2014年12月31日

吸血鬼デルデと包帯男(20)沼の結界

吸血鬼デルデと包帯男(20)沼の結界

 真っ暗。黒より深い闇の色である漆黒。美しく醜く魅惑する。暗い欲望をかきたて怠惰な劣情を催させる。心にある闇を暴き引きずり出してしまう色。それが漆黒。

 デルデは肌に当たるぬるぬるどろどろした気持ち悪く生暖かい、それでいて身体が冷えてくる寒気をもよおす不快な沼の感触に顔をしかめる。

「汚ーい。くさーい。気持ち悪ーい。うえええ。沼女の沼って最低ねー」

 デルデは真っ暗な泥の中で目を開け周りを見回す。発酵した汚物の風呂に頭まで浸かっているような気分だ。人間などはこの沼に引きずり込まれただけで汚らしさに発狂する。

 沼は広く果てが無い。漆黒なのに遠くまで見える。不可思議な異空間を形成している。よって単に端まで行って出るという事が出来ない。出るには別の方法が必要だ。

 その一番単純で明快なのがこの沼の主を殺す事だ。魔物が作り出す結界の類は普通それを作った主が中にいて、そいつを殺せば結界が崩壊して出られるようになっている。

 気絶させるだけでも構わない。とにかく力の発動を止めさせ霧散させればよい。驚かすだけでびっくりして解除してしまうほど気の弱い魔物だっている。

 デルデはきょろきょろと周りを見回す。いた。視界の効かない漆黒の中は意外にも遠くまで澄んだ水の中にいるかのように見通せる。声も音も聞こえるし、ドロドロした沼の中で動いても沼自体は音を一切立てない。

 感触が生ぬるくて重い不快な沼は、感覚を伝える分には澄んだ大気や水のようにクリアだった。

「匂いだけはあるのねー。臭い臭い。吐きそうだわー」

「沼の浸食をはねのけているからですよ。臭いだけで浸食が済むなんて、さすがに吸血鬼の王ともなれば耐性も強靱ですね」

 遠くに見える女、沼女はぺこりと頭を下げると、泳ぐようにふわりと手足をなびかせ近づいてくる。

 黒いワンピースを着ている。これも沼の一部を使って形成している。沼女は他の魔物の死体から服を作らず自分の沼を服に形成して身にまとう。

 もじゃもじゃの髪。梳いても梳いても縮れからまりごわごわと汚らしくなる髪。目が覆われその隙間からわずかに大きなぎょろりとした目がのぞく。後ろ髪は長く足下まで伸びている。足首まで隠すスカートとお揃いだ。

 黒いロングのワンピースを着ているような沼女は漆黒で上下左右がわからない沼の中でデルデと向き合いぺこりと頭を下げる。

 小柄だ。長身のデルデからすればかなり背が低い。でも同じく背の低いケルンと並べばきっとお似合いの夫婦だろう。

 上品な振る舞い。しかし服も髪も汚らしくて、周りの沼と同じく臭い。

「はじめましてデルデ様。私は沼女のムーベと申します。ケルン様の妻を務めております。以後お見知りおきをお願いいたします」

「ふーん。私はデルデ。吸血鬼の王よ。夫は包帯男のエーリヒ。さてと」

 デルデは鼻を鳴らして沼の臭さに顔をしかめてから、手を挙げて血の刃を繰り出す。

 皮膚から分泌する蒸気のような赤は沼の黒に負けていない。沼の中でも宝石のように妖しくまぶしく輝く。その光の粒が腕の周りで渦を巻き、粒が集まり大きくなって、四角く四辺ともが鋭い刃になっている板となる。

 血の刃を多数腕にまとわりつかせ渦を巻きながらデルデは威嚇する。

「互いの紹介も済んだしー。さ、戦おうか。殺しは御法度だけど、存分に痛めつけてこの沼の結界を解除させてやるわー。よくもこんな臭くて汚い沼に引きずり込んでくれたわね。夜空に偽装までして。あのきれいな夜空や澄んだ空気がこんな汚い沼だったなんて。うえー。最悪ー」

 沼女は前髪で目が隠れたまま口元に指をやり、おろおろする。

「も、もも、申し訳ありません」

「は?」

 血の刃という武器を出したデルデに対し、沼女のムーベは戦うどころか謝り出した。

「吸血鬼の王ともあろうお方をこのような汚く臭い沼に浸すなど、許されざる大罪ですよね。わかっております。本当に、申し訳ありません」

 沼女は地面の無い沼の中でしゃがみ込みぺこぺこと土下座までしてひたすら謝りまくる。

「はあー? 何あんた。私を馬鹿にしてんのー?」

 沼女はがばっと顔を上げあわてて両手を広げて振りまくる。

「め、めめめめめっそうもございません。吸血鬼の王を侮辱するなど万死に値します。本当なら死んでお詫びするところですが、なにぶんそれは出来ませんのでご了承ください」

「死んでお詫びなんていらないわよ。気持ち悪い。そんなの詫びにならないでしょまったく。それより何なの。あんた戦うために私をこの沼に引きずり込んだんじゃないの」

「まさか。私などが、下等な中でもさらに劣等な種族である沼女が、魔物の頂点、吸血鬼の王と戦うなど分不相応はなはだしいです」

 デルデはため息をつく。

「あっそ。戦わない奴なんて興味無いわ。つーかムカつく。今すぐこの沼を解除しなさい。でないと痛いだけじゃ済まないわよ」

「ひいいい、お許しをおおおおおおおお」

 沼女はがばっと土下座し顔を伏せる。怯えてぶるぶる震えている。

「調子狂うわねえ。時間稼ぎなの? エーリヒとケルンが戦っているんでしょ。でも私の夫の絶対防御である包帯は突破出来ないわよ。向こうはせいぜい足止め程度。こっちであんたが私を倒すのが本命じゃないの?」

「私などが、卑しい沼女が、偉大なるデルデ様を倒すなどあってはならない事でございます」

「偉大? まだ偉大と言われるほどの偉業は成していないわ。祖の血の統一を果たす。それが偉業であり、それで初めて偉大と称えられるのよ」

「おっしゃる通りでございます」

「いいから早く沼を解除しなさい。戦う気が無いならもうあんたに用は無いわ。私は強敵と戦うために生きているのよ。弱者なんか眼中に無いわ」

「私など、そのきれいなお目に入れますればきっとその輝きを汚してしまいます。どうか私は捨て置いてください」

「だからー。早く沼を解除しなさい。でないとあんたを気絶するまで痛めつけて無理矢理解除させるわよ」

 沼女は相変わらず土下座したまま顔を伏せ、でもさっきまでがたがた怯えていた震えをぴたりと止める。

「申し訳ありませんが、デルデ様がいかに偉大なる吸血鬼の王であろうとも、一番はケルン様でございます。ケルン様の命令が私にとっての一番、絶対命令なのでございます。従って、沼を解除する事も、あなたを出す事も、沼を解除するために私が痛めつけられる事も出来ません」

「はあー?」

 デルデはいい加減らちがあかないこの女ののらりくらりとした態度にいらいらしていた。

「あんたがどうあがこうが、所詮下等な沼女。私の敵じゃないわ。あんたが嫌がったところで私はあんたを痛めつけ気絶させ、この沼を強制解除させてやるわよー」

「恐れながら、先の戦いでミュータンタ様と戦い、下等だろうが劣等だろうが成熟し強くなるのに関係無いとお学びになられたのではございませんか?」

「学んだわよー。鬼の名を冠しない下等種族や、その中でも底辺の劣等種族でもあそこまで強くなる事が出来る。努力し求め死にもの狂いで自分より強い敵と戦い殺し成熟してくればねー? でもそれは強者の話よ。あんたみたいな卑屈な弱者とは違うわー」

「恐れながら。沼女の沼は引きずり込んだ相手の力を半減させます。その中にいる沼女の力を倍化させます。その差は四倍。沼女自体は卑小なる弱者なれど、その力の四倍もの強敵を殺す事が出来るのです」

「だから何?」

「有利な結界に引きずり込んで強敵を殺す。卑怯な戦い方です。おかげて沼女は醜く歪んだ成熟をしてしまいます。しかし強者を倒すのに手段などどう関係ありましょうか。許されない非道とは違います。己の種族の持つ力を駆使して戦うのは正当でございます。いかに他者にとって卑怯で狡い戦法であろうとも」

「だから沼に引きずり込んで戦うって? それはいいわよ。種族の持つ能力を使うのは当然でしょー。それに文句なんて無いわー。私が文句あるのはあんたがそうやって土下座して戦おうとしないからよー」

「恐れながら。吸血鬼は外敵の能力の浸食をはねのける力がございます。強力な解毒。内部に侵入された毒を殺す力がございます。沼の浸食を受け付けない耐性があります。しかし結界は結界。世界を構築し、その中にいる者はその世界の法則、理に逆らえません」

「知っているわよ。だから何なのよ。いい加減時間稼ぎはやめなさい。その口を力付くで黙らせるわよ」

「ケルン様のための時間稼ぎではありません。沼の浸食に対する驚異的な耐性。王の持つ祖の血の力なればなおさら。しかし私は卑怯にも沼に引きずりこんで四倍の力の差を覆してとはいえ、強敵を数多く殺して成熟を重ねてきました。並の沼女とは違います。ミュータンタ様と戦ってなお、吸血鬼の伴侶となるほどの強さを持つ魔物を劣等と侮った。それはあなたの驕りであらせられます」

「私は強いわ。圧倒的にねー。だから驕る。力があるからこそ相手と比べて余裕がある。それが驕り。私は圧倒的強者だからこそ、驕り敵を侮り見下すのよ。それが強者の振る舞いだわー」

「なればこそその驕りは必然。強さを誇るなら弱者に対し驕らねばならない。そこを突けば普通の時間では浸食出来ない強者にも沼を浸食させ、力を半減させる事が出来るのです。時間がかかりますゆえ戦闘前に時間を稼がねばなりませんでした。どんなに卑屈でみっともない土下座をしようともです。でももう十分です。ご自分でおわかりでしょう。己の力が半分も失われたのを。もう今のあなたは沼の中で力を倍化させた私よりも弱いのであらせられます」

「あはーはははは。ミュータンタと同じねー。私の力を奪ってそっちはパワーアップ。だから私より強い。でもあの戦いを沼に隠れて見ていたならわかるでしょー? 相手が強かろうが絶体絶命だろうがそれでも私は相手を倒せる刃を振るうわ」

「では存分に。もう私の有利は確立出来ました。本当は吸血鬼の王と戦うなど畏れ多い。でも私の主であるケルン様のご命令なのです。申し訳ありませんがデルデ様、あなたを倒させていただきます」

 それまで土下座していた沼女がぬるりと蛇のようになめらかで気持ち悪い動きで立ち上がる。もじゃもじゃで長い前髪に隠れたギョロ目がぎらりと光る。

 デルデはそれを見てにんまりする。

「あはーははははははは。そうこなくっちゃ。うんうん。無抵抗の弱者を気絶するまで痛めつけるなんて柄じゃないからねー。向かってくるなら万々歳。でも口だけじゃないでしょーねー? ちゃんとミュータンタみたいに強くて私を楽しませてくれなきゃやーよー?」

「申し訳ありませんがデルデ様。あなたを楽しませる事は出来ません。全力で、笑う余裕なんか消し飛ぶぐらい圧倒的にあっさりと、あなたを倒させていただきます」

「下等で劣等、たかが沼女が! ミュータンタのように純粋に成熟をしたのではなく四倍の力量差を埋めての卑怯な戦い。そんなんであいつぐらい強くなれるわけないでしょー。私の敵じゃないわ。そうそう」

 デルデは血の刃の竜巻をまとった腕を立て、指を一本ぴんと伸ばす。

「たかが四倍? その程度の力量差しか無いとでも思ってんのー? 私はあんたの百倍強いわー。四倍程度の差を埋めたって」

「失礼します。減らず口を叩く暇も無く速やかに倒すようケルン様より仰せつかっておりますので」

 沼女は長いスカートをはためかせ握った拳を振るう。デルデは防御も回避ももちろん攻撃もする暇も無く、まともにその拳を頬に食らって吹っ飛んだ。

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2014年12月29日

吸血鬼デルデと包帯男(19)夜明け前の襲撃

吸血鬼デルデと包帯男(19)夜明け前の襲撃

 デルデとエーリヒは自分たちの城の一室でくつろいでいた。

 もうすぐ夜明け。夜明け前が一番暗いと言われるが、今夜は特に暗く思える。

 デルデは城の窓を開けて身体を乗り出し、飲み込まれるほど深い夜空を見上げる。

「まだ夜が明けないわね。とても暗いわ。深夜零時に開戦し、ハイアークやミュータンタと戦った。もうすぐ午前六時。次の相手、ケルンとの手合わせの時間だわ」

 エーリヒがうなずく。

「僕らはここで敵を迎え討つ。どうせケルンの事だ。卑怯な戦い方を好む。血の力が一番劣る血族だから、卑怯な真似をしないと勝てないと思っているからね」

「そうね。ハイアークのときは挑発して隠した力を出させるために強引に国へ押し入った。もうあんな手は使えない。乗ってくる奴らはもういないでしょうからね」

「マギラットなら乗ってくるよきっと」

「あいつは挑発しなくてもすぐ怒るもの。力をどんどん出してくるわ。国へ押し入り配下を傷つけるなんて真似、私本当はしたくないもん。だって弱い者虐めだしー。強者のする事じゃないしー」

