2014年09月29日

旋律のリフレイン(54)母性の優しさ

旋律のリフレイン(54)母性の優しさ

「やった! バイアスの人間の胸まで装甲を破壊した。これで胸の中に隠されたシェルを取り出せる。パビリオンの勝ちだよ。やったあ!」

 リフレインは我が事のように喜ぶ。

「ああ。力は互角。なら装甲に守られていないシェルまで手が届く方がはるかに有利。攻防を続ければ勝つのはパビリオンだ」

 最悪に怯えていたトランジスタも安堵する。全身の装甲は硬いだけではない。防御プログラムを走らせる。しかし装甲を失えばそれは出来ない。傷口から手を突っ込みシェルを取り出せる。

 互角の強者の戦いで、装甲無しにシェルを守りながら戦えるほど力の差は無い。パビリオンの勝利が確定した。

「冷や冷やしたぜ。しかしこれで勝ったな。予言は外れだ。人騒がせな奴だぜ」

 予言。リフレインとバイアスが今日戦う。それはつまり、その前にバイアスと戦う者は必ず負けるという事だ。

 予言なんて超能力みたいな力が本当にあるわけがない。脳は様々な力を持ち、高度な機体はそれをエネルギーに変換して戦える。しかし予言などありはしなかったのだ。ただの嘘だったのだ。

 未来は誰にもわからない。おぼろげだろうが不確定だろうが予言は予言。そんなもの実在するわけがない。

 リフレインとトランジスタはパビリオンの勝利を確信した。しかし当のパビリオンはそうでは無かった。

「無い!」

 パビリオンが悲痛な叫びを上げた。

 バイアスの両腕のランスが腕ごと地に落ち大きな音を立ててめり込む。

 パビリオンは全身を武器と化す攻撃プログラムを使っている。金色の特殊な装甲と脳の才能がそれを可能としている。パビリオンだけが、全身による突進でどの部位でも主力武装の破壊力を持てるのだ。

 パビリオンの両腕が金色の光を放つ。攻撃プログラムをさらに発動し、両腕を刃と化す。

「無い! 無い! 無い! 無い!」

 パビリオンは半狂乱になりながら、手刀でバイアスの身体をめった切りにする。両腕を切断され胸も左右から途中まで切り裂かれた人間の上半身。硬いヘルムすら母性を限界まで引き出した今のパビリオンのパワーならやすやす切り裂ける。

 両腕のランスを失い防御出来ないバイアスの上半身をめった切りにする。もはや原型をとどめていない。馬の下半身と繋がる腹だけがわずかに残るのみだ。

 何が無いのかそれを見て、リフレインとトランジスタも理解する。

 パビリオンが叫ぶ。

「無いザーマス! 人間の上半身の胸にあるはずのシェルが無いザーマスうううううう」

 パビリオンはわけがわからず、とにかくやばいと考えて離脱する。

 上空へ舞い上がろうとするパビリオン。しかしそれより早く、馬の前脚がまるで手を合わせるように、蹄でパビリオンを挟み込み捕らえた。

 普通の馬の脚ならそんな蹄で挟むなど構造上不可能だ。しかしバイアスの馬の脚は外見がそう見えているだけで実際は多数の関節が内蔵されている。その関節は生物には出来ない三百六十度の回転をいくらでも出来る。不自然に曲げて蹄同士を合わせる事が可能だった。

 パビリオンはたしかに素早いが、それは自分の体重を自在に操りながら飛行する場合だけだ。この至近距離では馬の蹄のスピードから逃げられなかった。

「ぐははははは。愚か者め。貴様はわしの凄まじいパワーと拮抗するため、上空から落下速度を加算する必要があった。あまりにもはるか上空から墜落するような攻撃が多かった。貴様はエンジン無しに飛行する。その機能は謎だった。しかし落下運動があまりにも多い。だから体重を操作して飛行を可能としている事はわかっておったわ」

 バイアスの声が響く。首の無い馬の胴から、馬のいななきと人間の二重音声が聞こえてくる。

「アータクシの力の秘密がわかったから何だと言うザーマス! それより今は、あーたの脳が入ったシェルが無い事がどういう事か説明するザーマス!」

「がはははは。よく考えろ。わしがお前の力を解析したようにな」

「脳が入ったシェルは人間の頭の位置にあるザーマス。それは機体の形状を生前の人間そっくりに造る事で正気を保つため、他の部位には埋め込めないザーマス。しかしあーたは異常な形状でもある程度受け入れる脳を持つ異常者。それでも正気を保つためには馬の頭に当たる、人間の上半身の胸部にシェルを埋める必要があるザーマス」

 パビリオンはとっくに答えがわかっている。戦闘に集中していてそこまで思考を割く余裕が無かった。会話でわずかな時間を稼ぎながら、前脚の蹄二つに挟まれた状態から脱出しようともがいた。

 しかし止まった状態で発揮出来るパワーはバイアスには遠く及ばない。パビリオンのパワーがバイアスと拮抗していたのは、あくまで落下による加速まで加えた運動速度と体重増加による重くて強い攻撃だったからだ。

 蹄に挟まれ捕らえられた今の状態ではパワーがまるで足りない。パビリオンは加速した落下、神の鉄槌に特化しているので止まった状態でのパワーは大した事がなかった。

 全身を攻撃の刃と化せる特殊な主力武装。パビリオンの脳しか出来ない芸当だが、それをもってしても硬い上に防御プログラムも鉄壁の蹄を切ろうとしても傷一つつけられなかった。

 パビリオンは絶望に半狂乱になる。会話で時間を稼いでも意味が無い。誰が何をするより早く潰されるだろう。

「ぐっははははは! たまらんぞその怯えた表情。正気を保つために人間に似せた人工顔面は、泣けないが表情はとても豊かだ。貴様はなぜ泣けないか知っているか?」

「知らないザーマス。ただの悪趣味ザーマス。全身サイボーグの力を恐れうらやむただの人間の技師たちが、全身サイボーグをあざ笑うためにそうしただけザーマス」

「違うな。人間はな、肉体が精神に影響を及ぼす。涙を流すとどんどん悲しみが深まる。全身サイボーグは自分も愛する人も虐殺された後、自分だけが復活した。涙を流せばその涙に溺れ悲しみの海に沈む。しかし涙を流せなければ悲しむのは空しい。やがてやめて、泣いて涙を流すのではなく戦って敵の血を流させる方に慰めを見い出すようになる」

「そうザーマスか。戦わせるために涙を奪い悲しめないようにしたという事ザーマスね。どうでもいいザーマス。いい加減離すザーマス」

「ぐはははは。殺す前にさっきの答えを言ってみろ。正解すれば褒美をやるぞ」

「……正気を保つため、生前の脳の位置にシェルを埋め込む。馬の下半身をした異常な脳のあーたは馬の頭にあたる人間の上半身の胸部にシェルを埋め込んでもぎりぎり正気を保てた。しかし正気を捨てた今、もうシェルの位置はどこでも構わないザーマス……」

「正解だ。褒美に、じわじわでなく一瞬で殺してやろう」

 逃げる事も戦う事も、誰かが助けてくれる事も出来ないと知って、パビリオンは時間稼ぎをやめて半狂乱に叫ぶ。

「アータクシは死ぬわけにはいかないザーマス! 息子たちを八人全員守れなかったザーマス。みんな戦争の虐殺で殺された。今度こそ守るザーマス。誰も殺させないザーマス」

 それを聞いてトランジスタはうつむく。

 パビリオンの過去はデータで知っている。鬼だの守銭奴だの言われてみんなに嫌われていた。息子が八人もいて夫は事故死した。一家心中してもおかしくないのに、優しい専業主婦だったパビリオンは息子たちを食わせるため、慣れない仕事を掛け持ちし必死だった。

 仕事以外に時間を割けなかった。息子たちが泣いても学校を辞めさせ働かせた。そうまでして、息子たちにも職場の同僚にも村のみんなにも嫌われて、それでも仕事に明け暮れがめつく金を稼いだ。

 誰が嫌われてまで働けるだろう。誰が愛する息子に嫌われてまで息子を愛せるだろう。

 パビリオンは母性が誰よりも強い。この危機に対し、殺される前にみんなを息子の代わりに守る事を誓ったとき、脳の母性が爆発しバイアスに匹敵する力を引き出した。だからスコルピオに進言し一番にバイアスと戦う事にしたのだ。

 頭がおかしいおばさんだと軽蔑していた自分が恥ずかしい。パビリオンは次に戦うトランジスタを戦わせないように、今も必死に戦っている。

 情に訴えたところで正気を捨てて人間を辞めたバイアスには通じない。それでもパビリオンは叫ぶ。もうそれしか手段は残っていないから。いくら見苦しくても顔を歪めてバイアスに訴える。

