2014年04月30日

飛行艇の裏切り者(12)裁判

飛行艇の裏切り者(12)裁判

 リアリスの治療は大変だった。暴れるリアリスを数人がかりで押さえつけた。

「どうして焼くのよ。嫌よ嫌よ。マルガリタ。やめて」

「リアリス様。出血を止め化膿をくい止めるためには傷口を焼くのが一番なのです。どうか辛抱してください」

「嫌だって言っているでしょ。痛い痛い。エーガットはどこなの。あの人を早く連れてきてちょうだい。そうしたらこんな傷すぐに治せるわ」

 パーシバルがリアリスの脚を押さえつけながら言う。

「彼はいない。消えてしまったんだ。もう殺されたのかもしれない」

「あの人が死ぬはずないわ。私と一生一緒にいるって結婚するとき誓ってくれたもの。嫌あ、嫌あ、エーガット。早く来てええええ」

 リアリスは傷の痛みだけで暴れているのではない。夫のエーガットが消えて、もう殺されてしまっているかもしれない恐怖で錯乱しているのだ。

 あんなに虐げていたのにこんなに依存して。彼が逃げないように躾て調教してきた。それでも逃げられて、リアリスは最愛の夫が自分を捨てていなくなる恐怖に耐えられなかった。

 こんなに愛していたのか。愛しているから逃げられないよう徹底的に蹂躙して躾たのだ。鎖で繋げない人間相手だから執拗な躾という鞭によってしか縛り付けられなかったのだ。

 こんな愛情は間違っている。歪んでいる。しかしみんな、リアリスがあれだけひどく扱い尊厳を常に貶めていた夫を深く愛していた事に驚いた。

「傷口を焼きます。口に板をかませてください」

「戦闘ならもっとひどい負傷や痛みがあるのに。どうしてこんなに暴れるのかしら」

 アッシラの問にパーシバルが答える。

「戦闘はアドレナリンとかで興奮状態だからね。痛みも恐怖も麻痺して鈍感になる。どんなに強い戦士でも平常時は指に刺さった棘一本でも痛がるものさ。わかるだろアッシラ」

「まあね」

 たしかに、戦闘で腕を吹っ飛ばされても戦いを続けられる。痛がってひるんだら殺される。敵を殺して生き延びる事が最優先で、痛みや傷にかまっていられない。なら普段テーブルの脚に小指をぶつけても平気かと言えばそうではなく、けっこう痛がってしまうものだ。

 リアリスはマルガリタが火炎能力で掌から炎を噴き上げたのを見て怯え絶叫する。

「マルガリタ。やめて。もし私を焼いたらあなたを殺すわよ」

 バチバチと、アッシラにしがみつかれている左手からリアリスは電撃能力で青い火花を散らせる。

 モニカが即座に、手から氷の剣を生やしてリアリスの目の前に突きつける。

「ひいっ!」

「おとなしくしなさいよ。残った左手も切り落としてあげようか?」

 モニカは無邪気に笑う。何がおかしいのか。リアリスの怯えた泣き顔を見て笑っているのはモニカだけだ。

 リアリスは右手を切断された冷たい痛みを思い出す。今の痛みよりはるかに鋭い痛みの記憶にがちがちと歯を鳴らす。

「失礼します」

 マルガリタは火炎に包まれた手で、血が垂れるリアリスの傷口を握る。

「いぎいいいいいいいぎひいいいいいい」

 戦闘でのどんな負傷でも音を上げないリアリスが苦悶に叫ぶ。口にかまされた木の板がめしめしと押し潰されていく。

「これぐらいで泣いちゃうなんて情けなーい」

 モニカはけらけらと笑う。普段無邪気で親切、優しい彼女がこの残酷な見せ物を本気で楽しんでいるのにみんな驚く。

(モニカってこんな奴だったの? さっぱりしていい奴だと思っていたのに。それはそれ、これはこれってここまではっきり分けるなんて。この子変だわ)

 アッシラはモニカが残酷な事を楽しめる人間だった事を知る。戦闘ではみんな笑いながら敵を殺すが、それは戦闘の興奮だ。そうして意気を上げないと心がくじけてしまうから、無理にでも楽しもうとする。

 今は仲間が苦しんでいるのだ。それを笑うなんて出来るはずがないししてもいけない。でもモニカは笑っている。

(仲間が死んでも、殺されても、この子はこうして笑うの?)

 アッシラはモニカに対し寒気を覚える。こんな異常な奴と今日まで親しく笑い合っていたなんてぞっとする。

 リアリスは痛みで気絶した。マルガリタは焼いた傷口を消毒し、包帯を巻いて治療を終える。

「これでとりあえずは大丈夫だと思いますが。傷口からばい菌が入ってなければいいのですが。しばらくは痛み止めと抗生物質を飲むぐらいしか出来る事はありません。もしエーガット様が見つからなければ今夜が山かもしれません」

 モニカがくすくす笑う。

「平気平気。戦場ではもっと不衛生でもっと重傷な奴が治療も受けず数日放置されても結構生きているものよ。手を切り落とされたぐらいで死にはしないって」

 アッシラはいい加減我慢出来なくてモニカをにらむ。

「あんたねえ。さっきから何笑っているのよ。仲間が傷つき苦しんでいるのよ。ちょっとひどいわよあんた」

「何が? 言ったでしょ。リアリスは電撃能力でパーシバルを襲ったって。私の恋人に手を出して。許せない。その女は反逆者よ。処刑よ処刑。こんな手当てなんか必要無いのに」

「それを判断するのはあんたじゃないわ。リーダーであるウレミオよ」

 ウレミオは治療に加わらず、いすに座って待っていた。

「ちゃんと話を聞いてから判断する。マルガリタ、アッシラ、モニカ。リアリスを部屋へ連れていき、着替えさせて寝かせろ。そのままついていてやれ」

 モニカが口を尖らせる。

「何で? 私嫌よ。この女嫌い。私のパーシバルを殺そうとしたのよ。何でこんな奴についていなくちゃならないのよ」

「話はパーシバルから聞く。お前は感情的で説明が歪むだろう。話はパーシバルだけでいい」

「ちぇー」

 モニカは、リアリスを悪く言うだろう自分をこの場から排除したがっているのがわかり気を悪くする。しかしモニカはパーシバルに付きっきりで行動していた。だからモニカの話を聞く必要は特に無い。

 女を全員食堂から出して、男だけで話をするという事だ。敵がビルバジオなのかエーガットなのかもわからない。二人がもしグルならマルガリタとアッシラだけでなくモニカもいた方がいい。

 女連中がリアリスの両脇から肩を抱えて出て行く。その間パーシバルはマルガリタの代わりに厨房でお湯をわかし自分の分も含めて全員のコーヒーを用意した。

 席に着く。ウレミオとパーシバルが向かい合って座る。ヨルムンドはいすを引いて寝ていたが、起きて座り直す。

「やれやれ。女の泣き声は聞くに耐えんなあ。ところでようやく名探偵の出番だな」

 ヨルムンドはコーヒーをすする。

「おいおいパーシバルの旦那。このコーヒーちょっと濃いぞ」

「僕はマルガリタとは違う。個人の好みなんか知らないしそれぞれに違う濃さでいれたりもしないよ。嫌なら自分で入れなよ」

「まさか。名探偵ともあろうものが自分でコーヒーをいれるものか。こんなときのための助手だというのに。マルガリタまで追い出すなよウレミオの旦那」

「まずはお前の推理を聞きたい。ヨルムンド」

「はははっ。そうかいそうかい。ようやくこの名探偵の頭脳を頼る気になったか」

 ヨルムンドは上機嫌だ。パーシバルの手前、積み荷の確認だのヨルムンドが怪しいだのと言った話は伏せてある。ウレミオは単に名探偵を演じるヨルムンドの推理を聞くためにヨルムンドを残したとうそぶく。

 ヨルムンドは信用出来ない。だからこの場で押さえておく必要がある。ウレミオはパーシバルが裏切り者ではないと考えている。確証出来る証拠は何も無いが、彼は裏切り者としては小物で、そんな大それた事が出来る人物とは思えない。

 パーシバルが裏切り者なら何らかの兆候を見せる。モニカと違って完全に割り切って振る舞うなど出来はしない。彼は仲間に対する悪びれを完全に消して見せる事など出来ないだろう。

 ヨルムンドが実際に裏切り者かどうかわからない。裏切り者に脅されて攪乱をする役目を強要されているのかもしれない。いずれにせよ二対一。彼は少なくとも相手の方が数が上の内は何もしてこないだろうと思われる。

 裏切り者がこの場に乱入してきたら? かなわないなら逃げればいい。二対二なら何とかなるかもしれないが、女性陣と違い手負いのリアリスを守る必要は無い。いつでも逃げてこの場を逃れられる。

 アッシラやモニカはこういう場では邪魔だ。感情で動き冷静に分析が出来ない。マルガリタはいてくれた方がいいのだが、彼女は彼女でかたくなだ。

 ウレミオは完全に中立で判断する。マルガリタのようにビルバジオを信頼する事はしない。だからマルガリタより先にパーシバルから話を聞いておきたかった。

 リアリスを仲間を攻撃した反逆行為で処刑するか? それを絶対に認めないであろうマルガリタやアッシラ、そしてそれを絶対に要求してくるモニカがいない状況で、リーダーとして判断し裁定を下しておきたかった。多数決や反対意見を聞かず、一人でリアリスを処刑するかどうかを決定しておきたかったのだ。

 パーシバルはいずれにせよ意義を唱えないだろう。ヨルムンドも同様だと思えるし、彼一人が何を言っても一対一。ならリーダーの決断が優先される。この場は採択を取る会議のような様相を呈してはいるが、実際にはウレミオ一人の独断で行う裁判なのだ。

「ではパーシバル。さっきまでお前とモニカがそれぞれ言っていたあらましを、ちゃんともう一度、しっかり思い出して話してくれ。細かい所まで詳細にだ」

「はい。僕たちは、ビルバジオが裏切り者だとして、もし飛行艇の進路を何か操作していたらいけないのでそれを確認に動力部へ行った。何も変更されていなかったので僕が操作して航路をランダムに変えた。僕にもその都度ランダムに選ばれる航路の予想はつかない。モニカは確認のためその画面と操作を見ていた。そしてロックした。もう誰も変更出来ない」

「俺とお前とモニカの三人以外はな」

「うん。僕たち三人しかパスワードと必要な操作を知らない。だからビルバジオを含めて他の誰も操作出来るわけがないし、実際何も操作された形跡は無かった」

「じゃあその三人の中に裏切り者がいるんだ。それかうっかりパスワードや操作方法を見られてしまっていたか」

 ヨルムンドの意見にパーシバルは意義を唱える。

「パスワードはメモしていないし口に出して話す事も無い。それにパスワードだけでなく、ボタンなんかもいくつか操作しないといけない。それも含めて暗号だ。それは後ろにいたリアリスたちに見えないように隠して行った。誰にもばれないし知られない」

「なるほど。なら裏切り者にばれたのではなくお前等の中に裏切り者がいるって事で確定だな」

「どうしてそうなるんだよヨルムンド。君の推理はおかしいよ。ちょっとでも怪しければみんな裏切り者に仕立て上げる。僕ら三人は裏切り者じゃない。何も操作されていなかったのがその証拠だ」

「それを操作しに行って、敵と落ち合う地点に向けて進路を変更したんだろ」

「ランダムな進路に変更したって言っただろう。モニカも確認している」

「お前等二人ともグルだろう。なら嘘の証言がいくらでも言える」

「話にならないね。そうやって疑えば全部疑える。誰の言う事も信用出来ないじゃないか」

「怪しい奴は全部クロだ。どうだこの名推理。完璧だろう」

「どこがだよ」

 ウレミオが口を挟む。

「話が進まん。パーシバル。次だ。リアリスは敵に襲われたのではないんだな?」

「うん。リアリスは僕に怒って電撃能力で攻撃しようとした。でもあれはただの威嚇だと思う。仲間を能力で攻撃した場合は処刑される。そういう規約だ。リアリスだって馬鹿じゃない。怒ったぐらいで能力攻撃なんかするものか」

