2013年07月17日

牢獄館のお嬢様(0)あらすじと人物紹介

牢獄館のお嬢様(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 ある日突然、お嬢様をさせられた。

 何もかも平凡な女の子、シズカはいつのまにかおかしな洋館、牢獄館へ来ていた。そして館の主であるお嬢様を務める事を強要される。

 わけがわからないままメイドのビルピオーネにビンタで躾けられ、調教は完成してしまった。シズカはこのおかしなメイドに逆らえず、現状を受け入れる。

 館のお嬢様であるドッペルゲンガー、カレントお嬢様が、シズカの姿をコピーし入れ替わった。カレントが人間の人生を楽しむ間、シズカは代わりに牢獄館のお嬢様を務めなければならない。

 我が家の光景を見せられたシズカは、自分に化けたカレントが弟のマコトをお風呂に誘うのを見て激怒する。そして何があったか知らないがお風呂上りに幸せそうな顔をするマコトを見て、純情なるドスケベ大魔王たる弟の貞操を淫乱カレントから守るため、牢獄館を出て我が家へ戻る決意をする。

 牢獄館はルールに縛られている。この館を出るにはお嬢様らしく振舞い外出に必要なお嬢様ポイントを貯めねばならない。

 この館を出れば、カレントと自動的に入れ替わり元の生活に戻る事が出来る。

 シズカはおかしなメイドのビルピオーネと共におかしな館でおかしな使用人や奥様の部屋を訪れお嬢様らしく振舞いながら戦わねばならない。

 お嬢様らしくない振る舞いをする度ビルピオーネがビンタする。ビンタ怖い。シズカはそれでも頑張る。

 シズカは知らない。何もかもおかしなこの牢獄館で、自分も愉快でおかしな面子の一人だという事を。

説明

 平凡だが思考がちょっぴりおかしな女の子シズカが、おかしな館でお嬢様をさせられながら、お嬢様らしく振舞う事で使用人や奥様と戦うバトルコメディのファンタジー小説です。

 ギャグがほとんどで、熱血やしんみりはほんの味付け程度。肩の力を抜いて気軽にお楽しみください。

 以下人物紹介です。ラフイメージがついてますので小説を読む際イメージを絵で見ても大丈夫な方のみ続きをお読みください。

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2013年07月19日

牢獄館のお嬢様(1)メイド

牢獄館のお嬢様(1)メイド

 私はお嬢様だ。

 でも本当は、お嬢様を強要されている一般庶民だ。

「シズカお嬢様。お食事の用意が整いました。こちらへどうぞ」

「はい……」

 典型的な、ロングスカートのメイドが食卓のイスを引いて私を促す。私は慣れないドレスで、したことのないほどお上品にしずしずと歩く。

「堅苦しくしなくてよろしいのですよ。この館の主はシズカお嬢様、あなたなのですから」

 背の高いメイドはイスに座った私を見下ろしながらにっこりほほえむ。

「うん。わかった」

 私はうっかり、普段の調子で返事をしてしまった。

「はしたない!」

 メイドは金切り声で叫んで、私のほほをぺしっと平手打ちする。

「ごめんなさい!」

 私もせっぱ詰まった声で謝る。

「わかればよろしいのですよ」

 メイドは荒げた息をぴたっと整えると、またにっこりとほほえんだ。

 何なのだろう。この状況は。

 とりあえず、はたかれたほほが痛かった。でもさするとまたお行儀が何だのと怒られるに違いない。

 私は突然、この館の主、お嬢様にさせられた。

 いきなりだ。ついさっきだ。わけがわからない。

 でもパニックになるより先に、このメイドに今の調子で躾られ、思考を無理矢理お嬢様として振る舞うことにのみ追いやられてしまった。

 慣れないドレス。豪華なお嬢様の装い。ただの一般家庭に生まれ育った私はもちろんお嬢様ではない。実は貴族や金持ちの子で、今の両親とは血が繋がっていないなんてこともない。

「ええと、ビル……ビルビル……」

「ビルピオーネとお呼び下さい。シズカお嬢様」

 背の高いメイドはにっこりとほほえむ。

 よかった。名前を覚え切れていないことは叱られなかった。でももう一度間違えたらきっと叱られる。またはたかれてしまう。

「ビルピオーネ。私はどうしてここにいるのかしら?」

 かしらだって。うう。歯が浮く。お嬢様言葉なんてマンガの世界だけじゃないのか。

 かゆくてたまらない。今時こんな時代錯誤な言葉遣いをする人間なんて、本物のお嬢様でもいないに違いない。

「それは、シズカお嬢様がカレントお嬢様の身代わりだからです」

 取りあえず、初期のパニックは何度もほほをはたかれ躾られて脱した。今はこの異常で理解不能な状況を把握するべく、話を聞かなくてはならない。

 私はテーブルのスプーンを手に取り、おいしい香りのする湯気の立つスープをすくって一口食べる。

 じゅる。

「はしたない!」

 ビルピオーネと名乗ったメイドは私のほほをつねり上げる。

「痛い、痛い」

 ビルピオーネは血管を浮かせたすごい剣幕の顔でにらみながら、私のほほを引っ張り釣り上げようとする。

「痛い……ですわ」

 ぱっと、ほほが解放される。私は半分浮いたお尻をすとんとイスに下ろす。

「シズカお嬢様。スープを食べるときは音を立ててすすってはいけません」

「わかってい……ますわ」

 私はおどおどしながら慎重にスープを食べる。おいしいのに味わう余裕が無かった。

 この頭のおかしいメイドは一体何なのだ。

 この薄暗い洋館は一体何だというのだ。

 どうして私はいきなりこの館にいて、お嬢様を演じる事を強要されているのだろうか。

「ビルピオーネ。私がカレントお嬢様という方の代わりとは、どういうことですの?」

 あああ。かゆいかゆい。何でこんな歯の浮く言葉遣いを強要されなければならないのだ。歯が裸足で逃げ出したらどうしてくれる。舌がもつれて絡まってしまいそうだ。

 お母さんなら私がばくばく食べるのを見て、おいしそうに食べてくれてうれしいって言ってくれるのに。

 お母さん。お父さん。それに弟のマコト。みんなどうしているのだろう。

 きっと私がいなくなって大騒ぎしているに違いない。私の失踪は世界の七失踪にランクインしてしまう。きっと家族だけでなく世界中で大騒ぎになってしまっている。

 宇宙よりも大切な私がいないなんて私の家族には耐えられない。早く帰らないといけない。

「カレントお嬢様はドッペルゲンガーです。人間に化けてその人間の代わりに生活し、人間の生を楽しみます。シズカお嬢様はカレントお嬢様に見初められ、入れ替わりになられたのです」

「ええと……?」

 つまり要約すると、このメイドは本当に頭がおかしくて妄想と現実の区別がつかない、と。

「ご覧になられた方が早いですね」

 メイドは食卓の蝋燭を一本手に取ると、ふっと吹き消した。

 途端に部屋が真っ暗になる。食卓に載る他の蝋燭は未だ灯ったままなのに、その光は委縮し闇に浮かぶ点にしか過ぎなくなってしまう。

 驚くより早く、さらに驚く。真っ暗になった部屋の上空に、巨大な映像が鮮やかに映し出されたからだ。

 プロジェクターによる投影だろうか。それにしてはやけに画像がはっきりしている。まるでその場にいるみたいだ。

「えっ」

 さらに驚く。そこに映し出された映像は、間違い無く私の一家全員だった。

 お父さん、お母さん、弟。

 そして私。

「な、なんで、私がいるの」

 メイドの気配がさっと変わる。やばい。またはたかれる。私はとっさに言葉を続ける。

「……ですか?」

 殺気だったメイドの気配が、風船が萎むように落ち着く。やばかった。本当に気を付けないと。このメイドは瞬間湯沸かし機能を搭載している高性能欠陥品だ。

「あれはカレントお嬢様です。ドッペルゲンガーは見初めた相手の姿形をコピーし変化します。脳までコピーするので記憶や思考ももちろんコピーしています。完全に本人と同じになります。そして入れ替わり、人間の生を楽しむのです」

