2015年05月29日

ドルイド少女ワンカナ(66)祝福

ドルイド少女ワンカナ(66)祝福

 アキハイトたちが魔王を討ち倒した。世界中に散り人間を殺し食らい暴れていた、神レベルの魔物の群は魔王の命令が解けて、思い思いに自分の元いた住処を目指して好き勝手に移動を始めた。

 人間をたらふく食らって満腹の魔物たちは、その移動の間ずっと人間に見向きもしなかった。だから魔術師たちも魔物を攻撃せずにやり過ごした。

 魔物が去り脅威は去った。魔物の軍勢が散った事で魔王が倒された事を知った人々は、生き残った事以上に人類の勝利を祝いパラディンたちの偉業を称えた。

 すぐに魔術師たちの救出隊が編成され出動した。魔術により大きく抉れた決戦の地は見るも無惨だった。あちこちに大量の肉片や血が落ちて凄まじい光景だった。殺されたドラゴンの首だけではない。わずかに人間の肉片も残っている。ブレスで跡形も無く死んだ者も多く、ドラゴンの牙で食い殺された者はわずかに落ちた腕などの切れ端を残すのみ。五体満足な死体はまったく無かった。

 生きていたのはわずかに三人。パラディンのアキハイト、そのパーティのドルイドのワンカナ。そしてパラディンのバンドールのパーティにいたメイジのレイズだけだった。

 他に生存者は発見出来ず、まともな死体すら見つからなかった。生死不明だがアキハイトたちの報告では魔王に殺されており、いくら待っても帰ってはこなかった。やがてその生存は諦められた。

 救出隊の魔術師たちに治癒魔術をかけられたアキハイトたちは、傷は癒えたが限界以上の魔術を行使したせいかしばらく動けなかった。彼らが回復するまで数日を待って、英雄たちの勝利を祝う祝典が開催された。

 現在世界一の大国であるヨードル国。アキハイトたちはその城のバルコニーで、城下に集まる世界中の重鎮やその外に群がる多くの人々の祝福を受け、手を振って応えていた。

「パラディン様ばんざーい! アキハイト様ばんざーい!」

「ワンカナ様ばんざーい! レイズ様ばんざーい!」

「ありがとう、世界を救ってくれてー!」

「あなたたちのおかげで世界は、みんな救われました。本当に、ありがとうございましたあああああっ」

 魔物の軍勢に襲われ世界中の人々の大半が殺された。魔物は鋭い嗅覚でどこに隠れている人間でも見つけ出し、魔王の命令に従い腹が膨れようとも食い殺し続けた。

 もう人間たちはかつての半分もいない。正確にはわかっていないがおそらく四分の一ほどしか生き残っていないと推測された。

 それでも残った人々は感謝した。大事な人たちを救ってくれなかった恨みではなく、自分たちだけでも助けてくれた事に心底感謝した。パラディンたちがもっと頑張ってくれれば被害はもっと少なかったのにとののしる輩はごく少数だった。

 いつもむすっとしているアキハイトも笑顔で手を振っている。とてもさわやかな笑顔だ。城下に群がる若い女たちが美しい顔立ちの彼に見とれきゃーきゃー騒いでいる。

 ワンカナはそれを聞いても動じない。今はもうアキハイトと相思相愛。好きだとはっきり言ってもらえた。もう恋人だ。

 でも、それも今日で終わり。今日アキハイトはこの大国の姫ウルマを授かる。ワンカナとはお別れだ。

(アキハイトは任せろとか言っていたけど、どうしようもないもんね。いいんだ。アキハイトが幸せになってくれればそれでいいもん)

 ワンカナは半ば諦め半ばすねていた。初恋は実らないってベイドが意地悪で言っていたけど本当だったとワンカナは思った。

(いいもん。アキハイトよりいい男を見つけて幸せになるもん。アキハイトの馬鹿。僕の事なんか忘れてお姫様と幸せになっちゃえばいいんだ)

 アキハイトはまだ二十代で、若く格好いい。他のパラディンは熟練していて年上だったので三十代はおろか四十代までいた。結婚するならアキハイトだ。ワンカナたちの後ろで控えている若く美しい王女ウルマはうっとりと頬を赤らめアキハイトを見つめていた。

 国王に促され、アキハイトが城のバルコニーの前に出る。世界を救った英雄として勇者の称号とメダル、そして姫を授かる儀式が始まる。まずはアキハイトが集まる観衆に演説をする。

 アキハイトは声を張り上げる。左右に控える魔術師の魔術によりその声は遠くまで届く。はるか向こうまで町を埋め尽くすほど大勢いる人々全員に届いた。

「俺たちは魔王を討ち滅ぼした。それは生き残った俺たち三人だけの力ではない。勇敢に戦い散った他のパラディンとそのパーティ、仲間全員の犠牲の上に成し遂げた勝利だ。俺たち三人だけではない。亡くなった仲間たちみんなを称えてくれ」

 人々は歓声を上げ、次々と戦い亡くなった魔術師たちの名前を叫ぶ。

 その称える声が終わるのを待ち、アキハイトは言葉を続ける。

「みんなありがとう。俺たちを、亡くなった仲間たちを称えてくれて。俺たちも、天国のみんなも喜んでいる」

 アキハイトは天を仰いで胸の前に拳を添え、目を瞑りしんみりとする。みんなもそれに倣って目を瞑り、亡くなった英雄たちに黙祷を捧げた。

「さて」

 アキハイトが目を開け口を開く。みんなも目を開いてアキハイトに注目する。

「魔王を倒すという偉業を果たしたパラディンの中から一人が、勇者の称号を授かり歴代の勇者に名を連ねる。勇者の称号とメダルを授かり、それと共に世界一の大国の姫を授かる」

 バルコニーの後ろで聞いているウルマ姫が顔を真っ赤にしてもじもじする。格好良く強い世界一の魔術師アキハイトは夫として申し分ない。国のため自由な恋を許されていないウルマは、パラディン五人の肖像画を見て以来ずっと、不謹慎だがアキハイトだけが生き残ればいいと願い恋をしていた。その願いがかなってとてもうれしそうだった。

「この式典にこれほど大勢集まってくれてありがとう。感謝に絶えない。俺はパラディンとしてその努めを果たさねばならない。みんなの期待に応えねばならない」

 やっぱりそうじゃないか。アキハイトの馬鹿。ワンカナは心のどこかでアキハイトがこの義務を放棄してくれると期待していた。でもアキハイトはパラディンだ。与えられた義務を自分勝手に放棄する事などあり得ない。

 みんな勇者の誕生と、大国の姫と勇者の結婚を祝い早くもお祝いの言葉を叫んで盛り上がる。

「だが」

 神妙な顔をしていたアキハイトが、突然いたずらっぽい笑顔を見せた。ワンカナは初めて見るその顔にドキリとした。

「みんなすまない。実は俺はもう、パラディンではないのだ。だからパラディンの義務を果たせないしその資格も無い」

 突然何を言っているのだ。みんな困惑しざわめく。ワンカナもわけがわからず目を丸くする。

 後ろにいて笑顔で演説を聞いていたこのヨードル国の国王が前に出ようとする。しかしそれより早く、その横にいたウルマ姫が駆け出しアキハイトの腕にしがみつく。

「アキハイト様。何をおっしゃられるのですか。あなたは魔王を倒した立派なパラディンです。世界一の英雄、勇者の称号にふさわしい偉業を果たしました。そして、そして、私の夫になるべきお方です」

 アキハイトはにっこり笑いながらウルマ姫の肩に空いている手をかけ、腕にしがみつく彼女をぐいっと引き離す。

「ウルマ姫。申し訳ありません。俺はあなたとは結婚出来ません。パラディンではなくなりました。勇者の称号も、あなたを授かる資格も失う大罪を犯しました」

「そのような事。あなたが為したのは偉業です。あなたに罪などありません」

 アキハイトはウルマをわきに押しやり城下の人々の方を向くと、大声で訴える。

「俺は神に仕えるパラディンにあるまじき不敬を働いた。魔王との戦いの最後の最後、俺は神に一度だけの奇蹟を願った。懇願した。しかし神は奇蹟を授けてはくださらなかった。神は俺を、パラディンを、人間を見放し見捨て死ぬに任せたのだ」

 アキハイトは怒りと共に握りしめた拳を振るう。誰もがその迫力に圧倒され何も言えなかった。

「俺は神が奇蹟を授けてくれないから、自分で奇蹟を起こした。消耗し切った身体でなお強力な魔術を放って魔王にとどめを刺したのだ」

 みんなどよめく。消耗し切ってなお魔術を放つなどあり得ない。魔王にとどめを刺すほどの一撃など、残る力を絞り出しても不可能な、まさに奇蹟だった。

 アキハイトは知らない。神は寛大にして慈悲深い。誰よりも神に仕え奉仕するパラディンの功に報いるだけの慈悲を持ち合わせている。

 パラディン魔術の深淵、神の奇跡。パラディンが神の加護を離れ一人の人間として旅立つ決意をした時、それまでの労に報いて奇跡を授ける。パラディンの力全てと引き換えにただ一度だけ、消耗し切っていようとすでに放った単発式の魔術であろうとどんなパラディン魔術でも行使出来るのだ。

 神は不敬すらお許しになられるほど寛大。アキハイトはそれを知らず、神に対する怒りを込めて続ける。

「神などいない! 神の奇蹟など無い! いるのは人間、そして魔物だ。奇蹟を起こすのは神ではない。人間だ。忘れるな。人間は奇蹟を起こせる。神にすがり祈らなくとも、自分たちの力だけで未来を切り開けるのだ!」

 そんな馬鹿な。何を言っているのだ。アキハイトは魔王との戦いで心が壊れおかしくなってしまったのだ。

 みんなざわめく。さっきまであんなに称えていたアキハイトを非難し責める声がだんだん大きくなる。

 アキハイトはそれを黙らせるほど大きな声を張り上げる。

「黙れ! 神など信じるな。頼るな。すがるな。求めるな。人間は強い。素晴らしい。奇蹟を起こせるほど強いのだ。神ではなく人間を信じろ。自分を信じろ。きっと何とか出来る。辛くとも絶望してもどうしようも無くても、それでも奇蹟を起こして幸せを勝ち取る力が人間には、みんなあるのだ!」

 言っている事は滅茶苦茶だ。特に神やパラディンを崇める人々の動揺や怒り、嘆きは凄まじい。怒る者、なじる者、泣く者、悲しむ者。幸せな式典が一転大混乱の阿鼻叫喚と化す。

「ああっ。アキハイト様。一体どうなされたのですか。き、きっと、魔王との戦いでお疲れなのです。心も疲れ錯乱しておられるのです。大丈夫です。魔術師たちに治療させましょう。身体の傷ではなく心の傷は魔術でも癒せない。それでも私がついています。きっと治します。ですからどうか、お鎮まりください」

