2013年07月15日

魔人と超能力者(0)あらすじと人物紹介

魔人と超能力者(0) あらすじと人物紹介

あらすじ

 科学は発展し、ついにオカルトを解明するに至った。

 魔法はほとんどが幻と解明され、呪いは幻か現実かの解明すら出来ない点でまさに呪われている。

 超能力は解明と開発が最も進んでおり、各国は少ないながらも強力な戦闘力を持つ超能力者を保有するに至った。

 化け物は日々新種が発見され、捕獲あるいは殺害による無力化がすすめられている。

 最近各国の地下深くで反応が発見された新種の化け物、魔人。

 国々が先を争うようにそれを掘り出そうとし、発掘困難なそれをいち早く掘り出した国があった。

 しかし、巨大な水晶体に包まれ生命反応の無い魔人は、掘り出されたとたんに目覚め逃走を開始する。

 その場に配置されていた、国の中でも特に強力な超能力者六人のチームが魔人を追う。

 出来れば捕獲。無理なら殺害。失敗すれば奴隷刑。死ぬより辛い罰を受けるくらいなら死んでも任務を遂行する。

 超能力者たちは己の力に驕り、能力が未知の魔人といえど侮っていた。

 月夜の中、白い肌に白い髪でまるで流れ星のように華麗に疾走する少年。人間に酷似した魔人はどんどん加速し続ける。

 魔人の能力の一つ、無限加速。加速するほど加速する。どんどん早くなる。ジャンプの超能力では追いつけなくなったことでようやく驕る超能力者たちはあせりはじめる。

 六人の内の一人、女性のキクリコはテレポートを使える。能力が不明で危険な魔人の前にテレポートで転移し、命がけの足止めをする事を命じられる。

 キクリコがテレポートし、魔人の前に出現するはずだった。しかし現れない。異常事態に全員が驚く。

 魔人は語る。キクリコを捕獲し、先生にしたと。先生の脳を解析し、情報をコピーしたと。

 魔人は力、心、肉体、全てが強靭。肉体が致命的に弱く、力も心も劣る人間の超能力者たちは、それでも魔人と戦わなくてはならない。

 仲間が一人、また一人と失われていく中、撤退の許されない超能力者たちは絶望、恐怖、悲しみ、そして怒りで心を奮い立たせ、恐るべき魔人に挑み抗う。

説明

 強力な超能力者たちが、自分たちの誇る力がかなわない脅威の魔人と戦い、仲間を失いながらも死闘を繰り広げるバトルファンタジー小説です。

 ボロボロ死にます。ハードで悲惨です。魔人の脅威に加え、彼ら同士の人間関係も悪く、それが足を引っ張りより危機に陥っていきます。

 かなわない敵、不仲で足の引っ張り合い、自分のせいで仲間を死なせた後悔。悪化していく状況の中、それでも怒りや復讐を糧に己を奮い立たせ戦い続ける人間の意地をぜひご覧ください。

 以下軽く人物紹介です。ラフイメージがついています。小説を読む際にイメージを絵で見ても大丈夫な方のみ続きをお読みください。

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posted by 二角レンチ at 10:40| 魔人と超能力者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月16日

魔人と超能力者(1)テレポート

魔人と超能力者(1)テレポート

 一人の少年が、屋根の上を疾走していた。

 ただ一度の跳躍だけで、建物を何軒も飛び越える。屋根に着地する度そこを踏み壊し、粉砕しながらまた跳躍する。

 まるで飛んでいるように長い滞空時間。しかし彼は空を飛べない。いや、飛ばないだけかもしれない。

 まだ不明なのだ。目覚めたばかりの魔人について、人類はまだ何もわかっていなかったのだから。

 その姿は人間のよう。しかし肌は透き通るほど白く、髪も輝くほどに純白。光に当たると銀色に煌めく鋼のような、それでいて繊細極まりないやわらかい髪。

 月のまぶしい夜の闇の中で、白く輝く少年はとても美しい流れ星のようだった。

 男にしては少し長めの、首の付け根あたりまである髪をなびかせ、少年にしか見えない魔人はさらに加速し逃げていた。

 それを追うのは、同じく屋根を跳躍する……人間。

 人間に見えて人間ではない魔人と同じように疾走する者たちは、魔人ではなくれっきとした人間だった。

 数人の人間が、先を駆ける魔人を捕獲するべく追っていた。しかし無理なら殺してもいい。とにかく逃げられ潜伏される事だけは避けなければならない。

 魔人について何もわかっていない。だから眠りについていたそれを発掘した後、逃げられてこの様だ。

 建物の屋根や道路などを破壊し、街路樹や電灯をなぎ倒しながらの逃避行。もうマスコミやネットで魔人の存在は広がり、情報を押さえる事は出来ない。

 人々は逃げる事も出来ず、ただ一瞬で走り去る魔人が自分を殺さない事を祈るばかりだった。そして今のところ、まだ人が魔人の疾走に巻き込まれて死ぬ事はただの一件も起こっていなかった。

 今はとにかく、逃がさない事だ。魔人が逃げたあと何をするつもりかわからない。その力もまるで未知数。とても危険だ。捕獲が不可能なら殺してでも逃がすわけにはいかない。

 追っている人間たちは魔人を脅威だと感じていた。しかし同時に侮ってもいた。

 何せ魔人は、戦わずにいきなり逃げ出したのだ。それは魔人が、複数の人間にはかなわない事を意味していた。

 地下深くから発掘し、水晶体のような硬くて透き通る巨大な繭の中に眠っていた魔人。それを探し当て、掘り出し、研究施設に輸送しようとした際、突然目覚めた。

 眠っているように見えたし、意識反応も生命反応も無かったのだ。それがわずか一瞬で目覚めた。さらに同じくらい素早く、瞬きする間に巨大で硬い水晶体の繭が溶けて水のようになり、掘り出した洞窟の地面に染み込んだ。

 あっけにとられ、誰も反応出来ない内に、魔人は素早く駆け出し逃走した。そこにいた多くの人間を全て避け、とっさに止めようとした人間の攻撃も全てかわして発掘していた洞窟を抜け、外へ出た。

 そのまま追いかける人間たちから逃げ続け、とうとう町にまで到達した。魔人は屋根伝いに跳躍を繰り返し、どんどん加速しながら逃げ続けた。

 追っ手の人間たちは楽観視していた。なぜなら、魔人の速度が自分たちとそれほど変わらないからだ。ようするに、かなわないほど強いわけではないと推測出来る。

 魔人は戦うよりも距離を稼ぐ事を優先して逃亡を図った。

 それは実に的確だった。完全無反応の死んでいると思われた状態からの急激な活動。虚を突かれ、いかに訓練を重ね実戦で鍛えられた精鋭たちですら、その一瞬だけは対処出来なかった。

 だから逃げられたのだ。たった一瞬。それで逃げられなかったならきっと捕獲出来たし、殺すことはさらに造作も無い事だと確信出来た。

 魔人は人間ではない。しかし力を鍛え抜かれた人間たち数人に囲まれれば対処出来ないほどに弱いのだ。

「どんどん加速している。どこまで早くなるんだろう。このままじゃ逃げられちゃうわ」

 長い髪をなびかせて、控えめな胸の細身の女性、ヒエラルキは心配そうにつぶやいた。

「奴は無理しているだけだ。その内消耗して遅くなる。これ以上は早くならねえさ」

 たくましい身体の大男、ビリーボアはいつものように相手を侮り軽口を叩く。

 二人の距離はゆうに二十メートルは離れている。しかしつぶやくだけではっきりと声が聞こえる。

 テレバシーだ。昔信じられていたように、テレバシーは人の心を読むことは出来ない。離れていてもそばにいるように会話出来る超能力に対する名称として使われている。

 科学が発達し、その限界に至ったとき、人はさらなる科学ではなくオカルトにその突破口を見い出した。発達した科学はついに、それまでははっきり確認出来なかった超能力を始めとしたオカルト全般を解明するに至った。

 夢がただの幻と証明された。それと同じくらい、夢が現実だと証明された。超能力は、幻ではなく現実だと証明されたオカルトの一種だった。

 超能力を解明し、その発現方法も鍛え方も開発された。

 超能力は才能の一種で、他の才能と同じくごく一部の人間しか持たない。その中で、実用に足るほど強い力を持つまで鍛え上げられる人間はさらにごく一部で、各国にわずかずつしかいない。

 この国で、強力な戦闘能力を持つ超能力者は百にも満たず、今回の魔人発掘の任についていたのはここにいる六名だけだった。

 魔人は調査では生命反応がまったくなかった。だからそれが目覚めるとは考えられておらず、貴重で多忙な強い超能力者をわずか数名でも配置していたのは、今回のプロジェクトの責任者の一人がとても心配性なためだった。

 各国で魔人の存在は確認され、どの国も地下深くにいる魔人の発掘と研究に躍起になっていた。この国も例外ではなく、世界で一番乗りの名誉を得るため強引にプロジェクトを押し進め、十分な安全対策や予算も無しに発掘してしまった。