「そうだね。強者……」

 エーリヒは同じ劣等種族でありながら最強のデルデに迫る強さにまで成熟したミュータンタに感銘を受けていた。種族も使命も関係無い。どんなに歪んだ成熟をした魔物でも、純粋な強さを磨き最強を目指してもいいのだ。

 今からどうにかなるわけではない。でも今のままではいられない。エーリヒは逃げるのが宿命の自分の種族の生き方に疑問を持ち、ミュータンタのような強さを求める生き方に強いあこがれを抱いていた。

 迷いは隙を生む。切り替えないと。感銘を受けようが何だろうが今から戦闘だ。全力を発揮するためには今までの自分を否定している場合ではない。

 デルデは何だかしんみりしている。吸血鬼の王とその伴侶との戦い。わずかな手合わせだったがいろいろ驚き感動し、エーリヒと同じく思うところがあったらしい。

「ねえエーリヒ」

「うん?」

「私はもう敵無しだと思っていた。現在の魔物の世界で最強だとうたわれ、自分でもそう思っていた。もちろん自分以上の強い敵と遭遇する事はあるわ。それを倒して強くなってきた。でもハイアークやミュータンタ。侮っていた分驚いたわ。強かった。私はちょっと、うぬぼれが過ぎていたかもね」

「君はいつもうぬぼれ過ぎだよ。反省するのはいい事さ。でも君の強さはどんな強敵を前にしても揺るがない自信あっての事。うぬぼれが強みだし、なくてはならない。君はうぬぼれていていいよ」

「ん……そうね、私らしくなかったわね」

 振り返ったデルデは憂いを帯びて目を細めうっすら笑っている。ただでさえ正しい成熟を極め若く美しい美貌になっているのに夜の月明かりに照らされた彼女の今の顔はとてもきれいだった。

「う……」

「どうしたのエーリヒ」

「いや、何でも」

 エーリヒはあわてて取り繕う。

 デルデに見とれるなんて初めてだ。たしかに強さや美しさに見とれた事は何度もある。でもそれとは違う。引き込まれ惹かれ抱きしめたいと思った事は初めてだった。

(おかしいな。さっきの戦いの間に自分の内面をじっくり観察して、それでもデルデを愛していないと確認したじゃないか。それがどうしてこんな、無い心臓が締め付けられるようなうずきを感じるんだろう)

 エーリヒにはわからない。恋をした事のある者ならきっとわかるだろう。一目惚れや初恋の甘酸っぱいうずきという物を。

 今までのデルデと違う。先の戦いで学び変わった。それが新しい魅力となってエーリヒを魅了するのだ。

 今まで何とも思わなかった、デルデの短い黒のスカートからのぞくむっちりした太股。タイツを穿いたそれにエーリヒは目が行ってしまう。

(いけない。もう戦闘なのに。どうして。デルデがとても魅力的に見えてくる。僕おかしいな。何だろう。わからない)

 デルデは窓の縁に腰掛け夜空を見る。

「私は視野が狭かったかもね。まだ魔物の世界に見切りをつけるには早すぎた。吸血鬼の王。その伴侶。私が戦うべき相手はまだまだいたのよ。もう敵無しなんて、うぬぼれるのが私の長所だからってやりすぎだったわ」

「なら、この闘争で思い切り戦えばいい。そして勝って、本当に見切りをつけられるぐらい最強になってしまえばいい」

「そうね。血の統一を果たして偉大なる祖と同等の力を手に入れたら、もうさすがに別格過ぎる。人間と神ぐらい隔たりがあるわ。この魔物の世界には本当に、敵はいなくなってしまう」

「そうしたら君は僕なんか眼中に入らなくなる。僕は解放されるってわけさ。だから君が勝つのを応援するし全力でサポートするよ」

「ふふー。あんたは特別。力がかけ離れても恋愛には関係ないわ。一生面倒見てあげる。守ってあげる。だからずっと一緒よー」

「やれやれ。僕は解放されたいんだけどな」

 どうせ。別格になったらもうさすがに一緒にはいられなくなる。かけ離れた存在となったデルデが虫けらと対等に歩もうなどと思うわけがない。デルデが今何を言おうときっと、祖の血を統一し別格に昇格したデルデはエーリヒに対する興味を失う。自分にとってあまりにも小さくなってしまい気にするまでもなくなってしまうだろう。

 エーリヒはそうなれば万々歳のはずだった。でも今は、デルデに置いて行かれるのを本当に望んでいるのかわからなくなってきた。

 ミュータンタのように強さを求めデルデに並ぶ強さを得られれば、ずっと彼女と一緒にいられる。

 エーリヒは首を左右に振る。

(馬鹿だな僕は。祖の血の統一。それに追いつける成熟など不可能だ。どうやっても出来っこない)

 それでも。ミュータンタは不可能を可能とした。劣等種族が吸血鬼の王に並ぶなど。伴侶となり、対等に戦うなどあり得ないのに。魔物は不可能を可能にする底力を持っている。

「う……」

 泣きたくても泣けない。包帯男は大事な中身を守っている。自身の肉体は無く、肉体があるかのように偽装した眼球だけだ。だから泣けない。

 エーリヒはもうわけがわからなかった。好きではないはずのデルデと、恐れているデルデとずっと一緒にいたい。並べるだけの強さを持ち共に歩きたい。そんな事考えるはずがないのに。でも今の自分はそれを望んでいる。

 それがかなわないからデルデから逃げたい。彼女がまぶしすぎるから。自分はふさわしくないから。本当は、自分でもわかっていなかったけどデルデの事を……

「デルデ、あのさ」

 エーリヒが顔を上げたとき、デルデの姿は無かった。

「デルデ?」

 エーリヒはぼんやりしていた。自分の思考に夢中になり過ぎた。あわてて意識を覚醒させる。

 まずは何を? 時計だ。

 時計を見る。壁にかかった時計は六時にまだなっていない。あと三秒ある。

「開戦時刻前の攻撃は掟破りのはずだ」

「時計を少しだけいじらせてもらったよ。城中のね」

 男の声が響く。少年の声だ。エーリヒはあわててその声がした方向を向く。

 城の柱の影から少年が踏み出す。成熟が足りずその姿は大人になりきれていない吸血鬼の王、ケルンだった。

 エーリヒが叫ぶ。

「敵への能動的な情報操作は禁止されているはずだぞ!」

 ケルンは澄ました顔で、エーリヒを見て両手を左右に広げる。

「そうだよ。でも僕は身体の中の祖の血を失っていない。お前たちがしたように、僕も掟の限界に踏み込んだ。ぎりぎり掟破りにならないかもしれない一線まで足を踏み出した。賭は僕の勝ち。時計をちょっといじって時間をほんの少しだけ遅らせるのは能動的な情報操作とまでは言えなかったようだね」

「こ、この、卑怯者」

「卑怯? 掟破りにならず、円卓の会議で決めた範囲の行動は卑怯ではないとされたはずだけど?」

 二人はにらみ合う。距離を取ったまま対峙する。

「デルデをどうしたんだ」

「さあ? 自分で考えなよ。お前はデルデの頭脳を買って出たんだ。頭いいんだろう?」

 エーリヒは油断無くケルンをにらみながら考える。

 とりあえず、ケルンはまだ襲ってこない。一秒後には襲ってくるかもしれないが、反撃出来るよう備えておく。

 考える時間はある。理由は知らないがケルンは時間稼ぎか足止めのために会話している。こっちはこっちでデルデを助けるためにその時間を利用させてもらう。

 ハイアークのときと同じだ。それを参考にした作戦だろう。祖の血を直接ぶつけ合う前にまずは、伴侶の魔物をぶつけてきた。殺しを禁止されている手合わせだからこそ力試しをしておける。戦術を試し有効かどうか確認出来る。

 ケルンの伴侶は沼女だ。沼をまとい武器とする。その沼はどこにでも浸食し音も気配も無く潜み襲撃出来る。暗殺向きの能力だ。ひっそりと敵に近づき沼に引きずり込んで殺すのが沼女の戦術だ。

 沼女のテリトリーである沼に引きずり込めば敵の力は封じられ自分の力は最大限に発揮される。力の差など覆せる。だから沼女の沼に引きずり込まれてはならない。

 なのにどうしてデルデはいない? 沼に引きずり込まれた? あのデルデが気配の無い襲撃だろうが対応出来ないだろうか?

 出来るはずだ。デルデならとっさの不意打ちや暗殺にも対応出来る。むざむざ沼に引きずり込まれはしない。

 一瞬で音も気配も無くデルデを消した。なら殺したり傷つけたりではなく沼に引きずり込んだのだ。それ以外の攻撃は考えられない。デルデは力の差を覆す結界である沼に引きずり込まれきっと苦戦している。

 どうやって。不意打ちでもなんらかの対応は出来る。エーリヒに警告一つ出せずにまんまと囚われるわけがない。

 不意打ちでないなら……すでに沼を見せていたはずだ。デルデの側に沼を出現させていたはずだ。デルデはそれが沼だと気付かず近づいていた。だから不意の出現、つまり異常の露見による察知という段階を省いていきなり攻撃出来た。その結果デルデは叫び声一つ上げられず沼に捕まった。

 沼。黒い沼。いつだ。どこだ。どうやって。デルデにそれを見せながら悟らせず警戒させず近づいたのだ。あのデルデ相手にそんな芸当がはたして可能なのだろうか。

 沼。黒。漆黒。あのときデルデの間近にあった漆黒の物は。

「あ……まさか?」

 無表情だったケルンがエーリヒの気付いた声を聞いてふふんと鼻を鳴らす。

「わかった? んー、まあ気付くのは早い方だね。頭の回転は確かに早い。でも僕ほどじゃないね」

「ケルン。君の妻の沼女は、沼を窓の外の夜空に擬態させていたんだ。夜明け前だからより深い闇になっていたんじゃない。星や月明かり、そして外の景色すら写し取り映し出した沼を窓の外に広げて展開していたんだ」

「ご名答。デルデがそれをただの夜空と思い、沼の影も形も窓の外に無いと確認して背を向けた隙を突いて、窓の外に膜のように薄く張っておいた沼を窓から押し込みデルデを引きずり込んだんだ」

「何て事を考えるんだ。沼女の沼にそんな擬態能力があるなんて聞いた事ないぞ」

「元々持つ能力の延長だよ。ミュータンタの排出と同じさ。彼女はとても成熟している。卑しい下等種族の沼女でも、深く成熟した彼女はただの沼に見えるという程度の擬態能力を、美しい夜空に見せるまでに高めたんだ」

「くそ。窓の外か。デルデを助ける。今度こそ。ハイアークのときみたいに足止めされて黙っていられるか」

 エーリヒはくるりと振り返り、窓を目指して走り出す。

「おいおい。僕と戦えよエーリヒ。そのためにお前みたいな下等種族相手にこの王たる僕が出向いてあげたんだよ」

 エーリヒは窓に向かって走りながら首をぐるりと後ろに向け、肩もぐるりと回して首と片腕だけが後ろを向いた気味悪い姿でケルンを指さす。

「うるさい。黙れ。一つ言っておくぞケルン」

「何だい」

「君さあ、僕と一人称も口調もかぶっているんだよ。少年みたいなしゃべり方をする。まぎらわしいんだよ。これは完全なミスマッチだ」

 ケルンはきょとんとして、そして大笑いする。

「あっはははははっ。包帯男は侮辱や挑発により相手を怒らせる。そして動きを読みやすくする。その手には乗らないよ」

「挑発なんかじゃ……ええいもういい。君に構ってなんかいられない」

 エーリヒはデルデが消えた窓に向かう。一応その外で沼女が沼を張って待ち構えていないか確認するため包帯を一本伸ばして窓の外に出す。

 その包帯が窓の外に出た途端、突然爆発した。

「うおああっ?」

 エーリヒは驚いて包帯を引っ込める。

「ば、爆発?」

 引っ込めた包帯は傷ついていない。絶対防御は健在だ。しかし煙を噴いていた。

 ケルンはひゅうっと口笛を吹く。

「この程度の火力じゃ絶対防御は突破出来ないか。しかしそっちも爆発をかいくぐって窓の外には出られないだろう?」

「何だ。人間が造る爆弾を仕掛けたのか。魔物が魔物の力以外で傷つけられると思っているのか」

「思っていないよ。それは魔物の力、僕の持つ祖の血の力さ」

「祖の血……ケルン、君の血の力は罠。卑怯な罠を仕掛け敵を仕留める。しかしそれはボウガンのような射出式の矢だったはずだ。飛び道具の矢としても使えるけど、場所に仕掛けて敵が踏み込んだときに撃ち抜く罠として使うのが一番効果的。でもそれだけだったはずだろう」

