2014年04月02日

飛行艇の裏切り者(0)あらすじと人物紹介

飛行艇の裏切り者(0)あらすじと人物紹介

あらすじ

 黒い雲と雷が渦を巻き全てをひねり潰す特異嵐。それをものともせずに飛ぶ飛行艇ガルダには、大事な積み荷と共に九人の能力者たちが乗っていた。

 積み荷を敵から守り目的地にまで運ぶ任務。多くの国と組織が集まった連合からの最重要指令。それぞれの国や組織から選出された能力者たちはこの任務のために集められた。いずれも自分の命よりも使命を重んじ遂行出来る強者揃いだった。

 二週間の飛行中、襲い来る敵の飛行艇と能力者たちから積み荷を守りきった。特異嵐を航行出来る能力は旧式の飛行艇にしか搭載されておらず、それを搭載する飛行艇で特異嵐に飛び込んだからにはもう敵の追手はやって来られない。

 特異嵐を出たらまた敵がいるだろう。しかしこの嵐の中を航行する三週間の間は敵の襲撃が無く平穏なはずだった。

 しかしその平穏は破られる。特異嵐に突入して三日目。この飛行艇に乗る九人の能力者の内の一人、ヨルムンドによって。

 ヨルムンドは陽気な青年で、馬鹿で幼稚だ。戦闘中にもかかわらず自分を英雄の生まれ変わりだの神の使徒だのとうそぶきごっこ遊びに興じる。仲間が助けなければ死んでいた事は一度や二度ではない。とても迷惑で、どうしてこの最重要任務に抜擢されたのかわからないほどだ。

 そんな彼が新たなごっこ遊びを始めた。戦闘が無くて暇だからその暇潰しだろうか。自分を突然名探偵だと言い出した。

 今夜何か事件が起こる。ヨルムンドはそう推理した。名探偵は起こっていない事件すら暴くのだとマルガリタに得意げに語った。

 美しく落ち着いた女性マルガリタは、全ての人に感謝しその思いを奉仕という形で表す。頼まれてもいないのに他の全員の炊事洗濯掃除を引き受け女中の恰好で尽くす。

 マルガリタは他人に感謝し尊重する。それが幸せに生きる秘訣だと亡き祖母に教わったからだ。とても聡明でありながらもヨルムンドが探偵ごっこに興じるのに付き合い、助手に任命されて快く引き受けた。

 この最重要任務にただの馬鹿が選ばれるわけがない。ヨルムンドは馬鹿な道化の振りをして、その裏には賢く何かを企む裏の顔があるはずなのだ。

 探偵ごっこを演じて今夜何か事件が起こると推理した。マルガリタはそれを警告と受け取る。誰に盗聴されているかわからない。うかつに言えない何かの情報を知っており、それを探偵ごっこの振りをして警告しているのだと考えた。

 マルガリタは悩み、一部の者を選んでヨルムンドの警告について相談する。しかしまだ何も起こっておらず、打てる手など限られている。

 そんな中、姿を消す者がいた。今夜何か事件が起こる。それはこの中に裏切り者がいて、積み荷を盗む事なのか。

 積み荷は巨大な木箱が複数。中に何が入っているのか誰も知らない。

 姿を消した者が積み荷を狙っているのだろうか。それとも、積み荷はとっくに盗まれており、特異嵐に突入する前に敵との交戦中に引き渡されていたのだろうか。

 積み荷の中身が無事か確認しなければならない。しかし積み荷を暴く事は許されておらず、問答無用で処刑される。

 マルガリタは動揺する。姿を消したのは一番初めに相談し、そのかたくなで強い信念である哲学を説かれ感銘を受け、信頼すると決めた老人ビルバジオだったからだ。

 彼は裏切り者なのか? 積み荷を奪って隠れているのか? 特異嵐に入る前に積み荷を盗んで仲間に引き渡しており、すぐに戻って追わねば手遅れとなってしまうのか?

 積み荷を暴いてはいけない。暴く者は裏切り者で処刑だ。しかし積み荷の木箱を眺めてもその中身の無事はわからない。中身を確認するためには積み荷を暴かねばならない。

 信じるか疑うか。暴くか阻止するか。個人の思惑は異なりぶつかり合う。みんながビルバジオを裏切り者だと疑う中、マルガリタは一人、彼を信じると決めた自分の哲学を貫き彼を弁護し続ける。

 疑えば争う。裏切り者が本当にいるのかどうかわからないまま互いを疑いいがみ合い、敵がいなくて安全なはずの特異嵐の中飛行艇は戦場と化す。

説明

 外部の敵はおらず、裏切り者がいる証拠も無い。しかし疑いを無視して何もしなければ、すでに積み荷を盗まれていたなら手遅れになってしまう。積み荷を暴いてはいけないのに暴かないと無事を確かめられない。人々はそれぞれの思惑で疑い合い利用し合いいがみ合い、それは破滅的な争いに発展してしまう。そういう疑心暗鬼やいさかいを描いたファンタジー小説です。

 疑い出せばきりが無く、どんどん悪い可能性を推理していきます。しかし証拠は無く、疑うか信じるか、それを見極め判断する事が必要です。

 証拠が無いまま信じるか疑うかの判断をせねばならない能力者たち。極限状況下における緊張の中で人を信じるのは容易ではなく、しかしそれをしなければならないのです。

 読者の皆様もご一緒に、誰を信じ誰を疑うかを推理しながら読んでみてください。能力による殺人事件を書こうとしてまるで別のお話になってしまった、信じるか疑うかの決断が妙味の悲劇をぜひお楽しみください。

 以下人物紹介です。イメージラフがついていますので、小説を読む際キャラのイメージを絵で見ても大丈夫な方のみごらんください。

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posted by 二角レンチ at 10:57| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

飛行艇の裏切り者(1)女中

飛行艇の裏切り者(1)女中

 楕円の形をした中型の戦闘飛行艇は、真っ黒な雲と黄金の雷が渦を巻く特異な嵐の中を航行していた。

 外の嵐は激しいが、中はそれを感じさせないほどに穏やかだ。小さな丸い窓から外を見る女性マルガリタは、古くても頑丈な飛行艇が自分たちを守ってくれている事に感謝した。

 マルガリタは落ち着いて美しい大人の女性だ。前髪はきっちり切り揃えられ、長い髪をまとめて上品に結わえている。そして女中の格好をしていた。

 もちろんそんな必要は無いのだが、彼女は誰かに奉仕する女中である事を好きでしている。みんなの世話をし、感謝し、奉仕で恩返しをするのが生き甲斐なのだ。

 彼女はとても純粋で、でも世の中の悪意から身を守る術をちゃんと心得ている。だからとてもきれいな心のまま、他人の悪意に蹂躙される事なく無事でいられるのだ。

 そして敵を退ける力も持っている。だからこそこの戦闘飛行艇に乗っている。これに乗れるのは強い力を持つ能力者に限られる。

 一般人は乗れない。当然身の回りの世話をする者も乗れない。だから世話好きであり奉仕を世の中全てへの感謝のお返しと考えるマルガリタが、みんなの世話を自ら買って出たのだ。

 この戦闘飛行艇に乗り、任務を務めて二週間が経つ。大事な積み荷を輸送する任務であり、出発から今までずっと敵に追われていた。激しい戦闘を何度も繰り返し、この特異な嵐に飛び込む事でようやくしばしの平穏を得られていた。

 この戦闘飛行艇、ガルダは旧式でオンボロだ。しかし特異嵐に害されない能力を持つ。その能力を持たない他の戦闘飛行艇では、この黒い雲と激しい雷が渦を巻く濁流と化している特異嵐に飛び込めばすぐにひねり潰され粉々に破壊される。

