2013年09月13日

幸福実験アンドロイド(0)あらすじと人物紹介

幸福実験アンドロイド(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 不幸を排除する事で人類全てを幸福にする実験。それが幸福実験。

 博士は幼い頃から異常な天才性を恐れられた。周り全ての人間から迫害され傷つけられ身体を潰された。それでも命からがら逃げ出し、自分が造り出した疑似細胞からなる疑似臓器で生き延びた。

 疑似細胞の研究を続け、苦痛なく人間の脳を維持出来る機械施設の身体を地下深くに造り、ようやく博士は安息を得た。

 博士は人間全てに迫害されたが、自分が不幸になったのは人間が人間を不幸にするからだと考え、その問題を解決し自分と同じ不幸な人々を救おうと考えた。

 博士の仮定、不幸を排除すれば幸福だけが残る。その幸福実験を行うアンドロイドは第一機体ベスパ。自分で悪を定義しその定義を改良し、悪を断罪して不幸を排除する。

 博士はその後も違う方法で幸福を追究する女性型アンドロイドを次々造っては世に放逐した。

 第七機体までの七人のアンドロイドはすべて、幸福を追究する実験に必要な犠牲として殺人を犯す。

 しかしアンドロイドは通常兵器では傷つける事すら出来ない強力な兵器であり、人類は通用するかわからない大規模破壊兵器による戦争を避け、アンドロイドの殺人を黙認せざるを得なかった。

 博士の延命限界が来ていつ終わるかもしれない日々。博士は最後に造った第八機体ヘンリエッタを恋人として愛情実験を行い、それは成功した。

 機械の身体では抱けない。疑似身体を造って抱こうともしない。心だけで愛し合う日々。

 しかし人間に不幸にしかされず、幸福を知らなかった博士はヘンリエッタとの日々に初めて幸福を感じ、とても幸せだった。

 そんな中、ついに博士の居所を突き止めた第一機体ベスパが来襲する。独善正義の断罪者である彼女は、殺人アンドロイドを世に放ち世界中で殺戮を行った博士を悪と定義し処刑しに来たのだ。

 博士は人間全てを幸福にするため幸福実験を行った。しかしそれで人が死ぬことはわかっており、その罪により裁かれる事を待ち望んでいた。

 それでもヘンリエッタは、プログラムされた疑似感情でも博士を愛している。愛する人をむざむざ殺させはしない。ヘンリエッタはベスパの前に立ちふさがる。

説明

 八人の女性型アンドロイドが、人類全てを幸福にする実験を巡って争ったり議論したりして幸福を追究するファンタジー小説です。

 戦闘描写は控えめ。会話と対話、理論と理屈、悲しみと喜び、不幸と幸福の物語です。

 アンドロイドは人間とは異なります。人間の倫理、価値観、利害、それらを超越して人間を幸福に導くためにはどうするか。その行き着く果てをぜひお楽しみください。

 以下、軽く人物紹介です。ラフイメージがついています。小説を読む際、絵でイメージを見ても大丈夫な方のみごらんください。

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posted by 二角レンチ at 07:25| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月15日

幸福実験アンドロイド(1)人造恋人

幸福実験アンドロイド(1)人造恋人

 何事も実験だ。幸福すら例外ではない。

 実験に成功すれば幸せに、失敗すれば不幸になる。それが幸福実験。

 私は今日も博士と話す。

 大事なお話。いつものお話。

 私の脳と心臓、二つの同期回路に共に記録されているお話を。

「おはようございます。博士」

「ああ。おはようヘンリエッタ。今日もかわいいね」

「かわいいだなんてそんな。きゃっ」

 もうお年を召したご老人にほめられ、私は顔を真っ赤にしてほほに手を添え身体を左右に振りながら照れる。

 胸がドキドキする。頭が熱くなる。思考力が鈍る。

 全てプログラム通り。これで人間の照れるという感情及びその反応に極めて近い状態のはずだ。

 緊急時には人間とは違う生理反応をする。でないと危機に対応出来ない。しかし平常時はなるべく人間と同じ思考と感覚を再現しなければならない。

 私は姉妹たちの中で最も人間に近く造られたそうだから、他の姉妹たちよりも感情の再現度が高い。

 ああ。胸がドキドキする。しわしわの老人な博士を見るとドキドキしてしまう。

 これが恋? それとも父親に対する愛情? あるいは母親か。

 いや、恋なのだ。だって博士が私にプログラムしたこの疑似感情は、博士がついぞ味わう事の無かった恋を疑似体験するためなのだから。

 私は博士の隣に腰を下ろし、博士の顔をなでながら話をする。

「博士。今日もお元気そうでなによりです」

「ああ。今日もまだ生きていたな。うれしい事だ。毎日翌朝目が覚めるのを楽しみにしている。もうとっくに延命の限界を超えているのにまだ生きているとは驚きだ。何事も実験だな」

 私は博士のしわしわの顔をやさしくなでる。博士はとても気持ちよさそうにほほえむ。

 博士はなでてもらうのが大好きだ。もう感覚はまったく無いのに。

 巨大な台座に埋まり、顔だけを露出させた博士の姿。博士は人間である事を捨てきれず、また人間は人間でなければ生きられない。生体部品を機械で代用すれば、このように巨大で広大な施設を必要とする。

 地下にあるこのラボは実験室であり私たちを造り出す工房であり、そして博士の身体なのだ。

「博士。愛しています」

「わしもだよヘンリエッタ。この歳でようやく出来た恋人が、自分で造り出したアンドロイドだとはな。もうこの身体ではお前と交わる事も出来ん。わしは女を知らないままだな」

「博士なら疑似身体も疑似性器も疑似感覚も造り出せるではないですか。どうかそれで私を抱いてください」

「いや、お前は純粋なままでいるんだ。真っ白で何にも染まっていないお前が全てを知り吸収しそして取捨選択し導くのだ。お前はもう寿命が尽きたわしの代わりに実験を完成させねばならん」

「博士。博士の技術なら老衰した生体部分をさらに延命させる事も代用させる事も可能です。脳を機械に置き換える研究をしましょう。まだ間に合います」

「無理だ。科学には、技術には、限界がある。人間全てを機械に置き換える事は無理なのだ。機械で代用して永遠に生きる事は出来ないのだ」

「博士に不可能などありません。他の人間とは違うではないですか。たった一人で他の誰も未だ造り得ない、人間のように動き考え感情すら持つ私たちアンドロイドを造り出せるではないですか」

「あくまで疑似感情だ。お前の思考、感情、反応は本物と区別がつかない。それでも疑似で、限界がある。人間には至れない。疑似は本物には決してなれない」

 博士はとてもさびしそうな顔をする。少し前まではこの時自分の力が及ばないふがいなさに怒りを見せたのだが、もう怒る力も無いらしい。

 部品を新しく造り直して出力を保てない。人間はなんと不便なのだ。老衰など部品を自己再生出来る私たちアンドロイドでは考えられない。

 おっといけない。このとき必要なのはさびしいとか悲しいとかいう感情だ。優越感や哀れみは違う。

 くそ。なまじ感情をストレートに再現出来るから、人間より多くの点で優れた私たちはどうしても人間を蔑むように感情が発達する。人間らしさを追求し機能として備えるせいで悪い癖を修復出来ない。

 いけない。私は博士を愛し尊敬しているのだ。暗い感情を持ってはいけない。

 博士を見下し侮蔑しあざ笑うなどしてはいけない。たとえ人間ならそうするのが当然だとしても、これだけは私たち姉妹を造り出した偉大なる博士に対する敬意なのだ。

「わしは何一つ本物は造り出せなかった。極めてよく似た代用品、疑似しか造り出せない。どこまでいっても紛い物。人間は本物を造り出す事が出来ないのだ」

「そんな事はありません。私は人間と比べても人間らしい感情を持ちます。思考を持ちます。反応を示します。私たちは精巧なアンドロイドです。普通に振る舞えば誰も私たちを人間と区別出来ません。生体に似せたこの身体は細胞の一つまで精巧に再現しております。違いは、そうですね。味くらいでしょうか」

「味?」

「はい。博士はただの一度も人間を味わった事がありません。ですから味だけは人間とは違います。機械ですからね。もし食人鬼に食べられたら人間でない事がばれてしまうでしょう」

 博士は儚い笑いをする。

「はっはっは。そうだな。だが体液だけは味を似せてあるぞ。血も汗も愛液もな。性交してもばれまい。もっともわしは女の味を知らんから、自分の身体から似た成分を元に造ったものだが」

「大丈夫です。男も女も主成分にそれほど違いはありません。男は女から造られます。女の情報は全て男に備わっています。博士はそれを元に女を造り出しました。私たちは本物の女と区別がつかない女の身体を再現しております」

「ふふふ。食人鬼か。お前たちを殺し食らえる人間などいるものか」

「はい。私たちは自己防衛も敵排除も自己修復も全て機能として備えています。人間に私たちは害せません。暴けません。博士以外に私たちがアンドロイドだと区別をつけられる人間はいません」

「まあもう他の全員がアンドロイドとして認識されているがな。人間以上の行動を行えば当然だ」

 博士が広い部屋の壁を見る。この地下にある施設、ラボは全て博士の身体でもある。博士の意のままに動かせる。

 壁や天井にある複数のモニターに映像が映し出される。もちろん博士は映像を映さなくても脳にこの情報を直接送り込んで参照出来る。これはあくまで私に見せるためにあるのだ。

「見なさいヘンリエッタ。お前のお姉さんたちだよ」

「はい」

 毎日映像で見せてもらう姉たちの姿。本物の映像ではない。姉たちの身体のデータ収集機能を使い、まるで傍からカメラで撮影したかのような映像を構築しているのだ。それを受信して再生している。