 それがこの失態に繋がった。絶対に逃がしてはならない。

 オカルトの解明が進み、危険な化け物の存在も多数確認されている。そういう化け物の捕獲に際しての法律により、被害よりも対象の捕獲あるいは殺害が優先される。

 ようするに、町や人に被害を出してもお咎めは無しだという事だ。彼らは任務遂行のために、人命を始めとしたいかなる被害を出しても罪に問われない。

 ただしそれは、任務が成功した場合のみだ。任務に失敗すれば、死よりも辛い奴隷刑が待っている。

 彼らは強力な超能力者として優遇されていた。その特権に浸り驕り他の人間を見下している彼らは、一般市民より下の奴隷に身をやつす刑を受けるぐらいなら死を選ぶ方がましだと考えていた。だから命がけで任務に当たり、こなしてきた。

「魔人の能力は未知数よ。死んでいる肉体を解剖して調べるはずだったのに、生きていて瞬時に復活するなんて。気をつけなさいよビリーボア。あんたのへまを尻拭いするのはいい加減うんざりなんだからね」

 腰まであるとても長い髪をなびかせ、優雅に舞う胸の大きな女性はクラストラ。彼女は、自信過剰でいつも相手を侮り失敗し周りを危険に晒すビリーボアを嫌っていた。

「はっ。わかっているよ。ったく、クラストラもヒエラルキも心配性すぎるぜ。俺は、俺たちは最強なんだぜ。負けるわけがねえ」

「いい加減にしなよビリーボア。僕たちみんな、君のその驕りからくる失態のせいで何度も死にかけているんだから」

 ビリーボアより一回りも歳の離れた少年ネフェシスは、表情に乏しい顔でビリーボアとは目を合わせずに言う。

「ああん? 何だネフェシス。お前が俺に意見かよ。こないだので懲りてないのか?」

 ネフェシスはびくりと震える。途端にさっと青ざめる。

「僕は……もう、あんな事はさせない」

「あんな事って?」

 クラストラがさりげない興味を持った風を装って軽く尋ねる。

「何でもないよ」

「へへっ。女には知られたくないってか?」

 ビリーボアがにやにや笑う。

 クラストラはネフェシスを見る。

 少年で、顔がとてもきれいなネフェシスは、たしかに男なのだが中性的な顔立ちをしている。手足が細く、背が低い。

「ビリーボア、あんたまさか」

「お、何だ。へへへ。おいおいクラストラ。お前何想像しているんだ?」

「違うわよ」

 クラストラはうつむく。

 猿など一部の動物では、強い雄が弱い雄を威嚇するために、雄としてのたくましさを誇示する事がある。刑務所では男ばかりの囚人の中で、強い雄が弱い雄に誇示だけでなくその雄のたくましさをもって上下を躾る事がある。

 まさかな。たしかにビリーボアは野獣のような男だ。でもいかにネフェシスが中性的でともすれば女の子に見えなくもないとはいえまさかそんな。ビリーボアは巨乳の女しか眼中にない。考えすぎだ。

 しばし無言で、長距離跳躍による追跡を続行する。

「やっぱり加速している。そろそろ何とかしないとやばいよ」

 ヒエラルキがまた心配そうに言う。

 先を逃げる魔人は少しずつ早くなっている。まるで進化しているようだ。初めは無理しているのだと楽観していたビリーボアでさえ、さすがにあせり始める。

「これが魔人の能力か? 無限加速などあり得ねえだろ。くそ、これ以上速度の差がつくと逃げられちまう。おいキクリコ。奴に先回りしろ」

 クラストラが抗議の声を上げる。

「無理よ。殺されたらどうするのよ」

「キクリコの防御力なら大丈夫だろ。というか足止めの役にしか立たないお荷物だ。今使わないでいつ使うんだ」

「あんたねえ、そうやって仲間を見下すのをやめなよ。キクリコに何度助けてもらったと思っているのよ」

「うるせえぞクラストラ。ネフェシスと同じ目に遭わせてやろうか?」

 クラストラはぎくりとする。離れた所を駆けるネフェシスは、さっきから青ざめビリーボアの方を見ようとしない。

「あんたが私に何か出来ると思っているの? この前返り討ちにされたのを忘れたの?」

「忘れてねえよ。その借りごと返してやるって言っているんだよ」

 ビリーボアは怒りに燃えたまなざしでクラストラをにらみつける。クラストラはその野獣のような凶暴性に気圧される。

 強い超能力を持つ彼らは、それでも節度をわきまえている。

 ビリーボアだけは違う。彼は暴君だ。仲間に対し力を振るって好き勝手に暴れるビリーボアをみんな嫌っていた。

 クラストラはビリーボアに力づくで犯されかけた事がある。ただ生意気だと言う理由でだ。ビリーボアはとても強いが、そのときは途中で他の仲間たちが助けに来てくれた事もあり大事には至らなかった。

 まだ諦めていないのか。クラストラはビリーボアのしつこさと執念に心底恐怖を抱いた。

 いっそこの任務のどさくさで殺してしまえたら……

 今がその時かもしれない。ビリーボアは敵を侮り自ら窮地を招く。いつもは他の全員がそれに巻き込まれ危険に晒されながらも何とかしてきた。

 いくら凶悪で手に負えない暴君といえど仲間であり貴重な戦力だ。しかしもう、これ以上危険な野獣を野放しにしその脅威に耐えるのは限界かもしれない。

 クラストラはその邪念を振り払う。ビリーボアを殺してしまいたい。でもそんなわけにはいかない。みんな困っているが、それでもそんな事をしてはいけない。

 ネフェシスがビリーボアに何をされたのか。想像通りだとしたらとても恐ろしい事だ。しかしそうとは限らない。男同士なのだ。まさかそんな事をしているとは考えられない。考えたくない。

 みんな大なり小なりビリーボアの被害を受けている。しかし一番被害を受けているキクリコがビリーボアを殺したいと言わないのだ。他の誰も、彼女を差し置いてビリーボアに天罰を下す権利など無い。

「キクリコ! さっさとしやがれ。あの魔人に先回りして足止めするんだよ!」

 ビリーボアが一喝する。キクリコはうなずく。

「わかった」

 無口で無表情な彼女。この中では背が一番低い。ネフェシスは表情に乏しいが、彼女はまったく表情が無い。

 昔はこの中で誰よりもよく笑い、誰よりも明るかったのに……

 クラストラは彼女を見る度悲しくなる。ビリーボアの悪意の一番の被害者。その被害は一度ではなく何度も続き、今に至る。

 ただ一回で、感情も表情も笑う事も失うほど恐ろしい被害。それを何度も受け続けるのはどれほど辛い事なのだろうか。

 感情を壊された。感情を失う事でかろうじて正気を保つ彼女は、ビリーボアの奴隷だった。

 奴隷刑でもないのに奴隷扱いなんて許されない。しかしキクリコはビリーボアの奴隷であり、隷属している。彼女自身がビリーボアの要求を受け入れている以上、それを阻止する事は出来なかった。

 ビリーボアは彼女を恋人だと公言している。だが恋人に対する敬意がまったくない。キクリコもビリーボアの恋人だと言っている。言わされているだけなのは明らかだった。

「待ちなさいよ。ビリーボアが決める事じゃないでしょ。キクリコも命令系統を無視したら駄目でしょ。ちゃんとリーダーの指示を仰ぎなさい」

 クラストラは無駄とは知りつつも、いつものようにリーダーに振る。

 リーダーである男は高速移動の最中でもまるでふかふかの豪華なイスの上で思案するように顎に手を当てゆったりと思考する。

「ふむ、そうですね。それがいいでしょう。キクリコ。魔人の前にテレポートし奴を足止めしなさい」

 やっぱりか。クラストラはいつものように失望する。

 このチームのリーダーはエンブリッツという男だった。背が高く、鍛えてはあるが端正の取れた身体。そしてりりしい顔つき。目はいつも閉じているかと思うほど細めており、普段は大きく開こうとしない。

 穏やかで、やさしいほほえみをいつも心がけている。他の五人を部下としてかわいがり、ときには厳しく指導もする。

 非の打ち所の無い理想的な上司。彼は自他共に厳しくそしてやさしい。本来ならクラストラも文句をつけたくはない。

 しかし一点だけ、彼には上司として致命的な問題があった。

 彼は、ビリーボアの横暴を容認していた。

 エンブリッツは、ビリーボアのやる事なす事ほぼ全てそれを妨げず、あまつさえリーダーの立場を利用してそれを擁護し後押ししていた。

 クラストラは元々、リーダーとしても男性としてもエンブリッツを尊敬し、好意すら抱いていた。しかしある日を境に彼は態度がおかしくなり、彼女の好意は砕け散った。

 キクリコがビリーボアの悪意の餌食となり、感情も身も心も壊された事件。当然クラストラはエンブリッツがリーダーの権限を使ってビリーボアの処罰を上司に求めると期待した。

 しかし逆だった。エンブリッツはそのあまりに非道な行為を不問とし、その上新たな規則を作りさえした。

「最強の超能力者である我々は、いかなる敵からも身を守り戦えなくてはなりません。それには普段から切磋琢磨する事が一番です。我々は自分で身を守れる。自分で戦える。自分で勝利出来る。そうならなければなりません。よって我々のチームにおいて、互いを害する行為は訓練とみなします。常に備えなさい。常に争い鍛え合いなさい。強くなりなさい。そして勝ちなさい」

 無茶苦茶な理屈により、チーム内における加害行為を全て容認した。しかもどういうわけかそれは上司の承認を得て、このチームにおける正式な規則となってしまった。

 そのためビリーボアがキクリコにした行為はお咎め無しだった。しかもその後もビリーボアがキクリコに同じ行為をし続けるのも、弱いキクリコがビリーボアから身を守れないから悪いという事になってしまった。

