2015年02月28日

ドルイド少女ワンカナ(11)凍てつく夏

ドルイド少女ワンカナ(11)凍てつく夏

 海に飛び込んだラズリは海中を泳いで潜る。

「まずは海中での活動を出来るようにしなきゃね。メイジは攻撃以外は不得手だってのに。ワンカナが役立たずどころかベイドの足を引っ張るからこんな事に」

 ぼやいても仕方無い。今はベイドを助ける方が先決だ。ラズリは腕を広げて魔術を行使した。

「メイジ魔術、嵐の鎧。本来は矢なんかの飛び道具を弾き壊すための防御であり攻撃。でも今は周りの海水を吹き飛ばすのに使うわ」

 この魔術は風を生み嵐と化して術者を包む。これに触れる敵の攻撃は木っ端微塵に吹き飛ばされ、もちろん敵自身もこの嵐を越えて中にいる術者に手を出す事は出来ない。

 そして風を生む嵐のおかげで空気が生み出され呼吸出来る。他の魔術師とは違いメイジは攻撃に特化しているため、状況に対応するためにはこうして攻撃魔術を転用して何とかする。

 嵐をまとう事でその嵐をちょっと傾けるだけで好きな方向へ移動出来る。地上では出来ない海中ならではの応用だ。

 海水を切り裂き渦を作り出す嵐をまとい、ラズリは海流を自ら生み出すようにして自在に海中を進み、深みへ向かって突進する。

「見えたわ。あれがリヴァイアサンね。あんな大きさ普通の魔物ではあり得ない。並の魔物ではあり得ないサイズと成熟。魔王はあんなに巨大な首を背中に百本も生やした島のように巨大なヒドラだというけど、本当にそこまで生物が巨大になれるものなのかしら」

 魔物に生物の常識は通用しない。人間が魔術により常識ではあり得ない現象を起こせるように、魔物は生物の常識ではあり得ない能力を備えている。

 一般に、魔物は強い魔物や人間を食らい強く成熟するほど巨大になる。特に成熟を極めた個体は魔物の常識でも計れないほど巨大になり、あり得ないほど強力な能力を獲得する事が知られている。その雄大さと特別強力な能力のため、ただの魔物ではない神の一種として人々に畏れられ崇められる傾向にある。

「いくら成熟して大きくなろうが強くなろうが魔物は魔物。人間の中でも熟練した魔術師なら殺せるわ。所詮生物、知性の無い獣。いくら狡猾に活動しようが脳を破壊すれば生物として殺せる。巨大な全身を破壊し尽くす必要なんて無いわ」

 ラズリははるか遠くの深い海の中でとぐろを巻いている雄大なリヴァイアサンを見ても畏れない。彼女が怖いのは唯一、愛するベイドが死ぬ事だけだ。

「あの腹の中にベイドがいるのね。今助けてあげる。私のベイド。私の全て。恋って素敵ね。女の全て。だから愛するベイドは私の全て。失ったらもう生きていられない。誰かを自分の半身だなんて今まで思った事無かったわ。当然よね。今まで付き合った他の男は私の半身じゃなかった。運命の人じゃなかった。ベイドが私の半身、運命の人だったんだから。他の男はみんなベイドに会うまでの代用品にしか過ぎなかったのよ」

 ラズリは掌を広げ前で交差させる。

「攻撃魔術を行使するときは嵐の鎧を突き破る。でも関係ないわ。嵐は渦を巻きすぐにまた私を包み込む。嵐は破れない。だから海中でも私の攻撃は自在に使える」

 いつものくせで火炎の魔術を出そうとしたが、すぐにやめる。

「いけない。ただの水ぐらい一瞬で蒸発させられるけど、これだけ大量の水に囲まれた状態では火力が半減する。水蒸気爆発で視界を防がれこっちの不利になるしね。火も爆発も使えない。得意じゃないけど他の劣る攻撃魔術の方がまだ火や爆発よりもましだわ」

 こうしている間にも、リヴァイアサンは頭の角を射出して海上にいるアキハイトたちの乗る船を狙っている。ラズリにも向けて撃ち込んでくる。嵐の鎧で海を切り裂くようにすいすいと移動し、ラズリは角をかわしてリヴァイアサンに近づく。

「アキハイトの魔術より私の魔術の方が奴の角を軽々かわせるじゃない。この程度の角をあんなに全力で必死にかわさないといけないなんて。やっぱりパラディンが最強の魔術師なんて言い過ぎだわ。メイジの方が強いし私が世界最強でしょ」

 ラズリは角が撃ち出される所を視認している。だから視認出来ず知覚してすぐ回避しないといけないアキハイトと違って軌道が読めるしかわしやすい。でもラズリはそういう理屈がわかっていてなおアキハイトより自分の魔術の方が優れているとのたまう。

 ワンカナとは違う意味で力に溺れ驕っている。ラズリは実際に比較した事も実証した事も無いのに、自分より破壊力に長けた魔術師を知らないゆえに自分が世界最強だと自負して疑わない。

 本気を出せば神クラスと崇められるリヴァイアサンだって倒せる。普段は本気を出さない。必死こくのは弱者が弱いくせに強い敵と戦うからだ。たとえ相手が強くて逃げる事になっても、本気を出していないから負けても別にくやしくないし、本気でムキになろうとはしない。そんなのダサくて格好悪い。

「でも今は本気よ。ベイドを早く助けなきゃ。胃液で溶かされるなんてきっと辛いわ。魔術で防いでいても苦しいに違いない。ああ。ベイド。私が世界最強だから助けてあげられるのよ。ベイドったら私より弱いんだもの。強い私が守ってあげる。だから一生私に庇護されていればいいわ」

 ラズリは驕り、他の誰をも弱いと侮っている。接近戦ではアキハイトにかなわないにもかかわらず遠隔戦ならアキハイトに勝てるとうぬぼれていられるほどに。

 恋する男が魔術師なら、それより強いとうぬぼれたり相手が弱いと見下したりするものではない。しかしラズリははっきりと、ベイドより自分の方が強いとうぬぼれていたし、ベイドは自分が守ってあげねばならないほど弱いと見下していた。

 彼の何も理解しようとせず、彼の全てを見下し軽視している。ラズリの愛情は一般的には恋と呼ばない。愛玩というのだ。ペットを所有し可愛がるような気持ち。人間は自分がペットより上だと思っているから「可愛がってあげる」のだ。しかしラズリはこれが愛だと思い込んでいた。

「苦手な水中戦でも私は無敵。どんな強い魔物だろうが神だろうが勝てる。アキハイトの神が本当にいるなら私の前に連れて来るがいいわ。そうすれば殺してやってアキハイトを泣かせてやれるのに」

 ラズリは得意の火炎や爆発の魔術が使えない海中でもリヴァイアサン相手に勝てるとうぬぼれている。今までにも神レベルの魔物と戦って勝った事など無いのに、本気を出せば勝てると本気で思い込んでいる。

 ラズリは交差させた腕から魔術を放つ。バキバキとその手の前から氷が広がり海水をどんどん凍らせながら氷が突き進むように広がっていく。

「メイジ魔術、凍てつく夏。真夏の太陽すら凍り付かせるほどの凍結。海ごと凍らせてやるわ。魔物の急所は脳か心臓。でもあの蛇みたいな身体のどこに心臓があるかわからないし、心臓を複数持つ魔物もいる。しかしどんな魔物も脳は一つだし、それは明らかに頭部だとわかる部位にある。それは魔物の理。例外は無いわ。だから頭を凍らせる。腹の中にいるベイドは私の魔術に巻き込まれずに助けられるわ」

 海水を凍らせ広がる氷の塊。氷は前方へどんどん広がりリヴァイアサンの頭に接近する。

 とぐろを巻いたままその場を動かなかったリヴァイアサンが、巻いた胴を解き移動を開始する。その周りの海水が渦を巻き海流を生み出す。リヴァイアサンの餌とはならない魚たちはその海流に飲まれ遠くへ吹き飛んでいく。

「今更逃げようったって遅いわよ。私の氷は早いし相手に合わせて進行方向を変えられる。こんな風にね」

 ラズリが横へ逃げようとするリヴァイアサンの頭へ手を向ける。氷が広がる向きを変え、リヴァイアサンの頭を追う。

「ほーら。もう到達するわ。所詮神レベルの魔物っていってもこんな物よね。苦手な氷の魔術でも、海水を利用して範囲を拡大出来る。魔術は応用よ。メイジは攻撃に特化し他の状況にも攻撃魔術を応用しないといけない分、不利な状況すら利用する知恵に長けているのよ。知恵の無い魔物が、魔術を操る知恵がもっとも優れたメイジに勝てるわけないでしょ」

 リヴァイアサンの頭に氷が広がりもう到達する。しかしそのとき、突風かのように巨大で豪快な海流が巻き起こる。

「何?」

 ラズリはリヴァイアサンの頭を氷漬けにする事に気を取られていた。頭にだけ目を向け、長すぎる胴を伸ばしたその端までは目も知覚も届いていなかった。

 リヴァイサンは巨大過ぎる胴をまっすぐに伸ばしていた。頭を氷から逃がそうとしていたのではない。ただ身体を伸ばすために頭が横に移動しただけだったのだ。

 リヴァイアサンはまっすぐ伸ばした長大な胴を急激に曲げる。見えないぐらいはるか遠くのしっぽを高速で振るう事で、こちらに流れる膨大で突発的な海流が巻き起こったのだ。

 濁った激しい海流に飲まれ視界も知覚も制限された。ラズリはなまじ嵐の鎧で身を包み海流を切り裂くようにしてその場に留まれたせいで、海流に乗って吹き飛ばされなかった。

 知覚の外からあまりに高速で迫る尾に気付かなかった。気付いた所で対処出来たかは怪しいが、とにかくラズリは対処出来ずにその一撃を受けてしまった。

「なっ、あっ?」

 何が起こったのかわからない。嵐の鎧に守られていたから即死は免れたが、一部を破壊されてもすぐにまた渦巻く嵐を形成し持続するはずの嵐の鎧が完全に破壊され、その魔術が消えてしまった。

「がぼっ、がっ!」

 魔術で防いでいてもリヴァイアサンの尾の一撃は強力で、もうラズリは全身の骨が折れ内臓も破裂している。まだ死んでいないだけで致命傷だ。しかも嵐の鎧を失ったせいで海中で息も出来なければ水圧や海流にも耐えられない。巨大な氷は尾の一撃で粉々に粉砕されていたが、それが海に溶けて海水が冷えきって体温を奪う。

 致命傷を受け、海水を飲み込み肺に溜まる。破れた肺から海水が漏れて体内を汚染する。そしてこの深い海底の水圧。魔術で守られていないラズリの肉体はすぐにひしゃげ始める。

「ラズリいいいいいい!」

 ワンカナの叫びが海中に響く。でも意識を失ったラズリの耳には聞こえない。魔術を完全に停止しているラズリは魔術の作用による海中の会話も出来ない。

 ワンカナが左手から伸ばした蔦の束をラズリに巻き付ける。水圧でひしゃげるラズリをかまわず引っ張り上げる。

 ワンカナは海中にいた。左手の蔦を目一杯伸ばしてラズリを捕まえ、右手の蔦を目一杯伸ばして海上にある船に巻き付けていた。

 左右の手から伸ばした蔦を両方縮める。片方だけを縮め引き戻すより二倍の早さでラズリの身体を引っ張り上げる。

 深い海底からこの速度で引っ張り上げると人間は水圧の変化に耐えられず血管が破裂して死ぬ。しかし魔術師はただの人間とは違う。強いほど耐久力が高く、並の人間なら即死の状況でもわずかな間はまだ生きていられる。

