2013年11月14日

魔列車地獄行(0)あらすじと人物紹介

魔列車地獄行(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 罪人の魂は地獄へ堕ちる。罪の何千倍もの苦痛と戦いという罰を経て、地獄を抜け罪を許されるために。

 少年エンバスは、妹のニーアと愛し合ってしまった。その罪により二人の魂は肉体を抜け地獄へ堕ちてしまう。

 魂は肉体を不幸から守る守護者だ。魂の無い肉体は普通に生きるが周りを巻き込みどんどん不幸になっていく。エンバスはニーアと愛し合っている所を親に見つかり責められ、両親はそれが原因でいがみ合い離婚にまで発展する。

 自分の肉体とその周りの人までがどんどん不幸になる。それを食い止めるためには地獄へ堕ちた魂が、再び肉体に戻るしかない。

 魂は、地獄の最奥へ至れば肉体に戻れる。地獄の最奥から出る聖列車に乗って肉体の元へ戻らなければならない。

 そのためには、魔列車と呼ばれる非常に巨大で長大な列車に乗っていくつもある地獄を巡り、無事に地獄の最奥へ辿りつかなければならない。

 魔列車に乗る魂は、地獄へ引きずり堕とされれば地獄にとらわれ亡者と化す。そして地獄の亡者は魔列車に乗る魂を地獄へ引きずり込めば、代わりに地獄から解放され亡者からまた魂に戻り、魔列車に乗って地獄の最奥を目指す事が出来る。

 地獄の責め苦は死ぬほどの苦痛。地獄の亡者は地獄で死んでは生き返り、死ぬほどの苦痛をえんえん繰り返す。

 それは耐えがたい苦痛。犯した罪に対してあまりにも大きすぎる罰。魂は地獄の罰を受け罪の償いを終える。地獄の最奥へ着いた魂はどんな罪も許され清められる。

 地獄の亡者は耐えられない地獄の責め苦から逃れるために必死で魔列車に飛び乗り魂を地獄へ引きずり堕とそうとする。魂たちは地獄の最奥へ至るため、亡者たちと戦い退け魔列車に乗り続けなければならない。

 地獄の入口である荒野は何も無い荒れた大地。そこではずっと灼熱の太陽が照り続ける。

 エンバスとニーアの魂は罪により地獄の入口である荒野に堕ちる。何もわからない二人は何日もの時間ただ当ても無くさまよい続ける。

 そこで二人はマントをはおった大男、ゼドに出会う。ゼドは何度も魔列車に乗って地獄の最奥を目指しては失敗し、またスタート地点である荒野に魂が戻ってきたのだ。

 エンバスとニーアは地獄についてゼドにいろいろ教えてもらう。

 魂は強い。想いが増幅される。想えば想うほど強くなる。そして恐怖すればするほど弱くなる。

 だから恐怖を笑って吹き飛ばす。どんな困難でも笑いながら立ち向かわねばならない。

 恐怖を楽しめ。地獄で笑え。地獄巡りは楽しい旅だ。

 最初の試練は魔列車に飛び乗る事。魔列車は地獄の最奥からスタート地点であるこの荒野まで地中を掘りながら戻ってくる。

 荒野の大地を裂き火山の噴火のようにすさまじい勢いで噴出する長大巨大な魔列車。その異様に圧巻されながらも、その恐ろしい魔列車に飛び乗らなければならない。

 魔列車に飛び乗ろうとしては弾かればらばらに砕かれる魂たち。しかしこれに乗れなければ次にまた魔列車が来るまで数週間、灼熱の荒野をさまよい続けなければならない。

 魂は強い。想えば想うほど強くなる。エンバスとニーアは想うほど早く駆けられる事に喜び、恐ろしい魔列車に飛び乗る恐怖を興奮で吹き飛ばし、ゼドと共に魔列車に飛び掛かる。

説明

 地獄へ堕ちた魂たちが、不幸になっていく自分の肉体を救うために地獄の最奥まで魔列車と呼ばれる空を飛ぶ列車に乗って地獄を巡り亡者たちと戦うファンタジー小説です。

 恐ろしい地獄に怯え泣き苦しむ。でも魂は想いを増幅するので恐怖するほど弱くなります。

 だから怖くても楽しめ。笑え。恐ろしい地獄も、亡者も、恐怖も、不幸も、全部笑って楽しみ吹き飛ばして乗り越える。恐怖を楽しむなんて不謹慎。それでも地獄は笑って楽しんだ者だけが突破出来る。

 怖い地獄に堕ちても、それを笑って楽しもう。恐怖に怯えたところで何も解決出来やしない。なら恐怖を楽しんで乗り越えるのもありでしょうというお話です。

 長編としては短めです。亡者とかは怖いけど、その恐怖をエンバスたちと共に笑ってお楽しみください。

 以下人物紹介です。イメージラフがついています。小説を読む際キャラのイメージを絵で見ても大丈夫な方のみごらんください。

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posted by 二角レンチ at 09:50| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月16日

魔列車地獄行(1)荒野

魔列車地獄行(1)荒野

 僕たちは真夏の日差しの中、列車を待っていた。

 雲一つ無い晴れた空。灼熱の太陽。焼けるほど暑い。帽子をかぶっていないと熱射病になってしまう。

 でも僕も、妹のニーアも帽子をかぶっていなくても大丈夫だった。

 不思議なものだ。たしかに暑さが暑さと、熱さが熱さと感じられるのに、それに苦しめられない。いや、苦しくても耐えられると言った方が正しい。

「どうだエンバス。魂だけになった感じは」

 僕は見上げる。とても背の高い大人の男を。

 その男は真夏より暑いのに、いや、今時冬だろうがこんな古風なマントを身にまとっている男はいない。がっしりした肩幅の広い体格に黒いマントがよく似合っていた。

「うん。ゼドさん。不思議な感じ。暑いとかちゃんと感じるのにそれに苦しめられないなんて変だね」

「これからの道中は大変だからな。ちょっとやそっとで苦しんでいたら耐えられない。魂は苦痛に耐えられるように出来ているんだ。でも殺されれば死ぬ。殺されないよう魂は強靱で、戦う力も持つ。しっかりしろよ。地獄の最奥に着くまで死ぬんじゃねえぞ」

「うん」

 僕は妹のニーアの手を握る。ニーアははにかみながら握り返してくる。

 ニーアは僕が守る。魂は戦う力を持つから僕は戦える。

 ニーアも戦える。それでも守る。僕たちは戦ったことなんかない。やさしく臆病なニーアはきっと戦えない。

 渋くて格好いいゼドさんは僕たちに笑いかける。ニーアはゼドさんの格好よさがわからずただ怯え、僕の背にこそこそ隠れる。

「こら、ニーア。ゼドさんは僕たちを助けてくれるんだぞ。お世話になるのにそんな態度を取るんじゃない」

「はーい……」

 ニーアはおずおずと前に出る。すねている。でも僕がしかるとちゃんと言うことを聞く。ニーアはゼドさんに向かって頭を下げる。

「ごめんなさい。お世話になります。これからよろしくお願いします」

 ゼドさんは大きな口でにかっと笑う。

「はははっ。いいってことよ。ここで知り合ったのも縁だ。仲良くしようぜ。こっちこそよろしくな。地獄へ行くのは初めてだろう。いろいろ教えてやるよ」

 ここは荒野だ。灼熱の太陽に何も無い大地だけ。十分地獄っぽいのだが、まだ地獄ではない。

 僕は身体の大きなゼドさんを見上げながら尋ねる。

「ゼドさんは地獄へ行ったことがあるんですか?」

「途中まではな。だからこうして挑み続けている。魔列車に乗って地獄の最奥へたどり着けるのはごくわずかな強者のみだ。ほとんどがその道中で振り落とされる」

「その魔列車というのに、今まで何回ぐらい乗ったんですか」

「んー、ま、数え切れないぐらい、いや、数えていられないぐらいだな。魔列車から振り落とされたらまたこの荒野から乗り直しになる。初めの数回だけで数えるのが嫌になるぞ」