「ハイアークと同じさ。祖の血の形、そして力は変えられる。いや、元々持っているんだ。ただ暴いていないだけ。知らないだけ。僕の血だけじゃなく、みんなの血に隠された力や形があるのはしゃくだけど、僕の推測は当たっていたってわけさ」

「祖の血に秘められた力」

「そう。それを暴くのも闘争の内。偉大なる祖は秘密を暴ける賢い者ほど強くなるよう、わざと力や形を封印してその血を持つ者すら知らないように仕組んでいたんだ。そのため伝承すら封印秘匿し僕らが知っているのは偉大なる祖の伝説のごく一部だけってわけさ」

「それで、爆弾の罠にしたのか」

「そういう事。罠を拡大解釈すれば、爆弾は罠としてよくある。きっと出来ると思っていたよ。ああ。言っておくけど一度きりじゃない。何度だって起爆する。発動しても尽きる事の無い罠。何人犠牲になっても突破不能。それが偉大なる祖が僕の血族に授けた力さ」

 ケルンは両腕を広げて演説するように語る。隠された力を暴いた自分を自慢しているらしい。

「ハイアークの戦いを見てそれを知り、血に隠された力を暴いたのか? わずか数時間で?」

「デルデは戦闘中の短時間で暴き引き出しただろ。秘められた血の形と力を。僕らだって出来るよ。同じ吸血鬼の王だ。僕は劣等じゃない。デルデと同等なんだ。誇りも力もある吸血鬼の王なんだ……!」

 異様な迫力。小柄な少年のようなケルンがまるで熊のように大きく力強くそして恐ろしい敵に見える。

 卑屈な王はもういない。力を暴き手にして自信すら得た強大尊大暴虐なる王。ケルンはわずかな時間で大きく変貌していた。

 恐ろしい。エーリヒは王の威圧に畏怖する。

 さっきの小さな爆発では包帯の絶対防御は突破出来なかった。しかしもっと大きな爆発なら?

 ケルンは力を試すのを楽しんでいる。実験して今後の戦闘に活かそうとしている。エーリヒの絶対防御は力試しにはもってこいの実験台だ。突破出来ればそれだけ強い力だと証明出来る。

 さっきの窓と同じく他の窓や扉にも罠の爆弾が仕掛けられているだろう。逃げられない。爆発を突破出来ない。エーリヒの絶対防御は干渉されないだけで、こっちから力付くで押せるものではないのだから。

 この部屋に捕らえられた。デルデを助けに行けないばかりか、自分がまず助からねばならない。絶対防御を突破されて倒されるのはなんとしても避けないと。大事な中身を暴かれてしまう。

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2014年12月28日

吸血鬼デルデと包帯男(18)逆転劇

吸血鬼デルデと包帯男(18)逆転劇

 デルデはミュータンタの湾曲した牙に左右から挟まれ耐えていた。両腕に纏った血の刃が渦を巻く竜巻で防いでいるが、もうこれ以上防ぎきれそうになかった。

 罠にはまり血の刃から栄養を奪われた。それでパワーアップしたミュータンタの力にはデルデの怪力や血の刃でもかなわない。押し負ける。

 ハイアークに連れ去られたエーリヒは戻って来ない。もう間に合わない。デルデは目を瞑り観念する。

「ああー。もう駄目。もう無理。いくら考えてもこの状況を打破出来る策なんて思いつかないしー。それを考えてくれるエーリヒは戻ってきてくれないしー」

「ガガガカカカカ。年貢の納め時って奴だなあ? 魔物の中で最強と呼ばれているお前を倒せば俺が最強だぜ」

「そーねー。倒せばねー」

 デルデは汗まみれで苦悩した顔から一転、にっこり微笑む。

「あ? 何余裕ぶってんだこら。てめえはもう打つ手無し。このまま俺に腕ごと胴を真っ二つにされておしまいだろうが」

「あはーははははははははは!」

 デルデがけたけたと笑う。ミュータンタはさらに怒り顔を歪める。

「そんなはったりで怖じ気付くとでも思ってんのかこのタコが。何か手がある振りすりゃ俺がびびって逃げるとでも? 逃がすかよカスが。みっともねえ悪あがきしてねえでとっととくたばりやがれ」

「ミュータンタ。うれしいわー。正直、吸血鬼の王の伴侶と言ったって、私のエーリヒに比べれば大した事ないと思っていたのよねー。でも歯ごたえ十分! 強い強い! 楽しいわー。強者と戦い驚き追いつめられ圧倒される。んー、スリル満点! 戦いはこうでなくちゃ。危険じゃない戦いなんて遊びにもならないほど退屈だもん」

「いい加減にしろよこのクズが。きゃんきゃんうるせえ。甲高いわめきは耳障りだぜ。俺は知覚がどの魔物よりも優れているんだ。うるせえから騒ぐんじゃねえ。黙らせてやるぜ」

「あはーはははは無理無理無理無理ー! 出来るもんならやってみなさいよー」

「やってやるぶっ殺してやるてめえを殺して俺が最強だああああああああ!」

 もちろん言っているだけだ。この初戦では殺しは禁じられている。しかし胴を両断すればもうデルデは勝てない。あとは死ぬ寸前まで痛めつけむかつく言動を後悔させる。

 ミュータンタは牙に全力を込める。デルデの両腕が押され身体にくっつく。血の刃で出来た竜巻は腕の周りから身体全体の周りをぐるっと回って渦を巻き、牙の鋏からなおも身を守る。

「今のお前は俺のパワーに勝てねえんだよ。わかってんだろがああああああ!」

「あんたが全力ならねー。他に対処出来ない全力で、ようやく私を少しずつ押せる程度」

「だからどうした。腕ごと胴を挟み込んだ。もう逃げられねえぜ。このまま両断してやる」

「あんたは他の血の刃に対処出来ない。そんな余裕もパワーも無いでしょ」

「だからどうだっつってんだろうが。俺に血の刃を突っ込んだ所でまた栄養を吸い取ってさらにパワーアップするだけだぜ」

「小さな刃なら一瞬で栄養を吸い取って干からびさせ瓦解させられる。でも大きな刃なら死ぬ前に栄養を吸い取りきれるかしらー?」

「あ?」

 デルデの周りの宙を舞っている多数の血の刃。ミュータンタをこれ以上攻撃出来ずにただ舞うだけだったそれらが集まり渦を巻き凝集すると、巨大な深紅の剣と化す。

「あああ?」

「ふふー。ハイアークは祖の血の形を自分で変えたでしょ? なら私にも出来るかなって。小さな刃の群じゃなく、巨大な一本の剣。なかなか難しかったけど、ようやく出来たわー」

「出来たわってお前、ハイアークがどれだけ研究して、血を分析して組成を組み替える実験に成功したかわかってんのか」

「知らなーい。やろうと思えば根性でやる。時間も研究も無しのぶっつけ本番でね。そうでないと生き残れない。敵に殺される前に何とかするしかないじゃない」

「てめえ……」

 遠くで見ていたハイアークも、ミュータンタと同じく呆れて口をぽかんと開けていた。

「信じられない……いやあり得ない。祖の血の形を変えるのは、知っていても出来る事じゃない。簡単じゃないのよ。それをあんな、力比べで全力を尽くしているときにわずかな時間で成し遂げるなんて」

 そばの建物の屋上にいる包帯男のエーリヒが、上空に浮かぶハイアークを見上げて言う。

「あれがデルデだよ。打つ手無しの敗北必至。その状況で逆転するには、不可能を可能にし、あり得ない奇跡を自力で起こすしかないんだよ」

「そんなの無理よ。そんな都合良くいくものじゃないわ」

「あれが真の成熟だよ。かなわない強敵と戦い逆転するために、ありえない事を力で成し遂げる。デルデはそれを数限りなくこなし、全てに生き延びてきた。君たちには不可能な奇跡に思えるあんな芸当を、デルデは今まで何度もこなして成し遂げてきたんだ」

「あり得ない事が、当たり前に出来ないといけない次元の戦いをしてきたって事なの?」

「そういう事」

 エーリヒは自覚していないが、ハイアークには彼が妻の自慢をして得意げになっているように見えた。

 ミュータンタは叫ぶ。

「ふざけんじゃねえぞ。俺のハイアークが苦労して成し遂げた事を軽々と、てめえ、あいつを馬鹿にしている。許せねえ。許さねえぞデルデ」

「あはーはははは。怒るのそこ? あんた意外と奥さん愛してるー。やーん素敵。でもそれより自分の心配したらー? この大きな血の剣で切られたら、栄養を吸い取り切る前にあんたは真っ二つよー?」

「やってみろ。俺の排出、栄養吸収力をなめんじゃねえ。でかい剣だろうが何だろうが一瞬で吸い尽くしてやるぜ」

「血を吸うのは吸血鬼の専売特許。吸うのが得意なのは私。あんたじゃないわ。そして戦闘はもっと得意。かなわない強敵に逆転してきた私にとって、あんたは逆転可能な程度の強敵だったって事よ」

「ふざけんじゃねえって言ってんだろうがこら! いいから来やがれ! 俺の方が強いって証明してやる」

「あはーはははは。無理無理無理でーす! じゃ、いくよー」

 空中に浮かび、刃の先端をミュータンタの頭上に突きつけている巨大な血の剣がふっと重さを思い出したかのように落下を始める。

「おおおおおおおおおお!」

 ミュータンタが叫ぶ。牙の鋏に込めた力を緩められない。デルデの両腕を自由にすれば即座に血の竜巻をまとった腕で引き裂かれる。排出力に回せる余力はわずかも無い。全力の排出でなく普通の排出力だけであの巨大な剣から栄養を吸い取りきれるのだろうか。

 それは無理だろう。頭には体節を形成出来ないし、あれだけ巨大な刃ならきっと小さな刃と違い体節の鎧では防げない。

 ミュータンタはこのまま真っ二つにされ敗北するだろう。死にはしない。魔物は二分割程度ではどう裂かれようと死なない。脳も心臓も粉々に切り刻まないと殺せない。

 ハイアークは観念して叫ぶ。

「降参よ! やめてデルデ!」

 ミュータンタの気性では決して逃げない。真っ向勝負で受けて立つ。そして裂かれ敗北する。ハイアークはこれ以上戦闘を続けるのは危険だと判断した。

 血の剣がミュータンタの頭に刺さる寸前でぴたりと止まる。わずか一瞬だ。止めるのが間に合わない振りをして剣を振り下ろしても問題ではないのに、デルデは血の剣を止めた。

 ミュータンタはどっと汗をかく。そして怒りに顔が潰れんばかりに歪ませる。

「ハイアーク! 何止めてんだてめえ。ふざけんなよこら。俺の排出力がこんな剣ぐらいに負けるとでも思ってんのか」

「いいから退いて。ここが引き際よ。まだ初戦で殺し合いじゃない。これ以上手の内を晒して敵に情報を与え過ぎるべきではないわ」

「戦いってのはそうじゃねえだろ! 俺は受けて立つと言った。ならその結果から逃げるんじゃねえ。俺もお前もだ!」

「ミュータンタ。あなたの闘争心は誰よりも強い。頼もしいわ。でも抑えて。今はまだ、その時じゃないから」

「……ちっ」

 ミュータンタは舌打ちする。デルデを挟み込んでいた牙の力を抜き、ずるずると長大なそれを口の中に引っ込める。

 デルデも血の剣を分解して小さな刃の群に戻してから空を舞わせ、背中から吸い込むようにして体内に戻す。漆黒の夜空に展開された赤い星の銀河が吸い込まれ消滅する。

「はあー、楽しかったー。でもつまんなーい。ハイアーク。あんた戦いが本当わかってないわねー。どうせ真っ二つ程度じゃ死なないんだからさー。あのまま決着までさせてよねー。すっきりしないじゃない」

