2013年05月14日

魔術師の深層(0)あらすじと登場人物

魔術師の深層(0)あらすじと登場人物

あらすじ

 魔術師は人間の腹を借りて生み出される化け物とされている。

 生まれたときから魔術師だけを集めた村で、施設で、学校で、育てられ学び鍛え卒業し、命がけの仕事につき、若くして戦死する。

 魔術師の深層へ至る道は決められ、教えられ、何も迷わず間違わず、ただ一本の道をひたすらに全力で生き、そして死んでいく。

 人間と違いとてもすばらしい人生。名誉ある死。何も疑う必要はない。

 なのに魔術師としての人生に疑問を持ち、名誉ある死ではなく長生きして幸せになることを願うブラッド。

 彼は好きな女の子であるローラには馬鹿だとののしられ、好かれて困っている女の子であるヘンメルを突っぱねながらもチームとして一緒に就職し、魔術師狩りの仕事に臨む。

説明

 人間と同じ肉体構造でありながら、魔力を持ち魔術を使うために人間とは違う種族とされる魔術師。彼らと人間との対比をしながら、生き甲斐もやるべきことも死に方すら全てが用意され教えられている魔術師の生き方は、人生に迷い他人を貶め不幸にし合う人間よりも幸福なのか? を問う作品。

 ……なはずですが、基本気軽に読める明るく馬鹿馬鹿しいファンタジー物です。

 思っていることをぶつぶつつぶやくブラッドと、それを馬鹿にしブラッドに好かれて迷惑しているローラとのやりとりなど、ギャグ、シリアス、バトル、エロが同じ程度盛り込まれています。

 執筆は完結しています。その内続編も書きたいなとは思いますが、今は終わりまで、ブラッドたちのドタバタコメディ的なやりとりをどうかお楽しみください。

 以下軽く人物紹介です。イメージラフをつけています。小説を読むのに絵でイメージを見ても大丈夫という方のみ以下からご覧ください。

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2013年05月16日

魔術師の深層(1)魔術師

魔術師の深層(1)魔術師

 俺は隣の席に座る女の子を見つめていた。長い髪から大きなおっぱいに至るまで、何度も視線を往復させる。

 かわいいなあ。かわいすぎる。こんな可憐な女の子が彼女だったらどんなにいいか。

 なのに幼なじみ止まり。俺は同じ歳なのに彼女の弟分であり、いつまでたっても彼氏と認めてもらえなかった。

「ちょっと、ブラッド。こっち見ないでよ」

「うん」

 俺は顔を逸らす。彼女は気が強い。でも照れ隠しだということはわかっている。

 本当は俺のことが好きなんだ。愛しているんだ。でも小さいときからずっと一緒にいるから、好きな気持ちが愛だと気付いていないだけだ。彼女は俺を家族のように思っているが、同じ家族なら姉弟ではなく夫婦のように思って欲しいのだが。

 俺はちゃんと告白したことは無い。でも普通わかるだろう。俺が好意を寄せていることは。なのに鈍感な彼女はちっとも気付かない。

 まあいいさ。愛は時間をかけて育むものだ。お前が俺のことを好きだと気付くまでの間に、俺の愛はどんどん大きく育っていっているよ、ローラ。

「何が愛よ。毎度毎度うるさいわね。あんたはただの弟分。手下。男と見なさない。言ってもわからない馬鹿だけど、言わずにはいられない馬鹿なのよ」

 彼女の照れ隠しは相当なものだ。俺の心を読んで、しっかり答えてくれる。しかし魔術の中で読心術はあり得ないほど奇跡的なものだ。使える者はいない。

 彼女がその高等かつ無類の読心術を使えることを知っているのは世界中でただ一人、俺だけだ。俺は特別なんだ。君を大事に思うから、この他人に知られたら大変な秘密を死んでも守り抜くよローラ。

「だーかーらー、そのぶつぶつつぶやく癖をやめなさいよ。何度言ってもわからないわね、ブラッド」

 俺が思っていることをいつもつぶやくと彼女は言う。読心術を使える彼女にとって、なるほど俺の心はつぶやきのように聞こえるのかもしれない。

 ローラの隣にいる女の子がくすくす笑う。

「ローラは読心術なんて使えない。ブラッドはいつも思っていることをぶつぶつつぶやく。それが真実。でも馬鹿に真実、豚に真珠。いつもローラが言っているものねー」

 ヘンメルは短い髪をふわりとゆすりながらまたくすくす笑う。

 すまない。ヘンメル。俺は君の気持ちには応えられない。君が俺のことを好きなのはうれしいが、俺はローラが好きなんだ。あきらめて、俺以上にいい男なんていないから俺以下の男でも探してくれ。きっと君の胸と同じくらい小さい男が君を待っているよ。

「んー。ブラッド。私は君みたいに勘違いとかしないけどさ。私が君を好きなのは君の思い込みじゃなくて本当だから。でも小さいおっぱいも触ると気持ちいいんだよ。触ってみる?」

「やめなさいヘンメル。この馬鹿をからかってもいいこと無いわよ。本気にしてもまれたらどうするのよ」

「いいじゃない。小さい頃はお医者さんごっこで触り合った仲じゃない」

「もうそういう歳じゃないでしょ。就職しようってときにまで何言っているのよ」

 俺の愛するロックローラ。巨乳で長髪。美人で気が強い。俺の事が好き。

「好きじゃないって。馬鹿の面倒見ないといけないだけなの」

 ヘルムヘンメル。貧乳で短髪。かわいくてやさしい。俺の事が好き。

「えへへっ。私がブラッドのことを好きなのは本当だよ。そのために処女も取ってあるんだから。早くもらってよ。お嫁さんに」

 ごめんヘンメル。俺の童貞はローラのために取ってあるんだ。ローラの処女が俺のために取っておいてあるのに俺だけ喪失するわけにもいかないだろ?

「誰があんたのためよ。勉強の邪魔になるから男なんていらなかっただけよ」

 俺はブレイドブラッド。魔術学校を主席で卒業出来る実力を持つ。でも他の奴らを俺の才能でねじ伏せるのがかわいそうだから本気を出したことが無い。

「よく言うわよ。万年赤字男が。私たちが頑張って勉強教えたから、ぎりぎり留年せずに卒業出来たんだからね」

 ふふっ。あれはローラと試験勉強をたくさんするためのわざとなのに。卒業まで気付かないとは。馬鹿なところもかわいいよローラ。

「うー、馬鹿に馬鹿って言われると苛つく。何年経っても慣れないわね」

 子供の頃は、俺が彼女を馬鹿って言うたび殴られたっけなあ。好きな子をいぢめるって奴かな、あれは。

「はー、この先もこの調子かと思うとうんざりする」

「あはは。いいじゃないローラ。私はうれしいな。ずっと一緒だもの」

 俺たちは小さい頃からずっと一緒だ。魔術師というのはそういうものだ。

 魔術師は人間とは別の種族だ。昔は人間と同じと思われていたのだが、現在では違う種族として扱われている。

 魔術師は他の人間と違い、魔力を持ち魔術として扱える。人間と同じとされていた頃は、その性質が特殊な職業みたいだから魔術師と呼ばれていた。人間とは異なる種族と認定されてからも魔術師という種族らしからぬ名称が依然使われている。

「あ、また始まったよローラ」

「馬鹿のくせに学校の復習は好きなのよね。それで成績悪いんだから不思議だわ。でも一人でぶつぶつ言いながらはやめろっていつも言っているのに」

「まあまあいいじゃない。今日は入社式だもの。就職前におさらいしておくなんてえらいじゃない」

「はあ。そうね。こうなると長いのよねえ。隣で嫌でも耳に聞かされるこっちの身にもなってほしいわよまったく」

 ローラがため息をつく。誰かがローラの隣でうるさくしているらしい。俺は何もしゃべっていないから犯人は一人しかいない。俺はヘンメルをじろっとにらんで無言で叱り、学校のおさらいを続ける。

 魔術師は人間の親から生まれる。しかし同じ人間ではなく、邪悪な魔術師により人間の腹を借りて作り出された化け物とされている。

 魔術師かどうかは生まれてからしかわからない。生まれてすぐ検査にかけられ、魔術師なら親から引き離される。

 魔術師を人間ではないとみなすようになったのには長い歴史がある。

 魔術師は他の人間とは違い、魔力を持ち魔術を使う。

 魔術は銃器や爆弾と同じだ。強力な破壊力を持つ魔術は簡単に人を殺したり、死ぬより辛い肉体損壊をもたらしたりする。しかも子供でさえそれを扱い、すぐに暴発させる。当然、魔術師だけが隔離されることになった。

