2015年01月31日

吸血鬼デルデと包帯男(36)目覚めた力

吸血鬼デルデと包帯男(36)目覚めた力

 マギラット夫婦とデルデ夫婦の戦闘は終わった。デルデたちは完全敗北し、その後はもういずれ殺されるだけの運命に屈し自暴自棄となり、夫婦の甘ったるい会話を楽しんで逃避しているだけだった。

 だから直接監視する必要なんて無い。ハイアークを始め他の王と伴侶たちは全員戦場を引き上げ、直接監視ではなく部下などを使ってただ一応の監視をしているだけだった。

 ハイアークは隠れ潜ませている部下たちからの緊急報告で、デルデの様子と会話が不穏当な事を知った。もうデルデに何が出来るとも思えないが、ハイアークはいかなる可能性すら軽視しない。自分の勝利の計算式に組み込むために、様子のおかしいデルデを観察に来ていた。

 血の鎧を改造した飛行船。それを下半身にまとい高速で飛行する。その飛行船にはハイアークにしがみつき夫である百足男ミュータンタもついて来ていた。

「ミュータンタ。デルデの様子がおかしいって言ってもただの情報収集。ついて来なくていいのに」

「んなわけにいくか。この闘争は今までのとは何もかも違う。何が起こるかわからねえ。完全にケリがつくまで夫婦が離れるのはよくねえ」

「あんたは欲情しているだけでしょ。でも闘争が終わるまでは他の連中に監視されている。駄目って言っているじゃない」

「わかっているって言ってんだろ。悪かったな。戦闘前は持て余していたんでな。でもデルデと戦って多少すっきりした。今はちゃんと、闘争が終わるまでは我慢してやるよ」

 そう言いながら百足男は、ちろちろと細い舌を出して抱きついている妻の首筋をなめる。

「あん。やめて。そんな場合じゃ、無いってば」

「んで? デルデの様子がどうおかしいってんだ」

「配下の魔物たちの報告では、仲のいい夫婦の会話を楽しんでいたのに突然、エーリヒの中身の秘密をしつこく追求し始めたんだって」

「へえ、そりゃおかしいな。どれどれ。この国は広いが、そろそろ俺の知覚射程に入った頃だろう」

 ミュータンタは魔物の中で知覚に優れる百足男。その中でも群を抜いている。頭に生えた太い針、髪の毛のようなそれは触角だ。普通の百足男と違い頭全体をふさふさに覆うほど多数の触角。ミュータンタの知覚は最強だ。その有効範囲は広く、このデルデの国でもこれだけデルデたちのいる森に近づけば、まだかなり距離があるとはいえ知覚が届く。

「おいおい。何だこりゃ。やべえぞ」

「何。どうしたの」

「デルデがエーリヒを殺している」

「え? どういう事? 見せてミュータンタ」

「いいのか? お前いつも嫌がるだろ」

「そんな場合じゃないでしょ」

「お前がいいならいいぜ。ガガガカカカカ」

 ミュータンタは笑い、後ろから抱きついているハイアークの小さな胸を必要無いのに両手でもみしだきながら、口の左右端から太い湾曲したクワガタの角みたいな牙を出してハイアークに首輪をかけるようにして挟み込む。

「んあっ」

 牙に噛みつかれ、快感と共にミュータンタの触角が捉えた映像や声、すべての知覚が脳裏に流れ込んでくる。

 デルデは夫を愛している。普段からしょっちゅうノロケていた。それがどうだ。夫にべらべらと包帯男の隠している中身についての自分の推測を述べたあげく、それに基づき夫のエーリヒを血の刃で殺しているではないか。

「嘘。あのデルデが、あんなに愛していた夫を裏切るなんて」

「問題はそこじゃねえだろ。やべえぞこりゃ。婚姻の契約を結んだ夫婦なのに、裏切って殺したのに罰がねえ。掟の力でデルデも死ぬはずなのに生きていやがる。となりゃデルデの推測通り、包帯男は妻に力を与える卵だって事だ。昆虫の中には雌が交尾した雄を食い殺すってのがいるが、魔物は魔物を食らわない。腹の足しにならねえし不味いからな」

「もちろん力を取り込む事も出来ない。でなければ魔物は互いに食い合っている。でも包帯男は特別。婚姻し愛し合った伴侶の糧になる。その糧が大事な中身。それが包帯男の秘密。今まで誰も暴いた事の無い中身の正体」

「デルデの推測が当たってなけりゃいいがな。きっと当たっているぜこりゃ。やべえ。逃げるぞハイアーク」

「どうして?」

「お前に見せているのは少し前に知覚した映像だ。デルデはエーリヒの本体を殺して地面にあふれた中身を飲み干した。信じられねえ。俺の栄養吸収以上の治癒力。切断された胴が一瞬で治癒した。デルデがこっちに向かっている」

「え? 何で?」

 ミュータンタはいらいらして叫ぶ。

「ああくそ! お前は知恵が回りとっさに最適な計算式をいくつも構築して最適な解を選べる。しかし計算の根幹たる情報が揃わない内はそうして思考が固まっちまう。お前の悪い癖だぜハイアーク。デルデがこっちに気づいた。こっちが逃げる前に血の剣を投げてきたぞ」

「だから何で逃げるのよ。この闘争の儀式は掟に縛られている。今私とデルデは戦闘していない。攻撃すれば掟違反で失格になるのよ」

「もうそんな状況じゃねえって事だろ! さっさとわかれよこの馬鹿! あいつはやべえ。力も、掟に害されないのもわけわかんねえが、とにかく避けろおおおおおおお!」

 ハイアークはわけがわからない。彼女は与えられた条件全てを精査しそこからいくつもの計算式を瞬時に導き出せる。しかしその条件、要素が出揃わなかったり未知の物だったりした場合、計算やそれに基づく判断が鈍る。それはとても致命的だった。

 飛んできた巨大な血の大剣が、回避のために傾けた飛行船の側面を切り裂いていく。絶対防御を誇る鎧であるこの飛行船をこんな簡単に破壊出来るなんてあり得ない。

「な、何? 何何何何?」

「面食らうのは後だ。逃げるぞ」

「逃げるなんて。強いあなたがどうして」

「そんな次元じゃねえんだよちくしょう。俺はどんな強敵とだって無謀に挑んできた。でも今すぐは無理なんだよ。何だよこれ。強すぎる。怖すぎる。俺の触角で強さが計りきれねえ。こんな恐ろしい、魔物を超えた化け物に遭うのは初めてで、びびっちまってんだよ!」

 どれほど力の差がある強い敵だろうと恐れず噛みついてきたミュータンタ。敗北して逃げる事になろうとも挑まず逃げるなんて真似はしない。しかし今ミュータンタは恐怖に支配されていた。強い心を取り戻すまで時間はかからないだろうが、混乱し怯えている今すぐに、信じられないほど強い化け物に挑む勇気は持てなかった。

 巨大な血の大剣。デルデの血を多く凝集してようやく一本だけ作れるはずなのに、それが何本も撃ち込まれてくる。

 速度が凄まじい。ハイアークの知覚射程に入ってから到達するまでの時間があまりにも短すぎる。ハイアークは飛行船を操りかわそうとするがかわしきれず、次々と飛行船を切り刻まれていく。

「何なのこれ。あの大剣は一本作るのが限界のはずなのにこんなにたくさん! 魔物の限界を超えている。まるで偉大なる祖の再来……」

「考えている暇はねえぞ。俺の知覚をお前に送り込む。リアルタイムだぜ。ついて来いよ。でないとここでお陀仏だぜ」

「う、うん」

 ハイアークは自分の知識、推測、そして許容範囲を超えた事態には弱い。思考が振り切られ働かなくなる。こんなとき夫はとても頼りになる。ハイアークはこの降ってわいた危機に対しても、夫の頼もしさのおかげでパニックにならず耐えられた。

 ミュータンタは湾曲した牙でハイアークの首に噛みついている。まるで首輪のようなそれはミュータンタの触角が捕らえた知覚全てを伝達する。同時に指示も言葉より早く送り込む。

 ハイアークは夫のくれる知覚情報と指示を元に飛行船を操る。さっきまでどんどん被弾していたのに、血の大剣の砲撃が当たらなくなった。

 デルデは次々と両手に生み出す血の大剣が当たらなくなると、それを投げるのをやめる。そして背中から血の刃の群を吹き出した。それは昼の大空に広がり何十メートルにも渡る赤い翼を作り出すと、大きく羽ばたいた。

 わずか一振り。その羽ばたきで投げていた血の大剣以上に早くハイアークの所へ到達する。ハイアークの飛行船や、マギラットの大鷲よりもはるかに機動力が高い。

「はーいハイアーク。お久しぶりー。まだ一日経って無いけどねー。あはーはははは」

「……デルデ。これは何なの。説明してもらえるかしら?」

「いいわよー。殺す前に教えてあげる。隠れて監視している他の王たちの配下も、ちゃーんと主に伝えなさいねー」

 もう度重なる敗北でどうしもうもなくなったデルデは敵ではない。直接監視するまでも無い。他の王たちはみんな、デルデの監視は配下に任せてしまっていた。

 マギラットの血で作る獣の内、小鳥たちはまるで戦う力を持たないほど非力だ。しかし代わりに隠密に優れている。姿を見せず知覚されず、しかし主であるマギラットに情報を詳しく即座に伝達出来る。他の配下を使うよりもはるかに詳細で早い情報だった。

 マギラットも始めはハイアークのように直接デルデの様子を見に行こうとしたのだが、妻のコゲチャに止められたので渋々己の城で成り行きを見守っていた。

「わざわざ行くんじゃないよ。ハイアークがのこのこ不用意に行ってくれたんだ。せいぜい事態を観察させてもらえばいいさ。これで情報を集める重要さがわかったろう? ハイアークは間抜けだねえ。賢いのに注意力が足りない。だから殺されるんだよまったく」