「お前はリアリスに攻撃されると思わなかったんだな?」

「うん。敵に攻撃されるときの殺意は感じなかった。もっともあの電撃は人を殺せるほど出力を上げていなかった。だから殺す意志が込められていなかっただけかもしれない」

「殺意の有る無しは、攻撃されるわけではないモニカだってわかるだろう」

「わかると思うよ」

「なのに殺意ある攻撃だと判断し、それを止めるために氷の剣で攻撃した」

「うん。過剰防衛だ。あきらかにやりすぎだ。剣を向けて威嚇するだけで攻撃は止められる。それで十分だ。さっきみたいにね。殺意の無い攻撃を止めるには、威嚇で十分足りる」

「モニカは余剰な攻撃をしたという事だな」

「そう思うよ。モニカは僕を好きだと言っている。だから過剰に反応したのかもしれない」

「過剰であれ何であれモニカは実際に仲間を傷つけたのだ。それは能力攻撃に当たる」

 パーシバルの顔つきが変わる。

「ウレミオ。ちょっと待って。その、それは違う」

「何が違う? お前の証言を元に判断しただけだ」

「モニカはやりすぎただけだ。でも裏切り者じゃない。リアリスが電撃能力を見せなければあんな攻撃はしなかった」

「リアリスが裏切り者ならあの性格だ。もっと露骨に裏切りをしでかす。それに自分が攻撃されるのをわざわざ誘うわけがない。モニカはそれに乗せられたのだ」

「待って待って。そんなのあり得ないよ。さっきの痛がりようを見ただろう? あのリアリスが、自分が攻撃されるのをわざと誘ったわけがない。それはひどいこじつけだよ」

「くっく」

 ヨルムンドが腕を組んで目を瞑り、くわえたパイプを上下に揺らしながら笑う。ウレミオとパーシバルは彼を見る。

「どうしてどうして。なかなかなるほど。ウレミオの旦那を見くびっていたよ。俺とは間逆のタイプと思えて実は同類だったって事か」

「どういう事だよヨルムンド」

「パーシバル。俺は名探偵として怪しい奴は片っぱしから疑う。任務を達成するためには疑わしい奴を積み荷のそばにいさせるわけにはいかない。ウレミオの旦那も同じなのさ。いや俺より過激か。俺は推理で疑うだけだ。名探偵は探偵ゆえ物証が無い限り犯人を確定出来ない。しかしウレミオの旦那は刑事かと思いきや裁判官か。疑わしきを罰する権限を持つ」

「それってまさか」

「魔女裁判さ。ウレミオの旦那はモニカが怪しいと睨んだ。だから魔女であろうがなかろうが火あぶりの刑にしようと考えたのさ」

 パーシバルは驚いてウレミオを見る。彼は処刑の権限を持つ。彼が処刑と言えばシロでも処刑されるのだ。

「俺は事実に基づいて判断する。シロをクロに仕立て上げる事などしない」

 彼なら当然そう言うだろう。でないとリーダーの立場を追われる。あくまでも客観的事実に基づいて処刑の判断を下さねばならない。

「刑事で裁判官。逮捕権も裁判権も持つ。こいつはかなわないな。名探偵はただ疑うだけだ。証拠が無い奴を犯人に仕立て上げる事なんか出来ないってのにさあ」

 ヨルムンドは面白がっている。パーシバルは青ざめる。強力な権限を持つリーダーは的確な判断力を備えるからこそ有効だ。もしその判断が歪んでいたらそれは横暴すぎる独裁政治と化す。

「今はまだ判断を下すときではない。まだ話を聞く必要がある。次だパーシバル。エーガットが消えたときの状況を話せ」

 モニカは異常と思えるほど割り切って、優しさと残酷さを共存している。でも裏切り者なわけがない。リアリスの迂闊さにつけ込みまんまと攻撃したわけがない。

 彼女の笑顔や優しさはとても温かかった。彼女を失いたくない。こんな無理矢理なこじつけで有罪に仕立て上げるわけにはいかない。

 モニカを救えるのはパーシバルだけだ。この場にいないモニカは自分の無実を訴えられない。モニカの主張を聞かずに判決を下すために追い出したのだ。パーシバルだけがモニカの無罪を訴えられるのだ。

 かといって嘘を言ってもすぐ見抜かれるだろう。相手の方が何枚も上手だ。パーシバルは証人として、事実をありのままに話すのがベストだ。

 モニカは悪くない。それが事実であり、事実をそのまま話せばきっとそれが通る。歪めようが無い。パーシバルは事実をそのままに、しかしはっきりと細かく証言する事にした。

posted by 二角レンチ at 10:28| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月26日

飛行艇の裏切り者(11)疑惑

飛行艇の裏切り者(11)疑惑

 積み荷を確認するかそれを許さないか。選択するべきは後者だ。積み荷を確認するのも誰かにさせるのも絶対に許してはいけない。

 しかし積み荷を目的地に届けるのが最大の目的だ。それを達成出来ないでは話にならない。そのためには、積み荷が無事かどうか今すぐ確かめなければならない。もし箱の中身がすでに盗まれているなら空箱をいつまでも大事に運んでいる場合ではないのだ。

「もし積み荷が盗まれていて、その犯人がビルバジオだとしたら、今もまだこの飛行艇の中にいる。彼を捕まえて積み荷を取り戻せばいいわ」

 アッシラはたどたどしく声を絞り出す。積み荷を確認するわけにはいかないので、それが今出来る最善であると主張する。

 しかしそれでは駄目なのだ。もしビルバジオが積み荷を持たない場合、彼はそれについて知らないと答えるだけだろう。積み荷をこの特異嵐に突入する前に敵の手に渡していたなら。積み荷が消えている事を確認してすぐに引き返し、この特異嵐を抜けて積み荷を追わねばならない。

 もう三日。追跡も奪還も困難だろう。しかしそれでもやらねばならない。拷問でも吐かないだろうがそれでも裏切り者を捕らえ絞め上げ情報を引き出さねばならない。

「ビルバジオ様を探すより先に積み荷を確認しないといけません。あの方が姿を隠しているなら探す時間を稼ぐため。時間を稼ぐ必要があるならその時間を詰める事が私たちの有利に働きます」

 マルガリタも言葉を振り絞るようにゆっくりと話す。決断出来ない。それでもしないといけない。

「……私は、積み荷を確認する必要があると思います」

 ヨルムンドがぱんと手を叩く。

「決まりだな。積み荷を確認しよう」

 アッシラが叫ぶ。

「まだ二対二よ。私とウレミオは反対。あんたとマルガリタは賛成。なら積み荷はあらためないわ」

「わかってないなあ」

 ヨルムンドはにやにやする。細い目でじとりといやらしい視線でアッシラの大きな胸をなめるように眺める。

「お前はウレミオの旦那を好きなんだろう? 惚れた男が望んでいる事ぐらい察してやれよ。ウレミオの旦那は立場上絶対に積み荷をあらためる事は許可出来ない。しかしその必要を感じている。だからこうしてお前等が選択するのを黙認しているんだ。三対一で可決されるのを待っているのさ。マルガリタでもわかっているんだぞ。お前はマルガリタより鈍いのか?」

 アッシラはマルガリタを見る。マルガリタは自分の方がウレミオの心情をよく理解している事を肯定するわけにはいかないためうつむいた。

 アッシラの顔が恥辱に赤くなる。好きになり抱かれた男の事を、他の女よりわかっていないと言われたのだ。まるで身体だけしか能が無く、それしか価値が無いと言われたようだ。女としてマルガリタに劣ると言われた事は、アッシラにとって恥辱以外の何物でもない。

 マルガリタ。誰にでも感謝の念を抱きそれを示す。そういう生き方が一番幸せだと教わったとのたまう彼女はやはり、その年齢の割にあどけないかわいい顔ややわらかそうでいやらしい身体でも男連中に感謝を示しているのだろうか。

(私のウレミオにも、すでに……?)

 問いつめた所でウレミオもマルガリタも否定するだけだろう。確証しようが無い。しかしアッシラは、ウレミオとマルガリタがすでに寝ていて、アッシラの滑稽さを笑い者にしている気がした。

 アッシラはウレミオの事が好きだ。いくら軽んじられていようが彼を嫌いになれない。好きな相手にしか身体を許さない彼女は、それを許した相手にはとことん尽くす。おかげで男に利用されさんざんひどい目に遭わされてもその悪癖は変わらなかった。

 アッシラの怒りは、ウレミオではなくマルガリタ一人に向けられる。自分の好きになった人を身体で籠絡する淫売。女としてアッシラを笑っていると考えると殺意すら芽生える。

 ウレミオはあいかわらず積み荷の確認を許可しないとしか言わない。彼の心情をくんでやれとヨルムンドに言われマルガリタに沈黙と態度で示されても素直に従えない。マルガリタより劣る事を自ら認めるわけにはいかない。

 アッシラは決断出来ない。彼女は大事な決断を他人任せにしてそれを背負わない。ハートに従って生きるとのたまう彼女はようするに、自分が嫌な事は嫌だとはっきり言って他人に押しつけるのだ。

 だからウレミオのように、決断する意志と賢さと立場を有する男性に惹かれる。自分が避けたい嫌な事を全部押しつけて背負ってくれるから好きになるのだ。

 そんな浅ましさは見抜かれる。相手は賢いのだ。馬鹿ではない。だからウレミオがそうしたように、アッシラの好意はいいように利用される。

 ウレミオはアッシラが積み荷の確認に賛成しない事にじれていたが、立場上それを促す事も出来ない。だからじっと待ち続けた。

 本来何も知らない四人を追い出した今の内に積み荷を確認し、この四人だけの秘密とするつもりだった。もちろん積み荷がすでに奪われていた場合はそれを伝え全員で対処する。しかし積み荷が無事なら、規約違反となるがそれを黙っている事もやぶさかではない。非常事態なのだ。それぐらいしなくてはならない。

(これだから浅い女は。ヨルムンドにはっきり言われてもなお賛成出来ないか。やはりマルガリタの方が賢く、俺にとって価値がある)

 ウレミオは完璧に非情なわけではない。ただの女として恋人にするならある程度好意を持っているアッシラの方だ。マルガリタに対して恋愛感情はまったく無い。ウレミオは人間離れした超人でも何でもなく、笑顔と好意を自分だけに向けてくれる女の方を普通に好きになる。

 だからいらいらする。口では何と言おうがウレミオはアッシラを恋人のように思っている。任務の間だけだろうし、相手はこちらに責任を押しつけるために依存しすり寄ってきているだけだ。身体で味方を作りたいだけなのだ。それでもウレミオは、そうやって自分を利用しようと寄ってくる女を好きになってしまうし、好きになったら抱く。

 彼は優れた態度や知性よりはるかに平凡なのだ。女に頼られると男としてうれしくなる。プライドが満たされる。だからその女を好きになってしまう。

(アッシラ。くそ。これ以上俺を苛立たせるんじゃない。早く決断してくれ。でないともう時間が)

 アッシラはいつまでもぐずぐずする。マルガリタはじっと待つ。ヨルムンドはいらない事をべらべらしゃべってアッシラを煽る。おかげでアッシラはさらに意固地になる。

 時間切れだ。食堂の外に人の気配がする。それもばたばたとした足音だ。複数いる。パーシバルたちが戻ってきてしまったのだ。

 ウレミオは大きなため息をつく。そのあからさまな態度で彼をひどく失望させてしまった事にアッシラは動揺する。

(なによなによ。こんな重要な決断、規約違反を私が決められるわけないでしょ。何これ。どうして四人もいて、私一人が悪いようにされちゃっているの)

 アッシラの怒りは全部、どうしてもウレミオに同じ女として比較されてしまうマルガリタに向けられた。マルガリタはアッシラににらまれ、笑顔で返すわけにはいかないのでうつむいて視線を合わせようとはしなかった。

 食堂の扉が開かれる。入ってきたパーシバルを見てウレミオが声をかける。

「どうした。そんなに急いで。何があった」

「話は後で。今はとにかくリアリスの手当てを」

 リアリスはタオルを巻いた右腕を無事な左手で押さえている。汗びっしょりで、薄いドレスはいやらしくどぎつい下着が透けて見えるが、それを喜ぶのはヨルムンドだけだ。

「はっはっは。動力部は暑かっただろう。そんな汗で透けるドレスを着ているからそうなる。この名探偵はすでに推理していたね。リアリス婦人はきっとすけすけのいやらしい格好で帰ってくると」

