2014年10月28日

旋律のリフレイン(71)強者の本気

旋律のリフレイン(71)強者の本気

 次元は無限。果てが無い。強者という狭い檻の中にいたスコルピオはそれが果てだと勘違いしていた。果てにたどり着いたのではなく檻のしがみついただけだった。強者の眼鏡は曇っている。檻の外が一切見えない。だから知らなかった。

 弱者だけが檻の隙間から逃げられる。強く大きい強者には出来ない。弱く小さい弱者でなければ強者の檻の隙間から逃げるなんて事は出来ない。

 次元は無限。有限だと思ったのは檻の中にいたからだ。上の次元に行けなくてもよかったのだ。この次元は無限で、その果てはきっと上の次元よりはるか遠くにある。この次元を突き進めばきっと、上の次元によじ登るよりはるかに遠くまで行ける。

 発想の転換。人間の知恵は無限なのだ。フレグランスみたいに脳を進化させずとも、知恵を振り絞ってプログラムを構築すれば上の次元に対抗出来る。

 出来ないなんて決めつけて、強者は馬鹿だ。檻が自分の限界だなんて誰が決めた? 自分だ。自分だけが檻を造って閉じこめる。檻を破る事が出来ると自分を信じられない。

 弱者だからこそ強者でいる事をやめられる。強者の檻の隙間から逃げ出せる。逃げて逃げて行き着いた所はどこだろう。きっとすごく遠い。上の次元なんかよりはるかに遠い。

「遠い、遠い……」

 スコルピオが笑いながらタクトを振るうように腕を振るう。まるで指揮者だ。背中から飛ばし、宙をぴょんぴょん飛び跳ねる四基のユニット。太い針を思わせる円錐に機械の台座が無骨に取り付けられているニードルを音楽を奏でるようにリズミカルに操る。

 脳の負荷が大きいので遠隔操作は普通しない。しかし足りない部分を自動プログラムで補う。介入機能に阻まれデータを解析出来ないフレグランスを観察し予測しそれに特化させた。それによりフレグランスに対してだけではあるが、圧倒的な出力を発揮するプログラムを構築出来た。

 パワーもスピードもサイボーグに知覚出来る限界を超えている。ニードルを能動的に操るのは遅い。フレグランスと戦う場合の尋常で無いスピードは全て自動操作による物だ。能動的に操れる限界を超えている。もちろんスコルピオの知覚限界を超えており、彼女自身にもその動きはろくに見えない。

 脳はどんな機械よりも優れたコンピュータだ。だからこそ自動プログラムを搭載したロボットより、人間の脳を搭載したサイボーグの方が強い。脳が能動的に動かしプログラムを組むのが一番強いのだ。

 そのサイボーグの常識を天才は覆した。スコルピオは唯一の敵に特化させたとはいえ自動プログラムにより、能動的に操作する強さどころか上の次元にまで到達させるという偉業を成し遂げたのだ。

 こんな事あり得ない。たかが人間なのに。その天才という力はフレグランスの知るどんな記録でも予想がつかない。今までのスコルピオの記録すら凌駕している。

 凡人と記録。その狭い檻の中でしか思考出来ないフレグランスの常識を越えている。天才はいつも凡人の予想をはるかに越える。予想の外にいる。

 天才というのは、力を持つ弱者なのだ。他人より優れた力を持つし常に成功する。だから誰もが、本人すらも強者だと錯覚している。

 それはとても不幸。自ら構築する強者の檻に自分から入りそこから出てこない。天才を打ちのめすさらなる天才か力に倒されるまで気付く事は一生出来ない。

 天才の本領はもっと果てしない。しかし強者の檻に閉じこめられ狭い範囲でしか思考しないゆえ、天才は並の偉業しか達成出来ない。違ったのだ。自分を強者ではなく弱者だと認め、狭い檻を出て初めて、天才は自由に果てしない大地を駆け存分に力を振るえるようになれるのだ。

 天才は強者ではなく弱者。それを受け入れ檻を外して力を振るう天才は、並の天才とはかけ離れている。人間の次元にとどまりながら上の次元にいる進化した存在に匹敵するなど誰に出来ようか。誰が考えようか。もしそれを言う者がいれば馬鹿だと笑われるだけだろう。天才はプライドゆえ笑われる侮辱に耐えられない。だからそんな馬鹿な考えを持たない。

 いつの時代も、人間の限界を突破した偉業は全て他人に笑われてきた。笑われプライドが傷つけられてもそれでもやり続け成し遂げ見返した。それが弱者の天才だ。

 弱者は強者を上回る。そんな事誰が言っても笑われる。でもそれは事実だ。自分を弱者と認めるのは強者を越えるための第一歩だ。

 自動プログラムは能動プログラムに負ける。誰もがそう言いそれが事実だった。天才は事実を覆す。その力を持つから天才なのだ。あとは強者の檻を抜け出し天才の力を無限の地平まで振るうのみ。

 スコルピオの四基のニードルが空を飛ぶ。円錐状の先端は主力武装だ。攻撃に特化し破壊されない防御も合わせ持つ。同じ力に追いついた今の出力ならばこれを破壊するプログラムを構築するのは容易ではない。

 フレグランスは思考を切り替える。驕った強者ならば破壊のプログラムを組み、そして敗北するだろう。迎撃に特化しないとやられる。フレグランスは両手に構築したプログラムを走らせニードルにも貫かれない盾とする。

 このプログラムを全身に走らせられればいいが。局所に特化した盾としないと防ぎきれない。それほどの攻撃。拳を迎撃に特化させるのが精一杯だ。全身を守るほど膨大なプログラムを構築出来ない。

 天才なら出来るのだろうか。いや、さすがにそこまでは無理だろう。スコルピオに自分の攻撃は通用するはずだ。しかし今はそんな心配より、ニードルの迎撃が先だった。

「うおああああああ!」

 フレグランスは叫ぶ。必死だった。わずかの隙も許されない。集中して、本気で迎撃に当たる。

 ニードルが宙を舞い、敵を貫こうと襲ってくる。それを迎撃に特化させた拳で向かえ討つ。弾かれたニードルはくるくると回転し、しかしぴたりと空中で止まると再度狙いを定めて襲ってくる。

 フレグランスの周りを飛び回り、上から下から背後から襲ってくる。動きが変則的過ぎて予測がつかない。まるで野生の野獣性のように不規則複雑怪奇で見た事も考えもしない動きすら混ぜて変幻し混乱させてくる。驚く度に対処が遅れ防戦一方。どんどん追い詰められる。四基のニードルは拳に何度弾かれても執拗にフレグランスを襲い続ける。

「これが自動プログラム? あり得ないわ。この出力。変幻自在と対応力。これを全てあらかじめ構築しておくなんて。まるで私と戦いながら新しいプログラムを構築しているみたいだわ」

「学習して改良するプログラムも組んであるからな。迎撃するほど強くなる。そしていつか必ず敵を貫く」

「自己改良するプログラム? そんな。自動プログラムは想定する以外の行動を相手がしたらさすがに対応仕切れない。だから能動的にその都度プログラムを組んで追加するのに」

「それは並の天才が構築したプログラムだろう? お前のデータは取れない。しかし戦闘すれば倒された相手からはデータが取れる。それを基に予想した。お前は予想の範囲内だフレグランス。お前のする全てを予想し対策を全部プログラムしておいた」

「そんなの無理よ。じゃあこんなのはどう?」

 フレグランスは床が弾けるほど蹴り飛ばし後退する。

「私が逃げるなんて予想出来ないでしょ? でもこのユニットは脅威だわ。逃げて対応プログラムの範囲から外れる。組み込んだプログラム以外の行動をすれば自動プログラムは可能な範囲でしか対処出来ない。それが自動プログラムの限界。能動的に敵の行動に対して適切なプログラムを構築するのとは違う。自動プログラムは脳が操るより弱いわあ」

 フレグランスはほくそ笑む。スコルピオはやれやれとため息をつく。

「お前は予想より弱いと言っただろう? お間の行動は全部予想の範囲内だ。その全てに対応出来るプログラムを構築し、自己改良プログラムにより攻撃を重ねるほど学習して強くなる。私のニードルからは逃げられん」

 フレグランスほど圧倒的強者が弱者から逃げるなどあり得ない。そんなの想像出来ない。馬鹿馬鹿しい。しかしフレグランスはニードルの強さを認め後退した。短距離とはいえ逃げた。敵がプログラムされていない行動を取った場合、自動プログラムはどう対処するかプログラムを精査し二次的な物を実行する。そのタイムラグが隙だ。フレグランスはニードルの動きがわずかに鈍った隙を突いてそれを破壊するつもりだった。

 前半分の円錐状の針は、バイアスのランスと同じだ。突く事で先端に威力を乗せられる攻撃特化の形状。硬くて破壊出来ない。しかしユニットの後ろ半分は機械のエンジンだ。尻から火を吹き飛行している。あんなわずかな噴出でどうやってここまで出力を維持して飛行しているのだろう。どんなプログラムを組めばそれが可能なのか凡人には想像もつかない。

 しかしとにかく、前半分と違い飛行のためのエンジン部分だ。装甲で覆われていようともフレグランスなら破壊出来る。だからそこを潰して無力化するつもりだった。

 しかし、フレグランスが後退し一時とはいえ逃げる事までプログラムしていたのか。飛行するニードルはわずかも鈍る事なく即座にあらかじめ用意してあったプログラムを走らせフレグランスを追撃する。

「え? きゃあああああ!」

 敵が予想外の動きをしたせいで動きが鈍ったのはフレグランスの方だ。力は拮抗している。相手のわずかな隙を造ってそこを突く戦闘だ。わずかな隙を見せたフレグランスの防御は突破される。

 左手を犠牲に二本のニードルを止めた。あとの二本はぎりぎりかわせたが四本全部は無理だった。

「はあっ、あぐっ」

 サイボーグに痛覚は無い。しかしダメージを受ければその危険度が脳に把握される。それは痛みにも似た実に不快な響きだった。

 二本のニードルに貫かれもうこの左腕は使えない。肘から分離し捨てる。フレグランスはさらに襲い来るニードルたちを腕や蹴りまで使って弾きながらなんとか凌ぎきった。

 四本のニードルが帰ってくる。スコルピオの背中にクロスの形で装着される。

「はあ、はあ」

「サイボーグはエネルギーを消費するほど外気をたくさん取り込まねばならない。私は楽でいいなあ。分離する自動ユニット。四基のニードルが戦っている間はじっとして休める。息もゆっくり出来る。お前みたいに荒く息をして外気を取り込み急速にエネルギーをチャージする必要も無い」