 あれが、ドッペルゲンガーとかいう化け物が変化した姿だというのか。どう見ても私だ。毎日鏡で見ているかわいすぎる女子高生だ。

 顔よし頭よし性格よしの三拍子揃いながら未だ彼氏の出来ない私にしか見えない。いや、身体もよしで四拍子か。まさかぴったり三拍子でないとモテないとでもいうのだろうか。

 取りあえず、落ち着こう。うん。落ち着いている。私は冷静だ。異常事態でもパニックにならない私はとても格好いい。

 いい女だぜ。そんな。でもうれしい。

 これで彼氏がいないのが本当に不思議だった。世界の七不思議に入れてもいいくらいだ。

 ここに来たときさんざん泣きわめいて、ビルピオーネに泣き止むまではたかれ続けた事なんかもう忘れた。うん。私は取り乱したりなんかしない。いい女は取り乱さない。ふふふ。本当にいい女だぜ私。

 上空に浮かぶ巨大な映像は、音声も再現していた。私の声だ。私がしゃべるわけが無いセリフを言う。だから隠し撮りを編集とかではない。合成音声とかだろうか。

「マコト。今日は久しぶりに、お姉ちゃんと一緒にお風呂入ろうか」

 ぎゃあああああ。

 何を言っているんだこいつは。

 家族団らんの食卓で、年頃の乙女が三つしか離れていない弟に言うセリフじゃないいいいいい。

「まあ、いつまでも仲がいいのね」

「はっはっは。いいことじゃないか。この年になると仲が悪くなる姉弟の方が多いのに、結構なことだ」

 うちのお母さんもお父さんもとてものんきだ。でもこの歳で、姉と弟が一緒にお風呂に入るのはまずいだろう。

 マコトだって恥ずかしがる歳だ。さすがに断るだろう。

「う……うん」

 マコトは顔を真っ赤にしてうつむきながらもそう返事した。

 マコトおおおおおおおお!

 このおませさんがあああああああ。

 小学生じゃないんだぞ。姉と、大人の女と、ナイスバディと一緒にお風呂なんて駄目に決まっているだろうが。

 お前が恥ずかしがって一緒にお風呂入るのやめたの何年前だと思っているんだ。それが何だ。女の身体に興味が出てきたからこれ幸いってか。

 わが弟がこんなにスケベだとは思いもしなかった。世界の七事件に入れてもいいぐらいだ。

 食事を終えた私の姿の女と、我がスケベなる弟は、肩を寄せ合い着替えを持ってお風呂に向かう。

 ちょっとちょっと、何これ。何で筆下ろしするお姉さんがいたいけな男の子をホテルに連れ込むような雰囲気なんだ。

 我が変態なる弟は何を期待しているんだ。私は姉だぞ。でもそこにいる女は私じゃない。血の繋がりの無い他人だ。

 あれ。ならいいのか。

 いいわけないだろおおおおおお。

「シズカお嬢様。お食事が冷めてしまいます。まずは食事を済ませてください」

 ビルピオーネが指を鳴らすと、上空の映像がすうっと消える。食卓に載る蝋燭は明るさを取り戻し、再び薄暗いながらも明るい食卓の風景を取り戻す。

 ああ、いいところだったのに。

 私はまるで、昼のドラマで情事のシーンに入るところでコマーシャルに切り替わってしまったようにがっかりした。

 いや、いいところじゃない。

 やばいやばい。何だあれ。何だあの女。

 童貞に違いない、女に免疫の無い我がいたいけな弟に、何をするつもりなんだ。

 何で私のふしだらなる弟は、姉の姿であるあの女に対し顔を真っ赤にして一緒にお風呂に入るのだ。

 まさか、純情でまだ幼い振りをして、ずっと私をいやらしい目で見ていたのか。

 あり得る。男の子は思春期になると、母や姉など家族の女にまず性的興味を抱くと言うからな。世界の七美女の一人である私が一つ屋根の下にいれば、劣情をもよおさないではいられまい。

 ああ。駄目。私はお姉ちゃんなのよ。

 お姉ちゃんじゃないと駄目?

 仕方ないなあ。私も、男の子の身体、ちょっと興味あるし……

 だあああああああ!

 食事が終わるまで続きを見させてもらえそうにない。私はまたはしたないと言われないよう気をつけながら、なるべく急いで食事を終える。

 こんな豪華なディナーは生まれて初めてなのに、まるで味わう余裕が無かった。

「ビルピオーネ。さっきの続きを見せてくださるかしら」

 声がうわずってしまった。

「かしこまりました」

 またビルピオーネが食卓の蝋燭を一本手に取り吹き消す。さっきと同じく他の蝋燭の火は遠慮するように光を小さくし、暗闇の中に巨大な映像が浮かび上がる。

 ちょうどお風呂を上がったところだ。弟は顔を真っ赤にし、見たことが無いほどにやけた幸せそうな笑顔をしていた。

 マコトおおおおおおおおおお!

「消してちょうだい」

「よろしいのですか」

「いいから早くしてちょうだい」

「かしこまりました」

 これ以上見ていられるか。マコトが大人の階段を昇ってしまった。姉の私を差し置いて。

 いや、まだそうと決まったわけではない。まだ私が追い抜かれたわけではないかもしれない。

 お風呂なんだから、せいぜい洗いっこしただけだ。まさかあんな事やこんな事をしたわけがない。マコトはあまりにナイスバディな私の裸を見て、それだけで満足したに違いない。

 そう思おう。これ以上考えてはいけない。あの女、許せない。

 私は一刻も早くこのわけのわからない状況を抜け出して、弟を魔女の手から守りに駆けつけなければならない。

 そのためには情報が必要だ。冷静になれ。異常だ何だとパニックになるな。またこのメイドにはたかれてしまう。

「ビルピオーネ」

 私はにっこりと、お嬢様らしくほほえむ。

 そのほほを、メイドがぱしりとはたく。

「ごちそうさまは!」

「ごちそうさまでした!」

「よろしい!」

 このメイドが怒ったときは悪鬼のようだ。美しい顔が台無しだ。はたかれる痛みと怖い顔の恐怖で二重に調教されてしまう。

 軍隊かっつーの。何だこいつは。でもこいつから情報を聞き出さないといけない。私はぐっと我慢した。

「説明してくださるかしら? どうして私がここでお嬢様をしなければならないのかしら」

「カレントお嬢様はあなたの代わりに人間として生活します。楽しみます。あなたがニ人いてはまずい事になるでしょう。だからカレントお嬢様が飽きるまで、あなたにはここにいてもらいます」

「いつになったら飽きるのかしら」

「たいていは、人間としての寿命を全うするまでです。ドッペルゲンガーはコピーした元の人間と同調しています。同じように歳を取ります。あなたの寿命が尽きたらコピー出来なくて、姿が戻ってしまいます。ですからあなたが寿命で死ぬ寸前に、また入れ替わります」

