2015年05月20日

ドルイド少女ワンカナ(61)レイズ

ドルイド少女ワンカナ(61)レイズ

「バンドール様! いやあああああああっ!」

 メイジのレイズが、仕える主であるパラディンのバンドールが魔王が首数人に襲われ爪で五体バラバラに引き裂かれたのを見て絶叫した。

「あっ、あああっ」

 ワンカナもあっけに取られ動けない。パラディン四人による神の雷の同時攻撃。その威力は凄まじく、ドラゴンの首を何本も粉砕した。その成果の凄さに感嘆し、見とれていた時にこれだ。誰も反応出来るはずがない。

「うっ、あっ、神の、息吹」

 アキハイトもあまりの事に動揺して動けない。しかしおろおろと、殺されたバンドールを救おうと拳を振るって魔術の光を放つ。

 即死する致命傷だろうがまだ生命の火が消えていない内なら一瞬で傷を完治させられる。治癒魔術の中の最高峰である神の息吹。アキハイトの右拳から放たれた光が遠くに見えるバラバラになったバンドールに向かっていく。

 しかしその光が到達するより早く、バンドールを引き裂いた魔王が首たちはバラバラの肉片を掴むと牙の生えた口に押し込みその場を飛び去る。飛びながらグシャグシャと骨ごと肉を食い尽くし飲み込んでしまった。

「ああっ」

 アキハイトが放った光は対象を失い霧散してしまった。とっておきの一発しか撃てない最高の治癒魔術をただ無駄に浪費してしまった。

 もう誰も致命傷から救えない。他の治癒魔術は効果が遅く、致命傷を助けるには間に合わない。

 アキハイトは呆然と立ち尽くす。振るった右拳を下ろす事も出来ずに固まる。

 四方に飛び去った魔王が首たちは元の場所に戻り、またヒドラの身体に繋がる。魔王が首に変化した時と同じく目にも留まらぬ一瞬でまたドラゴンの首に戻った。

「うわっ!」

 ドラゴンの首が襲いかかってくる。アキハイトは呆然として動けない。ワンカナはとっさに気を取り直し、樹木の巨人を動かしかろうじてその攻撃をかわす。

 神の騎馬で駆るほど素早く動けない。ワンカナが樹木の巨人を操ると、スピードよりはパワーに偏る。もたもたとドラゴンの首をかわし続けるワンカナはアキハイトに向かって叫ぶ。

「アキハイト! しっかりしてよ! 僕が操る速度じゃかわし切れない。早く神の騎馬で樹木の巨人を操って!」

「え?」

「アキハイトってばあ!」

「あ、ああっ」

 アキハイトはようやく状況を把握し、神の騎馬の魔術に集中する。

 樹木の巨人が光り輝きまた速度を取り戻す。素早く駆け、神の雷で焼き払って首が無い場所に飛び込み、多数の首に囲まれている状況を脱する。

 レイズは膝と手を樹木の巨人の頭について、長い髪を垂らしてがっくりうなだれている。

「ううううっ、うああああっ、バンドール様ああああっ」

「レイズ。レイズ。しっかりして」

 ワンカナは泣いているレイズを励ます。長年一緒にパーティを組んで、しかも仕えていた主が殺されたのだ。その悲しみや動揺は計り知れない。今すぐ立ち直れという方が無理な話だった。

 しかし今は戦闘中だ。いかに大事な人が殺されようとも動揺して悲しんでいる暇など無い。

「レイズ。お願い。頑張って。一緒に戦って。でないと僕たちみんな殺されちゃうよ」

 レイズは泣きながら首を左右に振る。

「無理よおおおおっ。もう。バンドール様が、パラディン四人がみんな殺された。最強の魔術師であるパラディンがいなくて、それを殺せるほど強い魔王とどう戦えって言うのよおおおっ」

「神の雷のおかげでドラゴンの首が大分減った。もう三十も無い。あと少しなんだ。頑張って」

 レイズがきっと顔を上げる。涙をこぼしながらワンカナに掴みかかる。

「あなたは主を殺されていないからわからないのよ! パラディンは絶対、至高の魔術師。誰よりも尊敬し信頼しそしてより所。親友が死のうが家族が死のうが戦える。でもあの方だけは特別なのよ。なくてはならない。失ったら自分の全てを失うよりも辛い。あの方が生きていれば最後まで強く戦える。でもあの方が死んだらもう、私は戦えない」