 輸送ルートに特異嵐を選んでいる事で、敵を振り切り寄せ付けない。この嵐を出ればまた敵に襲われるが、輸送ルートの実に半分を占めるこの特異嵐のおかげで旅の半分は安全を確保出来る。

 飛行艇に搭載されている能力で、特異嵐に害されない能力は旧式の物にしか搭載されていない。今時その能力をわざわざ搭載する飛行艇は無く、最新鋭の機体にまるでかなわないこの旧式のオンボロをわざわざ引っ張り出してきた理由だった。

 特異嵐に飛び込んで三日目。外は黒い雲と激しい雷しか見えないので時間の感覚がわからない。特異嵐に害されない能力を持つ飛行艇ゆえ内部の計器に異常が起こる事はない。時計によれば今は午後三時。お茶の時間だった。

 マルガリタはみんなにお茶を振る舞うために、台車にお茶の用意を積んで廊下を歩いていた。

 みんなが食堂に集まってくれればいいのだが、そうしない者も多い。この任務のために集められたメンバーはそれまでは互いに面識が無かった。一組の夫婦以外はみんな初対面で、二週間の旅と死闘を経てそれなりに信頼関係を築いていたが、仲がいいとはとても言えなかった。

 お茶の時間にみんなでお茶と会話を楽しむ者だけでなく、個人の部屋で一人でお茶を飲みたがる者もいる。好き勝手で馴れ合いを好まない者もいる。

 マルガリタはまず、そんな人たちの部屋を訪れお茶を振る舞う。食堂は最後でいいと、食堂にいる者たちが言うからだ。

 中型の戦闘飛行艇は部屋数がそれほどあるわけではない。この飛行艇に乗っているのは九人。まずは夫婦の部屋からだ。

 婦人は後回しにされるのをとても嫌う。だから最初に、三時になったらすぐにお茶を届ける。しかし三時前に訪れる事は固く禁じられており、気を利かせて早めに訪れようものなら激怒と説教が待っている。

 おかげで他のみんなにお茶を振る舞うのが遅れる。しかしみんな婦人の気性を理解し、誰も逆らおうとはしなかった。

 マルガリタは、夫婦の部屋のドアをノックする。

「マルガリタです。お休みの所申し訳ありません。お茶をお持ちしました」

 しばらく間を置いて、マルガリタがもう一度ノックしようと手を上げた時を見計らって中から女の声で返事がある。

「入りなさい」

「失礼します」

 マルガリタはドアを開け、台車を押して中に入る。

 どの部屋も狭いのだが、その中では一番広くて上等な部屋だ。本来は船長の部屋であり、この任務のリーダーが使うべきなのだが、婦人が強引にこの部屋を使う事を了承させた。リーダーは幸いそういう些細な事にはこだわらない人物なので婦人の要求は通ったのだ。

「リアリス様、エーガット様、お茶をお持ちしました」

 本来は夫の方を先に呼ぶべきだが、婦人は自分が一番でないと許せない性質なので婦人の名を先に呼んだ。

「ご苦労様」

 リアリスはマルガリタを見もせず、爪を爪ヤスリで研ぎながらそっけなく言う。

 今まで爪を研いでいたはずはない。マルガリタが来たから、部屋へ入れる前に爪をわざわざ研ぎ始めたのだ。

 能力者しか飛行艇に乗せられない任務のため、身の回りの世話をする者を連れて来られなかった。婦人は大層不満だった。自分のお気に入りの、いびり倒して萎縮した女たちではなく平然と振る舞い自分に怯えないマルガリタに世話をさせるのは実に不愉快だった。

 かといって、自分で身の回りの世話をするなんて論外だ。リアリスはマルガリタに奉仕されるのが嫌でたまらないが、他にさせる人間がいないので仕方なくそれをさせていた。

 お茶の用意をしてくれるとわかっていて爪を研ぐ。顔を見もしないでそっぽを向く。なのに平然と、わずかな微笑みすら浮かべてお茶の用意をするマルガリタに対して、リアリスは聞こえるように舌打ちする。

 旦那はそんな妻に対して、読んでいた本から顔を上げて彼女を見る。

 リアリスはふんわりしたウェーブのかかった長い髪が豊かで腰まである。イスの背から豊かな髪を垂らしている。ボリュームがあるのに一本一本がとても軽やかで、旦那は妻の髪を触るのが若い頃は好きだった。

 もう夫婦の営みが無くなって何年になるのか。鋭い目。長いまつげ。熟女なのに衰えるどころか恐ろしいほど深い熟成された色気。

 完璧な美貌だ。これほど美しい女など他にいない。女王と呼ぶのがふさわしい風格だった。

 しかし心はとても狭く醜い。大きな胸。セクシーなドレス。にもかかわらず、旦那は気が強く浅ましく卑しい妻の性根を心底嫌悪し、長い夫婦生活の中で愛も欲情も抱けなくなってしまっていた。

 もはや一緒にいるのも苦痛だが、妻は体裁を気にして離婚どころか夫婦が別々にいるのも許さない。旦那は任務中、妻と別室にして欲しかったのだが、妻にそんな事を言えば激怒し何時間も説教されるのがわかっていたのでとても言えなかった。

 リアリスの旦那、エーガットはお茶の用意をしてくれるマルガリタへの妻の態度をいさめたかったが、妻ににらまれるとやはり何も言えず、うなだれてまた本を読み始めた。

「エーガット様。どうぞ」

「ありがとう。マルガリタ。いつもすまないね」

「いいえ。好きでしている事ですから」

 エーガットはとてももじゃもじゃしたくせっ毛だ。髪を短く刈り、上だけ少し形を整え上品にしている。もし伸ばしたらくせっ毛がはねて見られたものではない。

 妻が夫の身だしなみについてあれこれ言わなければ、エーガットは髪を伸ばしてもっと気楽にしたいのだ。しかし妻に強要されて、知的で落ち着いた振る舞いを強いられている。

 長年それを強いられて、本当に性格や物腰が落ち着いてしまった。まだ三十台後半。もっと明るく快活で、奔放に生きたかったのに。

 若い頃は妻の美貌に夢中で、性格は二の次で熱心に求婚した。彼女に求婚する数多くの男たちの中で自分を夫に選んでくれたとき、エーガットは天にも昇る気持ちだった。

 今ならわかる。リアリスは、何もかも自分の思い通りになる男が欲しかったのだ。いかに自分好みに改造出来、一生縛り付けられるか。それを基準に比較されて選ばれた。

 自分に逆らったり離婚したり出来ない気弱な部分につけこまれただけだったのだ。他の男より魅力的だから結婚してもらえたわけではなく、一番利用しやすいから結婚して所有されただけだったのだ。

 エーガットはマルガリタと見つめ合う。きつい妻と常に一緒にいるため心労でやつれてさえいる細身の、しかしとても渋くて格好いい男に見つめられるとマルガリタはにっこり微笑み返した。

(ああ……最高の美貌でなくてもいい。こんな素朴でかわいらしい子で十分じゃないか。誰よりも美しい女王を手に入れて、誰よりもうらやましがられる王様になりたかっただけだ。そんな虚栄心を満たすために私の人生は失敗した。やり直せるなら、こんな素朴でも優しく温かい子と結婚したい)

 エーガットは別にマルガリタに惚れているわけではない。ただこんな、十分かわいくて性格が優しい子の方が自分に合っていると考えているだけだ。若い頃は妻の巨乳に夢中だったが、今ならマルガリタの並程度の大きさの胸でもいいと思える。