 これがコゲチャの言い分だった。

 ハイアークは想定をはるかに超える異常事態にのこのこ出向いてしまった己の迂闊さを悔いる。好奇心は猫を殺すとはこの事か。

 しかし会話で時間を稼いでいる間に状況を分析し打開する計算式を導き出す。夫もいるのだ。自分が死んで済む話ではない。絶対に夫婦で共に生き延びなければならない。

 強者は驕る。だから相手を侮り語る。それを利用して情報を集め時間を稼ぐ。今戦えば瞬殺だ。戦いにすらならない。きっと血の大剣を当てなかったのもわざとだろう。デルデは新しく得た強大な力で遊びたくてしょうがないのだ。

 デルデは巨大すぎる血の翼を背中に持ち空を舞いながら両手を広げて語り出す。

「私が夫のエーリヒを殺した。私の推測通り、包帯男は特別。婚姻の契約をしてもなお、妻の糧となるべく力を生み出す卵となった包帯男は妻に裏切られ殺され食べられちゃってもおとがめ無し。契約という掟に反しない。それが包帯男の宿命、本当の生きる理由だったってわけ。夫婦として包帯男は妻を補完する。共に戦うのではなく足りない力を与えてねー。うんうん。この桁外れの力。魔物の限界をはるかに超えているわー。偉大なる祖もきっとこうして、魔物としてはあり得ない規格外すぎる力を手に入れたのねー」

 たしかに。デルデの今の力を見ればすでに、魔物の限界を超えて異常な強さを誇る事がわかる。まるで偉大なる祖の再来。それもそのはず。きっとデルデの推測通り、偉大なる祖は包帯男を夫とした女の吸血鬼であり、夫を裏切り食い殺して未知の力を手に入れたのだ。

 偉大なる祖の伝承は隠され歪められている。デルデたち吸血鬼の王でさえ、歪んだ上辺の伝承しか知らない。顔も性別もわかっていない偉大なる祖は一般に男だと思われているが、はっきりと確定はしていなかった。しかし実は女で、包帯男を夫としてその中身を暴き力を手に入れたのだろう。それ以外に偉大なる祖が魔物の限界をはるかに超えた規格外すぎる力を持つ理由が説明つかない。

「ふふー。偉大なる祖が作った掟に基づく闘争の儀式。当然、偉大なる祖と同じ力を持つ存在に作用出来るほど強くはない。本人が死んだあとのただの掟だもんねー。力は限定的。私には効かない。でもそれだけじゃないのよねー。私がハイアークを襲えたのは」

「……偉大なる祖の遺した掟を破れるのは、それより強くて影響を受けないからではないと?」

「それだとあんたたちは私と戦えないじゃない。掟に違反すれば偉大なる祖の血が失われるし、伴侶が死んでしまう。それじゃ面白くなーい。一方的な虐殺じゃなく、力で戦い叩き潰す。一匹ずつじゃ話にならない虫けらどもー。よく聞きなさーい。私が偉大なる祖の掟を切り裂いたわ。掟を破壊したのよ。もう闘争の儀式は掟に縛られない。卑怯どころか非道でも外道でも何でも来いよー。何をしてもいいし集団で襲ってきなさい。でないと皆殺しだよー。あはーはははは。私を負けさせ怯えさせ死の苦しみに追いつめた。復讐復讐うっふっふー。全員殺す。どこに逃げても知覚し殺すわー。殺されないチャンスは今だけ。全員で共闘して私を殺してみなさいよー」

 デルデは高らかに宣言する。そして指を立てて振る。

「まあ一応言っておけば、誰でも包帯男を伴侶とすればこんな凄い力が手に入るわけじゃないわよー? 包帯男の中身を食らえば力が手に入る。でもそれは、元々持っている力を暴き全部を使えるようにするだけ。目覚めるってわけね。私の中には偉大なる祖の血が眠っていた。その力が完全に目覚め発揮された。血の統一なんか必要無かったのよ。血は分割されようが血だもの。必要な要素は全部含まれているし十分な量がある。血の統一なんかしたって変わりない。必要無い。闘争の儀式の掟を私が破壊した。もう祖の血は統一されず、どの王が死んでも他の誰かに移転しない。死と共に消滅するだけ。私をもし殺しても、この力が他の誰かの物になる事もないわ。だから安心して共闘し、誰でもいいから私を殺してー」

 デルデの言う事は無茶苦茶だ。しかし強者は嘘をつかない。嘘で騙すような卑怯な真似をしなくても、力だけで相手をどうにでも出来るのだから。

 ハイアークはくらくらする。いろいろ想定を超えた事が多すぎる。膨大な情報を処理出来る頭脳が処理しきれず疲弊している。でも頑張って受け答えする。

「まああなたの言い分が全部本当だとして。掟を破壊するって何?」

「ふふー。わかっているくせにー。いいから言っちゃいなよー。言わないなら今すぐ殺しちゃうよー?」

 ハイアークはぎりっと歯ぎしりする。しかし今逆らっても瞬殺されるだけだ。

「……あなたの血の刃は絶対攻撃。いかなる防御も突破する。防御は力。力の発現。絶対防御だってそうなのだから、掟も力で作用する。あなたの刃は力全てを切り裂き破壊する。さっき私の絶対防御の飛行船は難なく切り刻まれたわ。あなたの刃はどんな力も完全に害する絶対攻撃。掟という力すら切り刻み破壊する事を可能とする」

「ぴんぽーん。正解! 私の刃はねー、魔物の持つ力、掟の持つ力、どんな力も切り裂き破壊出来ちゃうのよー。だから偉大なる祖はこれを絶対攻撃と呼び自分の最強の攻撃としたのよ。どんな防御も攻撃も切り裂き破壊する。掟違反による死の罰すら切り裂き覆す。どんな力も破壊し突破する。最強無敵。誰にも害せない。誰をも害する。あはーははははこれが本当の最強! うーん爽快。最強とうぬぼれていた昔の私はまったく最強じゃなかったわー。無敵どころかさんざん負けたもの。でも今度は正真正銘、本物の無敵よー! さーかかってらっしゃい。来ないならこっちから行くわよー。私を負かし泣かせた奴も、それを見て笑っていた奴も、全員八つ裂きにしてやるー」

 デルデは大笑いする。背中にまとった数十メートルにも及ぶ血の刃の群で出来た翼。あれだけでも凄まじすぎる力。あんなに大量で、いかなる力をも切り裂き破壊する刃の群れに襲われて生きていられる奴などいない。

 これに向かって来いと言う。来ないなら殺すと言う。直接対峙する者も、隠れて見ている者も、誰もが呆然とし恐怖で頭が働かなかった。

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2015年01月30日

吸血鬼デルデと包帯男(35)包帯男の中身

吸血鬼デルデと包帯男(35)包帯男の中身

 デルデは森の中で、切断された胴をつないで治癒をしている。一応くっつきはするが切り離された部位が癒着し本格的な治癒を始めるまでには時間がかかる。魔物は頭や首を切られても死なない。しかし切断は治癒を遅らせるので避けねばならない重傷だった。

 デルデの顔の側に転がっている小さな白い包帯の玉は包帯男の本体だ。人の形をした包帯は鎧であり偽装。本体は外部の包帯無くしては自分で動く事も出来ない卑小で非力な存在だった。

 大事な中身を包み、しかしもうそれを守る包帯は失われた。デルデはなぜか唐突に、その中身を知りたがった。

「ど、どうしてそんなの知りたいんだよ」

「えー、だって気になるじゃない。大事な夫の秘密なんて、妻なら知っておきたいじゃない?」

「これは、包帯男が死んでも守らなければならない秘密なんだ。いかに大事な君とはいえ教えられないんだよデルデ」

「いいじゃない。どうせ私たちはもうおしまい。この後は初戦であるリリルスたちになぶられて、その後の本戦で二人とも誰かに殺される。なら死んでも守る秘密だって、知られたって構わないじゃない」

「出来ないよ。どうしたんだいデルデ。君らしくない。こんなの君にとってどうでもいい事だったはずだろ」

「私馬鹿で知恵が無いけどさー、思ったの。聞いてくれる?」

 聞きたくない。デルデはなぜか様子がおかしい。さっきまで愛し合う夫婦として初めて語らいとても温かい気持ちだったのに、今は恐怖に凍てつき凍えている。

 逃げ出したい。でも包帯が失われ本体の玉だけだと自分で移動する事すら出来ない。包帯男の本体は哀れなほど無力だった。

 エーリヒが無言なので、デルデは構わず続ける。

「まずさー、エーリヒあんた、自分でも大事な中身がわからないんでしょ? 見えないんでしょ。知覚不能。その本体の玉の中身を自分でも知らない」

 エーリヒがぎくりとする。無言のまま答えない。しかし否定出来ないのでそれは肯定を意味する。

「そして次。包帯男がいかに逃げる力に特化しているからって、今まで誰一人殺されなかったわけじゃない。きっと包帯男の内何人かは逃げきれず、強者に殺され中身を暴かれたはず。でもそれは伝承にすら残っていない。どうしてかしらー?」