「逆でしょ。本体がじっとしてエネルギーを貯めておく。そうして装着してエネルギーを補充しないといつまでも戦えない。そうでしょ」

「そうだが。ならニードルをかいくぐって私を攻撃するか? まあそうしようとしてもその隙をニードルは見逃さないがな」

「迎撃しても破壊出来ない。凌ぎきるので精一杯。お互いエネルギーが切れ、チャージしないと戦えない」

「ふふっ。しかし今の攻防でお前は左腕を失った。もう一度同じ攻防をすれば今度こそやられる。お前の負けだフレグランス」

 たしかにデータによる判別ではフレグランスが負ける確率は百パーセントだ。勝ち目が全く無い。偶然でも勝てない百パーセントなんて数値を弾き出すとは勝率計算プログラムなんて当てにならない。

 今のまま、人間の機体だけで戦っては負ける。強者ゆえまだ驕りがあった。人間の機体だけで勝とうなどと、まだ甘えていた。

 フレグランスは甘えを捨てる。本気の本気。本気のつもりになって酔っていたさっきまでとは違う、本当の全力だ。

「ばおおおおおおおん!」

 フレグランスの透き通った声に濁るいななきが重なる。フレグランスは脳から野生の野獣性を引き出し、背中に何本も生えた馬の脚を動かす。

「お前のあらゆる行動は予想の範囲内だ。それにこうして装着している間は戦闘中に構築しておいた新たなプログラムを組み込める。攻撃中は自動だが、プログラムの追加や改良も出来るのだぞ」

「ほざけ。脳からあらゆる力を引き出し全開で機体を操る。理性、野生の野獣性、そして母性。脳の持つあらゆる力を限界まで引き出し機体のスペックを最大まで引き出す。それがバイアスが人間を捨ててまで得た力、ハイモードよ」

「人間を越え進化した脳であるお前は、脳の持つ力を自在に引き出せるんだったな」

「ええ。夫と違い狂う必要はない。狂気に達した母性は機体を操り脳を進化させた。進化した脳は正気のままでいる分だけさらに強い、完璧無比のハイモードよ」

 フレグランスの背中にある馬の脚がぐねぐねとよじれる。バイアスと同じだ。昆虫のようにいくつかの関節だけを曲げあとは真っ直ぐ伸ばしていたが、あれは余裕を見せるために見栄え良くしていただけだ。本当はこうして多関節を触手のように動かして、鞭のように振るったり絡めたりも出来る方が強い。

 なりふり構わず全力という事か。もちろん想定の範囲内。対抗プログラムはすでに構築して組み込んである。

 しかし油断はしない。戦闘中でも敵を観察しながら新しいプログラムを構築しておいた。既存のプログラムの穴を埋め改良した最新プログラムにアップデートしてからスコルピオはユニットを切り離した。

 宙を四基のユニットが舞う。ニードルは迷うように舞うが別に迷っているわけではない。

 さっきまでのようにがんがん責める事は出来ない。敵の隙を伺う。

 フレグランスは背中の馬の脚を何本ものたくらせながら、残った片腕を構えて戦闘態勢を取る。

「無駄よ。野獣性の持つ隙を人間の理性で埋める。化け物と人間の両方の力を合わせて初めて最強となれる。夫は人間の機体を捨てた時点で間違えていたのよ」

「同じ轍は踏まんか。しかし隙の無いお前の全力すら想定の範囲内だ。なぜなら強者は強者の檻に閉じこもっている。その檻はとても狭い。檻を外から眺める弱者にはその全貌が予測の範囲内に収まる」

「ほざきなさい。最強無比の力を見せてあげるわあ。次元を越えた私の全力。どんな天才だろうとそれに拮抗出来るプログラムを構築なんて出来ないわあ」

「どうかな。ふふふふふ」

 負け惜しみを。しかしスコルピオは負け惜しみの振りして敵を騙して力を見せた。もう同じ過ちはしない。スコルピオがこの全力にかなうとは思えないが、対抗の可能性は考慮に入れる必要がある。

 油断しない。侮らない。フレグランスはスコルピオと長く眺め合った。

 精査してわかっている。ユニットを動かす膨大なエネルギーをチャージするためあの人間の形をした機体は戦闘出来ない。出力を無駄には出来ない。戦闘に介入してこない。

 機体を交えた戦闘まで自動プログラムに組み込むとプログラムが膨大になる。スコルピオならそんな無駄なプログラムを組み込まず、ユニットのみの戦闘に特化してプログラムを組むはずだ。

 侮りではない。あの機体が介入した所で破壊される危険が増すだけだ。戦力にはならない。あの機体の攻撃力は全て四基の飛行ユニットに集中している。

 ユニットをかいくぐってスコルピオの機体を攻撃出来ればいいのだが。さすがにそれは無理だろう。飛行ユニットを破壊しない限り突破出来ない。

 バイアスは突破不能な攻撃弾幕である蹄の檻を繰り出したが、スコルピオは四基のユニットで針の檻を形成している。突破は無理だ。ユニットを破壊しない限り、もし針の檻の穴を見つけて飛び込めば殺される。それは罠に過ぎない。

 フレグランスは冷静に分析する。狂気に走り冷静さを失った夫とは違うのだ。同じ過ちは繰り返さない。あの飛行ユニットをやり過ごして敵の機体に迫る事は出来ない。ユニットを破壊しなければならない。

 フレグランスはユニットに対抗する事に特化したプログラムを構築し、馬の脚に走らせる。蹄までがユニットへの迎撃に特化する。

 今度こそ破壊してやる。人間の機体では無理だったが、主力武装である馬の蹄ならばきっとあのユニットを凌駕し破壊出来る。

 フレグランスは敵を侮らない。真剣だ。だからにやにやと余裕の表情を浮かべ怒りを誘うスコルピオに腹が立つ。

 でも怒ってはいけない。怒りは力を生むが隙も生む。スコルピオは針の穴ほどの隙を見つければあの太い針のようなニードルを容赦なく叩き込んでくる。そうプログラムしてある。お互いわずかな隙も許されない極限の戦闘になるだろう。

posted by 二角レンチ at 21:47| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月26日

旋律のリフレイン(70)強者対弱者

旋律のリフレイン(70)強者対弱者

 スコルピオは新しい機体を得た。銀色に輝くなまめかしいボディ。背中にはクロスの形に搭載した四基のユニットがついている。長く尻が太い針のような、翼の無い飛行機のようなユニットが搭載されている。

 以前の、強者の象徴たる深紅の機体に未練があった。サソリの尾の扱いに習熟し、手で攻撃するよりはるかに強靱だった。理性が保てる限界で搭載出来る、化け物に一歩踏み込んだ装備だった。レイピッドは背中の翼を格好いいと受け入れていたが、スコルピオは初めの内はサソリの尾が生えた異形がとても気持ち悪くて苦痛だった。

 今は四基の飛行ユニットを持つ。遠隔操作出来るニードルと呼ばれる、尻が太い針のような、翼の無い飛行機のようなユニットだった。

 サイボーグの武装は遠隔操作では著しく出力が落ちる。とてもじゃないがそれではサイボーグの高い出力の戦闘では使えない。

 しかし、遠隔操作の出力が落ちるのは脳の負荷が高いからだ。負荷に耐えられるまで出力を落とせば操作は出来る。でも役に立たない。遠隔操作で出力を上げるには、その負荷に耐えられる脳でなければならない。

 スコルピオは天才だが、脳の負荷があまりに高いと耐えられない。サソリの尾は尻の後ろにつけられても、バイアスのように下半身全部を化け物に変えるなど耐えきれない。

 だが、天才には天才にしか出来ない戦い方がある。何をどうしようとも遠隔操作で高い出力を出せればそれでいい。スコルピオは部下を無駄死にさせ滑稽な馬鹿の振りをしてでも一秒でも多く時間を稼いだ。その時間で何とかプログラムを構築した。

 天才の脳を搭載し、常人には組めない高度なプログラムで操る事で脳の負荷を低減する。実験でもそれなりの結果は出せていたが、フレグランスに対抗するにはまるで足りない。脳が耐えられる負荷の範囲で出力を引き上げるプログラムを、せっぱつまって後の無いこの状況において何とか構築出来た。

 スコルピオの銀色に輝く機体にクロスの形で備えられた四基のユニット、ニードルが射出される。それはフレグランスの目には銀の閃光に見える。もちろん他のサイボーグの知覚を越える速度だ。たとえ動画を撮っても一コマにすら写っていないだろう。

 サイボーグに出せないはずの速度。上の次元の速度。その負荷は進化していない人間の脳では耐えようがない。だから出来るとは思ってもみなかった。

 天才が一人の敵に対し特化したプログラムを組んだ。それもフレグランスの出現から襲われる今までの短時間で。こんな芸当並の人間どころか世界中のどんな天才にも出来ない。長年の戦闘でサソリの毒を駆使してきたスコルピオにしか出来ない事だった。

 サソリの毒は相手を分析して、そのあらゆるプログラムを上回り浸食する自動プログラムだ。能動的に敵のプログラムに応じてその都度構築するのとは違う。敵のあらゆるプログラムや行動、思考、癖も何もかも分析して読み切り、あらゆる状況に対するプログラムをあらかじめ構築してから打ち込む。敵が何をしようとそれを上回り打ち破り浸食し尽くす。天才を凌駕する天才ゆえに出来る芸当だった。

 深紅の機体に続き、スコルピオの天才の脳があって初めて機能する機体を与えられた。天才中の天才の脳でしか使えない実験機体。しかし技師はより優れた機体を造りたいという欲がある。それを満たさねばストレスがたまり仕事に支障が出る。

 福利厚生の一環として、技師たちに不敗のスコルピオの機体が大破するなどというあり得ない事態に備え、スコルピオほどの天才の脳無くしては駆使出来ない機体を開発する予算を与えた。

 仕事を楽しむ者は仕事を趣味とする。仕事の合間にこつこつと、長年かけて何体か永遠に使われないであろう高度すぎる機体を造り上げてあった。

 不敗のスコルピオが敗北し、機体が大破したとき技師たちは狂喜した。せっかく造った最高の機体だ。どれもこれも自信作。試してみたいのが人情というものだ。

 技師たちは嬉々としてスコルピオの脳で最高の機体を実験した。いくつもある機体の内、スコルピオはこの銀色の機体を特に気に入り、技師たちの実験に付き合いながらももう心の中ではこれに決めていた。

 だから実験や訓練以外の時間はこの機体に脳を納めて使っていた。そのおかげで今こうしてこの機体で戦える。

 時間は足りない。しかし天才は熟練を凌駕する。時間の積み重ねによる熟練を、天才の思考により埋めて追いつく。

 そして追い抜く。遠隔操作でこんなに高い出力を出すのも、それが次元の壁を突き破り進化した人間の次元に突入するのもフレグランスには予想すら出来ない事だった。

 自分の速度の領域に追いつく攻撃。未知の体験。そして驚き。普通なら何とか対処出来る。しかしフレグランスは驚きのあまり動きが鈍り、即座に対応出来なかった。

 スコルピオの背中から放たれた四基のユニット、ニードルはまるでミサイルだ。円錐状の先端は複雑な機械で膨らむ尻の部分とは違う。攻撃に特化し何者にも傷つけられない主力武装だった。

