言わない。でも僕らと一緒にいないかい」

「お前等を信用は出来ない。一緒にいるなんて出来るか」

「君たちも支配能力と首輪の秘密を知ってしまった。政府に狙われている。ならどこかへ五人で行くより、この塔の中にいた方が安全だと思うんだけど」

「馬鹿言うな。お前等は政府に乗り込んでヘカトポリスを助けるんだろ。そっちの方がよっぽど危険だ」

「どうせいつか殺されるんだ。なら思い切り、派手に盛大な喧嘩をしようじゃないか。それが粋ってものだろ。最高の舞台で思い切り戦って思い切り死のう。上手くいけば生き延びられるしね」

「無理だ。政府は刺客が殺されるたびさらに強い刺客を送り込んでくる」

「ふふふ」

 イヒャルテは向こうにいる五人の少女を指さす。みんな主であるクランクランが死んだので、その首輪を首から外している。

「強い能力者が来たら捕獲して首輪をかける。服従を誓わない限り命令を聞かないけれど、敵対行動は封じられるし手錠と違って能力は封じられない。説得して仲間にするんだ。殺されるよりましだからね。たいていは乗ってくるよ。政府はだんだん下手に強い能力者を送り込めなくなっていく」

「そうなればきっと、最強のチームである支配能力者とほぼ不死身の奴隷兵士たちがやってくるぞ」

「もし支配能力者が来ても、首輪で支配能力を破壊出来る。首輪は減るけど使いようだ。僕がクランクランを倒すときに一本潰しちゃったけど、首輪はあと七本もある。敵の配下の首輪を奪ってこっちの首輪をどんどん増やせる。支配能力者とその配下を投入してくる事はほぼあり得ないし、僕らならほぼ不死身の兵士相手でも勝てるだろう。手錠も十分な数がある。かなり敵を捕獲出来ると思わない?」

 たしかに首輪と手錠を全員分合わせると結構な数になる。敵が刺客を送り込んできても捕獲し、その内説得でも交渉でも何でもいいから仲間になった者と一緒に戦えば、戦死者が出ても補充していける。

 首輪をかければ裏切りは確実に防げるのだ。敵を取り込む事に問題は無い。首輪をかけても自由意思はあるが、仲間として協力しないなら殺すのだからたいていは協力してくれるだろう。

 支配能力者がする事を首輪で代用する。完全な二重支配ではなく、説得や交渉により仲間を増やしていく。敵対する者や裏切りそうな者は首輪をかけて、信頼を築けたら首輪を外して首輪を使い回す。

「一生もつわけがない。しかしそれは、裏社会に生きていれば当然の事。いつか狩られその後の人生は政府の扱い次第。そこで人生が終わる」

「うん。でも僕らなら、普通に裏社会で生きるよりはるかに上手く長く生き延びられるかもしれないよ」

「このまま塔を出ても首輪の秘密を知っているせいで政府の刺客をどんどん送り込まれる。もう長くは生きられない。ならお前等と一緒にいて政府に乗り込んでも同じ事、か」

「そうだよ。わくわくしない? 僕らを裏社会に囲い込んで、放牧する家畜扱いしている政府にやり返さずに死ぬよりはるかに楽しいよね。ドカンと花火を上げて人生に華を咲かせようよ」

 損な事は何も無い。このまま塔の外で逃亡生活をしても早ければ今日にでも強力な能力者の刺客に狩られてお陀仏だ。もう塔の外に待ち伏せしているかもしれない。哀れに追いつめられて殺されるぐらいなら、噛みついてやり返してやる方が悔いが残らない。

「僕たちはただの逃亡生活よりもましな道を歩くから裏切らない。裏切らないで協力し合う限り道はどこまでも伸びていく。裏切りは道を分断し、協力は道を造る。裏社会は裏切りばかりで誰も信用出来ない。でも君たちも、僕たちも、もうすでに裏切らない仲間と共にいるから、裏社会でも裏切りの無い関係を築ける事を知っている」

 マルガトもそれは身にしみている。みんなどんなに危険でも一人も逃げたり仲間を盾にしたりしなかった。だから五対五の乱戦の中でも誰も死なずにほぼ不死身のお姫様たちの猛攻を凌ぎ切れたのだ。

 消耗戦では不死身に近いほど有利になる。でも敗北する最後まで一緒に戦って死んでくれる仲間がいるからこそ、仲間のため必死に頑張れた。一人だったらきっとすぐに不死身の化け物には勝てないと認め怯えながら殺されていただろう。

 仲間のおかげで拾った命だ。あの生死を共にした一体感は本物だ。雰囲気に酔っていたわけではない。あの戦いを通じて、絶対裏切らない信頼という物が存在する事を確信出来たのだ。

 こいつらと一緒なら、一日でも長く生きて戦いたい。いつか殺されるにしてもこいつらと一緒に死にたい。

「……もし俺たちが、自分たちが生き延びるためにお前等と手を組むとしてだ。俺たちは別にお前等と仲良くするつもりはないぞ」

「うん。別にそれはいいよ。徐々に打ち解けていけばいいし、最後まで気を許さなくてもいい。僕らは絶対裏切らない。でも君たちが僕らを裏切っても恨まないよ。君たちを受け入れ一緒にいる事を選んだ僕らの責任だ。君たちは悪くない」

「ちっ。その言い方、本当こす狡いぜお前は。俺たちは、裏切らず塔にかくまってさえくれる奴らを裏切るような外道じゃねえ。お前等が裏切らない限り俺たちも裏切らない」

 マルガトが手を差し出す。仲間を振り返って意志を確認する必要なんか無い。何も言わずマルガトの判断に任せてくれている。マルガトはみんなの命を背負ってイヒャルテと握手した。

「うひゃひゃひゃ。よろしくねマルガト。僕ら三人と君たち五人、それにお姫様たち六人。三つもチームが集まって、無敵の要塞である塔もある。これに挑んで勝てる奴なんかいるのかなあ。いないね。なにせこの塔の中は同じ人数同士でしか戦えない。チームの連携も、個々の力も僕らは全部強い」

