2015年05月24日

ドルイド少女ワンカナ(64)終戦

ドルイド少女ワンカナ(64)終戦

 レイズがレッドドラゴンの牙に噛み殺される寸前、アキハイトが神の雷の魔術でレッドドラゴンの頭を吹き飛ばした。レイズは間一髪、殺される前に宙へ放り出された。

 レイズは間近で浴びた電撃の余波で感電し気絶していた。高い位置から落下する。このままヒドラの背に落ちたらこの高さだ。死んでしまう。

「ドルイド魔術、蔦の触手」

 レイズより下を落下しているワンカナが魔術を行使する。もう樹木の巨人に全力を注いで消耗し切ったので魔術は使えない。その手からは蔦が出てこなかった。

「くそ。くそ。アキハイトだって消耗し切っていたのに奇蹟を起こしたじゃないか。僕だって。僕だってえええええっ」

 ワンカナは死力を振り絞る。出ろ。出ろ。蔦の触手!

 ワンカナの必死さに応えたのか。身体に残ったわずかな力を絞り出したのか。ワンカナの両手から緑の蔦が何本も、絡まりながら伸びていく。

「やった。やったあっ!」

 ワンカナは右手の触手を伸ばして上にいるレイズに巻き付け引き寄せる。気絶している彼女を蔦で自分の身体に巻き付け固定する。

 左手の触手を伸ばし、今頭を雷で吹き飛ばされたばかりのドラゴンの首に張り付ける。この触手は絡みついたように壁などに張り付く事が出来る。ドラゴンの首に張り付けた触手を滑らせ落下の勢いを殺しながらワンカナはなんとか着地する。

 勢いを殺し切れない。ゴロゴロと転がる。でも落下による死は免れた。ワンカナは止まると蔦を解き、あわてて上を見た。

「アキハイト!」

 アキハイトも消耗し過ぎて気絶していた。雷が解け宙を落下している。

「た、助けなきゃ」

 ワンカナは立ち上がろうとしたが、がくりと膝をついた。

「あれ、あれ、力が入らない」

 消耗し尽くしたのにさらに魔術を絞り出したのだ。もう身体に何の力も残されていない。気力でかろうじて気絶していないだけで、動く力は残っていなかった。

「動け。どうして。蔦の触手!」

 消耗して消失した蔦の触手はもう出せなかった。ワンカナは手をかざして必死に魔術を唱え続ける。

「蔦の触手。お願いだよ。もう一度だけ。自然よ。力を貸して。アキハイトが死んじゃう。誰か助けてええええっ」

 いくら泣いても誰もいない。助けてくれない。自然の力を借りるドルイド魔術でも、力を借りるための魔術を使えないなら自然の力を行使出来ない。

「ああああっ。アキハイトおおおおおおっ」

 ワンカナは、愛するアキハイトが高い場所から落下し頭からヒドラの身体に落ち、首を折って死んでしまう瞬間をただ見守るしか出来なかった。

 その瞬間を覚悟し、でも目を瞑る事は出来なかった。恐怖の一瞬。それをワンカナは目を見開いて見届けた。

 ワンカナが愛する人の死を覚悟したその時、しかしそれは訪れなかった。

「……え?」

 気が付くと、ワンカナは地面に膝と手をついていた。どうして。さっきまでヒドラの背にいたのに。

 島のように巨大なヒドラが消えていた。隕石落下の魔術で抉れた大地の傷跡に、ワンカナはうずくまっていた。

 きょろきょろと周りを見回す。レイズはさっきと同じく横に寝ていた。生きている。しかし広大で荒れた大地にアキハイトの姿は無かった。

「アキハイト。どこ行ったの。アキハイトおおおおっ」

「ここですよ」

 その声にワンカナはぎくりとする。忘れもしない男の声。神経を逆撫でする慇懃丁寧な口調。

 振り返るのが恐ろしい。しかし恐る恐る振り返る。

 そこには魔王がいた。魔王アソールド。人間の姿に化けている。彼は全身ぼろぼろの血塗れで所々肉が欠け骨すら露出している。殺したドラゴンの首の分だけ傷を負っていた。

 しかし生きている。ドラゴンの首を全て殺したわけではない。樹木の巨人で殴り倒し気絶しているだけの首はまだ生きており、ヒドラは首を全てはねない限り殺せない。

 魔王が意識を保っているという事は、気絶した首の内少なくとも一本は意識を取り戻していたのだろう。いや、気絶したままの振りをして攻撃をやり過ごしていたに違いない。

 完全な敗北だ。ワンカナたちが活動している首を全部殺して安堵した所で、気絶している振りをしていた首数本で襲うつもりだったのだ。ワンカナたちに勝ち目は無かった。死力を尽くしてなお、首を全部殺し切れなかった。力不足のどうしようもない敗北だった。

