2014年11月30日

吸血鬼デルデと包帯男(6)包帯の絶対防御

吸血鬼デルデと包帯男(6)包帯の絶対防御

 一分逃げ切れればエーリヒの勝ち。一分以内に殺せればマギラットの勝ち。条件はついた。いよいよ戦闘開始だ。

「さんざん引き延ばしおって。どうせ口で時間を稼いで策でも練っておったのだろう。いや、生きる時間を少しでも延ばしたかったか。しかし貴様の命はあとたったの一分だぞエーリヒ」

「くくくひひひひ」

 エーリヒが今までした事の無い不気味な笑い方をしたので、それを知らないデルデ以外はぎょっとした。

「ああいう下品な笑い方をするときエーリヒは本気よ。まあ吸血鬼の王相手にわずかでも気を抜けば瞬殺されちゃうから当然だけどね」

「へえ」

 デルデと距離を取っているリリルスが生返事をする。

「あなたよくあんな気持ち悪い奴を夫にしたわね」

「魔物は成熟が歪むと若く美しくなる代わりに歪んでしまう。若さを通り越して中年みたいになってしまったマギラットみたいにね。下級な魔物が敵を倒す強さ以外の強さを追求すれば歪む。不気味で気持ち悪く成熟するのはよくある事よ。ちょっと変わっているだけじゃない。慣れればかわいいものよ」

「かわいいねえ」

 リリルスは真摯に力を求めないで歪んだ成熟をする魔物を軽蔑している。だからマギラットや、強敵とろくに戦わず成熟が足りないケルンやハイアークを軽蔑している。

 自分は全力でやってきたつもりだった。しかしデルデから言わせればまだまだ甘かった。それをデルデに諭され自分を恥じた。でもプライドがデルデを尊敬しあこがれる純粋な気持ちを許さなかった。

 リリルスの夫はとても強くてたくましい。鬼の名を冠しない下級な魔物なのに強さを追い求め吸血鬼の王にすら並ぶ力を得た。自分を何度も退ける彼を追いかけついに倒して娶った。その強さは惚れるに値する。

 デルデの方が強いかもしれない。でも夫だって負けていない。デルデへの反発心から彼女の夫を必要以上に悪く見る。でもエーリヒはたとえ悪く見なくても、他の魔物から見てもかなり気持ち悪い奴だった。

 全身包帯に巻かれた容姿だけではない。極端な猫背にぶらぶらさせた手。傾げた首を回転させ不気味に笑う。魔物の中でもかなり気持ち悪く歪んだ成熟をしていた。

「僕の妻とどっちが気持ち悪いんだろうな……」

 ケルンはぼそりとつぶやく。妻を愛しているし美しいと思っている。でもケルンの妻はエーリヒと同じくらい不気味で気持ち悪がられている。

 卑屈な弱い王が不気味で気持ち悪い妻を娶った。弱いから弱くて歪んだ魔物しか娶れなかった。

 そう言われ、そう言わせる事にどれだけ腹が立っただろうか。ケルンは強く美しいと思った妻に惚れたから頑張って倒して娶ったのだ。弱いから弱い魔物を選んで王が課せられた婚姻の義務を果たしたわけではない。でもそれをいくら口で言っても人々は認めない。この闘争で勝たねばきっと一生誰も認めてくれない。

 血を最後に与えられた血族だからって、なぜ他の血族どころか自分の血族にさえ蔑まれなければならないのか。ケルンの血族は他の血族より劣るとされ、自分たちもそれを自嘲している。自分たちで自分たちを蔑み馬鹿にしている。弱く醜い妻しか娶れなかった弱い王は血族みんなに蔑まれていた。

 妻は美しい。妻は強い。この闘争に妻を巻き込みたくはなかったが、勝つためには仕方無い。それに妻と自分を両方認めさせみんなを見返すチャンスなのだ。やるしかない。

 ケルンはさまざまな想いと決意を固めた強い目で戦いを見ている。離れて横に立つデルデは横目でそれを確認してとても満足そうに微笑んだ。

「かかってこいエーリヒ。我が剣の錆にしてくれる」

「くくくくひひひひ! 陳腐なセリフだね。決めゼリフぐらい自分で考えなよ。この能無し。子供の頃に読んだ人間の描くマンガか何かからそのままセリフを取って、恥ずかしくないの?」

「言わせておけば」

 マギラットは怒りに任せて剣を振り上げる。

 侮辱は戦略だ。敵を怒らせ動きを単純にし予測を容易にする。逃げるために敵の動きを読めるよう、エーリヒは敵を馬鹿にする戦略を採る。

 卑怯な戦いを信条とするケルンにはそれがわかる。エーリヒみたいに逃げる事を第一にはしないが、かなわない敵からは撤退する。ケルンは誇りある吸血鬼の王だ。下級な魔物から学ぶ事など何も無い。しかしデルデはそんなつまらないプライドは捨てて勝つためなら貪欲に学べと教えてくれた。だからこの戦いを見せるのだ。

 勝つためなら何でもする。侮っていた下級の魔物からすらも学ぶ。そうまでしないと勝てない。デルデが戦いを見せるからには、この戦いから学べという事なのだ。言われずともそれぐらいわからねばならない。

 ケルンは配下である血族からすらも馬鹿にされている。成熟が進まない少年の姿のままだからだ。血族がこっそり行っている投票でケルンがこの闘争で死ぬ方に賭けている者がほとんどなのも知っている。ケルンが勝つ方に賭けている連中は勝利を期待しているのではない。ただ大穴に張ってギャンブルを楽しんでいるだけだ。

 ケルンの勝利や生きて帰る事を本気で信じているのは妻だけだ。その妻すら巻き込まないと勝てないなんて。力を磨く事を怠ってきたつけだった。

 ケルンが後悔する時間はわずか一瞬。次の瞬間にはもう戦いに心奪われ何もかもが思考から吹っ飛んだ。

「早い!」

 リリルスが叫んだ。驚きのあまり大声を上げてしまい、あわてて口をつぐむ。

 吸血鬼の王が驚くほどの早さ。そんな早さを下級な魔物が見せた事にデルデ以外の誰もが驚いた。のろまそうにうごめく包帯男だったからなおさらだった。

 マギラットは振り上げた剣を振り下ろそうとした。しかし出来ない。それより早く白い包帯が何本も巻き付き固定した。

「何だこれは? 切れん。馬鹿な」

 マギラットは力を込めて剣を振るおうとする。しかし動けない。がくがく震えるだけで振り下ろせない。薄い布である包帯に巻き付かれただけなのに、鋼鉄の土台に据え付けられたようにその場から動かせない。

 剣を振り下ろすより早く巻き付く。吸血鬼の力でも動かせないほど強い固定。そして何より、竜の牙から造った剣の刃は触れるだけで鉄でもバターのように切り裂く。薄い布ごときがこの刃に巻き付いて切れないわけがない。

「包帯男の包帯は絶対防御だ。何者にも打ち破れない。傷つける事が出来ないだけじゃない。突破出来ない。止められ阻まれ害せない」

「それが力か」

「そうだよ。僕の包帯は何をも阻む。絶対に突破出来ない。どんな攻撃も止める。切れ味も力も関係無い。柔らかく薄い布だけど、誰もそれをわずかも揺らせない。君の持つ立派な竜の盾よりも貫けない、絶対防御なんだ」

「貴様あああ……」

 エーリヒは剣に巻き付けた包帯をしゅるりと解く。マギラットはすぐに剣を引く。

 ケルンは違和感を覚えた。

「解いた? 何で? あれだけ強い力を持つ包帯なら竜の剣を奪えばいいのに。折るのはさすがに無理だろうけど」

 エーリヒは戦闘中なのに顔をマギラットから逸らし、首だけぐるりと回転させて離れた所にいるケルンを見る。

「違う違う。僕は阻むだけ。攻撃したり何かしたりは出来ないよ。マギラットの剣は僕の包帯を突破出来ない。だから巻き付かれればそれ以上動かせない。でも僕の包帯がすごく強いとかすごく固いとかじゃないんだ。力は弱い。吸血鬼が力を込めて握る剣を奪い取るパワーなんて無いんだよ。ただ干渉されないだけ。作用されないだけ。それが絶対防御だ。攻撃力は無いよ」

 ケルンはうなずく。そして横にいるデルデを見る。

 デルデもうなずく。

「そうね。力を説明する必要は無い。でも見せたとき、それを説明するのは優位を示し相手を威圧する手段として有効だわ。戦いの決まりとして制定するまではしなくていいわよ。隠している方が有効な力もあるもの。でも力を見せたときにあえて説明するのは相手の心を抉り畏れさせる効果がある。私や私が戦った強者たちは力を見せたとき得意げに説明する事が多いわ。それは相手の心を蝕み腐食させる。自分にかなわないと何度も言って聞かせる事で相手の心をへし折るのよ」

 ケルンは再度うなずきまた前を見る。

 力を見せたときに説明するのはただの自慢だと思っていた。強者ゆえの驕り。だからケルンはしなかった。

 でも、そうする事には意味がある。敵を倒すのに有効な戦略だ。なによりデルデはそれを望んでいる。

 力を見せたら説明する。もったいぶってわずかな優位にしがみつかない。その程度しか力が無いのか。違う。まだまだ隠された力がある。

 全部見せろと、全部使えと言っている。さらけ出し見せつけ圧倒しろと言っている。それが強者の戦い方。わずかな優位を自分だけの秘密としてこそこそするのはずるくて弱い戦い方だ。

 それが必要ならそうしよう。でもそれが必要でなく害になる場合もある。何でも隠せるだけ隠した方が優位だと信じ込んでいたケルンの目を覚まさせるには十分な授業だった。

 エーリヒもデルデも惜しみなく教えてくれる。鍛えてくれる。その上で、強くなって向かって来いと言っている。どんなに強くなっても返り討ちに出来ると自分の力を信頼している。

 自分で自分を信頼する。それが基本だ。それすら出来ず卑屈に自分を蔑んでいたケルンは本当に弱かった。そんなまま戦ったって初戦で敗退しあとは時間切れまで逃げるだけのみじめな戦略しか残されていなかった。

 それではいけない。勝つために死力を尽くさないと。敵がわざわざ教えてくれるのだ。プライドを守って学ばないなどあるものか。

 マギラットが再び剣と盾を構える。

「貴様あああ……今度は剣を捉えられるなどという隙は見せんぞ」

「ふうん? いいから全力で来なよ。もうすぐ一分経っちゃうよ。このまま終わっていいの?」

「いいわけあるか。このたわけが」

 マギラットはくるりと剣を翻すと、その切っ先で自分の胸を横一文字に裂いた。

 血が吹き出す。大量の血が吹き出し、アーチを描いて床にどばどばと落ちる。

「ふうん。吸血鬼なら傷つけなくても皮膚から血を分泌出来るだろうに」

「ほざけ。これは戒めだ。貴様に剣を取られたふがいない我に対する罰だ」

「剣を返したじゃないか」

「それは貴様の力が敵を阻む事だけだからだ。あのまま剣を捉えていても奪えない。だから離すしかなかっただけだろうが」

「まあね。剣と盾だけで戦おうなんて君、僕をなめすぎているね。吸血鬼の一番の武器は血だろう。デルデと違って血を刃と出来ない君は剣なんかを持たないと攻撃力が足りない」

「だからどうした。機動力なら誰よりも強い。それが我が力、我が血。もうじき一分経つ。これが最後の一撃となろう。しかし今度は止められんぞ」

「やれやれ。説明してあげたのに。僕の包帯による絶対防御は力や機動力で突破出来る物じゃないよ」

「ほざけ。そんな戯言は、我の一撃から生き延びてから言え」

 マギラットの胸の傷から出る血が止まる。吸血鬼は体内の血を武器とし、体外に分泌して武器とする。別に傷をつける必要は無いのだが、もちろん傷から吹き出す血も利用出来る。

 床にこぼれた大量の血がせり上がる。見る見る内に獣の形となり動き出す。大きな翼を左右に広げた勇猛で巨大な鷲となる。それは人より大きくその身は深紅。深い漆黒に近い部分もあればまぶしい宝石のような薄く輝く紅の部分まで濃淡艶などが色とりどりだ。

 まるで生きているようでいて、自然の鷲よりはるかに獰猛。そして賢い。血で造られた鷲。

「これが、我が偉大なる祖の血を受け継いだ証、その血の持つ獣の力だ。我の手を離れ独自の思考で自律的に動く。ある程度の命令は聞くが我が動かしているわけではない。自分で自律し判断して動く。獣の動きは吸血鬼のそれとは違うぞ」

「へえ。一匹だけでいいの?」

「一撃ならばこれだけでよいわ。貴様にはかわせん。止められん」

「やれやれ。僕の力は絶対に止める絶対防御なのに。どうやって突破するのさ。まあ止められて時間切れだね」

「ほざけたわけが。デルデ以外の吸血鬼の王の力は噂や情報でしか知らん貴様には計れんわ」

 マギラットは自分よりはるかに大きな血の鷲の背に飛び乗る。

「我が剣と鷲の嘴。どちらもかわせると思うなよ」

「へえええええ? くくくくひひひひひひひひ」

 エーリヒは何が面白いのか大笑いする。相手が愚かだから笑っているのか。それとも自分の不利を隠して強がっているのか。

 エーリヒはデルデと戦い、吸血鬼の王だけが持つ祖の血の力を嫌というほど味わっている。刃の血、偉大なる祖が攻撃力を血に込め授けたデルデ以外に包帯男の絶対防御を突破出来るとは思えない。しかし嫌な予感がした。

