2015年05月09日

ドルイド少女ワンカナ(55)決戦開始

ドルイド少女ワンカナ(55)決戦開始

 夜が明けた。空が白み朝日が広大な平原の果てに姿を現す。いよいよ魔王との決戦が開始される。

 アキハイトは魔術武装の鎧と剣、そして盾を出す。光の帯が編み上げられ白銀の武器や防具となる。

 ワンカナは隣にいるアキハイトに、平原の中心を睨みながら話しかける。

「魔王はどこから来るかな?」

「今の魔王は十年前よりさらに力を蓄え強大無比。知覚は果てなく届き俺たちの居場所も作戦もわかっているだろう。パラディンのパーティ五組がそれぞれ違う方位に陣取っているのはばれている。しかしあえてその中心に出現するだろうな」

「隕石落下の魔術の相乗をまともに食らっちゃうよ」

「承知の上だ。十年前の夜討ちではそれで重傷を負わされた。今度はそれを正面から受け切り凌ぎ切るつもりだろう。十年前とは違う、圧倒的な強さを誇示するためにな」

「そうかなあ」

「きっとな。隕石落下の魔術の相乗は並の魔術とは規模が違う。こうして平原の中心から数十キロも離れておかねば巻き込まれるほど広大な規模だ。魔王がその配下である魔王が首に集めさせた神レベルの魔物の軍勢。それが隕石落下の魔術に巻き込まれ全滅させられると人間たちを魔王自身がいちいち殺して回らねばならなくなるだろう? その手間を避けるためにわざわざ集めた魔物たちだ。魔王が単独で隕石落下の魔術を受け切るのは魔王にとっても必要な事であり、我々はそれを利用して最大の攻撃をぶつける」

「そっかあ。なるほど。その後は、手傷を負った魔王を個々のパーティの判断で攻撃するんだね」

「そうだ。十年前とそう変わりない作戦。ヒドラは首を全てはねると死ぬという弱点を持つ。成熟を極めた魔王はきっととてつもない巨大さだ。その胴にある巨大過ぎる脳を堀り出し全壊させるのは大変すぎる。まだ百の首全てをはねる方がはるかに容易だ。どの道胴の中の脳を攻撃しようにもその首全てに攻撃されるから、結局邪魔な首を全部はねねばならない。だから本体の脳ではなく、百本の首を攻撃する」

「ベイドもその中にいるんだね」

「もう彼の自我はない。ベイドはもういない。ただのグリーンドラゴンの首だ。躊躇するな」

「わかっているよ。もう吹っ切った。ううん。今はもう構っていられない。魔王を倒すために余計な事は考えていられない」

「そうだ。頼もしいなワンカナ。頼りにしているぞ」

「えへへ。アキハイトと一緒なら心強いや」

 ワンカナはアキハイトの後ろから手を回しぎゅっと抱きしめる。

「こら。もういつ魔王が現れてもおかしくない。戦闘に備えろ」

「ちょっとだけ。こうしていると勇気がわいてくる。うん。僕頑張れるよ」

「ワンカナ」

「言わなくていいよ。もうわかっている。だから今だけ、こうして最後の勇気をちょうだい」

「……」

「隕石落下の魔術を魔王が凌いだ後、魔王は力により隠している魔物の軍勢を召喚する。その数はきっと途方も無い。全部を殺すなんて無理だし、魔王と戦う前に余計な力を使って消耗するわけにはいかない」

「……」

「十年前の作戦のように、町の住民を魔術の巻き添えで死なせない。そのための平原。しかし魔王は人間を恨んでいる。十年前の復讐をきっちりやり返す。魔王がいる場所には他の人間はいない。でも魔物の軍勢を放てばそれが人間たちを殺していく」

「ああ」

「僕たちはそれを止められない。止めてはいけない。魔王と戦う事だけに集中し、他の魔物に構ってはいられない。魔王が暴れるから周囲の人間たちが巻き添えで死ぬ。それなら仕方ないと言い張れる。でも今回は違う。魔物を見逃し人間たちを殺して回るのを放置するのは僕たちの選択だ。魔王は言い逃れ出来ずに人間たちを見殺しにする選択を僕たちに強いている」

