2013年05月25日

共生する病(0)あらすじと登場人物

共生する病(0)あらすじと登場人物

あらすじ

 ただ一つの病が、人類全てを脅かした。

 その病は宿主を殺して渡り歩く代わりに、宿主を助け生かし共生することを望んだ。

 それは人類の夢をかなえたような病だった。

 宿主と共生し、自分が生きるために宿主を生かし続ける。永遠に。

 病は症状として、宿主の人間を不老にし、ほぼ不死身にし、他の病を駆逐し、毒を分解し、重症であっても治癒した。

 宿主をあらゆる危険から守るため、宿主が望めば攻撃症状をも発症させた。半人半獣になる獣人病、体内で武器を生成する兵器病。

 そして宿主が傷つけられるのを恐れれば、宿主を樹木や宝石に変えて身を守った。少女ミリカは宝石病を発症し、美しい宝石の彫像と化した。

 学者の少年セクタは、幼馴染で愛するミリカを助けるため、この不治の病の治療法を求めて町を出る決意をする。

 町の外は深い森だ。攻撃症状を発症させた危険な人間たちが、人を襲うべく彷徨っている。彼には護衛が必要だった。

 町で護衛として一番強くて頼れる二人組。爆弾病のラーキットと車輪病のプリズマ。

 二人の女性は確かに強いが、性根がねじ曲がっていてとても凶悪だった。彼女たちは自身の目的を果たすために、頭のいい学者であるセクタを利用する。

 町を出て、危険な旅が始まった。セクタは敵だけでなく、味方のはずのラーキットやプリズマにさえ苛まれ苦しめられることとなる。

説明

 ただ一つの病が人類全てに感染し、他の病を駆逐した世界。文明が崩壊し、森に分断された町に住むセクタが、愛するミリカを救うために護衛の性悪女二人を雇って旅をする話です。

 かなり暗くてドロドロしています。残酷でひりつくような悪意が見たい方向けの内容です。

 セクタ、ラーキット、プリズマの三人は、信頼関係でなく利害関係で結ばれています。

 自分の目的を果たすために利用し合う関係。信じても裏切られる。だから信頼でなく利害だけが裏切れない唯一の関係。ラーキットとプリズマはそれをセクタに教え、自分たちと同じ心まで醜い化け物になることを強います。

 憎んでいても目的のためなら手を結ぶし愛し合いすらする。そういう悲しい関係を描いた悲惨な物語です。

 執筆は完結しています。

 エロ、グロ、残虐さなどが少し強めの作品ですが、大丈夫な方はぜひごらんください。

 以下に軽く人物紹介です。イメージラフがついていますので、小説を読む際にイメージを見ても大丈夫な方のみ以下からごらんください。

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posted by 二角レンチ at 10:28| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月27日

共生する病(1)宝石病

共生する病(1)宝石病

 僕は緊張していた。女の人が苦手だからだ。豊満で、その身体を強調するためにわざと布地の少ない服を着る女性を前にして、僕はイスに座ったままカチコチに固まっていた。

 性的アピールの強い女の人は、僕には刺激が強すぎる。目の前にいる女性をちゃんと見られなかった。

「おい、人と話をするときは相手の目を見ろって教わらなかったのか? 頭のいいお坊っちゃんはたいそう立派な教育を受けてきたんだろう。なのに礼儀は学ばなかったのか?」

 美しい女性に厳しい目つきでにらまれて、僕はイスに埋もれそうなぐらい身を縮こまらせた。

「す、すみません」

 そう謝るしかなかった。

 彼女はイスにふんぞり返り、テーブルに足を載せて組んでいる。むっちりした太ももは丸出しで、水着か下着かというぐらいのビキニ姿は、視線を逸らそうと思ってもつい見てしまう。

 これが人と会うときの格好だろうか。これが人と話すときの姿勢だろうか。言葉遣いにしてもそうだ。どちらが礼儀がなっていないのだろう。

 でも文句は言えない。僕は仕事の依頼に来たのだから。それも命がけの危険な仕事だ。だから相手の機嫌を損ねてはいけない。

 部屋の奥から、別の女性がお盆を手に入ってきた。

「ラーキット。駄目ですよ。依頼人を怯えさせては。だからいつも仕事を逃してしまうのですよ」

 その女性は目の前にいるビキニ姿の女性と違い、とても普通の服を着ていた。長い袖。長いスカート。そして大きな胸。胸元の大きく開いた服からはしっかり谷間が見えていた。歩くたびにたゆんたゆんと揺れるその見事さは、男なら見てはいけないと思ってもつい目がいってしまう。

 そんな僕の視線に気付いて、その女性はにっこりとほほえみかけてくる。

「ふふ。気になりますか? 触ってもいいですよ」

 僕は赤面して目を逸らす。

「す、すみません。そんなつもりじゃ」

「そんなつもりでもいいですよ。私、男の子も好きですから」

 かわいい顔したその女性は目を細めて見つめてくる。向かいに座る、ほとんど裸みたいな格好の女性とは別の意味でタチが悪い。豊満な身体の女性二人を前に、赤面しておどおどする僕をからかって楽しんでいる。

「おいプリズマ。お前俺というものがありながら他の男に色目を遣うなよ」

「だってラーキットは女じゃないですか。たまには男の子も食べたいですよ。ラーキットだってそうでしょう?」

「まあ、たまには、な。でも一番はお前だけだぜプリズマ。俺の女はお前だけだ」

「私の女もあなただけですよラーキット。男の子はほんのおやつ。そうでしょう」

「違いねえ。ちょいとつまむぐらいがちょうどいい」

 二人は僕を見てにやにや笑う。あきらかに僕をからかっている。僕はどう答えていいかわからずただうつむいた。

 二人ともそれぞれ性格が悪い。僕の苦手な女らしすぎる熟した身体。いやらしい。本当なら関わり合いになりたくないタイプだ。

 でも他に選択肢は無い。町の外へ出ようというのだ。町の中で一番の手練に護衛を頼まなければならない。生半可な者では命を落としてしまう。

 プリズマと呼ばれた女性はテーブルにカップを置くと、お盆をわきの台に置き自分もイスに座る。

「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 僕はカップのコーヒーを飲む。

 不味い。しかも熱すぎる。

 でも我慢してちょっぴりだけ飲む。

 プリズマは不味いコーヒーをおいしそうに飲みながら僕にほほえみかける。

「お味はどうですか?」

 彼女たちは味覚が普通と違っている。しかしそれを言われると気を悪くするのがわかっている。

「おいしいです」

 僕はしかめ面をしながら答える。

「うははは。面白いジョークだな」

 ラーキットはやけどしそうなぐらい熱いコーヒーを一気に飲み干すと、盛大に笑う。

「くす。セクタ様。いいのですよ。正直に不味いとおっしゃってくれて。だって」

 プリズマはにこにこしながら続ける。

「これからは、嘘はいけません。正直に言ってください。何でもです。気を遣う必要はありません。気を遣おうが何だろうが嘘を言われると、私たちの行動に迷いが出ます。それは文字通り命取りです。命のやりとりをしたことの無いあなたにはご理解いただけないかもしれませんが、私たちは嘘や気遣いが極めて危険な毒であることを身をもって知っています。ですから何もかも正直に話してください。嘘も隠し事も一切無しです。繰り返します。一切です。それが依頼を受ける最低条件です」

 プリズマはにこにこしたままだ。しかしあきらかに陰が違う。身をすくませるほどの恐怖を感じる。野生の猛獣ににらまれたらきっとこうだと思う、補食される哀れな被食者の気持ちを初めて味わう。

「は、はい。すみません。このコーヒーは、とても不味いです」

 プリズマはにこにこしながら言う。

「でも、出された物はちゃんと飲んでくださいね。それが礼儀です。あなたのために煎れたのですよ? 飲まないなんてあり得ませんよね」

「はい。おっしゃるとおりです。いただきます」

 僕は顔をしかめながらコーヒーをちびちびすする。熱すぎる。苦すぎる。不味すぎる。あきらかに何か間違った味つけをしている。

 普通に煎れればいいのに。彼女たちの味覚では、こういう味にしないとおいしくないのだ。彼女たちの感覚では、これぐらい熱くないと物足りないのだ。

「ははは。俺たちと一緒にいたいなら、俺たちに合わせるんだ。俺たちがお前に合わせる義理なんざねえからな」

 ラーキットはへらへら笑いながら僕をにらむ。

「これは洗礼だぜ。これぐらいで音を上げているようじゃ、俺たちと一緒に旅なんざ出来ねえ。気遣いは無用って言ったよな。それは俺たちがお前に気を遣いたくないって意味だ。わかるよな。ええ。賢いお坊っちゃんよお」

「はい。わかります」

 忌々しい。でもそう言うしかなかった。

「嘘も気遣いも無用って言いませんでした? 私たちが重症だからって哀れんでいるのですか? 自分は症状が軽くて味覚が普通だからまだましだとか見下しているのですか?」

 プリズマはにこにこしたまま早口で責めてくる。

「いえ、そういうわけでは。本当に、気遣いとかじゃないです」

「ふふ。そうですか。ならいいです」

 プリズマはにこにこしている。真意がわからない。あきらかに二人は僕を右往左往させて楽しんでいる。

 しかしさっき言われた通り、嘘や気遣いが命取りに繋がるというのも本当だろう。

 にもかかわらず、まったく嘘や気遣いをしなくていいというわけではない。ようするに、危険でない嘘や気遣いはしろと言うのだ。

 判断力を試されている。難しい。彼女たちの思考は僕と違う。誰もがかかっているこの病は、症状が進むほど人間離れする。思考が狂っていく。だから計りかねる。

 彼女たちの望む通りに振る舞うことを要求されている。僕は努力しなくてはならない。

 人付き合いは苦手だ。一人で閉じこもって研究している方がいい。

 女の人は苦手だ。僕にはミリカがいればそれだけでいい。他の女なんか、人間なんか誰もいらないのに。

「それで、依頼っていうのは何だ? まあちらっと聞いてはいるが、始めから説明しろ」

 ラーキットに促され、僕は不味いコーヒーをちびちび飲みながら話す。飲み干さないと許してくれそうにない。

「僕の幼なじみで、ミリカっていう女の子がいるんです。その子が宝石病にかかってしまって、動けなくなったんです」

「ふーん。どんな具合だ?」

「宝石病にかかると身体が宝石のような色や透明感になり、動けなくなります。何を話しても触れても無反応です。意識があるのかどうかは不明です。ただあの状態で意識活動は不可能と思われますので、意識は無いでしょう。何をしても外部刺激に対して一切の反応を得られません。彼女の場合は深紅のルビーのような肌になりました。深い色で、でも透き通っていて、内臓などは視認出来ません。美しい彫像のようです。硬度自体は鉱物のルビーとは違います。ダイヤモンドよりも硬く、砕くことは出来ません」