 ワンカナは蔦を全力で縮め、自分ごとラズリを引き上げ海上へ飛び出した。

「いいぞ。死んでいなければ傷は癒せる。偉大なる神の力は即死寸前の人間でさえ救ってくださる」

 アキハイトは右の拳を振るう。その拳から光が放たれ、空中に飛び上がるぐしゃぐしゃに潰れよじれた肉塊にしか見えないラズリを貫く。

「パラディン魔術、神の息吹。あらゆる治癒魔術の中で最強。どんな状態だろうと死んでいない限り万全な状態にまで瞬時に癒す」

 ラズリの身体が輝く。聖なる金色の淡く暖かい光に包まれ、絞ったボロ雑巾のようだったラズリの身体が膨らみ人間の形を取り戻す。破れた衣服すら元通りに再生する。

「はっぐ、ぜっ、ぜえっ」

 ラズリは死ぬ寸前、あと一瞬で絶命する所だった。再び完全無傷な肉体を取り戻し、空気が欠片も残っていない肺がそれを取り込むため必死に横隔膜を動かし空気を取り込もうとする。痙攣し窒息しそうだ。それでも何とか頑張って呼吸する。

 ワンカナは蔦を絡めたラズリと共に木の船の上に飛び降りる。ラズリは激しく苦しみながらも生きている事を実感し理解する。

「べ、ベイドは?」

「自分の心配をしなよラズリ。今まさに死ぬ所だったんだよ。それがぎりぎりで助かったんだ。それを喜ばなくちゃ」

「ベイドは、私の大事な人は、どうしたのよ。いないじゃない」

 ラズリはぜえぜえあえぎながらワンカナに掴みかかる。長い爪が握った腕に食い込み血が出る。しかしワンカナはその痛みを自分への罰として甘んじて受け止めた。

「ベイドは、あの人は、ねえったらあ!」

 ワンカナは目を瞑り、必死なラズリの顔を見ずに首を左右に振る。

 ワンカナの代わりにアキハイトが冷たく答える。

「ラズリ。今は離脱する。今すぐリヴァイアサンを倒す事は出来ない。お前でも無理だったのだ。策が無い。今は生き延びる事だけを考えろ」

 ラズリがぐるりと後ろを向く。首がねじ切れるのではないかと思うほどだ。目をひんむき真顔だ。怒りを通り越して表情が死んでしまっている。

「何言っているのよアキハイト。何を馬鹿な事を。ベイドは助けられるわ。私がもう一度行く。今度こそベイドを助けるわ」

「無理だ。諦めろ。やはりリヴァイアサンを海上へ引きずり出せず海中で仕留めるなど無理なのだ。お前で出来ないなら他の誰にも出来ない。お前が誰よりもよくわかっているだろう」

「ふざけないで! 何馬鹿な事言っているのよ。理解出来ない。ベイドはまだ生きているのよ。私なら助けられる。あの人は今も私を待っている。私が守ってあげないといけないほど弱いのよ。私が守らないでどうするのよ」

 アキハイトはラズリを無視し、船を反転させて全力でその場を離れ始める。

「引き返しなさいアキハイト。ベイドを見捨てるなんて許さないわ。あんたの神が許しても私が許すものか。引き返せ! ふざけるな! 殺すわよアキハイトおおおおおおお!」

 ラズリは腕を上げて火炎の魔術を行使しようと手の上に火を吹き出す。ワンカナは左右の手から蔦の束を伸ばしてラズリの全身に巻き付ける。

「ああ? 邪魔しないでワンカナ。あんたから殺すわよ}

 蔦はしゅるしゅると巻き付きラズリの全身を縛り上げる。掲げていた右手も掌まで蔦で包み込み、発生させていた火が消えてしまう。

「ごめんラズリ。でも今は逃げるしか出来ない。海中でリヴァイアサンを倒してベイドを助けるなんて無理だったんだ。君にも出来ないし、僕らにも出来ないんだよ」

 ワンカナはうなだれる。ラズリは顔まで蔦で覆われ、蔦を噛んで食いちぎろうとするが歯が立たない。蔦の触手の魔術は捕らえた者を無力化する。

 ラズリは本来なら、いくら不意打ちでも対処出来たし右手まで蔦に巻き付かれる前に魔術で対抗出来た。しかし今はベイドを助けるのに失敗し、自分も死にかけたばかりだ。半狂乱でもう冷静ではない。いつものように魔術を素早く正しく使えない。ラズリは今戦える精神状態ではなく錯乱していた。

「がううう、うぐぐが、ベイドを、私がああああ。邪魔するな。あんたたち絶対許さないわよ。殺してやる。私のベイドを見捨てて死なせるあんたらを絶対に殺してやるわあああああ」

 ワンカナはもっと深く頭を下げラズリに謝ると、うるさいラズリを黙らせるため蔦で口を縛り上げ猿ぐつわとした。そしてひんむいて憎しみをぶつけてくる飛び出しそうな目が怖いので、それも蔦で覆い隠してしまった。

posted by 二角レンチ at 21:32| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

ドルイド少女ワンカナ(10)首輪奴隷

ドルイド少女ワンカナ(10)首輪奴隷

 海上ではラズリとアキハイトが木の小舟の上で待機していた。

「ねえアキハイト。あんた本当にリヴァイアサンに勝てると思っているの?」

「勝ち目など無い。それでも倒す。魔王はそれよりはるかに強いのだ。魔王に勝つためにはいかに神の一種と畏れられる神レベルの魔物といえど倒して強くならねばならない」

「無茶な試練ね。言っておくけど、私はあんたのために命を張るつもりは無いからね。勝ち目が無いならベイドと一緒に逃げるわ。恨まないでよ」

「わかっている。ベイドがいつも言うように、自分の命を一番大切にすればいい。生き延びるために仲間を見捨てるのはかまわん。それで恨む事などない」

「それって、あんたが仲間を見捨てて逃げたからでしょ。自分を正当化するための詭弁。だっさあ。この恥知らず」

「何とでも言え。仲間に生かしてもらった命だ。二度と粗末にはしない」

「なら魔王と戦うなんてやめればいいじゃない」

「魔王からは逃げられない。奴は人間を根絶やしにすると宣言している。今すぐ人間を全滅させる力を持ちながらもてあそんでいる。決戦の日を決めそれまでは人間を皆殺しにせず怯えさせている。その油断を後悔させてやる。人間は決戦の日までに準備を整え魔王を討つ。俺たちは神レベルの魔物を倒して実力を磨き、魔王を倒せるほど強くならねばならない」

「こんなの無理無理。どうせワンカナなんて今頃リヴァイアサンに食われているわよ。あーあ。早くベイド帰って来ないかしら。ふふ。ベイドが勝ち目がねえ、逃げようって言ったらすぐ逃げるわ。あんた一人で戦って殺されればいいのよ」

「俺は死なん。絶対に魔王を殺す。仲間の復讐を果たす」

「復讐ぐらいで殺すなんて、あんたの神は許していないんでしょ? 人間の命はその程度の罪じゃ奪っちゃいけないんじゃなかったっけ?」

「魔王は人間ではない。人間に化けてもあれは魔物だ。神は魔物への復讐は認めてくださっている」

「都合のいい神様ねー。さすが人間が作ったおとぎ話。空想だから都合よく作って信者に崇めさせ、金を巻き上げ奉仕させる詭弁。あはははは」

「神は実在する」

「悪魔と同じく実在しないって。誰も見た事ないんでしょ?」

「見なくともその力を感じられる。俺たちパラディンはクレリックと同じように神の力を借りて行使する」

「神じゃなくて他の何かの力でしょ? 迷信って奴かな。あはははははは」

「ふん。神を信じるかどうかは自由だ。神は信じない権利すら人間に許してくださるほど寛大なのだ」

「はいはい」

 ラズリはとてものんきだ。リヴァイアサンと戦うつもりなどない。戦いにならないほど強い敵なのだ。これでうっとうしいアキハイトやワンカナとおさらば出来る。

 ベイドがアキハイトについて行くから一緒にいるだけだ。ラズリにとってはアキハイトや魔王はどうでもいい。降りかかる火の粉は払える。魔王の軍勢など怖くないし、かなわないほど強い敵からはただ逃げればいい。

 それを戦って勝つのが強くなるために必要な試練だと言うアキハイトの愚かさにはうんざりだ。神という迷信で信者から金を巻き上げる詐欺が宗教の実態だ。それに騙されるほど馬鹿な信者であるアキハイトと一緒にいると馬鹿が移る。

 ベイドはなぜか毒されている。アキハイトなんかと一緒にパーティを組んでしまっている。アキハイトより先にベイドに会っていればこんな事にはならなかったのに。

 アキハイトとベイドはラズリが出会ったときにはすでに二人でパーティを組んでいた。ベイドにいくら言ってもベイドはアキハイトと一緒に行く事をやめてくれなかった。

 だがリヴァイアサンと戦うという無謀のおかげで今度こそアキハイトとはおさらばだ。今までだって神レベルの魔物と戦った事は何度もあるが、勝った事など一度も無い。なんとか誰も死なずに逃げ延びてきただけだ。それを性懲りもなくまた挑む。勝てるほど強くならねば魔王と戦えないという理由で。

 馬鹿じゃなかろうか。いやただの馬鹿だ。馬鹿は無謀と勇気をはき違えている。愚かで考えが足りない。

 ベイドは賢いのにどうしてこんな馬鹿について行くのだろう。ベイドの目的のためだと言うがラズリにもその目的を教えてくれない。

 ベイドはやたら復讐にこだわるから、何かの復讐のためらしいというのは想像がつく。でも残虐で損得をしっかり考えられるベイドが、たとえ肉親が殺されてもその復讐のためにここまで無謀な戦いについて行くとは思えない。

 復讐を匂わせているのはただの偽装で、本当の目的はもっと他にあるのだろうか。わからない。自分の命が一番大事だと何度も言うベイドが、復讐だろうが他の目的のためだろうが自分の命を危険に晒すこんな無謀な戦いをする理由がまるで見当つかない。

 どうでもいい。ベイドの目的など何でもいい。ただベイドについて行く。一緒にいる。こんなに人を好きになったのも、自分みたいに性悪な女をこんなに長く愛してくれるのも今までベイドしかいなかった。

 他の男とは違う。二度と手に入らない宝石。それがベイドだ。ベイドを自分から遠ざける奴は誰だろうと許さない。ベイドにちょっかいを出す女は全部敵だ。女は全員男の中で一番いい男であるベイドに惚れてちょっかいを出してくる。

「帰って来ないわねえ。リヴァイアサンはここにはいなかったのかしら?」

「リヴァイアサンのように強大な魔物は定住する傾向にある。ここにも長年棲みつき周囲の人間たちに畏れられている。移動している事は考えられん。この海域を探索すればきっと見つかる」

「じゃあワンカナはきっと食われているわね。楽しみだわ」

「ラズリ」

 仲間の死を期待するなど許されない。言っても無駄だからもうアキハイトはラズリに忠告や説教をしなくなっていた。でも時々どうにも我慢出来ない時は無駄でも説教をする。

 久しぶりにラズリに説教をしようとしたアキハイトはぴくりとする。

「どうしたのアキハイト?」

 ラズリはまだ知覚出来ない。でもアキハイトはパラディンだ。神の力は偉大で強大。その魔術を行使する作用で他の魔術師の多くより知覚範囲が広い。

 だから気付いた。海中から迫りくる脅威を。怖ろしい速度で攻撃が撃ち込まれてくる。

「避けるぞラズリ。船に掴まっていろ。いかに神の加護を受けているこの船とはいえ限界速度での回避では術者である俺以外は振り落とされかねん」

「はあ?}

 ラズリは生返事をする。しかしさすが百戦錬磨。すぐにその言葉の意味を理解し船の縁に両手をかける。

 アキハイトがわざわざ警告するのだ。この程度、たかが腕力で掴んでいるだけではきっと振り落とされる。

「メイジ魔術、首輪奴隷」

 本来は自分に使う魔術ではない。敵を拘束しその場に縛り付ける魔術なのだ。

 しかしとっさに、他に有効な魔術は思いつかない。メイジは大規模破壊に特化した魔術師だ。攻撃を得意としそれ以外は不得手だ。魔術師の常としてあらゆる事態に対処出来る魔術を持つが、それは攻撃魔術の流用となる。