「そんなのどうでもいい。あなたやミュータンタがすっきりするかどうかより、最終的に勝ちに繋がるかどうかの方が大事」

 戦闘は終わり、空気が弛緩する。ミュータンタは腰に手を当てうつむき、深いため息をつく。

「……ちっ。本当余計な事してくれるぜまったく」

 ハイアークは下半身に纏った血の飛行船でひゅんと飛ぶ。彼女がデルデたちの上空にさしかかると、ミュータンタは建物の屋上から跳躍して飛行船に飛び乗る。

 二人は眼下のデルデをにらむ。デルデはにんまり笑いながら強い目でにらみ返す。

「ちょっとー。戦いが終わったんだからさー。おしゃべりしようよおしゃべりー。感想とか愚痴とかー。言いたい事いっぱいあるでしょー」

「おあいにくさま。今の戦闘で得た情報を元に、さらに対策を練り計算式を計算し直さなくちゃ。やっぱり実戦は違うわね。また計算を全部やり直さなくちゃならないわ。忙しいの。時間が無いからまた今度ね」

「約束だよー。今度こそおしゃべりしようねー。どうせ私以外は死んじゃうんだからさー。その前に語り合って、私の思い出に残しておきたいのー」

「もう自分が勝ったつもり? 次は本気の殺し合い。必ず殺すわデルデ」

 ミュータンタは何も言わない。言いたい事はあるだろうが妻が、吸血鬼の王同士が火花を散らし合っている。それに水を差すほど無粋ではない。

 ハイアークとミュータンタは飛び去る。途中、わざと血の大鷲に跨り宙を舞っているマギラットとコゲチャの側を通る。

 マギラットが声をかける。

「ハイアーク貴様。貴様の祖の血、血の鎧には飛行能力など無かったはずだぞ。それは獣の鳥を作り出せる我だけの専売特許だったはずだ」

「自分で考えなさい。もうわかっているでしょうから言うけど、あなたの血の鷲、デルデの血の刃に今見せた剣。祖の血は全部飛行する力を持つ。重力なんかに縛られない。それに気付いて解明すれば、血は空を舞わせられる」

「血が空を舞えるのは自明。しかし我のように魔物を乗せて飛行する力は我にしか無いはずだぞ」

「だから自分で考えなさい。隠れて観戦しているだろうケルンやリリルスはきっともう思い至っている。血による飛行はもうあなたの専売特許じゃないわ」

「ふん。元々空を飛べる我の不利にはならぬわ」

「でしょうね。それじゃあね。私急いでいるから」

「ふん。デルデは我が殺す。貴様があいつと再び戦う事など無いわ」

「……私の計算では、最終決戦は私とデルデ。それ以外の解は無い」

「ほざけ」

 ハイアークたちは飛び去る。マギラットたちはそれを見送ると、デルデたちの側まで鷲で飛んでいく。

 建物の屋上でマギラットとコゲチャは鷲の背から降りる。鷲は翼を畳んでおとなしくしている。

 デルデは二人を満面の笑顔で出迎える。

「マギラット。見てたー? 楽勝楽勝」

「デルデ。とても楽勝には見えなかったがな。負けそうだったではないか。我以外に最強の貴様が負けるなど許さんぞ」

「私は誰にも負けまっせーん! あはーははははは」

 デルデは手を振ってやーねーと言った仕草でからから笑う。

 コゲチャが夫の脇を肘で小突く。強すぎた。マギラットの身体がくの字に折れ曲がる。

「げぼっ! コゲチャぎざまああああ、げほげほげほげほ」

 むせる夫を無視してコゲチャは手を差し出す。

「初めまして王デルデ。あたいはコゲチャ。この駄目亭主の奥さんさあ」

「誰、が、駄目、げほっ」

「あんたは黙ってなさいよ! いっつもトロいんだから。私をさっさと紹介しないで」

 デルデは夫婦のほほえましいやりとりをうらやましそうに見ながら手を出し、コゲチャと握手する。

「初めましてー。あんたがコゲチャね。うーん。やっぱ配下の情報は不正確だわー。情報より大分美しいし、いやらしい身体してるー」

 コゲチャの服は肩がはだけ大きな胸がこぼれそうなほど見えている。かろうじて乳首は隠れている。魔物の皮膚で出来た服は特別で、どんなに激しく動いてもはだけきる事は無い。

 下半身も同様で、裾が太股の付け根当たりまではだけ左右に広がっている。しかし下着が見える事は無い。ふわふわとしながら隠すべきは隠す。

「エーリヒ。あんまり見ちゃ駄目よー」

「見てないよ」

 そばに立つ包帯男は包帯の隙間からのぞく眼球をぐるぐると回転させる。コゲチャの胸や太股をときどきちらちらと見ている。

「あっははは。見てもいいよ。男の視線は気持ちいいからねえ。うちの旦那なんかいっつも私の事じろじろといやらしい目で見てさあ」

「ええー。うらやましー。私のエーリヒは私が裸で迫っても絶対手を出してくれないのにー」

「あんた婚姻しているのにまだ処女だって本当なのかい?」

「本当本当。恥ずかしいわー。早くエーリヒに抱かれたーい」

 二人の妻はしばらく互いの夫をネタに談笑していた。

 マギラットがいい加減たまりかねて口を挟む。

「コゲチャ貴様。そんなくだらん話をしたかったのか? これだから女は。集まれば姦しい。王への紹介が終わったならもう行くぞ」

「まあまあ。ふーん」

 コゲチャはにやにやしながらあごに指を当て、背が高いので腰を曲げて小柄なエーリヒをじろじろ眺め回す。

「何だい? 僕、女性にじろじろ見られるの嫌いだなあ」

「ふふん。なかなかいい男だねえ。照れちゃってかわいいの」

「男なのにかわいいなんて言われるの、嫌いだなあ。馬鹿にされている」

「コゲチャ貴様ああああ! 我というものがありながら他の男に色目など」

「あんたは黙ってな! ふふん。戦わなくてもやっぱり間近で観察すると違うねえ。ふんふん。なるほど」

「何がなるほどなの? 百足男と違い釜女は知覚に優れているわけじゃない。手合わせせずに見ただけで何がわかるものか」

「あんた成熟が足りないねえ。成熟した強い魔物は強敵と出会ったら戦う前から相手を見定められるものさ。でないと一撃で殺されちまうよお」

「僕は十分成熟しているよ。包帯男だから成熟が歪んでいるだけだよ」

「ははっ。まだまだ。私の敵じゃないねえ」

「僕の絶対防御は突破出来ないよ」

「包帯なんて私の熱で焼き切っちまうよ。何なら試してみるかい?」

 デルデが口を挟む。

「ちょっとちょっとー。私のエーリヒはとても強いわよー? 私が全力で追いつめても殺せず逃げ続けたぐらいなんだからー」

「ふーん、そう? そうは見えないけどねえ?」

 コゲチャはエーリヒの観察を止め背筋を伸ばす。背がとても高い。長身のデルデよりも高く、巨体のマギラットと並んでもひけを取らない大女だ。

「じゃ、挨拶も済んだし。帰ろうかいあんた」

「は? もういいのか」

「十分。ふふん。戦うのを楽しみにしているよ。デルデ。エーリヒ」

「ふーんだ。私のエーリヒを見下してー。後悔させてやるー。エーリヒは本当に強いんだからねー」

「はいはい。楽しみにしてるよ」

 コゲチャはひらひらと手を振り、血の大鷲の背に飛び乗る。マギラットがあわてて続く。

「それでは我らは行く。デルデ。ケルンなどに負けるなよ。我と戦うときに手負いの重傷の状態など許さんぞ」

「私が負けるわけないでしょー? ほら、ハイアークたちと戦ってもこの通り、夫婦とも無事。大丈夫大丈夫。あはーはははは」

「向こうも無事だったがな」

「まあ殺し抜きで降参ありの手合わせだからねー。殺し合いなら二人とも殺していたわよ。絶対」

「そうか。それでは行くぞ。さらばだ」

 血の大鷲は巨大な翼を広げて飛び立つ。二人はあっと言う間に夜空の向こうへ消え去った。

 エーリヒはデルデに話しかける。

「あの二人何しに来たんだろう。戦いについて何も語らずただ紹介と談笑だけ。何だったんだ」

「さあー? 別にあんな物じゃないのー? 闘争の対戦相手以外には手出し出来ないんだから」

「そうだけど。強者特有の、見ただけでわかる情報を得るためだったのかな」

「こっちだって相手の情報が見てわかるだけ得られる。お互い様よ。あの釜女強いわー。釜女は鬼の名を冠しない下級魔物の中では優秀な種族。鬼には至れないけどその一歩手前。その中でも特別成熟している。彼女強いわよ。あのマギラットの求婚、つまり戦闘を何度も退け撃退しただけはあるわね。ミュータンタとどっちが強いのかなー。戦うの楽しみだなー」

「存分に楽しみなよ。僕は戦わないよ。二人とも君と戦いたがっている。君も二人と戦いたがっている。なら僕は邪魔しない」

「ええー? 私にだけ戦わせるのー? やーんいけずー」

「君がそうしたいって願望を尊重してあげているんだろ。文句を言われるなんて不愉快だなあ」

「ああん嘘々。うれしいわー。大好きエーリヒ」

 デルデはエーリヒに抱きつく。エーリヒは突っ立ったままだ。しかし内心、デルデの無事をわずかに喜んでいる自分に驚いていた。

posted by 二角レンチ at 22:26| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月27日

吸血鬼デルデと包帯男(17)釡女

吸血鬼デルデと包帯男(17)釡女

 夜の空を鷲が飛んでいた。

 ただの鷲ではない。翼を広げれば十メートルを超える巨大さ。しかもその体躯は深紅だった。

 まるで宝石のように淡い色から深い色まで色とりどりの朱で彩られている。美しい工芸品のようであり、それが生きて動いているなど信じられない。

 血で出来た大鷲は夜でも関係無く夜目が利く。吸血鬼の歴史上最も偉大なる祖の血が持つ力を備え、夜目も遠視も他の知覚能力も格段に優れている。

 鷲はその背に二人を乗せていた。人に似た姿をしているが人ではない。魔物だ。吸血鬼の王たる中年に見える男マギラットと、その伴侶である女だった。

 女はきりっとして美しい。人間でいえば若く見える熟女。妖艶に深い成熟を重ねている。若々しさとは少し違う、熟した濃厚な色気があった。

 女は大きな胸の谷間がまる見えになるほど服をはだけていた。しかしその服はずり落ちない。脱げそうになりながらも完全にはだけて豊満な乳房を露わにする事は決して無い。

 女はゆったりした服を激しくはためかせている。鷲の飛行速度はとても凄まじく、その背に乗る二人に当たる風圧も相当な物だ。しかし強靱な魔物や、魔物の死体から作った衣服はこの程度の風圧に負けるほどやわではない。

 女はマギラットの背後から腰に片腕を回してしがみついている。そしてもう片方の手で拳を握り、前にいる夫の頭をぽこぽこ叩く。

「ちょっとあんた、遅いよ遅いよ! ほら早く。もっと早く飛びなあ。戦いが終わっちゃったらどうするのさ」

 マギラットは王である自分の頭を軽々しく叩かれ怒りに顔を歪ませる。

「コゲチャ貴様ああああ! 我の頭を叩くなといつも言っておろうがあああああ!」

 コゲチャと呼ばれた熟女はふんと鼻を鳴らす。

「何言ってんだい。いつも言ってるだろ。旦那を躾るのは嫁の務めだってねえ。まったくふがいない夫を持ってわたしゃ苦労が耐えないよお」

「我は出来た夫である! それよりコゲチャ。貴様が身支度に時間をかけるから開戦に間に合わないのだぞ。それを何だ。我の責任みたいに言いおって」

「あんたの責任だろお! この鷲遅いよ。もっと早く飛びなさいな」

「これが限度だ。最高速度だぞ。貴様結局いつもの格好ではないか。はしたないから正装しろとあれほど」

「うるさいねえ。いつもいつも。魔物は身にまとう衣服や装備も含めて魔物なんだよ。一番戦闘しやすい格好が正装さね」

 それに異論は無い。しかしマギラットは、胸も太股もはだけた妻のはしたない格好を他の連中に見せるのが嫌だった。美しい妻の色気のある姿をケルンなどの男に見られたくはなかった。

 独り占めしたい。妻は美しく、いくら抱いても飽きない。二人の交わりはとても情熱的でえんえん続く。デルデとハイアークの戦闘を観戦し分析する前に少し張り切りすぎた。闘争が開始されれば気を緩めないために交わりも控える。闘争で死ぬかもしれない。二人とも最愛の伴侶との最後の交わりになるかもと思うといくらやっても足りなかった。

 おかげで遅刻だ。妻は身支度に時間がかかるが、その前の交わりがあまりにも長すぎた。遅れた責任はどっちもどっちだ。どっちかがこれでやめようと言えばもう一人が求め、どちらも結局やめなかったのだから。

 マギラットは中年に見えるがそれは成熟が間違っており歪んで成長したせいだ。魔物の年齢でいえば成人して間もない。ケルンたちと同じでとても若い。力の強い魔物らしく性欲も強かった。

