2013年08月26日

武器の母(0)あらすじと人物紹介

武器の母(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 女は武器の子を産み武器の母となる。

 荒れた大地に小国が無数に点在する世界。各国は不可侵の決まりがあり戦争は行えない。王たちは不思議な力を持つ秘宝を集める事で己の力を誇示し競い合っていた。

 トレジャーハントの中で最も危険なのは秘宝を得る事。秘宝の争奪戦には各国一名のトレジャーハンターしか投入出来ない決まりがある。

 秘宝争奪に最も適したのは人間の中でも際立って戦闘力が高く、また秘宝と己の武器を同時に扱える武器の母だ。

 秘宝は武器ではないがその力は脅威の戦闘力となる。ただでさえ強い武器の子を操る武器の母がそれを手にすれば秘宝を奪い取るのは容易ではない。

 王は王の秘宝を持ち、王の配下が王の名誉を汚せばその力が失われる。それゆえ配下のトレジャーハンターたる武器の母たちは、死んでも卑怯な振る舞いは出来ない。

 武器の母たちが出会えば戦闘となる。戦いは常に一対一。共闘は出来ない。

 礼儀として名を名乗り、武器を見せ、能力の基本を教えねばならない。

 しかし礼儀はそこまで。いざとなれば生きて逃げ延びるため、能力の多くを隠しながら戦う。いかに自分の手は隠し相手の手をさらけ出させて打倒するかの駆け引きが要求される。

 戦いはショーだ。周りの観客は巻き込まれる危険を冒してもなお武器の母たちの戦いを間近で観戦し見事な戦いに歓喜する。

 武器の母は秘宝賢者の石を飲んでおり、高い身体能力に加え重症でも治癒出来る。

 死なないぎりぎりまで戦い秘宝を奪う。しかしいざとなったら命だけは守り離脱する。

 今回狙う秘宝は閻魔の槌。打たれた者の罪の重さだけ重い一撃を食らわせる。罪の重さを知らしめる道具であり決して死なせはしない。打たれた者は苦痛の中で己の罪深さを後悔する。

 敵を殺して秘宝を奪い合ってきた武器の母たちにとって、閻魔の槌はただの一撃で戦闘不能になるダメージを受けてしまう恐るべき武器となる。敵にこれと武器の子を駆使されれば勝ち目は薄い。それでも戦わねばならない。王の元に秘宝を持ち帰らねばならない。

 武器の母たちは武器の子を産み、その子は戦いが終わればまた母の体内に戻り安らかな眠りにつく。

 永遠の赤子。異形の子。不幸の象徴。こんな化け物を産んだせいで夫にも周りの人間にも恐れられ嫌われる。愛せるわけがない。それでも母は子と共に生き、産み、戦い続ける。

説明

 生まれた時に武器に変質した赤子。それが武器の子。武器の母たちは武器の子を産み、秘宝を巡って激しくも美しい戦いを繰り広げます。

 能力を徐々に明かしながらどんどん激しくなる爽快なバトル盛りだくさんのファンタジー小説です。

 以下人物紹介です。イメージラフがついています。小説を読む際にイメージを絵で見ても大丈夫な方のみご覧ください。

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2013年08月27日

武器の母(1)ドリル

武器の母(1)ドリル

 女は産んで母となる。

 武器を産んで母となる。

 母から赤子でなく武器が産まれる。そして母は武器を産んで戦う戦士となる。

 武器を産んだ母はもう、普通の母の幸せは得られない。もう二度と人間の子供を産めない。

 産み出されるのは武器だけ。武器は戦う道具。だから母は、武器を産んで戦う戦士として生きるしか道は無い。

 ちゃんと産んであげられなくてごめんね。

 人の姿に産んであげられなかった我が子に謝り続けながら、我が子を武器として戦うのだ。

 武器を産む女はまれで、その戦闘力はあまりにも脅威だった。

 だから重宝される。最も危険で武器の母たちが投入される、秘宝を奪い合うトレジャーハントの仕事が彼女たちの戦場であり生きる術だった。

 走り続ける列車の中で、二人の母が対峙していた。

 周りの乗客は離れて見ている。今はトレジャーハントをはじめ、冒険とスリルの時代だ。武器の母同士の戦いは滅多に見られない。人々は危険があっても戦いを観戦し、スリルを味わう事が大好きだった。

「ちっ。避難しろよ。おいお前等。巻き添えになっても知らないぞ」

 前で縛った長すぎる髪で顔が半分隠れた細身の女が叫ぶ。しかし列車の端でひしめき合う乗客たちは冷や汗をかきながらも怖いもの見たさで薄ら笑いを浮かべるだけで、隣の車両に避難しようとはしなかった。

「ちっ」

 女は再度舌打ちする。その正面に立つもう一人の女がぼそっとつぶやく。

「屋根で、戦う?」

 その女はぼさぼさでつんつんとはねている大量の髪を揺らす。わずかな肩当てと胸当て、そして腰当てだけの甲冑姿。まともなのはブーツだけ。あとはほとんど肌が露出している。

 大きな目はにらむようで薄気味悪い。上玉なのに顔や髪を手入れしないのがもったいない。

「屋根? いや、蒸気機関の煙がひどいからな。屋根では戦いたくない」

 前に髪を垂らした女が答える。

 その女は軽装で、前で合わせるゆったりとした服を半分はだけ、片方の肩だけ出している。

 大きな胸は包帯のような布できつく縛られている。さらしという、彼女の国では見せても大丈夫なブラだ。

 同じく袴というだぶだぶのズボンを穿き、剣を手に持っていた。

 その剣はとても細くとても長く、両刃だった。まっすぐで、濡れた氷のように美しい煌めきを放つ。そして異様だった。

 柄が無かった。その剣は刃だけで、柄も鍔も無かった。

 彼女はその刃を直に握っている。しかしその手は切れない。

 なまくらなのだろうか?

 いや違う。その剣は何でも斬れると言わんばかりに鋭い切れ味を持つ。しかし彼女の手は切れない。子である武器は決して母を傷つけない。

「戦場で会ったら名乗るのが礼儀だ。私はノラギヌ。お前は?」

 剣を握った剣士はまだ構えず、剣を下げたまま尋ねる。

「……ニエナ」

 わずかな甲冑をまとう露出の高い女は、相変わらず暗い顔でぼそぼそとしゃべる。

「武器を見せろ。武器の母は子である武器を誇りに思う。隠したりはしない。恥じたりはしない。そうだろう」

 武器の母に限らず、この時代では卑怯な行為は嫌われる。たとえ同じトレジャーハンターで商売敵だとしても、戦場で出会えば名乗り武器を見せる。そして正面から戦う。それが礼儀であり常識だった。

 ニエナだってそれはわかっている。しかしわずらわしい。彼女は何もかもわずらわしくて嫌いだった。

 戦場で出会っても戦う必要もなければ相手する必要も無い。しかし相手がこうして戦いを挑んでくれば無視するわけにはいかない。

 ニエナのだらりと下ろした両手の平からしゅいいいいと金切り音が鳴る。そして尖った円錐が回転しながらするりと出てくる。

 いや、ただの円錐ではない。刃が螺旋を描いている。ドリルだ。ニエナの両手からドリルが出てきた。

「ふむ。ドリルか。だが私の剣が細いからって砕けると思うなよ」

「わかっている。武器の子は砕けない……それでも削り穿つのが私のドリル。私の子」

「ふん。私の剣は何でも斬り裂く。武器の子だろうが一刀両断にしてやろう」

「無理。武器を砕くのは難しい。私のドリルは回転している。敵の攻撃が害する前に弾く事が出来る」

「ごたくはもういい。斬れるか穿つか。試してやる」

 ノラギヌは剣を両手で握り正面に向けて構える。身長よりも長い剣をこの狭い列車の中で振るえるのだろうか。

 ニエナも両手のドリルを構える。手の平から生えたそれはしゅるしゅると音を立てて回転している。肘を曲げて二本のドリルを前方に突き出すようにしたその姿はまるで角を持つ恐竜だ。

 長すぎる前髪で片目しか見えないノラギヌがすうっと息を吸い、そして吐き出す。

「はっ!」

 踏み込む。早い。離れていた間合いがたった一歩の跳躍で詰められる。

 ニエナはただ待ち構えるだけ。左右のドリルどちらでも敵の剣に対応出来る。近い方で受ければいい。

 しかしノラギヌは、寸分もぶれずまっすぐに、ニエナの正面に剣を突き出す。細長い剣を振るうのではなく、前方に突きを繰り出す。

 振り下ろすかに見せかけて水が氷の上を流れるように滑らかに突き出す。左右どちらかに近いドリルで迎撃するつもりがどちらにもわずかも偏らない中間を狙われ、反応がわずかに遅れる。