 魔術の首輪がラズリの首にかけられる。その首輪から鎖がじゃらりと伸びて船に打ち込まれる。鎖の端は船の底に繋がれた。魔術的な拘束故に、この鎖をちぎったり繋いである場所を破壊して解放したりといった事が出来ない。概念として船に繋いだならこの船が木っ端微塵にでもなり船という概念を維持出来なくなるまでは繋がれたまま逃げられない。

「ちっ」

 ラズリは舌打ちする。これではベイドが逃げてきても一緒に逃げられない。アキハイトが警告するからにはきっとリヴァイアサンを発見して戦闘に突入している。ベイドが逃げ帰り、殺される前に一緒に逃げるはずだったのに。

 アキハイトは船にしがみつき集中する。船もアキハイトも神の光である神々しい金色に発光する。

 パラディン魔術、神の騎馬の力を最大限に行使する。ここまで全力だとアキハイトは他の行動を取れない。船を操るだけで攻撃が出来なくなってしまう。

 アキハイトは全力で船を操る。海上を浮かぶというより飛ぶようにしてびゅんびゅんと、荒れる波を弾きながら疾走する。

 さっきまで船があった場所に、巨大な角のような物が飛び出してきた。大きい。小舟よりも大きなまっすぐの青い角が海から突き出て、そのまま天に届くかと思うほど上空まで撃ち出され雲を貫き見えなくなってしまった。

「何あれ? でかいわ」

「リヴァイアサンの角だな。リヴァイアサンは頭部に多数の角を生やしている。それを飛ばして攻撃してきたのだ」

「私たちを狙って?」

「違うな。海中にいるワンカナとベイドを狙って放った角だろう。それが避けられたからこうして海上まで飛んできたのだ」

「ちょっとお、流れ弾にしては大きすぎるんだけど。あんなの食らったら即死だわ」

「そうだ。まだまだ迫ってくるぞ。しっかり掴まっていろよ。荒くなるぞ」

 アキハイトは力を込めて船を駆る。まっすぐ走ったかと思えば急激に反転する。高い波に乗って逆さになったかと思えばそこから跳躍するように次の波に飛び移る。

 海中からたくさんの角がどんどん飛び出してくる。アキハイトたちを狙った物ではないが、避けなければその内の何発かには当たってしまう。攻撃速度が早すぎる。知覚してから全力で回避するまでの時間が短すぎ、限界まで荒く乱暴な操作で回避しなければ到底かわしきれない。

「もう。ベイドならこういうの大喜びだろうけど、私はこんな乱暴なじゃじゃ馬に乗るのは好きじゃないわ」

「我慢しろ。こうして角がどんどん撃ち込まれてくるのはベイドたちが海中で避けている証拠だ。二人が生きているという証なんだ。むしろ喜ばしい事だ」

「こんな速度の角を間近で撃ち込まれ続けていつまでもかわせる物じゃないわ。魔術でも防ぐのが難しい。防ぎきれない。特にワンカナの魔術は植物を操る。防御の硬さがちょっと足りないからね。角に貫かれてきっともう死んじゃっているわ。ベイドにその死に様を聞かせてもらうのすごく楽しみ」

「貴様」

 アキハイトがいつもの無表情をわずかに歪ませ怒る。仲間の死を願うなど許せない。この危機に仲間を案じられない奴など許してはおけない。

 本当はラズリやベイドのように凶悪な人間を仲間に加えたくなどなかった。しかし一度仲間を全滅させてしまった。正義と仲間を重んじる潔癖な人間ばかりを集めても魔王が首のただ一人にすらかなわなかった。

 人間としていくら問題があろうがより強い者を仲間にする。でないと魔王には勝てない。ベイドは卑怯だろうが何だろうが魔王が首以上に狡猾で勝てる戦略を取れるし、ラズリは世界最強のメイジを自負するだけあって魔術による破壊力で彼女以上の者を見た事が無い。

 そしてワンカナ。ドルイド魔術で聞いた事の無い樹木の巨人を召喚出来る。新しい魔術を暴き行使出来る魔術師はそのクラスの中でも飛び抜けて強いと決まっている。強いからこそ弱い者には触れる事すら出来ない魔術の深淵にまで届き暴けるのだ。ワンカナの実力は今でも申し分ないが、彼女にはまだまだ強くなる余地がある。狭い森の世界から出て広い外の世界に触れればより刺激され、さらに大きく成長するだろう。

 誰一人失うわけにはいかない。魔王との決戦の日は迫っている。一度パーティが全滅したせいで未だに仲間集めをしているのは五人のパラディンの中でアキハイトだけだ。

 これ以上の強者をあと一人でも見つけるのはおそらくもう無理だろう。無理でも最後まで探し続けるが、それよりまずは誰一人失わないようにしなければならない。

 ワンカナの死を楽しみだとのたまうラズリに対しアキハイトが怒りをぶつけようとしたその時、状況に変化が起こった。

 海中からどんどん巨大な角が射出されてくる。ベイドやワンカナを狙って外した角の流れ弾だ。そんな中、角でなく植物の蔓がねじれて束になった物が海から突き出る。

「ワンカナ!」

 アキハイトが叫ぶ。角の流れ弾をかわしながらその蔓に向かって船を走らせる。

「ちっ。ワンカナの奴まだ生きてやがるわ」

 アキハイトはラズリの舌打ちに怒るが今はそれどころではない。ワンカナを助けるのが先だ。船を近づけ海から伸びる蔦を片手で掴むと、引っ張りながら移動する。

 蔦はすぐにアキハイトの手から船に伸び、根を張るようにしっかりと吸着する。その伸ばした蔦を縮め、その端を手に巻き付けているワンカナが海上へ釣り上げられる。

 勢い良く走る船に引っ張られ、ワンカナの身体が上空に舞う。彼女は蔦の束をさらに縮め船に飛び込んだ。

「ぜえ、ぜえ、はあっ、はあっ」

 船に手をつきあえぐワンカナ。船は乱暴かつ高速で移動している。ただ掴まるだけでは振り落とされる。ワンカナは手に巻き付いた蔦の触手を解除せず、船に絡みつかせたまま身体を船に固定する。

「ワンカナ。ベイドはどうしたのよ。あんたまさか、リヴァイアサンと戦っているベイドを見捨てて一人だけ逃げて来たんじゃないでしょうね」

 ラズリが怒りに顔を歪めながら叫ぶ。ワンカナはずぶ濡れで、両手と膝を船底についたまま顔を上げる。

「ううーっ」

 ワンカナは顔をくしゃりと歪めてぼろぼろ泣く。ラズリが蒼白になる。

「ちょっと、ふざけないでよ。ベイドが死ぬはずがない。死んだなんて言わないでしょうね」

「ううっ、うえっ、ふえええっ、ごめん、ラズリ。僕のせいで、ベイド、は、僕の身代わりに、リヴァイアサンに飲み込まれちゃった」

「な……」

 ラズリは怒りが鎮火するほど激しく絶望する。血の気が引きすぎてまるで血の通っていない死人みたいに青ざめ、がくりと膝をつく。

「嘘よ。彼が死ぬはずない。私の全てなのよ。あの人がいないと、私もう生きていけない……」

 ワンカナと同じように四つん這いになりうなだれるラズリ。ワンカナはあわてて泣きやみ言い足す。

「あ、ち、違うんだ。ラズリ。ベイドはまだ生きているよ。でもリヴァイアサンに飲み込まれた。消化されるまで魔術で防いでも五分ももたないって言っていた。飲み込まれてからここまで角をかわして逃げるのに一分ぐらいかかっちゃったと思うから、あと四分かもっと短い時間でリヴァイアサンを倒してベイドを助けなきゃいけない」

 自分が死んだかのように絶望していたラズリががばっと顔を上げる。間髪入れず平手でワンカナの頬をぶつ。

「きゃんっ」

「早く言いなさいよこの愚図! 誤解させるような事言って私を絶望させて。いつもの仕返しってわけ? こんな時にそんな事するなんて浅ましい子。でも今はあんたなんかに構っていられないわ。私がベイドを助けなきゃ」

「待てラズリ。お前の魔術は火炎が最大攻撃だ。海中では威力が半減する。リヴァイアサンを海上におびき出すまで待て」

「待てないわ。うるさいわよアキハイト。私に命令しないで。ワンカナは奴をおびき出すのに失敗したじゃない。リヴァイアサンは魔物。知性が無い。でも知性があるかのように狡猾に活動する。自分の得意領域である海中から出てくるわけないわ。ベイドが消化されちゃう。あんたは船を駆って遊んなさい。私は行くわ」

「待て。無理だ。やめろ」

 アキハイトの制止も聞かず、ラズリは高速で暴れる船に自分を繋ぎ止めていた首輪と鎖を解除する。それらがぼろぼろと錆びたように崩れ消え去るより早く、それを引きちぎりラズリは海へ飛び込んだ。

「あの馬鹿。くそ。しかし俺は船を操り動けん。どうすれば」

 こうしている間にも、ワンカナが逃げ込んだ船を狙ってリヴァイアサンの角が次々撃ち込まれてくる。さっきまでと違い今度はこの船を狙っている。かわすためにはより集中しないといけない。アキハイトは今、他の魔術を使ったり戦闘を行ったり出来る状態ではない。

「うううううっ、アキハイトごめん。僕のせいでベイドがあ」

「泣くなワンカナ。まだ死んだわけではない。ベイドは五分なら耐えられると言えば十分は耐えて見せる奴だ。奴の底力は計り知れん。どんな危機に直面しても力を隠している節がある。だからきっと大丈夫だ。ゆっくりはしていられないが、リヴァイアサンを殺してベイドを助けるのはきっと間に合う。作戦を立てねばならん。海中であった事を話せワンカナ。手短にだぞ。リヴァイアサンの容姿や大きさ、他に気付いた事など何でもいい。対策を考えねばならん。早く話せ」

「えぐっ、うぐっ。アキハイト、僕、怖くて、あんな、あんなに強くて巨大でかなわない、あんなのがいるなんて……」

 アキハイトはいらっとして怒鳴る。

「いい加減にしろワンカナ! 甘えも泣き言も言っている暇など無いのだぞ。気持ちを無理矢理切り替えろ。即座に対処しろ。そういう世界にお前は望んで飛び込んだのだ。もう後戻りも逃げる事も許されん。早く話せワンカナ。どんな些細な事でも情報が欲しい。単純な力勝負ではかなわん。ベイドもラズリも死なせる気か」

 ワンカナはびくっとする。自分のせいで両親は殺された。もう二度と自分のせいで誰かを死なせないと、自分に誓ったではないか。

 ワンカナは蔦の巻き付いていない左手でぐしぐしと涙を拭う。恐怖や絶望、畏れや後悔。打ちのめされるあらゆる感情をぐっと飲み込みワンカナは顔を上げる。

「うん。わかったよアキハイト。僕強くなる。頑張るよ。ええと、まず、僕は海の豊かで力強い自然のおかげでそれを借りる自分まで強くなったとうぬぼれちゃった。いい気になって、ベイドが止めるのも聞かず振り切るように先走って深い所まで潜って……」