(嫌な予感はとても大事だ。危険を察知する本能なんだ。気のせいなんかじゃない。予感は警告。マギラットの次の攻撃は警戒に値する)

 力で突破しようとする。しかしそれは絶対に出来ない。だからこそ絶対防御なのだ。マギラットは一体どうやってエーリヒの絶対防御を突破するつもりなのだろう。

(こういう予感がしたときは逃げるのが一番なんだけど。一分だけこの広間から離脱出来ない。くそ。いくら広くても広間なんて檻に閉じこめられると包帯男の力は半減されてしまう)

 エーリヒはこういう嫌な予感がしたときはとにかく全力で逃げた。しかし今はこの広間から逃げるわけにはいかない。あの鷲の機動力ならあとわずかしかない時間でも追いつかれ攻撃されるだろう。噂に聞くマギラットの獣が持つ機動力から逃げられた奴はいない。

(くそ。デルデめ。僕の苦手な、逃げ道を封じられた檻で戦わせやがって。僕の弱点がばればれじゃないか。僕を殺すつもりか)

 デルデはエーリヒにベタ惚れだ。死なせるつもりなど毛頭あるわけがない。それでもエーリヒは心の中で激しく毒づいた。甲高く笑う事で内心のあせりを必死に誤魔化した。

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2014年11月29日

吸血鬼デルデと包帯男(5)戦いの興奮

吸血鬼デルデと包帯男(5)戦いの興奮

 マギラットは幅広の長い剣を右手に、丸く大きな円形の盾を左手に構えている。どちらもとても重い。人間なら両手でも持ち上げられないほど重い。竜の牙や鱗から作られている。

 魔物は強い魔物の死体を加工して装備や物の代わりとする。竜の死体は素材として最高級の一つとされている。竜の牙や爪を加工して武器にする事でその強さを持つ武器となる。竜の骨や鱗を盾や鎧とする事で強靱な何者も貫けない装甲となる。

 マギラットは最上級の一品、竜の牙から作った剣と竜の鱗を加工した盾を持っている。でも身体には甲冑の類をつけていない。

 対峙しているエーリヒは猫背で前かがみ。腕を力無く下に垂らし首を傾けている。全身に巻かれた白い包帯の端が何本も床に垂れて広がっている。

 エーリヒが斜めに傾けている首をさらに傾け真横に向ける。人間ならここまで首が回らないが、エーリヒはふくろうなどよりはるかに首が回転する。丸一回転どころか何回転でもさせる事が可能なのだ。

 魔物の内弱い者の多くは成熟が歪んでいる。真摯に強さを求めれば若く美しく成熟するが、逃げという強さを追求する包帯男のように純粋とは違う方向の強さを求めるとしばしば成熟が歪み、たいていは不気味な容姿や性質を備える。

「気持ち悪い奴だ。包帯男は首を始め関節がいくらでも回転出来るのだったな。やはりその包帯が本体で、中身は空っぽなのか?」

 マギラットの問にエーリヒは笑う。とは言っても顔は包帯だらけだしその隙間からのぞく目は目玉しか見えない。瞼が見えないので笑っているかどうかは声で判断するしかない。

「ふふっ。違うよ。ちゃんと中身はあるよ。この包帯は大事な中身を守るためにあるからね。本体は包帯じゃないし、この中身は誰にも暴かせない」

「それを守りきるために、どんな敵からでも逃げるのだったな」

「そうだよ。中身を守りきり誰にも暴かせない。それが包帯男の誇りだ。逃げるのは守りきるための手段さ。力ではいくら強くてももっと強い他の魔物に倒されるからね」

「我は吸血鬼の王だぞ。貴様は逃げる事も出来ずに殺されるのだ」

「誰にも殺せない。それが包帯男の強さだよ。この強さは誰にも砕けない。それはそうと、竜の剣と盾を持つならどうして鎧も竜を加工した物をつけないのさ。盾だけじゃ防ぎきれないだろ?」

「盾と剣だけで防ぎきれる。そう鍛えてきた。鎧は重く動きを制限する枷だ。我の戦闘スタイルには合わん。それに鎧はハイアークの専売特許であろう」

 マギラットはちらりと首を動かして促す。エーリヒはフクロウ顔負けで首をぐるぐると何回転もさせてからぎょろりと横を向く。

 ハイアークはうつむいてぶつぶつつぶやいている。この戦いは観戦しないといけない。情報を出来るだけ漏らさず、出来れば自分の目で見ておきたい。

 配下の報告は自分の思考に比べあまりにも稚拙なので、観察するポイントも把握出来る情報量も足りない。

 さらに伝えるときに情報の質が低下する。人間や魔物は言葉を使うがなぜか一字一句そのまま伝える事をせず、自分の思考で歪めた情報を自分の言葉で伝える。まったく正確性に欠けるが、自分一人で得られる情報の量には限りがあるのでハイアークはやむなく配下を使って情報を集めている。

 ハイアークは無視してもいいがあえて口を開く。

「たしかに鎧は私の専売特許。それが私が偉大なる祖から受け継いだ血の力。でも私はあなたの血が欲しい。マギラット。あなたの血が持つ獣の力。それがあれば、私は私自身の血を使って正確な情報を集められる。あなたには宝の持ち腐れ。まったく有効に活用していない」

「ほざけたわけが。我が偉大なる祖から受け継いだ血の力、血を獣に変え操る力は、我が騎乗し戦闘に使えば十分なのだ。姑息な諜報の手段などに使えるか」

「正々堂々に反するから? デルデの言葉で目が覚めたんじゃないの? 情報を集め敵を知り策を練る。それは卑怯でも何でもない。あなたの血は複数の獣を造って自在に自立行動させられる。自分でコントロール出来ないけれど、それが得た情報を体内の血に戻せば取り込める。正確にね。この戦いで勝つために私は全力を尽くすわ。私が配下の不完全な情報でなく自分自身で見聞きした正確な情報を得るためには、あなたの血が必要なのよ」

「我は勝つ。誰にも偉大なる祖から授けられた我が血を渡しはせん。この力は我のものだ。我が獣に騎乗するための力なのだ」

 マギラットはハイアークが黙り込んでうつむいたので、またエーリヒに向き直る。

「エーリヒよ。我が血の力は獣を造り出す。それに騎乗し戦場を駆けるのが我が戦闘スタイルだ。鎧は重く機動力を削いでしまう。盾だけあれば十分だ。防御は盾と剣だけで事足りる。この身体に敵の攻撃を届かせるものか」

「ふうん。僕なら届くけどね。しないよ。逃げるのが信条だし、これは王の伴侶たる魔物が王たちの戦いに交じるだけの強さがある事を示すための物だ。君の身体もプライドも傷つける必要は無いものね」

「貴様あああ……」

 マギラットは歯を食いしばり、牙が折れそうなほど歯ぎしりする。でも吸血鬼の牙は竜の牙と同じで硬く、自分でも折れない。

 エーリヒは怒るマギラットを無視して首をぐるぐる回転させたあと、びたっと横を向けてデルデを見る。

「デルデ。吸血鬼の王と渡り合う力を見せればいいんだろう? 僕は逃げに特化している魔物だ。時間制限をしてくれ。その間逃げきって殺されなければ僕の勝ち。それでいいよね? まだ円卓の会談中だ。僕が吸血鬼の王を倒したらまずいだろう?」

 デルデは大笑いする。

「あはーはははは。エーリヒも言うじゃない。珍しくたかぶっているの? 相手を倒すなんてしないくせに」

「さすが吸血鬼の王だね。目の前にするとたぎるよ。僕が戦いたいと思うなんて本当に珍しいよ。でも抑えないと殺されちゃう。逃げきれない」

「私からは逃げてばかりだったくせにー。私とも戦ってよー」

「君は強すぎたからね。でも他の四人の王はまだ君に及んでいない。僕でも殺せるかもしれない。だからそれを望む僕がたしかにいる。魔物にとって自分より強い敵を倒すのは本能であり生き甲斐だ。逃げに徹する僕だって魔物なんだね。包帯男としては未熟だけど、僕は強敵から逃げるのではなく、倒してしまいたいと願っている」

 デルデは腕を組んだまま口笛を吹く。

「ひゅう。あなたが敵と戦う気になってくれるのはうれしいんだけど。王たちだけでなくあなたも熱気に当てられ変わっていくのね。妻としてとてもうれしいわ。でも駄目よ。あなたの逃げに徹する意思の強さが必要なのよ。揺れては駄目。吸血鬼の王を侮っては駄目。挑めば殺される。あなたは何が何でも安全を取り逃げ延びるから安心して参戦させられるのよ。殺されるなら心配で戦わせられないわ」

「わかっているよ。言ってみただけじゃないか。僕だって興奮ぐらいするんだよデルデ」

「私の裸を見ても興奮しないくせにー。いい加減抱いてくれてもいいのにー」

「僕は君と夫婦になるのは嫌だって言っているだろ。婚姻の契約はしたけどまだ契っていない。契ったらさすがにもう逃げられないからね。男として責任取らないと」

 デルデはきょとんとする。しかしやがて天を向いて大笑いする。

「あはーはははは。まさか。人間じゃあるまいし。私が処女だからって抱いたくらいで縛り付けたりしないわよ。私は逃がさない自信がある。だから私と契った後でも逃げていいのよー?」

「そういうわけにはいかないだろ。僕は男だ。抱いたらちゃんと責任を取るよ。でも抱かない限りは逃げても責められるいわれは無いからね」

「言い訳のために私を抱かないのー? 夫婦なんだから当たり前だし責任を感じなくていいのにー」

「うるさいなあ。僕は今忙しいんだ。ほら」

 エーリヒがデルデから顔を逸らせ真正面を向く。傾けた顔のすぐ前に鋼の輝きを持つよう加工された竜の剣が突きつけられる。

「貴様あああ……夫婦でノロケるでない。我とさっさと戦って殺されろ。あの世で後から殺すデルデと共にいくらでもおしゃべりさせてやる」

「ほーら怒らせちゃった。デルデ。早く決めなよ。僕は何時間彼に殺されなければ力を認められるのさ?」

「んー、そうねえ」

 デルデは考える振りをする。でもマギラットから言い出すのがわかっていた。

「一分だ。貴様。我から一分生き残れば、吸血鬼の王たちと戦うだけの力があると認めよう」

「一分?」

 エーリヒは下からのぞき込むようにして首を傾げる。

「ずいぶん見くびられたものだね。まあ早い方が楽でいいから僕はいいけど。でも僕はあのデルデから何日も逃げ延びたんだよ? 噂、いや情報で知っているだろう。たった一分で包帯男を仕留められる奴なんてこの世に存在するものか」

「デルデは攻撃力はあるが機動力が足りん。だから逃げる敵を追いつめられん。攻撃の象徴たる刃の血を偉大なる祖から受け継いだデルデに貴様は捉えられずとも、我なら捉えられる」

「へえ?」

 この声は尻上がりで、侮蔑が込められていた。エーリヒの声は笑っているが、包帯男が誰にも負けないよう磨いてきた強さ、逃げる力を馬鹿にされて怒っているらしい。

 それを見ていたデルデはうれしくなった。

(エーリヒもやっぱり男だったのね。馬鹿にされたら怒るしその侮辱した相手を殺したいと思うプライドもある。でも逃げる種族だからそれらを全て押し殺してでも逃げる。そう生きるよう教えられ生きてきた。だから殺されなかった。戦う力だけならきっと殺される。逃げるからこそ包帯男は強い)

 デルデは満足そうににんまりしながらため息をつく。

(でもよかった。私がいくら誘惑しても抱こうとしなかったからちょっと心配していたけど、エーリヒは立派な男だわ。プライドもあるし、男の気持ちをちゃんと持っている。きっとそっけない振りしているけど我慢しているだけ。その内私の誘惑に負けてくれる。やーんどーしよー)

 エーリヒに抱かれるところを妄想してほほに手を当てくねくね腰を振るデルデ。突然そんな事をしだした彼女の隣にいたリリルスはぎょっとして、少し横に移動し距離を取った。

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2014年11月27日

吸血鬼デルデと包帯男(4)魔物の婚姻

吸血鬼デルデと包帯男(4)魔物の婚姻

 吸血鬼の王たる五人しか争えないはずの闘争の儀式。それに王の伴侶である魔物だけは参加出来る。デルデが暴いたその掟の裏を確かめるべくデルデの夫、包帯男のエーリヒと吸血鬼の王であるマギラットとの戦いを行う事になった。