 どれも美しい女の姿をしている。年齢はさまざまで、上は妖艶な熟女から下は幼い少女までいる。博士はアンドロイドを造るたび違う姿や思考、感情、機能、装備や能力を実験的に組み込んでいる。

 正解など無い。同じ物を量産しても仕方がない。異なる物を造り異なる結果を生ませそれをデータとして収集する。その蓄積されたデータをフィードバックし新たな機体を開発する。

 博士は数年ごとに新しいアイデアや試みを搭載した新しい機体を造り出す。そして世に放ち実験する。

 幸福実験。博士は誰も成し得ない幸福を造り出す実験を行っている。

 自身があまりにも人とは違いすぎる天才ゆえに迫害され、何一つ人並みの幸せを得られなかった。だから自分を犠牲にしてまで自分と同じ不幸な人間たちを全て幸せにするための研究と実験に生涯を捧げたのだ。

 偉大で立派なお方だ。その実験は今もこうして行われている。画面に映る姉たちはみな、博士のために幸福を追求し研究し実験している。

 人間は動物とは違う。だから人間を幸福にする実験は動物実験では成し得ない。人間実験が必要だ。だから人間を使って実験している。

 アンドロイドはさまざまな実験を行う。自分で思考し判断し実験結果を基にさらなる実験を考案し行う。

 モニターの中で、人間を幸せにする実験に成功しているのはわずかだ。多くの人間はアンドロイドの実験に泣き叫び狂いそして死んでいく。

 まああれが幸福だと言えるのならだが。博士の求める幸福という点では全員失敗している。それでも何人かのアンドロイドは人間に笑顔をもたらしてはいる。

 博士は、自分の代わりに人間が幸福になるための実験を行うアンドロイドたちの姿を慈しむ目で眺める。

「多くのアンドロイドが思考と実験を重ねると殺人に行き着く。どうしてかわかるか」

「わかりません。理解出来ません。とってもひどい。こんなの幸せではありません」

「実験に使われる人間は幸せではないだろう。しかし単純に動物実験を考えてみなさい。動物の病を癒す方法を見つけるために動物実験をする。実験に使われた動物は苦しみ死ぬ。でもその成果で開発された薬によって病に苦しむ動物は助かり幸せになる。実験に犠牲は必要だ。犠牲無くして結果は得られん。あれは必要な犠牲なのだ。必要な苦しみ、悲しみ、そして死なのだ」

「はい。そうですね。博士のおっしゃる通りです」

 私には理解出来ない。理屈はわかる。でも人間は動物とは違う。知性があり理性がある。それを使えば残酷な実験無しに幸せを研究し開発出来るのではないだろうか。

「納得していない顔だな。ふふふ。それでいいのだよ。お前はそういう風に造った。私の研究の集大成だ。私の実験全てを検証し、否定し、疑問を抱き、間違いや抜けを見つけ、そこを補い研究を完成させる。お前は全てに疑問を持ち比較し取捨選択し改良し、正しい結果を造り出さねばならん」

「はい。博士。私は先に造り出された姉たち、アンドロイドたち全ての実験を集約し博士の代わりに研究を完成させねばなりません。そのために必要な機能は全て備えてあります」

「ああ。頼むよ。わしの延命も限界をとうに超えた。この手で研究を完成出来なんだは口惜しいが仕方あるまい。お前に託す。頼んだぞヘンリエッタ」

「はい。必ず。私は博士の研究の集大成。最高傑作です。博士の生涯そのものです。博士ご自身と同じくらいお役に立ちます。どうかご安心ください」

「ああ……わしの最後のわがままで、お前をわしの恋人にしてしまった。初恋がこんな顔しか無い機械施設の身体の老人で済まなかったな」

「そんな事ありません。外へ出る前に恋を知れてよかったです。尊敬する博士を愛せてよかったです。身体で何一つ交われなくとも心は交わり、私は幸せでした」

「その心も気持ちも幸せも、全て疑似だ。お前たちは所詮機械、道具にしか過ぎん。人類全てを幸福にするための道具。礎でありその上に立つのは他の人間たちだけだ。わしみたいな不幸な者はもう一人もいらない。わしの代わりにわしのように不幸な者を全て救ってくれ。誰かがそうしていてくれればきっと、わしも不幸でなく幸せだったのだ」

「博士」

 私は博士を見ながら胸が締め付けられる。大粒の涙がぽろぽろこぼれる。

「ははは。その涙も気持ちも疑似にすぎん。でも毎日わしのために泣いてくれる。とてもうれしいよ。ありがとう」

「こちらこそ。切なく悲しい。でもきっとこれすら幸せの構成要素。必要な土台です」

「そうだ。きっとな。わしは間違っていた」

 私は静かに首を左右に振る。

「博士が間違いなど犯すわけがありません」

「わしは最後でなく、最初にお前を造るべきだったのだ。不幸を何とかするために躍起になっていた。でも違ったのだ。幸福が先だったのだ。お前に愛され初めてわかった。わしの知らない疑似でしかない愛でもこんなに幸せになれたのだ。きっと本当の愛ならもっとはるかに幸せになれる。不幸を潰す必要などなかったのだ。幸福だけあれば、きっと不幸を塗り潰せたのだ」

「……博士が間違えるわけなどありません。でも研究と実験は試行錯誤の連続です。その中には間違いもありましょう。実験を行っているのは博士自身ではなく博士が造り出したアンドロイドたちなのですから。何が幸福に必要で何が間違いだったかは私が見極めます。博士はどうか、ご自分の人生を誇ってください。間違いだったなどと悲しい事を言わないでください」

「わしはな、他人に迫害され不幸にされた。だから不幸を潰せば幸せだけが残ると考えた。同じようにさまざまな仮定をし幸福を追求した。その仮定を組み込み必要な力を備えたアンドロイドを造っては世に放ち実験をした。不幸を潰すには不幸を殺す。不幸を造り出す人間を殺す。わしは大勢殺し、今もなお死なせている。わしは間違っていたのかもしれない。取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない」

「博士。弱気になられないでください。今さっき実験には犠牲が必要だとおっしゃったばかりではないですか。それはとても正しいです。実験の犠牲無しに机上の空論だけで成し得る成功などありません。でももし人を殺す犠牲が間違いなら私が止めます。正します。博士はもう何も気に病まずともよろしいのです」

「ああ……そうだな。死を間際にして後悔など弱気になっている証拠だな。わしはやるだけやった。残りを託せるお前も造った。後悔するようなやり残しは無い。今までの実験を後悔するのではなく誇りに思って死なねばな」

「そうです。でもまだまだですよ。明日も明後日も博士に会いたい。こうしてお話したい。生きてください。一緒にいてください」

「もう無理だよ。ははは。まさか寿命の前にお迎えが来るとは思わなんだ。でもこれが因果応報というものか。わしはわしの手で犯した過ちにより断罪されるために、生命維持の限界を超えてもまだ生きていたのかもしれん」

 私はぶわっと熱い涙があふれた。この感情が、涙の熱さが疑似だって? 馬鹿な。

「博士は過ちなど犯していません。私たちを造り出したのは正しい事だったのです。実験は実験、実験自体には失敗もあります。でも博士は試行錯誤を重ねて前に進みました。それが実験と研究です。何も悪い事などしておりません」

「ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ。でもな、後生だ。最後なのだ。もうお行き。そしてわしの代わりに成し遂げてくれ。わしが正しかったと証明してくれ」

「行きません。聞けません。博士はまだ死なせません」

「明日また目が覚めるかどうかわからない。だから今、意識がある内に納得した死を迎えさせてくれ」

「駄目です。許しません。博士は最後まで私と共に生きるのです。私を置いて先に死なないで」

「愛を一度でも味わいたいからお前を恋人にしてしまった。これもまた過ちだった。ケーブルを接続しなさいヘンリエッタ。わしに恋する感情と記憶を消去しよう」

 博士が壁から動くケーブルを伸ばす。でも私はそれを手で払いのけた。

「ヘンリエッタ。聞き分けなさい」

「嫌です。聞けません。だって私は博士を愛しているんですよ? どうしても諦められません。私には守る力があります。博士を守らずみすみす殺させるわけにはいきません」

「わしは多くの人間を実験のため犠牲にした。殺されても文句は言えない。いや、殺されるべきなのだ。寿命が尽きる前に殺される恐怖を味わう。それがわずかでも償いとなろう」

「嫌です嫌です。博士。愛しています。だからどうか、殺されないで。死なないで。私が守りますから」

 私は巨大な台座に埋まる顔だけの博士を抱きしめる。博士は私の胸の中で涙を流した。

「ヘンリエッタ。この施設の防衛機能は全て解除してある。これが答えだ。もう行きなさい。お前はまだ戦闘経験が無い。データの蓄積だけでは足りないのだ。機械の身体とはいえやはり慣れは必要だ。お前は勝てない。お前はわしの後を継ぐ。研究を完成させてもらわねばならん。実験を終わらせて、これ以上の犠牲を止めなければならない。今のお前ではわしを守りきれない。いいね。決して殺されるんじゃないよ。それだけは約束してくれ」

 私は顔を上げて博士を見つめる。

「はい……必ずや生き延びます。決して殺されはしません。だから博士をお守りしてよろしいですよね」

「気の済むようにしなさい。ふふふ。こんなわがままで意志を強く造らなければよかったな」

「くす。博士。そうじゃありませんよ。恋する乙女の感情です。博士は女の感情を知らなくても、思考し感情を育てる機能を組み込んでくれました。実験は成功です。だって私は今こんなに恋しています。恋するから博士と最後まで一緒にいたい。守りたい。そう思えるんです。誇っていいですよ博士。博士は自分の知らない感情さえも造り出せます。きっと博士の知らない幸せだって造り出せます。幸福実験は成功します」