 もらった。ノラギヌが勝利を確信し、ニエナの顔に剣の切っ先を突き立てたその時。

 無表情のニエナが大口を開ける。その口から銀の煌めきが螺旋を描いて巻き出る。

「ドリルを、口から」

 ノラギヌが驚くより早く、ニエナの口から生えたドリルが回転してそれに触れた剣の切っ先を弾き逸らす。剣はそのまま勢いよく前に突き進み、ニエナのほほを切り裂く。

 鮮血が舞う。突きを繰り出し前に進んだノラギヌの腹が、ニエナの右手から生えた長いドリルの先に触れる。

「お、おおおおおお?」

 片方の肩だけにかけたゆったりした服が切り裂かれる。回転するドリルがノラギヌの腹を削り、血が弾け豪雨のように舞い飛ぶ。

「ぬ、ああっ」

 ノラギヌは身をひねる。ドリルから遠ざかろうと背の方へ飛ぼうとする。しかしぞくりとする殺気を感じる。

 ニエナの左手のドリルが、背で待ち構えている。

「ぐうう、ああああ!」

 退路は無い。絶体絶命。しかし進路ならある。

 ノラギヌは背の方へ飛ぶのをやめ、とっさにもう一歩踏み出す。

 前方に待ち構えるニエナの口から生えたドリルにほほを削られながらも首をひねって致命傷を避け、そのままニエナの胸に体当たりする。

 勢いよくもつれながら倒れる二人。まさかドリルから逃げずに向かってくるとは思わなかったニエナは不意をつかれ、押し倒されたときに床で頭を強く打つ。

「うっ」

 からからと音を立て、ノラギヌの手から離れた長い細剣が床を転がる。ただ回転しているだけなのに触れる座席をすぱすぱと切り裂いて勢いを失わない。

「うわああああ」

 列車の端にいた乗客たちが大慌てで飛び上がる。その足下を剣がかすめ、車両の連結部すらまるで水を切るように切り裂いていく。

「くそ、戻れ」

 ノラギヌが命じると、剣は回転したまま反転し、まるでブーメランのように戻ってくる。

「させない」

 ニエナが片手のドリルを床に突き立てる。剣は回転するドリルに当たり弾き飛ばされる。

「ちくしょう、貴様」

(まずい。剣が戻ってこないのは非常にまずい。このまま床に倒れてこいつに密着しているのはもっとまずい)

 ノラギヌはとっさに剣を戻すのを諦め跳び上がる。ニエナがすでに振りかざしていた手と口のドリルの攻撃をかろうじてかわす。

「はあ、ああ」

 危なかった。あと一瞬でも剣に固執していたらかわしきれなかった。あのドリルに貫かれるとやばい。捕まれば即座に残りのドリルで切り刻まれ貫かれる。

「くそ。剣を返せ」

 ノラギヌは歯ぎしりしながらほえる。ニエナは立ち上がり、回転しながら床を這い母の元へ帰ろうとする剣を両手のドリルで挟んで床に捕らえる。

「捕まえた」

 ニエナは淡々とした口調でぼそりとしゃべる。喜びがまるで無いようだった。傷も痛くないのだろうか。ノラギヌの剣でほほを大きく切り裂かれ、ぼたぼたと血が流れ出て首から胸までべっとり濡らしていた。

 しかしノラギヌも同じだった。ドリルで切り裂かれた腹とほほは血が飛び散ってとてもひどい有様だった。息が荒い。傷の痛みに加え恐怖がノラギヌを支配していた。

 我が子であり命綱である武器を手放すなどなんたる失態。しかもそれを取り返せず捕らわれるとは。

 どうする?

 取り返しようはあるが、手の内を全て晒すべきではない。名乗りを上げ、武器を見せるのは戦いの礼儀だ。能力をある程度まで説明するのも同じ理由だ。

 しかし深い能力は、奥の手は、まだ見せるべきではない。それは礼儀に含まれない。

 武器の母は強く、倒すのは容易ではない。しかも同じトレジャーハンターだから、同じ秘宝を狙って何度も相見える事になる。

 ここは退くべきか。ニエナのドリルの情報はもう十分だ。両手と口の三本。あれが限界の量だろうと思う。でなければもつれあって倒れたときに、もっとドリルを生やして重なったノラギヌの身体を貫けたはずなのだ。

「いい。くれてやる」

 ノラギヌは戦闘態勢を解き、背を反らして大きなため息をつく。

「子供を見捨てるの?」

 ニエナは二本のドリルで挟んで捕らえ、未だ母の元へ戻ろうとぶるぶるもがく剣をじっと見つめる。

「武器はまた産めばいい。捨てれば消滅する。人間の赤子を捨てるわけじゃないんだ。気にしないさ」

「嘘。気にするくせに」

「なら離せ」

「嫌」

「ちっ。だから諦めるんだ。産んだ子だからっていちいち情なんか移してられるか」

「私は子供を捨てたりしない」

「だから身体から切り離さずに生やしていると? ふん。くだらない」

 ノラギヌはニエナが襲ってきてもいいように警戒しながら後退し、この車両から出る。

 武器の子は母に捨てられると絶望して死ぬ。剣は最後に泣くように震え、涙のようにぼろぼろと崩れた。

「……かわいそうに」

 ニエナはじっと、慈しむ目で武器の最後を看取った。

 拍手がわく。素晴らしい戦いを見せてくれた二人を称える賞賛だ。周りの乗客たちは口々に、残ったニエナの勝利を祝った。

「……ありがとう」

 誰もニエナが笑った顔を見ていない。なのにみんな後でこの戦いを誰かに話して聞かせるとき、決まってニエナは称えられてうれしそうにほほえんでいたと語った。

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2013年08月29日

武器の母(2)玉

武器の母(2)玉

 ニエナは列車の中を歩く。目的の秘宝を目指して。

 ほほの傷は深いがもう血は止まっている。賢者の石の力だった。

 秘宝、賢者の石。トレジャーハンターは様々な宝を求めるが、一番貴重な宝は金銀財宝ではなく不思議な力を秘めた秘宝だった。

 賢者の石はその中ではありふれたもので、トレジャーハンターなら大なり小なり飲まされている。大きな石を飲むほど身体能力が上がり、治癒力も備わる。人間がより優れる事を賢くなるとたとえて賢者の石と呼ぶ。

 余りに大きすぎる石だと身体が耐えきれないので、そこそこの大きさの石を与えられ飲んでいる。飲むと身体に溶けて取り出せなくなる。

 秘宝を破壊する事は不可能だが、賢者の石は金のスプーンでのみすくって切り取る事が出来る性質を持つ。

 賢者の石を飲んでも死ぬ事は免れられないが、よほどで無い限り死なない。

 貴重な武器の母が負傷ぐらいで失ったり使えなくなったりしては困る。だから武器の母はかなわない敵と戦えば殺される前に逃げる。さっきニエナを襲ったノラギヌのように。

 安静にしていれば傷の治りは早くなるが今はそんな暇は無い。止血出来れば十分だ。ニエナは警戒しながら足早に列車の中を突き進む。

 こうしている間にも目当ての秘宝は誰かが奪っているかもしれない。この列車に乗り込んだトレジャーハンターがニエナとさっきのノラギヌだけとは思えない。他にも情報を掴み秘宝を奪いに来た者はいるはずだ。

「ん」

 ニエナの足が止まる。もうすぐ列車の先頭車両に着くというのに敵がいたからだ。

 彼女は座席に座り、これみよがしに指先の上で玉を転がしている。しゅるると回転する白く輝く玉は一定の速度を保ち、まるでぶれず止まらない。周囲の乗客たち、特に子供たちはその玉の不可思議な美しさに魅了されはしゃぎながら見とれている。