 ケルンたち他の王たちは離れて見ている。円卓のあるこの広間はとても広い。戦うには十分な広さがあった。

 ケルンは隣にいるリリルスに尋ねる。

「ねえリリルス。この広間での戦闘は禁止されている。それは吸血鬼の王しか入れないと思っていた掟に照らして思いこんだだけ。王同士の戦闘は禁止されているけど、王とそれ以外の魔物が戦うのは禁止されていない。だから掟破りにならない。そうだよね」

「そうよ。推測が正しいならね。私は大丈夫だと思うわ」

「どうして王以外の、吸血鬼以外の魔物が戦うのは認められるんだろう。神聖な広間を荒らすなんて許されないんじゃないかな」

「きっと大規模な戦闘にはならないからよ。吸血鬼の王たる者、並の吸血鬼よりはるかに強くあらねばならない。それが吸血鬼どころか他の鬼たちにも劣る、鬼の名を冠しない下級な魔物と戦って負けるなどあり得ない。それどころか激しい戦闘にもならないわ。あっと言う間に制圧出来なくては。よって荒らされるほど激しくならないから大丈夫なのよきっと。円卓からも離れて戦うスペースが十分あるもの」

「ふうん。まああの包帯男って奴は逃げるしか出来ない最弱の魔物だって言われているからね。戦闘にもならないで殺されるだろうけど。でも王の伴侶である魔物がこの闘争に参加出来るというなら、吸血鬼の王たちの戦闘に混じって互角に戦えるぐらい強くなくちゃ意味ないだろ」

「そうね。私の夫ならきっと他の吸血鬼の王たちとも戦えるわ。私がかろうじて勝って夫にしたもの。ものすごく強いわよ」

「僕の妻だってすごく強いよ。王たちの戦闘に参加する資格は十分ある。ならデルデだって強い夫を連れてくるはずさ。でもあの包帯男って奴は弱いとされている」

「どんな敵に出会っても逃げるからね。相手が弱くてもね」

「本当に弱いのかな?」

「え?」

「あのデルデが連れてきて、吸血鬼の王と戦わせるんだよ。夫にして婚姻の契約をしている。それをむざむざ死なせるかな」

「結婚が失敗だったと思ったんじゃないの? 婚姻の契約は死ぬまで有効。人間みたいにほいほい解消出来ない。掟で互いを縛り、代わりに高め合う。だからデルデは夫が死ぬような状況に追いつめわざと死なせて、新しくもっとまともな夫を娶りたいんじゃないかしら」

「そうだといいけど」

 魔物は五感がとても鋭い。だから離れて立っているデルデにも二人の会話は聞こえていた。

 いつもなら夫の自慢、ノロケをしにいそいそと口を挟みそうなものだが。デルデは何も言わずケルンに向かってウインクだけした。

「見ればわかるって事か。包帯男、デルデの自慢の夫が本当に噂通り弱いのか、それとも本当は強いのか」

「弱いに決まっているじゃない」

「リリルス。デルデが、吸血鬼の王が、強さを何より重んじる彼女が、弱い奴を夫に選ぶと思うの?」

「デルデの態度見たでしょ。夫にベタ惚れ。何があったか知らないけれど、デルデは夫のエーリヒを愛している。依存すらしている。なくてはならないほど溺愛している。目が曇っているのよ。人間の恋愛みたいに惚れた腫れたでくっついちゃったのよ。王として許し難い過ちだわ」

「魔物はみんな、異種族の魔物の中で自分と互角以上に強い奴を選んで倒して娶る。それが婚姻だ。最低でも自分と互角。弱い奴なんかと婚姻しない。鬼の位を持つ僕らの種族は男女とも生まれるけど、鬼の位を持つ魔物同士が婚姻しても子供が生まれない。だから掟で禁止されている。いや、掟で禁止されているから子供が出来ないよう呪われるのかな」

「魔物は包帯男なら男、蜘蛛女なら女しか生まれない。必然的に異種族との婚姻を余儀なくされる。鬼は男女共生まれるけど、鬼同士で子供を作れないから同様に、鬼同士の婚姻は出来ない。私たちは鬼ですらない下級な魔物の中から、自分に匹敵するほど成熟した極めて珍しい個体を探して倒し娶らねばならない」

「うん。吸血鬼に並ぶ魔物なんて同じ鬼にもいないのに、その王と互角なんてあり得ない。探し求めてようやく出会って、でも挑めば互角以上だから負けもする。何度も挑んでようやく倒し娶ったってさっきマギラットも言っていたね」

「私も苦労したわ。負けはしないけど互角で引き分けばかり重ねた。あなたは?」

「僕は負けてばかりだったね。見下していた下級な魔物の中にあんなに強い者がいるなんて驚いたよ。あんなの惚れずにいられないや」

「魔物はより強くなるために生きている。そのため互角かそれ以上の強敵と戦い勝つ。負けて死ねばそれまで。逃げきれないほど弱い奴が悪い。デルデは王なのにその座にあぐらをかかず、その魔物の生き様を真摯に貫いた」

「それに比べて僕らは」

「言わないの。終わった事は変えられない。後悔なんて役に立たない。でも未来は変えられる。デルデが目を覚まさせてくれたわ。だから私たちは本当の意味で強くならなくてはならない。伴侶と一緒に戦えるなら、今までも互いの弱い所を補ってきたパートナーだもの。力だけなら成熟を極め力を高めたデルデにかなわないかもしれない。でもデルデはあえて力だけの単純勝負でなく、夫婦の共闘に変えようとしている。私たちと互角に戦い、あまつさえ自分が負けるとしてもね」

「うん。夫婦の絆なら、二人揃えば誰にも負けない。他の王やその夫婦にすらね。単体で完全無欠な魔物なんていやしない。同じ種族と婚姻しても互いの弱点を補えない。だから異種族としか結婚出来ないようになっているんだと思う。夫婦で最強になり、より強い敵とも戦えるようになっているんだ」

「そうね。だから私たちは、力では最強であるデルデとも夫婦なら戦える。きっと勝てる。まずは互角の勝負、同じ土俵に上がるために夫婦で共闘出来るって掟を確かめなくちゃね」

 ケルンはうなずき、リリルスと共に前を向く。

 デルデに指摘されようやく気付いた己の驕り。普通に、先代までのように甘えて力だけの単純勝負をすれば見た目には立派に見える。でも勝ちきれない。掟の裏まで暴いて何が何でも勝ちきらねば今までのように時間切れとなり偉大なる祖の血を統一する悲願は果たせない。

 デルデは絶対に成し遂げると言った。互角以上の敵と戦わないとつまらないというのは半分本音で半分建前だ。本当は、力でかなわないと負けを認め逃げてしまう相手に、死ぬまで戦う誇りと意地を持たせるためなのだ。

 ケルンは卑怯な戦いが信条だ。力で一番劣る血族とされ、自分でも噂に聞く他の王たちよりも力が弱いと自覚している。だからケルンはいざとなったら逃げて、時間一杯逃げきる作戦はすでに立ててあった。

 デルデは時間制限のあるこの闘争の儀式で、いかに自分が強くても敵を全て殺しきれない事を懸念していたのだろう。だから個人の自覚を促し、決着をつけないではいられないよう仕向けているのだ。

 デルデは強い敵と戦う事が生き甲斐の馬鹿だ。しかし馬鹿の戯れ言などに乗せられはしない。その言葉で心が震えはしない。デルデは本音で強敵と戦いたい。血の統一という目的を果たすためには敵が逃げずに死ぬまで戦う決意をさせねばならない。

「包帯男のおかげ、か……」

 ケルンはつぶやく。

 力で敵を打倒し殺してきたデルデ。逃げる敵だろうが卑怯な敵だろうが圧倒的な力でねじ伏せ殺してきたデルデにとって、自分が死力を尽くしても殺しきれない敵と出会ったのはおそらく初めてだろう。

 自分がいくら強くても殺せない敵がいる。時間制限がある闘争の儀式では時間以内に逃げる敵を殺しきれないかもしれない。それでは血の統一を果たせない。デルデはエーリヒと出会い、逃げる敵を殺しきれない現実を知ってようやく、敵が逃げないよう仕向ける必要がある事を悟ったのだ。

 敵に勝つだけなら力だけで足りる。しかし逃げる敵を殺しきるには力だけでは足りない。デルデはそのために他の四人の腑抜けた敵を焚き付けている。かなわない敵からは逃げるという選択があるが、勝てるかもしれない敵に負けを認めて逃げるなど己の強さに誇りがあるならしない。

 闘争の期間中には逃げる事も戦術だろう。しかし全員が、時間切れでなく血の統一を本気で狙えば、時間が切れそうならば逃げでなくいちかばちかの戦略を採る。勝ちに来る。デルデはそう仕向け、時間切れを狙うより玉砕覚悟の最後の賭けに出るよう促している。

 勝てないなら無謀な賭けになど出ない。しかし勝てるかもしれない一手を打たずに逃げを選ぶなどあり得ない。生き延びるためでなく勝つ事を第一に変えられたならば。

 敵をそこまで変えるなど容易ではない。しかしデルデはその困難を成そうとし、それは成功しつつある。単純に力だけで敵を倒すよりはるかに難しい戦いだった。

 だから感服する。今はデルデにかなわない。力だけでなく、知恵でも策略でも決意でも覚悟でも努力でも本気でも、全てがかなわない。

 必ず追いつく。必ず追い越す。そして勝つ。ケルンもリリルスも表情には出さねど決意を固めていた。

 マギラットとエーリヒはみんなからも円卓からも離れ広間の空いている空間で距離を取りにらみ合う。

 マギラットは腰の左右にぶら下げている、幅広の長剣と丸い大きな盾を左右の手に取り構える。

「戦闘体勢を取れ。これは決闘だぞ。構えるまでは仕掛けん」

 エーリヒは構えない。白い包帯を全身に巻き、所々から出ている包帯の端が何本も床にだらりと落ちている。両腕を力無く垂らしてぶらぶらさせている。背を丸め首を傾げながら下からすくうようにして、立派で筋骨たくましい大男のマギラットを見上げている。

「僕は構えない。ううん。これが構えだよマギラット。脱力し、力を入れた時の瞬発力を最大に高める。力を入れていないからどこにでも力を入れられる。どの方向へも遅れる事無く逃げられる」

「様をつけろ格下が。鬼の名を冠しない魔物が魔物の頂点たる吸血鬼の王を呼び捨てなど許さんぞ」

「何言ってるの? 僕は僕を殺す奴以外は尊敬しないよ。尊敬されたきゃ僕を殺して見せなよ。戦う相手に敬称はいらない。掟に定められていない。敬うのは個人の勝手だけどさあ、敬わないのも個人の勝手だよね?」

「貴様あああ……」

 マギラットは牙の生えた歯をきしませる。そして怖い形相でデルデを振り返る。

「デルデ貴様。夫の躾が足りんぞ。何だこの無礼者は。王たる我を相手に敬わぬなど、互角の王以外に許されるものか」

 デルデは腕を組んで笑っている。

「平時ならともかくねー。これは戦いだもん。戦う相手や殺す相手を敬う必要なんかないし、するものでもないでしょ。あんたは敵にぺこぺこしながら殺すの? 尊敬されたきゃ戦って勝ちなさいよ。相手に自分を認めさせなさい。それも出来ないほど弱いのー?」

「ほざけ。我は誰よりも強いのだ。貴様よりもなデルデ」

「そうー? そうなってくれればうれしいんだけどなー。私は自分より強い敵と戦い勝つ事が何より楽しい。今まで何度味わってもやめられない極上の勝利よ。苦労する価値も、命を賭ける価値もある。命で買う美酒よ。お金では買えないって奴ね。人間の血なんてただの食事。おいしいけど強敵を倒した勝利の美酒にはかなわないわ。あんたは知らないだろうけどねー」

「勝利の美酒ぐらい知っておるわ」

 マギラットはたしかに自分より強い敵と戦い勝った事はある。しかしそれは無鉄砲で弱い子供の内だけだ。周りみんなが自分より強い敵だったから無理をしてでも戦うしかなかった。

 大人に成熟してからは、王の立場だ正々堂々とした戦いだとか言い訳を並べて、自分よりはるかに強い敵に無謀な戦いを挑む事はしなくなった。

 それを賢くなったと思っていた。でも逆だ。愚かだったのだ。

 強さとは自分より強い者を打ち倒して成熟した結果だ。自分とせいぜい同じくらいの強さの者としか戦わないでは成熟しない。だから人間の老化に見える歪んだ成熟をしてしまった。中年の姿をしたマギラットは自分の容姿と成熟が恥ずかしくてたまらなかった。

 今まで誇っていたのに。老練で賢いとうそぶいていた。本当の成熟は、強さは、人間で言う二十代の若さでより美しく妖しく魅力を深めるものだ。デルデはとても若く美しい。これ以上無く正しく成熟している。

 うらやましい。遅れを取った。過ちを犯した。しかし考えを改めた。敵に教えられようやく気付くとは情けない。

 それでも取り返しはつく。デルデはかなわないほど力の離れた強敵だ。そんな強敵とばかり挑み戦い勝ってきたデルデを見習い、自分もデルデという圧倒的強者に何としてでも食らいつき勝ってみせる。