「そうだな。裏社会に来て、ここまで頼もしい気持ちになれたのは初めてだ」

 マルガトとイヒャルテは不敵な笑顔でにらみ合い、手をぎゅっと握りぶんぶん振る。自分のチームの方が強いと互いにライバル意識を抱いている。

「うふふふ。痛いよマルガト。そんなに強く握ったら僕の手が折れちゃうよ」

「うははは。こいつは協力関係を築くためのあいさつだぜ。勝負だ。男なら受けて立ちやがれ」

「そう? なら僕本気出しちゃってもいいかな?」

「おうよ。握り潰しても文句は言わねえ。そっちも言うなよ。あとでレントーゲが治してくれるからよ」

「そうなんだあ。だってさゾナス。僕本気出しちゃっていいかな」

 ゾナスは苦笑し、仕方なさそうに眉をひそめる。

「あー……まあ、いいんじゃねえか? 相手がそこまで言ってくれるんだ。本気には本気で応えねえとな」

「そうだよね。じゃあマルガト。握力勝負だ。本気を出してね。僕が細腕だからってなめちゃ駄目だよ」

「わかっているぜ。握り潰してやる。恨むんじゃねえぞ。協力するならはっきりと、互いの力関係って奴をみんなに見せておかないとな」

「うん。恨みっこ無し。いいね」

「ああ」

 ゾナスとグンダーニはくすくす笑っている。

「じゃあいくよ。せーの」

 ベキベキゴキメキ。

「ぎゃあああああああああああ!」

 マルガトの絶叫が塔に響いた。

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2014年03月27日

見えざる掌(52)終戦

見えざる掌(52)終戦

 クランクランが死に、掌能力と首輪の二重支配が完全に解けて、お姫様たちは解放された。

 ロブロンクスの配下五人と交戦していた五人のお姫様たちは、戦闘中にもかかわらず全員がどっと涙を流した。

 それを見てロブロンクスの配下たちは全員驚き、戦闘が停止した。

「何だこいつら。突然泣きやがって」

 戸惑う五人と泣きながら嗚咽する五人。戦闘の緊張が霧散する。

 五人の少女たちの白髪が元の色を取り戻す。黒、金、赤、茶など色とりどりだ。クランクランの趣味により真っ白の服を来ている五人は涙を流しながら互いに見つめ合い、うなずき合った。

 そしてひざをつき、両掌を床につく。武器を床に置いたそれは降伏を意味する。

「クランクランが死にました。支配が解けた今、もう彼女の命令には従いません。私たちは降伏します」

「降伏?」

「はい。あなたたちと敵対する気はありません。私たちはあの恐ろしい女の残酷な支配と陵辱から解放されたのです。もう十分です。殺すなら殺してください。支配された奴隷のまま、二十歳になれば殺されるはずでした。こんな幸せな気持ちで死ねるなら、今殺されても構いません」

「構いませんって言ってもなあ」

 ロブロンクスの配下の一人、たくましい青年で五人の中では中心的存在のマルガトが頭をかきながら他の四人を見る。

 四人の男女も互いに困った顔をして見つめ合う。みんな激しい戦闘でボロボロだ。しかし誰も死んでおらず、泣きながら降伏する少女たちを殺したいと思う者は一人もいなかった。

「賞金首でもないから捕獲しようが殺害しようが意味無いしな。俺たちを今後絶対狙わないと誓うなら見逃してやってもいいぜ。お前等もそれでいいよな」

 マルガトが言うと他の四人はうなずく。

「いいのですか?」

 少女たちの一人、真っ白いセーラー服を着たミーハが驚いて顔を上げる。クランクランの趣味によりスカートは短すぎ、ソックスは履いていない。

「いいも何も、降伏した奴を殺すのは外道のする事だ。俺たちは誇りを持って生きている。お前等が騙し討ちするつもりでなく本当に降伏しているのはわかるよ。だから殺さない。俺たちの邪魔をしないならもういい」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 ミーハが頭を下げ土下座すると、あとの四人の少女たちも同じように土下座して感謝する。

「いいから。敵に土下座や感謝をされると調子が狂うぜ。俺たちはお前等を見逃してやる。けがさせたのはお互い様だしな。いい勝負だった。強い奴らと戦うのは楽しかったぜ。大したもんだ。でもな、クランクランが死んだって事はイヒャルテたち三人の誰か一人以上は生きているって事だろ。あいつらがお前等を見逃すかどうかまでは知らねえぜ」

「はい。あの方たちが私たちを許してくれなければおとなしく処刑されます。いくら心まで支配されていたとはいえ、私たちはクランクランに命じられるままたくさんひどい事をしてきました。クランクランを討つという事は同罪の私たちもその対象です。処刑されてもそれに異存はありません」

 マルガトは顔をしかめ、がりがりと頭をかく。

「かーっ、もう、俺たちが見逃してやるって言っているんだ。とっとと行けよ。逃げろ。自分の命を大事にしろ。心まで支配されて自分の意志で拒否出来なかったならしょうがねえだろ。お前等の罪じゃねえよ。だからそれを罪として背負うんじゃねえ」

「でも」

「でもじゃねえ。ぐだぐだ言うならひっぱたいてでも連れて行くぞ。立てよ」

「あはははは。まあ待ちなよ。そんなボロボロでどこへ行くのさ」

 塔の階段を下りてイヒャルテが姿を現す。ゾナスにグンダーニ、そしてレントーゲもいる。

「レントーゲ! 無事だったのね」

「ミーハ。みんなも無事でよかった」

 レントーゲが階段を飛び降り着地すると、五人の少女たちがわっと群がる。

 みんなうれしくて笑顔で泣きながら互いの無事を祝い合う。少女たちが抱き合う光景を見てイヒャルテはうんうんうなずく。

「見てよゾナス。ミニスカ生脚美少女たちがあんなにいちゃいちゃ抱きしめ合ってもみくちゃだ。実にいい眺めだねえ」

「そうだな」

 ゾナスは微笑みながら答える。

「あれ、ゾナス。意外な返事だね。君も少女の魅力に目覚めたのかい? あの初々しい生脚、最高だよね」

「いや別に。互いの無事を喜ぶ光景がほほえましいってだけだ。俺は大人の女がいい。最低でも二十歳は超えていないとな」

 グンダーニは別段自分の事を言われたわけでもないのにちょっとドキッとした。二十四だから十分ゾナスの恋愛対象に入っている。

「ふーん。ま、いいや。それよりこっちだ」

 イヒャルテはゾナスとグンダーニを連れて歩く。そしてマルガトたち五人と対峙する。

「お前等俺たちとやろうってのか。いいぜ。受けて立つさ。こっちは最高のチームなんだ。いくらけがしているからって負けはしねえ」

 イヒャルテたち三人は全員無傷だ。向こうで仲間の治癒をしているレントーゲに強制して治癒させたのだろう。

 対してマルガトたちは全員満身創痍だ。ほぼ不死身でさらに強力な掌能力者である少女五人相手に互角に戦ってきた事自体が奇跡に近い。誰も死んでいないがあれ以上戦闘が続けばきっと誰かが殺されて、そこから一気に全滅していただろう。

 五人対三人とはいえマルガトたちに勝ち目は無い。しかしマルガトは仲間の前に立って負ける気は無い意志を見せ、仲間はそんな彼の背中を見て最後まで戦い抜く勇気をもらった。