 アキハイトは極限まで集中し、知覚してすぐ到達するほど早い角の弾丸を避ける。それでもワンカナの話を聞いて対策を考えねばならない。

 ベイドとワンカナが何とかリヴァイアサンを海上までおびき出し、ラズリの破壊魔術で仕留める。その作戦が完全に失敗し、他に用意してあった作戦はそれより劣る。おまけにベイドは捕獲されワンカナもこの様子ではろくに戦えそうもない。

 アキハイトは早急に、ラズリが殺される前に、作戦を立てて決行しなければならない。とてもせっぱ詰まっていた。

posted by 二角レンチ at 14:09| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月25日

ドルイド少女ワンカナ(9)リヴァイアサン

ドルイド少女ワンカナ(9)リヴァイアサン

 きれいな海の中。透き通るように澄んだ海中で色とりどりの美しい魚たちが数多く泳いでいる。緑の森の中で暮らしていたワンカナは、空とは違う蒼の美しさに胸打たれ、とてもすがすがしい気持ちになっていた。

 自然は木や花以外にもこんなに違う美しさを持つのか。自然と生命の神秘、命の海。自然を敬愛し助けを乞うドルイドゆえに、自然の壮大さを人一倍敏感に感じ取り感動も深い。

 魅了される。引き込まれる。ワンカナは魔物を狩りに来たという事をしばし忘れ、自然の素晴らしい海の中を泳ぐ感動に酔いしれた。

 あってはならない油断。警戒が足りない。行動が安直過ぎる。標的であるリヴァイアサンが棲むとされる深い海の底目指してどんどん泳いでいった。

「ワンカナ。くそ。聞こえているくせに。この程度の距離なら水中で活動出来る魔術の作用で会話が出来る。だけどそれ以上離れるな。声が届かなくなる」

 ワンカナはベイドの声を無視する。森とは違う海の自然。青く白く輝く命の強さにあふれる力強い水。海は川や湖よりも生命の力が強い。自然から力を借りるドルイド魔術は周りの自然が純粋で生命力にあふれているほど強い力を行使出来る。

 だからなおさら敵を侮る。海中に棲む魔物なら当然海の中の方が強い。海中が有利なのは向こうも同じだ。しかしワンカナは広い海に潜っているこの周り中が強い力にあふれている感覚に、自分も強くなったと酔いしれていた。

 ワンカナは強い力を持ち、敵無しだった。アキハイトには負けたがあれは殺し合いではなくただの手合わせ。殺気が無かった。本気の殺し合い、本当に強い敵との命をかけた死闘というのをワンカナは知らなかった。

 だから力に驕り溺れる。痛い目をまだ見ていないワンカナは、強い自然である豊かな海に包まれその力を借りられる事で、今までにないほど自分が強くなったとうぬぼれ酔っていた。

 お酒より力の方が酔える。気持ちいい。何も自分を阻めないこの圧倒的強者の感覚。いい気分だ。誰にも邪魔されず、邪魔出来ず。世界の王者の愉悦を味わえる。

 井の中の蛙大海を知らず。ワンカナはまさにそれだった。

「ワンカナ。待て。戻れ。声が届かなくなる。それ以上俺から離れるな……」

 うるさいベイドの声が聞こえなくなる。ベイドはとても邪悪なくせに、ときどき人を思いやるような人情を見せる。それが傷ついたワンカナをどれだけ励まし支えてくれた事か。しかし今、自然の力に満たされ強くなったといい気になっているワンカナは、ベイドの説教臭い話を聞きたくなかった。

 だから魔術により声が届かなくなるぐらい、魔術により視認出来なくなるぐらい、早く泳いでベイドから離れ深い海に潜っていった。

「へへん。僕のドルイド魔術は周りの自然の生命力が強いほどその力を借りて強くなれる。海の中ってすごいな。命を満たした水に直接触れているからかな。森の中よりもっと力があふれてくる。今ならアキハイトにだって勝てちゃうねきっと。くふふふ」

 力に溺れる傾向にあるワンカナは無敵の愉悦を味わっていた。両親が殺されてから数日、それを本気で忘れられるほど楽しい気分になれたのは久しぶりだ。この気持ちに酔って、嫌な事をわずかも考えないほど忘れていたい。

 それだけ両親の死が辛すぎた。ワンカナは十八歳。村の中でも外の世界でも同じで、十八歳から大人とみなされる。でも年齢よりも幼い容姿と同じくらい心も幼く未熟だった。人が殺されるなど珍しくないこの世界でも、肉親の死を未だ引きずる子供だった。

 両親の死を忘れられるなら何でもいい。力に溺れていたい。酒は酔っても溺れられない。むしろ悲しい事をよりしんみりと思い出し浸ってしまうので、酒は逃避になり得なかった。

 力だけが溺れられる。辛い現実を忘れられる唯一の手段。溺れずにはいられない。その裏にある危険をまだよくわかっていないワンカナは安易に逃避した。

 光が届いていた明るい場所からより深く潜り、どんどん暗くなっていく。魔術の作用による暗視でも周りが見えなくなってきた。

「ドルイドは周りの自然に助けてもらえる。自然の中を知る魔術だってお手の物さ」

 ベイドにはもう声が届かないほど離れてしまっている。でもワンカナは彼に解説するかのようにつぶやく。

「ドルイド魔術、自然の知恵。周りの自然が教えてくれる。周りの状況は? 敵であるリヴァイアサンってどこにいるのかな? 魔術の作用による知覚よりはるかに遠くまで、自然が繋がっているかなりの距離を探索して知りたい事を教えてもらえる」

 ワンカナは両腕を左右に広げる。呼吸を始め水圧などに耐える力を与えてくれる魔術の薔薇を口にくわえたまま目を瞑り、自然の声に神経を集中させる。

 周りの豊かな自然が教えてくれる。周囲の広範囲の状況を。

 なのに声が聞こえない。自然は呼びかけても何も答えてくれなかった。

「あれ?」

 もう一度、今度はもっと集中して魔術を行使する。やはり何も聞こえてこなかった。

「あれあれ? 何で? 自然が答えてくれない。声が聞こえない。森の中の木々や大地はうるさいぐらいいろいろ教えてくれたのに。海だと勝手が違うのかな?」

 そんなはずはない。魔術を行使する上でその魔術に熟知するのは最低限の前提だ。この魔術、自然の知恵は自然が尋ねた事を答えてくれる。それは人の言葉のように聞こえてくる。自然が無いとか死滅しているならともかく、周りからは森より強い自然の力を感じ取れる。自然はたしかにあり、魔術で呼びかけても答えてくれないという事は無いはずだった。

「何でだろう。こんなの初めてだ。わけがわからない。どうしよう。そうだ。いったん引き返してベイドに聞いてみよう」

 ワンカナは怖くなった。調子に乗って先行し過ぎた。自分があまりに迂闊だった事に、魔術が発動しなかった異常事態に陥って初めて気付いた。

「愚かな人間め。自然はより強く自然を尊ぶ者を重んじる。自然を尊重しその中で生かされている事を感謝する者と、自然の力を自分の力と勘違いし驕る虎の意を借る狐。どちらの訴えに耳を貸すのか。聞き入れるのか。手助けするのか。自明の事だ」

「え?」

 ワンカナはその声に驚く。周りを見ても誰もいない。

「ベイド? いや、違う声だ。自然が答えてくれた? でも自然はあんな事を言わない。問いかけた事以外は答えない」

 誰の声だろう。

「誰かいるの? 出てきてよ。まさか敵? 他の魔術師がいるの?」

 聞いた事の無い声。男の声に聞こえるがとても神秘的で不思議な音色。その声がまた答える。

「リヴァイアサンは海という自然を敬愛する。自分がいかに強大であろうが大いなる自然に守られている事に感謝するのを忘れない。お前はどうだ。海の力を得て強くなったとうぬぼれる。お前の力ではないのに感謝を忘れ驕った。リヴァイアサンは自然に守られている。魔物は魔術ではなくその種が持つ力として魔術のような力を行使する。知性ではなく本能。知恵は無くとも狡猾。力を驕る愚か者め。力を敬う真の強者に食われるがいい」

「誰? 男の声だ。ベイドじゃない。誰なんだよ君は。僕たち以外の魔術師がリヴァイアサンを狩りに来ているの?」

 不思議な男の声はそれ以上何も答えてくれなかった。

「ワンカナ!」

 ベイドの声だ。戸惑い泳ぐのをやめていたワンカナにようやくベイドが追いついてきた。まだ距離が離れているが魔術の作用で声が届く距離まで近づいた。

「ベイド。あのね、ここには誰かいる。僕たち以外の男の声が聞こえたんだ。海中で会話出来たから、きっと相手も魔術師だ。魔術の作用で僕に語りかけてきた。でもわけがわからない事ばかり言っていたんだ」

「そんな事は後回しだ。馬鹿。後ろだ。リヴァイアサンだ!」

「え?」

 ワンカナはわけがわからないがとにかく振り返る。

「ひっ!」

 森では見た事が無いほどの巨体。さんざん山のように大きいと聞いてはいたが話半分だと信じていなかった。そんなに大きな魔物なんて見た事が無かったからだ。

 ワンカナの知る世界は狭すぎた。外の世界は広すぎた。何もかもワンカナの想像を超えている。その危険に初めてさらされようやくワンカナはちょっぴりだけど理解した。

 巨大な顎が迫る。なんて大きさだ。長い牙が並ぶ大きな口を目一杯広げ、蛇というよりドラゴンに近いいかつい顔にとげとげしい角がたくさん生えた頭。ぎらつく青い真珠のような目。鱗も口の中も異なる色の青で彩られ、まるで海その物だ。

「な、何これ。何でこんな近くにいて僕、気付かなかったんだろう」

 魔術師は魔術の作用により知覚が優れている。魔術を行使しているならなおさらだ。敵がこんなに接近していて気付かないはずがない。

 気付き認識したからにはもうその存在は知覚出来る。知覚出来るとその強さも押し寄せる波のように実感出来る。

「こんな、馬鹿な、こんな力、存在。大きすぎる。強すぎる。何こいつ。アキハイトのあの凄まじい一撃、神の雷よりはるかに強い力を感じるよお!」

「ワンカナ! びびってないで魔術で防御しろ!」

 ベイドが叫ぶ。しかし混乱したワンカナは思考が働かず、とっさに魔術を行使出来なかった。

「ちいいい、こんちくしょおおおおおおっ!」

 ベイドが叫ぶ。腕を交差するように大きく振るって魔術を行使する。

 ワンカナが消え、ベイドが消える。そして次の瞬間、二人共さっきまで相手がいた場所に出現する。

「ソーサラー魔術、入れ替え人形。子供が人形を交換するように、二人の位置を入れ替える。相手がそれを許せる場合に限り、敵には使えないがな。ワンカナ。海上へ行け。俺なら大丈夫だ。短時間なら何とか凌ぐ。その間にこいつを倒せ。でないと消化されてお陀仏だ」

「ベイド? 何をしたの。何言っているの」

「最高に強い魔物と戦うってのはこういう事だ。全員が限界まで命を張ってようやく勝てる。楽勝だとか無傷だとかはあり得ねえ。魔術で凌いでも十分ももたねえぞ。頼んだぜワンカナ。絶対にこいつを倒せ。五分なら魔術でもつ。こいつほど強い魔物の消化力じゃあそれ以上はもたねえ」