 マギラットは口ではいつも通り尊大だが、その目を見れば決意が変わったのが見て取れる。デルデもいつもの調子だが、マギラットの心境の変化に満足していた。

(きっと強くなる。マギラットだけでなく他の王たちも。私が戦い勝つにふさわしい強敵となって私を脅かしてくれるだろう。そんな強敵たちを制限ある時間と掟の中で全員必ず殺す。一人も逃さず時間切れまで粘らせない。殺しきる。そうして初めて私は次へ行ける)

 マギラットたちはデルデという強敵を目標に、この闘争を最終目的としている。しかしデルデにとっては通過点にしか過ぎない。この程度の試練を乗り越えられなければ次へはいけない。

 吸血鬼を頂点としてその王が最強であるこの魔物の世界。すでに頂点に立ってしまった世界に見切りをつけ、未知なる強敵を求めて旅立つ。

 これはけじめだ。偉大なる祖の血を一つにして祖の再来を成し遂げる。偉大なる祖に並ぶ存在となる。他の魔物全てがまったくかなわず届かずかけ離れた至高の存在となる。

 吸血鬼として生まれ王と選ばれたからには、その使命を果たすのは義務であり逃げてはいけない。五つの血族に分かれて以来どんなに優れた王にも成し遂げられなかったこの偉業ぐらい成し遂げられなくて何が通過点か。

 デルデだけは他の王とは違う。その先にある未知の世界や想像もつかない強敵との戦いを夢見ている。

 旅立ちの前の最後の大暴れだ。最強の敵たちと最高の戦いをしておきたい。吸血鬼に、自分の種族にも世界にも見切りをつける。今まで育ててくれた恩返しに、誰にも出来なかった悲願を最高の形で成し遂げたい。

 ただ単に、力を磨いてこなかった他の王たちに勝つのは簡単だ。しかし逃げられ時間切れになってはおしまいだ。それをさせないためには拮抗が必要条件となる。勝つか負けるかの勝負において逃げを選ぶ臆病者など一人もいない。圧倒的な力の差があるままではきっとかなわないと怖じ気て逃げられてしまう。

 デルデはエーリヒに出会い逃げられ捕まえた。逃げる執念、生き延びる強さを知り、力の強さだけでは殺せない相手がいるのを知った事が一番の収穫だった。

 勝てそうなら勝つために戦う。どうやっても勝てないと弱腰になれば逃げられる。デルデは四人の王を必ず殺すためには殺されそうになっても逃げずに向かってきてもらわねばならない。敵と拮抗するのは殺すための最低条件だった。

 相手が弱いと逃げる。逃げると殺しきれない。エーリヒと戦い、自分より弱い者でも逃げきり生き延びるだけの強さがある場合殺しきれないと知った。それを学んだ。

 デルデは絶対に敵の王たちを全員殺す。失敗は許されない。そのためにこんな回りくどい事をしているのだ。格下相手に。

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2014年11月25日

吸血鬼デルデと包帯男(3)王の伴侶

吸血鬼デルデと包帯男(3)王の伴侶

 デルデの言葉にみんなしんとする。それぞれ思う所があるようだ。

 自分の持つ王たる者のあるべき姿。それを否定され押しつけられた。しかし怒り以上にうらやましく思う。自分より強い敵を自ら求め挑みそれに勝つ。そう生きられたら最高だろう。魔物は自分より強い者を倒して初めて成熟が進む。自分より弱い相手といくら戦っても成熟せず成長出来ない。

 みんな若い頃は無鉄砲だった。自分より強い敵に挑み戦い乗り越え強くなっていった。そうして成熟を進めて大人になったのだ。

 大人になり、王の自覚と責任を背負うようになってからは、若い頃のように無謀な真似は出来ない。王は生きて血族を率いねばならない。死ぬような敵と戦うのは配下の者に諫められ自由には出来ない。

 いや、本当は自由に出来る。デルデは配下にどれほど戒められようが構わず奔放に、強敵を求め旅し挑みそして勝ってきた。

 だから最強。誰もが認める吸血鬼の中で一番の強者。他の四人の王よりも力が強いと噂されている。誰もがそれを否定出来ない。

 王の立場と責任を言い訳に、自分よりも強い敵と戦うのを避けてきた。かろうじてリリルスはまだ強者と戦い美しく成熟しているが、デルデの足下にも及ばない。彼女は何とか勝てる程度の相手とだけ選んで戦ってきた。デルデのようにどうあがいても勝てないような強敵に挑んで乗り越えるなど、若い頃にしかしなかった。

 デルデは馬鹿で子供のままだ。しかし強者と戦う事で成熟する魔物は本来こうあるべきなのだ。賢く勝てる相手にだけ挑むのは人間のような下等な生物が生き残るための手段だ。魔物は強い敵に勝つほど成熟し力を増す。ならかなわないような強者に挑むのは間違いではない。むしろ正しい。

 それを実践してきたデルデはとても強く成熟し、群を抜いている。他の四人の王たちが弱くて自分に及ばないとうぬぼれる、いや他を見下し軽蔑するのは当然だった。

 自分以上の敵を求め勝ってきたデルデが、自分より弱いであろう王たちと戦う。これはひどくつまらなく、そしてやりたくも無い弱い者虐めだ。だからデルデは煽ってでも他の四人に強くなってもらい、自分と同じ土俵で戦う強者になってほしいと願う。

 敵にそこまで見下され、求められ、助けられる。他の四人の王たちはとてもみじめな気持ちだった。

 デルデに怒るのは簡単だ。しかし自分のふがいなさが敵にここまで言わせてしまった。情けな過ぎて泣けてくる。誰もデルデに反論しなかった。

 強い敵と戦い成熟した振りをしながら、その実何とか勝てそうな相手としか戦わなかったリリルス。

 正々堂々をモットーとし、しかしその脆さを突く卑怯な敵には負けても潔しとのたまい敗北を重ねたせいで、成熟が老化のように歪んでしまったマギラット。

 吸血鬼を始めとした魔物の研究を筆頭に、興味があれば何であろうと貪欲に研究し知識を蓄えきたハイアーク。研究に必要な魔物であれば自ら捕獲や殺害しに行く。しかし自分より強い敵は研究に必要無いと言い訳して戦いを避けていたせいで成熟が足りず少女の姿をしている。

 そしてケルン。成熟が足りず少年の姿をしている。卑怯な事をモットーとし、マギラットとは正反対だ。卑怯な真似をしても勝てない敵には負けたり逃げたりする。五人の王の中で一番力が弱いとされる血族ゆえに力でまともにぶつかり勝つ事をしない。卑怯な手で姑息に勝ったところで力でねじ伏せた事にはならず、成熟はろくに進まなかった。

 デルデは口が悪く傲慢で、いらぬお世話をしている。しかしその言葉は真実で、四人の王たちは自分の生き方を恥じた。

 もし自分がデルデなら……どんなに立派な言い訳をしようが力を磨く努力を怠ってきた四人の王たちと自分が並べられるのは我慢出来ないだろう。何より誇る自分の力に対するあざけりにも等しい。耐えられる物ではない。

 かといって、もう偉大なる祖の血を賭けた闘争の儀式は始まったのだ。それ以前に王同士が接触を持つ事は禁止されているので、戦闘が始まる前のこの円卓の会談において渇を入れるのが、デルデに出来る精一杯だった。

 目の前で口にする言葉には力が宿る。演説がただの文章や映像よりも人の心に響くのは口から発する言葉にはそれらにない生きた力が宿っているからだ。

 素晴らしい忠告をいくら文書で読んでも相手にしなかっただろうが、目の前でデルデが言えばそれは必ず他の四人の王の心に響く。震わせる。届く。そして変える力がある。デルデはそう信じていた。

 長い沈黙。夫のエーリヒと打ち合わせた通り。しかしそれ以前に、デルデは自分自身で理解していた。

 心を、生き様を、信念を変えるのは容易ではない。他人に何を言われ心が震えようが簡単にはいかない。しかし四人の王たちは必死に心の中で葛藤している。これ以上口を挟むべきでも急かすべきでもない。

 とても長い静寂。沈思黙考。葛藤苦悩。座っていたハイアークを含め全員が立っていた。その果てに、四人の王の一人が口を開いた。

「僕は」

 ケルンがささやく。しかしはっきりと、他の王たちはその言葉を聞いた。

「僕の血族は、偉大なる王から直接血を与えられた五人の中で最後だった。他の血族からは残りかすしか与えられなかったと馬鹿にされている。力が五人の王の中で一番弱いのがその証拠だ。しかし僕は違うと思う」

 ケルンは顔を上げる。微笑んでいるデルデとにらみ合う。

「僕は、偉大なる祖が他の四人に与えたくても与えられなかった一番大事な力を、最後の一人にやむなく渡したのだと思う。本当は五人の中には誰もそれを授かる資格が無かった。しかし偉大なる祖は自分で血を保持する事なく他の五人に渡して世を去る事にした。だから与えるしかなかった。今はそれを授かる資格が無いから発動しない。でもきっと、それを持つ資格のある王が現れればその力が発揮される」

 デルデは見下したように笑い、自分より背の低いケルンを見下ろす。

「へえー。新しい解釈ねえ。偉大なる祖が与えたくても誰にも与えられなかった力。それを最後の一人にしぶしぶ与えた。でもそれを授かる資格が無いから今までその力は発揮されなかった。それで? その力って何なの?」

「わからないよ。僕にはわからない。でもきっと、僕の中にはまだ僕が授かる資格の無い素晴らしい力が眠っていると思う」

「あはーはははは!」

 デルデが大笑いして拍手する。

「いいわよいいわよその調子。卑怯があんたのモットーだもんね。はったりでも何でもかまして、一番弱い血族だけど本当は力も強いんだってびびらせておかないとね」

「はったりじゃない。予感だ。僕にも知覚出来ないけど、きっと偉大なる祖が授けてくれた未知の力が僕にはある」

「はいはい」

 デルデは取り合わない。ケルンもそれ以上主張しない。

 デルデは信じていないのだろうか? それとも信じているが、強がっているだけなのか?

 わからない。ケルンは血族の中のみそっかすだと他の血族に馬鹿にされている事に対して卑屈な強がりを言っているだけかもしれない。

 これすら戦略。戦闘でなく会話しか出来ない円卓の会談において出来る、相手の心を刺す戦い方。

 他の王たちは信じていないようだが、それでもいい。やらないよりまし。やるだけやる。それでいいじゃないか。みっともないとか無駄とか言って手を尽くさないのは負けたときの言い訳をせっせと用意しているに過ぎない。

 マギラットは口しか使えないこの戦いに不得手だ。何を言っていいかわからない。しかし何かを言おうと口を開く。

「デルデ。赤と黒の衣をまとうのは偉大なる祖にのみ許されている。なのにその色を組み合わせたマントを着てくるとはどういうつもりだ」

「あはー。これ?」

 デルデはこれみよがしに、表地が深い黒、そして裏地が飲み込まれるような血の赤色をしたマントを両腕でなびかせる。

「これもみんなを煽るためよ。今のままでは私が血を統一して偉大なる祖の再来になるのは確実。だから先走ってマントをまとってきちゃった。力と誇りが漲るわあ。すぐ脱ぐつもりだったけどこれ気に入っちゃった。何か別格って感じ! 気持ちいいからこのまままとっていよっかなあ」

「ふざけるな。勝敗が決するまでは脱げ」

「やだもーん。そう言われると脱ぎたくなーい。私にこのマントを脱がせたかったら私に勝って見せなさい。そうしたら脱いであげる」

「いいだろう。貴様は耐えられん。我が殺してそのマントをはぎ取ってくれるわ」

「やーん。死姦趣味? 私の身体はエーリヒの物なんだからー。処女の死体をひんむくなんてスケベー」

「ふざけるなよ貴様。そんな事するものか。ええい黙らせてやる。会談はこれにて終了だ。初戦は我とデルデが戦う。それでいいなみなの者」

 ケルンがすぐに反論する。

「いいわけないだろ。今のまま力でぶつかり合えばデルデが勝つ。彼女と互角に戦える土俵を作り上げるのがこの会談だ。会う事を禁じられていた王たちが初めて顔を合わせる以上の役割がこの会談にはあるんだよ」

 デルデもうなずく。

「そうそう。なのに今までの王たちは顔を合わせて意気を上げるだの不明確な詳細まで詰めるだけだの無駄にしちゃって。この会談は力だけなら差のある王たちがいかに互角に戦えるようにするかその土俵、つまりルールを作るための物なのよ。ただの力のぶつかり合いだけならこんなの必要無いわ。互いの顔は映像や写真でわかっているもの。戦場でまみえれば十分よ」

 リリルスもうなずく。

「ええ。この会談は詳細を詰めるためでなく、戦いのルールその物を大きく変えて、力だけなら差がある王たちの誰でも勝てるようにするためにあるのね」

「そうそう」

 デルデはうなずきながら、リリルスに向かってウインクする。

「その口振りだと、気付いたようね」

「ええ。あなたは夫のエーリヒをわざわざ連れてきた。王しか入れないこの広間に他の魔物を連れてきた意味をね」

 マギラットが口を挟む。

「デルデは夫の包帯男にぞっこんだと聞いておる。ただ夫の自慢がしたくて掟破りをしたのではないのか?」

「そんなわけないでしょ。マギラット。あなたは正々堂々とした戦いをしてきた。それは建前。本当はこういう頭を使った知謀策謀が苦手なだけでしょ。慣れないから仕方ないけど、賢い振りを装うためにいらない口出ししないでちょうだい」