「冗談じゃありませんわ。それって一生このままってことじゃないの」

「冗談なら笑うところでしょう。笑えないから冗談ではありません」

 その理屈はおかしいだろう。つまらない冗談は冗談ではないというのか。冗談差別だ。差別反対。

 本当に何なのだこのメイドは。頭のネジが全部抜けているんじゃないのか。世界の七技師の一人である私がネジを締め直してやりたいところだが、あいにく私は今、頭のネジを持ち合わせていない。

「ここはどこなのかしら」

「牢獄館です。ドッペルゲンガーは自分の巣であるここにしか住めません。そしてここから人間を観察し、見初めた相手の姿をコピーします。するとその人間と入れ替わることが出来るのです」

「入れ替わったから私はここに転移されたって事ですの?」

「その通りでございます。シズカお嬢様はとても聡明であらせられますね」

「そうかな。えへへ」

「このお馬鹿!」

 ぱあんと心地よい音が鳴る。何度私のほほをはたけば気が済むのだ。

「私は馬鹿ではないわ。ちゃんとこうして、言葉遣いがなっていますもの」

「そうですね。教えても身に付かないのが馬鹿です。シズカお嬢様はちゃんと身につけておいでです」

 にっこり笑うメイド。こんなに顔がころころ変わってよくひきつらないものだ。

 私は痛むほほをなでる。腫れていない。

「あんなにはたかれたのに、どうして私のほほは腫れていないのかしら?」

「あなたはこの館の主です。主に危害を加えることは出来ません。腫れも痛みもすぐ引きます。けがはすぐ治ります。ご安心ください」

 危害を加えているじゃないか。治るからって危害を加えていない事にはならないぞ。

 ふむ。さっきの映像はまだ、CGだの合成音声だの、あるいは私そっくりにメイクした偽物という可能性はある。

 しかし私のほほがはたかれて痛いからこれは夢ではない。なのに腫れや痛みがすぐ引くなら、ここは人間の科学を超えた超常現象が普通にある場所だという事になる。

 信じたくはないが、私が眠らされ誘拐されたとかいう単純な話ではないようだ。ここはそれをいちいち疑っていては埒が明かない。

 なにより、もうはたかれたくない。そのためなら馬鹿げた現実だって受け入れることはやぶさかではない。

 早く戻って弟の貞操を守らないと。ついでにこの頭のおかしいメイドと一刻も早く縁を切りたい。

「私はこんなの望んでいませんわ。理不尽すぎるわ。ここから出してちょうだい」

「はい。それではご案内いたします」

「え?」

 私はぎょっとする。

「どういうことですの?」

「理不尽なルールは構築出来ません。ルールは公平だからこそ力を持ちます。あなたをここに閉じ込めるルールが力を持つには、あなたがここを出る事が可能である必要があるのです」

 ルールだの何だのよくわからない理屈はどうでもいい。私はここから出られるのか。何だか知らないがしめた。

「じゃあここを出ますわ。今すぐ出してちょうだい」

「ご案内します。ここにあなたを閉じ込めるルールを解明し破ったならば、あなたは晴れてここを出られます。館には主が必要です。主であるシズカお嬢様がこの館を出たら、元の主であるカレントお嬢様が引き戻され閉じ込められます。自動的に二人が入れ替わりになられるのです」

 ルールを解明して破る? よくわからないがあれか。ゲームとかで、全てのイベントをこなさないとクリア出来ないって奴か。

 面白い。いやまるで面白くない。でもやるしかない。

 頭脳明晰容姿端麗性格最高魅力無限大の私に解けた謎はない。クイズとかって苦手なんだよなあ。

 誰だって欠点の一つや二つはあるものだ。私はかわいい。欠点がまったく無いとかわいくない。かわいいゆえに私は欠点を仕方なく持っているのだ。

 とにかく私は、メイドのビルピオーネが手で促す先にある食堂の扉に向かう。

「まさか罠とかではありませんわよね?」

「私は嘘を言いません。メイドが主に嘘など言おうはずもございません」

 まるで信用出来ない。主をぽんぽんはたくメイドなどいるわけがない。こいつが自分をメイドと言っている時点で嘘をついている事になる。

 こいつ自分を客観的に見られないのか? 馬鹿な奴だなあ。

「何か?」

 私の表情を見て、ビルピオーネが眉をひそめる。

「何でもありませんわ。おーっほっほっほっほっほ」

 とりあえず、お嬢様っぽく指をぴんと伸ばして口元に添え、高笑いしてごまかした。

posted by 二角レンチ at 09:32| 牢獄館のお嬢様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月21日

牢獄館のお嬢様(2)奥様

牢獄館のお嬢様(2)奥様

 おかしな洋館に閉じ込められた。そして館の主、お嬢様を無理矢理演じさせられている。

 お付きのメイドはとても厳しく、平手制裁で私を容赦なく躾てくる。

 この館を出るには、私を閉じ込めるルールを全て解かなくてはならない。どんなものかわからないが、このメイドは案内してくれると言う。

 私は食堂を出て、館の廊下を歩く。

 おかしな廊下だ。扉が並び、先は見えない。暗いせいだろうか。でも壁にかかる燭台は炎を灯してまたたいている。それははるか彼方まで続き、廊下の果ては見えない。

「ビルピオーネ」

「何でしょうか。シズカお嬢様」

 メイドのビルピオーネは私より背が高い。私の横に並び、にっこりほほえんでくる。

「どうして廊下の端があんなに遠いのかしら」

「無限回廊だからでございます」

「無限に続くのかしら」

「はい」

「どういう仕掛けなのかしら」

「ルールで構築されております」

 また出た。ルールルール。ルールと言えば何でもありか。私がここにいきなり連れて来られたのも、私に化けたドッペルゲンガーが私の代わりに家族に取り入っているのもルールのせいか。

 ルールというのは何か魔法みたいな物のことらしいな。魔法なんて信じていないが、この状況には逆らわない方がいい。またはたかれる。それより従いながらさっさと脱出した方がいい。

「今からどこへ行くのかしら」

「まずは旦那様と奥様にお目通りを願います。それがルールであり礼儀でもあります」

「館の主は私じゃないの……ですの?」

 お嬢様言葉って言いにくいな。というか何かおかしな言葉遣いになっているぞ。どう言えばいいのかよくわからない。

「館の主はあなたでございますシズカお嬢様。カレントお嬢様の代わりですから。でも旦那様と奥様には失礼の無いようにお願いします。それが娘としての礼儀です」

 私はそいつらの娘ではないが。うなずくしかない。

 まったく、カレントという女は忌々しい。さっき映像でちらっと見せられたが、弟のマコトに色目を遣いやがって。ああやだやだ。いやらしいったらありゃしない。

 マコトもマコトだ。誘惑に乗って顔を赤くしやがって。あまつさえ一緒にお風呂に入りやがって。私の姿をしているカレントと、お風呂で何をしたんだ。されたんだ。くそう。気になる。早くここを出て戻らないと。

