2011年10月19日

人生テレビ

人生テレビ

この作品は「人生テレビ 原作マガジン3」に収録されています。


人生テレビ 原作マガジン3


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[トニカク] の【人生テレビ 原作マガジン3】
人生テレビ 原作マガジン3

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人生テレビ 原作マガジン3

by 二角レンチ
forkN

 天国では下界の人の人生をテレビで見ることができる。天国で唯一の娯楽であり喜怒哀楽だった。

 俺は仕事が辛すぎて、それが原因で死んだ。

 残業ばかりで休日もほとんど取らせてもらえない。誰もがいらいらして、上司は俺に怒鳴り散らし、こなしきれない仕事を押しつけ、それが出来ないとまた怒鳴る。

 疲れきり、何も考えられずにふらふらと歩いていて、赤信号に気づかず踏み出し車にはねられた。

 人は死後、生前の罪に応じて地獄で罰を受ける。俺の罪状は重かった。自分の命を守りきれなかったことは自分を殺したことになる。自殺と同じく殺人扱いとなる。

 まして車にはねられたことでそのドライバーの人生も壊してしまった。俺は数百年にも及ぶ地獄の責め苦を味わわされることになった。

 しかし救いはある。誰でも罪に応じた地獄の責め苦を受けたあとは、きれいな魂になり天国へ行ける。そこで未来永劫安楽の日々を送れる。

 ちなみに、本当の悪意を持って罪を犯した犯罪者の罰は俺とは比べものにならない。己のために人を殺した者は数億年ほど罰を受ける。一秒も耐えきれない地獄の責め苦をそれだけ受けるのも辛ければ、いつまでたっても天国へ行けないのも辛いものだ。

 俺も耐えられない苦痛を与えられたが、刑期を終えたらその苦しみの記憶も消える。天国ではあらゆる苦痛から解放される。何を思い出そうとその記憶に苦しめられることはない。

 天国は何もないところだ。あらゆる苦痛も欲望もない。何も欲しいとは思わず何もしたいと思わない。何も足りなくないし何も困らない。

 天国ではみな裸だ。しかし性欲も何もないので誰の裸を見ても何とも思わない。いやらしいどころかきれいだとも醜いとも思わない。

 天国はすべてが足りているし、それ以上欲しいとも思わない。だから人はみな感情を持たない。喜怒哀楽がまるでない。

 話をすることもあるししないこともある。話をしたいとは思わないししたくないとも思わない。寂しいとも思わないし暇だとも思わない。

 みんな裸でぶらぶらしている。疲れることもないし寝ることもない。何もせずに何も思わず未来永劫ただそこにいる。

 人は死んだときの年齢で、五体満足な姿でいる。だから俺は事故死だったが身体はどこも欠けていない。普通に歩いて普通に話をできる。

 雲みたいな白っぽいふわふわした床。汚れることもなく寝そべることもできる。なめることすらできる。もちろん味はしない。味や匂いはわからない。

 太陽もない。空は白っぽい灰色だ。暗くはないがまぶしくもない。

 何もない。人はまばらに散っている。ずっと向こうまで何もなく、どこまでも遠くへ続いている。

 人はぶらぶらと歩き、ときどき風が吹くように人と話をし、風が止むように話を終える。それ以外に何もしない。することもないししたいとも思わない。

 地獄の責め苦は覚えているがその苦痛は覚えていない。思い出しても何とも思わない。

 生前の記憶はあるが思い出しても何も感じない。喜怒哀楽がない。何とも思わない。

 ぶらぶらと歩いた。時間の感覚が無いからどれだけさまよったのかわからない。おそらく何十年と歩いたのだろうがまるでわからない。疲れることなく永遠に歩き続けることができる。

 人が数人集まっている。騒いでいる。人はまばらにいるものだ。ときどき二人で話すことはある。でもあんなに何人も集まることはない。

 それに、あんなに騒いでいるのは天国へ来てはじめて聞く。喜怒哀楽のない天国の住人が騒ぐなんてありえない。

 興味や好奇心という感情はない。俺はなんとなくそっちへ向かった。

 数人の男女がいる。年寄りが多い。みんな立ったまま、空中に浮いた箱みたいなものを見ている。

 テレビに似ている。そう。テレビだ。画面に何か映っている。みんなそれを食い入るように見つめ、声を出して騒いでいる。

「何を見ているのですか」

 俺は一人の老人に尋ねる。天国ではみんな、感情のこもらない抑揚のない話し方をする。俺もいつものようにそう話しかけた。

「おう、兄ちゃん。こっち来てみな。一緒に観なよ。ほら」

 老人はにこにこしながら元気な声で答える。まるで生きている人間のようだ。抑揚のある声。感情のこもった笑顔。天国でこんな人間ははじめて見た。

 俺は理解できず、とまどいながら近づいてテレビのようなものを観る。そこには少女が映っていた。

「これな、わしらは人生テレビって呼んでるんだ。たぶん他にもあると思うけど、見たことないか?」

 俺は首を横に振る。はじめて見る。

「そうか。じゃあ観ていきなよ。おもしろいよ」

 おもしろい?

 喜怒哀楽の無い、感情の無い天国の住人が、何を観たらおもしろいと思うのだろうか。

「今観てるのはこの女の子の人生だよ。かわいい子だろ。ほらこうして、常にこの子の表情が見える角度で映るんだ」

 画面の女の子はたしかにかわいい。まだ子供だ。笑顔がまぶしい。画面から女の子の声や周りの音が聞こえてくる。

「たぶん、今生きている誰かの人生が映っているんだろう。わしはもう何人も、産まれたときから最後まで観ている。最後まで観たら、また誰か別の子の人生が最初から映るんだ」

 生きている人の人生が映る。生きている、か。感情がないからなつかしいとも思わないが、俺にも生きていたことはあった。

「ま、観ていきなよ。どうせ時間はたっぷりあるんだ。楽しんでいきな」

 楽しむ。そんなことがこの天国でありえるのか。でもこの老人も他の人もみんなテレビを観ながら騒いでいる。楽しんでいるようだ。俺は観たいとも思わないが、なんとなく観てみることにした。

 テレビに映る世界は俺が生きていたころとはまるで別世界だった。地獄と天国で過ごした何百年で、科学がはるかに進歩していた。

 でも人は変わらない。あいかわらず同じようなことで悩み苦労している。人が人と接することで起こるあらゆる感情の衝突がめまぐるしく展開される。

 感情を失って久しい。地獄では苦痛だけだ。天国は何もない。だからテレビに映る感情はまるで洪水のようだ。何も起こらない天国と違い、あまりにも急速にあらゆる出来事が起こった。

 テレビを観ている人たちはその出来事のたびに一喜一憂していた。

 テレビに映る女の子が笑うたびに一緒になって笑った。女の子が泣くたびに一緒になって泣いた。女の子が努力しているときは頑張れと励ました。女の子が嫌なことを我慢しているときはかわりに怒った。

 みんな女の子の味方だった。その人生を見守っていた。応援していた。

 女の子がどれだけへまをしてもあきれなかった。女の子が間違ったことをしてしまうときは駄目だ、止めろと必死に止めて、でも怒らなかった。

 女の子が友達にそそのかされて万引きしてしまったときも止めろと声を限りに叫んだ。してしまったときにはみな落胆し、それでも女の子を責めなかった。

 女の子がその後何日も悪いことをしたことに悩んでいるとき、それを温かく見守った。とうとう両親に泣きながら話して一緒に万引きした店に謝りに行ったときは拍手喝采し、女の子の勇気をほめた。

 女の子がそのせいで、そそのかした友達からいじめられるようになったときは怒りに燃えた。辛くて泣いている毎日を見て一緒に泣いた。

 負けるな。くじけるな。正しいことをした。胸を張れ。

 みんな一生懸命励ました。天国では疲れることものどがかれることもない。みんな顔を真っ赤にし、声をふりしぼって女の子を励まし続けた。

 女の子は両親とも相談し、その友達と辛抱強く話をした結果、なんとか仲直りできた。その友達は、いろいろひどいことをしたことを泣きながら謝ってくれた。

 俺は安堵した。よかったと心から思った。女の子が負けずに戦い続けた強さをたたえた。

 なんだろう。俺はいつのまに。こんな。

 泣いていた。

 俺はまわりの老人たちと一緒に泣いていた。

 俺は気づかないうちに、女の子を応援していた。はらはらした。声を出して励ました。

 俺はいつのまにか、もう無いはずの感情の赴くままに、女の子のために泣き、笑い、喜んでいた。

 こんな感情が。感情が再び味わえるなんて。忘れていた。身体がふるえるほどの感情。芯から熱くなる感情。まさか再び取り戻せるなんて。永遠に失われていたはずなのに。

 辛いこと。悲しいこと。嫌なこと。それすらも大事な感情で、かみしめ、味わい、感じる価値のあるものだと、生きているうちは気づかなかった。失ってはじめて、すべての感情がとても大事ですばらしいものだと知った。

 最初に話した老人が、俺が泣いたのを見て一緒に泣いてくれた。感情のすばらしさを取り戻した俺に祝いの言葉をかけてくれた。

 俺はみんなと一緒にテレビを眺めた。女の子のすばらしい、一度きりの人生を見守った。

 女の子が初恋の人に告白できずに迷っているとき励ました。頑張れ。勇気を出せ。

 とうとう告白したときその勇気をたたえた。

 あっさりふられ、夕飯も食べられずに夜通し泣いたとき、一緒にずっと泣いた。

 受験勉強でふらふらになっているとき、無理しすぎだと心配した。過労で倒れたり、俺のようにふらふらと事故に遭ったりはしないかと本気で心配した。

 それでも頑張っているので頑張れと励ますことしかできなかった。

 俺はこのとき、自分が頑張れという言葉をよく使っていることに気づいた。他の人も同じだった。みんな励ますときは頑張れと言う。

 頑張っている人間にさらに頑張れと言う。それは逆に負担になり追いつめることにもなる。生きているころはそう言われていた。

 でも違う。こうして天国で応援してみてはじめてわかる。

 頑張れとは他に言いようがなく、心から出る言葉なのだ。

 応援している、見守っている、負けるな。言い方は問題ではない。心底応援している気持ちを表す言葉が頑張れなのだ。

 見ているだけで何もしてあげられない。力になれない。でも支えたい。

 だから頑張れなんだ。他人の力は与えられない。自分の力しか出せない。だから応援している人の分まで自分の中から力を出すしかない。それが頑張れなんだ。

 人は応援されると気力がわく。力がわく。それが頑張れなんだ。励まされることで自分の中から他人の力をわき出させる。それが頑張れなんだ。

 俺もきっと。こうして誰かに見守られていたんだ。応援されていたんだ。

 天国にいる、自分とまるで関係ない赤の他人が、ずっと本気で応援し続けていてくれたんだ。俺は一人じゃなかったんだ。

 辛いとき、見守っていてくれたんだ。悲しいとき、一緒に泣いてくれたんだ。うれしいとき、一緒に笑ってくれたんだ。悪いことをするとき、本気で止めてくれたんだ。

 お天道様が見守っているってこういうことなのか。見るだけでなく、応援してくれていたのか。

 俺が仕事でぼろぼろになったとき、本気で心配してくれたんだ。心を痛めて見続けてくれたんだ。

 そしてきっと。

 きっと。

 俺が死んだとき、泣いてくれたんだ。

 たとえどんなに道を踏み外そうとも、悪いことをしても、見守っている人がいる。見捨てないでいてくれる。

 悪いことをしてしまいそうになるたび、何度でもあきらめずに止めろと叫んでくれる人がいる。生きている誰もが見捨てようとも見捨てないでいてくれる。

 そしてもし、どれだけ悪いことをしてしまってもそれを謝り償うときにその勇気をたたえてくれる。ほめてくれる。そしてその後の辛い償いの人生をずっと応援し続けてくれる。

 どんなに天涯孤独な人でも誰かが見ていてくれる。そして最後にひとりぼっちで死ぬとしても、だれかがその最後を看取り泣いてくれる。

 それが天国にいる理由なんだ。天国は、生きている人すべてを応援するためにあるんだ。

 人は天国でさまよいながら、その人が見守るべき人生が映るテレビへたどり着く。

 その後は何度も何人も、そのテレビに映る人生を応援し続ける。

 テレビに映る女の子はもうすっかり大人になって結婚していた。

 結婚式の幸せな笑顔を見て、俺は泣きながら祝福の拍手を送った。

(完)

posted by 二角レンチ at 20:13| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

七七四十八不思議

七七四十八不思議

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by 二角レンチ
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 学校の七不思議。七つの学校を集めたら四十九不思議。