 イヒャルテはしばらくマルガトとにらみ合っていたが、にまっと笑う。

「まあまあ。実際そんな手負いで僕らに勝てないでしょ。そういきり立たないで。君たちにいい話を持ってきたんだ」

「ふざけるな。何がいい話だ。俺たちをあのお姫様五人を足止めする駒に利用しやがって。ロブロンクスだってお前の口車にまんまとやり込められた。お前の話は悪い話ばかりだ」

「僕の交渉は相手にとってもいい話だってわかっているでしょ。交渉は相手がこっちより得をするようにしなくちゃね。僕はイヒャルテ。知っているよね。君の名前は?」

「マルガトだ。どうせデータベースで調べてあるくせに白々しい。名乗られたから答えただけだ。お前の言い分は何も聞かねえぞ。こっちが交渉してやる。俺たちを見逃すならお前等も見逃してやる。あのお姫様たちも見逃せよ。この場で全員解散だ。次に会ったら敵同士。存分にやりあおうぜ。でも今日はもういい。お前等がかかってこないなら俺たちもおとなしく退く」

 イヒャルテは目を瞑って指を立てて振り、ちっちと舌打ちする。

「駄目駄目。交渉がなってないなあ。相手の損を無くすだけじゃなくてちゃんと得をさせなくちゃ。君たちはそんなにボロボロだ。そんな様で塔の外に出てごらん。他の賞金稼ぎたちにすぐ狩られるよ。この塔を町中に出現させたんだ。目立って注目されている。そんなにけがした状態で外へ出るのは危険だよ」

「つまり、お前の要求を飲む代わりにあっちのお嬢ちゃんの他者治癒能力を受けさせてくれるってわけか」

「いやいや、それは交渉前の礼儀としてしてあげるよ。交渉は対等の立場でテーブルに着くものだ。手負いの君たちをいつでも僕らが殺せる状態で脅迫するのはよくない。レントーゲ。そっちの治療が終わったらこっちへおいで」

 真っ白の看護婦の格好をしたレントーゲは、てててとかわいらしく近づいてくる。その首にはもう首輪がついていない。首輪をかけた主が死んだ場合、その首輪は自分で外す事が出来る。

「レントーゲ。こっちのみんなのけがも治してあげて」

「はい。イヒャルテ様」

 レントーゲはぺこりと頭を下げると、見上げるようにマルガトたちの顔を伺う。

「おい、何の真似だ」

「罠でも何でもないよ。向こうで治癒しているのを見たでしょ。レントーゲは他者治癒能力者であって他の掌能力を持たない。安心して治癒を受けなよ」

 マルガトは仲間たちと顔を見合わせるが、まあ他者治癒能力者なのはさっき見たから触れられても問題は無い。

「わかった。じゃあ頼む。レントーゲだったな」

「はい。では失礼します」

 レントーゲはいそいそと、マルガトたちに順に触れてけがを治していく。

「……本当に治すだけか。おいイヒャルテ。これで恩を売ったつもりじゃないだろうな。こっちは五人。全員無傷ならお前等三人より強いぜ」

「あはははは。レントーゲはもう僕の仲間だ。クランクランの支配から解放してあげた恩で仲間になってもらったんだ。レントーゲがいれば向こうの少女五人も僕らに味方してくれる。戦力はこっちの方が圧倒的に上だよ。わかっているだろ」

「ちっ、わかっているぜ。だから何なんだ。俺たちは死んでも不当な要求には屈しない。脅しても無駄だ」

「だからそんなんじゃないって。僕の交渉はちゃんと君たちにも得になる事なんだ」

「何なんだ。けがを治してくれた礼に、聞くだけ聞いてやる」

 マルガトは腕を組んでふんぞり返る。イヒャルテはにこにこしながら何気ない事のようにさらりと言う。

「うん。僕らはね、こっちにいる美人はグンダーニって言うんだけど、彼女のお姉さんのヘカトポリスが政府に捕らわれ働かされているんだ。こうして転移能力のある塔も手に入ったから表社会に侵入出来る。仲介人は表社会に転移して能力で造られた社会の壁を飛び越えているからね。表社会に乗り込んで、ヘカトポリスを助けに行こうと思っているんだ」

 マルガトが驚く。その後ろにいる四人も動揺してざわめいた。

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2014年03月25日

見えざる掌(51)情

見えざる掌(51)情

 塔の最上階、十階ではまだ戦闘が続いていた。

 塔は同じ人数同士でしか戦えない。だから戦闘能力を持たないレントーゲは離れて控えていた。

 クランクランはいつもの悠然と構えた余裕は無かった。まだ笑っていたが、白衣を振り乱し長い脚をみっともなく広げて、短すぎるスカートから下着が見えようがお構いなしで、低姿勢であちこち跳び回っていた。

「はっは。イヒャルテ君。こいつはなかなか当たらないねえ。表社会のもぐら叩きを思い出すよ。床も壁も縦横無尽だ。最高に面白いね」

 イヒャルテは塔を透過し潜り込んでいる。潜り込んだ物体の内部はイヒャルテの領域だ。その中では泳ぐどころか弾丸よりも早く移動出来る。

 イヒャルテは床や壁から素早く腕を出してクランクランを捕まえ引きずり込もうとしている。しかしクランクランも神経を限界まで張りつめながらその手が飛び出す一瞬でそれをかわし掌を繰り出す。

 その手に触れればそれだけで支配能力を打ち込まれ、反逆の意志が封じられる。自らの意志で服従しなければ命令には従わなくて済むが、もうクランクランに対し攻撃出来ず無力化される。それは明らかな敗北だ。

 クランクランに支配枠が戻っているのかどうかはわからない。しかし戦闘開始からすでに大分時間が経過している。クランクランの配下のお姫様たちはいずれも強力で、しかも二重支配によりほぼ不死身だ。殺さずに捕獲するのは難しく、おそらくすでに一人以上は殺されている。

 クランクランははったりではなく本当に支配枠を一つ以上取り戻している。あの掌にわずかでも触れられれば負けだ。

 イヒャルテの能力で塔の床や壁にひきずり込んでも相手はまだ動ける。イヒャルテに対し掌を打ち込む事が出来るのだ。イヒャルテは一撃必殺の手段が無く、戦い続けても活路を見い出せなかった。

 床から出た手をかわしてクランクランが跳びのく。レントーゲから大きく離れる。

 その隙を狙ってイヒャルテはレントーゲの足下から手を出す。レントーゲの足首を掴んで引きずり込もうと試みる。

 しかし出来ない。その手はレントーゲに触れられない。塔は同じ人数同士の戦闘しか認めない能力を持つ。クランクランと戦闘中のイヒャルテはレントーゲに攻撃出来ない。

「はっはっは。無駄だよイヒャルテ君。たとえ塔の能力が無くてレントーゲを人質にした所で、君は脅ししか出来ない。レントーゲに実際に危害を加える事なんか出来やしない。情をまったく持たないくせにそれを与えてくれる人間を欲した君の事だ。情の真似事をする。とても愚かで無意味な行為だ」