「旦那様と奥様って」

 ビルピオーネがぎろりとにらむ。

「ええと……お父様とお母様って、どんな方ですの?」

 私はまたほほをはたかれないようすぐに言い直した。

「とてもお優しい方ですよ。そしてとてもお厳しい方です。私などよりよっぽどでございます」

 それだけ聞ければもう十分だった。ビルピオーネの悪鬼の形相と平手よりも恐ろしいなんて。地獄に閻魔とはこの事か。会いたくないなあ。

 ビルピオーネが扉の前で足を止める。どの扉もまったく同じだし、表札も何も無い。どうやって区別しているのだろうか。

 彼女がドアをノックする。そして扉を開ける。

「失礼します。奥様。お嬢様をお連れしました」

 ビルピオーネに連れられて、私も部屋へ入る。

 真っ暗だ。明かりが無い。何も見えない。

 何か音がする。地下鉄で電車が向かってくるような音。だんだん大きくなる。急激に迫ってくる。

「え?」

 暗闇の中から、突然巨大な手が現れる。はるか遠くから新幹線のように迫ってきた巨大な手は、私を握り潰さんと襲ってくる。

「ひいっ」

 いきなりの恐怖に私は固まる。怖くて動けなくなったのなんて、子供の頃隣で飼っていたアリゲーターが立ち上がって大きな口を開けて私に挨拶したとき以来だ。

 ビルピオーネが私の前にさっと立つ。

 そして両腕を上げ、握り潰そうと指を閉じてくる手を受け止める。

「お嬢様。大丈夫ですか」

「だ、大丈夫……ですわ。それより、その手は一体何なのですの?」

「奥様です」

「は?」

「はしたない……」

 ビルピオーネの両腕は、巨大な手の指を止めるために塞がっている。私を平手で躾られないビルピオーネは、樹を鋸でひくかのようにギコギコと歯をきしませる。

 怒っている。怒っていらっしゃる。このメイドに逆らってはいけない。私の調教はすでに完了している。

「この方が、私のお母様ですの?」

 私は巨大な手をまじまじと見つめる。

 たしかに、言われてみれば女の手だ。長くて鋭く尖った爪は真っ赤なマニキュアで染められている。美しい。しかし巨大すぎる。闇の奥から伸びた手しか見えない。その奥にあるはずの身体や顔は闇に隠れて見えない。

「お嬢様。奥様は娘であるあなたに会えて、ただ抱きしめたいだけなのです。愛情表現なのです。ですから抱きしめられてください」

「これがハグですの? 握り潰されそうなのですけれど」

「ええ。握り潰されます。ですからこうして受け止めてください」

「そんな。無理ですわ。だって私はか弱いお嬢様ですもの」

「お嬢様はお強いであらせられます。この館は全てルールに縛られ構築されております。館の主であるお嬢様はこの館で最も強く、その気になればいかなる者も危害を加えられません。全てお嬢様次第でございます」

 まさか。何を言っているのだこのメイドは。私は必死にあらがう。

「何を言っていますの。私は箸も持てないほどひ弱なお嬢様ですのよ。おほほほほ」

「さあ、奥様のハグがきますよ。潰されないよう抱きしめられてください。このように」

 ビルピオーネはぎりぎりと、巨大な手の中で指を両手で押し留めている。

「む、無理。無理無理無理無理」

「はしたないいい……」

 ビルピオーネは私を平手でぶちたくてギコギコしている。その鋸のような歯ぎしり怖いからやめて。

 闇の中からさっきの音がまた聞こえる。トンネルの中を新幹線が向かってくるような音。私は恐怖に青ざめる。

「ちょ、ちょっと、無理だって。私にあんなの受け止められるわけないじゃない」

「はしたないいいいいいいい!」

 メイドが奥様とやらの指を押し返し、両腕を突っ張る。そのまま私にはたきかかってきそうな勢いだ。

 奥から響いた音が突進してくる。闇の中から視認出来るまで近づいてきたそれは、やはり巨大な手だった。

「ひいいいいいいい!」

 ビルピオーネが言う通りなら、私はこの館の主だから他の誰よりも強い。そういうルールが構築されている。なら私はビルピオーネよりも強く、この巨大な手を同じように受け止められるはずだ。

 私は両腕を上げて構える。

 大丈夫だ。やれるはずだ。やれるらしい。ビルピオーネは嘘を言わないと言っていた。私は彼女を信じる。自分を信じる。

 私は最強だ。頭も美貌も全てが最上位の私が、ついに力までも最上位に達したんだ。

 私は神になったんだ。こんな手ぐらい簡単に受け止められるんだ。

「おおおおおおおおお!」

 巨大な手が私を抱きしめようと襲ってくる。私の両腕はその暴風のような指を受け止める。

 そして折れた。

「あれ?」

 ぐちゃっと、ぶちっと、ぼきぼきと、私は握り潰された。

「あれあれえ?」

 私は血反吐を吐きながら、痛みのあまり気を失った。

 というかこれ、死んだ?

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2013年07月23日

牢獄館のお嬢様(3)再挑戦

牢獄館のお嬢様(3)再挑戦

 目が覚める。私はがばっと身を起こした。

「あれ?」

 事態がよくわからない。きょろきょろと周りを見回す。

 薄暗い廊下だ。長く続き、先の見えない無限回廊。壁には燭台がとうとうと光を放っている。

 とても幻想的でしんみりとした光景。壁には無数の扉が並び、私はその扉の一つの前に倒れていた。

 そして、私が初めて出会った悪鬼、恐ろしいメイドがこの世のものとは思えない悪魔の形相で私を見下ろしていた。

「び、ビルピオーネ……」

 メイドは予想通り、私を平手でぶった。

「はしたない! か弱い! はしたない! か弱い!」

 両手を使った往復ビンタの連打。私の顔がパンチングボールよろしく左右に飛び跳ねる。

「ごめんなさい!」

「許しません!」

「それでもごめんなさい!」

「なら許してあげます!」

 ようやく躾が終わる。バスケットボールのように腫れ上がった私の頬が、空気の抜けた風船のように萎んでいく。

「痛たた……ねえビルピオーネ。説明して下さるかしら。さっき私はたしかに奥様……お母様の大きな手でハグされて、そのまま握り潰されましたわよね」

「はい。この館では、何者も主であるお嬢様に危害を加えられません。お嬢様が死ねば、すぐに復活します」

 だからそれは、危害を加えていない事にならないって。このメイドは頭だけでなく言葉の定義もおかしい。

「私、死んだのですか?」

「はい。でも大丈夫です。死んでもすぐに復活出来ますから。本当に死んだらカレントお嬢様がそのお姿と同調しコピーし続ける事も、外の世界で暮らす事も出来ませんので」

 カレント。私をここに閉じ込め、私に化けたドッペルゲンガー。

 ここを出てぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。でも入れ替わりになるだけなので、会うことは出来ない。

 くそ。卑怯な奴だ。忌々しい。

「ふう……ビルピオーネ。あなた言いましたわよね。私はこの館で一番強いって。でもさっきのはどういうことですの。私はお母様のハグを受け止められず、握り潰されてしまったではありませんか」