 でも人間の子供だ。親の多くは魔術師を怖がるが、中にはやはり親子の情を持つ者もいる。子供が魔術師であることを隠して育て、その子がやがて魔術で破壊的被害をもたらす。

 にもかかわらず人道的な理由から、生まれた赤子を魔術師検査にかけるのは強い抵抗があり、なかなか実現しなかった。また魔術師の人権を訴える団体や宗教も問題を引き起こした。

 長い時間をかけて、魔術師は人間ではなく、邪悪な魔術師の企みにより生まされた化け物だとされた。人間ではない別の種族だとされた。

 もう誰も魔術師を人間扱いしない。我が子扱いしない。親から隔離しても非人道的ではないし、誰の良心も痛まない。

 だから俺たちは親を知らない。魔術師は邪悪な魔術師により人間の腹を借りて生まされた化け物。親などいない。親を一目見ることもなく、生まれてすぐ隔離される。

「親なんていらないし見たくもないわ。必要ないもの」

「そうだよねローラ。人間って親が子供を育てる。慣れない人間が育てるから失敗も苦労も多い。はじめから施設に集めて育てる方が効率よくていいのに」

「まったくだわ。ヘンメルの言うとおり。なのにどうしてブラッドは、一目見ることもなくなんてまるでかわいそうみたいな言い方するのかしら。変な奴」

「ブラッドは馬鹿で変だから面白いんじゃない。一緒にいて飽きないよ」

「私は飽きるっていうかもううんざりだけどね」

 ローラが突然親についての意見を言い出しヘンメルも受け答えする。女の子って突然話題を変えるから不思議だよな。

 不思議なところもつかみどころがなくて素敵だよローラ。ふわふわつかめなくてもちゃんと捕まえてあげるからね。大きなおっぱいお手てで捕まえたいなあ、なんちゃって。捕まえたら二度と離さないよ。待っていてねローラ。

 ローラがなぜか俺のほほをつねる。痛い。照れているのだろうか。きっとそうに違いない。照れ隠しもかわいいよローラ。でも痛い。痛いよローラ。そんなに強くつねったらほっぺたちぎれちゃうよ。俺のほっぺが欲しいのかい。これは駄目だよ。代わりに愛ならいくらでもあげるよ。どんどんもらってくれていいよ。ほら。遠慮しないでローラ。

 ローラが本気で俺のほっぺをむしり取ろうとするので、顔を振ってあわてて逃れる。俺は痛むほほをさすりながら前を向き、真面目な顔で学校の復習に戻ることにする。

 魔術師の赤ちゃんを集めた施設でも親代わりというものはいない。先生や職員は親として振る舞わない。

 もし親子という関係を疑似的にでも味わわせると、生みの親を探し会いたいと思う魔術師の子が出てくる。そうした子が実際に親を探したり会ったりすると問題を引き起こすため、親子の情というのは教えない。

 代わりに同じ歳の子を集めて、兄弟のように育てる。みんな邪悪な魔術師が生み出した同じ者。血ではなく魔力で結びつけられた兄弟。兄弟はみんな同じ。仲良し。だから人間の子と仲良しになれなくても寂しくない。そう教え込まれた。

 実際そうだと思う。人間と関わりをほとんど持たないから、人間と仲良くしたいとは思わない。同じ魔術師たちがいればそれだけで十分幸せだ。

 俺は感情をたっぷり込めてローラを見つめる。ローラは無情にも、ヘンメルとおしゃべりしていて俺に後頭部しか見せてくれなかった。

 見つめ合いたかったよローラ。俺はしゅんとうつむく。

 魔術師は子供を作れない。魔術師同士でも、人間と交わっても子供が生まれない。必ず人間の親から生まれる。

 子をなせないことにより、邪悪な魔術師が魔力で人間の赤子を変質させて魔術師に作り変えているという説は説得力を持っていた。

 魔術師かどうかは魔力を持つかを調べればわかる。赤ん坊が生まれてからしか泣き声を上げないのと同じように、魔力は生まれてからしか発現しない。母親の胎内にいるときは魔力を測定出来ないし、肉体構造などは人間とまったく同じなので区別がつかない。

 人間と同じなのに人間ではない。人間は生まれても魔力など発現しないから、魔術師は人間ではない。

 肉体はまったく同一なのに違う種族。生殖能力があるはずなのに絶対に子供が作れない。精子も卵子も受精に必ず失敗する。人工授精も成功例がまったく無い。

 精子も卵子も問題が無い以上、魔力による影響だと考えられているが、実際にそうなのかは証明出来ていない。

 人間とは違う種族。遺伝子レベルで調べても区別はつかないが、人間の科学ではまだ解明出来ない部分で相違があるのは明らかだった。

 魔術師の赤ん坊は生まれてすぐ隔離され、施設で育てられる。魔術師だけの村にある、魔術師だけの施設で育ち、魔術師だけの学校で魔術を習う。強力な魔術師に成長し、魔術師にしか出来ない仕事に就職する。

 人間はなぜ生まれた魔術師を殺さないのか。人間は武器を使う。どんなに破壊力があり非道な兵器でも使う。制御しきれない核兵器や原子力でさえ問題を無視して使う。

 同じように制御しきれない問題はあれど魔術師を使う。道具として、兵器として、銃器として、爆弾として。

 使い捨てにしても掃いて捨てるほど生まれてくるのだ。実に有用な兵器だった。人間の科学はまだ、これほど高度な戦闘用ロボットを開発出来ていないのだから。

 魔術師の仕事は危険な物が多い。いかに強力で破壊的な魔術とはいえ人間の科学で出来ることは多い。だからコストの面で安くついたり、機械が使えないところで使ったりすることもあるが、それはほんのわずかな仕事だ。

 魔術師の仕事は主に、魔術師狩りだ。

 当然、魔術を持つ分だけただの人間より進化した存在だと驕る輩はいる。そういう魔術師たちは人間の支配を逃れ徒党を組んで人間に対する抵抗を示す。

 ただ、科学と兵器で武装した人間の軍にはかなわない。魔術師は強力な兵器であるが、火力には限度がある。科学にはもっと凄まじい破壊力を持つ兵器がある。戦争をすれば、魔術師は人間にかなわない。

 だから魔術師は人間を制圧し支配しようとはしない。人間から逃げながら犯罪行為を繰り返し、人間にせめてもの復讐をするぐらいがせいぜいだ。

 小規模で数の多い集団をいちいち軍で制圧するときりが無い。コストの面でも、大事な人命の面でも代償が大きすぎる。魔術師で魔術師を退治するのが一番コストが安いし、なにより大事な人命を失わずにすむ。

 魔術師がいくら死のうが構わない。どうせ次々生まれてくる化け物だ。共食いで数を減らせられるなら万々歳だ。

 人間に従う魔術師たちは、人間の科学力で制圧されれば勝ち目が無いからおとなしくしている。生まれたときから隔離され管理されているので、一網打尽にしやすいというのも弱みの一つだ。

 かつて人間たちは人種や性別、職業により差別を行っていた。今では魔術師を差別することで自分たちが特別だと思えるので、人間同士の差別はずいぶんと減った。

 魔術師たちは差別される不満はあれど、表だって虐げられるわけではない。隔離され、基本魔術師は人間と接触を持たない。

 魔術師を刺激して何かされてはかなわない。人間たちは魔術師に直接何かをしてはこない。ただ単に避けるだけ。陰でひそひそ悪口を言うだけ。

 だから魔術師たちは我慢出来る。こんなの人間社会でもある。魔術師たちは、自分たちは力を持つ分我慢する義務も負うと教えられてきた。

 魔術師たちは小さい頃から同じ歳の子たちで一緒に暮らし育てられる。その中で特に仲良しの子たちが数人集まってチームを作る。

 初めはただの仲良し友達であり兄弟姉妹。でもずっと一緒にいる。魔術師の子供たちはそれと知らず自分に足りない特性を持つ魔術を使える子と惹かれ合う。互いを補い合い一つのチームとして機能するようになる。

 心理的な説明で言えば、魔術師は自分の魔力と魔術を高める本能があるため、自分に足りない物を持つ子に強いあこがれを抱く。友達に、仲良しになりたいと願う。本能的には自分に足りない部分を他人で補うことにより、生存確率を高めようとする。

 だから魔術師の施設では、生まれたときから一緒にいる子たちを遊ばせ、自然と数人の集まりになるようにさせる。そうしてチームが出来たら学校入学から卒業までずっと同じクラス、同じチームでいさせる。