 僕は淡々と症状を話す。でもこうして冷静に話せるようになるまでは時間がかかった。彼女が宝石病になって動けなくなったとき、僕は泣いて悲しむばかりで長いこと何もしてあげられなかった。

 ようやく決意した。泣いてばかりではなく、彼女を救うことを。そのために安全な町を出ることを。

 だからここへ来た。二人に仕事を依頼しに来たのだ。

「硬くて砕けない、か。なるほど。そりゃあ世界一安全だ。置いていっても構わないってわけだな」

「そんな……心配ですよ」

「何が心配なんだ? 売り飛ばされるとか?」

「いえ、そういうわけじゃ」

「だよな。今はみんな生きるのに必死なんだ。宝石なんざ腹の足しにはならねえ」

 宝石病だけではない。さまざまな未知の、対処不能で治療も感染を防ぐことすら出来ない奇病が世界を席巻していた。

 同じ一つの病と思われる。でも人により症状が違いすぎる。人々は宝石病のように、その症状を端的に表す俗称で症状を区別していた。

 その謎の病のおかげで人類は全滅寸前だ。科学文明はあっと言う間に崩壊した。今は町が分断され、小さな町にみんな自給自足でほそぼそと暮らしている。

 誰も予想すらしていなかった。その病はとても狡猾で、誰かが仕組んだ災害ではないかと疑われるほどだった。

 全ての検査で反応が現れない。人間の科学ではまだ病原菌を発見すら出来ない。

 科学で観測出来ない極小のウイルスではないかと言われているが、原子ですら観測出来るのにそんな物があり得るのだろうか。

 発見出来ない未知のウイルスによると思われるその病は、人類全てに感染するまでまったく何の反応も出さず、何の症状も出さなかった。

 誰も疑わず、検査せず、あらゆる検査にひっかからず、症状すら無い。誰も自分が未知の奇病に感染しているなど思いもしなかった。

 人から人へ接触により感染する。母親から胎内の子供へ感染する。実際の感染経路は不明だが、そうやってどの人間も他の人間から感染していると思われた。だから感染していない人も、これから生まれ感染しない人もいないと考えられている。

 通常病というのは、宿主が死ぬと困る。にもかかわらず宿主を死に至らしめる病は多い。そういう病は感染して宿主を渡り歩くことで死を免れる。

 しかしこの病は違う。自分が宿った宿主を死なせないようにする。他のあらゆる病を食い尽くして排除し、自分だけが宿主を冒す病として君臨する。

 宿主を死なせないよう他の病を排除するのと同じく、老いやけがすら排除しようとする。

 けがを急速に治す。どんな重傷でも死なないように生命を維持する。半日もあればどれほど重傷でも完全に治してしまう。四肢欠損ですら再生する。もちろん臓器のほとんどは失われても再生可能だ。

 ただし病は一個体だけを維持保存する。身体を縦に二つに裂いたらどちらかはそのまま死に、一つの身体だけが再生する。

 老いた者は症状が進むほど若返る。若く最も生命力のあふれた身体になるまで肉体年齢を戻す。

 この病は宿主を守るために宿主の身体を変質させる。それが症状なのだ。不老、不死身、そして不治。誰にも治せない。

 未だに本当にウイルスによる病気なのかどうかもわかっていない。病気ではなく人類の進化だと言う者すらいる。案外それが真実なのかもしれない。

 崩壊した科学文明で分析出来ることなどたかが知れている。世界のどこかでは研究が行われているが、わずかに得られる情報ではその成果は上がっていない。

 この病は自分が生きるために宿主を守る。そのために様々な症状を起こして宿主を生かせる。ほぼ不死身になったり不老になったりするのはその症状だ。他のあらゆる障害を排除し宿主の生命を保とうとする。

 いいことばかりではない。味覚がおかしくなったり熱に鈍感になったりするのは、宿主を刺激から守るために起こる弊害だ。だから彼女たちは僕には不味くて熱いコーヒーを好んで飲む。刺激が強くないとおいしくないからだ。

 この病気は宿主を守るために宿主を作り替える。変質させる。つまり症状が進むほど人間からかけ離れさせる。

 野生の獣に補食されないように、獣以上に俊敏に。強靱に。人間とは運動能力が桁違いになる。

 科学や武器で殺されないように、武器以上に殺傷力を、兵器以上に破壊力を、それらから身を守る防御力を、回避力を、宿主にもたらす。

 そうした様々な症状は、病の進行度により変わる。症状がまだあまり進んでいない僕はとても弱く、症状の進んだ彼女たちはとても強い。だから僕は彼女たちを頼らなければならないのだ。

「それで?」

 ラーキットに促され、僕は話を続ける。

「僕は宝石病にかかった彼女を治したいんです。だから町を出て、その方法を探し研究しようと思います」

「頭のいいお坊っちゃんの考えることは違うねえ。若いのに偉い学者なんだって? でも科学も医学も役に立たない。頭のいい奴ほど解明出来ない。それがこの病だろ。世界中で研究されている。でも誰も解明出来ない。原因すら発見出来ないのに治療なんか出来るわけがない」

「昔の人は原因がわからなくても経験や実験から病の治療法を確立してきました。僕も原点に返って原因がわからなくてもいろいろ試して治療法を探し見つけ出す、泥臭い方法で行おうと思います」

「そんなんで本当に見つかると思うのか」

「大丈夫です。時間はいくらでもあります。何せ症状が進めば老いは関係無くなりますから」

「そうだな。ははは。俺は何歳に見える?」

「ええと、二十ちょっとだと思います」

「元は八十だって言ったら信じるか?」

「え?」

「なんてな。そこまではいかないけれど、私は症状が進んで若返った口さ。プリズマもそうだ。十年以上戦っているんだぜ。二十前半なわけないだろ」

「そ、そうですね」

 二人をまじまじと見る。

 若く美しい。でも歴戦の手練だ。病により肉体がより完全な力を発揮出来る年齢に近付いていく。老けているなら若返る。

 黙って聞いていたプリズマが口を開く。

「あなたはその宝石病にかかったミリカさんのことが好きなのですか?」

「え」

 僕はドキッとする。

「正直に答えてください。嘘はいけませんよ」

「……す、好きです。だから、助けたいんです」

「付き合っていたのですか?」

「いえ、ただの幼なじみです。でも彼女も僕を悪くは思っていなかったはずです」

「それはあなたの願望なだけでは?」

「そんな。だって」

「だって?」

 僕は口をつぐむ。

「彼女の好意を確認出来る何かがあったのですか?」

「それは」

「正直に答えてください。興味本位で聞いているのではないですよ。大事なことなんです」

「はい。ありました」

「何があったのですか?」

「一度だけ……キスしました」

「舌を入れました?」

「そんなことまで、言わないといけないんですか」

 僕は狼狽する。何でこんな辱めを受けないといけないのだ。僕と彼女の大事な思い出をなぜ人に話さなければならないのだ。

「必要なのです。言ってください」

「し、舌は、入れていません。いい雰囲気になって、見つめ合って、そっと唇を重ねただけです」

「じゃあセックスもしていないのですね」

「せ……し、していません。するわけないでしょう。まだ恋人じゃないし、キスしかしていないんですよ?」

 僕は怒る。でも我慢しないといけない。何だこれ。どうしてこの二人はこんなに嫌な奴なのだ。

「じゃあお前、童貞なんだ?」

 ラーキットがにやにやしながら尋ねる。

「それは、当たり前です。僕はミリカが好きなんです。他の女の子とするなんてあり得ません」

「モテないだけだろ。他の女に言い寄られたらどうせ寝るくせに」

「そんなことありません。僕はミリカ以外としたいと思いません。何なんですか。どうしてこんなこと聞くんですか」

 ラーキットでなくプリズマが答える。

「そのミリカさんが宝石病だからです。身体を宝石のように変えてしまい、一切動けなくなる。ある種の生物があらゆる脅威から身を守るために仮死状態になり休眠するのと似ています。病が宿主を守るためにさまざまな症状を起こすのは知っていますよね」

「もちろんです。僕は若いけれど学者ですよ。この病を研究しています。そんな当たり前のことを知らないわけがありません」

「彼女は何から身を守りたかったのですか。どうして病は彼女を守るために、宿主を宝石のように硬質化して外部の干渉を拒絶したのですか」

「わかりません。それを調べるんです。それがわかればきっと彼女を宝石病から救えるはずです」

 プリズマは僕の目をじいっと見つめ、ほほえんだまま言う。

「はっきり言います。ミリカさんはあなたから身を守りたかったのではないですか。あなたが怖いと思ったから、病は宿主を守るために宝石病を発症させたのではないですか」

posted by 二角レンチ at 11:44| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月29日

共生する病(2)爆弾病

共生する病(2)爆弾病

 プリズマは、ミリカが宝石病になったのは僕を怖がり僕から身を守るためだと言う。

 幼なじみのミリカが僕を怖がるわけがない。僕が愛するミリカに危害を加えるわけがない。

 僕は侮辱に対し、激怒してイスから立ち上がる。

「そんなわけないでしょう! 僕と彼女は愛し合っているんですよ。僕を怖がるなんてあり得ません」

「ただの幼なじみで恋人ではないのでしょう?」

「でも、彼女だってきっと僕と同じ気持ちだったはずです。態度でわかりますよ。僕が勇気を出して告白していれば、とっくに恋人になっているはずです」

「それはあなたの思い込みでは?」

「何でそんなこと言うんですか。僕を馬鹿にして楽しいんですか」

「はっきり言います。あなたは彼女を犯そうとしたのではないですか」

 僕は絶句する。

 プリズマはとんでもない侮辱を言いながらほほえんだままだ。ラーキットはにやにやしている。僕は怒りの炎で目の前が真っ赤に染まって見えた。

「ふ、ふざけるな。そんなことするものか。僕はただ、彼女を愛しているだけだ」

「キスしたときに、そのまま犯そうとしたのでしょう?」

「そんなことしていない。ただその先を迫りはしたけど、彼女が嫌がったからそこでやめた。だから、犯そうなんてしていない」

「彼女に拒絶されたショックでそれ以上出来なかっただけでしょう。やめたのではなく出来なかった。それだけでしょう。この卑怯者」

「何だ。あんた。どうしてそんなことが言えるんだ。何の権利があって」

「彼女の気持ちを代弁しているだけです。彼女だってきっとあなたのことをそれなりに大事に思っているはずです。でも恋とは違う。あなたに迫られ、でもあなたを傷つけたくなかった。だから彼女の病はあなたを攻撃する代わりに、あなたが彼女を犯せないようにしたのです」