「ウルマ姫。申し訳ありません。あなたとは結婚出来ません。俺には好きな人がいるのです。愛する人がいるのです。結婚したいのはただ一人だけ。心に決めた人がいるのです」

「え?」

 アキハイトはウルマを押し退け、笑顔で手を差し伸べる。

「ワンカナ、来い! お前が好きだ。結婚しよう。ずっと一緒だ。一緒に幸せになろう。お前を世界一幸せにする。約束する。だから俺を、世界一幸せにしてくれ」

 ワンカナは呆然とする。とっさに動けない。でも何を言われているのかようやく理解すると、うれしさではちきれそうな笑顔になる。

「うん!」

 もっといろいろ言いたかったけど、言葉に詰まってしまった。涙があふれて前が見えない。でも前に飛び込む。アキハイトはワンカナを抱き止めてくれた。

 そのままお姫様だっこでワンカナを抱き上げると、アキハイトは城の高いバルコニーから飛び降りた。

「アキハイト。うれしい。信じていてよかったよ」

「はははっ。任せろと言っただろう。パラディンだった時は厳格でなければならなかった。でもベイドみたいに気楽で自由に生きる事にずっとあこがれていた。これからは思い切り生きるぞ。したい事をし、我慢なんてやめだ。好きでもない女と結婚なんかするものか。ウルマ姫には悪いが、俺はお前以外と結婚なんてごめんだ」

「ああ。うれしい。アキハイト大好き」

 ワンカナはアキハイトの首に抱きつき頬にキスをした。

「ところでアキハイト。パラディンやめちゃって、魔術は使えるの?」

「あっ」

 もう着地する。高いバルコニーから飛び降りたのだ。下にいた人々はもう離れて逃げてしまっていたが、魔術無しにこの高さから落下したらけがをする。下手をすれば死ぬかもしれない。体術でいなせる高さではない。

「ちょ、ちょ、待って、僕の魔術で」

「もう間に合わん。すまんワンカナ」

 アキハイトはこんな、人の期待を裏切り大ドンデン返しをしてやる企みにわくわくしていた。こんないたずら子供の頃にもした事が無い。子供みたいにはしゃいでわくわくしていたせいで、格好良くワンカナをさらって飛び降りた後の事まで考えていなかった。

 パラディン魔術を使えないアキハイトはちょっと体術が優れているだけのただの一般人だった。

 失敗した。アキハイトは泣きそうになる。やはり慣れないいたずらなど、こんな大一番で生まれて初めてやるものではない。

 もう着地する。ワンカナが魔術でどうにかするのも間に合わない。アキハイトは脚から飛び降りているがよくて骨折。下手すれば死ぬほどの重傷となってしまう。そしてこんな事をしでかした罪は重い。神に唾し国王や姫、大衆を裏切るなど。捕らえられ、おそらく死刑にされてしまう。魔王を倒した功績でもこの罪は許されない。

 それでもワンカナだけは守る。ワンカナに好きだと、結婚したいと言って受けてもらえた。もう十分幸せだ。死んでも悔いは無い。アキハイトはワンカナをぎゅっと抱きしめ最後を覚悟した。

「ソーサラー魔術、綿菓子座布団」

 灰色の霧が素早くアキハイトたちの足下に滑り込み、彼らの下になる。ふわふわの綿菓子みたいなクッションは落下の衝撃を全部吸収し、ワンカナを抱えたアキハイトはその上で跳ねてすたっと地面に降り立った。

 どうでもいいが、この魔術は食べられる。本当に綿菓子みたいな甘い味がする。ただし腹の中で消えるので腹の足しにはならない。

 アキハイトとワンカナは目を丸くする。アキハイトのそんな顔を見てもワンカナも驚きの余り笑う事が出来ない。

「な、何? あっ」

 人混みの向こうに、懐かしい顔がいた。忘れたくても忘れられない。皮肉っぽくにやにやする大男は、手をひらひら振るとさっと人混みに紛れて消えてしまった。

「べ、ベイドだ。アキハイト。ベイドが生きて」

「違う。ベイドではない」

「見間違いじゃないよ。本当に」

「髪が黒でなく灰色だっただろう。今の魔術も黒い霧でなく灰色だった。あれはベイドの姿をしているがベイドではない。彼はもういない。あれは別人だ」

「何言っているの? あれはベイドで……あっ」

 ワンカナもようやく思い至る。

 アソールドだ。人間たちにばれないよう別の姿に変わり隠れて人間として生きるって言っていた。わざわざベイドの姿に化けて、その懐かしい顔を見せ今のピンチを魔術に偽装した魔物の力で救ってくれたのだ。

「あ、あいつったら、もう人前には現れないって言っていたのに」

「俺たちがどうなるか心配してくれていたのだろう。悪意は無い。俺がちゃんと、ウルマ姫でなくワンカナを選んだのを見てもう満足したのだろう。今度こそ本当に人から離れ、一人きりで生きていくのだろうな」

「何だよ。お礼ぐらい言わせてくれたっていいのに。格好つけて何も言わずに立ち去るなんて。一人ぼっちなんてやっぱり寂しいよ。僕らのパーティに加わればいいのに」

「それ本当ですか?」

 二人ともびっくりして横を向く。たった今、ベイドの姿をしたアソールドが立ち去ったのと反対側のすぐ横に彼が笑顔で立っていた。

「あ、アソ……」

 アソールドが指を一本立てて押し付けワンカナの口を塞ぐ。

「しっ。その名前は言わないでください。ベイドでいいですよ。彼はもういませんが、彼が帰って来たみたいでうれしいでしょう」

 アキハイトのパーティの一人ベイド。しかし彼は魔王との決戦前に魔王が首に襲われラズリと共に戦死したと報じられている。よく似ているが肖像画の髪と色が違う。彼にそっくりの兄弟でもいたのだろうかと人々は騒ぎ出した。

「な、何だよ君。もうどっか行っちゃえよ。君が僕らの仲間をどれだけ殺したか忘れてないよね? 僕らはみんな、君を今でも恨んでいるんだよ」

「つれないですね。さっきはパーティに加えてくれると言ってくれたじゃないですか」

「あ、あれは、言葉の弾みじゃないか。一人きりでずっと生きるなんて寂しすぎるって、ちょっと心配してあげただけじゃないか」

「いーえ。前言撤回なんて許しません。やっぱり一人で生きていてもつまらないじゃないですか。だからあなたたちと一緒のパーティに加えて欲しくて来たんです。いやあ、よかったよかった。こんなに早く仲間に加えてくれるなんて。しつこくいつまでもつきまとうつもりだったのですが手間が省けました。いろいろあったけどお互い水に流して仲良くしましょうね」

「ば、馬鹿な事言うなよ。君なんか大嫌いだ。パーティには入れてあげないんだから」

「うふふ。それならメイジも必要じゃない?」

 ワンカナはびっくりして、アソールドと反対側を振り向いた。

 レイズが立っていた。いつの間に城のバルコニーから降りてきたのか。

「れ、レイズ」

「いいでしょ? パーティにはやっぱりメイジが必要でしょ。私もどこかのパーティに加えてもらわなくちゃならないし。どうせならあなたたちと一緒がいいわ」

「で、でも」

 アキハイトが笑う。

「ふふふっ。いいぞ。ちょうどメイジとソーサラーを募集していた所だ」

「あ、アキハイトお……レイズはいいよ。大歓迎。でもアソ、いやベイドは駄目だよ」

「いいじゃないですかワンカナ。私はあなたたちが大好きです。一緒にいるときっと楽しい、あんなに死闘を繰り広げた仲じゃないですか」

「無理だって。恨んでいる者同士、一緒にいたらきっと我慢出来なくなっちゃうよ」

「その時はまた戦いましょう。思い切り。いやあ、楽しみですよ。今度こそあの樹木の巨人を倒して私が勝ちます」

「ふん。俺も今度こそ貴様にとどめを刺してくれる」

「あららら。怖いですね。でもアキハイト。あなたは今魔術を使えないただの一般人でしょう? どうやって私と戦うんですか?」

「ぐっ……」

「うふふっ。また一から魔術師の修行を積めばいいじゃない。鍛えてあげるわ。アキハイトは何の魔術師がいいの?}

「そうだな」

 四人がのんきに話していると、遠巻きに見ている群衆をかき分け城の衛兵たちがやって来た。

 全員魔術師だ。手を構えたり魔術武装を掲げたりして威嚇してくる。取り囲まれた。

「あらら大変。囲まれちゃったわ」

「どうするのアキハイト」

「俺は魔術を使えんしな。ワンカナをいつまでも抱きしめていたい」

「も、もうアキハイトったら。うれしいけど、そんな場合じゃ」

「ふふふ。任せてくださいよ。パーティに加えてもらうお礼に、私が蹴散らしてあげます」

「僕は認めないったらあ」

「私も腕を振るうわよ。さあかかってらっしゃい。魔王を倒した最強のパーティ、世界最強のメイジ魔術を食らいたいのは誰かしら?」

 衛兵たちはたじろぐ。彼らは強力な魔術師ではあるが、それでもパラディンのパーティは別格過ぎる。とてもではないが戦えるレベルではない。

 みんな恐れ後ずさる。アキハイトはワンカナを抱き上げたまま、その後ろの左右にはアソールドとレイズがついている。

 一行は走る。衛兵も人々も恐れおののき道を開ける。人の群がどんどん割れて、大きな道を開く。

「うふふっ。まるで結婚式のパレードみたい。みんな道の端で祝福してくれているわ」

 レイズの言う通りだった。人々はアキハイトたちを恐れていたが、それは半数程度にしか過ぎない。残りはみんな、アキハイトほどの男前が好きな女に結婚を申し出て連れ去るこのシチュエーションを祝福し、若い女性たちなどきゃーきゃー喜んでいる。

「あ、あれ? もっとみんな怒っているかと思ったけど」

「本気では怒っていないさ。心配するな。大事な式典を滅茶苦茶にし、パラディンにあるまじき不敬を働いた。俺たちは大罪人だ。でもみんな本気で俺たちを責めてはいない。俺たちの結婚をこんなに大勢の人々が祝福してくれているぞワンカナ」

「け、結婚」

「今日は俺たちの結婚祝いだ。おおっぴらには出来んが、逃れて落ち着いた場所でささやかな祝言を上げよう。明日までとか待ち切れない。今日結婚式を挙げるぞ」

「あ、アキハイト、僕」

「嫌か?」

 ワンカナは必死に首を左右に振る。

「う、うれしいよアキハイト。でも恥ずかしいよ。下ろして」

「駄目だ。みんな道を開けて俺たちの結婚の門出を祝ってくれているんだぞ。女の子はこういうお姫様だっこに憧れるんだってな。ほら、若い女の子たちなんかみんな、お前をうらやましがっているぞ」