「アータクシは、アタクシは……私は、誰にも嫌われたくなかった。夫がいた頃はみんなに優しくして、みんなも優しくしてくれた。なのに、でも、息子たちを育てなければならなかったのよ。死なせてしまっては夫に申し訳が立たないもの。だから怒りや憎しみが返ってくるとわかっていても、心を鬼にして息子たちにきつく当たるしかなかったのよ。大好きな友達と別れたくないと泣いて頼む幼い息子をひっぱたいて、ひっぱたいて、学校を辞めると言うまで何時間も叩き続けたのよ……」

 泣きたくても泣けない。息子を亡くした悲しさを考えないようにするため、神が黄金の身体を授けて生まれ変わらせてくれたと吹聴した。

 もちろんそんなわけはないとわかっている。ただの演技だ。自分すら騙すための演技。そうでなければ心が押し潰されていた。その演技をやめ、パビリオンは泣けないのに泣いているように顔を歪めた。

「稼ぐためにどんなひどい事もした。息子たちはこんな母親の元に生まれたくなかったに違いない。でも誰一人飢え死にする事無く成人し、嫁を貰って独立して、みんな幸せに暮らした。私を憎み無視しても幸せになってくれればいい。私はどうなってもいい。嫌われても蔑まれても、孫を抱かせてくれなくてもいいと」

 バイアスは決して蹄を緩めない。しかしじっと黙って聞いていた。

「私は、守れなかった息子たちのために今度こそ守らなければならないのよ。バイアス。お願い。逃げたりしない。だけどあと一回だけ、全力の攻撃をぶつけ合ってくれないかしら……? それで諦めがつくわ。みんなを守って戦いながら死ねる。このまま何も出来ずに潰されるんじゃ死んでも死にきれない」

 哀れを誘う顔。情に訴える涙話。哀れみを恵んでもらうためパビリオンは己の悲痛な過去や息子たちの尊厳すら汚してでも、この絶体絶命のピンチから逃れようとした。

 バイアスの人間の上半身はパビリオンの手刀でずたずたに破壊されもう残っていない。首の無い馬の胴体に生えた四本の脚のうち後脚二本だけで巨体を不自然に支え、前脚二本を馬ならあり得ない多関節で曲げてパビリオンを蹄で挟んでいる。

 この馬の胴のどこかに、おそらく表面が破壊されても大丈夫な一番奥の中心部に、脳の入ったシェルが埋められている。

 バイアスには目も口も見られない。しかし全身を震わせて声を発する。体表のどこかに目があり口があり耳があるのか。見てもセンサーで精査してもわからなかった。

「……わしは正気を捨て、人間である事を辞めた。もう人間の上半身は必要無い。そうまでして正気を保つ必要が無い。だから貴様の話にも、少しも感動しないし哀れまない」

「嘘よ! 情が失われていたならじっと聞いたりしないわよ!」

「これは決闘だった。人間の姿で、人間として戦う最後の決闘。見事我が人間を滅ぼした。決闘で言えば貴様の勝ちだ。わしは馬の蹄も野獣性も使うつもりが無かった」

「手加減していたって事?」

「違う。上空からの落下を攻撃とする貴様を迎え討つためには、人間の上半身のランスを駆使して迎撃しなければならなかった。馬の下半身は有効に使えない。わしは全力で、必死だったのだ」

「嘘よ。この馬の脚は多関節。しかも関節と関節の間は柔軟に伸ばせる。でないとこうして上空にいる私を捕まえる事は出来ないわ」

「……そういうまともな話し方が出来るのだな。その方がいいぞ。しかしそれは、戦いには不要。貴様は演技を超越して正気を失うべきだった。そうすればわしと同じ次元にまで駆け上がれたのだ」

「バイアス」

 なりふり構わず最後の手段、情に訴え手心を加えてもらおうとした。それすらかなわずこのまま蹄で潰される。最後に戦う事も出来ない。

 それでも最後に出来る事があった。

 誰にも思いつかない。誰よりも母性の強いパビリオンだけが、こんな状況でも目の前で泣いている子供を想いやってあげられるのだ。

 パビリオンは敵のバイアスに向かって、驚くべき事に優しく微笑みかけた。

「バイアス。あなたは人間よ。だって、私の最後の言葉を最後まで聞いて遺言としてくれる優しい子だもの」

 バイアスは馬のいななきと人間の声の二重奏で答える。

「わしは人間を捨てたのだ! 勝者が敗者の言葉を最後に聞いてやるのは勝者の義務だ! 優しさなど、正気と共に捨てた」

「あなたはそんな化け物になっても、人間だと誰かに言って欲しかった。私にはわかるわバイアス。あなたは優しい心を持った人間よ」

「知った風な事を言うな! さっきまでのおかしなしゃべり方をする変人の方が貴様には合っておるわ」

 バイアスは苦々しい声で叫ぶと、馬の蹄で挟んだパビリオンを押し潰した。

 馬の蹄はとても巨大で、パビリオンの全身を潰した。ヘルムもシェルごと一瞬で潰した。あり得ない。なんてパワー、いや、攻撃プログラムだろう。シェルの防御プログラムを浸食出来る機能を持つサイボーグでも、強固なシェルを破壊するのに数分はかかる。あんな一瞬で、紙を裂くように簡単であっけなく潰せるはずがない。

「化け物め」

 トランジスタは馬の胴体と脚だけになったバイアスを険しい顔でにらむ。パビリオンを助けたくても一歩踏み出せばもうバイアスはパビリオンを殺していた。パビリオンを一秒でも長く生かすためには何もせずじっとしているしかなかった。

 リフレインはパビリオンをよく知らない。戦場で見かけ、今悲しい身の上話を聞いたに過ぎない。

 あそこまで誰かを守ろうとする母性。呆れるほど凄まじい。母性において別次元。だからバイアスと拮抗出来た。

 守るために、あそこまで出来るだろうか。なりふり構わないとはこの事だ。普通なら死んでも敵に情けをかけてもらおうなどと思わない。潔く死ぬのがせめてもの抵抗だ。それしか出来ず、誇りを持って死ねる。

 誇りすら捨ててみんなを守ろうとした。バイアスが情にほだされ最後の激突を望んだら、きっとパビリオンは逃げない。逃げても皆殺しだからだ。しかしチャンスをもらって最後の激突をすれば、勝率はほぼ無いがそれでもゼロではない。後に続く者のためさらに手傷を負わせる事が出来るかもしれない。

 パビリオンは、そのかすかにしかない可能性を得るためだけに、あんなにみっともなく情に訴えた。リフレインにも誰にも真似出来ない。死んでも自分の誇りを捨てて悲しい過去を汚すなど出来はしない。

 強さにはいろいろある。パビリオンは何が何でも目的を果たそうとする必死さにおいてこの世の誰よりも強く真似出来ない。

「へっへっへ。母性か。俺は女なのにそんなのねえな。ただ強い敵と戦いたい。逃げたくない。それだけの意地しかねえ」

 トランジスタは不敵に笑い拳を反対の掌にバンと当てる。戦いを楽しんでいるように見えるがそれだけではない。

 パビリオンの仇。復讐を果たす。バイアスを必ず討つ。

 もう負けるとわかって挑む弱いトランジスタはいない。パビリオンは負けたが、代わりにトランジスタに戦う勇気をくれた。

 勝ち、生き残る。その覚悟が出来た。口では強がってもバイアスに殺されると諦めていた弱いトランジスタとは違う。生への希望が、執念が目に熱い炎として宿っていた。

 パビリオンがあそこまでして守ってくれたこの命。もう捨てる前提でいてはいけない。いられない。

 リフレインは気圧され後ずさる。

 なぜ? 脳から母性も野獣性も引き出せないトランジスタはまだ下の次元にいる。上の次元にいるバイアスに勝てるはずがない。文字通り次元が違う。トランジスタがいかに強くても、バイアスとは格が違う。

 勝てるはずないのに。戦いに向かうトランジスタの背中は、勝利をたしかに期待出来るほど頼もしかった。

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2014年09月28日

旋律のリフレイン(53)神の鉄槌

旋律のリフレイン(53)神の鉄槌

 パビリオンとバイアスの激闘は互角。そしてあまりにも激しかった。リフレインとトランジスタは邪魔にならないように大分離れて見ていた。

「ヲホホホホホホホ!」

 パビリオンは両手を左右に真っ直ぐ伸ばし、両足を揃えて真っ直ぐ伸ばす。もちろん首も真っ直ぐだ。十字の形。伝承で神の使いである聖者が磔にされた十字架の形。聖者は殺されてのち神の力によって復活したと言われる。死んで神に救われ機械の身体で復活したとのたまうパビリオンは聖者に倣い、磔の十字の形を戦闘スタイルとした。