「そんなの無茶苦茶だ。そんなわけがない。彼女が僕を拒絶するわけがない。あのときはちょっとびっくりして、とっさに拒んだだけだ。僕を嫌いなわけじゃない。僕を好きでないわけがない」

 ラーキットがくっくと笑う。

「頭のいいお坊っちゃん。小さい頃から研究ばかりの学者様は、世間知らずだねえ。幼なじみや友達がやさしいのは当たり前だろ。それをいちいち恋だと勘違いされちゃたまらねえわな」

「うるさい。何だよお前ら。僕は仕事の依頼に来たんだぞ。こんな辱めを受けるいわれはない」

「セクタ様」

 プリズマはにこにこしたまま僕を見つめる。

「愛する彼女を助ける方法を探すために旅へ出る。でも本当は、自分を拒絶する彼女から逃げたいだけではないですか? そばにいて拒絶され続けるのに耐えきれないのでしょう」

「違う。僕は本当に彼女を助けたいんだ。この病は悪い症状だって発症する。獣人病なんて特にそうだ。半人半獣の醜い姿になる。あんな姿になりたい人間がいるものか。宝石病だってそうだ。人間は生きて動いて話して愛し合って、それが幸せだ。あんなまったく動けなくなる症状を彼女が望むわけがない。あれは病が悪い症状を起こしているんだ。病にとっては宿主が生きてさえいればいい。宿主の幸せなんて関係無い。助けないと。話すことも出来ない彼女はきっと、僕に助けてほしいと願っている」

「消えてほしいの間違いだろ。ひひひ」

 ラーキットはげらげら笑う。僕は涙目で彼女をにらむ。

「セクタ様。この病はとてもやさしいのです。宿主を幸せにし共に生きる、共生を望んでいます。でなければ他の病やけがから宿主を守ったりしません」

「宿主を殺しながら渡り歩くよりその方が都合がいいからだ。それだけ宿主を変質させる力を持つ病なんて今までいなかった。それだけだ。みんな感染している」

 僕は大仰に手を振りながら熱く語る。

「この病は狡猾だ。宿主を動けなくする方が生き残るのに都合がよいと考えたら宝石病や樹木病のように、宿主を動けない何かに変えてしまう。宿主が戦い生き残れるようにしようと思えばあんたたちのように強くする」

「化け物にする、だろ。言えよ。正直に」

 ラーキットが不敵な笑みを浮かべる。彼女たちのように宿主を強くすることで病が生き残ろうとする者たちは、化け物として恐れられ嫌われている。

「僕は、その力を有効活用するのは当然だと思う」

「頭のいいお坊っちゃんの言うことは違うねえ。私たちが力を有効活用する、でなくてお前が私たちを有効活用する、って意味だろ。皮肉も言えるんだな。さすが女を犯そうとしながら愛しているだの相手も自分を好きだの平気で言える奴だぜ」

 泣きそうだ。もう涙がにじんでいる。だから馬鹿は嫌いなんだ。こいつら二人とも性格がねじ曲がっている。お前らに僕とミリカの何がわかるというのだ。

「はい。ラーキット。そこまで。男の子泣かしちゃ駄目ですよ」

 プリズマがぱんぱんと手を叩く。

「泣いてなんかいません」

 僕は精一杯強がりながら涙を拭う。

「……すみませんでした。感情的になりすぎました。僕はミリカの宝石病を治す手段を見つけるため旅をして回ろうと思います。僕自身学者で研究者です。この隔絶された町の中では研究出来ることが限られています。もっと多くの症状を研究して、この病の治療方法を見つけなければなりません。他の町にいる他の学者や研究者と情報交換をしないといけません。通信手段の断たれた今の世界では、直接町から町へ移動して話をするしかありませんから」

「そうですね」

 プリズマがうなずく。ラーキットは僕をこれ以上からかえないのでつまらなそうにふんぞり返っている。

「町の外は危険です。病の症状はさまざまですが、宿主を強くすることで守る症状を発症した者の中には、その力を振るって人を傷つける者もいます。そうした悪人を町から追い出し、人を守るために力を使うあなたたちのような方が町を守っています」

「感謝しているか?」

 ラーキットが尋ねる。

「はい」

 僕は本心で答える。

「安全な町を出て外へ行くには護衛が必要です。世界を渡り歩き、この病を調べます。そしてミリカの病を治す手段を見つけます。その旅に、あなたたちを護衛として雇いたいのです。命がけの危険な旅です。でもお二人の強さはかねがね聞いております。どうかこの依頼を受けてはもらえませんでしょうか」

 僕は深々と頭を下げる。この町を守る人間たちの中で、彼女たちは別格だ。その腕を買われて町から出たい人の護衛を生業としている。どれだけ長い旅になるかわからない。絶対的に強い護衛が必要だった。

「どうする、プリズマ。俺はどっちでも構わないぜ。いつも通りお前に任せる」

「セクタ様。私たちが単純なお金では動かないのはわかっていますよね。もう金銀宝石にはほとんど価値がありません。もちろんお金より大事な食料でもです」

「はい。聞いています。僕に出来ることなら何でもします」

 二人は依頼人を見て報酬を決める。それは聞いている。だから彼女たちが何を求めてくるのか言われるまでわからない。

「私たちは、そのときどきに欲しい物を要求します。一緒にいる間ずっとです。私たちが求めればあなたは支払う。無理は言いません。あなたに出来ることだけ要求しますので安心してください。断るのは自由です。でも嫌がるならそこで依頼は終了。どこかの町であろうと、危険な町の外であろうと、そこであなたを見捨てて放置します。それでいいですか」

「はい」

 そう答えるしかない。どうして具体的に何も言わないのだ。

「さしあたって一つ。もしミリカさんの治療法が見つかれば、私たちも治療して回復する場に立ち会わせていただきます」

「どういうことですか?」

「ミリカさんの本心を聞かせてもらいます。あなたが彼女を犯そうとしたのかしなかったのか。怖がったのか。それとも恥ずかしがっただけなのか。彼女があなたを本当に愛しているのか。それとも幼なじみだから遠慮してきっぱり拒否出来なかっただけなのか。全部質問します。全部答えさせます。あなたの前で。あなたにその現実を突きつけ、あなたがどう反応するのか見たい。まずは報酬としてそれを約束してもらいます。断るならこの依頼はお受け出来ません」

 僕は目を見張る。ラーキットは笑い出す。

「そりゃいいや。このお坊っちゃんの勘違いで、本当は迷惑しているんだってフラれたときの顔を見る。くくく。相変わらずプリズマの考えることはえげつねえな。だから一緒にいて飽きないんだ」

 僕をこれ以上辱めるつもりか。なんて連中だ。これがほぼ不死身の彼女たちにとって、食料よりも大事な娯楽。生きる楽しみ。

「どうしました? 彼女はあなたを愛しているのでしょう。彼女の宝石病を治して、彼女はあなたの愛の告白に喜んで応える。何も困ることは無いでしょう。あなたが言うように、彼女があなたを愛しているなら」

 プリズマはにこにこ笑っている。ラーキットの意地悪は底が浅い。でもこの女はどんな泥沼よりも底無しに濁って汚い。美しい顔にはヘドロが詰まっている。

 僕は様々な感情がうずまく。歯を食いしばって堪える。この要求を拒んだら彼女たちは依頼を引き受けてくれない。だから拒めない。

 ミリカは、きっと、僕を、愛している。

 僕はそれを何度も心の中で唱え、自分に言い聞かせる。

「わかりました。いいですよ。だって僕は困ることなんか何もない。ミリカと僕は相思相愛。彼女が僕を愛していないなんて、拒んでいるなんて、そのため宝石病を発症させたなんて、あり得ません。あなたたちの妄想です。それを証明してあげますよ。そのときは、これだけ僕らの愛を侮辱したことを謝ってもらえませんか?」

「いいですよ。いくらでも謝罪します。それどころか償いに、どんな要求でも応えてあげますよ」

 プリズマはくすくす笑う。

「そうですか。後悔しますよ」

「楽しみです。私はどちらも楽しみです。だって病のおかげで強くなった。不死身になった。老いも病もけがも、そしてどんな強敵も、私を楽しませられません。刺激に飢えているのです。人の心をおもちゃにして遊ぶのは最高の娯楽です。ねえラーキット」

「そうかあ? 俺はそうじゃない。プリズマ。お前がいればそれだけでいい」

 ラーキットはプリズマの顔を抱き寄せるとキスをした。女同士のキス。愛し合い。同性同士の恋愛って本当にあるんだ。僕は恥ずかしくて目を逸らす。

「見るんだ。俺とプリズマの愛し合う様を。本当の愛を。それが俺がお前に要求する報酬の一つ目だぜ」

 彼女たちの望む報酬。僕に出来ること。拒否は許されない。その時点で依頼は終わる。依頼の間、旅の間、僕は彼女たちの要求を全て満たさなければならない。

 僕は恥ずかしくて嫌だけど、二人がうっとり舌を絡めてキスをするのを見つめていた。

「興奮したか?」

「べ、別に」

 僕は股を閉じてもじもじした。

「じゃ、要求そのニ。いちいち数えるのが面倒だからもう数えねえが、これだけは大事だ。手を出せ」

 僕はわけがわからないまま手を出す。

 ラーキットはプリズマを離す。自分の口に指を突っ込み、くちゅくちゅと卑猥にしゃぶって見せたあと、何かをつまんで取り出す。

 イチゴだった。血のように暗い深紅のみずみずしいイチゴ。

「まさか」

 僕はぞっとする。

「世界を回るんだろ? 俺たちも世界を旅して行きたいところがあるんだ。やりたいことがあるんだ。手に入れたい物があるんだ。観光じゃねえぞ。危険なことだ。お前の依頼に付き合ってやる。ただし頭のいい学者であるお前でないと出来ないことをしてもらう。それが報酬になる」

「な、何を?」

「いろいろさ。目的がお前みたいに一つだけなんて、単純なわけないだろ。不老で不死身。長生きするんだぜ。この病から得た御利益を使ってしたいことなんざ山ほどある。しかし危険なんだ。わかるだろう。簡単に死んじまう奴だと役に立たねえ。俺たちは頭の出来が並だからな。お利口な学者様の協力が必要なのさ。俺たちの目的のためにお前を利用させてもらう。ただし危険についてこられる奴でないといけねえ。だから試す」

