2013年12月09日

見えざる掌(0)あらすじと人物紹介

見えざる掌(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 掌で触れる事により発動する能力、それが掌能力。

 両の掌を突きつける事は銃を突きつけるに等しく、その掌で触れる事は剣で斬りつけるに等しい。

 危険な掌能力を持つ事が発覚すれば、政府に捕獲されその後の人生はどう利用されるか定かではない。だから掌能力者たちは能力を隠して生き、それが露見したときは表社会を脱出して裏社会に逃げ込む。

 裏社会はゴミ捨て場。表社会の問題全てを捨てる。貧困も、人権問題も、福祉問題も、ゴミも人も全てを裏社会に捨てて切り捨て、表社会だけは豊かな繁栄を築いていた。

 裏社会は裏社会で統治されている。しかし実際には表社会の政府が管理している。それは公然の秘密であり、裏社会は公式には表社会とは一切関わりが無い事になっている。

 掌能力者は裏社会に逃げ込む。そこでは純白で淡い光を放つ特別な手錠と携帯端末を支給される。その本人にしか使えない、能力で作られたそれを渡される事こそが、政府に管理された家畜の証。

 裏社会は放牧場。掌能力者たちを放牧し戦わせて淘汰し、強い能力者が育ったら政府が捕獲し利用する。

 政府は能力者を裏社会に追い込み賞金を懸ける。掌能力者は賞金首となり、同時に生きるために他の賞金首を狩る賞金稼ぎとなる。

 情報端末で賞金首のデータベースを調べ、賞金首を狩り手錠に繋ぐ。殺せば賞金が半額になるため出来れば生かしたまま捕獲したい。

 捕獲した賞金首を警察に連れて行くわけにはいかない。警察には能力者たちがたくさんいて、賞金稼ぎは賞金首として狩られてしまうからだ。

 だから仲介人を通して賞金首を換金する。仲介人は裏社会と表社会を繋ぐ存在。公には政府とまったく関係が無いが、政府の使いである事は誰もが知っている。

 掌能力者のゾナスはたくましい大男。掌能力は触れた物の表面に小さな穴を開け、その穴をどんどん開けながら物の表面を走らせる事が出来る。身体のどこかに触れればそこから穴を走らせ頭まで掘り抜き敵を殺せる。

 彼は仲介人のクランクランが仲介料として賞金の五割も持っていく事に不満を抱きつつも、他に信用出来る仲介人が見つからないのでしぶしぶ取引を続けている。

 クランクランは実にいやな女だ。髪も服も真っ白で、人を馬鹿にした口調で話す。純白に輝く神出鬼没の塔を擁し、そこに強力な掌能力者である八人の少女、髪も服も真っ白な十代の処女ばかりを囲って愛でている。

 ゾナスが捕獲した賞金首、若い青年イヒャルテは飄々とした男だ。堅物のゾナスとまるで正反対。捕獲されたのにへらへらするこの男をゾナスは毛嫌いしていた。

 しかし、捕獲したイヒャルテを仲介人であるクランクランに渡すときに、彼女はとんでもない事を言い出す。

「ゾナス君。君にはそろそろチームを組んで行動してもらいたいんだ。独りで狩れる相手はたかがしれているからね。私の依頼をこなすチームが欲しいんだよ。イヒャルテ君を私が政府から買い取りこのチームのリーダーとする。ゾナス君には裏社会の人間として協力してほしいんだ」

 仲介料を上げると脅され断れないゾナスは、まるで相容れない人間であるイヒャルテとチームを組まされる。そしてクランクランの依頼、つまり政府の依頼を受け、何でも溶かす危険な掌能力を持つ女ヘカトポリスとその妹の捕獲を命じられる。

説明

 不器用で堅物の大男ゾナスと、正反対に細身でへらへらして陽気なイヒャルテのデコボココンビが掌能力と呼ばれる特殊能力を武器に賞金首を狩る能力バトルのファンタジー小説です。

 いつもは話にあまり無駄な会話を入れないので、デコボココンビによる軽快なやり取りをふんだんに盛り込んでいます。意味の無い馬鹿話かと思えばそれが突然生き方に鋭く切り込んだりして、楽しくひどいお話となっています。

 直接戦闘ばかりでなく交渉や駆け引きといった心理戦が多めに入っています。正攻法と力だけで生きてきてその限界にぶつかるゾナスと、戦闘において許されるギリギリで狡く卑怯で知恵と騙しと脅しを駆使し、しかしなお粋を説きそれを貫くイヒャルテ。二人の対比とぶつかり合い、そしてそれが合わさった時に生まれる面白さをぜひご堪能ください。

 以下人物紹介です。イメージラフがついていますので、小説を読む際に絵でキャラのイメージを見ても大丈夫な方のみごらんください。

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posted by 二角レンチ at 10:34| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

見えざる掌(1)掌能力

見えざる掌(1)掌能力

 ゾナスは賞金首を追っていた。たくましい身体は常人のそれとは違い、獣のように強く俊敏。膨れ上がった筋肉とは裏腹に、その動きは豹のようにしなやかで弾むようだった。

 しかし賞金首の方も同じように俊敏だった。やはり普通の人間とはかけ離れた運動能力で、狭いビルの間をぶつかる事なく高速で跳ね回り、壁を蹴って跳躍していた。

 賞金首の男は細い体躯だった。少し長めの髪をなびかせ、ビルの裏路地を選んで疾走していた。

 賞金首の男がビルの角を曲がり姿を消す。ゾナスも一瞬遅れてその角を曲がる。

 そこで待ち伏せての反撃はもちろん警戒していた。しかしそれは無かった。賞金首の男は姿を消していた。

「まさか? やばい!」

 ゾナスはとっさに前へ跳ぶ。敵の位置を確認している暇は無い。

 もし前に奴が潜んでいればおしまいだ。でもこういう不意打ちをするなら普通はもっと有利な、視界に入らない死角から襲う。すなわち背後か上だ。

 ビルが建ち並ぶこの裏路地なら、驚異的な身体能力を生かして上空に跳び、下へ走ってきたゾナスに飛びかかるように襲うのが一番確率が高い。背後へ回る時間は無かった。上空へ跳び上がる一瞬ぐらいしか間は無かった。

 しかし、それは常識的な考えだ。人間離れした運動能力を使っても、常識的に考えればそれぐらいしか思いつかない。

 隠れる暇も無い時間。上空へ跳び上がる時間しか無かった。だから上から襲ってくる。そう考えるしかなかった。

 でもゾナスはそう考えない。敵の賞金首の男の能力はもうわかっている。なら一瞬で姿を消すのに上空へ飛び上がる可能性は低い。

 潜んでいるなら壁か床だ。ビルの壁からか地面の下からか。いずれにせよ曲がり角に踏み込んだゾナスを襲撃する。

 前が一番可能性が低い。ゾナスは反転する暇も無く前へ跳んだ。もし前に潜んでいれば、ゾナスの視界に入る。視界に入れば迎撃される。

 奴ならそんなリスクを犯さない。ゾナスは敵が異常に警戒心が強い事を頼りに前へ跳んだ。もしかち合えば勝率は五分五分、いや、地面か壁に潜む奴がどこから出てくるかわからないから一瞬遅れる分、おそらく負ける。

 敵が前の地面に潜んでいれば、敵の勝つ確率の方がはるかに高い。それでも敵はよりリスクが低い手段を取る。臆病な奴だ。代わりに勝利を逃す。

 ゾナスは前に跳びながら、股の下から後ろを見る。前に敵がいればそうして視線を外すのは致命的だが、ゾナスは敵が後ろの地面か壁に潜んでいる事を確信していた。

 ゾナスの読み通り、後ろの地面からするりと幻かのように手が突き出る。ゾナスがさっきいた場所を握るようにその手が握りしめられる。

 ほんの一瞬でも躊躇したり立ち止まったりしていたら、あの手に掴まれていた。そして地面に引きずり込まれ窒息させられていただろう。

 ゾナスの読みと判断速度の勝利だ。敵は前の地面に潜むのが一番勝率が高いが、自分のリスクを出来るだけ避けるためにより安全な方を選んだ。

「確認したぜ。食らえ」

 位置さえわかればこっちの物だ。ゾナスは空中を跳びながら、手を伸ばし地面に掌をつける。

 その掌のすぐ横の地面に穴が開く。ズボボッと音を立てながら、コイン程度の小さな穴が次々地面に開いていく。

 その穴は等間隔で開けられていく。何かの機械で正確にパンチしていくように、あるいは歩幅の一定な小人が脚を交互に出して歩く足跡のように。穴が左右交互に開けられながら進んでいく。

 穴がどんどん開いていく。その穴はまっすぐ地面を進み、地面から突き出る男の腕にまで届く。

 地面に開けたように、その男の腕にまで穴が開けられていく。地面に開いていった穴は今度は男の腕を這うように、次々と穴を開けながら進んでいく。男の腕を手の甲まで、穴の入れ墨を彫り込んだ。

 穴は深い。多数の規則正しく並ぶ穴から鮮血が噴き出す。

「うぎゃっ」

 腕に穴をたくさん開けられた男が地面から出てくる。地面がまるで水かのようにするりと男が浮かび上がる。

 地面はまるで変化していない。男の身体がまるで幻であるかのように透過し、地面からすり抜けてきた。男は身体全部を地面から引き出し、最後に地面に埋まっていた片手までするりと引き抜く。その手であわてて穴だらけの腕を掴む。