 アキハイトは重々しく口を開く。

「魔王を倒せば命令が失われ、魔物たちは腹を満たす以上に人間を殺し続ける事無く散る。人間たちを一人でも多く救うには、魔王を一刻も早く殺すしか無い。俺たちに選択の余地は無い。魔物の数は膨大で、全てを殺し切れない。他の魔物に構って消耗しては魔王を殺せない。神レベルの魔物は俺たちほどの強者でないと殺すのは難しいが、俺たちが殺して回るわけにはいかない。魔王を討てる力を持つのは世界で最強の五組のパーティ、パラディンとその仲間たちだけなのだからな」

 ワンカナはわなわな震える。泣いているのか。

「十年前よりひどい。いくつかの国の人間だけでなく、全世界の人間を巻き添えに、見殺しに、囮にするんだね。そうしてまでも僕たちは魔王だけを狙い倒さないといけない。魔王はパラディンのパーティだけとの決戦を望んでいる。その他の雑魚の魔術師たちはお呼びじゃない。だからわざわざ、一人で人間全部を殺せる力を持つのに魔物の軍勢を集め、人間たちに、僕たちに、自分たちで人間を見殺し犠牲にする選択を強いるんだ」

「十年前は魔王を討つために仕方の無い犠牲だった。今回は違う。俺たちは魔王か魔物の軍勢。どちらを攻撃するかを選べる。しかし魔王を討つ事を選ぶ。揺らいではいけない。ためらってはいけない」

「僕が、殺された両親の代わりに人々を守るために自分の力を使うのを知っているよね?」

「ああ」

「なのにこの力を使って、この大事な時に人々を守れない。あまつさえ見殺しにしないといけないなんてあんまりだよ」

「魔王を討たねばどのみち魔王に人間全てが殺される。俺たちに選択の余地は無い。魔王はそれがわかっていて俺たちに、見殺しを選ぶ事を強いている」

「アキハイトの神は本当にいるの? 神様はパラディンがこんな非道な作戦を指揮するのをお許しになられているの?」

「神の御心は魔術よりも深淵なのだ。人間にはその真意を計れない。しかし俺たちパラディンが力を失わない以上、神はこの作戦をお許しになられている」

「ひどい神様だね」

「神を侮辱するな……」

 歯切れが悪い。アキハイトはいつものように強く言えなかった。

 ワンカナはしばしアキハイトの背に抱きつき泣くと、身体を離して涙を拭う。

「えへへ。泣いてすっきりした。僕頑張るよ。やらなくちゃいけない。選択の余地は無い。悪いのは全部魔王だもんね。あいつが復讐なんてやめてくれればこんな事にはならなかったんだから」

「そうだな」

 ワンカナは強い決意に満ちて毅然とした表情でアキハイトの隣に立つ。アキハイトはその顔を見て、彼女は本当に強くなったとうれしくなった。

 最愛の、最強の、最高のパートナー。二人きりのパーティになってしまったがちっとも心細く無い。むしろ頼もしい。魔王に勝てる気はしないが負ける気もしなくなってくる。

 大気が震える。空気の震えすら無いかのように偽装して動ける魔王は、しかしその偽装をやめ、大気を吹き飛ばし嵐を巻き起こしながら平原の中心、その上空に出現した。

「さあさあ、人間たちよ。決戦です。私と人間たち、どちらが悪かろうが勝った方が許される。正義はどちらにもありません。どちらも悪です。しかしどちらかは裁かれどちらかは許されるのです」

 魔王アソールドは人間の姿のままだ。空に浮かび両手を左右に広げ高らかに宣言している。そこへ、四方から天の雲を突き破り一瞬で飛来した巨大な隕石が四つ、魔王を挟むように激突して割れ衝撃波を発生させる。その相乗効果により威力は数十倍にも膨れ上がり、広大な平原もろとも大気も何もかもを消し飛ばした。

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2015年05月08日

ドルイド少女ワンカナ(54)決戦前夜

ドルイド少女ワンカナ(54)決戦前夜

 アキハイトたちは数日の旅を経て、決戦前夜に目的地に着いた。

 魔王との決戦の地。広大な平原。低い草が生い茂るなだらかな大地。しかし川も海も山も無く、草しかないこの場所にわざわざ町を築く人間はいなかった。どこも住むには厳しいが、草しか生えない痩せた土地で水も無いこの場所にわざわざ住もうという者はいなかった。

 だから魔王は十年前、この場所を決戦の地に指定した。見渡す限りの平原で、遮る木も山も無い。遠くからでも敵が見える。卑怯な夜討ちを受けた魔王は、見渡しのいい場所を決戦の場として望んだ。