「魔王」

 魔王は人間に化けている時は魔物の威圧を発さない特殊な魔物だ。だから背後にいても気付かなかった。ワンカナを後ろからいつでも殺せたという事だ。もう戦う力が残されていないワンカナはどのみちもうどうしようもない。降参するしかなかった。

 魔王は腕でアキハイトを抱え上げていた。アキハイトはぐったりしている。もう戦えない。だからワンカナは無駄な抵抗をやめ、魔王に語りかけた。

「アキハイト……死んでいるの?」

「生きていますよ」

 魔王は優しくアキハイトを下ろして地面に横たえる。ワンカナは動かない身体を引きずりながらそばへ寄り、その顔に両手を添える。

「温かい。息をしている。生きている。アキハイト。よかったあ……」

 どうせ魔王にもう殺される。それでもワンカナは、今だけでも生きてアキハイトと一緒にいられる事を喜び、涙をこぼして彼に抱きついた。

posted by 二角レンチ at 20:03| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月23日

ドルイド少女ワンカナ(63)獅子奮迅

ドルイド少女ワンカナ(63)獅子奮迅

 もう元気は取り戻せない。しかし気力が無くてなお、今でも殺されて楽になりたいほど辛くてもなお、三人は立ち上がり戦う決意をした。

 レイズが二人を見て感謝する。

「ありがとうアキハイト。ワンカナ。ラズリはきっと私の娘ジイナだったんだわ。もう確かめようがないし、今でも辛い人生を送り最後には殺されてしまったラズリが私の娘だとは信じたくない。でもそうだとして、その罪を背負うわ。そして償う。魔王を倒すため戦うという罰。辛くて逃げ出したいけどそれでも私も一緒に戦うわ」

 ワンカナは喜んで笑う。

「うん。その意気だよレイズ」

「ふふっ。ワンカナってちょっぴり生意気ね。でもそこがまたかわいいわ」

「えへへっ」

「アキハイトもありがとう。私の罪を自覚させてくれて。私はちゃんと確認出来ない事をいい事に己のしでかした罪から逃げていたわ。それを突きつけ思い知らせてくれてありがとう。あなたも辛かったでしょう」

「辛かろうが残酷だろうが俺はパラディンだ。魔王を討つ使命を何が何でも果たす。必要ならあなたたちをどれだけひどく傷つけようともだ。こんなひどい俺とまだ一緒に戦ってくれるか?」

「もちろんよ。くじけて心が折れたままだもの。これ以上くじけようが無いわ。駄目になりようが無い。駄目なままの私で、それでも最後まで戦い続けるわ」

「よし。二人とも頼むぞ。最後の戦いだ。残ったドラゴンの首はまだ二十以上。倒れて気絶しているだけの首もまだ見たところ二十も三十もあるようだ。しかしそれが目を覚ますより早く俺たちの力は消耗し尽きるだろう。寝ている首が起きてきた後の事は考えるな。その前に生きている首を全部殺して魔王を討つ。それだけしか出来ないし他の事は考えなくていい」

「うん」

「ええ」

 女性二人は頼もしい笑顔を見せてくれる。それは同じくくじけているアキハイトを強く勇気づけてくれた。

「行くぞ二人とも。魔王を必ず倒すんだ」

 アキハイトとワンカナは力を注ぎ込み樹木の巨人を強化する。もう出し惜しみしない。全力を尽くして最速で、残りの首を全部殺さねばならない。

「サポートするわ。三人で隙を埋め合い戦う。きっと勝てるわ。私たちはみんな、今この世界で最強の魔術師なんだもの」

「そうだね。他に強い人たちはもうみんな……えへへっ。世界最強かあ。ラズリも世界最強を目指していたよ。始めはただうぬぼれていただけだったけど、終わりの方では本気で世界最強のメイジになるため頑張っていたよ」