「……デルデ。魔物の中で最強とうたわれる君からだって僕は殺されず逃げ続けた。包帯男を殺して中身を暴ける奴なんていやしないんだよ」

「たった今、コゲチャに見逃されなかったら中身を暴かれていたじゃない。誰にも暴けないほど包帯男が強いわけないじゃない」

「……」

 それは包帯男のエーリヒが弱いという侮辱。ついさっきまで自分を守って戦ってくれたエーリヒをほめていたのに。やはり今のデルデは様子がおかしい。

「私思ったのー。包帯男の中身は暴かれた事が無いんじゃない。暴いても空っぽ。何も出てこなかったんじゃないかって」

「つまり、中身が無いけど虚勢だったって事? 逃げるための大義名分をこしらえて、逃げるという卑怯を正当化していただけって事かい?」

「そうかもしれない。でも違うと思うのー」

「あのさあ、僕、これ以上聞きたくないなあ。君、何だかおかしいよ。敗北と負傷で疲れているんだよ。混乱しているんだ。少し眠りなよ。寝ていた方が治癒が進む。リリルスとの戦闘までもうあと四時間も無い。ちょっと長話しすぎちゃったね。もう寝ようよ。そうしよう」

「魔物は掟に縛られている。魔物の掟は力を持ち、それに違反すれば死や苦痛、呪いといった害を確実にもたらす力がある」

「何の話だよいきなり。僕もう聞きたくないってば」

「聞きなさいエーリヒ。大事な話なの。馬鹿な私がこの最大最悪最後の危機を覆すために思いついた閃き。きっと当たっているわ。あんたには聞く義務がある」

 デルデの口調が厳しい。とても怖い。いつもの軽いふざけた様子ではない。エーリヒはなすすべもなく聞くしか出来ない。

「婚姻の契約。魔物の夫婦は契約を結び縛られる。違反すれば死ぬ。掟の力によってね。夫婦は離婚出来ず互いを殺す事も許されない。裏切れない関係を強制力のある契約によって結ばされる」

「うん。そうだね」

「魔物は夫婦で最強となる。それは互いに足りない物を補える、自分と同じくらいの強者を本能的に求めるから。互いが互いを補完するのよ」

「うん」

「私は力。あんたは知恵。互いを補い合う。そう思っていたわ」

「そうだよ。僕らは夫婦で補い合う。最もかけ離れ、最も上手く行く組み合わせって奴さ」

「違ったのよ」

「え?」

「並の夫婦なら、他の魔物同士なら、きっと互いを補完し高め合うわ。さっきのマギラットとコゲチャのようにね。でも私たちは違う。ううん。包帯男だけは違う」

「どういう事?」

 聞きたくない。でももうエーリヒは抵抗出来ず、それに今のデルデは何だか不気味で怖く、逆らう事すらはばかられた。

「包帯男の知恵も力も大した物じゃないわ。さっきの戦いで十分わかったでしょう。あんたは私を補えない。支え合えない。包帯男は弱い。だから他の魔物と違って夫婦で補い合うのではなく、伴侶を補うためだけに存在するのよ」

「意味がわからないよ。何の事?」

「包帯男の中身は空っぽ。婚姻の契約により夫婦は互いに殺し合えない。包帯男は過去にきっと何人も殺され中身を暴かれた。でも中身は空っぽだった。もうわかるでしょエーリヒ。賢い賢いあんたの事だもの」

「わからないよデルデ! もうやめてくれ!」

「きっと包帯男みたいに弱い魔物と婚姻するのは同じくらい弱い魔物ばかりよ。魔物の掟を破って恐ろしい罰である死を受けるのを怖がる臆病者ばかり。包帯男は殺されなかったわけじゃない。暴かれなかったわけじゃない。ただ今までに、婚姻の契約を破って妻に殺された包帯男はただの一人もいなかったに違いないわ」

 エーリヒは泣きたかった。でも無力な包帯の玉であるこの身体には涙なんてありはしない。無いのにそんな気分になるのは奇妙な事だった。

「何を言っているんだデルデ! やめてよもう。君は敗北で疲れているんだ。頭が疲労し変な妄想にあらがえないだけなんだ。眠ればきっとよくなるよ。頼むからもう、しゃべらず寝てくれよおおおおおおお」

「包帯男は卵なのよ。互いに補い合い寄り添い生きていくほどの強さが無い弱者。でも特別。私が、この最強の魔物がこんな弱くて役立たずのカスに惚れて婚姻までするなんておかしいじゃない? 本能で求めわかっていたのよ。包帯男は寄り添い生きる伴侶じゃない。婚姻の契約をして愛し合う夫婦になる。するとその相思相愛の愛情が作用し包帯男の中身を作り出す。生み出す。あんたは卵よエーリヒ。私を補完する。知恵なんかじゃない。最強の私にまだ足りない力を大事な中身として身ごもり育む卵なのよ。包帯男って言っても見た目は男女の区別も無い。それすら偽装。その卵みたいな本体がその証拠よ。婚姻の儀式を結び愛し合う事で初めて大事な中身が生まれる。その卵を割って中身を食べれば私はきっと本当の最強になれるんだわ」

「君はおかしいよデルデ! 敗北と死の恐怖で狂ってしまったんだ。でも僕は君を愛している。決して逃げない。見捨てない。最後まで一緒にいるよ。だからお願いだ。そんなおかしな妄想は忘れて残りの時間を夫婦として愛し合おう」

 デルデの顔が凶悪な怒りに歪む。

「ふざけるんじゃないわよこのカスが! あんたがいらない知恵を吹き込んだせいで、私は楽勝だけど退屈だったこの闘争を面白くしようとした。その結果がこの様よ。返り討ち。あはーはははは馬鹿丸出し。よくも私をこんな目に遭わせてくれたわね。敗北も死も永久に知らなくて済んだはずのこの私によくもこんな苦くて冷たい汚物を食らわせてくれたわね。殺してやるわエーリヒ。私がいくら愛していると言っても突っぱねた。どれだけ女心が傷ついたと思っているの? 処女なのに抱かないなんて。女が自分から求めるのは恥ずかしい事なのよ。恥をかかせて。許せない。絶対許せない。死ね! 殺す殺す殺してやる。あんたを愛していたわ。そして今は最高に憎み嫌っているわ。最悪のカスが」

 デルデは血の刃を舞わせる。わずか数枚。しかし抵抗出来ないエーリヒを殺すにはこれで十分だ。

「デルデ! 狂っても君を愛している。お願いだから、一緒に死のう。夫婦で愛し合いながら幸せに死のう。僕こんなの嫌だ。どうして最愛の妻に憎まれ殺されなくちゃいけないんだ。他の誰に殺されてもいい。でも愛する君にだけは殺されたくない。こんなのってないよ。こんなひどい殺され方って無いじゃないかあああああああ」

「あんたは最強の私に寄り添い補えるほど強くない。他の王たちの伴侶と違ってね。どうして選んだのか疑問だったわ。でも今わかったの。夫婦で最強? 笑わせる。私は単独で最強になるのよ。そのために、私を強くする力を持つあんたを夫に選んだんだわ。そうでなくちゃ説明がつかない。きっとこの閃きは正しい。あんたを殺せばはっきりするわ。その小さな玉を切り裂いて中身を暴いてやる」

「デルデえええええええええええ!」

 エーリヒの叫びはあまりにも悲痛。愛する妻と一緒に死ぬなら最後まで安らげる。二人なら死すら怖くない。でもこれはあまりにも悲惨。愛する妻に裏切られ一人で殺されるなんてあまりに孤独で冷たく悲しい死だった。

 耐えられない。エーリヒは心と身体に耐えられない苦痛を浴びて無念の内に死んだ。

 赤い血の刃が、白い小さな玉を切り刻む。血は出なかった。代わりに白く輝くどろどろした、まるで卵の白身が発光しているような奇妙な液体が地面にこぼれ出した。

「ほーらやっぱり。中身があるじゃない。伴侶を殺して婚姻の契約に違反しても死なない。私は勝ったわ。包帯男は特別。婚姻する事で伴侶の力を増す卵に変質する。それを殺して食らうのは夫婦の理。掟破りにならない。一緒になるのよエーリヒ。大嫌いなあんたとずっと一つになるのは何ておぞましいのかしら。でもこうしないと生きていけない。私殺されるなんて絶対嫌。今殺されたあんたならそのみじめさ辛さ悲しさまでよーくわかるでしょー? あはーはははははははははははは!」

 デルデは高笑いする。泣くつもりも悲しくも無い。でも涙があふれて止まらなかった。胴を切断されろくに動けないまま地面を這いずり舌を伸ばす。エーリヒの本体である玉を切り裂いてこぼれたどろどろした輝く中身をじゅるじゅると、意地汚い犬畜生のように地面に口をつけすすり飲み込んだ。

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2015年01月29日

吸血鬼デルデと包帯男(34)夫婦の談笑

吸血鬼デルデと包帯男(34)夫婦の談笑

 コゲチャに放られた小さな包帯の玉。包帯男の包帯の奥に隠された本体。真の姿。自分の力たる包帯を全て打ちのめされはがされて、もうあの包帯は治癒するまで使えない。無力でちっぽけな姿にされたエーリヒはてんてんと草の生い茂る地面を転がり、横たわるデルデの顔の側へ転がっていった。

「ごめんデルデ。必ず勝つって、君を守るって約束したのに。負けちゃった」

 デルデは胴を切断された状態で転がっている。戦闘中に傷を繫ぐ治癒は許されなかっただろう。しかしもう戦闘は終わったのだ。デルデはわずかに形成出来る血の刃を飛ばし、下半身をずりずりと刃で引っ張ってくると腹の傷を繋げる。

「ぐっ……はあ。エーリヒ。いいの。負けたけどちゃんと守ってくれたじゃない。私のためにあんな恐ろしいマギラットと、戦うのが苦手なあんたが真っ向から戦ってくれた。格好良かったー……」

 デルデは傷が痛む。気力を保たねば気絶してしまう。でもエーリヒのために意識を失うわけにはいかない。

 魔物の生命力も治癒力も相当な物だ。頭を真っ二つにされようが首を切断されようが即死はしない。しかしその傷を繋げ治癒をせねばやがては痛みや体液の喪失により死ぬ。

 手足を折られようが腹に風穴を空けられようが五時間あれば何とか治癒する。しかし切断はまずい。分離された部位が癒着し完全に治るのは時間がかかる。もう五時間と少しで次の戦闘が開始される。デルデの治癒は間に合わず、手負いのデルデは強者であるリリルスとその夫の岩男に瞬殺されるだろう。