「きゃああああああ!」

 自分と同じ高い次元の速度による攻撃。そんな物を進化していないたかが人間が繰り出すなど思っていなかった。フレグランスは凡人だった。天才の本領を記録からでは理解出来ない。想定出来ない。

 記録からの予想。それを上回ればフレグランスとて驚くし動きが固まる。だから勝てる。強者は力を見せつけて圧倒する。しかし弱者は力を隠し不意打ちする。

 驚かせその隙をつく卑怯な攻撃手段。しかしいずれにせよ相手を殺せれば同じだ。もちろんフレグランスの脳を破壊は出来ない。それを守るシェルもヘルムも高度な介入プログラムにより守られている。しかし防御に徹したプログラムを走らせる両者以外はまだ何とか出来る。

「おぼえええ?」

 フレグランスは信じられない物を見る目で自分の腹を見る。四基の飛行するユニットが腹を貫いている。

 一番大きな的である腹を狙う。小さい頭を狙うより大きい腹のどこかにとにかく当てればよい。

 四基の太い針のようなユニット、ニードルがフレグランスを貫いていた。介入出来ないゆえに攻撃が作用しないはずなのに、この攻撃は介入による防御プログラムを突破していた。

「そんな。どう、やって?」

 フレグランスは目がぐるぐると回る。理解出来ない。理解を超えている。新しい次元に進化していない人間は到達出来ない。この次元に届く事など不可能なはずなのに。

 スコルピオは強者だった頃の癖で得意げに説明をしたかった。でもその前にユニット四基に腹を貫かれたフレグランスが壁に激突する。

 壁が大破する。機械施設の壁はサイボーグの攻撃でもせいぜいひしゃげるぐらいだ。それほど硬くて防御プログラムが自動で働く。しかしこの速度はサイボーグの次元を越えているので、その速度で激突すれば壁は大破し向こうの部屋にまで貫通してしまう。

 壁に大穴を開けたフレグランスは穴の向こうの部屋に倒れている。スコルピオは穴をくぐってその部屋に踏み入る。

「がはっ、あなた、どう、やって?」

 フレグランスはもちろんこれぐらいでは死なない。脳も機体も健在だ。しかし倒れたまま目を回し、疑問を解消したがった。

 スコルピオは語る。弱者の自分が強者の癖を真似するのはとても滑稽でおかしかった。

「くっくっく。いいだろう。説明してやろう。みんな無駄死にだった。私の愚かな命令でお前と戦い、足止めにもならなかった。それでもわずかに減速しよう。一気にここまで到達するのを防げる。力に酔ってそれを振るうのに溺れているならなおさらだ。みんなの犠牲でわずかな時間を稼げた。どうせお前からはどこに逃げても逃げきれない。戦うしかない。わずかな時間を稼いでお前に特化したプログラムを構築した。苦労したよ。なにせ普通は敵を戦闘中に精査してそれに対抗するプログラムを組む。介入出来ず精査出来ないお前を倒すプログラムはデータが無い以上普通は構築出来ない」

「なら、どうして」

「お前がここに来るまでに私の部下たちと戦った。その記録はある。お前を解析出来ずとも、その強さを計り予想は出来る」

「そんな。精査出来ない相手の強さを、予想でデータを用意し全部に対抗した? そんなの不可能よ」

「ああ。並の天才には出来ない。私ぐらいだろうな。お前に匹敵するプログラムを組めるのは。正確なデータが無く推測のデータしかない。しかもせっぱ詰まった短時間しか与えられない。本当に苦労したよ。とても疲れた」

 スコルピオはとんとんと頭を指で叩く。天才の脳が納まっているヘルムはコツコツと、金属のぶつかる心地よい音を立てた。

「ああ。そうそう」

 スコルピオが思い出したように、広げた掌に拳を当ててぽんと手を打つ。

「何?」

「いや、予測したデータを基にプログラムを構築したからな。本当はお前に防がれ弾くだけのはずだったんだ。悪い悪い。お前が予測より弱かったせいで貫いてしまったよ」

 フレグランスは怒りに顔を歪ませる。力で負けてダメージを受けた強者のプライドは傷つけられた。もう敵を完全に殺して見せないとこのプライドは治せない。

「おっと」

 スコルピオはフレグランスが手を振るうより早く、四基のニードルを引き戻す。フレグランスの腹から引き抜かれたニードルはスコルピオの背中に戻りガチャンと音を立てて装着される。

 フレグランスの手が空を切る。腹に刺さった四基のユニットを破壊しようとしたのにそれより早く対応された。

 忌々しいが認めるしかない。人間が、天才という力によって進化に追いつくほど科学の力で到達した事を。

「滑稽な弱者の振りをしたのも全部仕込みだったってわけねえ?」

 フレグランスは身体を起こす。腹に開いた四つの大穴をじっと見つめる。

 とっさに、腹に納めたバイアスのシェルは胸に移動させていた。だから無事だ。介入プログラムに守られた防御専門のシェルを破壊出来る機能があのユニットに搭載されているかどうかはわからない。だが主力武装なのだ。侮ってはいけない。シェルに食らってはいけない。

 バイアスの脳を腹から胸に逃がす事しか出来なかった。他の事をする余裕は無い。だから防御出来なかっただけだ。夫のシェルを守らなければこんな物食らったりしなかったと、フレグランスは心の中で負け惜しみを言った。

 スコルピオは立ち上がるフレグランスを見てニヤニヤ笑いながらさっきの問に答える。

「いいや。私は弱者の振りなんかしていない。本当に弱者で滑稽なんだ。今まではプライドが邪魔をしてそれを認められなかった。折れたプライドなんかに固執していた私が馬鹿だったよ。周りの期待になんか応えようとしなくてよかったんだ。私は強者を取り戻すのではなく、弱者として生きる覚悟を決めるべきだったんだ」

「みんなを無駄死にさせてもどうせ私からは逃げられない。戦う以外に道は無い。リフレインを助けるために、生きる時間を引き延ばすのではなくプログラムを構築する時間を稼いでいたのね」

「そうだ。私を弱者と侮ったお前は、まさか力で弱者が刃向かうなどと思いもしなかっただろう? 進化などいらん。人間には知恵がある。知識だけの天才とは違う。私は知恵も天才なのだ」

 フレグランスは歯ぎしりする。悔しいが認めるしかない。たかが人間が、天才という力でもって人間のまま、それより進化した存在に追いついた。

 まだ追いつかれただけだ。もう不干渉ではない。敵はこちらに干渉出来る。介入プログラムを突破するほどのプログラムを構築し搭載するなどあり得ない。サイボーグの機体は介入プログラムを超えられないように造られている。しかし天才は、凡人には不可能と思える偉業を達成する。

 侮り見くびっていれば負ける。殺される。敵はこちらの隙をつけば殺せるだけの力を持つ。こちらも全力かつ慎重に対処しなければ足下をすくわれる。

 強者が弱者の力を認め全力で戦うなど恥だ。一撫でで一蹴出来るほど強くなったのに。酒を満たしたプールを一人きりで泳いで存分に酔っていられたのに。そこに勝手に侵入して泳ぐ無礼者がいるなんて。

「この恥知らずが。力を隠して用意しながらそれが無い弱者のように振る舞う。あまつさえそれを構築する時間を稼ぐために部下をみんな死なせた。卑怯極まり無いひどい上官だわあ」

「ああ。私はひどい上官だった。私なんかの命令で死んでいった者たちには申し訳が立たんよ。でも謝らない。私は弱者だからな。悪びれもせずどんな卑怯な事もする。力を隠して強者を不意打ちする」

「もう十分あなたが脅威だと認識したわあ。悔しいけど事実は事実。納得出来なくても受け入れるしかない。進化せずに進化した私の次元に入ってきた事を認めるわあ。もう侮らない。見下さない。あなたを強者として認識し、全力で戦うわあ」

「おいおい。私は弱者だぞ。強者が全力なんて情けない真似をするなよ。手加減してくれ」

「もう弱者の振りなんてしなくていいわよお。もう騙されないわあ」

 スコルピオはいやいやといった表情で手を振る。

「違う違う。私は強者の皮をかぶった弱者なんだ。卑屈で卑怯。ひどい事をしてでも戦う。本当に最低の奴なんだ。そこを間違えるんじゃない」

 スコルピオは自慢するように腰に手を当てふんぞり返る。

「馬鹿じゃないの」

「私は馬鹿なんだ。天才の脳を持ちながら、自分が強者だと勘違いしていた本当の馬鹿だ。気付くのが遅れたから親友も部下も死なせてしまった。でもこれ以上殺させない。お前を殺してリフレインやスタンピードたちだけは助けて見せる」

「そんな事出来るとでも思っているの?」

「出来なきゃ他の奴らに後を託すさ。押しつけて自分だけさっさと逃げて楽になる。どっちでもいいんだよ。強者は敵に勝つだけが勝利だと思っているだろう? でも弱者は違う。負けても勝つ。負けても勝利する。勝っても負けても勝ちなんだ」

「そんなのただの負け惜しみよ。負けは負けよ」

「負けは負け。狭いなあ。くっくっく。負けも勝ちなんだ。弱者はそうやって勝つんだ。敗北だって勝利だと言い張り本気でそれを誇る」

「わけがわからないわあ」

「勝者にはわからないだろうなあ。勝っても負けても勝利する。弱者に負けは無い。何でも勝ちだと思える馬鹿だから、負けても勝った愉悦に浸れる」

「負け惜しみだわあ」

 フレグランスはいらいらする。何て話の通じない奴だ。天才の脳を持ちながらこんなに馬鹿だとは。

 記録からではわからなかった。記録にあるスコルピオは強者であり理路整然。こんな無理な屁理屈で勝ったの何だののたまう馬鹿ではなかったはずなのに。

 フレグランスは相手に介入しアクセスを許可されていない記録も全て読み取れる。しかしそれゆえ、記録が絶対だと信じそれ以上を予想しない。

 それが強者の驕り。狭い檻に閉じこめられている証拠だ。世界は檻の外にも広がっている。そこを駆ける自由を知らず、それを駆ける権利もない。自分で造った強者という檻に自分で閉じこめられる。それが強者の限界だ。

 弱者は自由だ。弱くても檻の外にたどり着ける。手に入れられる。その中には、強者を打倒出来る宝物だってきっと発見出来る。スコルピオはまだそれを見つけられないが、探索しながら無邪気にはしゃいでいた。

「楽しいなあ。結果がどうなっても勝ちなんて。なんて楽で楽しいんだ。弱者でよかった。強者だった頃は一度も負けられないと思いこみとても辛かった。自分で自分を追いつめていたんだなあ。狭い檻に」