 妻はそれ以上だった。底無しの性欲。酒や食事も底無し。大食らい。餌である人間を補食出来る数は掟で制限されているが、コゲチャは空腹をまぎらすため人間のようにごちそうを大量に食べ酒をかっくらう。

 もちろん酒で魔物は酔えない。強い肉体により解毒される。魔物を酔わせる酒はごく一部の魔物から採取される特殊な酒だけであり、そんな貴重な物を毎日たらふく飲む事は出来ない。

 コゲチャは酔えない人間の酒をたくさん飲んで酔っぱらった振りをして、人間を自由に食べられない辛さを耐えていた。

 奔放にして豪快。デルデに通じる物がある。コゲチャは豪快な女であり身体も大きい。筋骨隆々の巨体であるマギラットと並んでも劣らない立派な体躯をしていた。

 釜女。それがコゲチャの種族だ。大柄で豪快な女の魔物。悩むぐらいならとにかく動く。やってみる。楽しさを信条とする。

 強くなるのは楽しい事だ。敵を倒すのはとても楽しいし負けて逃げるのはくやしくて泣けてくる。釜女は強くなるためではなく楽しむために強さを追求する。純粋な強さを求めるのに極めて近いがわずかにずれている。だから美しく成熟するが、それは若々しさよりちょっとだけ老けた熟女のように深い色気を備えて成熟していく。

 それが、歪んだ成熟を重ねて老けてしまったマギラットの性に合っていた。その美しさと強さに惚れたのもある。でもきっと、老けて見える自分と並んで見栄えのする女は他にいない。マギラットはコゲチャに出会い、はじめは相手にされず嫌われたが、それでもめげずに何度も求婚した。

 魔物の求婚は相手を倒して力付くで婚姻の契約を結ぶ事だ。マギラットは吸血鬼の王として負けるなど考えられなかったが、コゲチャは強かった。

 何度も戦い負けて、戦いの後は酔えない人間の酒を酌み交わして戦いの感想を夜通し語り合った。

 いがみ合い喧嘩ばかりだがそれが心地よかった。遠慮なく存分にぶつかり合える相手。一緒にいてこんなに楽しい相手は他にいなかった。二人は言わずとももう、互いを伴侶にするだろうと思っていた。

 でも吸血鬼の王が負けて伴侶にされるなどあってはならない。もちろん手加減で負けるわけにもいかない。コゲチャはマギラットを毛嫌いする振りをしながら内心彼をとても気に入っていた。早く自分を倒せるほど強くなって娶って欲しい。そう想いながらもわざと負けるわけにはいかず、その想いはなかなか成就しなかった。

 何ヶ月もかけてようやくマギラットはコゲチャを倒して嫁にした。吸血鬼の成長速度は他の魔物よりはるかに早い。同じ敵と何度も戦えばいつかそれを上回り勝てるのはわかっていた。

 しかしコゲチャも簡単には負けない。マギラットと戦うのも酒を飲むのも楽しかった。一度負けると修行の旅に出てしばらく来ないので、その間コゲチャは陽気に振る舞いながらとても寂しかった。

 ようやく婚姻し一緒になった。でも表面上は喧嘩ばかり。互いに愛し合っているのがわかっていなかったならやっていられないだろう。マギラットはとても怒りやすく、釜女のコゲチャはそれ以上に怒りやすい種族だった。

「遅いって言ってるでしょお! 限界速度だろうが何だろうがあたいが急げって言ったら急ぎなさいよおおおおお!」

 ピーッと甲高い音を立てて、コゲチャの頭から蒸気が吹き出す。白かった肌が真っ赤に焼け、抱きついているマギラットを焼く。

「うおあ、熱い、こら、やめんか」

「釜女を怒らせると熱いよ。もっともっと怒ってやろうかねえ」

「わかった。急ぐから、冷めてくれ。熱くてかなわん」

「ふん」

 コゲチャは釈然としないが熱をおさめる。真っ赤だった皮膚は元のきれいな白い肌に戻る。熱せられたマギラットの背中はまだ煙を噴いている。

 二人の衣服は魔物の皮膚を加工して作ってある。釜女の熱でも焼けない素材だ。

「ぬうううう……」

 マギラットは牙が折れるかと思うほど歯ぎしりする。妻にはかなわない。怒りっぽい釜女は怒ると沸騰する。身体が怒るほど熱くなり、その熱を武器として触れた物を燃やす。

 吸血鬼の王が妻の尻に敷かれるなどあってはならない。しかしマギラットが妻に頭が上がらないのは周知の事実だ。もうどうしようもない。彼はとても不愉快だった。

 怒りっぽい自分に萎縮するような女ではやがて潰れる。夫婦生活が破綻する。自分が怒ってもさらに怒ってやり返せるような女でないときっと上手くいかない。マギラットは自分以上に怒りっぽい女を妻とする事を昔から決めていた。

 ようやく出会ったコゲチャは理想的だった。怒りっぽさだけでなく、強さも美しさも申し分無い。鬼の名を冠する魔物は鬼同士では子を成せないため掟により婚姻が禁じられている。鬼の名を冠しない下級な魔物の中から吸血鬼の王に並ぶほど成熟した強者を捜し出すのは骨だった。

 コゲチャに惚れた。もう他の女なんか考えられない。頑張って倒して嫁にした。しかしコゲチャはちと怒りっぽすぎた。

 マギラットの怒りに耐えられるほど強い女。しかしマギラットがまいるほど怒りっぽいとまでは考えていなかった。

 夫婦生活でへとへとになっているのはマギラットの方だった。しかし悪くない。尻に敷かれて男の面目も吸血鬼の王の面目も丸潰れだ。それでもマギラットはコゲチャと一緒になれて幸せだった。

 妻を死なせたくない。そのためには毛嫌いしていた諜報活動だってしないといけない。でもまだ素直に全てを許せるわけでもない。

 本当は血で作った小鳥たちを飛ばして戦いを観戦しておけば部下に探らせるよりはるかに正確で膨大な情報を得られる。諜報戦は血で獣を多数作り出し自分で見るのと同じくらい詳しい情報を得られるマギラットが最も秀でている。なのにそれをせず、直接観戦にこだわった。

 その事で妻とは激しくやり合った。しかし結論は出ず、マギラットは直接観戦だけを妻に譲歩させられ、鳥たちを飛ばしての隠密な諜報を許すかどうかはいったん棚上げとなっていた。

 いずれは妻に押し切られそれを了承させられるだろう。マギラットの嫌う卑怯な振る舞い。しかしこの闘争では認められる。認められる事をせずに敗北するなどあってはならない。誇りだの信条だのより許される最大を尽くして全力で臨む。それが何より求められるし、それが一番立派な事のはずだ。

 マギラットの気性では、自分が良しとしない事をするのはかなり抵抗がある。しかしそれを押し切るだけの強い妻を嫁に、味方にしている。マギラットはこの闘争に勝つために最高の伴侶を得たと内心喜んでいた。

「ほら早く、もっと早く!」

 妻は背中から、大きすぎるやわらかい乳房を押しつけながら拳でポコポコと夫の頭を叩く。

「ぬうううう……」

 マギラットは歯ぎしりしながら耐える。

 力を振り絞る。力を大量に使った所ですぐに戦闘は行わない。回復の時間は十分過ぎるほどある。マギラットは全力を振り絞って騎乗している血の鷲に力を注ぎ込む。

 血の大鷲がまぶしく輝く。深紅の光が夜空の漆黒を明るく照らす。血の流星と化してもはや人間には一瞬の流れ星にしか見えないほどの速度で大空を飛ぶ。

「やれば出来るじゃないさあ」

「我だって他の奴らに観察されておるのだ。全力での長距離加速の速度を戦闘でもない内から晒す奴があるか」

「あんたが遅れるからしょうがないじゃない」

「誰のせいで遅れたと」

「これぐらい手の内のほんの一部じゃないか。ケチくさい男だねえまったく。全部見せてもなお勝つ。大丈夫。あたいが勝たせてあげるよお」

「……期待しておるぞ」

「え? 風圧の音がうるさくて聞こえないけどお?」

「コゲチャ貴様あああああ! 我がたまにほめるとわざとらしく聞き返すのはよせとあれほど!」

「あっはっは。あんためったにあたいをほめてくれないからねえ。もっと聞きたいもんさね。妻としては。ほらほら。あんたが急いでくれたおかげで決着前に間に合ったみたいだよお」

「うん?」

 魔物の遠視ならはるか遠くても見える。血の鷲の高速飛翔による風圧でも目が潰れたり霞んだりする事無くはっきりと、はるか遠くの戦いが見て取れる。

「なんだあれは。デルデが負けている?」

 高い建物の屋上で、デルデはミュータンタに追いつめられていた。ミュータンタの湾曲したクワガタの角みたいな二本の牙に挟まれ、押し負けて苦しそうな顔をしている。

「詳細は後から配下の魔物に聞くとして。とりあえずあれがデルデかい。美しいねえ。ほれぼれしちゃう。若く美しい。熟女みたいに少し老けた成熟をする釜女とは違う。本当の強さを真摯に求めた結果。はあ。美しいったらありゃしない」

「コゲチャ貴様ああああ! 配下による諜報は棚上げにしておいたはずだろうがあああああ」

「しょうがないじゃないさね。情報不足は致命的なんだからさあ。取り返しがつかないよお。あんたが血の獣による諜報をしてくれればそれが一番詳しい情報を集められるけど、しょうがないからあたいの配下に探らせておいたのさあ。諜報の為の入国や監視は認められているからねえ。ちゃんと正規の手続きで入国させておいたよお」

「ぐぬううううううう!」

 マギラットはまだ諜報活動を認めたわけではない。信条に反する。とりあえずこうして直接観察だけを折れたつもりだったのに、妻は勝手に配下の魔物を使って諜報を行っていたのだ。

「うるさいねえ。話は後々。それより先に周りを観察して把握するよ。あんたがいちいち怒っていると何も進みやしないからねえ」

「貴様の方が怒りっぽいくせにいいいい……」

 マギラットは自慢の牙が折れんばかりに歯ぎしりする。もちろん吸血鬼の牙は硬く決して折れはしない。

「驚く事ばかりだねえ。でも驚くのは後々。百足男なんて劣等な魔物があの最強のデルデを追いつめるなんてねえ。それにあの牙の長さ。触角の数。百足男の中でも桁外れ。あんなの聞いた事もないよお」

「そうだな」

 マギラットは怒りを抑えるため苦々しく相づちを打つ。

「離れた所にいるあれがハイアークだね。んまあ。何てかわいらしいお嬢さん。でも成熟が足りないねえ。外見が若すぎる」

「むう。あの血で出来た下半身は、飛行船か? 血の鎧はあのような形ではなく全身を覆う甲冑だったはずだが」

「改造したんだろうねえ」

「祖の血の形を改造? そんな事が可能なのか?」

「あんたの方が詳しいでしょお。祖の血を持ち完全に理解しているんだからさあ」

「完全に把握しておるつもりではあったが、あのような事が可能となると、祖の血の力を完全に理解しているわけではないようだな」

「円卓の会談でケルンが言っていた、自分も知らない力が祖の血に秘められているって事かい?」

「かもしれん。あれはただのはったりだと思っておったが、こうして実際に祖の血が持つ未知の力を見れば本当に、隠された力はあるかもしれん」

「自分でわからないのかい?」

「わからんな」

「この役立たず!」

 コゲチャは拳でガツンと夫の頭を殴る。

「コゲチャ貴様ああああああ! 夫の頭を殴るなとあれほど」

「それよりケルンがいないねえ。隠れて監視している配下の情報だけじゃ不正確だからね。自分でも絶対に観察に来ているはずだけど」

「ふん。あいつの伴侶は沼女だからな。沼をまとい沼に潜み隠れる。沼に潜ると何者にも探知されん。それで隠れて見ておるのだろう」

「そうかい。便利だねえ。リリルスも同じように隠れて見ているのかねえ?」

「わからんな。奴の夫は岩男だし、祖の血も隠れるような能力は持たんはずだが。隠された力か、あるいは気配を感じさせない配下の魔物に監視させ、自分は見に来ておらんのか」

「配下の情報だけじゃ足りないから、絶対見に来ているはずだけどねえ」

「わからん。推測してもしょうがあるまい」

「そうだねえ。包帯男はデルデを助けに行かないねえ。ハイアークが足止めしているせいかね。絶対防御同士互いに干渉出来ないのに、どうやってデルデから包帯男を遠ざけたんだろうねえ」

「知らん。貴様の配下から聞けばよかろう」

「おや。諜報の大事さがようやくわかったかい?」

「うるさい」

 マギラットはぶつくさと言っているが、諜報の大事さはこれだけでもわかる。信条にこだわって遅れを取るのは本当に致命的だ。

 自分だけなら信条にこだわって死ぬのもいいだろう。しかし妻の命もかかっている。妻の命は自分の信条などより何百倍も重い。絶対に死なせられない。マギラットは諜報の大事さがほとほと身にしみた。