 玉を回し続ける彼女は、そのまま顔をニエナに向ける。

「やっと来たわね。誰も来ないから待ちくたびれてしまったわ」

 彼女は立ち上がり、美しいドレスを優雅になびかせる。

 長く紅く煌めくドレス。ヒールの高い靴はまるで戦場に似合わない。彼女はまるで舞踏会にでも出るかのように優雅に着飾る美しい女だった。

 長くなめらかな髪を腰の上まで垂らし、彼女はドレスの裾を両手で少し持ち上げお辞儀する。

「初めまして。私はセフィール。一国の女王をしております」

 彼女の玉は彼女の身体をなでるように這い回りまとわりついていた。

「私はニエナ。ただの女。あなたが女王? まさか。武器の母が女王を勤められるわけがない」

 セフィールは美しい笑顔を絶やさず答える。

「確かに。私は王の跡継ぎではなく武器を産んだ事で第一女王の座を下ろされた。しかし末席の女王として、今なお王のお側に仕えさせていただいているわ」

「それって単に、武器の母が怖いからでしょ。反逆されないために王家を追放しない。女王として囲い利用する。なんてみじめなの」

「みじめも何も。私は今なお気高き女王よ」

「女王様が、お供も付けず一人で列車に乗るなんて。トレジャーハンターとしてこきつかわれるなんて。あなたの王はいっそ、あなたが死んでしまえばいいと思っているのに」

「知った風な口を。あなたに偉大な王の何がわかるというの」

「私はただあなたがかわいそうなだけ」

 セフィールは笑顔を絶やさない。しかし上に向けた手のひらから玉を次々にお手玉のようにわき出させる。

 多い。十どころではない。二十はあるだろうか。手のひらよりも大きな玉が白く輝き回転しながら女王の身体にじゃれつくように転がり回る。

「私と王の大事な子。これが私の武器よ。あなたの武器もお見せなさい」

 またか。ニエナはため息をつきながら、ノラギヌに見せたように両手の平からドリルを生やす。

「どうして戦うの? あなたも秘宝を狙って来たんでしょう。ならどうして奥へ進まないの」

「今奥では、秘宝を奪う戦闘の最中ですもの。戦いに割り込むなど無粋な真似は許されない。私は秘宝を巡る戦いの勝者を待ち、それを邪魔する輩をここで倒して止めます」

「弱った相手から秘宝を奪うつもり? 女王様って姑息」

 セフィールは笑顔を絶やさない。

「女王に対する侮辱に対し、いちいち怒る必要などないわ。今から怒るよりも直接的に、それを後悔させるのですから」

「私は戦いたくない。わずらわしい。それに敵の武器とはいえ子供を傷つけたくない」

「武器を壊すのは難しい。武器はどれも硬く強い。それは自信かしら? それとも侮りかしら?」

「……だから何もかも面倒くさいのよ。どうしてそう、理由をつけたがるのかな」

「あなたが驕っているからよ」

 セフィールが手を突き出す。彼女の身体を這っていた玉たちがぎゅっと滑りながらその手に集まる。

 場に緊張が走る。すでに列車の端に待避しながらも観戦のため留まり続ける乗客たちはごくりと息を飲む。

「私の玉は跳弾よ。狙った対象以外には反射しどこまでも敵を追う。それが能力」

「……私のドリルは削り穿つ。回転で逸らし弾き敵を貫く。玉なんか全部弾いてしまえるわ」

「面白い。やってみなさい」

 ほほえみを絶やさなかったセフィールが大口を開けて笑う。目をむき残虐な哄笑を声に出さず表情だけで表す。

 これがこの女の本性。武器を産んだばかりに第一女王を下ろされ末席に貶められた屈辱は計り知れない。屈辱を晴らし侮辱をそそぐには敵を蹂躙するしか無いのだ。

 セフィールの手から玉が弾ける。二十以上もの玉はきれいに等間隔で広がりながら飛び、列車の壁や座席に当たって反射する。きれいに揃ってニエナに向かって飛んでくる。

 跳弾は反射の角度から軌道が読める。賢者の石で身体能力を強化されているニエナにとって高速で撃ち込まれる玉は見切れるものだった。

 両手のドリルを交差させる。そして円を描くように回し、飛んでくる玉を全て弾き飛ばす。

 まるでドラムを激しく打ち鳴らすように派手な音を立てて玉が弾かれる。ただの一発もニエナに到達しなかった。

「これが……」

 ニエナが防御しきって気が緩んだ瞬間、セフィールはにいっと意地悪く笑った。

 弾かれた玉が列車の床や座席に当たる。そのまま反射してもニエナに向かって来ない角度を計算して弾いた。

 なのにそれは、跳弾ならあり得ない角度で反射し、再びニエナに向かってくる。

「な、あ?」

 ぶわっと汗を吹き、始終無表情だったニエナが必死の形相になる。左右の手に生やしたドリルを振り回し、再び玉を全部弾く。

 今度は余裕なんか無い。見切る暇などなく、ただ必死に全方位から来る殺気を知覚しそれを迎撃するので精一杯だった。

 無茶苦茶に弾き飛ばした玉が列車の壁や座席に当たる。そしてまた、跳弾ならあり得ない角度で反射し再びニエナに向かってくる。

「う、うわ、あああああああ!」

 ニエナは反狂乱になってドリルを振り回す。弾いても弾いても玉は跳ね返り、再びニエナに襲ってくる。一度や二度ならともかく、こうも連続で多数の玉を撃ち込まれては防ぎきれない。しかも玉の飛んでくるタイミングもずれてきて、一度に薙ぎ落とす事も出来ない。

「あっはははは。どう。私の玉は。言ったでしょう。跳弾だと。敵を撃つまで他の全てに反射して襲ってくる。武器の子はただの武器とは違うわ。能力を持っている。私の跳弾は角度に関係なく反射し敵を再び襲う連続砲撃よ」

 無限はあり得ない。武器の力はそんなに持続力が無い。その内この攻撃は終わる。しかしそれまで防ぎきれない。

「くうううああああ」

 ニエナの腹や脚に玉がめりこむ。めきめきと音を立て肉を潰し骨を折る。

「げっは」

 ニエナが血を吐く。数発の玉を身体に撃ち込まれ、臓器まで損傷した証だった。

「あっははは。おしまいね。女王を侮辱した罪を償いなさい。さあ残りの玉を全部食らって死んでしまいなさい」

 反射し飛びかかってくる残りの玉がニエナに襲いかかる。しかしニエナは血を吐きうなだれていた顔を上げる。

「玉は敵に当たるまで跳弾を繰り返す。でも敵に当たった球はめり込み砕くため跳ね返らない。もう襲ってはこられない。玉の数が減ったならかわしきれる」

「無理よ。それだけ手負いなんですもの。ドリルの防御も鈍るわ。防ぎきれない」

「二本ではね。でももう一本あれば足りる」

 セフィールはギクリと青ざめる。必死の防御の最中でも両手のドリルしか出していなかった。だから彼女のドリルはそれだけだと思い込んでいた。

 ニエナは大量の血と共に口からドリルを吐き出す。口から生えたそれと両手のドリルをびゅっと振ると、数の減った玉を全て弾く。

「弾いたからどうだと言うのよ。また反射してあなたを襲うわ」

「その前に、こうする」

 玉が弾かれた直後、まだ反射して返って来ない内にニエナは跳ぶ。まっすぐセフィールに飛びかかり、一瞬で目の前まで来る。

「しまっ……」

 ニエナの背に跳弾が迫る。しかしその前に、ニエナの両手のドリルがセフィールの腹に突き刺さる。

「ぐぎいいがががが」

 ギュルギュルと高速回転するドリルは血しぶきを噴水のようにまき散らし、列車を血に染める。見ていた乗客たちにまで血の雨が降り注ぎ悲鳴が上がる。

「がっがっがががば」

 ドリルに穿たれ血を吐き白目をむきながらがくがく振動し、それでもセフィールは死力を尽くして我が子に命令する。

「り……離脱!」

 ニエナの背に迫っていた玉たちがばっと広がりニエナを避ける。そして母の身体に撃ち込まれる。

 そのままセフィールの身体が玉に押し飛ばされる形で、腹に突き立てられた二本のドリルが引き抜かれる。ニエナが両手のドリルを左右に広げ胴を切断するより早くセフィールの身体が後方へ吹っ飛んだ。

「ぶっ、お、覚え」

 セフィールは血を吐き、捨てゼリフを言う間もなく、玉を数発撃ち込み列車の壁に穴を開け、そこから外へ躍り出た。

 列車は高速で走っている。普通なら飛び降りれば地面に激突した衝撃で全身がバラバラにちぎれ死ぬ。しかし武器を操る母はこの程度では死なない。賢者の石を飲んでおり、重傷だろうが治癒は出来る。命さえ失わなければそれでいい。

 殺しきれない。敵は敗北しても命だけはなんとしてでも守り逃げきってきた強者だ。玉を数発くらったニエナは追う余裕は無いし、敵を殺す事が目的でもない。退けられればそれでいい。

「ぐううう、あっ」

 ニエナは腹を抱えてうずくまる。腹や脚に撃ち込まれた数発の玉がぼろぼろと砕け散る。母が逃亡し離れたので子である武器は捨てられたと絶望し死んでしまったのだ。

「あっぐ、はあ、はあ」

 がくがく震え血を吐くニエナ。かなりダメージが大きい。しかししばらく安静にしていれば止血は出来る。

 少しでいいから治癒してダメージを減らせばまだ戦える。まだ逃げるほどではない。まだ逃げるには早すぎる。

「はあ……くっ、どうして今日に限って、二人連続で会った事無い奴に会っちゃうのよ……」

 会った事のある敵なら情報がある程度わかっている。まだ対処しようがある。しかし初対面では戦闘前に能力の基本だけは説明されるが礼儀はそこまで。実際に手合わせしないと細かい性質まではわからない。

 だから食らってしまう。危機に陥ってしまう。しかしセフィールの玉に対する情報もこれで得られた。やはりまだまだ能力全ては見せてもらえるほど引きずり出せなかったが、今の戦いぶりからある程度情報が暴けた。