「ベイド、ベイドおおおお!」

 ベイドは背後に迫るリヴァイアサンの、巨大過ぎる顎を向く。まるでベイドが豆粒一つになったかのようにちっぽけに見える。

「牙に噛まれたら防御もくそもねえ。死ぬ。だから噛まれる前に飛び込むぜ。いいなワンカナ。早く行け。アキハイトに作戦を練ってもらえ」

「ベイドおおおおおおおお!」

 ベイドは泳いで自らリヴァイアサンの口に飛び込む。リヴァイアサンは口を閉じるがその牙で獲物を絶命させる事が出来ず、口の中にベイドを飲み込んだ。

「うわあああああああああああああ」

 ワンカナは叫ぶ。涙をこぼす。しかしベイドに助けてもらった。自分の命を大事にしろとさんざん言われた。そのおかげで、今無謀にもリヴァイアサンと戦うよりも逃げて生き延びる事を優先出来るだけは思考が働いてくれた。

「待っててベイド。すぐ助けに来るから。アキハイトとラズリがいればきっと何とかしてくれる」

 今まさに噛み砕かれ殺される所だった。自分のちっぽけな世界で育まれた思考の限界などはるかに超えている。想像さえ出来ない未知の領域。次元が違い過ぎる。

 自然の力に満たされ強くなった? 馬鹿な。うぬぼれが過ぎる所か恥ずかしすぎる。何だこれ。ここまで次元が違うものなのか。こんなに怖ろしく強大な魔物にたかが人間が、四人どころか百人束になってもかなうはずがない。

 神の一種と崇められるだけはある。たかが魔物とは次元が違いすぎる。雄大で神々しく強大かつ壮大。これが魔物? まさに神そのものではないか。

 ベイドが身代わりになってくれた。おかげでワンカナはまだ生きている。ベイドもまだ生きているはずだ。牙に砕かれる事無く自ら口の中に飛び込み絶命を免れた。でも飲み込まれ消化される。魔術で防ぐと言っていたが五分が限界だとも言っていた。

 これほどの魔物なら消化力も相当だろう。一秒だって耐えられるのか怪しいぐらいだ。本当に五分も猶予があるとは思えない。急いで助けないといけない。

 助ける? こんな化け物、倒すどころか戦えもしない。ワンカナはぼろぼろ泣く。自分のちっぽけさに、傲慢さに、そして愚かさに。

 両親を死なせ、今またベイドを死なせようとしている。力に溺れ驕ったせいで。両親の死で何を学んだのだ。同じ過ちをまた繰り返してしまった。

 両親の時とは違う。今ならまだ取り返しがつく。可能性が低くとも、まだベイドは助けられるかもしれない。

 ワンカナには不可能だ。打ちのめされた。もう自分の魔術が通用するとはこれっぽっちも思えない。でもアキハイトやラズリならきっと何とかしてくれる。二人はベイドと一緒にこういう魔物と戦ってきたのだから。

 ワンカナは巨大過ぎる青い蛇、リヴァイアサンの全身を見る。山のように巨大というのは誇張ではなかった。本当に、とぐろを巻いたその雄大さは山その物だ。ここまで巨大な魔物が存在するなんて信じられない。生物の限界をはるかに超えている。

 これが成熟した魔物。神の一種と畏れられる最強レベルの魔物の世界。ワンカナは畏れおののく。もう二度と自分が誰よりも強いなどと考えられない。

 青い真珠のように輝く目で睨まれワンカナは悲鳴を上げる。振り返り、急いで泳ぎ海上を目指す。

 ベイドと位置を入れ替えたおかげでリヴァイアサンからはかなり距離が離れている。逃げ切れるかもしれない。ワンカナは限界まで力を振り絞って泳いだ。

 リヴァイアサンはのそりと動き出す。口を開かない。開けば飲み込んだベイドに逃げられるかもしれないからだ。しかしリヴァイアサンは口が使えなくとも牙が折れようとも敵と戦い殺す力を持つ。最大攻撃である口を開けられないなどハンデにはならなかった。

posted by 二角レンチ at 12:38| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月23日

ドルイド少女ワンカナ(8)薔薇の吐息

ドルイド少女ワンカナ(8)薔薇の吐息

 ベイドがアキハイトとラズリに手を振る。

「それじゃ行ってくるぜ。大物釣り上げてくるから待ってろよ」

「ええ。お願いね」

 ラズリはベイドにだけ見せる熱い笑顔を向ける。手を組んでくねくねと腰をよじって気持ち悪い。普段のきついラズリとまるで違う、恋する乙女の仕草だった。

 歳にも容姿にも似合わない。合っていない。恋は盲目。自分すら見えなくなってしまう。

「じゃ、僕も行ってくるよ。期待して待っていてね」

「ええ。期待しているわ。あんたがリヴァイアサンに食われて死ぬのを、リヴァイアサンより首を長くして待っているわ」

「あはははは。ラズリの冗談って面白いね」

 ラズリははしたなく、船の縁から海に向けて唾を吐いて返事とした。

 アキハイトは何も言わない。ラズリをたしなめるのは無駄だととっくに諦めていた。

 ベイドがワンカナの肩を叩く。ラズリが即座に私のベイドに触らないでとワンカナに向かって叫ぶが、ワンカナもベイドも毎度の事なので無視した。

「よっしゃ行くかワンカナ。お前は森の魔物としか実戦経験が無い。村の外の世界にいる本当の怖ろしい魔物を知らない。だから俺の指示に従えよ。でないと死ぬぞ」

「うん。わかったよ」

「本当にわかっているのかあ? 本当に死ぬんだぞお?」

 ベイドは手をわきわきさせ舌を出して脅すがワンカナは動じない。ベイドはおどけるのをやめて真顔になる。

「死は怖ろしい。そして悲しい。もうわかっているだろ」

「……うん。だから僕は死なない。お父さんとお母さんが命を失っても僕を守ってくれた。僕は二人の誇りなんだ。それを汚すような死を迎えない。強く生き続けないといけないんだ」

「よーし。わかっているなら大丈夫だ。それだけは忘れるな。自分の命を守る。両親から授かった一番大切な物だ。粗末に失う事は許されない。守るために全力で生き続けろ」

「うん」

 ベイドは命を実に重んじる。それを侮辱する行為に対しては怒る。自分は他人の命を粗末に扱うくせに勝手な奴だ。しかし自分の命を粗末に捨てる愚か者よりはるかに賢いと言える。

「命の原則だ。自分の命が一番大事。仲間の命よりもな。いずれかを選ばないといけなくなったら迷わず自分の命を守れ。仲間の命は捨てろ。いいな」

「よくないよ。みんなで生き延びるんだ」

「さっきアキハイトが言った事をわかっていねえな。ま、土壇場にならないとわからねえよきっと。今は理解出来なくても覚えておけ。アキハイトだって仲間を守りたかった。でも守れなかった。アキハイトという仲間を助けた他の連中は自分の命を粗末にしたから死んだんだ。全員が自分の命を大事にして守り抜いたなら、全員生き残れたかもしれない。自分の命を一番大事にするっていうのは全員が生き残る唯一の方法になる場合がある。それを忘れるな。みんなで生きて帰りたいならなおさら、自分の命を一番大事にしろ」

 ワンカナは思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込む。

 もうあんな村に帰りたくない。帰らなくて済むなら魔王とだって戦うし、死んでもかまわない。

 ワンカナは両親が守ってくれたから生きねばならない。でも両親が自分のせいであんなに無惨な死を迎えた。贖罪したい気持ちも死にたい気持ちもある。だからベイドはそれがわかっていて、ワンカナに再三自分の命を守る事が何より大事だと念を押すのだ。

「わかったよベイド。もしも選ばないといけない時は、僕も自分の命を選んで守るよ」

「よし。それが一番大事な原則だ。全員が自分の命を守り切れれば誰も死なねえ。全員生きて帰れるんだ。魔王を倒してな」

「うん」

「じゃあ行くぜワンカナ。海中に棲むリヴァイアサンを探す。無理に戦わなくていい。海上に何とかしておびき出せ」

「うん」

 ベイドは海に飛び込む。ワンカナもそれに続いた。

 船の上でラズリが舌打ちする。

「ちっ。海中で私のベイドと二人きり。あの淫乱処女がベイドに手を出さないか気が気じゃないわ」

 海の中で何が出来るというのか。しかしアキハイトは何を言っても十倍ぐらい言い返されるので黙ったままだった。

 青い海の中。海は澄んでいてよく見通せるが、深すぎる海底は暗くて見えない。

 ワンカナは両掌から花を咲かせる。植物を操るドルイド魔術、薔薇の吐息。真っ赤な薔薇の見事な大輪の一つを口にくわえる。そしてもう一つをベイドに差し出す。

「いらねえよ。魔術師は海中でも戦えるように呼吸や水圧に耐える魔術をたいてい持っている。その魔術の作用で海中でも会話が出来る。俺はもう自分の魔術を使っているぜ」

「え? そうなの? でも魔術で何も出していないじゃないか」

「この魔術は自分の身体を変質させる。ソーサラー魔術は幻惑だ。自分の肉体でさえ変化させ敵を惑わす。こういう風にな」

 ベイドは左手をひねる。どんどんひねり、関節があり得ないほどねじれ回転する。

 それにつれて腕も変形する。まるで麺をこねるときに練ってねじるようだ。腕の骨が無いかのようにぐねぐねとねじれまるで綱のようによじれる。

「うわっ」

「ソーサラー魔術、蛸の擬態。身体が蛸のように変形するし水中で呼吸も出来る。やわらかくてよく伸びる。こんな風にな」

 ベイドのねじられた腕がむにゅーっと伸びる。にゅるにゅるとのたうつ蛸の脚のように気持ち悪い動きでワンカナの腕に巻き付く。

「ひゃあっ、気持ち悪い感触」

「蛸の吸盤のように吸い付くだろう。ほーれほーれ。ちゅーちゅー」

「あははは。吸い付かれるとくすぐったいよ」

「気持ちいい所も吸ってやろうか? お前まだ男女の気持ちいい事した事ないだろ」

「駄目だよ。ラズリが怒るよ」

「ここにゃあいつはいねえよ。心配するな」

「駄目だってベイド。僕、君とそういう事したくない」

「お前の村では夫婦でしかしないんだったな。でも外の世界じゃ夫婦以外でも男女で気持ちよくなるのは普通なんだよ。俺だってラズリと結婚してないが交わっているんだぜ」

「そりゃ、恋人だからでしょ。僕の村にはそういう習慣が無かったけど、外の世界じゃ結婚前でも恋人って言って、交わりとか一緒に暮らすとかするんだよね」

「お前にいろいろ教えてやるよ。十八歳でそんなに童顔な奴なんて抱いた事ないからな。どんなのか味見してみたい」

「もう。ベイドの冗談ってちょっと冗談に聞こえない時があるから困るよ。あははは」

「女は男に抱かれりゃ幸せなんだよ。気持ちいい時は嫌な事を忘れられる。俺が忘れさせてやるよ。嫌な事は全部な」

 ワンカナは真顔になる。

「……ベイドってちょっとおせっかいだよね」

「気に入った奴にだけな。お前はいい。おせっかいを焼くだけの甲斐がある」

「僕をいじって面白がっているだけでしょ。そういうのわかるよ。童顔なせいで村でもみんなに子供扱いされてからかわれたもの」

「お前を大人の女扱いしてやるって言っているんだよ。早く大人になりたいだろ?」

「駄目駄目。僕、村を出てもやっぱり、結婚した夫婦でないと交わりをしちゃいけないと思うから」

「そりゃ古いしきたりだよ。お前の村は古いまま進歩していないだけさ」

「僕はお父さんとお母さんが大好きなんだ。だから二人のように、夫婦で愛し合える関係を築きたい。気持ちよくなるためだけに交わりなんてしちゃいけないんだ」

「お堅いねえ。へっへっへ。そういう女を堕とすのが面白いんだよなあ。ラズリなんて最強に手強かったが堕とすのが一番面白かった。でも失敗だったぜ。その後つきまとわれてこの様だ。不自由で仕方がねえ」