 スコルピオは手を広げ顔を上げ高らかに笑う。世界はとても広かった。狭い檻の中しか知らなかったスコルピオは世界の、思考の、行動の広さに歓喜した。

posted by 二角レンチ at 18:29| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月25日

旋律のリフレイン(69)弱者の原理

旋律のリフレイン(69)弱者の原理

 スコルピオは戦いたくなかった。最前線に出て、仲間の死を見る事も無く死んでしまいたかった。

 仲間の死は辛すぎる。自分の命令で部下が死んでいく。愚かな上司の愚かな命令。そんな事で死ぬのは馬鹿馬鹿しいが、上司の命令に絶対従う事が義務づけられたサイボーグは嫌でも逆らえない。

 弱くて卑屈で愚かな自分。弱者の自分の行いを冷静に見つめ見下す強者の自分がいた。

 強者の記憶。面影。名残。そして未練。

 強さを求め、誰よりも強くなった。敗北はその強さや生き様を全て否定しスコルピオを打ちのめした。

 もう強いスコルピオはどこにもいない。強者だった自分なら侮蔑し一蹴する醜く狡い自分がいた。こんな上司に当たって戦死するなど死んでも死にきれない。そんなやりきれない最後を多くの部下に強いて死なせてしまった。

 だって、親友が生きて欲しいと願ったから。

 親友はこんな事を望んでいない。強いスコルピオなら部下を無駄死にさせず自力で何とか出来たはずだ。それを期待され、でも出来ない。現実を打倒する強さも、知恵を絞り出す強さも失われもう取り戻せない。

 残ったのは天才の脳と優れた機体、そして心だけだった。

 新しい機体は手に入った。銀色の機体は最高に気に入った。長年使いこなしてきた深紅の機体とは違う。あれは大破しもう取り戻せないし、開発者たちは新しい機体や装備を熱心に発明するのがやりがいだ。

 同じ機体や装備を量産するなどしてはくれない。彼らの士気をくじいてしまう。だから機体のスペアを用意しておく事は出来ない。もし脳だけ助かれば、彼らのために新しい機体を試し実験されなければならない。

 この銀色の機体も悪くはない。長年使ってきた機体は悪く言えば古い。装備も機能も最新技術で構成された新しい機体の性能は以前をはるかに凌駕する。

 それをすぐに使いこなせる天才の脳は健在だ。並の脳なら機体に習熟するのに何ヶ月もの訓練を要するが、スコルピオはこの機体での実験に付き合ったわずかな時間で習熟出来るほどの天才だ。休むときもこの機体を選んで装備する事でより慣れるようにし、もう使いこなすのに問題は無い。

 あとは心だ。しかし強者の心は折れて失われた。親友のハッシュが何とか取り戻そうと頑張ってくれたが無理だった。折れた強者はもう直らない。修理も治療も出来ない。失われたのだ。二度と取り戻せない。

 弱者は心地よかった。卑屈で卑怯。強者だったときに嫌い軽蔑した振る舞いをするのは実に楽で楽しかった。弱った心はすぐに弱者という麻薬に依存しどっぷり浸かった。

 心の中に、醜く卑しい自分を見下す強者がいた。だから余計みじめになる。みじめでも何も出来ないほど弱い。だから卑屈にへらへら笑い、最高指揮官の立場を利用して弱くなった自分を陰で蔑んでいた仲間に命令して死なせる事に暗い喜びを感じていた。

 なんて心の汚い奴だ。申し訳ないと思いながら仲間を死なせる事で、死にたい自分の自殺願望すら満たす。

 他人は代用品ではなく、死んだら取り返しがつかない。なのにそれを飽きたおもちゃのように死なせ壊す愉悦。弱い自分が強者を殺せる卑怯な手段。

 ハッシュはこんなの望んでいない。わかっている。でもやめられない。弱者が強者を死なせる愉悦は弱った心に染み入り何度味わってもやめられない美酒だ。酔える酔える。最高だった。

 部下の死を喜び味わう上司など卑劣の極みだ。軍に属するサイボーグだから命令系統は絶対だ。スコルピオはこの美酒をやめられず、酔っぱらうほど酔ってしまった。

 酔うと気分がいい。どれ。そろそろ酔った勢いで死ぬか。

 楽しくても申し訳ない。こんなひどい上司の命令で死んだ部下たちに償うためには、同じようにひどい死を迎えるしかない。

 親友の死をひとしきり悲しんだ後、やっと死のう、やっと死ねる、やっと解放されると喜んだ。

 親友は誰よりも自分に生きて立ち直って欲しいと願った。支えてくれた。その想いに応えたい。

 でも応えられない。弱くて強くあれない。親友の想いに応えられない自分が歯がゆい。でも親友の期待も優しさも支えも何もかもが重くて辛かった。

 こんなの対等な親友じゃない。親友だと胸を張れない。ハッシュと一緒にいたかったが、一緒にいるととても息苦しくて辛かった。彼女は自分を立ち直らせようとあれこれ頑張ってくれたが、弱いままでいる事を許してはくれなかった。それだけを求めていたのに、それだけを否定した。

 弱者は弱者らしく。出来る事だけをすればよい。

 強者になる事も、強者と同じ事をする必要も無い。

 多くの者が必死に戦いそれを見せてくれた。命をかけたその最後を何度見ても心の重石は動かせなかった。でも震えた。震える度に重石は揺れてずれる。それが重なった。

 ほとんどの部下を死なせた。その度自殺する代わりに暗い悦びを感じた。自分は最低だ。もうハッシュの親友だなんて胸を張れない。

 強者は折れたくせに、その折れたプライドの破片にしがみついていた。プライドという重石が折れたくせに弱者の瓶に乗っていて、心に潜む弱者が顔を出すのを妨げていた。

 部下を死なせその死を見る度に心は震えた。でも死なせるのをやめられない。馬鹿で卑屈な上司を演じながら笑い、演技でなく本気で楽しかった。

 暗さも卑屈さも弱者特有の物。他人が嫌悪するそれを楽しい美酒だと飲みながら酔うのも弱者の特徴だ。

 しかし弱者は強者とは違う。今までは単に劣るだけだと思っていた。でも違う。弱者は弱者ゆえ強者に無い発想をする。

 それが託すという事。レイピッドはフレグランスに対して弱者だった。だから強者のプライドを捨てて託す事に専念した。

 殺されるのがわかっていても全力で飛び込んだ。驕ったフレグランス相手にならわずかにリフレインの脳を助けられる可能性があった。低い可能性だ。それに命をかけるなんて馬鹿のする事だ。弱者は馬鹿の塊だ。

 馬鹿だから弱い。でも馬鹿だからこそ強い面もある。

 弱者は強者に無い強さがある。自己犠牲。かなわない相手と戦う方法。力で勝つのではなく、負けても他の誰かのために何かしたという満足のために死ぬ。

 ただの自己満足。力で敵をねじ伏せ勝利する強者から見れば、それはとても卑怯な逃げだった。まともに勝てないからって他の何かをやり遂げたつもりで死ぬ。負け惜しみにしか過ぎない。あまつさえその後は他人に全部押しつけ自分だけ先に逃げる。逃げて楽になる。弱者はとことん卑怯だった。

 レイピッドは弱者だった。弱者の強みを、決意を、必死さを、なりふり構わなさを目の前でこれでもかと見せつけられて、強者のプライドという重石が最後の一押しをされようやく落ちた。

 重石を震わせ、ずらすだけのために多くの者を死なせた。それでも生きたかった。どうしていいかわからないが、親友の想いに応えたかった。強者の自分を取り戻す。それまでは死んでも死にきれない。だから部下を死なせてわずかな時間を稼いででも引き延ばした。最低過ぎてもう取り返しがつかない。

 取り返しなんてつけなくていいじゃないか。

 とことん卑怯。他人に後を押しつけさっさと逃げる。楽になる。

 自力で何とも出来ないから。レイピッドだって結局は、どうせ殺されるからの突撃に過ぎない。美しい自己犠牲に見えて実際は、確実に死ぬからと自分の最後を誰かのための犠牲にしてしまい美しく死にたかっただけだ。

 自己満足のために死ねる。逃げるくせに美しく彩りごまかす。弱者は自分の死すら利用し美談に仕立てる。最低な奴だ。

 最低でもいいのだとわかり、心が軽くなった。

 親友が頑張って支えてくれた。だから折れた強者のプライドを直そうと必死だった。それがどうにも出来ずにいる自分が申し訳なく、へらへら笑い愚かな行為をして誤魔化した。

 最低な行い。取り返しのつかない事をたくさんした。愚かな上司の愚かな命令に従い戦死していった兵士たちの恨みや悲痛な叫びが全部記録されて自分を苛む。

 それがどうした。その無様を笑ってやれ。

 だって自分は弱者だから。強者のようなプライドもへったくれもない。自分が無駄死にさせた部下の死が滑稽なら、それを笑ってなじってもいい。弱者はとことん卑屈で卑怯。それでいいじゃないか。

 強者のプライドは折れた。もう戻らない。なのに親友のハッシュが頑張って支えてくれたので、直すしかなかった。

 どうやっても直らないのに。無駄な努力をしている振りがとても辛かった。ハッシュに励まされるのは辛かった。生まれて初めて弱音を吐いても彼女は自分を嫌わず包み込んでくれた。でもその弱さを許してはくれず、強さを取り戻す事を優しく強要した。

 それが苦痛だった。自分のためを想ってくれているのにそれを負担に思うなんてひどい奴だ。そんなひどい自分を見たくなかった。知りたくなかった。

 でも、スコルピオは弱者なのだ。強者ではなかった。なまじ天才で、努力で全てを乗り越える力を持っているから強者だと自分も周りも勘違いした。

 力がいくらあっても弱者だったのだ。スコルピオは弱者だし、もう強者のプライドは折れて二度と戻せない。立ち直れない。親友の努力や想いを無駄にしてしまうが、それでももう強者のプライドを元に戻そうとして無駄な努力をこれ以上続けなくていい。

 度重なる部下の無駄死に。それを命令したひどい自分。レイピッドの死が最後の後押しとなってようやく、強者のプライドという重石が落ちてその下から出られなかった弱者の自分が顔を出した。

 今までは弱者の振りをした強者だった。どうしていいかわからず自暴自棄だった。でもレイピッドが見せてくれた。かなわない敵を相手に力でぶつかるだけが戦い方ではない。見方によっては卑怯で逃げだが、強者とぶつかるのではなく他の事で出し抜けばいい。その後を他人に押しつけ自分が死んでもいい。逃げてもいい。楽になってもいい。

 出来る努力だけすればよかったのだ。出来ない努力を他人に期待された。求められた。今まではそれに努力で応えてきたのがいけなかった。応える事が出来ない現実を受け入れられず、誤魔化しながら何とかしようと装ってきた。

