2014年05月30日

飛行艇の裏切り者(23)裏切り者

飛行艇の裏切り者(23)裏切り者

 エーガットの白蛇はその体長を自在に伸ばせる。倉庫の荷物の間をするすると滑り込みあらゆる隙間からその牙を向いて襲いかかる。

「こいつはやっかいだ。早い早い。人間と違って頭が入る隙間ならどこにでも潜り込んで襲って来やがる」

 まるで白い毛糸でぐちゃぐちゃに編んだように、のたくる白い蛇の身体があちこちの隙間にからまるように潜っている。どこがどことつながっているのかわからない。積まれた木箱はすでにその蛇になぎ倒され転がったり重なったりしながら隙間が多い。蛇は隙間に潜り込み、うじゃうじゃとからまるどこに頭があるのかわからない。

 ヨルムンドはひょうきんな動きで、蛇の頭や胴を鞭のようにしならせた攻撃をひょいひょいかわす。

 ウレミオも蛇の頭や胴を避けながら感心する。

「おいヨルムンド。そんなにかわすのが上手かったのか。今までの戦闘で敵の攻撃を受けそうになって助けられていたのはやはり演技か」

「違う違う。言っただろう。俺の能力、天の啓示は身体を勝手に動かすんだ。探偵は華麗に犯人の策略をかわす。だから避けるのが上手いんだろうよ」

「言っていろ」

 ウレミオが両掌を広げる。

 そこから太い光線がほとばしる。瞬時に数発撃ち込むレーザーが蛇の胴を切断し、木箱を粉砕して木っ端微塵に爆発させる。

「ひょう。ウレミオの旦那のレーザーはいつも豪快だねえ。出力をセーブしろよ。でないとこの飛行艇を墜落させちまう」

「わかっている」

 本来はこんな程度の威力ではない。敵の飛行艇すら撃墜する強力かつ膨大なレーザーを放つ事が出来る。もちろんそこまで出力を上げたら撃てる数はわずかだが、この程度の細いレーザーなら何発撃とうが尽きる事はない。

 これ以上出力を上げると床や壁を貫いてしまう。飛行艇に風穴を開けるわけにはいかず、動力部を損傷でもしたら大変だ。ウレミオのレーザーは強力だが屋内戦では本領を発揮出来ない。

 木箱や他に倉庫にあった物に隠れてエーガットの姿は見えない。のたくる蛇はあちこちにからまり隙間に潜り込み、切断された部位はすぐに切り口同士を探し合い接合する。

 それは必ずしも元の傷口と繋がるわけではない。もはや一本の糸ではなく複雑に交差した網と化している。

「やっかいだねえ。治癒の力を持つ蛇だから再生力がすごい。複数の傷口が一緒に接合している所もある。おかげで頭がどこに移動してどこに繋がっているかもわからない。あの蛇は倒せないぜウレミオの旦那。全部一度に吹き飛ばしてしまえ」

「そんな出力で撃てばこの飛行艇に穴を開けてしまう。墜落するぞ。特異嵐がこの中に吹き込んだら内部からバラバラになる」

「そうならないぎりぎりで頼むぜ」

「そこまで微妙な調整は効かない。それに積み荷を吹き飛ばしては大変だ」

「そいつは大丈夫さ。この名探偵の頭脳が推理している。積み荷は特別な物だ。俺たち人間程度の能力や科学で破壊出来る物じゃないねきっと」

「お前の天の啓示能力は信用出来ない。それに基づいた攻撃など出来るか」

「やれやれ。信じないから膠着するんだろうが。あの蛇の物量を見ろよ。なるほどなるほど。姿を消せなくてもああして蛇の網を形成し、破壊されても再生する鎧とする事で誰からも積み荷を守り抜けるってわけか」

 エーガットの声が響く。網のように展開された蛇の胴全体から発せられるその声は、彼の位置を特定させない。

「このまま膠着すると思うか? 他の者が戻ってくる前にけりをつける。あなたたち二人はここで死ぬのだ」

 蛇の頭がその毒の牙で噛みつこうとヨルムンドに襲いかかる。彼はまた華麗な身のこなしでひらりとかわす。

 かわした蛇の牙からびゅっと、毒が噴き出す。それはヨルムンドの手にかかり浸透する。

「うぐっ? ぐああああ!」

 ヨルムンドは毒に冒されどす黒い紫色になった左腕を抱えて床を転がり悶絶する。

「まず一人。激痛と麻痺で身体が動かんだろう。そのちょろちょろとした妙なダンスもおしまいだ」

「うご、ぐごおおおおおおお」

 ヨルムンドは涎を垂らし激痛に悶え暴れる。戦闘で負傷してもその痛みを意志と高揚で抑えつける戦士でも耐えられない激痛毒。しかも身体が麻痺していく。激痛で暴れている間にじわじわと麻痺が浸透する。

 ヨルムンドはもう戦えない。ウレミオは一人で双頭の蛇と戦わねばならない。二人でかわしてやっと互角なのに、戦況が一気に不利になる。

「くそ。エーガット。勝ったと思うなよ。俺はお前を必ず殺す」

「やってみるがいいウレミオ。私は蛇の網による防御により敵をよせつけない。今のヨルムンドのようにやがて相手の隙をつけばそれで勝てる」

 蛇の二つの頭が同時に襲う。ウレミオは両手から放つレーザーでそれを薙払う。

 切断されるたび絡まるように接合し、網のように縦横無尽に広がる蛇の胴がのたくりながらウレミオを鞭打とうと襲う。ウレミオは飛び跳ねかわしながら、かわせない物に絞ってレーザーで焼き切る。

 その傷口からぬぽっと、蛇の頭が生えた。

「何」

「私の蛇は、傷口から頭を生やせる。頭は同時に二つしか存在出来ないが、傷口に頭を再生出来るのだ」

 不意を突かれ蛇の牙に腕を噛まれる。とたんに激痛が走る。

「ぐがああああ!」

 ウレミオは噛みつかれた左腕を右手のレーザーで蛇の頭ごと焼き切る。毒が身体に回る前に切断出来た。焼けた傷口から遅れて血が吹き出す。

「ほお。私の激痛毒よりはまだ、腕を切断した痛みの方がましだ。しかしとっさにそれを決断出来るとは強い意志だ。さすがはリーダーに選ばれただけはある」

「はあっ、あっ、ぐっ、エーガット。ずいぶん余裕だな。なのに手負いの俺がまだ怖いのか。姿を見せろ」

「そんな挑発には乗らない。私は確実に勝利する。私は強いのだ。妻に怯える私はリーダーには選ばれなかった。しかし実力ではこのメンバーの中で一番だと自負している。そして使命を果たす。あなたたちは暴いてはならぬ積み荷を暴いた。それは明確な裏切りだ。私は規約に基づきあなたたちを処刑する」

「はあ、はあ、エーガット。お前の位置がわからない。木箱や物陰に潜み、さらに蛇の網でガードと目隠しをしている。しかし俺のレーザーの出力を上げればお前を含め全てを吹き飛ばせるんだぞ」

「出来ないだろう? そんな出力で撃てば確実にこの飛行艇に穴を開ける。墜落より早く外の特異嵐が吹き込み内部から破壊し尽くしてしまう。この特異嵐の中を飛ぶ飛行艇という場ではあなたは私に勝てないのだ」

「位置のわからないお前を狙い撃ち出来ない。あちこち撃ってもすぐに蛇は再生し、よりバリケードを増やしていく。かと言って高い出力で全部を一度に吹き飛ばす事も出来ない。しかし俺がお前に勝つ方法は一つだけあるぞ」

「そんな物ありはしない。しかし殺す前の最後の言葉だ。聞いてやろう」

「それはな、信じる事だ」

「信じる? 自分の勝利をか? それで勝てれば苦労しない」

「違う。ヨルムンドの天の啓示能力が、彼の妄想遊びではなく本当にあるという事をだ」

「何?」

 ウレミオはただ一本のレーザーを放つ。たった一撃。それは木箱を吹き飛ばし蛇の網を引き裂き、その奥に隠れていたエーガットの胸を貫いた。

「がはっ」

 エーガットが血を吐く。がらがらと木箱の破片がまき散り、ぼたぼたと蛇の切断された胴が降り注ぐ中、エーガットはひざをつく。

「えっ、がぼっ、こん、はっ、なぜ」

「お前の位置がどうしてわかったか? ヨルムンドが指さしている。彼の天の啓示能力は彼自身でもコントロール出来ずに身体を動かす。毒で麻痺して動けなく、お前の位置がわからないヨルムンドでも、啓示により身体を動かしお前の位置を示す事が出来るのだ」

 ウレミオはヨルムンドの能力を信じていなかった。しかし麻痺して動けない彼が、敵を探知など出来ない彼が、指をさして示した先にたしかにエーガットがいた。これはもう信じざるを得ない。

 エーガットはそばに落ちている蛇の切り口から蛇の頭を生やす。しかしそれはすぐにウレミオのレーザーで焼き切られる。

「蛇の牙で治癒毒を自分に打ち込ませはしない。お前はそのまま死ね。生かしておいても素直に屈服しないだろう。最後だエーガット。正直に言え。お前は裏切り者なのか? 何らかの密命を帯びて来たのか? それとも本当に、任務を全うするため積み荷を守ろうとしたのか?」

「私、は」

 胸にレーザーで穴を開けられ呼吸も出来ない。しかし最後の声を執念で無理矢理絞り出す。床に突っ伏しながら前に立つウレミオを亡者のごとき形相でにらみ上げる。

「使命を全うする。積み荷を暴く者がいれば殺してでも阻止する。私は裏切り者ではない。裏切り者はあなただウレミオ……」

「そうか」

 ウレミオはレーザーでエーガットの頭を吹き飛ばし完全に絶命させた。

 ウレミオは切断した左腕からぼたぼたと血を流す。その激痛に汗をかきながら、エーガットが死んで消失した蛇の胴から転がり落ちた輝く卵を見下ろす。

「ヨルムンド」

 彼は返事をしない。エーガットの蛇の毒で激痛にさいなまれながらも麻痺により硬直し、暴れ苦しむ事すら出来ない。天の啓示能力によりエーガットの位置を指さしたまま固まっている。