 ワンカナは左右を見る。人々はだんだん笑顔が増え手を振ってくれている。二人の結婚を祝ってくれている。怒っている人も難しい顔で黙ったり、しぶしぶ拍手をしたりしてくれている。

「わあ。みんな、こんな滅茶苦茶した僕らを、それでも祝ってくれているんだ」

「俺は世界一の花嫁を自慢したかったんだ。みんなに見せつけたかった。だからこの時こうする計画を企んでいたんだ」

「計画がずさんだったけどね。着地の事まで考えてよもう」

「はははっ。すまん。格好良くお嫁様を連れ去る事ばかり考えて、その後の事を考えていなかったよ」

「もう。アキハイトらしくないよ」

「それだけ浮かれてしまっていたんだよ。お前と結婚出来てとてもうれしい。はしゃいで羽目を外してしまうってものさ」

 ワンカナはアキハイトの首に手を回してうっとりする。左右に避けて道を開けてくれている大観衆はいつの間にか、彼らを責めるのではなく祝福ムード一色に染まり、花びらを盛大にまいて、走り抜ける彼らの幸せを願っていつまでも歓声を上げ続けた。


(完)

posted by 二角レンチ at 22:38| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月28日

ドルイド少女ワンカナ(65)痛み分け

ドルイド少女ワンカナ(65)痛み分け

 ワンカナは倒れて気絶しているアキハイトに被さり抱きつき泣いた。彼が生きている事を喜んで。そして今一緒に殺される恐怖に怯えて。

 それでもいい。好きな人と一緒に死ねる。本望だ。これ以上の贅沢は許されない。十分幸せな死に方じゃないか。

 ワンカナは殺されるのを泣きながら待った。しかしいつまで経っても殺されない。まだ生きている。いい加減痺れを切らし、ワンカナは顔を上げた。

「魔王。僕らを殺すんでしょ。早くしてよ。せっかく覚悟を決めているのにじらさないで。待てば待つほど怖くなってくる。ひどいよ。僕をさんざん怯えさせてから殺す気なの?」

 魔王はいつものように、薄く儚い笑顔を浮かべていた。しかしそれを崩し満面の、さわやかな笑顔を見せた。

「あはははは。殺しませんよ。ただ死を覚悟して怯えるあなたを見て楽しんでいました。少しくらいやり返してもいいじゃないですか。私を倒したお返しです」

「え?」

 魔王は頭をかきながら、笑ってワンカナの前に腰を下ろす。倒れているアキハイトを挟んで彼女とじっと見つめ合う。

「な、何言っているの。僕らはもう消耗し切って魔術を使えない。限界以上に魔術を行使してもう、気絶しないようふんばっているのが精一杯なんだよ。君はまだまだ健在。気絶していただけの首が二十、いや三十はあったよね。君はまだまだ戦える。僕らはもう戦えない。殺されるだけ。もうひと思いに殺してよ。僕らをこれ以上もてあそばないで」

 魔王は大笑いする。静かに微笑むだけの彼がこんなに大口開けて笑うなんて初めて見た。

「あっははははは。殺しません。私の負けです。あなたたちの勝ちですよ」

「だって」

「私の首は全部倒されました。気絶していただけでも関係無い。私は首を全部倒されたら負けです。そう決めていました。人間にそれが出来るとは思ってもみませんでしたけどね。あなたたちは見事魔王を討ち倒しました。魔王は倒されもういません。もう魔物の群に対する命令は解除しました。魔物の群は私の支配が解け、自分の古巣に帰って行きます。もう腹を十分満たすほど人間を食らった魔物たちは当分人間たちを襲いません。人間の大半はすでに食い殺されましたが、それでも人々の一部は生き残りました。あなたたちが残った人々みんなを救ったのです。おめでとう。ワンカナ」

「な、なんだよそれ。人間を殺した張本人のくせに。お祝いを言うなんて変だよ。魔王のくせに」

「もう魔王は死にました。私の事はただアソールドと呼んでください」

「……アソールド。何なのさ君。僕は騙されないぞ。人間を馬鹿にするためにわざと丁寧な言葉遣いをやめない君の事だ。きっとまた掌をころっと返して僕らを馬鹿にしながら殺すんだ」

「そんな事しませんよ。まあ信用しろと言っても無理でしょうがね。私は人間を恨んでいました。私の愛するヒエン姫を殺す作戦を立案指揮したパラディン、キルヘイムの息子アキハイトにその恨みをぶつけ、あなたたちには特にひどい事をしました」

「まったくだよ。ベイドが魔王が首で、僕らを裏切らせるなんて。あんなの卑劣過ぎるよ」

「はははっ。まったくです。でもあれ以上のひどい裏切りを私は受けたのですよ。おあいこって事で勘弁してくれませんかね」

「僕は許さないよ。魔王を」

「……」

 ワンカナは怒った顔から一転、笑顔を見せた。

「でも、魔王はもう死んじゃったもんね。僕たちが倒して世界を救った。もう殺して恨みを晴らしたし仇も討った。それでおしまい」

 アソールドがぱっと顔を輝かせる。

「そうです。魔王は死にました。それでおしまいです。いやあ、ワンカナが話のわかる人で助かります」

「あははっ。アキハイトだったらこうはいかないよね。気絶していてよかったよ」

「まったくです」

 二人はじっと、何も知らず寝ているアキハイトの顔を優しい目で見つめる。

 アソールドは笑顔をやめ神妙な顔つきになると、深々と頭を下げる。

「ワンカナ。ありがとうございます。あなたたちのおかげで人々は絶滅させられる事なく一部だけでも生き残りました。感謝します」

「何それ。変なの。人間たちを皆殺しにしようとしたのは君じゃないか」

「人間を恨む魔王は、人間全部を殺さねば恨みが晴れないほど強く深く恨んでいました。しかし人間を愛する私は人間を救いたかった。相反し矛盾する気持ち。しかし恨んでも憎んでもなお愛している。私は昔も、今でも、人間を愛し尊敬し幸せになって欲しいと願っています。そのために力を捧げたいと思っています」

「だから、人間を簡単に殺せるのに全面戦争なんて人間にも勝てるチャンスをくれたんだね。まだ首が残っていて僕たちを殺せるにもかかわらず、首が全部倒されたからと負けた事にしてくれるんだね」

「そういう事です。私は人間を全員殺さねば気がすみません。でも人間を一人でも多く救いたい気持ちもまだあるのです。人間を愛し人間として生き英雄として人々を救い続けた。とても幸せな人生でした。やりがいも生き甲斐も喜びも満ちあふれ充実していました。魔物では得られない喜び。幸せ。感動。人間はやはり素晴らしい。私は人間を恨んでなお、まだ人間として生きたいのです」

「もう人間を恨む魔王は死んだ。すっきりした?」

「ええ。私の恨みは諦められない。我慢出来ない。恨みを晴らすか、あるいは恨みを潰されるか。いずれかしかなかった。あなたたちは見事、人間を恨む魔王を倒し私の恨みを潰してくれました。もちろん完全に恨みが晴れる事はありません。しかしもういいのです。私の恨みは決着しました。もうこれ以上恨みで人間をどうこうしようとは思いません。もういいのです」

 恨みは晴らさねば消える事はない。でも恨みに決着をつければ後はくすぶる恨みを我慢出来るようにはなる。魔王アソールドはそうして自分の恨みにケリをつけ、復讐を終えた。

「うん。わかるよ。僕も、僕らも同じ。君がまだ生きている事は許せない。それでも許すよ。飲み込むよ。魔王を倒して恨みも復讐も決着した。仇を討った。そういう事でもういいんだ。くすぶっていてもなおすっきりしている。完全に気が晴れたわけじゃない。いつまでも恨みを引きずり苦しむだろうね。でも我慢するよ。おあいこだもん。君も僕らもこれで終わり。恨んでいてももうその復讐はやり遂げたんだ。そういう事にしないと死ぬまで終われない」

「恨むのはとても苦しい事です。相手よりも自分が苦しい。復讐が良くないとされるのは、誰かを恨んでいる事がとても不幸だからです」

「うん。わかるよ。わかる事にする」

「あはははは。ありがとうございますワンカナ」

「こっちこそお礼を言うよ。ありがとうアソールド。アキハイトを助けてくれて。僕らを見逃してくれて。復讐を終えてくれて。今でも人間を愛してくれて」

「礼には及びません。お互い様です。どちらも悪い。善は無い。決着しないと前へ進めない。でもこれで復讐は終わり。恨みは終わり。ようやく私たちはみんな前へ進めます。恨んで不幸な人生をやめて、幸せを得るために生きる事が出来ます」

「うん……」

 ベイドの事を聞きたかった。でも彼は消失したのだ。殺した首の中にベイドがいたのかいなかったのか。どちらでもしょうがない。

 魔王は死に、彼は人間アソールドとして生きる。もう百首のヒドラではない。首を切り離して魔王が首として独立行動をさせる事はない。

 だからベイドはもう帰ってこない。帰ってこさせてはいけない。それをお願いしてはいけない。ベイドの事ももう、終わった事にしないといけないのだ。

「アソールドはこれからどうするの?」

「私は姿を変えて、人間として生きます。もちろん人間を多く殺した私が今更のうのうと、人間に混じって暮らそうとは思いません。生きているだけで十分です。本来なら死刑でも足りない重罪人ですから」

「そうだね。いい気味」

「あなたは私に遠慮無く、幸せになってくださいね。魔王を倒し世界を救った英雄なのですから」

「言われなくても。いっぱい幸せになるよ。君は不幸を我慢しながら隠れてこそこそ生きるのがいい罰だ。感謝してよね。殺さないでいてあげるからさ」

「あはははは。感謝していますよワンカナ。お礼に私もあなたたちを殺さないでいてあげますよ」

「わあい。うれしいな。おあいこおあいこ」

「おあいこですね。ふふふ」

 二人はまるで親友のように談笑した。互いを恨んでいるけれど、その恨みをわきにおいて楽しく笑い合えた。許し合えた。

 恨んでいてもなお許せるものなのだな。人間は偉大だ。恨んでいる相手すら許して仲良く出来る。神より慈愛に満ちて寛大だ。

 しばらく笑い合っていたが、やがてアソールドがおもむろに立ち上がった。

「さて、私はもう行きます。さようならワンカナ。あなたたちは強かった。みんなとても強かった。強くなり過ぎた今、こんなに全力で戦えた事が幸せです。私の最後の戦いにふさわしい。私はもう二度と人間たちの前に現れません。本来は死んで償う所ですが、どうか私が生きるのを許してくれますか。二度と人間たちに迷惑はかけません。ですが私は人間として再びやり直したい。一人でずっと、愛するヒエンの事を想い続ける人間として生きていたいのです。都合が良すぎるのはわかっています。ですがこのわがままをどうか」