 人間に異議は唱えられない。ここなら誰もいないからどんな大規模な破壊魔術を使おうが巨大な魔物が暴れようが一般人の被害は出ない。多くの人は魔王が不意打ちを受けたくないから見渡しのいい場所を選んだと思っていたが、ごく一部の人間は魔王が十年前のように一般人の巻き添えを出さないようにしてくれたのだと考えた。

 魔王は人間との全面戦争を望んでいる。十年前の戦いでパラディンのパーティ五組は全滅した。世界最強のパーティが失われ、再びそれに匹敵するパーティが組まれ育つために十分な期間、それが十年だった。

 魔王が十年待ったのは、自らの傷を癒し力を蓄えるためでもある。しかし手負いであろうが魔王が人間を殺し続ければ十年経たずに人間は全滅していた。魔王は人間を一方的に殺すのをよしとせず、お互い十分備えた上での戦争で決着をつけようとした。

 魔王に負い目が無いならここまで人間に配慮などしない。十年前の悲劇は魔王が愛する姫に自分が魔物だという秘密を打ち明けたのが原因だ。誰が悪いかと言えば魔王が悪い。卑怯な夜討ちの大規模破壊魔術により多くの人間が巻き添えで死んだが、原因は魔王にある。

 魔王は負い目があるからこそ、人間とまっとうな戦争をしてはっきり決着をつけたかった。どちらも悪く非がある。だから善悪を問うのではなく、勝った方が生き残り負けた方は死ぬ。それを決着とした。

 十年前に魔王が人間の前に現れ告げた決戦の地と日時。その日の夜明けと共に魔王は現れる。その時が開戦の合図だ。

 魔王はもちろんまだ来ていない。尋常でない高速で動ける魔王はただ一瞬で、はるか遠くの地からこの決戦の地まで来られる。だから決戦開始前に魔王と対峙し先制攻撃や不意打ちをする事は出来ない。

 魔王は魔王が首と同じく人間に擬態している。その姿でいる内は魔物特有の威圧を発さない。だから今魔王がどこにいるのかどんなに優れた魔術師の探知魔術でも捉えられなかった。

 広大な平原である決戦の地。アキハイトとワンカナはたった二人になってしまったパーティだが、あらかじめ決められた方位に陣取り野営していた。

 仮眠を取り、夜明け前に起きた。魔王はこの後に及んで夜討ちなどしない。卑怯な人間たちとは違うという事を知らしめるための全面戦争なのだ。魔王は決戦前の夜討ちを決してしないから、アキハイトとワンカナは安心して交代で仮眠を取り、万全の体調を整えられた。

 焚火を囲んで戦いの前の腹ごしらえをしながらワンカナとアキハイトは話す。

「うーん。よく眠れた。僕は体調完璧。アキハイトは?」

「俺も万全だ。全力で戦える」

「作戦とかはどうなっているの? 他のパラディンたちと会わなかったよね」

「こうして決められた方位に陣取り、個々の判断で戦う。パーティで戦うのだ。他のパーティと不慣れな連携をするより、状況によりパーティそれぞれが自分たちのやりやすいように戦う方が強い」

「ふーん」

「最初だけは決まっている。十年前と同じ。メイジ最強の魔術である隕石落下の相乗。全てのパーティのメイジが魔王出現と同時に隕石落下の魔術を撃ち込み相乗効果により最大の威力を発揮する。そのために決戦の地を囲むようにこうして五方に陣取り、巻き添えを食わないように離れているのだ」

「ラズリがいないからメイジが一人足りないね」

「仕方がない。それぞれのパーティの状況は伝令を通じて互いに確認してある。俺たち以外のパーティはみんな熟練の魔術師を揃え誰も欠けていない」

「僕たちだけがボロボロだね」

「仕方ない。前のパーティは俺以外全滅させられたし、今回もベイドは仕込まれた裏切り者だった」

「アキハイトばかり嫌がらせされているね。やな感じ」

「十年前、魔王を夜討ちし魔王が愛するヒエン姫を魔術の巻き添えで殺した作戦。その立案指揮をしたのは俺の父であるパラディン、キルヘイムだったからな。魔王はその息子である俺には他のパラディンよりも深い恨みがあるのだろう」