 リーダーとして尊敬し、男として密かに恋惹かれていたのに。クラストラはそのとき以来おかしい言動をするエンブリッツを信用出来ず、彼にビリーボア以上の警戒を抱いていた。

 エンブリッツはよほどでない限りビリーボアの好きにさせる。それは危険な任務でも同様だった。おかげでビリーボアの愚かな独断はまかり通り、チームは何度も危機に陥っていた。

 今回はどうだろうか。力の計り知れない魔人の前にキクリコ一人で立たせるのは危険極まりない。しかし現状、少しずつ速度差がついて引き離されているのだ。他の手はクラストラも思いつかなかった。

 リーダーの指示に従い、キクリコはテレポートし、その姿を消した。

 それは誰も予想し得ない結果を招いた。これから次々と連鎖して起こる、悪夢よりも非情な現実の始まりだった。

posted by 二角レンチ at 08:54| 魔人と超能力者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

魔人と超能力者(2)チャージ

魔人と超能力者(2)チャージ

 地下深くから発掘した魔人。死んでいると思われたのにいきなり活動、逃亡した。

 少年にしか見えない魔人は少しずつ速度を速めていた。建物の屋根伝いに跳躍し、数軒ずつ飛び越えていく。

 同じように跳躍し、それを追う六人の超能力者たち。しかしこのままではいずれ逃げきられてしまう。彼らの跳躍、ジャンプの超能力ではこれ以上速度を出せない。何とかして足止めしなければならなかった。

 使える超能力は個人差が激しい。この中で唯一テレポートを使えるのはキクリコだけだ。キクリコが魔人の前に転移し、足止めをする事になった。

 キクリコはビリーボアの悪意に襲われ感情を壊されて以来そうしている、能面のように不気味な無表情のまま標的をにらむ。

 そしてふっと姿を消した。テレポートの超能力により空間を飛び越え転移したのだ。

 しかし、彼女は姿を現さなかった。

「何?」

 クラストラは長い髪をなびかせ跳躍しながら心配する。

 テレポートは自分の身体を転移させる。視認出来る距離しか転移出来ない。しかし一瞬で転移は完了するはずだった。

 なのにキクリコは姿を現さない。こんな事は通常ではあり得ない。彼女のテレポートは視認出来る位置にしか移動出来ない。つまり、一緒にいた他の五人にも視認出来ない位置に彼女が転移しているはずがないのだ。

「……!」

 全員が驚く。普段どんな危機的状況に陥っても余裕の振りを崩さないエンブリッツでさえ、笑みが消えて素の顔になる。

「消えた、いや、消された?」

 ネフェシスが青ざめた顔でつぶやく。

「消されたって?」

 ネフェシスと同じ位心配性なヒエラルキが彼を見ながら同じくらい青ざめる。ネフェシスは彼女をにらむように顔をしかめて答える。

「キクリコのテレポートは転移地点を指定して転移する。もしそこに何かがあれば、空気と同じく押し退けるか、自分がずれて転移される。いずれにせよ自分が物体にめり込むような転移は出来ない。テレポートに失敗したなら姿を消す事が出来ない。成功したならどこかに即座に出現する」

「そんな事はわかっているわ。だから何が言いたいのネフェシス」

「あの魔人が何らかの干渉を行い、姿を消したキクリコが出現するのを阻止したんだ。あるいはすでに消滅させたか」

 それを聞いてヒエラルキがさらに青ざめる。

「キクリコ、が、死んだ……?」

「かもしれない」

 ネフェシスも彼女と同じように深く青ざめる。そんなに血の気が引いたら気絶するのではないかと思われるほどだった。

 全員が動揺する。

 想定外どころではない。こんな事はあり得ない。

 能力がまるで未知数の魔人。テレポートでその前に転移したキクリコが、どうにかして魔人の初撃を防ぎ足止めする。そのわずかな停滞で全員が追いつき取り囲む。そして戦う。

 そのはずだったのに。テレポートの失敗など考えていなかった。転移不能にするならともかく転移した後その出現を妨げるなど出来るわけがなかった。

 あり得ない。科学を極め、その科学により解明されている多くのオカルトの中で、超能力は最も解明が進んでいる分野の一つだった。もちろんまだわかっていない事は多いが、テレポートの転移後に出現を阻止する干渉は不可能だと実証されている。

 テレポートは転移に成功しない限り姿が消えない。キクリコがこの場から姿を消した以上、テレポートは成功しているのであり、即座にどこかに出現しなければならない。

 テレポートに干渉し、殺す事が出来る。

 それはつまり、他の超能力で攻撃しても、それに干渉出来ると言う事か。

 超能力は超能力で防ぐ事は出来る。しかしそれはあくまで違う超能力をぶつけ合うという事だ。超能力その物に干渉する超能力も他の事象も確認されていない。

 この魔人は、超能力ではかなわない?

 それはとても恐ろしい事だった。この国の中にわずか百にも満たない強力な戦闘力を誇る超能力たち。その中でもこの六人は突出しており、このチームに匹敵するチームはあと一つ二つくらいしかない。

 それだけ強く、その強さに絶対的な自信を持つ彼らは、自分の根幹たる超能力自体を否定されると己を保つ事が出来なくなってしまう。

「う……」

 さしものエンブリッツでさえ、あまりの非常事態に苦悩のうめきを上げかけたその時。

「は……ははは。おい、落ち着けお前等。キクリコはきっと、亜空間で迷子になっているだけだ。あの間抜け。その内ひょっこり帰ってくるさ」

 ビリーボアはいつものように、楽観論をのたまう。いつもはこのせいで危機を招くが、心が折れかけたみんなはこの時ばかりは救われた。

「そうですね……その可能性はあります。あの魔人が何かしたのではなく、何らかの理由でキクリコは亜空間から出て来られないのかもしれません」

 エンブリッツがそう言うと、みんなうなずいた。

 納得したわけではない。亜空間に閉じこめられさまよう事だってあり得ない事だ。しかし今追いつき戦わねばならないあの魔人が超能力に干渉出来るという事以上に恐ろしい事はない。それを否定出来るなら他のどんなあり得ない理屈にでもすがりつかなければ恐怖で押し潰されてしまう。

 テレポートは、この空間と亜空間を繋ぐ。入り口と出口の両方を構築してから入り口に飛び込む。すると入り口と出口を繋ぐワームホールを通って一瞬で出口にたどり着ける。

 その途中で迷う事も、止まる事も、妨げられる事もない。そんな事象は今までのテレポートの中でただの一度も起こらなかった。亜空間に構築されるワームホールは安全な通路だと認識されていた。

 異常過ぎる事態だが、それでもあの魔人が何かした可能性を否定出来ればそれを肯定するのはやぶさかではなかった。

 キクリコの事は心配だが、今はそれどころではない。任務中に仲間の死亡でいちいち悲しんでなどいられない。それに死んだとは限らない。まだ帰ってくる可能性だってある。

「じゃあどうするのエンブリッツ」

 クラストラは、またビリーボアが何か言う前にリーダーであるエンブリッツに伺いを立てる。

「そうですね……ネフェシス。チャージで対象を攻撃しなさい」

「え?」

 ネフェシスは怯えた顔で、離れた所を跳躍しているエンブリッツを見る。

「キクリコのテレポートで足止めが出来なかった以上、奴に追いつきその足を止められるのはあなたのチャージしか無いでしょう」

「で、でも……」

 もし魔人が超能力に干渉し、あまつさえその超能力者を消す事が出来るなら。ネフェシスもキクリコと同じ運命をたどるかもしれなかった。

 いらいらしていたビリーボアは、ネフェシスがためらった事で激怒する。

「さっさと行きやがれネフェシス! リーダーの命令には即座に従え。異議を唱えるな。最終命令であり絶対命令だろうが。尻叩かれねえとよちよち歩きも出来ねえ赤ん坊かてめえは」

 ビリーボアはエンブリッツにだけは頭が上がらない。自分の横暴を認め自由にさせてくれるエンブリッツをたてる。

「く……」

 ネフェシスはビリーボアをにらむ。彼はビリーボアに敵対心を抱いている。ビリーボアが彼に何をしたのかはわからないが、それを恐れ二度とさせないとさっき言っていた。

「わかったよ」

 ネフェシスは観念する。リーダーの命令は絶対で逆らう事が許されない。指揮系統に乱れを許すと全滅する危機を招く。リーダーの判断がたとえ間違っていようがそれに従わない事も異議を唱える事も許されてはいなかった。

 これで死ぬかもな。あの世でキクリコに会えるのだろうか。ネフェシスは死を覚悟した。

 ネフェシスは標的である魔人をにらむ。身体が光る。そして一瞬で弾かれたように飛ぶ。

 チャージの超能力は突撃だ。自分の身体を砲弾として撃ち出す。直線攻撃しか出来ないが、標的がかわせないし防げない強力かつ高速の攻撃は、跳躍するジャンプの超能力よりはるかに早い。