 そのチームはそのまま就職にも適用される。互いの欠点を補い合い、互いをよく知るチームは他の誰と組ませるよりも最高に有能となる。

 だから俺は、生まれた時からずっと一緒にいるローラとヘンメルとチームだ。魔術師の仕事の中でもっともありふれて、もっとも危険が大きい魔術師狩りとして就職した。

 今日はその入社式だ。この三人でチームを組んで、人間に害を為す魔術師たちの討伐に当たる。

「もう。ぶつぶつ言うのやめなよ。ほら、もう式が始まるわよ」

 俺はローラの顔を見る。なんてかわいいんだ。何度かわいいと言っても足りない。美しい。ああ。こんなかわいい子と一緒にいられて俺は幸せだ。

「ブラッド。私もいるよ」

 ヘンメル。すまないが俺はローラ一筋。浮気はしない。愛人には出来ないんだ。ごめん。

「えー、愛人でも別にいいよ」

「ちょっとヘンメル。この馬鹿本気にしちゃうでしょ」

「ふふーん。ローラ。素直になった方がいいよ。私たちは十八歳だし就職もした。もう大人だもの。子供みたいなプラトニックはおしまい。これからは本気でブラッドを私に振り向かせるからね。宣戦布告。覚悟しておいてね」

「はあ? 覚悟も何も、こんな馬鹿どうでもいいわよ。好かれて迷惑しているんだから」

 やれやれ。今日も二人が俺を取り合ってもめている。モテすぎるのが辛い。俺にはたった一人の愛だけで十分なのに。

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2013年05月18日

魔術師の深層(2)入社

魔術師の深層(2)入社

 俺たちは入社式を終え、各部署へ配属される。

 魔術師狩りを主な業務とする会社は数多くある。魔術師だけで構成され、人間からの依頼で業務をこなす。

 一応会社とは言っているが、内部では軍と呼ばれる。同様に、部署は部隊と呼ばれる。

 俺たちが入社した軍はデストデラクト。デラクト軍と呼ばれる。

 こうした軍は数多くあり、それぞれは小規模な会社としてオフィスのワンフロアに収まるほど人数が少ない。このビルもワンフロアごとに別の軍が入っており、それぞれはほとんど交流が無いライバル会社だ。

 軍などと言って大層に振る舞うのは、自分たちが戦闘をなりわいとし、他の会社に負けない最強の軍であると自負するからだ。

 もっともそれは建前で、実際にそこまで最強を誇るような輩はあまりいない。上には上がいることを知っているし、その高みを目指している。

 俺たちの属するデラクト軍は小さくて貧弱な会社だ。それぞれの部隊にはほんの一チームしか新入りが配属されない。

 ちなみにここまで小規模な会社では、新入りが入るというのは先輩が戦死して穴が空いたことと同義だ。チームが配属されなかった部隊はまだ去年までの先輩がいるらしいが、俺たちは先輩たちが戦死したため先輩に当たる人がいない。

 俺たちの上司は三つの部隊を束ねる隊長だ。一つの隊に一人も隊長が配属出来ないほど人が足りない。魔術師は戦闘で死ぬ者が多く、よってたいていは若い。

 俺たちは配属された部署でイスに座って待つ。隊長は他の隊への挨拶と初仕事を与えるため、まだこの部署へは来ていなかった。

「どんな人なのかな。やさしい人だといいなあ」

「五年も死線をくぐり抜けてきた強者らしいよ。ごつくて怖い人だったらどうしましょう」

 ローラとヘンメルはきゃっきゃとはしゃぐ。

 魔術師は戦闘で死ぬことが多く、老衰などというのはあり得ない。いつまでも生きながらえるのは、自分よりも強い相手と戦うことから逃げる臆病者とみなされる。

 就職は死を意味する。学校ではそれを悲観したり嫌がったりしないように教えられ、訓練されてきた。だから戦いに期待とあこがれを持ち、戦場での死を名誉であり望むべき最後と捉えている。

 俺はそんなのはごめんだ。ローラと一緒にいつまでも幸せに過ごしたい。結婚したい。

 魔術師の結婚は形だけの物だ。人間みたいに法律で定めたりしない、個人間で勝手にする約束だ。

 子供が作れないし若いうちに戦死する魔術師たちは、結婚ではなく単なる肉体関係を複数人と結ぶ。結婚の誓いはお互い以外と関係を持たないという愛の証だ。

 ほとんどの魔術師は学校にいるうちに他の子たちと性経験を済ませ、楽しんでいる。十八にもなって童貞や処女なのはとても珍しいことで、俺たち三人とも性経験が無いようなチームは他にいない。

「もう、またぶつぶつ言っている。気持ちいいことしたいなら誰とでもしてきなさいよ。私は興味無いけど」

「私はいつでもオーケーだよブラッド。何なら就職祝いに、今夜ぱーっとヤらない?」

「ちょっと、この馬鹿が本気にするでしょ。やめなさいヘンメル」

「あははは。いつもそう言って邪魔するんだからローラは。本当はブラッドが自分以外の誰かとするの嫌なんでしょ」

「そんなわけないでしょ。あんたはもっといい男と結ばれるべきよ。初体験ぐらい大事にしないと。結婚もしたいんでしょ」

「私が結婚したいのはブラッドだって言ってるじゃない。初体験したいのもエッチしたいのもブラッドだけだもん」

「そんなの駄目よ。こんな馬鹿、一生童貞でいさせないと。女を不幸にするわ」

 俺は君を幸せにするよ。ローラ。

「ああもう、だからぶつぶつ言わないで。うっとうしい。ほらあ、私という女をもう不幸にしている」

 そのとき、ドアがノックされる。隊長が来たようだ。俺たちはイスから立ち上がる。直立して隊長を出迎える。

「入るぞ」

 女性の声だ。若い。まあ若くない魔術師なんて見たこと無いが。

 ドアを開けて入ってきたのは若く美しい女性だ。もっとも、美しくない魔術師というのはいない。魔術師は魔力を持つせいか、その造形は男女とも人間よりはるかに美しい。親のどちらにもまるで似ない美貌を持つ。

 人間たちが魔術師を隔離するのは、人間たちの中に魔術師がいると、自分たちの容姿に対する劣等感を抱くからというのもあるに違いない。

 魔術師は十八で就職し、いつ死んでもおかしくない仕事をこなす。目の前にいる隊長は五年も生き延びているから今二十三歳だ。こんなに長生きする強者はなかなかいない。

 おっぱい大きいな。ローラより大きい。ヘンメルとは比べるまでも無い。しかしおっぱいというのは大きすぎても小さすぎてもいけない。俺にはローラのサイズが一番だ。

 隊長が俺をにらむ。

「こいつか。思っていることをぶつぶつ言う変人ってのは。大きすぎるおっぱいがよくないだと? なら触って確かめてみろ」

「いえ、隊長。俺はローラ以外のおっぱいはもまないと誓っていますので」

「ふうん。本当に変な奴だなあ」

 魔術師は戦死するから短命であり、性の快楽を存分に楽しんでおく。人間のようにタブー視したり恥ずかしがったりしない。そんなことを言っていたら死ぬとき後悔する。

 無理強いすることは決してないよう厳しく教えられているが、望む相手がいれば触らせるどころか最後まですることでさえ当たり前だ。魔術師は男女とも誰とでも寝る。酒やギャンブルではなく性の快楽に溺れる。

 隊長は俺たちの前に立ち、長い髪をなびかせる。そして真剣な顔つきになる。

「私がお前たちの隊長のジンズジーニだ。三つの部隊を受け持っている。他の二つはもう挨拶を済ませ初任務を与えてきた。お前たちで最後だ」

「はい、ジーニ隊長。よろしくお願いします」

 俺たちは一斉に頭を下げる。

「うむ。まあ任務の前に少しだけ話をする。座れ。楽にしろ」

 俺たちはイスに座り、本当にくつろぐ。

 人間の軍というのはとても厳しいらしいが、魔術師の軍ではそんな無意味な厳しさは無い。

 強力な破壊力を持つ魔術を駆使し、学校の長く厳しい訓練に耐えてきた。生き死にに関わるような訓練を経た魔術師たちにとって、形だけの厳しさなど何の効果も無い。

 魔術師は誰とでも性行為をすることもあって、互いに気安い関係を好む。上司の前だからといってガチガチになる必要は無いし、相手もそんなことをされると逆に面倒くさいだけだ。

「まず確認しておく。お前たちは全員童貞と処女らしいが本当か」

 学校でも施設でもプライベートなんて無い。風呂も更衣も男女の区別無く一緒だし、誰と誰がどんなエッチをしたかということは普通の話題だ。互いに見せ合ったりもするし、見られるのは興奮を高めるのでたいていは拒否しない。

 性経験というのは魔術師にとってそれなりに大事なので、就職の書類に性経験の内容を書く欄があった。

「はい、本当です」

「どうしてだ。理由をそれぞれ言え」

「ブレイドブラッドです。俺はローラを愛しています。ローラと結婚したいです。だからローラ以外の人とエッチはしません。ローラが俺の初めての人で、最後の人になるからです」