「ふう、うぐぐぐぐ」

 細身の男は長めでやわらかい髪を揺らしながら、穴だらけにされた腕を手で押さえてうめく。

 いかに人間場慣れした運動能力を持つとはいえ人間には違いない。常人よりはるかに痛みに耐えられるとはいえ痛いものは痛い。腕を深く抉る穴をいくつも開けられる苦痛は耐えがたく、戦意を喪失させるには十分だった。

 すでに着地していたゾナスは、男がそれ以上逃げようとしないので、ゆっくりと歩いて迫ってくる。

「終わりだな。手負いなら運動能力が著しく鈍る。しかも俺たちの武器はこの両の掌だ。穴を開けられもうそっちの掌は使えないだろう。戦闘力は半減だ」

 ゾナスは自分の掌に拳を打ち込みばちんと鳴らす。細身の男はうずくまり腕を押さえながら、恨めしそうにゾナスを見上げる。

「賞金首イヒャルテ。掌に触れた物を透過出来る掌能力者。さあどうする? もう抵抗しないなら生かして逮捕してやる。それが嫌なら殺す。どっちか選べ」

 イヒャルテは細身で美しい男だ。ごつくてたくましいゾナスと対照的なその男は、痛みに脂汗を垂らしながら媚びるような目をする。

「た、頼むよ。もう、君を今後狙わないと誓う。だから、見逃してくれないか。同じ賞金首じゃないか。仲間だろ」

 ゾナスが鼻で笑う。

「どうせここで見逃したら俺を狙って、この前の借りを返させてもらうとか言うつもりだろうが。俺たちは賞金首で賞金稼ぎだ。同じ能力者同士で狩り合い生計を立てている。捕まったらおしまいだろ。往生際が悪いぞ」

「僕を逮捕したら、きっといつか君に復讐しちゃうぞ。それでもいいのかい?」

「おいおい。ははは。物騒だな。おお怖い怖い。じゃあ、そんな事にならないように殺しておくか。賞金が半分になっちまうが仕方ない」

 ゾナスは手を広げて伸ばす。その掌がイヒャルテの顔面を覆う寸前、イヒャルテが叫ぶ。

「ひい、わ、わかったよ。悪かった。冗談さ。だって、捕まるんだよ? 悪態の一つも言いたくなるってもんさ。は、ははは。ねえ?」

「はははははははは」

 ゾナスは乾いた笑いを上げる。大口開けているが、目が笑っていない。広げた掌をイヒャルテの目の前で握る。そしてその拳でイヒャルテの頭を上から殴る。

「がっ」

「俺はな、冗談言うのは好きだが言われるのは嫌いなんだよ。だって俺の冗談は面白いけど他の奴の冗談はつまらないだろ? 笑ってあげるのがしんどいんだ。これ以上つまらない冗談言うなら本当に殺すぞ」

 イヒャルテは怯えながらぺこぺこする。優男なのに媚びた愛想笑いは実に汚らしく、せっかくの美形が台無しだ。

 能力は強いくせにこの痛みや恐怖に簡単に屈する弱い心のせいで負けたのだ。さっきだってリスクを犯してもゾナスの前の地面か壁に潜んでいれば恐らく勝てたのだ。

 掌能力や身体能力は物理的な強さだ。しかしそれを操るのは心だ。心と思考が強くないと戦闘には勝てない。イヒャルテがゾナスに勝てたのに負けたのは、心が弱くてリスクを取れなかったからだ。

 ゾナスはズボンのポケットから手錠を取り出す。純白に煌めき自ら光を発するそれは政府から支給された特別製だ。両手首にはめる事で能力者の能力を封じる事が出来る。

 掌能力者は掌に触れた物に作用する能力を持つ。だから両手が武器だ。それを封じるのに手錠はこれ以上無いくらい似つかわしい拘束具だった。

 この特別製の手錠は能力者の持つ高い身体能力でも破壊出来ないし、逃れる事も出来ない。

 この手錠自体が「能力者を捕らえる」という特別な能力を持つため、これをかけられたら能力者は無力化する。脱出の試みが出来なくなってしまうのだ。関節を外して手首を抜き取るとか、自ら手首を切断して手錠から腕を抜くといった事も行えなくなってしまう。

 手錠を使うから、能力者を捕らえる事を逮捕すると揶揄する。でも賞金稼ぎは警察ではないし、逮捕権も無い。単なる捕獲だ。

 賞金首は同時に賞金稼ぎでもある。政府は賞金首を誰が捕らえるかは問わない。だから賞金首が賞金首を捕らえる事は当たり前に行われている。危険だが何より稼げる仕事だった。

 毒は毒をもって制する。能力者はとても危険で常人離れしているため、常人の警察や軍隊が捕らえるより、能力者をぶつける方がよい。

 賞金首が金を稼ぐために賞金首を狙う。毒には毒を、賞金首には賞金首を。能力者には能力者をぶつけ潰し合わせる事で、政府や市民の被害を減らしながら脅威を減らしていける。

 イヒャルテは手錠をかけられると、がっくりとうなだれた。

「これでお前は無力化する。掌能力も、能力者が持つ高い身体能力も使えない。おら、手を出せ。自己治癒能力も低下するからな。引き渡すまでの間包帯を巻いてやる」

 イヒャルテは痛みにうめきながら、ゾナスに包帯を巻かれる。巻き方は上手くない。ぐちゃぐちゃだ。ゾナスはえらく不器用なのだ。

 能力者は自己治癒能力を持つ。手錠で拘束され能力が低下しているとはいえ、常人と違って放っておけばその内治癒する。通常数時間で癒えるところを数日かかるようになるだけだ。

 もっとも、逮捕され引き渡された後はちゃんと治癒の掌能力を持つ者に治癒をしてもらえる。だから引き渡されるまでの間だけ痛みを我慢していればいい。

「うぐぐっ。君包帯の巻き方下手くそだな。痛いぞ。もっと優しくやってくれよ」

「うるせえな。たいていの奴は包帯すら巻いてくれないだろうが。俺はいつも逮捕する奴を穴だらけにしちまうからな。こうして包帯を巻いてやれるよう包帯を持ち歩いている。俺って優しいよな。ほめてもいいぞ」

「ふん。僕はもう逮捕されたんだ。殺すと賞金が半額だからね。それじゃあうまくない。もう僕を殺す事は出来ないんだ。感謝なんかするものか」

 ゾナスは包帯を巻く振りしてイヒャルテの穴だらけの手をぎゅっと握る。

「いててて! あ、あひい、か、感謝しています。どうせ遅くても治癒するからって放置する事なく包帯を巻いて止血と固定をしてくれて、痛みが大分やわらぎました。とっても感謝しています。こんな優しい方は他にいませんよゾナスさん」

 イヒャルテはぺこぺこし、痛みに涙しながら気持ち悪い愛想笑いをする。顔はいいくせに台無しだ。彼は性根が小心者すぎて実に損をしている。

「そうか。感謝しているか。ははははは。いいぞ。気に入った。だから連行する間俺のとっておきのジョークをたっぷり聞かせてやる。ちゃんと笑えよ? 俺は他人のくだらないジョークを聞いて笑ってあげるほどお人好しじゃない。しかし俺のジョークを聞いて笑ってくれない奴には容赦しない」

 なんとたちが悪いのだ。自分のジョークがくだらない事を知っていてそれを笑えと強制するのだ。それはある意味拷問だった。

 イヒャルテははじめ、くだらないジョークを聞かされた後ゾナスの真似をしてはははははと乾いた笑いをしてみせた。でもゾナスにぶん殴られてすぐにぺこぺこし、出来るだけ自然な笑いをするよう努力した。

 傷が痛いのに笑うのは辛かった。汗だくで面白くないジョークに対し必死に笑うイヒャルテの顔を見て、ゾナスは相変わらずはははははと乾いた笑いをした。

posted by 二角レンチ at 07:59| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月13日

見えざる掌(2)裏社会

見えざる掌(2)裏社会

 能力者のあらゆる能力を封じる特別な手錠をかけられ、イヒャルテは逃亡の試みすら出来ない状態におかれている。この手錠は最小の檻として機能するため、かけられた者は脱走の試みすら行う事が出来なくなる。完全に無抵抗になるのだ。

 だから安全に連行出来る。ゾナスは賞金稼ぎが利用するレンタカーでイヒャルテを連行していた。

 ゾナスはとても元気だった。自分の苦心の傑作であるジョークを聞いてくれる奴はいないので、捕らえた賞金首にそれを聞かせると実に気分がよくなるのだ。

 誰だって自分のジョークが受ければうれしくなる。ゾナスは特にそうだ。しかし彼のジョークはとてもつまらない。だから普通は笑ってもらえないどころか聞いてさえもらえない。

 腕に穴をいくつも開けられズキズキ痛む。包帯で下手くそに縛られた腕の痛みに耐えるのは拷問だ。痛みに耐えられるほど身体能力の強い能力者とはいえ、痛いのは痛いし辛いのは辛い。