 ゼドさんはそれでも陽気に笑っている。何度失敗しても諦めない。強い人だな。格好いい。ニーアは女の子だから男の渋さや格好よさがわからないんだ。

「魔列車は何度でも訪れる。何度でも挑める。乗り込める。乗るのすら大変だがな。お前たちは運がいいぜ。俺に出会えたんだからな。初めは何もわからないから魔列車に乗れない。運が悪ければ飛び出してきた魔列車に轢かれて死ぬ」

「死んじゃうんですか?」

 僕はびっくりして尋ねる。

「ああ。死んだらやり直しだ。魂は引き戻されてまたこの荒野からのスタートだ。荒野は地獄行きの最初の駅だ。魂はみんな始めここに来て魔列車に乗り込む。お前たちは本当運がいいぜ。この広い荒野で俺に出会えた。初めはあれが乗る物だとわからない。俺はそうだった。他の人があんな恐ろしいものに飛びかかって乗ろうとするのが理解出来なかった。逃したら次に来るまで数週間待ちぼうけだぞ。あれはかなり辛かったなあ」

 そう言ってゼドさんはにやりと笑った。まるで今ではいい思い出だと言わんばかりに。

 僕とニーアは気付いたらこの荒野にいた。

 見渡す限り何も無い。草も生えないただの土と岩だけの荒野がはるか彼方まで広がっている。空には真夏よりも暑い灼熱の太陽がずっと照っている。雲はまったく無く、透けるような青空だった。

 太陽の暑さに焼かれ、遮る物も無くたださまよった。何時間も何日も歩き続けた。

 日が沈むことは無く、太陽はいつも同じところで僕たちを眺めていた。苦しく乾き飢え眠くても歩き続けた。それが出来るのが不思議だった。でも出来るからした。

 どこかへたどり着きたかった。この異常な世界を抜け出したかった。僕たちはわけがわからないままとにかく歩き続けた。ときには泣き、ときには励まし合いながらいつまでも歩き続けた。

 さっき突然そばの地面が割れた。そこからゼドさんが出てきたのだ。まるで映画で見た、墓場から蘇るゾンビのようで怖かった。震えて抱きしめ合う僕たちを見てゼドさんは驚き、そしてにこやかに話しかけてきた。

 そして教えてもらった。ここが荒野と呼ばれる場所であること。僕たちは肉体ではなく魂であること。肉体は今も生きて普通に生活していること。僕たちが罪を犯したから魂が地獄の入り口である荒野に堕ちたこと。

 僕たちは罪を犯した。

 僕と妹のニーアは愛し合ってしまったんだ。

 兄妹で愛し合う。それはとてもいけないことだった。

 わかっていた。知っていた。ニーアだってわかっている。僕たちはまだ少年や少女と呼ばれる歳ではあるけれど、何もわからない子供ではない。

 だから求め合った。男女の関係、大人の関係、大人の愛し合いを。若く青い性欲は、愛する人の身体を見て触り貪らずにはいられなかった。

 それが罪だった。許されなかった。だから肉体から魂が引きはがされ、この荒野に堕とされてしまったのだ。

 魂は肉体の守護者だ。肉体を不幸という敵から守る。そのために強靱で、戦う力を持っている。こうして肉体から引きはがされるまでは自我を持たず自覚出来ない。肉体から分離するときに、魂は肉体の姿や思考をコピーする。

 魂の失われた肉体は不幸から守られない。どんどん不幸になる。罪を犯した者が不幸になり苦痛に満ちた人生を送るのは、罪を犯せば魂が肉体から引きはがされ失われてしまうためだ。

 だから魂は肉体に戻らなければならない。地獄の最奥から発車される、肉体へ戻るための聖列車。それに乗るために、地獄行きの魔列車に乗り地獄の最奥まで旅をしないといけない。

 魔列車は乗ることすら困難だ。乗ったあとも困難がつきまとい、容赦なく振り落とされる。魔列車から落ちたらやり直し。また始めの駅である荒野から魔列車に乗り込まなければならない。

 こうしている間にも、肉体は毎日を生きている。許されない罪のせいで虐げられる。魂が失われているから降りかかる不幸から身を守れない。僕たちの肉体は今もどんどん不幸になっていて、毎日を泣いて苦しんでいる。

 魂は肉体の様子や記憶を知覚することが出来る。ゼドさんに教えてもらってちょっとだけ見た。そしてすぐに見るのをやめた。

 兄妹で寝たことがばれて、僕はお父さんに死ぬほど殴られた。娘をそそのかし純潔を奪った憎い男。僕は息子だと思われず、容赦なく殴られて大けがをして、今は入院している。

 妹のニーアは僕と一緒にいたがった。お兄ちゃんは悪くないと必死に訴えた。無理強いではなく、愛し合っただけだと叫んだ。でもまるで通用しない。

 ニーアはお母さんに連れられ祖父母のいる実家に戻っている。学校も転校させられた。僕とニーアは引き離され、もう二度と会わせてもらえない。

 両親が今後どうするつもりなのかはまだ話し合っているらしい。お父さんが入院している僕に話した限りでは、両親が離婚してそれぞれが僕とニーアを別々に引き取り、一生会えないように監視し続けるつもりらしい。

 お父さんとお母さんは、どっちも相手を責めていた。僕をしっかり教育していればこんな過ちは犯さなかったのにと言い、どちらも悪くないのに責任をなすりつけあった。

 おかげで仲がどうしようもなく悪くなり、離婚することになってしまった。僕はとてもいけないことをしたんだ。

 愛するニーアと引き離された。それだけにとどまらず、両親すらも僕たちのせいで離婚し離ればなれに暮らす。

 不幸の連鎖。不幸の増幅。罪を犯し魂が堕ちて失われた肉体は、際限無く不幸になっていく。

 不幸になるために必要だから、周りも不幸にしてしまう。巻き込んでしまう。巻き添えにしてしまう。

 こんなの嫌だ。こんなの駄目だ。こんなの耐えられない。僕たちの魂は肉体に帰らなければならない。

 魂は荒野から地獄へ行き、地獄の最奥にまで至る。そうすれば罪が許される。魂が肉体に戻る聖列車に乗ることが許される。

 そうして肉体へ戻った魂は罪を許されている。もうその罪の償いは終わったのだ。

 地獄の最奥へ至る困難こそが罰。苦痛にも絶望にも負けず、戦い勝って至ることが唯一の贖罪。

 それを成し遂げた魂は救われ、その罪を許される。罪が祝福に変わり不幸が幸福に逆転する。魂の戻った肉体はそれまでの不幸を吹き飛ばすほど幸せになることが出来る。

 だから僕は行かないといけない。ニーアと共に地獄行きの魔列車に乗り、地獄の最奥へ至らねばならない。

 そして帰るんだ。肉体へ。幸せになるんだ。

 罪を許され幸せになれば、僕とニーアは愛し合える。祝福される。責められ苦しめられることはなくなる。

 それが出来ないから、罪人の多くは一生苦しみ続ける。不幸から肉体を守る魂がいつまでたっても戻れないから一生不幸なままなのだ。

 僕は嫌だ。絶対幸せになるんだ。ニーアを愛している。幸せにしたい。そのためならどんな困難でも立ち向かう。戦おうと死のうと構わない。

 死んだらまた魂は荒野に戻る。やり直せる。しかしその間も肉体はどんどん不幸になっていく。苦しんで泣いている。愛するニーアを泣かせたくない。一刻も早く幸せにしないといけない。

 僕が決意を固めると、その表情を見てゼドさんは優しくほほえんでくれた。

 ゼドさんはどうしてここへ来たのだろう。どんな罪を犯し、何に苦しんでいるのだろう。

 それを訊こうとしたとき、荒野の大地が震えた。ゼドさんがニヤリと笑う。

「来たぞ。魔列車だ」

 僕はごくりと息を飲む。ニーアは僕にしがみつき、不安に震えている。僕はニーアを抱きしめ、これから到来する魔列車を待ちわびた。

posted by 二角レンチ at 07:45| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月18日