 もう誰もいない。プライドも恥も無い。強者は強者ゆえプライドを持ち誇りとする。弱者のする事でそれを汚されるのをよしとしない。

 だから誘導出来る。卑屈で卑怯な馬鹿を演じる。その滑稽さを笑わせる。見下させる。そして見くびらせる。

 弱者は強者に見くびられる。それゆえやる事成す事全てにおいてわざと見逃されるよう誘導出来る。

 サイボーグの常識ではあり得ない高速で動けるフレグランスだ。普通に逃げろと言ってもすぐに追いつかれスタンピードとトランジスタは殺されてしまう。

 さんざん部下を死なせた。自分で戦わなかったせいだ。自力で何とか出来ないから無駄死にさせた。しかしようやく強者のプライドという重石が取れ、瓶の中でうずくまっていた弱者が外に出た。

 自分は弱者だ。まずはそれを受け入れる事から始めよう。

 弱者には弱者なりの戦い方がある。強者だった頃、弱者の卑怯で卑屈な振る舞いを心底軽蔑した。あまりにもみっともなく見苦しい。プライドが欠片でもあれば出来ない無様で愚かな事ばかりする。あまつさえそれでへらへら笑うのがさらにムカつく。

 違ったのだ。弱者は弱者ゆえ、プライドが邪魔して出来ない事をする。それは力を持たない弱者に出来る唯一の戦い方だったのだ。

 弱者は戦っていたのだ。卑屈で卑怯で逃げて押しつけ、自力で何も出来ない。

 それでも戦っていた。無様だと笑われ卑怯と軽蔑されても、その侮辱に耐える事が戦いだったのだ。強者のプライドすらへし折るその侮辱に耐えて耐えて耐え続け、かなわないまでも一矢報いる。

 ただの一矢。殴られて小石を投げ返すような物。相手は痛くも何とも無い。軽々避けるだろうし避けるまでも無い。ただ避けても当たってもいずれにせよ、ちょっぴり不快にはさせる。

 その程度のやり返ししか出来ない。それが弱者。そしてそれしか出来ないならいくら無駄だと笑われても、侮辱に耐えてやり抜こう。

 後は他人に押しつければいい。自分はさっさと逃げればいい。逃げた後悔ではなくやり遂げた満足感を抱いて死ぬ。とことん卑怯で卑屈だった。

 自分は強者でなく弱者だったのだ。それを認めよう。受け入れよう。もう折れたプライドを直すなんて無駄な事はやめよう。今出来る事だけやって、最後はとっとと逃げて楽になればいい。

 なんて気楽なんだ! 自由なんだ! 何をしてもしなくてもいいなんて! 重荷はただの一つも背負わず全部投げ捨ててしまえ!

「楽しいなあ。楽しいなあ。弱者は楽しい。くっくっく」

 スコルピオは独り言をつぶやきながら何度も笑う。何が面白いのか。圧倒的な強者を前に気が触れたのだろうか。

 フレグランスは滑稽な演技を続けるスコルピオを哀れな侮蔑の目で見下しながら笑う。

「うふふ。スコルピオ。いくら頑張ってもあなたは天才。頭脳が冴えている。だからどれだけ狂おうとしても狂えないわよ。もっとも、狂って正気を失った所で、脳の持つ力を全部引き出せる程度。それを越えた次元にいる私にはかなわないわ」

「くっくっく。かなわないなあ。でもフレグランス。お前は弱者の戦い方を知らない。卑怯な振る舞いを出来ない。それは無様じゃない。いや、無様と笑われてもやり遂げるピエロになる。それが弱者なんだ」

「負け惜しみを」

「負け惜しみなんて強者はしない。そんな卑屈な事、弱者しか出来ない。プライドがあれば出来ない行い全てが弱者の戦い方なんだ」

「それが何だと言うの? どう言い繕った所で私にかなわないのは変わらないわ」

「わかってないなあ。かなわないから他の事でやり返す。強者は痛くも何とも無い。でも不愉快にさせれば十分なのだ」

「スタンピードたちを口車で逃げさせた事? あれはわざとよ。あなたを倒した後、殺す前に奴らを始末に行く事をわからせ自分のやった全てが無駄だという後悔の表情をさせてあげる。その美酒を味わうためにわざと乗ったのよ」

「強者でも負け惜しみをするんだな。ははっ。おっかしい」

 スコルピオは無礼にも人を指さしながらけらけら笑う。弱者に馬鹿にされるとひどくムカつく。しかしムキになるなど小物だ。強者は余裕で弱者の戯言を受け流せなければならない。でないとみっともない。

「負け惜しみじゃないわ。逃げたスタンピードとトランジスタもあっさり追いつき簡単に殺す。私の知覚で把握出来ない奴はいないし私の速度と力から逃げられる奴もいないわあ」

「逃げられる奴はいないだろうな。でも倒す奴はいる」

「それがあなただって言うわけえ? それこそおかしいわあ。弱者が強者にかなうわけがない。戦闘は力のぶつかり合いよ。強い方が勝つ。力でかなわない相手に知恵で勝つのが人間。でも私は人間が進化した存在。人間の知恵も化け物の力も持ち、両方ともはるかに高い次元にいる」

「でも強者だからプライドがある。プライドが行動を制限する。プライドというのは檻なのだ。それを外してようやく自由になった今の私にはわかる。弱者はプライドが無いゆえプライドがあれば出来ない戦い方が出来る。それは強者に一矢報いる。でもただ一矢でも、急所を貫けば致命傷だ」

「ただの一矢も届かせない。私はサイボーグには傷つけられない。介入は絶対上位の攻撃であり防御よ。次元が違うのよ」

「わかっているさ。ムキになるなよ」

「ムキになんてなってないわよお」

「私も昔は自分が強者だと思いこんでいたからよくわかる。強者は自分の強さにプライドを持つから、自分を倒すと言う相手にはムキになる」

「ムキになんてなってないってばあ」

「そうだな。はははははは」

 スコルピオはへらへら笑う。明らかに馬鹿にしている。下の者に侮蔑されるのはひどく腹が立つ。でも強者のプライドがそれに怒りを見せるのはみっともないと言うので出来はしない。

 余裕の振りして笑う。怒っていない振りをする。内心グラグラと茹だっているが、フレグランスは余裕の笑みを崩さない。

「さ、戯れ言は十分言い終えたかしらあ? そろそろ戦ってもいいかしらあ?」

「いいかしらあ?」

 スコルピオは手を上げあごを上に向けフレグランスの口調を真似る。さすがにこれをされて笑みを維持するなど出来ない。フレグランスは一瞬真顔になり顔がひきつる。

「いいわあ。殺してあげる。もう十分時間はあげたでしょ。辞世の句としちゃ最低もいい所だけど」

 スコルピオは両手で大げさに自分をあおぐようにして挑発する。

「かかって来いフレグランス。弱者の戦い方を見せてやる。強者には出来ず、それゆえ発想すらしない、卑屈で卑怯な戦いって奴をな」

「そんな物、力で蹴散らすわあ。何を言っても負け惜しみ。ああやだやだ。サイボーグたちの記録で見た誇り高いスコルピオはどこへ行ったのかしらあ?」

「彼女はもういない。いや、元々いなかった。なまじ強かったから強者だと本気で勘違いしていた。でも違ったんだ。私は弱者で卑屈で卑怯で、そして最低だったんだよ」

「自分をなじって自虐する。それで駄目な自分を許してもらおうとする。ああやだやだ。弱者を見ているといらいらする。もういいわ。殺してあげる。私に殺される栄誉を光栄に思いなさい」

「殺さないでいてくれれば尊敬するがな。殺される相手に尊敬などするものか。命乞いしても通じない相手にはもう土下座しない」

「土下座したら助けてあげるって言ったら?」

「いくらでもする」

「あはは。見逃すわけないじゃない。あなたの土下座はさっき見たのでもう十分よ」

「そうか。ならもうしないぞ。いいのか。私の土下座は貴重だぞ。なにせ強者だった頃はそんな真似死んでも出来なかったからな。今なら助かるためならいくらでも出来る。プライドより命の方がはるかに大事なんだ。プライドなんて勲章を飾って愉悦に浸る強者は命を大事にしていない。命の貴重さがわかっていない」

「私とバイアス以外の命なんて大事でも何でもないわ。ねえ?」

 フレグランスはお腹の赤ちゃんに語りかけるように腹をさすり、お腹の中に納めたバイアスのシェルに向かって語りかける。

 バイアスは夫だが、進化した自分とは並べない。未熟過ぎて生まれたての赤ん坊のようなもの。保護し育て慈しまねばならない。きっと自分と同じ次元まで育て上げ、永遠に一緒にいる。

「そろそろ辞世の句は言い終えたか? これだけ時間をやったんだ。もう十分だろう」

 スコルピオは手招きする。強者の真似をしてその様を馬鹿にする。

「ふざけないで。一瞬かからず終わらせてあげるわあ。あなたの人を馬鹿にした態度にはもう付き合っていられない」

「そうか? 私だって口だけの強者に付き合うのは疲れるんだ。弱者って疲れるんだな。ああしんどい」

「なら永遠に眠らせてあげるわあ。おやすみ」

 フレグランスは飛びかかる。もちろんスコルピオの知覚で把握出来る速度ではなかった。

posted by 二角レンチ at 16:53| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月23日

旋律のリフレイン(68)立ち上がる弱者

旋律のリフレイン(68)立ち上がる弱者

 フレグランスは敵を一人も逃がさない。夫であるバイアスを負かし惨めな敗北を味わわせたのだ。部隊の全員を八つ裂きにしてもまだ足りない。どこへ逃げても必ず殺す。

「スタンピード。逃げろ」

「え?」

 スタンピードは一瞬、スコルピオがフレグランスを食い止める間に逃げろという意味だと思った。でも違っていた。

「逃げろスタンピード。トランジスタもホールを通じて逃がせ。別々の方向にな。フレグランスは全員を殺さないとおさまらない。お前等が逃げて殺されている間に私は脱出する」

 スタンピードは一瞬だけぬか喜びした。でもすぐに怒りがわいた。

「あなたを再度軽蔑します。軽蔑します。上官の命令は絶対。絶対。だから従います。今すぐに。今すぐに。撤回する間も無く。間も無く」

 スタンピードは怒りの声で返答する。言われた通り壁に備えたアームを伸ばして、繭に包まれたトランジスタを近くのホールに引きずり込む。ホールはストローで吸うように気圧の操作と内壁のローラーによる搬送で、高速でサイボーグを施設の外まで送り届ける。

「さようなら。さようなら」

 もうスコルピオがどうなろうと知った事ではない。どうせ助けられない。度重なる機械施設の攻撃でも干渉出来ず傷一つつけられない敵だ。やれる事など何も無く抵抗自体無駄だった。だからスタンピードは迷う事無く操作室を抜け出し、壁に開けたホールに飛び込んだ。

 スタンピードと繭に包まれたトランジスタが地下の施設から地上に排出される。二人は別々の方向に弾丸のように勢い良く飛んでいく。すぐにサイボーグの知覚射程である百メートルを超えてはるか向こうに飛んでいく。