 クランクランはレントーゲの目を見つめながら、言わなくてもいい事を言う。

「それにね、他者治癒能力は一番ありふれた掌能力だ。レントーゲを失っても代わりはいくらでもいる。彼女くらいかわいくて十代の処女だってよりどりみどりだ。私は仲介人として、政府からいくらでもそういう能力者を即座に買い取り補充出来る」

 イヒャルテは床に潜り込んだまましゃべる。潜り込んだ物体は音や声を反響させ全体に伝え、今どこにいるのか悟らせない。

「ふざけるなよ。レントーゲはレントーゲだ。他の誰も、同じ能力を持とうが代わりなんていやしない」

「おいおいおいおいいいいい」

 クランクランは頭に手を当て大仰に驚いて見せる。

「頼むからもう、情のある人間の振りはやめてくれ。そんなの君には似合わないよ。人間の真似事をいくらしても、私たちは違うんだ。情のまったく無い欠落した人間。人間未満の欠陥品。人間とは言えない。どんなひどい事をしても悲しくも辛くも無い。どんな楽しい事をしてもうれしくも幸せでも無い」

「僕は君とは違う。ゾナスといると楽しいし幸せだ。僕自身は情を持たないけれど、こんな人間未満の欠陥品の僕にさえ情を与えてくれる希有な人間がいれば、僕は欠陥を埋めて人間になれるんだ」

「そんなのやめてくれよ。前みたいに一緒に楽しく欠陥しようじゃないか。そうだ。君を支配しても殺さないと約束するよ。首輪と掌能力で二重支配し不死身性を与えてあげる。私は本来、男なんて見たくもそばに置きたくも無い。でも君は特別だ。私と同じくらい欠損した完全な欠陥品は初めてだからね。大事にしてあげるよ。もちろん他のお姫様たちと一緒に、たくさん気持ちよく踏んであげるよ」

「君は僕と同じだ。でも僕は君とは違うんだ。一緒にするなよ。僕は情の温かさも素晴らしさも知っている。それを得られる人間をうらやんだ。何度も失敗してようやくそれを得られたんだ。僕は君といるよりゾナスと一緒にいたい」

「まったく。愛を持たないくせに愛より深く友情しちゃってさ。気持ち悪いなあ。男は男にしかわからない友情でなれ合う。愛し合う。あああやだやだ。やっぱり男は気持ち悪い。君はもういらない。支配したらすぐに手錠をかけてから殺してあげるよ」

「僕は殺されない。君を殺してゾナスの元へ帰るんだ」

「君にシリアスや本気は似合わないよ。冗談でも笑えない。白けるなあああああああ」

 クランクランは怒りに顔をしかめると、両手を構えて低姿勢を取る。

「今度こそ打ち込んであげるよ。もう君の動きや癖は見切った。フェイクも含めてね。私は騙せない」

 イヒャルテは答えない。場が静まりかえる。

 しばしの沈黙。まるで時間が止まったように、誰も動かず空気すら震えない。

 静かに、最後の攻防が始まった。

 それまで素早く繰り出されていたイヒャルテの手は、まるで湖に沈んだ木の葉がぷかりと浮かび上がるように、静かでゆっくりじわじわと、クランクランの足の裏にひたりと迫った。

 今までの攻撃は動ならこれは初めて見る静。気付かれないぐらいゆっくりとにじみ出た手の指が、クランクランの足をそっと包み込むように握られようとする。

 しかし神経を張り巡らせ最大に知覚力を上げているクランクランには通用しない。いくらそっとだろうが優しくだろうが、触れられればそれは知覚出来る。

 イヒャルテの掌に触れられた。これでイヒャルテが透過している物体に引きずり込む事が出来る。それは同時に、クランクランが自らその物体に飛び込める事をも意味する。

 イヒャルテの動きや癖、フェイクまでも見切ったと言うクランクランは同時に自分の動きも攻防の中でイヒャルテに見切らせていた。速度の限界や癖まで全て見せて、十分に覚えさせた。

 フェイクではない。それまでの攻防で見せた動きや癖、フェイントまでも全てがクランクランの全開だった。全力で対処しなければ本気を出したイヒャルテには対応出来ず、とっくに床の中に引きずり込まれていただろう。

 クランクランが見せたのは、たしかに全力だった。しかしそれは動の動き。能動的に、自発的に行う動きの限界だった。

 クランクランは身体能力の内、条件反射による迎撃に特化して鍛え上げていた。敵の掌に触れられたとき、それに反応して条件反射で自分の掌を打ち込む事が出来る。

 その速度は神速。能動的に敵を見定めそれに向かって自ら動いて突くのとは速度の桁が違う。全神経を集中させた没頭状態で、自ら動く事を諦め何かに触れられたときそれに対して反射運動をする。

 それはとても危険な行動だった。もし何かのフェイクを打ち込まれてもそれに反応してしまう。能動行動を封印した集中状態では、それを解除してのとっさの行動も遅れる。

 なにより、グンダーニの一時停止能力のように一撃で敗北してしまう掌能力に対しては使えない。ただ触れられて、反射迎撃をする前に敗北する。

 クランクランはむやみにこの反射迎撃を使わない。敵が確実に掌で攻撃してきて、それを迎撃すれば勝てると見切ったときにしか使わない。

 イヒャルテの癖やフェイクも観察して見切った。イヒャルテはこの場合、フェイクでなく本当に掌で攻撃してくると読み切ったのだ。

 だから迎撃した。イヒャルテの掌に触れられ、現在透過しているこの塔に引きずり込める状態になった。それは自ら塔に飛び込む事が可能になった状態。迎撃の掌は塔の床に阻まれる事無くするりともぐり込み、足の裏に触れているイヒャルテの腕にまで達する。

「これでおしまいだよイヒャルテ君!」

 しゃがんで床に腕を埋めながらクランクランは勝利を確信する。

 掌能力を発動する。床の中でたしかに触れているイヒャルテの腕に支配能力を打ち込んだ。

「勝った!」

 たしかに支配能力が注ぎ込まれた。これでもう、イヒャルテはクランクランに支配された。

 しかしなぜかイヒャルテは動きを止めず、クランクランの足を掴むとぐいっとひっぱり床に引きずり込んだ。

「な……?」

 あまりの驚きに思考が真っ白になる。

 こんな事はクランクランにとって初めてだった。今まで支配能力を打ち込んで効かなかった相手なんかいない。だから支配を打ち込んだ瞬間は勝利の美酒に酔う時間であり、それ以上の攻撃に対応出来る精神状態になかった。