「許す」

 アソールドが言い終える前に、アキハイトの声が答えた。

「アキハイト。起きていたの?」

 ワンカナはびっくりしてアキハイトの顔を見る。彼は目を瞑って寝た振りを続けている。

 ワンカナはアソールドを見上げ、二人は見つめ合いぷっと吹き出した。

「あはははは。アキハイトって本当不器用なんだから」

「それがいいのでしょう?」

「うん。一緒にいて飽きない。アキハイトと一緒にいると楽しいや」

「お幸せに」

「ん……そうだね」

 パラディンで生き残ったのはアキハイトだけだ。彼は魔王を倒した偉業を称えられ、勇者の称号と共に大国の姫を授かる。ワンカナとは結ばれない。

 アソールドはワンカナたち三人に深く頭を下げ、笑顔で手を振る。そして向こうを向くとあっと言う間に消えてしまった。

「アソールドは行っちゃったよアキハイト。もう寝た振りなんかしなくていいよ」

「何の事だ。俺は寝た振りなどしていない。今起きた所だ」

 アキハイトはむくりと身体を起こす。すぐにぐらりと頭を抱える。

「アキハイト。限界を超えて魔術を酷使したんだからまだ寝てなくちゃ」

「お前だってそうだろう。もう寝ろ。ここには敵はいない。しばらくは大丈夫だ」

「でも、何があるかわからない。僕起きて警戒しているからさ」

「いいから」

 アキハイトはワンカナを抱き寄せ、横になって抱きしめる。

「あ、アキハイト」

「ワンカナ。約束しただろう。戦いが終わって生き残ったら俺の気持ちを言わせてくれと」

「う、うん」

 アキハイトはワンカナと抱き合い、間近で見つめ合う。ワンカナは真っ赤になってしまった。

「好きだ。ワンカナ。愛している。お前といるととても楽しい。飽きない。ずっと一緒にいたい。お前と一緒に笑い合う時が一番幸せなんだ」

「アキハイト……うれしい。でも」

 アキハイトは大国の王女と結婚する。それはどうにもならない。

「いいから。俺に任せろ」

「え? どういう」

 ワンカナが尋ねる前に、アキハイトはワンカナにキスをする。ワンカナも今後の心配をやめてうっとりと幸せに浸った。

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2015年05月24日

ドルイド少女ワンカナ(64)終戦

ドルイド少女ワンカナ(64)終戦

 レイズがレッドドラゴンの牙に噛み殺される寸前、アキハイトが神の雷の魔術でレッドドラゴンの頭を吹き飛ばした。レイズは間一髪、殺される前に宙へ放り出された。

 レイズは間近で浴びた電撃の余波で感電し気絶していた。高い位置から落下する。このままヒドラの背に落ちたらこの高さだ。死んでしまう。

「ドルイド魔術、蔦の触手」

 レイズより下を落下しているワンカナが魔術を行使する。もう樹木の巨人に全力を注いで消耗し切ったので魔術は使えない。その手からは蔦が出てこなかった。

「くそ。くそ。アキハイトだって消耗し切っていたのに奇蹟を起こしたじゃないか。僕だって。僕だってえええええっ」

 ワンカナは死力を振り絞る。出ろ。出ろ。蔦の触手!

 ワンカナの必死さに応えたのか。身体に残ったわずかな力を絞り出したのか。ワンカナの両手から緑の蔦が何本も、絡まりながら伸びていく。

「やった。やったあっ!」

 ワンカナは右手の触手を伸ばして上にいるレイズに巻き付け引き寄せる。気絶している彼女を蔦で自分の身体に巻き付け固定する。

 左手の触手を伸ばし、今頭を雷で吹き飛ばされたばかりのドラゴンの首に張り付ける。この触手は絡みついたように壁などに張り付く事が出来る。ドラゴンの首に張り付けた触手を滑らせ落下の勢いを殺しながらワンカナはなんとか着地する。

 勢いを殺し切れない。ゴロゴロと転がる。でも落下による死は免れた。ワンカナは止まると蔦を解き、あわてて上を見た。

「アキハイト!」

 アキハイトも消耗し過ぎて気絶していた。雷が解け宙を落下している。

「た、助けなきゃ」

 ワンカナは立ち上がろうとしたが、がくりと膝をついた。

「あれ、あれ、力が入らない」

 消耗し尽くしたのにさらに魔術を絞り出したのだ。もう身体に何の力も残されていない。気力でかろうじて気絶していないだけで、動く力は残っていなかった。

「動け。どうして。蔦の触手!」

 消耗して消失した蔦の触手はもう出せなかった。ワンカナは手をかざして必死に魔術を唱え続ける。

「蔦の触手。お願いだよ。もう一度だけ。自然よ。力を貸して。アキハイトが死んじゃう。誰か助けてええええっ」

 いくら泣いても誰もいない。助けてくれない。自然の力を借りるドルイド魔術でも、力を借りるための魔術を使えないなら自然の力を行使出来ない。

「ああああっ。アキハイトおおおおおおっ」

 ワンカナは、愛するアキハイトが高い場所から落下し頭からヒドラの身体に落ち、首を折って死んでしまう瞬間をただ見守るしか出来なかった。

 その瞬間を覚悟し、でも目を瞑る事は出来なかった。恐怖の一瞬。それをワンカナは目を見開いて見届けた。

 ワンカナが愛する人の死を覚悟したその時、しかしそれは訪れなかった。

「……え?」

 気が付くと、ワンカナは地面に膝と手をついていた。どうして。さっきまでヒドラの背にいたのに。

 島のように巨大なヒドラが消えていた。隕石落下の魔術で抉れた大地の傷跡に、ワンカナはうずくまっていた。

 きょろきょろと周りを見回す。レイズはさっきと同じく横に寝ていた。生きている。しかし広大で荒れた大地にアキハイトの姿は無かった。

「アキハイト。どこ行ったの。アキハイトおおおおっ」

「ここですよ」

 その声にワンカナはぎくりとする。忘れもしない男の声。神経を逆撫でする慇懃丁寧な口調。

 振り返るのが恐ろしい。しかし恐る恐る振り返る。

 そこには魔王がいた。魔王アソールド。人間の姿に化けている。彼は全身ぼろぼろの血塗れで所々肉が欠け骨すら露出している。殺したドラゴンの首の分だけ傷を負っていた。

 しかし生きている。ドラゴンの首を全て殺したわけではない。樹木の巨人で殴り倒し気絶しているだけの首はまだ生きており、ヒドラは首を全てはねない限り殺せない。

 魔王が意識を保っているという事は、気絶した首の内少なくとも一本は意識を取り戻していたのだろう。いや、気絶したままの振りをして攻撃をやり過ごしていたに違いない。

 完全な敗北だ。ワンカナたちが活動している首を全部殺して安堵した所で、気絶している振りをしていた首数本で襲うつもりだったのだ。ワンカナたちに勝ち目は無かった。死力を尽くしてなお、首を全部殺し切れなかった。力不足のどうしようもない敗北だった。

「魔王」

 魔王は人間に化けている時は魔物の威圧を発さない特殊な魔物だ。だから背後にいても気付かなかった。ワンカナを後ろからいつでも殺せたという事だ。もう戦う力が残されていないワンカナはどのみちもうどうしようもない。降参するしかなかった。

 魔王は腕でアキハイトを抱え上げていた。アキハイトはぐったりしている。もう戦えない。だからワンカナは無駄な抵抗をやめ、魔王に語りかけた。

「アキハイト……死んでいるの?」

「生きていますよ」

 魔王は優しくアキハイトを下ろして地面に横たえる。ワンカナは動かない身体を引きずりながらそばへ寄り、その顔に両手を添える。

「温かい。息をしている。生きている。アキハイト。よかったあ……」

 どうせ魔王にもう殺される。それでもワンカナは、今だけでも生きてアキハイトと一緒にいられる事を喜び、涙をこぼして彼に抱きついた。

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2015年05月23日

ドルイド少女ワンカナ(63)獅子奮迅

ドルイド少女ワンカナ(63)獅子奮迅

 もう元気は取り戻せない。しかし気力が無くてなお、今でも殺されて楽になりたいほど辛くてもなお、三人は立ち上がり戦う決意をした。

 レイズが二人を見て感謝する。

「ありがとうアキハイト。ワンカナ。ラズリはきっと私の娘ジイナだったんだわ。もう確かめようがないし、今でも辛い人生を送り最後には殺されてしまったラズリが私の娘だとは信じたくない。でもそうだとして、その罪を背負うわ。そして償う。魔王を倒すため戦うという罰。辛くて逃げ出したいけどそれでも私も一緒に戦うわ」

 ワンカナは喜んで笑う。

「うん。その意気だよレイズ」

「ふふっ。ワンカナってちょっぴり生意気ね。でもそこがまたかわいいわ」

「えへへっ」

「アキハイトもありがとう。私の罪を自覚させてくれて。私はちゃんと確認出来ない事をいい事に己のしでかした罪から逃げていたわ。それを突きつけ思い知らせてくれてありがとう。あなたも辛かったでしょう」

「辛かろうが残酷だろうが俺はパラディンだ。魔王を討つ使命を何が何でも果たす。必要ならあなたたちをどれだけひどく傷つけようともだ。こんなひどい俺とまだ一緒に戦ってくれるか?」

「もちろんよ。くじけて心が折れたままだもの。これ以上くじけようが無いわ。駄目になりようが無い。駄目なままの私で、それでも最後まで戦い続けるわ」

「よし。二人とも頼むぞ。最後の戦いだ。残ったドラゴンの首はまだ二十以上。倒れて気絶しているだけの首もまだ見たところ二十も三十もあるようだ。しかしそれが目を覚ますより早く俺たちの力は消耗し尽きるだろう。寝ている首が起きてきた後の事は考えるな。その前に生きている首を全部殺して魔王を討つ。それだけしか出来ないし他の事は考えなくていい」

「うん」

「ええ」

 女性二人は頼もしい笑顔を見せてくれる。それは同じくくじけているアキハイトを強く勇気づけてくれた。

「行くぞ二人とも。魔王を必ず倒すんだ」

 アキハイトとワンカナは力を注ぎ込み樹木の巨人を強化する。もう出し惜しみしない。全力を尽くして最速で、残りの首を全部殺さねばならない。

「サポートするわ。三人で隙を埋め合い戦う。きっと勝てるわ。私たちはみんな、今この世界で最強の魔術師なんだもの」

「そうだね。他に強い人たちはもうみんな……えへへっ。世界最強かあ。ラズリも世界最強を目指していたよ。始めはただうぬぼれていただけだったけど、終わりの方では本気で世界最強のメイジになるため頑張っていたよ」