 誰も彼の言葉を聞いていない。ウレミオとアッシラはリアリスに駆け寄る。マルガリタはすぐに薬や包帯を取りに行こうとする。

「待て。マルガリタ。一人で行動するな。アッシラ。一緒に行け」

「嫌よ」

 アッシラはとっさにそう言ってしまった。ウレミオがあっけに取られた顔をする。

「あ、ご、ごめんなさい。命令よね。わかったわ」

 アッシラはあわてて取り繕う。マルガリタに憎しみすら抱いていたのでつい嫌だと言ってしまったが、今はもう非常事態なのだ。戦闘と同じくリーダーの命令には必ず従わねばならない。個人の感情やわがままで動くなど戦士失格だ。

 アッシラとマルガリタは食堂を出る。飛行艇のあちこちに医療用の薬や包帯は設置されている。治癒能力を持つエーガットがいればそれらは必要無いのだが、彼が死亡した場合に備えてちゃんと用意されている。

 食堂を出て廊下を走るマルガリタとアッシラは、並びながら会話する。

「アッシラ様。敵がどこに潜んでいるかわかりません。十分な警戒をお願いします」

「そんな事あんたに言われなくてもわかっているわ。それよりマルガリタ。あんたすぐに食堂を出ようとしたわね。何でなの?」

「何でとは?」

「リアリスの後でしんがりを務めていたモニカが入ってきたわ。でもそれを見るより早くあんたは動き出した。どうして。エーガットがいない事をまるで初めから知っていたように」

 マルガリタは相手の感情を逆なでしないよう、ため息はつかず冷静に答える。

「リアリス様が負傷していたからです。同行したエーガット様がいれば彼女の傷を治癒能力で治しています。そうでないならエーガット様はおられないという事でしょう」

「モニカが負傷して気絶したエーガットを連れていたかもしれない。なのにモニカを見る前にあんたは動き出したわ」

「その場合はリアリス様の電気ショックでエーガット様を起こすでしょう。瀕死でも自分も他人も治癒出来る能力を持つエーガット様が、死の寸前にそうやって自分と他人を治癒したのはこれまでの戦闘で何度も見ているでしょう」

 ああ言えばこう言う。アッシラは怒りを爆発させた。

「いい加減にしなさいよ。あんた知っていたんでしょ。エーガットがいない事を。裏切り者がいて、治癒能力を持つエーガットを最優先で捕獲なり殺すなりして排除する事を」

 マルガリタはアッシラに疑われているのはわかっていたが取り合わない。

「そのような事は知りません。私がエーガット様がいない事を確認する前に動き出した理由は先ほど申し上げた通りです。私が裏切り者の一味で、エーガット様が襲われていなくなった事を知っていたなどという事はありません」

「どうだか。あんたは信用出来ない。こうして監視してやる。ボロを出したらすぐに処刑してやるわ」

「アッシラ様」

 女の嫉妬は見苦しい。マルガリタはたとえ嫉妬してもそれを表に出す事などしない。それに比べて直情的に感情を発露するアッシラは軽蔑に値するが、それでもマルガリタは相手のために決して軽蔑を表に出さない。

「エーガット様が消され、リアリス様が負傷された。敵に襲われたのは確実です。私は裏切り者でも敵でもありません。あなたも私と同じだと私は判断しています。私たちは味方です。どうかこの危機に対し、一緒に戦ってはもらえませんか」

「嫌よ。私は私の味方よ。ウレミオは信用出来る。彼は味方だわ。でもあんたは信用出来ない。裏切り者の一味か、裏切り者のビルバジオに脅されているか。いずれにせよあんたは敵の側の人間かもしれない。今は信用出来ないけれど疑いも確定出来ない。だからこうして監視してやるのよ」

 嫉妬にかられて相手の女を悪く見る。浅ましい。この非常事態にこんな感情を持ち込むなど許されない。マルガリタは顔に出さないが内心さすがにいらいらしてきた。

 通路に設置されている医療道具を取り出す。その大きめの救急箱を持ち、二人は元の道を戻る。

「まだビルバジオ様が裏切り者だと決まったわけではありません」

 アッシラは並んで走るマルガリタの顔をまじまじと見る。

「あんた何言ってんの? エーガットとリアリスが襲われた。エーガットなんてたぶん殺されてしまっているのよ。ビルバジオ以外の誰もそんな事が出来た人間なんかいないわ」

「アリバイからの推理ですか。ヨルムンド様に感化されてあなたも探偵になられたのですか?」

 あのマルガリタが皮肉を言った。それだけ内心怒っているという事か。自分の感情を全部殺してにこにこ感謝だけを示すマルガリタがロボットではなく人間だった事にアッシラは思いの外びっくりする。

「ビルバジオ様でなく、エーガット様が裏切り者の可能性があります。殺されたのではなく自ら姿を消した。リアリス様を攻撃したのも彼かもしれません。早く戻って詳しい話を聞かないとなりません」

 アッシラは驚く。それは考えもしなかった。

「でも、あんたそれは、あまりにも。あのエーガットが裏切ったりリアリスに刃向かったり出来るわけがない。彼は怖い奥さんの飼い犬よ。逆らうなんて出来るわけがないわ」

「鞭で躾られた飼い犬が、飼い主に絶対服従を誓うでしょうか? 機会があれば反抗します。いえ、反抗したいから機会を受け入れるのかもしれません」

「つまり、裏切りをもちかけられてそれに乗ったと? リアリスへの反抗心のために?」

「かもしれません。エーガット様がリアリス様にひどい扱いを受け服従させられているのは誰が見ても明らかでした。ならそれを動機に裏切りをささやかれたならこの機会に裏切るかもしれません」

 アッシラは思案する。しかしマルガリタを憎んでさえいる今のアッシラは、マルガリタへの疑いをもはや止められない。

「あんたねえ。やけに不自然にビルバジオを擁護するわね。ビルバジオとエーガット。どっちが怪しいかと言えば断然ビルバジオだわ。なのにエーガットを怪しみ裏切り者にしようとする。不自然な誘導だわ。あんたやっぱり、ビルバジオとグルの裏切り者なんでしょ」

「違います。私はただ可能性を述べただけです。エーガット様が裏切り者なら一番憎んでいるであろうリアリス様を攻撃するのも、ひと思いに殺さず重傷を負わせて苦痛で拷問するのも筋が通っています」

「全然通っていないわよ。ビルバジオが二人を襲った。あんたはそれを擁護した。これで確定よ。裏切り者はあんたたち二人だわ」

「違います。ビルバジオ様は裏切り者ではありません」

「証拠は?」

「証拠はありません。誰もが裏切り者でない証拠など示せません。だからその人物を見極め判断するしかないのです。探偵が物証に基づいて犯人を確定出来るような事件とは違います。証拠が無くとも裏切り者と味方を見極めなければなりません」

「ビルバジオの何を信じられるって言うのよ。あいつはとてもうさんくさいわ。目がまるで変化しないほどの無表情。あんな能面男信用出来るわけがないわ」

「あの方の信念を、哲学を拝聴しました。あれは信頼に値するとても強くて本物の響きがありました」

「あんたねえ。あんたがそんなに人を見極められるなら、エーガットが裏切り者かどうかもわかったはずでしょ。初めからそう感じていたの?」

「……いえ」

「ほら見なさい。あんたの観察眼なんてまるであてにならない。ビルバジオはクロであんたは彼をかばった。あいつの仲間かそれとも脅されているのか知らないけれど、どうせすぐはっきりするわ。戻ってパーシバルたちの話を聞こう。どうせビルバジオに襲われたって言うわ」

「……そうですね。推理ではなく、確実な証言を聞く方がいいでしょう」

 もはや誰が裏切り者かわからない。複数いるかもしれない。裏切り者でなくても脅されているかもしれない。錯覚させられたり誤解したりしているかもしれない。

 何より、今のアッシラのように感情が歪んでいては目が曇る。歪んだ感情というめがねを通して相手を見ればそれは裏切り者にしか見えないだろう。

 アッシラはマルガリタを嫌っているせいでマルガリタが裏切り者の一味だと決めつける。でもマルガリタも人の事は言えない。ビルバジオの哲学を聞かされそれが本物だと感じたというだけで彼を裏切り者ではないと決めつけてしまっている。

 いずれにせよ話を聞けばわかる。二人は食堂に戻り、そこでビルバジオもエーガットもリアリスを攻撃していないという予想外の事実を知る事になった。

posted by 二角レンチ at 19:14| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月23日

飛行艇の裏切り者(10)攻撃

飛行艇の裏切り者(10)攻撃

 パーシバルを先頭に、モニカ、リアリス、そしてエーガットが続く。

 四人は警戒しながら、しかし危機に対し互いに意見を交わす。

「ヨルムンドの言う事はどれぐらい信用出来るのかしら?」

 リアリスが言うと、モニカはおおげさに肩をすくめて見せる。

「まったく。あれはただの馬鹿だと思うわ。戦闘中でも神の使徒は神の加護に守られているのだー! とか言って無防備に敵の前で手を広げて攻撃を受けようとした事だってあるのよ。他のみんなに助けられなければとっくに死んでいたわ。馬鹿じゃないならあんな真似は出来ないもん」

 パーシバルもうなずく。

「同感だね。あいつはただの馬鹿だよ。でも馬鹿の言う事が全部馬鹿げているかというとそうでもない。馬鹿な言動が多いってだけさ。僕らの中に裏切り者はいないはずだ。それだけ厳しい選別をくぐり抜けて選ばれてきたし、国や組織を背負っている。一蓮托生。この任務は成功するか失敗するかの二つに一つ。誰かが裏切って失敗すれば、裏切り者とその背後だっておしまいなんだ」

「しかしそれでも裏切る者はいるかもしれない」

 エーガットが重苦しくしゃべる。彼は妻へのストレスで常に心を疲弊しており、何でも悪い方に考える癖がついてしまっている。

「裏切り者だって破滅するんだよ? なのにどうして裏切るっていうんだエーガット」

「パーシバル。世の中にはな、利益のためでなく破滅のために行動する人間はいるんだ。死んでしまった方がましだ。でも自分だけみじめに死ぬなんて負け犬だ。他の奴らを道連れにして自分以上の不幸に叩き落としてしまいたい。それが勝利だ。生きるより、復讐のために命を使いたいと考える者はたくさんいるんだよ」

 リアリスは夫をにらみつける。エーガットは口をつぐんで目を逸らす。

 エーガットは本気かどうか知らないが妻の首を絞めて殺しかけた。その後その興奮でいきり勃った夫をさんざん犯してその恨みを晴らしたリアリスだが、もちろん完全に夫を許したわけではない。不能から立ち直った夫を今後もたくさん犯したり能力による電気ショックで躾たりして恨みを永遠に晴らし続けるつもりだったのだ。

 今の言葉は妻に対する宣戦布告だろうか。もう逆らえないはずなのにまだ折れた牙を向けるのか。

 躾が足りないようね。リアリスの目はそれを口よりはっきりと語り、だからエーガットはその目をにらみ返す事が出来ず目を逸らして屈したのだ。

 モニカとパーシバルはそんな夫婦の力関係を見ながらエーガットの言葉を考えてみる。

「破滅しても周りを巻き込みたい。自分だけが破滅するのは嫌だ。他の奴らも自分と同じくらい悲惨な末路を遂げさせないと気が済まない」

「あはっ。こわーい。パーシバル。そんな奴がいたら私を守ってね」

 モニカは何かと理由をつけてはパーシバルの腕に抱きつく。小さくても柔らかい胸を押しつけたり少女のかぐわしい香りをかがせたりして誘惑しているのだ。

「君は自分で自分を守れるだろ」

「パーシバルの方が強いじゃない」

「僕たちの強さに優劣は無いよ。みんな並び立つほどの強者だ」

「私はパーシバルが裏切り者なら殺されてもいいよ。一緒に破滅してあげる」

「滅多な事を言うものじゃないよ」

「へへー」

 危機は危機。甘えは甘え。モニカは他の人ならそんな気になれないとかそんな場合じゃないという時でも普段通り、それはそれとして割り切っている。

 モニカはたしかに自分の幸せを本気で求めている。しかし何でも完全に割り切れる彼女なら、自分の幸せと自分の破滅を同じレベルで割り切りどちらも実行に移すだろう。

 仲間が裏切り者かもしれないと危惧して初めて、他の三人はモニカが少し異常だと理解した。性格的に無害だと思っていたが、それはただの勘違いに過ぎなかったと悟った。

 同時に、他の誰をも同じように、上辺や今までとは違う裏の顔があるのではないかと疑うようになった。完全に疑心暗鬼だ。もう手放しで他の連中を信用出来なくなってしまった。

 これがヨルムンドの狙いなのだろうか? 全員を疑心暗鬼にさせてかきまわし、特異嵐の中で退屈な三週間を楽しむために名探偵だのあれこれ言い出したのだろうか?