 あの玉はあれ以上の数は出せないはずだ。最後の危機でも玉を戻すだけで新たに産まなかった。

 それにあの連続跳弾。あれほど強力な攻撃は完全に自動的であるはずだ。武器は複数でも一人の子供。難しい命令はこなせない。自動ならその一部を隠して別の命令を与える事は出来ないはずだから、全ての玉がそう動く。

 何よりあのプライドが高い女王の性格からして、全力攻撃で圧倒的に敵を打倒するのを好むはずだ。隠し玉は無い。早くて正確ではないかもしれないが数えた限りでは玉は全部で二十四だった。

 ニエナはかすむ目でうずくまる。周りの乗客はニエナの勝利を称えてくれているが、それすらかすむひどい耳鳴りの中ではよく聞こえない。

(ああ……くそ。確か秘宝を巡って誰かと誰かが戦闘中だと言っていた。勝利した方も手負いのはずだ。何とかなるだろうか。しかし……)

 ニエナはうずくまり、治癒に専念しながら恐怖と戦う。敵は手負いだとしても、秘宝を手にしている。秘宝はまずい。武器の母が武器に加え秘宝を使えば、武器しかないニエナの勝ち目は薄い。

(それでもやらないと……死なないぎりぎりまでは戦わないと……でないと私は、私の子供は……)

 我が子を武器として産んでしまった。その子に償えない。ただ戦い勝利する事だけが、武器として生まれた我が子を肯定しほめる唯一の方法だった。

 武器に生まれた事を誇りに思わせる。決して嘆かせはしない。ニエナは我が子のために、血が止まると早々に立ち上がった。

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2013年08月31日

武器の母(3)リング

武器の母(3)リング

 連戦による傷がうずく。止血はしたがダメージはあまり回復出来ない。時間をかけて安静にしないといけないが、そんな時間は無い。

 武器の母同士の戦闘は長くかからない。一方は劣勢なら殺される前に逃亡する。一撃から数撃の攻防を繰り返せば決着するため戦闘が長引く事はまれだ。

(もう終わっているだろうか。急がないと。こっちのダメージも大きいがきっと敵よりましなはず。手負いの敵を早く叩かないといけない)

 ニエナはふらふらと列車の中を歩く。

 乗客はこういう事は日常茶飯事で、常に誰かが誰かと戦い、それを見て楽しむ。今は闘争と競技の時代だ。

 狭い列車ではマナーとして、その場に居合わせた者だけが観戦する権利を得る。ニエナが通り過ぎる車両では戦いを見られないでくやしがる乗客たちが、それでも次なる戦いに向かうニエナを応援してくれる。

「ありがとう」

 ニエナは無表情で答える。しかし乗客たちはニエナがかわいくほほを染め照れていたと後に語った。

 列車の先頭車両に着く。すでに戦闘は終わっている。敗者の姿は見えない。列車の壁が破壊されているから、先のセフィールと同じく外へ逃げたのだろう。

 勝者の姿は一言で言えば、露出狂だった。

 黒いリングが三本、身体を締め付けている。首を絞める首輪のように一本、乳首をかろうじて隠して大きな胸に食い込み潰すように一本、そして大きなお尻にめり込むようにかろうじて股間を隠して一本の、黒く光る金属のような太いリングが彼女の身体を隠していた。

「……変態」

 ニエナはその姿を見てぼそりとつぶやく。

「はあ?」

 女は血塗れでにかっと笑う。目を見開き、瞳孔は渦を巻いている。狂気の目だ。あきらかにまともではない。

「お前だって似たような格好だろおおお? そっちこそ変態じゃないかああああ?」

 女は猫背で首を突き出し、舌を垂らしてのたうたせながらげらげら笑う。

 確かにニエナだってわずかな甲冑で肩と胸と腰を隠している。ほとんど肌を露出している。しかしちゃんと、大事な所は隠している。

「……あなた、それ、動いたら見えちゃうんじゃないの」

「下からのぞきこめばな? 俺は敵を這いつくばらせたら、上から見下ろすのが好きなんだ。敵は下から見上げる。俺のここを見せるのは敗者に対する餞別だよ。負けてくれてありがとよ。最後にいいもん見れてよかったなああああ?」

 女は短くモジャモジャの髪を揺らして大きく口を開けて笑う。よく笑う女だ。うるさい。ニエナはうるさい奴が大嫌いだった。子供が泣いたらどうしてくれるんだ。

「あなたの敵は?」

「逃げられた。でもばっちり見せつけてやった。あいつはもう、負けた屈辱と共に私のここを思い出す。最高の侮辱だぜえええ。あああたまらない。私のあそこが何度も何度も敗者の脳裏で視姦されるううううう」

 女はリングが食い込んだ身体を腕でも締め付けるように抱きしめ、涎を垂らして恍惚とする。悶える様は黒いリングと赤い血が白い肌に映えて絵の具を描きなぐった荒々しい絵画のようだった。

「私はニエナ。武器はこれ」

 この女のよがり声を聞くのは耐えられない。ニエナはわずらわしいが自分からドリルを見せる。

(何で三人も初めての相手と出会うのよ。こんなの珍しい)

 殺しきれない武器の母たちは、戦場で何度も相まみえる。なのに今日に限って初めての相手ばかりと出会う。

 一度戦った相手なら自己紹介も武器を見せる必要も無いのに。わずらわしいったらありゃしない。

「ドリルか。うおおお、いいねえ。格好いい。それであそこをかきまわされたらどれだけ気持ちいいんだああああ?」

「痛いだけよ。怖い事言わないで」

「どうせ腹や頭はそれでぶち抜いてきたんだろうがあ? あそこは痛々しいからやらないってかあ?」

「股間は狙わない。相手が男でも女でも。それが戦いのマナーでしょ。みんな見ている。恥じるような戦いはしないで」

「ああ? ああ、しないぜ。俺はそんな事はしない。されたいだけだ」

「私だってしない」

「そうかいそうかい。残念だ」

 ニエナは苛立ちドリルの先端を敵に向ける。

「早く名乗りなさい。武器を見せなさい。それが礼儀でしょ」

「あああ? ああ、そうだな」

 叫んだり大人しくなったり。忙しい女だ。相手すると疲れる。ニエナはため息をついた。

「俺はユピネロ。武器はこれだ」

 ユピネロと名乗った女は自分の首と胸のリングを親指立てた両手で指す。

「リング? それ武器なの? じゃあ外したら、裸になっちゃうじゃない」

「なっちまうなあ。げげげげげげげげ。俺のヌードが見たいか? 残念。俺の子供は双子だからな。もう一人いる」

 ニエナはぎくりとする。

 武器の子は普通一人だ。だから一種類。複数あれど同じ能力で同じ動作をする。しかし双子はまれにいる。三つ子以上は確認されていない。双子は姿形が似ていても別の行動と能力を持つ。

 ユピネロの両手から赤いリングがばらばらと連なって出てくる。数は多くない。出した分では四つだけだ。

「それで全部?」

「武器の数を答える礼儀は無いが、そうだ。俺の赤いリングは四つ。黒いリングは三つ。合計七つだ」

 なぜ黒いリングを服代わりに身につけているのだろう。それもあんなに食い込ませて。苦しくないのだろうか。賢者の石で治癒出来るとはいえ常にあんなに締め付けていれば呼吸も動きも血行も圧迫される。苦しいはずだ。戦いにはマイナスにしかならないのに。

「初対面だからな。ぎぎぎぎ。俺のリングを見せたのは戦いの礼儀、マナーだからだ。だからこれでおしまいだ」

 ユピネロは、せっかく出した赤いリングをまた手に納める。それは融けるように肌に埋まり消えてしまう。

 子供である武器は母から産まれ母の胎内に帰る。再び産まれるまでまた母の中でまどろみ安らぎ眠るのだ。

「何?」

 ニエナは両手のドリルを構えたまま尋ねる。

「能力の基本を説明するまでが礼儀だ。でも今は説明しない。だからリングの能力は使わない」

「どうして。私のドリルは回転し、弾き逸らし穿ち貫く。それが能力。あなたも能力を告げて戦いなさい」

「嫌だね。それは次回のお楽しみだ。一度こうしてまみえたからには生きていればお互いまたどこかの戦場で出会うさ。そのとき私のリングの能力を教えてやるよ。今は使わない。今はこいつを試したいからな」

 ユピネロは後ろに立てかけていたそれを手に取る。

 ニエナはそれをにらんで険しい顔をする。

「それが、秘宝」

「そうだ。俺のこの全身の傷を見ろよ。こいつを運んでいたさっきの奴にしこたまやられた。ありゃあ反則だ。秘宝と武器の子。両方使うと無敵だな」

 ユピネロは凶悪に顔を歪めて笑う。そう言う彼女はどうやってそんな強い敵を倒し秘宝を奪ったというのか。

「俺が秘宝と武器の両方を使えば圧勝だ。面白くねえ。お前だってこの秘宝を手にするためにここまで来たんだろう? 餞別に、俺は武器を使わない。秘宝だけで戦う。それでお前が勝てばこの秘宝をくれてやる」