「そう。あの子が……戦いが終わったら、あの子の話もっとたくさん聞かせてね」

「うん。約束する。だから絶対死なないでよ。生き残ってたくさんお話しよう」

「ええ」

 三人とも前を向き決意の強いまなざしをする。折れた心でなお、かなわない敵と戦うのに、こんなに強くあれる人間は他にいない。

 三人は心も力も最強。現存する最強の魔術師たち。最強のパーティ。魔王を倒せる最後の希望。人類存亡の要。

 その重責を、足りない力で果たさねばならない。しかし絶望し尽くした。これ以上絶望も、心が折れようもない。

 最低の精神状態。消耗して魔術ももう残りわずかしか使えない。とてもではないが残り二十以上もあるドラゴンの首を全部殺すなど出来るわけがない。しかし絶望の底でなお、戦う事が出来る。人間の心は魔術よりも深淵。底力は計り知れない。

 アキハイトとワンカナは樹木の巨人を全力で操る。もう余力を考えない。力尽きた後の事を考えず、ただ今を必死に戦うのみだ。

 力を注がれた樹木の巨人は防戦一方だったさっきまでと動きが違う。早く強くそして激しい。脚を操るアキハイトは駆けるだけでなく蹴りすら繰り出しドラゴンの首を折る。そして苦しむドラゴンの頭をワンカナは横から樹木の巨人の拳で思い切り殴り飛ばし血を吐かせ牙をへし折り気絶させる。

 逃げていた樹木の巨人が獰猛に、むしろ無謀に突撃してくる。逃げるのをやめドラゴンの首に次々飛びかかり乱暴に殴り倒していく。残りのドラゴンの首はその獰猛さに怯んでいるように攻撃をためらう。

「本当に凄いわねえ。凄まじい大きさの樹木の巨人。それを全力の魔術で操るとこんなに強いなんて。魔王なんて目じゃないわ。私も負けていられない」

 レイズは両手を広げて魔術を唱える。

「メイジ魔術、火炎地獄車!」

 空中に火の玉がいくつも現れる。それは弧を描いて炎の軌跡がつながり輪となる。

「おおっ。さすがに凄いな」

 アキハイトが感心する。

 一つしか召喚出来ないはずの炎の輪。しかしレイズは魔術の深淵を暴き、他のメイジなら一つしか召喚出来ない魔術を複数同時に召喚出来る。

「凄いやレイズ。火炎地獄車を一つでなく三つも同時に出現させた。この魔術、ラズリが得意だったんだよ。よく使っていたなあ」

「あの子が、ジイナがこれを?」

「うん。きっとお母さんが使っていたのを昔見ていたから、それで好んで使っていたんだろうね」

「そう……」

「ねえレイズ。たしかにラズリは、君の娘ジイナは君に捨てられたせいでとても不幸な目に遭い最後は無念の内に殺された。さんざんな人生だったと思うよ。君をとても恨んでいたと思う。それでも愛していたと思うんだ。恨んでも憎んでもなお愛する。ずっと大好きなまま慕っていた。でなけりゃ別れる前に見ていた君と同じような髪型をしたり、同じメイジになったりしなかった。君の得意の魔術を好んで使ったりしなかった。もし生きて君に会えてもきっと自分が娘だとは認めなかっただろうね。自分の不幸な人生の責任を君に押しつけたくないから。でも気付いて欲しい。だから君の面影を追って、髪型も服も魔術も君を真似したんだ。君に知られたくないと同時に、君に気付いてほしかったんだ」

「……」

 アキハイトが口添えする。

「レイズ。ラズリは他のパラディンのパーティについて俺から聞こうとはしなかった。自分がいれば他の連中なんかいらないと強がってな。確かめたくなかったのだろう。でもわかっていた。自分の父親が十年前全滅したパラディンのパーティの一員で、あなたがその復讐のために自分を捨てて魔王と戦う決意をした事を。きっと今のパラディンのパーティの一員として世界最強のメイジとなっている。確かめなくてもそうに違いない。最強のメイジの座で待っていてくれる。だからラズリは世界最強のメイジにこだわっていたのだ。あなたの所へたどり着き再会を果たすために」

「ううっ」

 レイズは涙をこぼす。でもすぐにローブの袖で拭う。

「もう。湿っぽい話は後でね。勝って生き残ってからたっぷりしましょう。そのためにはまずこの戦いを終わらせなくちゃ。今はもうあの子の事は言わないで。また泣いちゃうじゃない」

「すまない」

「ごめん」

 アキハイトとワンカナは口をつぐみ、戦いに集中する。

 勝てない。生き残れない。もう話は出来ない。だから今したがった。しかしそんな弱さは許されない。全力で戦いに集中しないといけない。殺されるまでのわずかな時間を悲しみや切なさに酔う事すら彼らには許されないのだ。それが償いという罰だった。

 火炎地獄車の魔術はその中心に術者の魔術師を据え、魔術師は魔術と共に空を駆ける。しかしレイズは一つしか召喚出来ないはずの炎の輪を三つも同時に上空に出現させた。それを同時に操るのに全力を集中させねばならない。炎の輪と共に空を飛ぶ余裕は無い。

「これが最後の魔術よ。私の一番の得意魔術。これに全力を注ぐわ。これが砕かれたらもう打ち止め。これで残りの首を全部焼き尽くしてやるわ」

 三つの巨大な炎の輪は高速で回転し、炎をまき散らしながら飛翔する。そしてそれを噛み砕こうとするドラゴンの牙をへし折りその口を切り裂いて、燃やし尽くし消し炭にしてしまう。

「うわあっ。熱い熱い」

 回る炎の輪は高速で空を駆け巡る。時折樹木の巨人にも接近する。距離は十分離れているがもの凄い火力で、離れていても熱が届く。ワンカナはその熱さにたじろぐ。

「樹木の巨人まで燃やさないでよ。樹木だから炎には特に弱いんだから」

「ごめんなさいね。魔王の首はどれも強いわ。私の最大火力でも炎に耐性のあるレッドドラゴンの首は焼けない。炎に弱い樹木の巨人だけど、それでもレッドドラゴンの首は任せたわよ」

「うん。炎のブレスに焼かれないように倒していくよ」

 アキハイトは樹木の巨人の脚を操りレッドドラゴンの首を狙って近付く。燃える溶岩のブレスを吐きかけられ、それをかろうじてかわす。

 敵も強者。樹木の巨人はブレスをまともには浴びないが、次々浴びせられるブレスで所々損傷している。炎のブレスで樹木の巨人のわき腹が焼かれ燃え出す。

「ワンカナ」

「わかってるって」

 さっきからブレスがかするたび、その効果が広がらないようにその部位の樹木を枯れさせ切り離してきた。ワンカナは燃えるわき腹の樹木を枯れさせ炎ごと切り落とした。

 もう樹木の巨人はボロボロだ。ブレスがかするたびこうして切り離し損傷を最小限にしてきた。しかしもう的は樹木の巨人一体のみ。多数のドラゴンの噛みつきもブレスも全部集中砲火を浴び、どんどん削られもう瓦解寸前だ。

「負けるもんかあ。行っけえー!」

 ワンカナは叫ぶ。樹木の巨人はレッドドラゴンの首に飛びかかり、空中で大きく振りかぶった拳で思い切り殴った。

 レッドドラゴンの頭が、折れた牙と吐いた血をまき散らしながら吹っ飛びどさりと倒れる。

「えへへっ。このレッドドラゴンの首がゴロラドだったらいいな。これでベイドとラズリの仇を討った事になるもん」

「そうだな。きっとそうだ」

 レイズは黙って聞いている。詳細は知らない。しかしゴロラドという魔王が首が娘の死因らしい。

 その話だって生き残ったら聞ける。娘の最後を聞かずに死ねるか。レイズはラズリにそっくりの、とても険しい顔つきで炎の輪を操り続ける。

 燃える巨大な炎の輪は車輪のように高速で回転し続ける。敵に当たり燃やすとその分だけ火力が衰える。しかし炎が弱まった部分も回転して戻ってくる頃には火力を取り戻している。火炎地獄車の魔術は回転を止めない限り、いくら弱まってもまた火力を取り戻し敵に地獄を見せ続ける。

 アキハイトたち三人は猛々しく吠える。全力で魔術を行使する。汗を吹き顔が険しい。必死だ。死力を尽くしてなお足りない。それでも止めない。

 ドラゴンの首を次々殴り倒す。燃やしはねる。その猛威は凄まじい。生きているドラゴンの首たちは怯えているようにすら見える。

 それでも襲いかかってくる。ブレスを吐きかけてくる。樹木の巨人と炎の輪はドラゴンの首に飛びかかってはなぎ倒す。

 気付けば残った首はあと一本。他の首は死んだか気絶しているか。生きて活動しているあの首を殺せばあとは倒れて気絶している首を殺して回るのみ。

 必死だった。死にもの狂いだった。後先考えなかった。消耗して力尽きる事を恐れ力を温存していればきっとここまで倒せなかった。時間がかかり時間切れとなり、気絶している首まで復活してアキハイトたちは敗北していたに違いない。

 後の事を考えない開き直り、やけっぱちが功を奏したのだ。気付けば勝利は目前。それでも必死過ぎるアキハイトたちの気が緩む事は無かった。

 もう削られまくり片腕すら失って、まるで骨だけになったようにすかすかの樹木の巨人は、その今にも崩れそうなほど哀れな姿でそれでも獰猛に勇ましく、残り一本となったレッドドラゴンの首に飛びかかった。

 レッドドラゴンの首は炎に耐性があるから火炎地獄車では殺せない。樹木の巨人だけが頼りだ。

「届け、届けっ」

「行っけえ、樹木の巨人ー!」

 アキハイトとワンカナは叫ぶ。樹木の巨人はボロボロの身体でなお力強く飛びかかり、残った腕で殴りかかった。

 レッドドラゴンが燃える溶岩のブレスを放つ。もう避けられない。樹木の巨人は拳ごとその巨体を吹き飛ばされ粉々に燃やされる。頭の上に乗っていたワンカナたち三人は宙へ放り出される。

 そこを、レッドドラゴンの首が大きな牙をむいて襲ってくる。飲み込むなんて生優しい事はしない。牙で噛み砕き殺すつもりだ。

 レイズは炎の輪を三本とも操り、その輪の中心に自分たち三人をそれぞれ納める。この魔術は中心に据えた者を輪と共に宙に浮かして飛行を可能とする。

 しかし炎に耐性のあるレッドドラゴンは、その隙を突いて炎の輪を次々噛み砕いた。ドラゴンは翼のはためき以上に噛みつきにより魔術を砕き殺す力を持つ。一カ所噛まれただけで炎の輪全体が破壊され消滅する。