「そう。あの子が……戦いが終わったら、あの子の話もっとたくさん聞かせてね」

「うん。約束する。だから絶対死なないでよ。生き残ってたくさんお話しよう」

「ええ」

 三人とも前を向き決意の強いまなざしをする。折れた心でなお、かなわない敵と戦うのに、こんなに強くあれる人間は他にいない。

 三人は心も力も最強。現存する最強の魔術師たち。最強のパーティ。魔王を倒せる最後の希望。人類存亡の要。

 その重責を、足りない力で果たさねばならない。しかし絶望し尽くした。これ以上絶望も、心が折れようもない。

 最低の精神状態。消耗して魔術ももう残りわずかしか使えない。とてもではないが残り二十以上もあるドラゴンの首を全部殺すなど出来るわけがない。しかし絶望の底でなお、戦う事が出来る。人間の心は魔術よりも深淵。底力は計り知れない。

 アキハイトとワンカナは樹木の巨人を全力で操る。もう余力を考えない。力尽きた後の事を考えず、ただ今を必死に戦うのみだ。

 力を注がれた樹木の巨人は防戦一方だったさっきまでと動きが違う。早く強くそして激しい。脚を操るアキハイトは駆けるだけでなく蹴りすら繰り出しドラゴンの首を折る。そして苦しむドラゴンの頭をワンカナは横から樹木の巨人の拳で思い切り殴り飛ばし血を吐かせ牙をへし折り気絶させる。

 逃げていた樹木の巨人が獰猛に、むしろ無謀に突撃してくる。逃げるのをやめドラゴンの首に次々飛びかかり乱暴に殴り倒していく。残りのドラゴンの首はその獰猛さに怯んでいるように攻撃をためらう。

「本当に凄いわねえ。凄まじい大きさの樹木の巨人。それを全力の魔術で操るとこんなに強いなんて。魔王なんて目じゃないわ。私も負けていられない」

 レイズは両手を広げて魔術を唱える。

「メイジ魔術、火炎地獄車!」

 空中に火の玉がいくつも現れる。それは弧を描いて炎の軌跡がつながり輪となる。

「おおっ。さすがに凄いな」

 アキハイトが感心する。

 一つしか召喚出来ないはずの炎の輪。しかしレイズは魔術の深淵を暴き、他のメイジなら一つしか召喚出来ない魔術を複数同時に召喚出来る。

「凄いやレイズ。火炎地獄車を一つでなく三つも同時に出現させた。この魔術、ラズリが得意だったんだよ。よく使っていたなあ」

「あの子が、ジイナがこれを?」

「うん。きっとお母さんが使っていたのを昔見ていたから、それで好んで使っていたんだろうね」

「そう……」

「ねえレイズ。たしかにラズリは、君の娘ジイナは君に捨てられたせいでとても不幸な目に遭い最後は無念の内に殺された。さんざんな人生だったと思うよ。君をとても恨んでいたと思う。それでも愛していたと思うんだ。恨んでも憎んでもなお愛する。ずっと大好きなまま慕っていた。でなけりゃ別れる前に見ていた君と同じような髪型をしたり、同じメイジになったりしなかった。君の得意の魔術を好んで使ったりしなかった。もし生きて君に会えてもきっと自分が娘だとは認めなかっただろうね。自分の不幸な人生の責任を君に押しつけたくないから。でも気付いて欲しい。だから君の面影を追って、髪型も服も魔術も君を真似したんだ。君に知られたくないと同時に、君に気付いてほしかったんだ」

「……」

 アキハイトが口添えする。

「レイズ。ラズリは他のパラディンのパーティについて俺から聞こうとはしなかった。自分がいれば他の連中なんかいらないと強がってな。確かめたくなかったのだろう。でもわかっていた。自分の父親が十年前全滅したパラディンのパーティの一員で、あなたがその復讐のために自分を捨てて魔王と戦う決意をした事を。きっと今のパラディンのパーティの一員として世界最強のメイジとなっている。確かめなくてもそうに違いない。最強のメイジの座で待っていてくれる。だからラズリは世界最強のメイジにこだわっていたのだ。あなたの所へたどり着き再会を果たすために」

「ううっ」

 レイズは涙をこぼす。でもすぐにローブの袖で拭う。

「もう。湿っぽい話は後でね。勝って生き残ってからたっぷりしましょう。そのためにはまずこの戦いを終わらせなくちゃ。今はもうあの子の事は言わないで。また泣いちゃうじゃない」