 そんな浅くて幼稚ないたずらで済めばいいのだが。一度仲間への疑いを持ってしまってはもう、ささいな事でもひどく怪しく思えてしまう。

 裏切り者がいて、もしこの飛行艇の進路を変えていたら問題だ。その前にこっちで進路を変える。敵がもし他にも旧時代のポンコツ、特異嵐に害されない能力を持つ飛行艇を有していてそれで接近しているとしたら、その接触をさせないために予定のルートを通らないようにしないといけない。

 動力部に着く。この飛行艇は自動操縦であり操縦席などはない。動力部でエンジンに直接プログラムをインプットしてそれに従い運行させる。戦闘時にも敵の攻撃に対しプログラム通りの自動回避を行う仕組みだ。

 動力部の扉を開ける。中をうかがう。

 照明がついていた。

「修理を終えて食堂へ行く前たしかに照明を消したはずだわ」

 モニカがささやく。

「うん。たしかに消した。一人なら消し忘れもあるけど二人で確認したんだ。間違いない」

「中に誰かいる気配はある?」

 リアリスが二人の後ろから訊く。

「わからない。エンジンの音がうるさくて聞こえない。振動もあるから気配が察知出来ない」

 入ってみるしかないのか。中に誰かいた場合、ドアを開けた事を気取られていなければいいが。ドアからのぞき込む限りでは人影は見当たらない。

 パーシバルを先頭に、四人は腰を落として慎重に部屋へ滑り込む。低姿勢のままゆっくりと歩を進める。

 機械やパイプ、可動する機関などが様々ある。気をつけないと巻き込まれてけがをする。大きな歯車がたくさんきしんでいる。

 機械の熱で中は熱い。冷房で冷やしてもこれだ。技師であるパーシバルとモニカは慣れているが、リアリスとエーガットはあまりの暑さに汗を大量に流す。

「あなたたち、いつもこんな所で何時間も作業しているの?」

「そうよ。これぐらいまだましよ。この倍は熱い、皮膚が焼けるような機関の中でも仕事した事あるもの」

「すごいわねえ。私ならこんな仕事、死んでもしないけど」

「じゃあ死ねばー?」

 モニカは自分の仕事を馬鹿にされて、普段は言わないような事をつい口走る。途端に怒りやすいリアリスの額に血管が浮かびあがり、美しい顔がひきつる。

「今はそれどころじゃないだろ」

 エーガットは妻が叫び出す前に彼女の口を手で塞ぐ。

 リアリスは夫に絞め殺されそうになった恐怖を思い出しびくりとこわばる。

「リアリス?」

 エーガットがいぶかしむ。

 リアリスは、夫に怯えた事を悟られないよう素早く夫の手を押し退ける。

「暑いのよ。離れてちょうだい」

「わかったよ」

 嫌いな妻がいつもつきまとう。離れていいなら永遠に離れていたいものだ。エーガットはすぐに手を引っ込め妻から距離を取る。

 四人もいるのだ。それが広がっては目立ち過ぎる。でもリアリスにいつもの調子でわめき立てられると困る。だからパーシバルは何も言わなかった。

 四人は腰を落として低姿勢でゆっくりと、暑苦しい動力部を探索する。照明がついていた事以外に怪しい事は何も無い。何も破壊されていないし細工されてもいない。

「やっぱり誰もいないのかな」

「誰もいないわよ。もう。せっかくのドレスが汗で台無し。早くシャワーを浴びたいわ。進路をプログラムで変更するんでしょ。さっさと終わらせてちょうだい」

 リアリスは汗でびっしょりなのが大層不満だった。薄いドレスが汗で身体に張り付きいやらしくどぎつい色の下着が丸わかりだ。モニカはパーシバルがリアリスを見ようとするとほほをつねって見させない。

 ビルバジオも、他の誰もいない。誰か敵がすでに乗り込んでいる懸念もあったがそれも杞憂にすぎなかったようだ。

 ビルバジオ以外にも、全員交代で見回りはしている。飛行艇の隅々まで調べ、敵が潜んではいなかったし怪しい痕跡や細工も何もなかったのだ。他の敵などいるわけがない。

 パーシバルはさっさと目的を果たすため、先頭を進む。後ろを振り返ってリアリスを見ようとするとモニカにつねられるので、パーシバルは前だけを見て歩いた。

 動力部の操作盤に着く。ここでこの飛行艇の全てのプログラムを行える。

 念のため、これを操作出来る技師を二人も乗せている。一人が死んでももう一人が操作出来る。もし二人とも死んだ場合に備え、リーダーであるウレミオもある程度の非常用コマンドだけは入力出来るようになっている。

 その三人以外は操作出来ない。操作に必要なパスワードや手続きを知らないのだ。

 パーシバルとモニカは並んで操作盤の前に立ち、身体で隠しながら後ろの二人に操作を見せない。

「別に見ないわよ。離れているから勝手にやってちょうだい」

 背後からリアリスの声が聞こえる。パーシバルは振り返らずにただ返事をする。

「わかったよ。すぐ終わる。進路をとりあえずランダムに変更する。あらかじめ入力してあった複数のルートは全て破棄。目的地以外は設定してあったルートから外れてランダムな航路を作成する」

 パーシバルはタッチパネルの画面で操作する。モニカは確認のためそれを全部見て記憶する。

 パーシバルが裏切り者とは考えられない。でもモニカは操作に一切関わらずただ完全に記憶する。もし何かおかしな点があったりおかしな結果を招いたりしたら、それはパーシバルが裏切り者だという証拠となる。

「よし。これで終了だ。何も操作されていなかったのも確認したし、航路をランダムに変更した。敵は設定していたどのルートを追っても接触出来ない。とりあえず今の所はこれでいい。リアリス。エーガット。終わったよ。」

「あなた。終わったって」

 リアリスはパーシバルとモニカの背後から二人を監視していた。二人が隠れている敵に襲われた場合に守るためであるが、どちらかと言えば二人が何か怪しい動きをしないかの確認だった。

 背後は夫が守っている。夫婦はいつも互いの背中を守り合ってきた。二人の仲は最悪だったがそれでも戦闘や危機に際しそんな個人的感情で守らないという事は無い。それは自分の危機をも増大させるからだ。

 リアリスは夫を振り返る。

 彼の姿は無かった。

「あなた?」

 リアリスはほんの一瞬、周りを探す。しかしすぐに思考を切り替える。

「パーシバル! モニカ! エーガットが消えたわ」

 そのせっぱ詰まった警告に二人は振り向く。そして周囲をすぐに警戒する。

「リアリス。どういう事なんだ。エーガットがいなくなったのに気付かなかったのか」

「この暑さで、音も振動もうるさい。それに夫とは背中を守り合っていたわ。だから気付かなかった」

「離れすぎたんだ。君がエーガットに離れろなんて言うから」

「あれは、仕方ないでしょ。そんな事より」

「そんな事って何だよ。冗談じゃないぞ。夫婦喧嘩なんか危機に対して持ち込むなんて。それでも選び抜かれた精鋭か」

「なんですって。パーシバルあんた。二十歳にも満たない若造が、熟練の戦士に対し何て口を利くのかしら」

 リアリスが激怒する。夫を奴隷やペットのように扱っていても、それでも愛しているのだ。愛玩にしか過ぎないが、この世の誰よりも執着している。それが殺されたかもしれない恐怖と怒りの中、もはや我慢が効かなかった。

 リアリスは周囲の警戒を忘れ、ずかずかとパーシバルに詰め寄る。

「おいリアリス。それ以上僕に近づくんじゃない。エーガットが消されたなら敵がまだ潜んでいて僕らを狙っているんだ。周りを警戒しろ」

「うるさいわよ小僧が。この私にガキがなめた口を利いたらどうなるかたっぷり躾てあげる」

 リアリスは手をかざす。バチバチと火花を散らし電撃能力で威嚇する。

「リアリス! 警告だ。それ以上近づいたら反逆と見なして攻撃するぞ。仲間への能力による攻撃は問答無用で処刑だ。その決まりを忘れたなんて言わせないぞ」

「あんたを黙らせれば問題ないわ。夫と同じように何も告げ口出来ない従順な犬に躾てやるわ」

 リアリスは青い電撃をほとばしらせる掌を上からパーシバルの頭を鷲掴みにするかのように振り下ろす。

 まさか。ただの威嚇だ。寸止めするはずだ。パーシバルは能力による迎撃ではなくただかわそうとする。

 電撃をほとばしらせ振り下ろされた手が、切断されて宙を舞う。

「がっ!」

 リアリスが絶叫する。

 パーシバルは驚く。自分は攻撃していない。リアリスが本気で自分を攻撃しようとしているとは思っていなかった。ただの威嚇であり、力を振りかざして脅すだけだと踏んでいたからだ。

 端で見ていたモニカが、能力により作り出した氷の剣を腕を包み込み生やすようにして突き出していた。

「あ、あなた、何、を」

 リアリスは切断された右の手首を左手で押さえわなわな震える。

「これは警告よ。これ以上能力による攻撃を行うなら今度は本気で殺すわよ。おばさん」

「おばさんんんんん?」

「私のパーシバルに手を出そうなんて許さない。おいたする手は切り落とすわよ」

「こ、の、ガキ、が」

 リアリスは顔面が破裂しそうなほど怒りに歪めひきつっている。暑さ以上の苦痛に脂汗をだらだら流している。

 しかし攻撃しない。手負いだからだろうか? いや、さっきの攻撃もやはりただの威嚇であり脅しだったのだ。寸止めするはずで、本気で攻撃しようとしたのではない。

 しかしモニカは、有無を言わせず氷の能力で剣を作りその手を切断した。リアリスが寸止めするつもりだったのかどうかわからない。真相は闇の中だ。

 リアリスは怒りながらも反撃やこれ以上の反抗はしない。よってモニカもこれ以上手を出せず、リアリスを殺せなかった。

(私のパーシバルによくも。許せない。今すぐ殺してしまいたいけどこれ以上は出来ない。仲間を能力で攻撃するのは絶対許されない。処刑対象だわ。私はそれを防いだだけだからもちろん不問。この場で殺せなくてもウレミオに審判を下させればきっと処刑よ。その時私の手で殺してやる)

 モニカは怒りながらも冷静で、これ以上の攻撃をしなかった。これ以上攻撃すればどう申し開きをしようとモニカまで仲間殺しの罪で処刑されてしまう。リアリスが抵抗しないからには今これ以上攻撃するわけにはいかない。

 リアリスももう、これ以上の攻撃行動を取るわけにはいかない。この抑えきれない怒りをそれでも抑えなければならない。

「う、ぐ、痛い、痛いわエーガット。どこにいるの。早く出てきて。私けがしたの。いつもみたいに治してよ」

 治癒能力を持つエーガットが消えた。戦闘でどれだけ重傷を負おうともエーガットが治してくれた。だからみんなけがが残っていない。しかしそのエーガットがいなければ、リアリスの傷も痛みも癒されはしないのだ。