「セラピスにちょっかい出されてパーティを全滅させられたのは、アキハイトが格好良くて気に入られたからじゃないか。アキハイトが男前過ぎるのがいけないんだからね」

「俺の仲間が殺された事をそんな風に茶化すな」

「ふふっ。ごめんね。嫉妬しちゃった」

 ワンカナはアキハイトの隣に行き座ると、彼に寄りかかって頭を肩に載せた。

 アキハイトはワンカナの肩をぐっと抱き寄せる。

「ねえアキハイト」

「何だ」

「きっと僕らはこれで死んじゃうよ。最後に僕の事好きだと言ってよ」

「俺は生き残れば勇者の称号と共に大国の王女ウルマ姫を授かるかもしれんのだ。だから立場上、お前の事をどう思っていようが口には出来ん」

「誰も聞いてないから。ね、言ってよ。僕アキハイトの事大好き。最後まで一緒にいられて幸せだよ」

 アキハイトとワンカナはじっと見つめ合う。ワンカナは目を潤ませキスをしたそうに唇をすぼめている。

 なんと愛らしいのか。アキハイトは思わず顔を寄せてしまうが、すぐに止めてワンカナから目を逸らし前を向く。

「……これで終わりじゃない。俺たちは死なない。お前を死なせない。魔王を倒し、二人で生き残る。そう誓っただろう」

「そうだったね。ふふっ。パラディンの誓いは絶対。二人で生き残ろうね」

 ワンカナは儚い笑顔を見せる。きっと二人とも殺される。魔王に勝つなど不可能だ。でも諦めるとか絶望とかを考えず、ただ愛する人と最後まで一緒にいられる幸せに浸って恐怖を忘れる。

 でないと戦えない。二人は肩を寄せ合い夜明け前の一番暗い空を見上げた。

 星がとてもきれいだ。人の住まないこの平原は空が生活の排気や煙で曇っていない。とても澄んだ大気で星がよく見える。

「きれいな星空だねえ。そういえばメールボウおじいちゃんは元気かなあ。ずっと洞窟から出ないで過ごしちゃってもったいない。こんなきれいな星空を見られないなんて人生損しているよ」

「そうだな。決戦が終わったらまたメールボウ様に会いに行こう。勝利の報告にな。そして洞窟の外へ連れ出して、このきれいな星空を見せて差し上げよう」

「ふふっ。きっともう僕たち、メールボウおじいちゃんより強くなっちゃったよね。魔王を倒したって聞いたらきっと驚いてくれるよ」

「そうだな。喜んでくださる事だろう。メールボウ様の仲間を殺した憎い魔王だ。その仇も討って差し上げよう」

「うん。頑張らないとね。僕張り切っちゃうなあ」

「俺もだ。お前と一緒なら、俺も頑張れる」

「アキハイトって、気持ちを素直に言えないけど、遠回しなのがなんだかロマンチックな気がしてきたよ」

「俺はロマンチックな事など言わない」

「あはは。アキハイトといると楽しいなあ」

「そんな風に言ってくれるのはお前だけだ。俺は誰からも一緒にいてつまらん奴だと言われる」

「アキハイトの良さはなかなかわかってもらえないよ。僕はわかっているからね」

「……ありがとう」

「うん」

 二人は寄り添い語り合いながら、最後の時の前に言葉で穏やかに愛し合った。

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2015年05月05日

ドルイド少女ワンカナ(53)ベイド

ドルイド少女ワンカナ(53)ベイド

 魔王は地下深くの迷宮、ダンジョンの一番奥にいた。広大なダンジョンは魔王の力により隠されており、人間たちの魔術師でも発見は困難だった。決戦の日までに突き止められ強襲される心配は無い。

 魔王は決戦の日まで力を蓄えるため、ヒドラの姿にはならなかった。魔物の威圧を発して居所がばれないよう、人間の姿に化けたままこの十年を過ごしていた。

 十年前に、卑怯な夜討ちにより殺されかけた。十本よりも減っていた首も十年かけてようやく元の百本まで再生したし、強力な魔物や魔術師を食らってさらに力を増していた。

 十年前とは強さの桁が違う。もはや人間の魔術師が総出でも魔王にはかなうまい。それなのに魔王と戦うのはわずか五組のパラディンのパーティだけ。他の魔術師がいても足手まといでしかないし、何よりパラディンのパーティほどの強者でなければ魔王と直接戦うという恐怖を乗り越えられないので戦いようもなかった。

 魔王は人間だった姿、かつての英雄アソールドの姿のままダンジョンの最奥の玉座に座っていた。

 ダンジョンも玉座も古くてボロボロだ。魔王アソールドは人間として生きた頃は、質素を旨とする修行僧であるモンクの魔術師として生きていた。謙虚で質素で無駄の無い生活をしていてその合理性を気に入っており、豪華絢爛な華美装飾を嫌いわざとダンジョンを古くてボロいままにし配下に整備させる事は無かった。