 なのに、えんえんゾナスの笑えないジョークを聞かされ笑ってあげないといけない。それも嘘くさい笑いではなく本気で面白がって大笑いしてあげないといけないのだ。

 これは精神的な拷問だ。傷の痛みの中笑顔を作るだけでも難しいのに、笑えないジョークを聞いて本気で笑わなければならない。なんてハードルが高いのだ。誰でもこなせる物ではない。

 だから、普段意志が弱くて困難からすぐ逃げてばかりのイヒャルテは、それをやり遂げた事に喜びを感じていた。

 こんなに頑張って何かを成し遂げた事など初めてだ。イヒャルテは生まれて初めて味わう最高の達成感で、汗だくになりながらも実にさわやかな笑顔をしていた。

 政府は賞金首を賞金首に狩らせる。能力者は能力者をぶつけないと捕獲が困難だ。常人の被害を減らすために、死んでも困らない能力者である賞金首自身に賞金首を狩らせる。

 だからこうして、身元を突き止められると困る賞金首や犯罪者が裏社会で車をレンタルしたりさまざまな施設やサービスを利用したりしても、政府はそれを追跡しないし妨げない。

 賞金首は泳がせて他の賞金首を捕まえさせる方がはるかに良い。利害の一致という奴だ。おかげで特に苦労もなく、裏社会のレンタカーなどはいくらでも利用出来る。

 もっとも、裏社会のサービスは何でも高い。通常価格の十倍はぼったくる。だから余計に、賞金首は他の賞金首を捕獲して高い賞金を稼がないといけなくなる。

 上手く出来ているものだ。政府と裏社会が互いの利益のために裏で手を組んでいるのは明白で、賞金首たちはそのシステムの中で利用されているに過ぎない。

 それでも、そうして食っていかないと生きていけない。犯罪をするほど賞金が上がり、余計に狙われるようになる。政府は罪状に関わらずいい加減な理由で賞金を上げて捕獲されるよう仕向ける事が出来るのだ。政府に逆らってもいい事は無い。

 ゾナスのように能力を持つ者はたいてい、その能力で何らかの過ちを犯す。そうして能力が判明し、逮捕されないために逃亡する。表社会から隔絶された別の社会、裏社会に逃げ込むのだ。

 賞金首はこうして生まれる。そして賞金首が生きていくためには裏社会のサービスを利用するしかない。高い金をぼったくられる裏社会で生きる金を稼ぐには、同じ賞金首の高い賞金を得るために賞金稼ぎになるしかない。

 能力者はこうしてその存在が知覚され、賞金首と賞金稼ぎのシステムに組み込まれる。政府は賞金をかける事で自分たちが危険を犯してまで捕らえなくても能力者たちを集める事が出来る。

 能力者にはさまざまな使い道がある。政府に引き渡されたあとはいろいろと利用される。でもその待遇は善し悪しだ。上手くすればちゃんとまともな生活を送れる。

 だから、捕らえられてもそれほど悲観する事は無い。自由を失うが裏社会で生きるよりましかもしれない。イヒャルテは楽観していたし、ゾナスも同じ仲間とも言える賞金首を捕らえて政府に売る事に後ろめたさは無かった。

「よーし着いたぞ。降りろ」

 車で半日。ずいぶん町から離れた荒野だ。草木すらない、何も無い場所だ。

「着いたって。何も無いじゃないか」

 イヒャルテは疑問に思う。

「お前は賞金首を捕まえたときどうやって引き渡しているんだ?」

 ゾナスが尋ねる。イヒャルテは答える。

「どうって。場所を指定されてそこへ行くと、取引相手がいるんだよ。そこで渡して金をもらっておしまい。町中で、酒場とかが多いかなあ。賞金首を捕らえたお祝いに一杯おごってもらえるんだ」

 ゾナスは呆れる。

「お前、そんな不用心でよく今まで捕まらなかったな」

「何で? 僕は賞金首を捕まえるんだよ。逆に捕まえ返されはするもんか。相手を手錠で拘束しているんだ。抵抗出来ないさ」

 ゾナスはため息をつく。

「はーっ……その酒場だか何だかで、お前がすでに売られていて、他の賞金稼ぎたちが待ち構えていたらどうするんだ」

 イヒャルテは笑う。

「あはははっ。そんなわけないじゃないか。君は心配性だねゾナス」

 ゾナスは哀れむ目でイヒャルテを見下ろす。巨体でたくましいゾナスはひょろひょろしたイヒャルテより頭一つ分も背が高い。

「そうか……お前そういう目に遭った事無いんだな。幸運だったな。俺はある。取引相手に裏切られ、待ち伏せされていた。俺と俺が捕まえた賞金首の両方を手に入れようと、賞金稼ぎ共が待ち構えていたんだ」

 イヒャルテはあせる。

「ええと、それ、冗談? ジョーク? 僕、笑った方がいいかな?」

「冗談でもジョークでも無い。だから笑ったら怒るぞ」

 ゾナスがにらむとイヒャルテは愛想笑いをやめて真面目な顔をする。ゾナスの機嫌を損ねるとすぐに頭をげんこつで殴られるからだ。

「それは何とか逃げ切れたが、それ以来本当に信用出来る相手としか取引しない。その相手が見つかるまで何度も取引相手を替えたし、こうして周り数キロ四方に何も無く誰もいない場所を取引場所に使う」

「ふーん」

 イヒャルテはあまりよくわかっていないようだ。臆病なくせに直面していない危機には鈍感過ぎる。

 よく今まで生き残ってこられたな。ある意味驚異だ。イヒャルテの能力は強いが頭と心が弱すぎる。ゾナスはまじまじと彼を見る。

「何? 僕の顔に何かついてる? それとも男前すぎちゃったかな」

「いや」

「ふーん。ところでさ、じゃあその取引相手はどうやって会うのさ。ここでずっと待ちぼうけなのかい?」

「いや、ここにいれば、もっと遠くから監視している取引相手がすぐに来てくれる。ちょっと待っていろ」

「へえ?」

 イヒャルテは荒野に座り込む。ぐちゃぐちゃに包帯を巻かれた腕を無事な手でなでる。

「早く来てくれないかなあ。ちゃんと他者治癒能力を持つ掌能力者がいるんだろうね? 僕これ以上この痛みに耐えるの辛いんだけど」

「ああ。取引相手は他者治癒能力者を連れている。たいていは死ぬ寸前まで痛めつけてから手錠をかけるからな。でないと反撃されてやばい。でも手錠のせいで自己治癒能力が著しく衰える。だから取引相手は通常他者治癒能力の掌能力者を連れて来る。心配しなくても大丈夫だ」

 掌能力の中でも他者治癒能力を持つ者は数が多い。ゾナスたちのような攻撃能力は多彩で同じ能力を持つ者は滅多にいないが、他者治癒能力者は掌能力者の中では最も数が多い。

 能力者は貴重で、出来れば殺さずに捕獲してほしい。死ぬ寸前まで痛めつけてからでないと安全に手錠をかけるのは難しく、しかしそのまま自己治癒能力が手錠で弱まっていると死んでしまうかもしれない。

 だから捕獲した賞金首を引き渡す取引相手は、重傷の賞金首を癒すための他者治癒能力者を連れているのが基本だった。

「ねえ、早くしてくれよ。監視しているだって? どこから?」

「うるせえな。俺はあいつらの情報をそんなに知らねえんだよ」

「どうして? 信用出来る取引相手なんだろ」

「俺を裏切った取引相手や、いつか裏切るかもしれない取引相手よりは信用出来るってだけだ。完全な信用じゃない。他よりましだってだけだ。あいつらは情報を少しずつしか教えない。取引を繰り返して少しずつ信用を積み上げて情報を引き出すしかないんだ」

「ふーん。面倒くさい事するなあ」

「お前も一度、取引相手に裏切られたらそうするさ」

「僕の取引相手はいい人だけどなあ。僕がこうして捕獲されたって知ったらきっと泣いてくれるよ」

「アホか。そんな取引相手がいるわけないだろ。単なるビジネスなんだ。情なんかあるわけがない」

「ええー」

 こいつは本当、危機感が無いな。ゾナスは頭が痛くなってくる。

 直面する危機には敏感過ぎるくらい臆病なのに、直面していない危機には警戒すらしない。天然なんだか嘘なんだか。これで今まで生き残ってきたり、他の賞金首を捕らえたりしてきたのが信じられない。

 二人が話をしていると、地面が揺れだした。

「え、地震? こんなに揺れるのは初めて体験するよ」

「違う。この辺りは地震なんてほとんど無い。あってもわずかな揺れだ。取引相手が来たんだよ。お前、こういうの知らないのか?」

「知らない」

「お前なあ、賞金稼ぎのくせに能力者について調べていないのか」

「狙う相手以外は別に調べないよ。だって能力者なんて何千じゃきかないんだよ? 能力全部調べていたらきりが無いし別に関係無い」

「襲われたときのために普段から調べておくものだろ。俺だってお前に襲われる前からお前の事は知っていたぞ」

「え? 僕ってやっぱ有名人? ええー。照れるなあ」

「馬鹿野郎。俺は笑えない冗談は嫌いだって言っただろうが。賞金首のデータベースで、自分のいる場所の周りや有名な連中の事ぐらいは調べておくものだろうが」

「そんなのしないよ。僕の能力は掌で触れた物の透過だから。僕は壁や床に自由に入り込める。襲われてもかわすのも逃げるのも自在だからね。障害物に妨げられる不自由な連中とは違うんだ」

 そうやって驕って敵について調べないからいずれ負ける。それが今日だったのだ。なのに懲りていない。

 何でこいつはこんなに馬鹿なのだ?