 この痛みにずっと耐えなければならないなんて。リアリスはその苦痛や、夫が自分から遠くへ離れてしまった絶望で涙をこぼした。

 それを見て、もうリアリスは危険ではないと判断したパーシバルはタオルを出してリアリスの傷口を縛る。

「うぐっ」

「我慢して。とりあえず食堂に戻ろう。ちゃんと手当てしないと。失血でもけがが化膿しても致命的だ」

 モニカは氷の剣を引っ込める。

「ふふん。どうせその女はもう処刑よ処刑。仲間への能力攻撃なんだもの。厳格なウレミオが許すわけがないわ。けがのせいで死んだって同じじゃない」

 たかが手を切り落とされたぐらいで死ぬものか。並の人間とは違う、歴戦の勇者なのだ。リアリスばボロボロと泣きながら、心の中だけで悪態をついた。

posted by 二角レンチ at 20:14| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月20日

飛行艇の裏切り者(9)二択

飛行艇の裏切り者(9)二択

 みんなヨルムンドの推理にざわめく。積み荷を敵から守り抜き輸送する任務をそれぞれ負ってきたのだ。命よりも大事な任務に失敗したなど許されない。自分一人の命で償えるほど軽い任務ではない。自分の属する組織や国家にも多大な害を及ぼしてしまうのだ。

 それぞれが勝手な議論を繰り広げる。このままでは収集がつかない。ヨルムンドは自分の推理を真に受けみんなが騒ぎ出したのを見て満足そうにほくそ笑んでいる。思惑通りなのか。それともただの戯れ言なのか。幼稚な満足感に浸る得意げな顔からは判別がつかない。

 リーダーであるウレミオがパンと手を叩くと、みんなびっくりしてそっちを向く。

「落ち着け。その推理はただの可能性だ。ビルバジオが裏切り者であり、積み荷をすでに盗んでいるなどあり得ない」

 ヨルムンドはパイプを手にしてふーっと煙を吐くかのように大きな息をつき、またパイプをくわえてウレミオを見る。

「あり得ない? やけに断言するな。あんたもグルなのかい、ウレミオの旦那」

「どうしてそうなる」

「だってそうだろう。この名探偵は欺けない」

 ヨルムンドは自分の頭に指をつんつん当てる。そして推理を自信満々に述べる。

「あんたがチームの結束を固めるために、夕食だけは一緒にすると命令したんだ。リーダーの命令だからみんな従っている。なのにどうして一人だけ命令違反を見過ごすんだい?」

「彼の哲学はかたくなすぎる。彼は決して自分を曲げない。どんなときでもだ。それにみんなが食事をしているときにも見回り警戒する者がいるのは全員の安全にとって有益だ。だから許可した」

「はははっ。おかげでチームの結束は乱れ、彼は裏切った」

「彼は裏切ってなどいない」

「どうして言い切れる? そんなに擁護するのは怪しいなあ。やっぱりグルなんだろう?」

「彼の哲学を聞いた。その揺るぎなさはあまりに強固だ。彼は裏切りを良しとしない。仲間と認めた者を何が何でも守る。利益だの命だのといった物を超えた理で行動している。俺が命令したところでそれは揺るぎはしない」

「ふふふ。あんたが奴とグルでなく、また奴も裏切り者の盗人でないと証明する一番確実な方法がある」

「許可しない」

「まだ何も言っていないぞ」

 ウレミオはいつも通り寡黙だが、あきらかに怒気をはらんでいる。こんなに怖い彼は初めて見る。戦闘時にすら見せなかった本気の怒りだ。

「この任務において、積み荷の中身は誰も知らない。俺も知らない。俺は誰にも決してそれを見られたり触れられたり暴かれたりしないように厳命されている。他の全員も同様だろう。誰もが他の誰にも積み荷の中身を知られないように命令されている。だから許可しない」

「積み荷が無事か確認しないと駄目だろう。それが証明だ。俺の推理が間違っていると言うなら積み荷を確認させろ」

「それが目的か? あらぬ疑いでも何でもみんなもう疑ってしまっている。お前も積み荷の中身を知る事は許されていないはずだぞヨルムンド」

「非常事態なんだ。積み荷の箱はそりゃ無事さ。みんないつでもそれを確認出来る。近づけはしないけどな。でもあれの中身が空だったら? 俺たちは目的地まで無事空箱を届けたあげく処刑されるのかい。敵がまんまと積み荷を持って逃げる間ずっと何もせず待っているつもりかい」

「この特異嵐の中、外へ出るなど出来ない。他の飛行艇も近づけはしない」

「はっはっは」

 ヨルムンドが大笑いする。

「この飛行艇のように、敵も特異嵐に害されない能力を有したポンコツを引っ張り出して来るぐらいはするだろうさ。早く積み荷を確認しビルバジオの旦那を捕まえないと、この特異嵐の中でも接近する敵の飛行艇に逃げ込まれちまうぜ」

 それはもっともな推理だった。わざわざ特異嵐に突入するなど現在ではあり得ない。異常気象で特異嵐が猛威を振るった旧時代のオンボロにしか特異嵐を航行出来る能力は備えられていない。

 しかしはじめから特異嵐に突入する事を知っていたなら話は別だ。敵がこの嵐の中で積み荷を受け渡しするために別のオンボロをわざわざ用意する事ぐらいはするだろう。

 敵の裏をかいたつもりで裏をかかれる。裏切り者がいれば特異嵐を通るルートは安全でも何でもなく、敵の罠にわざわざ飛び込んだだけとなる。

 パーシバルがおろおろと発言する。

「で、でも、敵の機体の接近は感知されていない。警告も何も無いじゃないか」

「はっはっは。特異嵐は黒い雲と雷が渦を巻いている。窓からだって外の様子はわからないし外の敵も探知出来ない。ただ自分の位置や進行する方角がわかるだけ。敵の飛行艇が接近してもわかるわけがない」

 ヨルムンドは得意げに推理を語る。その見事さに酔っている。

「でも、それだと敵もこっちの位置がわからないんじゃないの?」

 モニカは悪気無く言う。

「うっ!」

 自信満々の推理に穴があったので、その穴からのぞき込むようにヨルムンドは目を見開く。細い目は見開いても他の人が普通に目を開けている程度にしか見えない。

「そ、それはだな……」

 ヨルムンドはしどろもどろと言いわけする。さっきまでと違い支離滅裂だ。

 パーシバルはため息をつく。

「モニカ。僕たちは予定通りのルートを通っている。だから敵も、いつどこに僕らがいるかわかるんだよ」

 ヨルムンドはぱっと顔を輝かせる。

「そ、そう、それそれ! よし、パーシバル。お前は男だが特別に、この名探偵の助手にしてやろう」

「嫌だよ」

「なんと」

 ヨルムンドは断られて本気で驚いた振りをする。彼はやたら表現がオーバーで、演じている自分に酔っている。

「それより、敵が僕らの位置を知っていて近づいているのだとしたら。今すぐ進路を変更した方がいい。どうせ出る位置は決まっている。途中は多少違ってもいい」

 パーシバルはリーダーであるウレミオに判断を仰ぐように顔を見る。

「うむ。まずは今の位置を変えよう。敵が出口で待ちかまえている可能性はあるが、それまでの間の安全を確保するためには予定と違うルートを通ろう」

 パーシバルが立ち上がる。モニカもそれに続く。

「この飛行艇は自動航行だ。その進路をランダムに変更するようプログラムを変えてくる」

 二人は急いで食堂を出ようとする。

「待ちなさいよ。もしビルバジオが裏切り者で、積み荷を持ってこの飛行艇内をうろついているなら危険だわ。進路を仲間の飛行艇と合流するために変えようとしているかもしれない。二人だけで行くのは駄目よ」

 アッシラは立ち上がって二人について行こうとする。しかしその腕をウレミオが握って止める。

「何よウレミオ」

「アッシラは残れ。リアリス。エーガット。パーシバルとモニカについて行ってやれ。四人いれば、裏切り者が一人だけなら十分対処出来るだろう」

 もはや戦闘の緊張だ。平時のようにウレミオと対等ではなく、リーダーの命令には即座に従う。リアリスとエーガットは毅然と立ち上がる。

「もしビルバジオが裏切り者で、積み荷を盗み出していたら?」

「殺してかまわん。絶対に飛行艇の外へ持ち出させるな。嵐の中へ放り出せばもう回収は不可能だ。嵐によって破壊されるだろう。それが目的かもしれん。この任務に失敗すれば、俺たちを派遣した組織や国が壊滅的な損害をこうむる」

 それは絶対阻止しなければならない。命に代えてもだ。四人は厳しい顔でうなずくと、食堂を後にした。

 食堂にはウレミオ、アッシラ、マルガリタ、そしてヨルムンドの四人が残っている。

 ヨルムンドはへらっと笑って手招きする。

「マルガリタ。コーヒーのおかわりをもらえるかい。どうにも長くなりそうだからな」

「はい。ただいま」

 マルガリタは奥の厨房へいそいそと立ち去る。

 ヨルムンドはいすを後ろに引くと、足を組んで行儀悪くする。手にパイプを持ち太股の上に載せて首を反らす。

「あー……ウレミオ。あんたはこの名探偵をどうしようと言うんだい?」

「どうとは?」

「どうしてあの四人を追い出した?」

 ヨルムンドの言葉にアッシラはびっくりしてウレミオを見る。マルガリタも含め三人でヨルムンドを囲い追及する。その作戦があっさり見抜かれた事に驚く。

「さすがにわかるか」

 ウレミオは企みを見抜かれてもまるで動じない。まったく無表情で、しかし険しい顔つきはたしかに怒りをはらんでいる。

「この名探偵にわからない事などない。全てを推理し見抜くのだ」

「名探偵とは別段天才でも崇高でもない。お前はただ頭がよく回るだけだ。何を企んでいる?」

 ヨルムンドはからからと笑う。

「はっはっは。企んでいるのはそっちだろう。この名探偵は全てをお見通しなのだ。俺を騙せると思うなよ。お前たち三人はさっき追い出した四人とは違う。三人で俺を追いつめるつもりだろう」

 アッシラはまたウレミオの顔を見る。もうばればれだ。アッシラはハートに従って生きるのが女だと言った。それは単に感情を隠せないだけにしかすぎない。

 しかしそれすら利用する。ウレミオは、ヨルムンドがただの道化ではなく知恵の鋭い切れ者ならば、どのみち三人の協力関係などすぐに見抜かれるとわかっていた。隠してそらぞらしいやり取りをする必要などないし、他の四人を部屋から出したのはこの三人でヨルムンドを囲い一気にケリをつけるためなのだ。

「隠した所で見抜く。お前は名探偵ではない。しかしその洞察力や思考はなるほど優れている。だから隠す事などしない。俺たち三人はお前を疑っている。ビルバジオよりはるかにな。お前が裏切り者なのかどうかはっきりさせる。何も知らん四人にまで知らせる必要は無い」

「はっはっは!」

 ヨルムンドはひざをぱんぱんと叩く。

「そうこなくちゃな。面白くなってきた。名探偵の敵は怪盗や殺人犯だけではない。名探偵とライバルの探偵や刑事がいなくてはな。役者が揃ってきた。もっとこの舞台をこの名探偵が主演を務めるにふさわしい物に作り上げてくれよう」

 アッシラがいすから立ち上がる。

「何が舞台よ。あんたは何者なのヨルムンド。探偵の振りなんてやめなさい」

「俺は名探偵なのだ。名探偵が犯人だと疑う刑事ウレミオとその部下の婦警アッシラ。いや愛人かな? ウレミオはきっと妻なり恋人なりがわんさかいるだろうからな。この任務の間だけの慰み者だ」

 アッシラは顔を真っ赤にする。

「あ、あんた、まさか盗聴」

「この名探偵に見抜けぬ事などない。お前がウレミオを見る目は情婦のそれだ。この淫売め」

「殺されたいのあんた。女に対して、この私に対してそんな侮辱が許されるとでも思っているの」

「この特異嵐の中で三週間。平和なおままごとでもして過ごすつもりか。敵がいないなら作ればいい。俺は俺と助手以外は全て敵でいい」

「マルガリタはこっちの陣営よ。あんたの助手や味方じゃないわ」

「いいや。あいつは俺が正義ならばその手助けをする。そういう奴だ。だから助手にした。ああいう手合いはな、自分の好き嫌いよりも真実や正しい事を重んじるタイプなのだ。誰にでも感謝? ははは笑える。そういう信念を持った奴は一番扱いやすい」