「ラズリが好きなんじゃないの?」

「好きだが。俺は男の浮気を許さない女は嫌いなんだ」

「好きなのに嫌いって変なの」

「お前だってわかるだろ? 村人たちの事、嫌いになったけど今でも好きだろ?」

 ワンカナは黙り込む。

「……ベイドって不思議な人だよね。とても残酷でひどい奴。人の心にずかずか入り込んで滅茶苦茶にしていく。僕、君といるといろいろしんどいよ」

「それが生きるって事だ。俺は俺のやり方でやる。何でもな。他人の益になる事も害になる事も、俺がやりたいようにやる。お前がしんどかろうが嫌だろうが関係ねえよ。俺はお前が気に入ったし俺なりのおせっかいをやめねえ」

「くすっ。それで助かる事もあるから不思議だよ。感謝しているよベイド。でも今はそんな場合じゃないでしょ」

「まだリヴァイアサンの気配もねえ。もっと深く潜らねえといけねえな。俺の魔術は水圧や水流にも耐えられる。お前の魔術はどうなんだ?」

「僕も同じだよ。この薔薇をくわえている限り呼吸は元より水圧とかも平気になる。海の中に住める身体になるんだ。魔術師は海中でも戦えるように、どんな環境にも適応出来る魔術をそれぞれが持つからね」

「なら大丈夫だな。しかし薔薇をくわえるってキザだな。俺がくわえたら格好良すぎて俺に惚れちまうぜ」

「あははは。まさかあ。ベイドは格好いいけどアキハイトにはかなわないよ」

「やっぱあいつの事が好きなのか?」

「好き? みんなの事大好きだよ。仲間だもんね」

「そういう意味じゃねえってわかるだろ」

「わかんないよ。僕の村は恋って概念が無いんだ。強い順に夫婦を決めて子供を育むからね。結婚しないのに互いを特別に好きになる恋とか恋人とか、よくわからないんだよ」

「お前がアキハイトを見る目でわかるぜ。その気持ちが恋だよ」

「うーん。違うと思うよ。アキハイトは初めて僕が全力をぶつけ、さらに負けた相手だもの。その強さに感動したし凄くあこがれている。これって強い尊敬だと思うんだ。アキハイトと一緒にいて僕も彼のように強くなりたい」

「そうじゃなくて、単純に一緒にいてうれしいんだろ。それが恋って物なんだよ」

「だから違うって。恋って夫婦になりたいって気持ちなんでしょ? 夫婦のように交わりたいって思う気持ちなんでしょ? 僕、アキハイトと夫婦になりたいとか交わりたいとかそういう気持ちは無いもの」

「初恋だから理解出来ないか。くっく。やっぱお前は面白いな。恋を自覚させた上で寝取ってやったら最高に面白いだろうな。アキハイトがどんな顔するか見物だぜ。だからまずは、お前がアキハイトに恋しているって事を理解させねえとな」

「もう。やめてよ。アキハイトはあこがれ。尊敬。恋なんてわからないしきっと違うもの。もうこの話はやめやめ。早くリヴァイアサンを探しに行こう。もっと深い、光の届かない場所に潜んでいるんでしょ? 行くよ」

「あ、おい待て。先に行くな。危ねえ」

 ワンカナは海が初めてだが、森の中の湖や川で泳ぎは慣れている。滝に打たれたり遡ったりする修行だってした。この程度の海流や水圧は魔術により影響を受けない。すいすい泳いでどんどん深くへ向かう。

「待てワンカナ。くそ。俺の魔術は蛸のように軟体化して身体を変形させて活用出来る。代わりに泳ぐのが遅い。あいつ魚みてえにきれいに泳ぐなあ。見ていて楽しいぜ。でも待てってワンカナ。先に行くんじゃねえ。戻れ」

 ワンカナはベイドが何だか心の大事な部分に触り刺激してくるような話ばかりするので、話をしたくなくて先へ泳いでいった。そんな場合ではないのに。彼女はまだ、リヴァイアサンの恐ろしさを知らない。知っていたらこんな無謀な事は出来なかっただろう。

posted by 二角レンチ at 09:53| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

ドルイド少女ワンカナ(7)魔王が首

ドルイド少女ワンカナ(7)魔王が首

 海に出てもう三時間以上経つ。魔術により普通の船ではあり得ない高速で突き進む木の小舟はすでに、二つの大陸を結ぶ大海の中程にまで来ていた。

 アキハイトが船の後部に座ったままみんなに告げる。

「そろそろリヴァイアサンの棲む海域に着く。全員戦闘に備えろ」

「あいよ」

 ベイドがのそりと立ち上がる。

 黒くぴっちりした薄い服を来ている。恋人のラズリが黒いローブだからお揃いにしているのか逆なのか。いずれにせよこの二人の恋人たちは黒い服装で揃えている。髪も同じく黒だった。

「うん」

 ワンカナも返事する。そして立ち上がる。

 海の波は大きく、普通なら立ち上がればすぐに倒れる。それどころかこんな小舟ではバランスを失い転覆する。しかし何とも無い。アキハイトのパラディン魔術である神の騎馬は乗り物を丈夫で安定し高速で移動出来るようにする。よってこれに乗る人々もまるでしっかりした大地に立つように安定しわずかも波により体勢を崩す事は無い。

 海の上でも大地のように戦える。もっとも立てるというだけで跳躍などをして船を離れるわけにはいかないが。

 ラズリはアキハイトの命令に返事もしないし立ちもしない。腕を組んでむすっとしたまま無言で動かない。

「ラズリ」

「うっるさいわねアキハイト。私とベイドは魔王を倒すためにあんたとパーティを組んでいる。それだけ。あんたがリーダーだけどその命令に従う義理は無い。それに戦闘の準備も何も、私の出番はまだ後じゃない。格闘戦をしないメイジは他の魔術師みたいに構えて動けるようにしておく必要はないわ」

 アキハイトは無言だ。ラズリに何を言っても無駄だ。ベイドはリーダーであるアキハイトになんだかんだ言いながらも従うが、ラズリはろくに命令を聞かない。

 でもかまわない。アキハイトは別に従順な従者が欲しいわけではない。独立して個で考え判断し的確な行動を取る、自律判断が出来る仲間が必要なのだ。いちいち命令しないと動けない従者や判断思考が弱い弱者など足手まといでしかない。

 よって、強くて自分で判断し動ける仲間である以上、命令しても必ず聞くわけではない。だからアキハイトは普段ラズリの勝手な行動を強く咎めない。

 小さな木の小舟。最高尾に座り前を向くアキハイトは動かない。彼もラズリと同じく待機組だし、船を騎馬として行使する魔術を使うので船から立ち上がる事が出来ない。魔術のコントロールを失ってしまい、船が大波にさらわれ転覆してしまう。

 大きな波がうねる海上で小舟に乗っている。今回アキハイトは動けない。他の仲間たちが頼りだった。

「作戦をもう一度確認するぞ。海中に潜む海に棲む竜の一種、リヴァイアサンをベイドとワンカナが海中から引きずり出す。海上に出てきた奴をラズリの大規模破壊魔術で殺す」

「あいよ」

「うん」

「海中でも戦える魔術師とはいえその力は半減する。地上とは勝手が違う。海の中は敵の領域。勝ち目は無い。お前たち二人は殺されないようにしながら敵を何とか海上までおびき出せればいい。勝とうだの倒そうだのしなくていい」

「あいよ」

「僕ならどんな強い魔物でも倒せるよ」

 アキハイトは鋭い目でぎろりとワンカナを睨む。

「駄目だと言っているだろう。お前は村の周りの森に棲む魔物しか知らない。神の一種と畏れられるほどの強さを誇る魔物の一体であるリヴァイアサンを侮るな。俺たちの旅に余裕は無い。今日まで他の魔物で肩慣らしや腕試しをさせてやる余裕など無かった。いきなり最強の魔物と一戦を交える事になる。ワンカナ。お前は強いしその魔術で奴に対抗出来るだけの力はあるだろう。しかし侮るな。最強の魔物というのがどれほど強く、知能が無いくせにどれほど狡猾で賢いか。その恐ろしさを知らない内に大口を叩くな」

「はーい」

 ワンカナはしぶしぶ従う。

 自分の持つ強い力を自慢気にひけらかしたせいで両親の死を招いた。でも、だからこそ、この力はひけらかし驕るに足るほど強い、本物の力であると証明しなければならない。自負し振るわねばならない。弱い力で得意がっていい気になっていたせいであんな不幸を招いたなど、あまりにもやりきれないではないか。

「でも、アキハイトなら楽勝なんでしょ?」

「俺でも一人では殺される。必ず勝てるほど力の差などない。このパーティで挑んでようやくぎりぎり勝てるほど強い魔物だ。魔物は強い。油断は死を招く。仲間を道連れにしてな。仲間がいれば一人より何倍も強くなるが、代わりに一人の弱さが全員を危機に陥らせ全滅させる。現在世界に五人しかいないパラディンは最強のパーティを組んで魔王と直接戦い打倒する使命を帯びている。失敗は二度と許されない」

「二度と? 魔王と戦った事があるの?」

「いや、魔王自体ではない。魔王の一部、たった一本の首に、俺の結成したパーティは全滅させられた事がある」

「え?」

 ワンカナは驚く。村人にも森の魔物にも負けた事が無い強い自分を初めて倒したアキハイト。その強さを認め尊敬している。彼より強い存在など人でも魔物でも想像すら出来ない。そのアキハイトが組んだパーティなら最強だ。それがアキハイトを残して全滅だって?

「え、と、ちょっと待って。いきなりいろいろ言われても」

「ワンカナ。お前は強い力を持つが、世間知らずで世界の広さを侮っている。お前や俺は最強ではない。魔物にも魔王にもまだまだ勝てない弱い存在だ。魔王と決戦する前に最強の魔物たちを倒して強くなっていかねばならない。あれこれ言ってもよくわからないだろうから、リヴァイアサンと戦い魔物の本当の強さを知ってから教えようと思っていた。でもお前は慢心が過ぎる。その油断は俺たちを全滅させる毒となる。だから魔王の恐ろしさについて、少しだけ先に教えておいてやろう」

「……うん」

 もうじきリヴァイアサンとの決戦だというのに、いきなり最終目標である魔王の事など。聞く心構えが足りていない。ワンカナはまだ何も実感が無いのだ。魔王という怖ろしい最悪の存在と戦うという事がどれほど重く大変な事なのかまったくわかっていない。

 今聞いても事の重さがよくわからないだろう。だからアキハイトはあえて話していなかった。でも今のワンカナはうぬぼれが過ぎる。これでは危険だ。少し魔王について教える事で気を引き締める必要があると判断した。

「いいか。魔王というのはな、魔物の一種、竜の一種族であるヒドラなのだ」

「えと、どういう事? 魔王って人の姿をしているんでしょ。人じゃないの?」

「違う。人の姿に化ける魔物というのは存在する。知性の無い魔物でありながら、人間のような知性も感情もあるかのように擬態出来る」

「へえ、そうなんだ。僕のいた村の森でも、ゴブリンっていう人の姿をした魔物はいたけど、あれはどっちかというと猿だったよ。容姿も人間と違って毛が無くごつごつねじくれていて醜いし、知性がわずかにあるように武器を手にして戦えるけど知性なんて無かったよ」