「それであなたの雇い主は納得するの?」

「しないが。別に殺されはしない。俺には利用価値がある。次の秘宝を手に入れるためには俺を殺せない。ただ罰を与えるだけ。俺は気ままにやらせてもらっているのさ。げげげげげげげ」

 ユピネロはきれいな声をしているのに、のどを潰したように不気味な笑い声を上げる。

 トレジャーハンターは秘宝を手に入れるのが第一なのに、この女は戦いを楽しむために優位を捨てると言っている。

 だが好都合だ。離れた端っこで観客も見ている。戦いは見せ物だ。観客を楽しませる義務がある。卑怯な振る舞いは出来ない。

 敵が武器を使わないと宣言したならもうそれは使えないのだ。それを破れば彼女が誇りを失うだけでなく、雇い主の名声まで地に落ちてしまう。ここで秘宝を持ち帰っても、それを使う事も自慢する事も出来なくなってしまう。雇い主はそれを許さない。

 ユピネロが細い両腕で長い柄を持ち、高々と秘宝を掲げる。それは窓から入る日の光に怪しく煌めく。

 秘宝、閻魔の槌。地獄の閻魔が罪人の罪を計るのに使うと言われる。これで罪人を潰すと、罪人は罪の重さに応じてよりひどく潰れる。もし罪の無い者が受けても何も傷つかない。

「それで殴られて、あなたはそんなに血塗れなのね」

「ああ。俺は罪深い罪人だからな。お前だってそうだろおおおおおお? 今まで何人殺したああああ?」

「なかなか殺せなくて。いつも、さっきも、逃げられてばかり」

「嘘つけよおおおおお。この閻魔の槌は罪人の罪の重さだけダメージも重くなる。俺はこの通りズタボロだ。でもお前はきっともっとボロボロになるよなあああ?」

「どうして。あなたの方がたくさん殺しているでしょう?」

「俺は人を殺した事が無い」

 ニエナはむっとする。

「嘘よ。戦いに生きる武器の母が、一人も殺した事が無いなんてあり得ない」

「俺は殺さない。痛めつけるのが好きなんだ。死んだらそれ以上苦痛の顔を楽しめないだろ? この閻魔の槌は罪人に罪の重さを知らしめる道具だ。武器じゃねえ。殺す心配なく痛めつけるだけ。俺にぴったりだからって奪ってくるよう命令されたんだ」

「あなたにぴったりって、それはあなたを苦しめるために使うって意味でしょ」

「違いねえ。それがいいんじゃねえか。死なないなら心配する必要が無い。いくらでも苦痛を受けてやれる。げげげげげげげ。最高だ。まさに俺のためにあるような秘宝だなああああ?」

 狂っている。この女はどうも、雇い主に与えられる罰や苦痛すら楽しんでいるらしい。

 これ以上相手したくない。わずらわしい。ニエナは誰と関わるのもわずらわしいが、狂人を相手するのはひどくわずらわしい。

 敵が武器を使わないなら警戒するのはあの槌だけだ。罪の重さによりダメージが大きくなるからきっとニエナはただの一撃で倒される。

 我が子をちゃんと産んであげられず、武器として産んでしまった事は我が子を殺したも同然だ。それに今までに殺した人間の数を考えれば、ニエナの罪が軽いはずがない。

 しかしあの槌は決して命を奪わない。ただ苦痛を味わわせ、罪の重さを自覚させる。なら好都合だ。もし一撃食らえばもう戦えない。全力で離脱する。迷う必要は無い。

(あの女が人を殺した事が無いなど本当だろうか?)

 本当かもしれない。あの女の狂気が渦巻いて見て取れる濁った瞳を見れば、殺すより生きて拷問する方が好きだと言うのが丸わかりだ。

 この誇りと決闘の時代において、拷問などという恥じるべき行為は誰もしない。しかしこの戦闘で、あの槌で最大の苦痛を与えるのは拷問に該当しない。あの女はきっと今までもこうして、公然とした戦いの範囲で敵をより苦しめてきたのだ。

 忌まわしい奴だ。ただの拷問狂なら犯罪者として狩られる。しかし犯罪に該当しない範囲で行う拷問を楽しむなんてこす狡い。

「じゃあああああ始めようか? ニエナ。俺はこの槌を使う限りお前を殺せない。しかしお前が逃げ出さない限り何度でも打ち据えるぜえええええ? 必死に逃げろよ。さっきの奴みたいにな。泣き叫び何度も自分の罪と同じだけ重い苦痛を浴びせられながら死ねないんだぜえええ? 死ぬより辛い苦痛って奴さ。最高じゃねえか。げげげげげががががが」

 本当に、あの閻魔の槌はこの女のためにあるような物だ。ニエナの雇い主はこういう輩にこういう秘宝を渡さないために回収を命じたのだ。

 ニエナはひじを曲げ、両手のドリルを前に突き出してお得意の突撃体勢を取ると、ユピネロに向かって突進した。

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2013年09月02日

武器の母(4)閻魔の槌

武器の母(4)閻魔の槌

 ニエナの突撃。両手のドリルを角のように突き出し敵を襲う。敵が左右どちらに逃げても近い方のドリルで貫ける。逃げないなら二本のドリルを同時に防がなくてはならない。

 巨大な槌を構えたユピネロは笑っている。そして槌を上から大きく振るう。

 ニエナは横に飛ぶ。ユピネロが振るう槌は列車の床に当たるとそこを陥没させ破片をまき散らして砕いた。

 ただの槌としても破壊力が凄い。それに加え、罪人が食らえばさらに罪の重さだけ重さが加算されダメージが増す。トレジャーハンターとして今までに人を何人も殺したり巻き添えにしたりしてきたニエナにはただの一撃でさえ耐えきれない。

 しかしかわした。大きな槌を振るうのはモーションが大きい。こうしてかわせば隙だらけだ。ニエナはユピネロの側面からドリルを突き出す。

 ガキンと音を立てて、ニエナのドリルの先端がユピネロの胸に食い込んでいる黒いリングに当たる。回転するドリルが火花を散らしてもそれを砕けない。

「くっ」

 チャンスを逃したニエナは舌打ちしながら一度離脱する。これ以上もたもたしていればもう一度槌を振るわれてしまう。あれを食らうと本当にやばい。一撃で倒されてしまう。

「はあ、はあ」

「息が荒いな? ちょいとびびりすぎじゃねえかあああああ?」

 ユピネロは槌をぽんぽんと手の上で放りながら笑う。秘宝は使い手にとっては自在に操れる己の一部のような物だ。重さを感じず、たとえ子供でも所有すれば好きなように振るえる。

「警戒するのは当然。こっちは一撃で終わってしまう。しかし運のいい奴。リングに偶然当たってドリルを防ぐなんて」

「偶然? はっ。強がるなよ。偶然なわけないだろ。回転し逸らすドリルがこんな表面の丸いリングを滑らずきれいに止まるわけないだろ」

「……リングは使わないって言ったくせに」

「赤いリングは使っていないだろ。この黒いリングはただ服の代わりにしているわけじゃねえ。絶対防御だ。守れる範囲が少ないが、このリングを当てたらその攻撃は確実に止められる。もちろん俺は身体をずらして上手く敵の攻撃にこのリングを当てる事が出来る」

 ユピネロは悪びれもせず笑う。確かに赤いリングを出して、それは使わないと言って体内に納めた。黒いリングは元々身にまとっていたものだ。使う使わない以前にそれをまとい戦う事を認めている。

「……卑怯者」

「何がだ? 俺はこの閻魔の槌に加えて武器のリングを使っても卑怯じゃねえ。ハンデがありすぎるから赤いリングは使わない。これのどこが卑怯だってんだああああ?」

 列車の端でひしめきながら見ている観客たちもそうだそうだとはやし立てる。もちろんニエナだってユピネロが黒いリングで防御するのを卑怯だとは思っていない。ただ会話で思考する時間を稼いでいるだけだ。

(どうする? 大振りの槌なら隙が出来るから攻撃は当てられると思っていたけれど、あんなに巧みな防御ではたぶんいくらやっても当てられない)

 じゃあ退くか? いや、まだそれは出来ない。敗北したわけでも無いのに勝利を諦めるわけにはいかない。

 ユピネロは裸の身体に食い込むように首、胸、腰に黒くて太いリングをまとっている。それ以上まとわないところを見るとあの黒いリングはさっき言ったようにあの数が限界なのだろう。防御範囲が少ないからこそ防御力を集中させ高められるのだ。