 頭が悪いと言われている。大変な侮辱だ。マギラットはいつものように声を大にして抗議したいが、大きく開いた口を自らつぐみ、振り上げた拳をわなわなと下ろす。

「それでいいのよ」

 今は美しく成熟しているリリルスにも力でかなわないだろう。中年に見えるように歪んだ成熟をした自分を恥じる。マギラットは先のデルデの言葉に感銘を受け、自分のいたらなさを反省している。腹が立ってしょうがないがそれでも飲み込み我慢しなければならない。

(今に目に物見せてくれるわリリルスめ。デルデを始末したら、次は貴様だぞ)

 リリルスはにらみつけるマギラットを平然と冷たく見つめる。そしてデルデの方に顔を向けて語り出す。

「王しか入れぬこの広間に、他の魔物が入れた。掟にはそういう隠された穴、いえルールがある。掟の裏側。裏の掟。どうせ他の魔物も試したんでしょ? でも入れなかった。違う?」

「違わなーい。あはーはははは見破るかー。そうこなくっちゃー。他の魔物も試すために連れてきたんだけどね。無理だった。偉大なる祖が作った血の掟には誰も逆らえない。掟は力を持つわ。夫のエーリヒ以外の魔物は掟の力に守られたこの広間に入れず弾かれちゃったー」

 デルデはからから笑う。リリルスはすました顔のまま淡々と話す。デルデの思い通りに事が進んでいるのが気に食わないが、デルデに勝つためには必要な事なのだ。

「つまり、王の伴侶だけはこの王しか入れない広間に入れる。そういう事よね」

「そういう事。それはつまり?」

「王しか参加出来ないこの戦いに、王の伴侶も参加出来る」

「正解!」

 デルデはリリルスを指さして笑う。リリルスは指さされる無礼を相手にしない。

 マギラットが叫ぶ。

「何を言っておるのだリリルス。貴様我が妻をこの戦いに巻き込むつもりか?」

 リリルスはとても冷たい目でマギラットをにらむ。

「妻が殺されるのが怖い? 勝つ事も、守る事も出来ないのかしら?」

「ふざけるな。我は妻を死んでも守る。守り抜く。結婚するときそれを誓ったのだ。死んでも果たす約束だ」

 マギラットは安全なはずの妻の命が危険にさらされもう冷静ではいられなかった。

「なら守って見せなさいな。デルデは王しか入れないこの広間に伴侶を連れ込む事で、吸血鬼の王しか参加出来ないと思われていたこの闘争に、伴侶という別種族の魔物を参加させられるという掟の裏を暴いたわ。私は賛成。魔物は自分と同じくらい強い敵を負かして伴侶とする。だから吸血鬼と並ぶほど強い。鬼の名を冠していない魔物でも成熟すれば吸血鬼に匹敵する。あなたの奥さんはそうじゃないのかしら?」

「ふざけるな。我が妻は強い。我が何度も挑んでようやく倒し結婚してもらったほどの強者だぞ」

「あなたは弱いわマギラット。血族の中で三番目に血を与えられた。それが力の順位を決めている。実際その通りだと思うわ。少なくともこの場にいる王の力の差はね」

 血族の中で二番目に祖の血を与えられたリリルスは、三番目に血を与えられたマギラットより強いと自負していた。

「貴様。我を侮辱するのは何人にも許さん。我が妻を侮辱するのはさらに許さん。ええい。デルデより先に貴様を殺してくれる。我が挑戦をもちろん受けるだろうなあ?」

「あなたはすぐ熱くなるから黙っていて。祖の血を奪えば強くなる。だから誰が誰と戦い血を奪うかはとても大事よ。あなた一人で勝手に決めるんじゃないわよ」

「貴様あああ……」

 マギラットは何度怒りに耐えるのだろう。しかし我慢するしかない。対戦の順序、つまり血を奪って強くなる順序はとても大事だ。祖の血を奪えばデルデよりも強くなれる。誰もがデルデとぶつかる前に誰かの血を奪って強化したいのだ。一人が勝手に決めるなど出来はしない。

「あはーはははは。まあまあ。一つずつ解決しましょ」

 デルデが手を広げて両者の前で振る。リリルスとマギラットは怒りに顔を歪ませながらも黙る。

「私はエーリヒをこの広間に連れ込める事、そしてそれ以外の魔物が入れない事を確認したわ。同様に、この闘争にも王の伴侶は参加出来ると思う。リリルスも推測した通りにね」

「そうとは限らんぞ。広間には入れても、戦闘には参加出来んかもしれん」

「掟を破ったら王は祖の血を転移される。そして他の魔物ならその代わりに死ぬ。掟の力によってね。あなたたち、自分の奥さんや旦那さんで試すの怖いでしょ? だから私の旦那様で試してあげる。それならいいでしょ?」

「いいわけあるかこのたわけが。この広間での戦闘は禁止されておる」

「それは王同士の戦闘でしょ? 王と伴侶の戦闘なら問題無いわ。きっとね」

「貴様。大事な夫を実験台にするつもりか」

「エーリヒは認めているわよ。了承済み」

 それを聞いて、天井から声がする。

「僕は嫌だなあ」

「こらエーリヒ」

 はるか遠くに見える天井の梁から魔物が顔を出す。人型で、全身が白い包帯に覆われた包帯男だ。包帯の端が何本も風になびくようにふわふわ浮いているが、風の無いこの屋内で包帯は自分自身で動いている。

 白い包帯から目だけがのぞく。瞼も見えないし瞬きもしない。眼球だけが闇に浮かんでいるようにぎょろりと見える。

「降りてらっしゃいエーリヒ。いい子だから」

「僕、そうやって子供扱いされるの嫌いだなあ」

「本当はうれしいくせにー。照れちゃってー」

 デルデが手招きする。包帯男という魔物であるエーリヒは、包帯を一本手から伸ばして梁に巻き付け、蜘蛛が降りてくるようにするするとゆっくり降りてくる。手と梁を繋ぐ包帯はいくらでも伸び、尽きる事が無いようだ。

 デルデはエーリヒが降りてくるのが遅いので、待っている間に話を進める。

「さてマギラット。血の気が多くてすぐに怒るあんたはちょっと血の気を抜いた方がいいんじゃない?」

「この広間での戦闘は禁止されておる。我を掟破りで失格にするつもりか」

「んー、そんな事ならないってー。大丈夫大丈夫。でもあんたがびびっているなら他の誰かでもいいよー?」

「誰が恐れる物か。たしかに掟では王しか集まらぬこの広間での戦闘を禁止している。しかしそれはつまり、王同士の戦いを禁止しているという事だ。王以外の魔物は入れない。王の伴侶だけが入れるならば、吸血鬼ではない魔物だから戦える」

「そういう事。もちろん試すからにはリスクはある。でも大丈夫だと思うから試すのよ。危険な事を無理して試す場面でも無いしね。マギラットは怖いんだってー。他に誰かやる?」

 デルデは周りを振り返る。リリルスを初め他の三人とも手を挙げている。デルデの言葉を信じたわけではなく、自分で考え大丈夫だと判断したのだ。

 吸血鬼の王同士で戦おうと言うのに、吸血鬼でも王でも鬼でもない魔物を恐れるなど王として恥だ。だから誰も引けなかった。リスクはあろうとも低いと判断した。

 当然、マギラット一人が拒否すれば彼一人が臆病者とみなされる。そんな事をプライドの高い彼が許せるはずもなかった。

「ええい。やらぬとは言っておらぬだろうが。我はやるぞ。吸血鬼でない魔物など恐れるに足りん」

「あんたの妻だって鬼の名を冠しない下級な魔物じゃない」

「魔物は成熟するほど強い。種族に関係なくな。我の妻は強い。王たるもの成熟して自分に匹敵するほど強い魔物に挑んで勝ち娶るものだ」

「よくわかっているじゃない」

 デルデはふふんと笑う。

「包帯男など、逃げるしか能の無い臆病な下級魔物が。そんな弱い魔物を吸血鬼が伴侶にするなど聞いた事も無いわ」

「エーリヒは強いわよ。どんな強敵からも必ず逃げ延び生き延びる。倒して捕獲するのとても大変だったわー。おかげで最強の伴侶が得られたのよ」

「最弱だろうが。脆弱な、逃げるだけしか能のない魔物を吸血鬼の伴侶に迎えおって。この恥晒しが」

「戦えばわかるわよ。彼は本当に強いんだから。まずあんたには殺せないわね」

「ほざけたわけが。我がエーリヒと戦う。本当にこの闘争に王の伴侶が参加出来るか試してやるわ。ついでにこの広間で王と他の魔物の戦いが可能かどうかも試してくれる」

「あはーはははは。大丈夫と踏んだから連れてきた。戦わせる。エーリヒに死なれたら困るし、闘争から失格しても困るもの。私はあんたを巻き添えに失格させるなんて真似はしないわ。ただ掟の裏を暴いて、全員が掟すら利用した全力の戦いをしたいだけよ」

「我がエーリヒと戦うのに文句のある者はおるまいなあ?」

 マギラットはデルデを初め全員をにらむ。エーリヒとの対戦に手を挙げていた三人の王たちはみんな手を下げる。

 デルデなり他の王なりと戦う順番はとても重要だ。十分納得行く物でなければ了承しない。しかし王の伴侶である魔物と戦うなどどうでもいい。その程度の権利をくれてやっても痛くも何とも無い。

 もしも推測が外れてこれが掟破りとなるなら儲け物だ。掟破りをしたマギラットは失格となり身体の中から祖の血が失われる。

 祖の血は誰の中に転移されるだろうか。やはりこう仕向けたデルデだろうか。

 それはリスクではあるが、おそらく起こり得ない。だから了承する。その可能性が高いならケルンたちはそれを何としても阻止しないといけないが、可能性はほぼ無いので受け入れる事にした。

「決まりだなあ。我が貴様の夫を殺しても恨むなよデルデ? いいや恨んでいいぞ。そして我と戦うのだ。初戦でな」

「殺せないってー。私でも殺せなかったんだよ? あはーはははは。包帯男を殺せるものなら殺して見せてよ。見たい見たーい」

 天井の梁から包帯を伸ばしてここまでゆっくり降りてきたエーリヒがようやく着地する。包帯をゆっくり引き戻して手に納めていく。

 あれだけ長く出していたのに腕や身体に巻かれた包帯はまったく減っていなかった。包帯が伸びるのか、それともあのぐるぐる巻きの包帯の下に相当量の包帯が隠されているのか。見ても区別がつかなかった。

「やれやれ。デルデは僕に死んで欲しいんだね。そんなに僕が嫌いなら出ていくからさ。婚姻の契約を解除してよ。僕行くからさ」

「ううんいけずー。魔物の婚姻は契約。死ぬまで一緒。解除なんて出来ないって知っているくせにー」

「僕は逃げるよ。君に一生会えない場所までね。婚姻は解消出来なくても別居は出来る。永遠に別居しようよデルデ。僕、君の顔毎日見るの嫌だなあ」

「ううんいけずー。私はエーリヒの顔を毎日見るの大好きー」

 デルデはエーリヒに抱きつき、包帯が巻かれたすべすべの頭にほほをこすりつける。吸血鬼の中で最強と名高いデルデがまるで猫のように夫に甘える姿は気持ち悪くて、みんな目を逸らした。

「夫婦中は最悪のようだな」

「ううん。最良熱愛ラブラブよー」

「ほざけ。我がエーリヒを殺してくれるわ。永遠に顔を見られなくしてやろう」

「僕は殺されないよ。どんな強敵相手でもね。今はデルデから逃げられないから夫婦の義務として従っている。でも僕は誰にも殺されない。逃げるのは生きるためだ。それに特化して生き延びてきた魔物、包帯男は吸血鬼だろうが王だろうが殺せやしないよ」

「たわけが。包帯男などどんな弱い敵からも常に逃げる最弱の魔物と言われておる。吸血鬼の王たる我と戦い生き延びられると思っておるのか?」

「思っているよ。君はデルデほど怖くないからね」

 マギラットは牙をむいてエーリヒを睨みつける。エーリヒは包帯の隙間の闇から見える二つの目玉でぎょろりとにらむ。瞼が見えないからにらんでいるのかわからない。滑稽な姿だった。

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2014年11月24日

吸血鬼デルデと包帯男(2)掟と掟破り

吸血鬼デルデと包帯男(2)掟と掟破り

 吸血鬼は魔物の最上位に位置する。厳密には吸血鬼と、他に鬼の名を冠する魔物たちは互角の位を持ち優劣付け難い事になっている。しかし実際には同じ鬼の名を冠する魔物たちでも吸血鬼にはかなわない。それほどまでに力の差がある。