 塔の床に全身を引きずり込まれた。何も見えない暗闇の中、クランクランの顔が手に握られた。

「あ……あ……」

「へえ、君でもそんな声を出せるんだね。実にそそるよ。殺意をね。僕は握力に特化して鍛えてある。このまま頭を握り潰す。頭蓋骨ごと脳を破壊し即死だよ。でもこのまま何もわからないで死ぬのは嫌だろう? 教えてから殺してあげるからさ、おとなしく先生の授業を聞くんだよ?」

 クランクランは死を悟った。もう一撃繰り出した所でもう、それより早く頭を握り潰される。どうしても、自分の自信あふれる必殺の支配能力が効かなかった理由を知りたかった。

「お……教え……教えてくだ、さ」

 情を持たず、人間のあらゆる喜怒哀楽を知識としては知っているが自分では持たないので理解出来ないクランクランは、初めて味わう冷たくて恐ろしい、死の恐怖に硬直して口が上手く動かせなかった。あろう事か涙なんて物まで目からこぼれている。

「よしよし。いい生徒にはいい先生として優しく教えてあげるよ。僕がさっき、なかなか攻撃しなかったのはね、君の隙をうかがっていたからじゃないんだ。この場をちょっと離れていたんだよ」

 死の恐怖に怯え支配されているクランクランは、思考がまるで働かない。イヒャルテの言う事が何を意味するのかまったく思い至らなかった。

 それがわかっているイヒャルテは、ちゃんと口に出して説明してあげる。

「僕はこの場を離れ塔の内部を移動し、首輪を取りに行っていたんだ。ちょうどゾナスが君のお姫様の一人を殺した所だった。一時停止能力でゾナスが固定され、そのほほをグンダーニがうっとりしながらなでていたから、てっきり仲間割れかとちょっとびっくりしちゃったなあ」

「そんな、じゃあ、あ、まさか」

「そうだよ。僕はお姫様の死体から取った首輪をグンダーニにかけてもらってきたんだ。グンダーニの首輪の支配と君の掌能力の支配。異なる支配能力がぶつかり合えば互いを破壊し合う」

 クランクランには見えないが、イヒャルテの首の周りには粉々に砕けた首輪の破片がぷかぷか浮いていた。

「塔の能力により一対一だ。その戦いを今までずっとしてきて、戦闘中にもかかわらず塔の中を潜って戦線離脱する奴なんて一人もいなかっただろう? もし逃げたのならもう戻ってこない。だから僕が攻撃したときに、君は僕が一時的に戦場を離れていた可能性を思い至れなかった。この塔の条件下で配下にずっと戦わせてきたからこそ、今までに無かった事態を想定出来なかったんだ」

 その通りだった。もし戦線離脱するとすれば、それはもうかなわないと悟って逃亡を図る場合だけだ。その場合、クランクランも戦闘の意志を放棄すれば一対一の状態が解除される。あとは配下のお姫様たちに命じて逃げた敵を追いかけさせ殺させればいい。

 今までずっとそうしてきたのだ。だからイヒャルテが攻撃してきたときに、一時場を逃げ出していた可能性はまったく頭に浮かばなかった。

「君のご自慢の支配能力も破壊されて失われたよ。でもそれを悲しむ必要はないよ。今すぐ殺してあげる。最後に一言、何か言ってもいいよ」

「あ、ひい、あの、あのあの、私、死にたく、ないです。死ぬのが、こんなに怖いって、はじ、初めて知り、ました。お願いです。もう支配能力が、無くて、何も出来ません。だからどうか、見逃してください」

 イヒャルテはため息をつく。

「やれやれ。君は今まで支配して命令し、配下のお姫様たちを傷つけたり殺したりしただろう。心まで支配して無理矢理さあ。彼女たちだって死にたくなかった。なのに殺した。今死の恐怖を感じているんだよね? 君や僕は欠陥品なんかじゃない。感情が弱すぎるだけで、ちゃんと情も何もかも備えている人間だったんだよ。他人に揺さぶられ強く思い知らされないとそれを自覚出来ないだけだったんだ」

 イヒャルテの手に力がこもる。頭を握られ頭蓋骨がみしみしときしむクランクランは半狂乱になりながら必死に叫ぶ。

「な、何々、私、何が、悪い? わからない。お願いです、助けてください。何でもします。奴隷になります。私、処女ですよ? 私の処女も全部あげます。無茶苦茶にしていいですよ。好きでしょひどい事するの。どんなひどいレイプでも喜んで受けますから、どうか命だけはお助けくださいいいいいいい」

「死の恐怖を知り、それがどんなにひどい物だったかようやくわかったんだ。君がそれを強いてきたお姫様たちに一言でも謝ってくれれば、もう掌能力を失った君を生かしておいてもよかったんだ。残念だよ。彼女たちへの謝罪が出来なかった君は僕の生徒失格だ。授業を終わるよ。じゃあね」

「いやあああああああ。助けてえええ。死ぬのやああああああああああああ!」

 クランクランはそれまでの尊大な態度の面影が微塵も無く、初めて味わう死の恐怖の辛さ大きさ恐ろしさに気が狂い、涙とよだれを滝のように流してむせび泣いた。

 そんな哀れなただの人間を、イヒャルテは握り潰して殺してあげた。

「はあ……ちぇっ。笑えないや。何でだろう。あんなに殺したかったクランクランをこの手でようやく殺せたのに、ちっともうれしくないや」

 それは哀れみ。イヒャルテはゾナスのおかげで自分にはかけらも無いと思っていたさまざまな情が自分の中にある事を知った。はじめて味わう哀れみという情に動揺し、その気持ち悪い物がそれでも何か大事な気持ちだという事を学んでいた。

「ゾナスの元へ帰ろう。彼はその強い情で僕を揺さぶり、いろいろ気付かせてくれる。彼といれば僕はもっともっとこの気持ち悪くて、でも何だか愛おしい情って奴をたくさん学べるんだ」

 ゾナスが先生でイヒャルテは生徒。照れくさくて言えない。この照れくさいという感情はもどかしくていたたまれなかった。その不思議で変な感覚を、イヒャルテはじっくりと噛みしめた。

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2014年03月23日

見えざる掌(50)穴

見えざる掌(50)穴

 カトラシアが両掌を前に突き出し構える。

「いいでしょう。一対一です。まずはゾナスから来なさい。あなたたち二人の首をクランクラン様に捧げる事で、私の失態を償いましょう」

「やれやれ」

 ゾナスが頭をかく。

「お前の罠は終わったんだよ。あとはダミーとして置いてある。刃の無い打撃武器は転移しているんじゃなくてただ置いてあるだけだろ? あんなの飛ばして当てる前に、刃の武器で串刺しだもんな」

「それがどうかしましたか。仕込んでおいた罠はもう終わりですが、私の掌能力は健在です。武器を手にして転移出来ます。元々罠などなくても勝てるのです。今度こそ刃で貫きますよ。もう完全に殺すまで戦闘が終わったなどと考えません。確実に首をはねて殺します」