 ラーキットはつまんでいるイチゴを、僕の広げた手に載せる。

「ひっ」

「落とすんじゃねえぞ。握れ」

「だって、これ、君はあれじゃないか。そんな」

「握れ。報酬は俺たちの要求に全て応えること。お前は了承しただろうが」

 僕はがたがた震えながら、手に乗っているかわいいイチゴを軽く握った。

「う、う、そんな、こんな、許してください」

「駄目だ。俺たちの目的を果たすためにはお前の頭脳が必要だ。危険についてこられることが必要だ。お前を五体満足で守ってやる? ただの旅ならそれでもいい。でも俺たちの目的に付き合わせるからにはぎりぎりの危険をかいくぐらなければならない。お前を無傷で守り切ることは望むな。なんとしてでも生きろ。手足の一本や二本吹っ飛ぶぐらいの痛みや恐怖に耐えられないんじゃ話にならねえ」

 僕は涙をこぼしながらプリズマを見る。

「嘘ですよね? 僕の覚悟を試しているだけですよね? 本当にはしないですよね? だって僕こんな。大けがしたことないんです。試したことないんです。だって痛いじゃないですか」

 プリズマはいつもどおりにこにこしている。

「病が進むほど宿主を守る力が強くなり、不死身に近くなります。痛みや恐怖でも気を失わなくなります。あなたの頭脳が戦闘で必要になるときもあるのです。隠れているだけなんてわけにはいきません。けがぐらいで気を失われては役に立ちません。痛みぐらいで思考出来ないでは話になりません。治癒力も必要です。腕が吹っ飛んで、半日で治癒出来ないなら足手まといです。明日の昼前に、またここに来てください。そのときまだその手が完治していなければこの依頼は無かったことにします」

「そんな。だって。僕、うぐ」

「愛する彼女を助けたいのでしょう。そのため危険な町の外へ出て旅をするのでしょう。私たちに守られれば自分は傷一つ負わないと思っていました? 甘いですよ。覚悟の弱い人間では私たちの目的は果たせません。覚悟と治癒力。両方試す一番いい方法なのです」

 何がいい方法だ。こんなひどい方法あり得ない。

「さあ、歯を食いしばってください。痛いですよ。でも大丈夫。症状が進んでいるなら気絶するほどショックを受けませんから。意識のあるまま痛みはしっかり感じる。大丈夫ですよ。強い刺激が快感になるほど症状が進めば、痛みでさえ私たちのように楽しめますから」

 プリズマの笑顔は悪魔のほほえみだ。ラーキットよりもはるかに残虐だ。人を苦しめることを本気で楽しんでいる。

 ラーキットは爆弾病だ。

 体内で爆弾を生成し、それを武器として使う。病が武器や兵器にも殺されないよう宿主を守るために与えた症状。

 僕はぎゅっと目を瞑り、手の中のイチゴを握る。ただのイチゴだ。なのに握っても潰れない。温かい。まるで生き物のような体温がある。脈拍のような鼓動がある。これが爆弾なのか?

「ぐっと握れ。それで爆発する」

 ラーキットが笑いながら促す。

 僕はミリカが好きだ。愛している。愛する彼女を救うためなら何でも出来る。これを拒否するなら彼女への愛を否定することになる。だからプリズマは執拗に、僕を煽っていたのだ。

 それが後押しする。爆弾を手に握り込み腕を吹き飛ばすなんて正気ではない。でも僕は、僕を愚弄する二人への怒りがわずかに後押しし、その蛮行に及んでしまう。

 僕がイチゴを握り潰さんばかりにぎゅっと握り込むと、衝撃が手の中で膨らんだ。

 手が焼けるように熱い。実際焼けている。爆散している。僕は生まれて初めての、今までの苦痛全てを束ねたよりも強烈な痛みを味わった。

 なのに気絶しない。だから僕はその痛みにずっと耐えなければならない。その恐怖は手がちぎれ吹き飛ぶ痛みよりもはるかに痛く心を貫いた。

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2013年05月31日

共生する病(3)旅立ち

共生する病(3)旅立ち

 翌日。僕はラーキットとプリズマの住む家を再び訪れていた。

「ちゃんと治っているじゃねえか。合格だ」

 ラーキットは昨日爆弾で吹き飛ばした僕の手をなでながらにやりと笑った。

「おかげさまで」

 昨日彼女の生成した爆弾で手を吹き飛ばされたとき、どれだけ痛かったか。気絶することも出来ず何時間も痛みに耐えるのがどれほど苦痛だったか。死んだ方がましなくらいだった。

 僕は恨めしくて、でもそれを顔に出さないように気をつけながらラーキットを見る。

 美人だ。目は細く、凛として美しい。腰まである長い髪。ウエストはすごく細い。お尻が大きいのか。胸も大きい。そして水着のビキニにしか見えないほど少ない布地の服を着てブーツを履いている。

 病は宿主を守る。けがをしても治すし老いも若返らせる。他の病はもちろん寄せ付けない。毒も分解する。

 気温の変化にも健康を左右されない。だから症状が進むほど、季節と関係無い服装をする者がいる。ラーキットは極端だ。いつも真夏の海辺のような格好をしている。

 なぜブーツなのか。単にサンダルだと動きにくいからだろう。戦闘を生業とする彼女は動きを妨げられるような格好はしない。

 奥から、長袖にロングスカートの女性が現れる。プリズマだ。

「まあセクタ様。手もすっかり治っているし、ここへ来たということは本当に行かれるのですね」

「はい。当たり前でしょう。これからよろしくお願いします」

 プリズマは相変わらずにこにこしている。その笑顔の裏で何を考えているのかまるで読めない。

 ラーキットより大きな胸が歩く度に揺れる。僕の好きなミリカと違い、胸の大きな女はいやらしい。不潔だ。

 僕は豊満な女性が嫌いだ。ミリカのように清楚で可憐で胸の小さい女の子が僕の理想なんだ。

「また見ていますね。触ってもいいのですよ」

「い、いえ、すみません」

「では正式にご依頼を受けます。今からあなたは私たち二人の雇い主です。ですからそんな敬語を使わず、名前も呼び捨てにしてください。命令してください。あなたの命令に従います。何なりとお申し付けください」

「そんなこと言われても。プリズマさん」

「プリズマとお呼びください。仕事は仕事です。上下関係はきっちりしないといけません。でないと行動の判断に困ります」

「そ、そうですか。うん。わかったよプリズマ」

「はい。セクタ様。これからよろしくお願いしますね」

 にっこり笑うプリズマに、心がほんわかする。

 いけない。騙されてはいけない。この女の泥沼のように濁りドロリとした凶悪な本性を昨日見ているのだ。気を許してはいけない。

「俺は依頼主だからって敬語は使わないぜ。命令には従ってやる。でも偉そうにするなよセクタ」

「うん。それでいいよラーキット。僕も君に敬語使われると気持ち悪いしね」

「お、言うな。それともそうやって、なにくそなら言ってやるって敬語使わせる作戦かあ? はっはっは。楽しいねえ。骨のある奴の方がなよなよお坊っちゃんよりは楽しめる。昨日腕を吹っ飛ばされて肝が据わったようだな」

「うん。すごく痛かった。でもおかげで覚悟が出来たよ。あれに比べれば、どんな痛みや恐怖も怖くないや」

「もっと怖いことやもっと痛いことがこれからたくさんあるけどな。ははは。感謝しろよ」

「うん。感謝している」

 するわけないだろ。一生恨んでやる。どれほど痛かったか。どれほど怖かったか。手を爆弾で吹き飛ばされて、激痛で床を転げ回る僕を見てげらげら笑っていたのを覚えていないとでも思っているのか。

 病の症状は人それぞれだが、症状が進むほど人間離れしていく。だから感情や思考も変化していく。

 彼女たちは相当病が進行しており、痛みが快感に変わると言っていた。だから人が痛がる無様な姿を笑えるんだ。

 ひどい連中だ。でも一緒にいるしかない。彼女たちより頼りになる連中は他にいない。この町から出て世界を旅するためには彼女たちに頼るしかない。

「よーし出発だ。荷造りは済んでいるな?」

「うん」

 僕はぱんぱんに詰まったバックパックを背負っている。

「荷物多すぎだろ。見せて見ろ」

「あ、ちょっと」

 ラーキットは僕のバックパックをひったくると、中をごそごそ漁る。

 ぽいぽいと、中の物を床に放っていく。

「や、やめてよ。何するんだよ」

「長旅だぞ。危険が一杯なんだぞ。わかってねえな。身動きは軽くなきゃいけねえ。これだから町から出たことの無いお坊っちゃんは。おいプリズマ」

「はい」

 プリズマは心得たもので、小さなショルダーバッグを持ってくる。ラーキットが僕の荷物をそれに詰め替える。

「ほらよ。持っていくのはこれだけだ。身につけて動くのにも走るのにも邪魔にならない量だけにしておけ」

「でも、本とか器具とか、実験や研究に必要なんだ。それに食料だって」

「食料はその場その場で採るに決まっているだろ。金だってほとんど役に立たねえ。もし金で何でも買おうと思うならいくらあっても足りねえよ。本だあ? 器具だあ? 戦闘に巻き込まれればどうせ壊れるぞ。知識は頭に詰め込んでおけ。どうせ学者って奴は同じ本を何度も読んで覚えているんだろうが」

「ま、まあ、だいたいは。でも、資料はやっぱり必要で」

「かーっ。頭の悪い奴だなあ。どうせどの町でもこの程度の資料はあるだろ。文明の崩壊した今、この町にある資料や知識はたかが知れている。だから自分から探しに行くんだろ?」

 ラーキットは僕をびしっと指さす。

「新しい知識を手に入れろ。実験なんかその場その場で工夫しろ。どうせこれっぽっちの器具を持っていっても役に立たねえだろ。必要な実験は町で済ませろ。お前と同じようにこの病を研究している奴らの実験器具や設備を借りろよ。そのぐらい言われないとわからないのか?」

