2015年05月22日

ドルイド少女ワンカナ(62)償い

ドルイド少女ワンカナ(62)償い

 ラズリがレイズの娘。その事実をアキハイトに突きつけられ、レイズは泣き伏した。ワンカナはそれを聞いて驚く。

「それ本当? アキハイト」

「ラズリとベイドが話しているのを立ち聞きしてしまい、それに推測を加えただけだ。真実はわからん。だが確信がある」

 ワンカナはうなずく。

「道理で。レイズってラズリによく似ているもの。親子だって言われたら納得するよ。初めてレイズを見た時、僕なんかラズリが生きていて助けに来てくれたと思っちゃったもん。近くで見てもなんだかラズリに似ていると思えた。ラズリは言っていた。メイジは黒いローブを好んで着る、メイジの象徴だからって。それに合わせて髪を黒く染める者も多いって言うから、似ていてもおかしくはないって思っちゃった。でも目つきや顔つきまで似ているんでびっくりしちゃったよ。親子なら納得だね」

「ああ。親子でないなら顔つきまで似るわけがない」

 レイズは顔を上げて頭を左右に振る。

「あり得ないわ。私が聞いた情報では、あなたのパーティにいたラズリは二十代後半でしょ。魔術師の修行だって十年以上こなしている。十年前に捨てた私の娘の年齢と合わないし、その時娘はまだ魔術師ではなかったわ。十年の間に十年以上もの修行の旅をこなせたわけがない」

「それはラズリがついた嘘だ。あるいは嘘をつき続けている内に自分でも嘘を本当だと錯覚してしまっていたかもしれない。父親に死なれてすぐ母親に捨てられたショック。預けられた先で少し暮らしていたがすぐ人買いに売られてしまった。幼い少女なのに怖い男たちに犯され、あまつさえ売春を強要されて何年も過ごした。その苦痛と苦労でやつれ細りそして年齢以上に老け込んだ。鏡を見てももう自分が本当の年齢であるとはとても思えない。そして優れた魔術師の両親を持つ事で受け継いだ才能。他の魔術師が十年かけても到達出来ない魔術師の最高峰にわずか数年で到達した。うぬぼれと現実逃避を重ねて自分が十年以上も修行をし、年齢も外見と同じ二十代後半だと嘘をついている内に本当だと思い込んでしまったのだろう」

 ワンカナが疑問に思う。

「そんな事ってあるの? 自分でついた嘘を本当だと思い込むなんて」

「ああ。人間はとても思い込みが激しく、心で対処し切れない時は記憶や思考を歪めてでも生きようとする。嘘やあり得ない事だとわかっていてもそれが真実だと信じ込む。ワンカナ。お前の村の村人たちは、悪魔なんてものがこの世に存在しないと知っていたにもかかわらず、恐れのあまり悪魔がいるという嘘を本当だと思い込み、お前を悪魔の子だとののしり悲劇を招いた。わかるだろう。人は恐怖や苦痛を逃れるためなら嘘にすがりつき、それを本当だと思い込んでしまう」

「うん……」

 ワンカナはしんみりする。跪き、両手を樹木の巨人について力を注ぎ込む。

 のんびり話をしている場合ではない。しかしせねばならない。話をする時間ぐらいは稼がなくては。ワンカナはまだ絶望に屈してはいたが、ラズリの悲劇の話を続けさせるために気力を振り絞って、ドラゴンの首が噛みついたりブレスを吐いたりして襲ってくる現状で殺されないようアキハイトと一緒に樹木の巨人を操った。

 樹木の巨人は防御に徹し、ブレスや噛みつきをかわしドラゴンの頭を拳や腕でいなしながら、ヒドラの背を駆け回り逃げ続けた。

「アキハイト。続けて」

「ああ。ラズリが嘘だとわかっていて嘘をつき続けていたのか、それとも自分の嘘を本当だと錯覚してしまったのかはわからん。だが俺は後者だと思う。ラズリは明らかに異常でおかしかったからな」