「うわあああっ」

 三人は炎の輪による飛翔を失い落下する。そこをレッドドラゴンの牙が再び襲いかかる。

「メイジ魔術、嵐の鎧!」

 レイズが唱える。風が巻き起こり嵐の渦となり彼女を包み込む。

 しかし火炎地獄車に全力を注ぎ消耗した彼女はもう魔術をろくに使えない。弱々しい風をまとうだけ。こんな物ではドラゴンの牙を防げるわけがない。

 レイズは嵐の鎧をまとい飛翔する。この魔術はその作用として包み込んだ術者を滑空させる事が出来る。

 それで逃げるかと思いきや、彼女はドラゴンの牙に向かって飛んで行った。

「二人とも、私が食われている間に逃げて!」

 どうせ殺されるなら守れなかった仲間の代わりに誰かを守って死にたい。自己犠牲ではなく自己満足にしか過ぎなかった。

「レイズ、駄目だ、戻って!」」

 ワンカナが悲痛に叫ぶ。しかし全力を使い果たしたワンカナはもう何も出来ない。ただ見守るしかない。

「死なせない。もう仲間を死なせない。パラディン魔術、神の雷!」

 アキハイトは魔術武装の剣を紡ぎ出す。そして突き出したその剣先から雷をほとばしらせる。

 アキハイトも樹木の巨人を操る神の騎馬の魔術で全力を使い果たした。もう魔術を行使する力が残っておらず、剣は火花をパチパチと発するだけで雷を作り出せない。

「ああっ。もう駄目だあっ」

 ワンカナが絶望の涙をこぼす。仲間が殺されるのをまた見ているしか出来ない。ラズリの時と同じだ。そしてそのすぐ後に、自分たちも殺される。

「諦めるな。諦めんぞ。神よ。おられるのでしょう。見守っているのでしょう。あなたは人間に試練を与え決して手を貸さない。しかしお願いです。奇蹟を。一度だけ奇蹟をお恵みください。そのためなら何をも捧げます。この命でも信仰心でも何でも捧げます。だからどうか一度だけ、一度だけ奇蹟のお恵みをおおおおおっ」

 神は応えない。剣先の火花が消える。神は人間に試練を与えるが、奇蹟は決して与えてくれない。

 神の無慈悲にアキハイトはぐしゃりと顔を歪め涙を浮かべる。しかしレイズがドラゴンの牙に挟まれまさに殺されるその時、アキハイトは怒りの形相となり怒号を叫んだ。

「もういい! 神などもう知らん、頼らん。俺は俺の、人間の力だけで人を救う。奇蹟を起こす!」

 神を信じ生涯全てを信仰に捧げたアキハイトが神を捨てた。それがどれほど凄まじい事なのか。己を真っ二つに裂かれるよりも辛い事に違いない。

 誰にも出来ない。しかしアキハイトは仲間を救うため、神頼みをやめて自分の力で何とかしようとした。

「うおおおおおおおおっ」

 火花が消えたはずのアキハイトの剣が再び輝き出す。火花より激しい電撃を放ち、膨大な雷と化す。

 剣の先からほとばしる雷がアキハイトを包み込む。巨大な雷と化したアキハイトが刹那の速度で突進し、その雷でレイズを噛み殺そうとしていたレッドドラゴンの頭を貫いた。

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2015年05月22日

ドルイド少女ワンカナ(62)償い

ドルイド少女ワンカナ(62)償い

 ラズリがレイズの娘。その事実をアキハイトに突きつけられ、レイズは泣き伏した。ワンカナはそれを聞いて驚く。

「それ本当? アキハイト」

「ラズリとベイドが話しているのを立ち聞きしてしまい、それに推測を加えただけだ。真実はわからん。だが確信がある」

 ワンカナはうなずく。

「道理で。レイズってラズリによく似ているもの。親子だって言われたら納得するよ。初めてレイズを見た時、僕なんかラズリが生きていて助けに来てくれたと思っちゃったもん。近くで見てもなんだかラズリに似ていると思えた。ラズリは言っていた。メイジは黒いローブを好んで着る、メイジの象徴だからって。それに合わせて髪を黒く染める者も多いって言うから、似ていてもおかしくはないって思っちゃった。でも目つきや顔つきまで似ているんでびっくりしちゃったよ。親子なら納得だね」

「ああ。親子でないなら顔つきまで似るわけがない」

 レイズは顔を上げて頭を左右に振る。

「あり得ないわ。私が聞いた情報では、あなたのパーティにいたラズリは二十代後半でしょ。魔術師の修行だって十年以上こなしている。十年前に捨てた私の娘の年齢と合わないし、その時娘はまだ魔術師ではなかったわ。十年の間に十年以上もの修行の旅をこなせたわけがない」

「それはラズリがついた嘘だ。あるいは嘘をつき続けている内に自分でも嘘を本当だと錯覚してしまっていたかもしれない。父親に死なれてすぐ母親に捨てられたショック。預けられた先で少し暮らしていたがすぐ人買いに売られてしまった。幼い少女なのに怖い男たちに犯され、あまつさえ売春を強要されて何年も過ごした。その苦痛と苦労でやつれ細りそして年齢以上に老け込んだ。鏡を見てももう自分が本当の年齢であるとはとても思えない。そして優れた魔術師の両親を持つ事で受け継いだ才能。他の魔術師が十年かけても到達出来ない魔術師の最高峰にわずか数年で到達した。うぬぼれと現実逃避を重ねて自分が十年以上も修行をし、年齢も外見と同じ二十代後半だと嘘をついている内に本当だと思い込んでしまったのだろう」

 ワンカナが疑問に思う。

「そんな事ってあるの? 自分でついた嘘を本当だと思い込むなんて」

「ああ。人間はとても思い込みが激しく、心で対処し切れない時は記憶や思考を歪めてでも生きようとする。嘘やあり得ない事だとわかっていてもそれが真実だと信じ込む。ワンカナ。お前の村の村人たちは、悪魔なんてものがこの世に存在しないと知っていたにもかかわらず、恐れのあまり悪魔がいるという嘘を本当だと思い込み、お前を悪魔の子だとののしり悲劇を招いた。わかるだろう。人は恐怖や苦痛を逃れるためなら嘘にすがりつき、それを本当だと思い込んでしまう」

「うん……」

 ワンカナはしんみりする。跪き、両手を樹木の巨人について力を注ぎ込む。

 のんびり話をしている場合ではない。しかしせねばならない。話をする時間ぐらいは稼がなくては。ワンカナはまだ絶望に屈してはいたが、ラズリの悲劇の話を続けさせるために気力を振り絞って、ドラゴンの首が噛みついたりブレスを吐いたりして襲ってくる現状で殺されないようアキハイトと一緒に樹木の巨人を操った。

 樹木の巨人は防御に徹し、ブレスや噛みつきをかわしドラゴンの頭を拳や腕でいなしながら、ヒドラの背を駆け回り逃げ続けた。

「アキハイト。続けて」

「ああ。ラズリが嘘だとわかっていて嘘をつき続けていたのか、それとも自分の嘘を本当だと錯覚してしまったのかはわからん。だが俺は後者だと思う。ラズリは明らかに異常でおかしかったからな」

「でも最近では、とても優しく穏やかになっていたよ」

「そうだ。ラズリが俺たちと旅をして、仲間といる喜びや人間らしい気持ちを取り戻していったのは見て取れた。ラズリは自分の記憶すら歪める辛い過去すら思い出していったのかもしれん。ラズリは両親に捨てられたと思っていたが、実際は父親は戦死していた。レイズ。あなたは娘を捨てたのではなく、別れる時にいつか全てが終わったらきっと迎えに行くと言ってあげたのではないか?」

「そんな事は言っていないわ。私は娘を捨てたのよ」

「ラズリが娼婦として生きていた事までも情報として知っていた。娘をそんな辛い目に遭わせてしまったあなたは、娘を迎えに行くと言っていた事を忘れようとした。もう娘の事を忘れようとした」

「そんなんじゃないって言っているでしょ! 私は娘を捨てて弟夫婦に託した。娘は弟たちの本当の娘として今でも幸せに暮らしているのよ!」

「ラズリは自分に顔まで似ているらしい。もしかしたら娘かもしれない。でも情報で聞く年齢や魔術師としての修行期間の計算が合わない。だから娘なはずがない。そう思い込もうとした。確かめたくない。でも確かめずにはいられない。だから俺たちに、娘を捨てた事を話して反応を見ようとした。ラズリはあなたに何も知られたくなかった。もし会って聞かれてもきっととぼけて見せただろう。あなたを苦しめないために。だから俺も知らない振りをしたのだ」

「あなたのパーティにいたラズリって子が私の娘のはずがないじゃない。実際の年齢よりはるかに老け込むほど辛い人生を送っていたはずがない。娼婦なんて真似をするほど貧しかったわけがない。弟夫婦には娘を育てて余りあるお金をこの十年ずっと送り続けていたのよ」

「今の人々はみんな貧しい。大金を得る事など夢でもあり得ない。それが現実となったら、欲に目がくらむのが人間だ。どれほど誠実で優しかろうと、欲は人を狂わせる」

「あり得ないのよ。私の娘が別れてすぐ人買いに売られて娼婦だったなんて。だって、だって」

 レイズは泣きながら、すがるような目でアキハイトを見上げる。嘘だと言ってほしがって懇願している。

「だって、私と別れたとき、あの子はまだ十にもなっていなかったのよ。たったの八歳。交わりどころか初恋すらまだだったのよ。そんなあの子が、汚い男たちに組み伏せられ犯されて売春をさせられたなんて、あんまりだわ……」

 レイズの涙を見て、ワンカナもラズリの悲惨さとこの親子の悲しさを受けてボロボロ泣いた。

「現実は過酷だ。人を不幸に突き落とす。人は正しく幸福には生きられない。何が正しくとも間違いともなる。レイズ。あなたは夫を魔王に殺された復讐をせずにはいられなかった。その危険な修行の旅に娘は連れて行けない。だから弟夫婦に預けた。それは正しい。しかし過ちとなってしまった。何をしてもそれが不幸を招く事はある。あなたが悪くないとは言わない。あなたもあなたの弟夫婦も悪い。あなたが復讐を諦め娘と一緒にいる事を選んでいればこんな悲劇は起こらなかった」

「ううううわああああああっ」

 レイズは突っ伏して泣いた。まるで娘に土下座して謝るように。

「アキハイト。ひどいよ。何もそこまで言わなくても」

「ワンカナ。人が何をしても、それが不幸の引き金になる事はある。予想出来ないし防げない。お前だって力を見せびらかしていい気になっていたせいで両親の死を招いただろう」