 実際、この奇抜なスタイルはパビリオンの攻撃にとってとても有効に働いた。

 まるである国に伝わる手裏剣のように、十字の形のまま水平や垂直に回転してみせる。そしてそのまま敵に激突して切り裂く。

 頭から杭のように突進して打ち込むのが一番重く破壊力が高い。パビリオンは手裏剣のように回転して敵を切り裂く事もするが、必殺技と呼べるほど強いのは頭から突進する杭の一撃だった。

 手や脚から杭のように敵を貫く事もある。とにかく手足と頭を上下左右に伸ばしたこの戦闘スタイルは、その全てを攻撃に使うパビリオンにとって殴ったり蹴ったりと手足を動かすよりも効率的で強かった。

 パビリオンは空中をスキップするようにぴょんぴょんはねる。かと思えば一転、手裏剣のように回転して円盤のように飛ぶ。その滑るような動きから一転、今度は杭をハンマーで叩いたような重く直線的な動きで敵を貫き砕く。

 パビリオンは何度も、手裏剣のように回転したり杭のように真っ直ぐ突進したりする。バイアスは人間の上半身の手を改造した長いランスでそれを防ぐ。

 バイアスは防戦一方。パビリオンが押している。ときどき苦し紛れにランスの突きを連打するが、パビリオンはそれをひょいひょいかわしたり、大きく飛び去ったりして全部かわす。

「ヲーッホッホッホッホッホ! 当たらないザーマス。母性を限界まで脳から引き出した今のアータクシには、脳からあらゆる力を引き出したと言うバイアスでさえ遅いザーマス!」

「うぬう、正気を捨て狂気に走ってまでも、脳の持つ全ての力を引き出したのだぞ。そのパワーもスピードも、脳の力の一つである母性のみに頼る貴様よりはるかに上のはずなのだ」

「ランスの突きが一番早いザーマスか? 野獣性による馬の蹄を出すがいいザーマス。いかに予測不能な動きといえど遅い。あーたの動きは遅いから予測出来なくてもかわせるザーマス」

「ほざけ。これはわしが人間として戦う最後の決闘なのだ。最後くらい、人間の力だけで戦う。馬の蹄など使わん。ランスだけで相手してくれる」

「ヲホホホホホホ! 主力武装の馬の蹄を使っても当たらなければ意味が無いザーマス。最後の決闘? たしかにこのアータクシに殺されるから、もう決闘はこれっきりザーマス」

「わしは負けん。勝つ。勝たねば、何のために正気まで捨てて化け物になったのか」

「正気? そんな物を捨てたくらいで勝利が得られるなら安いザーマス」

「なら貴様は何を捨てたというのだ。まだ正気を保っているではないか」

 笑っていたパビリオンが一瞬真顔になる。

「息子を八人全員。それとその孫」

「そうか? わしだって家族も妻も殺された。村は全滅だ。虐殺とは全員をあぶり出し殺す狩りなのだ。どこに隠れようと兵士たちは見つけ出し笑いながら殺す。みんな同じだ。失って、しかも洗脳されて復讐すら出来ん」

「あーたは正気を失ったから復讐出来るザーマスでしょ? 洗脳は正気を縛り付ける鎖ザーマス」

「国を出るとき多くを殺した。蟻を潰すのは実に楽しいものだ。しかし足りん。蟻をいくら潰しても復讐の怒りは収まらん。わしの大事な人たちを皆殺しにしたあの国はいつか滅ぼす。しかし今は、この力を存分に振るえる強者との決闘を望む」

「アータクシの息子たちは、あーたの殺された者たちの比じゃないザーマス! アータクシは全部を捨てた! 正気以外。嫌われ疎まれ憎まれひどい仕打ちを受けた。そこまでしても生きてさえいればいい。そう思って必死だったのに。アータクシが過労で死んだ翌日にみんな虐殺されたなんてあんまりザーマス!」

「はっはっは。みんな悲しい。わしもお前も。お前が息子を愛するように、わしも妻を愛していた。子供はいなかったがな」

「あーたと一緒にするなと言っているザーマス! アータクシの息子たちはあーたの妻の何倍も尊い命なのザーマス!」

「命の重さは注がれた愛情により決まる。かけられた愛情の分だけ重みが増す。わしの妻の命はこの世の誰よりも重かった」

「アータクシより重くなれる者などいないザーマス!」

 パビリオンははるか上空へ飛び去る。そしてサイボーグの視覚機能でもわずかな点にしか見えないほど高い上空から一気に急降下する。

 頭を下に、回転せず一直線に落ちてくる。まるで隕石だ。しかしこれは敵の回避を追いかけ必ず仕留める回避不能の隕石だった。

「貴様の機能はもう分析出来ておる。速度により威力が増す。わしを倒そうと必死過ぎたな。このランスは武器であり盾だ、硬くてプログラムにより守られている。見た目とは裏腹に、攻撃機能より防御機能に特化しておる。それを交差させたランスの盾がわしの最大防御だ」

「十字の盾など十字架の隕石の前には消し飛ぶのみザーマス! 神に授けられた黄金の身体による隕石、神の鉄槌は誰にも阻めないザーマス!」

「はるか上空からの隕石落下。しかも追尾により回避不能。受け止めてやろう。最強の盾、クロスランスで」

 バイアスは長いランスを十字の形に構える。防御プログラムの中でも、この十字にクロスした状態でのみ機能する最強の盾はどんな攻撃でも防ぐ。

 バイアスの必殺技、クロスランスの盾とパビリオンの必殺技、長距離からの隕石落下、神の鉄槌が激突する。

「ぬううううううん!」

「ヲホホホホホホ!」

 二人は声も力も振り絞る。パビリオンは十字の姿勢のまま頭をランスにぶつける。交差したランスは十字の形のままそれを受け止める。

 二人は拮抗していた。パビリオンの最大攻撃は何者をも貫く。バイアスの最強の盾はどんな一撃でも防ぐ。最強の矛と盾のぶつかり合いは互角で、二人は押しきろうと全力を振り絞り続けた。

 リフレインは驚きに目を見張りながら感心のため息をつく。

「すごい……あのバイアスに力で負けていない。競り合っている」

「バイアスは戦闘で防御しながらパビリオンを分析した。もう解析は終わっている。だから聞かれてもいいだろう。リフレイン。お前は解析出来たか?」

 隣にいるトランジスタの問にリフレインはうなずく。

「うん。パビリオンの機能は体重操作。自分の体内でトランジスタとは違う特殊な電磁力を発生させ自分の体重を自在に変化させる。わずか数秒だけどね。だから体重を無くしてわずかな動きで空を自在に飛び回り、あとは体重を戻して慣性に任せて滑空する。だからやたら止まったり飛んだり、空中を跳ねているように見えるんだ。あの変な動きは体重を増やしたり減らしたりするから必要であって敵を惑わすためじゃないんだ」

「正解だ。データですでに知っていたのか?」

「ううん。今解析した」

「ほう。そこまで自力で解析したのか。解析力はバイアスと互角だな」

「僕が戦う事は無いよ。パビリオンはこのまま勝利する」

「なぜだ? 互いの必殺攻撃と防御が拮抗しているぞ」

「止められた彼女はさらに攻撃する。でもバイアスはあの十字の盾を解除出来ない。そんな事をすれば貫かれる」

 パビリオンが頭から突進するのを一番の攻撃としているのは、何も全身を覆う装甲で一番硬いのがヘルムだからではない。そんな理由でヘルムの中にある一番の弱点であるシェルを敵の前に差し出すわけがない。

 回転せず、杭のように突進し貫く。回転は勢いを横に逃がしてしまう分だけ弱くなる。しかしこれが運動エネルギーを一番一点に集中出来るからだけでもない。

 体重を操作出来るパビリオンが一時的に自分の体重を数十倍まで引き上げはるか上空から落下エネルギーすら加えた一撃。彼女の最大の攻撃。しかし誰にも止められないからといって、絶対に止められないとは限らない。

 今までこれを食らって止められた者はいない。しかしもし、万が一にも止められたときにも即座に対応出来るからこそ、パビリオンはこれを絶対無敵の必殺技としているのだ。

 頭とランスがぶつかり合い、勢いが消えない内に両者とも全力を加えて相手を押し返そうとしている。火花が散り二人の機体をまぶしく輝かせる。パビリオンは両手を左右に広げた十字架の姿勢のまま突進をやめない。