魔列車地獄行(2)疾走

魔列車地獄行(2)疾走

 地震か。いや違う。地獄の入り口である荒野に地震は無い。大地が揺れるこの振動は、地震とは違う物だ。大地でなく、到来する魔列車が地震を起こしているのだ。

 僕はニーアを抱きしめる。ニーアは不安そうな顔で僕を見上げる。

「エンバス」

「大丈夫だよニーア。僕が守るからね」

「うん」

 僕とニーアは一つ違いだ。ニーアは僕をお兄ちゃんと呼んでいた。でも愛し合ったあのときから、僕たちは兄妹ではなく恋人同士なのだ。だからニーアは僕のことをお兄ちゃんではなく名前で呼ぶ。

 肉体から引き離された魂の僕たちは、ここでは罪を隠す必要が無い。ゼドさんが言うには、ここでは罪を認め堂々とするものらしい。

 罪を罪でなくす。許してもらう。認めてもらう。間違いを正しいことに変える。そのためにここへ来たのだから。

「来るぞ。魔列車だ。魔列車はこの荒野で待つ魂たち全員を乗せるため迎えに来る。魂たちの前に到着する。でも全員拾わないといけないんだ。数多くの魂を迎え乗せるためにはいちいち停車していられない。飛び乗るしかない。それを逃せばまた何週間も、次に魔列車が来るのを待ってこの荒野をさまよわないといけない」

 太陽が常に照っているこの荒野では、日にちや時間の感覚がわからない。でも僕とニーアはたっぷり数日間分はさまよったはずだ。

 わずか数日で魔列車が来るなんて幸運だ。これを逃せば魔列車が地獄の最奥へ至り、再びこの荒野に戻るまで何週間も待たないといけなくなる。

 そうなるとその分だけ肉体を待たせることになる。肉体は毎日どんどん不幸になり悲しみ苦しんでいる。僕は僕自身とニーアの肉体を救うため、一日でも早く肉体へ戻らないといけないんだ。

 ゼドさんは僕たちの前にしゃがみ込む。身体の大きなゼドさんはしゃがんでもなお僕たちを見下ろすぐらいだ。僕たち二人の肩に手を載せぐっと力を込めて、僕たちを見つめる。

「いいか。エンバス。ニーア。魂は強い。とても強靱だ。どんな苦痛にも耐えられる。どんな絶望にも屈しない。気を強くもてば、それを成し遂げる力を持っているんだ。だから信じろ。疑うな。どんなときも強く気力を保て。どんな脅威も乗り越えられる力はあるんだ。あとはその気力、勇気や意地を貫けばいい」

 僕はこくりとうなずく。それを見てニーアもうなずく。

「よーし。その意気だ。魂はどんなに痛くても我慢出来る。どんなに怖くても立ち向かえる。どんなに辛くても戦える。どんなに悲しくても前に進める。魂は最強だ。お前たちは魂だから強いんだ。肉体がどんなに弱くても、不幸でも、関係無い。お前たちなら必ず地獄の最奥への旅を乗り越え、肉体の元へ戻れる。不幸をはねのけ幸せになれる。俺も一緒だ。一緒に行くぞ。みんなで幸せになるんだ。今までの不幸と差し引いてもお釣りがくるほどうんと幸せになって、最高に笑おうぜ」

 僕は胸がじんと熱くなる。涙ぐんで何度もうなずく。ニーアはいまいちぴんと来ないようだ。ゼドさんの熱さがわからないなんて。やっぱり男でないと男の渋さはわからないのか。

 地震、いや、地鳴りがどんどん大きくなる。普通なら立っていられないほどの振動。でも気を強く持てば、しっかりと大地に足を踏みしめ立っていられた。

 これが魂。強くあろうとすればどこまでも強くなれる。心の強さが命運を分ける世界。

「来るぞ。あっちだ。来い」

 視界が揺れるほど激しい振動の中、ゼドさんは走り出す。僕とニーアもそれに続く。

「ニーア、大丈夫?」

「うん。大丈夫。ちょっと怖いけど、ちょっと面白いかも」

「ははは。そうだね。何かのアトラクションみたいだ」

 地震の中を走るのは怖い。でも楽しいと思えば楽しくなる。これが魂。心が、気持ちが、全てを決め左右する。怖いのも、楽しいのも、僕たちがそう思うからそうなる。そう思わなければそうならない。

 ゼドさんはぐんぐん速度を増し、果てしない荒野の果てまで行ってしまう。

「うわ。何だあれ。早すぎる」

 魂は強い。強いと想えば強くなる。だからゼドさんはあんなにも早い。動物どころか新幹線やジェット機よりも早いんじゃないだろうか。

「僕たちも出来る。走ろうニーア」

「うん」

 僕たちは手を繋いで走る。走るたびに早くなる。どんどん早く走れるのが面白くて、もっと早く走りたくなる。そうすると本当に、もっともっと早くなっていく。

 景色が飛ぶ。吹き付けるような空気の抵抗が気持ちいい。その暴風に倒れるのではなく、切り裂き突き進んでいける。

「あははは。何これ。楽しい。わははは」

「きゃははは。楽しいよこれ。すごく爽快」

 僕たちは笑う。歓喜する。こんなに楽しいのはいつ以来だろう。

 僕たちが兄妹で愛し合っているところを見つかり、親に死ぬほど怒られた。その最中に意識が飛んで、いきなりこの荒野に放り出されていた。僕の肉体があのあとお父さんに死ぬほど殴られたのは肉体の様子と記憶を知覚してみるまで知らなかった。

 わけがわからないままこの荒野を歩き続けた。二人で励まし合いながら歩いた。

 でもときには悲しんだり泣いたり怒ったりもした。愚痴を言い、お互いを責めもした。八つ当たりも喧嘩もした。楽しいことなんか何も無かった。辛いだけだった。

 ゼドさんと出会っても、うれしかったけど楽しかったわけではない。こんなに何もかも嫌なことを忘れて、夢中で遊んだのは本当に久しぶりで、すごく楽しかった。

「まだまだ走れる。手を離すよニーア。競争だ。どっちが先にゼドさんに追いつくか競争しよう」

「うん。負けないよエンバス」

 大人しいニーアがはしゃいでいる。快活になっている。こんなの小さい頃以来だ。

 ニーアは気弱すぎる。他人を怖がりすぎる。でも本当は無邪気に明るくはしゃぎたかったんだ。叱られたり疎まれたりするのが怖くて遠慮するようになった。でもずっとそうしたいと思っていたんだ。

 だってこんなに楽しい。思い切りはしゃげる。子供みたいに。

 僕たちは早く大人になりすぎた。まだまだ子供でいたかったのに、周りも自分も大人になることをせき立てた。幼稚で無邪気に楽しむことを許してくれなかった。

 楽しければ元気になる。明るくなる。今までは楽しさが足りなかったんだ。だから暗くておとなしくてうじうじしていた。今はこんなに楽しい。なにもかもから解放されていた。

 遊園地でジェットコースターに乗るより何倍も早くてスリルがある。確かな足応えはつまずいたり転んだりする恐怖でなく心地よさをもたらしてくれる。それがとても楽しい。

 自分の足で駆ける。ただそれだけのことを楽しめなくなったのはどうしてなのだろう。

「うわわわ。早い早い」

「あはははエンバス。おいてっちゃうよー」

「あ、待てよニーア」

「やーだ。待たないよー」

 魂は純粋だ。心を素直に増幅し、力とする。楽しいと思うほど楽しく、早くと思うほど早くなる。ニーアは僕より楽しみ、僕より早く走ろうとする。だからあんなに楽しげで、あんなにも早いんだ。