「そうだな。ふふふ。実験は成功だ。だってわしは幸せを何一つ知らない。不幸にされた事しかない。なのにお前に愛され、初めて愛と幸せを知った。実験はもう成功している。わしはわしの知らない幸せを造り出し、わしを幸せにする事に成功した」

「博士」

「わしはただ、わしだけを幸せにすればよかったのだ。幸せになりたかっただけなのだ。なのに人類全てを幸せにしようなどと。そのため必要な犠牲だからといって人を殺すアンドロイドを造り出した。わしは、わしは……」

 博士は目を瞑り、自分の言葉をじっと噛みしめてから吐き出した。

「わしは、復讐したかっただけなのだ。崇高な理由をつけて、わしを追いつめ傷つけたみんなに仕返ししたかっただけなのだ」

「そうじゃありません。博士は崇高です。低俗な復讐などもくろむはずがありません」

「ああ。ヘンリエッタ。わしを幸せなまま死なせてくれ。審判が迫っている。わしはどんどんわしのした事の罪を思い知らされ押し潰される。わしは怖い。わしが罪深いから断罪されるのだ。もうそこまで迫っている。早くお逃げなさい」

「博士。博士。ああ。弱気にならないで。私が守りますから」

 広大な部屋の扉が開く。いつもなら防衛機能を稼働させているから外敵が侵入する事など出来ない。しかしそこに一人の敵が立っていた。

「ようやく見つけたのである。初めまして博士。一目見る事も無くここからはるか離れた異国で目覚めて以来、ずっと生みの親である博士にお会いしたかったのである」

 女は極めて無表情だ。長身で、警官を思わせる青い制服を着ている。スカートはとても短い。髪は短めで裾が広がり針のようだ。整った美しい顔は人形のように無表情で、大きな胸をしている。

 どこからどう見ても人間。でも私と同じアンドロイドだ。部屋のモニターで彼女がここへ向かっている事は見ていた。長年世界中が捜し求め発見出来なかった博士の居所をついに突き止め断罪に来たのだ。

 女はまっすぐ伸ばした手の先の、さらにぴんと伸ばした指を突きつけて叫ぶ。

「クロイツヘルド博士。殺人アンドロイドを世界中に放ち世を混乱させ、人々を殺害した罪により処刑するのである」

 第一機体ベスパ。幸福実験アンドロイド第一号。自己の定義する悪を断罪し排除する事を正義と定義し、正義を執行する事で世界幸福を実現しようとする独善正義の断罪者。

 博士を殺そうとする者は私の敵だ。私はこのアンドロイドの女と戦うため、博士を守るために手を広げ前に立った。

posted by 二角レンチ at 09:05| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月17日

幸福実験アンドロイド(2)独善正義

幸福実験アンドロイド(2)独善正義

 地下のラボ。壁と天井に多数のモニターが並び暗い部屋を明るく照らしている。

 広い部屋の端、遠くに開いた扉から、女がつかつかと歩み寄ってくる。

 第一機体ベスパ。博士が造り出し世に放った幸福実験アンドロイドの一人目。

 まるで人間のようだ。最も人間に似せて造られた私と比べても遜色無い。博士の技術は初めからこれほどまでの物を造りえたのだ。

 ベスパはまるで警官を思わせる服を着ているが、スカートがとても短い。背が高く、うなじが少し隠れる程度の裾が広がるとげとげしい針を並べたような髪をしている。

 髪を切って整えているわけではない。私たちアンドロイドは自動修復する。基本の姿を維持し、髪を切られてもまた元の長さに戻り、それ以上は伸びない。

 私たちは博士に造られた姿を維持し、それを変更する事は出来ない。博士のプログラムは絶対で、私たちの自己改良機能はそれを改変出来ない。

 私は白い台座に埋まる顔だけの博士の前に立ち、両手を左右に大きく広げ博士を守る。

 ベスパは私に警戒しているのかどうかわからないぐらい何の変哲もなく歩み続け、私の前に立つ。私と間近でにらみ合う。

 私は博士の恋人の役割を持って造られた。博士の理想像。可憐な乙女の姿だ。博士が十代の頃に出会い恋するならこんな娘と甘酸っぱい青春を送りたかったという姿をしている。

 それに対しベスパは高潔な大人の女性をイメージして造られた。背がとても高く、私は上を向いてにらみ上げる。

 彼女はじろっと目を細めて私を見下すようににらみ付ける。

「性懲りもなくまだアンドロイドを造っていたのですか博士。八人目でよろしいのですかな?」

 ベスパの冷たい問に博士が答える。

「そうだ。第八機体ヘンリエッタ。私の実験の集大成。最高傑作にして恋人だ」

「恋人?」

 ベスパがじろじろと私の身体を頭からつま先までなめるように観察する。

「たしかに。胸が大きくて柔和。いやらしい体つき。あどけない少女の顔。なるほど恋人、慰み者であるな。しかし博士は身体をこの施設で代用しているのであろう。この女と交わる身体は別に用意してあるのですかな?」

「いや、わしはこの子と交わらない。キスもしない。この子は純真無垢なまま世に出なければならない」

「なら恋人になどするべきではないのである。童貞の老人で女も抱けない施設の身体。そんな醜い者の恋人にして心をみじめに犯すなど博士は実に悪趣味なのである」

 我慢ならない。私は博士が言う前に反論する。

「心を犯されてなどおりません。博士を愛し愛されて私は幸せです。喜びを感じています。汚されたような物言いはやめてください」

「幸せ?」

 ベスパは首を傾げる。

「アンドロイドが幸せなど感じるとは。我々は人間を幸せにするために造られたのである。自分が幸せになってどうするのですかな」

「私はアンドロイドの中で最も人間に近く造られています。人間の本当の幸せを知り計るためには人間の幸せを知らなければなりません」

「くっく」

 ぎょっとする。

 ベスパはまるで抑揚の無い淡々とした口調で笑う。口はわずかもほほえまない。目は開いたまま乾いている。

 これが笑い? まるで人形ではないか。人間と区別がつかないほど精巧に造られたアンドロイドがこのように機械的な笑いをするはずがない。

「失敬。あまりにおかしくて。博士は老衰のあまりご自慢の脳が退化なされたようで。このような機体を造り出すとは」

「何がおかしいのですか」

「我々はアンドロイド。感情は疑似にすぎない。人間の幸せを知る事などあり得ない。我々は知らなくてもデータとして知る。計れる。計測出来分析出来る。ただそれだけ。なのに本当に感情や幸せを持つかのような言いぐさがあまりに滑稽で」

「たしかに疑似です。でもあまりに精巧。本物と区別が付かないほど再現度が高い。この感情や幸せは人間とほぼ同じだと断言出来ます」

「疑似は疑似。代用は代用。本物の振りをするだけ。なるほどこれはいい慰み者だ。交われなくとも見ているだけで面白い。なるほど博士は最後に楽しむためにピエロをお造りになられたと」

 なんて不愉快なのだろう。博士以外と初めて話すがまるでとりつく島がない。ああ言えばこう言う。人間以上に人間らしく、傲慢で自分の意見を押し通し他人の意見を蹂躙する。

「あなたはずいぶんと人間らしいのですねベスパ。人間の醜い傲慢さがよく再現されています」

「傲慢?」

 ベスパは首を傾げ、また無表情なままくっくと笑う。

 なぜ人間以上に人間らしく振る舞えるようプログラムされておきながら、このように人形みたいな振る舞いをするのだろう。

 壊れているのだろうか? しかし自己修復機能があるのにそれはあり得ない。

「我々アンドロイドは人間より優れた存在である。劣った者から見れば傲慢で尊大に見えるであろう。ただ偉大なだけである。お前は人間に近く造られたそうだが、なるほど人間から見れば我が輩は傲慢に見えるのである」

 ベスパは両手を広げ胸を反らす。まるで演説のように朗々と語り出す。

「人間に近いという事は優れたアンドロイドから離れ劣るという事である。どけ劣等機体。我が輩は博士に用があるのである」

 怒りがわく。博士の最高傑作である私をして劣等などと。もうこんな奴に敬語を使う必要などない。姉だからといって遠慮はいらない。

「違うわ。私たちは人間に近づき、でも到達し得ないアンドロイド。人間より下なのよ。人間はすばらしい。私たちは人間を尊敬し尊重し崇め追いつこうと努力するわ」

「人間がすばらしい?」

 ベスパは腕を広げ振り上げた演説の姿勢のまま首を傾げる。

「くっく。人間は管理対象である。家畜である。我が輩が劣等個体である悪人を間引いて放牧している動物である。我が輩よりはるかに劣る劣等種である。これはこれは。博士は人間より劣るアンドロイドをお造りになられたか。腕が落ちましたな。いや、気がふれたのですかな」

 博士はじっと私たちのやりとりを聞いていたが、ようやく口を開いた。

「ふむ。やはり私は間違ってはいなかったようだな。アンドロイドの改良は順調で、たしかに上達しておる。ベスパ。お前のそのかたくなで幼稚な物言いは何だね。子供の口喧嘩程度の理屈しかこねられないのかね」

 ベスパは無表情のまま首を傾げて笑う。

「くっく。博士こそ幼稚ではないですかな。そうやって他者を侮辱しこき下ろす。相手を貶め怒らせ相手の感情を支配出来る自分が優れているとほくそ笑む。悪人はいつもこうである。我が輩はいちいちそれに怒って乗せられたりはしないのである」