 しかしこれは偽装。この攻撃には次がある。万が一にもこれを止めるとんでもない敵がいた場合に備え、第二の矢を用意していた。

 威力が高いからではない。誰にも止められないからこそこれを必殺技と言っているのだ。

 止められた突進のエネルギーは止められた反動で自分に返ってくる。それを逃がす代わりに左右に伸ばした腕に伝え、腕を曲げて繰り出す。

「何。そんな余裕があるはずが……?」

「ヲホホホホ。あーたの力を利用させてもらうザーマス。アータクシは全力をこの攻撃に費やした。しかしこの腕は止められた反動をエネルギーとしてパワーを生み出すザーマス」

「全力を振り絞る刹那で、反動を逃がすのではなく利用するだと」

「ヲホホホホホホホ!」

 交差させたランスでパビリオンの攻撃を受け止め、それに全力を尽くしている今のバイアスに馬の蹄を始めとした他の攻撃や防御を繰り出す余裕など無い。パビリオンも余裕が無いからこそ、自分のエネルギーでなく止められ返ってくる反動エネルギーを利用する戦術を用意してあったのだ。

「あーたの負けザーマス! 食らって死ねザーマスよおおおおおおおお」

 パビリオンの両腕は鞭のようにしなり前方へ左右から繰り出される。全力をランスの防御に費やしているバイアスは、この攻撃を防ぐ事が出来なかった。

「なんと……!」

 バイアスが感心する。鞭のようにしなるパビリオンの両腕は左右から迫り、バイアスの両腕を切断しその間にある胸すら破壊し、交差したランスにぶつかって左右に弾かれた。

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2014年09月27日

旋律のリフレイン(52)母の愛

旋律のリフレイン(52)母の愛

 リフレインとトランジスタは並んで立ち、バイアスとパビリオンの決闘を離れて見ている。

「ねえトランジスタ。今のバイアスは、正気を捨てて狂気に染まる事で脳を狂わせ全ての力を引き出している。理性、野生、母性。しかも狂いながら知性すら保っている。冷静に戦況を見極め冷静な判断を下せる。最強で隙もない。あれで狂っているなんて思えないほど冷静で手強いよ」

「そうだな。他の誰でもあり得ない。天才でも不可能だ。バイアスの脳はどうなっていやがる。強さを求めて天才すら凌駕したか」

 トランジスタは前を向いたまま返事をする。あり得ない奇跡を目の当たりにして畏怖すら覚えている。

 あいつは敵だ。その強さにあこがれてはいけない。

 そう思っても、トランジスタはバイアスの強さに敬意すら抱いた。そして頭がおかしいと軽視していたパビリオンがそれと拮抗するとは驚きを通り越して異常だった。

「ねえ、パビリオンはたしかに強いよ。でも他の幹部と同じ程度。いくらなんでもあの最強の化け物になったバイアスの、それも最大パワーを誇る突進を止めるなんてあり得ない。必殺技であるランスチャージは主力武装である馬の蹄よりも攻撃力が高い。あれを正面から受け止め弾き返すパワーなんてあり得ないよ」

「たしかにな。しかし脳の持つ力は無限なんだ。ただそれを引き出せないだけ。その負荷に脳が耐えきれないから抑えているだけ。逆に言えば、負荷に耐えられるならあり得ないほどのパワーを引き出せるのさ。バイアスと同じようにな」

「パビリオンも正気を捨て狂気に走ったって事? たしかに知性すら持つバイアスは狂っているようには見えない。しかし狂いながら知性を保つなんてバイアスにしか出来ない芸当だ。あいつは異常だよ。他の誰も真似出来ない」

「そうだ。俺たちはただ狂った所で弱くなるだけだ。脳が知性を保てない。バイアスは特別だ。真似するんじゃねえ」

「じゃあパビリオンの力は何なの? あんなの初めて見る。彼女があそこまで強いはずがない。あの化け物のバイアスと互角に張り合えるなんて不可能だよ」

「不可能を可能とする。人間の脳に秘められた力は無限だ。パビリオンの力は狂ったからじゃない。たった一つの無限の力。どんな恐ろしい敵からも、何が何でも我が子を守ろうとする愛情」

「母性?」

「そうだ。パビリオンはたとえ男だろうが誰の脳でも持つ母性を引き出し力を生み出しているんだ」

「信じられない。母性を引き出して知性を維持するなんて」

「前回のバイアスと違い野獣性を引き出していないからな。知性が残る余地があるんだろう」

「でも、母性がいくら脳の持つ凄まじい力だとしても、それをここまで引き出せるなんて。今までと違うよ」

「施設のみんなを、俺たちを、何が何でも守りたいと願った末に手に入れた力だろう。ったくビーストといいパビリオンといい、凄い力をほいほい引き出しやがって。どれだけ愛が深いんだよ。俺とは違う」

「トランジスタだって愛は強いよ。だってみんなを守るため、自分一人で戦おうとしたじゃないか」

「俺は母性を引き出せない。みんなを守りたいという気持ちが足りないんだ。死にもの狂い。それが狂気に染まらず狂うかのように脳のリミッターを外す。愛が深くなければ狂えない」

「トランジスタ。脳には個性が、才能がある。脳の力を引き出す才能。たまたまその才能のある人が周りにいただけだよ」

「ビーストは野生の野獣性を、パビリオンは母性を限界まで引き出して力を手に入れた。俺には何も無い。俺は何の力も引き出す才能が無いんだよ」

「努力するのは才能だって誰かが言っていた。君は誰よりも努力して力を手に入れたよ」

 トランジスタは感謝の言葉を口にしない。代わりに黙り込んだ。

「母性か……パビリオンは僕らの事を、亡くなった子供たちの代わりに愛してくれたんだね」

「あの口うるさいおばさんが俺たちを我が子のように愛するってか。かっかっか。あり得ねえ」

「でも、それで母性を引き出してあんなに凄い力を手に入れたんだ」

「そうだな……」

 トランジスタは遠い目をする。今までパビリオンを頭のおかしい奴だと軽蔑していた事を恥じている。リフレインと同じように。

 パビリオンは、生前とても口うるさくてうっとうしい中年おばさんだった。それは死んでも治らなかった。

 夫を事故で突然亡くし、八人もの小さな息子を抱えて途方にくれた。しかし彼女は絶望の中奮起する。

 それまで優しかった母が一変する。怖くてうるさい独裁者となった。それは必死さの表れ。優しくする余裕などまったく無かった。それだけ必死だったのだ。

 男ばかり八人もの子供を抱え、彼女は朝から晩まで寝る間も惜しんで働いた。貧しかったがそれでも八人もの子供を、女手一つで育て上げた。

 学校に行かせる余裕なんか無かった。子供でも学校へ行かせず働かせた。働けない幼子には無理矢理家事を躾、家の事を全部押しつけ自分は全部の時間を働きに費やした。

 とても怖く家庭には笑いが絶えた。息子たたちは大きくなると母を嫌い家を出た。同じ村に住み、毎月少ない稼ぎの中から母のためでなくまだあの怖い家に残されている弟たちのために金を工面して渡していた。

 パビリオンは笑う事無くどの職場でも嫌われた。同僚と食事やお茶をする金も時間も無い。休み時間は内職を持ち込んで、上司にやめろと言われても貪欲に稼ぎ続けた。

 そこまでしてようやく、誰一人飢え死にする事なくやり過ごせた。最後の息子が母を嫌って家を出たわずか数日後、過労でガリガリにやせ細ったパビリオンは限界が来て職場で倒れて死んでしまった。

 息子たちさえ生きていてくれればそれでいい。だが息子たちは辛いだけの毎日の中、母を敵とみなし弟たちを愛した。

 弟たちを見捨てていけない。家を出て嫁をもらったが村を出ず留まった。弟たちに会うために毎月送金ではなく現金を封筒に入れて母のいない内に届けた。

 最後の息子が嫁と結婚するため家を出た。息子の誰一人結婚式を挙げていない。世間で噂の怖い金の亡者である母の醜いガリガリにやつれた姿を華々しい舞台に呼びたくはなかった。

 どのみち呼んでも来なかっただろう。その時間すら惜しんで働きに出ていただろう。

 パビリオンは息子たちを育てるために自分を捨てた。金の亡者となりどれだけ怖くて嫌われようと息子たちに学校を辞めさせ、わずかな金でいいから働かせた。家事を押しつけた。

 そこまでしても息子たちが生きてさえいてくれればいい。母を嫌い顔を見せてくれなくても、同じ村にいながら道で見かけた時に無視してもいい。もし息子たちを一人でも飢え死にさせていれば亡くなった夫に申し訳が立たない。