「ビルバジオ様もですか?」

 厨房の奥から出てこようとせず話をじっと聞いていたマルガリタが、コーヒーのポットやお茶受けを載せた台車を押して出てくる。

 ヨルムンドはからからと笑う。

「そうだ。あいつは一番愚直でたとえ死んでも自分を曲げない。どんな脅しにも屈しない。一番変えられず、一番利用しやすい」

「だからありもしない疑いをかけて盗人に仕立て上げたのか?」

 ウレミオが詰問する。

 ヨルムンドはマルガリタが全員にコーヒーのおかわりを用意する間にやにやしているだけで答えなかった。

 コーヒーを一口すすり、お茶受けのクッキーを一枚かじり、ぽりぽりと音を立てて食べる。ウレミオとアッシラは彼をじっとにらみ続けた。

 ようやく彼は答えた。

「探偵は犯人であってはならない。また真犯人以外を犯人に仕立て上げてもいけない。それが名探偵だ。名探偵は暴く者であり、企む者であってはならない」

「つまり、お前は潔白だと?」

「俺は名探偵だ。偽物じゃない」

「今日目覚めたばかりの探偵が本物のわけないじゃない」

 アッシラは叫ぶ。ヨルムンドは答える。

「世の名探偵は生まれたときから探偵だったのか? 違う。なら訓練してなるものか? それも違う。ならば突然目覚めるものなのだ。自分が名探偵の力を持つと、事件が起こったときのひらめきで気付く物なのだ」

「まだ事件は起こっていないわ」

「すでに起こっている。積み荷はとっくに盗まれているぞ。裏切り者を早く捕まえ積み荷を取り戻さないと俺たちは任務に失敗する」

「どうして断言出来るのよ」

「証拠を見せるには積み荷を改めないといけない」

 ヨルムンドはアッシラから目を離しウレミオを見る。

「許可しないと言ったはずだ」

 ヨルムンドはその返答にため息をつく。

「やれやれ。名探偵は推理する。積み荷を見せないというならそれはウレミオの旦那がビルバジオの旦那とグルで、彼を手助けしていると推理する事になる」

「それがお前の言う推理か。可能性を述べるだけならいくらでも言える。しかしそれを全て検証する義務などない。妄想は推理とは言わん」

「はっはっは。一つたしかな事を教えてやろう」

 ヨルムンドは指を一本立てる。にやにやしたまま三人の顔を順に眺める。

「この二週間の戦闘で、誰もが自分の命よりも使命の方が大事だと証明した。全員自分の命程度ではあがなえない重い使命と責任を背負ってきたのだ。裏切り者は積み荷を盗むが俺たちは違う。積み荷を届けるのが任務であり使命であり何より優先する。その俺が言うのだ。積み荷を盗まれる危険を阻止しなければならない。今すぐ積み荷をあらためさせろウレミオ。使命を果たすためにはそれが絶対に必要だ」

 ヨルムンドの推理通りならすでに積み荷は盗まれている。積み荷を入れた箱はただの空となっている。それを確かめないといけない。空箱の中身が同じ重さの何かにすり替えられていたらたとえ持ち上げてみても確かめようが無い。

「使命には積み荷を自分も含め誰にも知られず見られない事が含まれているはずだ。このチームに人員を送り込んだ国や組織は全てそれに合議している」

「最優先は積み荷を目的地に送り届ける事だ。それ以外は可能な限りで遵守する十分条件にしか過ぎない。絶対条件じゃないだろう」

「お前の推理とやらで積み荷が何か確認する。お前はそれが目的だ。裏切り者などいない。なのに積み荷を暴こうとしている。それは許されない。必要ならそれだけでお前の反逆行為に対して全員で処刑する事が出来るんだぞ」

「それは裏切り者の思うつぼだ。積み荷を絶対確認しないなら裏切り物はそれを盗み出してなお平然とこの飛行艇にい続ける事が出来る。もしビルバジオの旦那が裏切り者で、この特異嵐に突入する前に積み荷をすでに引き渡していたらどうする? このまままんまと三週間も積み荷を運ばれる時間を稼がせるつもりか。今すぐ積み荷を確認し、裏切り者が盗んだ事を証明し、裏切り者を断罪して引き返し特異嵐を抜けなければならない」

「なぜ今日なのだ。この特異嵐に突入してもう三日。突入前に盗まれていたならもう手遅れもいい所だ。お前の言う事はおかしいぞヨルムンド」

「探偵に目覚めたのが今日だと言っただろう? その時はまだ事件の予感がしただけだ。しかし名探偵の頭脳が冴えてきた今ならわかる。事件は起こったのを見てからでは遅い。本当の事件はひそかに気取られずすでに行われているものだ。起こった事がわからぬ事件すら推理で暴けるからこそ名探偵と呼ばれるのだ。ただの探偵なら事件が起こるまでは何も出来ずひらめかないただの凡人にしか過ぎない」

 二人の議論は平行線だ。何せ何も確定出来る証拠は無く、その証明には積み荷を確認しないといけないのだ。

 しかしそれは任務に違反する。彼らは全員多くの協定に基づいて派遣されている。積み荷の確認は許されず、他人がそれをするのも阻止しなければならない。

 それをする者がいれば処刑してでも止める事になっている。ヨルムンドは自分が処刑されずに積み荷を確認するために、別の誰かを盗人だと言い出したのだ。

 彼の推理という名の口車に乗ってはいけない。これは策略だ。ヨルムンドとウレミオの激しい言い争いをはたで聞きながらマルガリタはどう行動すべきかを懸命に思案した。

「積み荷を確認する事は許されないわ。でも積み荷を確認しないと盗まれた事がわからないし裏切り者がいる事を証明出来ない。時間が経つほど手遅れになる。なら一刻も早く確認しないといけないって事ね」

 アッシラがつぶやく。選ぶわけにはいかない二択なのだ。積み荷を確認してはいけない。しかし確認する必要に迫られている。

「許可しない」

 ウレミオは再度断言する。ヨルムンドはお手上げというジェスチャーをする。

「名探偵と刑事は対立する。刑事は頑固だ。規律を絶対に違反しない。だから名探偵が生まれるのだ。刑事は規律を守り怪盗をまんまと逃がす手助けをしてしまう」

 ウレミオは何も言わない。彼とてわかっているのだ。積み荷が今も無事なのかどうか彼にもわからない。確認する必要がある。それも早急にだ。でも彼はリーダーとして、たかが誰かの推理だの懸念だのを理由にそれを許可する事は出来ないのだ。

「そこでだ」

 ヨルムンドはパイプを口にくわえ、左右の手の人差し指を立てて二人を指さす。

「マルガリタ。アッシラ。お前たちはどうする? この名探偵の推理を信じるか。刑事の規律を重んじるか。ああ。推理を信じなくてもかまわない。それは自由だ。ただそれを聞いても、積み荷を確認する必要を感じないか? どうなんだ?」

 アッシラはたじろぐ。信用出来ないヨルムンドの言う事など信じたくはない。しかし彼女は積み荷の確認が必要だとしか思えない。

 マルガリタは思案する。積み荷の確認は必要だ。しかしそうやってあらぬ疑いを推理しまんまと積み荷を暴こうとするヨルムンドの思い通りにするわけにもいかない。

 どちらだ。決め手も証拠も何も無い。ただどちらを選ぶのか決めないといけない。

 どうすればいいのだ。わからない。ウレミオはリーダーという立場を貫く。彼はそう出来る。揺るがない。だからリーダーに抜擢されたのだ。よって彼はリーダーとしてしか行動しない。それ以外を自分に許す事は出来ない。

 つまりウレミオは、その判断をマルガリタとアッシラに委ねたのだ。ヨルムンドを疑い危機を共有している三人とヨルムンドだけで、積み荷を暴くかどうかを多数決で決めようというのだ。

 ヨルムンドとウレミオは意見が分かれる事がわかっていた。アッシラとマルガリタがどちらの意見に肯定するのか。もし二対二ならこの場は保留だ。しかし三対一なら多勢に無勢。それぞれが強力な能力者である以上、一人では三人相手に力付くで意見を押し通せない。

 こんな重要な判断を自分ではなく他人に委ねるとは。これがリーダーのする事か。リーダーならば自分で判断し責任の全てを背負うべきではないのか。

 マルガリタは誰にでもどんなときでも感謝する。しかしウレミオのこの仕打ちに対し感謝の笑顔を作るのは今は出来そうになかった。

posted by 二角レンチ at 12:36| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月18日

飛行艇の裏切り者(8)推理

飛行艇の裏切り者(8)推理

 夕食の支度も整い、全員でマルガリタの作ってくれた料理を食べる。

 食料は非常時の事も考え消費量を厳密に決められている。船に搭載された能力により水だけは豊富に使えるし、マルガリタは火炎能力を持つため火も存分に使える。煮たり焼いたりする事で同じ食材でもいろいろな料理をこしらえる。だから毎日でも飽きない。

「マルガリタは本当に料理が上手ねえ。うちの使用人たちにも見習わせたいぐらいだわ」

「おほめにあずかり光栄です」

 いつも食べながら無理矢理な文句をつけてばかりだったリアリスが初めてマルガリタの料理をほめた。マルガリタは今までの罵詈雑言をまるで無かったかのように素直に感謝する。

 感謝はいい。怒りや憎しみはそれを向ける相手よりも自分自身をその黒い炎で焼き尽くす。幸せになりたかったらどんな人にも感謝の気持ちを持ち続ける事。他の黒い感情を持つ必要は無い。

 若い頃夫に突然捨てられた祖母にそう教えられ育てられ、自分を捨てた両親がいなくても幸せになれた。もし両親に感謝でなく恨みの気持ちを毎日抱いていたとしたら、それはとても苦しくて辛いだけの毎日だっただろう。

 誰よりも大事な唯一の家族である祖母を殺された事すらマルガリタは怒りを持たず感謝の念を持つ事にした。

 何を感謝しろと言うのか。しかし祖母はマルガリタが恨みで苦しむのを望まない。感謝し幸せになる事だけを望む。だからマルガリタは、一番の恩人に感謝するために、その人を殺した人間すら恨まず感謝するのだ。

 人は生きている限り辛い目に遭い不幸になる。それは免れられない。祖母を殺した人間に感謝する事があるとすれば、祖母がこの先出会うはずだった不幸を免れさせてくれた事だけだ。

 復讐心すら感謝の念ですり潰す。マルガリタは恨みを徹底的に無視して感謝し続けた。感謝は何より強い心だ。許せなくても感謝する。それだけでいいしそれ以外はいらない。

 あの文句と悪態しか言わないリアリスが本当に上機嫌でマルガリタをほめた。こうして見るとリアリスはとても普通の女性に見える。今まで見ていた悪鬼のような異常に怒り狂う人間はどこへ行ったのか。いつもはリアリスがいるだけで息が詰まるのに、今夜の夕食はこの二週間で初めて和気藹々としていた。

 モニカがパーシバルと並んで座り、食べさせっこしている。もちろんパーシバルはいやいやだ。いつもはリアリスが口汚く咎めるからすぐに終わっていたのに、今日は文句を言われないのでえんえん続いていた。おかげでパーシバルはとても困っているようだった。

 エーガットはいつも以上にやつれて見える。まったく食欲が無いようだが、妻に笑顔でこれもおいしいあれもおいしいと勧められるまま口に運ぶ。まるでロボットだ。人間に操られ単純な動作を繰り返すロボットにしか見えない。

 ウレミオとアッシラは並んで食事をしている。いつもは二人で話をする。たいていはアッシラが話す事にウレミオが相づちを打つだけだが、今日はそれが無い。アッシラは隣に座るモニカとその隣のパーシバルの仲をからかい、モニカは照れてパーシバルは困りながら弁解している。

 ヨルムンドは前に座るモニカやパーシバル、アッシラと話をしたり隣に座るエーガットやその向こうのリアリスと話をしたりする。探偵の心得だの今まで解決した事件の事などをべらべら話すが、今日探偵に目覚めたばかりなのでそれを突っ込まれるたびその推理は見事なりなどとおどけて見せる。

 みんな上機嫌だ。いつも四六時中怒ってばかりだったリアリスがいかに雰囲気を悪くしていたかがよくわかる。でも当のリアリスはそれにまったく気付いていないか、そんなの知った事では無いとでも言わんばかりだった。

 マルガリタはみんなの給仕をしている。おかわりをよそったり水や酒を振る舞ったりする。もちろん酒の量も決められているのだが、モニカやパーシバルは酒を飲まないのでその分をリアリスやヨルムンドが飲んでいた。

 楽しい夕食が終わった。いつもは隣にいる者とこそこそ話し、リアリスに何か言われないようにしていたのに。こんなに大きな声で団らんしたのは初めてだった。

 仲間とはこういうものだ。任務のための即席の仲間だとて関係無い。死線を共にくぐり抜けてきたのだ。互いに死ぬ危機を何度も助け合った。その上で食事と酒で団らんする。絆は否応無く深まる。

 これが全部、うわべだけなのか?