 負けていられない。僕も楽しまなくちゃ。本当にすごい。きっとF1レーサーなんかはこのぶっ飛ぶほどの疾走感を存分に楽しんでいるんだ。

 ぐんぐん走る。景色が吹っ飛んでいく。でも見たいと想えば止まった風景画のように、一瞬の景色がしっかり見られる。楽しめる。

 何も無い荒野だけど、何日も見たのに、流れる景色の中で見るとすごく鮮やかに色づいて美しい。

 マントを翻して走るゼドさんに追いついた。

「ゼドさん。やっほー」

「おおう。エンバス。ニーア。すげえな。もう追いついたのか」

「このまま追い越しちゃうよ」

 ニーアが笑顔で言う。さっきまでゼドさんに怯えていたのに、今は一緒に走って遊んでいる。

「なにくそ。負けるか。おい見ろよ。他の連中も、魔列車目指して集まってきたぜ」

 果ての見えない荒野の果てに、黒い線が見える。それはどんどん近づいてくる。

 人だ。いや、魂だ。多くの魂が四方八方から、僕たちが向かうところへ同じように向かってくる。

「着いたぞ。魔列車が到着する。停車しねえからな。飛び乗れ」

 僕たちのはるか先の大地が裂ける。隆起する。この地震の主、魔列車。地中を掘り進み地獄の最奥からここまで戻ってきた魔列車が、とうとうその姿を現すのだ。

posted by 二角レンチ at 10:00| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月20日

魔列車地獄行(3)乗車

魔列車地獄行(3)乗車

 それはあまりに壮観だった。大地が割れ、そこから噴火のように飛び出した、無骨で古びてなお美しくきらめく列車。

 これが魔列車か。魂は望むだけ強くなれる。どんなに早く動く物体も、見ようと想えば写真を撮るようにはっきりと静止した画像として見られる。

 魔列車はボロボロに見えてとても美しく、古びて熟成された絵画のように深い美だった。金属と木が混じり合った車体。さまざまな色がちりばめられている。こびりついた血でさえ彩りの一つ。

 なんて荘厳さだ。圧倒的な巨体。普通の列車のそれではない。巨大なビルのように太い。

 魔列車は竜のように天に昇っていく。その車体は途切れることなくまだまだ延びる。一体何両編成なのだ。各車両の繋ぎ目でうねり、本当の竜のように見える。

「痛みにも耐えられる。傷はあとから治る。それが魂だ。振り落とされるな。しがみつけ。子供の頃はこんな無茶をして遊んだだろう。思い出せ。楽しめ。どんな困難も、辛いことも、遊んで楽しみ笑って吹き飛ばせ。いくぜお前等。しっかりついてこい」

「はい、親分」

 ゼドさんがずっこける。転げながらも身体を起こし、ものすごく必死な顔で追いついてくる。

「おいおい。俺はまだ二十代だぞ。親分はないだろう。老けているみたいじゃないか」

「じゃあ、兄貴って呼ぶ方がいいですか」

「いや、くすぐったい。ゼドでいい。さんとかつけなくてもいいからな」

「ゼド……さん。やっぱり年上ですし」

「ええい。もういい。飛びつくぞ!」

 逆流する大瀑布のように地面から噴出し続ける魔列車。僕たちより先に着いた人たちがすでに飛びかかっている。

「うわあああああ」

「この野郎おおおおお」

「きゃああああああ」

「ちくしょおおおおお」

 圧倒的速度で噴き出す列車に飛びかかり、しがみつける者は少ない。多くは振り落とされる。弾かれる。その衝撃で手足が吹っ飛ぶ人たちもいる。

「うわ。バラバラだ」

「大丈夫だ。魂は時間が経てば元に戻る。肉体とは違うんだ。傷は完全に治る。もし死んでもこの荒野に戻るだけ。心配するな。失敗してもやり直せるんだ。だから思い切りいけ。ためらうな」

「はい!」

 僕とニーアは声をそろえて返事する。大人も子供も老人も、みんな魔列車に飛びかかる。そのときの表情はみんなすごく楽しげで、大人たちも子供に戻ったようにはしゃいでいる。

 失敗してもやり直せる。弾かれて身体が吹っ飛んでしまった人でさえ、痛いとわめきながらも楽しかったと笑っている。

 全力で凄い困難にぶつかる。体当たりする。挑戦する。戦う。それは子供なら誰でもする冒険。大人になるにつれ怖がってしなくなる。でも最高に楽しい遊びなんだ。

 僕たちはとんでもない速度で走り、ゼドさんに倣って魔列車のはるか手前からジャンプする。地面が抉れ、身体が飛翔する。弾丸になったように撃ち出される。天に昇っていく魔列車を追うように、僕たちも高く果てなく飛び上がる。

「すっげええええええ。見てニーア。地面があんなに下だ」

「すごいすごい。きゃっ。楽しいねエンバス。ゼドさん」

「楽しいだろう。この跳躍。空を飛ぶ感覚。魔列車と平行して飛ぶことで相対速度を無くす。そろそろ列車につかまるぞ。衝撃に備えろ。必ずしがみつける。自信を持て。失敗しても大丈夫だ。だから全力でやれ」

「うん!」

 僕とニーアは手を伸ばす。平行して飛ぶ魔列車の窓枠に手をかける。

「うっぐあ」

 魔列車の速度と圧力は圧倒的だ。平行して飛ぶことで速度の差を限界まで減らしてもなおこの衝撃。僕は指を滑らせ列車の車体を転げ落ちる。

「振り落とされるな! 転げながらでもしがみつけ。離れるんじゃない。吹っ飛ぶんじゃない。食らいつけ」

 ゼドさんの声が聞こえる。魂は声を届けようと想えばどこまで遠くても声が届く。列車にしがみついたゼドさんは僕よりはるか上方にいる。助けてはもらえない。自分で何とかしないといけない。

 転げながら車体につかまる。すぐにその手が弾かれる。指が傷つき血が噴き出す。爪がめくれはがれる。

 痛い。ものすごく痛い。でも耐えようと思えば耐えられる。魂は我慢すればどんな苦痛でも我慢出来る。根性だ。気力を振り絞れ。何とかしろ。何とかしてやる。

 血まみれの手で列車にしがみつく。すぐにその手は弾かれる。でもまた手を伸ばしつかむ。列車の表面を転げながら落ちていき、あちこちぶつかり体中がけがだらけになる。

 子供の頃、泥山を転げ回って遊んだ。けがをしたし汚れた。お母さんに、ばい菌入ったらどうするのと叱られた。でも大丈夫かと心配された。無事でよかったと抱きしめられた。

 もうそんな心配はいらない。魂の傷は治る。けがしても大丈夫。思い切り転げ回って遊べるんだ。

「うっがああああああ」

 車両と車両の間、連結部に腕を突っ込む。勢いよく転がる僕の腕はすぐにへし折れる。痛い。信じられない痛さだ。でも耐えられる。楽しめる。僕は歯を食いしばり、もう一本の腕も突っ込んでしがみつき、ようやく転がるのを止められた。

 勢いよくひざが車体に打ちつけられ、こっちも骨が折れたみたいだ。魂なのに骨が折れたり血が出たりするのは奇妙な気分だ。魂は離れるとき肉体の形をコピーして構築されるからだとゼドさんが言っていた。

「はっ、はあ、はあ、や、やった」

 いまさらながらどっと汗が噴き出す。感じる暇も無かった恐怖がわく。

 でもそれを乗り越えた達成感がすごい。何て充実感だ。今までこんなにも全力で何かにぶつかったことも、成し遂げたことも無い。

 震えるほどの高揚。たまらない。こんなに楽しいことがあるなんて。

「そうだ。ニーア。ニーアは?」

 僕が転がる前に見たときは、ニーアはちゃんと列車にしがみつけていた。無事だといいけど。僕は上を見てニーアの姿を確認しようとした。

 そのとき、僕の横をすごい勢いで落ちていく彼女を見た。

「ニーア!」

「エンバスうううう!」

 何てことだ。ニーアは魔列車にしがみつけたが、圧倒的スピードで爆走する列車の衝撃風にまかれ振り落とされたんだ。

 折れた腕がずきりと痛む。ひざも痛む。でも構うものか。魂は強い。痛みを我慢しようと思えば我慢出来る。けがをしていても動こうと思えば動ける。

 僕は涙がこぼれるほどの激痛に歯を食いしばり、折れた腕を抱え込むと列車の上を走り降りた。

 がんがんと車体を蹴るように降りる。落ちているのか。わからない。何てスピードだ。上に向かう列車を下に駆け降りる。速度が加算され、自分だけでは至れない圧倒的速度に達する。