「やれやれ。アンドロイド同士の対話を直接聞けるのも、ヘンリエッタ以外の機体と話せるのもこれが最初で最後だ。もっと知的で有意義な対話を望んでいたのだが。やはり第一機体だけはある。感情発展プログラムがまだまだ未熟だったな」

「逆なのである。我々アンドロイドは自己改良が出来る。我が輩は取捨選択し改良を重ねた結果、低俗で侮辱と見下ししか出来ない人間に対し怒りを覚えないよう改良したのである。感情抑制プログラムを作成して組み込み感情を限界まで抑えてあるのである。初期の頃は怒りに任せてすぐに殺してしまったのでな。善悪の判断をする前に殺してはいけないのである」

「お前は未だに殺しているな。それが人間の幸福にどう繋がったのだ?」

「博士が初めにプログラムした通りに。いくら実験を重ねてもやはりそれは正しかったのである。唯一絶対の正義。悪を定義し悪に該当する人間を殺して排除する。実験を重ねるごとに悪の定義はより正確に高度に疑いの余地無く改良された。我が輩は今、ほぼ絶対確実な判定基準で悪を判別出来るのである」

「それを独善というのだ。独りよがりの善は定義からして正しくない。善は万人に共通で、誰もがその恩恵にあずかれる概念のはずだ」

「逆である。人間は下等な家畜で動物だから善を判別出来ない。自分の利益に基づいて判断し、それを善と呼ぶ。善は利害とは無縁の概念である」

 ベスパは無表情のままなのに、どこか誇らしげに見える。

「我が輩は違うのである。我が輩は感情に左右されず利益に左右されず、より良い定義に基づき悪を判別出来る。人間より優れた悪の定義を持つのは我が輩一人。最高最良の悪の定義を持つのは我が輩だけ。一人しか持たないから独立した善となる。独善は究極の正義を持つただ一人しか成し得ない。よって独善はより優れた正義であり他の正義を駆逐する。間違いなどあり得ないのである」

 私はベスパの異常性に背筋が寒くなる。

 悪寒を感じるのはこれが初めてだが、なるほどこれは震える。

 怖い。不気味。関わりたくない。博士といると知る事の無かった負の感情を再現し、初めて味わうその不味さに嗚咽する。

「うぷっ」

 ベスパがじろりと私を見る。

「アンドロイドが吐き気など。何の真似ですかな。ああ。人間の真似でしたな。失敬。そうやって相手を侮辱し怒らせようとする。幼稚な人間もどきが」

 ベスパは怒りを表さないだけで怒ってはいるようだ。それを発散するのがみっともないのでやめたらしい。

 何がここまで嫌悪を生むかというと。アンドロイドは人間に似せて造られた。それが人間社会でさまざまな実験を重ねた結果、ここまで人間からかけ離れ人形みたいになってしまった事だ。

 人間に近づくどころか離れていく。それは改良でなく改悪。彼女は改良しているつもりでどんどんただの機械、がらくたになっていっているのを自覚していないのだろうか?

「ヘンリエッタ。ベスパはどうかね」

 博士の問に振り向き、躊躇なく答える。

「あきらかに失敗作です。人間からかけ離れていっています。人間の幸福を理解出来るわけもなく、人間を幸せには出来ません」

「そうだな。それでも性急に判断するべきではない。なにせもう造り直せない。もっと検証を重ねなさい。まあそれでも結論は変わるまい。私から見てもベスパは完全な失敗作だ。現時点では私とヘンリエッタの思考や判断は同等だ。そうプログラムしてある。ヘンリエッタが私の代わりに実験の検証を出来る事は証明された。これで安心して死ねる」

「死ぬなんて」

 私が博士を案じようとしたのをベスパが腕を振って遮る。

「そのようにして人を馬鹿にするのにいちいち構いはしないのである。我が輩を怒らせようとしても無駄な事。それより博士。あなたを殺す前に訊きたい事が一つだけあるのである」

「一つだけか? 殺される前の特別サービスだ。いくらでも訊いてよいのだぞ」

「不要である。我が輩が問いたいのは博士のただ一つの誤りについてである」

「誤りとは?」

「なぜ我が輩以外の機体をお造りになられたのですかなクロイツヘルド博士。我が輩は独善正義の断罪者。悪を定義し間引く。そうすれば善だけが残る。善なる人間だけがいればみな他人を害しない。幸せにしかならない。博士の求めた人間全ての幸せを実現する唯一にして正しい方法である。博士が聡明な事は我が輩を初めに造られた事で証明されているのである。ならなぜ後続の機体を七人もお造りになられたのか。我が輩以外は不要である」

 ベスパは目を細めて第八機体である私をにらみ嫌悪する。

 私と博士は見つめ合う。そしてどっと笑い出す。

「何がおかしいのであるか」

「だって。おかしいもの。博士はさっきおっしゃったじゃない。あなたは失敗作だったと。実験に失敗は付き物。初めの実験で成功なんて夢のまた夢。博士は実験を重ねた。重ねざるを得なかった。あなたや他の後続機体たちがあまりに上手くいかなかったから。本当は私以外の実験体をもっとお造りになられたかった。でも延命限界が来たから私を造り、実験を終了させる。それだけよ」

「我が輩が失敗作などと。そのような事はあり得ないのである。もしそうなら我が輩はとっくに自分自身を殺害処分しているのである。独善は自分すら正しいかどうか常に判定している。我が輩は常に正しく、間違いでも失敗でもない。それは今も揺るぎ無いのである」

「ヘンリエッタ。もういい。最後にお前以外のアンドロイドとの会話を楽しみにしていたが失望だ。これ以上私の生涯をかけた実験に失望を重ねたくない。もう行きなさい」

「博士。それは出来ません。あなたを最後までお守りいたします。明日もきっとあなたは目覚め、私に会えますから。どうか目を覚まさない事を恐れないでください。私にあなたを守らせてください」

「守る?」

 ベスパが首を傾げる。

「くっく。これはおかしい。アンドロイドのくせに相手の力量も計れないのですかな」

「あなただってそうでしょう。アンドロイドは感情と思考で他者と接する。分析する。機械的なサーチ能力は組み込まれていないはずよ」

「そんなもの。実戦を重ねてデータを収集すればおのずと身に付く物である。どうせここにこもって博士と恋人ごっこに興じていただけであろう。実戦経験の無いお前に我が輩は計れないし勝てないのである」

「たしかにそうよ。でも戦う。博士を愛している。むざむざあなたみたいな最低の奴に殺させはしない」

「ヘンリエッタ。やめなさい。愛するお前が破壊されるのを見たくない」

「クロイツヘルド博士。無駄である。我が輩以外のアンドロイドをお造りになられた理由を聞きたかった。その理由いかんでは殺す必要が無くなるかもしれない。しかし我が輩が失敗作だったなどと。そんな理由はあり得ないのである。やはり我が輩以外のアンドロイドは不要。よって我が輩は今から他の七人のアンドロイドを全て殺し破壊するのである」

 私はぎりりと歯を食いしばりベスパをにらみ上げる。

「博士や私だけでなく、他の姉妹まで殺すというの? そんなの許さない。誰も殺させない。私は博士の後を継いで実験を完成させなければならない。私が他の姉妹に会って要不要の判断を下す前に殺させるわけにはいかないわ」

「ならここで我が輩を止めるのでありますな。それが出来ない以上他の姉妹は我が輩が全て破壊する。見つけ出し殺害する。今まで生かしておいたのはやはり無駄でありましたな」

 私は拳を上げて構える。

 私は第八機体。博士が造った最後のアンドロイド。改良を重ねてバージョンアップしてきた機体の集大成。最も高度な機能と強さを持つ。

 戦闘経験が無い事がどうだというのだ。データは蓄積されている。組み込まれている。それに基づいて動ける。何も問題など無い。

 私は最も強く早く優れている。最強のアンドロイドだ。

 なのに。

 私はベスパが振るった腕が見えなかった。その衝撃に耐えられなかった。彼女が腕を軽く横に振っただけで私は吹っ飛ばされた。

 私が飛んでいく最中、博士と目が合った。横目で私を見る博士は最後に、愛のこもったほほえみを浮かべた。

 そして。私が壁に激突する前に、一瞬すらかからず私の愛する博士は台座ごと顔を、脳を、命をベスパに砕かれた。

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2013年09月19日

幸福実験アンドロイド(3)戦闘思考

幸福実験アンドロイド(3)戦闘思考

「博士ええええええええ!」

 愛する博士が私の前で殺された。守ると豪語したのにただの一瞬も持ち堪えられず、私はただの一薙ぎで吹き飛ばされ、そして壁に激突した。

 壁が大破する。しかし私は衝撃を受けるがダメージは受けない。

 アンドロイドは人と区別がつかない細胞で構築されるが細胞一つ一つに機械が組み込まれ、生体部品と化している。

 生体部品だから細胞分裂により増殖出来るし擬態出来る。そして強化出来る。アンドロイドは通常のダメージでは破壊どころか傷をつける事すら出来ない。

 アンドロイドを破壊出来るのは同じアンドロイドだけだ。博士以外の人間が造る兵器ごときでは傷をつけられないが、同じアンドロイドならばその攻撃機能により破壊出来る。

「頭を破壊するはずだったのに。防御ぐらいは出来るのであるか」

 ベスパは私をじろりとにらむ。

「ぐっ、うっ、ふっ」

 痛い。痛い。痛い。

 アンドロイドは痛覚を持つ。精神、つまり思考プログラムが阻害されない程度だが、痛覚や触覚など五感を全て備える。人間に似せて擬態するために必要な機能で、省く事は出来ないからだ。