 もうデルデは終わったのだ。夫のエーリヒが何をしようとどうにも出来ない事もたった今証明された。打つ手無し。振るう力も無し。もうデルデとエーリヒはこの闘争で敗北したも同然なのだ。

 デルデは戦うのが苦手なエーリヒが自分のために戦ってくれた勇姿を見られただけで満足そうだった。もちろんこの闘争に勝つのが目的だったのだ。不満も未練も尽きる事は無い。でも夫が自分を守ってくれた姿を目に焼き付け、それを最後のいい思い出として心に刻み、デルデはその生涯を終える覚悟をしていた。

 所詮成熟を極めたわけでもないたかが包帯男がどうにか出来るわけがなかったのだ。デルデは夫の気持ちはうれしかったが、その強さも勝利もまったく信じていなかった。

 魔物の中で最強の吸血鬼。その中で最強の王。王たちの中で最強の第一血族。最強の攻撃である血の刃。

 デルデはあらゆる優位を生まれたときから手に入れていた。その強さに驕りに驕り、吸血鬼でも鬼でもない下級な魔物を見下し軽蔑していた。掟により、鬼でない下級な魔物の中から闘争の儀式までに伴侶を決めなければならない。デルデは自分の力でも殺しきれなかったエーリヒを尊敬し惚れて夫にしたが、それでも下級な魔物として軽蔑する偏見は消えはしなかった。

 他の王たちの伴侶はみんな、種の中で特別ずば抜けた成熟を果たして吸血鬼の王にすら匹敵する強者となっていたのに。デルデは自分の力に溺れ伴侶など所詮飾りだと思っていたので、そこまでの強者を見つけ出す努力をせず、エーリヒ程度で手を打ってしまった。

 失態だった。何もかも。こんなみじめに負けるぐらいなら普通に戦い楽勝していればよかったのだ。自分に比べ余りにも自覚が足りずに弱い王たちを見下し、発破をかけて発憤させでもしないと遊びにもならないとうぬぼれていた。伴侶をこの闘争に参加させられるという掟の裏をエーリヒと共に暴いて試した。自分も賢くなったような気がしていい気分だった。

 全部エーリヒのせいだ。こんなに弱い魔物を伴侶にし、伴侶も闘争の儀式に参加出来るという掟の裏を暴いた張本人。強い自分が殺しきれなかった忌々しい相手。

 発破をかけ自覚を得た王たちも、その伴侶たちも強すぎた。それに比べて自分の夫はあまりにも弱くて役立たず。何が知恵だ。やっぱり知恵なんて圧倒的な力の前には吹けば飛ぶ小細工にしか過ぎないではないか。何も通用せずただ力で蹂躙されただけではないか。

 いけない。私は夫を愛している。夫が私を守って戦ってくれた。それだけで十分じゃないか。幸せじゃないか。デルデは必死になって自分に言い聞かせた。

 デルデは自分の愚かさやうぬぼれ、弱さが招いた敗北と死をエーリヒのせいだと非難する気持ちを抑えられなかった。

 他の王たちの伴侶のように特別成熟した個体と婚姻の契約を結んでおけば。こんな弱くて役立たずなんかで手を打った当時の自分の愚かさを自分で叱りたい。

 エーリヒは小さな包帯の玉となってデルデの顔の側に横たわっている。身体を形成していた包帯が無いと自分では動けないようだ。盾で打ちのめされた包帯が治癒して戻ってくるまでまだまだ時間がかかる。その間エーリヒは無防備だった。

 今なら血の刃で殺せる。殺しきれなかったエーリヒを殺せば少しは満足して死ねるのではないだろうか。

 弱いエーリヒのせいでこうなったのだ。自分が殺されるのはエーリヒのせいだ。ならエーリヒを殺して復讐してもいいではないか。自分にはその権利がある。

「僕は君を本当に好きになったんだ。この戦いの間でそれにようやく気づいた。ごめんねデルデ。今まで嫌いだなんて言って。傷ついたよね」

「ううんエーリヒ。今は本当に私の事好きなんでしょ。うれしいなー。ようやく愛してるって言ってもらえたー」

 デルデはにこやかに、とても慈しみのある笑顔で夫のエーリヒと会話を楽しんでいる。あんなに愛していると言って欲しかった夫が今は遠慮なく愛をささやいてくれる。

 うれしいはずなのに。敗北という恐怖に砕け凍り付いたデルデの心はもうまったく温かみを感じられず熱い愛は届かなかった。

(私はエーリヒを愛していなかった? ううん違う。愛が冷めたんだわ。もうまるで興味がわかない。それどころか憎しみだけが膨らんでいく)

 愛と憎しみは表裏一体。愛している内は相手の良い所ばかり目についてより好きになっていく。しかし一度それが反転すると、今度は相手の悪い所ばかりが気に障りどんどん憎しみ恨むようになってしまう。

(こいつのせいで。こいつのせいで! 何で最強の私がこんなみじめな思いをしなくちゃいけないの。どうして殺されなきゃいけないのよ)

 デルデは夫と笑顔で会話しながら、心の中で愛が砕け憎しみという怪物が膨れ上がり成長していくのをじっくり味わった。

(私の心はとても醜い。自分でも知らなかった。知りたくなかった。でも知ってしまった。エーリヒが気づかせてくれた。愛する人を憎む気持ちはこんなにも強烈であらがい難いなんて)

 敗北により強者のプライドも強い心も完全に砕け散った。暗いぶくぶくとした憎しみという怪物が膨れ上がり、砕けた心に取って代わった。

(絶対防御の包帯を失ったあの包帯の玉はきっと防御力なんて全く無い。だから包帯で身体を作って守っていたんだわ。今ならわずかな血の刃でも簡単に殺せる。最強の私に殺されなかった忌々しい奴。楽勝なはずだったこの闘争で、掟の裏を暴いたり伴侶を参加させたりといった知恵を吹き込みそそのかして私を負かした張本人。私はエーリヒに殺される。ならその復讐に、先にこいつを殺してやる)

 血の刃を繰り出し、温かい夫婦の会話を楽しんでいた夫を殺そうと思ったその瞬間、閃きがデルデの脳裏を襲った。

 それは嵐の中の雷のように鮮明かつ劇的。知恵の足りないデルデが死に瀕し、憎しみを爆発させてようやく得られた悪魔の知恵。

 この気づきが正しければ私はまだ戦える。生き延びられる。勝てる。やり返せる。最強に返り咲ける。

 皆殺しに出来る。私をこんなにも追いつめた連中全てを殺して再び最強として生きる事が出来るのだ。

 デルデはその閃きに目を見開く。汗がどっと吹き出る。温かい笑顔で会話を楽しんでいたデルデが突然そんな形相をしたので、目が無くとも包帯の玉全体で知覚するエーリヒが驚く。

「デルデ、どうかした?」

「エーリヒ? あ、ええ、その、傷がずきっと痛んで」

「そう。少し休もうか。ようやく相思相愛だと認めて、夫婦としての会話をした。楽しくてつい談笑しちゃったね。傷に障る。少し休んで治癒に専念しよう。僕も盾の打撃で打ちのめされた包帯を治癒して戻さないとね。いつまでもこんな無防備でいると心もと無いよ」

「ねえエーリヒ」

「うん?」

「包帯男が守る大事な中身って何なの?」

 それは禁忌。包帯男がなりふり構わず逃げ延びてでも守るべき秘密。それを暴かれた包帯男はいない。そしてエーリヒも、種族の一員として大事な中身を守る使命を帯びている。

「ど……どうしてそんな事を聞くんだい?」

「私たちはもう助からない。この闘争の中で殺される。なら冥土のみやげに聞いておきたいじゃない。聞きたいなー。ねー、その小さな包帯の玉、包帯男の本体の中に隠されている物って何なのー?」

 デルデはいつものように、いつも以上に明るく悪気無く悪ふざけのように笑う。エーリヒはデルデの様子が笑顔なのになぜか不気味なのでぞっとした。

posted by 二角レンチ at 15:34| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月28日

吸血鬼デルデと包帯男(33)戦う包帯男

吸血鬼デルデと包帯男(33)戦う包帯男

 エーリヒは胴を真っ二つにされたデルデを木の根本に横たえたあと、離れて見ていたコゲチャとマギラットの前まで来る。

「マギラット。コゲチャ。僕は敗北するまで戦う。決して逃げたり降参したりはしないよ。その後僕やデルデをどうしようと君たちの勝手だ。でもその代わり、戦闘の間デルデにこれ以上手出しをしたり人質にしたりしないでくれないか」