 魂だからか。向かってくる風の衝撃が凄まじいが吹き飛ばされずに切り込んでいける。音速の壁などというものに粉砕されることなく、際限なくスピードが上がる。

 この列車は本当にどうなっているのだ。これだけの速度で駆け降りてもなお上に向かっているのがわかる。凄まじい速度。途切れることの無い長大すぎる車両。地面からとめどなく滝のようにあふれ噴火し続けている。

「ニーア、しがみつけ、吹き飛ばされたらおしまいだぞ!」

 魂はどこまでも声を届けられる。ニーアは僕の声がしっかり聞こえたようで、手を伸ばして列車にしがみつこうとする。

 猛烈な速度で落ちているのだ。列車に触れた手は弾かれ指がへし折れる。

「きゃあああああ」

「大丈夫だ。我慢しろ。我慢出来る。ニーアは強いんだ。魂は強いんだ。歯をくいしばれ。お兄ちゃんが行くまでふんばれ」

「あああああエンバスううううう」

 ニーアは泣きながらもう片方の手を伸ばす。がりがりと列車の表面を削る。血が飛ぶ。それでも離さない。ひざをつけ、そのひざもすりむけ血を吹きながら、それでも弾かれずにしがみつく。

「その調子だ。あと少し。追いつく。待っていろ」

 僕は列車を蹴る。手を伸ばす。もう少しで追いつく。あと少しでニーアに届く。

 手を握った。ニーアを捕まえた。もう離さない。もう離れない。

 あ……

 僕のもう片方の腕は折れている。列車をつかめない。僕たちの身体は列車から離れていた。もうしがみつけない。

「あ、あ、ああああああああ」

 吹き飛ぶ。絶望の叫びを上げる。そのとき。

「ふんばれ! 脚を伸ばせえええええええ」

 その声がどこから聞こえたのか。誰の声か。考える暇もなく、僕の身体が反応した。

 吹っ飛び列車から離れながら、必死に脚を伸ばした。その足首を力強い手がつかんだ。

「よくやった。引っ張るぞ。歯を食いしばれ。痛くても我慢しろ」

 僕はニーアを引き寄せ抱きしめた。ニーアは僕の胸に抱きついた。

「うおおおおおおおお」

 ゼドさんがほえる。僕の脚をつかみ、全力を振り絞って僕を引き寄せる。

 圧倒的勢いで吹っ飛ぶ僕らを引き戻す。片腕と両足で列車にしがみついてふんばるゼドさんは、僕たちを抱き止めることは無理だった。僕とニーアはまるでハンマーを振り下ろすようにして列車の車体に叩きこまれた。

「げっふ」

 息が詰まる。呼吸出来ない。魂は呼吸しなくても構わない。ただ苦しいだけだ。

 しかしこれは。苦しみに耐えられるだけで苦しくないわけではない。ニーアをかばって背中からもろに叩きつけられた僕は息も血の流れも止まった衝撃に目がくらむ。

「はあ、はあ、大丈夫か、エンバス。ニーア」

「あ、ああ。ゼドさん。僕、僕」

「安心するのも泣くのもあとにしろ。乗り込め。このまま車体に取りついているだけだとまた振り落とされる」

 ゼドさんは僕たちの身体を押す。列車の窓が開いていた。中から手が伸びている。その手に僕たちを押しつける。

「先に乗っていろ。俺もあとから乗る」

「え、ゼドさんは」

「俺はもう少し、助けられるだけ助ける」

 ゼドさんはそう言うと、厳しい顔のまま立ち上がり車体を駆ける。自らも振り落とされる危険を犯しながらも、車体から落ちそうになって困っている人たちを助けに向かう。

「ゼドさあああん。戻って。危ない」

「坊主。いいから早く乗れ。お前さんたちまで落ちてしまうぞ」

 窓から伸びた手が僕たちを引っ張り、窓から車内に引きずり込む。嵐のような車外から、穏やかな車内へ無事に入れた。

 床に落ちるように下ろされた僕とニーアは目を見張る。巨大すぎる列車は一両がとても広く、まるで大ホールのようだった。端が見えない。いや、人に埋もれて見ることが出来ない。

 そこはさながら戦場だった。疾走する魔列車に飛びつき、傷つきながらもなんとかしがみついた人たちが、列車の中の人たちに助けられながら窓から乗り込んでいた。辺りは血塗れで、腕や脚が折れたりちぎれたりした人たちがたくさんいた。

「お前けがしているのか。ならあっち行っていろ。けが人を奥へ連れていく手伝いをしてくれ」

「あの」

「いいから。窓際は外の連中を引きずり込む奴の場所だ。空けろ。邪魔だ。どけ」

 僕を助けてくれたおじさんは、鬼の形相で僕をにらんでから窓に向かう。とても必死だった。窓から一人でも多くの人を列車に乗せようと、みんな奮闘していた。

 邪魔してはいけない。事態が把握出来ず混乱する僕に、ニーアが話しかけてくる。

「助かったね。エンバス。ありがとう。助けてくれて」

「う、うん。当然だろ。僕たちは二人一緒でないと意味ないんだ。ニーアを見捨てるなんてしないよ」

「うれしい。ね、私たち、ここにいたら邪魔みたい。みんな外の人を助けている。私たちは奥へ行こう。けがしている人を助けろって言われたでしょ」

 ニーアは列車にしがみついたせいでボロボロの手を僕に差し出す。

「あ、ああ」

 僕はその手を取る。反対の、折れた腕やぶつけて皿の割れたひざがずきりと痛む。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ない、でも、大丈夫」

 僕は痛みをこらえてにやりと笑う。ニーアも痛みに耐えている。僕が耐えないでどうするんだ。

「ゼドさん、大丈夫かなあ」

 ニーアが心配そうに言う。僕たちを助けてくれた。そして今も列車の外で、振り落とされそうな人たちを助けている。

「きっと大丈夫だよ。ゼドさんは強い。ここで落ちたりするものか」

 心配だけど笑う。ニーアの不安をやわらげるために。

 魂は強くないといけない。痛いとか不安とかでくよくよしてはいけない。

「いつも笑顔。ね。ニーア」

「うん!」

 僕たちは傷の痛みに歯を食いしばり、無理してにんまり笑った。やせ我慢でも元気が出てくる。魂は前向きなほど強い。楽になる。痛みも薄れていくような気がした。

 いきなり大冒険だった。ただ列車に乗るだけがこんなに大変で、死にものぐるいで、死にかけた。でもこの危険を、本当の恐怖を、とてつもない困難を乗り越えたことは誇りでありうれしいことだった。

 何だか少し成長した気がした。気弱なニーアはもっと成長している。痛みにも泣かず笑顔を見せる。僕より強いかもしれない。

 ニーアのことを今までよりもっと好きになった。恋をして結ばれたのに、また恋をしたみたいにドキドキする。

 ニーアを助けられて、一緒に列車に乗れて、本当によかった。

posted by 二角レンチ at 07:51| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月22日

魔列車地獄行(4)影

魔列車地獄行(4)影

 地面から天に向かって、滝のように噴出する魔列車は何十分噴き出し続けたのだろうか。ようやくその長すぎる車両の全てが地中から飛び出し、空を舞った。

 僕とニーアもけが人だったが、それ以上にひどいけがをしている人たちを窓のそばから奥へと連れていく手助けをした。痛みになんか負けていられない。みんな必死に頑張っている。僕たちも汗を垂らして手伝った。

 魂は我慢しようと思えば何でも我慢出来る。痛みも疲労も歯をくいしばって我慢し続けた。ニーアも頑張っている。兄であり彼氏である僕が音を上げるわけにはいかない。

 魔列車が地中からその姿を全て飛び出させ、空中を舞っている。ようやく窓からゼドさんが入ってきた。

「ゼドさん! ああ。無事でよかった」

 僕とニーアはゼドさんの元へ行く。列車に飛びつき振り落とされかけた僕たちを助けてくれたあと、ゼドさんは他の人も助けるために列車の外へ残ったのだ。

「おう。エンバス。ニーア。元気そうだな」

 僕たちは力無く笑う。僕たちはボロボロだった。でもゼドさんはそれ以上にボロボロで血塗れだった。それでも笑っている。強い。格好いいなあ。

 ゼドさんは僕たちの肩に手をかけ力強く握る。そしてにっこり笑う。僕たちはその頼もしさにとても安堵した。

「ちょっと待っていろ。おいみんな。そろそろ列車が地中に潜る。もう外には誰もいないと思う。いたとしてももう間に合わない。窓を閉めろ。急げ」

 ゼドさんの声を聞いて、みんな窓を閉め始める。ぎりぎりまで窓を開けて、窓の外にいる人たちを招き入れていた。でももう時間切れだ。地中に潜るなら窓を閉めないと、土砂が入ってきて埋まってしまう。