 全てをやり遂げ緊張の切れたパビリオンは倒れて亡くなった。死因を調べた医者がこんな身体で生きていた事に驚くほど彼女はやつれボロボロだった。内臓までもボロボロに枯れ、生きていた人間ではなく死んで長年が経過したミイラかと思ったほどだ。

 母はこんなに強いのか。憎い母が死んでざまあみろと笑っていた息子たちは、誰にも見られない一人きりになると、鬼になってでも育ててくれた母に感謝し涙を流した。

 パビリオンが亡くなった翌日。憎い母の葬儀をするかしないかで息子たちがもめていたとき、村がよその国の軍に襲われみんな虐殺された。

 貧しく小さく皆殺しになっても痛くも何ともない。そんな小さな村を献上品として捧げ兵士たちの憂さ晴らしをさせる。それが戦争における各国のマナーだった。マナー違反は他の国が総出で滅ぼす。意義を唱えられる国は無かった。

 パビリオンは前日に亡くなっていたが、ずさんな脳の回収で、殺された村人たちと共に回収された。

 村の人口数百人。みんな殺された。パビリオンの息子たちも殺され、脳のいくつかはランダムに回収されサイボーグの機体に搭載され実験に使われた。

 適合者はわずかに一人、パビリオンだけだった。目覚めたパビリオンに、周りの医師や技師たちがにやにやしながらみんな殺され、しかも実験でも脳が壊死して役立たずだったと教えた。

 回収された脳の中にはもちろん息子たちも何人か含まれていただろう。孫だっていたかもしれない。成功者に虐殺と実験の失敗を告げ、その苦悶の顔を見るのが医師や技師たちの何よりの楽しみだった。

 パビリオンは泣きたかったのに泣けなかった。涙を流す機能は搭載されていなかった。驚いて、ベッドに横たわる身体を起こして自分の姿を見た。

 金色だった。全身サイボーグはそれぞれ搭載された主力武装やプログラムが異なる。それが特殊な金属で出来た装甲を様々な色に輝かせるのだ。

 自分が過労で死んだ事。そのわずか翌日に村が襲われみんな虐殺された事。自分を嫌おうが嫁を貰って幸せに暮らしている息子たちが殺された事。死んでも脳を実験に使われ、役立たずだったと笑われた事。

 息子たちの何人かは、すでに子供を持っていた。ただの一度も抱かせてくれず、町を歩いて偶然見かけるだけ。それでも孫たちがいる。おばあちゃんと呼んでくれなくても、愛してくれなくても、生きてさえいてくれればいい。

 生きてさえいてくれれば!

 他は何もかも投げ捨ててまで育てたのに!

 そんな孫たちもみんな殺された。兵士たちが戦場で正気を保つストレス解消のために。それをしないと兵士が戦場で、相手を殺す前に言語に絶する拷問をする事は歴史が証明していた。

「わ……あ……あぐ……おあ……」

 自分が全てをかなぐり捨ててでも息子たちを立派に育て上げた。その全ては無駄に終わった。みんなくだらない理由で殺された。

 泣くぞ泣くぞ。でも泣けない。泣く機能は無い。周りの医師たちや技師たちは、全身サイボーグが泣こうとして泣けない歪んだ顔を眺めるのが何よりも楽しみだった。

 こんな連中のために泣くものか。そもそも泣けない。もう息子や孫たちのために涙一つすらこぼしてあげられない。

 自分に出来る唯一の事は、周りの人間を喜ばせずに笑う事だけだ。

 長年笑った事など無かった。でも生前の顔そっくりに造られたこの人工顔面なら笑う筋肉が使われずにこわばった生前と違い、笑う事が出来る。笑う事だけが、息子たちや孫たちにしてあげられる唯一の事だった。

「お……ヲーホッホッホッホ! 素晴らしいザーマス。この金色の身体。神はアータクシの生前の努力を認め、神の使いとして生まれ変わらせてくれたザーマス!」

 期待した泣けない泣き顔ではなく笑い声を上げたパビリオンに全員面食らう。たじたじと後ずさり恐れおののく。

 パビリオンは神など信じていない。もし神がいるなら自分は笑って息子や孫に囲まれているはずだ。嫌われ疎まれ無視されて、神がいれば頑張る自分にこんな仕打ちをするはずがない。

 それでも、神を盲信した狂った変人を演じる事で、亡くなった息子や孫を思い出し悲しむ事をやめた。機械の身体なのに息子たちの事を思い出すと胸が張り裂けそうだ。辛すぎる。辛い事を考えなくて済むように、パビリオンは神を盲信する狂人を演じる事で自分をも騙そうと努力した。

「ヲーホッホッホッホッホ! 神はアータクシの努力を見ていてくださったザーマス。この金色の身体が何よりの証拠! 神が授けたこの神々しい身体をもって、数多の敵を討ち滅ぼしてくれるザーマス!」

 笑うしかなかった。泣けない身体にされて、もう息子たちのために泣いてやれない。笑いかけてあげる事しか出来ない。きっと自分を嫌う息子たちは母の笑顔を見ても目を逸らす。それでいい。嫌われてでも笑いかけてあげたい。

 愛する息子たちのために、生前必死過ぎて出来なかった笑顔を見せる。悲しみで押し潰されずに笑うには、いない神を信じる狂人を演じるぐらいしか思いつかなかった。

「ヲーホッホッホッホッホヲホホホホホホホ!」

 何がおかしいのか。機械にされた自分を見て狂ってしまったのか。脳は殺された事で損傷する。手術や機械で補い強化するが、それでもまともに戻せない者もいる。

 脳が力を引き出し戦えればいい。狂っていようが構うものか。周りの医師や技師はひそひそ話す。パビリオンはサイボーグの高度な聴覚で自分を見下すその言葉を聞いてはいたが無視した。面白くも楽しくも無いのに無理に笑い続けた。

posted by 二角レンチ at 17:26| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

旋律のリフレイン(51)金色の十字架

旋律のリフレイン(51)金色の十字架

 遠くにバイアスの姿を視認した。もっと遠くから木々をなぎ倒していたし、その前には鳥や虫が一斉に飛び立った。とっくに来る事はわかっていたが、それでもサイボーグ同士の知覚射程である百メートルに入ってくると緊張が一気に高まる。

 バイアスは半人半馬。しかも両手を改造し長い円錐状のランスに造り変えている。そのランスを二本並べて前に突き出し人間の背を丸めて突進してくる。彼の必殺技、突進によるランスチャージだ。

 長い距離を一直線に加速してくるからこそ出来る必殺技だ。助走距離が無いと使えない。ジャングルの木々は彼に触れると木っ端微塵に吹き飛び障害とはならない。

「来るぜ。へっへっへ。奴と一度戦ってみたかったんだよなあ。記録じゃねえ。実戦が一番燃えるぜ」

 施設の外に出てバイアスを待ちかまえるトランジスタが両腕を構える。その後ろでリフレインも構える。

 一緒に戦うためではない。トランジスタは一人で戦う事を頑なに望んだ。それが後に続く者がデータを収集して対抗策を講じられるサイボーグが一番勝率を高める方法だからだ。

 自分の勝利ではなく後に残るリフレインに託すつもり満々ではないか。何が勝つだ。よくもまあバイアスを目の当たりにして強がりを口に出せるものだ。トランジスタの剛胆さにリフレインは舌を巻く。

 もう激突する。突進を防ぐパワーなんて無い。しかしその槍が貫くより早く、トランジスタはランスを二本とも挟み込み、得意のプレスで潰すつもりだ。

 本当はバイアスの脳がある人間の胸部を破壊したいが、あの長いランスをかいくぐってそこまで手を届かせる事は出来まい。だからランスを最初に破壊して奴を止める。

 トランジスタは両手を構え体内の電磁力を活動させる。バイアスは敵の狙いに気づいているが所詮途上にいる蟻だ。このまま突進して蹴散らす。サイボーグの次元を超えた自分を止められるサイボーグなどこの世に存在しない。

 二人の激突をリフレインは離れて見守る。

 トランジスタはこの後に及んで笑っている。死ぬ事を恐れないわけではない。ただあまりにも次元の違う強敵と戦える喜びで笑わずにはいられない。

 いい人生だった。最悪でくそったれで、そして楽しかった。

 生前殺されたとき絶望した。再び生を得るなんて思いもしなかった。何でもいい。二度目の人生を与えられた事に感激した。

 何でも楽しもう。何でも怒ろう。生前は人に気を遣い自分を押し殺していたので疲れていたトランジスタはもう、自分勝手に生きる事に決めた。誰の迷惑となろうともわがままに、好き放題に生きた。