 玉座に座る魔王の前に、まるで転移したかのように素早く三人の男が現れた。いずれも人間ではなく人の姿に化けているだけ。魔王が首の中で最強の十人、十首の内の三人だった。

 十首の中でも最強を誇る大男、ゴロラドは赤く猛々しい髪を振り回すように大げさにお辞儀した。

「魔王様。パラディンのパーティに潜伏させていた裏切りの毒、グリーンドラゴンのベイドをお連れしました」

 魔王は微笑んでいるだけで答えない。ベイドが一歩前に出る。

 ベイドは人間ではなく魔王が首の一人だった。緑の翼を折り畳み、ドラゴンのそれに変化した手を出してへらへら笑う。

「よーう魔王様。元気だったかあ? 久しぶりだぜ。相変わらず人間に化けてやがんのな」

 ゴロラドが顔を起こしてうなる。

「ベイド貴様。魔王様の前だぞ。無礼を働くのは許さん」

「あー? 俺はこういうしゃべり方しか出来ねえっつってんだろ。ものわかりの悪いおっさんだな」

「貴様」

「黙りなさいゴロラド」

「はっ」

 魔王がきっぱり言うと、ゴロラドは背筋を伸ばして直立する。

「ゴロラド。ベイドを連れてくる任務はそこのカーボーンに命令したはずですが? どうしてカーボーンに任せずあなたがベイドを連れてきたのですか?」

 カーボーンは右の肩を左手で押さえている。肩からちぎられた腕を繋いで治癒しているが、傷が癒えるにはまだ時間がかかる。

「はっ。魔王様。カーボーンごときにこの大事な任務は果たせないと判断しました。案の定このカーボーンめは、たかが魔術師相手に苦戦をしておりました」

「わかっています。私はこの十年で研鑽し力を蓄えた今、歴史上類を見ないほど成熟し過ぎた魔物です。その知覚は他の魔物や魔術師などはるかに凌駕します。あなたたちの全てを見ていましたよ。しかし人間の心や、それを擬態した魔物の心は読めません。ゴロラド。あなたはなぜ私が命令してもいないのに独断でカーボーンの邪魔をしたのですか」

「はっ。魔王様の使命は絶対。仕損じるなどあってはならぬ事です。カーボーンに任せていては大事な使命に失敗する。その前に、私がその使命を全うすべきだと判断しました」

「なるほど」

 魔王は案じるかのようにあごに手を当て神妙な顔をする。

 ベイドがにやにやと意地悪い笑みを浮かべながら魔王に告げ口する。

「魔王様よお、知覚してたんならわかるだろ。このゴロラドのおっさんはなあ、決戦を前にパラディンのパーティの一人ラズリを俺に殺させやがった。魔術師の中でも最強の破壊力を誇るメイジが一人でも欠けちゃあせっかくの全面戦争が台無しだ。あんたの望み通りとはいかねえだろ。俺は悪くねえぜ? ゴロラドの方が俺より強いんだ。逆らえなかっただけさ。でもゴロラドはやっぱ好き勝手やり過ぎだよなあ? この落とし前はどうつけるんだあ?」

「ベイド貴様」

「黙ってろってへっへっへ。あんたが悪いんだぜゴロラド。勝手な行動ばかりしてちゃあ罰を受けるのは当然だろうが。それぐらい考えられないほど馬鹿なのかあ?」

「貴様あああ……魔王様の前で俺様が貴様に手出し出来んとわかっていてその暴言。後悔させてやるぞ」

「どうやってだあ? へっへっへ。後悔するのはあんただぜ」

 魔王は口を開く。

「黙りなさい二人共。ゴロラド、あなたは私の意に反する事をしました。それは当然処罰の対象です。わかりますね?」

「しかし魔王様。このベイドは信用出来ません。人間だった頃の恋人、ラズリをその手で殺させたのは必要な踏み絵であったと」

「わかっていませんね。ベイドがもし私への反逆を企んでいたとして、私が彼にどうにかされると思っていたのですか?」

「そ、それは」

「私を見くびっているという事ですか? 私は自分の首のたかが一本が何をしようと意に介さない。だからベイドが本心では服従してなかろうがどうでもよいのです。ラズリを殺す必要はありませんでした。それをさせたあなたの罪はとても重いのですよ」

「ぐううっ」

 自分の首のたかが一本が何をしようと意に介さない。その言葉はベイドだけではなくゴロラドをも指している。誰よりも強い事を自負しているゴロラドにとってこれ以上無い屈辱だった。彼は苦々しく牙を食いしばる。