「すまない」

「ごめん」

 アキハイトとワンカナは口をつぐみ、戦いに集中する。

 勝てない。生き残れない。もう話は出来ない。だから今したがった。しかしそんな弱さは許されない。全力で戦いに集中しないといけない。殺されるまでのわずかな時間を悲しみや切なさに酔う事すら彼らには許されないのだ。それが償いという罰だった。

 火炎地獄車の魔術はその中心に術者の魔術師を据え、魔術師は魔術と共に空を駆ける。しかしレイズは一つしか召喚出来ないはずの炎の輪を三つも同時に上空に出現させた。それを同時に操るのに全力を集中させねばならない。炎の輪と共に空を飛ぶ余裕は無い。

「これが最後の魔術よ。私の一番の得意魔術。これに全力を注ぐわ。これが砕かれたらもう打ち止め。これで残りの首を全部焼き尽くしてやるわ」

 三つの巨大な炎の輪は高速で回転し、炎をまき散らしながら飛翔する。そしてそれを噛み砕こうとするドラゴンの牙をへし折りその口を切り裂いて、燃やし尽くし消し炭にしてしまう。

「うわあっ。熱い熱い」

 回る炎の輪は高速で空を駆け巡る。時折樹木の巨人にも接近する。距離は十分離れているがもの凄い火力で、離れていても熱が届く。ワンカナはその熱さにたじろぐ。

「樹木の巨人まで燃やさないでよ。樹木だから炎には特に弱いんだから」

「ごめんなさいね。魔王の首はどれも強いわ。私の最大火力でも炎に耐性のあるレッドドラゴンの首は焼けない。炎に弱い樹木の巨人だけど、それでもレッドドラゴンの首は任せたわよ」

「うん。炎のブレスに焼かれないように倒していくよ」

 アキハイトは樹木の巨人の脚を操りレッドドラゴンの首を狙って近付く。燃える溶岩のブレスを吐きかけられ、それをかろうじてかわす。

 敵も強者。樹木の巨人はブレスをまともには浴びないが、次々浴びせられるブレスで所々損傷している。炎のブレスで樹木の巨人のわき腹が焼かれ燃え出す。

「ワンカナ」

「わかってるって」

 さっきからブレスがかするたび、その効果が広がらないようにその部位の樹木を枯れさせ切り離してきた。ワンカナは燃えるわき腹の樹木を枯れさせ炎ごと切り落とした。

 もう樹木の巨人はボロボロだ。ブレスがかするたびこうして切り離し損傷を最小限にしてきた。しかしもう的は樹木の巨人一体のみ。多数のドラゴンの噛みつきもブレスも全部集中砲火を浴び、どんどん削られもう瓦解寸前だ。

「負けるもんかあ。行っけえー!」

 ワンカナは叫ぶ。樹木の巨人はレッドドラゴンの首に飛びかかり、空中で大きく振りかぶった拳で思い切り殴った。

 レッドドラゴンの頭が、折れた牙と吐いた血をまき散らしながら吹っ飛びどさりと倒れる。

「えへへっ。このレッドドラゴンの首がゴロラドだったらいいな。これでベイドとラズリの仇を討った事になるもん」

「そうだな。きっとそうだ」

 レイズは黙って聞いている。詳細は知らない。しかしゴロラドという魔王が首が娘の死因らしい。

 その話だって生き残ったら聞ける。娘の最後を聞かずに死ねるか。レイズはラズリにそっくりの、とても険しい顔つきで炎の輪を操り続ける。

 燃える巨大な炎の輪は車輪のように高速で回転し続ける。敵に当たり燃やすとその分だけ火力が衰える。しかし炎が弱まった部分も回転して戻ってくる頃には火力を取り戻している。火炎地獄車の魔術は回転を止めない限り、いくら弱まってもまた火力を取り戻し敵に地獄を見せ続ける。