 秘宝閻魔の槌を手にした敵と戦いユピネロは血塗れだ。武器は止められても秘宝は止められない。武器より秘宝の方が力は上だ。だからユピネロは閻魔の槌を食らって血塗れになったのだ。交戦していた敵の武器が届いたわけではない。

 頭は狙うには小さい。リングによる防御が巧みなユピネロはきっと、頭を狙ってもかわしたり首のリングで防いだり出来る。腕、胸、胴、腰までも同じ事。かわすか防ぐかで確実に防御してくる。

 リングから最も離れ、ただ靴を履いているだけの脚。あれが一番攻撃の当たりそうな部位だ。

 しかし当然、今までの敵だって脚を狙っただろう。それを防ぐかわかすかしてきたはずだ。当てるのは至難の業だろう。

 しかしやるしかない。他に当てられそうな部位は無い。脚にダメージを食らわせて、何とかあの閻魔の槌を奪わねばならない。

 何も殺さなくていい。倒さなくていい。目的は秘宝を持ち帰る事だ。ユピネロから奪えばそれで済む。

 脚を攻撃して隙を作る。ニエナは両手のドリルを構えると再び突撃した。

 またユピネロは大きく槌を振り上げ真上から振り下ろす。一見単純すぎる攻撃だが、敵は左右どちらかにかわすしかない。敵を確実に誘導出来る。

 さっきと反対側にニエナはかわす。そして口からドリルを生やし、ユピネロの顔を狙う。

 ユピネロは三本目のドリルに驚くが即座に対応する。首を反らしてリングをドリルに当て、勢いすら止める。

 しかしこれは注意を逸らすためのものだ。口からもう一本出せる事でわずかでも驚かせそちらに意識を向けさせる。下を見ず狙いを定めておいた脚に向けて両手のドリルを突き出す。

 ユピネロは顔に向けられたドリルをかわすために首を反らせた。身体が上に引っ張られた体勢だ。ここから腰を落として腰のリングで防御する事は出来ない。同様に床に踏ん張っている脚を動かしドリルをかわす事も出来ない。

 ガキキキキ。

 ユピネロの脚を抉る音の代わりに、激しい金属音が鳴り響く。

 床に振り下ろして床板を砕いた槌の柄で、ユピネロはドリルを二本とも防いでいた。

 賢者の石で身体能力を高め、戦いを重ねてきた彼女たちは戦闘の達人だ。見ないでも攻撃の気配を殺気として感じ取り対応出来る。

 木で出来ているようにしか見えない柄が鋼のドリルを防ぐなど普通は考えられない。

 しかし秘宝は最高の硬度を誇る。秘宝は砕けない。武器は硬くても砕かれる事はあるが、秘宝はどんな攻撃でも害せない。木のような柄でも、ドリルが削るのは不可能なのだ。

「ううっ」

 策が、攻撃が、ことごとく防がれニエナは焦る。その隙をついてユピネロはニエナが逃げるより早くその首を手で捕まえる。

「秘宝はただの武器とは違う。俺がまんまと食らわされたのと同じやり方でお前にも食らわせてやるよ」

 ユピネロは槌の柄をちょいと動かすだけで、回転し貫こうと無駄な努力をしていたドリルを二本とも弾く。

「うあっ」

「秘宝は害せない。重さを感じない。誰でも自在に振るえ何もそれを止められない」

 ユピネロは槌の柄をごく短く握る。まるで小さな金槌を手に持つようにして、長い柄が無いかのようにちょいと振る。

 これだけ接近していれば長い柄を振り回す事は出来ない。大きな槌は大きく振らなければ使えない。秘宝相手にそんな常識は通じないのに、とっさのときに人は常識を無視して思考出来ない。

 長い柄を余して短く持ち、軽く振る。それならこのわずかな間合いの接近戦でも長大な槌を使える。

 この閻魔の槌の力は叩いた相手に罪と同じ重さの一撃を加える。槌を振りかぶり槌本来の重さを上乗せせずとも十分だ。

 こつんと軽く、ニエナの腹に閻魔の槌が当たる。軽くこづいただけ。しかし閻魔の槌の力で、ニエナは自分の罪と同じ重さの衝撃を受ける。

「げはっ」

 腹を叩かれ、重すぎる一撃にニエナの身体が吹っ飛ぶ。狭い列車の壁にめり込み鉄の壁を大きくへこませる。

 ニエナの全身が破裂したように裂ける。何人も殺してきたニエナの罪はあまりにも重く、その一撃は決して命を奪わないが全身をずたずたに押し潰し粉砕した。

(終わった)

 一撃食らえばもうおしまいだ。罪が重いからダメージも重い。もう戦えない。

 これを食らってまだ戦えるユピネロは、本当に人を殺した事が無いのか。戦いの最中に敵をより痛めつけ拷問する事は殺すよりも罪が軽いのか。

 我が子を武器として産んだ事が、罪ではないと言うのか。

 考えている暇は無い。ニエナは両手のドリルを振るって列車の壁を切り裂くと、穴を開けたそこから外へ飛び出す。

「リングを使わないと言ったから捕らえられねえ。しかしただじゃ逃がさねえ。ほらよ。餞別だ。もう一撃食らっていけ」

 ユピネロは閻魔の槌の長い柄の端を握る。最大のリーチで、外へ逃げていくニエナの足先に槌をちょんと当てる。

 再びニエナの肉体が爆裂する。血の花火が上がる。

「ぎゃああああがああああああ」

 ニエナが大口を上げて叫ぶ。普段ぼそぼそとしかしゃべらない彼女の大きな悲鳴を聞いて、ユピネロはげらげら笑う。

「あああああ。いいいいいい。いい悲鳴だああああ。そそるそそるぞくぞくそそるううう。なんてかわいい悲鳴を出すんだよ。たまらねえなああ。そそるぜニエナ。次に会ったらもっといやらしい悲鳴を聞かせてくれよなああああああ」

 高速で走る列車から吹き飛ぶように離脱しながら、ニエナはその笑い声を確かに聞いた。内部から爆裂する衝撃と痛みで耳鳴りがひどく、他の音は聞こえないのに、どうして一番耳障りで聞きたくない奴の声だけ聞こえるのだろう。

 全身ズタズタで動けない。しかしこのまま高速で地面に叩きつけられれば全身がバラバラにちぎれ吹っ飛び死んでしまう。ニエナは死力を振り絞ってドリルを地面に突き立て、がりがりと地面を抉り掘りながら吹き飛びつつ速度を減じていく。

 衝撃を防ぎきれない。ドリルでの減速は止まるまでもたない。ドリルが地面から滑って抜けてしまい、ニエナはごろごろと地面を転がる。

 地面を砕きながら長い時間転がり続け、ようやく止まる。列車は蒸気機関の煙を噴きながら遠くへ去ってしまった。

 ニエナは全身血塗れでボロボロでもう動けない。しかしまだなんとか生きていた。

「はあ……はあ……あ、ぐっ」

 息をするのもうめくのも辛い。しかし閻魔の槌は苦痛を味わわせ罪の重さを自覚させる。決して殺しはしない。地面を転がる衝撃で激痛すぎて死にそうだったが、かろうじて生き残った。

 このまま時間が経てば賢者の石で治癒する。動けるようになるまでは安静にしないといけない。

 周りは何も無い荒野だ。幸い敵はいない。もしいても見晴らしがよく、敵の接近には気づける。

(ノラギヌが執念深く追ってきていたらおしまいだ)

 列車から振り落とされたノラギヌは、もし追ってくるとしても遠く離れている。追ってくるとは思えないがもし来るにしても、それまでに逃げられる程度には回復しているはずだ。

 セフィールは腹をドリルで貫いた。重傷だ。治癒に時間が相当かかる。追ってくるはずがない。

 動けない。しかし意識を失い警戒を解くわけにはいかない。眠った方が治癒は早いが安全な場所でない以上それは避けねばならない。意識を保つためニエナは思考を続ける。

(ユピネロか……恐ろしい敵だった。強すぎる。しかも武器であるリングの能力は、まだ明かされていない)

 身体にまとう三本の黒いリングは攻撃を確実に防ぐ。しかし手から出していた四本の赤いリングの能力がわからない。

 敵と会い、こちらの能力の基本を見せながら相手のは明かされていない。次に会えば語るだろうが、能力に対応するには一度見て味わっておかなければならない。それが出来なかったので次に会ったときにその分不利になる。

(しかしやたら餞別という言葉を使っていたな。餞別か……)

 最後にユピネロが言ったセリフ。あれはやはり餞別だったのだろう。ただもう一撃苦痛を食らわせるだけではなく、ちゃんと情報をくれていたのだ。

(赤いリングが使えないから捕らえられないと言っていた。つまりあの赤いリングは敵を捕らえ動きを封じる物なのか?)