 でもなぜかひとつ足りない。その一つが現実となり、人を襲う。

 七七四十八不思議(しちしちしじゅうはちふしぎ)

 怪談の一種として語り継がれている。

 学校の七不思議は怪談の定番だ。どの学校でも七つの怪談を集めて学校の七不思議と称している。

 でも実際に見た者はいない。どの七不思議も、ひとつひとつ確認していったらどれも現実に起こることはない。

 それは怪談が作り話だからだ。

 どの学校でも似たような怪談があるのは、よそを真似て自分の学校にも怪談があると噂するからだ。

 ようするに、怪談をでっちあげて話のネタにしているだけだ。

 これで楽しめるのは小学生ぐらいだ。怖がらない子供も大勢いる。

 七不思議を語るだけではぜんぜん怖くない。怖くないとおもしろくない。

 どうにかして、語るのが怖くて楽しめるようにならないか。肝試しが怖がれるようにできないか。

 そこで考え出されたのが七七四十八不思議だ。

 七つの学校の怪談を、同じ時刻に同時に数えていく。

 その中の一つだけが現実化して人を襲う。怪異を現実のものとする儀式を考え出した。

 誰が考えたのかは知らない。でもいつからか、みんな噂するようになった。

 七不思議を順番に確認していく。もしすべてを確認できたなら助かったことになる。

 もし確認できないものがあれば、それは現実化して息を潜め、自分たちをつけ狙っているということになる。

 肝試しとして十分楽しめる。

 もし自分たちが無事でも、どこかよその学校では現実に犠牲者が出ているかもしれない。

 七不思議を全部確認しても全部うそっぱちとはかぎらない。どこかで現実化しているかもしれない。次は自分の学校で現実化するかもしれない。

 これは七不思議を肝試しとして楽しめるようにしたものだ。

 七つすべてを確認しても、よその学校では現実化したかもしれない。つまり自分たちの学校の七不思議が全部うそだったのではなく、たまたま助かっただけということになる。

 全部うそだと確認して終わるのと、たまたま助かったのとではまるで違う。

 次に肝試しに挑戦する者は、他の誰が七つすべてを確認していてもなお現実化する恐怖を味わえる。

 肝試しは恐怖がないとつまらない。

 かといって、本当に危険なことはしたくない。

 七つの学校のうち一つだけが犠牲となる。

 他の六つの学校は安全だ。

 確率七分の一。スリルを味わい、さらに安全でいられるちょうどいい確率だ。

 安全に、恐怖を味わえる。誰がいくら確かめても恐怖は無くならない。

 肝試しを楽しむのに、とても都合のいい儀式だった。

 都合がいいということは、誰かが都合よく考えたことになる。だから信憑性はない。

 同じ時刻に同時に七つの学校が、七不思議で肝試しをする。そうそうあることではない。

 自分たちが無事だったということは、よその誰かが犠牲になったということだ。

 よその学校だから確認しようがない。だから気がとがめない。

 他人に犠牲を押しつけて、自分たちはスリルだけを味わう。そのことに後ろめたさを感じなくて済む。

 とても都合のいいシステムだった。

 一昔前までは。

 これだけネットと携帯が発達した時代だ。当然他の学校の人ともネットで知り合うことができる。

 七七四十八不思議を実際に確認しながら行おうという動きが起こった。

 七つの学校の人間が、互いに携帯で連絡しあいながら七不思議を同時に確認していく。

 ひとつ確認するごとに携帯のカメラで写真を撮り、他の全員に送信する。このとき自分の携帯にも送っておく。

 毎回七つの学校すべてが送られてきたら全員無事。

 もし送られてこない学校があれば、そこで七不思議が現実化したことになる。

 当然無事では済まない。七不思議ではひどい目にあわされたあと殺されてしまうのがオチだ。

 翌日、自分が送信した分も含め四十九通のメールに添付された画像を学校の友達に見せて楽しむ。

 四十九枚の何の変哲もない写真。しかし夜の学校の怖い雰囲気が出ていて楽しめる。

 心霊写真でも混じっていないか探すのも楽しい。

 実際に七つの学校で連絡しあって行った例はたくさんある。

 どこも七不思議が現実化したことはない。もちろんうわさでは実際に起こったというのも聞くが、あくまでデマにしかすぎない。

 ただの肝試しよりもよほど楽しめる。というよりこうでもしないと怖くもなんともない。

 学校の肝試しは七七四十八不思議で行う。それが最近のはやりだった。

 その日の夜、俺はつきあっている彼女と一緒に学校に忍び込んだ。

 学校のセキュリティは甘い。監視カメラもないし、窓の鍵を全部確認するわけでもない。

 いつも見回りの先生が確認していない窓がある。そこから忍び込めることをみんな知っている。

 宿直の先生はいない。うちの学校ではいちいち泊まり込んだりしない。

 この学校は無人なのだ。ここにいるのは俺と彼女だけだった。

 七七四十八不思議は時間がかかる。だから見物だけの人はわざわざ来ない。翌日学校で話を聞けば済む。

 この儀式は時間が決められている。夜中の零時から開始する。

 三十分に一つ、七不思議を確認する。三十分に二つ以上確認してはいけない。一つも確認できなかったらいけない。

 三十分ごとに一つ確認すると、全部確認し終わると朝の三時半になる。

 そこで終了。助かったことになる。

 もしも七不思議が現実化したら殺される。

 ただし朝の四時まで逃げきれば助かる。逃げられなければ死というわけだ。

 もちろん現実化したお化けから逃げるのは難しい。普通は学校から外へは逃がしてくれない。

 追いかけ回し、さんざん怖がらせてから殺す。それが怪談の定番だった。

 今は二十三時五十分。学校に着いたらメールを送る。

 自分や一緒にいる人も含め、全員に送る。自分にわざわざ送るのは、受信メール全てを時系列で並べるほうがわかりやすいからだ。

 俺と彼女は制服で来ている。学校の肝試しは制服で。それが雰囲気が出ていい。

 他の学校の連中からもメールがぞくぞく来る。全員元気なメッセージや写真を添付している。わくわくするなあ。いよいよだ。

 他の学校もみんな男女の二人組。恋人同士だった。

 夜の学校で恋人と二人きりになれる。そういう目的もあった。俺は少し怖そうにふるえている彼女の肩を抱き寄せ安心させる。

 零時になった。

 さあ開始だ。七七四十八不思議。これから一つ目の七不思議を確認しにいく。

 俺たちは二人とも懐中電灯を持って、廊下を照らしながら歩いていく。もちろん電池は新品を使用している。途中で切れることはない。

 夜の学校は思ったよりも暗い。懐中電灯で照らした程度では歩きにくいな。

 いざとなったら走れるだろうが走りにくそうだ。

 まずは理科室に向かう。

 動く人体模型。身体の半分が裸でもう半分は皮膚がなく、内臓が描かれている奴だ。

 こいつが夜に動き出す。自分の足りない皮を探してうろつく。

 もし襲われたら身体の半分の皮をはがれて殺されてしまう。そんなのはごめんだった。

 どの七不思議も襲われれば殺されるのだが、その殺し方はそれぞれ異なる。

 なるべく襲われたくない奴から先に確認する。

 どの七不思議が現実化するかはわからない。しかしこういうのはたいてい最後の一つと相場が決まっている。

 だからなるべくましな殺し方か、対処が簡単なものをあとに回す。

 なるべく遭いたくない奴。一番はこの人体模型だった。

 理科室につく。その扉にそっと手をかける。

 ゆっくり開く。中を懐中電灯で照らす。

 異常はない。

 中へ入る。わずかな足音もすごく怖く思えるから不思議だ。

 人体模型があった。

 ふう。なんともない。

 彼女もほっと息をついた。

 つないでいる手がふるえていた。俺は優しく声をかけて安心させる。

 夜の学校で見ると、人体模型は気持ち悪いな。

 俺は人体模型と肩を組んで、彼女に写真を撮ってもらった。

 探しはじめの時刻から十五分を過ぎたら互いにメールを送りあう。あまり早く送ると七不思議をいざ確認しようという一番緊張しているときに、いきなり携帯が鳴ってすごくびびるからだ。

 そろそろいいかな。彼女に送信を頼む。

 俺の携帯に送られてきた。他の人へも送られているだろう。

 他の人からもぞくぞくメールが届く。彼女からのも含め合計七つ。まずは全員無事に済んだようだ。

 廊下に出て他の学校の人たちとメールをしあう。電話は緊急時以外しないことになっている。逆に言えば、電話があれば何かが起こったことになる。

 みんなメールでけっこう怖かったと書いている。

 俺も怖かった。実際には何もないとわかっていても、もしかしたら現実化するかもしれない。だから怖い。非現実だとわかっているものが現実化する可能性を持っているから怖く思える。

 ぞくぞくする。怖いけれど楽しい。これはたっぷり楽しめそうだ。

 他の学校の人たちとメールをして時間を潰し、零時三十分になる。

 俺たちは立ち上がり、次の七不思議を確認に向かう。

 三十分ごとに一つだけ。二つ以上確認したら失敗する。それが決まりだ。

 そうなるとみんながっかりする。せっかく来たのに肝試しが終わってしまう。

 だから時間をきっちり守る。

 次の七不思議を探すのに三十分は多すぎる。だからのんびり行く。

 彼女と手をつなぎ、無言で歩く。彼女の手がふるえているのがわかる。怖がっているんだなあ。かわいい。

 次の七不思議は保健室だ。ベッドの下に、保健の先生の霊がいるという。

 この先生は女で、具合が悪くて寝ている生徒にいたずらしようとした。メスをちらつかせて脅したそうだ。

 でもその生徒が驚いて振り払ったときに、そのメスで先生の目が切れてしまう。

 目が見えない先生は、怒ってメスを振り回す。

 生徒はおびえて逃げられない。その生徒めがけて何度もメスを振り下ろす。

 生徒は滅多刺しにされて死んでしまう。それでもあきたらず、死んだあともえんえん刺し続ける。

 最後は自分でのどをかき切って自殺する。刺し足りない霊が、ベッドで寝ている生徒を襲って滅多刺しにして殺してしまうという。

 彼女が俺の腕にしがみついてくる。俺は大丈夫だよと声をかける。

 ベッドの下を照らす。何もない。先生の霊なんていやしない。

 俺はベッドのシーツを整えてから写真を撮る。これで二つ確認し終えた。

 そろそろ時間だ。他の人からのメールが来る。俺も他の人たちへメールを送る。

 七通のメールと添付画像がそろう。これで全員二つ目をクリアだ。

 よその学校もそれぞれの七不思議を写真に撮ってくる。もちろんその中に心霊写真みたいな妖しいものはない。

 どこでも七不思議は大体同じだ。うちのように人体模型を撮り送ってきた人もいる。

 それらをながめて楽しむ余裕もある。会ったことはないけれどメールのやりとりも楽しいものだ。

 みんなで一緒に、恋人同士で組になってお化け屋敷を回っているような感じだ。怖くて楽しい時間。これもまた青春のいい思い出になるだろう。

 時間だ。次へ行こう。三十分ごとというのが少しだるいな。でも一気に回ったらすぐ終わってしまう。これぐらいのほうが楽しめるのかもしれない。

 三つ目は十三階段だ。

 十二段しかない階段に十三段目がある。もしその段を踏んでしまったら振り返ってはいけない。

 そこにはこの階段から滑り落ちて死んだ生徒の霊がいる。

 逃げようとして上を見る。すると今度はそこに霊がいるのだ。霊に突き落とされて殺される。

 もし十三階段を踏んでしまったら、振り返らずに後ろ向きに下りていくこと。すると霊も同じように一段ずつ下りていく。最後まで振り返らずに下りきったら霊は階段から押し出されて消えてしまう。

