2015年05月28日

ドルイド少女ワンカナ(65)痛み分け

ドルイド少女ワンカナ(65)痛み分け

 ワンカナは倒れて気絶しているアキハイトに被さり抱きつき泣いた。彼が生きている事を喜んで。そして今一緒に殺される恐怖に怯えて。

 それでもいい。好きな人と一緒に死ねる。本望だ。これ以上の贅沢は許されない。十分幸せな死に方じゃないか。

 ワンカナは殺されるのを泣きながら待った。しかしいつまで経っても殺されない。まだ生きている。いい加減痺れを切らし、ワンカナは顔を上げた。

「魔王。僕らを殺すんでしょ。早くしてよ。せっかく覚悟を決めているのにじらさないで。待てば待つほど怖くなってくる。ひどいよ。僕をさんざん怯えさせてから殺す気なの?」

 魔王はいつものように、薄く儚い笑顔を浮かべていた。しかしそれを崩し満面の、さわやかな笑顔を見せた。

「あはははは。殺しませんよ。ただ死を覚悟して怯えるあなたを見て楽しんでいました。少しくらいやり返してもいいじゃないですか。私を倒したお返しです」

「え?」

 魔王は頭をかきながら、笑ってワンカナの前に腰を下ろす。倒れているアキハイトを挟んで彼女とじっと見つめ合う。

「な、何言っているの。僕らはもう消耗し切って魔術を使えない。限界以上に魔術を行使してもう、気絶しないようふんばっているのが精一杯なんだよ。君はまだまだ健在。気絶していただけの首が二十、いや三十はあったよね。君はまだまだ戦える。僕らはもう戦えない。殺されるだけ。もうひと思いに殺してよ。僕らをこれ以上もてあそばないで」

 魔王は大笑いする。静かに微笑むだけの彼がこんなに大口開けて笑うなんて初めて見た。

「あっははははは。殺しません。私の負けです。あなたたちの勝ちですよ」

「だって」

「私の首は全部倒されました。気絶していただけでも関係無い。私は首を全部倒されたら負けです。そう決めていました。人間にそれが出来るとは思ってもみませんでしたけどね。あなたたちは見事魔王を討ち倒しました。魔王は倒されもういません。もう魔物の群に対する命令は解除しました。魔物の群は私の支配が解け、自分の古巣に帰って行きます。もう腹を十分満たすほど人間を食らった魔物たちは当分人間たちを襲いません。人間の大半はすでに食い殺されましたが、それでも人々の一部は生き残りました。あなたたちが残った人々みんなを救ったのです。おめでとう。ワンカナ」

「な、なんだよそれ。人間を殺した張本人のくせに。お祝いを言うなんて変だよ。魔王のくせに」

「もう魔王は死にました。私の事はただアソールドと呼んでください」

「……アソールド。何なのさ君。僕は騙されないぞ。人間を馬鹿にするためにわざと丁寧な言葉遣いをやめない君の事だ。きっとまた掌をころっと返して僕らを馬鹿にしながら殺すんだ」

「そんな事しませんよ。まあ信用しろと言っても無理でしょうがね。私は人間を恨んでいました。私の愛するヒエン姫を殺す作戦を立案指揮したパラディン、キルヘイムの息子アキハイトにその恨みをぶつけ、あなたたちには特にひどい事をしました」