 当然、魔人の移動速度よりも早い。一瞬で追いつき激突する。

 魔人が吹っ飛ぶ。猛烈な勢いで地面の方へ弾き飛ばされ、民家を数軒吹き飛ばしながら転がっていく。

 当然その家にいた人間はもとより、周囲に飛び散った瓦礫と破壊により多数の死傷者が出た。

 彼らは任務の際いかなる被害を出す事も許可されている。巻き添えは仕方の無い犠牲であり、今更それに気が咎める事もない。

 チャージは対象に激突すると運動エネルギーを全て破壊力として叩き込む。ネフェシスは勢いを失いそのまま地面に降り立った。

「た、助かった……」

 死を覚悟していたネフェシスは、その場にへたり込んでぜえぜえと息を荒げた。

「ぼさっとしてんじゃねえよ。さっさと来やがれ愚図」

 ビリーボアはその横を跳躍して駆け抜けながら檄を飛ばす。

「大丈夫?」

 ヒエラルキはネフェシスの隣に降りて、肩を貸す。

「跳べる? おぶってあげようか?」

「あ、ああ。いや、大丈夫、ありがとうヒエラルキ」

 ネフェシスは肩を借りて起きあがると、ヒエラルキから離れて自分の震える脚で立つ。

 ビリーボアをはじめ、クラストラとエンブリッツは先に行っている。建物を壊しながら転がりようやく止まった魔人を囲うように、離れて三方に立つ。

 避難警報が鳴り響く。住民は被害者の救出ではなく、避難が優先される。戦闘が行われるこの場は依然危険地帯であり、誰も被害者の救助は許されない。

 この警報の音色は最大レベルの危険戦闘が行われる事を意味していた。周囲百キロが避難範囲だが、ネットを通じてこの情報を知った人々は、それより遠くても逃げ出し騒然としていた。

 科学によりオカルトの解明が進み、存在が確認された化け物の捕獲や殺害はときどき行われている。だから人々はひどくパニックになるというほどではなく、避難は着々と進んでいた。

 もう辺りに人はいない。瓦礫の下敷きになりながらもまだ生きている人たちは、見捨てられ助からない己の悲運を嘆いた。

 クラストラはそういう人たちを見て助けたい気持ちはわずかにあったが、任務中にそんな余計な事をするのは許されていない。わずかな余裕すら命取りの戦場で、敵から注意を逸らす事は出来なかった。

 ネフェシスとヒエラルキも追いついた。五人はそれぞれ距離を取り、魔人を取り囲んだ。魔人が誰を攻撃しても、他の誰かが魔人の背後から攻撃出来る。

 少年の姿をした魔人は動かなかった。五人は緊張しながらその姿をじっと見つめた。

posted by 二角レンチ at 08:33| 魔人と超能力者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月20日

魔人と超能力者(3)ウェッジ

魔人と超能力者(3)ウェッジ

 倒れた魔人を見つめる五人の超能力者たちはじっと動かなかった。

 動かない魔人は、少年の姿をしていた。地下深くに眠っていた魔人の実際の年齢は地層などから千年は超えると考えられていたが、実際には不明だった。テレポートなどの能力により地下に転移した可能性だってある。

 透き通るような白い肌。同じく白い髪は、月の明かりに照らされて銀色に輝いていた。

 身に着けているのはわずかに腰布のようなもののみ。細くしなやかな身体も顔もとても美しかった。

「動かないね」

 ヒエラルキは、魔人が死んでいればいいなと思いながらつぶやいた。

「僕のチャージでバラバラに吹き飛ばないなんて」

 ネフェシスのチャージは己の身体を砲弾とする突進だ。距離を取り加速しその運動エネルギーを対象に激突した際全て破壊力に転換し、敵の身体に撃ち込む。そのため対象は必ず内部から破裂したように爆散し、粉々の肉片になるはずだった。

「お前こいつにぶつかったとき、超能力か何かで防がれたのか?」

 ビリーボアは魔人から目を離さず、たくましい筋肉を緊張させながら大声でネフェシスに問う。

「いや、僕はただぶつかっただけだ。僕自身には衝撃が無い。いつものように、全ての力が破壊力として敵に流れ込むのを感じた。敵の身体に直接触れてはいない。触れる寸前でエネルギーの変換が行われ流入し、そしてこの魔人は吹き飛んでいった」

 それを聞いてクラストラは思案する。

「超能力で防いだのでないなら別の力かしら。魔人は超能力でも魔法でも無い、別の力を持つのかしら」

 科学により超能力は大分解明も開発も進んでいる。それに比べ魔法はほとんどがただの願望であり幻だと実証され、現実だと実証された物はわずかしかない。

 戦闘向きではなくメルヘンのようにふわふわした物が多い魔法は、ほとんどが幻だと証明されてしまった事とも相まって、人間に備わったすごい力のはずなのに軽視され、あまり研究が進んでいない。

 超能力と魔法以外の力はあまり解明が進んでいない。呪いはその歪んだ性質と特異性から解明は困難を極める。まだ科学でろくに暴けない未知の領域だった。

 その呪いと同じく、魔人の解明はまったく進んでいない。化け物は日々新種が発見され捕獲あるいは殺害による無害化が進んでいる。

 魔人は人間と完全に同じ姿をしている点で他の化け物とは異なり、最近世界中で存在が確認されたばかりの新種だった。一つの国で発見されたあと、他の国でも同じ反応を調べる事で次々と見つかった。いずれも地下深くに埋没しており、発掘は困難で金のかかる物だった。

 それを他国に先駆けこの国が最初に掘り出したのだ。もちろん必要なら殺害する。しかし可能なら捕獲し実験と解析をしたい。

 殺すと捕獲ではえらい違いだ。彼らの報酬だけではない。他国に対してこれほど国の力を誇示し優位に立てる事はない。

 現在では表向き戦争は行えず、経済やスポーツや技術開発よりも、オカルトの解明と開発により国同士が争っていた。

 動かない魔人を見て、五人は殺すよりも捕獲したいと考えた。それは国からの指示であり、自分たちのためでもある。

 しかし、安全を考えれば今の内に殺してしまう方がよい。キクリコのテレポートを阻止し、彼女を消滅させたのがこの魔人の仕業なら、今の内にとどめを刺した方がいい。でないと手に負えないかもしれない。

「やっぱり殺し……」

 キクリコの二の舞を踏む覚悟をしていたネフェシスは、魔人を殺してしまいたかった。

 その言を手を振って遮ったのはエンブリッツだった。

「捕獲しましょう」

 緊張が高まる。実際に捕獲出来るのか。捕獲したとして輸送中の安全は確保出来るのか。その後も安全に閉じこめておけるのか。

 多くの恐怖がのしかかる。捕獲すると言ったエンブリッツでさえ厳しい顔で冷や汗を垂らしている。

「む、無理なんじゃないかな……危険だよ……」

 心配性のヒエラルキは控えめな胸を潰れんばかりにぎゅっと己の腕で抱きしめ、身をすくませながらおろおろと抗議する。

「うるせえぞヒエラルキ。リーダーの命令は絶対だろうが」

 ビリーボアは自分の横暴を擁護してくれるエンブリッツの太鼓持ちだ。しかしキクリコを消されたせいで今回ばかりは恐怖で潰れそうになっている。苦々しく声を絞り出した。

 エンブリッツは危険を的確に判断出来る男だ。リーダーとしての判断力は優れている。

 彼は危険が大きい判断は下しても、任務に失敗する判断は下した事が無い。

 ビリーボアの愚かな行動すら許容し、このチームを度々危機に陥らせた。それでも本当にまずいときだけはビリーボアの行動を抑止した。

 そのエンブリッツが捕獲しろと言うのだ。いつものように、危機が訪れるにせよ任務はこなせると見極めたのだ。

「ネフェシスのチャージを防いだのが魔人の持つ耐久性なのか、それとも何らかの力なのか。我々人間とは違う超能力かもしれません。なにせ形を持った力を見せてはいません。まるで動かない。気絶しているのでしょう。ヒエラルキ。あなたのウェッジを試してください」

「わ、私?」

 ヒエラルキはぎょっとする。

「早くしやがれヒエラルキ。こいつが起きたら面倒だろうが」

 ビリーボアは自分に白羽の矢が立たなかった事に喜び、リーダーの気が変わらない内にヒエラルキを追い立てる。

「で、でも、私」

 ヒエラルキは恐怖に顔がひきつる。涙目でクラストラに助けを求める。

 クラストラは、視線を逸らした。

「あ……」

 普段親友だと言っておきながら、いざという時はこれだ。本当に助けて欲しいときに、クラストラが助けてくれた事はない。

 クラストラがビリーボアに襲われたとき、助けに駆けつけたのは誰だ? ヒエラルキだけではないが、それでも一番に駆けつけたのはヒエラルキだった。

 多勢に無勢。だからヒエラルキは普段臆病なくせに、そのときばかりは先頭に立っていた。クラストラはことあるごとに一番に駆けつけてくれた事に感謝し、一番の親友だと言っていたのに。

 単独で魔人に近づき超能力を打ち込む。それはとても怖い事だった。

「全員下がりなさい。いざというとき魔人に逃げられないように」

 ヒエラルキを残して、全員がさらに離れる。魔人が動き出し逃げようとしたときに備える。そしてヒエラルキが逃げられないようにもしている。

 ヒエラルキはとても絶望した。そして臆病な彼女が珍しく怒りを覚えた。

 こんな無慈悲な命令を下したエンブリッツにではない。一番助けてほしい今このときに、自分を見捨てたクラストラにだ。

 彼女だってクラストラを親友だと思っていた。いや、そう思おうとしていた。

 キクリコがビリーボアの手によりあんな目に遭わされ、しかもそれは止む事なく奴隷にされている事に恐怖し、二人は互いを一番の親友だと言い合い守り合おうと誓ったのではないか。