 エーガットは好意で見つめているのではない。ただ妻よりこっちの方がましだと眺めているだけだ。しかし嫉妬深い妻は、二人が見つめ合い微笑み合っているのを見てすぐに沸騰した。

「マルガリタ! さっさと行きなさい。他の人たちを待たせるなんて愚図な子。他人の世話をするのが大好き? 好きなだけで下手くそな奉仕をされる方はいい迷惑だわ。あなたの遊びで周りに迷惑かけないでちょうだい。遊びならもうやめてしまいなさい」

 マルガリタはこんな悪意には慣れっこだ。彼女の奉仕は多くの人々に感謝されるが、中には感謝でなく侮辱や嫌がらせで返す心の狭い人間もいるのだ。マルガリタはそんな卑しい人間の相手をするときも嫌悪を示さない。嫌な人間でも感謝し奉仕するべき人間なのだ。

「はい。申し訳ありませんリアリス様。あとでカップを下げに来ますので」

 テーブルにお茶菓子とカップ、ポットを用意しお茶を注ぎ、カップを二人に手渡し終える。そしてリアリスがにらむので、二人がカップの紅茶に口をつける前にぺこりとお辞儀をして部屋を出る。

「本当に愚図な子。見ているだけでいらいらしちゃう。あんな子、能力者でなければ誰にも相手されないのに」

「彼女の入れる紅茶はおいしいよ。とても気のつく子だし、笑顔を見ていると癒される」

 普段何も言わない夫がマルガリタを擁護したので、リアリスはカップをガチャンとソーサーに置く。

 この飛行艇に乗ったときから、リアリスはマルガリタの入れてくれたお茶をカップごと手で払って落としてきた。カップを三つ割ったとき、補充のきかない任務中なので、今度割ったらもうリアリスのカップは無しだとリーダーに忠告されていた。

 自分だけお茶を入れてもらえないなどみっともなくて恥ずかしい。だからリアリスは激怒しながらももうカップを放り投げて割るような真似はしなかった。

「あなた。あんな卑しい女と見つめ合ったりかばったり。何なんですの。あなたは私の夫、私の男。あんな女にたぶらかされて。まさかあなた。他の男連中みたいにあの子と寝ているんじゃないでしょうね」

 エーガットは妻をじろりとにらむ。カップの紅茶を一口飲んで落ち着いてから、口を重々しく開く。

「彼女はそんな事をしていない。彼女はみんなの世話をするのが好きなだけだ。純真な親切だ。娼婦の真似事なんかしない」

「何馬鹿な事を言っているの? 彼女は奉仕が大好きだと自分で言っているわ。男相手に身体で奉仕するのが大好きな売女よ。あああ汚らわしい。男に色目遣っていやらしい」

「マルガリタはそんな子じゃない。いい加減、彼女を悪く言うのはやめなさい」

「この船に乗ってもう二週間。男連中が全員、あなたみたいに枯れていると思っているの? 老人のビルバジオだってあんなにたくましくて、きっと性欲旺盛よ。あとは若い男ばかり。マルガリタが奉仕とか言って男連中の性欲を解消しているに決まっているじゃない。それ以外考えられないわ。他の女はマルガリタみたいに卑しい売女じゃないもの」

 エーガットは聞くに堪えない罵詈雑言にうつむいてわなわなと震える。

 長年の抑圧、我慢、強要。今回の厳しい任務。飛行艇という閉鎖空間。降りる事も外へ出る事も出来ない。

 いつもは酒で憂さ晴らしをするが、この船に積んでいる物資は計画的に消費している。酒の割り当てはとても少なく、エーガットの鬱憤を解消するにはまるで足りない。

 特異嵐に飛び込んで三日。ここでは特異嵐に害されない能力を持つこの飛行艇ガルダ以外の飛行艇に襲われる心配は無い。敵に襲われる心配が無く、戦闘の恐怖も興奮も無い。

 酒でも戦闘でも怒りを発散出来ない。妻がとても厳しく浮気を一切許さない。きつく怖く自分勝手で人を所有物扱いし見下している。こんな女に支配され自分の人生はもう滅茶苦茶だ。

 この世の誰よりも恋い焦がれ、今ではこの世の誰よりも憎んで毛嫌いしている妻。かつて心酔し何を犠牲にしても手に入れたいと願い、さんざん貪った妻の美貌。それを見ても触れても触られてももう全く反応出来なくなってしまった。だから何年も妻を抱いていないし他の女ならなおさらだ。

 まだ三十代。性欲は三十代が一番強いと言われる。なのにエーガットは妻のせいで不能となり、性欲をまったく発散出来ない。妻に何度求められどれだけいやらしく愛撫されてもまったく元気になれなかった。

 妻は妻で夫が不能な事にひどく腹を立てている。自分を女として否定され怒り狂う。エーガットにとってそれは妻に出来る唯一の仕返しとなっていた。

 しかしもう限界だ。この二週間激しい戦闘だった。それを逃れてもう三日。しかもこの平穏はまだまだ続く。戦闘でも酒でも発散出来ず、長年積もり積もった不満がとうとう決壊する。

 たかが若い女とちょっと見つめ合ったぐらいで。マルガリタの笑顔だけが今得られる唯一の癒しなのだ。四六時中妻は一緒にいて夫が他の女に色目を遣われないか神経質になっている。

 ずっと一緒にいて浮気する暇なんか無いのに。美しい自分の誘惑でも不能なままの夫は他の女と浮気していると疑っている。

 妻は異常だ。異常な人間とずっと一緒にいてその悪意にさらされると、人は異常に染められる。やつれるほどさいなまれ続けたエーガットはもうこれ以上耐える事が出来なかった。

posted by 二角レンチ at 14:22| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

飛行艇の裏切り者(2)夫婦

飛行艇の裏切り者(2)夫婦

 エーガットは立ち上がる。妻はそんな夫を見てぎょっとする。

「何? エーガット。あなたまさか、私に逆らう気?」

「うるさい。もうたくさんだ。お前は何なんだ。私は夫だ。男だ。人間だ。それを所有物扱いして見下しやがって。ふざけるな。どこまで人を馬鹿にすれば気がすむんだ」

 結婚した当初は、徐々に本性を見せてきつくなっていく妻に対してエーガットも怒って見せた。しかし妻はそれを上から叩き潰すほどの異常な怒りでエーガットを怯えさせ、従順になるよう躾てきたのだ。

 さんざん躾ておとなしくなった飼い犬に手を噛まれた。リアリスは夫が逆らった事で頭に血が上り、今まで以上に怒り狂った。

 リアリスが立ち上がる。手を振り上げ夫の頬を平手で叩く。飼い犬を躾るには鞭が一番だ。これでまた夫は怯えて泣き出す。泣くまで執拗に叩き続けて調教してあった。

 なのに夫は泣かなかった。怯えなかった。心の芯までへし折り調教済みの夫がまだこんな強さを持っている事にリアリスは驚く。

 エーガットは叩かれたほほが赤く腫れたまま、リアリスをにらみつける。

「もうお前にはとことん愛想が尽きた。離婚しよう。お前とはもう一緒にいたくない」

 リアリスはたじろぐ。離婚を言われるのはこれが初めてではない。しかしそのたび怒り狂いののしり叩き蹴り、その言葉を翻させてきたのだ。

「やっぱりマルガリタと寝たのね。あの女にたぶらかされたのね。でなければ私と別れようなんて言うわけがない。私の何が不満なの。あんな女よりもはるかに美貌も性技も優れている。私があなたにとって最高なのよ」