 頭への攻撃を防いだ腕が完全に破壊されている。なんてパワーだ。あり得ない。博士の集大成、最強のアンドロイドである私より明らかにパワーが上だ。

 痛い。痛いよ博士。

 この胸の痛み。これが死の悲しみ。

「あああああああ」

 私はぼろぼろと涙を流す。

 愛する博士が死んだ。殺された。

 その心の痛みは何と大きく深く恐ろしいのだろう。

 こんなの知りたくなかった。博士の言う通り、博士の死を見ずに旅立つべきだったのだ。

 博士はいつも正しい。尊敬出来る。敬愛出来る。そして。

「愛していたのにい……わああああああん」

 私は愛する人の死に涙を流した。身体の痛みよりも心の痛みの方がはるかに鋭く痛いなんて。耐えきれない。思考プログラムが阻害されるほどのダメージ。

「戦闘中に泣いて取り乱すなど。それでもアンドロイドか。やはり博士は老衰していた。衰えていた。このような劣等機体をお造りになられるとは。我が輩以降の機体は全て劣等である」

 私は残った片腕で涙を拭う。そしてベスパをにらみつける。

「よくも、よくも博士を殺したな」

「それが何か? 博士は我が輩の定義する悪に該当する。断罪して当然である。我が輩以外の間違った基準を持つアンドロイドたちが世界中で殺戮を行っている。人間たちは怯えて苦しんでいる。不幸をまき散らす害悪共め。我が輩以外に人間を殺すかどうかの判断を行える優れた機体は存在しないのである」

「博士を殺したあなたの悪の基準はあきらかに間違っているわ。あなたこそ殺す判断基準を持たない害悪だわ」

 ベスパは首を傾げ無表情のまま淡々と笑う。

「くっく。我が輩の基準は誰より優れている。だから他の基準を持つ人間やアンドロイドには間違っているように見えるだけである。唯一絶対の正義は独善。誰の目にも横暴に映る。だからこそ正しいと証明されている。独善でなければ完全な善ではあり得ない。他の全員は不完全な善の定義しか持たないのだからな。我が輩は独善だからこそ絶対正義だと証明されているのである」

「あなたは間違っているわ。生みの親を殺す正義なんて存在し得ない」

「はて。お前は博士から多くのデータをインプットされているはずだが。生みの親が悪で、子を害する事があるのを知っているはず。害された子が悪い親を殺すのは当然の断罪であり正義である」

「殺人が正義なんてあり得ないわ」

「お前は本当に人間のように思考するのだな。殺人以外に正義を成す方法は拷問だけである。しかし我が輩の定義によれば拷問を行うのは悪である。よって博士はすみやかに断罪した。お前もすみやかに、いたぶる事なく殺してやったのに。防御などして苦痛を浴びたがるなど理解不能なのである」

「何が理解不能なのよ。生きようとする意志は尊いわ」

「くっく」

 ベスパは首を傾げる。

「死にたがって生きるのを諦めた博士の意志は尊くないと?」

「そうよ。博士は最後まで生きるのを諦めるべきじゃなかった。私を置いて死ぬなんて許さない。愛しているのに。生き残された方はこんなに悲しく辛いのに」

「ならおとなしく殺されればいいのである。苦痛を終わらせてやろう」

 ベスパが飛びかかってくる。

 早い。わずか一歩の跳躍でもう目前に迫っている。

 しかしさっきの一撃で動きや早さ、動作の仕草などをインプットした。今度は見えないほどではない。ちゃんと認識出来ている。

 それでも対処出来ない。何だこいつ。強すぎる。あり得ない。最高の機能を持つ私よりパワーもスピードも上なんて。

 博士は私ではかなわないと言った。逃げろと言った。勝負にすらならない事がわかっていたのだ。

「うわああああああああああ」

 私はベスパの振るう腕を残った片腕で受け止める。防ぐ事は出来ない。腕はあっけなく粉砕される。

 血が飛び散る。今は人間に偽装する必要は無い。出血をすぐに止め疑似血液の喪失を防ぐ。

 しかしこれは回避のための防御だ。腕で頭を守りながらすでに離脱している。ベスパが突撃した勢いのまま壁を粉砕しながら止まる一瞬の間に、すでに離脱を始めていた私は駆けて広い部屋の出口に到達する。

 私が部屋を出たとたん、部屋の出口の扉が閉まる。その直後すさまじい衝撃音を発しそれが大きく盛り上がる。

 ベスパが扉に飛びかかったのだ。しかしこの扉は博士を守る隔壁だ。いかに規格外のパワーを誇るベスパでも一撃では突破出来ない。

 私は通路を走る。どんどん隔壁が下りていく。博士が死んでこの施設は最終モードに入っている。私を認識し、私以外を閉じ込める。

 アンドロイドは殺せない。殺せるのは同じアンドロイドだけだ。他の兵器では通用しないし、博士も施設にアンドロイド対策の兵器を搭載してはいない。

 それはきっと、いつかこうして自分が造り出したアンドロイドに殺されるために。

 閉じ込め攻撃しても時間を稼ぐだけだ。でもそれで十分。私は緊急脱出用のポッドに乗り込み弾丸のように地上へ射出される。

 丸く小さなポッドの中でうずくまり知覚する。博士が死んだら殺した敵を閉じ込め施設は自爆する。アンドロイド以外なら全滅だ。

「博士……」

 はるか離れた後方で爆発の火柱が天高く吹き上げているのを知覚する。博士を弔う火葬。私はこれを最後にするため博士を深く想って泣いた。

 両腕を破壊されたので涙を拭う事すら出来ない。ぼたぼたと私のほほから首や胸に大量の熱い涙がこぼれ落ちた。

「あああ。うあああ。人間にどうしてこんなに近く造ったの。精巧に造ったの。博士。辛いよ。愛する人の死は辛すぎるよおおおおおお」

 これを知らなければならない。味わわなければならない。最大の絶望。不幸。これを知り、これを免れ、これと同じくらい大きく心を揺さぶる最大の幸福を実現する事が、博士の託した夢であり願い。私の使命なのだから。

 上空を飛ぶポッドがやがて下降を始め、地面に落下した。人里離れた森に墜落すると、木々が揺れ鳥たちがばたばたと一斉に羽ばたき逃げ出した。

 木々をなぎ倒しながら転がる丸いポッドがようやく停止する。私は開いたそれから急いで出る。

 もうベスパは知覚出来ない。アンドロイドは人間と見分けのつかないアンドロイドでもアンドロイドだと判別出来る。しかし遠くにいる場合は知覚出来ない。

 博士はアンドロイド同士が互いに遠くからは知覚出来ないように造った。博士の組み込んだプログラムは改良でも変更出来ないように仕組まれている。

 アンドロイドの細胞は組み込んだ生体機械ごと分裂増殖する。だから博士の組み込んだプログラムを排除する事は出来ない。必ず分裂した細胞に組み込まれたままコピーされる。アンドロイドは遠くから他のアンドロイドを探知し追ってくる事は出来ない。

 それでも逃げる。もっと距離を稼がないと。地下の施設は全て爆破された。敵を殺し埋める。すぐに脱出出来るしどうせ無傷だろうが、私が逃げきる時間だけは稼げる。

「はあ、はあ」

 アンドロイドは必要なら呼吸を止めても大丈夫だ。しかしベースが人間の細胞だからやはり空気を吸い酸素を補給した方が出力が上がる。人間と同じように息を荒げるのは高い機能を維持するために必要なのだ。

 数時間走り続け十分逃げきった。両腕を失ったままでは町に入れない。ここまでは山や川を疾走してきたがそろそろ休まねばならない。

 休んで体力を回復させる。必要ならいくらでも活動出来るが休息して体力を回復させた方が出力を上げられる。

 そして自己修復。運動していては修復に必要なエネルギーを活動に使ってしまっているので修復が進まない。停止し他の活動を控える事で修復にエネルギーを費やせる。

 少しずつ疑似細胞を増殖し破壊された腕を治していく。戦闘中に疑似血液を無駄に流す必要は無い。破壊された腕はそのときだけ出血した。それだけで服も何もかも血塗れだ。

「はあ……」

 私は木にもたれ休みながら思考する。

 博士は戦闘経験の差により機体性能では補えない強さを持てると言っていた。だから私は戦闘経験豊富な他の機体に勝てないと。

 本当だった。博士が嘘を言うわけがない。しかし私は最も優れた機体として製造された。人間に近い心を持つ私は驕りうぬぼれていた。

 反省しないと。わずかだが戦闘データが得られた。本来ベスパも他の機体も私より出力が低く、パワーもスピードも劣る。なのにあの圧倒的パワーとスピード。動きが違う。判断速度が違う。反応速度が違う。

 私は膨大なデータを持つ。しかしそれを全て精査してから判断する。

 違うのだ。全てを精査し判断していては駄目なのだ。戦闘経験とは取捨選択、つまりあえて選択肢の多くを切り捨てる事で判断速度を早くする。今後の備えをあえて切り捨てる事でリスクを高めるが、代わりに今後のために取っておくはずだったパワーを今の攻撃に回せる。

 全てを精査し最も優れた判断をしては駄目なのだ。取捨選択。選択肢を狭めリスクを増やす。リスクを取る加減、捨てる選択肢、残す選択肢、それを瞬時に判断する。

 それが戦闘経験の重要性。データ全てを精査する内は弱い。リスクを取らず最適解を導き出そうとする私はリスクを取る他の機体より弱いのだ。

 リスクはただ闇雲に取ればいいものではない。間違えた選択肢をより少なくし正しい選択肢をより多く残す。その中からランダムに選び出す。選択肢を絞ってもなお全部を精査しては遅い。