「まだアキハイトがいる。パラディンは、希望は残っているよ」

 レイズは怒りに顔を怖いほど歪め髪を振り乱しながらアキハイトを指さす。

「こんなガキに何が出来るのよ! こんな未熟なパラディンなんか役に立たないわ。私のバンドール様とは違う。尊敬出来ない頼りにならない。バンドール様の代わりにこいつが死ねばよかったのよおおおおおおっ」

 あの優しいレイズがこんなひどい事を言うなんて。ワンカナは泣きそうになる。

「さっきまでと言っている事が違うよレイズ。落ち着いて。今は戦闘中なんだ。冷静になってよ。お願いだから」

「うるさいわよおっ、返してっ、あの方を、バンドール様を返して。あなたたちに加勢なんかしなければよかった。あの方の側で最後まで一緒に戦えていれば本望だったのにいいいいっ」

 パラディンに対する敬愛とはこれほどまでなのか。まるでパラディンが神を敬愛するようだ。自分の全てを捧げてもなお足りないほどの信仰。ワンカナには理解出来なかった。

 アキハイトは自分の不甲斐なさゆえ何も言えない。しかしそれでもレイズの力が必要なのだ。だから言うしかない。

「レイズ。お前と同じく、みんな仕える主であるパラディンが殺され動揺し過ぎている。命に代えても守ると誓った主を守れず先に死なせてしまったからな。おかげでみんな、その動揺の隙を突かれて攻撃に対処出来ない。殺されている」

「え?」

 レイズは泣き崩れて周りを見ない。ワンカナはアキハイトの言葉で周りを見る。

 遠くにいるパラディンのパーティたち。魔術師たちはある者はヒドラの背に降りて戦い、あるいはヒドラの首を渡り歩くように跳びながら戦っている。

 魔術の作用で空を飛ぶ者もいる。火炎地獄車の魔術の中心にいるメイジが、炎の輪をレッドドラゴンの首に食い破られ、他のドラゴンの首に襲われ食い殺される所を見てしまった。

「うっ」

 他の魔術師たちも次々殺されている。主であり最後のより所でもあるパラディンが殺され冷静になれない。動揺と悲しみは激しく、なにより最後まで戦う希望が失われ、絶望にくじけた心ではもうろくに戦えない。

 体術にも魔術にも精細を欠き、弱った魔術師たちはどんどんドラゴンの首に食い殺されたりブレスを浴びせられたりして死んでいった。

「ああっ」

 ワンカナは直接知らぬとはいえ一緒に戦っている仲間たちの死に涙をこぼす。さっきまでは誰も殺されず、神の雷により優勢を築いたばかりなのに。一気に逆転されてどんどん殺されていく。もはや連携出来ず心の弱った魔術師たちはさっきまでよりはるかに弱く、もう強力なドラゴンの首の多重攻撃に太刀打ち出来なかった。

「こんな、みんな、死んで」

 ワンカナはボロボロ泣く。どうしようもない。ただ見ているしか出来ない。離れすぎている。

「キザン!」

 ワンカナが叫ぶ。さっきまで誰が殺されようと見もしなかったレイズだが、仲間の名前をワンカナが叫んだので顔を上げた。

「ああっ」

 巨大な空飛ぶエイに乗るビーストライダーの魔術師、キザンはまだ生きていた。しかしそのエイの背にはもう彼しか乗っていない。他は全部落ちたのか。いや、すでに殺されたのだ。