「へっへっへ。怒られてやんの。いい気味だぜ。俺に偉そうにしやがって。ちょっと強いぐらいが何だってんだ馬ー鹿」

「貴様あああ」

「ベイド。ゴロラドの四肢を引きちぎりなさい」

「なっ」

 魔王の言葉にゴロラドが驚く。

「ゴロラド。あなたはあなたの勝手な判断でカーボーンの使命を横取りし、彼の腕を引きちぎったのでしょう? 同じ数だけちぎっても罰としては軽いでしょう。だから両腕両脚四本とも切断します。あなたは手足をもがれた哀れな芋虫として最後の時を過ごすのです」

「な、何を。魔王様。私はあなたのためにしたのです。そのような屈辱、あんまりです」

「黙りなさい。強いからと言ってうぬぼれて。私は人間の魔術師、モンクとして生きてきました。謙虚や遠慮、質素や配慮がいかに美しく素晴らしい行いかをよく知っています。あなたは勝手が過ぎます。もう私に取り込まれただの首に戻り自我を失います。今後は魔王が首として独立活動させる事はありません。その最後の時を、最強の強者ではなく手足をもがれた芋虫としてみじめに虐げられ屈辱にまみれて過ごしてもらいます。殺すわけにはいきませんから、屈辱を与えるのが最高の罰となるのです」

 ベイドが腹を抱えて大笑いする。

「わっはっはっは。こりゃ傑作だ。たしかに殺せない以上、屈辱を与える罰しかないわな。へっへっへ。存分にもがせてもらうぜ。抵抗すんなよ。偉い偉い魔王様のご命令だからよお。手足をもがれて芋虫になったてめえをこのダンジョン中あちこち蹴り転がして、あと数日ある決戦の日までボール代わりにして遊んでやるよ」

 ベイドがドラゴンの指をボキボキ鳴らしながらゆっくりゴロラドに近付く。ゴロラドはうつむいたままわなわなと震えている。

 ベイドが手を伸ばしゴロラドに近付けると、ゴロラドは赤いドラゴンの手でそれを払いのける。

「痛えな。うおっ」

 ゴロラドはベイドをそのまま手で押し退け、床を砕くほど強く踏み出し赤い翼を広げる。

 ドラゴン最速最強の攻撃、地を蹴り翼で飛翔して加速する突進。ドラゴンの中で最速を誇るブルードラゴンの力を持つカーボーンの突進すら後ろから追いつき止めたほどの神速だ。

「ふざけるなよ魔王がああああっ! 何が魔王が首だ。俺様は最強だ。魔王が首の中だけじゃねえ。この世全ての中で最強なんだよ。ヒドラに戻っていない人間の姿の貴様は力が制限されている。今なら俺の方が強い。殺してやる。それで俺様が最強だあああああっ!」

 ベイドは口笛を吹く。

「あーらら。ありゃ返り討ちに遭う奴のセリフだぜ」

 魔王が首の中で最強の十首。その中でも最強のゴロラド。最大速度の突進で魔王に接近し、その速度を加算した炎を噴き上げる溶岩のブレスを口から放つ。

 魔王はそのブレスをまともに浴びる。玉座も床も一瞬で燃えて消し飛ぶ。ドラゴンは自分のブレスに耐性がある。ゴロラドは自分が放った溶岩のブレスに構わず両手を突っ込み、きっとまだ生きているであろう魔王を爪で引き裂こうとする。

 両腕を交差させたゴロラドは、その手応えに満足の笑みを浮かべる。宙を飛ぶ溶岩のブレスが飛び散り、魔王がどうなったのかが露わになる。

 床などが燃えて溶けた煙が噴き上げる中、魔王アソールドは悠然と立っていた。その服すら溶けてはいない。魔物の力で灼熱のブレスを完全に防いだのだ。

「あ……?」

 ゴロラドは目を見張る。魔王の両手には赤いドラゴンの手がそれぞれ握られていた。ゴロラドはちぎり取られた手首の傷を見てようやく、さっきの手応えは魔王を爪で引き裂いたのではなく自分の手がひねりちぎられた衝撃だったと悟った。