「マルガリタと寝てなんかいない。お前がいつでも一緒にいるんだ。いつ彼女と寝る暇があったって言うんだ」

「私が寝ている間にベッドを抜け出して、彼女に会いに行っていたんだわ」

 エーガットは顔を真っ赤にして歪める。

「ふざけるな! お前は頭がおかしい。お前の、お前の能力で毎晩私を動けなくするくせに。逃れられない。浮気出来るわけがない」

「じゃあ彼女が夜這いに来たんだわ。寝ている私の横でまぐわったに違いないわ。なんて汚らわしい。全然気付かなかった」

「いい加減にしろよ。この」

 エーガットは怒りに燃えて妻の首に両手をかける。

「かはっ」

「お前のせいで、お前みたいな恐ろしく異常な女のせいで、私は不能になったんだぞ。女を抱きたいのに、もう私は抱けないんだ。どうしてくれる。私の能力でも治せない。私をこんなにしたのはお前なのに。浮気などしたくても出来るものか」

 リアリスは自分の首を絞める夫の手をひっかく。長く鋭い爪が夫の手を切り裂き血がにじみ出る。

「はっ、がっ、ぐっ」

「お前さえいなければ。この任務で死ねばよかったのに。しぶとく生きやがって。傷ついたお前を治癒なんかしなければよかった。もう二度と癒してやるものか。このまま殺してやる」

 エーガットは怒りに我を忘れている。本当に殺す気があるのかどうかは本人にもわからない。しかしエーガットは、妻の首を思い切り両手で絞め付ける手応えに、敵を殺す以上の喜びを確かに感じていた。

 興奮する。あの憎たらしい妻が震えている。悶絶している。首を絞めて声すら上げられない。目を見開き、白目を向いて美人が台無しだ。涙と涎を垂らし、舌を突き出し大口開けて、これ以上無い汚らしく不細工な顔だった。

 誰よりも優れた美しさだけが取り柄だったのに。それすら失って。もうエーガットは妻にまったく魅力を感じなくなっていた。

 なのにそそる。妻をこの手で絞め殺す。その興奮と手応えは血を熱くかけ巡らせ、長年不能だった部位に流れ込んだ。

「あ……?」

 エーガットは驚く。憎い妻を絞め殺す興奮で、長い年月まったく反応しなかった股間が、今までで一番熱く大きく硬くなったのだ。

「うお、はあ、はあああああああ」

 エーガットは熱い吐息を漏らす。股間にうずくもどかしい快感。数年ぶりの性的快感。ズボンとパンツにこすれるだけで、童貞が初めて女の口に含まれたみたいに甘く強烈な快感を生み出す。

 妻はぶるぶる震えぐったりしている。窒息寸前でもはや抵抗すらしていない。腕もだらりと垂れ下がっている。

「はあ、はあ、はあああ、はあああ!」

 エーガットはひどく欲情した。今までの鬱憤を晴らしたかった。妻をこのまま殺す前に、思い切り犯して心も身体もすっきりしたかった。

 妻の首を握る両手をゆるめ、ぐったりする妻の身体を抱きかかえベッドに運ぶ。リアリスをベッドに放り出し、その上に急いでのしかかる。

 久しぶりの女。久しぶりのセックス。今まで溜まりに溜まった性欲と怒りを憎い妻の身体にぶちまける。女を絞め殺そうとしたのも初めてなら犯すのも初めてだ。異常な興奮に我を忘れる。

 妻の身体を乱暴に触ったりなめたりしながら服を脱がす。涙と涎で汚れた顔は一切触らない。醜くて汚らしい雌犬の顔は実にそそる。美しいだけの妻より今の醜い妻の方がはるかに欲情する。

 エーガットも服を脱ぎ、二人とも全裸だ。何年も不能だった自分の股間のあまりに立派な様に、エーガットはうっとりとそれを見つめる。

 リアリスから目を離し、元気になった股間を誇らしげに見つめる。その隙が致命的だった。

 リアリスの手が伸びて、エーガットの胸にひたりと押しつけられる。

「お前、気がついて……!」

 服を脱がす間乱暴に愛撫しても反応しなかった。窒息寸前まで首を絞め、気絶していると思って油断してしまった。

 ばちりと、青く鮮烈な電撃がほとばしる。エーガットの身体が跳ねる。そのままリアリスの手に胸を押されごろりとベッドに転がる。

「はあ、はあ、ぜえ、ぜえ」

 リアリスはびくびくとけいれんする夫を見ながら身体を起こし、荒い息をつく。

「なんて事なの。私を絞め殺そうとするなんて。マルガリタにそそのかされたのね。あの売女。許せないわ。いつの間に夫に取り入ったのかしら。身体を使って人の夫をたぶらかすなんて卑しい女」

 リアリスは、白目を向いてびくびくけいれんする夫の、未だ萎えない立派すぎる股間をじっと見つめる。

「なんてすごい……私を放ってマルガリタにいつもこれを……許せない。マルガリタもあなたも許せないわ」

 四六時中つきまとい目を離さない。寝る時でさえ、毎晩心臓に能力で電気ショックを撃ち込み朝まで動けなくする。エーガットがマルガリタと浮気する事は不可能なのに、リアリスは本気で二人が逢い引きをしていたと思いこんでいる。

 何もかも異常な女。結婚前はもちろんその異常な本性を隠していた。結婚してから徐々に露わにし、夫を調教してきた。

 首を絞められた苦痛はまだ残っている。息も苦しいし首は今でも絞められているかのように不愉快な圧迫感が残る。しかしそれ以上に、数年ぶりに見る夫の元気な股間に欲情する。

「私を何年も待たせて。ひどい人。でも愛している。これは私の物。マルガリタには渡さない」

 さっき夫に乱暴に愛撫され、もう準備は出来ていた。白目を向いてけいれんし、口を開いて涎を垂らしながらがくがく震える夫の硬い物を握りしめ、そのたくましい太さと硬さをじっくり確かめた後、リアリスははしたなく脚を開いて夫に跨った。

posted by 二角レンチ at 11:36| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

飛行艇の裏切り者(3)探偵

飛行艇の裏切り者(3)探偵

 マルガリタはお茶の用意を乗せた台車を押して飛行艇の廊下を歩く。

 リアリス夫婦の部屋の次は、お調子者の青年ヨルムンドの部屋を訪れる。

「ヨルムンド様、お茶をお持ちしました」

 ドアをノックしてそう呼びかけると、すぐに明るい声で返事があった。

「ああ。入るがいい」

「失礼します」

 ドアを開け、台車を押して中に入る。

 長い前髪がつんつんはねた青年が部屋に立っていた。その服装はいつもと少し違う。肩にマントをひっかけパイプをくわえていた。

「まあ。ヨルムンド様。素敵な装いですね。どうなされたのですか?」

「はっはっは。どうだ。似合うだろう?」

「はい。とっても」

 似合うかどうかより、マントというのはどちらかというとダサい。でもマルガリタは、自分が内心どう思おうと相手が喜ぶからには必ずほめる。

 ヨルムンドはほめられて得意げにパイプをくわえたまま上下させる。

「おタバコ、お吸いになられるのですか?」

「よせよ。あんな時代遅れの麻薬、今時吸う奴などいるものか。依存して健康を損ない最後にはすごく苦しみながら死ぬ。あれは国が人口を減らすためにばらまいた謀略だな」

「まあ。そうでしたの。知りませんでしたわ」

 マルガリタはテーブルにお茶の用意をしながら笑顔で答える。

「名探偵たるものこれぐらい推理出来なくてはな。国の謀略なんか俺の推理にかかれば一網打尽だ」

「まあ。すごいですわね。いつから探偵になられたのですか?」

「今日からだ。この特異嵐の中にいる間、敵は襲って来られない。もう三日目だ。平穏な日々がそろそろ破られる頃だと思ってな」

「まあ。何か起こるのですか」

「ああ。事件が起こる。きっとな。名探偵は事件がある所に現れるものだからな」

 マルガリタは驚いて見せる。ヨルムンドが何かに浸っておかしな妄想を言い出すのはこれに始まった事ではない。敵との戦闘にあけくれたこの二週間でも、すでに英雄の生まれ変わりだの神の使命を帯びた使徒だの自分が何か特別な者だと吹聴してはそう振る舞ってきた。