「それはお嬢様がか弱いからです。お強くおなりになられませ」

「どうやってですの?」

「あなたは、母親である奥様の大きな愛を受け止めるのが怖いのですね」

 ぎくりとする。

「それは、怖いに決まっていますわ。あんなに大きくて力強い手ですもの。受け止めるなんて出来ませんわ」

「出来ます。恐怖でなく愛で立ち向かってください。大いなる愛を受け止め、抱きしめ返してください」

 無茶を言うな。私の本当の母親じゃないんだぞ。私は奥様とやらの娘を演じさせられているただの身代わりだ。愛情なんてあるわけがない。

「お母様にお会いにならないと、ここを出られませんの?」

「左様でございます。ここを出るのをお諦めになられるのでしたら、寝室へご案内しますが」

 私はうつむき、顎に指を当てて思案する。

 どうやら、ここでは死んでもすぐに復活するようだ。

 たしかに無茶苦茶痛かったけれど、すぐに痛みも傷も治癒する。痛いのは一瞬。それほど怖がらず、注射のように我慢すればいい。

 私がこの館を出たいと言ったから、ビルピオーネは案内する。つまり、案内された場所全てを突破しルールを解かないといけない。

 ここでのルールは、母の愛を受け止める事。あの巨大な手に抱きしめられても潰されず受け止めきることだ。

 さっきは恐怖に駆られて拒絶したから握り潰された。ビルピオーネが言うには、愛を持って迎え入れれば大丈夫らしい。

 あの巨大で迫りくる手を怖がらずに愛する。殺されたのなんて初めてだ。その殺した張本人を愛するなんて出来やしない。

 でもやるしかない。私がここを抜け出すには、この館のお嬢様を立派に務めあげるしかないのだ。

「殺されるとやり直しになります。何度挑戦しても構いません。諦めるか、少し休みたくなれば寝室へご案内します。お食事がしたければまたご用意いたします」

「トイレは?」

「ここはルールに縛られております。お嬢様がトイレに行くなどはしたない。ですのでお嬢様はトイレに行く必要はありません」

 よくわからない力で縛られている。そのルールとやらの力のおかげで、私はもよおさなくても済むらしい。便利だな。

「わかりましたわ。私はここをすぐに出なければなりませんもの。続けて挑戦いたしますわ」

「その意気ですお嬢様。ご立派になられて。ビルピオーネはうれしゅうございます」

 よよよと泣くところなのに、ビルピオーネはにやりと不気味な笑みを浮かべた。

 怖いよあんた。何なのそれ。感情表現もどこかおかしい。何もかもずれている。

「愛を持って出迎えれば、本当に大丈夫なのですね?」

「はい。奥様は、愛する娘と抱擁し合い、親子の愛を確かめたいのです。いつも娘に嫌われてはいないかと心配なされておられるとても繊細なお方です。どうか満面の笑顔とあふれる愛情を持って奥様を迎えてあげてください」

「わかりました。やりますわ」

 その気になれば世界の七主演女優賞を総なめにしてしまうほどの私の演技を見せてやる。こんな私が演劇部に誘われないのは世界の七不思議に加えてもおかしくない。

 ビルピオーネが扉を開ける。私は真っ暗闇の部屋に飛び込む。

 両手を広げる。そして親に欲しい物を買ってもらったときのまばゆい笑顔を浮かべる。

「おかーさまーあああああ」

 愛するお母様が巨大な手で迫りくる。私は愛を込めてそれを抱きしめる。

 そしてまた、握り潰される。

「あれ?」

 また死んじゃった。また死んじゃった。またまたあっさり死んじゃった。

 歌い出したい気分だ。やっていられない。何だこれ。ビルピオーネの嘘つきめええええ。

posted by 二角レンチ at 08:23| 牢獄館のお嬢様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

牢獄館のお嬢様(4)料理人

牢獄館のお嬢様(4)料理人

 また廊下で目が覚め、ビルピオーネにか弱いだの何だのとビンタされた。私の頬の腫れが引くと、私はビルピオーネを問いつめた。

「ちょっとビルピオーネ。話が違うじゃありませんの。愛情を持って受け入れれば大丈夫だと言っていたではありませんか」

「嘘の愛情など通じません。本当の愛情を持って受け止めてあげてくださいませ」

「私は本当の娘ではありませんのよ。そんなの無理ですわ」

「仕方ありませんね。ここは後回しにいたしましょう」

「そんなことが出来るの?」

「はい。シズカお嬢様がこの館をお出になるには、この館のお嬢様として十分に振る舞い認められることが必要です。全ての扉をくぐる必要もなければ、順番も関係ありません。ただし一度開いた扉の中のルールを攻略しないで放棄することは出来ません。それに奥様と旦那様にお会いになるのは、外出前の必須事項です。挨拶無しに勝手に外に出ることはかないません」

 ようするに、いくつか必須イベントがあるが、それ以外は一定ポイントを稼ぐまで自由な扉をくぐりルールを破り続けないといけないというわけか。

「ふうん。今のままでは何度出向いてもお母様を抱きしめることはかないませんわ。ですからここは後回しにしますわ。旦那様……お父様の部屋もどうせ同じくらい難易度が高いのでしょう。それも後にしますわ」

「それがよろしいかと。ただし」

「ただし?」

 私は眉をひそめる。

「一度でも挑戦した扉を後回しにすると、その扉の難易度は上がります。それがルールでございます」

「どういうことですの?」

「ようするに、次に奥様にお会いになられるときは片手と抱き合うだけでは済まないと言うことです。両手、あるいは全身で抱き合わないといけなくなります」

 片手だけでも手に負えない、巨大で強い奥様。それを両手か、それとも全身の完全体を相手に抱き合い潰されないようにしないといけないだって?

「そ、そんなの、不可能ですわ」

「ですが致し方ありません。お嬢様が今いくら挑んでも奥様の片手すら愛することはかないません。シズカお嬢様は、もっと奥様のことをよく知り愛情を持たねばなりません」

「じゃあ教えてちょうだい」

「私の口からは何とも。他の扉をくぐり、そこにいる方々にお尋ねになる方がよろしいかと」

「急に意地悪になるのね。あなたは私の味方ではないのですの?」

「私は、この館にいる全ての者は、お嬢様を愛し力となる味方でございます。ですが皆ルールに縛られております。ですから、私が教えられる情報と教えられない情報がございます。私が教えられない情報は、他の方たちに聞いて回るしかありません」

 うーむ。RPGで村人が同じセリフしか話さないようなものか。融通が効かないなあ。面倒くさい。

 おっといかん。こうしている間にも時間が過ぎる。いきなりどうこうなることはないとは思うが、私に化けたカレントお嬢様とやらが我が欲情まみれの弟を毒牙にかけ童貞を奪ってしまうまで、そうは時間がないだろう。

 もちろん私の取り越し苦労という可能性もある。しかし初日でお風呂に一緒に入るくらいだ。何日も放置してはどんどんエスカレートするに違いない。

 淫乱なるとはいえ愛する弟だ。マコトの童貞はお姉ちゃんがきっと守ってあげるからね。

「わかりましたわ。お母様がいかに強大になろうとも、その大きく強い愛を全て受け止め抱き返す強さを手に入れて、きっと戻って参りますわ」

「その意気ですよお嬢様。シズカお嬢様はとても頼もしくてあらせられます」

「そうかな。えへへ」

「はしたない!」

 ぐあああ。しまった。ほめられるとつい喜んでしまう。

 同じミスを繰り返すなんて。才色兼備勇猛果敢完璧実行猪突猛進の私だってたまにはミスぐらいする。でもビンタされたほほが痛い。私はすっかりビルピオーネのビンタ恐怖症になり、調教されてしまっていた。

「それで、次はどの扉を潜ったらいいのかしら」

「何とでも。シズカお嬢様はただお嬢様らしく振る舞われればそれでよろしいのです。皆がお嬢様と接し認められればお嬢様がこの館をお出になられる許可も出ようというものです」

「それはわかりましたわ。でもどの扉も同じに見えますし、中に誰がいるかも知らないのですもの」

「お嬢様を務めるには、使用人をねぎらいその奉仕を受ければよろしいのです。そうですね。まずは食事を摂られたので、その労をねぎらいに料理人のところへ出向かれてはいかがでしょう」