「ぐぎゃあああああっ!」

 ベイドはゴロラドの無様を見て腹を抱えてげらげら笑う。

「わっはっは。だせえぜゴロラドのおっさんよお。魔王にかなうわけねえのにな。自業自得のくせに逆上しやがって」

 ブレスも突進も爪も通じない。ゴロラドの最強攻撃の連撃があっさりといなされ、ゴロラドは初めて自分の力が通じない敵と対峙した恐怖に錯乱する。

「おおおおひいいいいっ、ま、ままま魔王様あっ、おっ、おおお俺様が悪かったですっ」

「謝る時に俺様などと、自分を上に見るものではありませんよ」

「うひいいいっ、すっすすすすみません。どうかどうかお許しをおおおおおおっ」

「見苦しい。もう罰は十分です。強者のプライドをへし折りあなたの心を完膚無きまで蹂躙しました。芋虫の罰はやめてあげましょう。これ以上あなたが何を言うのも聞くに耐えない。なにせ私の知覚は世界の果てまで届きますからね。聞かないわけにはいきません。だから黙らせてあげます。もう私の中に還りなさい」

「い、いいい、嫌だあああっ、俺様は俺様だ。誰かの一部なんかじゃない。俺様が俺様でなくなるなんて耐えられんんんんんん」

 魔王は怯えて逃げ出すゴロラドに一瞬で追いつくと、次の瞬間にはもうその巨体を細身の身体に取り込み消してしまった。

「へっへっへ。いい様だぜ。あーすっとした。ムカついてしょうがなかったんだよなあ、あのおっさん」

 ベイドは笑う。カーボーンは何も言わずじっとしている。

「カーボーン。あなたも来なさい。ゴロラドに邪魔されたとはいえあなたは今までよくやってくれました。感謝しています。もう休みなさい。私に取り込まれればもう、悩んだり苦しんだりする事はないのですよ」

「魔王様」

 カーボーンは魔王の前まで歩き、そして膝をついてうやうやしく頭を垂れる。

「カーボーン。人間は理解出来ましたか?」

「いえ、私はやはりあなた様ほど完璧な擬態は出来ませんでした。人間は理解出来ず、愛も恋も出来ませんでした」

「魔物の交尾に愛は無い。私は人間の愛し合う交わりを愛しのヒエン姫と出来て幸せでした。あなたにもその喜びを自ら味わってほしかったのですが駄目でしたか」

「申し訳ありません」

「謝る必要はありません。私に取り込まれれば自我は失いますが、私と同一となります。私の体験や気持ちを共有して感じてください。自らの体験には及びませんがあなたにも愛の喜びを知ってほしいのです」

「ありがたき幸せです」

「はい」

 魔王は優しく微笑みながら、頭を下げて跪くカーボーンの髪に手を乗せる。優しくなでるように褒めるように手を動かした後、すっとカーボーンの姿が消えた。

 魔王はにこやかなままベイドを振り向く。

「さて。これで他の魔王が首はもう全員私に取り込まれました。二度と切り離して行動はさせません。人間と戦う魔物の軍勢を集めるために切り離して行動させていただけですからね。あとはあなた一人だけですよベイド」

「へいへい。魔王様には逆らえねえやまったく。さ、ひと思いにやってくれ」

「その前に、話をしましょう」

「あー? てめえと何を話す事があるって言うんだ。何もねえよ」

「愛についてなどどうです? あなたの愛は私のとは違う。とても理解出来ません。あなたを取り込み情報として得る前に、あなたの気持ちと言葉で教えてほしいのです」

「へっ。愛なんてねえよ。俺は魔物だぜ? 魔物は愛を持たない。人間だった頃の愛だの何だのくだらねえ。恋人だったラズリだって俺が殺したんだぜ? 鼻歌歌いながらぶちっとよ」

「普通なら恋人をそんな無慈悲に殺せません。しかし無慈悲に殺してみせてまで愛を、恋人を、仲間を大事にしたあなたと、最後に話をしてみたいのです。きっと楽しいでしょう」

「てめえなんかと話して楽しいわけねえだろ。胸くそ悪いぜこんちくしょう」

「ゴロラドが私に反逆するよう上手く誘導し、私もそれがわかっていて乗ってあげました。あなたが想定していたより私は強かったでしょう? 決戦を前に傷の一つでもつけられればと思ってした事は無駄に終わりました。しかしどんな逆境でも絶望せず諦めずにあらがったその心は気高く尊い。仲間や恋人のためにどんな残虐無慈悲な振る舞いもした。悲しみも怒りも押し殺しほんのわずかな可能性にも賭け最後まで抵抗した。ベイド。あなたは尊敬に値します。だからあなたと最後に話したいのです。どうか私の願いを聞いてはいただけませんか?」