 もちろん言葉にしたわけではない。でも互いを親友だと言い合うのは、互いをいざと言うとき守り合うという約束だったのではなかったのか。

 それが、こんな肝心なときに裏切るなんて。どうせ後から言い訳で、リーダー命令には異議を唱える事が許されていないからだとか何だとか言うつもりなのだ。

 もう友情は壊れた。元々そんな物は無かったのかもしれない。彼女と過ごした温かい日々が全て凍てつき砕け散ってしまった。

 ヒエラルキは涙を拭ってクラストラからぷいっと顔を逸らした。クラストラはその事にひどく傷ついたが、自分の浅ましさを他の誰よりもわかっている彼女はヒエラルキを責める事は出来なかった。

 ヒエラルキは半ばやけになって歩を進める。恐怖に震える脚を怒りの燃料で突き動かす。

 魔人のそばに立つ。見下ろす魔人はうつ伏せに転がっており、辺りには落下と転がった衝撃で粉砕された瓦礫が転がっている。

 ネフェシスのチャージでも傷ついていない。どういう力なのだ。超能力の防御力ではあり得ない。

 力でなく、魔人はやわらかい肉に見えて何よりも硬いのだろうか。それとも衝撃やエネルギーを拡散したり分解したり出来る肉体構造か力を持つのだろうか。

 わからない。しかしヒエラルキのウェッジは楔の超能力だ。これは防御に関係なく楔を打ち込み敵を無力化する。

 超能力はごく一部の人間にのみ備わった才能の一種だ。

 遺伝などは関係なく、持つ者は持つ。それは普通眠っている。昔の人間は覚醒方法を知らなかったので覚醒出来なかった。偶然覚醒しても鍛え方を知らなかったので強い力は得られなかった。

 今は違う。超能力の有無を判定出来るし、その力を訓練により覚醒させ強く鍛える事が出来る。

 超能力の特徴は、自分の肉体に備わる力だという事だ。

 すなわち、外部になんらかの形を出現させたり、離れた所に発現させたりが出来ない。超能力を行使するには自分の内部で使うか直接接触により力を流入させるしかない。

 ネフェシスのチャージは対象に触れる寸前に運動エネルギーを破壊エネルギーに変換して対象に流入させるが、そのエネルギー自体は超能力ではない。自分の身体に作用して弾丸のように動かし、その運動エネルギーを破壊エネルギーに変換するまでが超能力の作用だ。

 ヒエラルキは魔人に直接触れて楔を打ち込まなければならない。彼女はおそるおそる手をかざす。

 拳をぐっと握り、振り上げて制止する。誰もが固唾を飲んで見守る中、ヒエラルキは一気に腰を落とし、拳を隕石のように振り下ろした。

 魔人の背中から、心臓の位置に拳を叩き込む。楔は打ち込んだ部位の活動を停止させ無力化させる。魔人に心臓があるかどうかはともかく、一撃で動けなくするにはこれが一番有効だ。

 拳がめり込んだ肉はたしかに肉の感触で、硬い事はなかった。ウェッジの力が流れ込んでいくのが確かに感じられる。楔は打ち込まれたのだ。

「はっ、はあ、はあっ」

 ヒエラルキはひざをつき、両手を地面についてうなだれる。魔人の反撃で殺される覚悟はしていた。先のネフェシスと同じく、命が助かり生きている安堵はとても大きく、それだけ恐怖が大きかった事を物語っていた。

「ヒエラルキ。どうだった?」

 ネフェシスが尋ねる。彼は自分と同じくヒエラルキが助かった事を喜んでいた。

「楔はたしかに打ち込まれたわ。ウェッジの超能力は確かに発動したし、妨げられる事は無かったわ」

 全員が安堵のため息をもらす。ヒエラルキもまたこの国で有数の強力な超能力者なのだ。彼女の楔を心臓に打ち込まれて動ける奴はいない。

「へっ。何だ何だ。見かけ倒しかよ。くそったれめ」

 さっきまで怯えていた事をごまかすように、ビリーボアがのしのしと近づく。

「おいどけヒエラルキ。俺がこいつを連れていく」

「待ちなさいよビリーボア。ケイジで閉じ込めないと」

 ビリーボアはクラストラを振り返り、うるさそうに顔をしかめる。

「ヒエラルキのウェッジは絶対だ。そんな必要はねえよ」

 ケイジの超能力は檻だ。物理的に檻を作り出せるわけではない。しかし対象は狭い檻に閉じ込められたように外部に干渉出来なくなる。

「よくやったなヒエラルキ。ご褒美くれてやるからよ。今晩俺の部屋へ来い」

 ビリーボアはヒエラルキの頭をぐりぐりなでる。ヒエラルキはその手を払いのけ、ばっと後ずさる。

「ちっ、何だ。お前みたいな貧乳、相手してやりたくなんかないんだぞ。それを抱いてやるって言うんだ。感謝ぐらいしろよな」

 キクリコは背が低く、童顔で、なのにこの中で一番の巨乳だった。巨乳に目がないビリーボアは、だから彼女を襲ったのだ。

「よっ」

 ビリーボアは脚を振り上げ、そして鉄槌のように振り下ろす。魔人の頭を踏み潰し、そのまま床石を砕き地面にめり込ませる。

「何してんのよ」

 クラストラが叫ぶ。

「ちっ。こいつ本当硬いな。たしかにやわらかい肉のくせに、まるで潰れねえ」

 ビリーボアは何度も魔人を踏みつけ床石を粉砕しながらめりこませた。

 エンブリッツは止めない。彼だって魔人に恐怖した。彼自身鬱憤を晴らしたかったが、部下の手前あんなみっともない真似は出来ない。彼はビリーボアを自分の代わりに暴力を振るう役目として利用し、それを眺めて自分の憤りを鎮めていた。

「よーし。そろそろ連れていくか」

 ビリーボアが瓦礫に埋まった泥だらけの魔人を拾い上げようとする。

「触るな」

 それは誰の声でも無い。だからこそ戦慄する。

 ビリーボアは敵を侮る。しかし歴戦の強者だ。とっさの対応力はちゃんと備わっている。

「うおおおっ」

 跳躍して後ずさる。他の四人は十分な距離があるにもかかわらず、たじろぎながら後退する。

 魔人はゆっくりと立ち上がる。泥にまみれた身体を振るうと、まるで水滴のように泥が流れ飛び、彼の身体も腰につけたわずかな布もすっかりきれいになってしまった。

「なん、だ、なぜ、動ける」

 ヒエラルキのウェッジを心臓に打ち込んだ。楔が刺さったままで動けるわけがない。

「ヒエラルキ! てめえこの野郎、失敗しやがったな」

 ビリーボアは魔人にびびってみっともなく飛び退いた事で恥をかかされたと思い、それをごまかすように叫んだ。

「ち、違う。私はたしかに楔を打ち込んだわ。ウェッジの超能力は確かに効果があった。力があいつの身体に流入したのを確かめたわ」

 ヒエラルキは涙を浮かべながら首を左右に振る。彼女自身が一番信じられない。絶対の自信を持つ超能力だ。もし仮に、魔人の心臓があの位置に無いのだとしても、身体に打ち込んだからには動きが鈍るはずだ。動けない身体を引きずるように手足でよろよろ這うのがせいぜい。あんな普通に動けるわけがない。

「たしかに効いている。しかし弱い。こんな物では何発打ち込もうと俺は止められない」

 魔人は全員をぐるりと見回す。

「てめえ、しゃべれるのか」

「ああ。学習している。キクリコ先生から学んだんだ」

 キクリコの名前が出た事で、全員が驚く。

「てめえあいつをどうしたんだ」

 ビリーボアはキクリコを襲い無理矢理奴隷にしたとはいえ恋人だ。従順な彼女と身体を重ねていれば情だって移る。他の誰に言っても信じないだろうが、ビリーボアはキクリコにほんの少しは愛情を持っていた。

「今はそれより、先に自己紹介をさせてもらおうか」

 魔人はまた全員をぐるりと見回し、それぞれの目をじっと見てから言った。

「俺はイゾアデイル。お前等が魔人と呼ぶならそれを我々の名称としておこう」

 彼は見た目は少年だが、この場にいる誰よりも大人びて尊大だった。

posted by 二角レンチ at 07:44| 魔人と超能力者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

魔人と超能力者(4)魔人

魔人と超能力者(4)魔人

 イゾアデイルと名乗った魔人は、五人の強力な超能力者に囲まれてもなんら怯む事はなかった。

 ビリーボアがイゾアデイルをにらみつける。

「名乗りのは済んだんだろう。さあ話せ。キクリコをどうした。それとも俺たちの自己紹介も必要ってか」

「その必要は無い。俺はキクリコ先生から学んでいる。お前たちの名前はわかっているさ。ビリーボア」

「親しげに俺の名前を呼ぶんじゃねえ」

「お前がキクリコ先生に話した事も全部知っている」

 ビリーボアがぎくりとする。

「あいつが何を言ったか知らねえがな、嘘だってつくさ。あいつは拷問されても秘密をしゃべらねえように調教してある」

「俺は拷問なんかしない。必要が無いんだ。俺は……そうだな。お前等が俺たちを魔人と呼ぶなら、俺たちはお前たちを人間と呼ぶ事にする」

 その言い回しの意味がまるでわからない。人間は人間だ。魔人が自分たちを本来どう呼んでいるのかは知らないが、魔人でいいと言ったのはイゾアデイルの方ではないか。

「俺はお前等人間とは違う。心や思考は読めないが、肉体を解析して情報を得る事が出来る。脳に書き込まれた情報を読み取り自分の脳にコピー出来る。だからキクリコ先生の脳に書かれている情報は全て俺の知識として学んでいる」