「ゲーラングの射撃速度でない武器なんか怖くねえんだよ。お前はもう俺に勝てねえ」

「世迷い事を。私はクランクラン様の配下の中でも最強。でもあなたはあなたたち三人の中でも一番弱いんじゃないですか。クランクラン様からそう聞いています。あなたが私にかなうはずがありません」

「試してみるか」

「来なさい」

 カトラシアは罠として飛ばさなかった剣を二本、そばの台から取って両手に持ち、くるくると回す。

「私の転移はグンダーニの一時停止能力と似ています。でもさまざまな点で異なる亜種です。私は転移後の武器をその場で停止させておく事も、停止させずそこから運動を再開する事も出来ます。停止させていた場合は元の場所に戻ってから運動を再開します。運動を再開する場所を転移後と転移前の二か所から自在に選べるのです。転移場所も視界の範囲なら自由自在。どこにでも出現させられます。わかりますか。この両手の武器を振るった瞬間、あなたの死角のどこかに転移させそのまま貫きます。武器の軌道を見て対応する事が不可能なのです。あなたに防ぐ事は出来ません」

 ゾナスはまた頭をかく。

「うるせえなあ。この解説女が。いちいち言わなくてもそれぐらいわかっているよ。何なら俺の能力もそれぐらい詳細に解説してやろうか? どうせデータベースの情報しか知らねえんだろ」

「結構です。あなたの能力ではこの塔には干渉出来ません。床に穴を走らせ私に到達させる事は出来ません。もちろんその掌をくらう事もありません」

「そんな自信がどこから来るのかねえ」

「あなたこそ、どうしてそんなに根拠の無い自信があるのですか」

 ゾナスはにかっと笑う。

「俺はな、身体能力を平均的に鍛えてきた。何かに特化して鍛えていねえ。この掌を撃ち込む突きの速度を鍛えようとは思っているが、鍛えるのは時間がかかる。今すぐその代わりにするのがこれだ」

 ゾナスは床に散らばる剣や槍を足でガチャガチャと避けて場所を開ける。そしてしゃがみ込み、両手の指先を床について尻を上げる。

「クラウチングスタートだ。表社会の短距離走を見た事あるだろ? スタートダッシュが他のどんな走り出しよりも早い。この程度の間合いなら一瞬で詰められる」

 カトラシアは呆れた顔をする。

「馬鹿馬鹿しいです。いくらダッシュして間合いを詰めようと、私の武器が転移してあなたを貫く方が早いのです。死角のどこから武器が来るのか読めないから、掌で対応出来ないのは変わりません」

「どうかな。試してみねえとわからねえだろ。立ったまま掌を前に突き出す。それが一番、掌を相手に早く届かせられるように思える。しかしこうして間合いが少し離れている場合は、ダッシュしてその間合いを詰める速度の方が掌をあらかじめ相手に近く向けているより大事なんだよ」

「試して、失敗して、後悔しなさい」

「俺は勝つ。もう負けねえ。これで終わりだ。俺のダッシュをなめるなよ」

 どくんどくんと、心臓の音が聞こえる。自分の心臓だけでなく、相手の音まで聞こえてくる気がする。

 緊張が走る。ぴりぴりした空気に、びりっと一際大きな電撃が走る。

 来る。互いにそれを察知する。カトラシアは両手に握る剣を振りかぶり投げつけようとする。それと同時にゾナスはスタートを切る。

「なんてな」

 ゾナスは手をついた姿勢からダッシュする際に、床に落ちている槍を拾い上げる。

「な」

 カトラシアは武器に運動速度を与えないと、転移させてもゾナスを貫けない。クラウチングスタートによる最速のダッシュだろうと間合いを詰めるより早く武器を投げつける事が出来る。だから思い切り投げようとし、振りかぶりが大きかった。

 ダッシュだけでは間に合わない。しかし床の槍を拾い上げ、ダッシュで起きあがるその動きのまま右手で握った槍を突き出せば、その槍は間合いを走って詰めるより早く到達する。

「俺は身体能力を特化して鍛えてはこなかった。掌能力ばかりを鍛えてきた。穴を走らせる速度だけなら弾丸よりも早く出来る」

 ゾナスの握る槍には穴が開けられていた。この槍は純白に輝くが、能力を込めて製造された特別製ではない。色や輝きが似ているだけだ。だから塔の床と違い、ゾナスの能力を受け付ける。

 穴を走らせる速度を最大まで上げた。ゾナスの握る槍は穴を次々開けながら、その間にも突き出されていく。

 ゾナスの槍の先端にまで穴が走ったときに、その刃はカトラシアが投げつけようとしていた剣に到達する。

 そのまま槍を走る穴が剣に移る。この穴は物体一つの表面を走り、続いている別の物体の表面に移り走り続ける。

 ゾナスの握る槍からカトラシアの握る剣に穴が移り、そのまま走る。その剣は運動速度を最大に加えるために振るって前に突き出した状態。しかしまだ手から離していないし転移させてもいない。その前に、最大速度で走る穴はすでにカトラシアの腕に到達した。

 剣から腕に移った穴は止まらない。ゾナスのスタートダッシュから始まった穴の短距離走は槍から剣、そして腕を駆け抜けゴールであるカトラシアの頭まで一気に走り抜けた。

「ばがっ」

 頭まで穴だらけにされたカトラシアは、それでもまだ死んでいない。二重支配による不死身性ゆえこの程度では殺し切れない。振るっている最中の、両手に持つ剣を掌能力で転移させる。

 ダッシュを切って突進していたゾナスの身体がカトラシアの前に到達する。その背後に転移し出現した二本の剣がゾナスめがけて迫る。

「おおおおおっ!」

 ゾナスは槍を手放して伸ばした右手でカトラシアの頭を鷲掴みする。全力で穴を打ちまくり、頭を穴だらけにしてぶっ飛ばす。

 しかし転移は完了している。今飛来する剣は能力ではなく振るった運動による。だからカトラシアが死んでもその運動は止まらない。ゾナスの後ろから、頭と心臓の位置に剣の先端が突き刺さる。

 カトラシアが即死し、一対一の戦闘状態が解除された。だからもう他者が干渉出来る。

 ゾナスの後ろから、自慢の脚力で跳躍していたグンダーニが左手を伸ばす。剣に貫かれつつあるゾナスの足先に、その左手の指先が届く。

 掌の定義は掌と指の腹。指先とはいえ触れれば能力は発動出来る。

 グンダーニの一時停止能力でゾナスが停止する。対象はこの一時停止中には外部の干渉を受け付けない。固定されたゾナスに剣はそれ以上突き刺さらず、まるで鉄の壁に突き立てたようにびたりと止まる。