「ううーっ。それは言わないで。わかっているくせに言うなんてひどい」

「お前がくじけるのが悪い。もうくじける事も絶望する事も許されない正念場なのだ。ワンカナ、レイズ。二人とも、家族や仲間を殺された復讐でもなおもう戦えないと心が折れたな。それでも無理矢理戦わせるぞ。お前たちの力が必要なのだ。だからいくらひどい行為だろうとお前たちの心の傷を抉ってやる。償いをしろ。自分のせいで愛する家族を辛い目に遭わせ非業の死を遂げさせた罪は重い。復讐でも立てないなら償いをさせてやる。諦め楽に死ぬなど許さんぞ。この罪人共め。命尽きるその最後の最後まで、償うために戦い続けろ。いくら辛かろうが逃げる事など許さん。苦しんで苦しんでそれから死ね」

 レイズもワンカナも家族の不幸と死を自分のせいだと責められ大泣きした。

「うぐっ、ふううううっ、ひどいよアキハイトおおおおっ」

「ひどいのは貴様等だ。家族を死なせ仲間を死なせ、さらに他の人間全てまで死なせる気か。いくら死なせれば気が済むのだこの愚か者共め。もうその命を捧げても償えないほどの重罪人なのだぞ。おとなしく刑に服せ。いくら怖くても絶望しても魔王と戦え。それが貴様等に与えられた罰と知れ」

「ぐうううっ、アキハイトだって、同罪じゃないか。ラズリを死なせたのも、昔のパーティをみんな死なせたのも、自分が弱いせいで守れなかったって言っていたじゃないかあ」

「ああ。俺も同罪だ。だが俺は貴様等とは違うぞ。その罪を背負う。罰を受ける。魔王と戦うという罰をな。魔王を倒してもなお許されない。償い切れない。しかしこれが俺に出来る精一杯の償いだ。それをせずに諦め、ただ殺されるなど俺には許されん。だから俺は戦うのだ。絶望で心が折れていようともな」

「ううううううっ」

 ワンカナは最後にぎゅっと目を瞑り、悔し涙を絞り出した。そして頑張って涙を堪えると、腕で涙を拭ってすっくと立ち上がった。

「アキハイト……ありがとう。僕たちを責める辛い役目を引き受けてくれて」

「何の事だ? 俺は貴様等の不甲斐なさに腹を立てて八つ当たりしただけだ」

「パラディンは嘘をついちゃいけないんでしょ。でもアキハイトは嘘も下手だね。へへっ」

 ワンカナは弱々しく笑う。

「僕、頑張るよ。もう心が折れて、強くあれない。それでも同じ立場のアキハイトだってまだ踏ん張っているもんね。僕も一緒に戦う。最後まで、無駄でも無茶でも、償いのために戦い続けるよ」

「ああ……ありがとうワンカナ。一緒に戦ってくれ」

「うん」

 ワンカナはアキハイトと両手で握手する。手が温かい。熱と共に勇気が注がれ満たされる。

 ワンカナとアキハイトは片手を握り合いながら共に、空いている手をうずくまるレイズに差し出す。

「レイズ。立って。僕たちはもう、うずくまり泣いて死を待つ事なんて許されない罪人なんだ。大事な娘を不幸にして死なせてしまった。仲間を守れず死なせてしまった。それを申し訳なく思うなら、死んで楽になっちゃ駄目だ。アキハイトの言う通り、僕たちは苦しくても辛くても償い続けなきゃ。戦う事しか出来ない。それでも償い切れないけれど、戦う以外に出来る事は無い。一緒に戦おう。魔王を倒そう。そうすれば、救えず死なせてしまった人たちの代わりに、他の誰かを救えるから」

 レイズは二人をどんよりと見上げる。折れた心はもう立ち直れない。それでもやるしかない。気力が無くともくじけていても、それが苦しくて立ち上がれなくても、やらねばならない。償いをせずに楽に死ぬなど許されない。

 レイズは戦う気力がわかなかったが、それでも弱々しく二人の手を取った。二人は力強く引っ張り上げ立たせてくれた。握られた手に感じる命の温かさ、勇気の熱さ。それを受け取り、レイズはわずかに戦う気力を取り戻し、儚く寂しい笑顔を見せた。

posted by 二角レンチ at 16:24| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月20日

ドルイド少女ワンカナ(61)レイズ

ドルイド少女ワンカナ(61)レイズ

「バンドール様! いやあああああああっ!」

 メイジのレイズが、仕える主であるパラディンのバンドールが魔王が首数人に襲われ爪で五体バラバラに引き裂かれたのを見て絶叫した。

「あっ、あああっ」

 ワンカナもあっけに取られ動けない。パラディン四人による神の雷の同時攻撃。その威力は凄まじく、ドラゴンの首を何本も粉砕した。その成果の凄さに感嘆し、見とれていた時にこれだ。誰も反応出来るはずがない。

「うっ、あっ、神の、息吹」

 アキハイトもあまりの事に動揺して動けない。しかしおろおろと、殺されたバンドールを救おうと拳を振るって魔術の光を放つ。

 即死する致命傷だろうがまだ生命の火が消えていない内なら一瞬で傷を完治させられる。治癒魔術の中の最高峰である神の息吹。アキハイトの右拳から放たれた光が遠くに見えるバラバラになったバンドールに向かっていく。

 しかしその光が到達するより早く、バンドールを引き裂いた魔王が首たちはバラバラの肉片を掴むと牙の生えた口に押し込みその場を飛び去る。飛びながらグシャグシャと骨ごと肉を食い尽くし飲み込んでしまった。

「ああっ」

 アキハイトが放った光は対象を失い霧散してしまった。とっておきの一発しか撃てない最高の治癒魔術をただ無駄に浪費してしまった。

 もう誰も致命傷から救えない。他の治癒魔術は効果が遅く、致命傷を助けるには間に合わない。

 アキハイトは呆然と立ち尽くす。振るった右拳を下ろす事も出来ずに固まる。

 四方に飛び去った魔王が首たちは元の場所に戻り、またヒドラの身体に繋がる。魔王が首に変化した時と同じく目にも留まらぬ一瞬でまたドラゴンの首に戻った。

「うわっ!」

 ドラゴンの首が襲いかかってくる。アキハイトは呆然として動けない。ワンカナはとっさに気を取り直し、樹木の巨人を動かしかろうじてその攻撃をかわす。

 神の騎馬で駆るほど素早く動けない。ワンカナが樹木の巨人を操ると、スピードよりはパワーに偏る。もたもたとドラゴンの首をかわし続けるワンカナはアキハイトに向かって叫ぶ。

「アキハイト! しっかりしてよ! 僕が操る速度じゃかわし切れない。早く神の騎馬で樹木の巨人を操って!」

「え?」

「アキハイトってばあ!」

「あ、ああっ」

 アキハイトはようやく状況を把握し、神の騎馬の魔術に集中する。

 樹木の巨人が光り輝きまた速度を取り戻す。素早く駆け、神の雷で焼き払って首が無い場所に飛び込み、多数の首に囲まれている状況を脱する。

 レイズは膝と手を樹木の巨人の頭について、長い髪を垂らしてがっくりうなだれている。

「ううううっ、うああああっ、バンドール様ああああっ」

「レイズ。レイズ。しっかりして」

 ワンカナは泣いているレイズを励ます。長年一緒にパーティを組んで、しかも仕えていた主が殺されたのだ。その悲しみや動揺は計り知れない。今すぐ立ち直れという方が無理な話だった。

 しかし今は戦闘中だ。いかに大事な人が殺されようとも動揺して悲しんでいる暇など無い。

「レイズ。お願い。頑張って。一緒に戦って。でないと僕たちみんな殺されちゃうよ」

 レイズは泣きながら首を左右に振る。

「無理よおおおおっ。もう。バンドール様が、パラディン四人がみんな殺された。最強の魔術師であるパラディンがいなくて、それを殺せるほど強い魔王とどう戦えって言うのよおおおっ」

「神の雷のおかげでドラゴンの首が大分減った。もう三十も無い。あと少しなんだ。頑張って」

 レイズがきっと顔を上げる。涙をこぼしながらワンカナに掴みかかる。

「あなたは主を殺されていないからわからないのよ! パラディンは絶対、至高の魔術師。誰よりも尊敬し信頼しそしてより所。親友が死のうが家族が死のうが戦える。でもあの方だけは特別なのよ。なくてはならない。失ったら自分の全てを失うよりも辛い。あの方が生きていれば最後まで強く戦える。でもあの方が死んだらもう、私は戦えない」

「まだアキハイトがいる。パラディンは、希望は残っているよ」

 レイズは怒りに顔を怖いほど歪め髪を振り乱しながらアキハイトを指さす。

「こんなガキに何が出来るのよ! こんな未熟なパラディンなんか役に立たないわ。私のバンドール様とは違う。尊敬出来ない頼りにならない。バンドール様の代わりにこいつが死ねばよかったのよおおおおおおっ」

 あの優しいレイズがこんなひどい事を言うなんて。ワンカナは泣きそうになる。

「さっきまでと言っている事が違うよレイズ。落ち着いて。今は戦闘中なんだ。冷静になってよ。お願いだから」

「うるさいわよおっ、返してっ、あの方を、バンドール様を返して。あなたたちに加勢なんかしなければよかった。あの方の側で最後まで一緒に戦えていれば本望だったのにいいいいっ」

 パラディンに対する敬愛とはこれほどまでなのか。まるでパラディンが神を敬愛するようだ。自分の全てを捧げてもなお足りないほどの信仰。ワンカナには理解出来なかった。

 アキハイトは自分の不甲斐なさゆえ何も言えない。しかしそれでもレイズの力が必要なのだ。だから言うしかない。

「レイズ。お前と同じく、みんな仕える主であるパラディンが殺され動揺し過ぎている。命に代えても守ると誓った主を守れず先に死なせてしまったからな。おかげでみんな、その動揺の隙を突かれて攻撃に対処出来ない。殺されている」

「え?」

 レイズは泣き崩れて周りを見ない。ワンカナはアキハイトの言葉で周りを見る。

 遠くにいるパラディンのパーティたち。魔術師たちはある者はヒドラの背に降りて戦い、あるいはヒドラの首を渡り歩くように跳びながら戦っている。

 魔術の作用で空を飛ぶ者もいる。火炎地獄車の魔術の中心にいるメイジが、炎の輪をレッドドラゴンの首に食い破られ、他のドラゴンの首に襲われ食い殺される所を見てしまった。

「うっ」

 他の魔術師たちも次々殺されている。主であり最後のより所でもあるパラディンが殺され冷静になれない。動揺と悲しみは激しく、なにより最後まで戦う希望が失われ、絶望にくじけた心ではもうろくに戦えない。