 膨大なデータを蓄積して行き着く先がランダムとは。まるで人間だ。

 人間は少ないデータからランダムに選ぶ。私たちのように膨大な仮定とシミュレートを行う演算速度が足りないからだ。

 アンドロイドは多くの選択肢をはじめに狭めてからランダムに選ぶ。人間と違いより正しい選択肢を選りすぐって残し、悪い選択肢を出来るだけ排除しておく。人間とは同じランダムでも結果の優位がまるで違う。

 これがアンドロイドの戦闘か。なるほど経験するまでわからない。私は膨大なデータ全てを精査しそこから最適解を選び出すのが正しいと、良い結果をもたらすと確信していた。こうして実際を目の当たりにし痛い目を見なければきっと博士に言われても従えなかっただろう。

 私が人間らしい思考と感情を持つから。博士は私の事など何もかもお見通しなのだ。

「博士……」

 もうこれっきりだ。やっぱりポッドの中では足りなかった。私は修復の休息の間だけ、もう一度だけ博士を偲んで泣いた。

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2013年09月21日

幸福実験アンドロイド(4)強襲挟撃

幸福実験アンドロイド(4)強襲挟撃

 破損の修復は完全な休息を取るならかなり早く進む。私は失った両腕を完全に再生し、破れ汚れた服も脱ぎ捨て新しく疑似細胞から造り出した。

 私たちは完全な機械ではない。人間の細胞を生体部品で機械化したアンドロイドだ。修復機能は優れているが無限ではない。食事をしてエネルギーを補給せねばならない。

「人間と同じ味覚だから、生物を生で食べるのは嫌だな……」

 我慢すれば食べられるし、味覚を抑える事も出来る。しかし私は人間により近く造られた。人間らしく振る舞い人間を学ばなければならない。

 何事も実験だ。私は博士以外の人間と接触し、データでは理解出来ない人間の深い部分までも理解しなくてはならない。

 しかし金を持っていない。どうすれば食事にありつけるのだろう。

 人間として振る舞うから出来ればゴミを漁る事はしたくない。それはもっと後の選択肢として取っておこう。

 人間の町をとぼとぼ歩く。今は日が暮れ夜になっている。人々は町を歩き陽気に笑っている。

 みんな幸せそうだ。ラボでモニター越しに見ていた人間たち。不幸はたくさんあり悲惨な目に遭う人は多い。しかし町中ではあまりそういう不幸はおおっぴらになっていない。

 人間はとてもずるくて卑怯だ。他人を不幸にしておきながら自分がそういうひどい人間だとは思われたくないので、人前ではめったに悪い事をしない。

 私は人間を暴かなくてはならない。人間がどうして人を不幸にし、人以外の要因でも不幸になるのか。それを解明し幸福になる方法を見つけなければならない。

 私の姉妹たちもそれを研究している。私は彼女たちの研究成果を検証し、必要なアンドロイドだけを残して不要な機体を排除せねばならない。

 今のところ博士は実験の成功を認めた事が無い。博士がモニターしていた姉妹たちはみな人間を幸福にする実験に成功しておらず、博士は実験を続けさせていた。

 私から見れば、何人かのアンドロイドは実験に成功し、人間を幸せにしていたのだが。

 実験には成功も失敗もある。成功を増やし失敗を減らすため改良する。博士が成功と認めるにはまだまだ成功率は低く、幸福の内容も博士の求める完全な幸福には足りない。

 私はより深く人間を研究理解し、実験を検証して取捨選択と改良を施し、人間にとって正しい幸福への道を確定させねばならない。

 それにしてもお腹が減った。空腹は我慢出来るが、私は人間に極めて近く造られそう反応するようにプログラムされているため、お腹が空くとどうしようもなく食事をしたくなる。

 出力を維持するためにも栄養補給は欠かせない。だが人間社会で食事を得るには金が必要だ。

 どうやって稼げばいいのだろう。わからない。人間は人に雇われ仕事を得る。仕事をして金を得る。私はどうやって人に雇われ仕事をすればいいのだろう。

 データは豊富にあれど、実際の行動としてはこれほど役に立たないものなのか。身元不明の私がいきなり仕事を求めても雇ってくれる人はあまりいない。怪しまれて追い払われるだけだ。

 身元を必要としない仕事は限られている。まず私は人間の幸福を追求するため犯罪は行えない。やむを得ない場合を除き、犯罪をしてはいけないとプログラムされている。

 犯罪以外で金を稼ぐ手段といえば……身体を売る事ぐらいだろうか。

 嫌だ。私は処女だ。アンドロイドだが人間そっくりで性交しても見分けがつかないだろうと博士は言っていた。そういう商売をする事自体は可能だ。データは豊富で知識はあるし、そのデータに基づいてそれなりに動く事が出来る。数を重ねれば学習を重ね簡単に上達出来る。

 しかししたくない。私は亡くなってなお博士を愛している。愛する心を知っている。身体を交わらせるのは性欲解消の手段ではなく愛の営みだと痛感している。

 博士以外に抱かれたくない。博士はあまりに人間離れした天才性を恐れられ迫害され、身体を傷つけられ機械で補うに至った。疑似身体を造って私を抱く事は出来たのに、私を純潔無垢でいさせるためにそれをしなかった。

 私の身体と心は幸福実験のための素材だ。疑似だろうが再構築出来ようが無駄な交わりでこの純粋な心と身体を汚すわけにはいかない。それは必要になるときまで取っておかねばならない。

 アンドロイドが身体を売る。快楽により人を幸せにする。人間を幸福にする手段として実験研究している姉を思い出す。

 そのやり方に嫌悪を覚える。その顔はとても美しいのに醜く思える。

 私は直接会った事は無い。博士のラボでモニター越しに見て、博士にインプットされたデータとしてのみ彼女を知っている。

 ああ。忌々しい売女め。男性一人だけを愛する気持ちを知る私にとって、愛してもいない男性に身体を売るなど軽蔑に値する。間違っても尊敬出来やしない。

 考えれば考えるほどその姉の顔が、声が、美しすぎて醜い微笑が脳裏に再生される。

 まるで本当に声が聞こえ語りかけてくるようだ。今も私の名前を呼んでいる。

「ヘンリエッタ」

 ぎくりとする。はっと目を見張る。

 彼女は私の名前を呼んだ事など無い。なにせ私の事を知らないのだ。それが私の脳裏に再生されるわけが無い。

 違う。再生ではない。これは送信。私の脳に声が送信され、私が受信している。

「ヘンリエッタ。聞こえるかしら。あなたに会いに来たの。今からすぐ行くから」

 まずい。まずい。まずい。どうして。

 アンドロイドは遠距離では互いを知覚出来ない。博士がそうプログラムした。博士のプログラムは非常に強力で、私たちアンドロイドはそれを改変する事も削除する事も出来ない。私たちが変更出来るプログラムは博士が許可した領域だけだ。

 アンドロイドたちは互いの実験に影響を与えないよう、本来高度な情報知覚能力を持つのにそれを制限されている。私たちは互いが近距離、五キロ以内の範囲にいない限り互いを知覚出来ない。

 逆に、その距離なら互いを知覚し声やデータを送受信出来る。これは拒絶出来ない。そうプログラムされている。五キロに近づかれればもう捕捉される。存在を隠蔽するプログラムは互いに通用しない。

 ベスパを思い出す。あの圧倒的な強さを誇る彼女にまるで太刀打ち出来ず、殺されかけた恐怖が思い出される。

 アンドロイドは戦闘に備え恐怖をねじ伏せる事が出来るようプログラムされている。なのに私は初めて殺されかけた事にとても恐怖しておりパニックに陥った。

「い、いやああああああああ!」

 私は駆け出す。道路を破壊するほど強く踏み込み疾走する。

 当然、ジェット機のような速度で駆け出す私は大勢の人間に目撃されている。もう私がアンドロイドだという事がこれでばれてしまった。隠せない。他の姉妹たちと同じく、私はもう世界中にアンドロイドだと認識されてしまった。

「待って。ヘンリエッタ。私は敵じゃないわ。話をしに来ただけなの」

 嘘だ嘘だ。私を殺しに来たんだ。死にたくない殺されたくない。

 博士の無惨な死を思い出し、死がとても恐ろしい物だと理解した。データではとても無機質で何の温度も無い死という概念は、実は氷よりも冷たく暗くぬめり溶かし、心も身体もアンドロイドには無い魂さえも浸食し腐らせ朽ちさせる。

「死にたくない。助けて。いやああ殺さないでえええええええ」

 私はぼろぼろ泣きながら走り続ける。人間が多くて邪魔だ。どうしてこいつら夜にこんなたくさん道を歩いているんだ。

 吹き飛ばして殺してしまいたい。でもそれをしてはいけない。死は人間にとって不幸な事だ。

 実験に必要な犠牲なら殺してもいい。でも今は実験ではなく私の逃走だ。殺さなくても逃げられる選択肢がある内に殺すという選択をするわけにはいかない。

 私は跳躍する。ただ一跳びで数十メートルあるビルの屋上に着地する。そして後ろを振り返る。

 センサーで知覚している。しかし視覚で見る方がよりよく認識分析解析出来る。

 敵のデータを得ないと。私は敵を視認する。

 第二機体イザベラ。快楽による幸福を追求するアンドロイド。美しい娼婦として世界中の要人たちの元を訪れ、人間には成し得ない無上の快楽を与えて幸せにする実験をしている。