 まあそれについては戦いの後でいい。この戦いはもうじき決着がつくだろう。それをまずは見る事にする。

「ほら見てごらんあんた。デルデたちの方で動きがあるよ。決着がつくよお」

「わかっておるわ。黙っておれ」

 マギラットとコゲチャは血の大鷲に乗り、デルデたちよりはるか上空で離れた場所から戦いを観察した。そしてその驚愕の決着を見届けた。

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2014年12月26日

吸血鬼デルデと包帯男(16)敗北必至

吸血鬼デルデと包帯男(16)敗北必至

 ミュータンタはもう血を吐いていない。吐き出した血の噴水は、自分の吐血もあったが多くは体内に取り込んだ血の刃から栄養というエネルギーを奪ったあと形を保てず融解した残骸だった。

 ミュータンタは口から太い牙を出したままもごもごと笑う。

「ガガガカカカカ。ざまあねえな。自慢の夫を連れ去られ策も出せねえか? てめえ円卓の会談で旦那の頭脳をさんざん自慢していたらしいが、てめえ自身のおつむは空っぽかあ?」

「私馬鹿だもん。今までずっと知恵より力付くで何とかしてきたもん」

「じゃあこれでおしまいだな。俺の体節は鎧だ。成熟して血の刃でも切り裂けねえほど硬くなっている。だからてめえは体節で防ぎきれない大量の刃を一度に投入せざるを得なかった。それが狙いだったんだぜ。おかげで多数の血の刃を身体に潜り込ませ、一気に栄養を奪ってやれた。俺のパワーはもうてめえより上なんだよ。牙の鋏に挟まれくたばりやがれ。おっと殺しは駄目だったな。だが魔物なら胴を切断されたぐらいで死にはしねえ。ならいいよなああああああ?」

 ミュータンタは牙を出して歪んだ口をさらに歪めて笑う。デルデは冷や汗を垂らしながらせっぱ詰まった顔で、この詰んだ状況を逆転出来る策を必死に考えようとしていた。

 デルデたちからどんどん離れるハイアークとエーリヒ。澄んだ夜空に輝く血の飛行船が赤い流星を描く。

 ハイアークの下半身に形成した血の鎧は飛行船の形をしている。どちらかと言えば宇宙船に近い。丸い胴体に小さな翼がいくつかついている。もちろんエンジンから火を噴きはしない。祖の血の持つ力を使って飛行している。

 血の鎧には空を飛ぶ力は無いはずなのに。しかし有りもしない力を後から付け加えるなど容易ではない。飛行に見えて力を使った推進や浮遊を駆使しているはずだ。どうでもいい。結果としてハイアークは自在に空を飛び空中に停滞する事が可能となっている。その原理を突き止める暇は無い。

 それより今の状況を何とかしないと。デルデは両腕にまとった血の竜巻でミュータンタの牙の鋏を止めている。しかし栄養を奪われパワーを増したミュータンタとの力比べではいずれ押し負けてしまう。もうそれまで時間はあまり無い。

 エーリヒが戻って助けないといけない。絶対防御の包帯で包めばいかなる敵でも動きを止められる。ミュータンタはデルデ以外に対応する余裕など無い。包帯を巻き付け容易に動きを止めてデルデを救い出せるはずだった。

 それをさせまいと、ハイアークがエーリヒを連れ去った。デルデたちから遠くに離れてしまう。

 力の中和。同じ力をぶつければ中和し弱められる。絶対防御は内在する力ではなく外へ発散し外部へ作用する力だった。エーリヒはそんな事をわかっておらず、包帯に内在する不可侵の力だと思いこんでいた。しかしハイアークは違う。研究により力の本質を解明し戦いに利用する。

 絶対防御は不可侵。しかし同じ絶対防御の力をぶつけ中和すれば弱まり不可侵ではなくなる。その原理をもってしてハイアークはエーリヒの包帯を掴んで引っ張り連れ去るという不可能を可能にしたのだ。

 驚愕するエーリヒは頭が働かずとっさに対応出来なかった。おかげでデルデたちからはるか遠くへ連れ去られてしまった。夜目も遠視も出来る魔物の視力ならはるか遠くでも視界に入れば視認出来る。デルデは相変わらずミュータンタの牙の鋏に挟まれ窮地を脱していない。

「いけない。戻らないと。僕が助けないといけないんだ」

 ようやく思考が回りだしたエーリヒは、いろいろな事を頭の隅にやり、今するべき事に集中しようとする。

 それを見てハイアークは飛行船のアームで掴んでいた包帯を離す。数本の包帯が解放されたエーリヒはしゅるりと風に舞う包帯さながらにくねくね身を翻しながら高い建物の屋上に降りる。

 その少し上空に浮いたままハイアークが止まる。二人は対峙しにらみ合う。

「どうして包帯を離したんだい。僕を逃がしてくれるのかな? そうだとうれしいんだけど」

「もうこれだけ離れれば、あなたが戻るのは間に合わない。その前にデルデはミュータンタの牙で真っ二つにされる。魔物なんだから胴を切断されたぐらいで死にはしない。でも重傷。もう戦えない。ミュータンタ相手に重傷では勝てっこない。あとの残り時間はたっぷりなぶられる。デルデはおしまいよ」

「そんな事にはならないよ。僕が戻って助ける。デルデならきっと僕が行くまで耐えきってくれるはずだ」

 ハイアークはため息をつく。

「あなたは妻のデルデが嫌い。逃げたいといつも言っている。だから離した。行っていいわよ。もうあなたに用は無い。どこへでも逃げなさい。デルデはもうあなたを追えない。この闘争で殺されるのだから」

「え?」

 エーリヒは上手く頭が働かない。ミュータンタとハイアーク。どちらにも頭が真っ白になるほどの驚愕と感動を与えられた。おかげでどんな状況でも冷静に逃げ道を考えられる頭脳が麻痺してろくに機能しない。

「あ、ああ……いや、デルデは勝つよ。彼女が誰かに負けるなんて想像も出来ない。彼女はこの闘争が終わるまで健在で、僕を逃がさない。逃げてもすぐ追いつかれる。彼女のおしおきはそりゃあひどいものだよ。怖い怖い。僕怖いのや痛いの嫌だなあ。だからまだ逃げられない。君たちがデルデを倒せるわけがないもの」

「なら助けに行かなくてもいいじゃない。デルデは強いんでしょ? あなた言っている事が矛盾しているわ」

「それは、ええと……」

「あなたは頭がとてもいい。よく回る。そんなあなたと戦いたかった。でも今のあなたの気持ちはわかるわ。驚き過ぎて思考が麻痺している。侮っていた私たちの想定外の強さに驚き過ぎて感銘を受け学んでいる。でも頭が働かない。あなたとならきっと面白い知能戦が出来ると期待していたけど、今は無理なようね。そしてもう二度と無理。だからあなたに対する興味はもう無い。逃がしてあげるからどこへでも行きなさい」

「それは、だから、デルデを倒すなんて無理で」

 エーリヒはしどろもどろと手を大げさに振って何とか取り繕おうとする。

(どうして僕は逃げないんだ? デルデが倒されたり追いつめられたりするなら逃げるチャンスだ。僕はデルデに追いかけられ捕まえられ、婚姻の契約を結ばされたあのとき以上のおしおきを恐れている。でもデルデが倒されるならもうそんな心配はいらない。この闘争でデルデが敗北したなら最後は祖の血を奪うために殺されるんだから)

 エーリヒが毎日望み願った逃げるチャンス。包帯男は逃げるのが使命だ。逃げるチャンスを無駄にするなんてあり得ない。

(四人の王たちとの初戦。戦闘一時間に回復の時間が五時間。デルデは二十四時間を使って四人の王と連戦しなければならない。そのためには五時間で癒える以上の傷を負うわけにはいかない。でもここでデルデが倒されればミュータンタが死なない寸前まで痛めつける。五時間では癒えない重傷を負わせる。あとは残りの王たちも戦闘時間を使ってデルデをなぶり痛めつける。二十四時間の初戦が終わってもデルデは回復出来ないズタボロのままだ。そこで最初にデルデと戦い殺す権利を四人の王たちが相談して決めデルデを殺す)

 ハイアークはエーリヒが何を考えているのか聞かなくてもわかる。だから結論に至るまで辛抱強く待つ。

 戦っても面白くなく得る物も無い。今のエーリヒと戦っても意味が無い。デルデを助けに入れないように足止めするなら何でもいい。エーリヒが思考し動きを止めるならハイアークはそれを邪魔する必要は無い。

(デルデはもう詰んだ。殺されるし逆転不能。ここで見殺しにすれば僕は彼女から逃げられる。この闘争は祖の血を奪うために吸血鬼の王を必ず殺す。しかしその伴侶は別に殺す必要もないし、円卓の会談で伴侶を殺さなくても王を殺せば勝利だと定義したじゃないか)

 しかし戦闘だから伴侶を見逃す必要もない。殺したいなら殺してもいいのだ。

(僕は殺されるのを恐れている? デルデが敗北したら僕は殺される? いや、ハイアークはそうしない。僕を殺す必要が無いのだから。彼女は見逃すと言ったら必ず見逃す。ミュータンタがどう言おうとも。僕は安全にデルデから逃げられるんだ。生き延びられるんだ)

 デルデを見殺しにすればきっとハイアークや他の王たちはエーリヒを殺さない。包帯男など殺す価値の無い下等種族だ。魔物は成熟するために強者と戦い殺す。しかし弱者を殺しても得る物は無く、多くの魔物はそんな事をして自分の強さを貶めはしない。

(逃げればいいのに。どうして僕はデルデを助けに戻りたいんだ? 彼女を愛しているから?)

 エーリヒはじっと自分の内面を観察する。

(いや、僕はデルデを愛していない。嘘じゃなく本当に。婚姻は無理矢理だったし本意じゃない。彼女は強く美しく奔放だ。強烈で魅力的。あこがれ惹かれる。でもそれは敬意の類であって恋愛感情ではない。自分もああ強くありたいと願い焦がれるけれど愛情じゃない。僕はデルデを愛していないしそのために助けたいとは思っていない)

 エーリヒはなぜ自分が逃げないのか。デルデを助けに戻りたいのか。その理由を自分の内面を深く探る事で突き止めようとする。

 時間にすればわずかだが、こんなにじっくり深く自分の内面を探り観察した事などなかった。何年も滝に打たれながら瞑想したような、厳しく冷たくそしてさっぱりとした気分で結論に至った。

 エーリヒはおかしくて笑い出した。それを聞いてハイアークが顔をしかめる。

「何がおかしいの。私を馬鹿にする挑発のつもりなら不愉快だわ」

「違うよ。違う違う。あ、でも違わないか。だって、ねえ、こんなおかしな事ってないよ」

「何がよ」

「だってさあ、さんざん悩んで、僕はどうして逃げないのか、デルデを助けに戻りたいのか。わからなかった。デルデが倒されるなら僕は安全に逃げられる。君は僕を殺さず逃がす事を保証してくれている。王たるものそれはただの嘘ではなく本当。僕を騙して殺したところで君の誇りを汚すだけ損だ。だから僕は安全を保証されているはずだった」

「はずだった?」

「うん。そこが間違いだったんだ。僕は安全を保証されていなかった。今もこれからも最大の恐怖に脅かされ続ける。だから僕はそれを恐れ、逃れられないそれから逃げようとして捕らえられさらなる恐ろしいおしおきを受けるのを怖がっていたんだ。だから逃げないし、助けに戻りたかったんだよ」

「最大の恐怖? デルデの事? でも彼女はもうおしまいよ。詰んでいる。もう間もなくミュータンタの牙に押し負け倒されるわ」

「だからさあ、そこが間違いだったんだよ。あのデルデがこの程度のピンチで倒されるなんて。あり得ないや。ははっ。おかしすぎて笑っちゃう。あのデルデが倒されるだって? あり得ないよ。だから僕は怖かった。ここで彼女を見捨てて逃げ出せば、あとで彼女に捕まえられひどいおしおきをされちゃうからね」

「この状況で、あなたは私から逃れられずデルデを助けに戻れない。デルデは罠にはまってエネルギーを奪われ今のミュータンタのパワーにかなわない。逆転なんて不可能な詰んだ状況よ。私たちの勝利は揺るがない。あなたたちの負け。何をどうしようとももう覆らない」