 俺は言い終わると、ローラを見てにんまりする。

 ああ。言ってしまった。これでは愛の告白も同然ではないか。今まで隠していた気持ちをこんな形で知られてしまうとは。まあいい。これで鈍感なローラも気付いてくれるだろう。

「ロックローラです。私は性行為自体が無駄と考えています。誰ともエッチしたくありません。そんな無駄を一切省いて魔術の研鑽に励んだおかげで、学校を主席で卒業出来たのです」

 ローラは学校を主席で卒業した。まあ本気を出せば俺が主席だったのだが、愛するローラが禁欲してまで頑張っていたのだ。それをむげにするなど男のすることではない。

「あんたの勉強を見てあげていたせいで、主席が危うかったんだけどね」

 ああローラ。さっきの俺の告白そのものなセリフを聞いてもまだ気付いていないのかい。何て鈍感なんだ。そこがまたかわいいよ。いつかちゃんと言おう。劇的な告白。劇的なキス。劇的な初体験。劇的な結婚。

「何でも劇的をつければいいってもんじゃないでしょ。これだから馬鹿は」

 最後はヘンメルだ。元気一杯に発言する。

「ヘルムヘンメルです。私はブラッドを愛しています。ブラッドと結婚したいです。だからブラッド以外の人とエッチはしません。ブラッドが私の初めての人で、最後の人になるからです」

 こらこら。人のセリフをパクるなよ。頭の悪い奴だな。

「ふふっ。ブラッドったら照れちゃって」

「はあ。ある意味似たもの同士なんだから。でも駄目よヘンメル。こんな馬鹿を相手しちゃ駄目なんだからね」

 ジーニ隊長はローラをにらむ。

「ふーむ。お前はブラッドのことが好きだから、ブラッド以外とエッチしないと決めているのではないのか?」

 そう。ローラは俺のために処女を取っておいている。

「そんなことは決してありません。魔力の全てを賭けられます」

「そんなにか。うーむ。お前たちに言っておく。魔術師は無理強いをよしとしない。強大な力を持つ我々は決してそれを振るって他人を脅してはいけない。それは犯罪者のすることだ。だから強要はしない」

 魔術師は力を用いて人を脅すことを固く禁じられている。小さい頃から身にしみるまで厳しく叩き込まれている。

「だがなるべくならセックスはしておけ。死ぬとき心残りになる。それに身体の快楽でストレスを解消する意味もあるのだぞ。魔術師の仕事は恐怖と苦痛の連続だ。性の快楽が一番安全かつ手軽で、一番効果が高いストレス発散法だというのは実証されている。性行為無しで任務をこなし続けるのは難しい。何もいきなり最後までしろとは言わないが、愛撫くらいなら楽しめるようになっておけ」

 俺はローラにやさしくほほえみかける。

「ローラ。隊長もこう言っている。そろそろ意地を張らなくてもいいんじゃないか。素直になれよ」

「誰も意地なんて張ってないわよ」

「ブラッド。隊長もこう言っていることだし、今夜ちょっとだけ、気持ちいいことしようよ」

「駄目だヘンメル。俺の身体は全部ローラのためのものなんだからな。お前の分はこれっぽっちも無い」

「もう。ケチ」

 俺たちは小さい頃、三人で裸になってお医者さんごっこをした。たいていの子はそうした遊びをしているうちにだんだん気持ちいいことを覚えて性に興味を示す。

 でも俺たちはエッチに興味を持つ前に互いを触り合うのをやめてしまった。他の誰かに求められても断るようになった。どうしてだっけ。小さい頃のことだからよく覚えていない。

 ローラが俺を見て、なぜか目を逸らす。怒ったような申し訳ないような、妙な表情をする。

「まあこの話はもういい。次だ。仕事の話に入るぞ」

 いよいよか。俺たちの仕事は魔術師狩り。犯罪者の魔術師を断罪する。つまり殺すことだ。

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2013年05月20日

魔術師の深層(3)任務

魔術師の深層(3)任務

 ジーニ隊長が俺たちの初任務についての話を始める。イスに座りながら俺は身を乗り出す。

「魔術師の仕事でもっとも多く、もっとも危険なのは魔術師狩りだ。魔術師としての道を外れ、力を振るい他人に強要し、奪い壊し犯し殺す犯罪者どもを討伐により断罪する」

 魔術師が罪を犯せばそれは死刑と決まっている。魔術師は治癒の魔術により、殺さない限りどんな重傷でも時間が経てば治るからだ。

 家族を持たず他人に執着せず、何より短命な魔術師にとって、罰になるのは拷問か死だけだった。拷問は邪悪な行いなので禁じられている。殺すことだけが、正義の行える罰だった。

 人間は表向き、魔術師の犯罪者は手に負えないからと言って魔術師に討伐を依頼する。でも実際は、人間の犠牲を出したくないから魔術師同士で潰し合わせる。

 別に返り討ちにあって討伐側が死んでもそれはそれで構わない。いずれにせよ魔術師の数を減らせるし、代わりはいくらでもいる。

「依頼は山積み。人は足りない。よって入社初日だがさっそく任務についてもらう」

「はい、ジーニ隊長」

「お前たちには私も同行する。手出しはしないがやばくなったらお前たちを保護する」

「それはどうしてでしょうか」

 ローラがいきり立つ。自分たちが他のチームに劣るのかと息巻く。

「わかるだろう。他のチームはみんな優秀だ。でもお前たちの中には一人、落ちこぼれがいる」

 俺はヘンメルの肩をぽんと叩く。精一杯元気づける、でも哀れみがにじみ出てしまう笑顔で慰めてあげる。

「いや、あんたのことでしょ」

「俺? おいおいローラ。何言っているんだ。学校の成績のことか。あれは手加減しているだけだって言っているだろう」

「黙れブラッド」

「はい、隊長」

「まったく。ぶつぶつ言ってもはっきり発言してもうるさい奴だ」

 隊長。もしかして俺に気があるのかな。ヘンメルの肩に触れただけで嫉妬だなんて。気丈なふりしてかわいい人だな。実に魅力的だ。俺のローラには及ばないけどいい線いっている。

「何だこいつは。どうしてそうなるんだ」

「隊長。馬鹿の相手はしない方がいいですよ」

「そのようだな。話を続けよう」

 馬鹿? 誰のことだろう。俺はまたヘンメルを見て、ローラに頭をはたかれる。

「我が社、デラクト軍には二十八の部隊がある。私が去年受け持った三つの部隊は全て全滅した。今年はそれぞれの部隊に、お前たちと同じ新入りのチームが一つずつ配属された。よほど大きな作戦の場合には合同で当たるが、基本は一部隊、つまりお前たち三人のチームで任務に当たる」

「はい」

「今回の任務は一人の魔術師を狩る。魔術師の犯罪者もまた数人のチームを組むことがあるが、単独の奴が多い。仲間が殺されても自分だけ生き延びて、犯罪を繰り返しながら逃げ続けるからだ」

 犯罪者許すまじ。正義の怒りがめらめら燃えるぜ。俺のこの熱いハートで君のかたくなな心も溶かしてあげるよ、ローラ。

「魔術師は複数の魔術師に襲われると殺される確率が高い。だから任務は基本的にチームよりも少ない人数を標的にする。犯罪者は魔術師社会の中にいては命が危ないから、人間社会に潜り込んで犯罪を行う。魔力を持たず魔術を使えない人間はいい餌食だ。私たちは人間の依頼で魔術師の犯罪者を狩り、人間たちを守る。ここまではいいな」

「はい、隊長」

 学校で習ったおさらいだ。何度も教えられている。

「お前たちは人間社会に行くのは初めてだ。人間に会ったことは無い。人間は容姿の醜い者もいるが気にするな。変なことを言うな。わかっているな」

「はい、隊長」

「関わるな。近寄るな。口を聞くな。目を合わせるな。見るな。聞くな。感じるな。考えるな。思うな。気にするな。何を言われても反応するんじゃないぞ。人間と接触するのは極力避けろ。同時に魔術師であることを隠すな。人間と間違われて近づかれないようにしろ」

「はい、隊長」

「しっかり教育されていないと学校を卒業出来ない。だから大丈夫だとは思うが、まさか人間が魔力を持たないからといって魔術師より劣っているなどと考えていないな?」

「はい、もちろんです。人間は魔術師とは違う種族です。上も下もありません。人間は魔術師を下に見ていますが、魔術師は人間を上にも下にも見ることはありません」

「上出来だ。しっかり教育されている。まあそうでなければ学校を卒業出来ないが。初めて人間を見て、その社会に触れるといろいろ気にしてしまうだろうが、心を強く持て。その訓練は十分してきた。訓練は学校だけで終わっている。就職では実戦あるのみ。魔術師狩りは人間社会に潜り込んだ魔術師を狩る。だから人間社会に慣れ、トラブルは絶対起こさないようになれ」