 そんな事が出来るのだろうか。超能力のサイコメトリーは、触れた物の情報をある程度読み取れる。しかし人の記憶をはじめ、生物からは複雑な情報は得られない。まだそれほど開発の進んでいない超能力だった。

 だから脳の記憶を、肉体の持つ情報を、短時間で完璧にコピー出来るなどという事はにわかには信じられない。しかしこの魔人は未知の力を持ち、さっきまででも既にいくつもその驚異的な力を思い知らされている。

「まあ、お前の秘密をばらすつもりは無いよビリーボア。俺は人間と敵対する気は無いし、害する気も無い」

「それはどういう」

 クラストラが訊こうとしたのを腕を振って遮り、ビリーボアが叫ぶ。

「いいからキクリコをどうしたって言っているんだ。あいつは俺の女だ。お前の先生なんかじゃねえ」

「俺はキクリコ先生を俺の先生にした。この国でも有数の実力を持つ強力な超能力者だ。国の深部にも精通している。彼女の力も、情報も必要だ」

「情報をコピーしたならもう必要ねえだろうが。返しやがれ」

「必要だ。話し相手も、そして慰みの相手としても」

 彼が腰にわずかに巻かれた布を押さえつけ、なで回して見せる。

「てめえ、人間じゃねえくせに、人間の女とヤろうってのか」

「姿形は人間だ。同じように欲情し、同じように性交だって出来る。お前が彼女にしたよりうんとやさしく抱いてやるさビリーボア」

「ふざけんなよ、てめえ」

「キクリコ先生は俺の物だ。もうお前の物じゃない」

 キクリコは物なんかではない。人間だ。しかし二人の男は自分の所有物だと主張している。なんと不毛で許しがたい事だろう。

 取りあえず、キクリコは生きているようだ。ビリーボア以外の四人は安堵する。

 魔人に犯されるなんてぞっとする。人間と同じようなやり方なのだろうか。しかしビリーボアに陵辱され続けるよりはましな扱いを受けるようだ。奇妙だが囚われたのに保護されたかのようにすら感じた。

 クラストラは再度口を挟む。

「人間に敵対しないってどういう事なの」

 イゾアデイルはクラストラの方を向く。

「言葉通りだ。お前たちは俺たちが何か危険な化け物だと考えているようだが、お前たちと同じだけの知性がある。理性がある。感情がある。虐殺は出来るがそんな趣味はない。蟻を潰して遊ぶのは頭の中が幼稚な奴だけだろう? 俺たちは人間を潰して遊ぶほど幼稚じゃない」

 人間を蟻や虫けら扱いする。お前等などいつでも潰せる、でも相手する価値も無いほど卑小だと言う。それは強力な超能力を持ち、他の一般人や弱い超能力者たちを見下す彼らにとって最高の侮辱だった。

「ふざけんじゃ、ねえぞ、てめえ」

「ビリーボア。抑えなさい」

 普段ならビリーボアが怒りに燃えて襲いかかるのを放置するエンブリッツも、今この魔人に対しては迂闊な事をするべきではないと判断した。

 魔人の話を聞くまでは手を出させない。その間に出来るだけ情報を引き出し、この状況を打開する方法を熟考するのだ。

 イゾアデイルがそんなエンブリッツを見てわずかに見下すようにほほえんだ。

 エンブリッツはプライドが高い。こんな真似をされると許せない。しかし彼はプライドよりも大事な物を優先出来る忍耐力があった。

「いいか。俺はただ同じ仲間と合流したいだけだ。人間なんかどうでもいい。お前等だって蠅なんてどうでもいいが、全身にたかられたら一匹残らず払いのけねば気が済まないだろう? 同じ事だ。俺たちは人間にたかられたくない。同じ仲間が人間たちにたかられる前に、俺が仲間を掘り出し合流する」

 既に世界中で魔人の存在は確認されている。地下深くにあるその反応を、実際に掘り出したのはこの国が初めてだ。

「仲間がどこにいるかわかっているの? キクリコや私たちだってその場所は知らないわ」

 クラストラの疑問にイゾアデイルはため息をついて答える。

「お前たちと一緒にするなと言っているだろう。俺たちは仲間の存在くらいどこにいようが探知出来る。知覚力が超能力などというチンケな物とは違うんだ。もちろん科学でも超能力でも掘り出すのが困難な地下深くからでも仲間を簡単に掘り出せる」

 訊きたい事は山ほどあるが、いつまでも魔人なんかと仲良く話している場合ではない。

「私たちはあんたの捕獲あるいは殺害を命じられている。任務失敗は許されない。人間に敵対しないと言うなら私たちにおとなしくついてきなさい」

 イゾアデイルは深いため息をつく。

「おかしいな。キクリコ先生の情報では、クラストラはとても賢い女のはずだが。俺は人間がたかる蠅のようにうっとうしいと言っているだろう。何でおとなしくついていかないといけないのだ」

「私たちは、力づくでもあんたを捕まえる、いや、殺すからよ。殺されたくないなら投降しなさい」

「お前等に俺が殺せるわけないだろう」

「気絶したくせに」

 ネフェシスは恐怖に震えていた。でも気安く話す魔人に対し、言い返したいぐらいの気概はある。ネフェシスは臆病だが、負けん気は強かった。

「何?」

「僕のチャージを食らって気絶しただろ」

「ああ。試しに食らってみたが、大した事はなかったな。俺に傷をつける事など出来なかった。あれはお前等の超能力の中でも攻撃力が高いのだろう? それで傷つけられないならもう俺には何も通用しないぞ」

 ビリーボアが吠える。

「ふざけんな。この中で一番強いのは俺だ。ネフェシスごときの攻撃を防いだからっていい気になるんじゃねえよ」

「キクリコ先生は俺にとって大事な人間だ。だから彼女に免じてお前等の相手をしてやっているんだ。それがわかっているのか? 今すぐ殺してもいいんだぞ」

「へっ、んな脅しにびびると思っているのか。俺の女を返してもらうぜ」

 イゾアデイルは頭をかく。

「いい加減にしろ。お前等俺に訊きたい事がいろいろあるだろう。だから答えてやるために話をしているんだ。訊きたいだけ訊いたら終わりだ。あとは俺たちに手出しするな。お前等は俺から聞き出した情報を世界中に伝え、もう人間たちの誰も俺の仲間に手出ししないようにしてくれればそれでいい」

「ふざけるなって言っているだろうが。何で俺らがお前のメッセンジャーにならなきゃならねえんだ。捕獲なんかやめだ。お前はここで殺してやる」

「ネフェシスのチャージも防いだ。ヒエラルキのウェッジもまともに打ち込ませてやった。もちろん俺の心臓の位置はお前等と同じだ。心臓に楔を打ち込んだら全身が動けなくなるはずだろう。しかし俺はこの通りだ。お前等の力は弱すぎて俺を傷つけられない。止められない。お前等全員馬鹿なのか? 賢いのはキクリコ先生だけか? これだけ超能力が通用しない事を見せてもまだそれを振るって向かってくるのか」

「うるせえ。他の連中は弱すぎるんだ。俺は強い。俺の攻撃を食らってからほざきやがれ」

 イゾアデイルはエンブリッツをじろっと見る。まるで許可を求めるように。

「……いいでしょう。ビリーボア。許可します。ただしあなた一人だけです。超能力が通用しないなら複数で襲っても効果はありません。それよりあなたが倒されたときに備えなければなりません。それでいいですね?」

 いいわけがない。ビリーボアは勇ましく吠えてはいたが、全員で襲いかかって殺すつもりだったのだ。自分一人だけで戦えとはどういう事だ。

 この機会に俺を切り捨てるつもりか。今までさんざん利用されてやっただろうが。自分の手を汚したくないエンブリッツには、恐怖で圧政を強いるのに暴力を振るう奴が必要だっただろうが。それを買って出て汚れ役を引き受けてきた俺を見捨てるなんて許せない。

 ビリーボアは歯ぎしりする。もちろんエンブリッツがビリーボアに何か指示した事はない。粗暴に振る舞い悪意で他のみんなを傷つけてきたのはビリーボアがそうしたかったからだ。それをエンブリッツは確かに利用したが、恩に着せられるような事ではなかった。

 今の会話の流れでは、ビリーボアがイゾアデイルと一騎打ちを望んでいると取られても仕方がない。エンブリッツはそれを利用したにすぎない。ビリーボアが考え無しに吠えて噛みついたのが悪い。

 任務のどさくさで、ビリーボアを死なせてしまいたいと何度も思っていたクラストラは異議を唱えなかった。未遂とはいえ襲われた事もある。ビリーボアに対する怒りも恐怖も強かった。

 普段ビリーボアをかばうエンブリッツが、ようやくビリーボアが死んでしまう状況を作ってくれたのだ。乗らない手はなかった。

 他の二人も同様だった。ヒエラルキは貧乳ゆえ、巨乳しか眼中に無いビリーボアの欲情の対象ではなかった。しかし嫌な目にはさんざん遭わされてきた。キクリコの事もある。ビリーボアの事を相当恨んでいたし、死ねばいいと何度も思っていた。