「お前の能力は本物だった。助かったよ。おかげでエーガットを倒せた。しかし彼はいまわの際でも裏切り者だと認めなかった」

 ウレミオは振り返り、ヨルムンドに手を向ける。

「ビルバジオも裏切り者ではないのだろうな。裏切り者などいなかったのだ。だがお前の天の啓示能力は誰かが積み荷に触れる必要を啓示した。裏切り者がいたのではない。誰かが裏切り者となり、積み荷を暴いて触れねばならなかったのだ」

 ヨルムンドは麻痺して動けない。彼は何を考えているのだろうか。

「俺が裏切り者となろう。積み荷に触れてどうなるかはわからない。俺が触れる。その結果を受け入れる。誰にもその結果を知られてはならない。お前には触れさせん。お前は積み荷を暴いた裏切り者として俺に処刑されるのだ」

 ヨルムンドは動けない。しかしぽろりと一粒、涙をこぼした。

 ウレミオはレーザーを放ち、ヨルムンドの頭を吹き飛ばす。その死体をじっと見つめる。そして足下に転がる積み荷、輝く大きな卵に手を伸ばした。

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2014年05月28日

飛行艇の裏切り者(22)仲間

飛行艇の裏切り者(22)仲間

 アッシラはひどく困惑していた。

 ビルバジオが裏切り者だったはずなのに。しかし今、モニカとパーシバルに殺されかけてなお、彼は積み荷を守りに行こうとしていた。

 それも、モニカとパーシバルを傷つけないようにして。本気で攻撃すれば二対一でも一方的に手傷を負わされる事は無く、モニカたちにもダメージを与えられたはずだ。

 仲間を傷つけない。積み荷を守る。ビルバジオは有言実行。その言葉にも行動にも嘘が無い。

 これが裏切り者?

 あり得ない。マルガリタが助けに入るのを見越していたのだろうか。違う。彼はそんな打算をしていたようには見えなかった。

 氷の剣と何でも抉り取る能力により全身傷だらけで血塗れのビルバジオをかばうように、マルガリタがその前に立つ。手を前にかざし、その手から火炎を噴き上げる。

「どくんだマルガリタ。でないと君を殺さなくちゃならない」

「パーシバル様。ビルバジオ様は裏切り者ではありません。私たちの仲間です。私もこの方と同じように、仲間を殺させません」

 モニカが笑う。

「あはっ。じゃあビルバジオと同じように、私たちに一方的になぶり殺されるのね?」

 マルガリタは首を左右に振る。

「違います。私は私の哲学に基づいて行動します。仲間を傷つけないビルバジオ様とは違います。殺しはしません。しかし退けるためならけがをさせる事はいといません。あなたたちを倒してここを突破します」

「なーんだ。自分が傷つくのは嫌だって。あはっ。いいわよマルガリタ。私はあんたを殺すもんね」

 モニカは両手に生やした大きな氷の剣を交差させて構える。マルガリタの火炎で溶かされても何度でも再生出来るのだ。

 パーシバルは悲痛に叫ぶ。

「マルガリタ。僕たちは任務を最優先する。己や仲間の命よりだ。君が裏切り者のビルバジオを守り積み荷の元へ行かせようとするなら、僕らは君を殺してでも止める」

「いいのですよパーシバル様。あなたはあなたの哲学に基づいて行動なさってください。異なる哲学同士がぶつかって、それがたとえどんな悲惨な結果を生もうとも、それはなるべくしてなった事なのです。受け入れるべき必然なのです。許せないのは己の哲学を歪め過ちを犯す事です。哲学を貫く限りどんな結果も過ちではなく誇れるのです」

「マルガリタ……うあああああああ!」

 パーシバルが涙を堪えながら飛びかかる。モニカもそれに続く。

 マルガリタは両手を突き出し火炎を噴き出して二人を迎撃する。

 三人の攻撃が交差する。それを食らったのは。

「ビルバジオ様!」

 ビルバジオが間に入り、三人全員の攻撃をその巨体で受け止めたのだった。

 マルガリタの火炎で背中を焼かれ、パーシバルの手刀で肩から胸をごっそり抉り取られた。

 そして、モニカの氷の剣は二本ともビルバジオの腹を貫いていた。

「ぐ……うーむ」

 モニカが剣を抜くと、ビルバジオは傷と口から血を吹きながらひざから崩れ落ちる。その巨体が倒れると床が揺れた。

「ビルバジオ様! ああ。どうして」

 マルガリタは泣きながら、自分の火炎で焼いてしまった背中をいたわるようにすがりつく。

「我が輩は、仲間を、誰にも傷つけさせはしないのであーる……」

 マルガリタは、横たわり床に突っ伏すビルバジオの横顔を撫でながら涙をぽろぽろこぼす。

「そんな。私が、モニカ様たちを傷つけてでも退けようとしたから……?」

「マルガリタ。異なる哲学同士がぶつかってもその結果はよしとするのであーる……大事なのは己の哲学を貫き通す事。お前は曲げず貫き続ければいいのであーる。それは間違いではないのであーる」

「うっうっ。ビルバジオ様あああああ」

 マルガリタはビルバジオに抱きつき大声で泣く。

 モニカはそれを見下ろしていたが、へらっと笑う。

「あはっ。哲学って何? 馬鹿で意固地なだけじゃない。それで死んでりゃ世話ないわ。無駄死にする哲学なんていーらない。さ、マルガリタ。立ちなよ。殺してあげるから。ビルバジオの後を追って、あの世で仲良く哲学とやらを語ったらー?」

 けらけら笑うモニカを見てパーシバルはお化けでも見たようにたじろぐ。

(やっぱりモニカはおかしい。こんなの理解出来ない。彼女は受け入れられない)

 マルガリタは動かなくなったビルバジオの目を手で閉じさせると、涙を拭って立ち上がる。

「私の哲学を貫いた結果、ビルバジオ様を死なせてしまいました。しかしそれでもなお、私は私の哲学を貫きます。どいてくださいモニカ様。パーシバル様。私は積み荷を暴こうとするウレミオ様たちを止めて積み荷を守らねばなりません」

「それは私たちがするってー。だからあなたはここで死んじゃえ!」

 モニカが両手の氷の剣を振りかぶって飛びかかる。マルガリタは両手の火炎を放出してそれを溶かす。

「ほらほらほらほら! 溶かしてもすぐに再生するもの。あなたの火炎なんかじゃ私には勝てないよ!」

 モニカの剣を受け止めるようにマルガリタの手は火炎を噴きながら迎撃する。しかしモニカの剣は溶かされても次に振りかぶったときにはもう再生している。氷の剣は瞬時に形成出来、それは尽きる事が無い。

 離れた距離から火炎放射で迎撃していたマルガリタとの距離がじわじわ近づいていく。マルガリタの火炎よりもモニカの氷の剣の方が早くて強い。

 このまま押し切ればいずれマルガリタは防ぎきれずに首をはねられる。しかしマルガリタは防ぐので精一杯。攻撃を撃ち込む余裕が無い。

 炎と氷。一見対等に見えるがその攻撃速度が差を生む。接近戦ならモニカの方が強い。能力の相性が悪かった。

 徐々にマルガリタの身体が切り刻まれる。まだほんのかすり傷。しかし女中の服が所々破れ血が飛ぶ。

 それでもマルガリタは諦めない。死ぬまで、たとえ死ぬとわかっていても己の哲学を貫き通したビルバジオを見倣う。もう迷わない。哲学を貫いた結果死のうとも、その結果は必然であり誇ってよい。哲学を曲げて生き延びてもそれは過ちにしか過ぎないのだ。

「……めて」

 アッシラがぽつりとつぶやく。モニカの剣がマルガリタのほほを深く切り裂く。

「やめて! やめなさいモニカ! それ以上マルガリタを攻撃しては駄目よ」

 アッシラが叫ぶと、モニカはぱっと身を翻し、空中でくるくる回転しながら後ろへ降り立つ。

「何よアッシラ。この場の指揮者はあなただから従うけど、どうしてマルガリタを殺しちゃいけないの」

「あんたは、ビルバジオが身を挺して死んでも何も思わないの」

「何が? 馬鹿が馬鹿な哲学とかにこだわって無駄死にしただけじゃない」

「無駄死にじゃないわよ!」

 アッシラは涙をこぼす。

「私が間違っていた。みんな間違っていた。ビルバジオをちゃんと見て判断すれば、彼が裏切り者じゃない事はわかったはずなのよ。変な事言う頭の固い老人。そう決めつけて軽んじて。私は馬鹿だった。マルガリタのようにちゃんと彼と向き合って見極めていれば、きっと彼が姿を消しても疑わず信じられたのに」

 泣いているアッシラを見てモニカは首を傾げる。

「意味わからないんだけど。ビルバジオは裏切り者でしょ? ねえパーシバル。あれ?」

 パーシバルも泣いていた。モニカはあわてる。

「パーシバル。どうしたの。もしかしてビルバジオの攻撃が当たっていたの?」

「当たってないよ。彼は決して攻撃しなかったじゃないか。僕たちを止めるために捕まえようとしただけ。本気で殴りかかればきっとその攻撃は当てられたのに。彼は死んでもそうしなかったんだ」

「それはあいつの勝手でしょ。どうしてパーシバルは泣いているの? どこか痛い? ねえったら」

「モニカ」

 パーシバルは彼女をぎゅっと抱きしめる。

「君は割り切りがはっきりしている。し過ぎている。それはきっと、足りないからなんだね。他人の痛みや気持ちを理解出来ない部分がある。だからそれが断層となり、異なる事柄を結びつけて考えられないんだ」