 マルガリタは笑顔のまま、心臓が凍てついたように寒くて悲しかった。

 この中に、本当に裏切り者がいるのか?

 自分の考えすぎではないのか?

 ヨルムンドはただのお調子者で、探偵ごっこは単なる遊びだったのか?

 それならそれでいい。任務終了まで何も起こらなければそれが証明される。

 戦闘に生きる者として、いくら警戒してもし足りない。些細な懸念を軽んじてそれが致命的な窮地を招き、死んでいった者は多いのだ。先人の轍を踏まないのが賢い者の生き方だ。

 食事が終わり、酒の割り当て分も飲み干した。みんな食後の紅茶やコーヒーなどを飲み、寝る前の時間をさらなる団らんでもう少し楽しもうとする。

 しかし。またしても。やはりマルガリタの望む平穏を打ち破るのはヨルムンドだった。

「マルガリタ。ところでビルバジオの旦那はどうしたんだい?」

「さあ。いつもの見回りでしょう。あの方の分の夕食はちゃんと取ってあります。あとで私と一緒にお取りになられます」

「ふふふ。そうかい?」

 ヨルムンドは目を瞑ってくっくと笑う。

 パーシバルが何となく尋ねる。

「どうしたのヨルムンド。何か言いたそうだね」

 ヨルムンドはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を開く。細い目に小さな黒目。目を開いたのに他の人より鋭い目つきだ。

「ああ。昨日までは俺は名探偵ではなかった。だから何も怪しまなかった。しかし今日から俺は名探偵だ。事件は起こるのではない。暴く物だ。凡人は事件が明らかになってから大騒ぎする。しかし名探偵は、隠された事件を暴いてそれがすでに進行している事を見破るのだ」

「何々? どういう事?」

 アッシラと女の会話を楽しんでいたモニカも興味を引かれたようだ。あるいはパーシバルの話に混ざりたかっただけか。

 アッシラもモニカにつられた振りしてちょっと興味があるだけのようにそっちに首を向ける。

(始まったわね。ヨルムンドがただの馬鹿ならいい。でもそうでないとしたら。マルガリタとウレミオはヨルムンドがシロで、言えない危機に対する警告をしていると考えている。でも私は違う。二人がそう見るなら私はこいつを犯行予告をする裏切り者だと見ながら話を聞く)

 アッシラは普段と変わらない風を装う。隣に座るウレミオはいつも無口で無表情だ。でも話を聞いている。彼は装うも何もいつも通りにしか見えないし、それ以外の振る舞いを出来ないのだろう。

(私はヨルムンドをただの小物だと考えてきた。だから実際にシロかクロかはわからない。でもマルガリタたちと違い、クロと見なして観察すればそのわずかな露出を見抜けるかもしれない)

 アッシラがマルガリタとウレミオの三人で立てた作戦の内の一つ。違う立場で観察して見抜く。あとで気になった点をすり合わせてヨルムンドがシロかクロか判定する手がかりとするのだ。

 アッシラはヨルムンドをクロであり犯行予告をしていると見る。マルガリタは彼がシロであり警告をしていると見る。ウレミオは中立だ。ヨルムンドがシロかクロかに関係無く、そんな思惑とは無関係にただそのままを観察し、不自然に感じる点が無いかを調べる。

 一人の人間が複数の思考や感情、立場で観察するのは難しい。三人がそれぞれ明確に違う立場で観察すると決めておく事で、一人では気づけない部分までも観察で暴く事が出来る。

 ヨルムンドはそんな事を知ってか知らずかべらべらと話をする。

「俺は今日、生まれて初めて名探偵になった。昨日までの馬鹿な俺とはおさらばだ。探偵は素晴らしい。こんなに思考が冴えるとは。周りを見る目がまったく変わった。おかげで見えなかった物が見えるようになった」

「見える物が見えなくなったんじゃないのー?」

 モニカが笑う。

 リアリスはエーガットが無理に食事を全部食べたせいで苦しいからと、しばらく食堂に留まっている。本来ならすぐに夫と一緒にベッドへ行きたいのだが、やむなくヨルムンドの話を聞きながらコーヒーを飲んでいる。

「見える物はそのままに。見えない物を暴き出す。それが名探偵。その頭脳が訴える。ビルバジオの旦那が夕食の席に現れない事の不自然さをな」

「あの方は、いついかなるときも警戒を怠りません。どんなに安全な場所でもなお安全を確認する見回りをなさいます。それがあの方の哲学、生き方なのです。特異嵐の中、敵の襲撃が無くともなおそれは不変なのです」

「マルガリタ。お前は名探偵の助手だろう。助手なら助手らしく、名探偵の言う事は全部肯定するんだ」

「助手?」

 パーシバルが怪訝そうに訊く。マルガリタの事を好きなのに、ヨルムンドみたいなお調子者と愛しの彼女が何か関係あるのかもしれないのが気にかかる。

「ああ。マルガリタはこの名探偵の助手に任命され、快く引き受けた。そうだなマルガリタ?」

「はい。でも、助手の定義があなたと私とでは違います。助手は探偵の太鼓持ちではありません。それではいる意味がありません。助手は探偵により多くの気づきをもたらし真相へ導く者。そのためには、探偵の意見とは異なる意見すら口にするのを厭いません」

「ええい。なんだそれは。そんなのは助手とは言わん。名探偵を気持ちよく賞賛する。いちいち推理に拍手する。それが助手の役目だろうが」

「ヨルムンド様。私は私の定義する助手としてあなたの推理の手助けをしましょう。ビルバジオ様に教えられました。人は己の哲学、つまり信念に基づいた生き方を貫けばいいと。それが互いに異なりぶつかり合おうとも決して曲げてはいけないと。それを貫いた末の結果なら、全ては誤りではなく誇りとなるのです」

 ヨルムンドは従順な美人を侍らしたかっただけだ。こんな生意気な助手など望んでいない。口をあわあわと動かし手を振ったり頭を振ったりしたが、やがてコーヒーをぐいっと飲んで一息つく。

「いいだろう。お前は助手解任だマルガリタ。ではモニカ。かわいく従順な君を名探偵の助手に任命しよう」

「嫌」

「うれしいだろう……は?」

 モニカを口を尖らせる。そして隣のパーシバルの腕に抱きつく。

「嫌よ。パーシバルの助手とか恋人とかならいくらでもなってあげるけど。どうしてあんたなんかの助手をしないといけないのよ」

「名探偵の助手といえば女はみんなあこがれる花形職業だぞ。それを何だお前は。お前等は。ええいもういい。アッシラ」

「私も嫌よ。あんたは見ている分には面白いけど相手するのは疲れるわ」

 みんな笑う。エーガットでさえちょっと苦笑する。ウレミオは無表情なわけではない。目を瞑ってしょうがないなといった感じで微笑む。

 むろん、リアリスに助手になれなどとは言えない。せっかく上機嫌なのに、何かを命令されればまた気を損ねるかもしれない。なによりヨルムンドは年増で人妻で激怒家のリアリスを助手になどしたくなかった。

「いいだろう! マルガリタ。お前を助手に復帰させてやる」

「私の定義する助手でよろしいのなら」

「かまわん。女の助手がいないと名探偵は様にならん。小説みたいにおっさんやじいさんを助手にするなどまっぴらごめんだ。さりとて捜査をするのに探偵一人では手に余る」

「光栄です。そういう事なら、私なりのやり方で助手を務めさせていただきます」

「よかろう」

 ひとまず場は収まった。パーシバルは何か言いたそうだったが、マルガリタの様子ならヨルムンドにいいように扱われる事は無いようだ。ちゃんと拒否する所は拒否している。心配ではあるが、別段ヨルムンドと特別な関係になったわけではないようなのでほっとした。

「それで名探偵様。推理の続きをお聞かせ願えますか?」

「よかろう。いい助手っぷりだ。そうだな。ビルバジオの旦那が夕食に来ない理由だ」

「それは先ほど申し上げた通り、あの方の哲学に基づいて見回りをしておいでなのです」

「この狭い飛行艇をか? いったい朝から晩まで何度往復するのだ。どこを調べると言うのだ」

「それは、狭いとは言っても一人で見て回るとなると時間はかかります。それに一度見たらもう安全というわけではありません。毎日何度もパトロールするものでしょう」

「それぞれの部屋へは入らないのだぞ? そこまで見る場所などろくにない」

「何がおっしゃりたいのですか」

「朝や昼の食事はバラバラだ。全員揃う事などない。しかし夕食だけは別だ。全員で一緒に摂る。なのにあいつ一人だけ、一度も夕食の場に現れた事が無い」

 いつの間にか全員が聞き入っている。マルガリタは何もわからない振りをするが、すでに冷や汗をかいている。

(名探偵と言うからには、的外れな推理を一方的にべらべら話すスタイルを貫くと思っていたのに。こんな対話で真相に近づこうとするなんて。やはりこの方は馬鹿を装っているけれどとても賢くそして狡い)

 マルガリタとアッシラとウレミオは三人で結託し、ヨルムンドを見極めようとした。三人が手を組んでいる事を他の誰にも悟られるわけにはいかない。誰が裏切り者なのかまだわからないのだ。そんな者がいないならいいが、いた場合に備えて行動しなければならない。だからここで不自然に目配せで互いの意志を確認するわけにはいかない。

(どうしよう。私はヨルムンド様をシロと見なして観察しないといけないのに。いきなりこれは。これではシロと見るのが難しい。私は。ああ。そうと決まったわけではないけれどこれはとてもまずい。どちらにしてもまずい)

 ヨルムンドはパイプを取り出し口にくわえる。別に吸うわけではない。ただ探偵っぽいからくわえて上下させるだけだ。

 探偵のマントとパイプ。変な格好だ。なのに本当に推理をし出すと実に様になって見えるのだから驚く。誰もが彼の言葉をじっと待った。

「ビルバジオの旦那は、全員が夕食の場に揃うからこそいないのだ。誰にも見られず知られず行動出来るのは今しかない。他の時間の見回りは全てカモフラージュだ。あいつはこの時間を使って何かをしている」

 アッシラはつい口走る。演技でも探りでもなく、口を突いて出てしまった。

「何かって?」

「名探偵が推理するのは普通の事件とは違う。殺人事件か怪盗による盗難か。どちらかしかない。重大事件しか扱わないし巡り遭わない」

「殺人? でもここには全員揃っている。誰も殺されていないわ」

「なら盗難だろう。犯人は殺人犯ではなく怪盗なのだ」

「それってまさか、積み荷を盗んだって事? 私たちが命懸けで輸送している大事な積み荷を」

「その可能性が高いだろうな。怪盗が盗むのはそこにある一番のお宝以外にあり得ない」

 ヨルムンドの推理に全員が緊迫する。彼らは命を捨ててでも積み荷を輸送する任務を負ってきたのだ。それを盗まれるなどあってはならない。

 マルガリタは一人、他の可能性も含めてひどくあせる。

(まずい。まずい。可能性が多すぎて証拠はまったく無い。どれも確定不能。しかしこれは。私はヨルムンド様をシロと見なして観察しないといけないのに最悪のクロの懸念に支配されてしまう)

 ヨルムンドが最悪のクロである場合。それは積み荷をすでに盗み出し、特異嵐に飛び込む前に戦闘のいざこざで敵として襲ってきた外部の仲間に渡してしまっている。そしてその罪を着せるために、ビルバジオをすでに殺害して死体を消している。

 ヨルムンドが怪盗であり殺人犯であり裏切り者だ。それを隠すために名探偵の振りをし、ビルバジオを犯人に仕立て上げてみんなを騙し、自分は逃げも隠れもせずにゆうゆうと帰還するのだ。

 ヨルムンドは本当にクロなのか? クロだと確定出来るのか? 難しい。それにシロだった場合もその次くらいに危険なのは変わりない。

 もしヨルムンドがシロなら、裏切り者がビルバジオなら、積み荷を盗み彼自身も逃亡しているだろうか?