「キザン、キザン、しっかり」

 さっきまで主の死に錯乱していたレイズは、おそらくただ一人生き残っているであろうパーティの仲間のピンチに正気を取り戻し、心配の悲鳴を上げる。

「アキハイト。助けに行って」

「わかっている。しかし」

 ドラゴンの首が次々襲ってくる。その猛攻をかいくぐり、向こうに見えるキザンを助けに行くのは困難だった。

「私が魔術で飛ぶわ。メイジ魔術ならその作用で攻撃に乗って飛べる。メイジ魔術……」

 レイズが手をかざす。しかし間に合わない。その前に、キザンは巨大エイごとゴールドドラゴンのブレスを浴びて光の塵となって消えてしまった。

「うわあああああっ」

 レイズは力無く手を下ろして、最後の仲間の死を嘆く。自分が主の死に動揺していなければ、もっと早く駆けつけ助けられたかもしれないのに。

 実際に助けに行った所で助けられなかっただろう。魔術で飛んであそこへ行っても、キザンと一緒に殺されていたに違いない。

 ワンカナは泣きながら周りを見回す。

 誰もいない。他の魔術師の姿がただの一人も見当たらない。

 きっと見えないだけ。ドラゴンの首に隠れて見えない場所にいるだけ。しかしいくらきょろきょろ探しても、生きている人間の姿は見つけられなかった。

「みんな、死んで……?」

「ひいいいいいいっ」

 レイズが頭を抱えてうずくまる。

「あああっ、キザンごめんなさい。私が動揺していたばかりにあなたを助けに行けなかった。みんな助けられなかった。みんな死んだ。死んじゃったのよおおおおっ」

「ううううっ。わあああああんっ」

 レイズもワンカナも戦意を喪失してしまっていた。さっきまでは難しくてもなお、まだ何とかなるかもしれなかった。しかし強力な魔術師のパーティが自分たち以外全滅してしまった。まだドラゴンの首は二十本以上残っている。みんな最後の抵抗で何本も倒していたが、残った数は余りに多すぎる。たった三人では殺し切れない。しかももたもたしていては気絶しているだけの首だって復活してくる。

 もうどうしようもない。やはり魔王に勝つなど不可能だったのだ。不可能に挑み、そして必然として敗れた。こうなる運命だったのだ。人間は運命より弱い。あらがえるはずがなかったのだ。

 ワンカナとレイズは泣きながら見つめ合い、そして抱きしめ合い慰め合った。あとは殺されるのを待つだけ。もう戦えない。心が完全に折れてしまった。

 アキハイトはただ一人頑張っていた。死んだみんなのおかげで残る首の数が少ない。倒すには多すぎるが、それでも同時に襲われる数は少し減っている。まばらに生えているドラゴンの首たちはそれぞれ距離があり、さっきまでほど多数の攻撃を同時には受けなかった。

 代わりに、遠くからは他の首に浴びせる恐れなくブレスが放たれる。何方向からも襲い来る様々な色のブレスを、アキハイトは樹木の巨人を操りかわしながら疾走する。

「……いい加減にしろ」

「え?」

 アキハイトの重く怒りをはらんだ声に、ワンカナとレイズは弱々しく顔を上げる。

「いい加減にしろと言ったのだ。ワンカナ。レイズ。ラズリは殺される最後まで諦めなかった。無力で絶望的な状況でも、ラズリは目でベイドと意志の疎通を図り、俺たちを魔王が首ゴロラドから見逃してもらうためにその死の尊厳すら投げ出し最後まで演じて戦ってくれただろう」

 ワンカナは弱々しくうなずく。

「うん。そうだね。でももう無理だよ。まだドラゴンの首は二十以上も残っている。もう倒し切れない。何本か倒しても焼け石に水だもの。ラズリやベイドみたいに最後まで頑張り続ける事なんて出来ないよ」

「やるんだワンカナ。レイズ。俺たちは何があっても魔王を倒すと誓った。仲間がいくら死んでも、どれほどかなわないほど魔王が強くても、最後まで戦うのだ。仲間の仇を討ちたくないのか」

「討ちたいよ。でもかなわない。どうにも出来ないんだよ」

「レイズ。あなたはどうなのだ」

「……私も、バンドール様やキザンたちの仇を討ちたいわ。でも私たちじゃもう力が足りない。消耗が激しくて、残り二十本もの首を全部殺す事なんて出来ないわ」

「ドラゴンの首の数が減り、互いの間に隙間が大きく空いている。おかげで複数の首が同時に噛みついてくるのが難しくなっている。代わりにその隙間に向けてブレスを放てるようになっているがな。おかげで魔王は噛みつきでなくブレスの砲火で攻撃してきている。それぞれのブレスは属性が異なる。属性の異なるドラゴンの首にブレスを当てれば殺せる。俺たちの魔術で足りない分を、敵のブレスで補うんだ」

「無理よそんなの。魔王は狡猾過ぎる。擬態の知性のくせに私たちを上回った。魔王の作戦勝ちよ。パラディンを確実に殺し、その動揺の隙に残りの魔術師を全滅させた。首を多数殺させ私たちが優勢に見せかけたのもわざとなのよきっと。いくら首を失ってもこうして最後に優位を築ければ勝てるもの」