 アキハイトたち三人は猛々しく吠える。全力で魔術を行使する。汗を吹き顔が険しい。必死だ。死力を尽くしてなお足りない。それでも止めない。

 ドラゴンの首を次々殴り倒す。燃やしはねる。その猛威は凄まじい。生きているドラゴンの首たちは怯えているようにすら見える。

 それでも襲いかかってくる。ブレスを吐きかけてくる。樹木の巨人と炎の輪はドラゴンの首に飛びかかってはなぎ倒す。

 気付けば残った首はあと一本。他の首は死んだか気絶しているか。生きて活動しているあの首を殺せばあとは倒れて気絶している首を殺して回るのみ。

 必死だった。死にもの狂いだった。後先考えなかった。消耗して力尽きる事を恐れ力を温存していればきっとここまで倒せなかった。時間がかかり時間切れとなり、気絶している首まで復活してアキハイトたちは敗北していたに違いない。

 後の事を考えない開き直り、やけっぱちが功を奏したのだ。気付けば勝利は目前。それでも必死過ぎるアキハイトたちの気が緩む事は無かった。

 もう削られまくり片腕すら失って、まるで骨だけになったようにすかすかの樹木の巨人は、その今にも崩れそうなほど哀れな姿でそれでも獰猛に勇ましく、残り一本となったレッドドラゴンの首に飛びかかった。

 レッドドラゴンの首は炎に耐性があるから火炎地獄車では殺せない。樹木の巨人だけが頼りだ。

「届け、届けっ」

「行っけえ、樹木の巨人ー!」

 アキハイトとワンカナは叫ぶ。樹木の巨人はボロボロの身体でなお力強く飛びかかり、残った腕で殴りかかった。

 レッドドラゴンが燃える溶岩のブレスを放つ。もう避けられない。樹木の巨人は拳ごとその巨体を吹き飛ばされ粉々に燃やされる。頭の上に乗っていたワンカナたち三人は宙へ放り出される。

 そこを、レッドドラゴンの首が大きな牙をむいて襲ってくる。飲み込むなんて生優しい事はしない。牙で噛み砕き殺すつもりだ。

 レイズは炎の輪を三本とも操り、その輪の中心に自分たち三人をそれぞれ納める。この魔術は中心に据えた者を輪と共に宙に浮かして飛行を可能とする。

 しかし炎に耐性のあるレッドドラゴンは、その隙を突いて炎の輪を次々噛み砕いた。ドラゴンは翼のはためき以上に噛みつきにより魔術を砕き殺す力を持つ。一カ所噛まれただけで炎の輪全体が破壊され消滅する。

「うわあああっ」

 三人は炎の輪による飛翔を失い落下する。そこをレッドドラゴンの牙が再び襲いかかる。

「メイジ魔術、嵐の鎧!」

 レイズが唱える。風が巻き起こり嵐の渦となり彼女を包み込む。

 しかし火炎地獄車に全力を注ぎ消耗した彼女はもう魔術をろくに使えない。弱々しい風をまとうだけ。こんな物ではドラゴンの牙を防げるわけがない。

 レイズは嵐の鎧をまとい飛翔する。この魔術はその作用として包み込んだ術者を滑空させる事が出来る。

 それで逃げるかと思いきや、彼女はドラゴンの牙に向かって飛んで行った。

「二人とも、私が食われている間に逃げて!」

 どうせ殺されるなら守れなかった仲間の代わりに誰かを守って死にたい。自己犠牲ではなく自己満足にしか過ぎなかった。

「レイズ、駄目だ、戻って!」」

 ワンカナが悲痛に叫ぶ。しかし全力を使い果たしたワンカナはもう何も出来ない。ただ見守るしかない。

「死なせない。もう仲間を死なせない。パラディン魔術、神の雷!」

 アキハイトは魔術武装の剣を紡ぎ出す。そして突き出したその剣先から雷をほとばしらせる。

 アキハイトも樹木の巨人を操る神の騎馬の魔術で全力を使い果たした。もう魔術を行使する力が残っておらず、剣は火花をパチパチと発するだけで雷を作り出せない。

「ああっ。もう駄目だあっ」

 ワンカナが絶望の涙をこぼす。仲間が殺されるのをまた見ているしか出来ない。ラズリの時と同じだ。そしてそのすぐ後に、自分たちも殺される。

「諦めるな。諦めんぞ。神よ。おられるのでしょう。見守っているのでしょう。あなたは人間に試練を与え決して手を貸さない。しかしお願いです。奇蹟を。一度だけ奇蹟をお恵みください。そのためなら何をも捧げます。この命でも信仰心でも何でも捧げます。だからどうか一度だけ、一度だけ奇蹟のお恵みをおおおおおっ」