 五つに血を分け弱めてもこれだ。もし分かれた血が一つに集まれば、どれほど強くなるのか想像もつかない。

 五つの分かれた血を再び一つに。吸血鬼全員の悲願であるが、長い歴史の中でそれが果たされた事はない。

 偉大なる祖の血を受け継ぐ五つの血族。その血を身に宿す五人の王たち。一生に一度だけ王たちが命と血を賭け戦う闘争の儀式。神聖なるこの儀式は多くの掟に縛られている。

 今までどんな王でさえ掟を破った事など無い。それを破った者がいた。デルデ。力だけなら五人の王の中で最強と言われている。つまりあらゆる魔物の頂点に立つ。

 名目的には五人の王は対等だ。この闘争の儀式はいつの時代も成就する事無く、二人以上の王が生き残って時間切れで終結した。

 他の王を殺した王の中に祖の血は転移する。それを得ればその分強くなる。しかし闘争の儀式が終わり血が統一されなかった場合、祖の血は再び転移し、元の血族の中で次なる王となるべき者へ移ってしまう。

 闘争の儀式で他の四人全てを殺して血を奪えなければ偉大なる祖の再来とはなり得ない。奪った血を持ち続ける事は出来ず、転移を防ぐ事は出来ない。

 神聖なる儀式において、掟破りがどうなるか。デルデとて知らないわけではあるまい。なのに掟に違反するなど正気の沙汰ではない。

 遅れてきた女、デルデは本来まとう事を許されぬ赤と黒を組み合わせたマントをなびかせて手を振る。

「まあまあ。マギラット。この闘争の儀式の最初、円卓での会談では戦闘は禁止されているでしょ。さすがにそれを破ったら闘争に参加する資格を失うわ。私の中の祖の血が転移し、他の王に移っちゃう」

「掟違反をいくつもしておいてよくもぬけぬけと。この後に及んで掟に従うと言うのか」

 若いがこの中で唯一中年と言える風貌を持つマギラットは曲がった事が大嫌いだ。掟を破るなどもっての他だ。許せない。今にもデルデに殴りかかろうとせんばかりに両の拳をぶんぶん振るっている。

 デルデは再び笑って手を振る。座れと手で合図する。まるで子供をあやすように。マギラットの怒りは頂点に達する。

「貴様よもや、生きて帰れるなどと思っておらんだろうな」

「よいしょっと」

 デルデは怒るマギラットを相手せず、空席だった自分のイスへ腰を下ろす。

「うはー。大きい。大きすぎるわこのイス。王らしいわね。座るだけで心も身体も清められるわー」

 デルデはまるで人間が温泉にでも浸かるように満足げなため息をもらす。

「そんな効果無いわよ」

 人間で言えば二十代の美しい女性に見えるリリルスがつぶやく。

「あんたは感じないの?」

「感じないわよ」

「へえー」

 デルデはにやにやとリリルスを見つめる。

 どうせはったりだ。真の王だけがこのイスに座ると何か神聖な物を感じる。そう言いたいのだろうがリリルスは相手しなかった。

 放っておかれたマギラットが再び口を開こうとする。しかし少年の容姿をした男ケルンに首を左右に振られ手で示されると、憮然とした表情のまま口をつぐみ、腕を組んでどすんとイスに座る。

「そうそう。話し合いだもんねー。あはーはははは。立ってちゃ話が出来なーい。ねーエーリヒ」

 デルデは笑顔で上を見る。はるかに高い天井の梁の上に、包帯を全身に巻いた姿の包帯男という魔物、エーリヒがいる。

「僕の事はとりあえず忘れなよ。必要なときには口を開くよ。でも王たちの会談だろ。僕は必要無い限り口を出さない」

「えー。いつもみたいに一緒におしゃべりしたいしたいー」

「君が一方的にしゃべりまくるだけだろ」

 デルデが口を尖らせその後もいろいろノロケに聞こえる事をあれこれ言うが、エーリヒは梁の影に引っ込んで姿も見せなければ口も利かなかった。

「んもー。いっつも無愛想なんだから。夫婦なんだから照れなくてもいいのにー」

 デルデはほほに手を当てくねくねと身をよじる。

 リリルスが口を開く。

「闘争の儀式の始まり、五人の王が初めて顔を合わせる円卓の会談。たしかに時間は限られていないわ。でもデルデ。あなたの夫婦生活だの何だの誰も興味無いの。関係無い話で引き延ばして儀式の時間切れを狙っているの?」

「まさかー。時間なんて余りまくるわよ。私が全員瞬殺しちゃうんだからー」

 デルデはやーねーと言った顔で手をひらひらと振る。王同士が戦って瞬殺などあり得ない。力の差はあれどそれは覆す事が可能な程度しか離れていない。

 全員内心穏やかではないが、デルデが奔放で自分の強さにうぬぼれ、他の王すら見下す傲慢さを持つのはみんな知っている。

「話が進まないだろ。ちゃっちゃと進めちゃっていいかな?」

 ケルンは気だるげで、イスに深々と寝るように座っている。みんなの顔をじろりと見渡す。

 単純な力でいえばデルデがこの中で一番上だ。彼女の好きにさせてはいけない。力でぶつかる前のこの会談においてまでデルデが一番なのは気に食わない。

「デルデ。お前さあ、掟の限界を試すためにわざと遅れて来たんだよね? それで失格になって体内から祖の血が転移したらどうするのさ」

「大丈夫大丈夫。エーリヒと二人で十分検討して、安全そうなのとやばそうなのを分けたから。やばそうな違反は絶対犯さないってばー」

「安全かどうかなんて誰にもわからないだろ。誰も試した事が無いんだから」

「大丈夫だったでしょ? 祖の血は私の中にある。失われたらこの闘争の間は、必ず生きている他の王の中に転移する。みんなわかっているでしょ」

 わかっている。だからみんな不満なのだ。掟破りをすでにいくつも重ねたデルデがなぜ失格しないのだ。

「遅れてくるなんて何の意味があるのさ」

「んー。私が答えてもいいけどさー。気付いた人が教えてあげたら? 誰も気付かないほど馬鹿しかいないなら、これ以上会談なんかせずすぐ戦おうよ。頭使う会談なんか無理でしょ?」

「貴様……」

 マギラットが怒りを振りまいても話が進まなくなるだけだ。この場は話し合いであり戦闘は禁じられている。マギラットがいくら怒っても拳一つ相手にぶつける事が出来ないのだ。

 だからマギラットは、さっきケルンに制されたせいもあって黙っている。デルデにこう言われてはそもそも、気付いていない者が発言するのははばかられた。

「僕はわからないな。降参」

 ケルンは両手を上げて目を瞑る。

「本当か貴様」

 マギラットがぎろりとにらむ。

「さあね。でも僕が嘘をついても、何のペナルティも無い。僕の中の祖の血は失われていない」

「それは本当はわかっていて嘘をついていると言う事か?」

「さあね」

 マギラットは本当にわからない。もちろん嘘をついて誤魔化すなど王として恥だ。マギラットは本当にわかっていないので、わかっていないと言いながらわかっている振りをするケルンの姑息さに腹が立つ。

 リリルスは無言で、ポットからカップへコーヒーを注いで飲む。みんな自分のポットとカップが自分の前にあるが、他の誰も手をつけていない。

「あ、ずるーい。私も私もー」

「デルデ。あなたが遅れてくるから用意してないわよ。もっとも、王たる私がせっかくいれてあげたのに誰も飲もうとしないけどね」

「飲まないならちょうだい」

 デルデは隣の席にいるマギラットの前からコーヒーの入ったポットとカップを奪う。

「貴様」

「飲むの?」

「飲むわけないだろう。このたわけが。敵のいれた飲み物など飲めるか」

「毒が入っているから?」

 マギラットが腕を組んだままびくりとする。

「いやねえ。毒なんか入れてないって言っているのに」

 リリルスが笑う。

「円卓で毒殺出来るなら楽よね。今までそれを試みた王の誰かは、毒が効かなくて驚いたんじゃないかしら?」

 デルデはコーヒーをポットからカップへ注ぐと、熱いそれを躊躇無く飲み干した。

「うーんおいしい! 人間の血と違って味もそっけも無いけど、この味がわかるのが通よねえ」

 デルデはにやにやしながらリリルスを見る。リリルスは笑顔を微塵も崩さなかった。

「そうよ。人間の作る食べ物や飲み物。その中で特に上質な物だけは味わう価値があるわ。人間の血と違って空腹を満たせないけどね」

「リリルス。王は祖の血を持つから血の力が特に強い。吸血鬼に効く最強の毒でもまったく効かないわよ。他の吸血鬼とは違うのよ」

「何の事? 毒なんか入れてないでしょ。毒の味はしなかったでしょ」

「えー、したよ。ねー。みんなも飲んでみなよー。わかるからー。毒のフレーバーって苦ーい」

「侮辱だわ。王たる私が毒を盛るなどするわけが無い。私に殺されたいの?」

「挑発に乗ってくれればねー」

 デルデもリリルスもにらみ合いながら笑っている。

 他の三人は笑う二人をじっと観察する。特におかしな感じはしない。二人とも。

 単にデルデの挑発なのか? リリルスを侮辱し怒らせて、自分と戦うように仕向けたいのか?

 リリルスが本当に毒を盛っていたなら。もちろん自分の分だけは毒を入れていない。吸血鬼の王の血すら冒す毒など聞いた事も無い。しかしリリルスがそれを手に入れコーヒーに仕込んでいた疑いは晴れない。

 確かめるには自分で飲んでみるしかない。そうすれば毒が入っているかわかる。

 もし毒を仕込んでいるなら。それは王が気付いてももうどうしようもない致命的な毒だろう。全員が引っかかればいいが、一人でも間抜けが引っかかれば見つけ物だ。

 デルデはこの中で最も強い。そして毒をあらかじめ警戒していた。解毒剤を手に入れすでに服用しているかもしれない。

 つまり、リリルスを侮辱する振りして、本当は毒入りコーヒーを他の連中に飲ませ、間抜けが死ぬよう仕向けている?

 毒が入っているから確かめる。王たるもの祖の血を持つので血が特に強い。どんな毒にも耐えられる。吸血鬼の血は解毒出来、毒の効果を受けない。

 毒を仕込むなら当然、ばれて自分が窮地に立たされるわけにはいかない。掟では戦闘は出来ない。しかし毒殺を禁じる項目などありはしない。吸血鬼に毒が効かないのは自明の理だ。わざわざ掟に記すような事ではない。

 確かめるわけにはいかない。仕込んでいるなら吸血鬼の王すら殺せる未知の毒。デルデは解毒剤をすでに飲んでいるか、あるいは特別強力な血で解毒出来る可能性に賭けて賭けに勝ったのか。

 他の王たちはとてもではないが試す勇気は無い。現時点で最も力が強く、すなわち血が強いのはデルデだ。それにつられて度胸を示すなどしてはいけない。

 ハイアークがうつむいたままつぶやく。

「吸血鬼の王すら討つ毒。感知出来ない毒。無味無臭無知覚無発覚。そんな物ありはしない。でも無いとは言い切れない。だから試すわけにはいかない」

「あっれー? びびってんのー?」

 デルデはポットからおかわりを注ぐ。それをマギラットに差し出す。

「あんたも試すー? ほらほら。カップを取っちゃったからね。飲ませてあげるー」

「いらぬわ。貴様が口をつけたカップで飲めるか」

「なら口をつけない臆病者のカップを使ったらー? ハイアーク。カップをあげて」

 ハイアークは首を左右に振って拒絶する。

「あなたに命令されるわけにはいかない。毒をリリルスが入れたとしても、それをまんまと飲ませたのはデルデ、あなたよ。だから殺された王の祖の血はあなたに転移する」

「そうだねー。毒が入っていれば儲け儲け」

 デルデはマギラットが飲んでくれないので自分でまたコーヒーを飲み干す。

「本当は入っていないんでしょ?」

「そう思うなら飲めば?」

「どんな小さな危険も軽んじない。回避出来るなら回避する」

 ハイアークがぼそぼそつぶやく。デルデはにやにやしている。

 ケルンが口を挟む。

「考えるときりがないや。確かめるしか方法は無い。でもハイアークの言う通り、試す必要なんか無く避けられる危険だ。わざわざ飲むなんて馬鹿のする事だよデルデ」

「私馬鹿だもーん」

 デルデは両手の人差し指で頭をほじるようにして舌を出す。全員腹が立ったがぐっと我慢した。

 デルデは相手を怒らせ自分と戦うよう仕向けている。その手に乗ってはいけない。戦う相手は慎重に決めなければならない。現時点で最強のデルデにさらに祖の血を奪わせ強化させるわけにはいかない。

「ま、毒の駆け引きはこれぐらいでいいわ。これ以上動きようが無いしね。じゃ、さっきの話の続きしよっか? 私が遅れてきた理由、わかっている人は話してよ。ねえハイアーク?」

 マギラットはわかっていない。顔を見ればわかる。嘘のつけない奴だ。ケルンとリリルスはわかっているのかわからないのか。それすら読ませたくないのでわかっていない振りを貫く。