 もう二十台後半。いい歳した青年にもかかわらず頭の中が幼稚なままなのだ。ごっこ遊びに浸り、それに付き合ってくれるマルガリタにはべらべらと語りまくる。

「探偵といえばマントとパイプ、そして帽子だ。でも俺は帽子が嫌いなんだよ。あんなの禿を隠すためのカツラ代わりだろう?」

「ビルバジオ様のシルクハットはとても素敵ですよ」

「あいつが帽子を取った所を見た事あるか? ないだろう。きっと禿げているのだ。だからカツラ代わりに帽子を張り付け取れないようにしている。どうだこの推理。きっと正解だ。今夜の夕食であいつに帽子を取らせよう。食卓で帽子をかぶったままなどマナー知らずもはなはだしい。紳士を装いながら失礼な奴だ」

「きっと帽子をお取りになられない理由がおありなのですよ。禿げているわけではないと思います」

「ふふん。お前の推理と俺の推理。どちらが正しいかな。今夜明かされる。暴いて見せる」

「それが事件ですか?」

「ははは。まさか」

 ヨルムンドはにやにやしながらお茶の用意をしてくれているマルガリタに近づく。横に並んで顔をのぞき込むように近づける。

 身体が触れる。話をするには近すぎる。ヨルムンドの手がするりと、女中の服を着たマルガリタのお尻に伸びる。

 マルガリタは反応しない。ヨルムンドはマルガリタのお尻をなでながら話をする。

「今夜あたり、事件が起きる。しかし大丈夫だ。俺がお前についている。この名探偵にかかればどんな事件も即解決だ。お前は何も心配しなくていい。全部俺に任せて俺を頼ればいい」

「どうして事件が起こるとわかるのですか」

「この特異嵐の中に三週間もいるのだ。敵は特異嵐に潰されるから襲ってこられない。完全に隔離され、この場には俺たちしかいない。ミステリーの典型、クローズドサークルって奴さ。事件が起こり、容疑者はこの場にいる全員。外部の者の犯行ではない。誰が犯人か。疑心暗鬼になり、誰もが誰かを疑う」

「怖いですわね。でも大丈夫です。この二週間、みんなで敵と戦い退けてきたではありませんか。みんな信頼出来ます。裏切り者なんて一人もいません」

 ヨルムンドはマルガリタが尻をなでても拒否しない事に気を良くし、身体を密着させキス出来そうなぐらい顔を近づけ、執拗に彼女のお尻をもみしだく。

「俺たちはこの任務のために集められた即席チームだ。リアリスとエーガットは夫婦だが、それ以外は初めて顔を合わせた。誰が何を考え、どんな組織に属し、どんな密命を帯びてきているかわからない。外部の敵も干渉も無い完全な閉鎖空間。誰が何を企み何をしてくるかなんてわからない。何も無く三週間を無事に乗り越えられるわけがない」

「私たちの任務は積み荷の輸送です。それを奪いに来る敵を退け目的地まで無事に送り届ける。その任務以外の密命などありはしません。誰もがそれを成し遂げるために今日まで死闘をこなしてきました。命懸けで積み荷も、飛行艇も、互いも守ってきました。裏切ったり他の目的があったりしたなら、もっと早くに露呈しています」

「どうしてそう言い切れるのだ?」

「ここは特異嵐の中です。もし裏切り者がいて何かをしても逃げられません。積み荷を奪ってもそれを運び出す事も出来ません。それをするならこの特異嵐に飛び込む前にしないといけません。それまで積み荷を奪う事をしなかった以上、積み荷目的の裏切り者はいません」

「なかなかの推理だ。まあ俺も同じ考えだがな」

 ヨルムンドは賢くないだろうと馬鹿にしていたマルガリタが鋭い推察をした事に驚く。彼が本当にそこまで考えていたかは怪しい。ただ探偵の真似事をして遊んでいるだけに見える。

「お前はなかなか賢いようだなマルガリタ。よし。お前をこの名探偵の助手に任命してやろう」

「ありがとうございます。光栄です」

 マルガリタは決して人の気を悪くしない。だから相手の求める返事をする。

 身体を求めればやはり素直に差し出すのだろうか? 尻をこんなに撫で回してもまったく拒絶しない。ヨルムンドは興奮してマルガリタの胸に手を伸ばす。

 マルガリタがひらりと身体をひねる。

「それでは。あとでカップを下げに来ますので。ごゆっくりどうぞ」

「おい待てよマルガリタ。そりゃないだろう」

「助手に任命してくださりありがとうございます。名探偵のお役に立てるなんてとても光栄で、きっと楽しいですわ。でも私はまだ女中の仕事が残っております。みなさんにお茶を振る舞わないとなりませんので失礼します」

「ちょっと、なあ、今夜ここに来いよ。いいな」

「申し訳ありません。夜は夕食の用意と片づけのあともいろいろとする事がありまして。とても遅くなってしまいます。ですからどうか私などをねぎらう事はせずお先にお休みください」

「何言ってるんだ。待てよ。なあ」

「失礼します」

 マルガリタは終始笑顔を絶やさない。でも有無を言わせず態度で拒絶する。

 部屋を出て扉を閉めたマルガリタを憎々しげに見送り、ヨルムンドは舌打ちする。

「ちっ。何だ。尻触っても拒否しないからいいのかと思えばそれ以上は突っぱねるってか。男をその気にさせてから振るなんて許されるのか。許されないよな」

 ヨルムンドは彼女の尻をなでていた手をじっと見つめる。

「やわらかかったなあ。すごくいい匂いだった。たまらないぜ。他の女はまるで俺の相手をしてくれねえのによ。マルガリタ。俺をその気にさせてこれではいさよならなんて許さねえからな。今夜絶対抱いてやる」

 どうせあの手の女はもっと強引にいけば拒みきれない。いや、すぐに身体を許すとはしたないからと一度断って見せただけだ。尻を触っても嫌がらなかった。拒否するならあのときにするはずだ。

「女ってのは面倒くせえぜ。自分からは求めない。求められても一度は断ってみせる。でも次は受け入れる。くくく。今夜が楽しみだぜ」

 特異嵐の中で三週間。暇潰しの探偵ごっこより、マルガリタをたっぷり抱く方がはるかに楽しそうだった。

posted by 二角レンチ at 18:40| 飛行艇の裏切り者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

飛行艇の裏切り者(4)技師

飛行艇の裏切り者(4)技師

 マルガリタは飛行艇の動力部に向かった。特異嵐に飛び込む前の戦闘で損傷して以来、機関の調子がおかしい。技師である少年と少女はこの三日間その修理にかかりきりだった。

 特異嵐の中を突き進むのに、動力部が停まっては大問題だ。進路を外れて違う方向へ飛んだら目的地から遠のいてしまう。それではこの特異嵐に飛び込んだ意味が無いし任務の達成はほぼ不可能となる。