 神は応えない。剣先の火花が消える。神は人間に試練を与えるが、奇蹟は決して与えてくれない。

 神の無慈悲にアキハイトはぐしゃりと顔を歪め涙を浮かべる。しかしレイズがドラゴンの牙に挟まれまさに殺されるその時、アキハイトは怒りの形相となり怒号を叫んだ。

「もういい! 神などもう知らん、頼らん。俺は俺の、人間の力だけで人を救う。奇蹟を起こす!」

 神を信じ生涯全てを信仰に捧げたアキハイトが神を捨てた。それがどれほど凄まじい事なのか。己を真っ二つに裂かれるよりも辛い事に違いない。

 誰にも出来ない。しかしアキハイトは仲間を救うため、神頼みをやめて自分の力で何とかしようとした。

「うおおおおおおおおっ」

 火花が消えたはずのアキハイトの剣が再び輝き出す。火花より激しい電撃を放ち、膨大な雷と化す。

 剣の先からほとばしる雷がアキハイトを包み込む。巨大な雷と化したアキハイトが刹那の速度で突進し、その雷でレイズを噛み殺そうとしていたレッドドラゴンの頭を貫いた。

posted by 二角レンチ at 15:31| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月22日

ドルイド少女ワンカナ(62)償い

ドルイド少女ワンカナ(62)償い

 ラズリがレイズの娘。その事実をアキハイトに突きつけられ、レイズは泣き伏した。ワンカナはそれを聞いて驚く。

「それ本当? アキハイト」

「ラズリとベイドが話しているのを立ち聞きしてしまい、それに推測を加えただけだ。真実はわからん。だが確信がある」

 ワンカナはうなずく。

「道理で。レイズってラズリによく似ているもの。親子だって言われたら納得するよ。初めてレイズを見た時、僕なんかラズリが生きていて助けに来てくれたと思っちゃったもん。近くで見てもなんだかラズリに似ていると思えた。ラズリは言っていた。メイジは黒いローブを好んで着る、メイジの象徴だからって。それに合わせて髪を黒く染める者も多いって言うから、似ていてもおかしくはないって思っちゃった。でも目つきや顔つきまで似ているんでびっくりしちゃったよ。親子なら納得だね」

「ああ。親子でないなら顔つきまで似るわけがない」

 レイズは顔を上げて頭を左右に振る。

「あり得ないわ。私が聞いた情報では、あなたのパーティにいたラズリは二十代後半でしょ。魔術師の修行だって十年以上こなしている。十年前に捨てた私の娘の年齢と合わないし、その時娘はまだ魔術師ではなかったわ。十年の間に十年以上もの修行の旅をこなせたわけがない」

「それはラズリがついた嘘だ。あるいは嘘をつき続けている内に自分でも嘘を本当だと錯覚してしまっていたかもしれない。父親に死なれてすぐ母親に捨てられたショック。預けられた先で少し暮らしていたがすぐ人買いに売られてしまった。幼い少女なのに怖い男たちに犯され、あまつさえ売春を強要されて何年も過ごした。その苦痛と苦労でやつれ細りそして年齢以上に老け込んだ。鏡を見てももう自分が本当の年齢であるとはとても思えない。そして優れた魔術師の両親を持つ事で受け継いだ才能。他の魔術師が十年かけても到達出来ない魔術師の最高峰にわずか数年で到達した。うぬぼれと現実逃避を重ねて自分が十年以上も修行をし、年齢も外見と同じ二十代後半だと嘘をついている内に本当だと思い込んでしまったのだろう」

 ワンカナが疑問に思う。

「そんな事ってあるの? 自分でついた嘘を本当だと思い込むなんて」

「ああ。人間はとても思い込みが激しく、心で対処し切れない時は記憶や思考を歪めてでも生きようとする。嘘やあり得ない事だとわかっていてもそれが真実だと信じ込む。ワンカナ。お前の村の村人たちは、悪魔なんてものがこの世に存在しないと知っていたにもかかわらず、恐れのあまり悪魔がいるという嘘を本当だと思い込み、お前を悪魔の子だとののしり悲劇を招いた。わかるだろう。人は恐怖や苦痛を逃れるためなら嘘にすがりつき、それを本当だと思い込んでしまう」