「人質など取ると思うのか」

「あんた。この闘争の決まりで、戦闘中の夫婦いずれかを人質にして脅すのも許される卑怯だって決めたんだろ。だからそれを勘弁してくれって事さ」

「無論受けるとも。人質など取るものか。なあコゲチャ」

「そうさね。そりゃあぎりぎりの戦いならそういう手段を取ってでも戦うだろうさ。でも今はこっちが圧倒的に有利。それぐらい認めてもどうって事ないさね」

「そうだそうだ。それでこそ我の妻だ」

「やだねえ。あんたにほめられるとくすぐったいよお。うふ」

 コゲチャはくねくねと身をよじらせる。夫婦の仲は釜女の熱より熱いようだ。

 エーリヒはうなずく。

「よかった。これで僕はデルデを襲われる心配無く戦えるよ」

「こうして約束した以上この戦いにおいてそれは有効な決まりになる。わかっているねあんた」

「無論だともコゲチャ。違反すれば我は祖の血を失い失格となろう。そしてその伴侶は血を失う代わりに命を失ってしまうからな」

「人質を取るほど追い込まれたら降参するさ。今回は殺されるまで戦う必要は無いからねえ。デルデに治癒が間に合わない重傷を負わせた。もう十分さ」

「そう? じゃあ君たちは敗北してもいいわけだ。じゃあ降参してくれないかなあ。そうすれば僕は楽でいいなあ」

「はっ。馬鹿馬鹿しい。どうして勝てる勝負で勝ちを譲らないといけないんだよ。気分悪いじゃないかまったく」

「これだから強者は嫌なんだよなあ。つまらないプライドや勝ちにこだわってさ。面倒臭いなあ」

「ならあんたが敗北を認めなよ。見逃してあげるからさあ」

「嫌だよ。僕はデルデと約束したんだ。きっと勝って帰ってくるって。彼女をこの闘争でただの一度も敗北させてなるものか」

「それこそくだらないねえ。ああして現に敗北しちまってんじゃないのさ」

 コゲチャは親指を立てて向こうに横たわるデルデを指さす。

 エーリヒは指を立てて左右に振る。

「これは夫婦の戦いなんだ。途中経過は問わない。勝負に勝ったか負けたかは決着次第さ。途中でいくら負傷しようがリタイアしようが負けじゃない」

「屁理屈だねえ」

「こだわりだよ」

「くだらないこだわりのためにのこのこやられに来るって言うのかい?」

「勝ちに来たんだよ僕は」

 コゲチャとマギラットは顔を見合わせる。

「デルデでさえあたいら夫婦に敗北した。なのにどうやって彼女より弱いあんたがあたいらに勝つって言うのさ」

「君らにこれ以上戦闘する意志を無くさせる。ケルンのときと同じだよ。そっちがこれ以上戦う気を無くして降参すれば僕らの勝ちだ」

「そういわれてのこのこ降参すると思っているのかい」

「させてみせるよ」

 何を根拠に。本気でわからない。いくらなんでも夫婦で最強となる魔物相手に単独で挑んで勝てるわけがない。最強のデルデが敗北した事からもそれは明らかだ。

 どんな策があるのだろうか。わからない。しかし警戒すれどそれがわからない以上、戦いながら探るしかない。

「ふん。こやつの手だぞコゲチャ。こやつは挑発だろうが攪乱だろうが嘘や騙しだろうが何でもする。姑息な奴なのだ。そうして敵の隙をどうにかして生み出し利用する。乗ってやる必要などないわ。大方一時間の戦闘時間が切れるまでぐだぐだ時間稼ぎをするつもりであろう」

「まだ半分以上もあるんだよお。あたいら相手に三十分以上も持ちこたえられるなんてあり得ないねえ」

「逃げに徹する包帯男だからな。逃げきれる自信があるのだろう」

「じゃあ勝つって言うのは?」

「はったりであろうな」

 エーリヒは首をぐるぐると回転させる。首を振って否定しているつもりだろうか。

「どうでもいいだろ。かかってこないならこっちから行くよ?」

 そう言いながらエーリヒは腕をだらりと下げて頭を回転させる。ゆらゆらと左右にゆらめき時折伸ばした包帯を突くように動かすがすぐに引っ込める。

「ほら見ろ。やはりただのはったり、時間稼ぎではないか」

「違うよ。君たちに隙が無いからなかなか打ち込めないだけさ」

「言っていろ」

 マギラットは両手に持つ、竜から作った剣と盾を構える。

「あんた」

「よいであろうコゲチャ。初撃だけだ。円卓の会談で一分の時間制限ありとはいえこやつを殺せなんだ我の雪辱を今度こそ晴らさせてくれ」

「やれやれ。ま、いいよ。あんたが正面からの一騎打ちで負けるとは思えないしね。ただし一分だけだよ。今度こそその時間で倒しきりなよ」

「無論だ。殺す気でいくぞエーリヒ。無論貴様とて吸血鬼の王たちの闘争に望んで参加したのだ。よもや王の全力とはいえ一分で殺されるほど弱くはあるまいな?」

「君が殺せるほど強くないの間違いじゃないかなあ。くくくひひひひひひひ」

 エーリヒは首を何回転もさせ目玉をぐるぐる回し王を指さして挑発する。

 マギラットは澄ました顔で冷たくにらみつける。

「ふん。怒りっぽく挑発に乗るのは我の悪い癖だ。我は変わったのだ。たやすく挑発になど乗るものか」

「ふうん。ま、表情に出さないだけで腸煮えくり返っているだろうけどさ。ほらほら早く来なよ。大鷲に乗っての突進が君の最大攻撃だろう? それでないと僕の絶対防御は突破出来ないよ」

「たわけが。祖の血の力を暴いた今の我は、血の持つ獣の力を騎乗せずとも上乗せ出来る。今の我は騎乗や突進無くして単独で血を駆け巡らせ最大攻撃に匹敵する威力を出せるのだ」

 さすがにそこまではいかないだろう。さっきデルデに食らわせたように、長距離を大鷲で飛んで最大速度に達した突進が最も破壊力が高い。騎乗する獣の速度が上がるほどその速度と力を自身に上乗せ出来るマギラットの能力は、やはり獣に騎乗してこそ威力を発揮する。

 しかし体内の血を駆け巡らせ騎乗の突進には及ばずとも近いほどの力と速度を得る事が出来る。祖の血を暴いた事により身につけた力の一つだった。

 マギラットの髪が逆立つ。ただでさえ張りつめんばかりの筋肉がさらに膨れ上がり破裂しそうだ。明らかに一回り大きくなっている。その畏怖の迫力は熊が鯨になったかと思わせるほどの物だった。

「ははっ。凄いね。空気が震えている。なるほど強い。こんなのに襲われたら一分もたないなあ」

「ほざけたわけが。貴様の絶対防御など暴かれた祖の血の力の前には何の役にも立たんのだ。我の獣の力の前では紙同然の代物よ」

 マギラットが上から剣を振るう。轟音と共に大気が切り裂かれる。エーリヒは包帯を数本出してそれを受け止める。

 いかなる力にも関係無く干渉不能という能力を持つ絶対防御の包帯。しかしハイアークが暴いた通り、絶対防御は外部に作用する力。よってより強い力に浸食されれば絶対的な防御ではなく相対的な力量差により干渉される。

 繰り出した包帯数本が大きくたわむ。止められないし抑えきれない。マギラットは筋肉が破裂しそうなほど腕を盛り上げ力を込め、包帯に止められた剣を下まで振るった。

 エーリヒは避ける。でないと頭から胴までへこまされていただろう。さすがにまだ包帯を切り裂けるほどではないようだが、それでも包帯に阻まれる事無く剣を振るえる。

「くそ。僕の絶対防御の包帯が。もう本当、台無しだ。まだ破壊されないだけでもう防御の盾として有効じゃない」

 エーリヒは押し込まれ曲げられた包帯をしゅるりとマギラットの剣に巻き付ける。

「それでも。巻き付けば内部は外部に干渉出来なくなる。盾として受け止めるより包み込み全方向から絶対防御の作用を浴びせる巻き付きの方がはるかに強い。これならさしものマギラットでも」

「ぬううううん!」

 マギラットは吠えて剣を振るう。包帯を巻き付けた剣を振るわれエーリヒが包帯に引っ張られ宙を舞う。

「そんな。ハイアークは僕の絶対防御を中和した。だから軽々と包帯ごと僕を引っ張れた。獣の力でそれを力付くで行うなんて」

「力付くはデルデの専売特許ではないぞ。むしろ我の獣の方がパワーは上なのだ。あやつは強大なパワーで鋭い刃を振るうから何者をも切り裂く絶対攻撃となるのだ。しかしパワーだけなら我に勝てる者などおらん。絶対防御などたやすく押し潰してくれるわ」

「くっ、この」

 エーリヒが何かする前に、剣に巻き付かれた包帯でエーリヒを上空へと一本釣りしたマギラットは左手の盾を振るう。

 まるで拳で連打するように軽々と、重い竜の鱗で出来た盾を振るう。それは鉄槌のように打撃武器と化す。上空にいるエーリヒを打ち据える。

 マギラットは右腕の剣を引っ張りそれに巻き付いた包帯で繋がったエーリヒが吹っ飛ばないよう引っ張っている。そして盾でタコ殴りする。

 猛打。連打。エーリヒがそれを防ごうとした腕はひしゃげ包帯がばらける。そして胴も脚も顔すらも、盾の連打によりどんどん包帯がひしゃげばらけていく。

「ごぶっ、ぐえっ、こんな、僕の、絶対防御が」

「たわけが! 絶対を名乗るなどおこがましいわ。貴様のは絶対的な力を持たん紛い物であったわ。真の力の前には何の役にも立たん偽物だったに過ぎん!」

 包帯がばらばらに四散する。同時にエーリヒの誇りも粉砕された。絶対防御。どんな強敵の攻撃でも止められる。相手が己の力を軽々止められる事に驚き面食らっている隙を突いて逃げるための手段。攻撃には使えない。

 巻き付いて内部の物の動きを止めるのがせいぜい可能な攻撃。しかしマギラットの獣の力はあまりにも強すぎる。絶対とうたいながらその実、相対的な力である包帯の絶対防御はもうまったく通じなかった。

(これが、僕の力。僕の全て。生涯かけて磨いてきた誇り。でも、ここまで完全に、潰され砕かれ突破されるなんて)

 二点に強力な攻撃を食らえば防御の力が分散され突破される。一撃ならどんなに強い力でも止められる。そう自負していたし事実そうだったのに。この闘争はそんな狭い世界をはるかに凌駕する未知の世界で未知の強者たち。デルデがあこがれ目指そうとしていた未知の強敵あふれる驚異の世界は、すでにここに存在していたのだ。