 しかし王でありながら学者顔負けの研究に明け暮れる変人であるハイアークだけは、知識と頭脳を重んじる。こんな事もわからないのと言われてわからない振りなど出来はしない。少なくともこの程度の事で知識を誇る彼女がわからないなどと口が裂けても言えない。

「あなたが遅れてきた理由。それは掟の限界、許される事と許されない事の範囲を確かめるため。もちろん誰もした事が無いから安全じゃないわ。でも大丈夫だと見当をつけた項目については、リスクを冒しても試す価値がある。それだけ自分の行動の制限が外れてくれるもの」

「それでそれで?」

「他の王の知恵を見る。頭の回転を見る。わかる者とわからない者。戦闘でも知恵が回り策を練られる方が勝つ。単純な力のぶつかり合いだけじゃない。力を効果的に使い相手の力を封じる知恵も同じくらい必要なのよ。だから他の王の知恵がどれぐらいか計ろうとしている。試している」

「ん、正解。それで?」

「それで?」

 ハイアークは突きつけられたデルデの指先をじっと見る。

「他にもいろいろあるけどくどいというか、あなたが聞きたいのはそういう細々とした理由じゃないでしょ」

「うん。一番大事な事が抜けているもの」

「大事な事? 今言った相手の知恵を計るのが一番大事よ」

「それはあなたが賢さを最も重んじるからでしょ。私は違うわよ」

「あなたはただの馬鹿でしょ」

「ハイアークにはわからないわよ。勝利への道筋を計算と確率でしか考えない奴は。熱さが抜けている」

「絶対負けられない。万が一にも。なら最も成功する方法を考え実行するのが当たり前でしょ」

「あんたそんなんで勝って楽しいの?」

「楽しいかどうかなんて計算式に含まれていない。必要無い要素だもの。美しい計算式は完璧簡潔。不要な要素は一切含まれない」

 デルデは手を広げて大きな胸に当て、背を逸らして得意げにふんぞり返る。

「私は違う! 弱い奴らに勝っても面白くも何ともない! 私は掟を絶対だと信じている間抜け共に現実を知らしめ、私と同じ土俵に上がってもらうために厳しい現実って奴を教えに来たのよ」

 それを聞いた全員が、大なり小なり口を開けて呆れる。

「勝てる勝負をわざわざ互角になるまで相手を引き上げようと言うの?」

「それ以上よハイアーク。私を越えるほど強い敵を望むわ。強敵を避けて研究材料になる魔物ばかり相手にしているあなたにはわからないわよ。だから成熟出来ないんだわ。いい? 私たちは勝てないほど強い敵と戦うために生きているのよ。それを乗り越えそれより強くなる。そのための命であり血なのよ。力も生涯もそのためにある。そうでなければ殺した者たちに申し訳無い。殺した者たちに報いる唯一の方法は、自分を殺せるほどの強敵に戦いを挑んで勝って勝って勝ちまくる事よ。私は掟も力も知恵も全てを尽くして戦うわ。だからそんな私を殺せるまで強くありなさい。同じ土俵に上がってきなさい!」

 デルデは力だけだ。知恵のまるで無い馬鹿だ。それが夫であるエーリヒと言う知恵を得て、掟の限界を見極め利用しようとしている。

 そこまで何もかも揃え、手を尽くしても勝てないほど強い敵。そんな強敵を乗り越え倒したい。強さへの渇望。飽くなき向上心。これこそが、力を求め全力をぶつけられる敵を求める事が、王たる者の務めだと言う。

 それを聞いた四人の王たちは、自分が王とはこうであると考える信念を侮辱されて怒っていた。しかしデルデの言葉はなぜか胸を打ち、誰もが異を唱えたくとも言葉に詰まってしまった。

posted by 二角レンチ at 17:15| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

吸血鬼デルデと包帯男(1)吸血鬼の王

吸血鬼デルデと包帯男(1)吸血鬼の王

 古く立派な城にある広い居室。豪華な柱や壁、そして天井は全てはるか遠く、何も無い空虚な中央にぽつんと、丸く大きな木のテーブルが置かれていた。

 そのテーブルには等間隔で、テーブルに合わせたイスが置かれていた。全部で五つ。大きく複雑な、一本の大木から一つだけ削り出したとても重厚なイスだ。それはイスに座る四人の男女にとって特別なイスだった。

 この卓に着けるのは五人だけ。古くからの習わしだ。このイスにはそれぞれの血族を束ねる王しか着く事は出来ない。

 五つの血族を束ねる五人の王。もちろん人間ではない。その容姿は人間に見えるが、その姿は息を飲むほど麗しい。最も人間ではないとわかる特徴が、口を開けばちらりと見える牙だった。

 吸血鬼。魔物の中でも最上位に位置する鬼の位を持つ。鬼の名を冠する魔物は種類が少なく、どれも下位の魔物より圧倒的に強い。

 その中でも吸血鬼はなお別格だ。鬼の位の一つ上の位があればいいが、魔物の最上位は鬼と定められている。古くからの掟には誰も逆らえない。だから吸血鬼は、他の鬼たちよりはるかに強いにもかかわらず鬼の位に甘んじている。

 吸血鬼は五つの血族に分かれている。それぞれの王が一族を率いて離れて暮らす。普段はほとんど交流が無く、互いに嫌い合っている。おおっぴらに他の血族と仲良くすれば一族を追われるほど仲が悪い。

 もちろん四人の王たちは、他の血族の王などに会いたくはない。心底毛嫌いし憎んでさえいる。こいつらさえいなければ。誰もがそう思っている。

 血が憎むのだ。王の身体に流れる血は特別。一族に代々受け継がれてきた特別な王の血。かつてあまりにも強すぎたため自らの血を五つに分けた偉大なる祖が、その血を与えた五人から始まった五つの血族。

 分かれている分だけ弱い。一つに集め偉大なる祖の再来を果たす。偉大なる王に自分がなるのだ。王はみなそれを切実に願った。

 なのになれない。邪魔をする、他の血族の王たちは生まれたときからの敵だ。憎んでも憎みきれない。八つ裂きにして殺し、その血を我が物とせずにはいられない。

 五つに分かれた偉大なる祖の血は一つになりたがっている。だからそれを抱え渡さない他の王が憎い。その受け継いだ血を失うためには殺されるしかない。

 生きている限り、殺されない限り、偉大なる祖の血は次の子へと受け継がれるのみで、他の血族には渡らない。

 魔物は吸血鬼に限らず多くの掟に縛られている。だから人間よりはるかに高位な存在にもかかわらず闇に潜み、人間から隠れてひっそり生きている。

 もちろん餌である人間を滅ぼすまで食らいはしない。人間を襲う数は厳しく制限されている。魔物の餌は人間だけなので、餌を滅ぼすような真似をすれば他の全ての種族が黙ってはいない。

 人間は肉も骨も旨いが血が一番旨い。他の魔物と違い、高貴なる吸血鬼だけは人間を食らうとき肉や骨には手をつけず極上の血だけを飲んで味わう。人間を必要最低限しか襲ってはいけない掟に縛られている他の魔物には考えられない贅沢だ。

 五つに分かれたゆえに一つに戻りたがり、血を渡さずあらがう他の王や血族を嫌う。どうしようもない。血が憎むのだ。いかに理性で抑えようとも抑えきれない。

 偉大なる祖から引き継いだ血は、生まれるとき親から子に移る。どう移るのかわからないがとにかく体内から体内へ転移する。他者の体内に何かを送り込むなど他の魔物には出来ない高等な術だ。もちろん吸血鬼といえど偉大なる祖の力でもってしか成し得ない。

 生まれたばかりの子はまだ弱い。成人するまでその王を襲ってはならない。掟違反の暗殺者はいつも送り込まれるが、もちろん護衛に返り討ちにされる。五つの血族が生まれてからの長い歴史の中で王を討つ暗殺が成功した試しは無い。

 だから王たちはこの時を待ちに待った。全ての血族の王が成人して十分な力を備え、偉大なる祖の血を賭けた闘争を行うこの日を。

 掟により開催日時は厳しく決められている。王全員が成人した後いくつもの兆しを確認して日取りが決定される。

 闘争の儀式。その内容も決められており、いかに王とはいえ古から続く掟には逆らう権利を持たない。

 儀式の始まりたる王五人の面会。この城のこの広間で王五人だけが集まり、決戦前に存分に意気を上げ闘争の決まりを確認し細部を詰める大事な作業だ。普段互いに会おうとしない王同士の大事な初顔合わせだった。

 当然、その開始時間に遅れるなど考えられない。掟は絶対だ。逆らう権利など王ですら持たない。ただの約束と違い、この開催時間は絶対なのだ。

 大きな丸い木のテーブルに着いて、立派で大きな木のイスに埋まるようにしてだれている少年がぼやく。

「ねえ、儀式に遅れるなんて考えられないよ。デルデはもう失格でいいよね」

 幼く見えるだけで成人はしている少年は、王にしてはだらけた姿でイスにもたれ、腹の上で指を組んでいる。

 なんて行儀の悪い。でも誰もそんな事ぐらいで注意しない。今回の王たちの多くはまだ成熟が足りない。王の自覚も足りない。そして資格はもっと足りない。

 王は小物であってはならず、他人の無礼ごとき些事に構ってはいけない。もっと堂々とふんぞり返り、優雅に全てを受け流すべきだ。

 それを体現した大人の女性はカップを口に運び、わずかに傾けコーヒーを飲む。

 人間という餌を襲って食らう数は王でも厳しく制限されている。王は贅沢を楽しめるが、人間を食らう事だけは好き勝手には出来ない。掟で定められている。

 人間の血しか吸わない吸血鬼は、肉も骨も食らって数ヶ月分の腹を満たす他の魔物と違い常に飢えている。その空腹を埋めるため、人間にとても似ていて人間に混じっても気づかれないほど酷似している容姿を生かし、人間の真似事をして空腹を紛らす者もいる。

 コーヒーなど飲んでも飢えは満たせないが誤魔化せる。吸血鬼は飢えを凌ぐため、人間のような食事をしたりお茶を飲んだりする。

 大人で髪の長い女性。胸も大きくその顔は美しくとても整っている。人間離れした美貌ゆえに人間ではないとわかるはずだが、人間はなぜか見た事も無いほど美しい女性だと彼女を評する。人間だと誤解する。吸血鬼からすれば人間はとても馬鹿で未熟だった。

「ケルン。私たちの闘争は神聖な儀式よ。五人揃って開催される。病にかからぬ私たちに欠席は無いわ。わかるでしょう。私たちが口でいくら失格にした所でデルデを殺して血を奪わねばならない事に変わりはないのよ」

 中年の男がイスから立ち上がる。ケルンと呼ばれた少年がイスの上で行儀悪く姿勢を崩しているのがずっと不満だった男だ。

 王は些事にこだわらない。そんな小物ではない。他人の行儀が悪いと腹が立って仕方ないが、彼は王ゆえケルンを注意出来ず不満を溜めていた。

 一番腹が立つのは遅れて姿を見せないデルデだ。男は怒りをここぞとばかりにぶつける。

「我(われ)がデルデを処刑する! いいな皆の者。手出しは無用だ!」

 男は握った拳を左右に振って力説する。それを聞いてケルンがくっくと笑う。彼の態度にさっきからいらいらしていた男はぎろりとケルンをにらむ。

「何がおかしい貴様」

「駄目だよマギラット。そうやってまんまと獲物を独り占めする気? 偉大なる祖の血を奪えばその分強くなれる。デルデを独り占めして祖の血を得ようなんて許さないよ」

「誰かが掟を破ったデルデを始末せねばならん。我々は誇り高き吸血鬼だ。共闘など出来るか。我は単独で奴を討つ」

「だから駄目だって。デルデを処刑する。でも譲らない。くじ引きとかどう? じゃんけんだと不正が出るでしょ」

「くじの方が不正が出るわ。ふざけるな」

 立っている男は鼻を鳴らして腕を組む。

 男はマギラット。人間でいえば中年に見える。りりしい顔に短い髪、そして頑なな物言い。彼は自分こそが王の器であると主張し、他の連中よりも尊大であろうとする。

 対して少年ケルンは人間でいえばまだ十代に見える。しかしたしかに成人している。成熟が足りないのだろう。魔物は年齢ではなく強者と戦い乗り越える事で成長する。ケルンが年齢の割に幼く見えるのは、それだけ強い敵と戦わず成長の機会を逃してきた事を意味する。

 マギラットは戦闘経験こそ豊富だが、尊大で自分こそが偉大なる祖を引き継ぎ血族を束ねる者だと息巻いている。王にふさわしい正々堂々とした戦いを好み、それゆえ卑怯な敵には敗北して逃げる事すら当然としている。それを負けとは認めず恥じない。卑怯者から逃げる事は勇敢なる撤退なのだ。

 本当の強者なら卑怯な敵すらねじ伏せる。敵がどんな手段を講じようが構わず討ち滅ぼす。それが出来るほど力量に差があるはずだ。

 魔物は強者を倒すほど成長して成熟する。それは人間でいえば最も若く強い二十代の姿のまま美しさを増す。卑怯者の卑劣な手で負けても潔しとして負ける事があるマギラットは、成熟してはいたが中年に見えるのは成熟が誤っているからだ。