 俺も彼女も交互に階段を上って下りる。十二段しかない。

 写真を撮って、送信して、受信する。メールでわいわい騒ぐ。みんな慣れてリラックスしている様子がわかる。

 四つ目。音楽室で誰もいないのに弾かれるピアノ。

 このピアノを弾いていた女生徒が、男子生徒のいたずらで鍵盤のふたを閉じられてしまう。

 てっきり手を引くと思っていたら、よけられず挟まれてしまう。それどころか、指が切断されてしまった。

 以来夜になると、閉じたふたの下でちぎれた指がピアノを弾いているそうだ。

 音が聞こえてもふたを開けてはいけない。開けるとそこには何もない。

 鍵盤を叩いてみる。すると死ぬまで演奏をしないといけなくなる。

 演奏が途切れるとふたが急に閉じる。手を挟まれてしまう。そのふたはどうしても開かず、手を捕らえたままだ。

 ふたの下で指がむしゃむしゃ食われてしまう。食われながら徐々にひきずりこまれ、最後には全身を食らい尽くされ飲み込まれてしまう。

 車のドアじゃあるまいし、挟まれて指が切断されるものだろうか。

 ピアノのふたを開けてみる。何もない。

 鍵盤をひとつ指で押して引く。ポロンと大きな音が、静寂の音楽室に鳴り響く。

 そのあとは何も起こらない。彼女と顔を見合わせ安堵する。

 写真を撮って送信。ここも終了だ。

 五つ目。トイレの花子さん。

 学校の七不思議にはどこもこれが定番としてある。おそらく一番有名な話だからだろう。

 細かいことは学校で異なる。この学校ではこうなっている。

 夜中、女子トイレの個室が一つだけ閉まっている。それを見たら立ち去ってはいけない。

 立ち去ると、トイレの花子さんが個室から出てきて捕まえられ頭からかじられる。全部食べられトイレで出されて流されてしまう。

 花子さんのいる個室のドアをノックする。これは何回でもよいが、普通は一回だけだ。

 すると花子さんがノックを返す。この回数が重要だ。

 花子さんは一回から三回のノックを返す。その倍の回数のノックを返さないといけない。

 回数を間違えると花子さんが個室から出てきて食べられてしまう。

 回数をちょうど倍返すと、また花子さんがノックする。

 そのやりとりを何度も続ける。

 もし花子さんが四回ノックをしたときは、倍の八回ではなく九回返さないといけない。

 八回返したら間違いとして食われてしまう。

 九回返したら、四に九でシク。花子さんはシクシク泣いて消えてしまう。

 個室のトイレのドアが開く。そこには誰もいない。

 花子さんが出るという女子トイレに行く。俺はさすがに入りたくない。彼女に中を見てきてもらう。

 電灯をつけてはいけない決まりなので、懐中電灯で照らしながら見てきてもらう。彼女はすぐに戻ってきて首を左右にふる。

 いなかったらしい。彼女に撮ってきた写真を見せてもらう。トイレのドアは全部開いていた。

 六つ目。美術室の胸像。

 美術室にあるデッサン用の白い胸像。

 あれが夜中に見るとにやりと笑い、人を襲う。

 胸像の首だけが飛び上がり、地面を転がりまわりながら追いかけてくる。

 襲われた人は首にかみつかれ引きちぎられる。開いた傷口に胸像の首がくっついて身体を乗っ取る。

 身体を奪った胸像は転がる犠牲者の首を美術室の胸像の胸に乗せる。するとその首が新たな胸像となり、次の犠牲者が来るのを待ちかまえてすごす。

 身体を奪った胸像は何食わぬ顔でとりついた本人になりすましその後を生きる。

 美術室に着く。

 胸像を探し、かけられていた布を取る。胸像はにこりともしない。

 持ち上げてみる。重い。もちろん動き出したりしない。決められた場所に置く。

 写真を撮る。これで残りは一つだけだ。

 最後の一つ。七つ目の七不思議。

 もし現実化するとしたら、この七つ目だ。メールでも、他の学校のみんなが期待と恐怖に興奮しているのが伝わってくる。

 彼女に怖いか聞く。彼女は目を瞑ってぎゅっと腕にしがみついてくる。

 大丈夫だ。俺がついてるから。そう言うと、彼女は少し安心した表情を見せた。

 さあ行こう。最後の七不思議。

 きっと大丈夫さ。七七四十八不思議なんてただのでたらめだ。

 もし本当だとしても確率七分の一。よほど運が悪くないと当たりはしない。

 七つ目。図書室の少女。

 夜中の図書室で本を読んでいる女生徒がいる。うつむいて、熱心に本を読みふけっている。

 その子がうつむいたまま声をかけてくる。

 私、若い?

 顔は見えないけれど、若い女生徒だ。そこで若いと答えてはいけない。

 若いと答えると、私、もう歳よと女生徒が言う。顔をあげる。そこには老女の顔がある。

 その顔が若返っていく。かわりに自分の顔が老けていく。老人になり、老衰で死ぬ。女生徒は若さを吸い取る霊なのだ。

 どう対処するか。あらかじめ本を一冊用意し、開いておく。女生徒の霊が話かけてきても知らんぷりでページをめくる。

 話しかけてくるたびページをめくる。霊は何度も話しかけてくるのでそのたびに必ずページをめくり、本に集中しているふりをする。

 やがて相手にされていないことを悟ると霊は消える。これが撃退法だ。

 俺は棚から一冊の本を取り出し開く。それを手に持ち、彼女に懐中電灯で照らしてもらいながら図書室の中を歩きまわる。

 どのイスにも女生徒の霊は座っていない。どのテーブルにも広げられた本は載っていない。

 写真を撮る。これで七不思議すべての確認が終わった。

 無事にすんだ。彼女もほっとしたようだ。今日はじめて弱々しく笑顔を見せてくれる。

 写真を添付したメールを送信する。

 俺のところは大丈夫だった。他はどうだろう。

 もちろん無事であってほしい。でも不謹慎だがやはりどこかで何かが起こっているかもしれないと期待する。

 他の学校の人たちからもメールが届く。五通。俺のとあわせて六通がそろう。

 あと一通。なかなか来ない。もしかして。もしかしたら。

 ちょっと期待でドキドキしてきた。まだかまだかと携帯を食い入るように見つめ、じっと待つ。

 しかしそんな期待を裏切るように最後の一通が届いた。

 メールの内容を読む。単に自分が最後だから、わざと遅らせてみんなをはらはらさせたかったらしい。

「なんだよ。馬鹿馬鹿しい。どうせそんなことだと思ったよ。ああ。でも待ってる間はすげえドキドキしたなあ。楽しかった。なあ」

 俺は彼女を振り返る。そこには、たしかにいたはずの彼女はいなかった。

 え?

「おい。何の冗談だよ。隠れてないで出て来いよ」

 俺は大きな声で呼びかける。返事もなければ気配もない。

 なんだ。いったい。どこに隠れたんだ。

 たしかに最後のメールを待つ間、すごく携帯に集中していた。彼女がこっそり立ち去っても気づけなかったかもしれない。

 でもそんな。俺を驚かそうっていうのか。あのおとなしい彼女が。今日ずっとぶるぶるふるえて怖がっていた彼女が。

 今日ずっと、一言もしゃべっていなかった彼女が。

 ぞくりとする。背筋に悪寒が走る。

 彼女は普段からそう話をしない。いつも俺が一方的にべらべら話すだけだ。

 でも少しは話す。今日はずっとふるえて怖がっていたから、声もでないほど怖がっているだけだと思っていた。

 今思い返せば、確かに不自然なくらい何も話さなかった。一言も話さないなんて不自然すぎる。

 俺が話しかけても、しがみついてきたりうなずいたり首を横にふったり、身振りだけで返事していた。

 普段と様子が違う。どういうことだ。

 彼女が俺を驚かそうとしている。そうとしか考えられない。

 普段の彼女がこんないたずらをするとは思えないが、ちょっとたちの悪いいたずらだ。彼女がそれを隠していることで、何も話さなかったという不自然な態度に表れてしまったのだろう。

 彼女は隠し事が下手なんだ。いつもの彼女なら。

「おい。なあ。もういいよ。すごいびびった。ははは。してやられたなあ。ははは。な。もういいから。出てきてくれよ」

 返事がない。気配がない。もうこの図書室にはいないのか。

 外へ出る。廊下で待っているかと思ったが、そこにもいなかった。

 彼女に電話をしてみる。出ない。コール音だけがえんえん鳴り響く。

「なあ。おい。しゃれにならないぞ。出て来いよ。怒ってないからさ」

 あんなにふるえていたのが演技だったのか?

 いや違う。彼女はかなり恐がりだ。今日だってなんとか説得してようやく連れてこれたんだ。

 そんな恐がりの彼女が、俺をビビらせるためだけに、この暗い校舎で一人になれるものだろうか。

 ぞっとする。考えないようにしていたことをどうしても考えてしまう。

 あれは本当に彼女だったのだろうか。

 ずっと話さなかった。一言も話さなかった。それはすごく不自然だった。

 もしあれが、彼女でなかったら。

 携帯を見る。

 彼女が送ってきたメール。彼女が撮った写真。

 何もおかしいところはない。たしかに彼女の携帯のメールアドレスから送られてきている。

 あれが彼女でなくお化けが化けたものだったら。そう考えると怖かった。

 それ以上に怖いのが、彼女がすでにお化けに襲われて殺されていることだった。

 七不思議が現実化して人を襲う。

 それが七七四十八不思議。

 馬鹿な。もし仮に、それが現実にあるとしてもありえない。

 七不思議を撮った写真つきメールは四十九通。自分が送るメールも自分にも出している。

 それに添付された四十九枚の写真。全部で四十九。七つの学校の七不思議全てが確認されている。

 全てを確認したら、現実化しない。確認できなかった一つが現実化する。それが決まりのはずだ。

 全部確認した。だから現実化するはずがない。七不思議なんて全部作り話だ。実在するわけがない。

 彼女に電話する。出ない。メールする。返事がない。

 なぜだ。なぜだ。くそ。くそ。

 無事なのか。彼女は無事なのか。

 彼女が俺を脅かすために隠れているならそれでもいいさ。彼女が無事ならそれでいい。

 でも俺と一緒にいた彼女が彼女でないなら。お化けが化けていたのなら。彼女はすでにこの世にいない?

 そんな馬鹿な。さっきまでは、携帯でメールしていたじゃないか。

 懐中電灯で照らしながら、廊下を走りまわる。暗くて早くは走れない。でもなるべく急いで、たどった道を戻る。

 行ったところを全部見てまわる。廊下とか、入っていない教室も見てまわる。

 どこにもいない。どこへ行ったんだ。どこにいるんだ。あああ。どうしたらいいんだ。

 電話が鳴る。心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 携帯に表示されている名前は彼女だ。ほっとする。

 でももし、これが彼女でなかったら?