 スタンピードはスコルピオに心底呆れていた。どうせすぐフレグランスに追いつかれ殺される。でもそれまでの間、後ろを振り返る事無く全力で逃げる。それがスコルピオに出来る最後の仕返し、見捨てる事だった。

 ジャングルの木々をなぎ倒しながらスタンピードは逃げる。戦闘用でなくともサイボーグの機体のパワーとスピードは相当な物だ。大型車が激突したように木々は打ち倒され彼女を止められない。

 スタンピードは走った。行く当てなど無い。でも一秒でも長く逃げ続ける事だけがスコルピオに出来る最後のやり返しだ。逃げる距離が長いほどよりスコルピオにやり返せる。

「あは、あははは。ばーか。ばーか」

 スタンピードはもう何もかもどうでもよかった。どうせ死ぬ。考えても無駄だった。ただ全力で、子供の頃のように何も考えずに走る。サイボーグの機体は人間の頃とは違う。障害物をなぎ倒し傷一つつかずに、車より高速で走る事が出来る。

 スタンピードは楽しかった。何も考えずに走る。それが何より楽しく爽快だった。死の恐怖すら忘れるアドレナリンの分泌に彼女は酔いしれた。ランナーズハイという奴だ。彼女は夢中で何も考えずに走り続けた。

 頭を空っぽにするのがこんなに楽しいなんて。走るのが楽しくてしょうがない。もう苦しみは何も無い。残してきたスコルピオやリフレインがどうなろうともう知らない。繭に包まれたまま動けないトランジスタがどうなろうともう知らない。

「私は自由だ。自由。自由。みんな馬鹿だ。ばーか。ばーか。みんな死ぬ。みんな死ね。あははははははははははははは」

 殺されるからと気が狂ったのだろうか。わからない。でもスタンピードは両手を左右に広げてまるでゴールするように胸を突き出しながら走った。木々をなぎ倒し、殺されるというゴールに向かっていつまでも走り続けた。

 フレグランスはくっくと笑っていた。大笑いしてからやがてぴたりと笑いを止める。ほくそ笑みながら床に這いつくばるスコルピオを見下ろす。

「あっははは。あなた馬鹿なのお? そう言われてあなたを置いて他の奴を追うわけないじゃない。私の速度はサイボーグも人間の科学も越えている。世界の果てまで逃げても知覚出来るし追いつける。何者も私からは逃げられないわあ」

 スコルピオは両手を伸ばして床につけている。うなだれている。土下座の一歩手前のように見える。肩をぶるぶる震わせる。

「そうだな。私は馬鹿だ。そんな馬鹿に騙されるお前はもっと馬鹿なんだろうなきっと」

 スコルピオは顔を上げる。いたずらが成功した子供のようにニンマリと笑っていた。

「わははははは! こいつは面白い。まんまと乗ってくれたなフレグランス。ああ。私を逃がすための囮になれと言われてスタンピードは逃げ出した。トランジスタも施設の外へ排出した。もちろん私がそう言うのだから、むざむざそれを追うわけにはいかない。しょうがないよなあ。こうするしかないよなあ。他にどうしようもないものなあ?」

 フレグランスが怒りに顔を歪ませる。

「仲間を逃がすためにあえて私を煽ったと? あなたのくやしがる面を拝むために、わざと追わずに逃げるまで待った。それも計算していたって言うの?」

「負け惜しみかもなあ? くっくっく」

 スコルピオはよろよろと立ち上がる。手に持った潰れたシェル、ハッシュの亡骸をじっと見つめる。

「すまないな。もう死んだお前を守ってやれない。激しい戦闘になるからな。きっと巻き込まれ今以上に損壊する。でもいいよなハッシュ。親友だものな。わかってくれるよな」

 スコルピオは最後にとても惜しむような目をむけて、でも惜しまずに親友の亡骸を放り投げる。向こうの壁に当たって床に音を立てて転がる。割れた裂け目からまだわずかな血がこぼれた。

「まあたしかに、守りながらでは戦えない。でもなあに? 戦いになるとでも思っているのお?」

「思っていないさ。くっくっく。私は強者だった。でも負けて弱者となった。力も心も弱すぎてぽっきり折れちまったよ。簡単には立ち直れない。支えてくれたハッシュも死んだ。私にはもう何も無い。プライドも無いしリフレインを守る気も無い」

「また策略? ふふん。どうせ殺すもの。いいわ。乗ってあげる。リフレインを殺す前にあなたを殺してあげるわあ」

 フレグランスはちらりと、壁に埋まる首だけとなったリフレインを見る。シェルを簡単に破壊出来る機能を持つからリフレインを殺すのは簡単だ。スコルピオには止められない。だからスコルピオはフレグランスを煽る事でしかリフレインを守り注意を自分に向けさせる術を持たない。

 あえて乗る。この女の口車に乗った上で殺し、最後にその歪んだ憎しみの顔を拝まずにはいられない。

 フレグランスは進化した。だから当然、進化出来ていない人間ごときを見下す。進化したのだから傲慢になるのは必然。次元の劣る者を警戒するなど次元を越えた者のする事ではない。フレグランスは進化したプライドにかけて傲慢でなければならない。人間ごときにムキになったりその煽りから逃げたりしてはいけない。

「敵を煽って目的を達成する。それは力で相手を思い通りにさせる事の出来ない弱者のする事よお。あなたプライドって物が無いのお?」

「プライドは折られた。踏みにじられた。だから捨てた。あんな物にこだわる必要なんて無かったんだ。なりふり構わず目的を達成する。トランジスタはパビリオンから学び、私は二人から学んだ。みっともなくてもプライドを捨ててでもあらがう。戦う。それが弱者の戦い方だ。プライドなんて余計な物を守れるほど私は強くない。弱いからプライドを守れない。プライドを捨ててでも勝つ。それが弱者が強者に勝つ術だ」

「同じ次元なら逆転もあり得るけど、次元が違いすぎるもの。万が一も起こらない。蟻が象を倒せるの? いくら数を集めてたかった所でかゆいだけ。振り落とされ踏み潰されるわ。あなたなんてただ一匹の蟻じゃない」

「取るに足りない相手を蟻に例える。バイアスもそうだったよ。お前たちは似たもの夫婦だな」

「長年一緒にいたもの。似てきて当然。あの人はまだ人間だけど、いずれ私と同じ次元に引き上げてあげる。人間を他者が進化させるなんて難しいけど、私ならきっといつか出来るわ。進化した夫婦を造り上げる。そして増やす。それが今の私の目標よ」

「どっちも不可能だな。機械の身体で繁殖出来るものか」

「人間には無理だろうけど、進化した私の頭脳ならいずれ行き着けるわ。確信があるのよ。私は人間には出来ない事でも成し遂げてみせられるわあ」

「それは予言か?」

「予言なんてあやふやな物じゃないわ。確信。起こるべくして起こす未来。起こるべくして起こる予言なんて、予言を覆す力を持つ者がいれば覆せるわ。不確定よ」

「強者には無理でも、弱者には可能かもな」

「あなたが私の確信を覆せる力を持つって言うの? 馬鹿馬鹿しい」

「言っただろう。私は弱者になって初めて、弱者として戦う。こんな思考、立場、戦い方があるなんて。脳がぐんぐん回転するようだ。強者の立場では決して出来ない、プライドが邪魔をする弱者の戦い方を私は初めて試みる。新しく、今まで考えもしなかった戦術に私はわくわくしているんだ」

「次元の違う力には強者でも通用しない。ましてや弱者なんて相手にもならないわあ」

「試してみるか?」

 スコルピオは拳を握って構える。フレグランスは圧倒的な力の差がある弱者に対して構えるなどしない。構えない分速度が遅れても、そのハンデ以上の速度で相手を上回れる。

 強者はプライドが高い。ゆえにそれが行動を制限する。弱者はプライドにも何者にも邪魔されない。

「弱者は自由なんだな」

 スコルピオはうっとりとため息をついた。弱者の自由をしみじみと実感している顔だ。

 今まで強くあらねばと苦しかった。強くなっても喜びが乏しかった。

 今は違う。弱者になって初めて、スコルピオは自分が今まで強者という名の狭い檻に閉じこめられていた事を知った。

 檻を出た弱者は自由だ。何も邪魔する者はいない。いればそれを避けて違う方向へ駆けるだけだ。全ての方向を塞ぐ事など一人の強者には出来ない。弱者は自由で、強者に追いつかれず鬼ごっこに勝てる。

「鬼ごっこか。くっくっくっ。幼稚だなあ。幼稚に戦ってもいいとはな。強者では出来ない発想だ。どう戦おうとプライドの無い弱者の自由なんだな。力で勝つ以外の勝利でも弱者にとっては勝利なんだ。強者は力で敵をねじ伏せる勝利しか出来ない。狭かったなあ」

 離れていても知覚出来るとはいえそれはあくまで機械である機体の情報のみ。生身である脳の中身は解析出来ず読み取れない。独り言を言っては笑うスコルピオを見て、フレグランスはただ自分を挑発するため馬鹿にする振りをしているだけだと考えた。

posted by 二角レンチ at 17:20| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月21日

旋律のリフレイン(67)激突と決着

旋律のリフレイン(67)激突と決着

 リフレインはフレグランスに突進する。策なんて無い。しかし脳のハイブリッドは一人の脳よりはるかに回転が早い。並の人間が歩いたり身体を動かしたりする方が知恵が出るように、リフレインは考え無しに突進する一瞬で頭を刺激し策を見出す。

 それが脳のハイブリッド。並の脳とは速度も回転も違う。単に機械や他人の脳を混ぜて肥大させただけではない。脳の究極。人間の脳の持つ力を過剰に高め終着点に到達させる。

 しかしそれはあくまで人間の延長。一つの道を駆ければたどり着けるゴール。違う道へは行けない。フレグランスは機体により脳を進化させる事で人間とは違う道へ飛びついた。

 次元が違うとはこういう事だ。リフレインは他のサイボーグよりスペックがはるかに高い。バイアスとの戦闘でもうほぼ完成したと言っていい。機体の性能を限界まで引き出す力を今のリフレインの脳は持っている。

 みんなのおかげでここまでたどり着けた。わずか数ヶ月の訓練と実戦で、スコルピオでさえ何年かけてもたどりつけなかった強さの究極へと駆け昇り飛び越え行き着いていた。

 それでもかなわない。次元が違うのだ。隔たりがありそれは飛び越えられない。リフレインは脳と機体、どちらも人間に成し得る究極に近づいていた。それでも人間を飛び越えたフレグランスには通じない。