「まったくだよ。ベイドが魔王が首で、僕らを裏切らせるなんて。あんなの卑劣過ぎるよ」

「はははっ。まったくです。でもあれ以上のひどい裏切りを私は受けたのですよ。おあいこって事で勘弁してくれませんかね」

「僕は許さないよ。魔王を」

「……」

 ワンカナは怒った顔から一転、笑顔を見せた。

「でも、魔王はもう死んじゃったもんね。僕たちが倒して世界を救った。もう殺して恨みを晴らしたし仇も討った。それでおしまい」

 アソールドがぱっと顔を輝かせる。

「そうです。魔王は死にました。それでおしまいです。いやあ、ワンカナが話のわかる人で助かります」

「あははっ。アキハイトだったらこうはいかないよね。気絶していてよかったよ」

「まったくです」

 二人はじっと、何も知らず寝ているアキハイトの顔を優しい目で見つめる。

 アソールドは笑顔をやめ神妙な顔つきになると、深々と頭を下げる。

「ワンカナ。ありがとうございます。あなたたちのおかげで人々は絶滅させられる事なく一部だけでも生き残りました。感謝します」

「何それ。変なの。人間たちを皆殺しにしようとしたのは君じゃないか」

「人間を恨む魔王は、人間全部を殺さねば恨みが晴れないほど強く深く恨んでいました。しかし人間を愛する私は人間を救いたかった。相反し矛盾する気持ち。しかし恨んでも憎んでもなお愛している。私は昔も、今でも、人間を愛し尊敬し幸せになって欲しいと願っています。そのために力を捧げたいと思っています」

「だから、人間を簡単に殺せるのに全面戦争なんて人間にも勝てるチャンスをくれたんだね。まだ首が残っていて僕たちを殺せるにもかかわらず、首が全部倒されたからと負けた事にしてくれるんだね」

「そういう事です。私は人間を全員殺さねば気がすみません。でも人間を一人でも多く救いたい気持ちもまだあるのです。人間を愛し人間として生き英雄として人々を救い続けた。とても幸せな人生でした。やりがいも生き甲斐も喜びも満ちあふれ充実していました。魔物では得られない喜び。幸せ。感動。人間はやはり素晴らしい。私は人間を恨んでなお、まだ人間として生きたいのです」

「もう人間を恨む魔王は死んだ。すっきりした?」

「ええ。私の恨みは諦められない。我慢出来ない。恨みを晴らすか、あるいは恨みを潰されるか。いずれかしかなかった。あなたたちは見事、人間を恨む魔王を倒し私の恨みを潰してくれました。もちろん完全に恨みが晴れる事はありません。しかしもういいのです。私の恨みは決着しました。もうこれ以上恨みで人間をどうこうしようとは思いません。もういいのです」

 恨みは晴らさねば消える事はない。でも恨みに決着をつければ後はくすぶる恨みを我慢出来るようにはなる。魔王アソールドはそうして自分の恨みにケリをつけ、復讐を終えた。

「うん。わかるよ。僕も、僕らも同じ。君がまだ生きている事は許せない。それでも許すよ。飲み込むよ。魔王を倒して恨みも復讐も決着した。仇を討った。そういう事でもういいんだ。くすぶっていてもなおすっきりしている。完全に気が晴れたわけじゃない。いつまでも恨みを引きずり苦しむだろうね。でも我慢するよ。おあいこだもん。君も僕らもこれで終わり。恨んでいてももうその復讐はやり遂げたんだ。そういう事にしないと死ぬまで終われない」

「恨むのはとても苦しい事です。相手よりも自分が苦しい。復讐が良くないとされるのは、誰かを恨んでいる事がとても不幸だからです」

「うん。わかるよ。わかる事にする」

「あはははは。ありがとうございますワンカナ」

「こっちこそお礼を言うよ。ありがとうアソールド。アキハイトを助けてくれて。僕らを見逃してくれて。復讐を終えてくれて。今でも人間を愛してくれて」

「礼には及びません。お互い様です。どちらも悪い。善は無い。決着しないと前へ進めない。でもこれで復讐は終わり。恨みは終わり。ようやく私たちはみんな前へ進めます。恨んで不幸な人生をやめて、幸せを得るために生きる事が出来ます」

「うん……」

 ベイドの事を聞きたかった。でも彼は消失したのだ。殺した首の中にベイドがいたのかいなかったのか。どちらでもしょうがない。

 魔王は死に、彼は人間アソールドとして生きる。もう百首のヒドラではない。首を切り離して魔王が首として独立行動をさせる事はない。

 だからベイドはもう帰ってこない。帰ってこさせてはいけない。それをお願いしてはいけない。ベイドの事ももう、終わった事にしないといけないのだ。

「アソールドはこれからどうするの?」

「私は姿を変えて、人間として生きます。もちろん人間を多く殺した私が今更のうのうと、人間に混じって暮らそうとは思いません。生きているだけで十分です。本来なら死刑でも足りない重罪人ですから」