 俺と一緒にいた彼女が、すでにお化けに食われて化けられた何かだったら?

 そう思うと出られなかった。

 電話がしつこく鳴り響く。

 結局、出ないわけにはいかない。俺は意を決して電話のボタンを押した。

「あははは。ごめんね。怖かった?」

 彼女の声だ。本物の彼女の声だ。

「あは。あはは。ご、ごめん。ちょっと脅かそうと思って。ぷぷ。メールの文章。すごく必死だったね。くく」

 彼女は電話の向こうで大笑いしている。俺は一気に力が抜けた。

「馬鹿。すごく心配したんだぞ。お前に何かあったら、俺」

「ごめんごめん。ちょっといたずらが過ぎたね。ねえ。出ておいでよ。帰ろ。電話じゃなくて直接ちゃんと謝るからさ」

「ああ。今どこにいるんだ」

「もう外にいるよ。窓から見えない? 私たちが忍び込んだ鍵の開いてる窓の外」

 廊下から窓の外を見る。俺は今二階にいる。むこうのほうを見ると、暗くてよくわからないけれど、たしかに彼女らしき人影がいる。

「わかった。すぐ行くから待っていろ」

 俺は電話を切り、足早に彼女の元へ向かう。

 まったく。心配させて。すごく怖かったのに。

 無口な彼女にしてはえらく笑っていたな。そんなにいたずらが上手くいっておもしろかったのか。

 まあいい。普段あんなに笑うことのない彼女が大笑いしてくれたんだ。それだけで苦労のかいがあったってもんだ。

 一階の、窓のところに着く。彼女が外にいるのが見える。俺は開いてる窓の枠に足をかけ、ひょいと外へ飛び出した。

 着地すると、少し離れたところにいる彼女が笑顔で言った。

「三時五十九分。ぎりぎり間に合ったね」

 何が?

 顔を上げた瞬間、激しい衝撃が頭を襲った。

 意識を失うその瞬間、笑っていた彼女が最後に言った意味を考えた。

 七七四十八不思議。もしも七不思議が現実化しても、四時まで逃げきれば助かる。

 彼女はやっぱり彼女ではなかったのだ。俺をぎりぎりまで泳がせてあわてふためく様をじっくり楽しんでから、ここへ呼び出し殺したお化けだったのだ。

 彼女が彼女でないならいったいいつ、彼女はお化けと入れ替わったのか。お化けに食われ、化けられてしまったのか。

 頭に激しい痛み。これはきっと死ぬ。頭からかじるのはどの七不思議だったっけ。

 思い出す。

 トイレの花子さん。

 女子トイレに入りたくないからと、彼女を一人で行かせた。

 出てきた彼女はいなかったというように首を横にふった。

 でも実はいたのなら。

 彼女はノックの回数を間違えて、花子さんに食われてしまったのだ。花子さんは彼女に化けて、トイレから出てきたのだ。

 だから彼女が撮った写真は、トイレのドアが全部開いていた。

 本当は一つ閉まっていたんだ。彼女が確認しに行ったときは、閉まっていたんだ。

 彼女を一人で行かせるんじゃなかった。俺が行くべきだった。

 そうすれば、彼女は死なずに済んだのに。俺も死なずに済んだのに。

 もう遅い。後悔してもどうにもならない。

 俺が死ぬ最後の瞬間に見た彼女の笑顔。

 あれはたしかに、彼女に化けた花子さんにふさわしい、醜悪極まり無い顔だった。

(完)

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2011年11月16日

産むわよ!

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なあいいだろ〜俺たちと一緒にブレックファーストしようぜ〜。

もうお昼なのにいやあ。

こらーやめなさいあんたたち!

いい加減にしないと産むわよ?

なんだとこらーっ。

産めるものなら産んでみやがれ!

言ったなー!

オギャー!

な、なに〜っ。

ほ、本当に産んだのか?

早産(ソーザン)ス!

ニカッ

しゃ、しゃべった!

馬鹿な、立ち上がるぞ!

産まれたばかりの赤ん坊が、もう立ち上がるだと?

産まれたての子馬はすぐ立ち上がるという。

まさかこの赤ん坊もそうだと言うのか。

ビシッ!

貴様らは。

ゆる産(さん)!

ふふふ。この子は産まれたらすぐ立ち上がれるよう胎教しておいたからね!

会話も胎教しておいたからすぐしゃべれるし。私と同じ正義感も胎教しておいたから、あなたたちのような悪者は許さないのよ。

そして悪者をぶちのめせるように、ボクシングも胎教したわ。私の旦那のおかげでね。

私の旦那はとても悪い奴だったわ。私に手を上げる、最低の夫だったわ。私は夫の暴力から身ごもったこの子を守るため、ボクシングで対抗するしかなかった。

何だと。女に手を上げるなんて最低の野郎だな。許せねえ。

夫は意味不明なことを叫んで私に殴りかかってきたわ。

てめえ、何で子供が出来たんだ。その子俺の子じゃねえだろう。もう我慢の限界だあああ。

これはあなたの子よ。今まで私の身体に指一本触れさせたことのない、あなたの子よー!

結婚するまでは寝ないなんて、今時そんな時代錯誤を本気で信じて結婚しちゃった馬鹿童貞が!

てめえは給料以外取り柄がないんだから、毎日私の手料理食べられるだけで満足しやがれ!

グボアアア。

ちくしょおおお。

うおおおおひでえ。ひどすぎる。

男の純情弄びやがって。

こいつは絶対許せねえ!

ふふふ。許せなければどうするって言うの?

言っとくけど、私は正義なのよ。正義は何をしても許されるのよ。なのに許さないなんて。ちゃんちゃらおかしいわ。

あらいい男発見。

お腹もへっこんだことだし。母さんちょっと浮気してくるわ。その間にこいつら始末しときなさい、私のかわいいベイビーちゃん。

オーケーママ!

お、おいお前。聞いていただろ。お前の母ちゃん最低だぞ。今も父ちゃん裏切って浮気しに行っちまったぞ。

お前は本当に、それでいいのか?

子供はいつでもママの味方です。家にいるのはパパではなくキャッシュディスペンサーです。子供はママの命令に従わなくてはなりません。私はそう胎教されております……。

胎教じゃなくて洗脳じゃねーか!

ち、ちくしょう。こいつの目を覚まさせるには俺たち双生児兄弟の合体技しかねえぞ!

食らえ!

フランクフルト!

モグモグ。

あの、助けていただいてありがとうございました。すごく強くてかっこよかったです。

よろしければ、お名前を教えていただけませんか。

ごめん。僕まだ胎児だから名前ないんだ。

でも君とは、産まれてから出会いたかった……。

ただいまー。

あれママ。なに孕んできているの?

僕がお腹に戻れないじゃないか!

大丈夫よ。パパには実は双子でしたって言うから。

さ、お腹に戻りなさい。

はーい。

……

さよなら。

……さよなら。

シュポーン!

(完)

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2012年01月22日

三途の川の石つぶて

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三途の川の向こう岸に、愛する我が子の姿が見えた。死んでからもずっと大切に想い続けてきた娘の姿が。

私は死後の魂だ。人は死後、生前の罪を償い清めるために地獄で罰を受ける。

私は自殺した。自殺は大罪だ。自分だろうと他人だろうと殺すのはとても大きな罪になる。その人生で幸せになる権利も機会も奪ってしまう。幸せになれず、満足出来ずに人生を終わらせる。それはとても許されないことだった。

地獄の責め苦は人間が生きているうちに想像できるような生易しいものではない。肉体には耐えきれない苦痛を、肉体の寿命の何百倍もの時間をかけて与え続ける。それはいくらでも苦痛を与えられる魂でなければ受けられない罰。

そんな罰を、愛する我が子に味わわせたくないと思うのは母として当然の気持ちだった。

私は地獄の責め苦から一時解放され、この三途の川に連れてこられた。私は地獄の鬼に連れられながらその理由を聞かされ愕然とした。

娘が今こちらへこようとしている。それを追い返せというのだ。

娘は自殺しようとした。今は危篤状態で病院にいる。今追い返せば娘は助かりまだ生きられる。しかし三途の川を渡ってこちらへ来たらもう戻れない。

人間は幸せになるために生きている。だから幸せになり満足するまでは死んではいけない。悔いを残したまま死んではいけない。

地獄は生前の罪を清めるために罰を与えるところだ。人が幸せになるために精一杯努力して生きた後で来るところだ。だからまだ生きられる魂が地獄へ落ちるのをなるべく防ごうとする。

三途の川は、そういうまだ生きられる魂を追い返す場所だ。地獄の鬼たちは魂に罰を与えることしか出来ない。だからその追い返す役目は、その魂が死後に会いたがっている者がつとめる。

私は生きているのが辛かった。夫はいなかった。男は私が妊娠しているのがわかったとたんに私を捨てた。私は母子二人で生きていくことを決意した。

それは考えていたほど簡単ではなかった。大変苦労しても、そうして母一人子一人で頑張って生きている人たちは大勢いる。だから私もなんとかなると考えていた。

でもどうにもならなかった。幼い子を抱えた女の仕事はあまりなかった。少なくとも私はありつけなかった。当然、どうにかして生きていかないといけないから、私は女に出来る、女にしか出来ない仕事をするしかなかった。

とても辛かった。死にたくなるほどに。

客の多くはまともだったが、まともでない客もいた。そんな客にされるとてもいやなことが耐えられなかった。私は疲れはて、もう気力を保てなかった。

私が死ねば、娘は施設かどこかに引き取られる。今はとても不幸なのだから、どこへ行っても少しはましかもしれない。

そうやって、私は残される娘の悲しみや辛い目にあうことをあまり考えなかった。考えたら私が死ねなくなる。死んで楽になれなくなる。だから考えないようにした。

私が夜中に首を吊って死んでいるのを、朝に目が覚めたときに発見する娘がどれだけ辛いかを考えなかった。私はひどい母親だった。

頑張って頑張って耐えて耐えてさらに耐えて。もうこれ以上は頑張れない。だから死んでもしかたない。その時の私はそう考えた。

死んだ今となってわかる。そんなのは自殺する理由にならないことを。限界を越えて頑張って、もう無理だとしても、それでも生きるのをあきらめてはいけない。生にしがみつかなくてはならない。

だって死んだら終わりなのだ。その後には生きている頃には想像もつかない不幸が待っている。地獄の責め苦が待っている。これに比べたら、生きている間の不幸なんて痛くもかゆくもない。辛くもなんともない。そう思えるだけの恐ろしいものだった。

生きている間は安らぎなのだ。死んだら地獄が待っている。その苦痛にあうのをできるだけ遅らせるためだけにでも生きている価値がある。

そして生きている限り、幸せになれる可能性がある。チャンスがある。もしも生きている間に幸せになり、その人生に満足できたなら。

天国へ行ける。地獄の責め苦を味わわずにすむ。だから人間は、生きている間に幸せにならなければならない。それが生前の罪を許される唯一の方法。

私は娘に、生きて幸せになってほしかった。私のように、地獄の責め苦に苛まれることがないように、生きて幸せになる努力をしてほしかった。その努力を放棄した報いを受けている、私と同じ目にはあって欲しくなかった。

そう願っていた娘が、今この地獄に来ている。地獄の入り口、三途の川の向こう岸に来ている。

これも私の罪だった。私のせいだ。私は私が自殺した後に残される娘のことを真剣に考えていなかった。父のいない娘が、母が人に悪く言われる仕事をしていた娘が、母が自殺した娘が、心ない周囲の人間にどんなひどい目にあわされるか考えていなかった。