 広大な車両の側面に並ぶ窓が全部閉められる。十秒も経たない内に激しい振動が列車を襲う。

「地面に潜る始めだけだ。すぐ収まる」

 ゼドさんは僕とニーアを抱きしめてくれる。お父さんよりもやさしくて頼もしい。とても温かい気持ちになる。

「お父さん……」

 ニーアがぽつりと漏らす。僕と同じでお父さんを思い出していたらしい。

「大丈夫だよ。ニーア。僕たちが、魂が肉体に戻れば不幸から肉体を守れる。幸せになれる。きっと何もかもうまくいくよ」

「うん」

 兄と妹でありながら、僕とニーアは愛し合った。何度も抱き合った。それが両親に見つかり僕たちは引き離された。それが原因で両親は仲違いし離婚しようとしている。

 罪を犯した魂は地獄の入り口である荒野に堕とされる。しかしこの魔列車に乗り、無事に地獄の最奥にまでたどり着いて、肉体へ戻る聖列車に乗れば罪は許される。認められる。祝福される。

 僕たちの関係も不幸ではなく幸福となる。僕たち自身と周りを不幸にする運命から、僕たちも周りも幸せにする運命に逆転する。

 きっとたどり着く。肉体へ帰る。僕たちを、両親を救い幸せにするために僕たちはやり遂げなければならないんだ。

「ふう」

 ゼドさんがへたりこむ。僕たちは布でその血を拭う。

「ありがとうよ。でもまあ、魂は時間が経てば治癒する。ほんの数時間我慢すればいい」

「それでも、血塗れのままよりはいいでしょ」

「そうだな。ありがとうなニーア」

 ゼドさんはニーアの頭をぐりぐりなでる。ニーアははにかんでうれしそうだ。すっかりなついたな。初めは身体の大きなゼドさんをあんなに怖がっていたのに。

「さってと。まあ傷が癒えるまでは安静にしておくのが一番だ。いろいろ説明しておかないといけないしな。いつ俺やお前たちがこの魔列車から振り落とされないとも限らないからな」

「え。でも、もう窓の外に出たりしませんよ」

「そういうわけにもいかないんだな。だから説明がいる。お前たちは魔列車に乗るのは初めてだし何も知らないからな。もし落ちたらまたさっきの荒野からやり直しだ。そうなってもいいように、教えられるときに教えておかないといけない」

「私、お水もらってくる」

 ニーアが立ち上がる。水を配っている人のところへ向かう。

「あのお嬢ちゃん、初めは心配していたが大丈夫そうだな」

「ええ。ニーアは列車に乗る前に、ジェットコースターみたいなスピードで走るのがすごく楽しかったようで。僕も楽しかった。さっき列車から振り落とされそうになったときはすごく怖かったけど楽しかった面もあります。スリルってぞくぞくしますね」

「ははは。そうだろう。危険を甘くみてはいけない。でも楽しめ。楽しむほど力がわいてくるだろ。集中力も増す。楽しきこそものの上手なれだ。地獄の最奥までたどり着くためには、楽しみながらどんな困難にもどんどん挑戦し、打ち勝たないといけない」

 強いゼドさんでも、何度挑んでもまだたどり着けない地獄の最奥。僕たちにたどり着けるのだろうか。

 いや、たどり着かないといけない。魂であり肉体の守護者である僕たちが帰らないと、肉体の僕とニーアはどんどん不幸になっていく。決して幸せになれない。

「はいお水」

 ニーアがにっこりして差し出すカップに入った水を、僕とゼドさんは受け取る。

「ありがとう」

「ありがとよ」

 僕たちは床にうずくまって水を飲む。なんておいしいんだ。最高のスリル。最高の痛み。最高の興奮を味わったあとの水は、今まで口にしたどんなごちそうよりもおいしかった。

「ふー。生き返るなあ」

「僕たち魂って、殺されたら死ぬんですよね。それに肉体が生きて普通に生活している。今って生きているんですか。死んでいるんですか」

「あー……まあ、魂として生きている。魂は死んだら生き返り、荒野に戻される。そのときは地面に埋まっているからすぐに出ろよ。苦しいだけだぞ」

 ゼドさんが地面を掘り起こして出てきた事を思い出す。たしかに苦しそうだった。魂は苦しくても耐えられるがそれでも苦しい。地中に埋まって息が出来ないのは苦しくてしょうがなかっただろう。

「今、この魔列車って地中を掘り進んでいるんですよね」

「そうだ。魔列車は地中を掘って進み、荒野に出て飛びつく乗客を乗せる。そしてまた地中に潜る。荒野にいる魂たちの前に必ず一度は姿を見せる。それに飛び乗れなかったらまた次に来るまで数週間はおあずけだ」

 窓の外は真っ暗だ。かすかに流れるように土や岩が見えるが、地面を掘りながら弾丸のような速度で疾走する魔列車に乗っていると、ちゃんと見ようと思わない限り外の様子は見えない。

 もう振動は無い。地面に潜るときだけ振動があったが、あとはかなり静かだった。外の音は何も聞こえない。

「荒野はずっと太陽が出ていましたが、日にちってどうやってわかるんですか」

「ん? 慣れてくれば時間を計れるようになる。魂は知覚能力が優れているからな。肉体みたいに鈍くない」

 そうなのか。まだよくわからないけどそういうものか。

「これからどこへ行くんですか」

「地獄だ。魔列車は荒野で乗客を拾った後地獄へ突入する。いわゆる地獄巡りだな。怖い地獄をたくさん回る」

「わ、面白そう」

 お化け屋敷でさえ怖がるニーアが顔を輝かせる。さっきあんなに怖い目に遭ったのに。いや、だからか。怖いのって面白い。わくわくする冒険だ。

「ははは。その調子だ。何でも楽しめ。怖くても笑え。不謹慎でも遊びまくれ。しょげかえっていたら辛すぎて、地獄の最奥を目指せなくなる。そうなったらおしまいだ。肉体は死ぬまで魂が帰らず不幸から守られず、不幸のどん底でみじめに死ぬ」

「はい」

「よーし。じゃあ簡単にお勉強だ。お前たち、さっきの荒野では影が無いのに気付いていたな?」

 灼熱の太陽が照りつけ、草一本生えない荒野。そこでは僕たちの影は見当たらなかった。

「はい。でもそれって、僕たちが魂だからじゃないんですか」

「まあそうなんだが、荒野の太陽に照らされると影が出せない。存在出来ない。肉体と違い、太陽の光は魂の影を消してしまう。だからあんなに苦労して、列車に飛びつかないといけなかったんだ」

「?」

 僕とニーアは意味がわからず顔を見合わせる。

「ははは。わからなくて当然だ。まだ影が何かもわからないだろうからな。いいか。魂の影は肉体の影とは違う。出さないと現れない。太陽のある荒野では使えないが、太陽の無いこの地中や地獄では使える。自在に操れる道具であり武器なんだ」

「武器? 影が、ですか?」

「ああそうだ。出そうと思えば出せる。動かそうと思えば動かせる。触れようと思えば触れられる。形を変えようと思えば変えられる。手足のように自由に扱える。こんな風にな」

 ゼドさんが手をかざす。その手からずるりと、黒い影の手が出てくる。

「うわ。お化け」

 ニーアが目を丸くする。僕はまじまじと見る。

「お化けか。ははは。魂だってお化けの一種っちゃあそうだが。魂の影っていうのはな、魂から切り離して動かす魂の一部だ。当然切り離すほど本体である魂が削られてしまう。だから出しすぎに注意しろ。影を削られると魂がその分だけ削られることと同じだ。魂が削れきったり潰されきったりすれば死ぬ。そうなると荒野に戻ってやり直しだ」