 包帯は砕けない。しかし解かれ散らされた。速度と力で包帯の絶対防御も巻き付きも吹き飛ばされた。木々に巻き付けての高速移動や鞭のように振るって攪乱したり視界を封じたりする暇も無かった。

(やっぱり、戦いが信条に反する包帯男が戦おうなんて。最強の強者たち相手にわずかでも通用するなんて、無理だったんだ。戦いでは何も出来ない。逃げる力すら叩きのめされ封じられた。もう僕には何も無い)

 デルデが敗北で深く傷ついたように、エーリヒもひどく傷ついた。元々戦いには向いていなかったが、なけなしの攻撃がまったく通用せず他の策など出させてもくれなかった。もっとも何か策を弄した所で圧倒的な力の前には通用しない。どんな小賢しい策だろうと力で木っ端微塵に粉砕されていただろう。

 エーリヒは自分が勝てると思ったわけではない。ただ絶対防御の包帯で相手の動きを止めれば降参させられる。どうにかして二人の動きを止める。そのための策はあれこれあったが、今ならわかる。そんな小細工が通用する次元の相手では無かった。

 デルデはこんなに強い相手二人の全力攻撃に襲われたのだ。どれほどの恐怖だっただろうか。苦痛だっただろうか。実際に胴を切断された痛みより、また敗北してしまう恐怖により心を抉られる痛みの方がよほど痛く鋭く辛かっただろう。

 デルデは本当に強い。そんな恐怖にあらがい血の剣を振るった。かろうじて生き延びた。そんな強い彼女と一緒にいたかった。歩きたかった。

 でも無理だった。やはり彼女に並んで歩くにはエーリヒは余りにも非力過ぎた。その事実を突きつけられた事が一番悲しかった。

 圧倒的な力の前に絶望する。希望がまったく無い状況では戦う気力などまるでわかない。もっとも攻撃にも防御にも使える包帯をばらばらに吹き飛ばされたのだ。もうエーリヒに出来る事は無かった。

 白い包帯が四散する。マギラットの盾の連打により上空に飛び散らされた白い包帯はまるで花火のようだった。真昼の青空に広がる雲にも負けない白く美しい花火が上空に舞い花開く。

「きれいだねえ。それにしても凄い量の包帯だねえ。はははっ。うちの旦那にかかりゃそれも全部花火にして噴き飛んじまうってもんさね」

 人の形を偽装していた包帯。解けば見た目よりはるかに膨大な量があった。しかしその全ては吹き飛ばされた。その中から出てきたのは絶対防御の包帯で守らなければならなかった大事な中身、それを包む小さな繭のような包帯の玉だった。

 マギラットは上空に舞い残るそれをじろっとにらむ。しかし何もしない。殺しが御法度のこの初戦においてとどめを刺すわけにはいかない。

 コゲチャはその包帯で出来た小さな玉をひょいと掴み取ると手の中に握る。

「ほいよ一丁上がり。夫婦で戦うまでもなかったねえ。ま、エーリヒは私や他の伴侶たちと違って成熟を極めたずば抜けた個体じゃなかったからねえ。本気を出した吸血鬼の王と一騎打ちで戦っても勝負になりゃしないさね」

「ふん」

 マギラットは鼻を鳴らすとそっぽを向く。

「ちょいとあんた。これどうするんだい」

「捨て置け。どうせ殺してはいかんのだからとどめは刺せん」

「包帯男がどんな状況からでも逃げ延び守る中身。それが何なのか誰も知らない。あんた興味無いのかい?」

「無いな。貴様はあるのかコゲチャ」

 コゲチャはじっと、手に握ったそれを見つめる。

「……無いよお。くだらない。こんな弱い魔物が守る物なんて大したお宝じゃないよきっと」

 本心かどうかはわからない。でもコゲチャは興味が無いというそぶりを見せると、手に握ったそれをぽいと、向こうの木の根元に横たわるデルデに放る。

 包帯男の中身は誰にも暴かれてはいけない。それを守る小さな包帯の玉。それが包帯男の本体。美しくも卑小で無力で哀れな姿。それを包む包帯は鎧であり武器であり自分を大きく見せる虚勢にしか過ぎなかった。

 哀れな本性を暴かれ、しかも敵の情けで中身を暴かれるのを見逃してもらえた。しかし包帯男は何としても中身を守りきる。敵の哀れや慈悲にすがってでもだ。

「ありがとう」

 包帯男の本性、小さな包帯の玉となったエーリヒは、放られ宙を舞いながら、見逃してくれたコゲチャとマギラットに礼を言う。二人は聞こえていただろうが何も聞こえない振りをした。

「さーて。決着はついたし。快勝快勝。帰るとするかねえ」

「うむ」

 マギラットはいろいろ思う所があるのだろう。渋い顔で口数が少ない。妻も夫を思いやり、今はそれ以上からかったり絡んだりしなかった。

 二人は無言で血の大鷲に跨り舞い上がる。木々の深い森を抜け広い空へ出ると、大きな翼を広げた大鷲に乗って悠々と勝利の帰還を果たした。

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2015年01月25日

吸血鬼デルデと包帯男(32)夫婦の愛

吸血鬼デルデと包帯男(32)夫婦の愛

 エーリヒは泣きたい気分だった。でも泣けない。目玉は包帯の中身があるように見せかける偽装にしか過ぎないからだ。泣く目どころか涙すら持っていないのだ。

 全力で駆ける。デルデたちが通った後は木々が多くなぎ倒されていた。その中を縫うようにして最短のコースを通って疾走する。

 ようやく、木々の向こうにデルデの姿が見えた。まだ無事だ。

 しかしもう間に合わない。無事では済まない。

「デルデ!」

 エーリヒが叫ぶ。デルデはその声を聞いてちらりとエーリヒを見た。

 その目は泣きそうだった。絶望に押し潰され希望の光がまったく見えない。潤んだその目は別れを告げているようだった。

「諦めるな! いつでも逆転してきた君なんだ。一度逆転にしくじったぐらいがなんだって言うんだ。今度こそ逆転を果たせよ! 負けて学んで強くなったはずだろう。絶望に負ける弱さだけを学んだはずじゃないだろう」

 それを言い終わる前に決着はついた。エーリヒは何も出来ないままその一部始終を見届けた。

 上からマギラット。前からコゲチャ。二人の強敵。いずれもデルデに勝るとも劣らないぐらい強い。

 その二人の同時攻撃。かわしきれない。受け止めきれない。反撃しきれない。対処しきれない。

 ならもう、何かを犠牲にするしかないじゃないか。

 無傷で勝とうなどと、圧倒的に力の差が無ければ無理だ。五時間のインターバルで癒える程度の傷しか負えない? 相手は全力で殺しに来ている。それをそんな浅い傷だけで凌げるとでも思っているのか。

 知恵は無くとも。敗北で心とプライドを砕かれていても。それでもデルデにはまだ出来る事があった。

 覚悟。砕けた心でなお勇気を振り絞り、敗北と死の恐怖と絶望を乗り越える。

「うおああ、ああああああああ!」

 デルデは上を向く。両手を上げ腕を掲げる。

 両手から血の蒸気を吹き出す。そして両手に二本の剣を作り出す。

 一本の大剣よりは小振り。それでも片手で持つにしては大きすぎる剣を二本作り、それぞれを握る。

 そして全力で振るう。上空から落下よりも早く滑空してくるマギラットの振るう剣と血の大鷲の嘴。二つの強力な攻撃を二本の剣で迎撃する。

 マギラットの最大攻撃だ。祖の血の持つ獣の力により、騎乗している獣の機動力をそのまま己の力と速度に加算出来る。長距離最大加速による突撃は強力無比。力でかなう者などいない。

 それを一本の大剣ならともかく、二本に分散させた剣ではかなわない。血の剣が二本とも砕け散る。しかし何とかマギラットの攻撃を防ぎ食らわずに済んだ。

「まさかそう来るとはねえ。この後リリルスたちとの戦いがあるのにどうするつもりかねえ」

 コゲチャは半ば感心し、半ば呆れながら、でも容赦しなかった。

 コゲチャが水平に広げた巨大扇子でデルデの腹を突く。この扇子は竜の翼を加工して作った特別製。その縁は鋭く刃として敵を切り裂ける。

 マギラットとコゲチャ。二人の強者による攻撃は対処きしれない。だから一方にだけ対処した。一人をかわしてももう一人に攻撃されるのでかわす事も出来ない。かわさずに致命傷となるマギラットの攻撃を受け止めて防ぎ、重傷だが死ぬわけではない胴はくれてやるしかなかった。

「デルデええええええええ!」

 ようやく追いつき飛び込んだエーリヒは、扇子で切断されたデルデの上半身を空中でかっさらうように抱き止めた。

 全力攻撃でさらなる行動に移れない今が攻撃のチャンスだったのに。マギラットとコゲチャの少なくとも一方は包帯を巻き付け無力化出来ただろうに。エーリヒはそうせず、無惨な姿になったデルデを抱き止め救い出す事を優先した。

 胴を切断されたデルデはエーリヒの腕の中で血を大量に吐く。ボロボロと涙を流しながら儚く笑う。

「あはー……はは……は……エーリヒい。私負けちゃった。また負けちゃったよお……」

「そんなのいいから。しゃべらないで。相手は夫婦の全力だ。マギラットを逃がした僕が悪いんだ」

「エーリヒ。あとは……お願い。降参していいよ……私を捨てて……逃げていいから……」

「君らしくないセリフを言うなよ。僕らは決して降参しない。敗北したらなぶられ、殺し有りの本戦で即座にとどめを刺される。暗黙の了解だ。それを前提に初戦の四戦をそれぞれの夫婦と戦う決まりを取り付けた。だからなぶられる前に降参して逃げる事は出来ないんだ」