ここへ来るまでに、地獄の鬼に聞かされた。娘が自殺するような、どんな辛い目にあわされてきたかを。それでも耐えて耐えて耐え抜いて。耐えきれずに自殺を選んだことを。

娘はそれでも私を恨んでいなかった。私が限界を越えるまで耐えて頑張って必死になって自分を育ててくれたことを知っていた。だから私を見習って、最後の最後まで耐えていたのだ。私が客にされたいやなことよりもひどいことをされても耐えてきたのだ。

そんな娘が限界にきて、自殺を選ぶのはしかたないことだった。生きていて耐えられる苦しみではなかった。

それでも、娘は生きなければならない。その辛い状況を耐えるのは無理だ。でも自殺以外のなりふりかまわない方法を取ってでも生き延びなければならない。

地獄の責め苦は、娘の今までの辛さとは比べ物にならないほどに辛いのだから。

三途の川。流れはゆるくはないが流されるほどではない。途中はある程度深いが足がつかないほどではない。渡るのに苦労はするが渡れないほどではない。

地獄の空は曇っていて、冷たい風が吹き荒れている。声を出しても聞こえない。向こう岸の娘に声を張り上げても聞こえない。

娘は私の姿に気づくと、泣きながら川を渡りはじめた。私が迎えに来たと思ったのだろう。何か叫んでいるが聞こえない。

私は娘にこっちへ来ないよう叫んだが聞こえない。手を大きく振って来ないようにと示したが伝わらない。

三途の川は、生者にしか渡れない。まだ死んでいない者にしか渡れない。渡りきったらもう戻れない。死んでしまうから戻れない。私はもう死んでいるから、川に入って娘を止めることが出来ない。

娘は泣きながらこっちへ向かって川を渡ってくる。膝まで水につかり、流れに足を取られそうになりながら必死になって向かってくる。生きている間ずっと会いたかった母に向かって。

私だって娘に会いたかった。私が自殺したときはまだ小学生だった娘が、今では高校生になっていた。大きくなった娘を抱きしめて、今までの辛さを慰めてあげたかった。労って、謝って、再会を喜びたかった。

でもそれは出来ない。そうするわけにはいかない。娘を死なせるわけにはいかない。川を渡らせるわけにはいかない。

私は声が届かず、身振り手振りでは止められない娘をどうすれば止められるのか半狂乱になりながら考えた。

そして気づいた。自分がここへ来たとき見た光景を。今も左右を見渡せば、遠くで行われているその光景を。

川を渡る者へ、川岸にいる者が石を投げつけるその光景を。

ようやく気づいた。その意味を。愛する者が川を渡るのを止められない。声が届かず身振りで伝わらない。それでも止めようとする最後の手段。

石を投げつけて追い返す。

愛する者には絶対したくないことだった。会って抱きしめて声を聞きたい。その愛する者に対して石を投げつけて追い返すなんて。

でもやらねばならない。でないと愛する娘が地獄へ落ちる。地獄の責め苦に苛まれる。それはなんとしてでも避けなければならない。

私はあわてて石を拾うと、娘に向かってなげつけた。もちろん当てるつもりはない。当たらないよう娘の周りに投げつけた。

娘ははじめひるんで、私の顔を見た。でも少し躊躇したのち、またこちらへ向かって川をわたりはじめた。

どうしてわかってくれないの。母が娘に石を投げつける。それがどういう意図かがわからないの。

たとえ母にどんな意図があろうと伝わらない。娘は地獄の責め苦がどれほど辛いか知らないのだ。生きている世界が辛すぎて、そこへ戻るという考えはまるで思いつかないのだ。愛する母に会えて抱きしめてもらえたら、それでもう辛いことが無くなると思っているのだ。

自分の辛さから逃れるために、その辛さに立ち向かうことは考えないようにする。私が人生から逃げ出したときと同じだ。逃げて楽になること以外考えられないのだ。

私はとうとう観念して、決意した。当てないように石を投げても止められない。ならもはや、当てる以外に道はない。それも軽く当てるくらいでは駄目だ。本気で、全力で投げつけぶつける。その痛みで、こちらが本気で追い返そうとしているのをわからせるしかない。

それはとても辛いことだった。愛する我が子に石をぶつけるなんて。娘にとっても辛いだろう。

でもやらないといけない。そうしないと、娘をもっともっと辛い目にあわせてしまう。なんとしてでも追い返さなければならない。

私は心を鬼にして、本気で娘に石を投げつけた。

娘の額に私の投げた石が当たった。痛い。娘も痛いが私も痛い。愛する娘に石をぶつける。そんなことはしたくないのに。その辛さで心が痛んだ。

娘は立ち止まって痛みに耐えていた。これでわかってくれるだろう。私が娘を本気で追い返そうとしていることが。その理由はわからなくても、これ以上川を渡ろうとせず引き返すべきだということが。

娘は顔に手を当て堪えていた。額から血が流れている。ああ。許されるならすぐに手当をしてあげたい。

娘はようやく顔を上げ、そして再び、こちらへ向かって川を渡り始めた。

なんで。なんで。どうしてわかってくれないの。母が娘に石をぶつけてでも追い返そうとしていることを、どうしてわかってくれないの。

いや。本当はわかっている。娘は私が追い返そうとしていることをわかっている。

それでも戻れない。戻りたくない。辛くて辛くて辛すぎる、あの生きている世界には戻りたくない。死んででも逃げ出したくなるほど辛い世界に戻りたくない。

馬鹿。馬鹿。こっちへ来ちゃ駄目。こっちのほうが何百倍も辛い。何千倍も辛い。こっちへ来ても楽にはなれない。もっともっと辛いだけ。

私が本気で娘を追い返そうとしていることがわかってもらえないなら。もっとぶつけるしかない。心だけでなく形相までも鬼にして。本気で娘に石をぶつけ続けるしかない。

私が娘に石をぶつけ続け、娘はひるみながらも前進をやめない。私の必死さを見て、そばで見ていた地獄の鬼どもはげたげたと笑った。現世でもあの世でも、人の必死な姿はとても滑稽で笑えるものだった。

それがどうした。どんなにみっともなくてもいい。笑われてもいい。そんなことで躊躇して、娘をこれ以上不幸にするわけにはいかない。

そんな私の必死さも空しく、娘はもう目の前まで近づいていた。心を鬼にしても、全力で娘に石をぶつけるなんて出来なかった。母として、愛する娘に本気でひどいことは出来なかった。

そんな私の心の弱さが、再び娘を不幸にするのに。生きているときは自殺して、死んでからも追い返せなくて、娘をまた不幸にしてしまう。

それでももう目の前にいる娘を抱きしめたい。私に何度石をぶつけられても前進をやめなかった娘に。それでも私の愛情を疑わなかった娘に。声をかけ、抱きしめ、労りたかった。

娘は岸を渡り終わり、目の前の私の胸に飛び込んだ。私は傷ついた娘をぎゅっと抱きしめ泣いた。

お母さん。

会いたかった。

ずっと会いたかったよ。

毎日毎日お母さんのことだけ考えて。他のいやなことは考えないようにして。ずっとずっと耐えてきたの。

辛かったよ。ひどく辛かったよ。もういやだよ。もう生きているのはいや。もう辛いのはいや。毎日が、息も出来ないほど辛かったよ。

私は娘が今までの苦しみを吐き出すのをじっと聞きながら涙を流した。娘をぎゅっと抱きしめながら聞いた。それだけ辛くてもなお私への恨み言が一言もないことがとても悲しかった。私を恨んでくれてもいいのにそうしなかった娘の気持ちがとてもうれしかった。

娘が辛さを全部吐き出したら、今度は私が今までのことを謝ろう。娘を置いて自殺してしまったこと。そのせいで辛い毎日を送らせてしまったこと。石をぶつけて痛い思いをさせたこと。

守ってあげられなかったこと。側にいてあげられなかったこと。愛し続けてあげられなかったこと。不幸にしてしまったこと。幸せを与えてあげられなかったこと。

たくさんたくさん謝りたかった。でもそれは出来なかった。地獄の鬼たちが来て私たちを引き離した。二人を別々の地獄へ連れていくために。

私は叫んで娘に手をのばした。娘は叫んで私に手をのばした。届かない。鬼たちに引き離されて、もう二度と会えない。

鬼たちはそんな私たちを見て、またその滑稽さにげたげた笑った。

(完)

posted by 二角レンチ at 19:24| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

夫のドッペルゲンガーが来た

夫のドッペルゲンガーが来た

 私の夫は、自分がドッペルゲンガーだと主張していた。

 ドッペルゲンガー。もう一人の自分。自分そっくりに化ける怪物がいて、本人がそれに出会うと恐怖で死ぬ。

 はじめは周囲の人間の前に姿を見せる。それは警告なのだ。本人が出会わないよう気をつけろということだ。

 でも周囲の人間が、本人にどこそこで見かけたと言えば本人はおびえる。なにせ自分がいないはずの場所で自分を見たと言う人間が何人もいるのだ。もう一人の自分、ドッペルゲンガーがいる恐怖におびえる。

 そうではない場合、ドッペルゲンガーなんてみんなのうそだと言う場合、そのほうがより現実的で、より恐ろしいことなのだ。

 自分の周囲の人たちがみな同じことを口にする。どこで自分を見かけた。声をかけても無視して通り過ぎて言ったと言う。そこにはいなかったのに、いたと言われたあげく何で無視したと責められる。

 ドッペルゲンガーは話をしない。姿を見せても誰にも気づいていないかのように通り過ぎる。話をして、本人では無いということがばれないようにしている。

 自分の周囲の人間、身近な人たちが、みんなで自分をだまそうとする。自分にうそをつく。自分を怖がらせようとする。

 一部の人間のいたずらならいい。でもそれぞれつながりがないような、友人、家族、会社の同僚などがみな一様に自分を見たと言う。お互いにつながりが無い人間までもが口裏をあわせ一緒に自分を追いつめようとする。

 それはどれほどの脅威だろう。悪意だろう。恐怖だろう。

 自分は何かしたのか。何もしていない。身近な人間たちに一斉に恨まれこのような嫌がらせをされる覚えは無い。

 彼らが連帯して自分を追いつめる。裏でみんな繋がっている。ありえないほどの連帯感。どうやって知り合ったのだ。自分の知り合いすべてがどうやって繋がったのだ。

 その全てが自分を追いつめる。彼らはみな自分を恨んでいる。

 なぜだろう。わからない。心当たりが無い。

 でもきっと、自分が悪いのだ。優しかったあの人も、仲のよかったあの人も、自分の親も兄弟も恋人も、みんな自分を恨んでこんな嫌がらせをしてくるのだ。

 誰もが繋がっている。誰も信用できない。相談できない。頼れない。

 誰もが自分を恨んでいる。嫌がらせをしてくる。辛い。苦しい。自分は孤独だ。

 ひとりぼっちで誰にも心を許せない。追いつめられた人間は最後には気が狂って自殺する。

 これがドッペルゲンガーの恐怖だ。だからもしドッペルゲンガーを見かけても本人に言ってはいけない。

 しかしドッペルゲンガーが周囲の人間の前に姿を見せるのは警告なのだ。自分と本人が会ったら本人は死んでしまう。だからそうならないように本人に警告してくれというメッセージなのだ。