 ゾナスはイヒャルテの馬鹿さ加減にたびたび頭を痛めていた。

(いやいや、気にするな。こいつの将来を心配する義理も必要も無い。ここでお別れなんだからな。こいつが政府に捕まったあとどんな目に遭うかなんてどうでもいいし、それを切り抜けられないこいつの愚かさを気に病む必要もない)

 イヒャルテを逮捕し政府に引き渡す。何だかゾナスは後ろめたくすら思えてきた。

 こんなに頭の悪い奴を捕まえた事は無かった。たいていの奴は能力を使って身体一つで生き抜いてきただけあって、生き抜く賢さを備えていたのだ。

「あわわわわ。本当にこんな大きな地震は初めてだ。君よく立っていられるねえ」

「能力者はバランス感覚も優れている。並の人間なら立っていられない大地震でも平気だ。お前だってそうだろう」

「うーん。僕こんな大地震のときに立った事ないからわからないや」

 イヒャルテは地面に座ったままへらっと笑う。

 なら立たせてやろうとゾナスがイヒャルテに手を伸ばしたとき、一足早く取引相手が到着した。

「うわっ」

 イヒャルテが驚く。ゾナスはもう慣れているから驚かない。

 ゾナスたちの前の地面から、するりと何かが生えてきた。白く輝く、石か何かわからない材質の建造物だった。

「塔?」

 イヒャルテがつぶやく間もその純白の塔は、するすると地面から生えていく。地面に変化は無い。掘り出されているわけではなく、ちょうどイヒャルテの能力のように、地面を透過しているように塔が抜け出てくる。

 それほど大きいわけではない。それでも十分大きい。家一軒ほどの幅で、しかし高さだけならビルよりはるかに高い塔が地面から生えてきて、そしてその成長を止める。

「うわあ。きれい。何これ」

「だから塔だよ。構築型の掌能力だ。お前本当に知らないのか?」

「うん」

「能力の中でも掌能力の基本タイプぐらい調べてあるのが普通だろ」

「いや、いちいち調べないでしょそんなの」

 いい加減たまりかねてつい、ゾナスはイヒャルテの頭をげんこつで殴ってしまった。

「痛い。何するんだ」

「俺は笑えない冗談は嫌いだって言っただろ。車の中で何度教えてやった事か。まだ殴られ足りないのか」

「い、いいえ、足りています。よくわかっています」

 イヒャルテはまた卑屈な愛想笑いを浮かべぺこぺこする。ゾナスには逆らえない。

「まったく」

 ゾナスはため息をついた。

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2013年12月15日

見えざる掌(3)塔

見えざる掌(3)塔

 ゾナスは振り返り、白い塔を見上げる。

 いつ見ても見事だ。普通の建造物とは違い、まったく継ぎ目が無い。まるで巨大な大理石をそのまま掘り出したか、塩を固めて作ったみたいだ。でも目に痛くない程度に輝く発光が、そういった物とは違う事を意味している。

 能力者の能力を封じる手錠と同じ色と輝き。手錠は政府の機密事項でその正体はわかっていないが、やはり何らかの能力者が作り出した物なのだろう。でなければ掌能力者の作り出す塔が同じ色と輝きを持つわけがない。

 ゾナスは塔の中に入れてもらった事がない。だから内部の間取りがどうなっているのかわからない。

 高い塔は正面に窓が縦に並んでいる。各階に窓があり、こちらを見られるようだ。しかしその窓はガラスが白く輝いていて、こちらからは中の様子がまったく見えない。

 塔の最下部には窓の代わりに大きな門がある。その両開きの重厚な白い扉が左右にゆっくりと開く。

 中から白衣を着た女が出てくる。白いシャツと白いスカート。ハイヒールも真っ白だ。塔と違い発光しているわけではないが、昼の太陽よりも近い塔の光を受けてきらきらと輝いている。

 髪まで真っ白で、しかし老人ではない。三十代だと思われる美しい熟女が、背中の途中まであるボリュームたっぷりの髪を手でなびかせる。

 女はフッと笑う。ゾナスはむすっとしている。

「やあやあゾナス君。お久しぶり。元気かな?」

「ああ」

「へえ?」

 白衣の女はへらへら笑う。

「元気だって言う割に、捕まえた賞金首が穴だらけじゃないじゃないか。調子が悪いんじゃないかい? 看てあげようか」

「いらん。調子はいい。こいつがすぐに投降したからこの程度で済んだだけだ」

 ゾナスは親指で後ろにいるイヒャルテを指さす。

「ふむ?」

 白衣の女はあごに指を当て、イヒャルテに近づく。まじまじと全身をなめ回すように見つめる。

「ああ。美人のいい匂いがするう」

 妖艶な熟女に間近で見つめられ、イヒャルテは鼻の下を伸ばして匂いを嗅ぐ。

「ふふふ。面白いね君。イヒャルテ君だね? 女の匂いを嗅いでそれをつぶやくなんて。君、モテないだろう?」

「そうだね。顔はいいし身体も引き締まっていて格好いい。だから女の子が僕の顔や身体をほめながらナンパしてくるのに、話すとすぐにどっか行っちゃうんだよなあ」

「まさか君、童貞じゃないよね?」

「まさかあ。ちゃんと経験はあるよ。それも何人も」

「そう? ふふふ。私はもう三十八だけど、まだ処女なのに。うらやましいね」

「え、そうなんだ? もったいない。じゃあ僕が今夜教えてあげるよ。大丈夫。僕上手いって女の子に喜んでもらっているから。痛くしないよ」

「どうせ恥ずかしい所の匂い嗅いだり何か変な事言ったりして、たいていの子にはベッドから逃げられちゃうんだろ?」

「よくわかるね。気持ちいい事している最中に急に用事を思い出す女の子が多くて困っちゃうんだ。女の子って忙しいんだね」

 白衣の女は顔を上げて大笑いする。

「あっはっはっは。面白い奴じゃないかイヒャルテ君は」

 ゾナスはむすっとして答える。

「面白くない。俺は笑えない冗談は嫌いなんだ。俺はサービス精神にあふれているが、つまらない冗談を笑ってやるのははじめの内だけだ。もう笑ってやらない」

「くっくっく。君は冗談が通じないなあゾナス君。そんなんじゃ人生つまらないだろう。笑いは人生の栄養剤だよ。生きるために必要だよ」

「俺だって笑うさ。今日はまだお前の分を笑ってやってないからな。サービスしてやる」

 ゾナスは、はははははと乾いた笑いをする。目が笑っていない。

「ありがとうゾナス君。君の笑いは素敵だよ。でも残念。惚れないな。イヒャルテ君ごめんね。私は女にしか興味ないんだ。だから処女のまま。処女の女の子と睦み合うだけで幸せ。男なんかいらない。だから君の誘いは遠慮するよ」

「ええー。そりゃ残念。でも僕ならいつでも大歓迎だよ。美人の熟女で処女かあ。素敵じゃないか。男の素敵さも教えてあげるよ」

「ふふふ。君とは気が合いそうだ。無愛想なゾナス君よりよっぽどね。その腕、ゾナス君にやられたんだろう。ひどい奴だよね。人間を穴だらけにするなんて正気じゃないね」

「うるせえな。穴を開けるのが俺の掌能力なんだから仕方無いだろうが」

「はいはい。レントーゲ。おいで」

 白衣の女が塔に向かって手招きする。開いた塔の門から小さな女の子が出てくる。

 小柄な少女だ。真っ白な看護婦の格好をしている。しかしスカートがとても短く、細い生脚がきわどい所まで見えている。

 髪が白くて短い。さらさらの髪が鞠のように丸まっていてとてもかわいらしい。あどけない顔は無表情だ。

 看護婦の少女はとことこと歩いてくると、白衣の熟女の隣に立つ。

「イヒャルテ君。紹介しよう。私の助手のレントーゲだ。他者治癒能力を持つ掌能力者。君の傷を治してくれる」

 レントーゲと紹介された少女は無表情かつ無言のままぺこりとお辞儀する。

「あ、こりゃどうも」

 イヒャルテも無事な手で髪をかきながら、座ったまま頭を下げる。

「ふむ」

 白衣の熟女があごに指を当て首を傾げる。

「イヒャルテ君。君私の名前を訊かないね。興味のある女性には名前を訊くものだよ。熟女の私には興味が無いのかと思えば、少女のレントーゲにも興味を示さない。君もしかして、女に興味無いのかな?」

 イヒャルテは顔を上げて首を振る。

「は? いや、そんなわけじゃ。僕は子供には興味無いけど大人の女性には興味津々だよ。うっかり訊きそびれていて。やだなあ。他意は無いよ。僕はイヒャルテ。よろしくレントーゲ。そして麗しい熟女様。よろしければお名前を教えていただけませんか」