「意味わからないんだけど。でも抱きしめてくれてうれしい。これって私の事好きって事よね? マルガリタより好きって事よね」

「モニカ。ビルバジオは裏切り者じゃなかったんだ。仲間だったんだ。みんな、仲間が死んで悲しいから泣いているんだよ。モニカも仲間が死んだら悲しいよね?」

「当たり前じゃない。でもビルバジオは仲間じゃない。裏切り者でしょ」

 モニカがびくりとする。

「あはっ。でないと困るじゃない。私が剣で貫いたのが致命傷なんだよ? 私が仲間を殺したって言うの?」

「モニカ。ビルバジオは仲間だったんだよ。裏切り者じゃなかったんだ。彼の言うように、異なる哲学がぶつかり合った結果だ。誰もそれを恥じたり悔いたりしなくていい。だから君のせいじゃない。君は仲間を殺したわけじゃない。でもお願いだから、ビルバジオを仲間だと認めてあげて。彼の死を悲しんであげて」

「そん、な、私が、殺して、今更、そんなの」

 モニカはぎゅっとパーシバルにしがみつく。そして涙がこぼれるともう止まらなかった。

 モニカは完全に割り切れる。だからビルバジオを裏切り者でなく仲間だと認めたあとは、本気で仲間の死を悼んで心底悲しんで大泣きした。

 みんな泣いている中、リアリスだけは呆然としていた。

「ビルバジオが裏切り者じゃない? じゃあ、エーガットは、あの人は、どうしていなくなったのよ」

 アッシラは涙を拭いながら、膝をついている彼女を見下ろす。

「エーガットが裏切り者だったんだわ。彼はビルバジオに疑いが向くよう、わざとあんたにも気取られないようにして姿を消したんだわ」

 リアリスはぽかんとするが、やがて怒りに顔を歪ませる。

「そんなわけないでしょう。ビルバジオが裏切り者じゃないなら、あの人は他の理由で姿を消した。消された。いったい誰に? 決まっている。あの動力部にいたモニカとパーシバルは違うわ。なら」

 リアリスはゆらりと立ち上がる。

「アッシラ。あんたが、マルガリタが、ウレミオが、ヨルムンドが、あのとき食堂に残っていた連中の誰かがあの人を襲って殺したんだわ。そうね? いったい誰なの。誰が裏切り者なの。吐きなさい。四人ともグルなの?」

「リアリス。あんた何言っているの。違うわ。エーガットが裏切り者なのよ」

「あの人が裏切るわけがない! 私を裏切るわけがない! あなたなのねアッシラ。そうやって執拗にあの人を裏切り者に仕立て上げようとするなんて。あなたがあの人を殺したんだあ!」

 リアリスは左手を振り上げ電撃をほとばしらせる。威嚇ではない。それを振り下ろした。アッシラが避けなければ確実に命中し、電撃を食らわせていた。

「リアリス! やめなさい。仲間への能力攻撃は反逆よ」

「うるさい。黙れ。あなたがあの人を殺したんだ。私の最愛の人を奪ったんだ。あの人と寝ていたのはマルガリタでなくあなただったのね。あの人が私を抱かなかったのはあなたのせいよおおおおお」

「どうして私がエーガットと寝ないといけないのよ。あんたはもうおかしくなっている。まともじゃないわ」

「うるさいわよこの泥棒猫が。いいえ泥棒虎かしら。殺してやる。あの人を返せ。どこに監禁しているんだ。あの人は私の物よ。あなたには渡さない」

 アッシラはリアリスの電撃がほとばしる手をかわしながら叫ぶ。

「パーシバル、モニカ、マルガリタ。行って。早く。裏切り者のエーガットから積み荷を守って。ウレミオとヨルムンドの二人だけだと積み荷を守りきれないかもしれない。ヨルムンドだって完全には信用出来ないもの。どうなっているかわからないわ」

「しかし、アッシラ様」

「こっちは任せて。大丈夫。殺さないわ。死んでも仲間を守ったビルバジオに免じて、私もリアリスを殺さず止める。こっちは一人で十分よ。早く行って。ビルバジオの遺志を継ぐのよ」

 たしかに状況は切迫している。一分一秒で手遅れになるかもしれない。リアリスは危険だがそれでもかまっている場合ではない。アッシラ一人で食い止める。他は全員積み荷を守りに行かねばならない。

 マルガリタはうなずき、最後に一目アッシラと見つめ合う。

「わかりました。どうかご無事で」

「私を誰だと思っているの? 手負いの女豹一匹狩れないで何が虎よ」

 アッシラが変化する。ビルバジオに匹敵するようなたくましく巨大な金色の虎に化ける。

「この獣が! 私の夫をたぶらかして、あまつさえ監禁して独占しようなんて浅ましい女。私の電撃の鞭で躾てやるわ」

 リアリスは左手の電撃を高々と掲げ跳び上がり、牙を向いてほえる金色の虎に襲いかかった。

posted by 二角レンチ at 13:53| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

飛行艇の裏切り者(21)略奪

飛行艇の裏切り者(21)略奪

 倉庫に積まれた大きな木の箱。全部が目的地へ届ける積み荷だと言われていたがそれはダミーに過ぎない。

 本当の積み荷はただ一つ。木箱の一つだけが中へ入れるようになっており、その小さな入り口を開けてウレミオとヨルムンドは中へ入り、そして本当の積み荷を見つけた。

 それ一つしか入っておらず、また一目でそれとわかる物だった。その神々しい光はあまりにまぶしく箱の中を照らすのに、まったく目に痛くなく凝視すら出来た。

「これが、本当の積み荷……」

「これは何なんだい。ウレミオの旦那」

「わからん。輝く卵のように見えるが」

「でかいな。ダチョウの卵くらいはあるぞ。どれ」

 ヨルムンドが手を伸ばす。その手をウレミオが握って止める。

「邪魔するなよ」

「お前は何をしている? 積み荷に触るな。確認するだけだ」

「俺は天の啓示の能力を持つ。それが俺の身体を動かすんだ。俺の意志じゃない。この輝く卵に触ろうとしたのは天の啓示だ。必要な事なんだよ」

「黙れ。嘘をつくな。そんなわけあるか。これが何で、触るとどうなるのかわからん。絶対に触るな。いいな」

「天の啓示が触ろうと促したなら、これは誰かが触れなければならない物なんだ。俺が触れる事に意味はある。俺の能力を信じろウレミオの旦那」

「信じられるか。やはりお前は探偵ごっこを演じてまんまと積み荷を暴かせた裏切り者なんだな。この積み荷にたどり着きそれを手に入れるのが目的だったのだ」

「違うって言っているだろう。天の啓示は絶対だ。人間はその必要なメッセージを無視してはいかんのだ」

「うるさい。積み荷は確認した。もう出る。お前の処分は後で決める。殺しはしない。だが洗いざらい吐いてもらうぞ」

「俺は全部正直に説明している。天の啓示の能力を信じないのはあんた等の勝手だろう? 俺をたとえ拷問しても裏切る理由も何も出てこないぞ」

「いいから来い」

 ウレミオはヨルムンドの手を引っ張る。そして後ろを振り返る。

 人が入れるほど大きな箱の狭い入り口の向こうに、コツっと音を立てて足が降り立った。

「誰だ!」

 ウレミオが叫ぶ。ヨルムンドがそれに答える。

「待て待て。この名探偵にお任せあれ。うーん。その靴。なるほどなるほど。あんたはエーガットだな? どうだいこの名推理。当たりだろう」

 たしかにエーガットの靴だ。彼の足だろう。その靴の持ち主が返事をする。

「そうだ。私はエーガットだ。ウレミオ。ヨルムンド。あなたたちは何をしているのだ? どうして積み荷を暴いた」

 ヨルムンドは手を放せといわんばかりにぶんぶん振るが、ウレミオはぎりっと握って放さない。

「おいおいウレミオの旦那。裏切り者のおでましなんだぜ。お手て繋いで仲良くしていたら戦えないだろうが」

「うるさい。手を放したらお前は積み荷を奪うつもりだろうが」

「俺はそんな事をしない。ただ天の啓示が触れろというからには触れないといけない。エーガットの旦那に奪わせるわけにはいかない」

 屈まねば通れない入り口から足だけのぞかせたままエーガットが語る。

「ウレミオ。あなたが私たち四人を動力部へ向かわせたとき、私は胸騒ぎがした。だからこっそりと場を離れ食堂へ戻ったのだ。案の定あなたたち四人は積み荷を暴く算段をしていた。規約違反の裏切りを企んでいた」

「裏切りなど計画していない。積み荷が本当にまだ無事かどうか、こうして確認する必要があったのだ。特異嵐に突入する前に奪われ敵の手に渡されていたなら、すぐに引き返して追わねばならない」

「それはただの方便だろう。この飛行艇内への敵の潜入を許さなかった。私たちの誰も積み荷を暴かず触れず持ち出さず。それなのにあなたたちはこうして積み荷を暴いた。ウレミオ。ヨルムンド。どちらがどちらを利用したのかは知らないが、この特異嵐の中で積み荷を暴くならその目的は一つしかない」

「何だそれは」

「積み荷の独り占め。つまり自分以外の全員を皆殺しにするという事だ。外部から隔絶された特異嵐の中で、他の全員を殺す。そして特異嵐を出た所で待つ仲間に積み荷を渡す。そうだろう」

「何を馬鹿な。俺たちは全員がほぼ同等の実力を持つ強者ぞろいだ。単独で積み荷を奪っても他の全員に殺されるだけだ」

「私の考えではヨルムンドはただの道化だ。裏切り者はあなただウレミオ。あなたは積み荷を暴いた罪でヨルムンドを全員で処刑する。私とビルバジオも裏切り者として処刑する。他の連中も全員理由をつけて次々と処刑していくつもりなのだ。そうして自分以外にあと一人しか残らない状況になれば普通に戦って殺害出来る」

「馬鹿な事を言うな。そんなに上手くいくか。そもそも俺は裏切り者ではない。この積み荷はやむなく確認しただけだ」

「規約は絶対。積み荷を暴く者は殺してでも阻止しなければならない。あなたたちが積み荷を暴かないなら私もあなたたちを見逃した。しかしもう許せない。こうして実際に暴いてしまった以上、私は積み荷をあなたたちに渡すわけにはいかない」