 ドッペルゲンガーは心優しい怪物なのだ。本人を殺す気なんてない。そうならないよう周囲の人間に警告しているのだ。自分を見たと伝えて欲しいのだ。

 しかし周囲の人間がそれを本人に伝えると、本人は自分が身近な人間全てに恨まれ嫌がらせをされていると感じ、やがて自殺に至る。

 本人に伝えないと、警告が届かずいずれ本人とドッペルゲンガーが出会ってしまう。

 自分がもう一人いて、それを目の当たりにしてしまう。その恐怖に耐えられる人間はいない。恐怖のあまり死ぬ。

 つまり、ドッペルゲンガーを見たと伝えても、伝えなくても、どちらにせよ死ぬ。

 ドッペルゲンガーが現れた時点でもう死ぬことは避けられないのだ。

 夫は昔、とても優しかった。

 結婚前は私を優しく愛してくれた。彼のことが大好きだった。とても信頼できた。だから私は夫と結婚することにした。この人となら何があっても一緒にいたい。一生愛せる。そう確信していた。

 でも現実は残酷だった。

 結婚してから、夫は暴力をふるうようになった。家の中で、二人きりのときだけその残虐な本性を表した。

 夫が優しかったのはうそだったのだろうか。そんなはずはない。あれが演技だったなんて思えない。

 夫は他の人にはとても優しかった。結婚前は私にも同じように優しかった。今は私にだけ辛く当たる。

 優しいときと怖いときと、まるで別人のようだった。

 二重人格みたいだった。でも家庭内暴力をふるう人間はえてしてこういうものらしい。

 外では完璧に優しく立派な人間としてふるまう。暴力的な側面をほんのわずかも見せない。

 家の中、二人きりになったときだけ暴力的になる。そのときは優しい側面をほんのわずかも見せない。

 二重人格ではない。ただはっきりと演じ分けられる。演技ではなく本気なのだ。スイッチを切り替えるように、別人になりきり、本人もそう思いこむ。

 普通の人は自分のよい面も悪い面も混ざっている。優しい人でも怒るとき人が変わったように怒る。でもそれは、同じ人間の一面として混ざりあっている。

 それを完全に分離して表す人間がいる。普段は完璧に抑圧するせいで、爆発すると逆にそれだけになる。だから暴力が尋常でないほど過激になる。ためこんだものを一気に解放するから激しくなる。

 普通の人なら混ざりあっている様々な側面を、相手によって完全に使い分ける。極端な人間が世の中にはいるのだ。

 これは恐怖からくると言われる。他人に自分の悪い面、駄目な面を少しも見せられない。見せたら幻滅される。見放される。嫌われる。そうおびえているのだ。

 その恐怖のあまり完全に悪い面を抑制する。だから外面がすごくいい。他人に対してただの一度も悪い面を見せようとはしない。

 当然、そんな無理をすればストレスが溜まる。表に出せない感情を吐き出さないではいられない。

 結婚したとたん妻に暴力をふるうのはそのためだ。

 結婚し、縛り付けた。結婚という名の鎖によって逃げられないようにした。

 家では夫婦二人きり。家という名の檻に閉じこめた。

 檻に閉じこめ、鎖で縛り、二人きり。他には誰もいない。ばれることはない。完璧な状況がそろった。押さえつけていた全てを解放することがようやく可能になった。

 外では完璧に優しく立派な人間としてふるまっている。何年も、ただの一度もぼろを出さなかった。

 周囲の人間に完全に信用されている。誰一人疑う者はいない。妻が周囲の人間に、夫に暴力を振るわれていると訴えても信用する者はいない。

 完全な信用を築き上げた夫と完全ではない普通の妻。どちらの言い分を信じるかと言えば夫の方だった。妻が夫を貶めようとしているとしか思えなかった。

 暴力の痕を見せても通じない。妻が悪い男と浮気して殴られているのだと言われる始末。あの夫が、間違っても暴力を振るうわけがない。あの夫なら、絶対に妻を殴ったりしないと言い切れる。

 夫は普段は優しい。でも私に暴力をふるうときは人が変わったように怖い。

 ずっと暴力だけなら嫌いになれるかもしれない。でも普段は、結婚前と変わらず優しいのだ。

 夫をそこまで苦しめるものは何なのか。わからない。でも不満をずっとため込んで、それを発散することを知らなかったのだ。こういう形でしか発散できない不器用な人なのだ。

 夫を愛している。夫に暴力をふるわれるのは辛い。でもそれで夫がストレスを発散できるのなら。私は夫の暴力を受けることで、夫を支えられることを誇りにさえ思っていた。妻である自分にしか務まらない役目だとうぬぼれていた。

 ただ夫は私を抱いてくれない。夫は結婚してすぐ私に暴力をふるうようになった。そしてすぐに浮気するようになった。

 夫は会社の女と浮気している。私を殴りながらその女の自慢をした。その女のよさをべらべら話し、いかに私が使えない女かを力説した。

 私みたいな女として劣る奴を二度と抱きたくないと言った。駄目な女のくせに浅ましくも抱いて欲しがる私を殴ってしつけてやっていると言う。

 とても辛かった。女であることを否定された。結婚したばかりで抱いて欲しくてうずく身体を満たしてはもらえなかった。抱いてもらえないから子供もできない。子供が欲しかったのに、愛する夫の子供をいくら切望してもその願いはかなえられない。

 私がいけなかったのだろうか。他の女の身体よりも劣るのだろうか。結婚前はあんなにたくさん抱いてくれたのに。他の女のほうがいいから私の身体はもう用済みなのだろうか。

 泣いた。悲しかった。

 女として求めてもらえない。妻として子供を産ませてもらえない。暴力をふるわれ人間として見てもらえない。

 それでも、暴力をふるい、ののしり、浮気するとき以外の夫は優しかった。他人にするのと同じように、私に優しくふるまった。

 優しいときは、私は他人と同じだった。妻とは見てもらえない。私があの人の妻になれるのは、暴力をふるわれているときだけだった。だからこれだけが妻の証なのだ。夫に暴力をふるわれることだけが、私が夫にしてあげられる妻としての役目なのだ。

 抱いてもらえない。産ませてもらえない。暴力をふるわれる。それが私の全てだった。

 私はそれでも夫を愛していた。夫に必要とされることに喜びを感じていた。辛いことを全て我慢してでも夫のそばにいさせてほしかった。私は不幸だったけれど、望んでこの生活を続けていた。


 あの日からそれが変わった。夫のドッペルゲンガーだと名乗る、あの人に出会ってから私は本当の幸せを手に入れた。

 金曜日。夫は帰ってこない。会社にいる浮気相手の女の家に泊まってくる。

 夫は私を殴るとき、その女の自慢をした。だから普段は会社でその女を抱くが、金曜日はその女の家に泊まることも話していた。

 この不況で、夫の会社も仕事が無い。土日は休みで休日出勤はまったく無い。残業も無い。夫の帰りが遅いときは、会社でその女を抱いてくるからだった。

 とても悲しかった。辛かった。浮気されるのは辛い。抱いてもらえないのは辛い。

 それでも夫と別れるなんて考えられない。あの人には私が必要なのだ。唯一殴ることのできる私が必要なのだ。浮気相手の女にその役目は務まらない。私はその優越感に浸ることで悲しみを紛らわそうとしていた。

 金曜日。私は夫が浮気相手を抱いていることを苦々しく思いながら突っ伏していた。

 突然、玄関のドアが開く音がした。

 夫が帰ってきた?

 夫は浮気相手の家にいるはず。今夜は相手の都合があわなかったのだろうか。

 それとも私のために帰ってきてくれた? 浮気相手よりも私を選んでくれた?

 また殴られるだけかもしれない。それでも私は期待に胸をときめかせながら玄関に向かった。

 そこには夫が立っていた。

「おかえりなさい」

 私はうれしくて、でもおびえながら出迎えた。いつもみたいに怒りに顔を歪ませズカズカ押し寄ってきて、髪を引っ張り廊下をひきずりまわされる恐怖に身がすくんだ。

 夫は顔をあげるとにっこりほほえんだ。

「ただいま」

 今は優しい夫だ。ほっとした。いつも浮気する金曜日に帰ってきてくれた。そのうれしさでつい口が滑った。

「今日は浮気相手の都合が悪かったの? それとも私のために帰ってきてくれたの? すごくうれしい」

 失言だった。浮気相手の都合のせいで帰ってきたのなら夫はそれを不愉快に思っているはずだ。

 夫が手をあげる。私は髪を引っ張られる恐怖に身を縮こまらせた。

 夫は私の頭に手をのせると、優しくなでてくれた。

 にっこり笑って、不思議なことを言い出した。

「君の夫は今、浮気相手と会っているよ」

 私は夫の言っている意味がわからなかった。


 夫と台所のテーブルを挟んで向かい合っている。夫は私の手料理をおいしいと言いながら食べてくれていた。

 いつも作るだけで無駄になる。でも夫が帰ってくることを願って夕食を作っていた。

 今日は無駄にならなかった。それどころかあんなにおいしそうに食べてくれる。すごく幸せなことだった。

 食べ終わり、一息ついた。夫はあらたまって話を切り出した。

「君の夫は浮気相手の家にいる。今夜はいつもどおり帰ってこないよ」

 私はなんと返事したらいいのかわからず、じっと話を聞いていた。

「僕はドッペルゲンガーなんだ。君の夫のドッペルゲンガー。君の夫に化けている。でも別人なんだ」

 ドッペルゲンガー。聞いたことはあるが詳しくは知らない。そう言うと、夫はドッペルゲンガーについて説明してくれた。

 夫が言うには、一般に言われているのとは少し違うらしい。周囲の人間に警告のために姿を見せるというのはうそだ。実際には関わりにならないように遠く離れるそうだ。

 だから遠くによく似た人がいる。同じ顔した人間が三人いると言われるのはそのためだ。実際には本人とドッペルゲンガーの二人しかいない。

 ドッペルゲンガーは人間のコピーとなる。常に本人のコピーであり続ける。

 一度姿をコピーして化けたあとは、肉体は別の人間となる。だから本人が傷ついても同じ傷を負ったりはしない。

 記憶だけをコピーし続ける。本人が見たこと、聞いたことなどの情報を、その場にいるように伝わり受け取る。

 だから本人が知っていることや話したことなどを完全に記憶している。本人しか知らないはずの情報を質問してもドッペルゲンガーを見分けることはできない。

 今も本人がどこで何をしているかの情報を受け取っている。だから夫が浮気相手の家にいることもわかるのだと言う。

 ドッペルゲンガーはコピーしている時点で完全に同じ人間になる。肉体に違いはないし記憶にも違いはない。しぐさも匂いも同じだ。他人に見分けがつくことはない。

 ただ一つ、思考だけは違う。違う人間なのだ。ドッペルゲンガーは本人の思考は読めない。心は読めない。本人とは違うことを考え行動する。

 自分の見聞きする情報と、本人の見聞きする情報。二つを同時に処理するのは別に難しくないらしい。人間の脳は同時に複数の事柄を思考し処理できるようにできている。だから人間と同じ脳でも何の混乱も起こらないそうだ。

 ドッペルゲンガーが死ねばどうなるのか。その死体はすぐに溶けて無くなってしまう。だから本人と同一の死体が見つかるということは無い。

 本人が死ねばどうなるのか。ドッペルゲンガーはもう別個の人間だ。それ以上本人の記憶をコピーし続けることはなくなるが、ただの人間として生きていける。

 その場合、本人の死体は溶けて無くなる。本人とドッペルゲンガーはリンクしている。本人もドッペルゲンガーのように、死ねば死体が溶けて消えるようになっている。

 そのためドッペルゲンガーが本人を殺して消し、本人になりすますことがあるかもしれない。死ぬ直前までの記憶をコピーしてあるのだ。記憶に抜けも矛盾もなく本人になりすますことができる。