 そしてネフェシス。キクリコに続いて二番目にひどい目に遭わされた。誰にも知られたくない。その復讐は、いつか自分の手で果たしたかったが、実際力で劣る彼には出来そうもなかった。

 今なら彼に復讐出来る。魔人と一騎打ちをさせれば確実に殺されるだろう。自分の手で無い事は不満だが、彼に復讐するには他者の手を借りるしかなかった。

 クラストラも、ヒエラルキも、ネフェシスも下がった。それはビリーボアを見捨てた事を意味する。

「てめえら……覚えていろよ。俺は魔人をぶっ殺す。その後はてめえら全員後悔の涙を流させてやる」

 三人ともにやにやと、底意地の悪い笑みを浮かべていた。

「そりゃ楽しみだね。君が生きていたら相手してあげるよ」

 ネフェシスはここぞとばかりに言い返した。

 エンブリッツは笑っていない。でも内心ほくそ笑んでいた。

 ビリーボアを横暴に振る舞わせる。人はそれを止めないエンブリッツより、直接悪意を振りまくビリーボアの方を憎悪するものだ。

 その憎悪を晴らさせる。するとその悪意を許容していたにもかかわらず、その断罪をかなえさせたエンブリッツに感謝すら抱くのだ。

 人の心を掌握するのは簡単だ。飴と鞭。痛めつけたあとで助けてやればよい。

 いずれも自らの手を汚さない事が大切だ。実質的にどうかは問題ではない。直接鞭を振るった人間が罰せられればそれで気が晴れる。それをさせた人間に対する恨みすら晴れる。罰する快感を与えるためには自分が鞭を振るって罰せられては駄目なのだ。

 自分たちは任務を放棄して逃げ帰る事が許されていない。そうなれば死よりも辛い奴隷刑だ。ならそれよりは死を選ぶ。

 しかしエンブリッツだけは違う。上司も上層部の人間にも取り入ってある。掌握し、裏切れないよう蜜も脅しも与えてある。

 だからエンブリッツだけは逃げ帰っても罰せられない。建前上の軽い罰だけで済み、死刑よりも重い奴隷刑に服する事はない。

 いざとなれば、ビリーボアをはじめとした全員を犠牲に自分だけ逃げ延びる。エンブリッツは自分の事だけは心配していなかった。

posted by 二角レンチ at 08:15| 魔人と超能力者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

魔人と超能力者(5)コンプレス

魔人と超能力者(5)コンプレス

 ビリーボアは魔人と対峙していた。遠く離れて二人を囲うように、残りの四人はたたずんでいた。

 エンブリッツ以外の三人はにやにや笑っている。恐ろしい魔人に恨んでも恨みきれないビリーボアが惨殺されるのだ。現在では国の収入源であり国民の鬱憤を晴らす手段として復活している公開処刑を見るより楽しみだった。

 ビリーボアは自分を見捨てた四人を恨んでいた。とりわけ自分を深く恨みその死を明らかに楽しみにしている三人に憎悪のにらみを向けた。

「てめえらは、本当に、許さねえからな。今まで仲間だと思って大事にしてきてやったのによ」

 ビリーボアは悪意で人を傷つけてきた。大事にされた覚えのある者などいない。クラストラは襲われたし、ネフェシスは実際にひどい被害を被っている。

「いいからさっさと戦いなよ。魔人を殺せるほどお強いビリーボア」

 ネフェシスはとてもやさしい少年だ。間違ってもこんな風に、人を馬鹿にしない。子供の頃、自分が人からそういう扱いをされて辛かった。だから自分は人を傷つけず守れる人間であろうとしてきたのに。

 恨みは人を変える。ビリーボアは純真な少年をここまで歪ませるほどひどい事をしたのだ。

 普段ビリーボアに怯えていたヒエラルキもくすくすと笑う。

「ビリーボアが怯えた顔って笑えるね」

 ヒエラルキがそう言ってクラストラを見る。クラストラもそれにうなずいて笑った。

 私を襲った天罰が下ったんだわ。クラストラは実に気分がよかった。

 全員おかしかった。魔人の脅威は去っていない。ビリーボアが殺された後は自分たちの番なのに。あるいはその恐怖から逃れるために、今この時だけは楽しんで気を紛らわせているのかもしれない。

 魔人は白い髪をふわりとなびかせながら全員の顔を見て、そしてビリーボアを見る。

「ふうん。キクリコ先生に聞いていたのとずいぶん違うな。みんな実に性悪だ。キクリコ先生はみんなとてもいい奴だって言っていたのに。ビリーボア、お前の事もな」

「そうかい。俺はあいつにとっていい彼氏だからな。当然だろう」

 ビリーボアは恐怖を噛み殺しながら歯ぎしりする。キクリコを先生と呼び、どういう力か知らないが捕獲したままの魔人に怒りを募らせる。

 驚く事に、ビリーボアは本気で自分がキクリコのいい彼氏だと考えていた。

 彼は父親が、母親や自分を殴りののしり踏みにじりながら、これは壊したいほど愛しているせいだからだと教えられた。そう調教された。ビリーボアの初体験は、父親に命じられて母親を犯した事だった。

 彼は暴力や痛みを愛情だと教え込まれ、それを信じ込んだ。それ以外の考えを持つ事は許されず、そう調教されたのだ。

 超能力を開発され、強い力を持ち国の機関に属したとき、父親は息子のおかげでこれからは大金が手に入る事に喜んだ。

 ビリーボアは自分の稼ぐ大金以上に、父親に恩返しをしたかった。母親にも同様だった。彼は父親に教えられた通り、最大限の愛情を示すために最大の暴力を振るった。強い超能力により父親も母親もずたずたに消し飛んだ。

 そのとき初めて、彼は愛情をセーブしないと愛する人が死んでしまう事を知った。

 父親には、好きな女は優しく抱くのではなく激しく犯せと教えられていた。優しく抱いても強烈な愛情を表せない。伝えられない。弱い愛情しか無いと口に出して言うように相手に失礼な事だった。

 だからかすかに好意を抱いていたキクリコを力づくで物にした。母親と同じく心が壊れ感情を失い従順な奴隷と化した事で、彼は自分の愛情が届き恋人になれたと心底歓喜した。

 他の仲間もとても大事だった。友情すら感じていた。だから暴力を振るい傷つけてきた。強い暴力を振るっても耐えきれるほど強い人間でないと友情を結べない。彼はネフェシスと強い友情を結びたかったから、ネフェシスにとてもひどい事をしたのだ。ネフェシスが耐えきった事で、彼はネフェシスと親友になれたと考えていた。

 嫌われ恨まれるのは仲がいい証だった。仲間同士からかい合うのと同じ、気安く馴れ合える証拠だった。暴力という愛情表現に耐え、応えてくれている証拠だった。

 友情とは、愛情とは、憎悪と怒りに燃えてぐらぐら煮えたぎる熱い物だった。彼はどうして人を愛する事がこんなにも辛いのか、まるで理解出来なかった。これが当たり前で、みんなこうしているのだと本気で思い込んでいた。

 暴力が愛情表現。そのお返しに恨まれる。恨まれるほど愛情が届いた証拠だ。もっともっと恨まれたい。暴力で傷つければみんな強く恨んでくれる。もっとひどい事をするほどひどく恨んでくれる。

 彼はみんなの憎悪を浴びて見捨てられるほど恨まれている事を実感し、死を覚悟した今、自分の友情がみんなにしっかり届いていた事に満足した。

 俺はみんなにこんなにも愛されている。だからみんなのために死ねる。憎まれ口を叩いても、彼はみんなのために戦い死ぬ勇気をみんなからもらっていた。

「おい魔人」

「イゾアデイルだ。お前は名前を覚えられないほど頭が悪くはないはずだ」

「当たり前だろ。イゾアデイル。お前質問には何でも答えるんだったな」

「そうだ。ビリーボア。死ぬ前に訊きたい事は訊いておけ」

「魔人にインタビューする趣味はねえよ。お前をぶっ殺したら、キクリコは帰ってくるのか?」

「ああ。俺の力で閉じこめている、いや、ちゃんと丁重に保護しているんだ。お前の悪意からな。俺が死ねば力は解除されるから、彼女はこの場に帰ってくる」

「それを聞いて安心したぜ。あとはそうだな。お前の力は超能力ではないんだな。なら何なんだ。魔法か、呪いか」

「魔人と同じくお前等が名称を決めればいいが、そうだな。魔人の力だから魔力とでも呼べばいい」

「魔力、か。そいつでお前の身体は傷つけられないのか」

「まあ、そうだな。お前ら人間と違って肉体自体が強靭だが、超能力を防ぐには魔力も使っている。お前等の超能力は弱い。もっと強ければちゃんと傷つける事は出来るだろう。チャージでは確かに気を失った。けがはしていないが完全には防ぎ切れていなかった証拠だ」