「うん。普通ならね。でもあのデルデだよ? 自分よりもはるかに強い魔物に挑み続け勝ち続けた。無謀を重ねて絶対殺される状況に追いつめられたのは一度や二度じゃない。きっと数限りなく。彼女は何度も死ぬ危険にさらされそれでも生き延びてきた。驚くに値するよ。包帯男と違い、逃げて生き延びたんじゃない。敵を倒して生き延びてきたんだ。本当の強者。絶対負ける状況を何度も覆してきた真の実力者。その事実が僕を恐れさせた。今でも彼女が敗北するなんて信じられない。あり得ない。きっと彼女はここから逆転する。だから僕は逃げたら危険なんだ。逃げないのが一番安全なんだ」

 ハイアークはため息をつく。

「何を馬鹿な事を。私の計算でも彼女が勝つ計算式はただの一つも無いわ。後は私たちの勝利、あなたたちの敗北という解に行き着く。答えは一つだけよ。他はあり得ないし導き出せない。彼女は私の計算式の一つにはまり、もう敗北という解以外に道は無い」

「道無き所に道を切り開く。それが強者だ。強者は行き止まりを貫いて突き進む。デルデはきっと、今までそうしてきたようにこの絶対に負ける状況からも逆転勝利してしまうよ」

「あなたという知恵も無く、今はミュータンタに力でも負けている。彼女の武器はもう何も無い。彼女の勝ち目はゼロパーセントよ」

「うん。勝率がわずかでもあるなら逆転もあり得る。でも真の強者は勝率がゼロでも勝利する。それがデルデだ。君たちとは違う」

 ハイアークはその侮辱に顔を歪ませる。しかしすぐに結論は出る。首を横向けはるか遠くにいるデルデたちを見る。エーリヒも同じくデルデたちの決着を見るために首をぐるんと一回転以上回してからそっちへ向けた。

 デルデの勝利など考えられない。でも敗北はもっと考えられない。どちらがより無理があるか。それだけだ。勝利ではなく敗北があり得ないから、きっとデルデは勝利する。エーリヒは自分には無い、勝利を手にする力と奇跡を期待して、追いつめられ倒される寸前のデルデの苦痛に歪む汗まみれの顔を眺めた。

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2014年12月25日

吸血鬼デルデと包帯男(15)成熟の極み

吸血鬼デルデと包帯男(15)成熟の極み

 デルデは高い建物の屋上に塵一つ舞わせずふわりと降り立ち、後ろに首を向けてにっこり笑う。

「さーて、エーリヒ。出番だよー。ちゃっちゃと策を出してちょうだい。とびきりの奴をお願いねー」

 デルデの腹に後ろからしがみついていた包帯男、エーリヒは腕をしゅるりと解いて立ちデルデと向かい合う。

「ハイアークは君の絶対攻撃で突破出来ない防御を構築してきた。想定をはるかに超えている。刃一枚でも防御を突破出来ればそれで彼女を切り刻めるのに。僕たちの負けだよ。降参しよう」

「降参?」

「時間の無駄だよ。一時間の戦闘制限の範囲ではあの防御は突破出来ない。そんな凄い策なんてほいほい出るものか。考える時間が必要だよ。だから降参して、この一時間も思考に費やそう」

 デルデは大笑いしながらエーリヒの肩を両手でばんばん叩く。吸血鬼の怪力に叩かれエーリヒの身体は震える。

「あはーははははおもしろーい。いつ聞いてもエーリヒの冗談は面白くって笑っちゃうー」

「冗談じゃないっていつも言っているだろ。ちょっとは本気にしてくれよ」

「包帯男は逃げられるだけ逃げる。理由をつけて戦闘を避けようとする。わかっているんだからー。本当はとっくに策をいくつも思いついているんでしょ? 包帯男は何が何でも逃げきる。どんな状況からでも生還する。逃げられないような状況でも突破口を見出してそれを突く知恵と力があるわー」

「逃げに特化しているんだよ。敵を倒す知恵も力も僕には無い」

「そーんな事言ってー。んもう。いっつもじらすんだからー。最近それがたまらなくぞくぞくするようになってきちゃったのよねー」

 デルデは両腕で自分を抱きしめくねくねと腰をくねらせる。

「よしてくれよ。気持ち悪い。僕、君にこれ以上好かれるの嫌だなあ」

 デルデは拳でどんと、大きな乳房の間の胸を叩く。

「戦うのは私。攻撃は私。あんたに攻撃力が無くても私にはあるわ。だからいつものように知恵を貸して。力を素直に振るうしか出来ない馬鹿な私を助けて」

「嫌だよ。戦いたいのは君だろ。僕に頼るなよ。君なんかどうなろうと知らない」

「んふふー。そんな事言っていざというときは助けてくれるくせにー。お願いエーリヒ。今頼れるのはあんただけよー」

 デルデは包帯男に抱きつきじゃれつく。指で頬をつんつんされると、エーリヒは瞼が無く目玉だけがのぞく目をぐるぐる回して知らんぷりをする。

 そこへ、若いが深くドスの利いた声が割り込んだ。

「おいおい。いちゃつく振りして時間稼いでいるんじゃねえよ。来ないならこっちから行くぜ。策を練る時間も、戦闘時間が切れるまでの引き延ばしも与えやしねえよ」

 上空に浮かぶ真っ赤な飛行船に下半身を覆われたハイアークの背中から、男が飛び降りて襲って来る。細長い手足に細長い胴、首、そして顔。関節をがくがく曲げて回転しながら迫り来るその様は昆虫を思わせる。

「あはー。あんたが噂の百足男ね。初めましてー。私はデルデ。吸血鬼の王よ」

「俺はミュータンタ。吸血鬼の王たるハイアークの夫。百足男だ」

 細身の若者、ミュータンタは針のような髪を逆立てている。髪ではなく一本一本が太い触角だ。触角を全開にうごめかし、敵であるデルデを視覚以上に詳細に観察知覚分析している。

 ミュータンタは口をがぱっと大きく開く。その中から二本の太い牙が突き出る。それはどんどん伸びて左右に広げられ湾曲する。クワガタムシの角のようだ。ごつくて湾曲し、内側の側面にはギザギザの刃がある牙を長く伸ばし、大きく広げたそれで左右からデルデを挟もうとする。

 百足男の牙でここまで大きいのは見た事も聞いた事も無い。餌である人間に突き立て体液を吸うストローの役割しか持たない牙は本来口から少し突き出る程度しかないはずなのに。

 ミュータンタは百足男の中でも類を見ないほど成熟した個体だと聞く。百足男の規格外。並外れて多数の触角を頭に生やしまるで人間の髪のようだ。そしてその牙も口からちょっと出て人間の体液を吸い取るストローとして使うかわいい物ではない。二本の長大な剣、いや槍のように巨大な牙を伸ばして上空から落下しながら攻撃してくる。

「あはーはははは。あんた本当に百足男? 魔物の中でも下等な部類。弱いし小物のはずなのに。百足男も何人か殺した事あるけど、触角の数も牙の大きさも桁違いじゃない」

「魔物は成熟するほど強くなる。際限無く。種族によらず。鬼の名を冠しない下級な魔物の中でもさらに下等な劣等種族。百足男」

 ミュータンタは細い目をかっと開く。

「だから何だってんだ? 種族も評価も関係ねえ。俺は俺だ。俺は最強なんだよ。吸血鬼だろうが王だろうが俺にかなう奴なんか許せねえ。ぶっ殺さずにはいられねえ。俺は誰にも負けないように強くなってきた」

 デルデは背後に広く展開していた刃の群を引き寄せる。両腕を包むように刃をまとう。小さな深紅に煌めく刃の群が渦を巻き、まるで竜巻を両腕にまとったかのようだ。その渦を巻く両腕で左右から挟み込み両断しようとしてくるミュータンタの湾曲した牙を受け止める。

 ガキンと高い金属音が鳴り響く。渦を巻き続ける刃の群が次々と百足男の牙に当たる。なのに砕けない。切り裂けない。ガチガチと牙に当たっては弾かれ、また渦の流れに混じり戻ってきては再度ぶつかる。

 渦は刃を何度もぶつけ続ける絶対攻撃。これで切り裂けない硬度などハイアークの血の鎧やエーリヒの包帯などの絶対防御でなければあり得ない。

「嘘。硬い」

「攻撃は硬い物だぜ。成熟するほどな。自慢の牙がぽっきり折れたら男前が台無しだろ? 吸血鬼の牙と同じくらい硬くて折れない。それが俺の牙なんだよ」

「男前? あはーはははは。たしかにいい顔しているわね。男らしくて若々しくて。強さを求めてまともな成熟を極めた証だわ。でも私のエーリヒ以上の男前なんていませーん!」

「軽口叩いているがな、自慢の刃で切り裂けない硬度の牙をどう突破するのか考えているんだろ?」

「考えるまでもありませーん! ハイアークと違ってそんなに無防備で。私の刃を防ぎきれると思っているの?」

 デルデは両腕の刃の竜巻でミュータンタがなおも力を込めて挟み込もうとしてくる牙をぎりぎりと受け止める。どちらの切れ味も硬度も互角か。切れず弾けず突破出来ない。膠着している。

 しかしデルデの血の刃は多数の群。一部を別の目的で自在に操れる。ミュータンタの牙はかなりのパワーを誇り、小さな刃でそのパワーに対抗するには多数の刃を投入せねばならない。しかし刃の群は膨大な奔流。まだまだ数は残っている。

 デルデは空中に舞っている刃の一部を上下左右に展開し、ミュータンタのがら空きの背後から襲わせる。

 ミュータンタは胴を伸ばす。百足男は自在に体節を作り出せる。それは硬い外皮を持つ鎧と化す。いくつも煌めく鋼のような層が重なった体節が胴に展開され、胴がその分だけ伸びる。その硬い外皮に当たると血の刃がガチンガチンと弾かれていく。

「あらーあららら? やーんもう。私の刃は自慢の絶対攻撃なのにー。ハイアークの鎧でなく百足男の体節なんかに弾かれると自信無くしちゃうなー」

「そうかい。どんどん心が折れやがれ。てめえに限らず吸血鬼って奴は他の種族を見下していやがる。同じ鬼でも弱いと笑う。鬼ですらない下等種族ならなおさらだ。だが種族なんて関係ねえんだよ。強い奴が強い。強くなるのに種族なんてちっぽけな足枷だぜ。スタート地点がちょっと違うってだけじゃねえか。くだらねえ。成熟すればどんな下等種族でも最強になれるんだぜ」

「ふふーん。立派立派。たしかにその言には同意するわ。でも同じだけ努力し成熟を重ねたなら、やはり種族の差が詰められない差となる。私以上に努力した奴も、私以上に恵まれた種族の奴も他にはいない。吸血鬼の王に生まれ限界まで死力を尽くして成熟してきた。私にかなう奴なんていやしないわよ」

「うるせえぜ。ここでてめえをぶちのめす。それで俺が最強だぜ」

「あはーはははは無理無理無理でーす! ハイアークの鎧は刃の通る隙間を無くした。そうでないと刃に侵入され内部から食い荒らされる。そんな隙間だらけの体節を一部に展開したって私の刃は防ぎ切れないわよー?」

 デルデはさらに大量の刃を投入する。ミュータンタの全身を覆い尽くしてなお余りあるほどの物量。防ぎきれない。数がある程度までなら体節の展開による鎧で防げても、身体全てを体節にする事も出来ないしその重なった体節には隙間がある。刃は必ず通る。ミュータンタは体節の展開により防ぎきれない刃を通してしまい、身体の内部に刃を侵入させてしまう。

「がはっ!」

 ミュータンタは血を吐く。

「はい、一丁上がり。この私との初戦は殺し不可の手合わせだからね。殺しはしないわ。でももう内臓はズタズタ。傷を癒さないと戦えないでしょ。おしまいおしまい。最強をいくら叫んだって、たかが下等種族が吸血鬼にかなうわけないでしょー? おっ馬鹿さーん!」

 デルデは大笑いする。ミュータンタは顔を上げ、噴水のように血を吹き続ける。

 デルデはぴたりと笑いを止める。さすが百戦錬磨。勝ったと思った瞬間の油断を狙われ逆転される事など何度も経験している。敵を殺しても油断しない。殺さず寸止めならなおさらだ。だから油断せず力を抜かず、おかげで百足男の牙に挟まれ切り裂かれる敗北をせずに済んだ。

「何? 嘘」

 デルデの顔が驚きにひきつる。演技ではない。本気で焦っている。

「デルデ?」

 後ろで見ていたエーリヒが首を傾げる。デルデの強さは別格だ。いかに吸血鬼の伴侶と認められるほどの強者とはいえ百足男など敵ではない。愚かにも正面から向かってきた敵を簡単に倒せると楽観していた。

 手合わせだから殺されはしない。だから吸血鬼の王の中でも最強と噂されるデルデと全力でぶつかれるまたとない機会。強者なら誰でも一度は挑んでみたくなるものだ。ミュータンタの対決願望を満たすためにハイアークはそれをあえて許したのだと思っていた。