「難易度はいかほどですの?」

「使用人は奥様や旦那様よりはるかに攻略しやすい相手です。そのルールは今のお嬢様でも十分お解きになられるかと」

 本当かなあ。ビルピオーネの言うことは話半分に聞いている方がいい。だから私はさっき奥様とやらに二度も握り潰され殺されてしまった。

 私を二度も殺した相手を理解し愛しないといけない。この館のルールとやらはとても難易度が高い、というか無茶苦茶な気がする。

 これで公平なルールというのか。本当はクリア不可能なゲームじゃないのか。

 私はビルピオーネに連れられ、無限に続くまっすぐな廊下を歩く。壁に並ぶ扉はどれも同じで、燭台の明かりに照らされている。

 ビルピオーネはまた、何の違いも無い扉の一つの前で足を止める。

「こちらが厨房でごさいます。使用人の賄いも含め、料理を一人で作り続ける料理人がいます」

「わかりましたわ」

 ビルピオーネは扉をノックする。返事を待たず、すぐに開ける。

「キラハット。お嬢様をお連れしました」

 中は広大な厨房だった。果ては暗くて見えない。見えるのはこの辺りだけだった。かまどや鍋の火で煌々と照らされている。遠くの闇にはその火しか見えない。

 長身のさっぱりした男が振り返る。

 その笑顔にドキッとする。

 何てきれいな顔をしているのだ。美しい。こんなに美しくて格好いい男がいるなんて。世界の七大美男子でも釣り合わない、世界一の美女である私の恋人にしてもいいくらいだ。ようするに一目惚れだ。

「やあやあ。これはこれはお嬢様。このような暑苦しい場所まで出向いて下さるとは。感激です」

 コックの白衣を着た男は、細い腕を目一杯広げる。そして私を包み込むように抱きしめた。

 きゃー、きゃー、きゃー、きゃー。

 幸せえええええええ。

 またビルピオーネにはしたないとはたかれては台無しだ。私は叫びたいのを必死に堪え、抱きしめられるままでいた。

 すごくいい匂いがする。おいしい料理の匂いがいろいろしみついて、まるで香水のようだ。おいしそうな匂い。

 そして力強い。男に抱きしめられたのなんて初めてだ。すごくドキドキする。顔が熱い。きっと真っ赤になってしまっている。

 緊張で動けない。興奮で鼻息が荒くなる。やばいやばい。こんなことされたら本気で好きになっちゃうよお。

 あれ。構わないのかな。お嬢様と使用人の恋は禁断だ。でももし許されるなら、このままベッドへ連れていってもらいたい。

 なーんちゃって。きゃーきゃーきゃーきゃー。でもでもでもでも本当に、こんな素敵な男の人と初体験してみたーい。

 私はうっとりと、彼と抱きしめ合う。

「キラハットと言いましたわね。私のこと、好きですの?」

「もちろんでございますお嬢様。使用人は全てお嬢様のことが大好きなのですよ。ルールに縛られているだけかもしれない。でも俺は、お嬢様がカレントお嬢様であろうとシズカお嬢様であろうと、お嬢様が大好きなのです」

 やっぱりか。態度でそうじゃないかと思ったが、ルールで縛られているからお嬢様を好きなんだ。初めて会った私に一目惚れしたわけではない。

 それでも構わない。どうせこの館を出るまでの縁だ。私の初めての恋に、ひとときのアバンチュールに、初体験の相手に、これ以上の男なんていやしない。

「そうですの。うれしいですわ。私は一目であなたを気に入りましたわ。好きです。付き合ってくださるかしら?」

「ええ。いいんですかあ。うれしいです。お嬢様の恋人になれるなんて」

 キラハットはすごくいい笑顔で喜んでくれる。本当にうれしそうに、ほほを赤くしてはしゃいでいる。

 その顔を見ているとこっちまでうれしくなる。ああ。これが恋か。今までの人生七幸せをぶっちぎりで超えた。堂々の殿堂入りだ。

「お嬢様、そのう、俺も男です。大好きなお嬢様と相思相愛になり、付き合えるうれしさで、そのう、我慢出来ません」

 いきなり大胆な男だな。でも私が世界一の美女で、あまりにも魅力的すぎるから、男が我慢出来なくなるのは仕方の無いことだった。私も覚悟を決める。

「そうですの。私も……したいですわ。ちょっとはしたないかしら」

 キラハットはぶんぶんと首を左右に振る。

「俺、童貞なんです。だから上手く出来ないかもしれないけれど、頑張りますから」

「私も、しょ、処女ですの。だから二人とも初めてですのね。一緒に頑張りましょう。優しくしてくださいね?」

「はい!」

 キラハットは私の肩を抱き、奥へ連れていこうとする。鍋とか火がかけっぱなしだけどいいのだろうか。

 ビルピオーネが咳払いする。私はぎくりとする。甘く蕩ろける温かい生クリームのような世界に浸って、彼女がいるのをすっかり忘れていた。

「何ですの。ビルピオーネ。またはしたないとか言わないでしょうね。お嬢様だって女の子ですもの。素敵なレディになるためには、恋もたしなみの一つですわ」

「それは否定しません。ですがシズカお嬢様。キラハットは女ですよ」

「はい?」

「キラハットは女です」

 私は背の高いキラハットの顔を見上げる。

「俺は男だ。ビルピオーネ。邪魔するなよ」

「女だから童貞なのは当たり前です。お嬢様をどうするつもりですか」

「抱くんだよ。決まっているだろ。ちゃんと用意してある」

「用意?」

 キラハットはにっこりほほえんでくる。

「大丈夫ですよシズカお嬢様。サイズも形もいろいろ取り揃えております。カレントお嬢様には大変ご満足いただいております。きっとシズカお嬢様もお気に召しますよ」

 それってまさか。女同士でするとき、男役の女が腰につける、大人のおもちゃの……

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。私初めてなんですのよ。初めてがその、お、おもちゃだなんて、嫌ですわ」

「本物そっくりだから問題ありません。中に入れていると、体温で温まるので本物みたいですよ。カレントお嬢様も本物よりも凄いって喜んでくださっていましたし」

 カレント。あのアバズレがあああああ。

 私の弟に色目を遣っただけでなく、こんな格好いい男装の麗人と、ずっこんばっこんおもちゃでズボズボあらいやんだとおおお。

 どれだけ淫乱なんだ。あの女。映像で見た、私に化けた姿しか知らないが、本当にその素顔を見てぶん殴ってやりたい。

 ちくしょう。この気持ちをどうすればいいんだ。本気で好きだったのに。騙されていたなんて。

「シズカお嬢様」

 キラハットが目を細め、憂いを帯びた顔をする。その美しさといじましさにドキッとときめく。

「お嬢様は、俺がお嫌いですか?」

 私はぶんぶんと首を左右に振る。

「俺は男のつもりです。あれがついてなくても道具で補えるからいいじゃないですか。違いますか?」

「ええと、それは」

「大丈夫です。痛くしません。粗暴なただの男よりもうんとやさしくしますよ。俺に任せてください。悪いようにはしません」

「でも、あ……」

 キラハットは私を抱きしめ、顎をくいっと指で上げてくる。古典的で強引。でも女の子なら一度は夢見たシチュエーション。

 キラハットの顔が、唇が、近づいてくる。私が一目惚れした美しく中性的な顔。短い髪がよく似合っている。ぴしっとした白衣を着た恰好いい麗人。

 男か女かなんてどっちでも構わないじゃないか……?