「はい、隊長」

「ブラッドもわかっているな」

「はい、隊長」

 どうして俺にだけ念を押すのだろう。さっきもちゃんと返事をしたのに。

「それはな、お前がトラブルを起こしそうな奴だからだよ。お前はちょっとだけ、人間と魔術師が同じ人間だと考えているのだろう。それは検査でわかっている」

「はい、俺は、肉体構造がまったく同じなら魔術師は人間の一種、人種とは違う区別に過ぎないのではないかと考えています。血液型みたいなものではないでしょうか」

「ふむ。思想や研究は自由だ。おおいに励めばいい。お前みたいな奴はたまにいる。でもそれは、知的好奇心を満たすだけにとどめておけ。人間の前で、魔術師は同じ人間だとか思ってもぶつぶつ口にするなよ」

「はい、それは十分承知しています」

「よし。ならいい」

 俺は思っていることをぶつぶつ言ったりしない。変なことを言う人だなあ。

「うるさい、黙れ」

「はい、隊長」

「よし。学校のおさらいはこのぐらいでいいだろう。任務の話をする」

 全員がより真剣になる。

「標的の名前はグラスグレイス。男。十八歳。犯罪年齢一年未満」

 魔術師は罪を犯してから何年経過したかにより危険度を計る。それが犯罪年齢。どんな罪でも死刑しかないので、罪の内容は問わない。魔術師狩りを逃れ生き延びる年数が長いほど危険な相手とみなす。

 同様に、魔術師たちは十八歳で就職してから何年生き延びたかで魔術師としての熟練度を計る。これが就職年齢。ジーニ隊長は就職年齢五年の大ベテランだ。

「グレイスは現在、人間の子供を誘拐して逃亡している。子供の名前はシール・ドメイス。十二歳。女の子」

 ええと、人間は名字と名前があるんだよな。で、先にある方が名前、ファーストネーム。後にある方が名字、ラストネームまたはファミリーネーム。たまにミドルネームもあるらしい。ややこしい。

 魔術師は親がいない。邪悪な魔術師の魔術により、人間の腹を借りて生まれる化け物だからだ。

 親のいない魔術師は親の名字を受け継いだりしない。名前しか持たない。名字を持つのは人間だけだ。

 俺の場合はブレイドブラッドがオールネームで、ブラッドがコールネームと呼ばれる。人名や会社名のような固有名詞はオールネームで命名される。普段はコールネームを使う。オールネームは名乗るときや、コールネームがかぶるときに使う。

「任務の詳細も含めて、顔をデバイスに登録しておけ。その方が話をしやすい。私の情報も一緒に登録する。お前たちの情報もよこせ」

 ジーニ隊長が手を開いて前に出す。俺たちも手を開いて前に出し、互いの手を近づける。

「デバイス」

 全員が唱える。デバイスの魔術により互いの手のひらの前に、薄く輝く板のような物が現れる。

 これがデバイス。魔力を術で具現化した魔術だ。人間の持つ情報端末のようなものだ。厚みの無い薄いスクリーン。形状には個人差がある。俺のは正方形で、ローラのは縦長で角が丸い。ヘンメルのは丸だ。ジーニ隊長のは一言では言えないような形をしている。

「いや、星型の一言で言えるだろ」

「はい、隊長」

 言われてみれば星型に見えなくもない。そのセンスには脱帽だ。

「ああもう。こいつうざいなあ」

「そうでしょう。隊長。私もいつも苦労しているんですよ」

 俺はローラに苦労をかけたりしない。安心して嫁に来てくれ。

 互いのデバイスを重ねる。半透明で厚みの無いデバイスは触れることが出来ない。互いに透過し合う。こうして重ねることで、与えたい情報と受け取りたい情報を交換する。

 全員のデバイスに必要な情報が登録された。あとは脳の記憶のように、いつでも脳内で参照出来る。デバイスを出す必要は無い。人間はいちいち情報端末を出さないと情報を参照出来ないらしいが、さぞかし不便だろう。

 さっそく情報を参照する。これがグレイスか。おとなしそうな男だ。とても犯罪をしそうに見えない。でも人は見かけによらないからな。こいつはきっと凶悪で好戦的な奴に違いない。

 シールは、まあまあかわいい。しかし人間の美貌は魔術師よりはるかに劣る。醜くなければまだましだ。

 十二歳か。同じ歳の頃のローラは実にかわいかった。今はすごくかわいいが。俺は思い出してにんまりする。

「こら、仕事中だぞ。にやけるな。気持ち悪い」

「はい、隊長」

「シールの親から警察に、娘の捜索依頼があった。誘拐されてから今日で三日目。町で二人が目撃された。誘拐犯が魔術師なので我々の軍に依頼があった。お前たちはこのグレイスを断罪し、シールを救出しろ」

 断罪は常に殺害を意味する。正義を行うときは好んで断罪という言い方をする。

 学校では、断罪を経験するため捕らえられた犯罪者を殺す訓練もした。いまさら人を殺すことにためらいはない。でも俺は、殺人を他の連中のように好きだとは思えなかった。

「心配するな。じきに楽しくなるさ。凶悪な犯罪者は許せない。断罪のみが、その憤りを晴らせるのだ」

 ジーニ隊長はにやりと笑う。俺も早く慣れればいいかもしれない。でもこのもやもやした気持ちは何か大切な事のような気がする。

「殺すのが楽しくないなんて、変な奴だな」

「そうですよ隊長。変ですよねブラッドって」

「変ですね」

 ローラもヘンメルも、犯罪者を断罪する訓練は楽しいと言っていた。俺だけが楽しめなかった。

 泣いて命乞いをする犯罪者。それを殺す。魔術師にとって死は名誉。そう教えられているから名誉の戦死を望む。命乞いをする魔術師は頭がおかしい。殺すのが楽しくない魔術師は変わっている。

 本当に、そうなのだろうか。何でみんなこういうことを疑問に思わないのだろうか。

「そんなことを考えるのは、あんたが馬鹿な証よ。馬鹿だから馬鹿馬鹿しい考えばかりするのよ」

「そうよブラッド。私は君が変でも愛しているよ。だってそばにいると飽きないもの」

 ローラとヘンメルは笑っている。ときどき二人が、知らない人かと思えるほど遠くに感じる。

「お前の主義主張はどうでもいい。話の邪魔をするな」

「はい、隊長」

「いいか。人間は魔術で治癒なんか出来ないからな。シールを傷つけるような真似をするなよ。人間はかすり傷でもがたがた大騒ぎする。大げさに痛がる。魔術師の誘拐じゃないんだ。誘拐犯と人質を一緒に吹き飛ばしてもあとから治癒で再生するからいいとか思うなよ」

 魔術は破壊に特化している。他人を害するか自分に益するかのどちらかで、他人に益する魔術はほとんど無い。

 ヒーリング、治癒の魔術は自分だけを自動再生する。死なない限りどんな重傷も数時間で全快するが、他人の傷を治癒することは出来ない。

 ちなみに、この治癒により病気や毒も回復する。人間のように病気や毒で苦しむことは無い。肉体の欠損も呪いの類の魔術を受けない限り無い。異常は全て治癒出来る。性病も妊娠も無いから魔術師同士は誰とでも気軽に性行為をする。

「こんなものか。あとは各自デバイスに登録した情報を参照しておけ。では出発するぞ。その前に質問は?」

「ありません、隊長」

 ローラが即答する。

 何を言っているんだ。俺の質問があるぞ。

「では出発だ」

 隊長? 俺の手を見て、ほら、上げているでしょ。質問ありまーす。

「行こう、ブラッド。質問は道中でも出来るよ」

 ヘンメルが俺の腕を引っ張る。しょうがない。質問はあとでいいか。

 というかもうしなくていいか。どうせ学校で習ったことと同じことしか言わないだろうし。

 誘拐犯が人質をたてに脅したときはどうするのですか?

 人質に害を及ぼす前に殺せ。

 どうやって?

 学校の訓練でやった物の中で、とても難易度の高い物だった。高得点を取れたチームはいない。人質に腕一本より軽いけがを負わせずに救出出来たチームはいない。

 優秀なローラは俺のせいでしくじったとぼやいていた。顔面を半分ぶっとばされて痛がる人質役に笑いながら謝っていた。

 訓練は犯人役も人質役も魔術師だった。だからいくら人質がけがしても治癒により回復した。

 でも今度の人質は人間だぞ。

 頭半壊どころか、軽いけがでも死ぬんだぞ。

 豆腐よりも脆い命なんだぞ。

 どうやって、けがをさせずに救出するんだ?