「まるで自分は裏切り者ではないような口振りだな」

「そうだ。私は裏切り者ではない。積み荷を守るために行動しているだけだ」

 二人が激しく言い争うが、それにヨルムンドが口を挟む。

「エーガットの旦那。たしかに俺たちは食堂で積み荷を確認するかどうかの算段をした。そのためにあんたたちを追い出した。それを怪しんで戻ってきてこっそり立ち聞きしたのはまあわかる。しかしこの名探偵はそれに二つの謎を見い出す。謎を隠すなど出来ない。答えてもらうぞ」

「探偵ごっこに興じるなら勝手に推理でも何でもしていろ。付き合っていられん」

「そうはいかん。俺は誰が? しか解かない探偵なのだ。なぜ? は犯人に自供させればいい。探偵の推理を超えた動機という物が存在するからだ。エーガットの旦那。あんたがこっそり姿を消したら当然リアリス婦人を始め動力部に残った連中はパニックになる。あんたが裏切り者のビルバジオに殺されたってな。おかげでもめて、リアリス婦人は手を切断されちまったんだぞ。あんたはそういう事態を引き起こすのを承知で誰にも何も言わずに姿を消したのか?」

 エーガットはしばらく無言だったがようやく答える。

「私は、妻を殺したいほど憎んでいる。あの女が私に異常な執着をしているのもわかっている。私がいなくなる事があの女への最大の報復なのだ。手首を切断されていたな。実にいい気味だ。どうせなら処刑されていればもっとよかったのに」

「リアリス婦人はたしかに異常だ。あんたを縛り付けるためにののしり怒り鞭打つ。それでも愛するあんたをとても心配している。錯乱して見ていられない。そこまで愛してくれる女がひどい目に遭うだろう状況にわざと追い込んだってのか」

「そういう気持ちはたしかにあった。認めよう。しかし必要もあったのだ。私は誰にも知られず姿を消して、積み荷を守らねばならなかった。忽然と姿を消せば裏切り者に殺されたと思われるだろう? 今後動きやすくなる。こうしてあなたたちのように誰かが積み荷を暴きに来るなら扉のロックを開ける。そこで私も一緒にこの倉庫へ入る。もしも積み荷を暴かないなら何もしなかった。しかしこうして暴かれれば私は積み荷を守らねばならない」

 ヨルムンドがびっと指をさす。しかし入り口からはエーガットの足しか見えていないのでいまいち様にならない。

「そこだよ。この名探偵が発見した謎の二つ目だ。あんたが何らかの能力を使って姿を消したのはわかっている。俺たちに隠している能力でな。しかし俺たち全員に気取られず、俺たちが扉を開けて入ったときに一緒に入っただと? この倉庫の中も全員で捜索した。しかしあんたを発見出来なかった。どういう能力なんだい。自供しろ」

「名探偵と言いながらそれぐらい推理出来ないのか。やはり天の啓示だの何だのは嘘でただの遊びか」

 ウレミオとヨルムンドの背後を照らす神々しい輝きがふっと消えた。

 二人が驚いて振り向くと、そこには白い蛇がいて、のどを丸く膨らませていた。

「こいつ、積み荷を、輝く卵を丸飲みしやがった」

「ヨルムンド。私の能力、蛇はその牙で噛んで治癒する。毒を注入する。解毒する。もう一つ能力があるのだ。実にゆっくりと這う場合、姿も気配も消せるのだ」

 白い大蛇は素早く戻る。ウレミオとヨルムンドはとっさに手を伸ばすが捕らえられない。

 蛇がエーガットの足下からしゅるしゅると巻き付きながら身体に這い上る。

「エーガット貴様! やはり積み荷を奪う裏切り者だったな」

「それは違う。ウレミオ。あなたたちが裏切ったのだ。積み荷を誰も確認してはならない。それは絶対に阻止しなければならない。暴かれ積み荷を見られた以上、これは私が管理する。あなたたちにも誰にも渡さない。この特異嵐を出て目的地へ着くまで絶対に守り抜く」

「裏切り者が戯れ言を」

 エーガットが跳躍する。ウレミオとヨルムンドは急いで狭い入り口から身体を出す。

「なるほどなるほど。ゆっくり動くなら姿も気配も消せる蛇か。それで自分自身を丸飲みして、ゆっくりと壁や天井を這って扉をくぐったんだな。ゆっくり這う限り誰にも知覚されない。だからこの倉庫を捜索しても発見出来なかったのだ。どうだいこの名探偵の推理は。当たりだろう」

 エーガットは身体に蛇を巻き付かせたまま積んである箱の上に立っている。そして笑う。

「正解だ。幼稚な探偵ごっこでもその程度はわかるのか」

「ごっこじゃなくて天の啓示だ。まあいい。もう一つありがたい推理を披露してやろう。エーガット。あんたの蛇はゆっくり這う場合でなければ姿を消せない。今あんたが蛇に飲まれて姿を消したところで、消えた場所の周辺を攻撃すれば簡単にあんたを捉えられる。姿を消して逃げる事は出来ないぞ。あんたはもうおしまいだ」

「私の蛇は双頭だ。あなたたち二人を同時に相手出来る。あなたたち二人を殺した後で姿を消せば、もう他の連中には私を見つけられない。積み荷を守るため、あなたたち二人の裏切り者はここで殺す」

 エーガットの身体に巻き付いた白い大蛇は、その両端に頭がある。どちらも頭でしっぽが無い。二つの頭が口を大きく開き牙をむく。

 蛇の胴の真ん中、エーガットの腕が抱える部分が丸く膨らんでいる。あそこに本当の積み荷、輝く卵が埋まっている。

「ヨルムンド。積み荷を取り返すぞ」

「へいへい。しかしウレミオの旦那。取り返した後で俺を積み荷を暴いた裏切り者として処刑するのはやめろよ。それが条件だ。積み荷を暴いた裏切り者はエーガット。あいつが本当に積み荷を守るつもりだったのか、それともこうして誰かが積み荷を暴くまで待っていて強奪した裏切り者なのかは関係無い。あいつが裏切り者で俺は違う。そういう事でいいな?」

「……いいだろう。取引だ」

「はっはっは。名探偵と裁判官の裏取引だ。その現場を見た目撃者は口を封じないとな」

 ヨルムンドとウレミオが構える。積まれた木箱の上でエーガットは悠然と構える。二対一でもまるで怖じ気付いていないようだった。

posted by 二角レンチ at 06:59| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月23日

飛行艇の裏切り者(20)遭遇

飛行艇の裏切り者(20)遭遇

 アッシラたちは固まって飛行艇内をくまなく探し回る。しかしビルバジオもエーガットも見つからなかった。

 倉庫へ戻る前にのどを潤そうと食堂へ立ち寄ったアッシラたちはぎょっとした。

 ビルバジオがいたのだ。あんなにあちこち探し回り、それにこの食堂も一度確認し、その時はいなかったにもかかわらず。

 熊のような巨体にタキシード。シルクハットをかぶり尖って豊富な白いひげ。髪も同じく真っ白でつんつん尖り長い。他の誰でもないビルバジオ本人だった。

 しかもあろう事か、のんびりと遅い夕食を食べているではないか。みんなが食堂の入り口に現れても反応せず、黙々とマルガリタが作っておいてくれた夕食を自分で温め直して食べているのだ。

 みんなあっけに取られて固まっていると、食事を終えたビルバジオがナプキンで口を拭ってからこっちを向く。

「ごちそうさま。マルガリタ。今日の夕食もおいしかったのであーる。ところでどうしたのであーるか。そんなに大勢で。見回りなのに交代で寝ておかないのであーるか」

 あまりにもいつもどおり平然としている。みんなとっさに思考が働かなかったが、いち早くリアリスが叫ぶ。

「この裏切り者が! 何食事なんか食べているのよ。夫を返して。でないと殺すわよ」

 リアリスが左手を上げて青い電撃をバチバチほとばしらせる。

 ビルバジオは無表情のままだ。目に変化が無い。彼が表情を変える事などあるのだろうか。

 ビルバジオはのそりと立ち上がる。背が高く筋肉がはちきれそうに太い。だから彼に見下ろされると他のみんなが全員とても小さな子供に見えてしまう。

「だいたいの事情は察するのであーる。しかし戦闘前にどうしてこうなったか話を聞きたいのであーる」

「話も何も無いわよ。夫は無事なの? もう殺してしまったの? なら絶対許さないわよ。エーガットを今すぐ返してえええええ!」

 リアリスが金切り声で叫ぶ。今にも飛びかからんばかりだ。しかしエーガットが無事なのかどうか、どこにいるのか聞き出す前にビルバジオを殺すわけにはいかない。

「リアリス。その右手はどうしたのであーるか。痛そうなのであーる」

「あなたに心配なんてされたくないわよこの裏切り者! 早く答えてよお、あの人は無事なの? 殺したの? ねえったらああああ」

 リアリスはボロボロ泣き出す。もう夫が心配過ぎて耐えられない。エーガットを殺したと聞いたらそれだけでショック死してしまいそうだ。

 ビルバジオは長いひげが垂れ下がるあごをかいて首を傾げる。

「我が輩はエーガットに会っていないのであーる。三時のお茶を配るマルガリタに会ったあとは誰にも会っていないのであーる」

「嘘よ嘘よ。あの人をさらったでしょ。動力部で。お願いだからあの人を返して。エーガット。エーガットをおおおおおお……」

 リアリスは手の電撃を消してうなだれひざをつく。愛する夫を失い手首の傷も痛む。熱もある。ここまで気力で耐えてきたがビルバジオがとぼけて見せた事で心の糸がぶっつり切れてしまったようだ。

 みんな困惑する。ビルバジオはどうして裏切り者のくせにこんな平然としているのだ。まるで裏切っていないと言わんばかりだ。戦場でも常に暴れながらも無表情で変な奴だった。この危機をわかっていないのだろうか?