 死んで初めて、人生は楽しい物だと感じられた。

 こんな強い敵の全力と戦える。怖いけど楽しい。すがすがしい敗北だ。トランジスタは心の中だけで、リフレインやハッシュといった仲間たちに別れを告げた。

 その激突を、最後の一瞬を、邪魔する者が現れ割り込んだ。

「ヲホホホホホホホヲーホッホッホ!」

 高い耳障りな笑い声と共に、施設のホールから金色の閃光が飛び出した。

 それはあまりにも早く、光よりも早いかとすら錯覚する。金色の閃光は雷のように割り込み、激突寸前だったバイアスとトランジスタの間に飛び込むと、バイアスを弾き飛ばした。

「ぬうん? わしの必殺の突進を止めるとは。何奴だ」

 バイアスは巨体を翻し空中で反転すると遠くへ着地した。馬の蹄が地面にめり込み土を弾き飛ばす。

 金色の閃光は舌を巻いたような甲高いおばさんの笑い声を上げながら空を舞う。くるくる回転しながら空を右へ左へ飛び跳ねるように飛行する。

「ヲーホッホッホ。トランジスタ。あーたは引っ込んでいるザーマス。他の幹部連中と同じく施設に閉じこもり震えているがいいザーマス」

「パビリオン!」

 トランジスタが叫ぶ。パビリオンと呼ばれた金色の閃光は宙でぴたりと止まる。バイアスもそれを見上げる。

 必殺技の突進を止めるパワー。硬いランスはへし折れてはいない。防御プログラムを構築し敵の攻撃を防ぎきった。しかし敵を貫けもしなかった。こちらの攻撃プログラムを防ぐほど相手の防御プログラムの構築も早かった。

 何だあいつは。理解不能。敵などいない無敵の力を手にしたと浮かれていたバイアスは興奮に冷や水をぶっかけられた。冷静を取り戻し、わずかでも脅威となるであろう未知の敵をにらみデータを集める。

 空中に浮かんだまま止まっている。エンジンも何もない。どういう力で空に浮いているのだ。データを精査してもわからない。

 中年の女だった。全身サイボーグの機体に適合するのはほとんどが女だ。男の適合率は著しく低い。

 脳が正気を保つため、生前の姿と顔を再現したフォルムをしている。顔は中年のおばさんその物。身体はがりがりで細く針金のよう。スコルピオも手足が細かったがそれは人間離れした美しさを得るためダイエットや整形をした結果だ。パビリオンは病的なほどにやせ細っている。今にも折れそうな枯れ木みたいだった。

 金色の装甲が煌めいている。彼女は両手をまっすぐ左右に広げ指先までピンと伸ばしている。両足を揃えてまっすぐ下へ伸ばしている。爪先までもぴんと伸ばし姿勢だけは凜として美しい。しかし中年の、美人とは言えない顔と細すぎる身体。美しさとは違う奇怪な芸術品みたいだった。

 その姿はまさに金色の十字架。それほど細く硬そうに見える。彼女は再度中年おばさん特有のダミ声で笑う。

「ヲーホホホホホホッホッホ。引っ込んでいるザーマス、トランジスタ。バイアスに挑む勇気ある幹部はあーただけではないザーマス。アータクシの出番を取るのは許さないザーマスよ」

「うるせえパビリオン。どけ。お前こそ引っ込んでいろ。殺されるぞ。施設で隠れていやがれ」

 最大に怖く最高に楽しい戦闘を邪魔されて、トランジスタは拳を振り上げて怒る。

「無駄ザーマスよ。奴と戦うのはアータクシが一番。もちろん勝利し、あーたに出番は無いザーマス。スコルピオと通信してみるといいザーマス。アータクシはちゃんと許可をもらって来たザーマス」

「おいスコルピオ。こいつの言っている事は本当なのか。見ているんだろ」

 もちろんスコルピオは自室で震えながら、バイアスがどうなったか一部始終を施設のモニターで監視していた。誰の安否も気にしていない。自分が助かるわずかな可能性を願っていた。サイボーグの通信機能で返答する。

「ああ。幹部の多くはバイアスを恐れて戦わない。施設の決められた場所を警護する事で一秒でも長く生きようとしている。しかしそんな中、パビリオンが名乗り出たのだ。彼女の勇気を認め、一番に戦う栄誉を許したのだ」

「ふざけるなよスコルピオ。死ぬのは俺一人でたくさんだ。命令を撤回しろ。パビリオンを施設の警護に戻せ」

「それは出来ない。奴と戦う人数が多いほど多くのデータを取れ、後に戦う者が有利になる。お前たちの健闘を祈っている。では切るぞ。二度と通信してくるな。私はどうせ突破されるお前たちの代わりにバイアスと戦うために、今準備で忙しいのだ」

「どうせ施設の一番奥で震えているだけだろ。いいからせめて、俺を一番に戦わせろ。最高指揮官であるお前の命令は絶対遵守するよう洗脳されているんだ。逆らえない」

「駄目だ。パビリオンが望んだのだ。彼女は一番でなければ気が済まない。わかっているだろう」

「そんなの駄目だ。死ぬのは俺だけで……おいスコルピオ!」

 スコルピオは通信を切るとふーとため息をつく。慣れない言い訳をすると戦闘以上に脳が疲れる。

 うっとうしい。さっさと死ね。でもバイアスを道連れにするか追い返せ。

 どうせ出来やしない。スコルピオはふがいない部下しかいない事に頭を抱えて悩んだ。

「くそったれ!」

 トランジスタは地面を蹴り土を吹き飛ばす。それからずかずかとリフレインの隣に来る。

「トランジスタ。大丈夫だよ。パビリオンの戦い方は広くないと効果を発揮出来ない。狭い施設は彼女には合っていない。この広大な外の方が本領を発揮出来るんだ」

「だからって、バイアスと戦えば絶対に殺される。俺はもう、ビースト以外に誰が死ぬのも見たくねえんだよ」

「大丈夫だよ。今の見たでしょ。奴の必殺の突進を止めた。互角のパワーとスピード。プログラムの構築でも負けていない。彼女なら本当にバイアスを倒せるかもしれない」

 がっくりと肩を落とし頭を垂れるトランジスタの肩をリフレインは抱き寄せ慰める。

「よせよ」

「やめないよ。今の激突で死ぬ気だったんでしょ? ほんのわずかでも生き延びられたんだ。この生を一緒に噛みしめよう」

「パビリオンを犠牲にしてか? はっ」

「彼女は強いよ。戦場でも数多く敵の全身サイボーグを倒した。この広いフィールドは彼女の独壇場だ。バイアスの突進と同じく、彼女の攻撃は長い距離を加速するほど強い。今のバイアスの突進にも負けずに弾き飛ばした。彼女ならバイアスに勝つ事すら出来るかもしれない」

「んなわけないだろ」

 確かに可能性は低い。トランジスタと違い、わずか一パーセントにも満たない。それでも可能性はゼロではない。可能性がわずかでもある限り、人間の脳はそれを増幅させ勝利を手にする知恵を持っている。それがただのコンピュータとの違いだ。

「ヲーッホッホッホ! アータクシが一番手。それは覆らないザーマス。バイアス。あーたと戦うのはトランジスタではなくこのアータクシ、金色のパビリオンザーマスことよ。おわかり?」

「わかっておる。わしは正気を捨てる事で知性すら維持する。脳の持つ、正気以外の力を全て引き出せるのだ。敵などいないと少々うぬぼれていた。必殺のランスチャージの破壊力を止めて自分も無事とは大したものだ。どれ。路上の蟻を踏み潰すのではなくちゃんとした決闘をしようぞ。このバイアスが戦うにふさわしい敵だと認めよう」

「決闘ですって! ヲーホホホホホ。戦闘は生きるか死ぬか。力のぶつかり合い。そんな高尚な物ではなく、もっと血生臭いものザーマス」

「わしらは脳以外に血液は通っておらん。わしの装甲を突き破りシェルごとわしの脳を破壊して見せるとでも言うのか?」

「アータクシの突進力はあーたのより上ザーマス。それを今からわからせてあげるザーマス」

 おばさんのダミ声でパビリオンは笑う。バイアスも、スコルピオの前に力を存分に振るえる敵を前にして気持ちが逸っていた。

 雑魚の蟻を踏み潰すのは楽しい。でもそれよりも、力と力のぶつかり合い、まともな戦闘の方が何倍も楽しい。バイアスは戦いに生きられる事が何よりもうれしかった。

posted by 二角レンチ at 12:34| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月25日