「ははは。話に聞いていた以上の馬鹿だなこいつは」

 隊長は俺の頭をぐしぐしなでる。

「まあ、救出出来ればそれでいいじゃない」

 ローラはあっさりと言う。

「そうだよ。まあ手足の二本までなら依頼人も納得すると思うし。三本以上はちょっとやばいかもしれないけどね」

 ヘンメルが言うと、隊長はうなずきがらもしょうがないなといった感じで言う。

「あー、お前らよくわかってないから言うが、人間はすごく心が狭いんだ。娘の顔にかすり傷がついただけで嫁に行けないとか何とか大騒ぎするからな。手足なんて論外だ。本当に、けがさせるのは最後の最後まで避けろよ」

「うわ、人間ってうっざ」

「うーん。これは腕が鳴るね。難しい任務って燃えますよね隊長」

「ははは。ヘンメル。お前はいい魔術師だな」

 何でみんな笑えるんだろう。いくら治癒で回復するとしても、魔力で精神が強くなっているから痛みに耐えられるとしても、痛いじゃないか。辛いじゃないか。ひどいじゃないか。

 ましてや相手は人間だ。手足を失えば治癒で生えたりしない。二本までならいいとかなんとか、そういう問題じゃないだろう。

「お前もヘンメルを見習えよ。ええブラッド?」

「はい、隊長」

 そう答えるしかなかった。

posted by 二角レンチ at 12:27| 魔術師の深層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月22日

魔術師の深層(4)人間社会

魔術師の深層(4)人間社会

 人間社会については多くの情報を知っている。デバイスの魔術に登録した情報は脳内で、映像だけでなく音や匂い、感触さえも情報として得られる。実体験したかのように知ることが出来る。心身に悪影響の無いわずかな感覚だが、どういうものかは知ることが出来る。

 だから魔術師は、人間社会に行ったことが無くても支障無く入っていける。問題は無い。ただやはり人間社会も人間も初めて目の当たりにするので、緊張と興奮があった。

「そわそわしないでよ。ブラッド」

「だってローラ。人間社会だぜ。今までデバイスの情報でしか知らなかったんだぜ。楽しみだなあ」

「くす。デバイスの情報と変わらないよきっと」

「ヘンメル。お前もか。何でわくわくしないかなあみんな」

 ジーニ隊長がくすっと笑う。

「いいねえ。お前みたいにうきうきする奴は珍しい。見ていて面白いな」

「ジーニ隊長。隊長は初めて人間社会に行くときわくわくしませんでしたか」

「別に。デバイスの情報を飽きるほど参照させられていたからな。実際新しい驚きなんて何も無かったしな」

「そんなあ。夢を壊すようなこと言わないでくださいよ」

 俺たちは飛行機のボックスシートで向かい合って座っていた。人間の飛行機ではボックスシートは珍しいらしい。魔術師は別にシートベルトとか使わなくても大丈夫だし、進行方向を向いている必要も無い。

 俺はもちろんローラの隣だ。ローラはいつも照れるが、ここは俺の定位置だ。

「照れているんじゃなくて嫌がっているのよ」

 またまたあ。

「あああああ。いらいらするう」

「ははは。ローラ。まあこいつのつぶやきには私も初めいらついたが、慣れれば面白い。なかなか楽しい奴じゃないか、このブラッドは。私は結構気に入ってきたぞ」

「ありがとうございます隊長。俺も隊長のこと、気に入ってますよ」

「ははは。生意気だなお前は。まあいい」

 魔術師は治癒の魔術により疲労が自動回復する。激しい行動をしなければ疲労しないですむ。飛行、フライの魔術で人間の乗る車程度の速度で移動するなら疲労しない。

 でも飛行機ほどの高速で飛行すれば疲労し長くは保たない。だから長距離を移動するときは飛行機や新幹線を使う。

 車、電車、バイクなどは普段使わない。その程度の速度なら飛行で事足りる。

 自転車は趣味の乗り物で、一部の魔術師に人気がある。人間で言う一輪車みたいなお遊びだ。自転車でゆったり走るのが楽しいんだよなあ。坂とかは魔術で楽々乗り越える。

 魔術師社会では魔術と科学のいいとこ取りをして暮らしている。科学万歳。魔術万歳。科学しか使えない人間は何て不便なのだろう。人間の使う情報端末はデバイスの魔術に比べて不便すぎてぞっとする。

 飛行機が空港に着陸する。人間社会の空港だ。初めて魔術師社会を出て、人間社会に降り立った。

「はあはあ、感激、はあはあ」

「ちょっとちょっと。何はあはあしているのよブラッド」

「興奮しないのかローラ。ヘンメルは」

「興奮するようなことはないよ」

「そっかあ。この興奮を味わえないとは不幸な奴らめ」

「まあ落ち着け。なんか怪しいぞお前」

「え、そうですか隊長。はあはあ」

「変質者みたい」

「ヘンメル。俺みたいに健全な変質者はいない」

「あんたが不健全なんでしょ」

「おっとあれは。おいおい見ろよ。老人だあ!」

 俺は本物の人間、それも老人を初めて見て興奮した。

 魔術師は老人の年齢まで生きることは無い。若くして死ぬ。三十まで生きる魔術師は伝説的人物で、たいていは二十歳までに戦死する。

「老人。老人。はあはあはあはあ。すげえすげえ。しわがあんなにたくさん。貫禄あるうううううう」

「見ていて面白いんだが、そろそろ本当に捕まりかねない。ローラ。ヘンメル。こいつを何とかしろ」

「はい、隊長」

 ローラは俺の腕を後ろにねじり上げる。ヘンメルが俺のみぞおちにパンチをめり込ませる。

「おっご」

 痛みで呼吸が出来ない。はあはあ出来ない。

「うむ」

 隊長はうんうんうなずく。俺はうんうんうなる。

 魔術師は自動で治癒する。俺はローラに腕をねじり上げられ、回復するたびヘンメルにみぞおちパンチを食らいながら連行される。

「どうだ。もうそろそろはあはあしないでいられるか」

「はい、隊長」

 俺はようやく解放される。

「まったく、童貞だからか。興奮しすぎだ。だから毎日の性行為は大事だと言っただろう」

「いえ、それは違いますジーニ隊長。この興奮は性的興奮ではありません。あこがれです。俺もしわしわになりたいです」

「まあなあ。私もしわしわのばばあになりたいなあ」

 ジーニ隊長は遠い目をする。隊長はもう二十三だ。かなりの強者であり、それだけ危険な任務に駆り出される。だからもう、いつ死んでもおかしくない。

「私は絶対三十まで生きて、伝説の仲間入りをするぞ」

「その意気ですよ隊長。みんなで百まで生きましょう」

「ははは。大きく出たな。いいぞ。夢は大きく望みは深く。魔術師の深層に潜れ」

「はい、隊長」

 俺は隊長に肩を組まれる。大きなおっぱいが当たる。やわらかい。

 でも俺はローラ一筋。揺れない。でもやわらかい。揺れてるおっぱいやわらかいよお。

 ヘンメルがローラにささやく。

「ふふっ。ローラ。妬けちゃう?」

「何が」

「ジーニ隊長、ブラッドのことすごく気に入ったみたい。このままだと童貞、奪われちゃうかもしれないよ」

「まさかあ。隊長があんな馬鹿と寝るわけないわ」

「もう。意地張っていると本当に、私が奪っちゃうよ」

「駄目だって。あんな馬鹿やめときなさい」

「ローラ。私は本気よ。私はブラッドが好き。愛している。でもローラのことも好き。ローラとブラッドが結婚するのが一番の望み。応援するわ。私とブラッドが結婚するのは二番目の望み。幸せになるわ」

「本気で言っているの?」

「あせる?」

「別に」

「ただ応援するだけだと素直になれないみたいだから、今度は嫉妬で焚きつける作戦に出るね。でもいつまでも意地張っているなら、最後は本気で奪っちゃうからね」

「だから、あいつだけはやめときなさいって」

「この堂々巡りももうおしまい。もう知らないよ。そのとき泣いても遅いよ」

「私が、あの馬鹿が誰と寝ようが泣くわけないじゃない。あははははは」

 ローラの笑いはとても乾いていた。

 俺たちは空港を出てすぐの警察に着く。別に俺が不審者として連行されたわけではない。

「ええー、観光は?」

「遊びに来たんじゃないでしょブラッド。どうせあとで捜索に出るんだから、今は我慢しなさい」

「うう。くそう。車とか人混みとか見たい。空港の人もすごかったな。町はもっと混雑しているんだろ。人。車。排気ガス。楽しみだぜ」

 空港には必ず大きな警察が隣接している。空港からの通路で入れる。魔術師を外に出さずにそのまま案内するためだ。

 窓から人の群れが見える。もっと近くで見たいぜ。

「ふうー、しかし人間って奴は何もかも立派だよなあ。でかい空港。でかい警察。設備がやたら金かかっていそうだぜ」

 魔術師社会は実に質素だ。人間は最低限の金と物資と科学しか提供しない。魔術師狩りの仕事は命の危険があるが、そんな危険の無い人間のアルバイト一日分くらいしかもらえない。