 アキハイトはぎろりと鬼のような目つきでレイズを見下ろす。そして重々しく口を開いた。

「……言いたくは無かった。だが俺は魔王を討つ使命を果たすためなら何でもする。だから言わねばならん。あなたを震い立たせワンカナも立ち上がらせる。そのために残酷な真実を告げねばならん」

「え?」

 ワンカナもレイズも何の事かわからず怪訝な顔をする。

「レイズ。あなたの娘の名前はジイナというのではないか?」

 レイズがあっけに取られる。

「え、ええ。そうだけど。それがどうしたの。他のパラディンのパーティの情報ぐらい、あなたは知っていて当然だわ」

「俺はあなたの娘について調べてなどいない。ラズリがベイドと話しているのを聞いてしまっただけだ」

「は?」

 レイズは意味がわからない。ワンカナも同じだった。

「宿で二人の部屋の前を通る時、聞こえてしまっただけだ。言いたくない、でも仲間には知って欲しい秘密。知っていても知らない振りをしてほしい。だからわざと、俺が二人の部屋の前を通る気配を感じた時にそういう話をしたのだろうな」

「何の話よ。あなたのパーティのメンバーと、私は何の関係も無いわ」

「ラズリは十年前親に捨てられた後、幼い少女であったにもかかわらず身体を売る娼婦として生きてきた。汚い男たちに飼われ強制され、やむをえなかったのだ」

「それが何なのよ。今の時代、貧しい子供が身体を売って食い扶持を稼ぐのはよくある事よ。親が口減らしのために子供を売る。子供の労働力なんて稼ぎにならないけれど、その身体は高く買われる。人買いたちはそうして子供を買っては売春を強制するわ」

「レイズ。認めたくないのはわかる。でももうわかっているはずだ。バンドール様に命じられ、俺たちに加勢した時あなたはすぐ自分が娘を捨てた話をした。他のパラディンのパーティの情報をあなたは聞いていた。自分に似た髪型で同じ黒髪、自分みたいにりりしい顔つきの女性で、自分と同じメイジがいるらしい。あり得ないと思いながらももしかしたらという疑念は晴れなかった。もう戦死してしまっていたが、俺たちの反応を見てラズリが自分の娘ではないか確認したかったのだ」

「そんな事していない。あれはただの自己紹介よ」

「ラズリは、あなたの娘ジイナはあなたに捨てられた後、彼女を預けたはずの弟夫婦が人買いに彼女を売った。その後彼女は娼婦として生きる事を強制され、辛い人生を歩んできたのだ」

 レイズは情けない顔でへらっと儚い笑顔を浮かべて、やれやれといった感じで首を左右に振る。

「嘘よそんなの。あり得ないわ。弟は信用出来る。小さい頃からとても優しい子だった。私が娘を預けたいとお願いした時だって任せろ、立派に育ててみせる、だから安心して行って来いと言ってくれたわ。あの子が私の娘を捨てるわけがない。子供が出来なかったから娘が出来てうれしいって夫婦揃ってとても喜んでいたもの」

「あなたが送ってくる養育費は莫大だった。神レベルの魔物を退治して得る報奨金だからな。その額に目がくらんだのだろう。あなたを裏切りジイナを売って、送られてくる金を夫婦で二人占めにしたのだ」

「あり得ないわ。私の弟はとても誠実よ。そんな事は絶対しない」

「貧しさは人を狂わせる。あなたから養育費と迷惑をかけるお礼を兼ねて、娘に何不自由させないだけの大金を送り続けられた。娘や弟夫婦のためを思って魔物退治で稼ぐ金を出来る限り送っていたのが仇となったのだ」

「ただの推測でしょ。馬鹿馬鹿しい。私は夫を魔王に殺された復讐のため、バンドール様のパーティに加えてもらったわ。それから十年、修行で世界を旅しながら神レベルの魔物を退治し続けてきた。あの子に会いに行っていないし、捨てた以上もう顔を合わせられない。でもきっと幸せに暮らしているはずよ。私の弟夫婦を本当の両親として。私みたいなひどい母親の事なんか忘れて」

「あなたが娘を捨てた事で、二度と顔を見に来ないとわかっていたあなたの弟夫婦は、それをいい事にジイナを売ったのだ」

「嘘よそんなの。嘘よおおおおおおっ!」

 レイズは主が殺された時以上に激しく取り乱し、顔を手で覆い泣いてうずくまった。

posted by 二角レンチ at 15:53| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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