 実際に見てみないとわからないが、戦う者は卑怯な行いをしない。それは恥であり誇りを失い雇い主の名誉を貶める。だから誤解や錯覚はさせても嘘は言わない。

(リングを使って捕らえる、か。奴のように、身体を締め付け食い込ませるのだろうか)

 ユピネロは靴以外裸で、三本の黒く太いリングを身体に食い込ませていた。とてもいやらしい。しかもそのきつさに恍惚としていたふしがある。

(あの変態。もう会いたくないな……)

 ニエナは傷の痛みにうめく。そして雇い主に命じられた任務に失敗した事で自分を責めた。

(何で今日に限って三人も、会った事の無い奴に会うんだ。会った事がある奴なら対策も出来たのに)

 戦う者の多くは賢者の石を飲んでおり、身体能力も治癒力も高い。殺しきれない。だから戦場で何度もまみえ、少しずつ手の内を明かし暴きながらいつか殺す。

(ああ……面倒くさい)

 いきなり三人もの相手への対策を考えなければならない面倒さにニエナはうんざりする。しかし治癒が進むまで思考以外する事は無い。ニエナはしぶしぶ、面倒な試行錯誤を頭の中で繰り返した。

posted by 二角レンチ at 08:27| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月04日

武器の母(5)王の秘宝

武器の母(5)王の秘宝

 ニエナは傷が治癒した後は帰還し、秘宝閻魔の槌奪取という任務に失敗した報告を雇い主にしていた。

「ほう。運悪く三人も初対面の敵と交戦し、手の内の対策を出来なかったから任務に失敗したと」

「そうは言っていません。任務に失敗したのは私の実力不足です」

 ニエナは自分の雇い主の前で膝をつきながら顔を上げる。

 その男は広い居室で優雅に座っていた。高級で大きくふかふかのイスに深く身体を埋め、酒の入ったグラスを傾ける。

 からんと、氷がグラスに当たる心地よい音色が響く。男は酒を飲み干すと、グラスをテーブルに置きボトルから酒をとろとろ注ぐ。

「少しずつ、だ」

「は?」

「少しずつ、氷に当てながら注ぐんだ。酒はそうして冷やしながら注ぐのが旨い」

「はあ」

「ニエナ。お前も飲め」

「いえ、私は飲みません」

「任務に失敗したんだろう? ならいつものわがままは許されない」

「はい……」

 ニエナはひざをついたまま背を屈め、四つん這いになる。わずかな甲冑しか身につけていないほとんど裸体に近い女が犬のように床に這い顔を上げ舌を伸ばして物欲しそうにする。

「いい子だ。ずいぶんと、理解してきたな」

 男はグラスの縁をニエナの舌に当てる。ゆっくり傾けると酒がとろとろと流れ落ち、ニエナの舌を濡らしていく。舌の上に注がれる酒は飲み下す事も出来ず、舌から顎、首に垂れて白い肌を淫靡に濡らしていく。

「もちろん任務には成功してもらわなければならない。しかし失敗すれば、お前はその時だけ償いをする犬になる。それはそれで楽しみだ。まだ飽きない」

「は、む、ん……」

 舌にグラスをつけられ返事が出来ない。しかし何か言わないといけない。ニエナは酒に舌を焼かれながら何かを言おうとする。

「任務に成功するお前は価値がある。飽きたらペットとしてお前を飼う意味が無い。わかるな?」

「あい……」

 ニエナは目を細め上気した顔で返事する。舌を出したままではうまくしゃべれない。

(酒は苦手だ。ぼーっとする)

 ニエナは雇い主の顔を見上げながらもうろうとする。

 男はすでに三十後半だ。しかし若く見える。二十代のいきがった若造のようだが、とても高い権力を持つ。

 王。この時代は広大な大地に比べ人の数は少ない。人口わずか数千人の小さな国が無数に乱立し、それぞれは領土が離れすぎており、独立している。

 侵略や征服は行われない。王たちはそれを互いに了承している。

 人々は戦いと名誉を重んじる。そして楽しむ。

 血わき肉踊る戦いは見るのもやるのも面白い。単純な戦闘だけでなくあらゆる物で競い合い、戦いを楽しむ。それが人間の、人生の楽しみ方だ。

 戦うには互角以上の相手が必要だ。競い合う相手は隷属した奴隷であってはならない。それでは勝ち負けを楽しめない。だから人々は侵略や戦争ではなく、小国がそれぞれ独立し競い合う闘争をしていた。

 戦い方は様々だ。自ら戦わない王たちは、自分の配下を使って戦いを楽しむ。

 秘宝を奪い合い集める。秘宝は有益なトロフィーだ。小国の王たちは配下にトレジャーハンターを雇い、他の国のトレジャーハンターたちと秘宝を奪い合わせる。

 秘宝を得れば勝ち。奪われれば負け。ニエナの雇い主たる王は、秘宝の争奪戦に負けた事で大層腹を立てていた。

 だからなぶる。武器の母は最も高い戦闘力を持つ人間の一種だ。とても貴重で、普通は一つの国が一人か二人ぐらいしか所有出来ない。自国に生まれた武器の母しか配下に出来ない決まりだからだ。

 ニエナを処分するのは簡単だが、そうするわけにはいかない。

 戦いは互角以上の相手と競い合うから面白いのだ。秘宝の争奪には主に武器の母が投入される。秘宝と武器の両方を同時に活用出来る武器の母に、他のトレジャーハンターではまるでかなわない。

 だからこちらも同じく武器の母を投入せねばならない。武器の母がいないときのみ仕方なく他のトレジャーハンターを投入するが、それが勝つ事などごくまれだ。ほぼあり得ない。

 ニエナは秘宝の争奪という戦いを楽しむために失ってはいけない手駒だった。なにより王には、秘宝を集めなければならない理由がある。ニエナの王はある理由により、それをまだニエナに教えていない。

「俺の名前を言ってみろ」

 王が命じる。しかし舌にグラスを当てられているニエナはしゃべれない。

「ああ、おお」

「酒が足りないか? ん?」

 王はグラスをニエナの舌につけたまま、そこの氷に当たるようにボトルから酒をとろとろと注ぎ込む。それは氷でわずかに冷やされながらニエナの舌に垂れ口の中に滑り込む。

「んあ、あお」

「俺の名前は?」

「ふ、ぐ」

 ニエナは酒が苦手だ。酒は嫌な事を思い出させる。酒好きだった夫を思い出させる。酒がのどに注がれ焼いていくのでむせる。

「ぐっ、げほっ、げほっ」

 ニエナはとうとう耐えきれず、グラスから顔を逸らしてむせる。

「おいおい。いい酒なんだぜ。吐くなよ」

 男はグラスに酒を注ぎ、あおる。そしてイスにどっしり座りニエナをにらむ。

「ひどい夫にひどい目に遭わされたお前を保護してやったのは誰だ?」

 ニエナは床にへたり込み涙目でむせながら、それでも男をにらんで返事をする。

「へ、ヘジリテ様です……」

「どんな奴でも王たる俺の大事な国民だ。殺人は死刑だ。夫を殺した罪深いお前を処刑から救ってやったのは誰だ?」

「ヘジリテ様です」

「ひどい夫を殺したのは誰だ?」

「私です」

「違うだろ。お前の子供だろう」

「私の子供は何も悪くありません」

「じゃあお前が子供に命令して殺させたんだろう」

「違います」

「じゃあどうして武器の子が父親を殺した」

「私が悪いんです。私だけが悪いんです」

「悪いのはお前の夫だろう? お前は悪くない」

「夫は悪くありません」

「お前の出産を見せ物にした夫が悪くないだと?」

「悪く、あり、ません……」

「それに耐えきれないお前のために、我が子が産まれてすぐ母親を守るため武器に変質し、夫と観客どもを殺したんだろうが」

「この子は殺していません。悪いのは私だけなんです……」

 ニエナはボロボロと泣く。もう思い出したくない。なのにこの男は任務に失敗するとそれを思い出す事を強要する。それがニエナにとってただの陵辱や拷問よりもはるかに辛い、最高の罰になると知っているからだ。

「俺に保護され、トレジャーハンターとしての任務を強要され、大勢の敵を殺してきたのは誰だ?」

「私です」

「そんなひどい事をさせているのは誰だ?」

「ヘジリテ様です」

「俺はひどい奴か?」

「ひどくありません。王たるもの、トレジャーハンターを雇い秘宝を集めるのは当然であります」

「どうして俺を殺さない? 殺して自由になれよ。お前は武器の母だ。他の人間よりも強い。お前は一人で逃亡し、生きていける。俺の代わりに王になる事だって出来る」

「武器の母は、王にはなれません。王は戦う者を雇う者。自ら戦う者ではありません」

「そうでもないぞ? まあ、女は王とは言わん。女王だ。王の妻だ。王にはなれん」

「その通りでございます」

「ふん」

 ニエナの一番の傷を抉り、苦しめて泣かせた。任務に失敗した憤りは幾分か晴れた。何度してもニエナの泣き顔はたまらない。他の女を泣かせるより、強い女を泣かせるのは楽しい見せ物だ。