「うん……」

 ワンカナはしんみりする。跪き、両手を樹木の巨人について力を注ぎ込む。

 のんびり話をしている場合ではない。しかしせねばならない。話をする時間ぐらいは稼がなくては。ワンカナはまだ絶望に屈してはいたが、ラズリの悲劇の話を続けさせるために気力を振り絞って、ドラゴンの首が噛みついたりブレスを吐いたりして襲ってくる現状で殺されないようアキハイトと一緒に樹木の巨人を操った。

 樹木の巨人は防御に徹し、ブレスや噛みつきをかわしドラゴンの頭を拳や腕でいなしながら、ヒドラの背を駆け回り逃げ続けた。

「アキハイト。続けて」

「ああ。ラズリが嘘だとわかっていて嘘をつき続けていたのか、それとも自分の嘘を本当だと錯覚してしまったのかはわからん。だが俺は後者だと思う。ラズリは明らかに異常でおかしかったからな」

「でも最近では、とても優しく穏やかになっていたよ」

「そうだ。ラズリが俺たちと旅をして、仲間といる喜びや人間らしい気持ちを取り戻していったのは見て取れた。ラズリは自分の記憶すら歪める辛い過去すら思い出していったのかもしれん。ラズリは両親に捨てられたと思っていたが、実際は父親は戦死していた。レイズ。あなたは娘を捨てたのではなく、別れる時にいつか全てが終わったらきっと迎えに行くと言ってあげたのではないか?」

「そんな事は言っていないわ。私は娘を捨てたのよ」

「ラズリが娼婦として生きていた事までも情報として知っていた。娘をそんな辛い目に遭わせてしまったあなたは、娘を迎えに行くと言っていた事を忘れようとした。もう娘の事を忘れようとした」

「そんなんじゃないって言っているでしょ! 私は娘を捨てて弟夫婦に託した。娘は弟たちの本当の娘として今でも幸せに暮らしているのよ!」

「ラズリは自分に顔まで似ているらしい。もしかしたら娘かもしれない。でも情報で聞く年齢や魔術師としての修行期間の計算が合わない。だから娘なはずがない。そう思い込もうとした。確かめたくない。でも確かめずにはいられない。だから俺たちに、娘を捨てた事を話して反応を見ようとした。ラズリはあなたに何も知られたくなかった。もし会って聞かれてもきっととぼけて見せただろう。あなたを苦しめないために。だから俺も知らない振りをしたのだ」

「あなたのパーティにいたラズリって子が私の娘のはずがないじゃない。実際の年齢よりはるかに老け込むほど辛い人生を送っていたはずがない。娼婦なんて真似をするほど貧しかったわけがない。弟夫婦には娘を育てて余りあるお金をこの十年ずっと送り続けていたのよ」

「今の人々はみんな貧しい。大金を得る事など夢でもあり得ない。それが現実となったら、欲に目がくらむのが人間だ。どれほど誠実で優しかろうと、欲は人を狂わせる」

「あり得ないのよ。私の娘が別れてすぐ人買いに売られて娼婦だったなんて。だって、だって」

 レイズは泣きながら、すがるような目でアキハイトを見上げる。嘘だと言ってほしがって懇願している。

「だって、私と別れたとき、あの子はまだ十にもなっていなかったのよ。たったの八歳。交わりどころか初恋すらまだだったのよ。そんなあの子が、汚い男たちに組み伏せられ犯されて売春をさせられたなんて、あんまりだわ……」

 レイズの涙を見て、ワンカナもラズリの悲惨さとこの親子の悲しさを受けてボロボロ泣いた。

「現実は過酷だ。人を不幸に突き落とす。人は正しく幸福には生きられない。何が正しくとも間違いともなる。レイズ。あなたは夫を魔王に殺された復讐をせずにはいられなかった。その危険な修行の旅に娘は連れて行けない。だから弟夫婦に預けた。それは正しい。しかし過ちとなってしまった。何をしてもそれが不幸を招く事はある。あなたが悪くないとは言わない。あなたもあなたの弟夫婦も悪い。あなたが復讐を諦め娘と一緒にいる事を選んでいればこんな悲劇は起こらなかった」

「ううううわああああああっ」

 レイズは突っ伏して泣いた。まるで娘に土下座して謝るように。

「アキハイト。ひどいよ。何もそこまで言わなくても」

「ワンカナ。人が何をしても、それが不幸の引き金になる事はある。予想出来ないし防げない。お前だって力を見せびらかしていい気になっていたせいで両親の死を招いただろう」