 この人数相手に勝ち目は無い。裏切り者呼ばわりされているのだから処刑される事もわかるだろう。なのに怯えず逃げず戦わず。いつも通りの調子で淡々と話す。

 マルガリタが青ざめた顔で一歩前に出る。

「ビルバジオ様……」

「マルガリタ。いいのであーる。我が輩が裏切り者だとみんなが疑ったのなら、それはみんなの哲学に基づく結果なのであーる。お前はお前の哲学に基づいて我が輩を裏切り者だと判断した。それを責める事はしないのであーる」

「違うのです。申し訳ありません。私は哲学を貫けませんでした。あなたが……あなたが私に吹き込んだ哲学というまやかしで、私はあなたを最後まで信じようとし、そしてみんなに迷惑をかけてしまいました」

「お前はお前の哲学を他人に言われてねじ曲げたのであーるな?」

 マルガリタが怯えて顔を上げる。

「それは。でも。私は間違っていて、あなたの哲学は、私があなたを擁護しみんなを攪乱するための方便で」

「哲学を貫いた結果は吉と出ようが凶と出ようがかまわないのであーる。大事なのは哲学を貫くか曲げるかであーる。貫いたならその結果はどんなに悪くても誇っていいのであーる。しかし曲げたならその結果は哲学を曲げたゆえの過ちであり、許されない事なのであーる」

 マルガリタはぽろりと涙をこぼす。

「ご、ご、ごめんなさい。でも、私」

「どきなさいマルガリタ。この後に及んでまだこいつの言う事を聞いて惑わされるなんて馬鹿よ」

 アッシラが前に出て、べそをかくマルガリタを腕で後ろへ押し退ける。

「アッシラ。お前はお前の哲学を貫いた上で我が輩を裏切り者呼ばわりするのであーるか?」

「あんたの哲学なんか知ったこっちゃないわよ。でも私は私のハートに従って行動する。私は自分に嘘はつかない。恥じるような生き方はしない。その上で、あんたを裏切り者として処刑するのよ」

「そうであーるか。立派な哲学なのであーる。それならば、我が輩も自分の哲学を全力でぶつけて戦えるのであーる」

「哲学なんかじゃないって言っているでしょ。あんたのおかしな理屈で感銘を受けるような馬鹿はマルガリタだけよ。私たちは惑わされない。エーガットを返しなさい。処刑される前に申し開きをしてみなさい」

「我が輩は申し開きをするようなやましい事は何もしていないのであーる。ただ何が起こりどうして我が輩が裏切り者だと疑われたのか、それを教えてほしいだけなのであーる」

「ぬけぬけとよくもまあ。このすっとぼけじじいが。いいわよ。殺す前に教えてあげる。あんたが姿を消して、エーガットが消えた。あんたが捕まえて殺したんでしょ」

「エーガットには会っていないのであーる。我が輩は姿を消していないのであーる。ただ見回りをしていただけなのであーる」

「私たちはさっきまでこの飛行艇内を見回っていたのよ。でもあんたとすれ違いもしなかったわ」

「たまたまなのであーる。たぶんお前たちが食堂を見回ったあとで我が輩はここへ来たのであーる。それから我が輩は夕食を温め直して食べていたのであーる」

「あんたはいつも夕食に遅れてくるわ。今日はさらに遅かった。どうしてなの。隠れていたんでしょ」

「マルガリタから、ヨルムンドが推理ごっこを装った警告をしていると聞いたからであーる。だから今日は特に念入りに見回りをしたので食堂へ来るのが遅くなったのであーる」

「そんな言い訳通じると思っているの?」

「我が輩の哲学に嘘は無いのであーる。我が輩はただ事実を述べるのみであーる」

「あんたの目的は何なの」

「積み荷を無事目的地に運ぶ事であーる」

「そうじゃなくて、裏切った目的よ」

「我が輩は裏切っていないのであーる。裏切って成す目的など持ち合わせてはいないのであーる」

 アッシラは飄々ととぼけるビルバジオにいらっとくる。

「エーガットをさらったわよね?」

「そんな事はしていないのであーる。彼には会っていないのであーる」

「嘘つくんじゃないわよ」

「我が輩の哲学に嘘は無いのであーる」

 埒があかない。こんな幼稚な言い訳を並べて許してもらえるとでも思っているのだろうか。

 今度はビルバジオがアッシラへ質問する。

「エーガットが消えたのはどういう状況であーるか」

「裏切り者が、つまりあんたが飛行艇の進路を操作していないか動力部へ確認に行ったのよ。そこでしんがりを務めリアリスの後ろを歩いていたエーガットが姿を消したのよ」

「ふーむ」

「あんたがその怪力能力でエーガットの口も手足も押さえ込んで、リアリスに気付かせずにさらったんでしょう」

「そんな事はしていないのであーる。この場にいないヨルムンドとウレミオは無事なのであーるか?」

「私たちがあんたを探している間に、あんたが倉庫にいる二人を襲っていなければね。あんたの怪力能力なら、ロックナンバーを変えた扉ごと破壊出来るでしょうからね」

「倉庫? まさか積み荷を確認しに行ったのであーるか」

「そうよ。でも無事だった。この特異嵐の中持ち出した所でどうしようもないでしょうけどね。あんたの仲間が特異嵐を航行出来る旧式の飛行艇を別に用意して、この飛行艇ガルダに近づかせるなら話は別だけど」

「ふーむ。しかしさすがにこの荒れ狂う特異嵐の中で飛行艇を接近させるとぶつかって両方大破するのであーる。我が輩がもし裏切り者ならそんな危険な作戦は取らないであーろう」

「そのぐらいのリスクは承知で奪うだけの価値が積み荷にあるんでしょう」

「積み荷の中身まで確認しているのではないであーろうな」

「それは」

 アッシラは振り返る。ウレミオがヨルムンドと残ったのはパーシバルたちに知られず積み荷の中身が無事かを確認するためだ。それを知っているのはアッシラとマルガリタだけだ。

「そんな事するわけないでしょ。積み荷の中身を確認するのは規約で禁止されているんだから」

 マルガリタが口を挟む。

「アッシラ様。もう隠すべきではないでしょう。積み荷の中身がこの特異嵐に突入する前にすでに盗まれ、敵との交戦中に渡されていた可能性があります。ウレミオ様はヨルムンド様と二人で、積み荷の中身が無事かどうかを確認しているはずです」

「馬鹿!」

 アッシラが怒りながら振り向きマルガリタの頬を平手で叩く。マルガリタは甘んじてそれを受ける。

 パーシバルとモニカは驚く。夫の無事が確認出来ず打ちひしがれていたリアリスも顔を上げる。

「それ本当? アッシラ」

「パーシバル……それは、その」

「知っていたんだね。そうか。僕たち四人を動力部に行かせている間に君たち四人は積み荷の中身を確認する密談をしていたんだ」

「う、ぐ」

「そんな規約違反は許せない。止めないと。誰がどんな理由で積み荷を確認しようとしても僕たちはそれを殺してでも阻止する規約に縛られている」

「待って。それは、でも、マルガリタが言ったように、積み荷がすでに盗まれていたなら、今すぐ引き返して追わないといけないのよ。それにこの特異嵐の中では外部への通信も遮断されている。連絡すら出来ないわ」

「違うだろ。積み荷を暴く奴はそれを奪う奴だ。くそ。ウレミオとヨルムンドが裏切ったんだ」

「違うって言っているでしょパーシバル!」

 あせって怒るアッシラよりも険しく怒るパーシバルが彼女をにらみつける。

「ふざけるなよアッシラ。マルガリタもだ。君たち全員裏切り者だ。許されないぞ。規約は絶対だ。僕たちは命以上にそれを優先する任務を背負っているんだ」

「違うわ。違うのよ。ウレミオは裏切り者なんかじゃないのよ」

「うるさい。もう話は後だ。君が裏切り者じゃないと言うならどいていろよアッシラ。モニカ、リアリス。今すぐここを突破して倉庫へ戻るぞ。裏切り者に積み荷を絶対に渡すな!」

 モニカは両手に氷の剣を生やして構える。パーシバルと左右に分かれ、ビルバジオに飛びかかる。

「私は、夫を捜すわ。夫を見つけるまで戻れない。積み荷なんかよりあの人の方が大事なのよおおおおおお」

「くそ。リアリス。そんな場合か。勝手にしろよ。どいつもこいつも規約違反の裏切り者があああああああ!」

 ビルバジオの能力は戦闘機のように豪快なパワーとスピードだ。素早く飛びかかるパーシバルの手も、鋭く切りかかるモニカの両手の剣も轟音を立てて巨体を飛ばして後ろにかわす。木のテーブルやいすがその巨体に当たると木端微塵に砕け散る。

「待つのであーる。二人とも。我が輩も使命が大事なのであーる。積み荷を暴かせはしないのであーる。だから我が輩は倉庫へ向かう。お前たちと戦う気は無いのであーる」

「うるさい。お前は裏切り者だ。生かして積み荷の所へ行かせるわけないだろ。お前はここで殺す。モニカ!」

 モニカはパーシバルと共に再び切りかかる。一人が攻撃してそれを回避するビルバジオを待ちかまえ、もう一人が攻撃する。いかにビルバジオの方が俊敏でもかわしきれない。

 いずれ劣らぬ強者だ。二対一では能力の相性など関係無く、ビルバジオは徐々に追いつめられていった。

「うお、ぐおおおおおお」

 モニカの氷の剣が鋭く切り裂く。パーシバルの手が触れると肉がごっそり抉られる。物体をバターのように抉り取る能力は剣で切るより大きな傷口を開け鮮血をまき散らす。ビルバジオは怪力の腕を俊敏に振るうが、素早く壁や天井を飛び跳ね襲っては離れる二人を捕まえられない。