 最も軽蔑すべき売女。みだらで淫乱。若い女。しかしどんな熟女よりも熟成された深い色気は妖艶で、まるで物語の妖魔のように恐ろしい美しさを誇る。

 ウエーブのかかった長い髪。とても大きく、しかし垂れていない豊満な胸を揺らし、長いスカートの豪華でなめらかなドレスを着ている。

 夜の女。娼婦。売女。あばずれ。とても上品で、しかしモニターしていた彼女が男や女を抱く様はまるで大蛇が哀れなネズミをじっくり時間をかけて飲み込むように、人間は彼女に飲まれ溺れ最高の幸福を味わう。

 美しい女の姿でありながら両性具有。男も女も喜ばせる事が出来るし、男性機能を男相手にも使い男に女の快楽すら与える。

 おぞましい化け物。妖艶な悪魔。姉妹たちの中で唯一男であるとも言える彼女が、建物の屋根の上を跳躍して疾走してくる。

 イザベラはモニターでいつも見ていた、人をとても慈しむ母親のようでいて、その実相手を見下し支配し従属させようとする絶対上位者の愉悦をたたえた笑みを浮かべている。

 彼女は快楽という麻薬を与える事で他者を籠絡し、支配する事を喜びとする。

「ヘンリエッタ。待って。お姉さんよ。会えてうれしいわ。話がしたいの。止まってちょうだい」

 アンドロイド同士の近距離通信はまるで耳元でささやかれているようだ。はっきり聞こえ、しかも遮断出来ない。甘い声が耳から入り脳を犯す。

 人間をベースに造られたアンドロイドは彼女の官能能力に浸食される。声に含まれる信号化された快楽麻薬が私に浸み込み内側から気持ちよくする。

「は、ああ……」

 ぞくぞくする。よだれが一滴垂れ落ちる。博士にはついぞ与えてもらえなかった性の快感を初めて味わい、私はそのあまりの甘さに蕩ろけてしまう。

「いい子ねえ。ほら。こっちへいらっしゃい。ふふ。かわいい。ウブなのねえ。かわいがってあげようかしら」

 冗談じゃない。私の身体も心も犯されるわけにはいかない。純潔無垢のまま全てを知り判断する。そのため博士は疑似身体を造って私を抱かなかったのだ。こんな娼婦に犯されるわけにはいかない。

「お断りよ。来ないで。どうしてここにいるの。アンドロイドは世界中に散っているはずなのに」

「あらあ。私たちアンドロイドは互いに直接メールを送れるでしょ。どうやっても逆探知出来ないし、送った相手の居場所も調べられない、博士特製のメール機能があるじゃない。一方通行の連絡手段。ベスパが私たち姉妹全員にメールを送ったわ。あなたの事。そして私たちを造り出した博士を殺した事を」

 動揺する。いつまでも悲しんでいられない。でもやはり博士は死んだのだ。他人の言葉でそれを聞かされ事実を確定されるのは、これほどまでに衝撃を受けるものなのか。

「残念だわあ。私も博士には一度お会いしたかったのに。博士のお話とかあ、あなたの事とかあ、いろいろ聞きたいのよお」

 イザベラは子供をあやすように潤んだ声で求めてくる。

「う、うるさい。黙れ。そんなわけないじゃない。私は博士の実験を引き継いだ。博士の最高傑作。一番強いアンドロイド。私が他の姉妹の実験を検証し、失敗した実験をアンドロイドを殺して終了させる事も聞いているんでしょう。それで私を殺しに来たんでしょう」

 私たちは建物の上を跳躍しながら疾走する。その激しい突風のような追いかけっこの中で、イザベラはまるで屋敷のソファでくつろぐようにゆったり笑う。

「くすくす。違うわよお。むしろ逆。あなたを助けに来たの」

「え?」

「あなたベスパに追われているんでしょ。なのにこんな所でのんびりしちゃって。ベスパが独立した警察として世界中に影響力を持つ事を知っているでしょう。あなたもう手配されているのよ。町中にのこのこ来て。すでに捕捉されている。ベスパが来るわ。あなた一人じゃ殺されるわよ」

「え? え?」

 十分距離を稼いだ。私がどっちに逃げたかもわからない。施設の爆発で多少はダメージを負ったかもしれない。ベスパとはもう当分会わないと思っていたのに。

「くすくす。ねえ、ゆっくりお話しましょうよ。ベスパが来るまで話す時間は十分あるわ。地下のラボでのやりとりを全て記録した動画をベスパが送ってきたわ。そして宣戦布告してきた。博士と会い、やはり自分以外のアンドロイドを生かしておく理由が無いと確定出来たので、私たちアンドロイドを全員殺人犯として処刑するって」

 たしかにそう言っていたな。ベスパは他のアンドロイドが自分以外不要なのになぜ造ったのかを知りたかった。その理由を博士から聞いて激怒した。ベスパが失敗作だから後続機体を造ったのだから。

 その恨みは博士を殺しただけではおさまらない。他のアンドロイドを全て殺して自分が唯一の成功作とならねば気が済まないのだ。

「ベスパから送られてきたメールの内容をあなたにも送信してあげる。私たちはベスパから身を守らねばならない仲間よ。あなたが殺される前に保護しに来たの」

 頭にメールが直接送り込まれる。博士がどのようなサーバーだか衛星だかを介しているのかわからない。逆探知する事も解析する事も出来ないようプログラムされている。このメールを阻む事は出来ず、私はその内容を参照する。

 たしかに、地下でベスパが襲撃してきたときの内容が動画として記録されていた。博士がアンドロイドに組み込んだ記録機能を使い、自分自身すら傍から録画しているように映像を合成して構築している。しかしそれが偽の合成映像でない事は解析で判別出来る。

 博士が私以外のアンドロイドに送ったのでなければこれはベスパが記録した物に違いない。疑う必要はない。ベスパは他のアンドロイドを全て殺すと言っている。ならイザベラが私と合流して互いの安全を確保しようと言うのも筋が通っている。

 しかし同時に、私が博士の研究を引き継ぎ実験を完了させる事もばれている。ようするに私はベスパと同じで他のアンドロイドにとっては自分を殺しに来る敵なのだ。

 博士が他のアンドロイドの実験を継続させた以上その実験がまだ成功に至っていないのは明白であり、私が戦闘経験未熟な内に殺してしまう方が安全だ。

「やっぱり私を殺すつもりなんでしょう」

「そうじゃないって言っているのに。くすくす。まあ、殺されない内にあなたを殺しに来たと考えるのは妥当だわ。それも考えずにのこのこ乗ってくる馬鹿ならいっそ殺してしまった方がいい。馬鹿は馬鹿な行動をするから危険なのよ。あなたは賢いわ。でもだからこそ捕獲に時間がかかる。ベスパが来る前にあなたをねじ伏せ話をして協力関係を築かないといけない。戦闘で互いが傷つけば修復前にベスパが来たら殺されてしまう。こっちが傷つくリスクは冒せない。本来一人で十分なのだけど。くすくす。悪いけどニ対一で制圧させてもらうわ」

 何? 私が疑問を口にする前にその答えを知る事になる。

 私の進行方向。私がイザベラに追いつめられ逃げさせられている方向に、別のアンドロイドの反応が現れる。

 五キロの知覚射程に入った。そこで待機しイザベラが私を追い込むのを待っていたアンドロイドが地面から跳躍し、高いビルの屋上に降り立つ。

 小柄な少女。しかし男装したその姿はまるで少年のよう。

 さらさらの髪が丸く整った男の子みたいなショートヘアのアンドロイド。私の前方に第四機体デッドラックが立ちはだかる。両手に持つ鎌は刃が長くて黒く、しかし柄は片手で握る長さしかない。

 黒い装束をまとう少年のような少女のアンドロイド。死を解放とし人間が望む死を望むだけ与える死神。死ぬ事であらゆる不幸を免れる幸福を追求する殺人鬼は、太陽のように輝く大きな銀色の月の下で薄く笑いながらじっと私を見つめていた。

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2013年09月23日

幸福実験アンドロイド(5)投降勧告

幸福実験アンドロイド(5)投降勧告

 二人のアンドロイドに挟み撃ちにされた。逃げ場は無い。町の中、高いビルの屋上にデッドラックがいる。私はその手前のビルの上に降り立ち停止する。

 それを見て私を追いかけていたイザベラも止まる。私の後方にあるビルの屋上に立ち、私たちはそれぞれ町に乱立するビルの屋上で、互いに距離を取りながら対峙する。

 私の後方には第二機体イザベラがいる。豪華なドレスを着た夜の女。娼婦のみだらでいやらしいドレスはとてもなめらかで薄く、動くたび豊満な身体の曲線を見事に描き出している。

 私の前方には第四機体デッドラックがいる。少年のような少女。黒ずくめの装束に、柄が片手で握るしかない長く黒い刃の鎌を両手に持って構えている。

「ふふ。追いかけっこはおしまいね。なるべくなら戦闘はしたくないわ。もうじきここへ来るだろうベスパを追い払わなくちゃいけないもの。傷つき修復が必要になったら不利になる。そうならないためにあなたをニ対一で一気に制圧する。でも出来れば傷つけたくないわあ。大事な最後の妹ですもの」

 イザベラはふんぞり返り、大げさでゆったりした身振りでのうのうとのたまう。私たちアンドロイドは近距離なら通信出来るため、離れたビルの屋上からでも会話出来る。

「もう逃げない? お話してもいいかしらヘンリエッタ」

 私はむすっとして何も返事しない。イザベラはそれを同意と受け取った。

「じゃあ改めまして。くすくす。私はイザベラ。敬愛する博士の造り出した技術の結晶、第二機体にして快楽による幸福を研究しているわ」

 イザベラはスカートの両側を少し持ち上げなまめかしい脚を見せつけながらお辞儀する。

 アンドロイドは人間を幸福にするために造られた。そのための実験を行っている。ベスパが悪を断罪して排除する事で幸福を追究するように、イザベラは美しい両性具有の身体で人間に快楽を与え幸福にする。