 イスに座ってコーヒーを飲んで微笑んでいる女性リリルスは、人間でいえば二十代のまま美しく成長し成熟している自分こそがこの中で一番強いと確信していた。容姿を見れば成熟具合がわかり、それがそのまま力量の差となる。

 王は些事にはこだわらない。リリルスは、他の王たちすら些事と見下し、自分がこの闘争で勝利を収めると確信していた。

 リリルスと同じく最も成熟していると思われる、人間で言う二十代でさらに美しくなっている女性デルデはいない。マギラットなり他の誰かなりが彼女を始末した所で、偉大なる祖の血を奪って強くなったその者すら倒せるとリリルスは確信していた。

 うぬぼれではない。絶対なる自信。それだけ危険な敵とぎりぎりの死闘を繰り返して強くなってきたのだ。何度死にかけた事か。

 全てはこの日のため。五人の王はその生涯でただ一度だけ偉大なる祖の血を賭けた闘争に臨める。二度は無い。敗北はもとより、勝ちきれず他の四人の誰かが生き残ったまま時間切れになったとしてももう二度とチャンスは無いのだ。

 リリルスは内心余裕だった。こんな戯れ事さっさと終わらせたい。しかし王たるもの、神聖な儀式には真剣な振りをして臨んでおかねばならない。早く終わって欲しいなどとそぶりでも見せてはならない。

 リリルスはうっすらと魅惑的な笑みを浮かべながら、イスに座る少女の姿をした女性に尋ねる。

「あなたはどうなのハイアーク。デルデを始末する権利を主張しないの?」

「私?」

 ハイアークと呼ばれた少女は顔を上げる。さっきまでうつむいて何か考え事をしていたようだ。

 成人しているのに少女の姿をしているという事は、ケルンと同じで成熟が足りない。十分なほど危険な相手との死闘を経ていない。成熟が足りない子供のままだ。当然、敵としては話にならない。

 今回は王たる者たちの内、自覚が足りない者ばかりだ。しっかりと真剣に備え自分に厳しくしてきたリリルスは、ため息をつきたい所だが我慢した。

 自分の親の代では王全員が十分備え立派に成熟していたというのに。闘争の儀式の歴史上最高とたたえられるほど見事で凄絶な死闘だった。あまりにもみな強すぎて時間までに決着が付かなかった。王全員が拮抗したゆえ全員生き残ってしまったという歴史に類を見ない名闘争だった。

 リリルスは自分も親から何度も聞かされて憧れたそんな闘争をやっと出来ると期待していたが、とんだ拍子抜けだった。

 ハイアークと呼ばれた少女は手を振るとすぐにまたうつむく。

「私の計算ではデルデは最後まで残るから。誰がぶつかって先に死んじゃっても私の計算には影響無いから。最後に残ったデルデを私が殺しておしまい。計算式はいくつもあるけど答えは一つ。私の勝ち。だからどうでもいい」

 リリルスはにこにこ聞いていたが、額にわずかにしわが寄り血管が浮く。怒ってはいけない。そんなの王の振る舞いではない。小物に馬鹿にされたからといっていちいち怒る王がどこにいる。

「それは、デルデに私が倒されるって事かしら?」

「計算式の一つではね、でも確率から言えば、あなたは他の誰にでも殺される可能性がある。一番弱いもの」

「一番強いの間違いではなくって?」

「一番強いのはデルデよ。間違いない。彼女は別格。でもこの神聖なる決闘の掟に則れば、私の勝ちは導き出せる」

 ハイアークはうつむいたまままた手を振る。実に面倒臭そうだ。どうやら魔物の研究などに明け暮れる変人である彼女は、勝利への計算式とやらを頭の中でいくつもシミュレートしているらしい。

 馬鹿にして。でも怒ってはいけない。リリルスは頭中にぴくぴくと血管を浮かせて笑顔がひきつっていた。ケルンはそれを見て手で口を隠してくすくす笑っている。

 このままではリリルスが爆発しそうだ。神聖なる儀式の最初。戦うのではなく話し合う場において戦うなどあってはならない。

 マギラットは拳を握り、立ったままどんとテーブルを叩く。

「ええい。黙れ黙れ。我がデルデと戦う。遅れてきた掟違反の奴を処刑してくれる。他に立候補者はいるか?」

 ケルンはイスにだるそうにもたれたまま手を挙げる。ハイアークは挙げない。うつむいて自分の勝利への計算に没頭している。

 リリルスは手を挙げたかったが、些事に関わるなど王たる者のする事ではない。だから手を挙げなかった。王は王になる前から王でなければならない。そのぐらい王になる事に備えていないといけない。

 突然、テーブルに着いている四人以外の声がした。それも一人ではない。男女二人の声が広間に響き渡った。

「んー。全員でかかってきてもいいんだけどなー。そうは上手くいかないかー。でも二人釣れたよエーリヒ」

「まったく。誰も引っかからないと思ったのに二人も引っかかるなんて。王って奴はみんな馬鹿なのかな?」

「ふふー。私も馬鹿だよエーリヒ。でも馬鹿もいいでしょ? 一番楽しい生き方よー」

「僕は賢くひっそりと生きていたいよ」

 ハイアーク以外の全員が立ち上がる。声のした場所、はるか上にある天井をにらむ。

 ハイアークは動じない。リリルスはそれを見て思う。

 これも計算の内なのか? まさか。こんな事あり得ない。王以外が入ってはいけない広間に他の魔物を連れてくるなんて。リリルスは頭を左右に振る。

 ハイアークがうつむいたまま声を出す。

「言っておくけどこれも計算の内だから。だから驚く事は無い。予測の範囲内だもの。デルデは時間を守らない事で全員を怒らせ、自分に向かって来させる。全員の血を順に奪って強くなっていき、誰もかなわないほど強くなってこの戦いに勝つつもりよ」

 そんなのわかっているわよ。リリルスがそう言おうとしたとき、天井から再び声がする。

「あっれー? エーリヒどうしよう。作戦がばればれだよ。何なのあの子」

「ハイアークだよ。教えただろ? 王の中で一番頭がいい研究者だよ」

「私覚えるの嫌ーい」

「嫌いでも何でも、そんなに侮っていると致命傷になるよ。情報は大事だって言っただろう」

「ふーんだ。私の馬鹿な頭脳の代わりはエーリヒがしてくれるもーん。私はただ、どんな敵だろうが多勢だろうが戦って勝つだけでいいんでしょ? 簡単楽勝。単純明快!」

 誇り高い吸血鬼が多勢に無勢などするものか。それに仮にそうした所で簡単に勝つだと? 侮辱もいいところだ。

「吸血鬼のくせに隠れてしか物が言えんのか。この痴れ者め。姿を見せろデルデ。吸血鬼の王しか入れぬこの広間によくも他の魔物を入れおったな」

 マギラットが拳を握って古い天井に向かって叫ぶ。

「あはーはははは。エーリヒは私の夫。馬鹿な私の賢い頭脳よ。一心同体。二人で一つ。これって運命? やーん。うれしい」

「僕は君の夫になったつもりはないよ」

「まだ交わってないから? いけずしないで私に抱かれなさいよ。私これだけ成熟しているのにまだ処女だなんて恥ずかしいわ」

「知らないよ。そんな事言い触らす方が恥ずかしいだろ。僕を煽っても無駄だよ。僕は君からいつの日か逃げるんだ。夫婦になんて絶対なるものか」

「あはーはははは冷たーい!」

 はるか上にある天井の梁の影からデルデが姿を見せる。ひらりと舞い降り上空から降ってくる。

 黒い表地と赤い裏地の重厚なマント。襟を立てている。赤と黒を組み合わせた衣をまとうのは偉大なる祖にのみ許されている。まだそれに並んでいないデルデにまとう資格などない。すでに偉大なる祖に並ぶ王のつもりか。

 胸を包む黒い服は大きな胸しか隠していない。腹は丸出しで小さなおへそがかわいく顔を見せている。

 そして短いズボン。脚には黒いパンストを穿いて真っ黒のブーツ。漆黒の長い髪は垂らせば足首まで届く。それをマントと共に上へなびかせながら飛び降りてくる。

 ふわりと、マントと髪を羽毛のように軽やかに広げて舞い降りた。着地の衝撃どころか足音すらしない。優雅な着地を決めたデルデは上を見上げる。

 さっきまでデルデがいた梁の裏から男が顔を出す。

 声からして男のはずだ。しかし性別は見てもわからない。全身を白い包帯でぐるぐる巻きにされ、その端が何本も風も無いのに空を舞っている。

 この部屋に風は吹きこんでいない。包帯は風になびいているのではなく自分で動いている。そして顔の包帯の隙間からは目が二つぎょろりと見えている。瞼があるのかないのか。眼球しか見えないし瞬きもしない。包帯の隙間からのぞくのは、目以外は真っ黒で何も無い空虚な闇に見える。目以外の中身があるのか無いのかわからない。包帯の中は空っぽに見える。

 包帯男の中身は誰も知らない。この種族は包帯の中身を暴かれるのを何より嫌う。しかし生きている魔物である以上、中身はあるはずなのだ。

 包帯男のエーリヒは天井にある梁の上から声をかける。

「僕は降りないよ。殺されちゃうからね。この広間に王以外が入るなんて掟破りだからね」

「私が守ってあげるって言っているのにー」

 デルデは口をとんがらせる。

「君は強いよ。でも何が起こるかわからない。いかに尋常でなく強い君でも吸血鬼の王四人相手に僕を守れるわけないだろ」

「守れるってー。任せてよー」

「いや、常に一番安全な逃げ道を行く。それが逃げる事が生きる事である包帯男の宿命だよ」

「言っておくけど、そこから逃げようったって、私は王四人を蹴散らしてあんたを捕まえるからね」

「わかっているよ。その可能性はとても高い。だから安全を考えれば僕はここから逃げられない。安全が一番だ。僕は危険が大嫌いなんだ」

 マギラットが再びテーブルを拳で叩き、夫婦がいちゃつくのを阻止する。

「デルデ貴様あああああ! 神聖なるこの広間に王以外の魔物を連れ込みおって。掟に定められている時間を破って遅れてきおって。覚悟は出来ているんだろうなあ?」

「覚悟?」

 デルデは笑ったままマントを翻し、テーブルの周りにいる四人を順番ににらみつける。

「勝つ覚悟ならあるわよ。甘ちゃんには勝ち抜けない。私は長い血族の歴史の中でただの一度も成し得なかった血の統一、他の四人の王を殺して偉大なる祖の血を一つにする覚悟ならあるわ。掟を疑いもせず試しもしないでただ見過ごす甘ちゃんにこの戦いは勝ち抜けない」

「甘ちゃんだとおおおおお?」

 マギラットは歯を食いしばりぎりぎりと音を鳴らす。そんなに歯ぎしりすると牙が折れるんじゃないだろうか。まあ吸血鬼の牙は折れるほどやわではないが。

 ハイアークだけはイスに座っている。そしてうつむいたままつぶやく。

「マギラット。デルデは掟を破っても王の資格を失っていない。その体内から偉大なる祖の血が失われていない。掟は絶対ではなく、破っても大丈夫な範囲がある。それを見極めるためにわざと遅れた。掟を馬鹿正直に守るって事は制限がそれだけ増すって事。もちろん完全な違反は出来ないけれど、完璧に安全圏を守っていては勝ちきれない。デルデは祖先たちが誰も出来なかった血の統一を果たすために、今まで誰も試みさえしなかった掟の限界にまで踏み込んで利用しようとしているのよ」

 デルデが口笛を吹く。

「あはーはははは。ばれちゃったー。頭が回るってやーねー。馬鹿な私にその頭分けてちょうだい」

 デルデは笑いながら子供がお菓子を欲しがるように広げた掌を差し出す。ハイアークが顔を上げる。

「頭は分けられない。でも血は奪える。あなたの持つ偉大なる祖の血をもらうわよデルデ」

「誰にも出来まっせーん! あはーははははははははははは」

 デルデは両腕を広げて大笑いする。マギラットは歯をきしませながら怒る。ハイアークは静かににらむ。

 ケルンは腹を抱えてげらげら笑っている。面白がっている振りしてちらりと見せるその鋭い目は笑っていない。淡々と勝利を狙っていた。

 リリルスは、とりあえず他の敵たちの評価を少し改めた。思っていたほど馬鹿でも弱くもないらしい。自分の勝ちは譲らない。しかし今までみたいに侮り過ぎていては駄目だ。少し甘く見過ぎていた。気を引き締める。

「んんー。みんないい顔になってきちゃったー。怖い怖い。エーリヒ助けてー」

 デルデは笑いながら天井に手を向ける。

「知らないよ。自分で蒔いた種だろ。何とかしてみせなよ。僕は見ているよ。君がやられそうになったらその隙をついて逃げるためにね」

「ううんいけずー」

 デルデは口を尖らせてぷんぷんと怒った。

posted by 二角レンチ at 22:57| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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