 隊長は警察の窓口で何かやりとりする。そして俺たちを手招きする。

「ここにサインしろ」

「はい、隊長」

 魔力により個人の判別を出来ないなんて不便な。サインなんて何の意味があるんだ。こんなの練習すれば偽造出来るだろ。そういう詐欺もあるって聞くぞ。

「よし、行くぞ」

 俺たちは隊長についていく。案内とかいないのか。慣れているようだった。

「ここは魔術師専用の窓口と通路だ。一本道だし案内はいらない。何度も来ている」

 隊長は察しがいい。何も言ってないのに案内がいない疑問に答えてくれた。

「ぶつぶつうるさいわね」

 ローラがつぶやく。

 ぶんぶん? 蠅でも飛んでいるのだろうか。俺には確認出来ないよローラ。それとも俺のローラに対する愛が飛び交っているのかな。どんどん増えてあふれてしまうんだ。許してくれ。受け取ってくれるとうれしいよローラ。

 ジーニ隊長は通路の奥にあるドアの前まで来るとノックする。中から入れと言う男の声がする。

 渋い声だぜ。歳を取るとこんな素敵な声を出せるようになるのか。

「失礼します」

 俺たちは部屋へ入る。重厚なイスに座りテーブルにひじをついている中年の男がいる。

「よく来たな。まあかけろ」

「はい」

 中年の男の正面にあるソファにみんなで並んで座る。秘書だろうか。若い女性がお茶をいれてくれた。

 美味い。魔術師社会のお茶はこんな高級なのは使わないぞ。人間は贅沢をしまくると言うが本当だな。

「事件についてはもう知っているな」

「はい、警部。資料には目を通してあります」

 うーむ。あの警部という中年の男はあきらかに隊長より弱いのに偉そうだ。人間社会では強くなくても偉くなれるらしいが、就職年齢五年の隊長より偉いってどれだけすごい人物なのだ。

「ブラッド。警部は大した役職じゃないわよ。警察という組織では中の下くらい、下っ端の類よ」

「いやローラ、そんなことは無いだろう。下っ端が偉そうに振る舞うなんて恥ずかしくて出来るわけがない。資料が間違っている」

「人間の組織はとても大規模なの。私たちの会社みたいに百人程度ではなく、何千人も関わっているのよ」

「はー、そんなにでかい組織がごろごろしているのか。実際目の当たりにしても信じられないなあ」

 俺たちは隊長と警部の話を聞きながらひそひそ話をする。

「ではこれより探索に出ます」

「うむ。人間には近づくなよ。迷惑かけるな。いいな」

「はい、心得ております」

「まったく。おいそこの新入りども」

「はい」

 俺たちはソファから立ち上がる。

「俺はゴーブ警部だ。人間社会は初めてらしいな。粗相をするなよ。したらもう、出入り禁止だぞ」

「はい、心得ております」

「名前は」

「ブレイドブラッドです」

「ロックローラです」

「ヘルムヘンメルです」

「あー、そうか」

 覚える気が無いだろう、この野郎。何だか虫の好かない奴だ。

「新入りが来るたびこうして顔合わせしないといけない。面倒くさいんだよ。死ぬんじゃねえぞ。ころころ変わるなよな、まったく」

 俺たちの心配をしてくれる。何だ。いい人じゃないか。人間は嫌な奴に見えたりいい人に見えたりして面白いなあ。

 魔術師は裏表が無い。思ったことは何でも言うし、言われても気を悪くしない。身体を見せるのは恥ずかしくないし、性行為は恥ずかしいけど俺たち以外みんなしている。

 いちいち隠し事をしたりしない。したいことをし、したくないことはしない。何でも気軽に要求するし、気軽に応えることも、断ることも出来る。

 人間はいちいち本音を隠したり遠慮したり気を遣ったりするそうだが、変な習慣だと思う。損ばかりで得なことも無ければ意味も無いじゃないか。

 人間は言うと気を悪くしたり怒ったりするから、俺はこの警部についての印象を本人に言わない。

 人間と話すときは笑顔で黙っていろ。聞かれたことにだけ答えろ。正答ではなく相手の望む答えを言え。そう教えられてきた。そうする意味がよくわからなかったが、なるほど、この警部は横柄な態度を指摘したらきっと怒り出すのだろうな。

「この警察内で、俺以外の人間に会うな。魔術師用の出入り口を通れ。空港からとは別にある。ジンズジーニ。わかっているな」

「はい。よくわかっております」

 おいおい。オールネームで呼ぶなよ。コールネームで呼べよ。失礼な奴だな。

 さっき窓口で人間に会いましたよ、警部以外の人間に会わずに入れませんよと言うと怒るんだろうな。この人間は。

「じゃあ行け。いいな。人質のご令嬢には傷一つつけるな」

「はい、もちろんです」

 うっわー。本当に傷一つも駄目なんだ。人間の潔癖さと無茶ぶりは、人間ファンの俺でも辟易する。可能と不可能の区別がつかないで、平気で無理を注文してくるとは聞いていたけどここまでだったか。いくらなんでも頭悪すぎるぞ。

 うーん。やっぱり虫が好かない。嫌な奴だ。人間は好ましい奴ばかりではないな。でもさっき俺たちの命を心配してくれた。いい人なんだがなあ。

「では失礼します」

「ああ。ご令嬢を無事につれ戻せ。犯人はそっちで処分しておけよ」

「はい」

 俺たちは息が詰まる部屋をそそくさと後にした。

posted by 二角レンチ at 13:55| 魔術師の深層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月24日

魔術師の深層(5)人間の町

魔術師の深層(5)人間の町

 俺たちは空港から直通で行った警察内で、警部との顔合わせと依頼の話を終えてその部屋を出た。

 俺を含めてみんな大きなため息をつく。

「ふー、人間への幻想が、砕け散ったなあ」

「あんなの事前にわかっていたことじゃない。まだかわいい方よ。中には何もしていないのにいきなり怒り出す奴もいるらしいわよ」

「うへえ。そいつはかなわねえなあ」

「まあまあ。お楽しみの町へ繰り出しだよブラッド」

「んー、でも人間はみんな、さっきの警部みたいにいい奴かつ悪い奴なんだろ。魔術師みたいにどっちかはっきりすればいいのに」

 犯罪者は悪人。犯罪者以外は善人。魔術師は明確に、善人と悪人が分かれている。

「何だあ。ブラッド。さっきまではしゃいでいたのにしょげかえって」

 ジーニ隊長が俺の肩をぽんと叩く。

「隊長。ちょっとだけ、人間に幻滅しました」

「あんな嫌な奴はあまりいないさ。たいていは魔術師を怖がるだけで、面と向かって嫌なことは言わねえよ」

「怖がられるのもなあ。仲良くなれないかな」

「人間なんかと仲良くなって、何の得があるのよ」

 ローラは不思議そうに訊いてくる。

「損得じゃねえだろ」

「損得以外の何があるのよ」

 魔術師は損得だけで考える。したいことをする。したくないことはしない。されたくないことはされない。要求する。応える。拒否する。無理強いはしない。それが行動理念の全てだ。何のためらいも遠慮も無くそうする。