 だが実際にそういうことはしない。ドッペルゲンガーは心優しい生き物だ。本人の姿を借りさせてもらうことに感謝している。本人に迷惑をかけないように、遠く離れて暮らす。

 記憶をコピーし続けているため、本人に近寄らないようにしたり本人を知っている人間と会わないようにしたりすることができる。もちろん偶然会ってしまうこともあるが、その場合無視して立ち去ることで人違いだと思わせる。

 本人には記憶が伝わらない。だからコピーされていることも知らずに一生を健やかに生きていける。

 ドッペルゲンガーは人をコピーする前はどんな姿をしているのか。ネズミみたいな姿らしい。小さくて、人目につかないようにちょろちょろうろついている。

 ドッペルゲンガーは生涯で一度だけ人に化ける。やり直しはきかない。

 人としての人生を生きるのだ。どうせなら幸せになりたい。だから若くて幸せそうな人に化ける。愛する人と幸せにしている人に化ける。

 私が夫と結婚する前に、夫に化けた。誰が見ても幸せな二人だった。だから夫に化けて、夫を通じて私を愛する幸せに浸りたかった。

 なのに、夫は結婚したとたんに本性を現した。

 私に暴力をふるった。私を抱かなかった。愛さなかった。浮気した。

 ずっと我慢しているはずだった。ドッペルゲンガーは本人のそばへはいかない。本人に迷惑をかけない。それが姿を借りさせてもらったことに対する礼儀だった。

 でももう限界だった。夫を通じて幸せを感じたかった。私を愛したかった。私の笑顔を見たかった。

 私のことが好きだった。愛していた。見ているだけの、一方的な片思いだった。でも夫を通じて愛し触れあうことができるはずだった。

 それができない。夫は私に暴力をふるう。私を抱かない。私を傷つけ泣かせる。愛する人を悲しませる。

 許せない。しかし姿を借りさせてもらった恩がある。夫に対して何もするわけにはいかない。

 だから私の前に姿を現した。夫が浮気相手の家に泊まり、確実に帰ってこない金曜日の晩を選んで私に会いに来た。

 私に優しくしたい。愛したい。抱きしめたい。抱きたい。

 そのためにきたのだ。

 でももちろん、こんな話は信じてくれないかもしれない。信じたとしても気持ち悪いかもしれない。苦しめるかもしれない。怖がらせるかもしれない。

 それでも、私が信じてくれると信じてやってきた。ドッペルゲンガーである自分を受け入れてくれると信じて訪れた。暴力をふるう夫に代わり私を愛したかった。夫に抱いてもらえない不満を抱く私を優しく抱いてあげたかった。

 どうか信じてほしい。怖がらないでほしい。受け入れて欲しい。

 でもどうしても無理ならおとなしく帰る。二度と姿を見せない。惑わせないことを誓う。

 そう言って、夫は頭を下げた。


 すべてを洗いざらい話し、そして頭を下げてお願いする夫を私は見つめていた。

 そして思った。

 なんて凝った作り話だろう。

 もちろんドッペルゲンガーなんているわけがない。そんな化け物が存在するわけがない。

 化けるのは一度切り。もう戻れないから証拠を見せられない。

 記憶は常にコピーしている。だから夫の知っていることはすべて知っているし、どんな質問をしても見破れない。

 なんて都合のいい話だろうか。

 ようするに、自分はドッペルゲンガーだが証拠は何一つ見せられないし、本人との違いを見破る方法はない。

 そんなわけがない。

 もし仮に、本当にドッペルゲンガーだとしたら、この目の前の男の手に小さな傷をつける。そして明日帰ってくる夫にその傷が無いことを確認すれば証明できる。

 証明方法なんていくらでもあるのだ。見分けがつかないわけがない。

 そうではなく、見分けをつける方法を試さないでくれと言っているのだ。自分がドッペルゲンガーだという嘘を、信じているふりをしてくれと言っているのだ。

 何のために。

 夫はさっき私を抱きたいと言った。

 愛されない私を愛してあげたい。抱かれない不満を解消してあげたい。女としての喜びと自信を取り戻してあげたい。

 暴力をふるい、浮気をし、女として役立たずだとののしる夫。

 いまさら、普通の夫婦として愛し抱くことなんてできない。許されない。

 夫は私を愛している。でもいまさら何もなかったことにはできない。今後もためこんだストレスを爆発させるために私を殴るだろう。だから私を女として見ないのも、浮気をするのも止めはしない。

 だからこんな嘘をつく。なるほどよく考えられた嘘だ。でも穴だらけだ。こんな作り話を信じる人はいない。

 それでも信じているふりをしてほしい。そう願って頭を下げているのだ。普段の暴力をふるう自分はもう妻を愛せない。愛する資格が無い。だからドッペルゲンガーであり、別人であると言い張ることでその間だけ、昔みたいに優しく愛し抱きたいのだ。

 夫が愛してくれる。抱いてくれる。

 こんな嘘をついてまで。いや、こんな嘘をつかなければできないのだ。

 自分の醜い本性は押さえられない。人前では押さえても私に対してだけは押さえられない。

 夫は優しい。私を愛している。だから暴力を振るわざるを得ない自分を嫌っている。きっと私を殴ったあとはいつも一人で後悔しているのだ。でも止められない。止めようがない。

 その後ろめたさ、申し訳なさ、私を愛する気持ち。愛したい。抱きたい。その気持ちを自分の残虐な本性と同時に成立させるためにはこれしかなかったのだ。

 夫は人には計り知れない苦しみを抱えている。それを全て受け止め受け入れるのは妻である私の役目だ。

 夫を愛しているから。

 私は夫の嘘を信じるふりをすることにした。


 ドッペルゲンガーは本人と鉢合わせしないようにする。本人の記憶が常に伝わっているから、今どこにいるかわかる。

 朝、夫が帰ってくる前に家を出る。早朝、人気の無いうちに帰る。もし仮に、夫が何かの気まぐれで早く帰ってくるとしてもそれがわかる。夫の情報はすべて伝わっているのだ。万が一にも鉢合わせする危険はない。

 ベッドで、夫に抱かれた。すごく久しぶりだった。もう二度と夫に抱かれることは無いと思っていた。だからすごく幸せだった。

 夫は久しぶりだったせいか、やり方が違っていた。夫は女を抱くのが初めてだから上手くできないと言った。

 こんなときまでドッペルゲンガーであり、夫とは別人だと装っている。その徹底ぶりにはあきれるほどだった。でも夫は外では完璧に優しい人を演じている。暴力を振るう一面なんてみじんも出さない。だからこんなときでも完璧に他人を演じていた。

 久しぶりで、しかも夫が本当に初めてみたいにぎこちないので、まるで新婚初夜みたいだった。

 夫との新婚初夜は無かった。夫は私を抱くかわりに、はじめて私を殴った。ようやく結婚して檻に閉じこめた。私が逃げられないようになったことを拳で思い知らせた。

 夫はそれを後悔していたに違いない。だから今、女を抱くのは初めてだという嘘をついてまで、初夜をやり直しているのだ。私は夫の思いやりに涙があふれた。今までで一番幸せだった。

 私は女としても妻としても満たされた。この日本当に夫の妻になれた気がした。

 夫は私を愛し、優しく抱いてくれた。そして早朝、まだ暗い内に家を出た。

 玄関で見送る際に、次はいつ会えるのか聞いた。夫の演技とはいえ、今は別人だと振る舞うことを望まれている。だから次はいつ、この優しい夫に会って抱いてもらえるのか聞いた。

 金曜日。夫が必ず浮気相手の家に泊まる日。そのときまた来ると約束してくれた。

 ドッペルゲンガーの夫は帰っていった。どこへ帰るのだろう。遠くに住んでいるとしか言わなかった。私が会いに行くことを許さなかった。

 しばらくすると夫が帰ってきた。出ていったときと同じ服。当然だ。同じ本人なのだから。

 私は夫を出迎えた。さっきずいぶん久しぶりに、優しく抱いてくれた。だからつい、顔がほころんでしまった。

 夫は私を殴った。亭主が帰ってきたのにへらへら笑っているのが気にいらないらしい。私はうずくまって夫に蹴られ、涙を流しながら耐えた。

 ドッペルゲンガーだと言い張る演技。それ以外のときは少しもそれを引きずってはいけない。私にそれを徹底させるため、夫は容赦なく暴力をふるった。私は自分のいたらなさを反省し、その制裁を受け入れた。


 それから毎週金曜日、私は優しい夫と会い、抱かれた。

 普段は相変わらず殴られていた。ののしられていた。優しく抱いてくれる夫とはまるで別人だった。

 でもそう振る舞っているだけだ。夫は外では誰に対しても優しく振る舞う。暴力を振るうなんて誰に言っても絶対に信じてもらえない。

 家の中でも演じ分けるようになっただけだ。暴力を振るう夫と優しく抱いてくれる夫。その二つを別人だと言い張り演じ分けている。

 ドッペルゲンガーは本人に知られてはいけない。だから私は普段の夫には何も言えない。ドッペルゲンガーだと称して家を訪れたとき以外、夫とドッペルゲンガーについての話をしない。

 夫の嘘は手がこんでいた。こうまでして別人のふりをしないと私を抱けない夫の心の中はどれだけぐちゃぐちゃに壊れているのだろう。想像もつかない。そんな夫の全てを私だけが知っている。浮気相手に対して優越感があった。

 それに、浮気相手とたぶん上手くいっていないのだ。だから浮気相手の家に泊まるかわりに私を抱くのだ。浮気相手を抱けない欲望を私で発散するのだ。

 別れたのだろうか。そこまでは期待できない。別れたのなら別れたと言うはずだ。それともみっともなくて言えないのか。

 浮気相手とよりを戻すまでの間なのか。それともこのままずっと私を抱いてくれるのか。わからない。いずれにせよ、私は夫に愛されて幸せだった。

 何ヶ月もそんな日々が続いた。夫はあいかわらず私を殴り、でも金曜の晩だけは優しく抱いてくれた。

 やがて妊娠した。望んでいた夫の子。ようやく母になれる。妻として最高の幸せを得られる。こんなに幸せでいいのだろうか。愛する夫の子を産むのをあきらめていた。それがようやくかなったのだ。こんなにうれしいことはない。

 でも不安もあった。夫はこの子の前でも私に暴力をふるうのだろうか。この子にも暴力をふるうのだろうか。

 何も言えない。私が暴力をふるう夫に何を言っても聞いてはくれないだろう。

 もしものときは、この子だけは守る。夫の暴力からこの子を守る。

 夫の暴力を受けるのは私の役目だ。妻の役目だ。私は一生その役目を務めあげてみせる。子供に辛い思いは絶対にさせない。

 夫が、せめて子供の前では優しくふるまってほしい。たぶんそうするはずだ。暴力を振るう本性を、私以外の誰にも見せないはずだ。夫は決してボロを出さない。それは子供の前でも同じはずだった。だから私は少し不安もあったが、夫は子供には手を出さないだろうと思っていた。