 白衣の熟女は横を向く。ゾナスと見つめ合う。

「ゾナス君。イヒャルテ君はとても残念な御仁のようだね」

「そうだろう。顔はいいのにいろいろ残念な奴だよなあ」

 二人はうんうんうなずき合う。レントーゲでさえ目を瞑り、腕を組んでうなずき同意する。

「え? 何が?」

 イヒャルテは汗をかきながら三人の顔を交互に見つめる。でもなんというか、説明しにくい残念さなので、白衣の熟女もゾナスも何も答えなかった。

「じゃあ改めまして。よろしくイヒャルテ君。私はクランクランだ」

 クランクランと名乗った白衣の熟女はにっこりほほえんで、イヒャルテに手を差し出す。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 イヒャルテも笑顔でその手を握る。そして間近に迫ったクランクランの大きな胸の谷間を見つめる。

「おっぱいすごく大きいですね。ぜひベッドでもよろしくお願いしたいのですが」

「ふふ。男に揉ませるおっぱいは無いよ。これは全部レントーゲたちの物だから」

「え」

 イヒャルテはレントーゲを見る。彼女は無表情のままイヒャルテの手に巻かれた包帯を解いている。

「イヒャルテ君。あの塔の中でね、私はレントーゲや他の少女たちと睦み合っているんだ。全員処女だよ。塔も身体も男子禁制。男は入れない、処女の楽園なのさ」

「しょ、処女の楽園」

「想像してごらん。君、子供に興味無いって言ったよね。でもレントーゲたちは少女だけど大人とも言える微妙な年齢だ。女が一番いじましい、蕾から花開いたばかりなんだよ。きっと君も十分満足出来るよ。すごくきれいで気持ちいい身体をしているんだ」

「ええー」

 イヒャルテはレントーゲをまじまじ見ながら想像する。レントーゲは無表情を崩してちょっと嫌悪に顔を歪める。

 イヒャルテがはっとした顔をする。そして叫んだ。

「ありですね! 僕が間違っていました。レントーゲみたいな少女は十分大人です。子供と違ってちゃんとそそりますよ!」

 レントーゲが顔をしかめてイヒャルテをにらむ。ゾナスはほうっと驚く。

「レントーゲが怒った顔するの初めて見たよ。何だ。ちゃんと感情あるんじゃないか。いつも無表情だから感情も無いのかと心配していたんだ」

「ふふ。ゾナス君。レントーゲはちゃんと感情があるし言葉もしゃべれるよ。でも私は私の恋人たちが他の男としゃべると不機嫌になるからね。だから彼女は黙っているし愛敬も振りまかないのさ」

「そうなのか。俺は別に、レントーゲみたいな少女に興味は無いんだが」

「おやおや。私のかわいい自慢のお姫様たちがそそらないと? やっぱり君とは合わないね。それに比べてイヒャルテ君は私と実に好みが合うようだ」

 イヒャルテが期待に顔をほころばせる。

「じゃあ僕と」

「でも残念。男に興味は無いし、私たちもあの塔も男子禁制だ。男は指一本入れない。いいね?」

「ええー」

 イヒャルテは心底残念そうな顔をする。

 レントーゲはまた努めて無表情をする。イヒャルテの相手をしたくないらしい。

 本当は触るのも嫌なのだろうが、掌能力は掌で触れた対象に作用する。触らないではいられない。

 レントーゲが両手で、イヒャルテの穴だらけの腕を包む。血はすでに止まっている。能力を封じる手錠をされていても、これだけ時間が経てば止血ぐらいは治癒が進んでいる。

 しかし他者治癒能力は、自己治癒能力とは違う。自己治癒能力なら数時間かかる所を、わずか数秒で治してしまう。

 レントーゲが両手の掌で包み込むと、イヒャルテの手が光に包まれる。むごたらしく貫通していた穴がどんどん塞がり、瞬く間に治ってしまった。

「おお。すごい。これが他者治癒能力かあ」

 イヒャルテが傷も痛みもすっかり消えた手を握ったり開いたりしてはしゃぐ。ゾナスがそれを見て呆れる。

「おいおい。お前だって他者治癒能力を受けた事ぐらいあるだろ」

「あるけど、人によって能力の差が激しいじゃないか。僕の取引相手が連れてくる他者治癒能力者はこんなに早く治せないよ。何分も時間をかけてうんうんうなるんだ。僕が傷を治してもらっている間、頑張っている彼を励ますためにいろいろ応援してあげるんだけど、彼はより声を大きくしてうんうんうなって辛そうだったなあ」

 それは、イヒャルテの話がうるさくて能力に集中出来ないから、うなる振りして拒絶しているんだろう。イヒャルテ以外の誰もがそう思った。

「本当に残念な奴だね。顔はいいのに」

「顔はいいのになあ」

 クランクランとゾナスは見つめ合いうなずき合う。レントーゲも腕を組んで目を瞑りうなずきまくった。

posted by 二角レンチ at 07:49| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月17日

見えざる掌(4)仲介人

見えざる掌(4)仲介人

 イヒャルテの傷も治癒し、ゾナスはけがをしていない。これ以上の治癒は必要無い。

「よし。じゃあ賞金首の引き渡しだ。クランクラン。こいつに手錠をかけてくれ」

「ああ」

 クランクランは白衣のポケットから手錠を取り出す。白く輝く手錠。それをイヒャルテにかける。

 イヒャルテの手には今、二つの手錠がかけられている。それを確認してからゾナスは自分の手錠を外した。

 政府から賞金稼ぎに支給される手錠。賞金首はみんな政府の使いから手錠を支給される。もちろん建前は裏社会の誰かで政府の人間ではないが、政府の人間だというのは暗黙の事実だった。

 この手錠はその本人しか使用出来ない。自分の手錠を自分にかけられる事もなければ、他人が奪ってもそれを誰かの手にかける事も出来ない。

 どういう仕組みかわからないが、何らかの能力により製造された手錠だ。能力は人間の理解を超えた超常現象であり、その機能に理屈は通じない。そういう物だと納得するしかないのだ。

 ゾナスは自分の手錠を眺める。それには数値がいくつか書かれていた。

 この手錠は賞金首が一人ずつ、固有の物を持つ。表社会では携帯端末やカードで電子マネーを扱うが、裏社会ではそれらは使えない。こうして個人の手錠が裏社会でのみ使える電子マネーを記録している。

 賞金首の引き渡しの際は、賞金稼ぎとその取引相手の手錠を同時に賞金首にかける事で電子マネーの振り込みが行われる。ゾナスはその金額を見て顔をしかめる。

「くそ。やっぱり少ないな。クランクラン。お前の取り分が半分ってのはぼりすぎじゃないのか。苦労して賞金首を捕まえてくるのは俺なんだぞ」

「でも賞金をもらうには私を通すしかない。警察にのこのこ賞金首を連れていってもいいんだよ? そうすれば賞金を全額もらえるさ」

「んな事したらその場で逮捕されるだろうが。俺だって賞金首だ。警察になんかいけるか。警察には能力者がうじゃうじゃいやがる。飛んで火にいる夏の虫だ」

「だから私のような仲介人を通して賞金首を換金するしかない。ゾナス君。君の前までの取引相手は五割も取らなかった。代わりに裏切られたり信用出来なかったりしたよね? 私は自分で言うのも何だが信用していい。五割も取っておきながら取引相手がたくさんいるのは、ただの一度も裏切った事が無いからだ。高いのは保険料だよ。君は安全を買うからそんなに高い取引料を払うんだ。安いものさ」

「くそ。足下見やがって」

「男には興味が無いって言っているだろう? 脚を見るなら女の子さ。それもまだ二十歳になっていない、十代の少女が一番だ」

 クランクランは小柄なレントーゲの脚を見る。看護婦の格好だがスカートはとても短く、ソックスもタイツも履いていない。あきらかにクランクランが見て楽しむためにそういう格好をさせている。

 レントーゲは愛する先生に見られるのはうれしい。でも同時に、イヒャルテもじろじろ見てくるので困る。もじもじとひざをすりあわせるレントーゲを見てクランクランとイヒャルテは鼻を鳴らす。

「見たかねイヒャルテ君。少女が生足をこすり合わせて恥じらっているよ。そそるだろう」

「そそりますね先生。僕を先生の助手にしてください。あの塔で一緒に働かせてください」

「駄目だと言っているだろう。あの塔もレントーゲも男子禁制。指一本入ってはいけないよ」

「じゃあどうやって僕を連行するんです?」

「塔にくくりつける」

「え?」

 イヒャルテが驚く。クランクランはにやにや笑う。

「大丈夫だよ。こっちからは見えないが、あの塔の裏には磔台があるんだ。見せしめに敵の捕虜をくくりつけて晒すための物なんだが、あれは塔の一部として機能しているからね。塔と一緒に地面に潜って転移出来る。心配ない。海で溺れるみたいに苦しいだけさ。能力者は耐久力が並の人間とは違うからね。溺れたくらいなら死なない。レントーゲがまた治癒してあげるから心配しないで溺れなよ」

「そんな。塔の中に入れてください。苦しいのは嫌いなんです」

「君の能力と同じだよ。君地面に潜るために長い時間息を止めていられるだろう? 大丈夫だよ。ちょっといろいろ寄る所があるから何度も地面の中に潜るけど、君ならぎりぎり耐えられるかな」