 ゼドさんの手から出ている影は、はじめ手の形をしていた。でもころころと形を変える。影絵みたいにウサギや狐の形になる。指で作る形ではない。本物の形と立体感。

「触れるの?」

「ああ。怖くないから触ってみろ」

 ニーアは猫の形をした黒い影の頭をなでる。僕も触る。

 温かい。影の猫がごろごろと頭をこすりつけると、ニーアはぱっと顔を輝かせる。

「わ、わ、やわらかい。温かい。本当の猫みたい」

「手触りや体温を持たせているからな。そういうのを無くそうと思えば無くせるし、こういうことも出来る」

 ニーアは笑顔で猫をなでていたが、突然手を離した。

「冷たっ!」

 僕も触ってみる。

「うわ。本当に冷たい」

 氷のようだ。さっきはあんなに温かかったのに。

「ある程度温度や硬さを変化させられる。しかし魂や影を傷つけ害を成すには力を込めなければならない。力に変質させた分だけ魂は削れてしまう。影は魂の一部を変質させて作るから、それが消耗したり破損すればその分だけ魂が削れてしまう。こうして影の形を変える分には魂が削れないが、これに敵の防御を突破し傷つける力を込めると、力に変質した分だけ魂が減っちまう」

「ええと、ようするに、影自体は魂の形を変えているだけだからまた魂に戻せば減らない。でも力を生み出すと、力に変換した分は失われて戻らないってこと?」

「そうだ。変換ではなく変質と呼ぶが、まあどっちでもいいっちゃあいい。魂は時間が経てば治癒する。魂の傷が治癒するように、力に変質させて失われた魂も治癒して回復する。強力な力ほどごっそり魂が削れてしまうから、普通は小出しにする。傷つけるには小さい力を込めた刃でも十分だからな。大技より小技が基本だ」

「ゲームみたいですね。限りあるパワーゲージを節約しながら戦うみたいな」

「そうそう。ゲーム感覚で構わない。殺し合いだがそれすらゲームとして楽しめ。恐怖に飲まれたり、死ぬことを恐れたりするな。それこそが死に至る隙を生んでしまう。いざとなったらやり直せるんだ。リラックスして緊張しろ」

 言いたいことはわかるが、おかしな言い回しに僕とニーアはくすりと笑う。

「ま、武器としての使い方は戦闘時に見た方が早い。それよりまずは変質だ。魂を影に変質させる。魂を削り力に変質させる。他にも、魂を削って物に変質させることも出来る」

「物ですか?」

「そうだ。荒野や地獄、この列車や太陽なんかも全部、魂を変質させて作られている。魂は原初のエネルギー。何にでも変質出来る。しかし物に変質させたらもう戻せない。魂にも、他の物にも変質させられない。力に変質させたときも同様に、不可逆的だ。影は魂から切り離さない限りは魂の一部だからまた魂に戻せるが、切り離したらもう戻せない。付加逆的に固定され、損なわれる」

 ゼドさんの腕から伸びる黒い影が、とろとろと水のように流れる。それはゼドさんの持つ空のカップに注がれ、黒い水のような影がたたえられる。

「影を切り離して物に変質させる。見てろよ」

 僕とニーアは顔を近づけカップを見つめる。ゼドさんの影がぷつりと切れ、カップの中の影が切り離される。

 するととたんに、その黒い影が透き通った。カップをちゃぷちゃぷ揺らす。それは本物の水だった。ゼドさんはその水をおいしそうに飲んでみせる。

「わー、わー、すごい。手品みたい」

 ニーアが驚いた顔で、ぱちぱちと拍手する。

「そうだろう。ま、あまり大した物は作れない。食べ物とか、身の周りにあるような物だけだな。この列車の補修ぐらいは出来るがこれ自体を構築するには一人の魂ではまるで足りない。この列車は今までに多くの人が少しずつ影を注ぎ作り増やしていったものだ。今ではさっき見たように、長大で広大になった。しかし地獄へ堕ちる罪人の魂も増えていったから、これぐらいでないと足りないんだ」

 この車両はとても広い。端が見えないぐらい広い大ホールだ。魂も大勢乗っている。でもまだ足りない。罪を犯しそれを償うべき魂が、こんなにたくさん。無数の車両にひしめいているのだ。

「服も変質で作る。自分の服は自分の魂を削って調達しろよ。それがマナーだ。ま、他人に施しをもらうこともある。その分こっちも誰かに魂を削って施す。ここではもちつもたれつ、助け合いが大事だ。お前たちも他人を敬い尊重しろ。決してないがしろにせず困っていたら助けるんだ」

 さっきも列車に飛び乗るとき、乗客のみんなは窓の外に張り付いた人たちを中に入れるために必死だった。今は大分落ち着いたが、けが人の世話もみんなで必死にやった。僕らも手伝った。ここではみんな、他の人を大事に想い助け合っている。

 それはとても不思議な事だった。だってここには地獄へ堕ちる魂がいる。罪人の、悪人の魂ばかりなのだ。それがどうして、みんなまるで善人のように人を助けるのだろうか。

posted by 二角レンチ at 10:24| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月24日

魔列車地獄行(5)人助け

魔列車地獄行(5)人助け

「あのう、ゼドさん。訊いてもいいですか」

「いいぞ。どうでもいいが、内容を聞かないとわからないんだから断らずにどんどん訊いてかまわないぞ」

「あ、はい。そうですね。えと、ここにいる人たちは、地獄に堕ちて荒野にいた魂たちは、みんな罪を犯しているんですよね。中にはとてもひどい犯罪者もいる。善人ばかりじゃない。なのにどうして、こんなにもみんな善人のように他人を必死に助けるんですか」

 ゼドさんはとても悲しげな目をする。かすかにほほえんでいるが泣いているように見えた。

 それが意味するところは一つしか無い。ゼドさんはきっと、僕が今言ったひどい犯罪者の一人だったのだ。

 僕はそれに気付かなかった振りをした。

「嫌な言い方をすれば打算だ。地獄の最奥へ至るのは非常に困難だ。途中でほとんどの乗客が振り落とされる。みんなで必死に協力し合い、出し惜しみせず助け合わないと、自分も他の誰も最後までこの列車に乗り続けることが出来ない。ほとんどの魂は地獄の最奥へ到達出来ず、肉体は不幸にまみれてみじめな一生を終えてしまう。だからみんな、自分が救われたいから他人を助けるんだ。そうして自分も助けてもらえないとわずかな可能性すら残らない」

 何度も聞かされているが、やはり地獄の最奥へ着くのはとても難しいらしい。ほとんどの魂が何度挑戦しても失敗して、肉体は一生不幸を覆せない。

「そして良い言い方をすれば、人間は、魂は、善人であり悪人であるからだ。誰でも悪いことをする。聖人なんていたとしても奇跡的で偉大な存在だ。普通の人間に聖人はいない。でもな、同時に完全な悪人なんてのもいない」

 ゼドさんはとても深い感情をたたえた目をする。その感情が何かは読み取れない。

 でもゼドさんも罪を犯してここに堕ちた。完全な悪人なんていない。それはゼドさん自身に言い聞かせていることだと直感した。

「どんな悪人でも罪を悔いる。償いたいと思う。人を助けたいと思う。愛したいと思う。全力で、自分の全てを賭けて他人のために何かしてあげたいといつも思っている」

 ゼドさんは自分の胸に手を当てる。

「魂は、強くて力がある。それが出来るんだ。それは心も身体も貧弱な肉体には出来ない。卑怯な真似をしてでも自分だけを守るので精一杯。でもここでは、人を思い切り助け愛することが出来る。それを楽しめる。その喜びを味わえる」

 悲痛な表情をしていたゼドさんが、明るくにんまりする。

「無上の楽しみだ。みんなそれを楽しみたくて、味わいたくて、人を助ける。人を助けると自分も救われる。幸せを感じることが出来る。だからみんな、半分自分のために、半分他人のために、全力で他人を助けるんだ」