 性行為を楽しむのは気持ちいいからだ。しないと損だからだ。我慢しても得なんて無い。俺はローラとエッチしたくて毎日が苦しい。

 ヘンメルがむふふと笑いながら俺の顔をのぞき込んでくる。

「ふふっ。苦しいのねブラッド。私もそう。毎日自分でするのももう嫌だよね。今夜こそ私としようよ」

「おう、やれやれ。やっといた方が絶対いいぞ」

「ヘンメルも隊長も、この馬鹿をそそのかさないでください」

「私だってオーケーだぞ。ブラッドのこと気に入ったからな。私で童貞捨てたいなら今日にでも奪ってやるぞ」

「隊長までそんな。あううう。ライバルがまた一人増えちゃったよお」

 うーむ。俺は本当に、ローラにだけモテればいいんだがなあ。

 人間だとこういうのをハーレム状態と言うらしいが、誰とでも気軽に寝る魔術師たちにとって、こんなのは当たり前の光景だった。ありがたくも何ともない。

「すぐにけりをつけて、夜の便で帰るからな。明日まで長引かそうとか思うんじゃないぞ」

「はい、隊長」

「ええ、観光は」

「そんな暇あるか。町を歩けば観光だろうが。捜索のついでに済ませておけ」

「そんな。風情も情緒も無い」

 俺たちは警察を出て町へ繰り出す。

「おわあ。すげえすげえ」

 ちょっと人間が期待外れだったからしょんぼりしたが、やはり長年あこがれた人間社会だ。デバイスの情報はいかにリアルでも本物の迫力にはかなわないぜ。

「うほー。見ろよローラ。車だぜ。渋滞でのろのろ走ってやがる。苛つかねえのかな。人間は魔術師より短気なくせに魔術師より気が長いぜ」

「あんただって自転車でのんびり走るじゃない」

「あれは風情があるだろ。でもあいつらは急いでいるから車に乗るんだ。なのにあんなに遅いなんて、笑えるなあ」

「たしかにおかしいわね」

 みんなでくすくす笑う。

 俺たちが笑うので注意を引いたのか、周りの人間たちが俺たちを話題にする。

「おい魔術師だぜ」

「きれーい」

「化粧もしてないんでしょ。いいなあ」

「うーん。でも、完璧すぎて気持ち悪くない?」

「あー、そうねえ。整いすぎ。人間味が無いっていうかあ。まあ人間じゃないしい」

「服装も変だしな。もっといい服着ろよな」

「魔術師ってみんな貧乏らしいよ。大昔みたいに質素な生活しているんだって」

「ああ。そりゃそうか。人間様よりいい暮らしをする化け物なんざいやしねえよな」

「何しに来たんだろうな。目障りだぜ」

「そりゃ魔術師狩りでしょ。野蛮よねえ。同族殺しなんて」

「人間に迷惑かけるなよなあ。獣が」

「知ってる? あいつら四六時中交尾しまくっているらしいよ。子供出来ないからって誰彼かまわずヤりまくるそうよ」

「その点はうらやましいよなあ。でも人間だから、そんな犬猫みたいな真似出来ねえよ」

「ま、ボコボコ増えないから犬猫よりましかな。でもやっぱり犬猫の方がかわいいからましよねえ」

「あー、近寄りたくねえ。気持ち悪い」

「私も。気分悪くなってきたあ」

 俺たちが魔術師だとわかると、とたんに人が遠ざかる。みんな俺たちを見てひそひそ話す。不便な情報端末を取り出して写真を撮っている。

「うーん。これが人間の悪口って奴かあ。訓練しておいたおかげかな。腹が立つほどのことでもねえや」

「人間はああやって、相手を蔑んで怒り出すのを楽しむそうよ」

「へえー、趣味悪いなあ。そんなことして何が楽しいのかねえ」

「お前たち、わかっているな」

「はい、隊長。言い返しません。気にしません。いつも笑顔で黙っています」

「よし、よく訓練されているな。魔術師らしく振る舞えよ。人間の方が勝手に遠ざかってくれる」

 うーん。まあわかっていたことだけど、幻滅幻滅。どんどん人間へのあこがれが小さくなる。科学と贅沢の極みのこの町。物。服。その辺は楽しいのだが、肝心の人間が楽しくないから楽しさが半減だ。

「言っただろう。人間の町へ来ても楽しくないと」

「うーん。そうですね。でもまあ、何とか楽しみますよ」

「前向きだな」

「こういうのは馬鹿って言うんですよ」

「こうやって本人に言えばいいのに、わざわざ聞こえるようにひそひそ話するのが理解出来ねえ」

「人間は、相手が悪口に対して反応すると面白がるんだよ。トラブルを起こさないためにも無視しよう」

「人間は心の痛みにも身体の痛みにも弱いんだな。かわいそうになあ。歪んでしまっても仕方ないか」

「そういうことだ。さ、せっかく来たんだ。まずは食事にしよう」

「え、でも、高いですよ。店の値札、どれも桁が一つ違う」

「心配するな。入社祝いにおごってやる」

「本当ですか。うわあ、隊長。ありがとうございます」

 俺たちははしゃぎながら店に入る。店員はそっけない。俺たちが入ると他の客は雑談をやめ、また聞こえるように悪口をひそひそ話す。ぐちゃぐちゃ言いながら店を出る連中もいる。

「ブラッド。笑顔笑顔」

「ああ。笑顔笑顔」

「笑顔だよ笑顔」

 別に平気なんだけど、平気なんだけどね。笑顔を作るのが面倒になってくるな。

 人間は何というか、人の元気を奪い取るなあ。本当は魔術を使えるんじゃないか。呪いの魔術をかけられているみたいだ。

 俺たちは気を取り直し、めいめい料理を頼んで食べた。

「う。美味い、けど」

「うん。味が濃い」

「うーん。これ本当に、十倍も値段するほどかなあ?」

 たしかにおいしい。こんなに美味いもの初めて食べた。にもかかわらず、たいしてすごいと思わなかった。値段が二倍くらいならきっとすごく喜んだんだろうけど、十倍もしてこの程度かと思うとがっかりが大きすぎておいしく思えない。

「あー、人間社会ってなんか、俺、期待しすぎてたみたいだな」

「そうね。私もさすがにここまで大したことないとは思わなかったわ」

「そうだね。がっかり」

 ローラもヘンメルも、人間はともかく料理には期待していただけに落胆が大きかった。

 店員が空いた皿を下げに来た。

「ごちそうさま。会計を頼む」

 ジーニ隊長が店員に伝票を渡す。店員はあきらかに人を馬鹿にした笑顔を作る。

「はい。魔術師様方には、当店の料理があまりお気に召しませんでしたようで」

「いや、そんなことないぞ。おいしかった」

 そんなにはおいしくなかった。まあおいしかったってのは本当だが、ぼりすぎじゃないか。

「何ですか? 聞こえるように言ってくださいよ」

「何でもありません。こいつ独り言が多いんです」

 店員は明らかにむくれていた。接客業で笑顔を保たないでよく首にならないな。

 店はもっと活気があって楽しいものだ。笑顔で接客するのは当たり前。笑顔があるほど料理が美味い。魔術師の店はどこも笑顔があふれていて、食べると腹も心も満たされる。

 ああ。それでか。店員も客も笑顔を見せない。ちっとも楽しそうじゃない。楽しくない食事がおいしいわけないよな。

 店を出てすぐ、俺はがっくり肩を落とした。

「何だか、人間社会って楽しくない」

「そうね。でもわかっていたじゃない。あんたは情報のいいところばかり見て悪いところを見なかったから期待が大きすぎたのよ」

「そうだな」

「ははは。どうせ任務でちょくちょく来ることになるんだ。じきに慣れる。慣れたら楽しいものさ。気にしなくなるって言う方が正しいが。さて腹も膨れたし、そろそろ始めろ。初仕事だ。きばれよ。もちろん失敗は許されない。人間は魔術師に払う金は渋るくせに、なぜか払う金以上の成果を求める。対価の概念がおかしいんだ。等価ではなく、不当に利益を得て支払いを少なくしようとする」

「今の料理なんてその典型よね。あれで相場の十倍は無いわあ」

「まったくだね。さすがの私もちょっとむっとしちゃった」

「ヘンメルは食いしん坊なのに、食べるの辛そうだったなあ」

「魔術師は支払いと同じだけの物を期待するもの。だから十倍払ってあの味だと、がっかり感で不味く感じたのよ」

「あ、それ俺も思った。せいぜい二倍だよな、あの味」

 ジーニ隊長がぱんぱんと手を叩く。

「ほらほら。お前等無駄口が多いぞ。始めろよ」

「よっしゃ、じゃあみんな、俺に続け」

「チームのリーダーは私でしょ。毎回それ言うのやめなよ。ギャグになってないから」

「いやローラ。俺は本気で」

「ヘンメル。敵を探して」

「はい」

 ヘンメルの口調が変わった。仕事モードに入ったな。こっちも気が引き締まるぜ。

 いよいよ初任務だ。わくわくしてくる。人間社会にはがっかりだったが、魔術師の神髄は戦いにある。

 より強く、より深く。魔術師はみんな深層を目指す。強敵との戦いだけが、魔術師の深層をより深く潜るための道。

 訓練で成長出来るところまでは学校で成長した。あとは実戦によってしか成長出来ない。魔術師とはそういうものだ。

 ローラもヘンメルもすごくうれしそうだ。俺と同じように血が騒いでいる。

 初めての任務。初めての敵。そして初めての、本当の殺し合い。

posted by 二角レンチ at 18:36| 魔術師の深層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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