「大丈夫……私もうこんなだよ? 五時間じゃ切断された傷は癒えきれない……向こうもこれで勘弁してくれるから……あんただけでも……逃げて」

「嫌だ嫌だ。絶対嫌だ。僕は逃げない。君を捨てて逃げるもんか」

「どうして? 私から逃げたかったんでしょ……いいよ……もう……」

「よくない! この馬鹿。馬鹿だ馬鹿だ。デルデは大馬鹿だああああああ」

 エーリヒは天を向いて叫ぶ。魔物は胴を切断されても気力で意識を保てる。しかし敗北の恐怖や絶望に心を砕かれ、今またその恐怖にさらされ敗北してしまったデルデにはもう気力が無かった。だから意識を保てず気を失ってしまった。

「どうして気絶するんだよこの馬鹿。どうして僕が逃げないのか、その理由をちゃんと言わせろよお……」

 デルデを愛しているから。

 自由奔放わがまま傲慢。しかし強くて魅力的。そんな彼女を恐れ嫌いながらも惹かれた。もうはっきりと、好きだと言える。

 普段は照れくさくて言えやしない。告白するのはこんな時しか出来ないのに、肝心な時に気絶しやがって。

 マギラットとコゲチャは攻撃せずに待っていた。さすがにこの隙を狙ってエーリヒを攻撃するのは許される卑怯ではなく許されざる非道だと判断したらしい。

 もう勝利が確定しているからでもあるだろう。強者は強いゆえ、勝てる勝負では相手を軽視し侮る。余裕がある所を見せないで相手をせっせと仕留めると、まるで負けそうで焦っているようではないか。

「終わったかい? 悪いけど、ニ対一でもあんたを倒させてもらうよ。夫婦の共闘なんだ。こっちがそっちの数に合わせる必要なんてないからねえ」

 コゲチャは閉じた扇子をばんばんと肩に当てながら威嚇する。マギラットは大鷲に乗ったままばっさばっさとその場に舞っている。

「ふむ。やはりこういう戦い方は後味が悪いのお」

「あんた!」

「わかっておる。必要な事なのだ。こうでもしないと勝てない己の未熟を恥じるべきだからな」

 渋るマギラットを一喝すると、コゲチャは再びうずくまるエーリヒの方を向く。

「エーリヒ。あんたどうするんだい? 胴を切断されてもう、デルデの治癒は次の戦いに間に合わない。これで勘弁してやっても十分さ。あんたを見逃してやるよ。降参して、どこへでも行きな。ま、リリルスあたりがあんたを逃がさず始末するだろうけどね。この闘争の内容をあれこれ勝手な言い分でねじ曲げて言い触らされても困るからねえ」

 デルデを全員でなぶってから殺すなど、極めて外道に近い卑怯。言い触らされては困る。しかし当事者であるエーリヒが言う事ならば他の魔物は信じてしまいかねない。

 しかし始めはそうでもしないと勝てないほどデルデが圧倒的に強かったのだ。他の王たちに覚悟を促し祖の血の力を暴かせた事により、デルデとエーリヒの想定以上に敵が強くなってしまった。その伴侶も想定をはるかに超えて強すぎた。

 しかしエーリヒは男だった。夫だった。愛する妻を守る。決して見殺しにはしない。ここでデルデを捨てて逃げればデルデはもう本当に殺される末路しか無い。それにどのみちリリルスやケルンがエーリヒを生かして逃がすとも思えない。

 エーリヒは結局戦うしかないのだ。だから気が楽だった。逃げが信条の包帯男が逃げていいと言われて逃げずに戦うのは、長年親から教え込まれた教えに反する。それはとても苦しい事だったからだ。

 エーリヒは気絶したデルデの上半身を抱えて立ち上がる。歩いて、向こうに落ちているデルデの下半身のそばにその上半身を横たえる。

「後でちゃんとつないであげるからね。今はまだ戦闘中だ。向こうが傷をつないで治癒を始めるのを許可してはくれないだろうからね。ごめんデルデ。でも待っていて。必ず君を迎えに来る。決して見捨てて逃げやしない」

「本当?」

 かすかな声。エーリヒはびくりとする。

「デルデ。目が覚めたの?」

「ねえエーリヒ。聞かせて。さっき聞けなかった事。どうして私を捨てて逃げないの?」

 エーリヒは覚悟を決める。これを言えばもうデルデから逃げられない。永遠に。それは逃げを第一とする包帯男の信条に反する。

 それがどうした。種族の信条よりも大事な者が出来たのだ。なら逆らうしかない。あのマギラットだって信条を曲げてあそこまで強くなった。今度はエーリヒの番だ。信条を曲げてでも強くなってやる。

「……君が好きだデルデ。自覚していなかったけど、君がピンチに陥る度とても心配だった。気が気じゃなかった。今もひどく動転している。大事な君をこんな目に遭わせてしまって。僕の失態だ。でも今度こそ何とかする。君は無敵でなくちゃ。この戦いもきっと勝ってくるよ。僕ら夫婦は誰にも負けない」

「本当? うれしいー……」

 愛する人に拒絶され嫌われるのは相当辛い事だ。デルデはいつも冗談ぽく笑っていたが、エーリヒに嫌いだと言われる度とても傷ついていた。

 悪い事をした。ようやく愛する夫に好きだと言ってもらえて涙を流して喜ぶデルデを見て、エーリヒは自分がどれほどひどい奴だったかを再度自覚した。

 この償いは必ずする。ここで勝利する事でデルデを守る。彼女を決して負けさせはしない。

「行ってくるよ。この闘争が終わったら……君とちゃんとした、夫婦になるよ」

「ええー、私は別に、闘争の間でもいいけどー。早くエーリヒに抱かれたいー」

「そんな傷じゃ無理だろ。それに他の連中に監視されているんだ。君の恥ずかしい姿を見るのは僕だけだ。他の誰にも見せたくない」

「はーい。行ってらっしゃいエーリヒ。勝ってね。待っているわー」

「うん。勝つよ。待っていて。必ず、必ず迎えにくるから」

 夫婦は見つめ合い笑い合い、そして別れた。

 あのデルデでさえ勝てないのに、どうやってエーリヒごときが勝つというのか。これが最後の別れになるのだろう。しかしそれでも妻は夫の勝利と帰還を本気で信じ、夫はその期待に本気で応えようと決意していた。

posted by 二角レンチ at 11:06| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月20日

吸血鬼デルデと包帯男(31)夫婦の共闘

吸血鬼デルデと包帯男(31)夫婦の共闘

 コゲチャの振るう巨大な扇子は閉じると棍棒のように振るえる。それに叩かれ吹っ飛んだデルデは木々をなぎ倒しながらその勢いが止まらない。

 そこへコゲチャが追撃する。木々を踏み台にしてジグザグに跳躍してくる。踏まれた大木がべきべきとどんどんへし折れて倒れていく。なんてパワーだ。あの脚で蹴りでも食らったらひとたまりもない。

 魔物は力を極め強くなろうとする。一番単純な力であるパワーを誇る魔物は多い。デルデたちのように魔物の頂点争いをする者ならばなおさらだ。コゲチャは強い魔物たちの中でもなおその怪力を誇る釜女。しかも成熟しその実力は飛び抜けている。

「釜女と戦った事もあるけど、さすがに規格外ねー。成熟を極めた魔物は本当、桁外れだわー」

 デルデは感心する。強敵を求め挑む旅を長年続けてきた。しかし種の中で特別成熟を極めた飛び抜けた個体には出会った事がない。

 エーリヒはかなり成熟していたが、それでもコゲチャやミュータンタとは違い、種族の中で飛び抜けた成熟を果たしていたわけではない。

 デルデは鬼の名を冠しない魔物を軽視していた。同じ吸血鬼、それも王たちすら侮っていたのだ。それより下級の魔物など取るに足りないと思っていた。

 発破をかけ本気で戦うよう仕向けたとはいえ、戦う夫婦が揃いも揃ってこんなに強者ばかりとは思っていなかった。うれしい誤算ではあるが、すでに沼女に敗北したようにデルデたちの想定どころか対処出来る限界を超えている。

 ミュータンタの言った通りだ。種だの劣等だのは関係無い。魔物は死にものぐるいで強敵に挑み倒し続ければそれだけ強くなり、最強の種である吸血鬼やその中でも最強である王たちよりも強くなる事が出来る。

「でもまさか、こんな、相手を殺すためでなく楽しむために戦っているお気楽な種族がここまで強くなるなんて」

 デルデは舌打ちする。デルデに迫るコゲチャはそれを聞いて笑う。

「楽しいほど夢中で遊ぶだろう? あたいにとって戦いは遊びさ。命を賭けて全力でやるほど面白すぎる遊び。強い奴と戦うほど燃えるねえ。楽しいねえ。勝っても負けてもさあ。負けを楽しめない奴は勝ちも楽しめない。楽しみは醍醐味さ。肝心な所をわかっているって事さあ。たしかに戦いは遊び。相手を殺して乗り越えようとまではしない。それでもねえ、遊びでやらなきゃわからない醍醐味は、強くなるのに必要なのさあ」

「遊びの醍醐味? あはーははははわからなーい。くだらなーい。相手を殺して勝利する。それが一番楽しい。それが無いといくら強敵と戦っても楽しくないじゃない。だから全力で戦えるのがうれしいわー。期待してるわよー。私の全力で殺されて、私を失格にしないでねー」

「そんな事にゃならないよ。勝つのはあたいなんだから。大丈夫。あたいの全力でもあんたは死にはしないだろうさ。それぐらい強くなけりゃ、あたいたち夫婦の敵にはなれないからねえ」