 隔たりは、進化を経なければ飛び越えられない壁なのだ。人間には昇る事も突き破る事も出来るわけがない。

「うおおおああああああ!」

 リフレインは拳を突き出す。指の一本一本が重なる歯車と化す。それを一枚ずつ交互に逆回転させる。触れるだけで何者をも切り裂き破壊する突きの刃と化す。

 かつては分解した手首に太い針のような剣を形成した。バイアスのランスを参考に、突きの威力を最大に高める形状。しかし今のリフレインは機体性能を極限まで引き出せる。回転する歯車。それが基本であり究極。この機体はそれに特化してある。歯車を操る事こそがこの機体の真骨頂なのだ。

 どんな形かは問題ではない。重なる歯車を交互に逆回転させる。これが最も機体の攻撃力を高める方法だ。

 敵を巻き込み逃がさない。弾き飛ばし蹴散らし貫く。内に引き込み引き裂いてからバラバラなそれを外にまき散らし排除する。掘りながら取り除く。貫きながらかき出す。

 切るのではなく掘る。それが歯車の使い方だ。少し前までは大きな歯車を形成して円盤のように回転させ切り裂くのが最大の攻撃だと思っていた。でも違った。

 人間の身体は究極の形なのだ。サイボーグの機体が人間の姿を模したのはただ脳が正気を保つためだけではない。それが生物として、知恵を力とする人間がもっとも力を発揮出来る形状に進化していたのだ。

 肉体が進化しない? 違う。人間の肉体は究極の美であり完成形。これ以上歪めても弱くなるだけだからそれ以上の進化は必要無かったのだ。

 その真理に行き着いた。最大の攻撃。人間だから出来る攻撃。でも人間も化け物も越えた次元にいるフレグランスには通用しない。人間の知恵と化け物の機体を備えたリフレインでさえその次元には入れない。

 理論上最高の攻撃であるはずの、手の形のまま重なる歯車に変えた突き。リフレインの最大攻撃であり行き着いた究極。これを阻める者などいない。

 フレグランスはリフレインの拳を掌で受け止め分解した。リフレインの能動的な分解も、受動的に発動する分解も、自動的に発動する分解も間に合わない。全てのプログラムに介入し、その動きを止める。防御も攻撃も失った機体はいかに装甲があるとはいえ、プログラムにより浸食する介入機能にかかれば破壊を余儀なくされる。

「これが、介入」

 精査出来ない。データを取れない。サイボーグの知覚も精査も記録も介入により阻止している。フレグランスは能動的に、サイボーグには絶対阻めないプログラムで介入し浸食する。

 スコルピオの毒に似ている。サソリの尾が持つ毒は特殊な攻撃プログラムだ。自在ではない。戦闘中に敵を精査し的確な浸食プログラムを構築する。天才であるスコルピオだから有効かつ絶対に敵を浸食するプログラムを練り上げる事が出来る。並の脳どころか並の天才にも扱えない高度な機体。それがスコルピオが失ったあの深紅の機体。サソリの尾を持つ機体だった。

 フレグランスの介入機能は似ているが違う。軍の上層部しか持たないサイボーグの機密を逃亡の際にバイアスが持ち出した。彼は正気を失う事で洗脳からも逃れていたからこそ出来た反逆だ。それを武器にスコルピオの毒と渡り合うつもりだったらしいが、体内に取り込んだ機密はやはりサイボーグには干渉不能で、奪った所で解析も利用も出来なかった。

 脳を進化させたフレグランスだけが扱える。解析し取り込み利用出来る。人間はあくまで下位の存在。その全てを暴くなどより次元の高い存在にはたやすい事だった。

 スコルピオの毒と違い、敵を解析する必要も、敵のプログラムの癖や弱点を暴いてそれに対抗出来るプログラムを構築する必要も無い。どんなプログラムも所詮人間が作った物。より次元の高い存在が構築したプログラムは絶対に阻めない。

 逆に言えば、攻撃プログラムを打ち込まれなければ介入は防げる。リフレインは自分の多重にかけてある分解プログラム全てを停止させ歯車への分解を封じ腕を破壊するフレグランスを、攻撃を食らってそのダメージ自体を分析する事で解析する。

 フレグランスはそのからくりに気づく。ほんの一瞬あっけに取られるが、すぐに凶悪な笑みを浮かべる。

「小賢しい子。私に対するあらゆるプログラムは停止する。私はどんなプログラムも停止させる。そして抵抗を無にする事でこちらの攻撃プログラムを阻まれる事無く浸食させられる。それが介入機能。劇的な作用をもたらす。私を解析出来ないからって、自分の破壊される状態を分析してそれを突き止めるなんて。やるわねえ。でも遅いわあ。私は人間の次元を越えて進化した脳を持つ。人間には扱えないほど高度な機体を自ら構築し操る」

 フレグランスの背から何十本もの腕が生える。いや違う。腕が生えたと錯覚するほど早い。残像とは違う。一瞬に多数が存在すると錯覚するほど早すぎて、シャッターを切ったら一枚の写真に多数の腕が写ってしまったようなものだ。

 リフレインの知覚機能を越えている。人間の脳が操れる限界を超える機体。それを自在に操る攻撃は把握しきれない。

「たかが人間が! 進化した私にはかなわない。把握出来ない。捉えられないわあ」

 リフレインは、多数生えたと思った腕全てで身体を切り刻まれる。触れるだけであらゆる防御も回避もプログラムが停止する。軍の上層部だけが持つサイボーグ全てのプログラムを強制停止させる機能。その上で攻撃プログラムを送り込むのが介入機能の正体だ。

「せっかく理解したのに」

 腕一本を犠牲に解析不能の敵を解析した。それが人間の限界であり傲慢。次の一手に繋がるステップのつもりだった。しかし終わった。敵はただ一段を昇ったばかりの階段の、残り全てを昇る前に取り除ける存在なのだ。

 フレグランスの腕が舞う。まるで何十本も腕が生えたかのように錯覚し、しかし残像ではなく全てが実体。その順番が把握出来ず全て同時と錯覚する、知覚機能を越えた速度。人間の操るサイボーグなら絶対に出せないはずの速度だった。

 フレグランスの腕は全てが同時に襲いかかる。かわすどころか反応すら出来ない。リフレインの身体は完全に破壊され飛び散る。分解機能を介入により封じられ、歯車に分かれる前にひしゃげ砕かれる。歯車に分解する事無く、自慢の機体が粉微塵に吹っ飛ばされる。

 首だけになったリフレインは、自らのダメージを解析する事で何が起こったのか把握する。解析をも停止させる介入プログラム。それを確実に打ち込むため絶対に回避出来ない速度まで備えている。

 まさに無敵。隙が無い。付け入る隙も、逃げる隙もありはしない。

「次元が、違う」

「それが最後の言葉? つまらなあい」

 フレグランスは笑いながら右腕を上に掲げる。首だけになり宙を舞うリフレインを真上から完全に砕くつもりだ。

 フレグランスは進化した。しかし元は人間だ。人間の思考や感情そのままだ。生き返った喜び。人間を越えた喜び。力を手にした喜び。彼女はうぬぼれ狂喜していた。

 だからサイボーグが反応出来ない速度を出せるにもかかわらず、サイボーグが知覚出来る程度にのんびりと腕を振り下ろした。かわせない最後の攻撃の恐怖をたっぷりと味わわせるために。

 リフレインには回避出来ない速度。しかし彼女の最大速度ならそれに追いつける。

「リフレイン!」

 レイピッドは遠距離からの高速飛行で飛び込む。フレグランスを攻撃したところで介入プログラムに阻止されて通用しない。そのあとの攻撃でこっちがやられて終わるだけで意味が無い。

 だから迷う必要は無かった。敵を倒せるなら迷っただろう。しかしレイピッドは迷う事無く、リフレインを救う事だけに狙いを定めてそこを最高速度で飛び抜けるよう計算して突撃した。

 もちろん、高速飛翔でリフレインを掴もうとすればその衝撃で減速する。そしてフレグランスに攻撃されてしまう。だからレイピッドは首だけとなったリフレインに腕を伸ばし、小さい彼を突き飛ばした。

 リフレインは突然、知覚射程の外から突撃してきたレイピッドを把握する。その腕に突き飛ばされたリフレインが最後に見た彼女の笑顔は永遠に忘れられない。

 防御も回避も間に合わない。フレグランスは傲慢ゆえにわざとゆっくり腕を振り下ろしたが、それはサイボーグがかろうじて見る事が出来る速度なだけだ。リフレインを突き飛ばして逃がす事に専念していたレイピッドに回避出来るほど遅くはなかった。

 レイピッドは成す術も無く、振り下ろされたフレグランスの掌という鎌に切断される。悪魔の鎌は高速で突撃してきたレイピッドの身体を突撃の勢いのまま真っ二つにしてしまう。

「あらあ?」

 どうせ知覚していただろうに、フレグランスはとぼけて、手にしたレイピッドのシェルを見つめる。

「やあだ。急に飛び込んで来るんだもん。間違えちゃったあ」

 間違えるわけがない。でもフレグランスは少女のようにおどけ舌を出す。レイピッドを笑い物にするためわざと少女である彼女のように幼稚に振る舞っているのだろう。

 わざわざ潰さずに取り出したレイピッドのシェルをあっけなく握り潰す。血がまき散り脳がひしゃげたシェルからはみ出す。即死だ。

「やだ、手が汚れちゃった。ばっちい」

 フレグランスはゴミを握ったかのように汚らしいと蔑む顔をして、手を振り潰れたシェルを捨てる。高速で壁に飛んでぶつかり、弾けて床に落ちたシェルを眺める。

 フレグランスが手を振ると、汚れた手にべっとりついた血や脳の欠片が飛び散る。汚れがきれいに飛んできれいになった手を見てフレグランスはにんまりする。

 宙を飛んでいた、頭から股まで真っ二つになったレイピッドの機体が壁にぶつかる。防御プログラムと装甲により守られた機械施設の壁とはいえ、レイピッドの全力飛行は防げない。激突の衝撃でへこみ部品が散る。

 もちろん衝撃でレイピッドの機体はバラバラだ。砕け散った破片は、その下でうずくりまりハッシュの砕かれたシェルを大事に抱えて丸まり床にうずくまるスコルピオに降り注ぐ。

 スコルピオは顔を上げる。今まで泣きはらしたかのように顔はやつれ目は腫れていた。人工顔面は泣けない。でも憔悴は表現出来た。

「レイピッド……」

 レイピッドに突き飛ばされたリフレインの頭は壁に突き刺さっていた。高速で突き飛ばされ壁に激突した。防御プログラムでも防御しきれない衝突。脳を守るシェルやそれを守るヘルムを歯車に分解して衝撃を逃がす事は出来ない。頭はリフレインの弱点だ。リフレインは衝撃のあまり脳が揺さぶられ気絶していた。

 スコルピオは上の壁にめり込むリフレインの首を見て、床に散らばったレイピッドのバラバラになった破片を見渡す。レイピッドは通路のはるか向こうから、フレグランスが入るときに突き破った扉の穴をさらに翼で裂いて突入していた。