「ヒエラルキのウェッジはどうなったんだ」

「この楔の超能力か。ちゃんと俺の心臓に打ち込まれている。しかし俺の活動を止めるには弱い。こうして動けるが、確かに活動を低下させている」

「つまり、お前はさっきみたいに俺たちから逃げきれるほど早くは無いんだな」

「俺は加速するほど加速出来る。時間をかければ速度は際限なく上げられる。お前等の超能力のように限界は無い。魔力は練り上げ高める事が出来る」

「そうかよ。じゃあ練り上げる時間が無いから、俺の攻撃は防げねえな」

「弱い超能力は通用しないと言っただろう」

「俺は強い。世界最強だ。俺にかなう超能力者なんかいやしねえ。ネフェシスやヒエラルキの超能力で傷つけられなくても、俺のならお前をぶっ殺せるぜ」

「そうか。なら最大の攻撃を放て。受けてやる。それが通用しないなら、何も通用しない。だからお前を殺す。お前は力が全てだ。キクリコ先生からそう聞いている。だから力を否定され通用しないならお前にはもう何も残らない。生きていたくはないだろう。人間を殺す趣味は無いが、キクリコ先生の恋人だからな。特別に殺してやる」

「はっ。そいつはありがてえ。俺の最大攻撃は命中率が低いからな。当てさせてくれるならてめえを確実に殺せる」

 ビリーボアはずんずんと歩み寄り、魔人と対峙する。大男と少年は、背が倍近くも違う。魔人は恐れる事なく巨人を見上げる。

「ビリーボア……俺たち魔人にとって人間は取るに足らぬ存在だ。しかし会話が出来、姿もそっくりなのだから他の動物よりはなじみやすい。お前は弱い。しかし恐怖を噛み潰して俺に向かい合うその心は強い。心の強さは身体や力の強さと同じくらい、敬意に値する。だから苦しめずに殺してやる。感謝しろ」

「感謝? お前が生き残って俺を殺せたときにしてやるよ」

 ビリーボアはうなる。その形相は獣のそれだ。ビリーボアは熊のように両手を広げて上げ、そして打ち下ろす。

 大きな手のひらが左右から、少年ほどしかない小柄な魔人の頭を押さえつける。

「コンプレスだ。キクリコから聞いているだろう」

「ああ。これを使うか。派手さは無いが、お前の破壊力の中では一番だな」

 コンプレスは圧縮の超能力だ。超能力の性質の一つに、時間をかけるほど威力が上がるという物がある。一瞬で発動出来る超能力でも、数秒かければその威力を数倍に跳ね上げる事が出来る。

 ちなみに、ネフェシスのチャージは時間でなく距離を取るほど運動エネルギーが増すので威力が上がる。あれは時間をかけても威力は上がらない類の超能力だ。

 先のイゾアデイルも自分の力、魔力について似たような事を言っていた。しかし超能力と違い、際限なく力が増すと言っていたし、力を行使し続ける事で力を増幅する点で、発動までに力を高める超能力とは異なっていた。

「超能力を練り上げるのは数秒が限界だ。時間をかけるほど威力が上がるが抑えきれずに暴発する。俺の限界ぎりぎりまで高めた最大圧力を食らいやがれ」

 コンプレスの超能力は、自分の手の力を強化するのとは違う。両手で押さえた物に力を流入させ続け、起動時にその力でもって圧縮する。押し潰すように見えるが実際には内側から引っ張り収縮させる。

 これだけ力を流入させてから発動すれば、この世にある最高硬度の鉱物でありオカルト解明による発見の一つであるオリハルコンでさえ原子のサイズにまで圧縮出来る。

 ビリーボアがコンプレスを起動する。ボンと爆発音を立て、圧縮の際に放出される熱で蒸気が噴出する。

 もうもうと立ちこめる蒸気の湯気で、白すぎて何も見えない。しかし風がすぐにそれを吹き飛ばし、結果を月明かりの元に晒け出す。

 半ば予想通り、しかし想像は出来ない、信じられない光景だった。

 魔人の頭は潰れていなかった。

 しかし、血が噴き出していた。

「嘘だ……僕のチャージでも傷つかなかったのに」

 ネフェシスはチャージの超能力に絶対の自信を持っていた。これだけはビリーボアに負けないと、最後のより所にしていたのに。

 がっくりとひざをつき、うなだれるネフェシス。あとの三人は狼狽した。

 あれだけ時間をかけて力を高めたコンプレスだ。並の攻撃とは次元が違う。潰せない物などこの世に存在しない。あれ以上の破壊力は、この場にいる誰にも成し得ない。

 魔人は頭から血を吹き出し、ぐらぐら揺れていた。ビリーボアは手を構えたまま汗をだらだら流し、目を見張っていた。

 暴発ギリギリまで力を高めた。あれだけの力を流入させたのは初めてだ。

 傷つけられず普通の方法では加工も出来ないオリハルコンでさえ、実験で圧縮した事がある。生物の頭が破壊出来ないはずがない。

 超能力の暴発を押さえ込むのはとてもきつい。力を使い果たしたビリーボアは、もう反撃など出来なかった。

「ビリーボア」

 血塗れの顔で、しかし目に血が流れ込んでさえまばたきをしないイゾアデイルがビリーボアをにらみ上げる。

「前言撤回だ。認める。お前の超能力は強い。誇りに思っていい。気絶しないよう意識を保つため、肉体を傷つける事を選択せざるを得なかった」

「何だ……何を言っている……」

 自分の誇りを、暴力を、この世の何よりも信頼出来る物を打ち砕かれて、ビリーボアの心は折れてしまっていた。

「俺たち魔人は魔力により強靱だ。肉体の強靱さだけでは耐えきれないときは魔力により防御している。しかしそれでも防ぎきれないダメージを受けたときは、肉体を傷つけるか精神を傷つけるかを選択出来る。意識を保つ必要があるときは肉体を傷つける事を選ぶ。お前との約束だ。意識を失うわけにはいかない。この手で殺してやる」

 魔人は両手を上げる。自分の自信を、誇りを、全てを砕かれたビリーボアは、もう自分を屈服させた帝王に跪く事しか出来なかった。

 がくりと膝をついたビリーボアの頭を、イゾアデイルはそっと両手で挟み込む。

「お前は虫けら扱いしない。子供扱いもしない。心にせよ力にせよ肉体にせよ、強者は尊敬に値する。如何に格下とはいえ俺はお前を尊敬する。だから頭をなでてほめる事はしない。殺す価値の無い人間が、俺たち魔人に殺されるのは最大の栄誉と知れ」

 何にもひれ伏した事のないビリーボアが、初めて相手に敬意を示して答えた。

「はい……」

 イゾアデイルはビリーボアの目をじっと見下ろす。

「キクリコ先生が言っていた。それを伝えるべきかどうか、俺には判断がつかない。だから伝えておこう。どうせお前には届かないだろうがな」

「何を」

「暴力は愛情表現ではない。キクリコ先生はお前にいつか、それを教えてあげたいと言っていた。本当の愛情を教えて幸せにしてあげたいと言っていた」

「?」

 暴力だけが愛情を伝える手段だ。ひどい暴力ほど強く愛していると相手の身にも心にもしっかり伝えられる。返ってくる恨みが大きいほどより強く伝わった事がわかる。

 イゾアデイルは思った通り、ビリーボアにはまったく理解してもらえない事で、キクリコの苦労を思ってため息をもらした。

「強き勇者よ。褒美として最大の栄誉、死を受け取れ」

 イゾアデイルは両手で挟み込んだビリーボアの頭を、彼がイゾアデイルにそうしたかったように潰した。

 誰もが息を飲んだ。怯えた。そしてあんなに憎んで死ねばいいと願っていたビリーボアの死を目の当たりにして、なぜかうれしくなかった。

 悲しみ、いや、哀れみか? イゾアデイルが伝えた言葉にきょとんとし、本気でわからないという表情を見せたビリーボアは、ひどく哀れでかわいそうな子供に見えた。

 頭が潰れ消し飛んだビリーボアの巨体がゆっくりと倒れる。イゾアデイルは頭と手を振ると、血がきれいに飛んで顔も手も汚れが無くなった。

 髪に隠れてほとんど見えないが、傷は残っているようだった。でも血は止まっている。魔人の血は人間みたいに赤かったと、今更ながらクラストラは思った。

「さて……話を続けようか。話が終われば俺は行く。その前に訊きたい事は訊いておけ。それとも」

 イゾアデイルは足下に転がる、首から上が無くなったビリーボアの死体を指さす。

「この勇者と同じく、心も力も強い者がいるなら相手してやる。ビリーボアと同じくらいの強者なら、如何に虫けらのような人間とはいえ戦う価値はある。死を授ける価値がある」

 それを聞いて、エンブリッツが答える。

「あなたは神にでもなったつもりですか」

「神? ああ、人間はまだ、神の存在を確認出来ていないのだったな」

 エンブリッツが動揺する。

「あなたは神を、知っているのですか」

「そうだな……神についての問いには答えない。それはお前等が解明する事だ。だが神について知りたいなら、少なくとも俺たち魔人くらいは神に近づけなければならない。力が弱い者は知覚出来ない。神は力のある者にしか知覚出来ない。人間が神の存在を解明出来ないのは、弱すぎて神に近づけないからだ」

 彼が嘘を言っているのでなければ、それは神がいると答えたに等しい。神は実在の証拠が全て解明により否定され、幻と認定されているオカルトだ。もし実在するならそれは大変な事だった。

 どうやら魔人は自分たちの事についてしか答えてくれないらしい。しかし今みたいに上手くすれば、他にも有益な情報を得られるかもしれない。

 他の三人はビリーボアの死にショックを受けていた。魔人の強さに打ちのめされていた。エンブリッツだけは、使い古した用済みの駒を取られたぐらいのショックからいち早く立ち直っていた。

posted by 二角レンチ at 12:38| 魔人と超能力者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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