「あはーははははははは。じゃ、行くよー!」

 デルデはくるっと一回転する。木々をなぎ倒しながら吹っ飛んでいたのに、次の木には音もなくふわりと羽が落ちるように軽やかに足をつけて勢いを完全に殺す。

 吸血鬼は音も衝撃も消した着地が出来る。よほどでなければ着地で勢いを殺せるし体勢を崩す事もない。

 デルデは左右に手を広げ指を曲げて熊のように威嚇する。背中から左右にぶわっと赤い霧が噴き出し、それがすぐに無数の刃の形を取る。

 刃の群が舞う。上下左右に入り乱れ、何本もの赤い濁流がほとばしる。

「はっ。小さな刃なんてあたいの扇子でまた吹き飛ばしてやるよお」

 コゲチャは土を爆発させるかのようにまき散らしながら着地する。勢いが止まらず土を掘りながら滑る。それでもお構いなしに巨大な扇子を広げ振るい、また凄まじい突風を巻き起こす。

 しかし何本もの奔流となった血の刃はいずれも風に吹き飛ばない。煽られ軌道が歪むがさっきのように吹き飛ばされずに飛行を続ける。

「あはーははははははは。拡散して舞っている刃とは違うわよー。それぞれがある程度束になり勢いよく流れる川のよう。それは気流を生み包み込みその中を流れる。あんたの扇子の風を遮る流れの中にいる刃は、煽られよろめいてもすぐに流れに押し流されて進み続けるのよー」

「へえ。ま、ぱたぱた煽る程度で吹き飛ぶ葉っぱじゃ相手にならないからねえ。いいよ。来な」

 コゲチャは両手で広げた扇子を構えて挑発する。

「もちろん行くわよー。これくらいで死なないでねー」

「無用な心配さね」

 刃はそれぞれが川のように流れ、ねじれ交差する何本もの川がコゲチャに狙いを定めて襲いかかる。

 上下左右前後まで、あらゆる死角から同時に刃の川が迫る。さすがに一度には迎撃出来ない。扇子の風で吹き飛ばせない以上どれかは食らうはずだった。

 コゲチャは広げた扇子を猛烈な勢いで振る。なんて怪力だ。あんな速度であの巨大扇子を振れば空気の抵抗が凄まじいはずだ。なのに物ともせず広げた扇子をばっさばっさと軽々振り回す。

 刃の川をどんどん薙払う。身体を回転させるようにあちこちに向けどんどん叩き落としていく。

「あはーははははすごいすごーい。でも残念。私の刃は弾かれてもすぐにまた戻ってきて川の流れに乗る。無限に襲い続ける刃の群。わずかな時間なら凌げても、やがては疲れ食らうってものよー」

「だろうねえ。けどね。あたいは釜女だよ。その能力は知っているだろう。でもそこいらの並の釜女とは違うよ。力の強さも使い方もさあ!」

 コゲチャの白い肌が真っ赤に染まる。ピーっと音が鳴り蒸気が吹き出す。

「釜女は体温を上げてその熱で敵を焼く。知っているわよー。でも私の刃は焼けるより早く刃を食い込ませ切り刻むわー。止めるのは無理よー」

「はっ。どうだかね。まあまだ食らってしまうほどやばくないよ。これで十分対処出来るってものさあ」

 釜女の全身から吹き出す蒸気がぐるぐると渦を巻き大きな玉を形成する。

「何?」

「これはただの蒸気じゃないんだよ。あたいの汗が沸騰して吹き出してんのさ。あんたが血を武器にするように、あたいは自分の汗が蒸発したこれをある程度利用出来る。釜女の熱々蒸気汗を固めて作った弾丸さあ。すぐに冷めて消えちまうけど、その前にこうして打ち出す事が出来るのさあ」

 コゲチャは全身から吹き出す蒸気を集め、いくつもの白い玉を作り出す。扇子を振るってその蒸気の玉を次々と打ち出す。

 釜女の熱を汗で練り込んだ蒸気の玉は灼熱の温度。水が沸騰する程度の温さではない。溶岩のように熱くいかなる敵をも焼き尽くす。

 蒸気の玉を向かってくる血の川の流れにぶつける。川の流れを遡るようにして突き進む白い蒸気の玉に巻き込まれた赤い血の刃はすぐに焼かれ干からび砕け散る。

「嘘」

「吸血鬼、それも祖の血って言っても大した事ないねえ。あっははははは弱い弱い」

「私が弱いですってええええええ」

 デルデは血の刃がもはや無敵でない事など、沼女のムーベに血の大剣を砕かれたときに学んでいる。一度に大量の血を投入しそれが破壊されると治癒するまでその血を使えなくなる。それで窮地に陥り敗北してしまった。

 もう同じ撤は踏まない。血の刃で作った川は派手に見えてまだまだ血の一部しか使用していない。全部蒸気の玉で破壊されてしまったがこちらの戦力はまだあるのだ。

「ふふふ。血の刃だってあたいの熱や蒸気で干からびちまうねえ。燃えないのは大したものだけどそれだけさね。破壊出来りゃ何でも構いやしないよ」

 コゲチャの肌が灼熱の赤から白に戻る。釜女は体温を上げておくほど強いがそれを長く持続する事が出来ない。ずっと熱いままだとやがて自分の内臓すら熱でダメージを受け死んでしまうからだ。

 こうしていちいち冷まさないとやがて死ぬ。強力な熱だからこそ持続出来ないという弱点を持つ。それはいくら成熟しようが克服出来ない。

「まずは互角ねー。今度は私に攻撃してみなさいよー。返り討ちにしてあげるからさー」

「ふふっ。打つ手無しだからとりあえず様子見ってわけかい。天下のデルデも堕ちたもんだねえ。たった一回敗北したからって臆病になってさあ」

「慎重さを学んだって言って欲しいなー。たしかに私の性に合わないけどさー。全力の一撃での逆転が果たせずに敗北したからねー。もうあんな無謀で何とか出来るほどやわい相手じゃないってわかってるんだからー」

「ふっ。いいね。相手の力を認め勝つために慎重になる。勇猛果敢と無謀は違う。それがわからないほど馬鹿だったのに、ちょっとは賢くなったじゃない」

「へへー。エーリヒにほめてもらえるかなー」

「これで倒されなければね。ほら、おいでなすったよお」

「何が?」

 コゲチャは上を指さす。デルデは警戒しながらもそっちをちらりと見上げる。何も無い真昼の空が、木々の上に広がっている。

「あはーはははは何のつもり?」

「あたいとの戦闘に集中して知覚範囲を狭めているんだろう? あたいも同じさ。でも来るのがわかる。それが夫婦の絆って物さあ」

 デルデはぎくりとする。まさか。エーリヒが振り切られたとでも言うのか。

 デルデはエーリヒを信頼している。その強さは本物だ。しかし相手はいずれも規格外。当初は侮っていたがもう、自分たちの想定をはるかに超える強敵ばかりだという事はさんざん痛い目を見て学んでいた。

 あのマギラットがエーリヒとの決着をつけずにこちらに向かうだろうか。以前なら考えられない。マギラットは円卓の会談での借りを返そうとムキになるはずだ。エーリヒと検討した上でそう判断した。

 あのマギラットがそこまで己を曲げてくるか。エーリヒを倒して雪辱を晴らさずにこんな即座にコゲチャの加勢に来るはずがないと踏んでいたのに。

「コゲチャ無事かああああ!」

「当たり前さね。誰に言ってんだい」

 上空の木々の上に血の大鷲に乗ったマギラットが現れる。なんて速度だ。知覚射程に入ってからわずか一瞬でここまで到達してしまうとは。

 そのまま大鷲は急角度で下を向く。そして落下するより早く滑空してくる。遠距離から加速した最大加速の突進。マギラットが構える剣と大鷲の嘴、二点同時に最強の一撃を加える必殺の突進。

 これだけでも脅威過ぎる。対処出来るかわからない最大レベルの危機。なのに地上からはコゲチャが扇子を広げて水平に向け、それでデルデの胴を真っ二つに裂こうと突撃してくる。

 上と横からの同時攻撃。いずれも対処が難しいほど強力。なのに同時に攻められるなんて。どちらにも対処するなど無理だ。かといってどちらもかわすなんて芸当だって出来はしない。相手は強者で、ニ対一ではもはや覆せる差ではない。

「魔物は夫婦で戦って最強。一人でかなうわけがないのさあ。悪く思うんじゃないよデルデ。夫婦の全力でも殺されない強さを見せておくれよお!」

 マギラットはむすっとしている。ニ対一など正々堂々を信条としてきた彼には耐え難い。しかしやると決めたからにはやるのだ。妻を守り生き延びるためには必要不可欠な事なのだから。

「済まぬなデルデ。しかしこうしてでも我らは勝たねばならん。絶対に。戦いに許された卑怯な戦法。我はやるぞ。これで死ぬなよデルデ。我が失格になってしまうからなああああああ」

 デルデは笑いをやめて真顔になる。策を編み出す頭脳なんて無いのにこんな絶体絶命。しかも相手は殺し無しの手合わせなのに本気で殺すつもりの全力だ。

 夫婦による最大攻撃。それにはまった。デルデは沼女のムーベに敗北したあの絶望と恐怖が脳や心臓を凍り付かせるのを感じた。

 でもあのときとは違う。もうエーリヒは間に合わない。残り一瞬すらも無い。何とかしなければここでデルデは死ぬ。終わる。

「そんなの」

 デルデは牙が折れそうなほどぎりっと歯を食いしばる。

「そんなの駄目だからね。私は先へ行く。この世界に見切りをつけて後にする。なのにその前に死ぬなんて、私は許さない。私を許さないからねええええええええ!」

 デルデは吠える。上からはマギラットと大鷲、正面からは扇子を構えたコゲチャが目前に迫っていた。

posted by 二角レンチ at 22:21| 吸血鬼デルデと包帯男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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