 その日々は思いもかけない形で終わりを迎えた。

 ドッペルゲンガーとして振る舞う夫が家に来た。その日はいつもと様子が違っていた。

 彼はずっと何も言わない。笑いかけてくれない。私は夫が何か言ってくれるまでじっと待った。

 何がそんなに言いにくいのだろうか。長い時間が経った。夫はたびたび顔を苦悩に歪ませた。何をそんなに悩んでいるのだろうか。

 声をかけてはいけない気がした。私は夫がどんなことを言ってもそれを受け止める覚悟をした。

 夫がようやく口を開いた。

「君の夫はもういない」

 どういう意味だろう。ドッペルゲンガーが言うのだから、本人のほうがいなくなったという意味だ。どこかへ行ったか、それとも死んだか。

 それとも殺されたか。殺したか。

 ぞくりとする。何を言っているのだろう。

 夫は目の前にいる。ドッペルゲンガーなんて夫の作り話だ。それがもういなくなったとはどういう意味で言っているのかわからない。

「君の夫はもういない。これからは僕だけだ。これから僕が君の夫になる。ずっとそばにいる。産まれてくる子の父親になる。君と子供をずっと愛する」

「絶対に暴力はふるわない。だからもう安心して。これからはよい夫であり父親になると誓う」

「今まですまなかった。許してくれとは言えない。僕には償いようがない。でもどうか、今までのことは全て忘れてほしい。僕が言ったこともしたことも全部忘れて、無かったことにしてほしい」

「これから僕は君の夫だ。立派で、誠実で、絶対に裏切らない。暴力をふるわない。約束する。君と産まれてくる子のために一生を捧げる」

「僕、いや、俺が今日からこの家に住む。君の夫として過ごす。仕事にも行く。浮気相手とはきっぱり話をつける。浮気はしない。君だけだ。俺が抱くのはこれからずっと君だけだ」

「他にどうしてほしい? 言ってくれ。君のために、最高の夫になることを誓う」

「愛しているよ。だからどうか、疑わないでくれ。今までのことは本当にすまなかった。でもこれからは君を大事にする。これから一生君のそばにいる。暴力をふるわない。約束する。それを疑わないでくれ。俺を信じてくれ」

 夫の必死な訴えは本物だった。夫は演技が上手い。でもこれは本心だと確信できる。

 夫は自分のことを俺と言う。ドッペルゲンガーは自分のことを僕と言う。僕ではなく俺と言うようにしたのは決意の表れだ。二度とドッペルゲンガーのふりをしない。これからはちゃんと優しい自分が夫になるということだ。

 子供を身ごもった。これから父親になる。家族が増える。

 もう二人きりではない。夫は私と二人きりのときだけ暴力をふるう。

 だから二人きりでない限り、暴力はふるわない。

 私は少しだけ思い違いをしていた。

 夫はため込んだストレスを、私に暴力をふるうことではらしていると思っていた。普段完璧な善人を演じているからこそ、とんでもなくストレスをため込んでいるのだ。

 そう思っていた。でも違った。

 スイッチだったのだ。私と二人きり。それがスイッチだったのだ。

 私と二人きりになるとスイッチが入る。どうしようもなく凶暴になる。

 それは二人きりという条件が引き金となって引き起こされる現象だったのだ。夫の精神がどうなっているのかわからない。でもおそらく、夫にはそういうコントロールできないスイッチがあったのだ。

 夫のように、完璧に他人を演じてしまう人間はそういうことがあるらしい。他人といるときは善人であるように、私と二人きりのときは悪人であるのだ。

 夫はそれを苦しんでいた。なんとか闘おうと必死だった。

 だから、本か何かで読んだドッペルゲンガーを利用した。自分が二重人格のように変貌するのをコントロールできない。押さえられない。だから押さえるかわりに第三の人格、ドッペルゲンガーを作りだそうとした。

 それは上手くいった。私に対する愛情、私を抱きたい欲情、それらの感情を利用した。浮気相手と会っている時間に家を訪れる。そこに自分がいることはありえない。だからこれは自分ではない。ドッペルゲンガーなのだ。

 私と二人きりになるとスイッチが入り、暴力をふるう。同じように、いないはずの金曜日の晩に家を訪れる。それをスイッチとしてドッペルゲンガーになりすますことに成功したのだ。

 精神科の治療ではそういう催眠や暗示を利用することがある。夫は自分が完璧に他人として振る舞える性質を利用し、医者の手を借りずにそれをやり遂げたのだ。

 私が子供を身ごもった。もう二人きりじゃない。もう三人家族だ。たとえ家の中で二人きりでももう二人ではない。家は家庭で、家庭は三人の家族だ。もう二度と、二人きりだというスイッチは入らない。

 もうドッペルゲンガーもいらない。暴力をふるう夫もいらない。だからいなくなったことにした。ドッペルゲンガーが誠実な夫であり父親になると誓うことで、夫は自分の心とこれまでの過ちにけりをつけようというのだ。

 夫が私にふるった暴力は許せるものではない。それでも許す。水に流す。無かったことにする。もう二度と話に出さない。そんな過去を無かったことにする。

 それが夫にとっての救いなのだ。私が許さないと夫はいつまでも苦しみ続ける。

 夫だって、コントロールできない自分に苦しんだ。きっと結婚するまで自分の本性を知らなかった。

 はじめてスイッチが入って私を殴ったとき、どれほど傷ついたのだろう。そんなことをしてしまう自分にどれだけ絶望したのだろう。自分を止められない、愛する妻を守れないことがどれだけ悲しく辛かったのだろう。

 夫は十分苦しんだ。もう十分だ。

 私は泣きながら夫を許した。夫を受け入れた。夫の言うことを全部聞いた。

 もう過去のことは話に出さない。忘れる。無かったことにする。

 暴力をふるう夫はいなかった。ドッペルゲンガーもいなかった。

 はじめからずっと、優しい夫しかいなかった。それでいいじゃないか。

 私と夫は抱きしめ合いながらずっと泣いた。今までの苦しみを全部涙としてきれいに捨て去った。

 私は幸せだ。夫を信じてきてよかった。見捨てず、逃げ出さず、ずっとそばにい続けてよかった。

 産まれてくる子と三人で幸せになろう。夫も私も辛かった分まで一緒に幸せになろう。

 夫と誓い合った。私たちはこの日はじめて本当の夫婦になれた。


(完)

あとがき(ハッピーエンドを祝福するなら読まない方がいいかもしれない)
posted by 二角レンチ at 20:00| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月09日

化け物様の嫁

化け物様の嫁

 山に化け物が住み着いた。化け物は村に下りてきては人々を怖がらせた。

 今はまだ姿を見せて脅かすだけだ。でもいずれ、その恐ろしい図体で人を襲うだろうと思われた。

 ふもとの村では化け物の機嫌を取るために、嫁を差しだそうということになった。そうすれば、誰も襲われなくて済むだろう。

 化け物の嫁。それは言葉をよくしてごまかしているが、単に生け贄だった。一人を差し出せば残りは見逃してくれる。みんな自分が助かれば他人が生け贄になろうとかまわなかった。

 みんな村へ下りてきた化け物の姿を見ていた。あんなおそろしい化け物の嫁に誰もなりたくなかった。

 生きたまま食われるかもしれない。化け物はまだ人を襲ったことはないが、人を食らうだろうと思われた。

 嫁になるのも、食われるのも嫌だった。どちらにせよ生け贄であり、一人だけが貧乏くじを引く。

 村中で話し合いが行われた。誰を嫁に差し出すのがいいか、話し合って決めようとなった。

 誰かが言った。

「半端な娘を差し出したら化け物様の怒りを買ってしまう。村一番の美人にしよう」

 村はみんな貧しかった。一番貧しい家の娘が選ばれた。

 娘はとても美しかった。村の男たちにとても人気があり、言い寄られていた。

 村の女たちは娘の美しさに嫉妬していた。だから娘を差し出すのに賛成した。

 村の男たちは美しい娘を差し出すのに反対した。でも化け物の慰みものにする前にみんなで具合を試そうと誰かが言った。化け物様の嫁に出すのだ。その身体が女として申し分ないか確かめようと言った。村の男たちはそれに賛成した。

 娘の両親だけが反対した。でも一晩たつと賛成した。貧しい両親の家には村中みんなが出しあった米や野菜が積まれていた。

 娘は泣いた。泣いても誰も助けてくれなかった。一晩中村の男たちにのしかかられて身体も心もズタボロに引き裂かれた。

 翌日、何も言えないぐらい憔悴しきった娘を縛り、男たちは山に置き去りにした。

 そこへ化け物が現れた。

 化け物は娘を担いで住んでいる洞穴に持ち帰った。

 化け物は娘にかじりついた。でも娘が痛みに泣き叫ぶとぴたりと止めた。

 娘は耳を片方かじられただけで済んだ。とても痛く、傷が膿んで数日寝込んだが一命はとりとめた。

 化け物は娘のそばにいた。ずっとそわそわしていた。

 娘は熱にうかされているとき水が飲みたいと口にした。化け物は拾ったらしい器に川の水をくんできて娘に飲ませた。

「おまえさん、言葉がわかるのかい?」

 化け物はしばらくじっとしたあと、かすかにうなずいた。

 言葉が全部わかるわけではない。でもたびたび山を下りてきて村人たちの会話を聞いた。あれは言葉を覚えようとしていたらしい。

 娘は起きられるようになると化け物にあれこれ教えた。化け物は言葉を話すことはほとんどできなかったが、聞くことが大分わかるようになってきた。

 洞窟で一緒に暮らして何ヶ月が経っただろう。化け物と本当の夫婦のように暮らした。娘は村へは戻れない。ここで暮らすしかないのだ。

 化け物のことはもう怖くはなかった。好きにはなれなかったが一緒にいることはできた。

 あるとき、娘は化け物にかじられた耳の傷が痛んだ。いつも痛む。娘が痛がっているのを見て化け物が心配そうにした。

「おまえさん、知っているかい。痛いところと同じところを食べれば薬になるんだよ。痛いのなんか飛んでいっちまうよ」

 痛いところや病気のところと同じ部位を食べる。たとえば胃が痛いときは兎や牛の胃を食べるとよくなる。実際に効果があるかは疑わしいが、そう信じられていた。

 化け物はいつも兎や猪を狩ってきてくれた。だから娘はまた化け物がそういう獣を狩ってきてくれると期待していた。

 化け物は両手いっぱいに狩ってきた。

 耳を。

 娘がかじられた耳を痛がったから、耳を取ってきたのだ。村へ下りて逃げまどう村人たちから耳を引きちぎってきたのだ。

 娘はおびえた。しばらくおびえたあと、その口が笑うように歪んだ。

「おまえさん。ありがとう。薬を取ってきてくれて。これで痛いのがよくなるよ。ありがとうね」

 化け物は娘に喜んでもらえてうれしそうだった。

 ある日、娘は言った。

「ああ。おまえさん。胸が、胸が痛いよ。心臓が痛いよ」

「心臓。わかるかい。この胸の中でどくどく脈打っているの。これが心臓だよ」

「おまえさん、このあいだみたいに取ってきてくれないかい。心臓を食べれば、この心臓が痛いのも治るんだけどねえ」

 化け物は娘のために山を下りた。

 娘はほくそ笑んでいた。自分をこんな目にあわせた村人たち。自分にひどいことをした村の男たち。誰でもいい。復讐したい。このあいだ耳を引きちぎってきたように、村のやつらの心臓を抉りだしてきてほしい。

 娘は期待して待った。

 帰ってきた化け物の手には何も握られていなかった。

 化け物は全身傷だらけだった。血だらけだった。折れた矢が何本も刺さっていた。刃物で切りつけられた傷跡がたくさんあった。

 村人たちが抵抗したのだ。前回何人も耳を引きちぎられた。だから次に備えていたのだ。鍬や鎌や狩りのための弓矢で化け物と戦い追い返したのだ。

 娘は自分のためにボロボロになった化け物を見て、言葉をかけた。

「なんだい、使えないねえ。もういいよ。その傷じゃ助からないだろ。おっ死んじまいな」

 娘はくるりときびすを返した。

 痛いところと同じところを食べれば痛みが治る。同じところを食べると薬になる。

 化け物は全身の傷が痛んだ。

 だから目の前にある薬を丸ごと食べた。

(完)

posted by 二角レンチ at 22:41| 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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