「ど、どれぐらい? 僕、一分ぐらいなら大丈夫ですけど」

「長い潜行時間で一時間くらいかな」

「いち……!」

 イヒャルテは時間を聞いただけで泡を吹いて溺れたみたいにひくひくする。

 ゾナスはため息をつく。

「おいおい。真に受けるなよ。お前が構築型の掌能力についてろくに調べていないからってからかわれているんだよ」

「へ?」

 イヒャルテは涙と泡で汚らしい顔でゾナスを見上げる。本当色男が台無しだ。

「くっくっく。イヒャルテ君。大丈夫だよ。構築型の能力は君の能力と違い地面の中に潜っていられない。地面に透けるように沈むけど地面の中にいるわけじゃない。地震が数十秒ほど起きただろう? あれは空間を転移するときに起こる波動なんだ。地面に潜って留まる事は出来ず、別の場所へ転移しなければならない。一分もかからないよ。君が溺れる前に転移は終わる」

 イヒャルテは、目を瞑っておかしそうに笑いながら説明するクランクランを見上げて顔を明るくする。

「ほ、本当ですか。よかったあ。僕、苦しいのは嫌いなんです」

「苦しいのが嫌いねえ」

 クランクランは目を細めてイヒャルテを見下ろす。

「君、女の人に弄愛(いぢめ)られるの好きなんだろう?」

 イヒャルテが驚いたように目を見張る。

「え、ええー? まさか。僕そんな」

「そう? 私は男に興味はないよ。でも君を足蹴にするくらいはしてあげてもいいんだよ……?」

 クランクランは白いヒールを履いた長く美しい脚を上げる。イヒャルテはとっさにびくりと反応する。

「そんな。僕、そんな趣味ありません……」

「ゾナス君の前では見せられないかな? でも君、いつの間にか敬語になっているし。私やレントーゲの生足をなめるようにぎろぎろ見てくるよね。本当になめたいんだろう? 踏まれたいんだろう? ふふふ。今はいいよ。でも後で素直になれば、ちゃんとみんなで踏んであげるよ」

「み、みんな……?」

 クランクランは親指で、後ろにある白い塔を指さす。

「あの塔は全部で十階建てだ。一階はホールになっている。十階にある私の部屋を除いてあと八階。それぞれに私の恋人、かわいいお姫様が住んでいる。つまりレントーゲの他にあと七人、彼女と同じくらい若くてかわいい十代の少女がいるってわけさ」

「まだ七人も」

「合計八人の少女たちにののしられながら踏まれるんだ。楽しいだろう? 私も踏んであげるよ。全部で九人だね。それだけの人数が同時に踏もうと思ったら、君は大の字になって地面に寝転がらないといけないね。あの塔は男子禁制だ。だからどこか広い野外で全裸の君をみんなで囲んで見下ろしながら口々にののしり踏んであげよう。私のお姫様たちは私に操を立てて男と話をしないけれど、一方的にののしるぐらいは許してあげるよ。生足好きだよね? レントーゲは貧乳だけど、少女の割に巨乳の子もいるよ。みんなで君をおもちゃにしてあげよう。いいだろう?」

「や、やだなあ。僕、そんな趣味はまったく。僕は男らしく、女性をリードして抱いてあげるのが得意なんです」

 イヒャルテは顔を真っ赤にして鼻の下を伸ばし、でへでへと否定する。無表情なレントーゲが心底汚物を見るような歪んだ顔つきで彼をにらみつける。

「ああ……」

 イヒャルテがその視線に喜んでいるのは誰の目にも明白だ。さっき少女でもいけるとか言ったのは、抱けるかどうかではなく細長い生足とか冷たい目つきとかそういった部分の事なのだろう。

 クランクランは笑う。

「あっはっはっは。イヒャルテ君は実に楽しいね。ご褒美はこれでいいね」

「はい! あ、いえ、何でもないです」

 イヒャルテがごにょごにょ言う。ゾナスはもう呆れ過ぎて何も突っ込めない。

「さて、イヒャルテ君。君、賞金首が捕まって引き渡されたあとどうなるか知っているのかい?」

「ええと、何か政府に売られて政府の仕事で働くんですよね」

「そうそう。公式には私たち仲介人が賞金首を捕まえた事になる。私たちが賞金首を政府機関に引き渡して賞金をもらう。だからその前に賞金稼ぎに取り分を差し引いた差額を渡しておくんだ」

「五割はぼりすぎだろ」

 ゾナスはぶつぶつ言うが、裏切りでひどい目に遭った事がある。信用出来ない連中と取引するときはいつもまた裏切られやしないかとびくびくしていた。

 クランクランは取り分がやたら高いがそれでも絶対に裏切らない。膨大な取引相手全ての信用を失い今後の利益を失うのは、一人を裏切ってそいつが連れてきた賞金首と二人分の賞金を得るぐらいではまるで足りないからだ。

 利害は信用以上に信頼出来る。相手は損をしてまで裏切る理由がまったく無い。だからゾナスは不満があってもクランクランと取引をする。

「私たち仲介人は公式には政府と何の関係も無い。でも政府と裏社会の仲介をする。どちらからも自分たちの仲間とは思われないが、安全に両者が取引するためには仲介人を通すしかない。こうして裏社会の賞金稼ぎから賞金首を買い取ったり、まだ手錠を持っていない新米賞金首に政府の手錠を支給したりもする」

「へえー」

 イヒャルテは感心する。

 ゾナスはたまらず口を開く。

「おいイヒャルテ。お前裏社会に逃げ込んだとき、すぐに仲介人に会って手錠を渡されておかしいと思わなかったのか」

「別に。これが裏社会の電子マネーを管理するんでしょ。これがないと裏社会で金のやり取りが出来ない。だから助かったよ」

「アホか。政府に通じている仲介人はな、その気になれば賞金首を追跡したり捕獲したり殺したり出来るって事なんだよ。ただ数が多いし政府側の人間や能力者の被害を減らすために、賞金首自体に賞金首を狩らせるだけなんだ。力の差を見せつけ、支配下に置かれ管理されている家畜だって事を最初にわからせるんだよ。いちいち言わなくてもわかるだろ」

「へえー。すごいな。そうだったのか」

 イヒャルテはにこにこしている。本当に感心しているようだった。

(いくら何でもこんなに馬鹿なはずがない。生き残ったり他の賞金首を捕まえたり出来るわけがない。わかっていてとぼけているって事はこいつ、全部演技なのか?)

 まったく演技には見えないが、天然でここまでの馬鹿が裏社会で生き延びられるとはとても思えない。単に能力の使い勝手がいいから殺されたり捕獲されたりせずに済んでいたのだろうか?

 ゾナスはイヒャルテが本当に馬鹿の可能性が九割以上だと思ったが、それでも頑張って一割ぐらいは馬鹿を装った食わせ者だという可能性を頭に入れる事にした。用心して損は無い。不用心なのだけは命取りなので絶対にしてはいけない。

(っと。何考えているんだ。いつものくせだな。こいつとはもう二度と会う事は無いんだ。これ以上警戒してもしょうがない)

 クランクランは知識に乏しいらしいイヒャルテに説明を続ける。

「それでね、イヒャルテ君。私たち仲介人は政府からも依頼を受けて、それを賞金稼ぎに依頼する事がある。もちろん公式には政府が裏社会に何かを依頼する事は無い。私たち仲介人が勝手にやっている事になっている」

「ふーん」

「そこでだ。取り急ぎの依頼があってね。ゾナス君。君に依頼を頼みたいんだ」

「何だ?」

 ゾナスは嫌な予感がした。戦いに生きる者として危険には敏感でなければならない。だから嫌な予感を気のせいだとかで片づけてはいけない。

「うん。まあ賞金稼ぎに依頼する仕事は大抵賞金首の捕獲だ。でも相手が複数だからね。君一人では荷が重い」

「俺は一人で平気だ。誰だろうと勝てるし、やばいなら引き際も心得ている」

「急ぎの依頼だって言っただろう? でなければ標的の賞金額を上げて誰かが捕獲してくるのをのんびり待っていればいい。政府が必要としている能力者を至急調達したいときだけ、こうしてわざわざ仲介人を通して依頼するんだからさ」

「なら他の奴に頼め。俺は単独でしか動かない」

「駄目だよ。君にはそろそろチームで動いてもらいたいんだ。大丈夫。私に任せてくれたまえ。最高のチームを結成させてあげるよ」

 いい加減、クランクランが何を言おうとしているのかわかっている。ゾナスは冷や汗を垂らす。

「ふざけんなよ。俺はチームを組みたくない。信用出来る奴なんかいるか」

「あれあれ? 今度から私の取り分を六割、いや八割に増やしてもいいよ?」

「お前……!」

 ゾナスがクランクランに近づく。その白衣の襟を掴み上げる。

 レントーゲが身構える。でも主の命令なくしては制止する事も出来ない。クランクランは動じず笑顔のままだ。

「クランクラン。てめえ。俺の情報をイヒャルテに流したのはてめえだったんだな」

「何の事だい? 変な言いがかりはよしたまえ。君は単に賞金首だからイヒャルテ君に狙われた。だろ?」

 ゾナスはクランクランの襟を掴んだままイヒャルテを振り向く。

「ん? 僕はただおいしい賞金首の居場所を、知らない人からメールで教えてもらっただけだよ」

「イヒャルテ。そんなの怪しいだろ。知らない人って何だ。普通警戒して相手しないぞ」

「えー? でも賞金も高かったし。小さな穴を開ける能力なんて弱そうじゃん。だから本当においしい相手だなあって」

「この野郎……!」

 どこまで本気で言っているのかわからないが、イヒャルテはいくら問いつめても馬鹿の振りをやめないだろう。

 いや、きっと本当に馬鹿なのだ。演技でここまで出来るとはとても思えない。それでも一割とは言わないが一分くらいはまだ、演技の可能性を残しておく事にした。

「ゾナス君。政府とのやり取りは後で済ます。仲介人は急ぎのときは賞金首の引き渡しの前に首輪をかけて賞金首を買い取る事が出来るんだ」

 ゾナスはぎりぎりと歯を食いしばる。イヒャルテは何の事かわからない。

「急ぎの依頼だし。他にいい能力者を用意する暇も無いし。さっきから観察していたけど君とイヒャルテ君は上手くいきそうだ。水と油。ばちばちはねてきっとひどく楽しい事になるよ」