 扉に開いた穴の向こうにトランジスタが見える。茶色い糸で編まれた繭に包まれたままだ。あの繭はサイボーグでは破壊出来ない、防御に特化している。

 動いていない。まだ一時間経ってはいないがあくまで存命出来る最大時間だ。もしかしたらもうとっくに死んでいるかもしれない。あの繭は中にいる者が生きているかどうかの解析すら遮断する防御プログラムで編まれていた。

 今意識があるのも、戦えるのもスコルピオだけだ。あとは敵であるフレグランスしかいない。誰も助けてくれないし逃げ場も無い。

 スコルピオは叫ぶ。

「スタンピード! 今すぐホールを開けて私を逃がせ!」

 すぐに壁のスピーカーから返事がある。

「無理です。不可能。不可能。あなたの居室であるそこにホールはありません。その部屋を出ないとホールに着けません。着けません」

「馬鹿! 扉の前にはフレグランスがいるんだぞ。どうやって彼女をかわして扉の向こうへ行けと言うのだ」

「わかりません。わかりません。不可能。不可能」

 計算ではそんな事が出来る可能性はゼロパーセントだ。わずかな可能性すら残っていない。サイボーグは汗をかけないが、スコルピオは自分が冷や汗にまみれているずぶ濡れで冷たい感覚を脳が思い出し錯覚していた。

posted by 二角レンチ at 14:20| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月19日

旋律のリフレイン(66)親友の死

旋律のリフレイン(66)親友の死

 青白く発光する機体。普通の人の二倍もある巨体。足先まである長いワンピースを思わせる、薄くなびくように動かす装甲。女性の姿をした慎ましやかなフレグランスは両手を広げ高らかに笑う。

「あっはははははっ。夫を取り戻した。私の赤ちゃんを取り戻したわあ。もうこのお腹で眠っている。おやすみバイアス。寝てていいのよ。お母さんが全部片付けるから」

 スコルピオは毅然とした目でフレグランスをにらむ。だが突然、柔和な笑顔に歪む。その変化を見てリフレインとレイピッドは仰天する。

「なあフレグランス。お前の目的はバイアスのシェルを奪還する事だろう。もう目的を果たしたんだ。私たちにはもう用は無いだろう?」

「夫をひどい目に遭わせたあなたたちは一人残らず皆殺しにするわ。でないと許せない」

「バイアスを倒したのはリフレインだろう? 別室に繭に包まれたままのトランジスタもいる。繭が解けないならじわじわ浸食されてじきに死ぬ。でもお前の気が晴れるなら差し上げよう。おいスタンピード」

 壁からスタンピードの声が響く。

「スコルピオ。あなたを再び軽蔑します。軽蔑します」

「ははは。おいおい。私に恥をかかせるなよ。早くホールを開けてトランジスタを持って来い」

「あなたの部屋は侵入できないようホールを設置していません」

「そうだったな。おいレイピッド。近場に出てくるトランジスタを持って来い。そのハッシュのシェルを置いてくるなよ。どれ。私が預かろう」

 スコルピオは手を差し出す。上官の命令には逆らえない。レイピッドはしぶしぶ手に持ったシェルを渡し、部屋を出る。

 リフレインはフレグランスの攻撃をかわすために身体を歯車に分解した。直立する下半身は立ったまま倒れない。肩から上の上半身が宙に舞っている。細かい歯車の群が雲のように舞いながら凝集していく。

 コカカカカ……

 歯車が回転しながら宙を舞う美しい旋律が奏でられる。フレグランスはそれを聞いてうっとりしている。

「トランジスタがどこにいようと施設全てを破壊して殺すわ」

「まあそう言うなよ。なあフレグランス。バイアスの脳は取り返した。バイアスを倒したリフレインとトランジスタは好きにしていい。それで満足だろう?」

「あなたたちを皆殺しにしないとすっきりしないわ」

「なあ、私だけは見逃してくれ。レイピッドやスタンピードも殺していい。ほら、ハッシュはどうだ?」

 スコルピオは媚びるように眉をひそめた気持ち悪い笑顔でハッシュのシェルをフレグランスに差し出す。フレグランスはそれを受け取りじっと眺める。

「……私は許可されていない情報にもアクセス出来る。記録を全部取り込める。ハッシュはあなたの一番の親友でしょ。心のより所。それを売るって言うの?」

「売れるなら親でも売る。もう死んだがな。ははは。なあ、ここまでしたんだ。なら私だけは、見逃してくれるよな?」

「それが最後の手? 仲間みんなを売っての命乞い。哀れねスコルピオ。あなたはバイアスとは違う手段で人間を辞めたのね。誇りを捨てて畜生に堕ちたのね」

 フレグランスは右手のシェルを握りしめる。みしりと音を立ててシェルが歪む。

 分解した身体を構築し直したリフレインが叫ぶ。

「ちょ……ちょっと、ちょっと待って! 脅しだよね? でも今のスコルピオに脅しは通じないよ。だからハッシュの脳を破壊するのをやめて」

「わかっているわよお」

 フレグランスは手を止める。リフレインを振り返り笑いかける。リフレインはハッシュが殺されずにほっとした。

「脅しは無駄でも、皆殺しは変わらないわ。記録で見たわよ。予知ではみんな死ぬんでしょ? 私がその最大の危機なのよ」

 フレグランスは笑いながら手に持つシェルを握り潰す。シェルがあっけなく破壊され、中身が血と共に吹き出す。

「え? あ、ああ! うわあああああああ!」

 リフレインは頭が真っ白になる。ぽいとゴミをゴミ箱に放り投げるようにしてリフレインに向かって投げられたひしゃげたシェルを両手で受け止める。

「ハッシュ! ハッシュ! うわああああああああああ」

 サイボーグは泣けない。しかしハッシュが殺され、リフレインは心の中で号泣した。

「うっ、こんなの、嘘だ。ハッシュ……」

 リフレインはうずくまり、両掌に載せた潰れたシェルを見つめる。中身がドロドロと流れ出し手を汚すのも構わず声だけで泣き叫ぶ。

「ハッシュ。返事をしてよ……姉さん……」

 照れて呼んであげなかったが、その死に際して最後の言葉として、姉さんと呼んであげた。リフレインに姉はいない。でも姉として本当に慕っていた。

 最後は喧嘩別れだった。ちゃんと謝ったり仲直りしたりしたかった。前のように姉弟として一緒に笑い合い抱きしめ合いたかった。

「ねえスコルピオ。ハッシュが、姉さんが、死んで」

 リフレインは顔を上げスコルピオを見る。その顔は真顔で、目を見開き、信じられない物を見るような顔だった。

 親友が死んだ。弱みを誰にも見せられないスコルピオが唯一弱みを見せてすがった。大事な人であり代わりはいない。かけがえのない唯一無二の親友。それが目の前で無惨に殺された。

 敗北により徹底的に卑屈な弱者となり果てたスコルピオでさえ、唯一の親友の死には怒るはずだ。ハッシュのために怒ってほしかった。そうすれば、許せなくてもハッシュを差し出し犠牲にした事を飲み込める。

 リフレインはスコルピオが怒る事を期待した。ここまでされて怒らないなんて人間じゃない。性根の腐った畜生だ。

 スコルピオが前を向き、憎きフレグランスをにらむ。スコルピオの顔がこわばり口の端が歪む。でも笑えない。

「な? 大事な親友すら差し出したんだ。ここまですれば本気だと信じてくれるだろう? 頼む。私だけでも見逃してくれ」

 スコルピオはイスから立ち上がる。そしてつかつかと前に出ると膝をつき、床に手をついて深々と頭を下げた。

 親友を殺されて怒るどころか、自分に出来る精一杯の誠意だと訴える。敵に土下座して命乞いしている。

「うわああああああああああ!」

 リフレインは怒りに立ち上がり、床に這いつくばる卑屈な畜生の顔を蹴り飛ばした。

「何なんだよお前はあああああああ? ハッシュが、僕の姉さんが殺されたんだぞ? どうして怒らないんだ。親友を殺されているのにへらへらして、敵に土下座で命乞いまでして。プライドは無いのかよおおおおおおお」

 スコルピオは蹴り飛ばされて壁に激突する。そしてうずくまり弱々しくうなだれる。

「仕方ないだろう。フレグランスはサイボーグに介入する。私たちはサイボーグゆえ彼女と戦えない。命乞いするしかないんだ」

「うるさい! お前は黙れ、二度としゃべるな!」

 リフレインはひしゃげたハッシュのシェルを投げつける。スコルピオはそれを受け止めると、わなわな震えて、ぎゅっと抱きしめうなだれた。

 スコルピオはハッシュが死んで悲しんでいる。でも何も出来ない。仇を討てない。だから怒りを飲み込み土下座までした。

 だって。ハッシュはみんなを守るために死んだから。その命を投げ出し戦ったから。スコルピオは親友の想いに応えるため、戦えばすぐに殺される相手に対し必死に命乞いでも何でもして、一秒でも長く生きながらえなければならない。親友が生かしてくれた命だ。なりふり構わず生きながらえなければあの世で申し訳が立たない。

 リフレインは怒りが収まらない。スコルピオのした事は間違っている。みんなを犠牲にしてまで生き延びる事などハッシュは望んでいない。

 しかしスコルピオは卑屈に戦っている。とてもみっともないが、目的のためになりふり構わない。パビリオンだって無駄と知りながらもみっともなく生き恥を晒し、そうまでして最後まで抵抗した。

 パビリオンの必死さを見ていなかったらきっと、リフレインはハッシュの亡骸をスコルピオに預けるなんて出来なかった。信頼出来なかった。しかしそれを抱えて戦う余裕は無い。だから預けなければならなかった。

 納得出来ない。しかし事実を受け入れる。スコルピオだって本当は親友を死なせたくなかった。自分で戦いたかった。しかし出来ない。心が敗北で折られまだ立ち上がれない。戦えないだけだ。弱っているだけだ。

 許せないほど卑屈で卑怯な真似ばかりして失望が募るが、それでもリフレインはスコルピオがハッシュを大事に想う気持ちは自分にも負けないと信じて、大事な姉の亡骸を預ける事にした。

「お前はそこでうずくまっていろ! この最低女が! いいよもう。僕は怒る。戦える。だから僕が仇を討つ。ハッシュの仇だフレグランス」

 リフレインは漆黒の指を伸ばしフレグランスの眼前に突きつける。

「私と戦うの? 戦いにならないわよお。一方的な殺戮。生前にされてもまだ懲りないのね。いいわよお。殺してあげる。どうせ夫をあそこまで追いつめ殺しかけたあなたを見逃すつもりなんてないしねえ」

 フレグランスは敵を見下しのけぞりながら笑う。巨体なので小柄なリフレインをはるか見下ろす山のようだ。しかしリフレインは臆する事なくにらみ合った。

posted by 二角レンチ at 18:01| 旋律のリフレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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