 よくわからないけれど、人を助ける喜びをたたえたゼドさんの満面の笑みから、それがどれほど楽しくうれしい喜びなのかがうかがい知れる。

「私も人を助ける。さっきから助けられてばかりだもん」

 ニーアがはつらつと言う。しまった。先に言われた。

「僕も助ける。だってゼドさん楽しそう。それに、ゼドさんやここにいる人たちに助けられなかったら、僕たちは列車から振り落とされてまだあの荒野にいた。もう十分すぎるほど助けてもらったんだから、恩返しをしなくっちゃ」

「そうだ。その意気だ。二人とも偉いぞ。人助けは他人のために自分を犠牲にすることじゃない。他人を助けると自分も救われるんだ。助けてもらえるんだ。特に俺たちは、償わないなら罪の重さに押し潰される。償いをして罪の重荷を減らさないと立ち上がる事すら出来ない。ここではそれが出来る。人を助けることが償いなんだ。いくらでも存分に、思い切り楽しんで償うんだ。肉体の受ける辛いだけの罰なんかくそくらえだ。償いは楽しくないといけないぜ」

 そう言ってにかっと笑うゼドさんはとても格好いい。

 たしかにそうだ。辛い罰より楽しい償い。その方が自分も他人も喜べるし助かる。いいことばかりじゃないか。不謹慎だなんて言わせない。こっちの方が絶対正しい。

 僕とニーアがゼドさんの笑顔を見て一緒にはしゃぎながら笑うと、アナウンスが聞こえた。女の人の透き通るようにきれいな声だった。

「みなさま。無事に御乗車おめでとうございます。これにて荒野の乗車は終了です。当魔列車はただ今より地獄へ突入します。地獄の最奥までの旅。どうか途中下車などなさらずに、最後までご無事にお乗りください」

 みんなわああっと騒ぐ。盛大な拍手と歓声に包まれる。

「お、こいつはラッキーだな。魔列車は荒野のあちこちに飛び出し乗客を拾う。しかし今回の乗車はさっきので最後だったか。ついているぜ。俺が死んで復活してすぐ魔列車に乗り、しかもそれが最後の乗車ですぐに地獄へ行ける。お前たちに会ってからすげえついてばかりだな。ははは。おいニーア。お前は俺の幸運の女神様だな」

 ゼドさんがぐりぐりとニーアの頭をなでる。ニーアは女神様と言われてすごくうれしそうにはにかんでいる。

 かわいいな……僕はニーアの笑顔をうっとり見つめる。

「ふーむ。しかし地獄へ入るとなるとうかうかしていられねえ。おいお前等。とりあえず、影を出せるようになっておかないといけない。練習するぞ」

「え、でも、どうするんですか」

「イメージしてみろ。さっき俺がやったみたいに、自分の中から自分と同じ形の影が出るイメージが一番やりやすい」

 さっきゼドさんがやったように、自分の手から同じ形の影がずるりと抜け出る感じ。僕は試してみる。

「わ、出た」

 僕じゃない。ニーアだった。

「おお。ニーア。いきなりか。すごいな。えらいえらい」

 ゼドさんはにこにこしながらニーアをなでる。ニーアはゼドさんになでられたりほめられたりすると本当にうれしそうに喜ぶ。

 やさしいお父さんが、僕たちの関係を知って激怒した。まるで違う人、いや、鬼のようだった。僕たち魂が最後に見たお父さんは鬼だった。だからニーアは、やさしかったお父さんの面影をゼドさんに求めているのかもしれない。

「あれ、あれ、僕、出ないよ」

 僕は必死にイメージする。ニーアがすんなり出来たんだ。難しいことではないはずだ。でも僕の手から、影の一滴すらも出なかった。

「うーん。出ないか。しょうがねえな。耳を貸せ」

 ゼドさんの顔に耳を寄せる。ゼドさんはぼそぼそと影を出す秘訣をしゃべる。僕はそれを聞いて、顔が燃えるように熱くなるのを感じた。

「そ、それは、その」

「いいからやれ」

「あれ、ニーア?」

 ニーアを見ると、真っ赤になってうつむいていた。

 ゼドさんがしまったと言うように顔をしかめ手を額に当てる。

「ゼドさん?」

「あー……魂は知覚能力が優れていると言っただろう。肉体と違って、聞こうと想えば遠くても小さな声でも聞こえる。魂は肉体よりはるかに、望むことが出来る力があるからな。ニーア。俺がエンバスの耳元でささやくんだから、お前に聞かれたくないことだってわかるだろう。聞こうとするなんて駄目だぞ」

「ご、ごめんなさい。だって、気になったんだもん」

「まあいい。お前たちは兄妹で愛し合った罪で堕ちたんだったな。もう子供じゃないんだ。なら逆に、このぐらいで恥ずかしがらなくてもいいだろう」

 そうは言っても。僕とニーアは目を合わせず、顔を真っ赤にしてうつむく。

「ほら。エンバス。やってみろ。さっき教えた通りだ。女は産む者だから影を生み出しやすい。本能で生む感覚を知っている。でも男はその感覚がわかりにくい。だから代わりに、生命の原初を身体の中から出すあの瞬間をイメージして出せ」

「う、うん……」

 ニーアの前で、それをイメージしながら出すのが恥ずかしい。でもやるしかない。

 ニーアを抱いたときのことを思い出す。やわらかい肌。温かくて甘いミルクのような香り。なめると汗でしょっぱくて、でもかすかな甘さに夢中になって、たくさんあちこちなめ回す。

 そして見つめ合い、身体を重ねる。入っていく。すごく気持ちいい。動かす。初めはやさしく。でもだんだん我慢出来なくなって、どんどん早く動いてしまって、悶えるニーアの悩ましげな表情を見ると胸が熱くなって、もう我慢出来なくて。

「うっ、ふ、ううううううう!」

 愛するニーアの奥深くで、限界まで愛し合った状態で出すあの感覚。生命のほとばしり。女が赤子を産む代わりに、男が生命の原初を注ぎ込む瞬間の快感と喪失感。

 どぐん。

 影が、出た。

「あっ、あ、あああああ」

 ニーアと愛し合い果てたときのような喪失感。僕の中から熱い物が出たときの快感。本当に、それをイメージしたら影が出た。

「わあ。すごい。出てる」

 ニーアの無邪気な言葉にドキドキする。

「ははは。おめでとうエンバス。影が出せたら魂として一人前だ」

 ゼドさんは僕の背中をばんばん叩く。振動で折れた腕が痛む。でもうれしい。

「あれ。そういえば、もうあんまり痛くない」

 列車に飛び乗るときに折れた腕が、あまり痛くない。それどころか動かすことも出来た。

「けっこう時間経ったからな。治癒してきたんだろ」

「へええ。まだ二時間ぐらいかな? 折れた腕が治るってすごいですね」

「まあな。重症でも数時間で治る。だからもし、ずたずたになったり首だけになっても何とかなる。でも首は奪われるなよ。魂の急所は心臓ではなく首だからな」

「首をはねられると死ぬんですか?」

 僕とニーアは腕から出した影を動かしながら話を聞く。新しいおもちゃで遊ぶみたいですごく楽しい。慣れてくると形も変えられるようになってきた。

「いや、それぐらいでは死なない。魂全部が削られるか潰されるかすると死ぬ。力を使うほど、影を砕かれるほど、身体を抉られるほど魂が磨耗する。魂全部が損なわれると死ぬんだ。再生する根本が無くなるからな。でも首をはねられたり頭を潰されたりしてもまだ大丈夫。まずいのは首を奪われることだ」

「奪われる? 誰にですか」

「亡者だ。地獄の亡者。それが俺たちの敵だ。これからいろいろな地獄を巡りながら地獄の最奥を目指す。でも地獄にいる亡者どもは俺たちをこの列車から引きずり降ろしその首を奪おうとする。自分が助かるためにな」

 僕はごくりとつばを飲む。危機に備えて影を動かす練習を続けながらゼドさんの話の続きを待った。

posted by 二角レンチ at 06:59| 魔列車地獄行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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