「俺はな、冗談が」

「笑えない冗談は嫌いなんだろう? 大丈夫。冗談でもないしおかしくもない。イヒャルテ君は政府から私が買い取る。私のかわいいお姫様たちと同様に、首輪で私の支配下に置く。これからは私のために働いてもらう。私の依頼はイヒャルテ君のチームに頼むし、君には裏社会の人間としてそのチームに協力してもらう。仲介人側の人間だけだと裏社会で動くのにいろいろ不都合だからね。裏社会で生きる賞金稼ぎが一人はチームに必要なんだ」

 イヒャルテはその言葉を聞いて、レントーゲを見る。可憐な少女の首には、手錠や塔と同じ純白で光を放つ、なめらかな首輪が輝いていた。

posted by 二角レンチ at 18:57| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

見えざる掌(5)携帯端末

見えざる掌(5)携帯端末

 車で移動しながらゾナスは隣に座るイヒャルテに怒りをぶちまけていた。

「くそ! クランクランめ。あのアマふざけやがって。仲介人の取り分を八割にしたら、他の仲介人に死体を渡した方がまだ儲かるじゃねえか。あんな条件飲めるか」

「他の仲介人の取り分は普通三割、多くても四割だもんねえ」

「そうだ。賞金首を殺したら生かして渡す場合の半額だ。それでも最低三割はもらえる。なのにクランクランが八割も持っていったら、生かして渡しても俺には二割しか入らねえ」

「なら依頼人を代えれば?」

「言っただろう。俺は一度仲介人に裏切られた事があると。それ以来何度も取引相手を代えたがどいつもこいつもいまいち信用しきれねえ。五割も取るがクランクラン以外に信頼出来る仲介人は見つからなかったんだ」

「ふーん。僕の仲介人は信頼出来るよ。紹介しようか?」

「信用出来ねえよ。お前の取引相手じゃあな」

「うーん。どういう意味?」

「わからないのか?」

「んー……あ、そうか。僕はもう、賞金首として捕まり、政府に引き渡された。僕を即座にクランクランが政府から買い取って支配下に置いた。実際の手続きは後かららしいけど、とにかくもう僕はクランクラン以外の仲介人とか他の誰かと取引しちゃいけないんだ。だから紹介出来ないんだね。ごめん」

「そういう意味じゃ……いや、もういい」

 イヒャルテは自分の首にかかる首輪をなでる。

 純白で、光を放っている。明るいのに目に痛くない優しい光。特別な光で、特別な首輪だ。

 手錠と同じく何らかの能力により製造されていると思われる首輪。もう賞金首ではない。誰かの所有物である事を意味する。

 継ぎ目は無く、首に当てると透けるようにしてはまる。そして外せなくなる。手錠と同じくそれをかけられた者はそれから逃れる試みすら出来なくなる。首輪を破壊しようとしたり、支配から逃れるための自害をしたり、首の切断も自分では試みる事が出来ない。

 もちろん主に逆らう事や裏切る事も出来ない。自発的な反抗が全て封じられる。完全な従属。しかし奴隷ではない。奴隷ほど主に服従するわけではない。心まで服従させるのは主の器によるのだ。

 イヒャルテはクランクランに支配され所有物となった事に不満は無いようだった。

「うれしいなあ。この依頼を果たしたらご褒美をもらえるんだ。楽しみだよ。はりきっちゃおうかなあ」

「女に踏まれるのがそんなにうれしいのか」

「やだなあ。僕そんな趣味無いって」

「じゃあご褒美って何だ」

「それはひ、み、つ」

 ゾナスは急ハンドルを切って車を激しく揺らす。イヒャルテの首ががっくんがっくん大きく揺れる。

「うわわわ、何するんだ。危ないじゃないか」

「お前能力者のくせに何で揺れるんだ。これぐらいで動じないようになれよ。それだけの身体能力はあるだろ」

「ええー」

「シートベルトすんな。能力者のくせに、そんな拘束されていたらいざというとき車から飛び降りられないだろうが」

「ははは。走行中の車から落ちないようにシートベルトをするんじゃないか」

「ちが……!」

 馬鹿と話すと気が狂いそうだ。これからずっとこいつと一緒にいないといけないのか?

「ところでゾナス。クランクランは政府からの依頼を裏社会でこなすチームを作る。僕はその第一号だ。そして君は裏社会の人間としてそれに協力するパートナーだ」

「ああ。したくないが、今はまだクランクランとの取引を解消したくない。くそ。あのアマの言う通りにしないといけないなんて」

「それで、君はこのチームの一員だ。でも実質雇われているようなものだ。いいかい。僕がこのチームのリーダーなんだよ。わかっているね」

「ああ。それがどうした?」

「だからこれからは、僕の事をイヒャルテ隊長と呼びたまえ。敬語を使え。口を慎め。あはははは」

 ゾナスは思い切り肘をイヒャルテの顔面に叩き込んだ。

「ぶうっげ!」

 鼻が折れ前歯が何本も折れたイヒャルテが血を吹く。

「こら、レンタカーが汚れるだろ。まあもともと汚いボロだが」

 裏社会のレンタカーはたいていボロボロだ。状態のいい物は高いし、何より戦闘で壊してしまったりするので、上等な物を借りても仕方が無い。

「うっぐ、ぶう、ひ、ひどいよゾナス」

「自己治癒能力ですぐ治るだろ。そのぐらいなら三十分もあれば治る。それより何度言っても覚えられない奴だな。俺は笑えない冗談が大嫌いなんだ。笑ってやるのはサービスだ。もうしない。あとはこうやって怒るだけだぞ」

「冗談なんかじゃ」

 ゾナスが肘を上げるとイヒャルテが怯えて顔を両手で隠す。

「あ、あははは、そうです。冗談です。やだなあゾナス。僕の冗談、ちょっと滑っちゃったかな?」

「だだ滑りだろ。雪崩だろ。もう二度と言うなよ」

「はい、重々承知いたしております」

 何て卑屈な野郎だ。男前のきれいな顔が血塗れで、情けなく媚びた目をしている。台無しだ。

(こいつ口では否定するが女に踏まれたりののしられたりするのが好きなんだよな。まさか男相手でもそうなのか?)

 ゾナスは背筋が寒くなる。ぶるぶる震える。こいつにはあまり怒らないようにしようと心に誓う。

 しばらくして折れた鼻や歯が治癒したイヒャルテは携帯端末を取り出す。平べったく長方形で薄くてとても頑丈だ。戦闘でも壊れない。

 そしてやはり手錠と同じく純白で輝いている。何らかの能力で作られ持ち主以外が操作する事は出来ない。充電もいらない。

 表社会の端末とは違い、裏社会のネットにしか繋がらないし、メールや電話も同じだ。裏の人間としか関われず、表社会とは完全に断絶されている。

「裏社会って便利だねえ。裏へ逃げ込んだとたん親切な人が、手錠と一緒にこうして携帯端末もくれる。至れり尽くせりだね」

「お前本当にわかっていないのか?」

「何が」

「この携帯端末が裏社会としかアクセス出来ないのはな、表社会の人間と関われないようにしてあるんだ。表社会の携帯端末と違い逆探知や追跡はされない。実際には政府の人間はいくらでも探知出来るんだろうがそれで賞金首を追跡する事はない」

「へえ」

「なのにお前に俺の居所がメールされた。現在いる地区だけでなくもっと正確な居所をな。明らかに政府の人間の仕業だ。クランクラン自身がしたんだと思うが政府の人間の誰かかもしれない」

「クランクランは違うって言っていたじゃないか」

「あのなあ。あんなの嘘に決まっているだろ。真に受けるなよ」

「かわいそうに。裏社会で暮らしてすっかり心がすさんでしまったんだね。大丈夫だよ。美人は嘘つかない。これ真理ね」

 怒ってはいけない。こいつにいちいち怒ったり突っ込んだりしていると身が持たないし、いちいち殴ってイヒャルテを手負いにしているといざというとき動けない。

 ゾナスは思わずまた肘が出そうになったが、両手でぎゅっと車のハンドルを握って耐える。

「政府の人間が裏社会に逃げ込んだ人間にすぐ接触し、裏社会の事を少し教え、手錠と携帯端末を渡す。これのせいで政府の人間に動向も居所も常に把握されてしまうが仕方ない。裏社会ではこの二つが無いと生きていけないようになっている。俺たちは完全に管理された家畜だ。裏社会という広大な牧場で放牧されているに過ぎない」