 それは誤解だった。ミュータンタは本気でデルデを倒しに来ている。かなわない敵へのただの力試しなどでは決してなかった。あのハイアークが夫にそんな無駄を許すわけがなかった。

 この手合わせはただの遊びではない。敵を全力で打倒する。それでもかなわないであろうデルデに対する策を見出し最後に勝利するためには、遊びの力試しなどしてこの一度きりの機会を無駄にするわけがなかったのだ。

 吸血鬼の王を打倒する力。それを持ち何度も王を退けて最後に倒され婚姻の契約を結ばされる。それが吸血鬼の王たちの伴侶だ。鬼の名を冠しない下級種族でありながら吸血鬼のみならず王すら打倒し得るほど成熟している。楽勝だの必勝だのあり得なかったのに。

 デルデもエーリヒも油断していた。下級な魔物の中でもさらに劣等種である百足男。包帯男のように最弱とまではいかなくてもかなり下に見られている。でも本当に弱いならあのハイアークが倒すのに困難を極めるわけも、夫にするわけもなかったのだ。

「エーリヒ。どうしよう。これやばいやばいやばい」

 デルデが本気で焦っている。それを見てエーリヒは少なからず動揺する。

「どうしたのデルデ? いつものようにピンチの振りだろ? もう飽きたよそのネタ。ほら早く、そんな倒した奴の牙なんか払いのけなよ」

「違うの! こいつおかしい! 体節の隙間や、体節を展開出来ない生身の部分から刃をたくさん突っ込んだのに。身体の中を滅茶苦茶に切り刻んだはずなのに! 殺さないよう手加減しているから? でももう戦闘不能で倒れるはずよ。なのにパワーが何倍にも跳ね上がっている!」

「何だって?」

 エーリヒは本気で驚く。

 エーリヒは包帯男。逃げてでも生き延びるのが信条の魔物だ。だから他の魔物の事も知識としてよく学び知り、遭遇したときにどうやって逃げるかを常に考えている。

 エーリヒの知識では、百足男が体内を刃で切り裂かれたなら死ぬはずだ。デルデが殺さないよう手加減しているにしてもダメージを受けて弱る。それが体内に侵入した刃で内臓を滅茶苦茶にしたらパワーを増しただと? あり得ない。百足男だけでなく、そんな能力を持つ魔物など聞いた事も無い。

「百足男はよお」

 相変わらず血の噴水を上空に吐き出し続け、太い牙を二本口から伸ばしたままでミュータンタは地獄から響くように声を絞り出す。

「下等だから悪食だ。掟で取り決められた人間って餌の割り当ては下等な種族ほど少ない。百足男なんて数ヶ月どころか年に一回しか人間を食らっちゃいけねえんだぜ。足りねえよ。常に飢えている。空腹を紛らせず栄養にもならない他の動物どころか草木だろうが腐った死体だろうが口に入れては吐き出し、でも何かを食わずにはいられない」

 エーリヒは、相変わらず牙でデルデを挟み込もうとしているミュータンタの言葉に聞き入る。妻の窮地を救うために何も出来ず、ただ聞かずにはいられない。

 同じ下等種族。包帯男は百足男よりもさらに下で見下されてはいるがドングリの背比べだ。だから同じ立場の者として、種族の限界も劣等も超えて最強の吸血鬼の王を追いつめているミュータンタに畏怖を覚えその言葉に耳を傾けずにはいられない。

「百足男は何でも食べる。短気で荒っぽいやさぐれた種族だからな。腹が減ったら何でもかじらずにはいられない。不味くても毒でも吐き出しながらそれでも何かを食べてしまう。当然危険な物も口にする。体内に入れる。そして吐き出す。吸血鬼の解毒は毒自体を殺すがそれとは違うメカニズム。体内にある危険な異物を何でも排出する力に優れているんだ」

 エーリヒがおそるおそる口を開く。

「つまり君のその力は、百足男の排出力を成熟により強めた物だって言うのか? 新しい能力を獲得した突然変異ではなく、自分の種族が持つ力を成熟により高めた物だって事なのか?」

「そういう事だ。年に一回だけの栄養補給じゃ飢え死にしちまう。魔物の餌は人間だけだ。しかし他の物を食ってでも栄養を得て食いつながないと劣等種族は生き残れない」

「つまり、食った物が害になるなら体外へ排出する能力に優れている。それのみならず、体内に取り込んだ害になる物からすらも栄養を得てエネルギーに出来ると? 魔物なのに人間以外からでも栄養を得られるだって?」

「そういう事だ。俺はデルデの刃と相性がいい。ハイアークみたいに全てを防いで侵入を阻むなんて真似は出来ねえよ。しかし俺は体内に刃を侵入されてもそれを排出し、あまつさえ栄養を奪ってエネルギーにする事が出来る」

「血の刃の、天敵」

 エーリヒは唾が出ないのにのどを鳴らしてそれを飲み込むような音を立てる。息を飲むほどの驚きとはこの事か。

 まさか。血の刃は絶対攻撃。それを防ぐか突破されるか。突破されれば負け。絶対防御の包帯を持つエーリヒならなおさらそう考える。

 ハイアークの鎧は脅威だが、それが最強の防御だ。それ以外では血の刃を防ぎきれない。どうやってもデルデが勝つ。百足男など敵ではなかったはずなのに。

 それがどうだ。血の刃を防ぐのではなく、体内に潜り込まれても排出する。ダメージを負うどころか栄養を取り込みパワーアップすらする。

 おまけに、体内に取り込まれて栄養を奪われた血の刃はどうなるのか。あの口から吹き上げる血の噴水。あまりにも量が多い。その違和感に早く気付くべきだった。

「あれはミュータンタの血じゃない。デルデの血だ。血の刃から栄養を奪い、形を保てなくなった血の残骸を口から吐き出し排出しているんだ」

 ミュータンタは全身から血を流している。たしかに刃に切り裂かれればダメージを受ける。しかし体内に取り込んだ栄養を使って急速に治癒する事でダメージがほとんど無い。だから動けるしさらに力を出せるのだ。

「なんて事だ。突然変異で未知の力を獲得したんじゃない。成熟で自分の持つ力をより強め変質させた。ミュータンタ。君が考えたのか? それともハイアークの入れ知恵か?」

「自分で自分を追求して行き着いた結果だ。ハイアークは関係ねえよ。ハイアークの血の鎧は俺とは相性が悪い。体内に取り込めないからな。だから何度も戦って最後には倒された。しかし他の王たちは違う。血を武器として俺を刺す。体内に取り込めばこっちのもんだぜ。血を武器とする吸血鬼は俺の排出とは相性が悪い。生きた血を取り込んで栄養を吸収し、残りかすを排出して敵を無力化出来るからな。一番やりやすいのはこの血の刃だぜ。まんまとひっかかりやがった」

 相性最悪。最強の攻撃である血の刃がまさか、こんな方法で無力化されるとは。想定不能。敵は未知で驚異で強すぎる。最強のデルデなら初戦は楽勝だと思っていたが、思い上がりもいい所だった。

 デルデが半狂乱になって叫ぶ。

「エーリヒ! 何敵に感心しているのよ! 敵の能力がわかったんなら早く対抗策を出して! 私もう持ちこたえられない!」

「え? あ、ああ……」

 エーリヒは動転していた。ミュータンタに感銘を受けていた。

 劣等種族が最強である吸血鬼の王を上回る力を持つ。努力と知恵を駆使して成熟を重ねればそんな不可能が可能となるのだ。目の当たりにしてなお信じられないほどの奇跡。

 エーリヒは逃げを信条とする包帯男であり、大事な中身を守る事が使命だ。そう親に教えられ、危険からいかに遠ざかるか逃げる術と重要性だけを教え込まれてきた。

 しかし彼は男だった。魔物は本能としてより強く成熟する事を望む。それがかなわず他の強さを求めれば成熟が歪む。だから醜く不気味に成長する。包帯男は純粋な力を追求する事を許されない。

 でもあこがれる。最強であるデルデと一緒にいてそばで見るからなおさらだ。その光は余りにもまぶしく自分もあこがれずにはいられない。

 ミュータンタはそれを示した。種族も劣等も関係無い。強さを純粋に求め実際に最強になる事が出来る。

 その可能性を目の当たりにして衝撃を受けた。頭を粉々に破壊され新しく作り直した気分だ。自分もああなれる。ああなりたい。その感動が、感激が、喜びが、将来の可能性がエーリヒをまぶしく照らしそれしか見えない。

「エーリヒ!」

 デルデの悲痛な叫び。この窮地を脱する策を練らねばならない。今すぐに。しかしエーリヒは感動の余り頭がまるで働かなかった。

 デルデは刃の群でミュータンタを襲うのをやめていた。硬い体節を避けて刃を体内に潜り込ませ内臓を滅茶苦茶にしてもなおミュータンタは倒れない。体内に取り込んだ血の刃から栄養を奪って無力化した上その栄養エネルギーを使って即座に傷を癒す。

 倒せない。攻撃は無駄などころか敵に栄養を与え、ますますパワーアップさせてしまう。

 数倍にも膨れ上がったパワーはすでに吸血鬼の怪力を超えている。デルデは王ゆえに祖の血の力により吸血鬼の中でも別格のパワーを誇る。しかしその血から栄養を奪ってパワーとしたミュータンタは自分の力を上乗せする事でデルデを上回る。

 口から生やした二本の長く太い牙。湾曲し、噛み合わさる内側はギザギザの鋭い刃となっている。その二本の牙で左右からデルデを挟もうとしている。デルデは両腕にまとった血の竜巻でそれを防いでいるが明らかにパワー負けしている。

 ぎりぎりと牙の鋏が迫ってくる。それに挟まれ両腕で受け止めているデルデは逃げられない。わずかでも力を緩めれば即座に腕も身体も真っ二つにされてしまう。

「エーリヒ助けて! 私には思いつかない。でもあんたならどうにか出来る策を出せるでしょー!」

「う、うん」

 エーリヒは混乱している。頭がまるで回らない。しかしどんな攻撃だろうと絶対防御の包帯で包めばその動きを止められる。パワーに関係なく、包帯の絶対防御を突破出来ないから結果として動きを止める事が出来る。

 エーリヒはとりあえずミュータンタの牙を包んで止めようと包帯を何本かしゅるしゅると伸ばす。

「それはさせない」

 傍観していたハイアークが割り込む。下半身を血の鎧である飛行船に包まれ機動力を極限まで高めてある。早い。一瞬ではるか離れた上空から突進してきたハイアークが、飛行船から生やした二本のアームで伸びる包帯を全て掴み、エーリヒを引っ張る。

「え? うわっ!」

 包帯男の包帯は絶対防御。干渉不能。それを他者が外部から動かすなどあり得ない。なのに包帯を捕まれ引っ張られた。太い可動する三本の爪を備えたアームが包帯を掴んで引っ張り、エーリヒをこの場から引き離した。

「絶対防御は力の発現。思った通り、絶対防御は絶対防御に作用出来る。中和出来る。私の鎧は絶対防御の力を持つから同じ絶対防御の力を持つあなたの包帯に干渉出来る」

「そんな馬鹿な」

 まさか防御と防御をぶつけるなんて。エーリヒは考えもしなかった。自分の包帯はもしハイアークの鎧を包めばその動きを止められるし、ハイアークの鎧でいくら押してもびくともしないと考えていた。

 とんだ考え違いだ。絶対防御は力の発現。力を発して防いでいる。ただ硬く存在する盾ではないのだ。力を発して外部に作用する。

 絶対防御という力を絶対防御にぶつける。すると同じ力同士中和され、結果として干渉出来る。あとは力の優劣だけ。純粋な力比べとなる。

 エーリヒは絶対防御に絶対防御をぶつけるなど考えもしなかった。ぶつけたところで盾と盾で殴り合うような物。どちらも硬くダメージを与えられない。互いに干渉不能。それだけだと思っていた。

 なのに違った。絶対防御という力は同じ絶対防御という力に作用する。浸食する。中和し無力化出来る。

 そして害せる。突破出来る。

 エーリヒは、他人には引っ張るどころか動かせもしないはずの包帯を引っ張られるという初めての体験に驚愕し、思考が停止したままハイアークの飛行船に引っ張られデルデからどんどん離れていく。

「エーリヒいいいいいい!」

 デルデの悲痛な叫びが遠くに聞こえる。

 エーリヒの身を案じているのか。それとも自分のピンチを救ってくれるはずの夫が連れ去られ絶望しているのか。

 どちらもだろう。それよりいろいろ驚き感動する事が多すぎた。

 ミュータンタ。ハイアーク。吸血鬼の王ではなく百足男がデルデに向かってきたのは失策だと思っていた。しかし逆だった。敵の二人はデルデとエーリヒにとってあまりにも天敵。相性が悪すぎる。そして相手にとっては相性がいい相手だった。

posted by 二角レンチ at 14:06| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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