「パーシバル様、モニカ様。お茶をお持ちしました。調子はいかがですか」

 さらさらの髪の青年パーシバルと、左右にお団子を結った少女モニカが、機械の下から身体をずらして顔を出す。

「マルガリタ。ありがとう。うーん。調子はまあまあだね。あと少し。今夜までには直るよ」

 男の子だがきれいな顔をしているパーシバルはマルガリタを見てすごくいい笑顔を見せる。彼女に会えてうれしそうだ。

 モニカも笑顔を見せる。二人とも顔が汚れている。マルガリタはおしぼりを手に取りパーシバルの顔に近づける。

「お顔が汚れて……」

 マルガリタが言い終わらない内に、モニカがその手からおしぼりをひったくる。

「顔が汚れているよパーシバル。私が拭いてあげる」

 モニカはにこにこしたままパーシバルの顔をぐいぐいおしぼりで拭く。

「う、ぶ、ん」

 パーシバルはたじろぎながらなすがままにされる。

 二人とも作業着が汚れまくっている。顔も手も汚れている。マルガリタはおしぼりをもう一枚手に取り、モニカの顔を拭こうとする。

「私はパーシバルに拭いてもらうから。ありがとうねマルガリタ」

 モニカはまたおしぼりをひったくり、パーシバルに手渡す。

「んっ」

 モニカは目を瞑って顔を差し出す。髪を左右でお団子に結って広いおでこが丸出しだ。それがまた年齢よりも童顔な彼女を一層かわいらしく見せている。

 パーシバルは軍手を外しておしぼりを手に取り、モニカの顔や腕を拭いてあげる。

「お二人はとても仲がよろしいのですね」

「そんな。普通だよ。一緒に技師として作業するからこれぐらい普通だよ」

 パーシバルは必死に弁解する。

 二人とも顔と手を拭い、台の上にマルガリタが用意したお茶とサンドイッチに手を伸ばす。

「わーい。私ピーナツバター大好き」

「お二人は作業でお腹が空くだろうと思って、お茶菓子ではなくサンドイッチを用意しました」

「ありがとうマルガリタ。夕食までもたないからね。いただきます」

「私が食べさせてあげる」

「いいよ」

「いいからあ」

 モニカは甘えた声を出し、遠慮するパーシバルの口にサンドイッチを押し込む。そして自分も目を瞑り、口を大きく開けて同じ事を要求する。

「あーん」

「ま、マルガリタが見てるから」

「あーんっ」

 マルガリタはくすりと笑う。

「私はお邪魔なようなので失礼します。あとでカップを下げに来ますから」

「邪魔だなんて。食べ終わるまでいてよマルガリタ」

「あーん!」

「モニカ様を待たせてはいけませんよパーシバル様」

「マルガリタ。誤解しているかもしれないけど僕はモニカとは何も……」

「あーんっ!」

 モニカは強く言って、パーシバルが手に持っているサンドイッチにかじりつく。

 マルガリタはその様を見てくすくす笑いながらぺこりとお辞儀をして、台車を押して行ってしまった。

「モニカ。マルガリタが誤解しちゃったじゃないか。どうしてくれるんだよ」

「誤解も何も、私たちの仲を見せつけてあげただけじゃない。事実よ事実。熱々のラブラブよ」

「僕と君は二週間前、この任務のためにチームを組んだときが初対面だろ。熱々でもラブラブでもないじゃないか」

「自分だってたった二週間で、マルガリタを好きになっちゃったじゃない」

「う……」

 パーシバルは顔を真っ赤にする。でも否定しない。

「い、いいじゃないか。誰が誰を好きでも」

「ならいいじゃない。誰が誰にアタックしても」

 モニカはパーシバルの腕に抱きつく。

「こら。離れろよ。せっかく拭いたのにまた汚れちゃうだろ」

「私はいつでもいいよ。汚して」

「そういう事言うなって言っているだろ」

「私まだ処女なんだよ。好きな人に初めてをあげるって決めていたから。初めて会ったとき電気が走ったの。あ、この人が私の運命の人だって」

「嘘つけよ。好きになった男みんなにそんな事言っているんだろ。僕は騙されないぞ」

「ひどいわパーシバル。乙女の純情をそんなむげにあしらうなんて」

「自分で処女だの純情だの言う子が純情だった試しはないんだ。僕はもうそういうの、さんざん懲りたんだ」

「マルガリタだって純情ぶっているじゃない。でもあの子処女じゃないわ。私ちゃんと聞いたもん」

「そりゃ……あの歳で、あんなにかわいいんだ。今までに恋人だっていただろうし経験だってしているさ。別に純情ぶってなんかいないだろ。君と一緒にするなよ」

「ひっどーい。私よりあの子の方がいいって言うの」

「ああ。僕、君みたいにぐいぐい来る子苦手なんだよ」

「どうして? 女の子に好かれたら、男ならうれしいものじゃないの?」

 パーシバルは顔をしかめてモニカを見る。

 言おうかどうか迷う。でもモニカはいくら拒んでも諦めない。もっと決定的に、彼女みたいなタイプを嫌う理由を教えれば諦めてくれるかもしれない。

「僕……初めて好きになった子に告白して、そしたら付き合ってあげるって言われたんだ」

「へえ、よかったじゃない」

「でも、その子の家に誘われて、親がいないからって言われて、僕はすごく期待して、でも……」

「でも?」

 パーシバルはしばらく無言だった。でも意を決して口を開く。

「その家には、彼女の女友達数人がいて、僕、女の子たちに囲まれて、脱がされて……」

 モニカは動揺せずに聞いている。処女で純情だというならこんな話を聞けばもっと狼狽するはずだ。なのに平然としている。やっぱりモニカが処女だの純情だの言うのは嘘なのだとパーシバルは思った。

「僕は好きで告白したのに。相手の女の子はそれを利用して、童貞の僕を友達と一緒になってもてあそぶために利用したんだ。僕は女の子たち数人に押さえられ、怖くて抵抗出来なくて、童貞を奪われて、次々犯されて」

「気持ちよかったんでしょ?」

「え?」

「気持ちよくなかった?」

「い、いや、すごく気持ちよかったけど、でも」

「男っていいよね。女と違って犯されても痛くない。けがしない。血が出ない。気持ちいいだけ」

「そんなの、あんなみじめで、無理矢理で、みんな笑いながら」

「いい思い出なんでしょ。自慢話? 初体験がハーレムプレイだったって」

「モニカ? あの、僕は女の子たちにおもちゃにされて、恋心も身体ももてあそばれてひどい目に遭ったって話をしていて」

「その子たちと、その後も関係を続けたんでしょ?」

 パーシバルはびくりとする。

「え、それは、その、僕、逆らえなくて、怖くて、仕方なく……」

「うれしかったんでしょ? 大喜びで複数の女の子と乱交を楽しんだんでしょ?」

 パーシバルはうつむく。その通りだったからだ。

 初めの恐怖とみじめさより、気持ちよさの方がはるかに強烈だった。パーシバルは他の男友達に初体験を話すときは多少脚色して、すごくうらやましがられる体験談として自慢していた。

「でも、あの、女の子の身体はとても気持ちよくて、しょうがなくて」

「パーシバル」

 モニカは真顔をやめて、いつもの愛嬌のあるにこにこ顔に戻る。

「女の子って気持ちいいんでしょ? 私で気持ちよくなっていいよ。だからもう、マルガリタを見ないで」

「僕は、その、ふざ、けるなよ、僕の恋も、身体も、もう女の子の言いなりにはならない……」

 パーシバルはもごもごと口ごもる。モニカは胸が小さい。腕に押しつけられてもそんなに気持ちよくない。しかしこの飛行艇に乗ってもう二週間。戦闘の連続だったときは疲労や恐怖やけがのせいでそれどころではなかったが、戦闘が無くなってもう三日目だ。若い少年の性欲は満タンにまで溜まってしまっていた。