「我が輩は行かねばならないのであーる。積み荷を守る使命を果たさねばならないのであーる。どくがいいパーシバル。モニカ。我が輩は仲間を決して殺しはしないのであーる」

「殺すつもりなら勝てるって? ははっ。かなわないの間違いだろ。二対一なら圧倒的な暴力を振るうお前だってこんなもんさ。死ねよ。僕らはさっさと行かないといけないんだよ」

 パーシバルの手がビルバジオの胸に埋まる。そのまま上に突き上げると肉を服ごと大きく抉り飛ばす。分厚い胸板に守られ心臓には到達していないようだがそこまでの穴を開けてやった。

「モニカ! ここを貫け! 鋼の筋肉に守られない心臓を潰してやれ!」

 モニカは鋭く氷の剣を突き出す。ビルバジオは胸を抉られたダメージでのけぞっている。もうかわせない。完全に仕留めた。

 その氷の剣が抉り開けられた胸の傷口に入る前に、火炎がほとばしり氷の剣を溶かしてしまった。

「何」

 モニカとパーシバルが振り返る。そこにはマルガリタがいて、手を突き出し今放った火炎の余韻をめらめらと噴いている。

「何してんのよマルガリタ。裏切り者を助けるなんて、あんたやっぱりビルバジオとグルだったのね」

 モニカが叫ぶ。マルガリタは首を左右に振る。

「違います。やはりビルバジオ様は裏切り者ではありません。最後まで必死に、積み荷を守りに行こうとしていました。仲間であるあなたたちを殺さずに退けようとして、おかげで殺されかけました。裏切り者がどうしてここまで仲間を大事にし、使命を果たそうとするでしょう」

 マルガリタはきりっと顔を上げる。その目にはもう己の哲学を曲げた弱さは残っていない。以前の、強い決意と信念をたたえた強者の輝きを放っていた。

「私は、私の哲学に基づきビルバジオ様を裏切り者ではないと判断します。それを今度こそ貫きます。仲間同士で殺し合いなど許しません。これ以上戦うなら私がそれを止めます」

 モニカが意地悪く笑う。モニカは何でも完全に割り切れるため、自分を受け入れてくれたマルガリタを好きだったが彼女が裏切るなら平気で殺せるのだ。

「あはっ。パーシバル。マルガリタも殺そうよ。裏切り者を助けるのは裏切り者。処刑対象だよね」

「それは」

「パーシバル。あなたがマルガリタを好きだからって、使命や規約の方が優先だよね? 私たちはそれが出来る、心まで強者だから選ばれたんだもんね」

「……うん……」

 パーシバルは泣きそうだった。でもやるしかない。もうビルバジオは重傷だ。ろくに動けない。先にマルガリタを始末しなければならない。

 マルガリタは強い自分を取り戻していた。もう迷わない。己の哲学を貫くとはいつも揺れず何にも動じない。それゆえ強いのだ。ビルバジオは強さを取り戻した彼女をいつも通り無表情のまま見つめた。

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2014年05月21日

飛行艇の裏切り者(19)積み荷

飛行艇の裏切り者(19)積み荷

 飛行艇の倉庫、大事な積み荷を置いてある場所へ全員で赴く。

 倉庫の扉の前に着く。アッシラはそれを調べる。

「ロックがかかっているわ」

 暗証番号式のロックがかかっている。全員ロックナンバーを知っている。朝晩二回の見回り当番は、このロックを開けて中の積み荷が無事かどうかを確認する。

「ロックがかかっているって事は、ビルバジオは中にいないはずだよね」

 パーシバルが言うとアッシラが答える。

「そのはずだわ。裏切り者が単独ならだけど」

 リアリスがすぐに反応する。

「夫は裏切り者じゃないわ。さっきそう判断したでしょ。夫が実際に裏切り行為を見せない限りもう疑わないでちょうだい」

「わかってるわよ」

 アッシラはむっとして答える。さっきエーガットが裏切り者でなくただビルバジオにさらわれただけだろうと説明してあげたのに、感謝どころかののしってくるか。リアリスは良くも悪くもいつもの調子を取り戻し、自分勝手ですぐに怒る理不尽な悪女に戻っていた。

 体調の悪さを意気込みで吹き飛ばしているようだ。切断された手首の傷だって痛いだろうに。痛み止めの薬を飲んでいるおかげでまだましなようだった。

 夫を救う意志は強い。あれだけ人前でもののしり平手打ちすらする夫をこんなに愛し心配しているなんて信じられないが、リアリスはそういう人間なのだ。ひどい扱いをするからといって愛情が薄いわけではない。

 アッシラはロックナンバーを入力し、扉のロックを静かに外す。そして扉の取っ手に手をかける。

「ここまではビルバジオがいなかった。エーガットもね。そして扉にはロックがかかっていたわ。だから中に誰もいないと思うけど、いるかもしれない。突入するわよ」

 全員うなずく。リーダーであるウレミオは一番後ろで待機している。今回はアッシラに指揮を任せている。

 アッシラが扉を開く。モニカとパーシバルが中を素早く確認してから突入する。他の連中も後に続く。

 モニカは両手から幅広で長い氷の剣を生やし、周りに振るうようにして警戒する。パーシバルは手を構える。二人は左右に飛び出して立ち、前線として警戒に当たる。

 誰もいない。みんなそれぞれ距離を取りながら警戒して構える。ウレミオとヨルムンドも中へ入り、扉を閉める。

 扉を開けて入ってくる者がいれば気づける。しかしウレミオとヨルムンドはもし扉を開けて入ってきた者がいた場合に備えた後衛だ。そこに残り、他のみんなが散って捜索するのを見守る。

「ビルバジオの旦那はいないのかねえ。それとも隠れているのかな。あの巨体でも積み荷の陰には隠れられるからな。どうだいこの推理。ウレミオの旦那?」

「その程度で推理とは言わんだろう。作戦行動中だぞ。お前も気を抜かずに警戒しろ」

「はっはっは。俺の推理では敵がいるならこの中だ。外からは来やしない。だから俺は戦闘に備える必要はないのさ」

 ヨルムンドは腕を組んでくわえたパイプを上下させながらみんなを見守る。ウレミオはその横に立ち、両手を下げているがいつでも反応出来るよう警戒している。

 この倉庫はそう広くない。何せ飛行艇自体が中型で、そう大きいわけではないのだ。倉庫の中央に積んであるいくつもの大きな木の箱以外の周りをくまなく捜索するのに一分とかからなかった。

 いよいよ積み荷の確認だ。積み荷は何度も目にした通り、人の背丈より大きな木の箱がいくつも積まれている。それを動かした形跡は無い。

「箱が動かされていないって事は、誰も触っていないしもちろん中身を盗んでいないって事だよね」

 モニカが言う。パーシバルが返事する。

「そうだね。積み荷は無事だ。この特異嵐の中、たとえ盗んでも外へ持ち出せないしね。ねえウレミオ。この後はどうするの。交代で見張りを置くのかな。裏切り者のビルバジオを見つけて処刑するまでの間だけでもさ」

 マルガリタは顔を上げて口を開く。とても悲しそうな顔だ。しかし何も言えない。ビルバジオが裏切り者ではないと今はもう信じきる事が出来ず、彼女はビルバジオの名誉を訴えられなかった。

(ビルバジオ様。今でも信頼したい。でも私は哲学を貫けなかった。その尊いあなたの教え自体が私にあなたを尊敬させ心酔させ信用させるための策略だったと言われて、私はそうではないと信じきる事が出来ないのです)

 この倉庫の捜索で、もしビルバジオが潜んでいたら大変だった。しかしマルガリタはビルバジオに会って問い正したかった。

(どうして姿をお隠しになられたのですかビルバジオ様。あなたが裏切り者ではないならどうして私たちの前に姿を現してはくださらないのですか)

 マルガリタの強い心は枯れ木のように折れる寸前だ。ビルバジオが裏切り者だろうが何だろうが顔を見て話をせずにはいられなかった。

 ウレミオは、そんなにしょげかえったマルガリタを見て内心毒づく。

(くそ。マルガリタめ。ビルバジオによほど心酔していたと見える。裏切られ騙されたかもしれないと思うだけでこうも弱々しくなるとは。使えない奴だ)

 ウレミオは、この倉庫に見張りとしてマルガリタを残すつもりだった。そして一人では危険だからと自分も残る。残りはビルバジオの捜索だ。エーガットも探す。残りは全員で一緒に行動させ、この倉庫のロックナンバーをリーダー権限で変更させて、それを知らないビルバジオやエーガットは扉を破らねば入れないようにしておく。

 そしてマルガリタが「独断で勝手に」積み荷の中身を確認するのを見て見ぬ振りする予定だったのだ。箱が無事でも中身が無事かどうかはわからない。確認する必要がある。

 その必要性をわかっていないパーシバルやモニカは箱を確認するためだけに来たと思っている。リアリスもだ。アッシラとヨルムンド、ウレミオとマルガリタの四人で積み荷の中身を確認するかどうかの議論をしたまま保留になっていたからだ。

 あてにしていたマルガリタが使えそうにないのでウレミオはため息をつき、仕方なしに話を切り出そうとした。

 隣にいたヨルムンドがぼそりとつぶやく。

「名探偵に暴けない物は無い。たとえ箱の中身でもな」

 ヨルムンドがマルガリタの代わりに独断という形で積み荷の中身を確認してくれるという事か。

 ウレミオは立場上、規約を最も遵守しなければならない。全員で積み荷の中身を確認するのは最終手段で出来れば避けたい。それをせずに済むなら助かる。しかし。

「ヨルムンド。お前は裏切り者だと判断していないだけだ。しかしお前は信用出来ない。天の啓示の能力はただの嘘としか思えないし、始めににらんだ通りお前は積み荷の中身がすでに盗まれている可能性を推理という形で提示し、どうにかして積み荷の中身を暴こうとしている。そんなお前にそれを任せられると思うのか」