 もう少しで唇が触れ合うというとき、伸ばした指が差し込まれ、私はその指の甲にキスをしてしまう。

「んぶっ、な、何ですのビルピオーネ」

「シズカお嬢様はこのお屋敷をお出になられたいのではないのですか。何をしにここへ来たのですか。キラハットは料理人です。料理も交わりも極上の旨さです。食欲を満たしたあとは性欲を満たします。おいしい快楽の虜にし、永遠に閉じ込めます」

 キラハットはキスを邪魔され、顔を上げてビルピオーネをにらむ。

「何だビルピオーネ。この館にいる者は全員お嬢様のことが大好きだ。愛している。お嬢様は俺の恋人になることを望み認めた。もうルールは構築された。俺の女だ。お前が横恋慕していいものじゃない」

「愛は添い遂げるものです。ルールとして構築など出来ません。いくら強く愛しても、明日には愛が冷めているかもしれない。だから冷めないよう熱を込めて必死に愛し合う。それが愛です。あなたの愛はただの麻薬です。味で、旨さで、虜にする。ただそれだけ。そんなものは愛ではありません。ただの薬漬けです」

「愛は溺愛だ。溺れるものだ。カレントお嬢様だって溺れさせた。シズカお嬢様も溺れさせて何が悪い」

「溺愛は偽の愛です。愛の泉に顔を押しつけ上から頭を押さえつける。無理矢理溺れるまで愛を飲ませ続ける。そんなものは愛として許せません。お嬢様に味わわせるわけにはいきません」

「てめえいい加減にしろよ。メイドの分際で、料理人にかなうわけねえだろうが」

 メイドが料理人にかなわないとはどういう理屈なのだろうか。ルールで格付けでもされているのだろうか。

「私の愛があれば、メイドと料理人の格の差など埋めてごらんにいれましょう」

 館にいる者はみんな、お嬢様を愛していると言う。しかし私をやたらビンタではたくビルピオーネが私を愛していると言ってもまるで信じられない。

「たかがメイドが。いいだろう。かかってこい。シズカお嬢様、少しだけお待ちいただけますか。このくそメイドをさくっと料理して明日の朝食にこしらえますので」

 いや、食べたくないよ。メイドの活け作りとかムニエルとか食べたくないよ。やっぱりこの館にいる者はみんな、どこかおかしいようだ。

「いいでしょう。メイドが料理人を超える日がとうとう来たのですね。革命を起こしてごらんに入れましょう」

 いやいやだから。メイドと料理人に上下なんてないって。職業差別はよくないよ。どっちも素敵なお仕事だよ。

 キラハットは私を後ろに下がらせる。そしてごちゃごちゃした厨房で、メイド服を来て拳を構えるビルピオーネと対峙する。

 おかしなことになっている。男が私を取り合うのは雨が天から地に降り注ぐくらいどうしようもないことだが、どうして女二人が私を取り合っているのだろうか。

 とにかく見守るしかない。私にはどのみち二人を止めることなど出来ないのだから。

posted by 二角レンチ at 09:50| 牢獄館のお嬢様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月27日

牢獄館のお嬢様(5)ルール戦闘

牢獄館のお嬢様(5)ルール戦闘

 コックの白衣を来た細身で長身の女。短い髪でまるで男のような、男装の麗人。すごくきれいな顔したキラハットは、その本性を晒け出してなお惹かれる。

 真剣な顔凄く恰好いい。ドキドキする。女だとわかってもやっぱり、一目惚れの効力はまだまだ切れないようだ。

 対峙するメイドはビルピオーネ。こちらも長身だ。美しいメイドは勇ましく、ボクサーみたいに拳を上げて構えている。

 私は二人から離れて見守る。この広大かつごちゃごちゃした厨房で戦うのか。鍋やフライパンはまだ火にかけたままだ。危なくないのだろうか。

 そういえば、焦げたりしないな。私はフライパンをちらりと見る。

 フライパンはじっとしている。しかしいきなり、一つのフライパンがぽんと跳ね上がる。

「ひっ」

 そのフライパンは、中の食材を華麗に舞い上げひっくり返す。そして食材を受け止め、またじっとする。

 弱火でじっくり焼いている。

 どうやらここの料理は、料理人であるキラハットが手を出さなくても勝手に調理しているようだ。弱火でじっくりの方が焦がすことなく中まで火が通るのでおいしいって何かで読んだな。

 キラハットが私をちらりと見る。

「シズカお嬢様。少しだけ待っていてください。メイドなんて料理に時間はかかりません。ベッドのおつまみにして差し上げますよ」

 さっきは朝食って言っていたくせに。どちらにしてもメイド料理なんて食べたくないってばあ。

「シズカお嬢様。キラハットの毒牙でお嬢様の純潔を散らさせたりはしません。私がお守りいたします」

 ビルピオーネは真剣に、そう言って私を見つめる。

 本当に、彼女も私を愛しているのだろうか。

 ビンタによる躾しか記憶にないくらいはたかれまくった。あれを愛の鞭とか言ったら世界の七我慢大会に出場すれば優勝してしまうはずの私でも怒るぞ。

 キラハットの美しい顔が、凶悪に歪む。

「メイド風情が料理人にかなうと思っているのかあああ!」

 だから意味がわからない。どうやらこの館では、役職がルールにより階級づけられているらしい。何の意味があるんだそれ。

「ふきこぼれろ。お鍋」

 は?

 キラハットがおかしなことを言った途端、周りにいくつもあるぐらぐらと煮立っていたお鍋のふたが飛ぶ。

 噴水のように噴き出した熱湯やらスープやらが、まるで蛇のようにくねりビルピオーネに向かっていく。

「ふっ」

 ビルピオーネはしゅっしゅと軽快に、構えたパンチを繰り出す。すぱんすぱんと湯やスープの奔流を打ち、弾き飛ばしていく。

 えええ。何この戦い。

 なんか凄そうに見えるけど、スープとか茹でていた具材が飛んでいって襲うのってなんか間抜けなんですけどおおお。

「やるな。だが熱いだろう」

 キラハットがにやりと笑う。ビルピオーネは熱で赤くなった拳を構えたままさりげなくふーふーしている。

 熱いだろうじゃねえだろ。

 口元の血をぴっと拭うとかでなく、拳をふーふーするだって?

 まさか二人とも、これが恰好いいとか思ってないだろうな。

「だが拳で刃は防げまい。あ痛、指切っちゃった。包丁」

 キラハットが呪文? を唱えると、厨房のあちこちから包丁が飛んできて、ビルピオーネを襲う。

 ビルピオーネはしゅっしゅと拳を振るう。そして飛んでくる包丁を左右の手で一本ずつ握ると、残りの包丁を手に持った包丁で叩き落としていく。

「その手があったかあ!」

 あったかあじゃねえよ!