「ううーっ。それは言わないで。わかっているくせに言うなんてひどい」

「お前がくじけるのが悪い。もうくじける事も絶望する事も許されない正念場なのだ。ワンカナ、レイズ。二人とも、家族や仲間を殺された復讐でもなおもう戦えないと心が折れたな。それでも無理矢理戦わせるぞ。お前たちの力が必要なのだ。だからいくらひどい行為だろうとお前たちの心の傷を抉ってやる。償いをしろ。自分のせいで愛する家族を辛い目に遭わせ非業の死を遂げさせた罪は重い。復讐でも立てないなら償いをさせてやる。諦め楽に死ぬなど許さんぞ。この罪人共め。命尽きるその最後の最後まで、償うために戦い続けろ。いくら辛かろうが逃げる事など許さん。苦しんで苦しんでそれから死ね」

 レイズもワンカナも家族の不幸と死を自分のせいだと責められ大泣きした。

「うぐっ、ふううううっ、ひどいよアキハイトおおおおっ」

「ひどいのは貴様等だ。家族を死なせ仲間を死なせ、さらに他の人間全てまで死なせる気か。いくら死なせれば気が済むのだこの愚か者共め。もうその命を捧げても償えないほどの重罪人なのだぞ。おとなしく刑に服せ。いくら怖くても絶望しても魔王と戦え。それが貴様等に与えられた罰と知れ」

「ぐうううっ、アキハイトだって、同罪じゃないか。ラズリを死なせたのも、昔のパーティをみんな死なせたのも、自分が弱いせいで守れなかったって言っていたじゃないかあ」

「ああ。俺も同罪だ。だが俺は貴様等とは違うぞ。その罪を背負う。罰を受ける。魔王と戦うという罰をな。魔王を倒してもなお許されない。償い切れない。しかしこれが俺に出来る精一杯の償いだ。それをせずに諦め、ただ殺されるなど俺には許されん。だから俺は戦うのだ。絶望で心が折れていようともな」

「ううううううっ」

 ワンカナは最後にぎゅっと目を瞑り、悔し涙を絞り出した。そして頑張って涙を堪えると、腕で涙を拭ってすっくと立ち上がった。

「アキハイト……ありがとう。僕たちを責める辛い役目を引き受けてくれて」

「何の事だ? 俺は貴様等の不甲斐なさに腹を立てて八つ当たりしただけだ」

「パラディンは嘘をついちゃいけないんでしょ。でもアキハイトは嘘も下手だね。へへっ」

 ワンカナは弱々しく笑う。

「僕、頑張るよ。もう心が折れて、強くあれない。それでも同じ立場のアキハイトだってまだ踏ん張っているもんね。僕も一緒に戦う。最後まで、無駄でも無茶でも、償いのために戦い続けるよ」

「ああ……ありがとうワンカナ。一緒に戦ってくれ」

「うん」

 ワンカナはアキハイトと両手で握手する。手が温かい。熱と共に勇気が注がれ満たされる。

 ワンカナとアキハイトは片手を握り合いながら共に、空いている手をうずくまるレイズに差し出す。

「レイズ。立って。僕たちはもう、うずくまり泣いて死を待つ事なんて許されない罪人なんだ。大事な娘を不幸にして死なせてしまった。仲間を守れず死なせてしまった。それを申し訳なく思うなら、死んで楽になっちゃ駄目だ。アキハイトの言う通り、僕たちは苦しくても辛くても償い続けなきゃ。戦う事しか出来ない。それでも償い切れないけれど、戦う以外に出来る事は無い。一緒に戦おう。魔王を倒そう。そうすれば、救えず死なせてしまった人たちの代わりに、他の誰かを救えるから」

 レイズは二人をどんよりと見上げる。折れた心はもう立ち直れない。それでもやるしかない。気力が無くともくじけていても、それが苦しくて立ち上がれなくても、やらねばならない。償いをせずに楽に死ぬなど許されない。

 レイズは戦う気力がわかなかったが、それでも弱々しく二人の手を取った。二人は力強く引っ張り上げ立たせてくれた。握られた手に感じる命の温かさ、勇気の熱さ。それを受け取り、レイズはわずかに戦う気力を取り戻し、儚く寂しい笑顔を見せた。

posted by 二角レンチ at 16:24| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。