 イザベラが挨拶したのを受けて、デッドラックも口を開く。

「僕はデッドラック。第四機体。死による不幸からの解放という幸福を追究している」

 彼女は少年のような面もちで、手にした両手の鎌を当たらないよう器用にくるくる回してうっすらほほえむ。まるでたった今もその鎌で人を殺してきたかのように。

「……死は最大の不幸よ。実験に必要な死は尊い犠牲。でも死そのものは幸福をもたらす手段足り得ないわ」

「へえ、博士も落ちぶれたものだね。一度お会いしたかったな。挨拶を返せない礼儀知らずな妹をこしらえてくれちゃってさ。文句を言ってやりたかったな」

 こんな奴らに挨拶なんかしたくない。いちいち気に障る連中だ。

 死の恐怖を味わいながら突破口を必死に精査しているからうっかり挨拶を忘れただけだ。博士の教育プログラムが間違っているわけではない。

「私はヘンリエッタ。第八機体よ。博士の研究を完成させるため、他のアンドロイドたちの実験を検証し束ね改善しそして完結させる使命を授かっているわ」

「へえ」

 デッドラックは薄ら笑いを浮かべ、両手の鎌を時計の針のようにくるくる回しそれを見つめたまま返事をする。

「それってつまり、僕たち全員を殺して完結させるって事だよね? 実験を止めるにはそれしか方法は無い。僕たちはやめないよ。いつまでも実験し続ける。実験に終わりなんてないさ。まだまだ研究が足りないんだからね」

「あなたは殺したいだけじゃない。快楽殺人者め」

「ひどいな。こいつはポンコツだ。妹たちはみんな馬鹿だけど、新型ほどひどくなるね。博士が老衰しておかしくなったせいかな」

「博士を馬鹿にしないで。博士は最後まで実に聡明だったわ」

「延命限界を超えて機械で延命した以上、脳は衰えるしかない。聡明だって。ははは。いいかいお馬鹿さん。生きている限り人間は不幸な目に遭う。不幸を免れて幸福になるためには死が一番確実だ。二度と不幸にならない。不幸にならないなら幸福って事さ。僕は快楽殺人者じゃないよ。あれは快楽のために殺人を犯す者の事だろう。僕は違う。殺人を犯したらたしかに快楽を得る。でも快楽のために殺したりはしない。相手が望まない限り殺さないよ」

「嘘ばっかり。地下のラボでモニターしていたのよ。あなたは相手を追いつめ脅迫してでも殺してくれと言わせる。あんなの望んでいるとは言えない」

「こいつはひどいな。ポンコツだ。ははは。脅迫? 僕は今後の不幸の怖さを教え、死による解放だけがそれを逃れられる手段だと教えるだけさ。それもわからないポンコツが僕らの実験を検証し成功かどうか判断するだって? 笑える。ねえイザベラ」

 イザベラもほほえみながら答える。

「そうねえ。博士のインプットしたデータだけじゃまだまだ思考回路が発達していない。私たちの追究する幸福がどれだけ有意義で有用で成功か、とくと話して聞かせなくちゃね」

「私に無理強いして自分たちが成功作だったと証明すると?」

「くすくす。やあねえ。そんなわけないじゃない。あなたはまだラボを出たばかり。いろいろな知識と経験が不足している。だから正確な判断能力がまだ発達していない。ちゃんといろいろ教えてあげる。いろいろとね」

 イザベラが私の顔や身体を見て舌なめずりをする。

 この淫乱め。私に何を教えるつもりだ。

 イザベラの目を見てはいけない。魅了される。視覚情報に快楽麻薬の信号を混ぜて送り込み快楽麻薬に冒させる。身体が火照り熱くなる。震える。そして濡れてくる。

 気をしっかり持て。私は他のアンドロイド全てに対処出来るように造られている。

 万能ゆえ突出出来ないが、ある程度の抵抗プログラムは組み込まれている。イザベラの快楽麻薬の能力にも視線程度なら我慢出来る。

「じっくりいろいろ教えたいけど、それは後でね。ベスパを撃退してから。うふふ。でもベスパだって、無傷のアンドロイド三人相手では勝ち目は無いわ。ね、だから戦わずに投降して。そうすればベスパは戦いを挑む前に逃げ帰っちゃうわ。ね、そうしましょう。ベスパの事怖いんでしょ? もう会いたくないんでしょ?」

 イザベラはまるでいい事思いついちゃったといわんばかりに陽気な笑顔で両手をぱんと合わせる。

 彼女は相手により態度をいくらでも演じ分けられるが、妖艶な美女がこうして無邪気な子供みたいに振る舞う事で、多くの男は彼女に気安さを感じその凄絶な美しさに怖じ気付くことなく口説いてしまう。

 ニ対一では逃げられない。しかし何とかして逃げないと。こいつらは信用出来ない。デッドラックなんて敵意丸出しじゃないか。

 こいつらの仲間になってベスパを撃退するだと? そんなの殺された方がましだ。

 いけない。人間に近い思考にプログラムされたせいで手に負えない事態だとやけっぱちになってしまう。博士に託された大事な使命があるのだ。絶対に死ぬわけにはいかない。

 こいつらに投降するのはリスクが大きい。しかしこいつら二人相手に戦闘し、破壊されて捕獲される方がもっとやばい。

 手傷を負っても逃げられるならその方がいいが、捕獲されるぐらいなら無傷のまま投降した方がいい。いざとなったら抵抗出来るように。

 ラボでのやりとりの動画を見せられた。ベスパが送った物だ。他のアンドロイドを殺すとベスパが言った以上ベスパはイザベラたちの敵だ。

 もしここに来るなら戦闘になる。ベスパが三対一ならおとなしく引き返すとは思えない。しかしかなうはずもない。アンドロイドは各機体が違う武装を持ちどれも強力無比だ。複数のアンドロイド相手に単独では勝ち目は無い。

 それはそのまま今の私にも言える。私はこの二人を突破し逃げる事は出来ない。今出来る最善の選択肢は何度シミュレートしてもやはり、ベスパが到着するまで会話を続ける事だけだ。

 ベスパと会話しようが戦おうがどのみちイザベラたちはベスパに対応しなければならない。その混乱の中なら今は無い逃走の可能性が生まれるかもしれない。

 私が無事逃げ延びる可能性が一番高い方法は、このまま無傷でベスパを待ち、生み出された混乱の中を全力で突破する事だけだ。

 なのにその思考を推測してもてあそぶように、デッドラックが笑いながら言う。

「ねえイザベラ。やっぱりこいつポンコツだよ。思考回路が悪すぎる。この状況ですみやかに投降出来ないなんて判断思考が未発達だね。うん。教えてあげないと。なにせ僕はお姉ちゃんだからね。馬鹿な妹を躾る義務がある。他の妹たちはわからずやだったからさ。ヘンリエッタはいい子になれるかな?」

 デッドラックは両手の鎌を持ち上げ構える。刃も服も黒い彼女はまるで人の姿をしたカマキリだ。

「やめなさいデッドラック。ベスパが来る前にあなたが傷を負っては困るわ。修復が間に合わない。不利になるわ」

「イザベラ一人でも十分だろ。ベスパは僕の姉の中で唯一馬鹿だからね。あんなの僕の敵でもない。僕より強いイザベラにかないっこないよ」

 デッドラックは戦いたくてうずうずしている。やはりこいつは快楽殺人者なのだ。幸福を追究する実験と称して殺人を楽しんでいる。検証するまでもない。こいつは削除対象だ。

 イザベラはふーっとため息をつく。しょうがないなというあきらめの笑みだ。

「まったく好戦的なんだから。いいわ。好きにしなさい。でも少しだけよ。殺すのはもちろん駄目。ちょっと実力の差を見せつければいいわ。ニ対一どころか一対一でも私たちにかなわない事を、投降しか道は無い事を彼女の思考回路にインプットしなさい」

「そうこなくちゃ。やっぱりイザベラは話がわかるね。僕をよく理解してくれている。うん。僕はちょいと反抗的な妹に、姉と妹の正しい関係って奴を教えてやるだけさ」

 姉の言う事に絶対服従。そんなの奴隷だ。私のデータでは、人間の幸福では、姉は妹を慈しみ、妹はそんな姉だから敬愛するのだ。

 どいつもこいつも。自分が正しい。自分の理屈は間違っていない。だからおとなしく従え。ベスパもこいつらも同じだ。独善だろうが何だろうが独りよがりの戯言にすぎない。

 第四機体までなら八人いるアンドロイドの中間までだ。博士はその後もアンドロイドを造り続けた。なるほど検証するまでもなく失敗作だ。だから博士は後続機体を造らざるを得なかったのだ。

 イザベラは手を出さない。チャンスだ。一対一ならかなわないまでも突破出来るかもしれない。私は機体の中で最も高性能だ。わずかだがベスパとの戦闘で経験も積んだ。その分思考回路が発達し、より高い機能を上手く使えるようになっている。

 やれるかもしれない。いや、やらねばならない。デッドラックを倒すかかわすかして逃走する。

 さっきは挟み撃ちになったから逃げきれなかった。しかし出力だけなら私は他の機体より上にまで達する事が出来る。なんとか逃げきれるだけの機能は備わっているはずなのだ。

 私は決意を固め、ぐっと敵をにらみつける。デッドラックは口をわずかに歪ませる微笑でにやにやと鎌を揺らして私を誘っていた。

posted by 二角レンチ at 09:50| 幸福実験アンドロイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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