「マルガリタはショックでもう使い物にならない。アッシラは自分で決意して規約違反なんて出来ない、他人に依存するだけの奴だ。パーシバル、モニカ、リアリスはまだ積み荷の中身を確認する必要性を知らない。言ってもわかるまい。積み荷の中身を暴くのは規約違反であり、俺たち全員誰かがそれをしようとすればそいつを処刑してでも止める事になっている。だから出来ればパーシバルたちに知られたり、アッシラに命令したりするのを避けたい。もちろんお前自身が暴くのは一番避けたい事だ。ならもう俺しかいないぞウレミオの旦那。俺はどっちでもいいんだぜ。でも暴くのは名探偵の仕事だ。違うか?」

 積み荷の中身を暴いたのが一人だけで、しかもそれが独断なら、もしその事が他の連中にばれた場合は積み荷を暴いた奴を規約違反で処刑すればいい。

 ウレミオの立場も命もそれで守られる。今ここで全員に対し積み荷の中身を確認すると言うよりよほど安全だ。

 いざとなったらウレミオはヨルムンドをこの場で処刑してもいいのだ。まだそこまでする必要は無いが、ヨルムンドに積み荷を暴かせればそれが一番いい手だと思える。

 しかし信用出来ないヨルムンドに積み荷の中身を暴かせてもいいのだろうか。その場で奪う危険だけではない。それを知られるだけでもリスクが大きい。知る事自体が危険なのでウレミオでさえ積み荷の中身を知らされていないのだ。

 マルガリタなら信用出来る。あれはきっと秘密を守るし、裏切り者ではない可能性が高い。積み荷を奪ったり、それを知って利用したりする可能性は一番低い。愚直で利用しやすい奴だ。

 信用出来ず何をしてくるかわからないヨルムンドを使いたくはなかったが、背に腹は代えられない。いざとなったらヨルムンドを処刑すれば済むという事もあり、ウレミオはそうする事にした。

「積み荷に触れられた形跡は無く、こうして無事だったのだ。もうここはいい。裏切り者が襲ってきた場合に備え二人残す。俺とヨルムンドがまず残る。残りの全員で固まって他の場所を捜索しろ。ビルバジオは見つけ次第処刑しろ。話を聞いたり捕獲したりせずともかまわん。何を言おうと惑わされるな。エーガットは裏切り者ではないと見なしているので実際に反逆行為をしない限りは保護しろ。ただし警戒は怠るなよ。いいな」

 全員うなずく。リアリスとマルガリタは含む所があるが、それでも何も言わずに従うしかない。

「捜索を終えたらここへ戻ってこい。裏切り者を処刑するまでは交代でここに見張りを置く。裏切り者がロックを解除出来ないようロックナンバーを変更する。ナンバーは……」

 リーダー権限でこの倉庫の扉のロックナンバーを変更した。この場にいる全員がそれを知っている。ビルバジオやエーガットがここへ来てもロックを解除出来ない。

「では行け。十分警戒しろよ。人数が多いからといって油断するな」

「はい」

 アッシラたちは意気揚々と倉庫を出る。裏切り者をぶっ殺す。特異嵐に突入してからは戦闘が無いので身体がうずいている。戦闘も狩りも楽しいものだ。強い能力者たちは自分の力をぶつけたくてうずうずしている。

 マルガリタだけは元気が無いが、他のみんなはビルバジオを殺す作戦を楽しげに語っていた。

 みんなが狩りに出て、扉を閉める。ロックがかかってこの倉庫は閉じられた。

 中に残るのは二人。ウレミオとヨルムンド。ウレミオはヨルムンドがいきなり襲いかかってきてもいいよう警戒していたが、当のヨルムンドはいつも通りへらへらしていた。

「はっはっは。お前の思考を推理してやろう。俺が天の啓示能力も含めてただ嘘を言い演技をしている道化だと思っているんだろう? 積み荷の中身を知る事に固執している。まさか探偵ごっこなんて手段でそこまで行き着けるなんてな。こいつはいったい何者なんだろう。何を企んでいるんだろう」

「……お前が何を企んでいようと俺の方が強い。お前が積み荷を奪おうとすれば即座に処刑するぞヨルムンド」

「おお怖」

 ヨルムンドは大げさに肩をすくめて見せる。

「ウレミオの旦那。疑うのは結構だが、世の中の九割は裏なんてないんだ。俺は特異嵐に突入する前に積み荷をすでに持ち出されていて、敵の手に渡された危惧を払拭したいだけなんだ」

「お前がここで積み荷の中身を持ち出して、特異嵐の中を飛んで来る他の飛行艇に渡す危険は依然として消えていないぞ」

「なら俺を監視していろ。俺はそんな真似はしない。ただこの任務を完遂させるのが目的だ。そのため必要なら規約の一つや二つ破る。積み荷は誰も確認してはならないしそれを阻止しなければならない。しかし特異嵐に突入した以上積み荷の中身が無事かどうか確認しない事には、三週間もただ空箱を運び敵にまんまと逃げられてしまう」

「いいから早くしろ。俺は何も見ていないし聞いていない」

「でも積み荷の中身は一緒に見るんだろ?」

「当然だ。お前が何かを盗んだりすり替えたりしないか確認しておかないといけない」

「はっはっは。ところでウレミオの旦那。この大きな箱の中のどれが本当の積み荷なんだい?」

「本当のとは?」

「とぼけるなよ。この名探偵の推理は全部お見通しだ。この箱の大きさも、重量も、中身のほとんども全部ダミーだ。容易に持ち出せず、一部だけ持ち出されても本当の積み荷は無事に済む。まあそれなら当然、奥の方の箱のどれかだろう。リーダーならそこまでぐらいは聞いているだろう。一部を盗まれたり破壊されたりしてもいちいち追ったり帰還したりしないで済むようにな」

「お前はときどきだけ本当に推理が鋭くなるな」

「俺はいつも名推理だぞ。跪け凡人凡脳凡俗が。わっはははははははっはっは」

 こうしてときどき鋭いせいで、ヨルムンドの疑いはいつまでも晴れないのだ。完全な馬鹿なら話は簡単なのに、どうにも疑いが拭いきれない。

 しかし今はヨルムンドを使うしかない。いざというときは積み荷を暴いた罪を全部かぶせて処刑する。彼もその覚悟があってそれを請け負うのだ。

 ウレミオは積み重なる大箱の裏に回り、他の箱と同じに見えて実は違う一つを選ぶと釘やネジに偽装したボタンをいくつか操作する。すると木の箱の下部がスライドして人が屈んで入れるだけの狭い入り口が開く。

「この積み重なった箱のこれだけは、箱のように見えて部屋になっている。重さや叩いたときの反響で空洞がばれないように木箱の内側に特殊樹脂でコーティングして、外部から調べても他の箱と同じと思えるように偽装してある」

「ほお。なるほどなるほど。箱のいくつかを持ち出されようが破壊されようがこいつだけ無事ならいいってわけだな。偽装と装甲を兼ねた金庫ってわけか」

「そうだ。この中に本当の積み荷がある。それが何かは俺も知らんが、この箱にはそれ以外は入っていないからわかるそうだ」

 ヨルムンドはうなずき、腰を屈めて小さな入り口から入っていく。ウレミオも後に続いた。

「この入り口の狭さなら、ビルバジオの旦那は入れないな。なにせ熊のような大男だ。なら彼が積み荷を持ち出した疑いは晴れたって事だな」

「エーガットなら入れる。彼か、あるいは二人がグルなら盗み出せる」

「まだエーガットの旦那を疑っているのかい」

「ああ。俺は二人がグルでビルバジオは陽動、エーガットはその陰で容疑を外れるようにし向けた可能性が一番高いと考えている。お前の推理はどうなんだ」

「残念だが天の啓示はそれについて何も示さない。そのまま受け取るなら裏切り者はいないという事だ。しかし裏切り者がいるのなら、おそらくすでに啓示を見て、でも見落として真犯人がわからなくなっちまったんだ」

「役に立たない能力だな。そんな能力など元々ありはしないのだろうがな」

「いくら言っても信じてもらえない。難儀な能力だよまったく。だが俺は誰よりもこの能力をよく知っている。ままならない能力だが、それでもどういうときにどう役立つのかよくわかっている」

「どういう事だ」

「俺自身を観察しても裏切り者がはっきりしなかったって事はだな、その啓示を見た者に啓示がすでに伝わっているって事だ。そいつが裏切り者を突き止める事になる。天の啓示でなく俺自身の推理を言ってやろう。この能力の性質から言って、俺が名探偵となり助手を任命したなら、啓示が正しく伝わり受け止めるのはその助手の可能性が一番高い」

「マルガリタが? まさか」

「彼女の言うのが正解さ。お前等は俺の能力自体を信じていない。でも俺は、俺の能力が実際にあるしそれは役に立つと知っている。マルガリタが言うように、ビルバジオの旦那は信頼出来て無実。裏切り者はエーガットなのさ」

 それが真実かどうかはすぐにわかるだろう。ヨルムンドたちが積み荷を暴いた事で、それを隠れて待ちかまえ潜んでいた裏切り者が姿を現したからだ。大きな木箱の中で積み荷の中身を確認した二人の背後の入り口に、裏切り者が足音を立てて降り立った。

posted by 二角レンチ at 20:09| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

飛行艇の裏切り者(18)最終判断

飛行艇の裏切り者(18)最終判断

 アッシラがみんなをぐるっと見回してから言う。

「ビルバジオが怪しくないと主張していたのはマルガリタだけだわ。そのマルガリタも、彼を見極め信頼する事にしたと豪語していたけど、結局詐欺師に騙されただけだったわけね。あの無表情の髭面から内面の心理を探るのは容易じゃないわ。見回りの間マルガリタに接触したのを最後に姿を消した。彼が何かする間の攪乱役は、ヨルムンドじゃなくてマルガリタだったのよ」

「俺は攪乱なんかしないと言っているだろう。俺は名探偵だ。推理をする。それに天の啓示を伝える。それだけだと言っているだろう」

「黙ってなさいよヨルムンド。あんたの啓示はまるで役に立たない。的中率の低い占いをされても、それに基づいて行動なんか出来やしないわ。今夜何か事件が起こる。当たったのはそれだけじゃない。それで啓示はおしまいよ。あとはいらない推理ばかりだわ」