旋律のリフレイン(50)狂気と解放

旋律のリフレイン(50)狂気と解放

 バイアスは敵を殺さないと勝利と認めなかった。スコルピオを殺せなかった事で自分は勝っていないと考えていた。

 母性を目覚めさせ殺される危機を脱した。しかしその代償はあまりにも大きかった。理性と野獣性に加え母性を目覚めさせる。脳の負荷が高まり負荷の余地を増やすために知性を手放した。

 負荷は脳を不可逆に損傷する。類まれなるバイアスの脳といえどあまりの負荷に耐えきれない。結果脳の一部を損傷し、もう正気を保てなかった。

 狂気に囚われる。しかし正気などもういらない。狂気さえあればいい。

 狂気はいい。脳に眠り秘められた力全ての解放。脳の持つ力を完全に引き出し同時に駆使するのは正気のままでは出来ない芸当だ。正気という檻を外し狂気の領域に達する事でようやくそれが可能となる。

 脳はかなりの負荷に耐えられる。しかし正気を保てる許容量はわずかだ。正気を永久に失う脳の損傷を経て得た狂気により、バイアスは正気以外のあらゆる物を手に入れた。

 最強無類。もはやこの世に敵はいない。敵になりえない正気を守った虫けらどもが。祝杯だ。まずは勝ちきれなかった者たちの内、最も強いスコルピオを殺して完全に敗北を払拭する。

 他の幹部連中などスコルピオに比べれば雑魚同然だ。施設ごと蟻の群を踏み潰すように眼中にないまま皆殺しにしてくれよう。

 バイアスは爽快のあまり笑い出した。

「わはははははは。正気とは何と制限された檻だったのだ。その檻の外に出て、知性すら維持したままあらゆる力を最大に引き出せるぞ」

 バイアスは檻に閉じこめられていた。理論上これは破壊出来ない。バイアスの考えうる最大のパワーの数倍の耐久性があるのだ。

 しかしそれは、バイアスが正気を保ったと仮定しての想定範囲だ。狂気に囚われ脳の持つ全ての力を引き出したバイアスを閉じこめる事など出来ない。

 脳が壊死したり破裂したりせずに、脳の許容範囲の数倍のパワーを発揮する。こんな事想像すら出来ない。これが出来る脳が存在する事など信じられない。

 バイアスを閉じこめた破壊不能の檻は、まるで飴細工のようにバイアスの馬の蹄で蹴り飛ばされる。檻の格子が割れて吹き飛ぶ。バイアスは馬の下半身を持つ半人半馬の巨体で檻を引き裂いてのそりと出てくる。

 周りの人間たちが驚く。檻に閉じこめ暴れるバイアスを、檻に入れられた猛獣と同じく怖がっていなかったのに、今は恐怖に叫び散らしている。

「がははははっ。雑魚共め。わしに踏み潰されるだけの蟻共が。よくもわしを閉じこめてくれたな。許さんぞ」

 バイアスはほんの軽く暴れただけだ。なのに人間の研究者たちは死に、巨大な施設は紙のように引き裂かれていく。

 爆発も物ともしない。脳の力を引き出して強固な防御プログラムを構築し装甲を強化したバイアスに、もはや爆発も何も通じなかった。プログラムで防御を突破出来ない攻撃ではバイアスを傷つけられない。

 地下深くにある施設からバイアスは地上を目指す。エレベーターを使う必要などない。馬の蹄で駆け上がり、天井を貫いて、地中を掘るように駆ける馬はどんどん地上へ向かっていく。

 施設も地中も物ともせず、バイアスは地上へ出た。そして何も無い孤島の地下に隠された施設から解放され、何も無い周りを見回す。

 遠くを見る。戦闘機や輸送機が何隻もこちらへ向かってくる。反逆するバイアスを殺そうときっと全身サイボーグの部隊を引き連れて来ている。

「わはははは。もはやどんな全身サイボーグでもわしにかなうものか。スコルピオだって瞬殺してやろう。しかしあいつだけはわしが殺さねば敗北の雪辱を晴らせない。わしはあいつを殺さねば前に進めないのだ」

 バイアスは駆ける。砂を蹴飛ばし島を出て海の上すら駆ける。いかに重い巨体でも、海を前に進む推進力の方が早いから、海の上を走っているように見える。

「正気からの解放はこんなに凄いぞ。わっははは!」

 バイアスを止めようと送り込まれた戦闘機や輸送機が到達するより早くバイアスがそこへ行く。海を蹴り上空を駆けそれらを蹴散らす。

「がはははは、凄いぞ。空を飛ぶように駆ける事が出来る。空を飛ぶ機能が無いのに、あまりのパワーとスピードによる推進力がそれを可能とするのだ」

 バイアスは生まれて初めて自在に空を駆ける自由を存分に楽しむ。彼は蟻の群れを無視しない。一匹一匹圧倒的な力で一方的に惨殺する事を楽しんだ。

 強者の振る舞いではない。しかし狂気に囚われたバイアスは、人の乗る戦闘機や輸送機を全部逃さず壊すのが楽しくてたまらなかった。

「狂気の自由は凄いぞ。本当の解放だ。洗脳? がははははは。洗脳は正気をコントロールする技術だ。洗脳など正気と一緒に捨ててしまったわい。今のわしはこの国に反逆出来るぞ」

 自分を止めに即座に送り込まれた部隊を全滅させた。飛行機のみでなく、輸送機に乗る全身サイボーグの精鋭がいかに飛びかかってきてもあっさり薙ぎ払い殺した。

「んんー、わしは慈悲深いぞ。わしを殺し洗脳したこの国に恨みはあれど、向かって来ん限り殺しはせん」

 バイアスは空を駆け海を駆け地上を駆ける。誰も彼を止められない。全身サイボーグにすら苦戦しない圧倒的な力の差。バイアスは叫びながら疲れ知らずで走り続ける。

「凄いな。まったく疲れん。麻薬を使えば何日も寝ないで活動出来るというが、わしの脳は疲労からも解放されたか」

 そんなわけがない。しかし脳は疲労を感じず狂気に酔っている。おかげで疲れ知らずで連続の全力活動が可能だった。

「スコルピオの国はわかっている。しかし奴の隠れている場所がわからん。どうせ重要機密だろう。国中を滅ぼしトップ連中をあぶり出せば突き止められるか」

 バイアスは当てもなくスコルピオのいる国を目指す。国中を破壊すれば居所がわからなくてもスコルピオを引きずり出せる。隠れている場所を知るトップ連中を締め上げるのとどちらでもいい。

 バイアスは自分の国を出ていくつもの国を蹂躙していく。進路にいない限り殺しはしない。それでもたくさんの人間を容赦無く殺した。彼は進路上にいる人間は全て逃さず殺して楽しんだ。

 海や空すら駆け火山を吹き飛ばし溶岩すら防御プログラムを構築して防ぐ。並のサイボーグには出来ない芸当だ。

 海で迫り来る高波すら風穴を開け突破する。バイアスは無敵だ。どんな脅威も紙のように引き裂くあり得ない力を手にした。

 バイアスがスコルピオのいる国に入る。どこから探すか考える前に声が聞こえる。

「誰だ? わしは通信を全て遮断しているぞ。そのわしの遮断を突破し強制的に通信が出来るとは。何者だ」

「何者でもいい……スコルピオの居場所を教えてやる……無駄な殺戮をせずそこへ向かえ……途上の犠牲はやむを得ない……しかしそれが被害を最少に抑える術なのだ」

「スコルピオの居場所を教えるだと? ふん。そうやって違う所へ誘導して、奴が逃げる時間を稼ぐつもりか」

「たとえ他国へ逃げようとも、お前は彼女を追いきっと殺す……だから彼女を隠すのは意味がないのだ……お前はきっとリフレインが倒してくれよう」

「リフレイン? 奴にも恨みはあるが取るに足りない雑魚だ。もうわしにかなう奴などいない。ならその中で最強のスコルピオだけ殺せばよい。他は逃げようが構わん。どうせ殺し続ければいつかきっと殺せる。わしはこの力で蟻を殺すのが楽しくてたまらない。スコルピオという一番大きな蟻を殺した後は全部どうでもいい雑魚だ。順番に一人残らずその内殺してやる」

「お前の虐殺はここで止める……お前にかなう者はいない……今はな」

「何を言っておる」

「今の気力を失ったリフレインでは話にならん……しかし彼の仲間たちがきっと、その犠牲がきっと、彼を奮い立たせてくれるだろう……彼が立ち上がったらそのときは、彼に最強の座を譲り渡す事になろう」