 この特異嵐から逃げ出す事は出来ない。人間はこれに害されない能力を有しない。だからビルバジオが裏切り者だとすれば、隠れ潜んで他の全員を一人ずつ襲って皆殺しにするつもりなのだ。

 可能性を考えるときりがない。しかし現状、ヨルムンドかビルバジオ、どちらが裏切り者だとしても最大級の危機である事に変わりはないのだ。

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2014年04月16日

飛行艇の裏切り者(7)夕食

飛行艇の裏切り者(7)夕食

 夕食の時間。みんなぞろぞろと食堂に集まってきた。

 ヨルムンドは探偵らしいマントを肩に羽織り、パイプをくわえて上下させながら入ってきた。それを見て少女のモニカが笑い出す。

「あはっ、ヨルムンド。何それ。今度は何ごっこなの?」

「ごっことは笑止千万。英雄の生まれ変わりや神の使徒だというのは仮の姿。この名探偵こそが俺の本来の姿なのさ」

 ヨルムンドはマントをばさっと翻す。モニカはきゃっきゃとはしゃぎながら拍手する。他の人々もその周りに集まってくる。

「名探偵? ぷぷー。何それ。今までどんな事件を解決してきたのー?」

「名探偵は事件を解決して初めて生まれる。今夜起こる事件で、俺は名実共に名探偵となるのだ」

「つまり、今までまだ事件を解決した事がないの?」

「左様。なぜなら今日、俺は名探偵だと目覚めたばかりなのだからな。自分の真の姿に覚醒したのだ。わっははははははは」

 ヨルムンドは尖って長い前髪を揺らし、細くて黒目の小さな目でみんなを順に見つめる。

 目をきらきらさせて面白がっている、頭の左右にお団子を結って胸の小さな少女モニカ。その横には彼女が猛烈にアタックしている髪がさらさらな以外取り柄の無い少年パーシバルがいる。ヨルムンドは髪が硬いのでそれだけがうらやましかった。

 髪が長くて胸も大きい美人のアッシラは笑っている。

 リーダーであるウレミオは背が高くてスマートだがたくましい。引き締まった筋肉をしている。相変わらずの仏頂面で、ヨルムンドがいくらおどけてみせても一度も笑った事が無い。

 彼は髪が硬くて短く切りそろえている。髪の硬さを妙に気にするヨルムンドは、ウレミオの方が髪が硬いのでそれだけで勝った気になる。他の何もかも負けているのに引け目を一切感じない。

 すごく美しい熟女で胸も一番大きなリアリスは、胸の谷間を強調したセクシーなドレスを着ている。この特異嵐の中では三週間も戦闘が無いので、彼女はドレスをたくさん持ち込んでいた。

 リアリスはいつもよりたくさん笑っていた。やけに上機嫌だ。何があったのだろうか。

 ヨルムンドがテーブルを見ると、エーガットが青ざめた顔でぐったりうつむいていすに座っていた。

「おやおやリアリス婦人。エーガットの旦那は具合が悪いようで」

 リアリスは口に手を当てて大笑いする。

「いいええ。とおおおっても元気よ。ねえあなた」

 エーガットはびくりと顔を上げる。見ていて哀れなぐらい怯えている。

「あ、ああ。私は元気だ。ヨルムンド。気にしないでくれ。ちょっと疲れているだけなんだ」

 戦闘で勇敢に戦う戦士が、妻に対してはいつも怯えている。しかし昨日まではこうではなかった。この怯え方は尋常ではない。妻との間に何があったのだろうか。

「おおっと。待て待て。みなまで言わずとも、この名探偵にかかればお茶の子さいさい」

「お茶の子さいさいってなーに?」

「よよいのよい」

 モニカの問に対する答えかどうかよくわからない事を言い、ヨルムンドは手を広げて前に突き出す。

 もう一方の手は指を全部立てて額に当て、目を瞑りうつむく。少しの間を置いて顔に当てた手はそのままに上を向き、目を瞑ったまま天を仰ぎ眉をひそめ苦虫を噛み潰したような苦い笑みを浮かべる。

 何だこれ。謎を解いたのかお手上げなのか。どっちとも取れる曖昧な表情とジェスチャーにモニカが大笑いする。他のみんなも一緒になって笑う。

「わかったぞ! エーガットの旦那はおいしい夕食を食べて元気になれば万事解決であろう」

「それ推理? それとも占い?」

 モニカが言うとみんな盛大に笑う。エーガットだけは苦笑いする。

 ヨルムンドはちっちとくわえたパイプを上下させる。

「浅いなあ。万事解決って言っただろう。元気になれば解決する問題のせいでエーガットの旦那は疲れたんだ。旦那が疲れて婦人は元気。その答えは一つしかない。リアリス婦人。あなたこの食堂へ来る前に、ご主人に張り切らせましたね?」

 いつもなら夫婦生活の無いリアリスにそんな下世話な事を言えばすぐに激怒する。だから言わずとも夫婦生活がうまくいっていない事は誰もが知っていた。

 なのにリアリスは怒るどころか顔を赤くしてぱああっと満面の笑顔を浮かべる。

「あらあああ。わかっちゃったかしらあ。やあねえもう。でもまだまだよ。おいしい夕食たっぷり食べてうんと精をつけて、今夜も頑張ってもらわなくちゃ」

「はっはっは。夫婦仲むつまじくて結構ですなあ。夫婦の仲もお任せあれ。何でも解決しますヨルムンド名探偵への依頼、お待ちしております!」

 リアリスは上機嫌で、下世話なネタを振られても笑顔で答えた。みんなに知って欲しくてたまらなかったらしい。数年ぶりの営みで身も心もすっかり満足したのだ。上機嫌にもなろうというものだった。

 旦那は旦那で、かわいそうにいつも以上にやつれていた。食事したぐらいで元気になるのだろうか。なのにそれをみんなの前で求められるなんて。

 とんだ恥さらしだ。妻の厚顔無恥さに呆れるが、エーガットはもう妻に逆らう事など出来なかった。

 能力で心臓に電気ショックを与えられ、心臓が止まるかというほどの衝撃と苦しみでけいれんしたまま犯される。それはとても辛い事だった。しかし長い年月に渡る恨みを、妻の首を絞めて晴らそうとしたときの興奮はすさまじく、そんな状態でもまったく萎えなかった。

 数年ぶりで、しかも何度搾り出してもまだ元気だった。妻は夫のそれに夢中で何度も執拗に犯しまくった。

 もうすっからかんだ。疲労で食欲なんてわかない。なのに精をつけさせるため無理矢理食堂へ連れてこられた。あまつさえこのあとまた求められる。それに応えられなかったらまた電気ショックで躾られる。

 妻が恐ろしい。でももう逆らえない。あのとき絞め殺してさえいれば。欲情して殺す前に犯そうなんて考えなければこんな目に遭わずに済んだのだ。

 しかし冷静に考えて、妻とはいえ仲間を殺したらおしまいだった。今はチームで任務についている。裏切り者は有無を言わせず処刑にしないと全員の命が危険だ。なにより任務に失敗する。もし妻を殺していれば、エーガットは他の全員に糾弾されとっくに処刑されてしまっていただろう。

 それを考えれば命拾いで、でもいっそ処刑の方がましだったかもしれないという生き地獄だった。

 マルガリタが食堂の奥の厨房から現れる。

「皆様。お夕食の用意が出来ました」

「わーい。おなかぺこぺこ」

 モニカが大喜びで万歳して立ち上がる。パーシバルもすぐに立ち上がる。

「どうかお席でお待ちください。モニカ様。パーシバル様」

「もう、いつもそればっかり。駄目だって言っているじゃない。早く食べたいもん」

「そうだよ。それにいつも君に全部任せっきりなのも悪いしさ。他は手伝わせてくれないけど、食事を並べるのだけは手分けした方が早いんだから、これだけは譲れないよ」

「ありがとうございます。モニカ様。パーシバル様。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 マルガリタは笑顔でぺこりと頭を下げる。モニカとパーシバルは一緒に厨房へ行き、食事の配膳を手伝う。

「あー、すごくいい匂い。マルガリタって料理上手だよねえ。日々の割り当ての材料は少ないのに、こんなにおいしくてたくさん作れるなんてすごい」

「それほどでは。水だけは飛行艇に備わった能力で生成出来ますから豊富に使えます。火も私の能力なら燃料を使わずにいくらでも使えますから。たくさんじっくり煮込んで味を引き出す料理がいろいろ作れるだけです」

「火炎能力って便利だよねー。ただの火とはいろいろ使い勝手が違うし」

「はい」

 モニカは素直にマルガリタの火炎能力をほめる。嫌みではない。モニカは恋敵としてマルガリタを嫌っているが、凄い物は凄いとほめる。それはそれ、これはこれと割り切れる性格だった。

 だから憎めない。パーシバルはこういうモニカを見ていると心がぐらついてしまう。でもモニカは、自分の告白を利用して友達と一緒に童貞をもてあそんだ女の子たちと同じ、男をおもちゃにして蹂躙する女の汚さをたしかに持ち合わせているはずなのだ。心も身体も許すわけにはいかない。

 モニカが単にマルガリタを嫌っているなら配膳の手伝いなど決してしない。でもマルガリタがいろいろしてくれるのに対し感謝の気持ちはあるし、早くおいしい料理を食べたい気持ちもある。それに素直に従うだけだ。マルガリタを嫌っていようと彼女の手伝いをする事とはまったく関係無い。

 普通の人はそこまで完全に割り切れない。悪意があればそれに流される。モニカはある意味とても純粋で、だから欲望にも純粋でパーシバルに猛烈なアタックをしている。

 それはつまり、怒りや憎しみも純粋に、他の何にも左右されずに猛烈に発露するという事だ。パーシバルはそこまで考えられず、ただ嫌っているはずのマルガリタの手伝いを率先してするモニカを見て、そんなに悪い子じゃないなとぼんやり考えていた。

 マルガリタは女だし、自分の感謝の気持ちに基づいた行動を疎まれてきた経験は豊富だ。だからモニカのような人物はとても珍しく、その異様さにすでに気付いていた。

(モニカ様。この方がもし何らかの密命を帯びていたならば、純粋にそれを遂行するだろう。その密命のためにパーシバル様を殺さないといけないとしたら、いくら好意を寄せている相手であろうと躊躇無く殺すに違いない)

 この中で一番無邪気で害が無いように見えるモニカは、無邪気を通り越した純粋すぎる完全割り切りを体現しているからこそ恐ろしい。裏切り者がいて、それを誰にも気取られないとすればモニカは有力候補の一人だった。

(何らかの企みを持ちながらまったくそれを感じ取れないほど分離し隠しきれる。馬鹿を装った怪しい言動で密命を隠そうとするヨルムンド様とは正反対。どちらが裏切り者なのか)

 マルガリタは誰をも信用していない。誰もが裏切り者たり得る。容易に気取られるほど間抜けな奴は一人もいない。そんな迂闊な奴がもしいればとっくに戦死している。

 二週間の戦闘で、誰もが熟練の戦士である事を証明した。それはいかに若いモニカやパーシバルでも同じ事だ。若いのにそれだけ熟練し、この任務に抜擢された事こそが驚異だ。若いからこそ警戒に値する。

 マルガリタは普段通りにこやかに、しかし全員を注意深く観察し、裏切り者の手がかりを得ようとした。

posted by 二角レンチ at 10:43| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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