「う。ご、ごめん。わかった」

「はっ。わかりゃいいんだよ」

 悔しい。でもラーキットの言う通りだ。ラーキットは明らかに頭が悪い。なのにそれより頭の悪い行動をしてしまった自分が恥ずかしくてたまらない。

 長い旅だ。持っていこうとした本や器具はほんのわずかしか役に立たない。無ければ無いで何とかなる。

 というか、これじゃ足りない知識を得るために旅をするのだ。これらが必要ならそれこそこの町へ戻ってからでも十分だし、この程度なら他の町にもあるだろう。

 僕はラーキットが詰め込んだ荷物を調べ、多少入れ替えて荷造りを完了する。

 プリズマと一緒にラーキットが床にぶちまけた物を片付け、元の大きなバックパックに詰める。それはここに置いていく。

「よし。じゃあ行くか」

 ラーキットは僕が持ってきた貴重な食料を食べながら言った。

「そうですね。お行儀悪いけれど食べながら行きましょう。荷物は減らさないと」

 僕たちは食料をかじりながら町を歩く。途中、町の人たちが声をかけてくれる。

「おお。セクタ。行くのか」

「うん。きっと成果を持ち帰ってくるよ」

「気をつけてね。ああ。町の外へ行くなんて勇気があるねえ」

「ラーキットとプリズマがいるから大丈夫。二人はこの町きっての強者なんだから」

「ラーキット。プリズマ。町では貴重な学者様なんだ。大事に頼むぜ」

「おーう。任せろ。いつも通り心配するなよ。俺たちがへましたことなんかあったか?」

「あるだろ。たくさん」

「そうだっけ? ははははは」

 何だ。心配になってきたぞ。町の外は危険だ。ラーキットたちは町を出て別の町へ行きたい人たちの護衛をしている。その成功率は当然百パーセントというわけではない。失敗して護衛している依頼人を死なせてしまったことだって何度もある。

 それでも抜群の成功率を誇る。護衛を買って出る人たちは他にもいるが、彼女たちに比べ成功率が下がる。ようするに、帰ってこないか依頼人を捨てて逃げ帰ってくる。

 ラーキットとプリズマは町の人気者だ。そして嫌われ者だ。

 町を守ったり護衛したりするときはみんな頼るし機嫌を取る。でも基本、外敵を倒すことで宿主を守るように病の症状が進んだ者たちは、化け物として忌み嫌われている。

 そうした者たちが人を傷つけ殺す。だから町を追われる。町の外、危険な森に住み、町へ入ってこようとしたり町から出る人を襲ったりする。

 おかげで町は分断され、町から町へ行くには護衛が必要になる。

 毒をもって毒を制する。危険な攻撃症状を持つ者に対抗するため、同じように攻撃症状を持つ者を護衛にする。

 同類。危険な奴。いつ牙を向くかわからない。

 だから恐れる。嫌う。頼りにする振りをしながら陰でさんざん悪く言われているのを二人だって知っている。でもそれを気にしないか、症状が進んで思考が狂っているから何とも思わないかのどちらかだろう。

 外壁に囲われた町の門で、ミリカの両親が待っていた。

「ああ。セクタ。お願いだよ。あの子を助けてやっておくれ」

「大丈夫だよおばさん。僕がきっと、ミリカを助けてみせる。世界を旅すれば同じような宝石病の人もいるし、それを治した人もいるかもしれない。見つからなくても、僕が治療法をきっと研究して見つけてみせる。安心して」

「セクタ。本当に、ミリカのことを頼む。ああ。君があの子の幼なじみでよかった。君ならきっとミリカを治せる。君は昔から頭がよかったし、学者としても立派だ。若いのに大したものだ」

「おじさん。僕に任せて。ミリカをよろしくお願いします。僕にとっても大事な人なんです。いずれ自然と治る可能性だってあります。病の症状は変化することもありますから。だから毎日ミリカを見ていてあげてください」

「ああ。わかった。ありがとう。気をつけて行っておいで」

「うん。僕頑張るから。行ってきます」

 僕は手を振って、ミリカの両親や町の人たちに別れを告げる。

 みんなの期待や心配、そして励ましがうれしい。胸が熱くなる。やる気が出てくる。

 町の門を出て、外へ出る。

 町の周辺はまだ安全だ。よっぽどでないと危険な連中は町のそばへ来ないし、町を護衛する人たちが見回りもしている。僕たちは門を守る人たちにも別れを告げて、町の外へ歩を進める。

 初めて町の外へ出る。思ったより普通だ。何も無い道を歩く。遠くには森が見える。

 病がその牙をむき、人々に症状を発生させてから早数十年。かつての文明は崩壊し、多くの町は荒廃した。今は小さな町に人々は集まり、町の周りを壁などで囲って外から隔絶し、身を守ってほそぼそと暮らしている。

 見渡せば、かつて町だった建物などが崩れてあちこちにある。風化が早くほとんどはぼろぼろに崩れていた。地震や火事、そして凶悪な症状を発症させた人々による破壊により多くの町が壊滅した。

 初期の混乱は話に聞くだけだが相当ひどい物だったらしい。今の町のように普段は安全に暮らせるようになるまで、人は人を殺し犯し奪い、この世の物とは思えないほどの地獄だったらしい。

 それが収まってきたのは単純に、人が人を殺して数が激減したからだ。病は不老や不死身をもたらす。代わりに人は生殖能力を失っていた。

 病がそれほど進行していないなら妊娠や出産が出来るが、進行すると性行為は出来ても妊娠しない。させられない。

 だから殺す分が多いだけ人間は減り、推定でしか無いが人間の数はかつての百分の一にも満たないはずだ。でないと点在する小さな町に収まるわけがない。

 住み慣れた町を離れ、荒廃した町の残骸の中を進む。草が生え木が生い茂り森と化したかつての町。人が手入れするわけでもないのでどんどん植物が浸食し自然へ帰っていっていた。

「ふう。話には聞いていたけどこれはひどいなあ。町の中はまだまだ文明としてはましな状態だったんだね」

「そうさ。町の外は森や荒野になっている。自然はいいものだねえ。昔は町ばかりで自然が少なかったらしいからな。こうなってよかったんじゃねえか」

「よくないよ。これは人類が衰退した証なんだから」

「昔は人間がうじゃうじゃいたんだろ? 息苦しいじゃねえか。今ぐらいがちょうどいい」

「君は人間が嫌いなのかいラーキット」

「少なくとも俺を怖がったり嫌ったりする町の連中は嫌いだね。利用し利用される。それだけの関係で好きになんてなれるかあ? お前だって俺たちを嫌っているだろ」

「そんなことは」

 プリズマが口を挟む。

「嘘は駄目ですよ。言ったでしょう。何でも正直におっしゃってください。私たちが気を悪くするかどうかは関係ありません。普段から嘘や気遣いをしていると、いざ重要な判断を下すときにもそれをしてしまいます。それは致命的な問題を引き起こします。そのために、普段から嘘や気遣いを言わないようにしてください。少なくとも私たちに対しては」

 僕はプリズマの顔を見る。にこにこしている。彼女たちは危険をかいくぐり今まで生きてきた。だからこそわずかな嘘や気遣いが本当に危険な毒だということを知っている。

「ぼ、僕は、二人を嫌いじゃない。信頼している。でも怖い。昨日あんなことがあったから、二人が僕に何かするんじゃないかと怖がっている」

「ははは。よく言った。そうそう。正直に言えよ。怖いなら怖い。ならこっちもそれなりに、もっと怖がらせてやるからよ。ひひひ」

 ラーキットはばんばんと僕の背を叩く。

「昨日は悪かったな。手を吹っ飛ばして。でも痛みや恐怖を知らないまま旅に出ると、いざそれに直面するとパニックになる。パニックはやばい。周りを巻き込み全滅する。そういう目に何度も遭ってきたからな。痛みや恐怖を知って一人前だ。もうお前はお坊っちゃんじゃねえ。立派な男だぜ」

 肩を組まれてそう言われて、僕は赤面する。歳の割に童顔だから、立派な男と言われることがなかったのでうれしい。

「くす。ラーキット。セクタ様はまだある意味お子さまですよ」

「そうだったな。童貞だもんな」

「今夜、私たちで大人にしてあげましょう」

「そりゃいいや」

 僕はラーキットの腕を振りほどく。

「な、何言っているの。僕は嫌だよ。ミリカが好きなんだ。他の女と寝るなんて出来ないよ。二人は面白がっているだけでしょ。そんなんで僕の純潔を奪わないでよ」

「純潔って。うけけけ。男のくせに乙女チックだねえ。さすが頭のいい学者様は違うや」

 ラーキットがげらげら笑う。プリズマはくすくす笑っている。

 彼女たちはしゃれにならない冗談を言う。でもあくまで冗談だ。本気ではない。本気にしてはいけない。まともに相手してはいけない。

「で、学者様。これからどうするんだ」

「うん。まずは近くの別の町に行こうと思う」

「何のために?」

「え?」

「適当に町を回り、そこの学者の話を聞く。研究成果を交換し合う。そんなところか?」

「そ、そうだけど。それが何か?」

「おいおい。プリズマあ。やっぱり学者様は馬鹿だぜ。頭が悪い」

「そうですね。くすくす。セクタ様。やみくもに動くだけでは効率が悪いですよ」

「じゃ、じゃあ、どうすればいいのさ」

「町の中より町の外。病を調べるには病を解剖する、ですよ」

 ぎくりとする。言っている意味が何となくわかったからだ。

「まさかとは思うけど。人体、実験を?」

「他に何かありますか? 学者は実験しないと結果を得られないのでしょう? 町の外には、町から追い出された凶悪な犯罪者たちがいます。その人たちを殺せば殺すほど町の人たちの安全は高まります。だから討伐隊が町の外を探索し、害虫を駆除しているのは知っていますよね。私たちも害虫に出会ったら駆除します。それを生きたままだろうが死体だろうがご自由に使って実験なさればよろしいではないですか」

「そんな、そんなひどいこと出来ないよ」

「動物では実験するのでしょう? 人間でしても問題ありません。町の善良な人間では無いのですよ。邪悪な害虫です。殺した方が喜ばれます。殺す前にどう扱おうが誰も問題にしません」

「でも、そんな、非人道的なことを」

 プリズマはほほえんだまま目を見開き、僕をにらむ。あまりに不気味な表情に僕は戦慄する。

「私たちは、非人間として扱われ忌み嫌われています。化け物として恐れられています。それこそ非人道的ではありませんか。私たちが町を歩けるのは、その非人道的な扱いを努めて無視しているからです」

「そういうことだ。症状の進んでない町の連中は、生きるために症状を進めた俺たちを差別している。いまさら非人道的とか何とか言える立場じゃねえだろ。俺たちに守られているおかげで症状を進めなくても生きていられるくせに。くそむかつくぜ。ええ。お偉い学者様よお」

 二人は笑っている。でもあきらかに僕を、町の人間を憎んでいる。

 やっぱり、昨日僕の手を爆弾で吹っ飛ばしたのはいろいろ必要な理由もあったが、憎んでいる人間を傷つけ苦しめたいという暗い欲望が含まれていたんだ。

 ぞっとする。身の危険を感じる。この二人は危険だ。

 僕は二人に守られる。でもこの二人から、誰が僕を守ってくれるんだ?