「でも最近では、とても優しく穏やかになっていたよ」

「そうだ。ラズリが俺たちと旅をして、仲間といる喜びや人間らしい気持ちを取り戻していったのは見て取れた。ラズリは自分の記憶すら歪める辛い過去すら思い出していったのかもしれん。ラズリは両親に捨てられたと思っていたが、実際は父親は戦死していた。レイズ。あなたは娘を捨てたのではなく、別れる時にいつか全てが終わったらきっと迎えに行くと言ってあげたのではないか?」

「そんな事は言っていないわ。私は娘を捨てたのよ」

「ラズリが娼婦として生きていた事までも情報として知っていた。娘をそんな辛い目に遭わせてしまったあなたは、娘を迎えに行くと言っていた事を忘れようとした。もう娘の事を忘れようとした」

「そんなんじゃないって言っているでしょ! 私は娘を捨てて弟夫婦に託した。娘は弟たちの本当の娘として今でも幸せに暮らしているのよ!」

「ラズリは自分に顔まで似ているらしい。もしかしたら娘かもしれない。でも情報で聞く年齢や魔術師としての修行期間の計算が合わない。だから娘なはずがない。そう思い込もうとした。確かめたくない。でも確かめずにはいられない。だから俺たちに、娘を捨てた事を話して反応を見ようとした。ラズリはあなたに何も知られたくなかった。もし会って聞かれてもきっととぼけて見せただろう。あなたを苦しめないために。だから俺も知らない振りをしたのだ」

「あなたのパーティにいたラズリって子が私の娘のはずがないじゃない。実際の年齢よりはるかに老け込むほど辛い人生を送っていたはずがない。娼婦なんて真似をするほど貧しかったわけがない。弟夫婦には娘を育てて余りあるお金をこの十年ずっと送り続けていたのよ」

「今の人々はみんな貧しい。大金を得る事など夢でもあり得ない。それが現実となったら、欲に目がくらむのが人間だ。どれほど誠実で優しかろうと、欲は人を狂わせる」

「あり得ないのよ。私の娘が別れてすぐ人買いに売られて娼婦だったなんて。だって、だって」

 レイズは泣きながら、すがるような目でアキハイトを見上げる。嘘だと言ってほしがって懇願している。

「だって、私と別れたとき、あの子はまだ十にもなっていなかったのよ。たったの八歳。交わりどころか初恋すらまだだったのよ。そんなあの子が、汚い男たちに組み伏せられ犯されて売春をさせられたなんて、あんまりだわ……」

 レイズの涙を見て、ワンカナもラズリの悲惨さとこの親子の悲しさを受けてボロボロ泣いた。

「現実は過酷だ。人を不幸に突き落とす。人は正しく幸福には生きられない。何が正しくとも間違いともなる。レイズ。あなたは夫を魔王に殺された復讐をせずにはいられなかった。その危険な修行の旅に娘は連れて行けない。だから弟夫婦に預けた。それは正しい。しかし過ちとなってしまった。何をしてもそれが不幸を招く事はある。あなたが悪くないとは言わない。あなたもあなたの弟夫婦も悪い。あなたが復讐を諦め娘と一緒にいる事を選んでいればこんな悲劇は起こらなかった」

「ううううわああああああっ」

 レイズは突っ伏して泣いた。まるで娘に土下座して謝るように。

「アキハイト。ひどいよ。何もそこまで言わなくても」

「ワンカナ。人が何をしても、それが不幸の引き金になる事はある。予想出来ないし防げない。お前だって力を見せびらかしていい気になっていたせいで両親の死を招いただろう」