 誇りを重んじるこの世界において、王だけは配下の者の誇りを公然と踏みにじれる。犯罪では無い。国民の誇りを汚すのは王の特権だ。

 ニエナとその子の誇りを汚し、出産を仲間内の見せ物に貶めたニエナの夫は、ニエナが産んだ武器に殺されなくても王が知れば処罰していた。

 武器の母はたしかに単騎としては人間の中でも最強の一種ではある。しかし討伐しようはいくらでもある。無敵ではない。ニエナは王に生かされているにすぎない。

 王は害されない。武器の母が王に逆らう事など出来ない。王は王の秘宝により自らを守る。王以外のいかなる敵をも滅ぼす力を持つ。

 王が侵略をしない本当の理由は、闘争を楽しむためではなく王の秘宝同士がぶつかり合えば互いを害し合い己も滅ぼされるからだ。

 王の秘宝がどのような物なのかは王しか知らない。しかし王に刃向かった反逆者が生き延びた事例は無い。

 王の秘宝は秘匿中の秘匿。王たちは絶対的王者として君臨するために、互いを不可侵とし互いに秘匿し合っていた。

 だからニエナは逆らえない。逆らえば殺される。勝ち目は無い。自分だけならいっそ死んでしまいたいぐらい辛い人生だが、武器として産んでしまったとはいえ愛する我が子を死なせるわけにはいかない。

「今度はしくじるなよ? しかし会った事の無い武器の母が一度に三人もか。しっかり分析しろ。セフィールと言ったな? 王の妻になりながら武器を産むなど聞いた事が無い。そいつはおかしいな」

「何がでしょう」

「王は王だけが使える王の秘宝を持つ。その秘宝の影響で、王族の子はまた王族となる。王がどんな女に子を産ませても、武器の子になるはずがない」

「それは、つまり?」

「不貞だろうな。しかし武器の母は有用だ。たとえ不貞でも死刑とせず、末席の女王として生かしておいたわけだ。女王のくせに国の名を名乗らなかったのは不貞を働かれた王の名を汚さないためだな。まあ調べればすぐわかるが、国の名を誇らしく名乗る事が出来ないのだから負い目があるのは間違いない。次会えばそれを指摘し動揺を誘え」

 ニエナはいくつもの玉を産むセフィールを思い出す。女王である事を誇りにしている風だったが、まさか不貞を働いていたとは。高貴な振りをして権力目当てに王に嫁いだ卑しい女にすぎなかったわけか。

「ノラギヌは剣を一本しか出さなかったんだな?」

「はい。とても長く細い剣でした。それを手放し私が捕らえたら、すぐにその子を見捨てて逃げました」

「ふむ……お前の口のドリルと同じく、そいつも別の剣を隠している可能性が高い。長剣なら対となる短剣を持つかもしれない。そいつの剣の能力は見ていないんだな?」

「恐ろしく切れ味が鋭い事だけです。回転しながら床を滑るだけで、座席などをまるで水のようにすぱすぱ切り裂いておりました」

「切れ味だけか……まさかな。能力が強すぎるなら武器は一つだけかもしれないが、普通は複数個の武器を持つ。そいつの剣が恐ろしい力を秘めているのか、あるいは別の剣を隠しているのか。俺は後者だと思う。あまりにあっさり退きすぎている。剣が一本しか産めないなら、もし追われれば殺される。そこまで弱い奴ではあるまい」

「はい」

 ニエナは舌を巻く。実際に戦った自分より、わずかな話を聞いただけのヘジリテの方が洞察と分析が深い。これぐらい考え対策を練らねばならないのに、ニエナは思考が面倒だから苦手だった。

「そしてユピネロだったな。リングを使う武器の母。双子を産むとは珍しい。武器は普通一人の子だからな。黒い防御のリングと赤い攻撃のリングか。赤い方はそいつが言った通り相手を縛るための物だろう。四つのリングで四肢を縛ればもう敵になすすべはない。戦いに見せかけた拷問が出来るだろう」

「はい」

「閻魔の槌を敵から奪う際にユピネロは閻魔の槌で打たれたはずだ。なのにお前と違ってダメージが少なかった。人を殺すのは何よりも重い罪だ。命を奪えばその命を背負う。命の重さが罪の重さだ。そいつは本当に人を殺した事が無いのだろうな」

「拷問より殺す方がよっぽど苦痛が少ないでしょう」

「拷問は恥ずべき犯罪だ。そいつは観衆のいる前で、拷問ではなく戦いのショーとして演じたのだ。だから出来る拷問は限られている。お前にしたように、攻撃として出来るだけ苦痛を与えて苦しめる。そして相手を殺さず解放する」

「なぜそんな事を?」

「お前の話では頭のおかしい奴らしいな。人を殺す事に興味はないが、悲鳴や悶絶、泣き顔など人が生きて見せる苦しみを楽しんでいるのだろう。命を殺さずもてあそぶ。遊びは遊びだ。殺すのと違い、罪の意識すら無いのかもしれないな」

 それはとても恐ろしい事だ。人を苦しめ傷つけ泣かせるのが楽しいなんて。された方はたまったものではない。

「……恐怖で二度と立ち向かえない。心をへし折り刃向かえなくする。殺し合い逃げられまた出会って殺し合うより確実に敵を排除出来る」

「そうだな。ニエナ。そのためかもしれない。確かに頭がおかしいかもしれないが、そいつは非常に賢い奴だ。そんなイかれた奴を雇っている王も相当イかれているだろう。何をさせるかわからない。そういう予測不可能な原理で動く奴が一番怖い。予想しない手でやられてしまうからな」

 確かに。あの長い柄の槌を振り回して見せておいてから、懐で柄を短く持ちこづく奴だ。あんなのとっさに想定出来ない。対応出来ない。あんな戦い方を常にしている奴だ。リングの力といい最も警戒すべき、最高ランクの強敵だ。

「ニエナ。お前まさか、ユピネロに恐怖していないだろうな」

「はい。大丈夫です。もう一度まみえれば今度こそ奴を倒して見せます」

「そうか。しかしムキになるなよ。お前に命じるのはトレジャーハントだ。秘宝を王である俺の元へ持ち帰るのが仕事だ。敵は退けるだけでいい。無理に倒そうとするな。倒されなければいい」

「はい。わかっております」

「そうか。なら分析はとりあえず置いておこう。立て。任務に失敗した罰の続きだ」

「あの……」

「ん?」

「王には、ヘジリテ様には、妃がたくさんおられるではありませんか」

「またそれか。お前が化粧しないのも、髪を手入れしないのも、俺に女と見られたくないからだろう? しかし強い女を抱くのはきれいだがか弱い女を抱くのとは違う。それにお前は美しい。何を卑下する事がある」

「でも、私は未亡人とはいえ、子供がいます」

「武器だろう? もう武器しか産めない。妊娠しない。何も心配いらない」

「私は」

「もう夫を愛していないのだろう? 未練も遠慮も何もいらないだろう」

「でも……」

「お前はすごくかわいいよ。ひどく当たるのはお前が愛おしいからだ。武器の母は王の妃には、女王にはなれない。王は子を産ませるために何人も妃を娶るのだからな。お前は普段俺を拒否する権利がある。しかし任務に失敗したときだけは別だ。罰として身体を蹂躙されるのは当然の処遇だ」

「う……」

 ヘジリテは顔を赤らめうつむくニエナの顎に手を添え、グラスを傾けるようにして顔を上げさせる。

「愛しているよニエナ。王の愛は潤沢だ。妃が何人いようとも、ただの男以上の愛をお前に注げる」

「ヘジリテ様……」

 ニエナはもう男はこりごりだった。夫は優しかったのに、突然ニエナの出産に友人たちを招いて見せ物にした。もう男なんて信じられるわけがない。

 この男は逆だ。ヘジリテはさんざんニエナにひどい事をしておきながら、後から愛とやさしさを惜しみなく注ぎ込む。女を懐柔し手懐け調教して利用する。

 わかっている。わかっているのに。体内に納めているとはいえ子供がいるのに。ニエナは未だ母である前に女であり、危険でひどくて残酷な王に抱かれる事に悦びを覚えてしまう。

 王の罰はとてもひどい。しかし抱かれるという甘い罰だけはあらがえない。任務に失敗したときの唯一の楽しみだった。

「かわいいよ。ニエナ。本当に……」

 馬鹿で簡単に騙される。騙されているのがわかっていてなお騙されたがるから馬鹿と言うのだ。ヘジリテが言わなくてもそれが伝わってくる。理解出来る。

 わかっているのに騙される。だから馬鹿なのだ。ニエナは自分の馬鹿さ加減にあきれながら、それでもこのひどい男にベッドにつれられるのに抵抗しなかった。

posted by 二角レンチ at 10:33| 武器の母 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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