「へっ」

 ベイドは目を瞑って笑う。

「魔王様にゃあ何もかもお見通しってかあ? てめえ本当に心が読めねえのか? 実は読めるんだろ。なあ、本当の事教えろよ」

「私は人間に憧れ尊敬し、人間になろうと努力しました。紛い物でも愛も友情も信頼も人間のそれと違いないと自負出来るほど磨きあげました。あなたほど恋人を愛し仲間を大事に想う人は他にはいません。そのためにどんなに残酷な事でも笑って演じられるほど強い人は他にはいません。尊敬しますベイド。あなたは大事な人たちに自分がどう悪く思われようとも、大事な人たちのために最後まで努力しました。その努力が実らなかっただけです。私が強すぎただけです」

「へっ」

 ベイドは笑っている。でもぽろりと涙を流した。

「ちくしょう。俺はラズリを殺したんだぜ? 笑いながらひどい殺し方でよ。それが報われないって何だよ。何なんだよてめえは。俺を尊敬しているなら死んでくれ。それか俺を死なせてくれ。てめえの首を一本減らせるだけでも上出来だ」

「それは出来ません。ゴロラドでも歯が立たないからもう、あなたが最後にあらがってもどうにも出来ません。だからもう無駄な抵抗はしないのでしょう。あなたのその合理性は素晴らしい。あなたは心も思考も果てしなく強い。きっと力では及ばずとも心は私よりも強い。私の理想、私が求めた愛をあなたは知っています。私では得られなかった。ベイド。私の代わりに、自分が魔物であると知られてなお愛し合える恋人を得たあなたの話をぜひ聞かせてください。私が求めやまなかった決して揺るがない不変の愛。それを得たあなたを取り込めば私は完全になれる。全てを得られる。でもその前に、あなたの言葉と気持ちでその愛を私に教えてください」

 ベイドは目を片手で覆って涙をこぼし続ける。

「へっ、へっへっへ。アキハイト。ワンカナ。すまねえ。俺にゃどうにも出来なかった。ラズリまで殺して見せたのによ。全部無駄だったってなんだよこんちくしょう。俺の辛さを、最後のあがきを敵である魔王に労られて涙が止まらねえってなんだよ」

 ベイドは顔を上げ暗い天井に向かって泣き叫ぶ。

「誰かに言って欲しかった。俺はラズリを殺したくなかった。みんなを裏切りたくなかった。それをわかってもらえてこんなにうれしい。言葉で労られてうれしくてありがたくてしょうがねえんだよこんちくしょう。俺はもう駄目だ。駄目だった。最後に洗いざらいぶちまけてしまいたい。涙も想いも全部吐き出して、すっきりしてから消えたい。みんなすまねえ。許してくれ。敵に優しくされて、その優しさにすがる弱い俺を許してくれ」

「あなたは誰よりも強かったですよベイド。私に取り込まれればもうあらゆる苦痛を忘れます。あなたはあなたを失いますが、代わりに安らぎを得られます。だから安心してください。最後に全てを話してすっきりしたいなら、ぜひ私に聞かせてほしい。あなたに思い残し無くその生を全うしてほしいのです」

 うずくまり泣くベイドの背に、魔王は屈んで優しく手を添える。

「ちくしょう。こんちくしょう。てめえ何なんだよ。なんでそんなに優しいんだよ。俺をこんな辛い目に遭わせた張本人だろ。ラズリを殺すはめになったのもアキハイトたちがてめえと戦って殺されるのも全部てめえのせいだ。なのに憎めねえ。すがりつきたい。俺はもう耐えられない。憎まないといけないてめえにすがってでも最後に楽になりたい。こんちくしょう。くそったれ。何でてめえはもっと憎たらしい奴じゃねえんだよおおおおおおっ」

「私は魔物です。でも人間です。かつても、今も、人間でありたい。あろうとしています。人間は互いを想い合い労り合い愛し合います。人間は優しい。人間は誰か辛い人がいれば助けたい。救いたい。そう思う優しい存在です。私はそうありたい。泣いて苦しむあなたを救いたい。優しくせずにはいられない。ただそれだけなのです。そうしたいのは、私がまだ人間を愛する人間であるからだと私は信じたい」

「おおおおおおおおっ」

 ベイドは泣き崩れる。魔王はベイドが泣きやみ話を出来るようになるまで長い時間、背を撫で労ってあげ続けた。

posted by 二角レンチ at 20:59| ドルイド少女ワンカナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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