 昨日もそうだが、二人はことあるごとに僕を傷つけ苦しめようとしてくる。二人は僕を、自分の鬱憤を晴らすおもちゃにしている。

 それに耐えるのが報酬。だから二人は僕が二人の要求に応えることを報酬にしたんだ。物や食料では払えない。人間というおもちゃを提供し続けないといけないのだ。

 こんな凶悪な二人のおもちゃになり遊ばれる。それは爆弾で手を吹き飛ばされる以上の苦痛と恐怖を意味していた。

posted by 二角レンチ at 11:28| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月02日

共生する病(4)殺気

共生する病(4)殺気

 僕は住み慣れた町を生まれて初めて出て、ラーキットとプリズマに挟まれるように並んで深い森の中を歩いていた。

「学者様あ。俺たちが何で徒歩で移動しているかわかるか?」

 そう尋ねられて、僕はラーキットの顔を見る。

「え? 文明が崩壊して、車とかもう動く乗り物が無いからでしょ。ガソリンとかもとっくに消費し尽くされてしまったし、生産も出来ないから」

「お前俺たちのことあんまり知らねえんだな。まあ町一番の手練ってだけで護衛を依頼してきたものな。普段嫌っている奴のことなんかろくに調べてないか」

「し、知っているよ。ラーキットは爆弾病でプリズマは車輪病だ。外敵を排除することで身を守るタイプの症状。とても強く破壊力に優れている」

「プリズマの車輪を使えば高速移動が可能だ。なのに徒歩で行くのはな、さっき話したように実験体を捕獲するためだ」

「ようするに、私たちを誰かならず者が襲ってこられるよう待っているんですよ。セクタ様。いつ戦闘に入るかわかりません。緊張し続けると糸が切れてしまいますが、わずかな緊張だけは常に持って周りに警戒していてください。とっさに動くときにいちいち驚いたり、舌を噛んだりしないでくださいよ」

「う、うん」

 二人といると安心してしまう。僕は町の外へ出たことがないから、敵に襲われるというのがどういうことかわかっていなかった。

 でも二人はぎりぎりの戦いを生き延びてきた。つまり、僕がほんのわずかだけましかどうかが全員の生死を分けるぎりぎりを左右するのだ。

 緊張する。ごくりとつばを飲む。

「おいおい。緊張するなって言われただろ。何だその怖い顔は。リラックスしろ」

 ラーキットにほっぺをつねられる。

「いたたた。やめてラーキット」

「この程度で痛いのか? なら昨日は相当痛かったんだな」

「痛かったよ」

「もうちっと症状を進めた方がいいぜ。でないと生き残れない」

「そんなの。病を宿主が左右出来るわけがない」

「出来るさ。宿主が危険に晒されれば病は宿主を生かすために様々な症状を発症させる。より症状を進行させる。そういうものだ。だからこれから危険に晒されるお前は、どんどん症状が進行していくってことだ」

 突然何を言っているのだ。僕は症状を進行させたくなんかない。人間離れした化け物になんかなりたくない。

「そんな。二人が守ってくれるから、そんなことにはならないよ」

 プリズマがくすりと笑う。まるでおかしい冗談だとでも言わんばかりに。

「セクタ様ったら、まだ本気にしていないのですか? 昨日のあれは脅しじゃないですよ。本当に、腕や足の一本二本はちぎれるぐらいぎりぎりの戦いがあります。努力はしますが、あなたを五体満足で守りきれるとは限りません。それどころか、戦闘であなたのお力をお借りする必要だって出てくるでしょう」

「ぼ、僕は、戦闘向けの症状なんか出ていないよ」

「ま、当面はお前の頭脳で頑張って状況を打開してもらうさ。しかしいざお前に危険が迫れば、病がお前を守るためにどうするだろうな。宝石病みたいに身を守ると困るぜ。抱えて逃げないといけないからな」

「う、そうならないといいけど」

 宝石病。ああ。ミリカのことが心配だ。宝石病で動けなくなった彼女を助けるために、僕は勇気を出して旅に出たんだ。

 なのに危険に晒され、病の症状を進行させられるだって? そんな覚悟はしていない。強い護衛二人に守られて、僕は安全だとタカをくくっていたのに。

 僕はとぼとぼと、何時間も歩いた。病は宿主を守る。病が疲労物質を分解してくれるので、激しい運動をしなければ疲れる事は無い。

「うーん。敵が襲ってきませんねえ」

「俺たちは結構町を出ているからなあ。この辺じゃもう誰も襲ってこないかもしれねえな」

 僕はほっとする。

「うし。ならそろそろ寝るところを探すか。夜に移動は危険だ。移動は昼間に限る」

「そうですね。歩きながら寝る場所を探しましょう」

 僕たちはもうしばらく歩くと、手頃な廃墟を選んで入った。

「うわ。建物の中まで草とか生えている」

「寝床にするにはちょうどいいだろ。ほこりだらけよりはましだ」

 僕は草やつたが生い茂った建物の中をうろつく。

「お前、夜目は?」

「あ、それなりに」

「なら大丈夫か」

 病のおかげで夜目がきく。病は宿主の視力低下という症状を防いでくれるので、ほとんどの人間はとても視力がいいし夜目もきく。めがねを作れないこの時代において都合がよい。

 体温低下による身体の病気を駆逐するため、毛布などが無くても寝ることは出来る。病の症状が進めば必要に応じて体温の調節も可能になる。ラーキットたちなら凍てつく吹雪の中でも平気だろう。でも僕はまだそれほど症状が進んでいないので、ひんやりした建物の中は肌寒く感じる。

「何だお前。寒いのか」

「ちょっと」

「ならこっち来いよ」

 ラーキットに手を引かれる。

「うわ」

 抱きしめられる。大きなおっぱいに顔を埋める。

「どうだ。暖かいか?」

「は、離して」

「わはは。顔赤くして。女に免疫が無いんだな。さすが童貞」

 僕はラーキットの手を振りほどいて離れる。

「や、やめてよ。僕にはミリカがいるんだ。こういうの困るよ」

「困るねえ。へええ」

 ラーキットはにやにやしている。

 くそ。僕を困らせて楽しむからタチが悪い。

「ほらほら。食事にしましょう」

 プリズマはバッグから食料を取り出す。僕の荷物から取り出し詰めてきたものだ。僕のバッグには食料は入っていない。

「どうして二人は食料を持ってきてないのさ」

「言っただろう。その場その場で採取する。お前が用意した分は無駄には出来ないからこうして持ってきたが、早めに食べて身軽にしないとな」

「採取って。食料なんかこの森の中にあるの?」

「あるさ。うじゃうじゃと、な」

「ええ」

 二人はにまにま笑っている。嫌な予感がする。今はまだ聞きたくない。僕は話題を変える。

「今は、次の町に向かっているの?」

「んー、違う。近くの町じゃねえ。遠くの町へ向かう」

「どうして」

「お前はどこの町へ行っても一緒だろう? ならはじめから、俺たちの目的に沿ったルートを通ってもらう。その途中に町もあるから安心しろ」

「その、目的って何なの? 昨日も言っていたけど」

「言っただろう。いろいろさ。まあ自分たちで何とか出来ることは何とかしてきたが、いかんせん俺たちの頭は並だからな。頭のいい学者様のお知恵を拝借願いたいってやつだ」

「言ってくれれば、今からでも出来ることがあるかもしれないよ」

「いや、現地についてからだ。でないと話にならねえ。楽しみに待っていな」

 何だろう。僕に何をさせる気なんだ。この二人のことだ。きっとろくな事じゃない。

「それよりお前、鈍いな」

「何が」

「病はあらゆる危険から宿主を守ろうとする。だから敵を探知する能力は野生の獣と同じように鋭敏だ。敵が近づいている。まだ気付かねえのか」

 僕はびっくりして周りを見回す。建物の中だ。何の音も気配も無い。

「やれやれ。お坊っちゃんには一から教育が必要だな。お前、病の症状が進むほど味覚がおかしくなる理由は知っているか?」

「副作用の一種だと思う。病は宿主を守るけど、いいことばかりじゃない。悪い症状だって出るから」

「かーっ。馬鹿だねえ。そんなわけあるか。いいか。味覚がおかしくなるのはな、症状の進んでいない人間が不味いと感じるものをおいしく味わえるようにするためだ」

「何それ。どういうこと?」

「何でも食える。毒も異物も病が排除してくれるからな。体内の毒物も老廃物も病が分解してくれる。だから俺たちはみんな排泄行為をしない。そこまではわかっているだろ」

「当たり前だよ。常識じゃないか」

「病があまり進行していないお前みたいな連中は味覚がまともだ。だから生肉は不味くて食えない。でも俺たちは違う。生肉がおいしい。お前なら吐いてしまうような血の滴る生きた肉にかじりつくのはごちそうだ」

 そこまで言われればさすがにぴんとくる。

「まさか」

「まあ俺たちは食わない。俺たちは人間だ。共食いなんてしない。しかし症状が進んで頭の狂った連中はその味を好み貪る。町の外へ出るとどうして人が襲われるのか? わずかな手持ちの食料を奪うためか。違う。ごちそうが歩いているんだぜ。頭から丸かじりさ」

「嘘だ。そんなこと聞いていない」

「言わないだけだよ。聞きたくないだろ。怖いだろ。町の連中には知らせていない地獄が町の外にはあるんだよ。お前はこの病を調べ、恋人を治したいんだろ? なら全部知らなければならねえ。全部知識として得なければならねえ」

 プリズマが口を挟む。

「くす。ラーキット。恋人じゃなくて幼なじみ。犯そうとして宝石病になってまで逃げられちゃった、恋人からはほど遠い関係ですよ」

「僕はミリカと愛し合っている! 犯そうとなんてしていない。ちゃんと告白してないけれど、恋人のつもりだ。恋人でいいよ」

「セクタ様。約束を忘れないでくださいね。報酬として、ミリカさんが治ったら本人からその本音を聞かせてもらいますからね」

「わかっているよ」

 悪趣味な女だ。ミリカが僕を拒絶するために宝石病になったなんて、そんなことあるわけがない。

「さてと。来いよ学者様。症状の進んだ化け物同士の殺し合いって奴を教えてやる」

 僕はラーキットに手招きされて、ついて行く。

「いいかあ。さっき言ったように、症状が進むほど危険察知能力が鋭敏になる。だから俺たちの戦いに不意打ちはねえ。数キロ先から来る敵を察知しているんだ。同じ理由で隠れることは出来ない。建物の中だろうがどこだろうが居場所は目で見るようにばれている。早くそこまで症状を進行させろよ。でないと死ぬぞ」