「そうだね。いい気味」

「あなたは私に遠慮無く、幸せになってくださいね。魔王を倒し世界を救った英雄なのですから」

「言われなくても。いっぱい幸せになるよ。君は不幸を我慢しながら隠れてこそこそ生きるのがいい罰だ。感謝してよね。殺さないでいてあげるからさ」

「あはははは。感謝していますよワンカナ。お礼に私もあなたたちを殺さないでいてあげますよ」

「わあい。うれしいな。おあいこおあいこ」

「おあいこですね。ふふふ」

 二人はまるで親友のように談笑した。互いを恨んでいるけれど、その恨みをわきにおいて楽しく笑い合えた。許し合えた。

 恨んでいてもなお許せるものなのだな。人間は偉大だ。恨んでいる相手すら許して仲良く出来る。神より慈愛に満ちて寛大だ。

 しばらく笑い合っていたが、やがてアソールドがおもむろに立ち上がった。

「さて、私はもう行きます。さようならワンカナ。あなたたちは強かった。みんなとても強かった。強くなり過ぎた今、こんなに全力で戦えた事が幸せです。私の最後の戦いにふさわしい。私はもう二度と人間たちの前に現れません。本来は死んで償う所ですが、どうか私が生きるのを許してくれますか。二度と人間たちに迷惑はかけません。ですが私は人間として再びやり直したい。一人でずっと、愛するヒエンの事を想い続ける人間として生きていたいのです。都合が良すぎるのはわかっています。ですがこのわがままをどうか」

「許す」

 アソールドが言い終える前に、アキハイトの声が答えた。

「アキハイト。起きていたの?」

 ワンカナはびっくりしてアキハイトの顔を見る。彼は目を瞑って寝た振りを続けている。

 ワンカナはアソールドを見上げ、二人は見つめ合いぷっと吹き出した。

「あはははは。アキハイトって本当不器用なんだから」

「それがいいのでしょう?」

「うん。一緒にいて飽きない。アキハイトと一緒にいると楽しいや」

「お幸せに」

「ん……そうだね」

 パラディンで生き残ったのはアキハイトだけだ。彼は魔王を倒した偉業を称えられ、勇者の称号と共に大国の姫を授かる。ワンカナとは結ばれない。

 アソールドはワンカナたち三人に深く頭を下げ、笑顔で手を振る。そして向こうを向くとあっと言う間に消えてしまった。

「アソールドは行っちゃったよアキハイト。もう寝た振りなんかしなくていいよ」

「何の事だ。俺は寝た振りなどしていない。今起きた所だ」

 アキハイトはむくりと身体を起こす。すぐにぐらりと頭を抱える。

「アキハイト。限界を超えて魔術を酷使したんだからまだ寝てなくちゃ」

「お前だってそうだろう。もう寝ろ。ここには敵はいない。しばらくは大丈夫だ」

「でも、何があるかわからない。僕起きて警戒しているからさ」

「いいから」

 アキハイトはワンカナを抱き寄せ、横になって抱きしめる。

「あ、アキハイト」

「ワンカナ。約束しただろう。戦いが終わって生き残ったら俺の気持ちを言わせてくれと」

「う、うん」

 アキハイトはワンカナと抱き合い、間近で見つめ合う。ワンカナは真っ赤になってしまった。

「好きだ。ワンカナ。愛している。お前といるととても楽しい。飽きない。ずっと一緒にいたい。お前と一緒に笑い合う時が一番幸せなんだ」

「アキハイト……うれしい。でも」

 アキハイトは大国の王女と結婚する。それはどうにもならない。

「いいから。俺に任せろ」

「え? どういう」

 ワンカナが尋ねる前に、アキハイトはワンカナにキスをする。ワンカナも今後の心配をやめてうっとりと幸せに浸った。

posted by 二角レンチ at 22:42| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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