「はあ、はあ、ぎりぎりね。ったく。私右手が裂けて痛いってのに、こんなダッシュをさせないでよね」

 グンダーニはにやりと笑う。そのまま跳躍の勢いでごろごろと床を転がる。

「あいたっ、あぐっ、傷がっ」

 グンダーニは右腕を左腕で覆ってかばいながら転がり、そのたび走る激痛に悶絶する。

 ようやく止まったグンダーニは、よろよろと立ち上がる。

「まったく。無茶ばかりして。私がいなかったら相打ちじゃない。ううん。その前に殺されてとっくに負けていたものね」

 グンダーニはふらふらしながらゾナスに近づく。刃の先端だけしか刺さらなかった二本の剣が重力に負け、ガランと音を立てて床に落ちる。

「まったく無茶ばかり……」

 グンダーニは涙を浮かべながらゾナスのほほを左手でなでる。一時停止されたゾナスは思考も停止し何も知覚出来ない。だからグンダーニは、心の中ではなく口に出してつぶやいた。

「ホロビッツ。あなたの事が大好き。一生愛している。でもあなたはきっと、私に復讐を望んでいなかった。私が笑顔で幸せになればいいと思ってくれている。それだけを望んでいる。私はホロビッツが好き。この気持ちが変わるなんて考えられない。でも、もしも、私が新しい恋をしてしまったら。そのときはあなたの事を思い出にして、新しい恋に素直になっても許してくれる? 素敵な男がそばにいて、その格好いい戦う姿を見続けたら、もしかしたらその人の事好きになっちゃうかもしれない」

 グンダーニは、姉への負い目から男を好きになってはいけないと思い、ホロビッツの好意を受け入れなかった。自分の恋心に素直になれなかった。

 それは過ちであり、後悔している。もう同じ過ちを繰り返してはいけない。

 ホロビッツが亡くなってからでも恋人にした。でももし、他の人を好きになってしまったら。今度こそ後悔しないようその恋に素直になると決めた。

 きっとホロビッツはそれを喜んでくれる。応援してくれる。彼の一番の願いは愛するグンダーニが幸せになって笑う事だ。恋をして、もしその人と結ばれたならきっと、いつまでも死んだ恋人を想って独り浸るよりも幸せになれる。ホロビッツはそのためなら喜んで身を引くだろう。

 グンダーニはそれがわかっている。そしてホロビッツを好きだけど、勇ましく戦う姿を見て少しずつ気になってきた男のほほを優しくなで続けた。

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2014年03月21日

見えざる掌(49)停止

見えざる掌(49)停止

 カトラシアの罠により、ゾナスは全身を刃の武器で貫かれた。頭も掌も刃が刺さっている。全身に刃物をまとったその姿は血しぶきを上げ、とても凄絶だった。

 しかし、真っ白な巫女服に身を包んだカトラシアは、ゾナスが倒れない事をいぶかしんだ。

「どういう事? ゲーラングの能力で射撃させたのに。射撃能力自体は消えているけれどその運動速度は維持しています。なのにこれだけ多数を撃ち込んでどうして倒れないのですか。まだ生きて立ち続けるなどあり得ません」

 カトラシアはわけがわからず、掌を上げて警戒しながらゾナスをにらむ。

 多数の刃のついた武器を全身にまとい、まるで針を全体にびっしりまぶした球だ。掌を構えながら慎重に、その周りを観察しながら歩く。

 その歩みが止まる。カトラシアはゾナスが微動だにせずぴたりと止まっている事に気づいた。

「血が吹き出していません。どうして? まるで停止したような……」

 ようやく気付く。自分の転移能力とよく似た能力の事を。その場で停止か違う場所に転移して停止するかの違いはあれど、よく似た能力。根元は同じだが違う特性を備えた亜種の能力。

「グンダーニ?」

 カトラシアは慎重に、掌を構えたままさらに歩く。さっき自分を転移させて移動したのと反対側、武器の剣山に隠れて見えなかった彼女の姿を確認した。

「ぐうう……」

 グンダーニの伸ばした右腕は、ゾナスに届いていた。しかしおかげで、飛来する槍や剣に貫かれていた。

 カトラシアはため息を漏らす。

「どうしてここに。まさか、ゲーラングを倒したのですか?」

 グンダーニは痛みに顔をしかめる。しかし意を決して踏ん張る。

「ぐううう、ああああ!」

 剣や槍に貫かれた右腕を無理矢理引き抜く。刃で引き裂かれ右腕が掌までずたずたに引き裂かれる。

 血が吹き出す。グンダーニは右腕を左手で押さえ、顔中に汗をかきながら必死の形相でその痛みに耐える。

「はあ、はあ、あぐ、ぐぐぐ、でも、これぐらい、私がゲーラングに味わわせた痛みよりはまし……」

 グンダーニはゲーラングが自ら腕を引きちぎった痛みで泣いた顔を思い出す。敵であり仇。戦闘での負傷に対し何も悪く思う必要は無い。それでもグンダーニはこれで、少しでも彼女を苦しめた事への償いとした。

「ねえ、どうなのですか? ゲーラングを倒したのでしょう。手錠で捕獲したのですか。それともまさか」

「……私はまだ手錠を持っているわよ」

「あああああああ」

 その意味する所は捕獲でなく殺害。ゲーラングは殺されたのだ。カトラシアは涙を流す。

「何という事を。何という事をしてくれたのですか」

「戦闘なのよ。殺すしか無かった。しょうがなかったのよ」

 仲間の死を嘆き悲しむ女を見て、グンダーニはまた、何も思わなくてもいいのに罪悪感を覚えた。

「何という事をしてくれたのですかゲーラング。クランクラン様に支配と不死身性を授かり使命をうけたまわっておきながら、それを果たせず死んでしまうなど」

「は?」

「死など生ぬるい。塔の外で磔にして拷問に処されるべきなのに。痛いのが嫌いだからとそれすら放棄して死ぬなど。あああクランクラン様申し訳ありません。あなたの配下を束ねるこのカトラシアが至らぬばかりに、クランクラン様に恥をかかせてしまいました」

 グンダーニは負傷した右腕の痛みを忘れるほど呆気に取られた。

「え……ちょっと何。あんた、仲間のゲーラングの死が悲しくて泣いているんじゃないの?」

 カトラシアは泣き顔をきっとしかめてグンダーニをにらむ。

「何を馬鹿な事を。ゲーラングは私とクランクラン様の恋路を邪魔する泥棒猫です。あの者が死んでどうして私が悲しむ事があるのでしょうか。むしろ喜ばしい事です。あのような弱者にクランクラン様の尊い支配はもったいなさすぎます。死んでお返し出来た事だけはほめてあげましょう」