「む、無理だよ。病をコントロールなんて出来るわけがない」

「だから戦いに身を晒すんだ。危険があればあるほどお前の病は宿主を守るために症状を進行させる。お前は早く、俺たちのような化け物にならないといけない」

「何で。僕そんなの嫌だよ」

「嫌でも何でもだ。言っただろう。俺たちの要求にお前が全て応えるのが報酬だと。俺たちの目的を果たす旅は危険なんだ。お前をいつまでも俺たちの足手まといでいさせるわけにはいかない」

「そんなの聞いていない。ひどい。騙したな」

「騙してなんかいないだろう。お前が拒否するならその場で依頼は終了だ。俺たちはお前をその場に放置する。これから来る敵に頭から食われて死んじまえ」

「こんなのひどすぎる。脅迫じゃないか」

「くす。セクタ様。脅迫されるのも報酬の内ですよ」

 プリズマはくすくす笑う。でも顔の陰が異常に濃い。

「あなたが蔑む私たちのような化け物に、あなたもなるのです。大丈夫ですよ。兵器病を発病させれば、攻撃症状を獲得しながら外見は人間のままなのですから。でも愛するミリカさんがそんなあなたをどう思うでしょうね。化け物とののしりますか? いいえ。ちゃんと受け入れ愛してくれますよ。だって相思相愛。くすくすくくくく。そうなんでしょ。相、思、相、愛。うくくくうふふふふ」

 最悪だ。この女。ラーキットもひどいがとにかくプリズマは性根が腐り澱んでいる。

 罠に嵌められた。僕を恐怖に晒して症状を進行させる。病は宿主を守るために外敵を排除する症状を発症させる。

 二人は僕を強制的に作り替えるつもりなんだ。自分たちの目的を果たすために、都合のよい兵器に。

 彼女たちを利用しようとしたのは僕だ。だから騙され利用されても文句は言えない。でもこんなのひどすぎる。人間のすることじゃない。

「化け物め」

「あらあらセクタ様。くすくす。それでいいのですよ。言ったでしょう。嘘も気遣いも無用だと。有害だと。言いたい事を言い合いましょう。利用したいだけ利用し合いましょう。お互い様です。楽しいでしょう?」

 プリズマは真っ黒い沼の中で目だけがきらめくように、暗く深く異様で不気味なほほえみを浮かべながら僕を見つめる。

「怖い? ひどい? 症状が進めば並のスリルでは物足りなくなります。並の刺激では楽しめません。あああ楽しい。人を陥れ苦しめるのは実に楽しい。人間は最高のおもちゃです。あなたも化け物になって、人間を壊して遊ぶおもちゃにしてしまいましょうよ」

「人間はおもちゃじゃない。おもちゃにしていいものじゃない」

 僕は人間だ。彼女たちは僕を人間でなくおもちゃだと言う。それを認めれば、僕はおもちゃとして蹂躙されることを受け入れた事になってしまう。

「私たちは仲間が欲しいのです。共有したいのです。一緒に遊びたいのです。いいでしょう。もう嫌とは言わせません。要求に全て応える。それが報酬。契約しました。それを反故にするようなことはしませんよね?」

 この状況で拒否出来るわけがない。逆らえるわけがない。危険な敵が迫っている。脅しではない。こいつらは本当に、僕が逆らえばすぐさま僕を放置して消え去るだろう。

「お前たち、ひどすぎるぞ。僕は許さないぞ」

 ラーキットが笑顔でにらんでくる。

「許さなければどうだって言うんだ。ぎゃはははは。怒れ怒れ。怒りをぶつけてこい。がんがんやりあえる手応えのある相手が欲しい。楽しいんだそれが。仲良しこよし? 馬鹿か。そんなぬるい毎日送って何が楽しいんだ」

 症状が進むほどあらゆる刺激が物足りなくなる。だから危険を、スリルを、駆け引きを、謀略を、命のやり取りを欲する。

 こいつらはイかれている。化け物だ。そんな化け物に僕もなれと言う。無理矢理ならせようとする。

 どうすればいい。でも今は逆らえない。どうしようもない。ああ。頭がいいのに、こんな馬鹿で狂った連中に騙され陥れられる。僕はどうしてこうなんだ。こいつらはどうしてこうなんだ。

 許せない。いつか絶対やり返してやる。でも今は我慢だ。

「僕が、君たちの望み通り化け物になったとして、僕に復讐されるとは思わないのか?」

「ははははは!」

 ラーキットがほえるように笑う。なんて声量だ。廃墟がびりびり震えほこりが落ちてくる。

「そうなったら万々歳だろ! 面白い。その意気だぜ。もっと憎め。もっと嫌え。楽しい楽しい」

 ラーキットは挑発するように手招きする。

「人生は殺し合いだ。殺したいほど憎んで向かってこい。返り討ちにしてやる。いやあ、実に楽しみだなあ。んー、いい感じに茹だってきた。お前見込みあるよ。殺意が強いほど凶悪な症状が発症する。お前がどうやって人を殺す化け物になるか実に楽しみだぜ」

 そう言われてふと思い当たる。

「もしかして、君たちは誰か殺したい相手がいるの?」

 ラーキットとプリズマは顔を見合わせる。

「まあ、いろいろとな。それも目的の一つだ」

 僕たちは廃墟の外に出る。ここまで近づかれれば僕のまだ貧弱な察知感覚でもわかる。殺意の塊が森の中にいる。

 殺意を感じるのは生まれて初めてだ。町の中は安全で、こんなの感じたことが無い。町の人間が喧嘩するときに言う「ぶっ殺す」は殺意のかけらも含まれていなかったのだ。

「すごい。これが殺気。こんなにはっきりわかるものなんだ」

「だろ? だから不意打ちなんて無理なのさ。殺す気が無いまま殺すなんて出来やしねえ。殺意が無いと攻撃症状が現れないからな」

 ぞくりとする。凍ったナイフを首に当てられたみたいに冷たい恐怖を感じる。でも意外なことに、僕は恐怖の中にちょっぴりだけ期待が芽生えた。

「お、いい目だな。殺し合いを楽しむ者の目だ。お前は見込みがある。きっと外敵を排除する症状が現れるぜ。俺たちみたいにな。やっぱり昨日手を吹っ飛ばしておいてよかったよ。痛みを期待しているんだろ? 痛みは麻薬だ。刺激的。味わうほどに強烈に。どんどん欲しくなる。やめられなくなるぜ」

 どくどくと心臓が脈打つ。そう言われても実感が無い。僕はそんな、痛みや恐怖を好きではない。

 今はまだ、僕が戦うわけじゃない。だからだ。このわくわくは、初めて目の当たりにする殺し合いに期待している。

 学者として話を聞いて研究するしかなかった、病の症状を利用した殺し合いを観戦する。知る。分析する。学者としても、生存のために戦う生物の本能としても期待が高まっていた。

posted by 二角レンチ at 12:21| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

共生する病(5)獣人病

共生する病(5)獣人病

 かつて町だった廃墟。そこに生い茂った深い森。木々の中から、殺気を放って僕たちに近づく敵が姿を現した。

「獣人病だ」

 僕はつぶやいた。

 本物を見るのは初めてだ。獣人病は身体が獣のような姿に変質する症状を指す俗称だ。半人半獣。人間の形をしながら獣の特徴を備えることにより、肉弾戦に強くなることで宿主を守る症状だ。

 目の前にいるのは犬、いや狼か。狼の頭と体毛、アンバランスに巨大な上半身。下半身はまだ人間らしい。脚力でなく顎の牙と巨大な爪による攻撃特化の形態だ。

「女二人に男一人か。美味そうだな」

「しゃべった?」

 僕は獣の口から人間の言葉が出たことに驚く。

 ラーキットが僕の背を叩く。

「当たり前だろ。相手は人間だぞ。言葉を失うことを望んでいない限り、病は言語能力を阻害するような症状にはしない」

 ラーキットが僕とプリズマの前に出る。

「一人か? 三人まとめてかかってこい。殺す自信と実績があるから俺は一人なのだ。群れないと生きられないほど弱い奴はとっくに殺されている」

「ああ。知っているよ。俺たち二人はこのお坊っちゃんの護衛だ。何度も町を出て森を旅してきた」

「ほう。なら一人で来るのもうなずけるな。俺はゲイルブルーム。お前は?」

「ラーキット」

「いい名だ。頭を粉砕して動けなくしてからお前の名を呼びながら犯してやる。女は犯しながら食うのが一番美味い」

「人を食う男ってのはみんな同じ事を言うんだな」

「そうか。もっと美味い料理法があれば教えてくれ」

「知らねえよ。こっちは人間を食わないんだ。お前ら食人鬼と一緒にするな」

「人間を食わないで何を食うんだ? 町の外を生きて旅してきたなら強いはずだ。症状が進んでとっくに味覚が変わっているのだろう。他の物はおいしくないはずだ」

「不味くても食うんだよ。刺激の強い味や温度ならそこそこ食える。お前らもそうしろよ。人間を食うのをやめろ」

 ゲイルブルームと名乗った狼男は爪をガリガリと削り合わせながら歩を進める。ラーキットは動かない。僕はプリズマに連れられ下がる。

「ラーキット一人で戦わせて大丈夫なの?」

「大丈夫です。いざとなったら加勢します。でも私たちは刺激に慣れて、もっと強い刺激を求めます。かなわないほど強い敵と戦うのはとても刺激的で楽しいのです。命のやり取りに勝る快楽はありません。死なない程度に危険を冒す。命は最高のゲームを楽しむためのチップです。惜しまず賭けるのが当たり前。町で暮らす人間みたいに危険から逃げ回るなんてあり得ません」

 まるで理解出来ない思考。でも愚かではない。彼女たちはスリルを楽しみたいのであって死にたいわけではない。命を危険に晒しても死ぬ危険は冒さない。

 プリズマはいざとなったら加勢すると言っている。ラーキットはプリズマという保険をかけることで命を賭けたゲームを存分に楽しめる。

「プリズマ、君たちはたしか、頭のほとんどが破壊されても再生出来るんだよね?」

「はい。セクタ様はまだ症状が進んでいませんから、脳が半壊程度までしか耐えられないと思います。でも私たちほど症状が進めば脳の九割程度までなら損壊しても再生出来ます。実際にそうなったことがあるのでわかっています。それ以上脳が損なわれると再生出来ないかもしれません。病のおかげで不死身に近い私たちの急所は脳だけです。脳が完全に粉砕されると再生出来ずに死にます。だから私たちの戦いは相手の脳をいかに破壊するかです。半壊程度ではまだ動けます。ですから全壊するまで徹底的に破壊します」