「がははっ。そんな事はあり得ない。わしを超える力を得られるものか」

「いいから言うとおりの所へ行け……途中の犠牲を最少にしろ」

「貴様が何者か知らん。命令されるいわれも無い。しかしどうせこの国中を蹂躙して、スコルピオという生け贄をあぶり出すつもりだったのだ。貴様の言う場所で最初に暴れるぐらい構わん寄り道だ」

「そうだ……リフレインが貴様を待っている……言う場所へ行け」

「あの小僧では話にならんわ。スコルピオでないとわしの敵にはならん。最強のスコルピオでさえ、噛まれれば痛い大蟻にしか過ぎんがな」

 バイアスは脳に届く通信、老人の声を信じたわけではない。しかしどこから潰そうと同じ事。ならその声に従ったところで何も差などない。

 バイアスは進路を変え、一直線に目的地へ向かう。頭の中に届く通信はたしかに、スコルピオが隠れている地下施設の場所へバイアスを導いた。

posted by 二角レンチ at 13:35| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月24日

旋律のリフレイン(49)事実をぶっ飛ばせ

旋律のリフレイン(49)事実をぶっ飛ばせ

 国境を突破したバイアスはそのまま一直線にこの施設を目指していた。どうして。この施設は最高の機密だ。場所が知られていないし探知出来ないよう機能で隠されている。

 この隠された施設の場所をバイアスに教えた者がいる。きっと国の上層部の誰かだ。この大事な施設と人員全てを引き替えに何を取引したのだ。自分の安全か。地位か。亡命か。国同士の何らかの取引か。一部の人間の裏切りではなく国家ぐるみの裏切りか。

 わからない。推測してもしょうがない。この施設の位置をバイアスに教えた内通者が誰だろうが事態は覆らない。

 みんな決められた配置に着く。一番に戦うのはトランジスタだ。その次にリフレインをぶつける。敵をトランジスタが弱らせてくれればその分だけリフレインの勝率が上がる。他の幹部はスコルピオでさえかなわない強敵を前に後込みしている。

 スコルピオは決めた通り施設の最奥に隠れている。ハッシュも自室で待機している。二人とも戦うつもりはない。トランジスタやリフレインが勝つ事を信じているわけではない。ただその後の事を考えるのを嫌がっているだけのわがままで幼稚な振る舞いだった。

 誰かが何とかしてくれる。誰もがそう思い絶望のあまり思考を停止して、自分が確実に殺される悲惨な運命を考えないようにしていた。

 全身サイボーグたちはそれぞれ施設内で無駄な警備につき談笑して気を紛らわす。

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃバイアスでしょ。私たちは皆殺し。あはっ。記録見たでしょ。あいつにはスコルピオでさえ勝てないもの。他の誰も勝てやしないわ。トランジスタなんて無駄な特訓して馬鹿みたーい」

「じゃあ賭ける? 私はトランジスタとリフレインが勝つ方に賭けるわ。どっちかが生き残って、バイアスを撃退する方に賭けるね」

「じゃあ私はバイアスに賭けるわ。あはっ。馬鹿じゃなーい? 勝てるわけないわよ。相手は人間捨てた化け物よ化け物。人間の姿をしたままのトランジスタやリフレインは、化け物の次元には届かないのよ」

「いいえ。トランジスタたちは勝つわよ。私の全財産を賭けるわ」

「あはっ。それって負けたら皆殺しだから、どうせ支払いをしないで済むとか思っているんでしょ」

「ばれた? もう賭は成立。私がもし勝ったらあんたの全財産は私の物。私が負けたら全財産持っていっていいわよ。生きていればね」

「ひっどーい」

「あははははははははははっ」

 みんな気が狂いそうだ。戦場で互角の相手と戦って死ぬなら勇猛だ。しかしかなわないほど力の差がある相手と戦って死ぬのはただの犬死にだ。無謀にもほどがある。こんな不名誉な死があろうか。正気を保つので精一杯だった。

 リフレインは施設内部に張り巡らされた狭い通路、ホールを通り施設の外に出る。そこにはすでにトランジスタがいて、敵はまだはるか先なのにもう構えていた。

 リフレインが来ると、トランジスタが振り返る。

「おう来たか。かっかっか。何しょげかえっているんだよ。死ぬわけじゃあるまいし」

「みんな死ぬよ。バイアスに勝てる奴なんてこの世に存在しない」

「じゃあ俺が初めてだな。そして最後だ。大丈夫だ。お前まで出番はねえよ。俺が奴を仕留める」

「気持ちはうれしいけど、無理だよ」

「おいおい。俺が負ける所なんか想像出来るかあ?」

「出来ないよ。でも相手は想像を超える化け物だ。想像では計れない。きっと前より強くなって来る。もう改良なんかしなくても、彼は無尽蔵に強くなっていく」

「俺たちだってそうだろ。強さに限界も果ても無いんだ。あのスコルピオだって、無限に続く強さへの道のゴールではなく、途中にいるに過ぎなかったんだぜ」

「でも届かない。途中の障害に阻まれて死ぬ」

「リフレイン」

 トランジスタは冗談ぽい笑みをやめ、真顔になる。

「俺が奴を倒せなくてもきっと重傷を負わせる。手負いの奴ならお前でもきっと生き残れる。勝てとは言わねえ。負けそうなら逃げろ。脳の許容量の関係で洗脳を施す余地の無かったお前は唯一洗脳されていない。俺たちみたいに命令に従う絶対服従じゃない。お前は自分の意志で逃げられる。いいな。絶対に死ぬんじゃねえぞ」

「何を言っているのトランジスタ? 僕は戦うよ。そのためにビーストは死んだんだ」

「死んだ奴に殉じる必要なんかねえんだ。絶対生き延びろ。死んだらぶっ殺すぞ。地獄でな」

「トランジスタ。死ぬつもり?」

「あんな奴と戦って、勝つどころか生き残る事すら出来ねえ。勝つ確率は一パーセントだぜ? 寝る間も惜しんで訓練してもこれだ。かなわねえよ」

「今までと言っている事が違うよ」

「最後に弱音ぐらい言わせろよ。俺は勝てない。怖いんだ。死ぬ事がじゃない。俺が俺の強さを信じられないなんて初めてだ。どんなにかなわない敵を前にしても決して怖じ気付かなかったのに」

 トランジスタはリフレインを抱きしめる。リフレインはびっくりしながらも彼女を抱きしめ返す。彼女は震えていた。

「……お前の事、嫌いじゃなかったぜ。ビーストがお前のために死んだなら、俺もお前のために死ぬ」

「言っている事が支離滅裂だよ。死者に殉じる必要は無いんでしょ」

「はははっ。そうだっけ」

 トランジスタは身体を離す。いつもの調子に戻っていた。

「今のは忘れろよ。俺が弱音を言ったなんて恥もいい所だ。俺はそんな事を絶対言わねえ。死んでもだ。バイアスなんざ俺が倒してやるぜ。悪いな。お前の糧に出来ない。俺の糧にし強くなる。予言なんかくそ食らえだ。俺は俺のやり方で誰よりも強くなってみせるぜ」

「予言されたレールに乗らないって事?」

「おうよ。予言通りなら俺は殺されちまう。ならそんな予言絶対信じねえ。事実として存在してもだ。俺は事実をぶっ飛ばす。壊して新しい事実を打ち建ててやるぜ。俺の勝利っていう、予言ではあり得ない事実をな」

 ただの強がりだ。確実な死を前につい弱音を漏らしてしまった彼女の照れ隠しだ。

 リフレインは笑顔で返す。

「うん。予言なんか、事実なんか、君なら吹っ飛ばせるよトランジスタ。君は事実よりも強い」

「それが本当の事実だぜ。かっかっかっ。今すぐ証明してやるよ」

 トランジスタは前を向き直り、もうすぐ来る敵に対して身構える。どんなにかなわない敵を前にしても勝利を疑わない、強い彼女の姿だった。

 リフレインは初めてトランジスタを尊敬した。勇気をもらった。予言なんて成し遂げられないと己の弱さにいじけている場合じゃない。

 リフレインは雰囲気に酔ってでもいいから、何とか自分を奮い立たせようとした。トランジスタはわかってくれている。リフレインは力がある。機能がある。足りないのは心。それを後押しする勇気をあげようと力強い背中を見せ強がるのだ。

 自分の死を飲み込み他人のために最後まで頑張る。何て強いんだ彼女は。リフレインだってきっと彼女のように心が強くなれる。

 深いジャングルに隠された施設。木々が揺れる。鳥も虫ももうとっくに、地震や噴火よりも恐ろしい脅威を察知し逃げた後だった。

 虫すら逃げ出し誰もいない木々を揺らしなぎ倒し、今ある最大の脅威が迫っていた。

posted by 二角レンチ at 15:23| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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