 何だこいつは。言っている意味がわからない。

「あんた、何なの?」

「私ですか? 私はカトラシア。クランクラン様の正妻です。他の妾たちとは違うのです」

「支配されているのは同じでしょう。ただの配下。それを正妻とか妾とか、戦って死んだ仲間を侮辱するとか、あんたおかしいわよ」

「何がおかしいものですか。クランクラン様を愛しているのは私一人です。他の者は二重支配により心まで支配されていますが、私の愛はその支配からすらあふれ出すのです」

「支配でなく、本気でクランクランを愛しているって事?」

「そうです。他の者は心まで支配され操られているだけですが、私のクランクラン様への愛は私自身の、支配でも操れない心の底にある本当の気持ちなのです」

 グンダーニは痛みと血の気が引いた。

(あんな異常な凶悪女を愛するとか、ゲーラングの死を悲しむでなくののしるとか、死んでくれてうれしいとか。こいつもクランクランとは違う意味で頭がおかしいわ)

 類は友を呼ぶ、だろうか。グンダーニはこの女にとても嫌悪を感じた。

「あんたはおかしいわ。まあそんなのどうでもいい。あんたを殺すわ。捕獲出来ればいいけどそんな余裕無いかも」

 グンダーニの右腕はもう使えない。掌まで裂けて能力を発動出来ない。残った左腕をぶるぶる震えながら前に突き出し掌を構える。

 カトラシアは、クランクランへの申し訳なさのあまり流した涙をぐいっと服の袖で拭うとすっくと立ち上がる。

「グンダーニ。これはどういう事ですか? ゾナスに触れて一時停止した。私の転移能力によく似ています。でもこれだけ雨あられと撃ち込まれた武器全てに触れて停止させる時間は無かったはずです。どうしてこの武器全てまでもが停止しているのですか」

 グンダーニはにやりと笑う。

「あんたの転移能力はさっき見せてもらったけれど。似ているけれど備わっている特性が異なる。私の一時停止で止めた物は外部の干渉を受け付けない。ゾナスは派手に貫かれたように見えて、刃がちょっと刺さって血が吹き出しただけよ。身体から離れた血がそのまま飛び散ったけれど、それ以上の出血はしていないでしょ」

 ゾナスを包むように突き刺さっている武器がぐらぐら揺れる。一本ずつ徐々に、刃の先が刺さっているだけの状態から重力に負けて倒れ、それに当たった武器も一緒にばらばら落ちていく。

 ゾナスは停止している。全身傷だらけ。しかし浅く刺さっただけだ。目は幸いにして潰れていないし、掌だって武器で刺されたが傷は浅い。まだ能力を使えるはずだ。

「しかしどうして。塔の能力により一対一の戦闘しか行えないはずです。割り込みは出来ないはずなのに」

 グンダーニはけがの痛みに汗を垂らしながらも不敵な笑みを浮かべて説明する。

「ゾナスはね、あんたの姿が消えて、その向こうの階段から私が上がってくるのを武器の雨の隙間から見た。とっさにあんたとの戦闘を放棄して、私との戦闘だと考えた。私も私の掌能力でゾナスを攻撃した。互いが一対一の戦闘だと認めたから、塔はそれを了承した。あのとき、あんたはもうゾナスと戦闘状態が解除されていたのよ」

「そんな馬鹿な。そんなにころころ、認識を変えて相手を代えられるわけがありません」

「出来ちゃったんだからしょうがないわ。とっさだった。勝利を確信したあなたはもう戦闘が終わったと考えた。ゾナスも戦いを放棄した。だから塔は戦闘終了とみなして一対一の状態を解除したのよ」

 上手く罠にはめた事で勝利を確信し、もう反撃の可能性は全く無かった。たしかにあのとき、カトラシアはもう戦闘ではなくクランクランに勝利をほめてもらう事だけを考えていた。

 カトラシアが勝利を確信し、ゾナスが敗北を確信したから戦闘が終わった。二人とももうそれ以上、戦闘を行う意志が無くなったのだ。

 ゾナス一人ならきっと、死ぬそのときまで戦闘の意志を捨てなかった。諦めなかった。でもグンダーニが階段から姿を見せ、掌を構えて自慢の脚力で跳躍してきたのでその意図を瞬時に理解し、カトラシアに敗北を認めグンダーニを戦闘相手だと意識したのだ。

「思ったより軽傷ね。両方の掌もけがしているけど使えそうだし。あとは任せたわよゾナス」

 グンダーニは一時停止能力を解除する。ゾナスは運動と思考を再開する。

「……っは、あ? うわっ」

 武器の雨を避けようとしていた体勢のままだ。運動が再開され、素早く周りを認識するとよろめく体勢を立て直す。

「おっと、はあ、ぐっ、いてえ、全身いてえぞ」

 傷だらけのゾナスはそれでも、生きている喜びでうれしそうだった。生きている事を実感出来るなら、全身の刺し傷の痛みすら歓迎らしい。

「おおグンダーニ。助かったぜ。お前がいきなり殺さんばかりの形相で突っ込んでくるからてっきりクランクランの支配でも受けたかと思ったぜ」

「面白い冗談ね。イヒャルテがいない。クランクランと戦いに行ったんでしょう。ならきっと勝利する。私がクランクランに支配されているなんて微塵も思わなかったくせに」

「ははははは。俺のジョークがわかるとは、お前も結構やるようになってきたな」

「もう限界。この右腕見てよ。あんたを助けるために槍とか剣とかブスブス刺されて。しかもそこから腕を引き抜いたからずたずたに裂けちゃった。もう戦えないわ。あとは頼んだわよ」

「おいおい。俺の方が重傷だろ。この全身を見ろよ。もう戦えねえよ」

「あんたはまだ、けがしているけど両掌が使えるでしょ。私は片掌だけだから勝ち目が無いわ。一対一でしか戦えない。だからお願いね」

「お前イヒャルテに似てきたなあ。もっと頑張れよ。それぐらいで泣き言言うな」

「あいつに似てきたって、それほめ言葉? それともけなしてんの?」

「どっちだろうな。ははははは」

 二人はのんきに談笑している。カトラシアは黙って聞いていたが、怒りがぐらぐらと煮えたぎっていた。

「この私が、クランクラン様の正妻であり最強の配下である私が、勝利を確信して戦闘が終わったと認識したせいで勝利を逃した。クランクラン様の顔に泥を塗ってしまいました。許せません。私は私を許せません」

 二人はそのつぶやきを聞いて顔を見合わせる。

「グンダーニ。あれどう思う?」

「愛って素敵」

「それほめ言葉か? それともけなしてんのか?」

「どっちだと思う?」

「言わなくてもわかるだろ」

「言っちゃかわいそうでしょ」

 二人はわっはっはと笑った。傷の痛みを脂汗流しながら笑ってごまかしている。

 カトラシアは怒りに震えながらそれをじっと聞いていた。

posted by 二角レンチ at 16:54| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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