「おいおい決めつけるなよ。俺を観察するのを怠るんじゃない。ほとんどが人間にとって意味の無い啓示だとしても、役に立つ重要な啓示は含まれているんだ。人間はそれを受け取り役立てる事で危機を免れる。それを無視すれば人智を超えて知覚出来ない危機に人間では対処出来ないぞ」

「裏切り者は人間よ。私たちの方が数が多い。十分人間だけで対処出来るわ。相手はたったの一人か二人。こっちは七人もいるのよ。天の啓示なんか無くても十分対処出来るわ」

 そうは言っても戦闘可能なのは四人だ。ヨルムンドはおかしな能力のせいでろくな動きをしない足手まといだ。戦力とは見なさない方がいい。探偵として振る舞う今の彼が戦闘を行えるのかどうかは怪しいものだ。

 リアリスは負傷し、そのせいで疲労と熱がひどい。戦える状態ではない。

 そしてマルガリタ。強者だからすぐに立ち直るとは思うが、信頼しその哲学を見倣いさえしたビルバジオに上手く騙されてしまったかもしれないというショックでぶつぶつつぶやいている。相当堪えたようだ。今すぐには戦力とならない。

 それでも四人は戦える。相手が一人か二人なら十分勝てる。個々の能力は違えど戦力としては互角に近い強者ばかりを集めた精鋭揃いなのだ。数で勝る以上恐れる事はない。

「ビルバジオが疑わしいと思う者は?」

 アッシラが問いながら手を挙げる。パーシバルとモニカも手を挙げる。

「夫は裏切り者じゃないわ。ビルバジオに襲われたのよ」

 リアリスは残った左手を忌々しげに挙げる。愛する夫を殺したであろうビルバジオに対し激しい怒りを覚えてぶるぶる震えている。

「ウレミオは?」

「俺は最終判断だ。今の時点では挙手しない」

「ビルバジオとエーガット、どっちを怪しんでいるの?」

「いろいろな可能性がある。だが俺は疑わしいと判断した者はシロでも処刑する」

「夫は裏切り者じゃないわ!」

 リアリスが叫ぶ。ボロボロ涙をこぼす。いろいろなショックに加え体調もひどい。そしてこの議論の場では怒りをぶちまける事すら禁じられている。リアリスは泣きたくないのに涙がこぼれた。

 エーガットの疑いだって強い。だから誰もリアリスを助ける事は出来ない。哀れな彼女を見守るしかなかった。

「ヨルムンドはどうなの?」

「俺個人としてはビルバジオの旦那が怪しいと思っているさ。でも身体が動かんね。手を挙げられない。どうやら天の啓示は彼が裏切り者だと断言したくないらしい」

「それは正しい啓示だから? それともいつものように間違った推理だから?」

「この名探偵が間違った推理などするものか。百発百中千発千中名探偵の推理に跪けい!」

「付き合ってられないわ。あんたのごっこ遊びを認めさせるための大嘘なんでしょ。もう誰もあんたの相手をしないからね」

「これだから能力を説明するのが嫌なんだ。俺を変人扱いしやがる」

「そんな扱いはしないわ。あんたはただ幼稚なだけよ。大人になってもごっこ遊びを本気で場をわきまえずにする子供なんだわ」

「名探偵を子供扱いするとは。さては貴様、敵対組織の刺客だな? 誰だアッシラがシロだと言ったのは。完全なクロじゃないか。名探偵を疑うのは犯人だと相場が決まっている」

「はいはい。マルガリタ。あんたはどうなの? まだビルバジオを信じるなんて言わないわよね?」

「わた、しは」

「信じられるの? あんたをまんまと騙した奴を。賢いあんたは彼を見極めたつもりでその観察眼の鋭さすら裏をかかれたのよ」

「うぐ……」

 マルガリタは下唇をかむ。アッシラはマルガリタを憎々しく思っていたので、彼女にそんなくやしそうな表情をさせられて気分がよかった。

「じゃ、場はビルバジオを疑う人が多いわね。彼をシロだと主張する者はいないわ」

「おいおい。俺の推理、天の啓示はビルバジオがクロだと肯定しないぞ」

「あんた前まで彼が裏切り者だって推理してたでしょ。何で推理がころころ変わるのよ」

「天の啓示は人間には無意味に見える情報が多いと言っただろう。俺の推理の多くは人間にとっては無意味な情報なのだ」

「名探偵の推理は百発百中、いや千発千中だって言ってなかった?」

「うっ!」

 ヨルムンドはしどろもどろと言い訳を始める。もちろん誰も聞いちゃいない。

「そこで次だけど。エーガットがクロかどうか」

「夫は裏切り者じゃないわ」

 リアリスが急いで主張する。

「待ってリアリス。ちゃんと説明するから。私も彼がクロだとは思っていないから安心して」

 どうやらアッシラは夫を擁護してくれるらしいので、リアリスは口をつぐんで黙って聞く。

「エーガットは物音一つ立てずに姿を消したわ。飛行艇の動力部は音がうるさく暑い。旧式のオンボロだからね。そんな中では多少の音や気配は消されてしまう。でもさすがに、強力な能力者であるエーガットを少し離れていたとはいえリアリスに気付かれずに殺すのは難しい。だからエーガットが裏切り者で、自ら気配を押し殺して姿を隠したと考えた」

 リアリスは何か言いたげに口を開くが、アッシラに手で制止されて再び唇を閉じる。

「ばれずに殺すのは難しい。でもビルバジオの怪力で口を塞がれただけだったら? 頭を握り潰されれば潰れる音がするけど、口や手足を押さえ込むだけならしばらく黙らせる事ぐらいは出来る。少しの時間でいいのよ。なにせリアリスたちは後ろを見ずに進んでいたんだもの。しんがりを務め後ろを警戒するのはエーガットの役目だわ。彼が警告を発するより早く取り押さえられ、少しの間だけ黙らせてリアリスたちに気取られないほど離れるまで待ったならあり得るわ」

 リアリスがぱっと顔を輝かせる。

「そうよ。きっとそうだわ。あの騒音と暑さ。それにしばらく警戒しても敵の気配が無かった。エーガットだって気が緩み、敵にとっさに対応出来ず口を塞がれ身体を押さえつけられてしまったんだわ。ビルバジオの巨体と怪力、そして俊敏性の能力ならそれは十分可能だもの」

「よって、ビルバジオが裏切り者でエーガットは裏切り者ではなく被害者だと考えるわ。みんなはどう思う?」

「僕もその可能性があると思う。実際はどうかわからないけど、証拠が無い現状ではビルバジオが裏切り者でエーガットはそうじゃないと判断するのが最善だと思う」

「私もそう思う」

 モニカは本当に自分で考えて言っているのかわからない。さっきからパーシバルに同意する事しかしていない。

 リアリスももちろん同意する。夫の無実を訴えるために無理して来たのだが、そうするまでもなくアッシラが上手い事説明してくれた。

 アッシラがヨルムンドを見ると彼は両手を上げて降参のポーズを取る。

「うーん。俺の名推理がさっきからまったく働かんなあ。どうやら今は名探偵の出番じゃないらしいぞ。寝よう寝ようそうしよう」

 彼はいすにふんぞり返り、目を瞑って眠り始める。別に熟睡しているわけではなくただの寝たふりだ。アッシラは放っておく事にする。

 彼女はマルガリタを見る。すっかりしょげている彼女はアッシラの方を見ようとしない。

「マルガリタ。あんたはビルバジオが裏切り者じゃないと決めつけて、そのためエーガットが一番疑わしいと考えたのよね。でも今はどうなの? 今でもそう思っているの?」

「私は……」

 マルガリタはどんよりした目で顔を上げる。アッシラとリアリスににらまれ、怯えてすぐにうつむく。

「わ、わかりません。私は二人とも、クロともシロとも判断出来ません」

「そう。わかったわ」

 忌々しいマルガリタを、ウレミオの前でこんなにとことんやりこめた。実に痛快だ。マルガリタを憎む気持ちがすっと溶けるように爽快だった。

 いい気分になったアッシラは笑顔でウレミオを見る。ウレミオはうなずいた。

「いいだろう。最終判断だ。エーガットはクロと判断出来るほど疑いが強くない。だから我々同様実際に裏切り行為を見せるまではシロとみなす。対してビルバジオの疑いはとても濃い。彼が実際はシロかどうかに関係なく、彼は裏切り者とみなして処刑を許可する」

 リアリスは大喜びだ。大事な夫の疑いが晴れた。体調の悪さを吹き飛ばすほど歓喜に満たされ、残った左手で夫をさらったビルバジオを仕留めてやると息巻いている。

 エーガットが無事な可能性は低い。おそらく殺されているだろう。それでも人質か、あるいは自分を治療させるために生かしておいているかもしれない。

 彼らは自分の命よりも使命を優先する。だから人質は通用しない。リアリスがどう言おうとエーガットが人質にされても、それを無視して攻撃する。

 それでもリアリスは、夫が生きていてしかも無事に助け出せる可能性に賭け、それを信じて意気込む。そんな彼女のけなげさを見てみんなも張り切る。

「よし。では行こう。ビルバジオの捜索の前にまずは積み荷の無事を確認する」

 ウレミオが立ち上がる。みんなも立ち上がる。ヨルムンドはモニカにほほを叩かれ、事件が起きたのかと飛び起きてきょろきょろする。

「ほら行くわよマルガリタ。いつまでしょげてんのよ。ビルバジオがいれば戦闘になるわ。さっさと気持ちを切り替えなさい」

 アッシラは、これだけこき下ろしたマルガリタへの嫉妬は十分晴れた。あとはただ優越感に浸るのみ。彼女はマルガリタの腕を引っ張って立たせると、背中を叩いて歩かせた。

posted by 二角レンチ at 20:06| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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