 体術にも魔術にも精細を欠き、弱った魔術師たちはどんどんドラゴンの首に食い殺されたりブレスを浴びせられたりして死んでいった。

「ああっ」

 ワンカナは直接知らぬとはいえ一緒に戦っている仲間たちの死に涙をこぼす。さっきまでは誰も殺されず、神の雷により優勢を築いたばかりなのに。一気に逆転されてどんどん殺されていく。もはや連携出来ず心の弱った魔術師たちはさっきまでよりはるかに弱く、もう強力なドラゴンの首の多重攻撃に太刀打ち出来なかった。

「こんな、みんな、死んで」

 ワンカナはボロボロ泣く。どうしようもない。ただ見ているしか出来ない。離れすぎている。

「キザン!」

 ワンカナが叫ぶ。さっきまで誰が殺されようと見もしなかったレイズだが、仲間の名前をワンカナが叫んだので顔を上げた。

「ああっ」

 巨大な空飛ぶエイに乗るビーストライダーの魔術師、キザンはまだ生きていた。しかしそのエイの背にはもう彼しか乗っていない。他は全部落ちたのか。いや、すでに殺されたのだ。

「キザン、キザン、しっかり」

 さっきまで主の死に錯乱していたレイズは、おそらくただ一人生き残っているであろうパーティの仲間のピンチに正気を取り戻し、心配の悲鳴を上げる。

「アキハイト。助けに行って」

「わかっている。しかし」

 ドラゴンの首が次々襲ってくる。その猛攻をかいくぐり、向こうに見えるキザンを助けに行くのは困難だった。

「私が魔術で飛ぶわ。メイジ魔術ならその作用で攻撃に乗って飛べる。メイジ魔術……」

 レイズが手をかざす。しかし間に合わない。その前に、キザンは巨大エイごとゴールドドラゴンのブレスを浴びて光の塵となって消えてしまった。

「うわあああああっ」

 レイズは力無く手を下ろして、最後の仲間の死を嘆く。自分が主の死に動揺していなければ、もっと早く駆けつけ助けられたかもしれないのに。

 実際に助けに行った所で助けられなかっただろう。魔術で飛んであそこへ行っても、キザンと一緒に殺されていたに違いない。

 ワンカナは泣きながら周りを見回す。

 誰もいない。他の魔術師の姿がただの一人も見当たらない。

 きっと見えないだけ。ドラゴンの首に隠れて見えない場所にいるだけ。しかしいくらきょろきょろ探しても、生きている人間の姿は見つけられなかった。

「みんな、死んで……?」

「ひいいいいいいっ」

 レイズが頭を抱えてうずくまる。

「あああっ、キザンごめんなさい。私が動揺していたばかりにあなたを助けに行けなかった。みんな助けられなかった。みんな死んだ。死んじゃったのよおおおおっ」

「ううううっ。わあああああんっ」

 レイズもワンカナも戦意を喪失してしまっていた。さっきまでは難しくてもなお、まだ何とかなるかもしれなかった。しかし強力な魔術師のパーティが自分たち以外全滅してしまった。まだドラゴンの首は二十本以上残っている。みんな最後の抵抗で何本も倒していたが、残った数は余りに多すぎる。たった三人では殺し切れない。しかももたもたしていては気絶しているだけの首だって復活してくる。

 もうどうしようもない。やはり魔王に勝つなど不可能だったのだ。不可能に挑み、そして必然として敗れた。こうなる運命だったのだ。人間は運命より弱い。あらがえるはずがなかったのだ。

 ワンカナとレイズは泣きながら見つめ合い、そして抱きしめ合い慰め合った。あとは殺されるのを待つだけ。もう戦えない。心が完全に折れてしまった。

 アキハイトはただ一人頑張っていた。死んだみんなのおかげで残る首の数が少ない。倒すには多すぎるが、それでも同時に襲われる数は少し減っている。まばらに生えているドラゴンの首たちはそれぞれ距離があり、さっきまでほど多数の攻撃を同時には受けなかった。

 代わりに、遠くからは他の首に浴びせる恐れなくブレスが放たれる。何方向からも襲い来る様々な色のブレスを、アキハイトは樹木の巨人を操りかわしながら疾走する。

「……いい加減にしろ」

「え?」

 アキハイトの重く怒りをはらんだ声に、ワンカナとレイズは弱々しく顔を上げる。

「いい加減にしろと言ったのだ。ワンカナ。レイズ。ラズリは殺される最後まで諦めなかった。無力で絶望的な状況でも、ラズリは目でベイドと意志の疎通を図り、俺たちを魔王が首ゴロラドから見逃してもらうためにその死の尊厳すら投げ出し最後まで演じて戦ってくれただろう」

 ワンカナは弱々しくうなずく。

「うん。そうだね。でももう無理だよ。まだドラゴンの首は二十以上も残っている。もう倒し切れない。何本か倒しても焼け石に水だもの。ラズリやベイドみたいに最後まで頑張り続ける事なんて出来ないよ」

「やるんだワンカナ。レイズ。俺たちは何があっても魔王を倒すと誓った。仲間がいくら死んでも、どれほどかなわないほど魔王が強くても、最後まで戦うのだ。仲間の仇を討ちたくないのか」

「討ちたいよ。でもかなわない。どうにも出来ないんだよ」

「レイズ。あなたはどうなのだ」

「……私も、バンドール様やキザンたちの仇を討ちたいわ。でも私たちじゃもう力が足りない。消耗が激しくて、残り二十本もの首を全部殺す事なんて出来ないわ」

「ドラゴンの首の数が減り、互いの間に隙間が大きく空いている。おかげで複数の首が同時に噛みついてくるのが難しくなっている。代わりにその隙間に向けてブレスを放てるようになっているがな。おかげで魔王は噛みつきでなくブレスの砲火で攻撃してきている。それぞれのブレスは属性が異なる。属性の異なるドラゴンの首にブレスを当てれば殺せる。俺たちの魔術で足りない分を、敵のブレスで補うんだ」

「無理よそんなの。魔王は狡猾過ぎる。擬態の知性のくせに私たちを上回った。魔王の作戦勝ちよ。パラディンを確実に殺し、その動揺の隙に残りの魔術師を全滅させた。首を多数殺させ私たちが優勢に見せかけたのもわざとなのよきっと。いくら首を失ってもこうして最後に優位を築ければ勝てるもの」

 アキハイトはぎろりと鬼のような目つきでレイズを見下ろす。そして重々しく口を開いた。

「……言いたくは無かった。だが俺は魔王を討つ使命を果たすためなら何でもする。だから言わねばならん。あなたを震い立たせワンカナも立ち上がらせる。そのために残酷な真実を告げねばならん」

「え?」

 ワンカナもレイズも何の事かわからず怪訝な顔をする。

「レイズ。あなたの娘の名前はジイナというのではないか?」

 レイズがあっけに取られる。

「え、ええ。そうだけど。それがどうしたの。他のパラディンのパーティの情報ぐらい、あなたは知っていて当然だわ」

「俺はあなたの娘について調べてなどいない。ラズリがベイドと話しているのを聞いてしまっただけだ」

「は?」

 レイズは意味がわからない。ワンカナも同じだった。

「宿で二人の部屋の前を通る時、聞こえてしまっただけだ。言いたくない、でも仲間には知って欲しい秘密。知っていても知らない振りをしてほしい。だからわざと、俺が二人の部屋の前を通る気配を感じた時にそういう話をしたのだろうな」

「何の話よ。あなたのパーティのメンバーと、私は何の関係も無いわ」

「ラズリは十年前親に捨てられた後、幼い少女であったにもかかわらず身体を売る娼婦として生きてきた。汚い男たちに飼われ強制され、やむをえなかったのだ」

「それが何なのよ。今の時代、貧しい子供が身体を売って食い扶持を稼ぐのはよくある事よ。親が口減らしのために子供を売る。子供の労働力なんて稼ぎにならないけれど、その身体は高く買われる。人買いたちはそうして子供を買っては売春を強制するわ」

「レイズ。認めたくないのはわかる。でももうわかっているはずだ。バンドール様に命じられ、俺たちに加勢した時あなたはすぐ自分が娘を捨てた話をした。他のパラディンのパーティの情報をあなたは聞いていた。自分に似た髪型で同じ黒髪、自分みたいにりりしい顔つきの女性で、自分と同じメイジがいるらしい。あり得ないと思いながらももしかしたらという疑念は晴れなかった。もう戦死してしまっていたが、俺たちの反応を見てラズリが自分の娘ではないか確認したかったのだ」

「そんな事していない。あれはただの自己紹介よ」

「ラズリは、あなたの娘ジイナはあなたに捨てられた後、彼女を預けたはずの弟夫婦が人買いに彼女を売った。その後彼女は娼婦として生きる事を強制され、辛い人生を歩んできたのだ」

 レイズは情けない顔でへらっと儚い笑顔を浮かべて、やれやれといった感じで首を左右に振る。

「嘘よそんなの。あり得ないわ。弟は信用出来る。小さい頃からとても優しい子だった。私が娘を預けたいとお願いした時だって任せろ、立派に育ててみせる、だから安心して行って来いと言ってくれたわ。あの子が私の娘を捨てるわけがない。子供が出来なかったから娘が出来てうれしいって夫婦揃ってとても喜んでいたもの」

「あなたが送ってくる養育費は莫大だった。神レベルの魔物を退治して得る報奨金だからな。その額に目がくらんだのだろう。あなたを裏切りジイナを売って、送られてくる金を夫婦で二人占めにしたのだ」

「あり得ないわ。私の弟はとても誠実よ。そんな事は絶対しない」

「貧しさは人を狂わせる。あなたから養育費と迷惑をかけるお礼を兼ねて、娘に何不自由させないだけの大金を送り続けられた。娘や弟夫婦のためを思って魔物退治で稼ぐ金を出来る限り送っていたのが仇となったのだ」

「ただの推測でしょ。馬鹿馬鹿しい。私は夫を魔王に殺された復讐のため、バンドール様のパーティに加えてもらったわ。それから十年、修行で世界を旅しながら神レベルの魔物を退治し続けてきた。あの子に会いに行っていないし、捨てた以上もう顔を合わせられない。でもきっと幸せに暮らしているはずよ。私の弟夫婦を本当の両親として。私みたいなひどい母親の事なんか忘れて」

「あなたが娘を捨てた事で、二度と顔を見に来ないとわかっていたあなたの弟夫婦は、それをいい事にジイナを売ったのだ」

「嘘よそんなの。嘘よおおおおおおっ!」

 レイズは主が殺された時以上に激しく取り乱し、顔を手で覆い泣いてうずくまった。

posted by 二角レンチ at 15:53| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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