「ああ。人に似た形の魔物でも人間と違い知性は無い。知性は無くとも武器を手に取ったり罠を張ったりといった知性があるような狡猾な振る舞いが出来る者もいるだけだ。しかし魔王は違う。人と同じ姿形に化けられるし、人と同じ知性も感情もあるかのように擬態する。人間に交じっても誰も魔物だとは気付かない」

「ふうん。つまり強い人間と同じように手強いんだね」

「そんな次元ではない。魔術でなく魔物の強い力を持ち、人間の知性と賢さを持つ。魔術よりも怖ろしい魔物の力を賢く振るう。それは人間をはるかに超える強さを誇る」

「うん。わかるよ」

「実際に遭遇しなければその恐ろしさはわからない。お前わかっていないだろう」

「ん、まあ、ね。口でいくら怖ろしいとか強いとか言われても、アキハイトみたいに実際に戦ってみないと実感出来ないよ」

「それでも聞いて少しは気を引き締めろ。リヴァイアサンの恐ろしさはすぐに実感する事になる。しかし魔王と遭遇したら実感してからでは遅い。対処出来ずに殺される。だからその強さを想像で想定し対処出来るようになっておけ」

「厳しいなあ」

「俺はまだまだ甘い方だ。他にもっと厳格で厳しいパラディンもいるのだぞ」

「へえ」

 やはり口で言うだけではその強さも恐ろしさも通じない。しかしもう説明をやめるわけにもいかない。アキハイトはため息をついて話を続ける。

「魔王の正体は首が百本あるヒドラだ。お前ヒドラは知っているか?」

「ううん。聞いた事無い。森にはいなかったね」

「ヒドラというのはカバみたいな身体で、背中に複数の蛇の首が生えている。より強く成熟するほど首の数が増える。野生で確認されているヒドラは普通首がせいぜい五、六本。七本など非常に珍しい。魔王以外で確認されているのは八本首のヤマタノオロチと呼ばれる、すでに討伐された伝説級の一体しかいない」

「じゃあ、百本ってあり得ないほど桁違いな成熟なんだね」

「そうだ。魔物は強い魔物や人間を食らうほど成熟し力を増す。弱い奴を食っても飢えを満たす餌にしかならない。強くなるには強い敵を食い殺さねばならない。ヒドラは竜の種の中では弱い方だ。それが竜の中で最強種であるドラゴンすら食い殺し、ぬるりとした蛇の頭ではなく色とりどりのドラゴンの首を百本も持つ。ヒドラは口から吐く放射攻撃であるブレスを持たないが、魔王の百本の首はそれぞれの色のドラゴンと同じ怖ろしい力を持つブレスを放つ」

「ブレス?」

「森に棲む魔物にはそれを持つ者がいなかったか。魔物の強力な攻撃は魔術に匹敵する。ドラゴンの吐くブレスは最強の破壊魔術に匹敵する怖ろしい力でさまざまな効果を持つ。レッドドラゴンの吐くブレスは燃え盛る溶岩のような火炎で、ラズリの最大規模の火炎魔術よりも強い」

「私の魔術の方が強いわよ。私は世界最強のメイジなんだから」

 ラズリは聞いていない振りをしていたが、自分の魔術を見下されて怒り口を挟む。

 アキハイトはそれを無視して続ける。

「火炎、電撃、凍結、毒など様々な効果のブレスを放つ百本のドラゴンの首を持つヒドラ。ここまで異常な成熟を極めた魔物は他にはいない。まだ首の数が数本でしかなかった頃、多くの魔術師が討伐に向かい食い殺された。そのヒドラは自分よりも強い魔術師のパーティを、死にもの狂いでことごとく返り討ちにしてきたのだ。はるか格上のドラゴンすら倒し食い殺してきたようにな。そして強い人間を数多く食らった魔王は人に化ける力やその知性を得て、人として暮らしていた」

「人として暮らしていた?」

「それについては時間が無いからまたいずれ話そう。とにかく魔王の正体は百のドラゴンの首を持つヒドラだ。ヒドラの首を切り離して独立して活動させる事など普通は出来ない。しかし魔王には出来る。首を切り離し、人の姿をした知性ある魔物として独立して活動させる事が出来る。それを魔王が首と呼ぶ」

「魔王が首」

「逢魔が時と呼ばれる伝説級の魔物になぞらえた命名だろう。魔王の首を切り離し人の姿として行動する魔物は自分たちを魔王が首と呼んでいる。俺が以前魔王討伐のために結成したパーティは、魔王が首ただ一人に全滅させられ俺だけがかろうじて生き延びた」

 ワンカナはじっと考え込む。

 話として聞く分にはとても怖ろしい。でもまるで実感がわかない。アキハイトの強さに感動し心酔している。彼より強いだの彼が敗北しただの言われても信じられないし脳が理解を拒否している。

「うん、魔王は怖ろしく強い。そのたった一本の首だけでも君のパーティを全滅させるほど強いんだね」

「そうだ。ヒドラは胴から首を全部切り落とされれば死ぬ。首が多いほど命を多く持つようなものだ。なのにあえてその命である首を切り離し人の姿にして自律行動させている。なぜかわかるか」

「ううん。まったく」

「魔王が首はそれぞれ独立して思考し行動する。あえて胴から首を切り離して世界中に送り込む。そして強い魔物を探して支配し自分の軍勢にする。俺たちが今リヴァイアサンを倒しに行くのは、魔王に対抗出来るほど強くなるために強敵と戦い成長するためでもあるが、強い魔物を魔王の配下に加えられる前に殺して数を減らすためでもあるのだ。魔王が支配した魔物は知性が無い獣だが指揮命令に従う。それは統率された軍勢となりただの獣とはまるで違う怖ろしい存在となる。知性の無い魔物が魔王の指揮により知性ある軍勢のような振る舞いをする。それは知性を得たように強く怖ろしく手強くなるのだ」

 たしかに話としてはとても怖ろしい。でもやはり実感しないとピンと来ない。ワンカナのぼんやり感心したような呆けたような顔を見てまたアキハイトはため息をつく。

「やはり理解出来ないか。まあいい。お前のいた森の魔物と違い、本当に強い魔物であるリヴァイアサンと戦えば魔物の恐ろしさという物がちゃんと実感出来る。それからなら魔王や、その一部である魔王が首の恐ろしさも想像で至れるようになるだろう。話はそれからだ」

「うん。そうだね」

「気を引き締めろ。ここはもうリヴァイアサンが棲むとされる海域だ。いつ襲われるとも限らん。ベイド。ワンカナ。準備しろ。海に潜って敵を探せ」

「あいよ」

「うん」

 ベイドは首を左右に振りゴキゴキ鳴らす。肩を回して身体をほぐしている。

 ワンカナも腕や脚を振って身体をほぐす。そしてにんまりと笑う。

「楽しみだなあ。僕、村の周りの森にいた魔物しか知らないからさ。本気を出せばいつでも勝てる相手ばかりだったから怖くなかった。でも本当に強くて怖ろしく、神の一種と崇められ畏れられるほど強い魔物ってどんなだろう。わくわくする。早く戦いたいなあ」

「早く食われて死んじゃえばいいのよ。私のベイドにちょっかい出す泥棒猫が」

 ワンカナはラズリの言葉に水を差される事も無く、嫌な事をもう考えなくて済むように戦いの興奮に自分を酔わせようと努めた。

posted by 二角レンチ at 14:11| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月21日

ドルイド少女ワンカナ(6)神の騎馬

ドルイド少女ワンカナ(6)神の騎馬

 ワンカナは小さな船の上で広い海を見て、飽きる事無く感動していた。

「あははは。あははっ。凄い凄い。海って広い! 果てが見えない。森の木々の中で暮らしていたからあんなに遠くまで何も無いのって見た事無かったからさ。感動するね。世界は広かったー!」

 ワンカナは両腕を左右に広げ小さな胸を目一杯張って大喜びする。

 たしかに感動はある。でもワンカナは本来もう元気がまるで無い。だから無理してはしゃいでいる。最初の頃は痛々しすぎて見ていられなかったが、村を出て数日、ようやく本来の元気を装える程度には元気になってきた。

 両親の無惨な死も、その原因が自分が隠していた力をひけらかしてはしゃいだせいだと言う事も、努めて考えないようにした。考えてもどうしようもないし、ベイドのおかげで復讐も終えた。

 もう何も出来ないしするべきでもない。両親はきっとワンカナがいつまでも悲しんでいるのを喜ばない。天国にいる両親にいつもの笑顔と元気な姿を見せてあげる事が何よりの供養になるのだ。

 森の中の村で生まれ育ち外の世界を知らなかったワンカナは、初めて見て触れるいろいろな物や大勢の人に感動した。しかし両親の死が悲しすぎて始めはろくに喜べなかった。あれから数日、こうして船に乗り海に出てようやく感動を目一杯表せるぐらいに元気を取り戻してきたのだ。

 船はとても小さな木の船だ。本来こんな大海のど真ん中へ出られるような物ではない。大波にさらわれ転覆してしまう。しかしその心配は無かった。

 アキハイトのパラディン魔術により小舟を操っている。神の加護を乗り物に与え操る。強靱な守りと高速な移動を可能とする、神の騎馬という魔術だ。生物は操れないが乗り物と認識出来る物なら何でも騎馬のように巧みに操り戦闘にも使える。しかし大きな乗り物を操るほど消耗するので、こうして四人がやっと乗れる程度の小舟を選んで乗っていた。

 小舟どころか巨大な船でも出せない高速での航海。普通なら何日もかかる距離をわずか一時間ほどで到達した。何十日もかかる航海となるはずが、この速度なら半日かからず大海を渡り次の大陸へ上陸出来る。

 不測の事態に備えた食料や水も最低限しか積んでいない。わずか三日分。それでも余りある。神の加護を受け魔術として行使出来るパラディンのアキハイトは、神の恵みという魔術でパンや水を作る事が出来るからだ。アキハイトに何も無ければ予備の食料など必要ないし、世界最強の魔術師であるパラディンに何かがあろうはずもない。

 と、そう楽観してもいられない。この航海の途上では、パラディンの一行でさえ油断ならない強力な魔物がいるからだ。

 リヴァイアサン。海に棲む魔物であり最強の魔物の一種である竜の内の一種。竜は様々な種がいるが、いずれも非常に強力。実際の神とは違うが神の一種として人々に畏れられたり敬われたりする伝説級の者もたくさんいる。

 このリヴァイアサンも人々に神の一種として畏れられている。この海域に棲み、人々は必ずこの海域を避けて航海する。

 神の一種として崇められる魔物には一つの特徴があり、それが定住だ。魔物は普通棲む場所を移動する。その場の餌を食い尽くすか、他に移動してきた強力な魔物に追われ逃げるか。いずれにせよ一生移動し続ける。

 神の一種と畏れられる魔物は移動せず定住する。流れてきたどんな強い魔物でも殺して食らう。追われる事は無い。

 強ければ人々に敬われると同時に強い人間たちに狩られる標的となる。名を上げるため、周辺の人々の安全のため、供物としての人身御供を終わらせるためなど様々な理由があるが、人間が討伐に来る。定住する魔物は強くて成熟の糧となる餌がわざわざ食い殺されに来るのに困る事は無い。