「ううーっ。それは言わないで。わかっているくせに言うなんてひどい」

「お前がくじけるのが悪い。もうくじける事も絶望する事も許されない正念場なのだ。ワンカナ、レイズ。二人とも、家族や仲間を殺された復讐でもなおもう戦えないと心が折れたな。それでも無理矢理戦わせるぞ。お前たちの力が必要なのだ。だからいくらひどい行為だろうとお前たちの心の傷を抉ってやる。償いをしろ。自分のせいで愛する家族を辛い目に遭わせ非業の死を遂げさせた罪は重い。復讐でも立てないなら償いをさせてやる。諦め楽に死ぬなど許さんぞ。この罪人共め。命尽きるその最後の最後まで、償うために戦い続けろ。いくら辛かろうが逃げる事など許さん。苦しんで苦しんでそれから死ね」

 レイズもワンカナも家族の不幸と死を自分のせいだと責められ大泣きした。

「うぐっ、ふううううっ、ひどいよアキハイトおおおおっ」

「ひどいのは貴様等だ。家族を死なせ仲間を死なせ、さらに他の人間全てまで死なせる気か。いくら死なせれば気が済むのだこの愚か者共め。もうその命を捧げても償えないほどの重罪人なのだぞ。おとなしく刑に服せ。いくら怖くても絶望しても魔王と戦え。それが貴様等に与えられた罰と知れ」

「ぐうううっ、アキハイトだって、同罪じゃないか。ラズリを死なせたのも、昔のパーティをみんな死なせたのも、自分が弱いせいで守れなかったって言っていたじゃないかあ」

「ああ。俺も同罪だ。だが俺は貴様等とは違うぞ。その罪を背負う。罰を受ける。魔王と戦うという罰をな。魔王を倒してもなお許されない。償い切れない。しかしこれが俺に出来る精一杯の償いだ。それをせずに諦め、ただ殺されるなど俺には許されん。だから俺は戦うのだ。絶望で心が折れていようともな」

「ううううううっ」

 ワンカナは最後にぎゅっと目を瞑り、悔し涙を絞り出した。そして頑張って涙を堪えると、腕で涙を拭ってすっくと立ち上がった。

「アキハイト……ありがとう。僕たちを責める辛い役目を引き受けてくれて」

「何の事だ? 俺は貴様等の不甲斐なさに腹を立てて八つ当たりしただけだ」

「パラディンは嘘をついちゃいけないんでしょ。でもアキハイトは嘘も下手だね。へへっ」

 ワンカナは弱々しく笑う。

「僕、頑張るよ。もう心が折れて、強くあれない。それでも同じ立場のアキハイトだってまだ踏ん張っているもんね。僕も一緒に戦う。最後まで、無駄でも無茶でも、償いのために戦い続けるよ」

「ああ……ありがとうワンカナ。一緒に戦ってくれ」

「うん」

 ワンカナはアキハイトと両手で握手する。手が温かい。熱と共に勇気が注がれ満たされる。

 ワンカナとアキハイトは片手を握り合いながら共に、空いている手をうずくまるレイズに差し出す。

「レイズ。立って。僕たちはもう、うずくまり泣いて死を待つ事なんて許されない罪人なんだ。大事な娘を不幸にして死なせてしまった。仲間を守れず死なせてしまった。それを申し訳なく思うなら、死んで楽になっちゃ駄目だ。アキハイトの言う通り、僕たちは苦しくても辛くても償い続けなきゃ。戦う事しか出来ない。それでも償い切れないけれど、戦う以外に出来る事は無い。一緒に戦おう。魔王を倒そう。そうすれば、救えず死なせてしまった人たちの代わりに、他の誰かを救えるから」

 レイズは二人をどんよりと見上げる。折れた心はもう立ち直れない。それでもやるしかない。気力が無くともくじけていても、それが苦しくて立ち上がれなくても、やらねばならない。償いをせずに楽に死ぬなど許されない。

 レイズは戦う気力がわかなかったが、それでも弱々しく二人の手を取った。二人は力強く引っ張り上げ立たせてくれた。握られた手に感じる命の温かさ、勇気の熱さ。それを受け取り、レイズはわずかに戦う気力を取り戻し、儚く寂しい笑顔を見せた。

posted by 二角レンチ at 16:24| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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