 動力部の修理で忙しすぎて自分で処理もしていない。モニカはやわらかくていい匂いがする。しかも自分を好きにしていいと言っている。なんなら今すぐにでも、溜まりまくった欲望を全部ぶちまけても許されるのだ。

 パーシバルは頭を振る。いけない。もう女の子に好きなように扱われるのはごめんだ。モニカは自分を騙して童貞を犯した女たちに似ている。強気で強引。男は女が誘惑したらほいほい乗ってくる軽くて情けない愛玩動物だと見下している。

 もう女の子の好きにはされない。男の尊厳を取り戻すんだ。おとなしくて優しいマルガリタを恋人にして、男優位の、普通の男女の恋愛をするんだ。女の言いなりになるペットには二度となってはいけない。

 モニカが怖い。この誘惑に乗ったらまた尻に敷かれる。いいようにもてあそばれる。男は女のおもちゃじゃない。二度とおもちゃ扱いされてたまるか。

 女たちに童貞をもてあそばれたひどい体験を話しても、どうせ喜んでいたのだと見抜かれあしらわれた。モニカは何を言っても諦めない。どうすればいいんだ。

 マルガリタと恋人になれば諦めてくれるだろうか。

 そうだ。それは決定的だ。ただ恋人の振りをするだけではきっとモニカは納得しない。マルガリタは頼めば恋人の振りをしてくれるかもしれないが、本当の恋人になってみせないとモニカを諦めさせられない。

 本当の恋人。上辺だけでなく、身体まで許し合える関係にならないといけない。

 もう子供じゃないんだ。恋人になったらその日の内に寝るなんておかしくもなんともない。

 早い方がいい。モニカの誘惑にぐらついている。性欲が溜まってしまっている。戦闘で発散出来ないし当分敵は襲ってこない。このままモニカの誘惑にさらされたらきっと我慢出来なくなってしまう。

 今夜、マルガリタに会いに行こう。告白して、恋人になって、そして夜を共にするんだ。

 マルガリタを抱く事を想像する。彼女が自分の腕の下で悶える色っぽい顔を思い浮かべる。股間がうずいて膨らんでくる。

 いけない。股間を大きくしてモニカがそれに気付いたら何をしてくるかわからない。腕に抱きつく自分に欲情したと思って大喜びで触ろうとしてくるだろう。

 こんな積極的で、抱いていいと言う子が処女なわけがない。初恋の子がそうだったように、処女で純情な振りして男を騙し食べてしまう女郎蜘蛛なのだ。

「モニカ。紅茶が冷めちゃう。食べよう。もう三日も修理しているんだ。今夜の夕食までに終わらせて、今晩はゆっくり休もう」

 今晩。ゆっくり。モニカは案の定、パーシバルとの甘い一夜を思い浮かべてにんまりする。

「そうね。もうくたくた。あとひとふんばりだもんね。早く食べてさっさと修理して、今夜はゆっくりしよう。お風呂できれいにして、ふかふかのベッドでゆっくりと、長い夜を寝ようね」

 モニカは片目をぱちりと瞑って笑う。パーシバルはそのサインに気付かない振りしてサンドイッチをぱくぱく食べた。

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2014年04月12日

飛行艇の裏切り者(5)老人

飛行艇の裏切り者(5)老人

 マルガリタはビルバジオの部屋を訪ねた。しかし案の定留守だった。さりとて特異嵐に突入してから二日間、お茶の時間に食堂にいた試しもない。

 きっとまた飛行艇内をパトロールしているのだ。能力により守られたこの飛行艇以外の敵がこの特異嵐を越えて乗り込んでくるなど考えられない。なのにただ一人、警戒を怠らずに見回りをしている。

 立派な方だ。しかしかたくな過ぎる。若い者が多いこの任務の中で唯一の老人だった。

 幸い、食堂に向かう途中の廊下で出会えた。マルガリタは老人の姿を見るとにっこりとほほえむ。

 向こうは豊かな白い髭に隠れて表情がよく見えない。この距離では笑っているのかわからない。彼が笑う所を見た事が無い。老人はマルガリタを見ると遠くから手を振った。

 二人は歩いて近づく。廊下の途中で二人は向かい合い足を止める。

「こんにちは。ビルバジオ様。お茶をお持ちしました」

「こんにちはマルガリタ。ふーむ。我が輩は昨日もお茶はいらぬと言ったのであーる」

 ビルバジオは老人だ。しかし老人とは思えないほどたくましくて筋肉が太い。タキシードを張り裂きそうな筋肉にシルクハット、はねて長い髭に同じくはねて白い髪も豊かだった。

 マルガリタは台車の上でお茶の用意をしながらくすくすと笑う。

「何かおかしいのであーるかマルガリタ」

「いえ、さっきヨルムンド様がおっしゃっていた事を思い出して」

「あの青年が何を言ったのであーるか」

「ヨルムンド様は今度は探偵の真似事をしておいでなのです」

「ふーむ。神の使徒は廃業であーるか」

「そのようです。この二週間で何度転職なさるのやら。ヨルムンド様は探偵として、ビルバジオ様のシルクハットの下を推理しておいででした」

「なーるほど。どうせ禿げているのだとか言ったのであーろう?」

 マルガリタはまたくすりと笑う。

「よくおわかりで」

「我が輩は仲間の事はよーくわかっているのであーる」

 ビルバジオは無表情だが巨体を揺する。笑っているのだろうか。たくさんのひげに隠れてよくわからないし、目は変化していない。

「私たちは仲間です。しかしまだわずか二週間。戦闘ばかりで気の休まる暇もありませんでした。特異嵐に飛び込んでからの二日だけでは打ち解けるにはまだまだです」

「二週間も共にいれば十分なのであーる。仲間とは出会った瞬間から結ばれ、いる時間が長いほど互いの事がよくわかるようになるのであーる」

「それだけ他の方々をよく見ておいでなのですね。仲間として理解しようとしておいでなのですね」

「左様であーる。それが仲間というものであーる」

 マルガリタは紅茶を注いだカップをビルバジオに手渡す。彼はいつもお茶受けは食べずただ一杯の紅茶を飲むだけだ。

「ビルバジオ様から見て、私はどうなのですか?」

「どうとは?」

「仲間に見えるでしょうか」

 ビルバジオはつんつんはねるひげにカップを押しつけただ一口で飲み干す。カップをマルガリタに渡し、相変わらず無表情のまま答える。

「無論であーる。マルガリタは大事な仲間であり信頼しているのであーる」

「わずか二週間ですよ。そんなに信用してもよいものなのでしょうか」

「一日も観察すれば十分なのであーる。我が輩は長い人生でとても多くの人間を見てきた。共に生き、そして裏切られてきたのであーる。それでも生き抜いてきた。裏切る者か裏切らない者か、見分けて選別してきたから今まで生き残ってこられたのであーる」

「ありがとうございます。私の事をそんなに信頼していただいて。他の方はどうでしょうか?」

「どういう意味であーるか。どうしてそんな事を気にするのであーるか」

「いえ、探偵ごっこに興じておられるヨルムンド様が、今夜あたり何か事件が起こると推理するものですから。腹に何か抱えた裏切り者がいたら、そろそろ何かをしでかすのではないかと心配しておられるのです」