「うーん。そういう穿った見方は駄目だよ。僕たちは裏社会で自由に生きてきたじゃないか。家畜じゃないさ。自由は素晴らしいね。僕、自由が大好きだなあ」

「今クランクランに首輪をつけられ支配されているじゃないか」

「別に牢に閉じこめられているわけじゃないし。大好きな裏社会でこうして活動出来る。何が不自由なんだい。僕は自由だ。何でも出来る。何も困らない」

 イヒャルテはにんまり笑う。

「あんな美人とお近づきになれて、しかも支配されるんだよ。最高じゃないか。クランクランのおかげで少女のよさもわかったし。ああ。早くレントーゲ以外の女の子にも会いたいなあ。さっきは会わせてくれなかったからね」

 ゾナスはため息をつく。

「すぐに会えるさ。他の女にな。お前きつい女が好きなんだろ? 今から会いに行く片割れは相当きついらしいぞ」

「へえ、そうなの? どっち?」

「姉のヘカトポリスだ。妹のグンダーニは穏やかで姉にべったりらしい」

「ふーん」

 イヒャルテは携帯端末で自分たちの捕獲対象を調べる。

 ヘカトポリスとグンダーニ。二人は姉妹だ。姉が二十八、妹は二十四。

「僕は二十六だから、ちょうど二人の間だね。どっちも美人で最高だね。美人はいいよ。二人ともおっぱい大きいなあ。挟まれたいなあ」

「なじられながらか?」

「そうそう……や、違う。僕、そういう趣味無いって言ってるじゃない。僕は男らしく、女性を侍らせ責めるのが好きなんだ」

「どうして嘘つくんだ?」

「嘘じゃないよ。嘘じゃない……」

 ゾナスは軽口を叩くイヒャルテが自分の性癖を否定するのは単に照れくさいからとかマゾだという趣味がみっともないと思っているのかと思っていた。

 でも今、声の質が変わった。嘘ではなく、何か違う含みがあった。

 秘密……?

 秘密を隠している感じだ。浅い嘘ではなく、秘密を隠すために必死な、強く守ろうとする凄みがあった。

「うん? どうしたのゾナス。前見ないと危ないよ。僕が男前だからって見とれている? うーん。ごめん。僕、男に好かれるのは好きじゃないんだけど」

「は? 俺も男は好きじゃない。それに前を見なくても運転ぐらい出来る。能力者の視野は常人より広いんだ。横ぐらい見える」

「へえ、そうなの?」

「そうなのって、お前もそうだろ」

「うーん。僕、前しか見ないからわからないや」

 やれやれ。ゾナスはうんざりする。

 しかし怒るのを我慢すると結構話が出来る。嫌でも何でもこれからはチームとして活動しないといけない。イヒャルテのうざい会話ぐらい耐えて付き合えるようにならないといけない。

 ゾナスは賞金稼ぎとして何年も生きてきた。仕事をやると言ったらやる。わがままだの嫌だの子供みたいなだだをこねていると本当に死んでしまうほど致命的なのは重々わかっている。

「うーん。クランクランは三十八って言っていたよね。レントーゲたちの年齢は教えてもらえなかったけど十代の少女だって言ってたし。ゾナスはいくつなの?」

「俺の情報を調べたときに知っているだろ」

「えー、男の年齢とか興味無かったからさ。でも、パートナーとしてやっていくんだからお互いの事をもっと知らなくちゃ」

「それぐらいデータベースに載っている」

「それぐらい口に出して言えるぐらい気安い関係にならないとね」

 馬鹿のくせに時々鋭い事を言う。というか、とぼけていてわかりにくいがこれはイヒャルテなりに仲良くなろうとしているのだろうか。

 そうなら付き合うしかない。これは仕事だ。チームで動く以上仲良くなっておくに越した事はない。

「三十四だ」

「へええええ。おっさんだねえ」

 思わず肘が出た。でも寸前で思いとどまった。ぎりぎりイヒャルテのほっぺにめり込んだだけで、歯を折ってはいない。

「あう、もう、痛いじゃないか」

 何でちょっとうれしそうな声なんだ?

 本当に、痛い事されるなら男相手でもいいんじゃないだろうな。美人が好きだとか言って本当は誰でもいいんじゃないだろうな。

 ゾナスはイヒャルテに触れているのが嫌で、急いで肘を引っ込める。

「ふふー。みんな年齢が偶数ばかりだ。縁起がいいね」

「縁起?」

「偶数はお祝い事の数字だよ。二度ある事は三度ある。二回以上あってもいい事を表す数だから縁起がいいのさ」

「お前、裏社会で生きてきてまだ縁起なんてもん信じているのか」

「おかしいかな? 生き死にのぎりぎりで命運を分けるのは運だよ。命と運が一緒でないと生き残れない。縁起でも何でもちょっぴりだけ幸運に傾いている人間だけが、いつもぎりぎりの状況を生き抜けるんだ」

 本当に、ときどきだけ鋭い事を言う。裏社会で生き抜くのは実力だけでも運だけでも足りない。実力と運、両方必要だ。どちらが欠けてもいけない。

 ゾナスは運頼りにならないように実力を鍛えてきた。でも本当にぎりぎりのとき助かってきたのはやはり、実力以外の運のおかげだと思える事も多々あった。

「運か……」

 運。運命。命運を共にする仲間と出会うのは運命が交わったという事だ。一匹狼だったゾナスが強制的にチームを組むはめになったのは運命なのだろうか。

 いいか悪いかはともかく、これからは今までとは違ってくる。どんな運命だろうがそれを幸運の流れに舵を取るのは自分次第だ。

 この状況を受け入れ、その上で活かす。生き残る。それに全力を尽くそう。

「よし。イヒャルテ。で、標的は今どこにいる?」

「今いる地区までしかわからないけどね。まだ二つ向こうの地区にいるままだね」

 イヒャルテは携帯端末を見ながら答える。

 裏社会の携帯端末は、賞金首のデータベースにアクセス出来る。

 賞金首はそれぞれ、今いる地区が表示される。この手錠や携帯端末が位置情報すら発信しているのは丸わかりだ。

 この二つは裏社会で生き抜くのに絶対必要だ。片時も手放せない。これを失うともう生きていけなくなる。

 持ち主専用で、他人が触れても使えない。だから他の誰もこれを奪ったり盗んだりはしない。それが出来るなら殺す方が早いし、奪われる方も盗まれるときに察知して反撃出来る。

 だから手錠と携帯端末を置いて移動するなど考えられない。裏社会で本当に信用出来る奴なんていない。こんな大事な物を、他の誰かに預けるなんて考えられない。

 どんなに信用している相手でも、信頼には足りない。利害だけが信頼を裏打ちする。手錠と携帯端末を預ければ裏切られてもおかしくない。それを使って脅されるに決まっている。

 裏切り傷つけ誰も信用出来ない裏社会で生き抜いてきて、なお誰かを利害抜きに信用して、手錠と携帯端末を預けるなんてあり得ないのだ。

 ゾナスたちの乗った車がビルの並ぶ交差点を曲がった時だった。

 道路に女が立っていた。長身の女。髪がとても長くてウェーブがはねている。胸がとても大きい。薄くて大胆な衣服は豊満な身体のラインをいやらしく強調していた。

「あ、すごい美人。見てゾナス。やらしい身体だ。押し潰されたいなあ」

 イヒャルテとチームとして仲良くしようと頑張っていたゾナスは弛緩していた。もちろん最低限の警戒は怠らないが、標的はまだ二地区も先だ。同じ地区に入らない限り危険ではないし、相手がこっちの事を知っているわけもない。

 ゾナスたちが捕獲に向かっている事も、レンタルした車の事も知らないはずなのだ。裏社会のレンタカー管理会社は情報を決して漏らさない。

 しかし、手錠と携帯端末は追跡出来る。裏社会の人間には無理でも、それを管理している政府の誰かがゾナスたちを追跡し、その位置情報と車で通るルートをあらかじめ教えていれば待ち伏せ出来る。

 携帯端末を持たなくても、人を使って情報を伝える事は出来るのだ。

 イヒャルテが美人を見つけたので、ゾナスもイヒャルテと話を合わせるためにそっちを見る。

「どこかで見た顔だね。どこだろう。うーん。つい最近見たような気がするんだけどなあ」

 本気でわからないのか?

 まさか。だって。

 イヒャルテが今手に持つ携帯端末で、見ていた顔じゃないか。

「おっぱいすごく大きいよ。あんなに胸元の開いた服着て。やらしいなあ。誘っているのかな。僕困っちゃうな」

 いやらしい身体。それをセクシーに見せる、娼婦みたいにみだらな格好。だから男ならまず、顔でなく身体に目が行く。たとえ一瞬でも、顔を見てもそれより身体に気を取られてしまう。

 交差点を曲がった所にいて、いやらしい身体を強調して見せる事で顔を確認するのが遅れる。そして顔を見て驚いたとき動揺し、しかももう目の前に迫っている。

「馬鹿野郎! 潜れ!」

「え?」

 ゾナスが叫ぶ。イヒャルテはゾナスの方を振り返る。

 すぐ横に迫っていた女が薄ら笑いを浮かべながら手をかざす。

「ヘカトポリス!」

 ヘカトポリスの掌が、イヒャルテの乗っている座席の窓に振り下ろされた。

posted by 二角レンチ at 19:10| 見えざる掌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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