 もしかしてと言うかやはりと言うか、キラハットも馬鹿なのか。この館にいる連中は、頭が悪くないのにどこかおかしい。ずれている。

 聡明で、賢くて、馬鹿でないのは私しかいない。私がしっかりしないと。でも何も出来ないけど。

「今度はこちらの番ですよ」

 飛んでくる包丁を全て叩き落としたビルピオーネは、両手に持った包丁を構える。

 ゴキゴキと、ビルピオーネの腕が音を立ててうごめく。

「えっ」

 その腕が、伸びた。

 ただ伸びたのではない。関節が増えている。関節を増やす度、その分腕も伸びる。

 ビルピオーネの腕は、関節ごとに折れ曲がりねじれた鎖のようにどんどん伸びて、凄い勢いでキラハットに向かっていく。

「うおおおおお!」

 キラハットの胸に、ビルピオーネの持つ包丁が二本とも突き刺さる。そのまま猛烈な勢いでキラハットを吹き飛ばし、料理台を壊すほど叩きつける。

「ぐはっ」

 し……死んだかな。

 胸を包丁で深々と貫かれたのだ。あれで死なないわけがない。

 私はルールにより、死んでもすぐに復活する。多分使用人とかも同じだと思うがどうだろう。

 ビルピオーネは関節を増やして伸ばした腕を、またゴキゴキ音を立ててねじくれさせながら、関節を減らして短く戻す。

 うえええ。気持ち悪いよお。美しいメイドが台無しだ。

 むっくりと、包丁が胸に刺さったままのキラハットが上体を起こす。

「ふう。危ない危ない。こんなこともあろうかと、服の下にまな板を仕込んでおいてよかったぜ」

 何いいいいいいいい。

 とでも言うと思ったかああああああ。

 だから恰好悪いって言っているだろうが。はしたないから口に出しては言ってないけど。

 してやったぜみたいにニヤリと笑うのやめろ。ビルピオーネもくっと悔しがるような顔するんじゃない。

 キラハットが服を引き裂き胸から取り出したまな板は、あきらかに厚みが足りていない。その証拠に、包丁の刃はしっかり貫通していた。でもまな板で防いだおかげでキラハットは無傷らしい。

 そんな馬鹿な。

「シズカお嬢様。これがルールの世界での戦いです。防いだというルールにより、包丁の刃の長さがねじ曲げられ無力化されたのです」

 言っている意味がわからない。いかに頭脳明晰最高知能頭の回転秒速百万回の私といえど、頭のおかしい奴の理屈は理解出来ない。

 それにしても。キラハットに抱きしめられたとき硬くて素敵な胸板だと思ったらまな板だったとは。一字違いは著しい違い。乙女のドキドキを返せこの野郎。

 キラハットの破れた服からは乳首が見えない。おっぱいがあるようには見えない。本当に男じゃないだろうな。そうだったらうれしいけど。

 キラハットはこっちを見てにかっと笑う。その笑顔と歯の輝きにドキッとする。白い歯って恰好いいよね。きらり、だってさ。

 キラハットが破れた服を整えると、服が元通りになった。おお。すごい。ルールで構築されているから服はすぐに戻せるのか。

「メイドのくせにやるな。だがシズカお嬢様は俺のものだ。こんないい女他にはいない」

 自覚してはいたが、他人に言われたのは初めてだ。ドキッとする。やっぱり私が世界一の美女だと言うのは、私の勘違いではなかったのだ。

「カレントお嬢様に言いつけますよ」

「言わないでくれ」

 何言っているんだキラハット。急におろおろするのやめろ。何だその青ざめた面は。さっきのきりっとしたりりしさをもう忘れたのか。

 まさかカレントにも同じことを言っているんじゃないだろうな。この女たらしめええええ。でも素敵いいいい。

 うう。キラハットが女だとわかっても、カレントと寝ていることを知っても、恋心が消えない。なぜだ。一目惚れの呪縛は強すぎるぞ。

「こうしていても埒が明かねえ。俺の必殺料理法で一気にけりをつけてやる」

「そうですか。ならそれを破れば私の勝ちでよろしいですね」

「はっ。いいだろう。これを破ればお前の勝ちにしてやる。無理に決まっているがな」

 うーん。多分だけどビルピオーネは、私にルールを用いた戦い方を教えているんだ。こうして勝ちの条件を相手に認めさせた上でそれを成し遂げれば勝ちになるということなのだ。

 勝利条件は両者が認めたらルールで構築される。逆らえなくなる。きっとそういうことなのだろう。

「いくぜ、ああら焦げちゃったあ、オーブン」

 厨房にあるオーブンがいくつも宙に舞い上がり、飛んで集まってくる。それらは空中で合体し、ロボットに変形するような無駄なギミック満載のモーションをしたあげく結局ただの四角い巨大オーブンと化す。

 巨大なオーブンは扉を開いてビルピオーネに襲いかかる。ビルピオーネは拳の連打でそれを押しとどめる。

 押したり引いたり、両者譲らない。激しい攻防なのに、なんか恰好悪い。二人とも真剣だけど、絵として変だよおおおおお。

 巨大オーブンは飛び跳ね、ビルピオーネに飛びかかる。拳の連打で弾かれ後退しても、再度違う角度から襲ってくる。

 オーブンの開いたふたが、ビルピオーネの死角からその背を打ち据える。

「がはっ」

 がはっじゃねーよ。だから絵的に恰好悪いって言っているだろうが。口に出しては言ってないけど。

 怯んだビルピオーネの頭が、オーブンに呑み込まれる。

「ああ」

 私は悲鳴を上げる。ビルピオーネはまたゴキゴキと骨が折れるような音を立てて腕の関節を増やす。ボキボキに折れ曲がった腕がのたうちながら伸び、キラハットの首をつかむ。

「ぐっ、何を」

 キラハットはそのまま、関節を減らしていく腕に引っ張られ、オーブンに引きずり込まれる。

「うおおおおおお」

 ビルピオーネはキラハットを放り込んだオーブンのふたを閉める。

 キラハットを閉じ込めた巨大オーブンは、下にある調理台やお鍋などを踏み潰しながらずしんと床に落ちる。

 中からくぐもった笑い声がする。

「ははは。俺を閉じ込めたつもりかビルピオーネ。だが甘い。力を失えばこのオーブンは分解され、俺は出られる。力が消えるまでしばらく待てばいい話だ」

「その前に、スイッチを入れてあなたを焼きますよキラハット」

「ほざけ。調理家電は究極の謎。料理人にしか扱えない。メイド風情がスイッチを入れられるものか」

「たしかにメイドにはオーブンのスイッチを入れることは出来ません」

 何だ何だ。ピンチと逆転みたいな緊張感あるやりとりをしているようだが、言っていることがおかしいぞ。

 私はおずおずと口を挟む。

「あの、もしかして、それもルールで縛られているからですの?」

「そうです。シズカお嬢様。お嬢様にはこの謎が解けますか」

 謎と言われても。私は眉をひそめる。

 そのオーブンは、古いタイプの家電にしか見えない。電源スイッチと時間設定のダイヤルしか無い。

 これが究極の謎? ルールに縛られているから、調理家電は料理人以外には難攻不落の謎に見えるということなのか。

 まさかビルピオーネが、この使い方すら見てわからないほど馬鹿なわけではないよな。いくらなんでも。

 私はダイヤルを回して時間を設定すると、電源スイッチを押す。

「ま、まさか、あつ、熱い、ぎ、ぎゃあああああ」

 キラハットが悲鳴を上げる。

 ビルピオーネが目を見開く。

「まさか。お嬢様。お馬鹿だと思っていたのにこの謎を解けるとは。本当は聡明な方だったのですね」

 まさかまさかの真っ盛りかお前ら。そんなに驚く事だろうか。私に馬鹿っぽい要素など粒一つもありはしないのに、ビルピオーネはなぜそんな誤解をしていたのだろうか。

 あれか。天才は馬鹿には理解出来ない。だからビルピオーネから見たら、天才の私は理解出来ず、馬鹿に見えるということか。

「これで、この部屋のルールを破ったことになるのかしら」

「もちろんでございます。その部屋を構築するルールを解明し破る。ルールを構築している部屋の主を倒す事は、構築されたルールを破る事に他なりません」

 そんなものか。私にとっては謎でも何でもなかったが、ビルピオーネは初めて、私を尊敬するきらきらしたまなざしでうっとり眺めている。

 チーン。料理が焼きあがった。オーブンの扉が開き、黒こげに料理されたキラハットがふらりと出てきてばたっと倒れた。

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