「ふーむ。あの青年は少々ごっこ遊びが過ぎるのであーる。若気の至りは致し方なし。しかしマルガリタにまでそんな心配をさせるとは」

「私はビルバジオ様と違い他の人を見抜く観察眼を持ちません。ビルバジオ様から見て、何かよからぬ企みをしているかもしれない人物はいますか?」

 マルガリタとビルバジオはじっと見つめ合う。ヨルムンドの探偵ごっこを話のネタにしているわけではない。真剣に、そんな危険が無いかどうかを問うているのだ。

 ビルバジオはしばらく無言で、やがて口を開く。

「そんな者はいないのであーる。この飛行艇に乗る八人全員、我が輩の目から見て怪しい者はいないのであーる」

 マルガリタは真顔でじっと、ビルバジオの目を見つめる。

「ビルバジオ様」

「何であーるか」

「この飛行艇に乗っているのは九人です。どうしてご自分を数に含めなかったのですか」

 ビルバジオは一呼吸置いてから答える。

「マルガリタの質問は、我が輩の目から見て怪しい奴がいないかどうかであーる。我が輩は我が輩自身を見られない。観察出来ない。もし我が輩が裏切り者であるなら、その口から出る言葉には信頼が置けないのであーる。だから我が輩は我が輩自身が信頼出来る人物であると肯定する事は出来ないのであーる」

「厳密なのですね」

「それが我が輩の哲学なのであーる。哲学とは己の生き様、信念の礎なのであーる」

「なるほど。ではもう一つ。あなたはさっき、あなた以外の八人が信頼出来る人物であると答えるのに短くない時間を要しました。それはつまり、疑わしい人物がいるという事でよろしいでしょうか?」

「どうしてそうなるのであーるか。我が輩は我が輩以外は全員信頼出来、怪しくないと断定したのであーる。我が輩の哲学に嘘は無いのであーる」

 マルガリタは真剣な顔でビルバジオと見つめ合う。しかし無表情のビルバジオは目に変化が無く、何を言っても何の情報も読み取れなかった。

 思考を悟られないように、微動だにしない無表情を貫いている。それはつまり、気取られてはならない思考を隠している何よりの証拠ではないのか。

 マルガリタは硬い表情を崩してにっこり笑う。張りつめた空気が弛緩する。

「申し訳ありません。でも私は、名探偵であるヨルムンド様の助手に任命されました。なのであの方の助手として、疑わしきを疑い、潔白すらも黒ではないかと追求せねばならないのです」

「あの青年のごっこ遊びに付き合うと言うのであーるか」

「遊びで済めばいいのですけれど」

「どういう事であるか」

「ヨルムンド様は馬鹿で幼稚ではありません。あれはそう振る舞っているに過ぎません。知的で狡猾な本性を隠しておられるのです」

「ふーむ。それは同感である。戦闘中でさえ幼稚なごっこ遊びに興じ、英雄の生まれ変わりだの神の使徒だのを演じる奴であーる。あれで戦いを重ねてあの歳まで生き残れるわけがないのであーる。能力が強いだけでは生き残れない。生き延びるには賢さと抜け目なさが必要なのであーる」

「ですから、あの方が探偵ごっこの振りをして今夜何かあるとおっしゃられるのは、警告ではないかと思うのです」

「警告?」

「あの方は、何らかの情報を得ており、でもそれを話せない。だから私との会話を誰かに盗聴されていてもいいように、ああやって探偵ごっこの振りをして語るのではないでしょうか」

「英雄ごっこや神の使徒ごっこはその前振り、仕込みであったと?」

「そうだと思います」

「ふーむ」

 いつもならただ一杯の紅茶を飲んですぐに立ち去るビルバジオも、マルガリタの危惧を無視は出来ない。真剣に付き合う。マルガリタは二杯目の紅茶をカップに注いだ。

 ビルバジオはカップを受け取ると、無表情のままじろりとマルガリタを見下ろす。二人は身長が倍近く違う。マルガリタは普通の背丈だが、熊のような大男であるビルバジオが並外れて背が高いのだ。

「警告と取ったか。それは我が輩が、青年を含めて信頼出来ると言ったからであーるな?」

「はい」

「我が輩は我が輩の哲学に基づいて思考し発言するのであーる。お前はお前の哲学に基づいて発言すればよいのであーる。我が輩の言に配慮し思考を狭める必要は無いのであーる」

「わかっちゃいましたか」

「我が輩は我が輩自身を信頼出来る人物だとは断言出来ないのであーる。お前が我が輩を観察し、見極め、信頼するか警戒するか決めればいいのであーる」

「信頼します」

 信頼しているではない。信頼する事にする。今マルガリタは危機に対し味方が欲しい。ビルバジオは敵でも裏切り者でもないように思える。だから信頼する事にした。

「ヨルムンド様の言葉が警告でなければ、犯行予告ではないかと疑っています」

「そうであーろうな」

 ビルバジオはまたカップの熱い紅茶をわずか一口で飲み干す。

「彼は私に犯行をほのめかし、私がこうして他の方々に話す事を期待しているのではないでしょうか。自分に絶対の自信がある犯人だからこそ犯行予告を行い、周りの人間に警戒させてなおそれを成し遂げる事で自分のプライドを満たす。劇場犯罪型の犯人です」

「その場合、他の者には話さない方がいいのであーるか?」

「おわかりでしょう。もし彼が犯人ではなく、何らかの危険を知り、しかもそれを公言出来ないなら。探偵ごっこの振りをし私を助手に任命し、言いふらさせる事でみんなに警告する。それをせずにむざむざみんなを危険に晒すわけにはいきません」

「あ奴が犯人なら、思惑通り犯行予告をふれて回るスピーカーとして利用されてもであーるか」

「そうです。私に選択肢はありません。警告にせよ犯行予告にせよ、私はみなさんに語るしか無いのです」

「もし青年が犯人なら、お前を探偵助手ではなく探偵に仕立てあげ勝負を楽しもうという事であーるな」

「そうなりますね。どうして私なのでしょう」

「お前が賢いからであーる」

「私よりビルバジオ様の方がよほど聡明であらせられます」

「我が輩は我が輩の哲学に基づいて行動するのであーる。かたくなで揺るがない。だから対戦相手として踊らせるには扱い辛いのであーろう」

 マルガリタは他人を尊重する。だからそうだと思ってもそれを肯定しなかった。

「私はどうすればいいのでしょうか」

「お前が考えた通りに行動すればよいのであーる。お前はお前の哲学に基づいて動けばそれでよいのであーる」

 ビルバジオは大きすぎる手で華奢なマルガリタの両肩を掴む。

「結果がどうなろうとも。自らの哲学に基づき精一杯考え行動したなら、その結果の良し悪しは問題ではないのであーる。異なる哲学がぶつかり合えばそれは反応し結果を生み出す。それだけなのであーる。それに責任を感じたり、罪を背負ったりする必要は無いのであーる」

 ビルバジオはあいかわらず無表情だ。しかしその言葉の重さはしっかりとマルガリタに伝わる。

「はい。ありがとうございますビルバジオ様。私は私で考え行動し、そして戦います」

「その意気なのであーる。では我が輩はもう行くのであーる。ごちそうさまマルガリタ。おいしかったのであーる」

「どういたしまして。明日もまた、お茶の時間においしい紅茶をいれますね」

「我が輩は見回りで忙しいのであーる。お茶はいらないのであーる」

 ビルバジオは昨日と同じセリフを残して立ち去った。

「ビルバジオ様……信頼しても、よろしいのですよね……?」

 マルガリタは廊下の遠くに見える彼の背中に向けてぼそりとつぶやいた。

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