 ほぼ不死身の僕たちでも、死ぬときは死ぬ。町にいれば事故や災害で、頭が瓦礫の下敷きになって全部潰れてしまったときなどに死んでいく。めったにないことだ。

 でも町の外では脳を破壊され殺されるのが当たり前。相手は同じ人間だ。脳を全壊しないと殺せない事を知っており、それを狙ってくる。ただの獣とはそこが違う。だから人間の敵が一番怖い。

 ラーキットは悠然と構えている。敵の獣人が近づいてくる。

「貴様。何のつもりだ。もう俺の間合いに入るぞ。人の姿をしているなら武器を生成する兵器病なのだろう。とっとと出せ」

「私は早撃ちなんだよ。構わず来い。そんなに男らしいと惚れちまうだろ」

「構わないんだぞ。おとなしくするなら食わずに犯してやる」

「やなこった。俺はプリズマがいればそれでいい」

 ラーキットは敵をにらんだまま、親指で後ろにいるプリズマを指す。

「あの女と二人並べて仲良く犯してやる。頭が無い状態でな」

「やってみろよ。楽しみだぜ」

 僕ははらはらしながら見守る。

「プリズマ。あんなに近づかれて大丈夫なの。敵の爪で一裂きされちゃうよ」

「大丈夫ですよ。離れて簡単に殺すより、スリルあるでしょう?」

「相手より強いから余裕なの?」

「逆ですよ。相手は恐らくかなり強い。私たちが三人でも躊躇無く襲ってくる奴です。相当強いからそうやっても生き残れたのです。そんな相手にぎりぎりやばい状況で戦う。楽しいでしょう?」

 何が楽しいのかわからない。でもプリズマは笑っている。余裕の笑みではなく、やばいほど楽しくて笑わずにはいられないんだ。

 イかれている。でもラーキット。気をつけて。

「死ね」

 敵が突然獣の爪を振りかざす。早い。まるで突風だ。ラーキットはどうやってかわすのだろう。

 ラーキットの腕が吹っ飛んだ。

「え?」

 ラーキットはとっさに飛び退いて敵の爪をかわそうとした。でも近づかれすぎた。片腕が爪にかすっただけで切断された。

「ラーキット!」

 僕は叫ぶ。ああ。なんて馬鹿なんだ。スリルなんか楽しむからこんな目に遭うんだ。

「痛え痛え、ぎゃははは。ちと近づかれすぎたぜ」

 ラーキットは血を大量に噴き出しながら走る。でも敵の獣人はそれより早い。症状が進んだラーキットは獣よりも俊敏な人間だ。でも身体を獣化させた獣人はその俊敏な人間と獣の両方を兼ねて高めている。かなわない。

「な、何これ。ラーキットやばいよ。プリズマ、助けないと」

「ふふふ。片腕を失った方がより危険が増すでしょう。ラーキットは今最高に楽しんでいます」

「わざと腕一本くれてやったってこと?」

「まさか。間合いや敵の力量を計り損ねただけです。ラーキットは馬鹿ですからね。失敗ばかりしています」

「そんなのやばいじゃないか。助けないと」

「大丈夫ですよ。殺されそうになったらともかく、まだまだ動けるじゃないですか。いざとなったら加勢するっていうのは、とどめを刺されないようにするって意味で、ニ対一で戦うって意味じゃないですよ」

 プリズマはにやにやしている。それはつまり、僕が将来戦うはめになっても死ぬ寸前まで助けないという事を意味している。

 なんて連中だ。命のやり取りを楽しむってこういうことか。僕の考えるような甘いものじゃない。助けが間に合わなければ殺される。そこまでぎりぎりでないと助けないって意味なんだ。運が悪ければ死ぬ。でないとスリルを楽しめない。

「ははは。痛いぜ。腕一本かあ。てめえの腕もぶっ飛ばしてやる」

「来い。武器を生成する奴ってのは対処しやすい。とにかく避ければいいんだからな」

「そうかよ。それを食らわせるのが戦いってやつだぜ。武器を当てられないで今まで生きてこられるわけないだろうが。ええおい!」

 ラーキットが口をばっくり開ける。ざらざらと、口からイチゴの山を吐き出す。それを片手で受けとめる。

「あれは」

 僕は知っている。腕がずきりとうずく。僕の腕をぶっ飛ばしたイチゴ爆弾だ。ラーキットは爆弾病だ。体内で爆弾を生成する。

「イチゴか。不味そうだな」

「そうかい。痛みは最高の味だぜ。人肉より美味い痛みを食らわせてやる」

 ラーキットは手にあふれこぼれるイチゴを敵に向かって投げつける。それはばらっと広がり敵を覆う。

「ふっ」

 敵が後退する。早い。

「それで避けられたと思うのかよ」

 ばらまいたイチゴの一つが爆発する。その爆風で、残りのイチゴが四散する。

「何」

 敵はとっさに両手で頭をかばう。爆風で飛ばされ目の前に迫った数個のイチゴが爆発する。

「ぐあっ」

 獣人は自慢の爪をまき散らしながら両腕を粉微塵に吹き飛ばされる。血と肉が飛び散る。彼は後ろに吹っ飛び木に激突する。木の葉がざらざらと舞う。

「はは。悪い。片腕でなく両腕を吹っ飛ばしちまった」

 ラーキットは敬礼するように額に手を寄せぴっと振る。恰好いい。片腕しかない彼女は実に勇ましく、その強さに僕は身震いする。

「戦いはスリルがあるほど楽しいでしょう?」

 プリズマに言われ、僕はうなずく。

 敵の獣人が、砕かれた両腕から血を流しながらラーキットをにらむ。

「はあ、はあ、ぐっ。やるな。爆弾病か。だが俺にはこの牙がある。貴様を食いちぎるなど造作も無い」

「かかって来いよ。もう手の内は見せた。どうせ一撃で殺せはしない。おいお坊っちゃん。覚えておけ。俺たちの戦いは脳を絶対に守る。だから手の内を見せずに殺す事は出来ない。初撃で敵の攻撃力か防御力を奪う。そこからが本番だ」

 僕はごくりとつばを飲む。すごい。彼女たちの戦いは想像とはまるで違う。知覚により不意打ちを封じられ、脳を守られるため一撃必殺を封じられ、相手の裏をかきながらチェスのように一手ずつ進めて相手を追いつめるんだ。

 ラーキットの爆弾なら騙し討ちで敵の頭を吹き飛ばせるから楽勝だと思っていた。でも違うんだ。それで殺せるほど弱い敵なんていない。

 ラーキットは口から真っ赤なトマトを取り出し、手の上でぽんぽんと放っては捕る。

「来いよ。今度のはイチゴよりも美味いぜ。頭を粉微塵にぶっ飛ばしてやる」

「そんな物を食らうと思うのか」

「食らわせるさ。大口開けて俺を食おうとするお前の口に腕ごと突っ込んでやる」

「ほざけ。俺の方がはるかに俊敏だ。貴様の腕などかわして頭を丸ごとかじり潰してやる」

 狼の口が裂けんばかりに開かれる。大きい。並ぶ牙はどれも凶悪で、頭をかじられれば確実に粉砕される。脳のほとんどを潰されると動けなくなる。そして再生も出来ずに死ぬ。

 ラーキットの方が分が悪い。そう思う。さっきも相手の素早さに対応出来ず腕を切断されたばかりだ。どうする気だろう。

 獣人が牙をむいて飛びかかってくる。ラーキットは手に持ったトマトを構えてその口を狙う。

「どーん!」

 ラーキットが笑いながら叫ぶ。その途端、爆発が起こった。

 突進してきた獣人が踏んだ、切断されたラーキットの片腕が爆発したのだ。

「がっ、あが?」

 足を爆弾で吹き飛ばされ、驚きながら前につんのめる狼の口に、ラーキットがトマトを投げ込む。

「あほか。油断で腕を切断されるわけねえだろ。口から出すイチゴやトマトだけが俺の爆弾じゃねえ。俺の身体はどこも切り離せば爆弾になるんだよ。踏んだらドカンだ。ぼけが。こんな単純な騙しにひっかかりやがって」

「だ……」

 敵が文句を言うより早く、狼の口に投げ込まれたトマト爆弾が爆発した。

 トマト爆弾は小さなイチゴ爆弾とは比較にならない爆発だった。敵は頭を丸ごと吹き飛ばされて即死した。

 腕も足も頭も失った哀れな身体がどうっと落ちる。傷口からもうもうと煙を噴いている。びくびくうごめく身体は芋虫のようで見ていられない。脳を失った身体は再生出来ない。もう奴は死んだのだ。身体はやがて活動を停止する。

「一丁上がり。はははあ。どうだお坊っちゃん。これが俺たちの戦い方だ。肉を切らせて骨を断つ。敵は強い奴ばかりだ。無傷で勝とうなんて甘いことを考えるんじゃねえぜ」

「ラーキット。よかった。心配したんだよ。腕は大丈夫?」

「ああ。もう血は止まった。痛いけど我慢だ。お前だって昨日腕が治るまで痛みに耐えただろ。これでおあいこだ」

 プリズマがくすりと笑う。

「ふふ。ラーキットったら。わざとそうして、セクタ様に対しておわびしているのですね」

「違うぜ。たまたまだよ。たまたまさ」

 ラーキットは笑う。照れ隠しには見えない。まさかな。ラーキットはそんな殊勝な奴じゃない。

 冷や汗をかくほど痛いのに、ラーキットは笑っている。強い。戦闘力だけじゃない。精神力が桁外れに強い。

 これが戦いを生き延びてきた強者か。あこがれる。生物として、強い者にあこがれるのは当たり前の欲求だ。

 がくがく震える。ぞくぞくする。これが殺し合い。怖い。でも楽しい。

 それはきっと、ただ見ているだけだからだ。もし自分が戦うならこんな風に楽しめない。

 はるか昔の人間は、人間同士の殺し合いを見せ物にして国中の人間がそれを楽しんだというが、まさにそんな楽しさなのだろう。

「ふう。疲れたぜ。戦闘は緊張するし、痛みに耐える間は体力を消耗する。今日はおとなしく寝るか。すまねえなプリズマ。今日は抱いてやれねえ」

「構いませんよ。旅の間はたいていそうですし、今日は初日です。おとなしく休みましょう」

 プリズマは僕を見て目を細め、意味深にほほえむ。僕はその真意を考えないことにした。そうでないとこの二人と一緒に旅をして精神が持つわけがない。

 これが彼女たちの日常。生きる世界。刺激とスリルに満ちた、ドキドキが止まらない冒険。

 僕もその世界に足を踏み入れた。否応無く潜らされる。泣くほど嫌だったのに、それに期待する僕もたしかにいた。

posted by 二角レンチ at 12:36| 共生する病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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