 ワンカナは海に出て一時間以上も感動していた。でも頑張って感動するのも疲れてきて、ようやく落ち着いて腰を下ろす。

「まったくきゃんきゃんうっるさいわねえ。昨日までは感動も弱々しくっていらついたけど、元気になったらなったでうっとうしい奴ね。うっざあ」

 ラズリが聞こえるようにぼやく。ワンカナは彼女を見る。

 ラズリは長身の女性だ。熊のように飛び抜けた大男であるベイドの恋人として、女性の中では背が高いけど二人並ぶと丁度いい。

 少しやせ気味だが鋭く冷たい氷のような美人だ。まつげが長く濃い。髪は黒くて前髪ごと後ろへなでつけるように下ろして、長くさらさらの髪をお尻が隠れる所まで伸ばしている。

 そして黒く重々しいローブを羽織っている。魔術師は普通魔術と武術を併用する。魔術の作用で肉体も強化される。魔術師の種別、クラスによるが普通魔術師は魔術と武術両方を活用して高い戦闘力を誇る。パラディンは強力な魔術武装を装備して武術による接近戦で持続的に高い戦闘力を誇る。

 ラズリのクラスであるメイジは魔術師の中では珍しく、武術がほとんど無い。他の魔術師に遅れを取らない程度の疾走ぐらいしか出来ない。武術で戦ったり攻撃をよけたりといった事がろくに出来ない。

 代わりに魔術に特化している。他の魔術師なら武術で行うような事も全部魔術で対処する。メイジの魔術は非常に強力で、他の魔術師よりもはるかに規模も威力も大きい大規模破壊魔術を得意とする。

 よって、他の魔術師と違い近接戦に適した軽装をしない。魔術武装も展開出来ない。移動の妨げにはならないが格闘には向かないだぶだぶの黒いローブを羽織り、メイジであり魔術に特化している事を誇示している。

 ラズリは胸がとても大きい。ワンカナのほとんど膨らんでいない幼児体型の胸とは大違いだ。そして口も性格もとても悪い。恋人だから似るのかどちらかが合わせているのか。ベイドとラズリは二人とも凶悪だった。

 ワンカナはラズリの悪口にはもう慣れた。元々明るく何を言われても気にしないワンカナは、ラズリとも仲良くしたかった。

「えへへ。ごめんねラズリ。うるさかった?」

「うるさいわよ。その口にはチャックがついていないのかしら。私が縫ってあげてもいいわよ」

「へへー。じゃ、僕もラズリに縫ってあげるよ。お揃いになろうね」

「あんたとお揃いなんて冗談じゃないわ。ふざけないで」

「ふざけてないよ。僕たちもう仲間じゃないか。僕、ラズリとも仲良くしたいなあ」

 ラズリは下品にも、船の縁から海に向かって唾を吐く。

「ちっ。私は仲良くしたくないわよ。あんたの事仲間だなんて思ってないわ。敵よ。女はみんな私の敵。私のベイドにちょっかい出したら許さないからね」

「出さないって言っているのに。誓うよ」

「はっ。そう言っておきながら陰でこそこそベイドと寝た奴が何人いた事か。全員あの世で後悔しているわ」

「怖いなあ。あはははは」

「冗談だと思っているの? ベイドにちょっかい出したら本気で殺すわ。謝れば許してもらえるとか思うんじゃないわよ」

「出さないって。ところでさあ、僕思うんだけど。女の子がベイドにちょっかい出すんじゃなくてベイドが女の子にちょっかい出すの間違いじゃないの? この数日町で見た限りではそう思ったんだけど」

「はあ?」

 ラズリが目をぎょろりとひんむく。

「私のベイドが私以外の女に欲情したり手を出したりするわけないでしょ。それって私で満足出来ないって事じゃない。あり得ないわ。私はいつもベイドを満足させている。あんた処女なんだってね。男女の事をわかりもしないくせに」

「知っているよ。親や村の奥様連中から結婚後の旦那の喜ばせ方はいろいろ教えてもらっていたからね」

 ベイドはラズリがしゃべる嫉妬深いぐちゃぐちゃした物言いが嫌いだった。だから船の縁に両腕をかけ背を預けてのけぞり首を上に逸らして聞いていない振りをしていた。でもワンカナの言葉に顔を前に向けて話しかけてくる。

「へえ? お子さまだと思ったが男の喜ばせ方をいろいろ教えてもらっていただって? ふーん。どんなんだ。教えろよ。言ってみろ」

「うん。あのね。僕みたいに童顔で胸も小さいと女の魅力が足りないから、可愛さで勝負しろって。だからまずはあどけない目で見つめ上げじっと潤んだ瞳の上目遣いでこう言うんだ」

「ほうほう。何だ何だ。未開の部族の割にただ動物みたいに盛るだけじゃないんだな。そう来たか。ずいぶんエロい村だったんだな。まあ交わり以外の楽しみが何も無いような村だったからなあ。田舎や未開の所ほど他の楽しみが無いからそれに凝って長けるって聞いた事があるぞ。いいな。お前みたいに十八歳とは思えないお子さまが真顔で話すとそれはそれで乙なものだな。それで、何て言うんだ?」

「うん。あのね、僕頑張るから、一生懸命するから、お願い、ちっちゃな僕にあなたのおっきなおっきをおっきくさせてくだ……」

 ワンカナははっとする。とっさに左手を横に向ける。

 その手に巻き付くように植物の蔦が生えて伸びる。何本も緑の蔦が小さな葉をつけて伸び、船の縁に巻き付く。

 ひっかかる所がろくに無い船だが、ドルイド魔術である蔦の触手は何もひっかかりが無いつるつるの表面にでも根を張るようにしっかりと絡み付く事が出来る。移動手段としても敵を捕まえたり武器を取り上げたりするのにも使えるワンカナの得意魔術だった。

 船に絡ませた触手でぐんと身体を引っ張る。間一髪。さっきまでワンカナがいた場所を、人の顔ほどもある燃え盛る火の玉が高速で通り過ぎる。

 火の玉はそのまま海の向こうへ飛んでいく。二発、三発。次々撃ち込まれる火の玉を、ワンカナは細い蔦の束で身体を持ち上げ空中でひょいひょい避ける。

「ワンカナ! 私のベイドに手を出すなって何度言ったらわかるのよ!」

「手なんか出してないよ。僕はただ、ベイドと仲良くしたいからお話していただけだよ」

「いやらしい話でベイドを興奮させて。話の次は何? 実践って? いい加減にしてちょうだい。十八歳とは思えない童顔幼児体型。僕なんて男みたいなしゃべり方に性格。あああやだやだいやらしい。たしかにこんな子滅多にいない。だから珍しい。珍味はまずかろうが毒だろうがちょっとは味見してみたくなる。自分の欠点を利用して男を誘惑してその気にさせる。処女のくせに、さすがあの日夫婦になって男と寝るつもりだっただけはあるわ。邪魔されて溜まっているってわけね。いやらしい子、はしたない子! 許さない。もう殺す。殺してやるわこの淫乱処女があああああ!」

 ワンカナは結構必死に避けている。なんとかかわせない事も無い。ラズリは怒ってはいるが、本気で魔術を使えばワンカナを殺せる大規模破壊魔術を使えるのだ。こんな小規模の火の玉しか出さないという事は、これは殺す気でなくただの脅し。大騒ぎするほどの事ではない。

 何より、もうこんなやりとりはたった数日で何度目だろうか。アキハイトは始めの内、ラズリに仲間を魔術で攻撃するなど許さんと何度も説教したりワンカナを魔術武装の盾で守ったりもした。でももうワンカナはこれぐらい対処出来るしラズリも本気ではないのがわかっているので止めに入る事はしなくなっていた。

 ベイドは何度見ても飽きない面白い見せ物に笑う。

「くっく。ワンカナみたいなガキは興味無かったが、村で教わったいやらしい性技ってのは興味あるな。おいワンカナ。その内ラズリの目を盗んで俺の所へ来いよ。続きを教えてもらおうか」

「うん。いいよ」

 ワンカナはその意味がわかっていない。ただ話の続きをするだけだと思って気軽に返事した。

 でもそういう意味ではない事は他の誰にも明らかだ。ラズリは怒りに顔を真っ赤にする。

「ワンカナあんた。本気で私のベイドを寝取るつもりね。お子さまのくせに。この童顔淫乱耳年増があああああ!」

 ラズリは両腕を上に掲げる。両の掌の間に燃え盛る巨大な火球が形成される。

 さっきまでの小さな火の玉とは規模が違う。これでも本気にはほど遠いが、この小さい船の上でこの火球はかわせない。

「ちょ、ちょっと、ラズリ本気?」

「死ねえ泥棒猫がああああああ!」

「おいおい」

 ベイドがしょうがないなといった感じで面倒そうに腕を振る。

 その腕から黒い霧がぶわっと溢れる。その黒い霧はもわっとした見た目とは裏腹にとても素早く、ラズリの頭上に燃え盛る火球が放たれるより早くそれを包み込んだ。

 黒い霧の球がどんどん萎む。中に包まれた火球もそれに合わせて小さくなる。瞬く間にちっぽけな黒い球になり、そしてしゅっと煙草の火を消すように潰れて煙一筋を残して消えてしまった。

「今のはいつもよりちょっと本気だったなあ。はっはっは。その辺にしておけよ」

「僕あれぐらいなら魔術で対処出来たよ」

「お前もだワンカナ。これからリヴァイアサンと一戦交えるんだぜ。無駄なじゃれ合いで消耗してんじゃねえぜ。ラズリもだ」

 ラズリが怒鳴る。

「何言ってんのよベイド! こいつ、ガキで処女のくせして、あどけない子供の振りしてしれっと本気で誘惑してきた。怖ろしい子よ。さすがあく……」

「ラズリ」

 ベイドがぎろりと睨む。ラズリも慌てて口をつぐむ。

 悪魔の子と言おうとした。それは禁句だ。

 ワンカナは大好きな村人たちに悪魔の子と疑われ、そのせいで両親まで悪魔と交わってワンカナを産んだと疑われた。二人は尋問され拷問され殺されてしまった。

 さすがのラズリも限度をわきまえている。それはつまり、人を殺せる火の玉をワンカナに向けて放っていたのが本気ではなくただの脅しに過ぎなかったという事だ。

 ラズリは決して謝らない。でもそれ以上何も言わず、腕を組んで目を瞑り、どすんと座り込むと黙り込んだ。

 ワンカナはベイドにお礼を言う。

「ベイド。ありがとう」

「はー? 何がだ。何もしてねえのにお礼なんか言うんじゃねえよ。気持ち悪い」

 ベイドなりの照れ隠しだ。言い方がひどいがワンカナは気にしない。

 ベイドはとても口が悪く凶悪だが、ときどき人を思いやるような言動をする。正直ベイドにそんな人並みの善良さがあるとは思えないが、彼の行動原理として、他の人が怒り許せないある種の事柄に対して、何らかの理由で怒ったり味方したりしてくれる事はある。

 彼は理解出来ない。善良さや優しさとは違う謎の行動原理で動く。でも偽善だろうが偽優だろうが受ける方はうれしいものだ。ワンカナはベイドが見せる優しさが好きだった。

 恋人同士は似るのか相手に合わせて似せるのか。ベイドと同じく口も性格も悪いラズリだってきっと、ベイドと同じくどういう行動原理にせよ優しい所はあるはずだ。今だってワンカナが本当に言われたくない言葉だけは飲み込んでくれたじゃないか。

 一癖も二癖もある仲間たち。でも元来人間が大好きなワンカナは仲間となったみんなを好きになろうと努力していた。大好きな村人たちに裏切られ嫌われてもなお、人間を好きになるのをやめたくなかった。

 だって。人は人と一緒に楽しく笑い合えるから人間なのだ。もう両親とも故郷の村人たちとも笑い合えない。ワンカナは悪魔の子でなく人間でいたいから、人と関わり笑い合う事をやめるわけにはいかなかった。

posted by 二角レンチ at 21:31| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。